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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-16
(45)【発行日】2023-05-24
(54)【発明の名称】ホットスタンプ成形体
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230517BHJP
   C22C 38/60 20060101ALN20230517BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20230517BHJP
   C21D 1/18 20060101ALN20230517BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
C22C38/00 302X
C22C38/60
C21D9/00 A
C21D1/18 C
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021521891
(86)(22)【出願日】2020-05-29
(86)【国際出願番号】 JP2020021434
(87)【国際公開番号】W WO2020241859
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2021-10-06
(31)【優先権主張番号】P 2019102285
(32)【優先日】2019-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【弁理士】
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】小林 亜暢
(72)【発明者】
【氏名】高橋 武寛
(72)【発明者】
【氏名】河村 保明
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-503254(JP,A)
【文献】特開2005-113233(JP,A)
【文献】特開2013-248645(JP,A)
【文献】特開2015-104753(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2015-0061410(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 1/02- 1/84
C21D 9/00- 9/44, 9/50
B21D 22/00-26/14
C23C 2/00- 2/40
C23C 24/00-30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、前記鋼板の少なくとも片面に形成されためっき層とを有し、前記めっき層が、前記めっき層の表面側に存在し、酸素濃度が10質量%以上であるZnO領域と、前記めっき層の鋼板側に存在し、酸素濃度が10質量%未満であるNi-Fe-Zn合金領域とからなり、前記ZnO領域において、Fe、Mn及びSiの合計の平均濃度が0質量%超5質量%未満である、ホットスタンプ成形体。
【請求項2】
前記ZnO領域の厚さが0.5μm以上3.0μm以下である、請求項1に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項3】
前記Ni-Fe-Zn合金領域において、Zn、O、Mn及びSiの各濃度が、前記めっき層の表面側から鋼板側に向けて減少する、請求項1又は2に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項4】
前記Ni-Fe-Zn合金領域が、前記めっき層の表面側から順に、Fe濃度が60質量%未満である第1の領域と、Fe濃度が60質量%以上である第2の領域とからなり、前記第1の領域におけるZn/Ni質量比が3.0以上13.0以下の範囲であり、前記第2の領域における平均Zn/Ni質量比が0.7以上2.0以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載のホットスタンプ成形体。
【請求項5】
前記第2の領域における平均Zn/Ni質量比が0.8以上1.2以下である、請求項4に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ成形体に関する。より具体的には、本発明は、改善した表面部耐食性を有するホットスタンプ成形体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車用部材に使用される鋼板の成形には、ホットスタンプ法(熱間プレス法)が多く使用されている。ホットスタンプ法とは、鋼板をオーステナイト域の温度に加熱した状態でプレス成形し、成形と同時にプレス金型により焼入れ(冷却)を行う方法であり、強度及び寸法精度に優れる鋼板の成形方法の1つである。また、ホットスタンプに使用される鋼板において、鋼板表面にZn-Ni合金めっき層等のめっき層が設けられる場合がある(例えば特許文献1)。
【0003】
鋼板上にめっき層を有するめっき鋼板をホットスタンプすることで得られるホットスタンプ成形体(「熱間プレス部材」とも称される)においては、周辺環境(例えば水など)によって表面が腐食しないように耐食性が求められる。
【0004】
ホットスタンプ成形体の耐食性に関連して、特許文献2及び3では、部材を構成する鋼板の表層にNi拡散領域が存在し、前記Ni拡散領域上に、順に、Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層、及びZnO層を有し、かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600~-360mVである熱間プレス部材が記載されている。特許文献2では、当該熱間プレス部材に上記金属間化合物層を設けると、優れた塗装後耐食性が得られることが教示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2004-124207号公報
【文献】特開2011-246801号公報
【文献】特開2012-1816号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2及び3に記載の熱間プレス部材は、塗装後耐食性については検討しているものの、熱間プレス部材に塗装しない場合の当該部材の表面部耐食性、又は塗装する前の当該部材の表面部耐食性については検討されておらず、塗装がなされていない状態の表面部耐食性の改善についての方策は明らかでなった。
【0007】
そこで、本発明は、新規な構成により、改善した表面部耐食性、より具体的には塗装がなされていない状態において改善した表面部耐食性を有するホットスタンプ成形体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するために、ホットスタンプ成形体において、鋼板上に形成されるめっき層の表層にZnO領域を設け、当該ZnO領域におけるFe等の濃度を低く制御することが有効であることを見出した。ZnO領域におけるFe等の濃度を低減すると、ホットスタンプ成形体の表層での赤錆発生を抑制することができ、塗装がなされていない状態において改善した表面部耐食性を有するホットスタンプ成形体を得ることが可能となる。
【0009】
上記目的を達成する本発明は下記のとおりである。
(1)
鋼板と、前記鋼板の少なくとも片面に形成されためっき層とを有し、前記めっき層が、前記めっき層の表面側に存在し、酸素濃度が10質量%以上であるZnO領域と、前記めっき層の鋼板側に存在し、酸素濃度が10質量%未満であるNi-Fe-Zn合金領域とからなり、前記ZnO領域において、Fe、Mn及びSiの合計の平均濃度が0質量%超5質量%未満である、ホットスタンプ成形体。
(2)
前記ZnO領域の厚さが0.5μm以上3.0μm以下である、(1)に記載のホットスタンプ成形体。
(3)
前記Ni-Fe-Zn合金領域において、Zn、O、Mn及びSiの各濃度が、前記めっき層の表面側から鋼板側に向けて減少する、(1)又は(2)に記載のホットスタンプ成形体。
(4)
前記Ni-Fe-Zn合金領域が、前記めっき層の表面側から順に、Fe濃度が60質量%未満である第1の領域と、Fe濃度が60質量%以上である第2の領域とからなり、前記第1の領域におけるZn/Ni質量比が3.0以上13.0以下の範囲であり、前記第2の領域における平均Zn/Ni質量比が0.7以上2.0以下である、(1)~(3)のいずれかに記載のホットスタンプ成形体。
(5)
前記第2の領域における平均Zn/Ni質量比が0.8以上1.2以下である、(4)に記載のホットスタンプ成形体。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ホットスタンプ成形体のめっき層表面側に存在するZnO領域におけるFe等の濃度を制御し、当該成形体の表層での赤錆発生を抑制し、改善した表面部耐食性を有するホットスタンプ成形体を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<ホットスタンプ成形体>
本発明に係るホットスタンプ成形体は、鋼板と、鋼板の少なくとも片面に形成されためっき層とを有する。好ましくは、めっき層は鋼板の両面に形成される。
【0012】
[鋼板]
本発明における鋼板の成分組成は、特に限定されず、ホットスタンプ後のホットスタンプ成形体の強度やホットスタンプ時の焼入れ性を考慮して決定すればよい。以下では、本発明における鋼板に含まれ得る元素について説明する。なお、成分組成についての各元素の含有量を表す「%」は特に断りがない限り質量%を意味する。
【0013】
好ましくは、本発明における鋼板は、質量%で、C:0.05%以上0.70%以下、Mn:0.5%以上11.0%以下、Si:0.05%以上2.50%以下、Al:0.001%以上1.500%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、N:0.010%以下、及びO:0.010%以下を含有することができる。
【0014】
(C:0.05%以上0.70%以下)
C(炭素)は、鋼板の強度を向上させるのに有効な元素である。自動車用部材には、例えば980MPa以上の高強度が求められる場合がある。強度を十分に確保するためには、C含有量を0.05%以上とすることが好ましい。一方、Cを過度に含有すると鋼板の加工性が低下する場合があるため、C含有量を0.70%以下とすることが好ましい。C含有量の下限は、好ましくは0.10%、より好ましくは0.12%、さらに好ましくは0.15%、最も好ましくは0.20%である。また、C含有量の上限は、好ましくは0.65%、より好ましくは0.60%、さらに好ましくは0.55%、最も好ましくは0.50%である。
【0015】
(Mn:0.5%以上11.0%以下)
Mn(マンガン)は、ホットスタンプの際の焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。この効果を確実に得るためには、Mn含有量を0.5%以上とすることが好ましい。一方、Mnを過度に含有すると、Mnが偏析してホットスタンプ後の成形体の強度等が不均一になるおそれがあるため、Mn含有量を11.0%以下とすることが好ましい。Mn含有量の下限は、好ましくは1.0%、より好ましくは2.0%、さらに好ましくは2.5%、よりさらに好ましくは3.0%、最も好ましくは3.5%である。Mn含有量の上限は、好ましくは10.0%、より好ましくは9.5%、さらに好ましくは9.0%、よりさらに好ましくは8.5%、最も好ましくは8.0%である。
【0016】
(Si:0.05%以上2.50%以下)
Si(ケイ素)は、鋼板の強度を向上させるのに有効な元素である。強度を十分に確保するためには、Si含有量を0.05%以上とすることが好ましい。一方、Siを過度に含有すると、加工性が低下する場合があるため、Si含有量を2.50%以下とすることが好ましい。Si含有量の下限は、好ましくは0.10%、より好ましくは0.15%、さらに好ましくは0.20%、最も好ましくは0.30%である。Si含有量の上限は、好ましくは2.00%、より好ましくは1.80%、さらに好ましくは1.50%、最も好ましくは1.20%である。
【0017】
(Al:0.001%以上1.500%以下)
Al(アルミニウム)は、脱酸元素として作用する元素である。脱酸の効果を得るためには、Al含有量を0.001%以上とすることが好ましい。一方、Alを過剰に含有すると加工性が低下するおそれがあるため、Al含有量を1.500%以下とすることが好ましい。Al含有量の下限は、好ましくは0.010%、より好ましくは0.020%、さらに好ましくは0.050%、最も好ましくは0.100%である。Al含有量の上限は、好ましくは1.000%、より好ましくは0.800%、さらに好ましくは0.700%、最も好ましくは0.500%である。
【0018】
(P:0.100%以下)
(S:0.100%以下)
(N:0.010%以下)
(O:0.010%以下)
P(リン)、S(硫黄)、N(窒素)及び酸素(O)は不純物であり、少ない方が好ましいため、これらの元素の下限は特に限定されない。ただし、これらの元素の含有量を0.000%超又は0.001%以上としてもよい。一方、これらの元素を過剰に含有すると、靭性、延性及び/又は加工性が劣化するおそれがあるため、P及びSの上限を0.100%、N及びOの上限を0.010%とすることが好ましい。P及びSの上限は、好ましくは0.080%、より好ましくは0.050%である。N及びOの上限は、好ましくは0.008%、より好ましくは0.005%である。
【0019】
本発明における鋼板の基本成分組成は上記のとおりである。さらに、当該鋼板は、必要に応じて、残部のFeの一部に替えて以下の任意選択元素のうち少なくとも一種を含有してもよい。例えば、鋼板は、B:0%以上0.0040%を含有してもよい。また、鋼板は、Cr:0%以上2.00%以下を含有してもよい。また、鋼板は、Ti:0%以上0.300%以下、Nb:0%以上0.300%以下、V:0%以上0.300%以下、及びZr:0%以上0.300%以下からなる群より選択される少なくとも一種を含有してもよい。また、鋼板は、Mo:0%以上2.000%以下、Cu:0%以上2.000%以下、及びNi:0%以上2.000%以下からなる群より選択される少なくとも一種を含有してもよい。また、鋼板は、Sb:0%以上0.100%以下を含有してもよい。また、鋼板は、Ca:0%以上0.0100%以下、Mg:0%以上0.0100%以下、及びREM:0%以上0.1000%以下からなる群より選択される少なくとも一種を含有してもよい。以下、これらの任意選択元素について詳しく説明する。
【0020】
(B:0%以上0.0040%以下)
B(ホウ素)は、ホットスタンプの際の焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。B含有量は0%であってもよいが、この効果を確実に得るためには、B含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。一方、Bを過度に含有すると、鋼板の加工性が低下するおそれがあるため、B含有量を0.0040%以下とすることが好ましい。B含有量の下限は、好ましくは0.0008%、より好ましくは0.0010%、さらに好ましくは0.0015%である。また、B含有量の上限は、好ましくは0.0035%、より好ましくは0.0030%である。
【0021】
(Cr:0%以上2.00%以下)
Cr(クロム)は、ホットスタンプの際の焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。Cr含有量は0%であってもよいが、この効果を確実に得るためには、Cr含有量は0.01%以上とすることが好ましい。Cr含有量は0.10%以上、0.50%以上又は0.70%以上であってもよい。一方、Crを過度に含有すると、鋼材の熱的安定性が低下する場合がある。したがって、Cr含有量は2.00%以下とすることが好ましい。Cr含有量は1.50%以下、1.20%以下又は1.00%以下であってもよい。
【0022】
(Ti:0%以上0.300%以下)
(Nb:0%以上0.300%以下)
(V:0%以上0.300%以下)
(Zr:0%以上0.300%以下)
Ti(チタン)、Nb(ニオブ)、V(バナジウム)及びZr(ジルコニウム)は金属組織の微細化を通じ、引張強さを向上させる元素である。これらの元素の含有量は0%であってもよいが、この効果を確実に得るためには、Ti、Nb、V及びZr含有量は0.001%以上とすることが好ましく、0.010%以上、0.020%以上又は0.030%以上であってもよい。一方、Ti、Nb、V及びZrを過度に含有すると、効果が飽和するとともに製造コストが上昇する。このため、Ti、Nb、V及びZr含有量は0.300%以下とすることが好ましく、0.150%以下、0.100%以下又は0.060%以下であってもよい。
【0023】
(Mo:0%以上2.000%以下)
(Cu:0%以上2.000%以下)
(Ni:0%以上2.000%以下)
Mo(モリブデン)、Cu(銅)及びNi(ニッケル)は、引張強さを高める作用を有する。これらの元素の含有量は0%であってもよいが、この効果を確実に得るためには、Mo、Cu及びNi含有量は0.001%以上とすることが好ましく、0.010%以上、0.050%以上又は0.100%以上であってもよい。一方、Mo、Cu及びNiを過度に含有すると、鋼材の熱的安定性が低下する場合がある。したがって、Mo、Cu及びNi含有量は2.000%以下とすることが好ましく、1.500%以下、1.000%以下又は0.800%以下であってもよい。
【0024】
(Sb:0%以上0.100%以下)
Sb(アンチモン)は、めっきの濡れ性や密着性を向上させるのに有効な元素である。Sb含有量は0%であってもよいが、この効果を確実に得るためには、Sb含有量は0.001%以上とすることが好ましい。Sb含有量は0.005%以上、0.010%以上又は0.020%以下であってもよい。一方、Sbを過度に含有すると、靭性の低下を引き起す場合がある。したがって、Sb含有量は0.100%以下とすることが好ましい。Sb含有量は0.080%以下、0.060%以下又は0.050%以下であってもよい。
【0025】
(Ca:0%以上0.0100%以下)
(Mg:0%以上0.0100%以下)
(REM:0%以上0.1000%以下)
Ca(カルシウム)、Mg(マグネシウム)及びREM(希土類金属)は、介在物の形状を調整することによりホットスタンプ後の靭性を向上させる元素である。これらの元素の含有量は0%であってもよいが、この効果を確実に得るためには、Ca、Mg及びREM含有量は0.0001%以上とすることが好ましく、0.0010%以上、0.0020%以上又は0.0040%以上であってもよい。一方、Ca、Mg及びREMを過度に含有すると、効果が飽和するとともに製造コストが上昇する。このため、Ca及びMg含有量は0.0100%以下とすることが好ましく、0.0080%以下、0.0060%以下又は0.0050%以下であってもよい。同様に、REM含有量は0.1000%以下とすることが好ましく、0.0800%以下、0.0500%以下0.0100%以下であってもよい。
【0026】
上記元素以外の残部は鉄及び不純物からなる。ここで「不純物」とは、母材鋼板を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明の実施形態に係る母材鋼板に対して意図的に添加した成分でないものを包含するものである。また、不純物とは、上で説明した成分以外の元素であって、当該元素特有の作用効果が本発明の実施形態に係るホットスタンプ成形体の特性に影響しないレベルで母材鋼板中に含まれる元素をも包含するものである。
【0027】
本発明における鋼板としては、特に限定されず、熱延鋼板、冷延鋼板などの一般的な鋼板を使用することができる。また、本発明における鋼板は、鋼板上に後述するZn-Niめっき層を形成しホットスタンプ処理を行うことができれば如何なる板厚であってよく、例えば、0.1~3.2mmであればよい。
【0028】
[めっき層]
本発明に係るホットスタンプ成形体のめっき層は、ZnO領域と、Ni-Fe-Zn合金領域とからなる。ZnO領域は、当該めっき層の表面側に存在し、酸素濃度が10質量%以上である領域をいう。めっき層の残りの領域がNi-Fe-Zn合金領域であり、すなわち、Ni-Fe-Zn合金領域は、当該めっき層の鋼板側に存在し、酸素濃度が10%未満である領域をいう。したがって、ZnO領域とNi-Fe-Zn合金領域とは接するように存在しており、この2つの領域でめっき層を構成する。本発明におけるめっき層においては、酸素はホットスタンプ時にめっき層に取り込まれるものであるため、めっき層の表面側が最も酸素濃度が高く、鋼板側に進むにつれて酸素濃度が減少する。したがって、ホットスタンプ成形体の表面から酸素濃度が10質量%の位置までがZnO領域であり、めっき層の残りの部分がNi-Fe-Zn合金領域となる。
【0029】
本発明に係るホットスタンプ成形体のめっき層は、例えば、鋼板上にZn-Ni合金めっき層を形成し、さらにその上にNiめっき層を形成した後に、5~25%の酸素雰囲気下、例えば大気圧雰囲気下でホットスタンプすることで得ることができる。したがって、本発明におけるめっき層に含まれ得る成分は、ホットスタンプ前のZn-Niめっき層又はNiめっき層に含まれる元素(典型的にZn及びNi)の他に、鋼板に含まれる元素(例えば、Fe、Mn及びSiなど)、並びにホットスタンプ時に取り込まれるOであり、残部は不純物である。ここで、「不純物」とは、製造工程において不可避的に混入する元素だけでなく、本発明に係るホットスタンプ成形体の耐食性が阻害されない範囲で意図的に添加された元素も含む。
【0030】
本発明におけるめっき層中の各成分の濃度は、定量分析のグロー放電分析(GDS:Glow Discharge Spectroscopy)により測定される。めっき層の表面から深さ方向に定量的にGDS分析することで、各成分の板厚方向の濃度分布が定量的に特定される。したがって、GDSによりめっき層の酸素濃度分布を測定し、酸素濃度が10質量%である位置を特定することで、ZnO領域とNi-Fe-Zn合金領域とを区別可能である。GDSの測定条件は、測定径4mmφ、Arガス圧力:600Pa、電力:35W、測定時間:100秒間で行えばよい。使用する装置は、堀場製作所のGD-profiler2とすればよい。
【0031】
本発明におけるめっき層の厚さは、例えば、片面あたり3.0μm以上20.0μm以下であればよい。また、めっき層においてZnO領域が占める厚さの割合は、特に限定されないが、ホットスタンプ成形体の耐食性を確保し、表面の凹凸形成による外観劣化防止の観点から、1%以上15%以下であることが好ましく、2%以上12%以下であることがより好ましい。めっき層の厚さは、本発明に係るホットスタンプ成形体の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することで測定可能である。また、定量分析GDSの元素分析からめっき層の領域を特定し、厚み換算することでも測定可能である。
【0032】
(ZnO領域)
本発明に係るホットスタンプ成形体において、めっき層は、当該めっき層の表面側に酸素濃度が10質量%以上であるZnO領域を有する。当該ZnO領域は、典型的に、ホットスタンプ前に形成されていたZn-Ni合金めっき層中のZnと、ホットスタンプ時の雰囲気中のOとが結合する、すなわちZnが酸化されてZnOになることで形成される領域である。本発明においては、ホットスタンプ前のめっき鋼板において、Zn-Niめっき層上にNiめっき層が存在するが、比較的酸化しやすいZnは、ホットスタンプ時に雰囲気中のOに引き寄せられる形で、Niめっき層中を拡散して表面に達し、ZnO領域を形成することが可能である。
【0033】
ホットスタンプの条件によっては、ホットスタンプ加熱時に、鋼板の成分であるFe、Mn及びSi等がめっき層に拡散される場合がある。このような元素、特にFeがホットスタンプ成形体の表層のZnO領域に多く拡散されると、表層のFeが周辺環境(例えば水)により腐食し赤錆を発生するおそれがある。したがって、本発明に係るホットスタンプ成形体を得るために用いるめっき鋼板においては、鋼板上に、Zn-Niめっき層に加えて、さらにその上にFe等の鋼板中の成分の拡散を抑制することができるNiめっき層が設けられる。このNiめっき層の存在により、ホットスタンプ後に得られるホットスタンプ成形体の表層に所望の厚さのZnO領域を形成しつつ、鋼板由来の成分が当該ZnO領域に拡散しにくくなり、すなわちZnO領域におけるFe、Mn及びSiの合計の平均濃度を低く抑えられる。したがって、赤錆の発生を効果的に抑制し、改善した表面部耐食性を有するホットスタンプ成形体を得ることが可能となる。十分な表面部耐食性を得るためには、本発明におけるZnO領域において、Fe、Mn及びSiの合計の平均濃度が0質量%超5質量%未満とすることが必要である。なお、本発明においては、ZnO領域におけるFe、Mn及びSiの合計の平均濃度が上記範囲であればよいが、特に赤錆の主な原因となるFeが少ないほど好ましい。したがって、好ましくは、本発明におけるめっき層には、Fe:0質量%以上1質量%以下、Mn:0質量%以上2質量%以下、及びSi:0質量%以上2質量%以下含まれる。これらの元素の合計の平均濃度は、好ましくは4質量%以下、より好ましくは3質量%以下、さらに好ましくは2質量%以下である。
【0034】
「Fe、Mn及びSiの合計の平均濃度」とは、定量分析GDSで特定した酸素濃度≧10%の領域(すなわちZnO領域)を等間隔に10個の区分に分け、各区分の中心位置のFe濃度、Mn濃度及びSi濃度をGDS結果から読み取り、各区分でこれらの元素の濃度の合計を求め、得られた10個のFe、Mn及びSiの合計の値を平均化することで求められる。
【0035】
上述したように、本発明に係るホットスタンプ成形体を得るために用いるめっき鋼板の表面側にはNiめっき層が設けられる。したがって、その下のZn-Niめっき層からのZnの拡散は当該Niめっき層により幾らか抑制され得る。そのため、本発明におけるZnO領域の厚さは、例えば、3.0μm以下である場合がある。ZnO領域の厚さが3.0μm以下であると、ホットスタンプ成形体の表層の酸化物の欠落などによる凹凸形成が防止され、表面外観に優れるホットスタンプ成形体を得ることが可能となる。この厚さが3.0μm超となるとめっき層の表層の酸化物がもろくなって欠落し凹凸が形成されることで外観が劣化するおそれがあるだけでなく、欠落した酸化物がプレス金型を痛めるおそれもある。一方、ZnO領域の厚さを0.5μm未満とするには、めっき鋼板のNiめっき層を厚くする必要がありコスト的に好ましくないため、ZnO領域の厚さの下限は0.5μmであるとよい。ZnO領域の厚さの下限は、好ましくは0.7μm、より好ましくは1.0μm、さらに好ましくは1.2μmである。また、ZnO領域の厚さの上限は、好ましくは2.8μm、より好ましくは2.5μm、さらに好ましくは2.2μmである。
【0036】
ZnO領域は、典型的に、Ni濃度に比べてZn濃度が高い。例えば、当該ZnO領域におけるZn/Ni質量比が5.0以上である。「ZnO領域におけるZn/Ni質量比が5.0以上」とは、ZnO領域の全ての位置で、Zn/Niの質量比が5.0以上であることを意味し、本発明においては、ZnO領域を等間隔に10個の区分に分け、各区分の中心位置のZn濃度及びNi濃度をGDS結果から読み取り各区分のZn/Ni質量比を求め、得られた10個のZn/Ni質量比が全て5.0以上であるかどうかで判断することができる。ZnO領域におけるZn/Ni質量比は、5.5以上であると好ましく、6.0以上であるとより好ましく、7.0以上であるとさらに好ましい。当該領域のZn/Ni質量比の上限は、特に限定されないが、例えば、30.0、又は20.0であればよい。
【0037】
このようにホットスタンプ成形体のZnO領域でNiに比べてZnが多く存在するのは酸素雰囲気でホットスタンプした際に、ホットスタンプ前のZn-Niめっき層中のNi及びZnのうち、Niに比べて酸化しやすいZnが、ホットスタンプ雰囲気中のOで酸化されてZnOを形成するためである。Znはその酸化しやすさから、Niめっき層を超えて表面に拡散しZnOを形成することができる。なお、NiもZn-Niめっき層及びNiめっき層から幾らか拡散される。Zn/Ni質量比が5.0以上であると、酸化物であるZnOがホットスタンプ成形体の表層に多く存在するため、ホットスタンプ成形体の表面部耐食性が向上する。ZnO領域におけるZn/Ni質量比が5.0未満であると、表層でのZnOが十分に形成されていないため、表面部耐食性が不十分になるおそれがある。
【0038】
本発明におけるZnO領域に含まれる各成分の濃度は、上述したように、定量分析GDSにより決定される。上述したGDS条件と同一の条件で、対象元素として少なくともZn、Ni、O、Fe、Si及びMnを指定して測定する。また、ZnO領域の厚さは、定量分析GDSにより酸素濃度≧10質量%の範囲を特定し、その深さを測定することで決定することができる。
【0039】
(Ni-Fe-Zn合金領域)
本発明に係るホットスタンプ成形体は、めっき層の鋼板側に、上述したZnO領域に接し、酸素濃度が10質量%未満であるNi-Fe-Zn合金領域を有する。好ましくは、当該合金領域には、Zn、Ni、O、Fe、Mn及びSiが存在する。当該Ni-Fe-Zn合金領域は、典型的に、ホットスタンプの加熱時に、鋼板中のFeがめっき層中に拡散することで、ホットスタンプ前のZn-Niめっき層中のZn及びNi並びにNiめっき層中のNiと、鋼板中から拡散されるFeとが合金化して形成される領域である。また、鋼板中のMn及びSiもFeと同時にNi-Fe-Zn合金領域に拡散し、合金化される場合がある。
【0040】
本発明におけるNi-Fe-Zn合金領域では、Zn、O、Mn及びSiの各濃度がめっき層の表面側から鋼板側に向けて減少していることが好ましい。換言すると、当該合金領域では、めっき層の表面側から鋼板側に向けてFe濃度が増加していることが好ましい。「Zn、O、Mn及びSiの各濃度がめっき層の表面側から鋼板側に向けて減少」とは、Ni-Fe-Zn合金領域において、めっき層の表面側から鋼板側に向けてこれらの元素の濃度が単調に減少していることを意味し、すなわち、列挙したいずれの元素においても、任意の2つの位置でGDS等により濃度を測定した場合に、その2つの位置のうちめっき層の表面側に近い位置の方が、他方の位置に比べ濃度が高いことを意味する。ここでいう減少とは、Zn、O、Mn及びSiの濃度が単調に減少していればよく、その直線性は問わない。なお、Niのみは表面からやや鋼板側で濃度の最大値を持つ。本発明に係るホットスタンプ成形体のめっき層にZnO領域とNi-Fe-Zn合金領域とが形成されると、典型的に、このような濃度分布を有することが多い。したがって、Ni-Fe-Zn合金領域は、めっき層の表面側から順に、Fe濃度が60質量%未満である第1の領域と、Fe濃度が60質量%以上である第2の領域とからなっていてもよい。Ni-Fe-Zn合金領域における第1の領域と第2の領域の区別は、定量分析GDSによりFe濃度を測定することで行うことができる。
【0041】
Ni-Fe-Zn合金領域は、めっき層の鋼板側の領域であり、典型的に、ホットスタンプ時に、ホットスタンプ前のZn-Niめっき層に含まれていたZnが鋼板に拡散される。この拡散は、鋼板に近いほど顕著に発生する。そのため、当該合金領域において、Zn濃度はめっき層の表面側から鋼板側に向けて減少する場合がある。また、酸素は、典型的にホットスタンプ時の雰囲気中に含まれるものであるため、ホットスタンプ成形体のめっき層において、当該めっき層の表面側から鋼板側へ進むにつれて濃度が減少する。さらに、Mn及びSiは、ホットスタンプ前は鋼板中に存在する元素であるが、酸素雰囲気下でホットスタンプすることで、その酸化しやすさのため、Feに比べて優先してめっき層の表面側へ拡散し得る。よって、当該合金領域において、Mn及びSiの各濃度はめっき層の表面側から鋼板側に向けて減少する場合がある。
【0042】
本発明において、Ni-Fe-Zn合金領域の第1の領域におけるZn/Ni質量比が3.0以上13.0以下の範囲であることが好ましい。より好ましくは、当該第1の領域において、めっき層の表面側から鋼板側に向けてZn/Ni質量比が3.0以上13.0以下の範囲で連続的に変化する。「第1の領域におけるZn/Ni質量比が3.0以上13.0以下の範囲である」とは、第1の領域の全ての位置で、Zn/Niの質量比が3.0以上13.0以下の範囲内にあることを意味し、本発明においては、第1の領域を等間隔に10個の区分に分け、各区分の中心位置のZn濃度及びNi濃度をGDS結果から読み取り各区分のZn/Ni質量比を求め、得られた10個のZn/Ni質量比が全て3.0以上13.0以下であるかどうかで判断することができる。第1の領域のZn/Ni質量比が上記範囲であると、当該領域で十分なZn量を確保でき、さらに他の領域でのZn量も十分な量にできる。そのため、ホットスタンプ成形体のめっき層に疵が付いた場合であっても、当該領域に存在するZnがZnOに酸化され酸化皮膜を形成する(「犠牲防食作用」と呼ばれる)ことで、当該疵部の腐食を抑制することができ、ホットスタンプ成形体の疵部耐食性を向上させることができる。第1の領域におけるZn/Ni質量比が3.0未満となると、Znの犠牲防食作用を十分に発揮できず、疵部耐食性が不十分になるおそれがある。一方、13.0超となると、他の領域、例えばめっき層の表層部及び/又は第2の領域のZnが不足し得るため、ホットスタンプ成形体全体の疵部耐食性が不十分になるおそれがある。第1の領域におけるZn/Ni質量比の下限は、好ましくは3.5、より好ましくは4.0であり、上限は、好ましくは12.0、より好ましくは11.0、さらに好ましくは10.0である。
【0043】
本発明において、Ni-Fe-Zn合金領域の第2の領域における平均Zn/Ni質量比が0.7以上2.0以下であることが好ましい。上述したように、ホットスタンプ前に形成されていたZn-Niめっき層中のZnはホットスタンプ時にめっき層の表面側及び鋼板中に拡散するが、本発明に係るホットスタンプ成形体では、鋼板と接するNi-Fe-Zn合金領域の第2の領域でも所定量のZnが残存している。当該第2の領域に上記範囲でZnが残存していると、めっき層又は更に下地の鋼板に疵が付いた場合でも、Znの犠牲防食作用を発揮することができるため、疵部耐食性を向上させることができる。第2の領域における平均Zn/Ni質量比が0.7未満であると、Znの犠牲防食作用が十分に発揮されず、疵部耐食性が不十分になるおそれがある。一方、2.0超であると、めっき層の表層部に十分にZnが拡散していないか及び/又は第1の領域でZnが不足しているおそれがあり、ホットスタンプ成形体全体としての疵部耐食性が不十分になるおそれがある。第2の領域における平均Zn/Ni質量比は、好ましくは0.8以上である。また、第2の領域における平均Zn/Ni質量比は、好ましくは1.8以下、より好ましくは1.5以下、さらに好ましくは1.2以下である。したがって、最も好ましくは、第2の領域における平均Zn/Ni質量比は0.8以上1.2以下である。
【0044】
「第2の領域における平均Zn/Ni質量比」とは、Ni-Fe-Zn合金領域のFe濃度≧60%の領域(第2の領域)を等間隔に10個の区分に分け、各区分の中心位置のZn濃度及びNi濃度をGDS結果から読み取り各区分のZn/Ni質量比を求め、得られた10個のZn/Ni質量比を平均化することで求めることができる。
【0045】
Ni-Fe-Zn合金領域の厚さは、定量分析GDSにより酸素濃度<10質量%の範囲を特定し、その深さを測定することで決定することができる。また、同様に、Ni-Fe-Zn合金領域の第1の領域(Fe濃度<60質量%)及び第2の領域(Fe濃度≧60質量%)の厚さは、GDSにより得られるFe濃度から決定することができる。
【0046】
<ホットスタンプ成形体の製造方法>
本発明に係るホットスタンプ成形体の製造方法の例を以下で説明する。本発明に係るホットスタンプ成形体は、鋼板の少なくとも片面、好ましくは両面に、例えば、電気めっきにより、順にZn-Niめっき層及びNiめっき層を形成してめっき鋼板を得て、得られためっき鋼板を所定の条件でホットスタンプすることで得ることができる。得られたホットスタンプ成形体は、鋼板上に、表面側から順に、酸素濃度が10質量%以上であるZnO領域と、酸素濃度が10質量%未満であるNi-Fe-Zn合金領域とからなるめっき層を有する。ZnO領域は、ホットスタンプ時の雰囲気中に含まれる酸素と、Niめっき層中を拡散して表面に達したZn-Niめっき層中のZnとが結合することで形成され、一方、Ni-Fe-Zn合金領域は、ホットスタンプの加熱時に鋼板からめっき層中に拡散したFeがZn-Niめっき層及びNiめっき層中のZn及びNiと合金化して形成される。
【0047】
(鋼板の製造)
本発明に係るホットスタンプ成形体を製造するのに使用される鋼板の製造方法は特に限定されない。例えば、溶鋼の成分組成を所望の範囲に調整し、熱間圧延し、巻取り、さらに冷間圧延を行うことで鋼板を得ることができる。本発明における鋼板の板厚は、例えば、0.1mm~3.2mmであればよい。
【0048】
使用する鋼板の成分組成は特に限定されないが、上述したように、質量%で、C:0.05%以上0.70%以下、Mn:0.5%以上11.0%以下、Si:0.05%以上2.50%以下、Al:0.001%以上1.500%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、N:0.010%以下、O:0.010%以下及びB:0.0005%以上0.0040%以下を含有し、残部が鉄及び不純物からなることが好ましい。
【0049】
(めっき層の形成)
Zn-Niめっき層及びNiめっき層の形成方法は、特に限定されないが、電気めっきにより形成することが好ましい。ただし、電気めっきに限らず、溶射や蒸着などを使用することもできる。以下では、Zn-Niめっき層及びNiめっき層を電気めっきにより形成した場合を説明する。
【0050】
電気めっきで形成される鋼板上のZn-Niめっき層について、めっき付着量は、例えば、片面あたり25g/m2以上90g/m2以下であると好ましく、30g/m2以上50g/m2以下であるとより好ましい。Zn-Niめっき層のZn/Ni比は、例えば、3.0以上20.0以下であればよく、4.0以上10.0以下であると好ましい。当該Zn/Ni比が小さすぎると、ホットスタンプ成形体のめっき層中に残存するZn濃度が不足し、犠牲防食作用が十分に得られず、疵部耐食性が不十分になるおそれがある。一方で、当該Zn/Ni比が20.0を超えると、Zn-Niめっき層の融点の低下等に起因して、当該Zn-Niめっき層からのZnの拡散が促進され、さらにはそれに伴いFe等の鋼板中の成分の拡散も促進されて、ZnO領域が厚くなりすぎたり、ZnO領域におけるFe、Mn及びSiの合計の平均濃度が高くなりすぎたりする場合がある。このような場合には、最終的に得られるめっき層の表層の酸化物がもろくなって欠落し凹凸が形成されることで外観が劣化したり、表層のFe等が周辺環境により腐食し赤錆を発生したりするおそれがある。また、Zn-Niめっき層の形成に用いる浴の組成は、例えば、硫酸ニッケル・6水和物:25~350g/L、硫酸亜鉛・7水和物:10~150g/L、及び硫酸ナトリウム:25~75g/Lであればよい。また、電流密度は、10~100A/dm2であればよい。浴組成と電流密度は、所望のめっき付着量及びZn/Ni比が得られるように適宜調整することができる。浴温及び浴pHは、めっき焼けが発生しないように適宜調整すればよく、例えば、それぞれ40~70℃及び1.0~3.0であればよい。
【0051】
また、電気めっきで形成される鋼板上のNiめっき層について、めっき付着量は、例えば、片面あたり0.3g/m2以上15.0g/m2以下であると好ましく、0.5g/m2以上10.0g/m2以下であるとより好ましい。このような範囲のめっき付着量のNiめっき層を形成することで、当該Niめっき層がバリアとなり、ホットスタンプ時に鋼板由来の成分がホットスタンプ成形体の表層のZnO領域に拡散するのを抑制し、ZnO領域において、所望量のFe、Mn及びSiの合計の平均濃度を得ることが可能となる。Niめっき層のめっき付着量が0.3g/m2未満となると、バリア機能を十分に果たせず、ZnO領域に多くのFe等が拡散するおそれがある。一方、15.0g/m2超であると、Zn-Niめっき層のZnの表層への拡散が過剰に抑制され、ZnO領域の厚さが不十分なるおそれがあり、さらにコスト的にも好ましくない。Niめっき層の形成に用いる浴の組成は、例えば、ストライク浴又はワット浴であればよい。また、電流密度は、5~50A/dm2であればよい。浴温及び浴pHは、めっき焼けが発生しないように適宜調整すればよく、例えば、それぞれ40~70℃及び1.0~3.0であればよい。
【0052】
Zn-Niめっき層のめっき付着量及びZn/Ni比並びにNiめっき層のめっき付着量は、鋼板からめっき層への鋼板成分の拡散及びZnO領域の形成等に対して相互に関係している。このため、各パラメータの値を単に上記の範囲内に制御しただけでは、所望のめっき層の構成が得られない場合がある。例えば、Niめっき層のめっき付着量が上記の範囲内にあっても、Zn-Niめっき層のZn/Ni比が比較的大きい場合には、Zn-Niめっき層の融点の低下等に起因して、当該Zn-Niめっき層からのZnの拡散及びそれに伴うFe等の鋼板中の成分の拡散が促進されて、Niめっき層が必ずしも十分なバリア機能を発揮できず、ZnO領域の過度な形成及び/又は当該ZnO領域におけるFe、Mn及びSiの合計の平均濃度の増大を招く場合がある。加えて、これらの元素の拡散は、後で説明するホットスタンプ処理の際の加熱温度や保持時間によっても大きく影響を受ける。したがって、同じZn-Niめっき層のめっき付着量及びZn/Ni比並びにNiめっき層のめっき付着量であっても、ホットスタンプ処理の際の加熱温度、昇温速度及び保持時間などに応じて、最終的に得られるめっき層の特徴が変化し得る。このため、所望のめっき層の構成を得るためには、Zn-Niめっき層のめっき付着量及びZn/Ni比並びにNiめっき層のめっき付着量の具体的な値は、これらのパラメータ間の相関関係及びホットスタンプ処理の条件などを考慮して適切に選択する必要がある。
【0053】
形成されるZn-Niめっき層のめっき付着量及びZn/Ni比、並びに、Niめっき層のめっき付着量の測定方法は特に指定されるものではないが、例えば、Zn-Niめっき層及びNiめっき層が形成された鋼板の断面からSEM/EDX(走査型電子顕微鏡/エネルギー分散型X線分光法)により測定することができる。
【0054】
(ホットスタンプ処理)
次いで、Zn-Niめっき層及びNiめっき層を形成した鋼板にホットスタンプを行う。ホットスタンプの加熱温度は、鋼板をオーステナイト域の温度に加熱できればよく、例えば、800℃以上1000℃以下であり、850℃以上950℃以下であると好ましい。ホットスタンプの加熱温度が高くなると、鋼板由来の成分がより拡散しやすくなり、ZnO領域に過剰なFe等が拡散するおそれがある。ホットスタンプの加熱方式としては、限定されないが、例えば、炉加熱、通電加熱、及び誘導加熱などが挙げられる。加熱後の保持時間は、0.5分間以上5.0分間以下で適宜設定することができる。より好ましくは1.0分間以上4.0分間以下、さらに好ましくは1.0分間以上2.0分間以下である。保持時間が長すぎると、ホットスタンプ成形体の表層にFe等の鋼板成分が多く拡散する、及び/又は、ZnO領域が厚くなりすぎるおそれがある。ホットスタンプ時の雰囲気は、5~25%の酸素雰囲気下で行うことが好ましく、例えば、大気雰囲気下で行うことができる。また、加熱処理の後は、例えば10~100℃/秒の範囲の冷却速度で冷却(焼入れ)を行うことができる。
【0055】
本発明に係るホットスタンプ成形体を得るためのめっき鋼板には、表面上にNiめっき層が形成されるため、当該Niめっき層により、下地のZn-Niめっき層中のZnの表層への拡散を幾らか防止することが可能となり、大気圧雰囲気下でホットスタンプしても、得られるホットスタンプ成形体の表層のZnO領域が過剰に厚くなるのを防止することができる。したがって、ホットスタンプ時の雰囲気中の露点制御等の炉内環境の制御を必要以上に行わずに、比較的薄いZnO領域を容易に得ることが可能となり、ホットスタンプ時の制御が簡易化される。
【0056】
ホットスタンプ前のZn-Niめっき層の付着量及びZn/Ni比、Niめっきの付着量、並びにホットスタンプ条件(例えば、温度、保持時間、雰囲気中の酸素濃度等)を適宜調整することで、ZnO領域及びNi-Fe-Zn合金領域、より具体的には、ZnO領域並びにNi-Fe-Zn合金領域の第1の領域及び第2の領域を形成し、それぞれの領域の各元素の濃度及び厚さを調整することができる。
【実施例
【0057】
本発明に係るホットスタンプ成形体について、以下で幾つかの例を挙げてより詳細に説明する。しかし、以下で説明される特定の例によって特許請求の範囲に記載された本発明の範囲が制限されることは意図されない。
【0058】
(めっき鋼板の形成)
板厚1.4mmの冷延鋼板を以下のめっき浴組成(Zn-Niめっき)を有するめっき浴に浸漬し、電気めっきにより当該冷延鋼板上の両面にZn-Niめっき層を形成した。このめっき浴のpHは2.0とし、浴温を60℃で維持し、電流密度は50A/dm2とした。次いで、Zn-Niめっき層が形成された鋼板を、以下のめっき浴組成(Niめっき)を有するめっき浴(ストライク浴)に浸漬し、Zn-Niめっき層上に電気めっきによりNiめっき層を形成し、後述するホットスタンプに使用するめっき鋼板を得た。このめっき浴のpHは1.5とし、浴温を50℃で維持し、電流密度は20A/dm2とした。なお、使用した全ての鋼板は、質量%で、C:0.50%、Mn:3.0%、Si:0.50%、Al:0.100%、P:0.010%、S:0.020%、N:0.003%、O:0.003%、及びB:0.0010%を含有し、残部が鉄及び不純物であった。
めっき浴組成(Zn-Niめっき)
・硫酸ニッケル・6水和物:25~250g/L(可変)
・硫酸亜鉛・7水和物:10~150g/L(可変)
・硫酸ナトリウム:50g/L(固定)
めっき浴組成(Niめっき)
・塩化ニッケル:240g/L(固定)
・塩酸:125ml/L(固定)
【0059】
Zn-Niめっき層において所望のめっき付着量及びZn/Ni比を得るために、めっき浴組成(硫酸ニッケル・6水和物及び硫酸亜鉛・7水和物の濃度)、電流密度、並びに通電時間を調整した。また、Niめっき層において所望のめっき付着量を得るために、電流密度及び通電時間を調整した。電気めっきにより得た鋼板上のZn-Niめっき層におけるめっき付着量(g/m2)及びZn/Ni比、並びにNiめっき層におけるめっき付着量(g/m2)を、めっき鋼板の断面からSEM-EDXにより測定した。それらの測定結果を表1に示す。なお、めっき付着量は片面当たりの付着量を示す。
【0060】
(ホットスタンプ処理)
次いで、得られためっき鋼板を、表1に示す条件でホットスタンプを行った。加熱は炉加熱により行い、成形には90度のV字金型を使用した。また、焼入れは冷却速度:30℃/秒で行い、全て大気雰囲気下で行った。
【0061】
(めっき層の定量分析GDS)
ホットスタンプ後に得た各試料のめっき層に含まれる元素を、堀場製作所のGD-profiler2を使用して、定量分析GDSにより測定した。GDSの測定条件は、測定径4mmφ、Arガス圧力:600Pa、電力:35W、測定時間:100秒間とし、測定対象元素は、Zn、Ni、Fe、Mn、Si及びOとした。具体的には、まず、各試料について、GDSにより酸素濃度が10質量%以上の領域と酸素濃度が10質量%未満の領域に分け、それぞれをZnO領域とNi-Fe-Zn合金領域とし、ZnO領域の厚さを決定した。また、Ni-Fe-Zn合金領域におけるZn、O、Mn及びSiの濃度分布から、これらの元素の濃度が、Ni-Fe-Zn合金領域において、めっき層の表面側から鋼板側に向けて減少しているかを確認した。次いで、特定したZnO領域を等間隔に10個の区分に分け、各区分の中心位置のFe濃度、Mn濃度及びSi濃度をGDS結果から読み取り各区分でこれらの濃度の合計を求め、得られた10個のFe、Mn及びSiの合計濃度の値を平均化することで、各試料のFe、Mn及びSiの合計の平均濃度を決定した。次いで、得られたGDS結果から、Ni-Fe-Zn合金領域を、Fe濃度が60質量%未満である領域(第1の領域)と、Fe濃度が60質量%以上である領域(第2の領域)とに分けた。第1の領域におけるZn濃度及びNi濃度からZn/Ni質量比の最大値と最小値を求め、第1の領域におけるZn/Ni質量比の範囲を特定した。また、第2の領域を等間隔に10個の区分に分け、各区分の中心位置のZn濃度及びNi濃度を読み取りZn/Ni質量比を求め、得られた10個のZn/Ni質量比を平均化することで、第2の領域における平均Zn/Ni質量比を決定した。各試料のFe、Mn及びSiの合計の平均濃度(質量%)、第1の領域におけるZn/Ni質量比、第2の領域における平均Zn/Ni質量比及びZnO領域の厚さ(μm)を表2に示す。なお、表2中の「Ni-Fe-Zn合金領域のZn、O、Mn及びSiの濃度分布」については、これらの元素全てがNi-Fe-Zn合金領域においてめっき層の表面側から鋼板側に向けて減少していた場合は「〇」、そうでない場合は「×」と示した。
【0062】
(表面部耐食性の評価)
表面部耐食性は、各試料から50mm×50mmの大きさの評価用サンプルを切り出し、当該サンプルを温度70℃、湿度70%の恒温恒湿槽に1000時間放置した後の赤錆面積率で評価した。具体的には、上記恒温恒湿環境に放置した後の評価用サンプルの表面をスキャナーで読み込んだ。その後、画像編集ソフトを用いて赤錆が発生している領域を選択し、赤錆面積率を求めた。この手順を1つの試料あたり5つの評価用サンプルに対して行い、得られた5つの錆面積率の平均として「赤錆面積率」を決定した。赤錆面積率<30%である場合は「表面部耐食性:〇」、赤錆面積率≧30%である場合は「表面部耐食性:×」とした。各試料の表面部耐食性の評価結果を表2に示す。
【0063】
(外観の評価)
外観は、ホットスタンプ成形時に90度のV字金型を使用して得た曲げ加工部での酸化物欠落面積率を測定することで行った。具体的には各試料の表面部をSEMで観察することで評価した。曲げ部の頭頂部の、200μm×200μmの視野で連続した隣接する5つの視野をSEMで観察し、観察した画像から各視野で酸化物が欠落している面積率を算出し、得られた5つの値を平均化することで「酸化物欠落面積率」を決定した。酸化物欠落面積率<30%である場合は「外観:〇」、酸化物欠落面積率≧30%である場合は「外観:×」とした。各試料の外観の評価結果を表2に示す。
【0064】
(疵部耐食性の評価)
別の50mm×50mmの評価用サンプルに、下地の鋼板まで到達する対角線長さ70mmのクロスカット疵を形成し、その後、JASO-CCT試験(M609-91)、塩水噴霧(5%NaCl、35℃):2時間、乾燥(60℃、20~30%RH):4時間、湿潤(50℃、95%RH):2時間を180サイクル実施し、疵部耐食性を評価した。膨れ幅2mm以下であれば「疵部耐食性:〇」、膨れ幅2mm超であれば「疵部耐食性:×」とした。各試料の疵部耐食性の評価結果を表2に示す。
【0065】
【表1】
【0066】
【表2】
【0067】
試料No.1~4及びNo.8~11は、ZnO領域において、Fe、Mn及びSiの合計の平均濃度が0質量%超5質量%未満であったため、表面部耐食性が良好であった。また、試料No.1~5及びNo.8~11は、酸化物層の厚さが3.0μm以下であったため、外観が良好であった。
【0068】
また、試料No.1~10において、Ni-Fe-Zn合金領域の第1の領域においてZn/Ni質量比が3.0以上13.0以下であり、第2の領域の平均Zn/Ni質量比が0.7以上2.0以下であったため、膨れ幅2mm以下となり、疵部耐食性が良好であった。
【0069】
試料No.5~7は、Niめっき層がない、あるいは、Niめっき層の付着量が少なかったため、ZnO領域におけるFe、Mn及びSiの合計の平均濃度が5質量%以上となり、ホットスタンプ成形体の表層にFe等が多く存在したことにより、比較的多くの赤錆が発生し、表面部耐食性が不十分であった。さらに、試料No.6及び7は、ZnO領域の厚さが3.0μmを超え、ホットスタンプ成形体の表層で比較的多くの酸化物の欠落が発生したため、外観が不十分であった。試料No.11は、Ni-Fe-Zn合金領域においてZnに比べてNiが過剰に存在し、犠牲防食作用を発揮するZnが不足したため、疵部耐食性が不十分であった。試料No.12は、Zn-Niめっき層のZn/Ni比が大きすぎたために、Zn-Niめっき層の融点の低下等に起因して、当該Zn-Niめっき層からのZnの拡散が促進され、さらにはそれに伴いFe等の鋼板中の成分の拡散も促進されて、ZnO領域の厚さが3.0μmを超え、ZnO領域におけるFe、Mn及びSiの合計の平均濃度も5質量%以上となり、その結果として外観及び表面部耐食性が不十分であった。さらに、試料No.12は、Ni-Fe-Zn合金領域においてZnが過剰に存在し、その結果として表層部のZnが不足したため、ホットスタンプ成形体全体の疵部耐食性が不十分であった。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明によれば、めっき層の表面側に存在するZnO領域における鋼板由来の成分を制御し、改善した表面部耐食性を有するホットスタンプ成形体を提供することができ、これにより、表面部耐食性に優れる自動車用部材を提供することができる。したがって、本発明は産業上の価値が極めて高い発明といえるものである。