(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-16
(45)【発行日】2023-05-24
(54)【発明の名称】熱延鋼板
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230517BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230517BHJP
C21D 9/46 20060101ALN20230517BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/58
C21D9/46 T
C21D9/46 U
(21)【出願番号】P 2021567285
(86)(22)【出願日】2020-12-15
(86)【国際出願番号】 JP2020046637
(87)【国際公開番号】W WO2021131876
(87)【国際公開日】2021-07-01
【審査請求日】2022-05-26
(31)【優先権主張番号】P 2019231744
(32)【優先日】2019-12-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】虻川 玄紀
(72)【発明者】
【氏名】東 昌史
(72)【発明者】
【氏名】桜田 栄作
(72)【発明者】
【氏名】藪 翔平
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-57472(JP,A)
【文献】特開2017-206764(JP,A)
【文献】国際公開第2016/157896(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/185405(WO,A1)
【文献】特開2012-77336(JP,A)
【文献】特許第7136335(JP,B2)
【文献】特許第6798643(JP,B2)
【文献】特許第6750761(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成として、質量%で、
C:0.02~0.12%、
Si:0.01~2.00%、
Mn:1.00~3.00%、
P:0.100%以下、
S:0.010%以下、
N:0.010%以下、
Al:0.005~1.000%、
Ti:0.01~0.20%、
Nb:0~0.10%、
V:0~0.100%、
Ni:0~2.00%、
Cu:0~2.00%、
Cr:0~2.00%、
Mo:0~2.00%、
W:0~0.100%、
B:0~0.0100%、
REM:0~0.0300%、
Ca:0~0.0300%、
Mg:0~0.0300%、
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
前記化学組成が、0.10≦Ti+Nb+V≦0.45を満足し、
ミクロ組織が、体積率で、焼き戻しマルテンサイトを80%以上含有し、残部がフェライト、パーライト、ベイナイト、フレッシュマルテンサイト、残留オーステナイトの1種以上からなり、
前記焼き戻しマルテンサイトが、Tiを含有する円相当径が5nm以下の析出物を、単位体積当たり5×10
9個/mm
3以上含有し、
表面から板厚の1/10の位置までの範囲である表層領域において、{211}<111>~{111}<112>からなる方位群の平均極密度と{110}<001>の結晶方位の極密度との和が6.0以下であり、
引張強度が980MPa以上である
ことを特徴とする熱延鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.01~0.10%、
V:0.010~0.100%、
Ni:0.01~2.00%、
Cu:0.01~2.00%、
Cr:0.01~2.00%、
Mo:0.01~2.00%、
W:0.005~0.100%、
B:0.0005~0.0100%、
REM:0.0003~0.0300%、
Ca:0.0003~0.0300%、
Mg:0.0003~0.0300%、
から選択される1種又は2種以上を含有する
ことを特徴とする請求項1に記載の熱延鋼板。
【請求項3】
前記焼き戻しマルテンサイトが、前記析出物を、単位体積当たり5×10
11個/mm
3以上含有し、
前記引張強度が1180MPa以上である、
ことを特徴とする請求項1または2に記載の熱延鋼板。
【請求項4】
前記表面から前記板厚の1/4の位置でのナノ硬さの標準偏差が0.8GPa以下であることを特徴とする請求項1~3のいずれか一項に記載の熱延鋼板。
【請求項5】
前記表面に溶融亜鉛めっき層を備えることを特徴とする請求項1~4のいずれか一項に記載の熱延鋼板。
【請求項6】
前記溶融亜鉛めっき層が合金化溶融亜鉛めっき層であることを特徴とする請求項5に記載の熱延鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱延鋼板に関する。
本願は、2019年12月23日に、日本に出願された特願2019-231744号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化対策に伴う温室効果ガス排出量規制の観点から、自動車のさらなる燃費向上が求められている。そして、車体を軽量化するとともに衝突安全性を確保するために、自動車用部品における高強度鋼板の適用がますます拡大しつつある。
しかしながら、自動車用部品に供される鋼板においては、強度だけでなく、プレス加工性や溶接性等、部品成形時に要求される各種施工性が要求される。具体的には、プレス加工性や成形性の観点から、鋼板には曲げ加工性、伸びフランジ性が要求されることが多い。鋼板の成形性は、材料の高強度化とともに低下する傾向があるので、高強度と良好な成形性とを両立することは難しい。
そのため、自動車用部品における高強度鋼板の適用には、引張強度980MPa以上の高強度とともに、優れた曲げ加工性、伸びフランジ性を実現することが重要な課題となっている。
【0003】
また、自動車用部品には衝突時の変形に対する抵抗の観点から、高耐力も求められており、上記の成形性に加えて高耐力を有することも望まれている。
【0004】
非特許文献1には、組織制御によって、フェライト、ベイナイト、マルテンサイト等の単一組織に制御することで曲げ加工性が改善することが報告されている。
【0005】
特許文献1には、質量%で、C:0.010~0.055%、Si:0.2%以下、Mn:0.7%以下、P:0.025%以下、S:0.02%以下、N:0.01%以下、Al:0.1%以下、Ti:0.06~0.095%を含有し、面積率で95%以上がフェライトからなる組織に制御し、フェライト結晶粒内のTiを含む炭化物粒子径と、Tiを含む硫化物として平均径0.5μm以下のTiSのみが分散析出した組織に制御することで、590MPa以上750MPa以下の引張強度と優れた曲げ加工性とを実現する方法が開示されている。
【0006】
特許文献2には、質量%で、C:0.05~0.15%、Si:0.2~1.2%、Mn:1.0~2.0%、P:0.04%以下、S:0.0030%以下、Al:0.005~0.10%、N:0.01%以下およびTi:0.03~0.13%を含有し、鋼板内部の組織を、ベイナイト単相、またはベイナイトを分率で95%超とする組織に制御し、かつ、鋼板表層部の組織をベイナイト相の分率が80%未満でかつ、加工性に富むフェライトの分率を10%以上とすることで、引張強度780MPa以上を維持したまま、曲げ加工性を向上させる方法が開示されている。
【0007】
さらに、特許文献3には、質量%で、C:0.08~0.25%、Si:0.01~1.0%、Mn:0.8~1.5%、P:0.025%以下、S:0.005%以下、Al:0.005~0.10%、Nb:0.001~0.05%、Ti:0.001~0.05%、Mo:0.1~1.0%、Cr:0.1~1.0%を含有し、焼戻マルテンサイト相を体積率で90%以上の主相とし、圧延方向に平行な断面における旧オーステナイト粒の平均粒径が20μm以下で、かつ圧延方向に直交する断面における旧オーステナイト粒の平均粒径が15μm以下である旧γ粒の異方性を低減した組織に制御することで、降伏強さ960MPa以上の高強度と優れた曲げ加工性を有し、低温靭性に優れた高強度熱延鋼板が得られることが開示されている。
【0008】
特許文献4には、鋼板表面から5/8~3/8の板厚範囲である板厚中央部における、特定の結晶方位群の各方位の極密度を制御し、圧延方向に対して直角方向のランクフォード値であるrCを0.70以上1.10以下かつ、前記圧延方向に対して30°をなす方向のランクフォード値であるr30を0.70以上1.10以下とすることで、局部変形能に優れ、かつ曲げ加工性の異方性が小さい熱延鋼板が得られることが開示されている。
【0009】
一方、高耐力の熱延鋼板を得るための製法として、特許文献5、6には、熱延後の鋼板に焼鈍を施すことで、高強度、高耐力を得る方法が提案されている。
【0010】
しかしながら、いずれの文献にも、引張強度980MPa以上の高強度とともに、優れた曲げ加工性、伸びフランジ性、高耐力を同時に達成する方法については開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】日本国特開2013-133499号公報
【文献】日本国特開2012-62558号公報
【文献】日本国特開2012-77336号公報
【文献】国際公開第2012/121219号
【文献】国際公開第2018/026013号
【文献】国際公開第2010/137317号
【非特許文献】
【0012】
【文献】高橋ら,新日鉄技報「自動車用高強度鋼板の開発」,第378号,p2~p6,(2003)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、上述の検討に鑑み、以下に示す諸形態に想到したもので、980MPa以上の引張強度を有しながら、曲げ加工性及び伸びフランジ性に優れ、高耐力を有する、熱延鋼板を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記の課題について検討した。その結果、所定の化学組成を有する鋼板において、ミクロ組織を、焼き戻しマルテンサイトを80%以上含有する組織とし、ミクロ組織が、Tiを含有する円相当径が5nm以下の析出物を、単位体積当たり5×109個/mm3以上含有することで、加工性を確保しつつ、高耐力、かつ引張強度が980MPa以上である鋼板を製造可能なことを見出した。
【0015】
また、本発明者らは、高強度鋼板の曲げ加工性について鋭意調査を行った。その結果、鋼板強度が高くなるほど、曲げ加工時に曲げ内側から亀裂(以下、曲げ内割れと呼称する)が生じやすくなることを明らかにした。また、従来、鋼板の曲げ加工における割れは曲げ外側の鋼板表面または端面付近から亀裂が発生することが一般的であったが、鋼板の高強度化に伴い曲げ内側に微小な亀裂が生じることがあることが分かった。このような曲げの内側に生じる微小な亀裂の抑制方法は従来の知見では示されていない。
本発明者らの研究により、曲げ内割れは、引張強度780MPa級以上の鋼板で発生しやすくなり、980MPa級以上の鋼板で顕著になり、1180MPa級以上の鋼板で更に顕著な課題となることがわかった。
【0016】
本発明者らは、上記の曲げ内割れが生じるメカニズムが変形の偏りによると推定し、集合組織および硬さの均一性に着目し、曲げ内割れを抑制する方法を探索した。
その結果、集合組織が比較的ランダムであれば変形抵抗も均一であるため、変形が均一に生じやすいが、特定の集合組織が発達すると変形抵抗が大きい方位を持つ結晶とそれ以外の方位の結晶の間に変形の偏りが生じ、せん断変形帯を生じやすくなること、逆に、変形抵抗の大きい方位の結晶を減らすと、変形は均一に生じ、せん断変形帯は生じにくくなることを見出した。すなわち、本発明者らは、特に、亀裂の発生する板厚方向の表層領域における集合組織を制御することで、曲げ内割れを抑制できることを見出した。
【0017】
本発明者らが検討をさらに行った結果、集合組織の他にも変形の偏りを生む原因として、硬さの不均一性があることがわかった。硬さの不均一性は、変態組織や析出物の分布により生じる。本発明者らは曲げ内割れの原因(曲げ加工性の劣化原因)となる硬さの不均一性を、ナノ硬さの標準偏差で評価できることを見出した。すなわち、集合組織の制御に加えて、さらに硬さの均一性を制御することで、曲げ加工性向上の効果がより大きくなることが分かった。また硬さの均一性の制御は、伸びフランジ性のさらなる向上にも寄与することがわかった。
【0018】
本発明は、上記の知見に基づいてなされ、その要旨は以下のとおりである。
(1)本発明の一態様に係る熱延鋼板は、化学組成として、質量%で、C:0.02~0.12%、Si:0.01~2.00%、Mn:1.00~3.00%、P:0.100%以下、S:0.010%以下、N:0.010%以下、Al:0.005~1.000%、Ti:0.01~0.20%、Nb:0~0.10%、V:0~0.100%、Ni:0~2.00%、Cu:0~2.00%、Cr:0~2.00%、Mo:0~2.00%、W:0~0.100%、B:0~0.0100%、REM:0~0.0300%、Ca:0~0.0300%、Mg:0~0.0300%、を含有し、残部がFe及び不純物からなり、前記化学組成が、0.10≦Ti+Nb+V≦0.45を満足し、ミクロ組織が、体積率で、焼き戻しマルテンサイトを80%以上含有し、残部がフェライト、パーライト、ベイナイト、フレッシュマルテンサイト、残留オーステナイトの1種以上からなり、前記焼き戻しマルテンサイトが、Tiを含有する円相当径が5nm以下の析出物を、単位体積当たり5×109個/mm3以上含有し、表面から板厚の1/10の位置までの範囲である表層領域において、{211}<111>~{111}<112>からなる方位群の平均極密度と{110}<001>の結晶方位の極密度との和が6.0以下であり、引張強度が980MPa以上である。
(2)上記(1)に記載の熱延鋼板では、前記化学組成が、質量%で、Nb:0.01~0.10%、V:0.010~0.100%、Ni:0.01~2.00%、Cu:0.01~2.00%、Cr:0.01~2.00%、Mo:0.01~2.00%、W:0.005~0.100%、B:0.0005~0.0100%、REM:0.0003~0.0300%、Ca:0.0003~0.0300%、Mg:0.0003~0.0300%、から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
(3)上記(1)または(2)に記載の熱延鋼板では、前記焼き戻しマルテンサイトが、前記析出物を、単位体積当たり5×1011個/mm3以上含有し、前記引張強度が1180MPa以上であってもよい。
(4)上記(1)~(3)のいずれかに記載の熱延鋼板では、前記表面から前記板厚の1/4の位置でのナノ硬さの標準偏差が0.8GPa以下であってもよい。
(5)上記(1)~(4)のいずれかに記載の熱延鋼板では、前記表面に溶融亜鉛めっき層を備えてもよい。
(6)上記(5)に記載の熱延鋼板では、前記溶融亜鉛めっき層が合金化溶融亜鉛めっき層であってもよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の上記態様によれば、980MPa以上の引張強度を有し、曲げ内割れの発生が抑制できる、曲げ加工性および伸びフランジ性に優れ、さらに、高耐力を有する(引張強度に対する耐力の割合が高い)、熱延鋼板を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】φ2=45°断面の結晶方位分布関数(ODF)であって、{211}<111>~{111}<112>からなる方位群、および{110}<001>方位を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の一実施形態に係る熱延鋼板(本実施形態に係る鋼板)について説明する。
【0022】
1.ミクロ組織
<ミクロ組織が、体積率で、焼き戻しマルテンサイトを80%以上含有し、残部がフェライト、ベイナイト、パーライト、フレッシュマルテンサイト及び残留オーステナイトの1種以上からなる>
まず、ミクロ組織の限定理由に関して述べる。
本実施形態に係る鋼板では、ミクロ組織の主相は、体積率で80%以上の焼き戻しマルテンサイトである。
本実施形態に係る鋼板は、伸びフランジ性、曲げ加工性を向上させる観点から、できるだけ同等の硬さを有するミクロ組織で主に構成される必要がある。各ミクロ組織の硬さが、おおよそフェライト<パーライト<ベイナイト<残留オーステナイト<焼き戻しマルテンサイト<フレッシュマルテンサイトの順に大きいと考えると、フェライト、パーライト、ベイナイト、または残留オーステナイトを主相とした場合、引張強度(TS)が980MPa未満となる。また、フレッシュマルテンサイトを主相とすることは低耐力の原因となる可能性がある。そのため、本実施形態に係る鋼板では、焼き戻しマルテンサイトを主相とする。焼き戻しマルテンサイトの体積率が80%未満であると、それ以外の組織と、焼き戻しマルテンサイトの硬さの差に起因した硬さの不均一性が生じ、曲げ加工性および伸びフランジ性が劣化する。
そのため、焼き戻しマルテンサイトの体積率を80%以上とする。焼き戻しマルテンサイト以外の組織(残部)は、フェライト、パーライト、ベイナイト、残留オーステナイト、フレッシュマルテンサイトのうちの1種以上である。このうち、フレッシュマルテンサイトの体積率は、10%以下が好ましい。
【0023】
本実施形態では、パーライト、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト、及び、フェライトの体積率は、熱延鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を観察面として試料を採取し、観察面を研磨し、ナイタールエッチングし、表面から板厚の1/4の深さ(1/4厚)位置を中心とする表面から板厚の1/8~3/8(1/8厚~3/8厚)の範囲を、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)を用いて、5000倍の倍率で観察して、各組織の面積率を測定し、それを持って体積率とする。その際、10視野測定し、その平均値を体積率とする。
【0024】
各組織は、以下の特徴を有している。そのため、面積率の測定においては、以下の特徴に基づいて、各組織を同定し、その面積率を求める。
フェライトは鉄系炭化物を含まない等軸形状をした粒であり、パーライトはフェライトおよびセメンタイトの層状組織である。
ベイナイトは、上部ベイナイトと下部ベイナイトとを含むが、上部ベイナイトは、ラス状の結晶粒の集合であり、ラス間に炭化物を含むラスの集合体である。下部ベイナイトは、ラス状の結晶粒の集合であり、内部に長径5nm以上の鉄系炭化物を含み、さらに、その炭化物が、単一のバリアント、即ち、同一方向に伸張した鉄系炭化物群に属するものである。ここで、同一方向に伸長した鉄系炭化物群とは、鉄系炭化物群の伸長方向の差異が5°以内であるものを意味する。
焼き戻しマルテンサイトはラス状の結晶粒の集合であり、内部に長径5nm以上の鉄系炭化物を含み、さらに、その炭化物が、複数のバリアント、即ち、2方向以上に伸張した鉄系炭化物群に属するものである。一般的に、焼き戻しマルテンサイトはセメンタイト等の鉄系炭化物を含むものを指す場合が多いが、本実施形態ではTiを含む微細析出物を含むマルテンサイトも焼き戻しマルテンサイトと定義する。
【0025】
フレッシュマルテンサイト及び残留オーステナイトは、ナイタールエッチングでは充分に腐食されないので、FE-SEMによる観察において、上述の組織(フェライト、パーライト、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト)と明瞭に区別することができる。それ故、フレッシュマルテンサイトの体積率は、FE-SEMで観察される腐食されていない領域の面積率として求めた体積率と、後述するX線で測定した残留オーステナイトの体積率との差分として求めることができる。
【0026】
残留オーステナイトの体積率は、X線回折法で求める。具体的には、鋼板の板厚の1/4深さ位置における、圧延方向に平行な断面において、Co-Kα線を用いて、α(110)、α(200)、α(211)、γ(111)、γ(200)、γ(220)の計6ピークの積分強度を求め、強度平均法を用いて算出することで残留オーステナイトの体積率を得る。
【0027】
<焼き戻しマルテンサイトが、Tiを含有する円相当径が5nm以下の析出物を、単位体積当たり5×109個/mm3以上含有する>
本実施形態に係る鋼板は、先述のように焼き戻しマルテンサイトを主な組織とするが、これらのミクロ組織間の硬さ等の不均一性をできるだけ低減するため、熱延でマルテンサイト(焼き戻しマルテンサイトおよびフレッシュマルテンサイト)組織とした後、450℃以上の熱処理によって焼き戻しマルテンサイト間の硬さ差を低減する処理を施す。このとき、焼き戻しは強度の低下を伴うので、微細に析出物を分散させることで析出強化を行う。
本発明者らは、980MPa以上の引張強度の確保を可能とする析出物のサイズと個数密度との関係を鋭意調査した。その結果、Tiを含む円相当径5nm以下の析出物を個数密度で5×109個/mm3以上含有する焼き戻しマルテンサイトを主相とすることで、980MPa以上の引張強度が確保可能であることを見出した。また、従来の熱延鋼板(例えば特許文献5、6の鋼板)に含まれる析出物はサイズ(円相当径)が5nm以下に制御できておらず、個数密度も小さいことが分かった。
本発明者らがさらに検討した結果、この原因は、析出物を形成するTi等の含有量が少ない、あるいは、Ti等を含有させたとしてもスラブの段階で粗大な析出物として存在し、スラブ加熱時にも溶解しないこと、熱延(熱間圧延)後の巻取りのような長時間の熱処理で析出したTiCが粗大化することによって、円相当径が5nm以下の析出物の個数密度が5×109個/mm3未満になってしまうことにあることを見出した。
このように微細な析出物を分散させることは、引張強度の向上とともに、硬さの均一性を向上(不均一性を低下)させることや、耐力を向上させることにも寄与する。
また、一般に高耐力と良好な曲げ性との両立は難しいが、析出物のサイズ及び個数密度の制御と、後述する集合組織の制御とを同時に行うことで、高耐力と良好な曲げ性との両立が可能となる。
【0028】
析出物のサイズ及び個数密度の限定理由に関して説明する。
Tiを含む円相当径が5nm以下の析出物の単位体積当たりの個数密度を5×109個/mm3以上とするのは、980MPa以上の引張強度を確保するためである。個数密度が5×109個/mm3未満では、980MPa以上の引張強度の確保が難しい。そのため、Tiを含む円相当径が5nm以下の析出物の個数密度は、5×109個/mm3以上にする必要がある。1180MPa以上の引張強度を確保するためには、析出物の個数密度は、5×1011個/mm3以上とすることが好ましい。ここで言う5nmとは円相当径である。
析出物を、Tiを含む析出物としたのは、Tiを含む析出物が、熱延前のスラブの加熱段階にて多量に溶解させ易く、かつ、円相当径が5nm以下の微細な析出物として析出するためである。析出物としては、炭化物、窒化物、炭窒化物など種類は限定されないが、特に、炭化物が、円相当径が5nm以下の微細な析出物として析出し、強度向上に寄与するので好ましい。Tiの析出物は、主に主相である焼き戻しマルテンサイトに含まれる。
NbもTiと類似の効果を有するものの、Nbの炭化物はスラブの加熱段階で溶解可能な量が少なく、また、Nbを単独で含有させても980MPa以上の引張強度を確保できない。また、Vはスラブの加熱段階で多量の溶解が可能であるものの、析出物のサイズが比較的大きく、Vを単独で含有させても5nm以下の析出物を5×109個/mm3以上確保することは難しい。このことから、Tiを含む析出物とする必要がある。ただし、5nm以下の析出物を5×109個/mm3以上確保できるのであれば、Tiの一部を、Nb、V及び/またはMoで置換した構造を有する複合析出物((Ti,Nb,V)C等)であってもよい。
上述の個数密度とともに制御する析出物のサイズを円相当径で5nm以下とする理由は、980MPa以上の引張強度を確保するためである。円相当径が5nm超の析出物では、個数密度を5×109個/mm3以上とすることが出来ず、980MPa以上の引張強度を確保できない。
【0029】
本実施形態に係る鋼板は、析出強化を活用して鋼板の強度を向上させている。そのため、アーク溶接などの溶接時の課題であった熱影響部での軟化を抑制でき、溶接部疲労強度にも優れる。また、本実施形態に係る鋼板は、Tiを含有する円相当径が5nm以下の析出物によって強度を高めている。このような場合、降伏強さ(YS)と引張強度(TS)との比である降伏比(=YS/TS)が0.90以上と極めて高くなる。降伏比が高い鋼板を用いることで、縁石乗り上げや衝突の際に変形し難い自動車用足回り部品を提供できる。
【0030】
Tiを含む析出物の個数密度は、電解抽出残差法を用い、鋼板の単位体積当たりに含まれる析出物の、1.0nmピッチでの円相当径毎の個数密度を(例えば円相当径0nm超、1.0nm以下の個数密度、1.0nm超、2.0nm以下の個数密度、2.0nm超、3.0nm以下の個数密度...という具合に)測定する。測定の結果、0nm超~5.0nm以下の個数密度の合計を本実施形態における円相当径が5nm以下の析出物の個数密度とする。析出物の個数密度は、鋼板の代表的な組織が得られる表面から深さ方向に0.20mm~3/8厚の範囲、例えば表面から板厚の1/4の位置(1/4厚)付近から採取することが望ましい。板厚中心は、中心偏析の影響により、粗大な析出物が存在する場合があるとともに、偏析影響により局所的な化学組成が異なることから、測定位置として好ましくない。表面から0.20mm未満の位置は、軽圧下等により導入された高密度な転位の影響や加熱時の脱炭影響を受け、析出物の個数密度が内部と異なる場合があることから、測定位置として好ましくない。
測定に際しては、透過型電子顕微鏡(TEM)およびEDSにて析出物の組成分析を行い、微細な析出物がTiを含む析出物であることを確認すればよい。
本実施形態に係る鋼板において、微細な析出物は、ほとんどが焼き戻しマルテンサイト中に存在すると考えられる。そのため、本実施形態において、上記の方法で得られたTiを含有する円相当径が5nm以下の析出物の個数密度は、焼き戻しマルテンサイトが含有するTiを含有する円相当径が5nm以下の析出物の個数密度であるとみなす。
【0031】
<表面から板厚の1/10の位置までの範囲である表層領域において、{211}<111>~{111}<112>からなる方位群の平均極密度と{110}<001>の結晶方位の極密度との和が6.0以下>
本実施形態に係る鋼板は、鋼板の表面から板厚の1/10の位置までの範囲である表層領域において、{211}<111>~{111}<112>からなる方位群の平均極密度と{110}<001>の結晶方位の極密度の和が6.0以下となる。
本発明者らが、高強度鋼板の曲げ加工性について鋭意調査を行った結果、鋼板の高強度化に伴い曲げ内側に微小な亀裂が生じることがあることが分かった。さらに検討を行った結果、このような曲げ内割れのメカニズムは以下のように推定される。
曲げ加工時には曲げ内側に圧縮の応力が生じる。最初は曲げ内側全体が均一に変形しながら加工が進むが、加工量が大きくなると均一な変形のみで変形を担えなくなり、ミクロな変形の偏りが生じる(せん断変形帯の発生)。このせん断変形帯が更に成長することで曲げ内側表面からせん断帯に沿った亀裂が発生し、成長する。高強度化に伴い曲げ内割れが発生しやすくなる理由は、高強度化に伴う加工硬化能の低下により、均一な変形が進みにくくなり、変形の偏りが生じやすくなることで、加工早期に(または緩い加工条件で)せん断変形帯が生じるためと推定される。
鋼板を曲げ変形する際、板厚中心を境に、表面に向かってひずみが大きくなり、最表面でひずみは最大となる。したがって、曲げ内割れの亀裂は鋼板の表面に生成する。このような、亀裂の生成に寄与するのは、鋼板表面から板厚1/10までの範囲である表層領域の組織であるため、表層領域の組織を制御する。
【0032】
本発明者らは、曲げ加工時の曲げ内割れの原因となる変形の偏りを抑制するため、集合組織に着目した。
具体的には、鋼板に変形を加えた時、各結晶方位において変形に対するすべり系の働きやすさは異なる(Schmid factor)。これは結晶方位ごとに変形抵抗が異なるからであると考えられる。すなわち、集合組織が比較的ランダムであれば変形抵抗も均一であるため、変形が均一に生じやすいが、特定の集合組織が発達すると変形抵抗が大きい方位を持つ結晶とそれ以外の方位の結晶の間に変形の偏りが生じ、せん断変形帯を生じやすくなる。逆に、変形抵抗の大きい方位の結晶を減らすならば、変形は均一に生じ、せん断変形帯は生じにくくなると考えられる。
【0033】
本実施形態に係る鋼板は、上記の発想から、表面から板厚の1/10の位置までの範囲である表層領域において、{211}<111>~{111}<112>からなる方位群の平均極密度と{110}<001>の結晶方位の極密度との和を6.0以下とする。これにより、曲げ内割れを抑制できる。
表裏面において集合組織の発達が異なる鋼板の場合、片側の表面から板厚の1/10の位置までの範囲のみでも本実施形態で規定する集合組織を満たしていれば、その面を曲げ内側にした時の曲げ加工において、曲げ内割れ抑制の効果を得ることができる。
【0034】
{211}<111>~{111}<112>からなる方位群と{110}<001>の結晶方位は、常法で製造した高強度熱延鋼板において表層領域に発達しやすい方位である。また、これらは、曲げ加工時に曲げ内側で変形抵抗が特に大きい方位群であるので、その他の方位群との変形抵抗の差異に起因して、せん断変形帯が生じやすい。したがって、これらの方位群の極密度を小さくすることで曲げ内割れを抑制することができる。ただし、{211}<111>~{111}<112>からなる方位群の平均極密度と{110}<001>の結晶方位の極密度をどちらかのみを小さくしても本実施形態の効果は得られず、その総和を小さくすることが重要である。
【0035】
鋼板表面から板厚1/10までの範囲である表層領域における、{211}<111>~{111}<112>からなる方位群の平均極密度と{110}<001>の結晶方位の極密度の和が6.0超であると、せん断変形帯が顕著に発生しやすくなり、曲げ内割れの発生の要因となる。この場合、L軸及びC軸の最小曲げ半径の平均値/板厚であるR/tが1.5を超える。このため、これらの和を6.0以下とする。この観点から好ましくは、{211}<111>~{111}<112>からなる方位群の平均極密度と{110}<001>の結晶方位の極密度との和が5.0以下、さらに好ましくは4.0以下である。
{211}<111>~{111}<112>からなる方位群の平均極密度と{110}<001>の結晶方位の極密度との和は小さい程好ましいが、980MPa以上の高強度熱延鋼板においては、0.5未満とすることは困難であるため、0.5が実質的な下限である。
【0036】
極密度は、EBSP法(Electron BackScatter Diffraction Pattern法)により測定できる。EBSP法による解析に供する試料は、圧延方向と平行でかつ板面に垂直な切断面に対し、機械研磨を行い、機械研磨後に化学研磨や電解研磨などによって歪みを除去する。この試料を用いて鋼板の表面から板厚の1/10位置までの範囲において、測定間隔を4.0μmに設定し、測定面積が150000μm2以上となるようにEBSP法による解析を行う。
【0037】
図1に、φ2=45°断面の結晶方位分布関数(ODF)と、{211}<111>~{111}<112>からなる方位群、および{110}<001>方位を示す。{211}<111>~{111}<112>からなる方位群とは、集合組織解析をBUNGE表示し、φ2=45°断面の結晶方位分布関数(ODF)で、φ1=85~90°、Φ=30~60°、φ2=45°の範囲を指す。この方位群の平均極密度を、
図1に示す上記範囲で算出する。{211}<111>~{111}<112>方位群は厳密にはODF上ではφ1=90°、Φ=30~60°、φ2=45°の範囲であるが、試験片加工や試料のセッティングに起因する測定誤差があるため、本実施形態に係る鋼板では、φ1=85~90°、Φ=30~60°、φ2=45°の範囲で平均極密度を算出する。以下の平均極密度解析においても、同様に試験片加工や試料のセッティングに起因する測定誤差を考慮して平均値を取る角度の範囲を決めている。
同様に{110}<001>の結晶方位の極密度は、φ2=45°断面の結晶方位分布関数(ODF)で、φ1=85~90°、Φ=85~90°、φ2=45°の範囲を指す。この結晶方位の極密度を、
図1に示す上記範囲で算出する。
【0038】
ここで、圧延板の結晶方位は、通常、板面と平行な格子面を(hkl)又は{hkl}で表示し、圧延方向に平行な方位を[uvw]又は<uvw>で表示する。{hkl}および<uvw>は、等価な格子面および方向の総称であり、(uvw)および[hkl]は、個々の格子面および方向を指す。即ち、本実施形態に係る鋼板では、bcc構造を対象としているので、例えば、(110)、(-110)、(1-10)、(-1-10)、(101)、(-101)、(10-1)、(-10-1)、(011)、(0-11)、(01-1)、(0-1-1)、は等価な格子面であり、区別がつかない。このような場合、これらの格子面を総称して{110}と称する。
【0039】
<表面から板厚の1/4の位置でのナノ硬さの標準偏差が0.8GPa以下>
上述の通り、表層領域の集合組織の制御によって、曲げ加工性は向上する。しかしながら、本発明者らの検討の結果、集合組織の他にも変形の偏りを生む原因として、硬さの不均一性があることがわかった。硬さの不均一性は、変態組織や析出物の分布により生じ得る。
本発明者らは、曲げ内割れの原因となる硬さの不均一性を、ナノ硬さの標準偏差で評価でき、ナノ硬さの標準偏差を所定の範囲内とすることで、さらに曲げ加工性及び伸びフランジ性が向上することを見出した。具体的には、表面から板厚の1/4(1/4厚)の位置でのナノ硬さの標準偏差が0.8GPa以下であると、曲げ加工性及び伸びフランジ性がさらに向上することを見出した。
ナノ硬さの標準偏差が0.8GPa超では、曲げ加工時に変形の偏りが生じ、せん断帯の発生により曲げ内割れの発生抑制効果が小さく、また伸びフランジ性も十分に向上しないので、本実施形態に係る鋼板では、ナノ硬さの標準偏差は0.8GPa以下とすることが好ましい。より好ましくは0.6GPa以下である。
ナノ硬さの標準偏差の評価を1/4厚の位置で行う理由は以下のとおりである。原理的には表層領域の硬さの不均一性が曲げ加工性に影響し、板厚全体の硬さの不均一性が伸びフランジ性に影響すると考えられる。ここで、本実施形態に係る鋼板は、前述した集合組織に関しては熱間圧延におけるせん断変形の影響を受けて、表層領域と中心領域とで異なる方位が発達する。一方で、硬さの均一性に関わるミクロ組織の分率や析出物密度などは表層領域と中心領域とで大きくは変わらない。そのため、1/4厚の位置で評価することで表層領域や板厚全体での硬さの不均一性を代表することができる。
【0040】
本実施形態において、「ナノ硬さの標準偏差」とは、以下の方法で求める。
すなわち、1/4厚の位置で、板厚方向に垂直かつ、圧延方向に平行な線上に、Hysitron社のtribo-900を用い、バーコビッチ形状のダイヤモンド圧子により80nmの押し込み深さの条件にて、3μmの間隔をあけて、計100箇所のナノ硬さを測定し、得られたナノ硬さのヒストグラムから標準偏差を求める。
【0041】
2.化学組成
以下、本実施形態に係る鋼板の化学組成について詳細に説明する。
下記する「~」を挟む数値限定範囲には、両端の値が、下限値及び上限値としてその範囲に含まれる。ただし、「超」または「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。各元素の含有量に関する「%」は、断りがない限り「質量%」を意味する。
【0042】
(C:0.02%~0.12%)
Cは、Tiを含む炭化物を形成することで、鋼板の強度を高めるために有効な元素である。C含有量が0.02%未満であると、炭化物の個数密度を5×109個/mm3以上確保することが出来ない。そのため、C含有量を0.02%以上とする。
一方、C含有量が0.12%を超えると、その効果が飽和するばかりでなく、スラブ加熱時に炭化物が溶け難くなる。そのため、C含有量は0.12%以下である。C含有量は、好ましくは0.09%以下である。
【0043】
(Si:0.01%~2.00%)
Siは、固溶強化により材料強度を高めることができる重要な元素である。Si含有量が0.01%未満では、強度が低下する。そのため、Si含有量は0.01%以上とする。Si含有量は、好ましくは0.10%以上、さらに好ましくは0.30%以上である。
一方、Si含有量が2.00%超では、表面性状が劣化する。そのため、Si含有量は2.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは1.50%以下である。
【0044】
(Mn:1.00%~3.00%)
Mnは、鋼板のミクロ組織におけるマルテンサイトの体積率を高めて鋼板の強度を高めるために有効な元素である。焼き戻しマルテンサイトの体積率を80%以上にするために、Mn含有量を1.00%以上とする。Mn含有量が1.00%未満では、焼き戻しマルテンサイトの体積率が低下し、十分な強化が出来ない。
一方、Mn含有量が3.00%超では、その効果が飽和するとともに、経済性が低下する。そのため、Mn含有量を3.00%以下とする。
【0045】
(Ti:0.01~0.20%)
(Nb:0~0.10%)
(V:0~0.100%)
(0.10≦Ti+Nb+V≦0.45)
Ti、Nb、Vは、CやNと結合して析出物(炭化物、窒化物、炭窒化物等)を形成し、こられの析出物による析出強化を通じて鋼板強度の向上に寄与する元素である。後述する製造方法を通じて、Tiを含有する円相当径5nm以下の微細析出物を5×109個/mm3以上得るため、Ti含有量を0.01%以上とした上で、Ti、Nb、Vの合計含有量を0.10%以上とする。すなわち、質量%でのTi含有量をTi、Nb含有量をNb、V含有量をVとしたとき、0.10≦Ti+Nb+Vとする。合計含有量は、望ましくは、0.11%以上であり、更に望ましくは、0.12%以上である。
Ti含有量の上限を0.20%、Nb含有量の上限を0.10%、V含有量の上限を0.100%としたのは、これらの上限を超えると、スラブ加熱温度の下限を1280℃超としたとしても鋳造段階で析出した粗大析出物を溶解し難いためである。加えて、Ti、Nb、Vの過度な含有はスラブや鋼板を脆化させる。そのため、Tiであれば0.20%を上限とすることが望ましく、Nbであれば0.10%を上限とすることが望ましく、Vであれば0.100%を上限とすることが望ましい。質量%でのTi含有量をTi、Nb含有量をNb、V含有量をVとしたとき、Ti+Nb+V≦0.45であればよいが、Ti含有量の上限、Nb含有量の上限、V含有量の上限のそれぞれを考慮し、Ti+Nb+V≦0.40であってもよい。Ti+Nb+Vは、0.30以下、0.25以下、0.20以下であってもよい。
Tiを含有する円相当径5nm以下の微細析出物を5×109個/mm3以上確保するためのTi、Nb、Vの組み合わせはどのようなものでも良いが、熱延スラブ加熱時の析出物を溶解させるためには、より多量に含有させ易く、かつ、安価であるTi含有量を少なくとも0.01%以上とする。Nb、Vは必ずしも含まなくてよいので、下限は0%であるが、Nb含有量を0.01%以上、V含有量を0.010%以上としてもよい。
【0046】
(P:0.100%以下)
Pは、鋼板の板厚中央部に偏析する元素であり、また、溶接部を脆化させる元素でもある。P含有量は低い方が好ましいが、P含有量が0.100%超となると特性の劣化が顕著となるので、P含有量を0.100%以下に制限する。好ましい上限は0.050%である。
一方、下限は特に定めることなく効果が発揮される(0%でもよい)が、P含有量を0.001%未満に低減することは、経済的に不利であるので、P含有量を0.001%以上としてもよい。
【0047】
(S:0.010%以下)
Sは、硫化物として存在することで、スラブの脆化をもたらす元素である。またSは、鋼板の成形性を劣化させる元素である。そのため、S含有量を制限する。S含有量が0.010%を超えると特性の劣化が顕著になるので、S含有量を0.010%以下とする。
一方、下限は特に定めることなく効果が発揮される(0%でもよい)が、S含有量を0.0001%未満に低減することは、経済的に不利であるので、S含有量を0.0001%以上としてもよい。
【0048】
(N:0.010%以下)
Nは、粗大な窒化物を形成し、曲げ加工性や伸びフランジ性を劣化させる元素である。N含有量が0.010%を超えると、曲げ加工性や伸びフランジ性が顕著に劣化する。そのため、N含有量を0.010%以下とする。また、NはTiと結合することで粗大なTiNとなり、Nを多量に含む場合、Tiを含む円相当径が5nm以下の析出物の個数密度が5×109個/mm3を下回ってしまう。このことから、N含有量は少ない方が好ましい。
一方、N含有量の下限は、特に定める必要はない(0%でもよい)が、N含有量を0.0001%未満に低減すると、製造コストが大幅に増加するので、0.0001%がN含有量の実質的な下限である。製造コストの観点から、N含有量を0.0005%以上としてもよい。
【0049】
(Al:0.005~1.000%)
Alは、熱延での組織制御及び脱酸に有効な元素である。これらの効果を得るため、Al(酸可溶性Al)含有量を0.005%以上とする。Al含有量が0.005%未満では十分な脱酸効果を得ることが出来ず、鋼板中に多量の介在物(酸化物)が形成される。このような介在物は曲げ加工や伸びフランジ加工時の割れの起点となり、加工性を劣化させる。
一方、Al含有量が1.000%を超えると、スラブが脆化するので好ましくない。そのため、Al含有量を1.000%以下とする。
【0050】
以上が本実施形態に係る鋼板に含まれる基本的な化学成分であり、本実施形態に係る鋼板の化学組成は、上記の元素を含有し、残部がFe及び不純物からなっていてもよい。しかしながら、各種特性の向上を目的として、さらに下記のような元素を含有することができる。以下の元素は、必ずしも含有する必要はないので、含有量の下限は0%である。不純物とは、鋼板を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は、製造環境などから混入するものであり、本実施形態に係る鋼板の作用に悪影響を及ぼさない含有量で含有することを許容される元素を意味する。
【0051】
(Ni:0~2.00%)
(Cu:0~2.00%)
(Cr:0~2.00%)
(Mo:0~2.00%)
Ni、Cu、Cr、Moは、熱延での組織制御を通じて鋼板の高強度化に寄与する元素である。この効果を得る場合、Ni、Cu、Cr、Moの1種又は2種以上を、それぞれ、0.01%以上含有させることで顕著になる。そのため、効果を得る場合、含有量をそれぞれ0.01%以上とすることが好ましい。
一方、各元素の含有量が、それぞれ2.00%を超えると、溶接性、熱間加工性などが劣化する。そのため、含有させる場合、Ni、Cu、Cr、Moの含有量の上限は2.00%とする。
【0052】
(W:0~0.100%)
Wは、析出強化を通じて鋼板の強度の向上に寄与する元素である。この効果を得る場合、W含有量を0.005%以上とすることが好ましい。
一方、W含有量が0.100%を超えると、効果が飽和するばかりでなく、熱間加工性が低下する。そのため、含有させる場合、W含有量を0.100%以下とする。
【0053】
(B:0~0.0100%)
Bは、熱延での変態を制御し、組織強化を通じて鋼板の強度を向上させるために有効な元素である。この効果を得る場合、B含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。
一方、B含有量が0.0100%超となると、効果が飽和するばかりでなく、鉄系の硼化物が析出して、固溶Bによる焼き入れ性向上の効果が失われる。そのため、含有させる場合、B含有量を0.0100%以下とする。B含有量は、好ましくは0.0080%以下、より好ましくは、0.0050%以下である。
【0054】
(REM:0~0.0300%)
(Ca:0~0.0300%)
(Mg:0~0.0300%)
REM、Ca、Mgは、鋼板の強度向上に寄与する元素である。この効果を得る場合、REM、Ca、Mgの含有量を、それぞれ0.0003%以上とすることが好ましい。
一方、REM、Ca、Mgがそれぞれ0.0300%を超えると、鋳造性や熱間での加工性が劣化する。そのため、含有させる場合、それぞれの含有量を0.0300%以下とする。
本実施形態において、REMとは、Rare Earth Metalの略であり、ランタノイド系列に属する元素をさす。REMは、ミッシュメタルにて添加することが多く、また、Ceの他に、ランタノイド系列の元素を複合で含有する場合がある。本実施形態に係る鋼板が、不純物として、Laや、Ce以外のランタノイド系列の元素を含んでいても、効果は発現する。また、金属を添加しても、効果は発現する。
【0055】
上記した鋼成分は、鋼の一般的な分析方法によって測定すればよい。例えば、鋼成分は、ICP-AES(Inductively Coupled Plasma-Atomic Emission Spectrometry)を用いて測定すればよい。CおよびSは燃焼-赤外線吸収法を用い、Nは不活性ガス融解-熱伝導度法を用い、Oは不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて測定すればよい。
【0056】
本実施形態に係る鋼板では、表面にさらに溶融亜鉛めっきを備えてもよい。また、溶融亜鉛めっきは、合金化処理が施された合金化溶融亜鉛めっきであってもよい。
亜鉛めっきは耐食性向上に寄与することから、耐食性が期待される用途への適用の場合には亜鉛めっきを実施した溶融亜鉛めっき鋼板、または合金化溶融亜鉛めっき鋼板とすることが望ましい。
自動車の足回り部品は、腐食による穴あきの懸念があることから、高強度化してもある一定板厚以下に薄手化できない場合がある。鋼板の高強度化の目的の一つは、薄手化による軽量化であることから、高強度鋼板を開発しても、耐食性が低いと適用部位が限られる。これら課題を解決する手法として、耐食性の高い溶融亜鉛めっき等のめっきを鋼板に施すことが考えられる。本実施形態に係る鋼板は、鋼板成分を上述のように制御しているので、溶融亜鉛めっきが可能である。
めっきは電気亜鉛めっきであってもよく、Znに加えてSi、Al及び/またはMgを含むめっきであってもよい。
【0057】
4.機械特性
本実施形態に係る鋼板は、自動車の軽量化に寄与する十分な強度として、980MPa以上の引張強度(TS)を有する。好ましくは1180MPa以上である。引張強度の上限は特に定める必要はないが、本実施形態において実質的な引張強度の上限を1370MPaとしてもよい。
また、本実施形態に係る鋼板は、曲げ内割れ性の指標値となる限界曲げR/tの値が1.5以下であることを目標とする。R/tの値は、例えば、熱延鋼板の幅方向1/2位置から、短冊形状の試験片を切り出し、曲げ稜線が圧延方向(L方向)に平行である曲げ(L軸曲げ)と、曲げ稜線が圧延方向に垂直な方向(C方向)に平行である曲げ(C軸曲げ)の両者について、JIS Z2248:2006(Vブロック90°曲げ試験)に準拠して曲げ加工を行い、曲げ内に生じた亀裂を調査して求めることができる。亀裂の発生しない最小曲げ半径を求め、L軸とC軸との最小曲げ半径の平均値を板厚で除した値を限界曲げR/tとして曲げ加工性の指標値とすることができる。
また、本実施形態に係る鋼板は、高い伸びフランジ性を有することの指標として、引張強度TS(MPa)と穴広げ性λ(%)との積が35000(MPa・%)以上であることを目標とする。好ましくは45000(MPa・%)以上である。本実施形態に係る鋼板は、さらに、全伸びELが7.0%以上であることが望ましい。
また、本実施形態に係る鋼板は、高耐力(高い降伏強さ)を有することの指標として、降伏強さYSと引張強度TSとの比(YS/TS)が0.90以上であることを目標とする。
引張試験は、JIS Z2241:2011に準拠して、圧延方向に対して直角方向が引張方向となるようにJIS5号引張試験片を採取し、0.2%耐力(YS)、引張強度(TS)および全伸び(EL)を測定する。
また、穴広げ性λは、JIS Z2256:2010に準拠して穴広げ試験を行って求める。
【0058】
5.製造方法
次に、本実施形態に係る鋼板の好ましい製造方法について説明する。
鋼板の表層領域のミクロ組織、集合組織、そして好ましくはナノ硬さ分布を、上述の範囲に制御するため、以下のような、熱間圧延工程(加熱工程、粗圧延工程、仕上げ圧延工程を含む)、冷却工程、巻取り工程、熱処理工程を含み、必要に応じて巻取り工程と熱処理工程との間に酸洗工程及び軽圧下工程を含み、必要に応じて熱処理工程後にめっき工程を含む条件で熱延鋼板を製造することが好ましい。
以下、各工程において好ましい条件を説明する。
【0059】
熱間圧延に先行する製造工程は特に限定するものではない。すなわち、高炉や電炉等による溶製に引き続き、各種の二次製錬を行い、次いで、通常の連続鋳造、インゴット法による鋳造などの方法で鋳造すればよい。連続鋳造の場合には、鋳造スラブを一度低温まで冷却したのち、再度加熱してから熱間圧延してもよいし、鋳造スラブを低温まで冷却せずに、鋳造後にそのまま熱延してもよい。原料にはスクラップを使用しても構わない。
【0060】
<加熱工程>
加熱工程では、粗圧延工程に供する上述した化学組成を有するスラブを、1280℃超に加熱する。加熱温度を1280℃超にする理由は、スラブ中に含まれるTi、Nb、Vといった析出強化に寄与する元素(スラブ中では5nm超の大きな析出物として存在している場合が多い)を溶解させ、後の熱処理工程にてTiを含有する円相当径が5nm以下の析出物として5×109個/mm3以上析出させるためである。所定の個数密度の析出物を確保するためには、多量のTi、Nb、Vが必要となることから、高温でスラブ加熱する必要がある。加熱温度が1280℃以下では、十分にTi、Nb、Vが溶解しない。
【0061】
<粗圧延工程>
次に、加熱されたスラブを粗圧延して、粗圧延板とする。
この粗圧延工程では、粗圧延後の粗圧延板の厚さを35mm超45mm以下に制御する。粗圧延板の厚さは、仕上げ圧延工程における圧延開始時から圧延完了時までに生じる圧延板の先端から尾端までの温度低下量に影響を及ぼす。また、粗圧延板の厚さが、35mm以下または45mm超であると、次工程である仕上げ圧延中に鋼板へ導入されるひずみ量が変化して、仕上げ圧延中に形成される加工組織が変化する。その結果、再結晶挙動が変化して、所望の集合組織を得ることが困難になる。特に、鋼板表層領域で上記した集合組織を得ることが困難になる。
一般に、粗圧延後の粗圧延板の厚さは、生産性等の観点で適宜設定され、鋼板の特性の制御のために設定されることは少ない。これに対し、本発明者らは、鋼板表層領域の集合組織を制御するため、粗圧延板の厚さを厳格に制御している。
【0062】
<仕上げ圧延工程>
粗圧延に続き多段仕上げ圧延を施す。本発明者らは、通常積極的に制御されてこなかった、熱間圧延の仕上げ圧延工程の最終2段の圧延における、圧延時の板厚、ロール形状比、温度、鋼中のNb及びTiの濃度をある計算式によって導出される適切な範囲に制御することが集合組織を制御する上で重要であることを見出した。
そのため、この多段仕上げ圧延では、仕上げ圧延の開始温度が1000℃以上1150℃以下であり、仕上げ圧延の開始前の鋼板の厚さ(粗圧延板の厚さ)が35mm超45mm以下である。また、多段仕上げ圧延の最終段より1段前の圧延は、圧延温度が960℃以上1020℃以下であり、圧下率が11%超23%以下である。また、多段仕上げ圧延の最終段は、圧延温度が930℃以上995℃以下であり、圧下率が11%超22%以下であることが好ましい。また、最終2段の圧下時の各条件を制御し、以下の式1によって計算される集合組織形成パラメータωが110以下を満たすことが好ましい。さらに、多段仕上げ圧延の最終3段の総圧下率が35%以上である条件で仕上げ圧延を施すことが好ましい。
【0063】
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
【0070】
【0071】
これらの式において、
PE:析出物形成元素による再結晶抑制効果の換算値(単位:質量%)
Ti:鋼中に含まれるTiの濃度(単位:質量%)
Nb:鋼中に含まれるNbの濃度(単位:質量%)
F1
*:最終段より1段前の換算圧下率(単位:%)
F2
*:最終段の換算圧下率(単位:%)
F1:最終段より1段前の圧下率(単位:%)
F2:最終段の圧下率(単位:%)
Sr1:最終段より1段前の圧延形状比(無単位)
Sr2:最終段における圧延形状比(無単位)
D1:最終段より1段前のロール径(単位:mm)
D2:最終段のロール径(単位:mm)
t1:最終段より1段前の圧延開始時における板厚(単位:mm)
t2:最終段の圧延開始時における板厚(単位:mm)
tf:仕上げ圧延後の板厚(単位:mm)
FT1
*:最終段より1段前の換算圧延温度(単位:℃)
FT2
*:最終段の換算圧延温度(単位:℃)
FT1:最終段より1段前の圧延温度(単位:℃)
FT2:最終段の圧延温度(単位:℃)
をそれぞれ示す。
【0072】
ただし、式1~式8で、F1やF2のように変数に付記されている数字の1および2は、多段仕上げ圧延での最終2段の圧延について、最終段より1段前の圧延に関する変数に1を付記し、最終段の圧延に関する変数に2を付記している。例えば、全7段の圧延からなる多段仕上げ圧延では、F1は圧延入口側から数えて6段目の圧延の圧下率を意味し、F2は7段目の圧延の圧下率を意味する。
【0073】
析出物形成元素による再結晶抑制効果の換算値PEについて、ピン止めおよびソリュートドラッグの効果は、Ti+1.3Nbの値が0.02以上で顕在化するため、式2にて、Ti+1.3Nb<0.02を満たす場合には、PE=0.01とし、Ti+1.3Nb≧0.02を満たす場合には、PE=Ti+1.3Nb-0.01とする。
【0074】
最終段より1段前の換算圧下率F1
*については、最終段より1段前の圧下率F1が集合組織に及ぼす影響が、F1の値が12以上で顕在化するため、式3にて、F1<12を満たす場合には、F1
*=1.0とし、F1≧12を満たす場合には、F1
*=F1-11とする。
【0075】
最終段の換算圧下率F2
*については、最終段の圧下率F2が集合組織に及ぼす影響が、F2の値が11.1以上で顕在化するため、式4にて、F2<11.1を満たす場合には、F2
*=0.1とし、F2≧11.1を満たす場合には、F2
*=F2-11とする。
【0076】
式1は、最終段の圧延温度FT2が930℃以上である仕上げ圧延での好ましい製造条件を示すものであり、FT2が930℃未満の場合には、集合組織形成パラメータωの値に意味をなさない。すなわち、FT2が930℃以上であり、且つωが110以下である。
【0077】
(仕上げ圧延の開始温度が1000℃以上1150℃以下)
仕上げ圧延の開始温度が1000℃未満であると、最終2段を除く、前段での圧延によって加工された組織の再結晶が十分に起こらず、鋼板表層領域の集合組織が発達して、L軸及びC軸の最小曲げ半径の平均値/板厚であるR/tにおいて1.5以下を満たすことができない。
したがって、仕上げ圧延の開始温度は1000℃以上とすることが好ましい。より好ましくは1050℃以上である。また、仕上げ圧延開始温度が1090℃未満の場合、オーステナイト中のTiが粗大化し、引張強度が十分に向上しない場合がある。そのため、引張強度を1000MPa以上とする場合には、仕上げ圧延開始温度を1090℃以上とすることが好ましい。
一方、仕上げ圧延の開始温度を1150℃超とすると、過度にオーステナイト粒が粗大化し、靱性が劣化する。そのため、仕上げ圧延の開始温度を1150℃以下とすることが好ましい。
【0078】
(多段仕上げ圧延における最終2段の圧下時の各条件を制御し、式1によって計算される集合組織形成パラメータωが110以下となる条件で、仕上げ圧延を施す)
本実施形態に係る鋼板の製造においては、多段仕上げ圧延における最終2段の熱延条件が重要となる。
式1で定義するωの計算に用いる、最終2段の圧延時の圧下率F1及びF2は、各段での圧延前後の板厚の差を、圧延前の板厚で除した値を百分率で表した数値である。圧延ロールの直径D1及びD2は、室温で測定したものであり、熱延中の扁平を考慮する必要はない。また、圧延入口側の板厚t1及びt2、並びに仕上げ圧延後の板厚tfは、放射線等を用いてその場で測定してもよいし、圧延荷重から、変形抵抗等を考慮して計算で求めても良い。仕上げ圧延後の板厚tfは、熱延完了後の鋼板の最終板厚としても良い。圧延開始温度FT1及びFT2は、仕上げ圧延スタンド間の放射温度計等の温度計によって測定した値を用いればよい。
集合組織形成パラメータωは、仕上げ圧延の最終2段で鋼板全体に導入される圧延ひずみと、鋼板の表層領域に導入されるせん断ひずみと、圧延後の再結晶速度とを考慮した指標であり、集合組織の形成され易さを意味する。集合組織形成パラメータωが110を超える条件で最終2段の仕上げ圧延を行うと、表層領域にて、{211}<111>~{111}<112>からなる方位群の平均極密度と{110}<001>の結晶方位の極密度の和を6.0以下にできない。したがって、集合組織形成パラメータωは110以下に制御することが好ましい。より好ましくは、集合組織形成パラメータωは98以下である。
【0079】
(最終段より1段前の圧延温度FT1が960℃以上1020℃以下)
最終段より1段前の圧延温度FT1が960℃未満であると、圧延によって加工された組織の再結晶が十分に起こらず、表層領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、圧延温度FT1は960℃以上とする。一方、圧延温度FT1が1020℃超であると、オーステナイト粒の粗大化などに起因して、加工組織の形成状態や再結晶挙動が変化するため、表層領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、圧延温度FT1は1020℃以下とする。
【0080】
(最終段より1段前の圧下率F1が11%超23%以下)
最終段より1段前の圧下率F1が11%以下であると、圧延によって鋼板へ導入されるひずみ量が不十分となって再結晶が十分に起こらず、表層領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、圧下率F1は11%超とする。一方、圧下率F1が23%超であると、鋼板の中心部では再結晶が促進される場合があるものの、表層領域では過剰なせん断変形により結晶中の格子欠陥が過剰となって再結晶挙動が変化するので、表層領域の集合組織を上記した範囲に制御できない。したがって、圧下率F1は23%以下とする。
圧下率F1(%)は以下のように計算される。
F1=(t1-t2)/t1×100
【0081】
(最終段の圧延温度FT2が930℃以上995℃以下)
最終段の圧延温度FT2を930℃未満とすると、オーステナイトの再結晶速度が著しく低下して、表層領域にて{211}<111>~{111}<112>からなる方位群の平均極密度と{110}<001>の結晶方位の極密度との和を6.0以下にできない。したがって、圧延温度FT2は930℃以上とする。一方、圧延温度FT2が995℃超であると、加工組織の形成状態や再結晶挙動が変化するため、表層領域の集合組織を上記した範囲に制御できない。したがって、圧延温度FT2は995℃以下とする。
【0082】
(最終段の圧下率F2が11%超22%以下)
最終段の圧下率F2が11%以下であると、圧延によって鋼板へ導入されるひずみ量が不十分となって再結晶が十分に起こらず、表層領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、圧下率F2は11%超とする。一方、圧下率F2が22%超であると、結晶中の格子欠陥が過剰となって再結晶挙動が変化するので、表層領域の集合組織を上記範囲に制御できない。したがって、圧下率F2は22%以下とする。
圧下率F2(%)は以下のように計算される。
F2=(t2-tf)/t2×100
【0083】
(最終3段の総圧下率Ftが35%以上)
最終3段の総圧下率Ftはオーステナイトの再結晶を促進するために大きい方がよい。最終3段の総圧下率Ftが35%未満であると、オーステナイトの再結晶速度が著しく低下して、表層領域において、{211}<111>~{111}<112>からなる方位群の平均極密度と{110}<001>の結晶方位の極密度の和を6.0以下にできない。
最終3段の総圧下率Ftは以下の式で計算される。
Ft=(t0-tf)/t0×100
ここで、t0は最終段より2段前の圧延開始時における板厚(単位:mm)である。
【0084】
仕上げ圧延工程では、上記した各条件を同時に且つ不可分に制御する。上記した各条件は、どれか1つの条件だけを満足させればよいわけではなく、上記した各条件のすべてを同時に満たすときに、表層領域の集合組織を上記範囲に制御することができる。
【0085】
仕上げ圧延に続いて、冷却工程および巻取り工程を施す。仕上げ圧延後の冷却速度を制御すること、さらに制御された条件での熱処理を行うことは、硬さの均一性の制御に寄与する。
【0086】
<冷却工程>
(800℃~450℃までを80℃/秒以上の平均冷却速度で冷却)
(450℃~巻取り温度までを60℃/秒以上の平均冷却速度で冷却)
冷却工程では仕上げ圧延後の熱延鋼板を、800℃~450℃までの平均冷却速度が80℃/秒以上となるように、冷却する。一般的な熱延設備では仕上げ圧延完了から数秒以内に冷却帯に到達するので、現実的な800℃以上での保持時間は仕上げ圧延完了後5秒以内である。平均冷却速度が80℃/秒未満では冷却過程で析出が生じ、最終組織の硬さの不均一さの原因となる。
450℃以下の温度においても、冷却速度が遅いと、初期に変態した部分と後期に変態した部分とで自己焼き戻し(冷却中の転位の回復)の程度が異なり、転位密度が不均一となる。転位密度が不均一となると最終組織の硬さの不均一化の原因となる。
このことから、1/4厚の位置でのナノ硬さの標準偏差を0.8GPa以下とする場合、800℃~450℃までを80℃/秒以上の平均冷却速度で冷却し、450℃~巻取り温度までを60℃/秒以上の平均冷却速度で冷却することが好ましい。
【0087】
<巻取り工程>
(巻取り温度:300℃以下)
最終組織において焼き戻しマルテンサイトを80%以上とするために、熱処理前に焼き戻しマルテンサイトおよびフレッシュマルテンサイトを合計で80%以上得る必要がある。熱処理前に焼き戻しマルテンサイトおよびフレッシュマルテンサイトを80%以上得るためには、巻取り温度を300℃以下とすることが必要である。巻取り温度が300℃超では、最終組織において焼き戻しマルテンサイトが80%未満になる。
【0088】
<酸洗工程>
巻取り工程後の熱延鋼板に対して酸洗を行ってもよい。酸洗を実施することで、後の製造工程でのめっき性を改善したり、自動車製造工程での化成処理性を高めたりすることができる。
また、スケールのついた熱延鋼板を軽圧下するとスケールが剥離し、それが押し込まれることで疵になる場合もある。そのため、後述する軽圧下を行う前には、まず、熱延鋼板に対して酸洗を実施する。酸洗条件は特に限定されないが、インヒビター入りの塩酸、硫酸などで酸洗するのが一般的である。
【0089】
<軽圧下工程>
980MPa以上の引張強度を得る場合、軽圧下工程は必須ではないが、Tiを含有する円相当径が5nm以下の析出物を5×1011個/mm3以上とし、引張強度を1180MPa以上とする場合、酸洗工程後の熱延鋼板に、1~30%の圧下率で圧下を加えることが好ましい。
熱延鋼板に圧下を加えることで、後工程の熱処理での析出物が析出するための析出サイトをさらに導入できる。析出サイトの導入により、熱処理によってTiを含有する円相当径が5nm以下の析出物が5×1011個/mm3以上となり、引張強度1180MPa以上を得ることが可能となる。
一方、圧下率が30%を超えると、効果が飽和するばかりでなく、導入された転位の回復が不十分となり、伸びが大きく劣化する。このことから、圧下を行う場合、圧下率は30%以下とすることが好ましい。析出物の核生成サイトになる転位を導入できるのであれば、圧下は、1パスで30%以下の圧下を実施しても良いし、複数回に分けて行って、累積圧下率が30%以下となるように行っても良い。
【0090】
<熱処理工程>
(450℃~700℃の温度域にて10~1500秒間保持)
軽圧下工程後の熱延鋼板を、450~700℃の温度域に再加熱して、10~1500秒間この温度域に留まるように保持する熱処理を行う。巻取り工程後、または軽圧下を行った場合には軽圧下工程後の熱延鋼板を、再加熱して熱処理することでTiを含有する円相当径が5nm以下の析出物を析出させることができる。上記熱処理によって、軽圧下を行っていない場合でも5×109個/mm3以上の析出物を析出させることができ、軽圧下を行った場合には、5×1011個/mm3以上の析出物を析出させることができる。
熱処理温度(再加熱温度)が450℃未満では、原子の拡散が不十分であり、十分な量の析出物を得ることが出来ない。短時間での熱処理を考えると、望ましくは、熱処理温度は500℃以上である。熱処理温度が700℃超では、析出物が粗大化し、析出物を5×109個/mm3以上析出させることができなくなる。この場合、980MPa以上の引張強度を確保することが難しい。熱処理工程での保持時間が10秒未満では、原子の拡散が不十分であり、Tiを含有する円相当径5nm以下の析出物を5×109個/mm3以上析出させることが出来ない。保持時間が1500秒超では析出物が粗大化し、Tiを含有する円相当径5nm以下の析出物が5×109個/mm3未満となる。このことから、保持時間は10~1500秒の間にする必要がある。Tiを含有する円相当径5nm以下の析出物を十分に析出させる場合、好ましくは、熱処理温度に応じて一定の熱処理時間とすることが好ましく、析出の度合いを示す析出パラメータP(℃・s)がP≧10000の範囲を満たすことが望ましい。
ただし、Pは以下の式で表される。
P=(273+t)・(log10(t)+10)
また、式中、Tは熱処理温度(℃)、tは熱処理時間(秒)をそれぞれ表す。
450~700℃温度での熱処理は、この温度域での加熱や徐冷も含む。すなわち、保持時間は、再加熱後、鋼板が450~700℃温度域にある時間を意味し、この温度域に所定の時間留まっていれば、途中で温度変化があってもよい。
【0091】
(200℃~450℃の温度域の平均昇温速度:3℃/秒以上)
200℃~450℃までの温度域は析出物の析出が起きず、転位の回復のみ生じる温度域である。本実施形態では熱間圧延後の冷却を制御することで均一に転位を分散させているが、この温度域における保持時間が長くなると一部の粒で転位の回復が起こり、最終組織の硬さの不均一性につながる。そのため、1/4厚の位置でのナノ硬さの標準偏差を0.8GPa以下とする場合、上記の450℃~750℃の温度域への再加熱を行う際、200℃~450℃までの平均昇温速度を3℃/秒以上とすることが好ましい。200℃以下の温度域では、転位の回復がほぼ生じないため、昇温速度は規定しない。450℃超では析出物の析出が始まる温度域のため、450℃~700℃での合計時間が10~1500秒間の範囲であれば、450℃以上での昇温速度は規定しない。
【0092】
<めっき工程>
上記工程を含む製造方法によって本実施形態に係る鋼板が得られる。しかしながら本実施形態に係る鋼板を、耐食性の向上を目的として溶融亜鉛めっき鋼板または合金化溶融亜鉛めっきとする場合には、熱処理工程後の熱延鋼板に溶融亜鉛めっきを施すことが好ましい。亜鉛めっきは耐食性向上に寄与することから、耐食性が期待される用途への適用の場合には亜鉛めっきを実施することが望ましい。亜鉛めっきは溶融亜鉛めっきであることが好ましい。溶融亜鉛めっきの条件は特に限定されず、公知の条件で行えばよい。
また、溶融亜鉛めっき後の熱延鋼板(溶融亜鉛めっき鋼板)を、460~600℃に加熱してめっきを合金化することで、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造できる。合金化溶融亜鉛めっき鋼板は、耐食性の向上に加えて、スポット溶接性の向上や絞り成形時の摺動性向上などの効果を付与できることから、用途に応じて合金化を実施しても良い。
上記の溶融亜鉛めっき処理および合金化溶融亜鉛めっき処理は、上記の450~700℃での熱処理後に一度室温まで冷却してから行ってもよいし、450℃~700℃の温度域で保持後に連続で行ってもよい。いずれの場合も、450~700℃での保持合計時間が1500秒を超えなければよい。
亜鉛めっき以外に、Alめっき、Mgを含むめっき、電気めっきを実施したとしても本実施形態に係る鋼板を製造できる。
【実施例】
【0093】
以下に本発明に係る熱延鋼板を、例を参照しながらより具体的に説明する。ただし、以下の実施例は本発明の熱延鋼板の例であり、本発明の熱延鋼板は以下の態様に限定されるものではない。以下に記載する実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例であり、本発明は、これらの一条件例に制限されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用することができる。
【0094】
表1に示す化学成分の鋼を鋳造し、鋳造後、そのままもしくは一旦室温まで冷却した後に再加熱し、表2の温度範囲に加熱し、その後、1100℃以上の温度で、表2に記載の粗圧延板板厚まで、スラブを粗圧延して粗圧延板を製造した。
粗圧延板は、全7段からなる多段仕上げ圧延を施した。多段仕上げ圧延工程では、表2に記載の圧延開始温度から仕上げ圧延を開始し、圧延開始から最終3段の圧延を除く、計4段の圧延によって、表3に記載の5段目圧延時板厚:t0の厚さまで圧延した。
その後、表3~表4に記載の各条件で熱間圧延を施したあと、表5に記載の各条件で冷却、巻取りを行った。熱延完了後の鋼板の最終板厚を、仕上げ圧延後の板厚tf(表2の値)とした。
【0095】
上記によって得られた熱延鋼板について、酸洗を行った後、一部については表6に記載の条件で軽圧下を行い、表6に記載の条件で熱処理を行った。
さらにその後、一部について表7に記載の通り、溶融亜鉛めっき(GI)または合金化溶融亜鉛めっき(GA)を行った。
【0096】
【0097】
【0098】
【0099】
【0100】
【0101】
【0102】
得られた熱延鋼板について、ミクロ組織観察によって、焼き戻しマルテンサイト及びその他の相の体積率を求めた。
パーライト、ベイナイト、焼き戻しマルテンサイト、及び、フェライトの体積率は、熱延鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を観察面として試料を採取し、観察面を研磨し、ナイタールエッチングし、表面から板厚の1/4の深さ(1/4厚)位置を中心とする表面から板厚の1/8~3/8(1/8厚~3/8厚)の範囲を、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM:Field Emission Scanning Electron Microscope)を用いて、5000倍の倍率で10視野して、各視野で得られた各組織の面積率を平均し、それぞれの体積率とした。
また、フレッシュマルテンサイトの体積率は、FE-SEMで観察される腐食されていない領域の面積率として求めた体積率と、X線回折法で測定した残留オーステナイトの体積率との差分として求めた。
残留オーステナイトの体積率は、鋼板の板厚の1/4深さ位置における、圧延方向に平行な断面において、Co-Kα線を用いて、α(110)、α(200)、α(211)、γ(111)、γ(200)、γ(220)の計6ピークの積分強度を求め、強度平均法を用いて算出することで求めた。
【0103】
また、得られた熱延鋼板について、Tiを含む円相当径が5nm以下の析出物の単位体積当たりの個数密度を求めた。その際、表面から板厚の1/4の位置(1/4厚)付近から試験片を採取し、電解抽出残差法を用いて、鋼板の単位体積当たりに含まれる析出物の、1.0nmピッチでの円相当径毎の個数密度を求め、Tiを含む円相当径が5nm以下の析出物の個数密度を求めた。測定に際しては、透過型電子顕微鏡(TEM)およびEDSにて析出物の組成分析を行い、微細な析出物がTiを含む析出物であることを確認した。
【0104】
また、得られた熱延鋼板の幅方向1/4の位置から、圧延方向と垂直方向(C方向)が長手方向となるように、採取したJIS5号試験片を用いて、JIS Z 2241:2011の規定に準拠して引張試験を実施し、0.2%耐力YS(MPa)、引張強度TS(MPa)、全伸びEL(%)を求めた。
【0105】
また、得られた熱延鋼板の幅方向1/2位置から、100mm×30mmの短冊形状の試験片を切り出し、曲げ試験に供した。曲げ稜線が圧延方向(L方向)に平行である曲げ(L軸曲げ)と、曲げ稜線が圧延方向に垂直な方向(C方向)に平行である曲げ(C軸曲げ)との両者について、Z2248:2006(Vブロック90°曲げ試験)に準拠して曲げ加工性を調査し、亀裂の発生しない最小曲げ半径を求め、L軸とC軸との最小曲げ半径の平均値を板厚で除した値を限界曲げR/tとして曲げ性の指標値とした。
ただし、亀裂の有無は、Vブロック90°曲げ試験後の試験片を曲げ方向と平行でかつ板面に垂直な面で切断した断面を鏡面研磨後、光学顕微鏡で亀裂を観察し、試験片の曲げ内側に観察される亀裂長さが30μmを超える場合に亀裂有と判断した。
【0106】
また、得られた熱延鋼板の、JIS Z 2256:2010に準拠して、鋼板の幅方向1/4幅位置から試験片を切り出し、直径10mmのパンチ、内径10.6mmのダイスを用いて打ち抜きを行った後、60°円錐パンチを用いて、打ち抜き部のバリをパンチと逆側になるようにセットして穴広げを実施し、打ち抜き部に発生した亀裂が板厚を貫通した時点で試験を中止し、穴広げ試験後の穴径を測定することで、穴広げ率λを求めた。
【0107】
また、得られた熱延鋼板の1/4厚の位置で、板厚方向に垂直かつ、圧延方向に平行な線上に、Hysitron社のtribo-900を用い、バーコビッチ形状のダイヤモンド圧子により80nmの押し込み深さの条件にて、3μmの間隔をあけて、計100箇所のナノ硬さを測定し、得られたナノ硬さのヒストグラムから標準偏差を求めた。
【0108】
それぞれの結果を表7~表9に示す。表7~表8の組織分率について、t-Mは焼き戻しマルテンサイト、αはフェライト、Pはパーライト、Bはベイナイト、FMはフレッシュマルテンサイト、γは残留オーステナイトを示す。
【0109】
【0110】
【0111】
【0112】
表1~表9から分かるように、本発明例である、No.1~4、8~18、21、23、29~32、34~38、43、44、48では、980MPa以上の引張強度を有し、曲げ加工性および伸びフランジ性に優れ、さらに、高耐力を有していた。
これに対し、化学組成、ミクロ組織、析出物の存在状態、表層部の集合組織の1つ以上が本発明の範囲外である比較例No.5~7、19、20、22、24~28、33、39~42、45~47では、引張強度、曲げ加工性および伸びフランジ性、耐力のいずれかが、目標の値に達していなかった。
【産業上の利用可能性】
【0113】
本発明によれば、980MPa以上の引張強度を有し、曲げ内割れの発生が抑制できる、曲げ加工性および伸びフランジ性に優れ、さらに、高耐力を有する(引張強度に対する耐力の割合が高い)、熱延鋼板を得ることができる。