(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-16
(45)【発行日】2023-05-24
(54)【発明の名称】鋼管溶接継手
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230517BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20230517BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20230517BHJP
C21D 8/10 20060101ALI20230517BHJP
【FI】
C22C38/00 301B
C22C38/54
C22C38/00 301Z
C22C38/58
C21D8/10 B
(21)【出願番号】P 2023506489
(86)(22)【出願日】2022-10-25
(86)【国際出願番号】 JP2022039628
【審査請求日】2023-01-31
(31)【優先権主張番号】P 2021175002
(32)【優先日】2021-10-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】弁理士法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】土居 明
(72)【発明者】
【氏名】三木 健史
(72)【発明者】
【氏名】長山 展公
(72)【発明者】
【氏名】黒田 直樹
【審査官】川村 裕二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/061882(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/025778(WO,A1)
【文献】特開2010-275594(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 1/00-11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
母材部と円周溶接部とを含む鋼管溶接継手であって、
前記円周溶接部は、溶接金属部および溶接熱影響部によって構成され、
前記母材部の化学組成が、質量%で、
C:0.10~0.20%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:0.05~1.20%、
P:0.025%以下、
S:0.005%以下、
Cu:0.20%以下、
N:0.007%以下、
Ni:0.20~0.50%、
Cr:0.30%以上0.50%未満、
Mo:0.30~0.50%、
Nb:0.01~0.05%、
Al:0.001~0.100%、
B:0.0005~0.0020%、
Ti:0.003~0.050%、
V:0.01~0.20%、
Ca、MgおよびREMのいずれか1種以上の合計:0~0.0250%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記[A]式で表わされるPcmの値が0.25~0.30であり、
前記溶接金属部の化学組成が、質量%で、
C:0.04~0.14%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:1.00~2.00%、
P:0.025%以下、
S:0.005%以下、
Cu:0.50%以下、
N:0.007%以下、
Ni:2.50~3.00%、
Cr:0.90%以上1.40%未満、
Mo:0.40~0.90%、
Nb:0.010%以下、
Al:0.010%以下、
B:0.0010%以下、
Ti:0.003~0.050%、
V:0.01~0.20%、
Ca、MgおよびREMのいずれか1種以上の合計:0~0.0250%、
残部:Feおよび不純物であり、
前記母材部の引張強さ、および前記円周溶接部の継手引張試験における引張強さが、いずれも980MPa以上であり、
前記母材部における平均硬さが300HV10以上であり、前記溶接熱影響部における平均軟化幅が4.0mm以下であり、前記溶接熱影響部における平均軟化代が80HV10以下である、
鋼管溶接継手。
Pcm=C+(Si/30)+(Mn/20)+(Cu/20)+(Ni/60)+(Cr/20)+(Mo/15)+(V/10)+5B ・・・[A]
但し、[A]式中の元素記号は、各元素の鋼中含有量(質量%)を意味し、含有されない場合はゼロとする。
【請求項2】
前記母材部の金属組織が、面積%で、
焼戻しマルテンサイト:90%以上である、
請求項1に記載の鋼管溶接継手。
【請求項3】
前記溶接金属部が、多層盛溶接金属である、
請求項1または請求項2に記載の鋼管溶接継手。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼管溶接継手に関する。
【背景技術】
【0002】
機械構造部材のうちで円筒形のものには、従来、棒鋼に鍛造または延伸圧延を施して、あるいはさらに切削加工を施して所望の形状とした後に、熱処理が施され、機械構造部材に必要な機械的性質が付与されることが多かった。
【0003】
しかしながら、近年、機械構造物の大型化および高耐力化の傾向を受けて、円筒形の機械構造部材を中空の継目無鋼管に置き換えることで軽量化が図られている。特に、クレーンのブームに用いられる鋼管には、高層建築のためのクレーンの大型化に加えて、寒冷地で作業する必要性等があるため、高強度化とともに高靱性化が求められる。具体的には、最近、クレーンブームへの用途として、980MPa以上の引張強さを有し、かつ-40℃という低温で優れた靱性を有する継目無鋼管も要求されるようになってきた。
【0004】
高強度かつ高靱性の継目無鋼管およびその製造方法に関して、様々な技術が開示されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、高価な合金鋼を添加することなしに、オンライン加工熱処理によって、靱性に優れた高強度継目無鋼管を製造することが可能な方法が開示されている。
【0006】
特許文献2には、引張強さが950MPa以上、降伏応力が850MPa以上、かつ-40℃でのシャルピー吸収エネルギーが60J以上である継目無鋼管とその製造方法が開示されている。
【0007】
特許文献3には、引張強さが950MPa以上、降伏応力が850MPa以上、かつ-40℃でのシャルピー吸収エネルギーが60J以上であり、肉厚が30mm超である継目無鋼管とその製造方法が開示されている。
【0008】
特許文献4には、引張強さが980MPa以上の高強度を有するとともに低温靱性にも優れ、かつPcmが0.30以下と小さく溶接性に優れる継目無鋼管が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2001-240913号公報
【文献】国際公開第2010/061882号
【文献】特開2012-193404号公報
【文献】国際公開第2018/025778号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、上記の継目無鋼管を大型の機械構造物として用いる場合には、複数の継目無鋼管を円周溶接によって接合し、溶接継手とするのが一般的である。そのため、機械構造物の軽量化を達成するためには、継目無鋼管の強度だけでなく、溶接継手の強度も求められる。
【0011】
加えて、溶接継手の溶接部では低温割れ等の溶接割れが発生しやすいため、安全性の観点から、溶接部には優れた耐低温割れ性が求められている。
【0012】
本発明は、高い継手強度と優れた耐低温割れ性とを有する鋼管溶接継手を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記に示す鋼管溶接継手を要旨とする。
【0014】
(1)母材部と円周溶接部とを含む鋼管溶接継手であって、
前記円周溶接部は、溶接金属部および溶接熱影響部によって構成され、
前記母材部の化学組成が、質量%で、
C:0.10~0.20%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:0.05~1.20%、
P:0.025%以下、
S:0.005%以下、
Cu:0.20%以下、
N:0.007%以下、
Ni:0.20~0.50%、
Cr:0.30%以上0.50%未満、
Mo:0.30~0.50%、
Nb:0.01~0.05%、
Al:0.001~0.100%、
B:0.0005~0.0020%、
Ti:0.003~0.050%、
V:0.01~0.20%、
Ca、MgおよびREMのいずれか1種以上の合計:0~0.0250%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記[A]式で表わされるPcmの値が0.25~0.30であり、
前記溶接金属部の化学組成が、質量%で、
C:0.04~0.14%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:1.00~2.00%、
P:0.025%以下、
S:0.005%以下、
Cu:0.50%以下、
N:0.007%以下、
Ni:2.50~3.00%、
Cr:0.90%以上1.40%未満、
Mo:0.40~0.90%、
Nb:0.010%以下、
Al:0.010%以下、
B:0.0010%以下、
Ti:0.003~0.050%、
V:0.01~0.20%、
Ca、MgおよびREMのいずれか1種以上の合計:0~0.0250%、
残部:Feおよび不純物であり、
前記母材部の引張強さ、および前記円周溶接部の継手引張試験における引張強さが、いずれも980MPa以上であり、
前記母材部における平均硬さが300HV10以上であり、前記溶接熱影響部における平均軟化幅が4.0mm以下であり、前記溶接熱影響部における平均軟化代が80HV10以下である、
鋼管溶接継手。
Pcm=C+(Si/30)+(Mn/20)+(Cu/20)+(Ni/60)+(Cr/20)+(Mo/15)+(V/10)+5B ・・・[A]
但し、[A]式中の元素記号は、各元素の鋼中含有量(質量%)を意味し、含有されない場合はゼロとする。
【0015】
(2)前記母材部の金属組織が、面積%で、
焼戻しマルテンサイト:90%以上である、
上記(1)に記載の鋼管溶接継手。
【0016】
(3)前記溶接金属部が、多層盛溶接金属である、
上記(1)または(2)に記載の鋼管溶接継手。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、高い継手強度と優れた耐低温割れ性とを有する鋼管溶接継手を得ることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の一実施形態に係る鋼管溶接継手を示す概略図である。
【
図2】溶接熱影響部における平均軟化幅および平均軟化代の測定方法を説明するための図である。
【
図3】C形ジグ拘束突合せ溶接割れ試験方法に用いられる試験板の形状を説明するための図である。
【
図4】y形溶接割れ試験方法に用いられる試験板の形状を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
特許文献4に記載される継目無鋼管では、下記[A]式で表されるPcm(溶接割れ感受性組成(%))を0.30以下に制限するとともに、Bを適正量含有させることで、焼入れ性を高めて、強度と靱性とを両立させている。
Pcm=C+(Si/30)+(Mn/20)+(Cu/20)+(Ni/60)+(Cr/20)+(Mo/15)+(V/10)+5B ・・・[A]
但し、[A]式中の元素記号は、各元素の鋼中含有量(質量%)を意味し、含有されない場合はゼロとする。
【0020】
そこで、本発明者らは、特許文献4に記載される技術をベースとし、高い継手強度と優れた耐低温割れ性とを両立する方法について検討を重ねた結果、以下の知見を得るに至った。
【0021】
(a)Pcmを低く抑えることで、溶接時の低温割れを抑制することが可能となる。しかし、その一方で、Pcmの低減は強度の低下を招くため、特許文献4に記載される継目無鋼管を母材として用いて溶接継手を製造した場合には、十分な継手強度が得られなくなる場合がある。
【0022】
(b)また、特許文献4に記載される継目無鋼管では、B含有量の適正化により、強度を高めているが、母材にBが含まれている場合には、溶接金属中にもBが流入し、凝固割れ等を引き起こすおそれがある。
【0023】
(c)継手強度を確保しつつも、溶接割れを防止するためには、Pcmに下限を設けるとともに、溶接条件を適正化し、溶接部における強度低下を極力抑制することが有効である。
【0024】
本発明は上記の知見に基づいてなされたものである。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
【0025】
(A)全体構成
図1は、本発明の一実施形態に係る鋼管溶接継手を示す概略図である。
図1に示すように、鋼管溶接継手10は、母材部1a,1bと、円周溶接部2とを含む。すなわち、鋼管溶接継手10は、母材部1aと母材部1bとが円周溶接によって接合されたものである。そして、円周溶接部は、溶接金属部2aおよび溶接熱影響部2b,2cによって構成される。母材部1a,1bは、管状を呈しており、例えば、継目無鋼管、溶接鋼管等である。
【0026】
(B)母材部の化学組成
母材部の化学組成の限定理由は次のとおりである。以下の説明において各元素の含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
【0027】
C:0.10~0.20%
Cは、強度を高めるために不可欠な元素である。C含有量が0.10%未満の場合、他の元素との関連で引張強さが980MPa以上という高強度を得難い場合がある。一方、C含有量が0.20%を超えると、溶接性が著しく低下する。したがって、C含有量は0.10~0.20%とする。C含有量は0.12%以上であるのが好ましく、0.18%以下であるのが好ましい。
【0028】
Si:0.05~1.00%
Siは、脱酸作用を有し、強度および焼入れ性の向上作用もある。これらの効果を得るには、Si含有量は0.05%以上とする必要がある。しかし、Si含有量が1.00%を超えると、靱性および溶接性が低下する。したがって、Si含有量は0.05~1.00%とする。Si含有量は0.10%以上であるのが好ましい。また、Si含有量は0.60%以下であるのが好ましく、0.40%以下であるのがより好ましい。
【0029】
Mn:0.05~1.20%
Mnは、脱酸作用を有し、強度および焼入れ性の向上作用もある。これらの効果を得るためには、Mnを0.05%以上含有させる必要がある。しかし、Mn含有量が1.20%を超えると、靱性が低下する。したがって、Mn含有量は0.05~1.20%とする。Mn含有量は0.30%以上であるのが好ましく、0.60%以上であるのがより好ましい。また、Mn含有量は1.10%以下であるのが好ましい。
【0030】
P:0.025%以下
P含有量が0.025%を超えると、靱性の低下が著しくなって所定のシャルピー衝撃値を確保することが難しくなる。このため、不純物としてのP含有量を0.025%以下とする。P含有量は0.020%以下であることが好ましい。
【0031】
S:0.005%以下
S含有量が0.005%を超えると、靱性の低下が著しくなって所定のシャルピー衝撃値を確保することが難しくなる。このため、不純物としてのS含有量を0.005%以下とする。S含有量は0.003%以下であることが好ましい。
【0032】
Cu:0.20%以下
Cu含有量が0.20%を超えると、熱間加工性の低下を招くことがある。このため、不純物としてのCu含有量を0.20%以下とする。Cu含有量は0.15%以下であることが好ましく、0.10%以下であることがより好ましく、0.05%以下であることがさらに好ましい。
【0033】
N:0.007%以下
N含有量が0.007%を超えると、粗大な窒化物が形成されたり、固溶Bの確保が困難になり、特に、厚肉の鋼管において、Bの焼入れ性向上効果が不十分となって十分な焼入れ組織が得られなかったりして、靱性の低下が著しくなるので、所定のシャルピー衝撃値を確保することが難しくなる。このため、不純物としてのN含有量を0.007%以下とする。N含有量は0.006%以下であることが好ましい。
【0034】
Ni:0.20~0.50%
Niは、焼入れ性、強度および靱性を向上させる作用がある。これらの効果を得るためには、Niを0.20%以上含有させる必要がある。一方、Niを0.50%を超えて含有させると、合金コストが嵩む。したがって、Ni含有量は0.20~0.50%とする。Ni含有量は0.30%以上であるのが好ましく、0.40%以下であるのが好ましい。
【0035】
Cr:0.30%以上0.50%未満
Crは、焼入れ性および強度を向上させる作用がある。これらの効果を得るためには、Crを0.30%以上含有させる必要がある。一方、良好な焼入れ性を確保するために、後述する0.0005~0.0020%のBとともに、CrおよびMoを複合して含有する低合金鋼の場合、Cr含有量が0.50%以上となると、焼戻し時に粗大な硼炭化物が形成されて靱性の低下を招くことがある。また、Pcm(溶接割れ感受性組成)が高くなり溶接割れが発生しやすくなる。したがって、Cr含有量は0.30%以上0.50%未満とする。Cr含有量は0.35%以上であるのが好ましく、0.40%以上であるのがより好ましい。また、Cr含有量は0.47%以下であるのが好ましく、0.45%以下であるのがより好ましい。
【0036】
Mo:0.30~0.50%
Moは、焼入れ性および強度を向上させる作用がある。これらの効果を得るためには、Moを0.30%以上含有させる必要がある。一方、良好な焼入れ性を確保するために、後述する0.0005~0.0020%のBとともに、MoおよびCrを複合して含有する低合金鋼の場合、Mo含有量が0.50%を超えると、焼戻し時に粗大な硼炭化物が形成されて靱性の低下を招くことがある。また、Pcm(溶接割れ感受性組成)が高くなり溶接割れが発生しやすくなる。したがって、Mo含有量は0.30~0.50%とする。Mo含有量は0.35%以上であるのが好ましく、0.40%以上であるのがより好ましい。また、Mo含有量は0.48%以下であるのが好ましく、0.46%以下であるのがより好ましい。
【0037】
Nb:0.01~0.05%
Nbは、Cまたは/およびNと結合して微細な析出物を形成し、オーステナイト粒の粗大化を抑制して、靱性を向上させる作用を有する。上記の効果を安定して確保するためには、Nbを0.01%以上含有させる必要がある。しかしながら、0.05%を超える量のNbを含有させると、析出物の量が増大し、却って靱性を劣化させる場合がある。したがって、Nb含有量は0.01~0.05%とする。Nb含有量は0.02%以上であるのが好ましく、0.04%以下であるのが好ましい。
【0038】
Al:0.001~0.100%
Alは、脱酸作用を有する元素である。この効果を確保するためには、Alを0.001%以上含有させる必要がある。一方、Alを0.100%を超えて含有させても上記の効果が飽和するうえに、地疵の発生も多くなる。したがって、Al含有量は0.001~0.100%とする。Al含有量は0.055%以下であるのが好ましい。なお、本発明のAl含有量とは酸可溶Al(いわゆる「sol.Al」)での含有量を指す。
【0039】
B:0.0005~0.0020%
Bは、溶接性の点からPcmを0.30以下の低い値に抑制した厚肉の鋼管に、十分な焼入れ組織を具備させるのに極めて重要な元素であって、0.0005%以上含有させる必要がある。しかしながら、B含有量が0.0020%を超えると、Cr含有量が0.50%未満で、かつMo含有量が0.50%以下であっても、それらを複合して含む場合には、焼戻し時に粗大な硼炭化物が形成されて、靱性の低下を招く場合がある。したがって、B含有量は0.0005~0.0020%とする。B含有量は0.0008%以上であるのが好ましく、0.0016%以下であるのが好ましい。
【0040】
Ti:0.003~0.050%
Tiは、焼戻しの際にTi炭化物として析出し、強度を向上させる作用を有する。Tiには、Nを固定して、Bの焼入れ性向上効果を発揮させるのに有効な固溶Bを確保する作用もある。これらの効果は、Ti含有量が0.003%以上で得られる。しかし、Tiの含有量が0.050%を超えると、凝固中など高温域で粗大なTi炭窒化物が形成し、また焼戻し時のTi炭化物の析出量が過剰となるため、靱性が低下する。したがって、Ti含有量は0.003~0.050%とする。Ti含有量は0.005%以上であるのが好ましく、0.015%以下であるのが好ましい。
【0041】
また、上記のように、Nを固定するためには、Ti/N≧48/14を満足することが好ましい。
【0042】
V:0.01~0.20%
Vは、焼戻しの際にV炭化物として析出し、強度を向上させる作用を有する。この効果は、V含有量が0.01%以上で得られる。しかし、V含有量が0.20%を超えると、焼戻し時のV炭化物の析出量が過剰となるため、靱性が低下する。また、Pcmが高くなり、溶接割れが発生しやすくなる。したがって、V含有量は0.01~0.20%とする。なお、V含有量は0.04%以上であるのが好ましい。また、V含有量は0.15%以下であるのが好ましく、0.10%以下であるのがより好ましい。
【0043】
Ca、MgおよびREMのいずれか1種以上の合計:0~0.0250%
Ca、MgおよびREMは、いずれもSと反応して硫化物を形成することにより介在物の形態を改善し、靱性を向上させる作用を有する。このため、必要に応じてCa、MgおよびREMのいずれか1種以上を含有させてもよい。この効果を安定して得るためには、これら成分の含有量は、合計で0.0005%以上であることが好ましい。一方、これら成分の合計の含有量が0.0250%を超えると、介在物量が増大して鋼の清浄性が低下するので、却って靱性が低下する。したがって、これらの元素の合計含有量の上限を0.0250%とする。合計含有量は0.0100%以下であることが好ましく、0.0080%以下であることがより好ましく、0.0050%以下であることがさらに好ましい。
【0044】
本発明において「REM」とは、Sc、Y、およびランタノイドの合計17元素を指し、「REMの含有量」とは、REMが1種の場合はその含有量、2種以上の場合はそれらの合計含有量を指す。また、REMは一般的には複数種のREMの合金であるミッシュメタルとしても供給されている。このため、個別の元素を1種または2種以上添加して含有させてもよいし、例えば、ミッシュメタルの形で添加してもよい。
【0045】
本発明に係る母材部は、上述の各元素と、残部がFeおよび不純物とからなる。ここで「不純物」とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0046】
Pcm:0.25~0.30
本発明に係る母材部は、下記[A]式で表されるPcmが0.25~0.30である。Pcmが0.25未満では、十分な継手強度の確保が困難になる。一方、Pcmを0.30以下にすることで、円周溶接部における低温割れを防止することが可能となる。
Pcm=C+(Si/30)+(Mn/20)+(Cu/20)+(Ni/60)+(Cr/20)+(Mo/15)+(V/10)+5B ・・・[A]
但し、[A]式中の元素記号は、各元素の鋼中含有量(質量%)を意味し、含有されない場合はゼロとする。
【0047】
(C)溶接金属部の化学組成
溶接金属部の化学組成の限定理由は次のとおりである。以下の説明において各元素の含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。なお、ここでいう溶接金属部の化学組成とは、初層溶接部における化学組成を意味する。
【0048】
C:0.04~0.14%
Cは、強度を高めるために不可欠な元素である。一方、C含有量が0.14%を超えると、溶接性が著しく低下する。したがって、C含有量は0.04~0.14%とする。C含有量は0.06%以上であるのが好ましく、0.12%以下であるのが好ましい。
【0049】
Si:0.05~1.00%
Siは、強度の向上作用を有する元素である。この効果を得るには、Si含有量は0.05%以上とする必要がある。しかし、Si含有量が1.00%を超えると、靱性が低下する。したがって、Si含有量は0.05~1.00%とする。Si含有量は0.10%以上であるのが好ましく、0.60%以下であるのが好ましい。
【0050】
Mn:1.00~2.00%
Mnは、強度の向上作用を有する元素である。この効果を得るためには、Mnを1.00%以上含有させる必要がある。しかし、Mn含有量が2.00%を超えると、靱性が低下する。したがって、Mn含有量は1.00~2.00%とする。Mn含有量は1.20%以上であるのが好ましく、1.80%以下であるのが好ましい。
【0051】
P:0.025%以下
P含有量が0.025%を超えると、靱性の低下が著しくなって所定のシャルピー衝撃値を確保することが難しくなる。このため、不純物としてのP含有量を0.025%以下とする。P含有量は0.020%以下であることが好ましい。
【0052】
S:0.005%以下
S含有量が0.005%を超えると、靱性の低下が著しくなって所定のシャルピー衝撃値を確保することが難しくなる。このため、不純物としてのS含有量を0.005%以下とする。S含有量は0.003%以下であることが好ましい。
【0053】
Cu:0.50%以下
Cu含有量が0.50%を超えると、靱性の低下を招くことがある。このため、不純物としてのCu含有量を0.50%以下とする。Cu含有量は0.40%以下であることが好ましく、0.30%以下であることがより好ましい。
【0054】
N:0.007%以下
N含有量が0.007%を超えると、粗大な窒化物が形成され、靱性の低下が著しくなるので、所定のシャルピー衝撃値を確保することが難しくなる。このため、不純物としてのN含有量を0.007%以下とする。N含有量は0.006%以下であることが好ましい。
【0055】
Ni:2.50~3.00%
Niは、強度および靱性を向上させる作用がある。これらの効果を得るためには、Niを2.50%以上含有させる必要がある。一方、Niを3.00%を超えて含有させると、合金コストが嵩む。したがって、Ni含有量は2.50~3.00%とする。Ni含有量は2.60%以上であるのが好ましく、2.80%以下であるのが好ましい。
【0056】
Cr:0.90%以上1.40%未満
Crは、強度を向上させる作用がある。この効果を得るためには、Crを0.90%以上含有させる必要がある。一方、Cr含有量が1.40%以上となると、靱性の低下を招くことがある。したがって、Cr含有量は0.90%以上1.40%未満とする。Cr含有量は1.00%以上であるのが好ましい。また、Cr含有量は1.30%以下であるのが好ましく、1.20%以下であるのがより好ましい。
【0057】
Mo:0.40~0.90%
Moは、強度を向上させる作用がある。この効果を得るためには、Moを0.40%以上含有させる必要がある。一方、Mo含有量が0.90%を超えると、靱性の低下を招くことがある。したがって、Mo含有量は0.40~0.90%とする。Mo含有量は0.50%以上であるのが好ましく、0.80%以下であるのが好ましく、0.70%以下であるのが好ましい。
【0058】
Nb:0.010%以下
Nbは、母材部から混入し得る元素である。しかしながら、Nb含有量が0.010%を超えると、靱性を劣化させる場合がある。したがって、Nb含有量は0.010%以下とする。Nb含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.005%以下であるのがより好ましい。
【0059】
Al:0.010%以下
Alは、母材部から不可避的に混入する元素である。しかしながら、Al含有量が0.010%を超えると、靱性の低下を招く。したがって、Al含有量は0.010%以下とする。Al含有量は0.008%以下であるのが好ましく、0.005%以下であるのがより好ましい。なお、本発明のAl含有量とは酸可溶Al(いわゆる「sol.Al」)での含有量を指す。
【0060】
B:0.0010%以下
Bは、母材部から不可避的に混入する元素である。しかしながら、B含有量が0.0010%を超えると、溶接金属部中で凝固割れが発生するおそれがある。したがって、B含有量は0.0010%以下とする。B含有量は低ければ低いほど好ましく、0.0007%以下であるのが好ましく、0.0005%以下であるのがより好ましく、0.0003%以下であるのがさらに好ましい。一方、溶接金属部の強度を向上させたい場合は、積極的に含有させてもよい。その効果を得たい場合は、B含有量は0.0001%以上であるのが好ましく、0.0003%以上であるのがより好ましい。
【0061】
Ti:0.003~0.050%
Tiは、強度を向上させる作用を有する。この効果は、Ti含有量が0.003%以上で得られる。しかし、Tiの含有量が0.050%を超えると、靱性が低下する。したがって、Ti含有量は0.003~0.050%とする。Ti含有量は0.005%以上であるのが好ましく、0.015%以下であるのが好ましい。
【0062】
V:0.01~0.20%
Vは、強度を向上させる作用を有する。この効果は、V含有量が0.01%以上で得られる。しかし、V含有量が0.20%を超えると、靱性が低下する。したがって、V含有量は0.01~0.20%とする。なお、V含有量は0.04%以上であるのが好ましく、0.15%以下であるのが好ましい。
【0063】
Ca、MgおよびREMのいずれか1種以上の合計:0~0.0250%
Ca、MgおよびREMは、いずれもSと反応して硫化物を形成することにより介在物の形態を改善し、靱性を向上させる作用を有する。このため、必要に応じてCa、MgおよびREMのいずれか1種以上を含有させてもよい。この効果を安定して得るためには、これら成分の含有量は、合計で0.0005%以上であることが好ましい。一方、これら成分の合計の含有量が0.0250%を超えると、介在物量が増大して鋼の清浄性が低下するので、却って靱性が低下する。したがって、これらの元素の合計含有量の上限を0.0250%とする。合計含有量は0.0100%以下であることが好ましく、0.0050%以下であることがより好ましい。
【0064】
本発明に係る溶接金属部は、上述の各元素と、残部がFeおよび不純物とからなる。ここで「不純物」とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
【0065】
(D)母材部の金属組織
本発明に係る母材部は、高強度と高い靱性とを両立するため、焼戻しマルテンサイトを主体とする金属組織を有することが望ましい。具体的には、焼戻しマルテンサイトの面積率が90%以上であることが望ましい。残部の組織については特に制限はないが、ベイナイト、フェライトおよびパーライトから選択される1種以上が含まれていてもよい。
【0066】
なお、本発明においては、金属組織は以下の方法により測定する。まず、母材部から、鋼管の肉厚中央部を含み、かつ、圧延方向に垂直な断面が観察面となるよう、観察用試験片を採取する。ここで、鋼管が溶接鋼管である場合には、観察用試験片は、溶接部から鋼管の周方向に180°離れた位置において採取することとする。以降の説明において、上記の「円周溶接部」と区別するため、溶接鋼管において、鋼管の長手方向に延びる溶接部を「長手方向溶接部」という。そして、観察面を研磨した後、ナイタールエッチングを行う。その後、倍率500倍の光学顕微鏡にて撮影した組織写真から焼戻しマルテンサイトの面積率を求める。
【0067】
(E)機械特性
本発明に係る鋼管溶接継手において、母材部の引張強さ、および円周溶接部の継手引張試験における引張強さ(以下、いずれの場合も「TS」という。)は、いずれも980MPa以上である。母材部および円周溶接部のTSがともに980MPa以上であれば、安定的に軽量化が行えるので、クレーンの大型化に対応可能なクレーンブームへの用途として、十分安定して用いることができる。
【0068】
母材部および円周溶接部のTSの好ましい下限は1000MPaである。また、母材部および円周溶接部のTSの好ましい上限は1100MPaである。なお、本発明に係る鋼管溶接継手において、母材部の降伏応力、および円周溶接部の継手引張試験における降伏応力(以下、いずれの場合も「YS」という。)は、いずれも890MPa以上であることが好ましく、900MPa以上であることがより好ましい。
【0069】
なお、本発明において、母材部における引張強さおよび降伏応力は、母材部からJIS Z 2241:2011に記載の12B号試験片(幅25mmの円弧状試験片)を切り出して、室温大気中で引張試験を実施することによって測定する。また、円周溶接部の継手引張試験における引張強さおよび降伏応力は、鋼管溶接継手の長手方向と長さ方向が一致し、平行部の中央に円周溶接部が位置するよう採取されたJIS Z 3121:2013に準拠した3号試験片(平行部の幅:20mm)を用いて測定することとする。すなわち、円周溶接部の強度が実質的に継手強度となる。ここで、母材部が溶接鋼管である場合には、引張試験用の試験片は、長手方向溶接部から鋼管の周方向に180°離れた位置において採取することとする。
【0070】
ここで、上記のような継手強度を実現するためには、溶接熱影響部における軟化を極力抑制する必要がある。そのため、本発明においては、母材部における平均硬さを300HV10以上とし、かつ、溶接熱影響部における平均軟化幅を4.0mm以下、平均軟化代を80HV10以下とする。
【0071】
なお、溶接熱影響部における最高硬さについては特に制限を設ける必要はないが、低温割れを抑制する観点からは、415HV10以下とすることが好ましい。
【0072】
本発明において、「母材部における平均硬さ」、「溶接熱影響部における平均軟化幅」、「溶接熱影響部における平均軟化代」および「溶接熱影響部における最高硬さ」は、以下の手順で求めるものとする。
【0073】
鋼管長手方向に垂直な断面において、母材部での外表面から1.0mm位置、肉厚中央位置、内表面から1.0mm位置の3点で硬さ測定を行う。各測定値の平均値を算出することで、母材部における平均硬さを求める。
【0074】
図2は、溶接熱影響部における平均軟化幅および平均軟化代の測定方法を説明するための図である。
図2aに示すように、母材部1a,1b、溶接金属部2a、および溶接熱影響部2b,2cを含み、鋼管の軸を通る、鋼管長手方向に平行な断面を切り出す。
【0075】
そして、外表面から1.0mm位置、肉厚中央位置、内表面から1.0mm位置を通る鋼管長手方向に平行な3本の線上において、溶接金属部2aと溶接熱影響部2b,2cとの境界から母材部1a,1b側にそれぞれ0.5mm離れた位置を含むように、1.0mm間隔で硬さ測定を行う。
【0076】
その後、
図2bに示すように、硬さが最低となる測定点を特定し、最低硬さ位置とする。なお、硬さが最低となる測定点が複数存在する場合は、そのうち、最も母材部1b側の測定点を最低硬さ位置とする。そして、上記の母材部における平均硬さと、最低硬さ位置における硬さとの差を軟化代とする。
【0077】
続いて、最低硬さ位置から母材部1b側に向かって、硬さが低下に転じるまでの領域内において、隣り合う2点間の硬さが10HV以上である母材部1b側の測定点のうち、最も溶接金属部2aから遠い測定点を特定し、外側軟化限位置とする。
【0078】
次に、最低硬さ位置から、溶接金属部2aと溶接熱影響部2cとの境界までの領域内において、上記の外側軟化限位置での硬さに最も近い硬さを有する測定点を特定し、内側軟化限位置とする。そして、外側軟化限位置から内側軟化限位置までの、鋼管長手方向に平行な方向における距離を軟化幅とする。
【0079】
上記の軟化代および軟化幅を、溶接熱影響部2b側および溶接熱影響部2c側それぞれの、外表面から1.0mm位置、肉厚中央位置、および内表面から1.0mm位置の計6か所で測定し、それらの平均値を、溶接熱影響部における平均軟化幅および平均軟化代とする。
【0080】
さらに、溶接熱影響部2b,2cでの硬さの全測定値のうち、最大となる値を、溶接熱影響部における最高硬さとする。なお、「HV10」とは、試験力を98N(10kgf)として、ビッカース硬さ試験を実施した場合の「硬さ記号」を意味する(JIS Z 2244-1:2020を参照)。
【0081】
また、本発明に係る鋼管溶接継手において、母材部の-40℃でのシャルピー衝撃値は75J/cm2以上であることが好ましい。-40℃でのシャルピー衝撃値が75J/cm2以上であれば、寒冷地での作業が行われるクレーンブームへの用途としても、十分安定して用いることができる。該継目無鋼管の-40℃でのシャルピー衝撃値のより好ましい下限は125J/cm2であり、高ければ高いほど好ましい。
【0082】
(F)肉厚
本発明に係る鋼管溶接継手における母材部の肉厚について、特に制限は設けない。しかし、母材部の肉厚が45.0mmを超えると、母材部でベイナイトが生じやすくなり、焼戻しマルテンサイト主体の組織とすることが難しくなる。したがって、母材部の肉厚は45.0mm以下であることが好ましく、40.0mm以下、30.0mm以下または20.0mm以下であるのがより好ましい。一方、鋼管溶接継手の強度を確保する観点からは、厚肉であるほど有利である。そのため、母材部の肉厚は5.0mm以上であることが好ましく、8.0mm超であることがより好ましく、12.0mm超であることがさらに好ましい。これは、厚肉であるほど、溶接後の冷却速度増加に伴うHAZ軟化抑制および変形に対する拘束力増加により、鋼管溶接継手の強度が増加する傾向にあるためである。
【0083】
(G)母材部の製造方法
本発明に係る鋼管溶接継手の製造に用いられる母材部は、例えば、以下の方法によって製造することができる。なお、以下の説明においては、母材部が継目無鋼管である場合を例としているが、これに限定されない。
【0084】
前記(B)項で述べた化学組成を有する鋼を、一般的な低合金鋼と同様の方法で溶製した後、鋳造によりインゴットまたは鋳片とする。なお、いわゆる「ラウンドCC」法によって、製管用の円形ビレット形状を有する鋳片にしてもよい。
【0085】
次の工程として、鋳造されたインゴットまたは鋳片に、分塊圧延または熱間鍛造を施す。該工程は、最終的な熱間製管(例えば、熱間での穿孔、圧延および延伸工程による製管、または熱間押し出しプレスによる製管)に用いる素材を得る工程である。なお、上記「ラウンドCC」法によって、円形ビレット形状とした鋳片は、直接それを用いて継目無鋼管に仕上げることができるので、必ずしも分塊圧延または熱間鍛造を施す必要はない。
【0086】
上記の分塊圧延または熱間鍛造で製造した、最終的な熱間製管に用いる素材および円形ビレット形状とした鋳片(以下、「鋼片」という。)に、以下に示す[i]から[iv]までの工程を順に施して、本発明の継目無鋼管が製造される。
【0087】
[i]:鋼片を1200~1300℃に加熱した後、断面減少率で40~99%の加工を行って素管を製造する、熱間製管工程
上述した鋼片を1200~1300℃に加熱した後、断面減少率で40~99%の加工を行って所定の形状を有する素管を製造する。鋼片の加熱温度が1200℃を下回ると、次の断面減少率が40~99%で加工する際の変形抵抗が大きくなって製管設備が受ける負荷が大きくなるし、疵または割れ等の加工不良を生じることがある。一方、鋼片の加熱温度が1300℃を上回ると、高温粒界割れまたは延性低下をきたすことがある。したがって、熱間製管工程は、先ず、鋼片の加熱温度を1200~1300℃とする。
【0088】
鋼片の加熱温度が上記の範囲であっても、加熱後の熱間製管における断面減少率が40%を下回ると、後述する[ii]の冷却工程を経ても、[iii]の焼入れ工程で微細な焼入れ組織にならず、継目無鋼管に所望の機械的特性を具備させることができない場合がある。一方、断面減少率で99%を上回る製管工程には、製管設備の増設等が必要になる場合がある。したがって、熱間製管工程は、断面減少率で40~99%の加工を行うこととする。
【0089】
この[i]の工程での加熱温度は、鋼片の表面における温度を指す。上記温度域での保持時間は、鋼片のサイズおよび形状にもよるが60~300分とすることが好ましい。また、熱間製管での素管仕上げ温度は850~950℃とすることが好ましい。上述の素管仕上げ温度は、素管の外表面における温度を指す。[i]の工程において、加熱温度の好ましい下限は1230℃、また、好ましい上限は1280℃である。さらに、断面減少率の好ましい下限は50%、また、好ましい上限は90%である。
【0090】
[ii]:前記素管をAc1点未満の温度まで冷却する、冷却工程
所定の形状に仕上げられた素管は、[iii]の焼入れ工程で微細な焼入れ組織を得るためにAc1点未満の温度まで冷却される。この際の冷却速度については、特に制限がない。なお、熱間製管後の素管には、一旦室温まで冷却した後で、再加熱して次の[iii]の工程を施してもよいし、熱間製管後に、Ac1点未満の適宜の温度まで冷却した後、該温度から直接に加熱して次の[iii]の工程を施してもよい。この[ii]の工程での冷却温度は、素管の外表面における温度を指す。
【0091】
[iii]:冷却した素管をAc3点~950℃に加熱した後、急冷する、焼入れ工程
前記[ii]の工程で冷却した素管には、次に、Ac3点~950℃の温度に加熱した後で急冷する焼入れ処理が施される。加熱温度がAc3点未満であると、オーステナイト化が完了しないので、継目無鋼管に所定の機械的特性を具備させることができない場合がある。一方、加熱温度が950℃を超えると、1回の焼入れ処理では、微細なオーステナイト粒が得られず、継目無鋼管に所定の機械的特性を具備させることができない場合がある。したがって、焼入れ処理の際の加熱温度はAc3点~950℃とする。
【0092】
上記加熱温度での保持時間は、素管のサイズにもよるが5~30分とすることが好ましい。ほぼ均一な加熱が可能であれば、誘導加熱を用いた短時間の急速加熱処理であっても構わない。この[iii]の工程での加熱温度は、素管の外表面における温度を指す。急冷には、十分な焼入れ組織が得られるのであれば、水冷または油冷など適宜の方法を用いればよい。[iii]の工程において、加熱温度の好ましい下限は880℃、また、好ましい上限は920℃である。
【0093】
[iv]:焼入れした素管を500~600℃に加熱した後、室温まで冷却する、焼戻し工程
前記[iii]の工程で焼入れした素管には、継目無鋼管としての所定の機械的特性を具備させるために、500~600℃に加熱した後、室温まで冷却する、焼戻し処理が施される。前記(B)項で述べた化学組成の場合には、焼戻しの加熱温度が500℃を下回ると、所定の強度(TS)は確保できても低温靱性が低下して、-40℃でのシャルピー衝撃値が75J/cm2を下回ることがある。一方、焼戻しの加熱温度が600℃を上回ると、所定の低温靱性(-40℃でのシャルピー衝撃値)は得られても強度が低下して、TSが980MPa以上という高強度を確保できないことがある。したがって、焼戻し処理の際の加熱温度は500~600℃とする。
【0094】
上記加熱温度での保持時間は、素管のサイズにもよるが30~60分とすることが好ましい。この[iv]の工程での加熱温度は、素管の外表面における温度を指す。焼戻しの際の冷却速度については、特に制限がない。このため、大気中での放冷、強制風冷、ミスト冷却、油冷、水冷等、設備に応じた冷却を行えばよい。[iv]の工程において、加熱温度の好ましい下限は525℃、また、好ましい上限は575℃である。
【0095】
(H)鋼管溶接継手の製造方法
上記の方法により製造された母材部の管端同士を突き合わせた状態で、ソリッドワイヤまたはフラックス入りワイヤ等の溶接材料を用いて円周溶接を行うことによって、鋼管溶接継手を製造することができる。
【0096】
溶接熱影響部における軟化を抑制するためには、低入熱による溶接を行う必要がある。また、生産効率を上げるため、初層溶接を低入熱で行った場合であっても、2層目以降は徐々に入熱量を上げるのが一般的である。しかしながら、本発明においては、継手強度を確保する観点から、初層から最終層まで0.5kJ/mm以下の低入熱で溶接を行うこととする。
【0097】
加えて、初層から最終層まで低入熱で溶接を行うことで、母材部から溶接金属部への合金元素の流入を最小限に抑制し、特に、溶接金属部におけるB含有量を低減することが可能となる。これにより、凝固割れ等の高温割れの発生を抑制することができる。
【0098】
また、通常の施工においては、低温割れを防止するために、溶接前の予熱が行われる。しかしながら、本発明においては、溶接熱影響部における軟化を抑制するため、予熱は行わず、層間温度も低めで管理する。具体的には、層間温度は、150℃以下とする。
【0099】
なお、その他の溶接条件としては一般的な条件で行えばよく、例えば、ガスシールドアーク溶接が用いられる。この場合、溶接における電流値、電圧値、溶接速度、シールドガスは公知の技術から適宜選択することができる。また、溶接材料の種類についても特に制限はないが、溶接金属部の化学組成が上記規定を満足するような溶接材料を選択する必要がある。
【0100】
また、円周溶接を行うに際しては、多層盛溶接を行うことが好ましい。肉厚が5.0mm以上の場合において、通常のガスシールドアーク溶接等では、1層のみで溶接を行うことは困難である。レーザー溶接等を用いれば1層のみで溶接を行うことは可能であるが、その場合は、大入熱にするか、開先の間隔を狭く、かつ開先角度を小さくする必要がある。前者の場合は、上述のように母材部から溶接金属部へのBの流入が顕著となるため好ましくない。
【0101】
一方、開先の間隔を狭く、かつ開先角度を小さくすると、溶接欠陥が生じ、それにより、継手の疲労強度が低下するおそれがある。そのため、継手の疲労強度を確保する観点から、開先の間隔を十分に確保した上で、多層盛溶接を行うことが好ましい。すなわち、溶接金属部は、多層盛溶接金属であることが好ましい。
【0102】
同様の理由により、
図2に示される溶接金属部の幅Wは7.0mm超であることが好ましく、9.0mm以上であることがより好ましい。
図2を用いて、溶接金属部の幅Wの測定方法について説明する。
図2に示されるように、鋼管の軸を通る、鋼管長手方向に平行な断面において、溶接金属部2aと溶接熱影響部2bとの境界が、鋼管溶接継手の外表面と交わる交点2dを特定する。同様に、溶接金属部2aと溶接熱影響部2cとの境界が、鋼管溶接継手の外表面と交わる交点2eを特定する。そして、交点2dと交点2eとの、鋼管長手方向における距離が、溶接金属部の幅Wとなる。
【0103】
以下、実施例によって、本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例1】
【0104】
表1に示す化学組成を有する鋼A~Hを溶製し、転炉-連続鋳造プロセスにより、矩形ビレットを鋳造した。矩形ビレットは、さらに熱間鍛造により円形ビレットに成形し、室温まで冷却した。
【0105】
表1中の鋼A~Eは、化学組成が本発明で規定する範囲内にある鋼であり、一方、鋼F~Hは、化学組成が本発明で規定する条件から外れた鋼である。なお、表1には、下記の式(i)および式(ii)から求めたAc1点およびAc3点を併せて示した。
Ac1点(℃)=723+29.1×Si-10.7×Mn-16.9×Ni+16.9×Cr・・・(i)
Ac3点(℃)=910-203×C0.5+44.7×Si-15.2×Ni+31.5×Mo+104×V-(30×Mn+11×Cr+20×Cu-700×P-400×Al-400×Ti)・・・(ii)
【0106】
【0107】
上記の円形ビレットを、1240℃で加熱し、マンネスマン-マンドレル方式によって、仕上げ温度が850~950℃の範囲になるように、外径114.3mm、肉厚が8.6mmの継目無鋼管を2つずつ作製し、室温まで冷却した。ここで、比較的薄肉である鋼管を作製した理由は、鋼管溶接継手の強度の観点から不利となる薄肉の鋼管にて当該強度を確保可能であれば、それより厚肉の鋼管でも十分に当該強度を確保可能と想定されたためである。このようにして得た各継目無鋼管を、表2に示す条件で、焼入れおよび焼戻しを施して、鋼管母材を製造した。なお、焼入れは全て水焼入れによって実施した。焼戻しの際の冷却は全て大気中での放冷とした。
【0108】
その後、各鋼管溶接継手の母材部から、圧延方向に垂直な断面が観察面となるよう、観察用試験片を採取し、観察面を研磨した後、ナイタールエッチングを行った。その後、倍率500倍の光学顕微鏡にて撮影した組織写真から焼戻しマルテンサイトの面積率を求めた。
【0109】
【0110】
続いて、得られた2つの鋼管母材の端部に、開先角度が60°となるように開先を加工した後、端部同士を突き合わせた状態で、表2に示す条件でガスシールドアーク溶接による円周溶接を行い、鋼管溶接継手(試験番号1~12)を製造した。円周溶接を行うに際しては、日鉄溶接工業株式会社製高張力鋼用ソリッドワイヤ(YM-100A)を溶接材料として使用し、シールドガスとしてAr-20%CO2を用いた。また、裏当て材を使用し、開先同士の間隔は0mmとした。得られた各鋼管溶接継手について、溶接金属部の初層溶接部における化学組成を測定した結果を表3に示す。
【0111】
【0112】
次に、各鋼管溶接継手の母材部から、JIS Z 2241:2011の附属書Eに記載された12B号試験片(幅25mmの円弧状試験片)を切り出した。JIS Z 2241:2011に準拠して、室温大気中で引張試験を実施し、YSおよびTSを求めた。また、各鋼管溶接継手の母材部から、ノッチ面を管軸方向と肉厚(管径)方向を含む面として、管軸方向と長さ方向が一致するように、幅が10mm、厚さが5mmの2mmVノッチ試験片を各3本ずつ切り出した。そして、JIS Z 2242:2018に準拠して、-40℃にてシャルピー衝撃試験を実施した。各3本の吸収エネルギーの平均値から、衝撃値を求めた。具体的には、測定された吸収エネルギー(J)を、試験片の長さ方向に垂直で、かつ、ノッチ位置における断面積(例えば、厚さ5mmの場合、幅8mm×厚さ5mm=0.4cm2)で除して求めた。
【0113】
続いて、各鋼管溶接継手の長手方向と長さ方向が一致し、平行部の中央に円周溶接部が位置するよう採取されたJIS Z 3121:2013に準拠した3号試験片(平行部の幅:20mm)を用いて、円周溶接部の継手引張試験を実施し、YSおよびTSを求めた。
【0114】
さらに、上述した手順により、「母材部における平均硬さ」、「溶接熱影響部における平均軟化幅」、「溶接熱影響部における平均軟化代」、「溶接熱影響部における最高硬さ」および「溶接金属部の幅W」を測定した。
【0115】
そして、以下の方法によって、耐凝固割れ性および耐低温割れ性を評価した。具体的には、C形ジグ拘束突合せ溶接割れ試験方法により凝固割れの有無を評価し、y形溶接割れ試験方法により低温割れの有無を評価した。各試験方法について、以下により詳しく説明する。
【0116】
まず、上記の鋼A~Hからスラブを作製し、1250℃で60分加熱した後、1000~1250℃の温度範囲で熱間圧延を施し、肉厚が8.6mmの鋼板を作製した。続いて、表2に示す条件で焼入れおよび焼戻しを施し、各試験番号に対応する鋼板を得た。
【0117】
得られた鋼板から120mm×200mmの鋼板を2枚切り出した後、開先形状を形成し、
図3に示す形状の試験板を作製した。そして、JIS Z 3155:1993に準拠して、C形ジグ拘束突合せ溶接割れ試験を実施した。この際、溶接ビードを2本形成し、溶接条件は、表2に示される条件と同一とした。その後、JIS Z 3155:1993に記載の方法で割れの有無を調査した。そして、2本の溶接ビードのうち、いずれも割れが観察されなかった場合に、凝固割れ無し(A)と評価した。また、1つで割れが観察された場合に、凝固割れ有り(B)、2つともで割れが観察された場合に、凝固割れ有り(C)と評価することとした。本実施例では、低温割れ無し(A)の場合にのみ、優れた耐低温割れ性を有すると判定した。
【0118】
また、上記した鋼板から150mm×200mmの鋼板を切り出し、直径8mmの孔を4か所に形成してから、2か所ずつの孔を繋ぐように、幅5mmの溝を2本形成した。その後、2本の溝の間に放電加工により開先を形成し、
図4に示す形状の試験板を作製した。そして、試験板の形状以外については、JIS Z 3158:2016に準拠して、y形溶接割れ試験を実施した。この際、溶接条件は、表2に示される条件と同一とした。その後、JIS Z 3158:2016に記載の方法で割れの有無を調査した。なお、割れの調査は、形成した溶接ビードを4等分した5断面について行った。そして、全ての断面で割れが観察されなかった場合に、低温割れ無し(A)と評価した。また、2つ以下の断面で割れが観察された場合に、低温割れ有り(B)、3つ以上の断面で割れが観察された場合に、低温割れ有り(C)と評価することとした。本実施例では、凝固割れ無し(A)または凝固割れ有り(B)の場合を、優れた耐凝固割れ性を有すると判定した。
【0119】
表4に、上記の各調査結果をまとめて示す。
【0120】
【0121】
表4に示されるように、本発明の規定を全て満足する試験番号1~5では、高い継手強度と、優れた耐凝固割れ性および耐低温割れ性を有する結果となった。これらに対して、本発明の規定を満足しない比較例である試験番号6~12では、継手強度、耐凝固割れ性および耐低温割れ性の少なくともいずれかが劣化する結果となった。
【実施例2】
【0122】
実施例1と同様に、表5に示す化学組成を有する鋼I~Pを溶製し、転炉-連続鋳造プロセスにより、矩形ビレットを鋳造した。矩形ビレットは、さらに熱間鍛造により円形ビレットに成形し、室温まで冷却した。
【0123】
【0124】
上記の円形ビレットを、1240℃で加熱し、マンネスマン-マンドレル方式によって、仕上げ温度が850~950℃の範囲になるように、表6に示す外径および肉厚を有する継目無鋼管を2つずつ作製し、室温まで冷却した。このようにして得た各継目無鋼管を、表6に示す条件で、焼入れおよび焼戻しを施して、鋼管母材を製造した。なお、焼入れは全て水焼入れによって実施した。焼戻しの際の冷却は全て大気中での放冷とした。
【0125】
その後、各鋼管溶接継手の母材部から、圧延方向に垂直な断面が観察面となるよう、観察用試験片を採取し、観察面を研磨した後、ナイタールエッチングを行った。その後、倍率500倍の光学顕微鏡にて撮影した組織写真から焼戻しマルテンサイトの面積率を求めた。
【0126】
【0127】
続いて、得られた2つの鋼管母材の端部に、開先角度が60°となるように開先を加工した後、端部同士を突き合わせた状態で、表6に示す条件でガスシールドアーク溶接による円周溶接を行い、鋼管溶接継手(試験番号13~20)を製造した。円周溶接を行うに際しては、表7に示す化学組成を有する溶接材料を使用し、シールドガスとしてAr-20%CO2を用いた。また、裏当て材を使用し、開先同士の間隔は0mmとした。得られた各鋼管溶接継手について、溶接金属部の初層溶接部における化学組成を測定した結果を表8に示す。
【0128】
【0129】
【0130】
次に、実施例1と同一の方法で、母材部のYS、TSおよびシャルピー衝撃値、円周溶接部の継手引張試験におけるYSおよびTS、「母材部における平均硬さ」、「溶接熱影響部における平均軟化幅」、「溶接熱影響部における平均軟化代」、「溶接熱影響部における最高硬さ」ならびに「溶接金属部の幅W」を測定した。さらに、実施例1と同一の方法によって、耐凝固割れ性および耐低温割れ性を評価した。
【0131】
表9に、上記の各調査結果をまとめて示す。
【0132】
【0133】
表9に示されるように、本発明の規定を全て満足する試験番号13~20では、高い継手強度と、優れた耐凝固割れ性および耐低温割れ性を有する結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0134】
本発明によれば、高い継手強度と優れた耐低温割れ性とを有する鋼管溶接継手を得ることが可能である。そのため、本発明に係る鋼管溶接継手は、機械構造部材用、なかでもクレーンブーム用として好適である。
【符号の説明】
【0135】
1a,1b 母材部
2 円周溶接部
2a 溶接金属部
2b,2c 溶接熱影響部
2d,2e 交点
10 鋼管溶接継手
【要約】
母材部1a,1bと円周溶接部2とを含む鋼管溶接継手10であって、円周溶接部2は、溶接金属部2aおよび溶接熱影響部2b,2cによって構成され、母材部1a,1bは所定の化学組成を有し、Pcmが0.25~0.30であり、溶接金属部2aは所定の化学組成を有し、B含有量が0.0010%以下であり、母材部1a,1bの引張強さ、および円周溶接部2の継手引張試験における引張強さが、980MPa以上であり、母材部1a,1bにおける平均硬さが300HV10以上であり、溶接熱影響部2b,2cにおける平均軟化幅が4.0mm以下、平均軟化代が80HV10以下である、鋼管溶接継手。