(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-17
(45)【発行日】2023-05-25
(54)【発明の名称】セレブロリシンの使用
(51)【国際特許分類】
A61K 35/30 20150101AFI20230518BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20230518BHJP
A61K 38/01 20060101ALI20230518BHJP
A61K 47/02 20060101ALI20230518BHJP
【FI】
A61K35/30
A61P25/28
A61K38/01
A61K47/02
(21)【出願番号】P 2020512835
(86)(22)【出願日】2018-08-28
(86)【国際出願番号】 EP2018073106
(87)【国際公開番号】W WO2019042983
(87)【国際公開日】2019-03-07
【審査請求日】2021-07-05
(32)【優先日】2017-08-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】520068320
【氏名又は名称】エバー・ニューロ・ファーマ・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング
【氏名又は名称原語表記】EVER Neuro Pharma GmbH
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(74)【代理人】
【識別番号】100165892
【氏名又は名称】坂田 啓司
(72)【発明者】
【氏名】シュテファン・ヴィンター
(72)【発明者】
【氏名】ヘルベルト・メスラー
【審査官】横田 倫子
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-501967(JP,A)
【文献】Neurol Sci., 2013, Vol.34, p.553-556
【文献】J Neurological Sci., 2012, Vol.322, p.2-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セレブロリシンを有効成分として含む、CADASIL患者の死亡率を低下するための医薬組成物。
【請求項2】
CADASIL患者がNotch3遺伝子に変異を有する、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
水溶液の形態であ
る、請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
CADASIL患者に、セレブロリシ
ン0.1~100ml、好ましくは1~50mlの用量で投与される、請求項1~3のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項5】
CADASIL患者に、セレブロリシ
ン0.1~10ml、好ましくは0.5~5mlの用量で筋肉内投与される、請求項1~4のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項6】
CADASIL患者に、セレブロリシ
ン0.1~100ml、好ましくは1~50mlの用量で静脈内投与される、請求項1~4のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項7】
CADASIL患者に連続注入によって投与される、請求項1~6のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項8】
注入が、5分間~4時間、好ましくは10分間~2時間、特に15~60分間の注入時間で行われ;および/または注入が、1~100日間、好ましくは5~50日間、特に10~30日間にわたって行われる、請求項7に記載の医薬組成物。
【請求項9】
注入が1日1回行われる、請求項8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
セレブロリシンが0.9%塩化ナトリウム溶液、リンガー液、または5%グルコースで希釈されており、CADASIL患者に注入によって投与される、請求項1~9のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項11】
水酸化ナトリウムを含む、請求項1~10のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項12】
投与を行わない1~6箇月間、好ましくは1~3箇月間、特に2~3箇月間の期間を挟んで繰り返される投与サイクルで投与される、請求項1~11のいずれかに記載の医薬組成物。
【請求項13】
CADASIL患者に、セレブロリシン2.5ml/kgの用量で、10~30日間にわたって、または、週5回の注射の3週サイクルで投与される、請求項1~12のいずれかに記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はCADASILの処置に関する。
【背景技術】
【0002】
CADASIL(皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症;CADASIL症候群ともいう)は、物忘れを伴うある種のラクナ症候群を引き起こし、その主要な特徴は、再発性の皮質下虚血事象および血管性認知症を含み、神経画像に認められるびまん性白質異常を伴う。CADASILは常染色体優性に遺伝する。罹患個体の多くは罹患した親を持ち、de novo病原性バリアントは稀なようである。罹患個体の子は各々、該病原性バリアントを受け継ぎ該疾患の徴候を発症するリスクを50%有する。家族内の病原性バリアントの存在がわかっている場合、高リスクの妊娠の出生前診断、および着床前診断が可能であるが、通常成人してから発症する疾患について出生前診断を求めることは一般的ではない。病理学的検査では、多発性の小さい深部脳梗塞、白質脳症、および、主に脳小動脈における、非アテローム性非アミロイドアンギオパチーが認められる。微細構造解析によって、血管平滑筋細胞の顕著な変化が認められる。変異遺伝子が19番染色体にマッピングされており、ヒトNotch3遺伝子の変異が、該遺伝子の顕著な異常を起こしたCADASIL患者において同定されている。実際に、95%を超えるCADASIL個体が、Notch3に病原性ミスセンスバリアントを有する(Rutten et al., in: Pagon et al. (Eds.) GeneReviews(R) (2000; updated 2016); Seattle (WA): University of Washington, Seattle; 1993-2017; Joutel et al., Nature 383 (1996), 707-710)。CADASIL患者におけるNotch3変異の95%を超えるものがミスセンス変異であるが、他は、小さいインフレームの欠失またはスプライス部位の変異である。驚くべきことに、すべての病原性変異が、ある特定のEGFRにおいてシステイン残基数の異常をもたらす。システイン残基は、該タンパク質の構造的完全性に寄与すると考えられているので、システイン残基の増減は、タンパク質の正しい折り畳みを妨げる可能性がある。de novo変異は稀であるものの、個別の症例は報告されている。
【0003】
CADASILの病理学的ホールマークは、細動脈中膜における電子密度の高い顆粒、および動脈壁におけるNotch3染色性の増加によって構成され、皮膚生検において評価することができる。効果の証明されたCADASILの治療法は、今のところ存在しない。抗血小板療法がしばしば用いられるが、CADASILにおける有効性は証明されていない。偏頭痛は、その頻度に応じて、対症療法的にも予防的にも処置されるべきである。高血圧、糖尿病または高コレステロール血症の併発は、処置されるべきである。支援的ケア(実際的な援助、感情面でのサポート、およびカウンセリング)は、患者およびその家族に役立つ。しかしながら、血管造影および抗凝固剤といった薬剤の使用は、脳血管事故を引き起こしうるので、回避することが推奨される。血栓溶解療法(経静脈血栓溶解)は、脳出血のリスクの増加が推定されるために禁忌である(Pagon et al., 2000; updated 2016)。
【0004】
有効なCADASIL処置は存在しないので、処置は、臨床徴候を緩和することのできる疾患改変方法を探索する方向に向けられている。しかしながら、これまでのところ、少数の極く初期段階の研究が報告されているに過ぎない。
【0005】
そのような偏頭痛の処置に、バルプロ酸ナトリウムが使用された事例もある。アセチルコリンエステラーゼ阻害剤は、認知機能低下の処置における一次エンドポイントには有効でないと報告されているが(18週後の血管性認知症評価スケール)、前頭葉皮質下機能不全に関してはいくらかの改善が認められている。抗血小板薬が、一次および二次の卒中防止について試験されているが、効果については証明されておらず、議論が分かれている。アセタゾラミドが、灌流MRI、経頭蓋ドップラー法およびTc-99m 細胞外ドメインの脳灌流によるSPECTによって評価される、脳灌流を高める効果について、試験されている。それはさらに、偏頭痛発作の頻度を低下することを目的とする偏頭痛の予防薬として用いられている。アトルバスタチンは、経頭蓋ドップラー法で試験され、脳血流に対して効果がないと報告されている。L-アルギニンは、経頭蓋ドップラー法で試験され、血管反応性の誘導を示した。サプロプテリン(24箇月の200~400mg bid投与)の最終結果は、一次エンドポイント(反応性充血指数の差の平均)として、末梢血管反応性の改善効果が有意でないというものであった。マウスモデルにおいて、幹細胞因子および顆粒球コロニー刺激因子の組み合わせは、CADASILの病理学的進行を抑制すると報告されている(すべてDi Donato et al., BMC Medicine (2017) 15:41; DOI 10.1186/s12916-017-0778-8において精査)。
【0006】
血管リスク因子、特に喫煙および高血圧を有する個体において疾患の経過がより重篤であるという証拠があることから、血管リスク因子のコントロールがCADASIL処置の重要な部分であると考えられる。抗血小板薬、例えばアスピリンまたはクロピドグレルの使用に関して、多くの神経科医がCADASIL患者の処置の際に、散発性卒中用のガイドラインを適用している。しかしながら、この方法が適切であるかは未だ決定されていない。実際、該疾患において血栓形成による虚血事象は、これまでに証明されていない。一方、かなりのパーセンテージのCADASIL患者において微小出血があると、多くの報告において指摘されている。これらの理由から、該疾患における抗血小板薬の安全性は、未だ明らかにされていない。同様に、血栓溶解の効果も、散発性ラクナ発作において有益であることが示唆されているものの、未だ確認されていない。
【0007】
168名の患者が参加したドネペジルの多施設治験において、血管性認知症評価スケール-認知サブスケールの一次アウトカムにおける改善は見られなかった。いくつかの遂行機能測定において改善が見られたが、それら知見の臨床的意義は明らかにされていない。抑鬱および偏頭痛といったCADASILの合併症は、散発性疾患に用いられるのと同様の処置に反応するようである(Di Donato et al., 2017)。血管性認知症に対するセレブロリシンの効果が、Chenらによって調べられた(Cochrane Database of System. Rev. 1 (2013): DOI: 10.1002/146 1858.CD008900.pub)。
【0008】
CADASILに特異的なデータが存在しないので、多くの神経科医は虚血発作後の二次的防止のために、高齢患者、例えば40歳を超える患者においてアスピリンを使用するが、その使用の是非を裏付ける証拠はない。この方法がCADASILにおいて適切であるか否かは未だ決定されておらず、出血リスクが高まる可能性を考慮すると、さらなる調査が必要である。心房細動のリスクが高いといったように明らかな適用で抗凝固処置を受ける必要のある患者は、脳内出血のリスクが報告されていることから、注意深く経過を観察すべきである。
【発明の概要】
【0009】
したがって、CADASIL患者において疾患症状および疾患進行に対処するための新たな合理的な治療的介入、特に死亡率を低下する、または生存率を上昇する治療的介入が必要であることは明らかである。
【0010】
したがって、本発明は、CADASIL(皮質下梗塞と白質脳症を伴う常染色体優性脳動脈症)の患者の死亡率低下に使用するためのセレブロリシンを提供する。
【0011】
セレブロリシンは、脳タンパク質の標準化された酵素分解によって製造されるペプチド製剤であり、低分子量のペプチド(<10kDa)および遊離アミノ酸を含む。
【0012】
セレブロリシンは、前臨床モデルおよび認知症患者において行動および認知障害を改善する好中球様の性質を有するペプチド混合物で、卒中およびTBIにおいて運動機能、認知機能および日常生活活動を改善する。セレブロリシンの作用様式は、興奮毒性およびフリーラジカル生成の低減といった神経保護作用から、神経可塑性および神経新生の向上による回復の向上に至るまで、多面的である。
【0013】
セレブロリシンは、卒中および血管性認知症に用いられている。β-アミロイド沈着の低減によると考えられる、血管性認知症患者における認知機能に対する有益な効果が、報告されている。セレブロリシンは、欧州およびアジアの多くの国々で、卒中の処置用に承認されている。
【0014】
驚くべきことに、本発明により、セレブロリシンが、CADASIL患者の死亡率の低下、したがって生存率の向上に顕著な効果を示すことがわかった。CADASILのホールマークである白質空胞化に対する効果は観察されなかった(そのため、本発明はより一層驚くべきものである)が、従来のCADASILマウスモデルにおいて、セレブロリシン処置が非常に高い統計学的有意性で死亡率を低下することが証明された。
【0015】
この効果は、特に、CADASIL患者由来細胞における酸化ストレス誘発アポトーシスに対してセレブロリシンがインビトロで保護作用を示さないという報告が文献になされていたという事実を考慮すると(Formichi et al., Neurol. Sci. 34 (2013), 553-556; doi: 10.1007/s10072-012-1174-y)、まったく予想外であった。
【0016】
この研究においてFormichiらは、15名のCADASIL患者(34~70歳)由来の末梢血リンパ球(PBL)、およびパラダイムプロアポトーシス刺激として還元性の高い糖である2-デオキシ-D-リボース(dRib)を用いた。アポトーシスはフローサイトメトリーおよび蛍光顕微鏡観察によって解析された。標準的な条件下に培養されたCADASIL患者由来PBLへのセレブロリシン投与は、アポトーシス細胞のパーセンテージに影響しなかった。dRibと共に培養されたPBLへのセレブロリシン投与によって、48時間の培養後にアポトーシスの有意な低下が見られたのは、5名の患者についてのみで、他の10名の患者については、セレブロリシン処置によるアポトーシスのパーセンテージにおける有意な差は見られなかった。この結果は、酸化ストレス誘発性アポトーシスに対するセレブロリシンの保護作用は、30%のCADASIL患者においてのみ見られたことを示している。したがって、Notch3遺伝子はインビトロのセレブロリシンの抗アポトーシス作用に影響しないであろうと結論付けられた。このことは、セレブロリシンが空胞化に対して作用しないという、本発明に至る過程において得られた結果をも説明することができる。したがって、セレブロリシンが一次パラメーターとしての死亡率に影響を及ぼすということは、まったく予想外であった。
【0017】
Formichiらにより得られた結果にもかかわらず、また、CADASIL患者がNotch3遺伝子に変異を有するという事実にもかかわらず、本発明の効果を得るためにセレブロリシンをすべてのCADASIL患者の処置に効果的に適用することができる。
【0018】
CADASILは通常、好ましくはNotch3遺伝子全体のシーケンシングによって、遺伝子診断される。側方髄膜瘤症候群(レーマン症候群)において、NOTCH3のエクソン33(該タンパク質の細胞内部分のPESTドメインをコードする)におけるヘテロ接合型トランケート型病原性バリアントが報告されている。そのような病原性バリアントは、Notch3シグナル伝達機能の獲得によって作用すると推定され、CADASILにおけるNOTCH3病原性バリアントとは区別される。常染色体優性の乳児筋線維腫症において、Notch3のエクソン25の病原性バリアント(c.4556T>C, p.Leu1519Pro)が報告されている。
【0019】
CADASIL患者の脳磁気共鳴画像(MRI)は、T1強調画像における低信号、およびT2強調画像における高信号を示し、通常、多発するさまざまな大きさに集密した白質病変が特徴的である。これら病変は、大脳基底核、脳室周囲白質および橋の周辺に集中しており、ビンスワンガー病において見られるものと同様である。このような白質病変は、変異した遺伝子を有する無症候の個体においても見られる。MRIはCADASILの診断には用いられないが、症候の発症の何十年も前からでも白質変化の進行を示すことができる。
【0020】
CADASIL患者の白質変化は、しばしば、側頭葉前方部、外包および上前頭回に関する。側頭極前方部の変化は、該疾患に高い感度および特異度があることが示されており(それぞれ約90%)、診断に有用である。アジア人では、側頭葉前方部の関与は比較的少ない。外包変化も、感度が高いが(約90%)、特異度は低い(約50%)。実際、最近の系統的な解析により、外包はCADASILにも散発性SVDにも同様に関与することが示されている。散発性SVDに稀な脳梁シグナル異常がCADASILにおいて報告されているが、そのような異常は多発性硬化症の特徴でもあり、このことは、CADASILが多発性硬化症と誤診される1つの理由である。グラディエントエコー画像においてドット様の低信号病変として示される脳の微小出血が、一定しない割合の症例(30~70%)において見られ、通常、加齢や、高血圧のようなリスク因子により増加する。脳内出血も、多くの患者において報告されており、特にアジア系に多い(di Donato et al., 2017)
【0021】
CADASILは、I67.8として分類されるICD-10-CM診断コード(「その他の明示された脳血管疾患」)であり、皮質下疾患として定義されているが、より高い解像度での造影を可能にする高磁場7テスラMRIを用いた最近の研究により、しばしば両半球に対称的なパターンでの、前頭および頭頂領域における皮質微小梗塞および初期のびまん性皮質変化を包含する皮質の一次的な関与が検出されている。これらの変化は、皮質の薄化または皮質下病変に関連しておらず、静脈血管密度または髄鞘内浮腫に二次的なものと考えられている。同様のデータは、実験モデルにおいても報告されている。さらに、皮質下変化は、二次的な皮質変化を誘導する可能性がある。縦断研究において、ラクナの発症に続いて、特に連絡する脳領域において、皮質薄化が見られた。もう1つの最近の進歩は、組織損傷を特徴付けるための拡散テンソル画像の使用である。CADASIL患者に見られる拡散メトリクスにおける典型的な変化は、異方性比率(拡散の方向性の指標)の低下、および見掛けの拡散係数または平均拡散率(拡散の程度の指標)の上昇である。CADASIL関連の変化を横断的および縦断的に測定するための高感度ツールとして、ヒストグラム解析が提案されている(Donato et al., 2017 and Rutten et al., 2000, updated 2016において精査される診断および鑑別診断)。
【0022】
CADASIL診断は、未だ過小診断であると言えるものの、この20年間で顕著に改善されており、現在ではかなり正確なものとなっている。
【0023】
セレブロリシンは、精製脳タンパク質に由来する、タンパク質分解により生成される神経ペプチドの医薬製剤である。セレブロリシンは、しばしば標準化された製品として、市販されている。セレブロリシンは、低分子量ペプチド(<10kDa)を15~30%、および遊離アミノ酸、例えばアラニン、アスパラギン酸、アルギニン、グルタミン酸、グリシン、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、セリン、スレオニン、トリプトファン、システインおよびバリンを70~85%含む。その溶液は、好ましくは無菌で、注射または注入に即用である(すなわち、ヒト患者への投与用の医薬製剤のすべての基準および要件を満たす)。セレブロリシン製剤は、EP0452299A1 CNおよびGromova et al.(Difficult Patient 8 (2010), 25-31)に開示されている。
【0024】
本発明にしたがって使用するセレブロリシンの好ましい濃度は、水溶液1ml当たりセレブロリシン濃厚物40~1000mg、好ましくは100~500mg、特に150~250mgである。先に述べたように、セレブロリシンは、総窒素含量を基準として、遊離アミノ酸を約85%、低分子量ペプチド(<10kDa)を約15%含む。
【0025】
セレブロリシン濃厚物は、特定のアミノ酸を標準化された量で含む。該濃厚物(その濃度は、必要なら投与時に変えてよい)において、セレブロリシンのアミノ酸含量は以下のとおりである(セレブロリシ濃厚物1ml当たりのmg):アラニン:2.40~3.60、特に3.10~3.50;アスパラギン酸:2.40~3.60、特に2.20~3.50;バリン:1.60~2.40、特に2.10~2.40;ヒスチジン:1.04~1.56、特に1.10~1.50;グリシン:1.20~1.80、特に1.60~1.90;グルタミン酸:3.20~4.80、特に3.30~4.60;イソロイシン:1.60~2.40、特に2.20~2.40;ロイシン:4.80~7.20、特に5.70~6.30;リジン:4.80~7.20、特に5.80~7.20;メチオニン:0.35~0.65、特に0.40~0.70;プロリン:1.60~2.40、特に2.00~2.40;セリン:0.21~0.39、特に0.23~0.36;スレオニン:0.21~0.39、特に0.26~0.35;トリプトファン:0.35~0.65、特に0.40~0.70;フェニルアラニン:1.60~2.40、特に1.60~2.40。該濃厚物の希釈によって、1ml当たりの特定のアミノ酸の絶対量は少なくなるが、アミノ酸どうし、およびアミノ酸と低分子量ペプチド(10000またはそれ以下)との相対比は希釈後も維持されることは明らかである。この相対比は、本発明による処置効果のために必要な要素である。
【0026】
セレブロリシンの製法はEP0452299A1に開示されており、ブタ脳タンパク質画分の酵素加水分解によって得られる。該生成物は1ml当たり、アミノ酸としてアラニン3.00mg、アスパラギン酸3.00mg、シスチン0.06g、グルタミン酸4.30mg、グリシン1.50mg、ヒスチジン1.30mg、イソロイシン2.00mg、ロイシン6.00mg、メチオニン0.50mg、フェニルアラニン2.00mg、プロリン2.00mg、セリン0.30g、スレオニン0.30g、トリプトファン0.50gおよびチロシン2.00mgを含み、分子量10000またはそれ以下のペプチドを含む。EP0452299A1に開示される製剤におけるペプチドとアミノ酸との混合物は、(典型的なセレブロリシン生成物について)分子量10000またはそれ以下のペプチド約15%、および遊離アミノ酸約85%を含んだ。
【0027】
適用する用量は好ましくは、100~10000mg(セレブロリシン濃厚物0.5~50ml)の範囲でありうる。好ましくは、CADASIL患者を、セレブロリシン濃厚物(好ましいセレブロリシン濃厚物において、濃度は215.2mg/ml)21.5~21520mgに対応する、セレブロリシン0.1~100ml、好ましくは1~50mlの用量で処置する。筋肉内に適用する場合、用量は通常、静脈内適用の場合よりも少なくする(例えば、静脈内適用の場合、好ましくは0.5~5ml、好ましくは0.5~10ml)。したがって、好ましくは、CADASIL患者を、セレブロリシン濃厚物21.5~2152mgに対応する、セレブロリシン0.1~10ml、好ましくは0.5~5mlの筋肉内投与量で処置する。セレブロリシンを連続的に注入してもよく(通常、10mlを超える体積で)、したがって、セレブロリシン濃厚物を、例えば、0.9%塩化ナトリウム溶液(9mg NaCl/ml)、リンガー液(Na+ 153.98mmol/l、Ca2+ 2.74mmol/l、K+ 4.02mmol/l、Cl- 163.48mmol/l)、5%グルコースで希釈しうる。注入は、典型的には5分間~4時間、好ましくは10分間~2時間、特に15~60分間の注入時間で、例えば1~100日間、好ましくは5~50日間、より好ましくは10~30日間にわたり(好ましくは毎日)実施しうる(通常、投与は週日のみ行われ、週末は行われないので、通常、連続する5日間の投与を3~5サイクルという処置サイクルが適用される)。好ましい一態様において、CADASIL患者を、セレブロリシン濃厚物215.2~21520mgに対応する0.1~100ml、好ましくは1~50mlの静脈内投与量で処置する。
【0028】
処置サイクルは、処置を行わない1~6箇月間、1~3箇月間、好ましくは2~3箇月間の期間を挟んで、繰り返しうる。
【0029】
本発明の実施形態を、以下、さらに記載する:
[項1]
CADASIL患者の死亡率を低下するのに使用するためのセレブロリシン。
[項2]
CADASIL患者がNotch3遺伝子に変異を有する、上記項1に記載の使用のためのセレブロリシン。
[項3]
CADASIL患者が、水溶液1ml当たりセレブロリシン濃厚物を50~1000mg、好ましくは100~500mg、特に150~250mg含むセレブロリシン製剤で処置される、上記項1または2に記載の使用のためのセレブロリシン。
[項4]
CADASIL患者が、セレブロリシン濃厚物21.5~21520mgに相当する、0.1~100ml、好ましくは1~50mlのセレブロリシン用量で処置される、上記項1~3のいずれかに記載の使用のためのセレブロリシン。
[項5]
CADASIL患者が、セレブロリシン濃厚物21.5~2152mgに相当する、0.1~10ml、好ましくは0.5~5mlの筋肉内投与用量で処置される、上記項1~4のいずれかに記載の使用のためのセレブロリシン。
[項6]
CADASIL患者が、セレブロリシン濃厚物215.2~21520mgに相当する、0.1~100ml、好ましくは1~50mlの静脈内投与用量で処置される、上記項1~4のいずれかに記載の使用のためのセレブロリシン。
[項7]
CADASIL患者が、セレブロリシンの連続注入によって処置される、上記項1~6のいずれかに記載の使用のためのセレブロリシン。
[項8]
注入が、5分間~4時間、好ましくは10分間~2時間、特に15~60分間の注入時間で行われ;および/または注入が、1~100日間、好ましくは5~50日間、特に10~30日間にわたって行われる、上記項7に記載の使用のためのセレブロリシン。
[項9]
注入が1日1回行われる、上記項8に記載の使用のためのセレブロリシン。
[項10]
注入が、セレブロリシンを0.9%塩化ナトリウム溶液、リンガー液、または5%グルコースで希釈して行われる、上記項1~9のいずれかに記載の使用のためのセレブロリシン。
[項11]
CADASIL患者が、水酸化ナトリウムを含むセレブロリシン製剤で処置される、上記項1~10のいずれかに記載の使用のためのセレブロリシン。
[項12]
CADASIL患者が、処置を行わない1~6箇月間、好ましくは1~3箇月間、特に2~3箇月間の期間を挟んで繰り返される処置サイクルで処置される、上記項1~11のいずれかに記載の使用のためのセレブロリシン。
本発明を以下の実施例および図面によってさらに説明するが、本発明はそれに限定されるものではない。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】
図1は、食塩液で処置されたマウスのコホートとセレブロリシン群とで、計算された死亡率を比較して示すものである(35%に対して0%)。
【
図2】
図2に、正中線から0.5mm外側のCADASILマウスの矢状面脳切片をルクソールファストブルーおよびNissl染色したものを示す。細胞体は濃青で、白質はターコイズ青で示される。破線で囲んだ部分は、観察した領域である脳梁前部を含む。
【
図3】
図3は、若く健康なマウス(A)および18月齢のCADASILマウス(B)における脳梁前部を示す。6週齢の雄C57BL/6の脳梁前内側部に空胞化は起こっていないが(A)、CADASILマウスにおいては顕著に空胞化が起こっている(B)。空胞が丸いのに対し、血管は細長い構造物として見える(内側の枠を参照)。
【
図4】
図4は、12~18箇月目の間にビヒクル(左)またはセレブロリシン(右)による3サイクルの処置を行った後の、18月齢CADASILトランスジェニックマウスの脳梁前部における空胞の数を示す。いずれの群においても、予想された病的状態、すなわち白質の空胞化が観察された(両群の間に統計学的有意差は無かった(p=0.12;スチューデントのt検定))。
【実施例】
【0031】
CADASILマウスモデルにおけるセレブロリシンの処置効果
【0032】
材料および方法
CADASILマウスモデル:NOTCH3R169C変異(系統88)
CADASILにおけるセレブロリシンの処置効果を調べるプルーフ・オブ・コンセプト研究を、NOTCH3R169C変異を示す確立されたトランスジェニックCADASILマウスモデル(系統88)において行った。このエクソン4の残基169におけるアルギニンのシステイン置換は、CADASIL患者において報告されており、高頻度の変異であるようである(Joutel et al., 1997)。該トランスジェニックマウス株は、CADASILの生化学的側面のいくつかを示すものであるとすでに詳しく特徴付けられており、したがって、該疾患の適当な遺伝動物モデルであると考えられる(Ghosh et al., 2015; Joutel et al., 2010)。Joutelら(Joutel et al., 2010)は、該変異した導入遺伝子の該マウスにおけるインビボ発現により、生体内NOTCH3の発現パターン、ならびに典型的なNOTCH3ECD凝集、脳血管内GOM沈着、進行性白質損傷および脳血流低下を包含するCADASILの主要な病理学的特徴が再現されたことを示している。変異体マウスは、筋原性反応の低下、および脳動脈血管径の減少、ならびに脳血管自動調節の低下、機能性充血および白質毛細血管密度の実質的低下を示した。NOTCH3R169Cモデルの最近の特徴付けによって、CADASIL病的状態の原因となる脳血管の機能障害およびBBB漏出に、周皮細胞が重要な役割を担うことが明らかにされた(Ghosh et al., 2015)。この著者が示したところによると、加齢とともに、変異NOTCH3が周皮細胞および平滑筋細胞の周囲に集まる。NOTCH3の蓄積は、アポトーシスを引き起こして、周皮細胞の数および周皮細胞プロセスによる毛細血管の取り巻きを著しく減少させる。これらの変化に伴い、血漿タンパク質の漏出、内皮アドヘレンスジャンクションタンパク質の発現低下、および二酸化炭素に対する微小血管反応性の低下として測定される、アストロサイトのエンドフィートの脳微小血管からの剥離、BBBの開口、および微小血管機能障害が起こる。
【0033】
実験の実施
前記CADASILマウスモデルにおいてセレブロリシンの効果を評価するために、28匹の動物を飼育し、12月齢に達した後に、3処置サイクルを開始した。変異体マウスに、0.9%食塩液で希釈したセレブロリシン2.5ml/kg、または食塩液のみを投与した。処置は、ランダム化および完全に盲検化された様式で、週5回のIP注射の3週サイクル(各処置の各マウスに全部で3×15注射)にて行った。動物をそれぞれ12、14および16月齢で処置し、18月齢の時点で解析のために殺した。処置レジメンは、さまざまな神経変性疾患におけるセレブロリシンの処置効果を試験する実験的研究において得られたデータに基づいて選択した。処置開始を12月齢に達した後とした理論的根拠は、本モデルのマウスは該月齢辺りで典型的なCADASIL疾患徴候を示し始めるという知見に基づいた(Joutel et al., 2010)。
【0034】
さらに、トランスレーショナルな側面を考慮して、病状が診断を可能にする段階に進行してから治療が開始されうるという現実的な臨床状況を反映するよう、予防的よりもむしろ治療的な介入のアプローチを選択した。ロバストで臨床的に価値のあるアウトカム尺度を表す死亡率を、一次パラメーターとして選択した。さらに、CADASIL特異的白質病変の程度を、ルクソールファストブルー染色による組織学解析によって定量した。この目的のために、動物を灌流し、脳をパラフィン包埋した。各動物につき、脳梁前内側部の3つの矢状面切片における2つカウント領域を調べた。
【0035】
結果
セレブロリシン処置により、CADASILトランスジェニックマウスの死亡は完全に防止された。12箇月目から18箇月目(マウス齢に対応)までの観察期間において、対照群のマウス14匹のうち5匹(36%)が死亡したが、セレブロリシン処置動物は1匹も死亡しなかった。食塩液処置コホートの死亡率は35%と計算されたのに対し、セレブロリシン群では0%であったので、セレブロリシン処置が該疾患における生存延長効果を有することが示された(
図1)。
【0036】
次いで、白質の空胞化を調べるために、動物を灌流固定によって殺し、脳を採ってパラフィン包埋し、矢状面で切断して、ルクソールファストブルーで染色した。
図2に、正中線から0.5mm外側のCADASILマウスの矢状面脳切片をルクソールファストブルーおよびNissl染色したものを示す。細胞体は濃青で、白質はターコイズ青で示される。破線で囲んだ部分は、観察した領域である脳梁前部を含む。
【0037】
6週齢の雄C57BL/6マウスは、その構造がCADASILマウスにおいては病理学的に変化する脳梁前内側部において(Joutel et al, J. Clin. Invest. 120 (2010), 433-445)、空胞化を示さなかった(
図3A)。一方、CADASILマウスにおいては顕著な空胞化が見られた(
図3B)。したがって、文献に記載されるCADASILマウスの白質の病理学的変化を再現することが可能であった。担体で処置した動物において空胞の数は22±7(平均±標準偏差、n=8)と測定され、セレブロリシンで処置した動物においては空胞の数は26±5(n=14)と測定された。この群間の差は有意ではない(
図4;p=0.12;スチューデントのt検定)。このことから、セレブロリシンはCADASILマウスの白質空胞化に対して影響を及ぼさないと考えられる。
【0038】
まとめると、死亡率に対するセレブロリシンの顕著な正の効果は、セレブロリシンがCADASIL疾患に対する効果的な処置剤の候補であることを示している。