(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-18
(45)【発行日】2023-05-26
(54)【発明の名称】平均赤血球年齢を決定する方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/49 20060101AFI20230519BHJP
G01N 33/66 20060101ALI20230519BHJP
G01N 33/72 20060101ALI20230519BHJP
【FI】
G01N33/49 A
G01N33/66 A
G01N33/72 A
(21)【出願番号】P 2019012253
(22)【出願日】2019-01-28
【審査請求日】2022-01-20
(31)【優先権主張番号】P 2018012677
(32)【優先日】2018-01-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】509111744
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター
(73)【特許権者】
【識別番号】518033141
【氏名又は名称】石井 伸弥
(74)【代理人】
【識別番号】100139594
【氏名又は名称】山口 健次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100185915
【氏名又は名称】長山 弘典
(74)【代理人】
【氏名又は名称】森田 憲一
(72)【発明者】
【氏名】亀山 征史
(72)【発明者】
【氏名】竹内 壯介
(72)【発明者】
【氏名】石井 伸弥
【審査官】白形 優依
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/106461(WO,A1)
【文献】特表2017-504568(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0168539(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0108487(US,A1)
【文献】COHEN, R. M. et al.,Red cell life span heterogeneity in hematologically normal people in sufficient to alter HbA1c,BLOOD,2008年11月15日,Vol.112, No.10,pp.4284-4291
【文献】MALKA, R. et al.,Mechanistic modeling of hemoglobin glycation and red blood cell kinetics enables personalized diabetes monitoring,SCIENCE TRANSLATIONAL MEDICINE,2016年10月05日,Vol.8, No.359,pp.1-9
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48 - 33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の平均血糖(AG)値とヘモグロビンA1c(HbA1c)値を、下記式(30)
及び(34
):
【数1】
[式中、M
RBCは平均赤血球年齢(day)であり、HbA1cはヘモグロビンA1c値であり、k
gは糖化率(dL/mg/day)であり、AGは平均血糖値(mg/dL)である]
からなる群から選択される式に代入することにより、
被験者の平均血糖(AG)値とヘモグロビンA1c(HbA1c)値に基づいて、平均赤血球年齢(M
RBC)を決定す
る方法。
【請求項2】
(1)平均血糖(AG)値とヘモグロビンA1c(HbA1c)値を入力する手段;
(2)入力された前記平均血糖値とヘモグロビンA1c値に基づいて、平均赤血球年齢を算出する演算手段;
(3)算出された前記平均赤血球年齢を出力する手段;
を含む、平均赤血球年齢を決定するシステムであって、
前記演算手段が、下記式(30)
又は(34):
【数2】
[式中、M
RBCは平均赤血球年齢(day)であり、HbA1cはヘモグロビンA1c値であり、k
gは糖化率(dL/mg/day)であり、AGは平均血糖値(mg/dL)である]
の少なくともいずれか1つに基づいて、平均赤血球年齢を算出する、
前記システム。
【請求項3】
コンピュータを下記の手段(1)、手段(2)、手段(3):
(1)平均血糖(AG)値とヘモグロビンA1c(HbA1c)値を入力する手段;
(2)入力された前記平均血糖値とヘモグロビンA1c値に基づいて、平均赤血球年齢(M
RBC
)を算出する演算手段;
(3)算出された前記平均赤血球年齢を出力する手段
として機能させるための、平均赤血球年齢(M
RBC
)を決定するプログラムであって、
前記演算手段が、下記式(30)
又は(34
):
【数3】
[式中、M
RBCは平均赤血球年齢(day)であり、HbA1cはヘモグロビンA1c値であり、k
gは糖化率(dL/mg/day)であり、AGは平均血糖値(mg/dL)である]
の少なくともいずれか1つに基づいて、平均赤血球年齢を算出する、
前記プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、平均赤血球年齢を決定する方法、並びに平均赤血球年齢を決定するシステム及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病患者において血糖値を低くコントロールすることは重要であり、血糖値のモニタリングは不可欠であるが、血漿グルコースレベルは食事やその他の因子により容易に変動する。全ヘモグロビンに対する糖化ヘモグロビンの割合を示すヘモグロビンA1c(HbA1c)値は、過去1~数箇月の血糖値の平均を反映して上下するため、平均血糖(AG)値のバイオマーカーとして用いられている。
【0003】
ヘモグロビンA1c値から平均血糖値を推定するために、線形の関係を前提とした多くの研究が報告されており、例えば、Nathan et al., 2008(非特許文献1)により下記式(1)が提案されている:
【数1】
【0004】
前記式(1)は、米国糖尿病学会(American Diabetes Association; ADA)の推奨により医師の間で広く用いられている。また、前記式(1)を含む、これまで提案された線形関係式は、実際の臨床現場の使用において機能的かつ有効であるが、いくつかの数学的矛盾を含んでいる。
【0005】
第一に、これらの式では、血漿中にグルコースが存在しない場合(AG = 0 mg/mL)でも、ヘモグロビンが糖化される。これらの式をグラフ化した場合、原点を通過する必要がある。
第二に、これらの式では、ヘモグロビンA1c値が理論的限界値である100%を超える。赤血球を飽和砂糖水(約200,000 mg/mL)に浸漬させた場合であっても、ヘモグロビンA1c値は100%を超えてはならない。
【0006】
一方、平均赤血球年齢(MRBC)は、例えば、溶血性貧血(非特許文献2)、消化管内出血(例えば、大腸がんに起因する出血)などの診断におけるバイオマーカーとして知られている。例えば、赤血球の寿命は、正常では約120日間であるところ、出血や溶血性疾患がある場合には骨髄から生産される赤血球は増加し、それは通常の6~8倍にも増大するため、例えば、溶血性貧血では100日以下に短縮している。血中の赤血球量が不足する傾向となった場合、即ち、何らかの要因で赤血球の分解・代謝が促進し、赤血球が不足する傾向となった場合には、骨髄組織の造血幹細胞が増殖、分化して赤血球を増産する。したがって、重篤な造血異常や大量の出血、溶血がない限りは血中赤血球数に大きく変化しない。したがって、血中赤血球数からは、体内の出血や溶血等の異常を捉えることは困難であった。
【0007】
赤血球寿命を測定する従来法としては、放射性同位元素の51Crや、人工的に化学修飾(例えば、ビオチンラベル)した赤血球を注射剤として人体に投与し、それらの血中量の減少率を測定する方法があり、臨床使用されている。しかしながらこれらの方法は被験者の内部被爆の問題や、免疫的に異物となる化学修飾赤血球の反復投与によるアナフィラキシーショックなど、重篤な副作用が発生するリスクもあり、疾患の重篤度に応じて限定的にしか使用されてこなかった。こうした背景の中、非放射性で、かつ安全な赤血球寿命測定法の開発が待たれていた。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Nathan, D. M., Kuenen, J., Borg, R., Zheng, H., Schoenfeld, D., Heine, R. J., 2008. Translating the A1C assay into estimated average glucose values. Diabetes Care 31 (8), 1473-1478.
【文献】臼杵憲祐、2015、溶血性貧血:診断と治療、日本内科学会雑誌、104巻、7号、1389~1396頁
【文献】Shrestha, R. P., Horowitz, J., Hollot, C. V., Germain, M. J., Widness, J. A., Mock, D. M., Veng-Pedersen, P., Chait, Y., 2016. Models for the red blood cell lifespan. J Pharmacokinet Pharmacodyn 43 (3), 259-274.
【文献】Beach, K. W., 1979. A theoretical model to predict the behavior of glycosylated hemoglobin levels. J Theor Biol 81 (3), 547-561.
【文献】Higgins, P. J., Bunn, H. F., 1981. Kinetic analysis of the nonenzymatic glycosylation of hemoglobin. J Biol Chem 256 (10), 5204-5208.
【文献】Ladyzynski, P.,Wojcicki, J. M., Bak, M., Sabalinska, S., Kawiak, J., Foltynski, P., Krzymien, J., Karnafel, W., 2008. Validation of hemoglobin glycation models 22 using glycemia monitoring in vivo and culturing of erythrocytes in vitro. Ann Biomed Eng 36 (7), 1188-1202.
【文献】Lledo-Garcia, R., Mazer, N. A., Karlsson, M. O., 2013. A semi-mechanistic model of the relationship between average glucose and HbA1c in healthy and diabetic subjects. J Pharmacokinet Pharmacodyn 40 (2), 129-142.
【文献】Malka, R., Nathan, D. M., Higgins, J. M., 2016. Mechanistic modeling of hemoglobin glycation and red blood cell kinetics enables personalized diabetes monitoring. Sci Transl Med 8 (359), 359ra130.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者は、前記の線形関係式が有するいくつかの数学的矛盾を解消するために、平均血糖値とヘモグロビンA1c値との間のより正確な関係式を模索する中で、新規かつ正確な非線形の関係式(後述する式(21))を得ることに成功した。更に、この関係式に基づいて、平均血糖値とヘモグロビンA1c値とから、容易かつ正確に平均赤血球年齢を求めることができる関係式又はその近似式を導き出すことに成功した。
【0010】
従って、本発明の目的は、被験者の平均血糖値とヘモグロビンA1c値とから平均赤血球年齢を決定することのできる関係式又はその近似式を提案し、これらの式を用いる平均赤血球年齢を決定する方法、並びに平均赤血球年齢を決定するシステム及びプログラムを提供することにある。
【0011】
本発明の測定原理は、体内において新生された赤血球が血中グルコースにより、赤血球寿命の120日間を通して、非酵素的に継続的糖化を受ける事を利用し、赤血球寿命を測定する方法である。
新生赤血球は血中のグルコースに暴露する時間が長ければ長いほど、また、血中グルコース濃度が高ければ高いほど糖化が進行し、グルコースと赤血球タンパク質との結合において形成されたシフ塩基は時間とともに化学的に安定な結合へと変化していく。これにより、糖化は非可逆的に蓄積していく。その為、赤血球寿命が長いほど糖化が進む事となる。
当該の赤血球糖化のメカニズムは非酵素的反応であるため、他の酵素やタンパク質等の質的、量的変化の影響を受けず、体内で安定な糖化反応が継続して起き、この糖化反応は試験管内においても再現する事ができる。本発明はこの様な生体内の恒常的、非酵素的糖化反応を利用した赤血球寿命測定技術を提供する。
前述のように、ヒト血中の赤血球量は常に一定に保つように恒常性が保たれている。従って、体内において継続的な出血や溶血が起きている場合においては骨髄組織が赤血球を新生して正常値に戻そうとする。この場合、赤血球の供給と需要(代謝)速度が上昇し、赤血球寿命は通常よりも短くなる。したがって、この赤血球は血中のグルコースとの暴露時間が短い、即ち、赤血球は糖化が低いまま一生を終える事となる。
本発明の技術は前述のヒト体内に生理的に存在する赤血球の非酵素的糖化メカニズムを利用し、赤血球の血中グルコースへの暴露時間から赤血球寿命を算定する方法である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題は、本発明による、
[1]被験者の平均血糖(AG)値とヘモグロビンA1c(HbA1c)値に基づいて、平均赤血球年齢を決定する方法;
[2]被験者の平均血糖(AG)値とヘモグロビンA1c(HbA1c)値を、下記式(30)、(34)、及び(35):
【数2】
[式中、M
RBCは平均赤血球年齢(day)であり、HbA1cはヘモグロビンA1c値であり、k
gは糖化率(dL/mg/day)であり、AGは平均血糖値(mg/dL)である]
からなる群から選択される式に代入することにより、平均赤血球年齢(M
RBC)を決定する、[1]の方法;
[3](1)平均血糖(AG)値とヘモグロビンA1c(HbA1c)値を入力する手段;
(2)入力された前記平均血糖値とヘモグロビンA1c値に基づいて、平均赤血球年齢を算出する演算手段;
(3)算出された前記平均赤血球年齢を出力する手段;
を含む、平均赤血球年齢を決定するシステム;
[4]前記演算手段が、下記式(30)、(34)、又は(35):
【数3】
[式中、M
RBCは平均赤血球年齢(day)であり、HbA1cはヘモグロビンA1c値であり、k
gは糖化率(dL/mg/day)であり、AGは平均血糖値(mg/dL)である]
の少なくともいずれか1つに基づいて、平均赤血球年齢を算出する、[3]のシステム;
[5]コンピュータを下記の手段(1)、手段(2)、手段(3)として機能させるための、平均赤血球年齢(M
RBC)を決定するプログラム:
(1)平均血糖(AG)値とヘモグロビンA1c(HbA1c)値を入力する手段;
(2)入力された前記平均血糖値とヘモグロビンA1c値に基づいて、平均赤血球年齢(M
RBC)を算出する演算手段;
(3)算出された前記平均赤血球年齢を出力する手段;
[6]前記演算手段が、下記式(30)、(34)、又は(35):
【数4】
[式中、M
RBCは平均赤血球年齢(day)であり、HbA1cはヘモグロビンA1c値であり、k
gは糖化率(dL/mg/day)であり、AGは平均血糖値(mg/dL)である]
の少なくともいずれか1つに基づいて、平均赤血球年齢を算出する、[5]のプログラム;
により解決することができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来のアイソトープ投与や化学修飾赤血球注射剤の投与によらず、血糖値測定と採血により、従来よりもより低侵襲的に、容易かつ正確に平均赤血球年齢を求めることができる。
【0014】
また、糖尿病患者では血管が脆弱になり、重症化すると組織内出血が起きることがある。この様な出血は、消化管内出血であれば便中赤血球の鋭敏な検出法など,比較的間便な検査法があるが、消化管以外で出血または溶血が発生する場合には検出が難しく、病状が重篤化してからでないと発見する事ができなかった。
本発明の方法は血中のHbA1cの測定と、糖尿病患者の血中グルコース濃度を測るといった、糖尿病患者に通常適用する検査法のみで赤血球の寿命、即ち、出血や溶血の存在を検知することができる。言い換えると、通常の糖尿病患者に実施される検査法のデータのみから、赤血球寿命を判定する事ができる新しい技術である。このような仕様である本発明の技術は、患者への一切の追加、侵襲的措置を行うことなしに赤血球寿命を算出する事ができる初めての方法である。
一方、骨髄移植の現場においては、本発明の方法を用いる事により、移植骨髄からの赤血球供給率をモニターすることができる。本発明の方法は放射線の被爆リスクや薬剤の反復投与リスクがないため、継続的に赤血球寿命を測定する事ができるようになった。
本発明の技術はこの様な仕様によって構成される方法であるため、放射線取扱に伴う特殊な医療施設や専門技術者を必要とせず、臨床現場において容易に赤血球寿命を測定する事が可能となっている。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】
図1Aは、赤血球の確率密度関数p(t)であり、
図1Bは、正規化した赤血球寿命分布である。
【
図2】
図2Aは、ヘモグロビン糖化の3コンパートメントモデルを示し、
図2Bは、簡略化した2コンパートメントモデルを示す。
【
図3】
図3Aは、式(21)で示す平均血糖とHbA1cとの関係を視覚化したグラフであり、
図3Bは、それを部分的に拡大したグラフである。
【
図4】
図4Aは、平均血糖とHbA1cとの関係の近似を、元になった完全な関係式(21)と共に示すグラフであり、
図4Bは、それを部分的に拡大したグラフである。
【
図5】
図5は、平均赤血球年齢(M
RBC)とiA1c/(1000-2/3×iA1c)の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の平均赤血球年齢を決定する方法(以下、本発明方法と称することがある)では、被験者から得られた平均血糖(AG)値とヘモグロビンA1c(HbA1c)値から平均赤血球年齢(MRBC)を決定することができる。本発明では、後述するとおり、平均赤血球年齢を求めることのできる具体的な複数の近似式を提供するが、本発明の本質は、これらの個々の近似式に限定されるものではなく、平均血糖値とヘモグロビンA1c値という2つの検査値から平均赤血球年齢を求められるという新規の技術的思想にある。
【0017】
前記の平均血糖値とヘモグロビンA1c値は常法により取得することができる。特に、平均血糖値については、体に装着することのできる持続血糖測定装置により、日常の血糖値を長時間にわたって経時的に測定することができる。なお、HbA1cは、全ヘモグロビンに対する糖化ヘモグロビンの割合であるが、本明細書における各式においては、100%を1とした場合の値(例えば、5.5%であれば、0.055)を使用する。
【0018】
本発明方法、又は、後述する本発明システム若しくは本発明プログラムで用いる、平均血糖値とヘモグロビンA1c値と平均赤血球年齢との関係式又はその近似式(以下、本発明における当該関係式又はその近似式と称することがある)、特に近似式は、後述する実施例で詳細に説明するとおり、平均血糖値とヘモグロビンA1c値との関係式(21):
【数5】
[式中、HbA1cはヘモグロビンA1c値であり、AGは平均血糖値(mg/dL)であり、k
gは糖化率(dL/mg/day)であり、α、βはガンマ分布のパラメータである]
を元にして導き出したものである。
【0019】
ここで、前記式(21)は、Shrestha et al., 2016(非特許文献3)により提案された3種類の分布の内、本発明者が最も好ましいと判断したガンマ分布に従う、赤血球死の確率密度関数p(t):
【数6】
[式中、α、βはガンマ分布のパラメータであり、Γはオイラーのガンマ関数を意味する]
に基づくものである。
【0020】
本発明における当該関係式又はその近似式としては、以下に限定されるものではないが、例えば、
【数7】
[式中、M
RBCは平均赤血球年齢(day)であり、HbA1cはヘモグロビンA1c値であり、k
gは糖化率(dL/mg/day)であり、AGは平均血糖値(mg/dL)である]
を挙げることができる。
【0021】
式(21)の双曲線近似である式(30)、式(21)の近似式(34)、式(21)の線形近似である式(35)は、いずれも平均赤血球年齢を求めるために使用することができる近似式であるが、定常状態におけるAGとHbA1cとの間の、新規かつ正確な非線形の関係を与える式(21)に近い近似であり、非線形近似である点で、式(30)、式(34)が好ましく、最も近い近似である点で式(30)がより好ましい。
【0022】
前記式におけるkg(糖化率、単位:dL/mg/day)は、後述の表1に示すように、その推定値として6~10×10-6dL/mg/dayとの報告があり、例えば、この範囲で適宜選択することができる。また、或る集団において、平均赤血球年齢、ヘモグロビンA1c値平均血糖値を測定し、それに基づいてkgを決定することもできる。更には、本発明の利用態様として、kgを含んだままの平均赤血球年齢であっても、正常値に対して、相対的な高低を判定することができ、この態様では、kgを特定しなくても有用な情報を入手することができる。
【0023】
本発明の平均赤血球年齢を決定するシステム(以下、本発明システムと称することがある)は、先述した、本発明における当該関係式又はその近似式に限定されるものではないが、例えば、
(1)平均血糖(AG)値とヘモグロビンA1c(HbA1c)値を入力する手段(以下、入力手段と称する);
(2)入力された前記平均血糖値とヘモグロビンA1cを、先述した、本発明における当該関係式又はその近似式に代入することにより平均赤血球年齢(MRBC)を算出する演算手段(以下、演算手段と称する);
(3)算出された前記平均赤血球年齢を出力する手段(以下、演算手段と称する);
を含むことができる。
【0024】
本発明システムにおける前記入力手段は、前記演算手段が利用できるように平均血糖値及びヘモグロビンA1c値を入力できる限り、特に限定されるものではなく、例えば、キーボード、タッチパネル、光学的読取装置、音声認識装置等を挙げることができる。
【0025】
また、後述するように、本発明システムを持続血糖測定装置に組み込んだ装置では、前記持続血糖装置それ自体が入力手段として機能することができ、前記持続血糖装置から出力される平均血糖値を前記演算手段が利用できるように入力することができる。なお、この場合、ヘモグロビンA1c値は、先に例示した各種入力手段(例えば、キーボード等)により、別途入力することができる。
【0026】
本発明システムにおける前記演算手段は、前記入力手段から入力された平均血糖値とヘモグロビンA1cから、以下に限定されるものではないが、例えば、本発明における当該関係式又はその近似式に基づいて平均赤血球年齢を算出できる演算手段を挙げることができ、例えば、コンピュータのCPU等を挙げることができる。
【0027】
本発明システムにおける前記出力手段は、前記演算手段が算出した平均赤血球年齢をシステム使用者が認識できるように、あるいは、更に別の装置で利用できるように、出力できる限り、特に限定されるものではなく、例えば、ディスプレー、プリンター、スピーカー等を挙げることができる。また、前記演算手段が算出した平均赤血球年齢を、更に別の装置(例えば、総合診断システム)で利用する場合には、前記装置への伝達手段を前記出力手段として用いることができる。
【0028】
本発明システムは、前記の入力手段、演算手段、出力手段を含むが、例えば、一体化した1つの装置として構成することもできるし、あるいは、別の装置に組み込んだ構成とすることもできるし、更には、通信回線(例えば、インターネット)を介して接続する構成(例えば、クラウドシステム)とすることもできる。
【0029】
別の装置に組み込んだ構成としては、例えば、本発明システムを持続血糖測定装置に組み込んだ装置を挙げることができる。前記装置では、ヘモグロビンA1c値を入力するだけで平均赤血球年齢を算出することができる。
【0030】
通信回線を介して接続されている態様としては、入力手段および出力手段については、システム使用者が利用できる場所に設置され、演算手段が任意の場所に設置されている態様を挙げることができる。
【0031】
本発明の平均赤血球年齢を決定するプログラム(以下、本発明プログラムと称することがある)は、コンピュータを、前記の入力手段、演算手段、出力手段として機能させるためのプラグラムである。本発明プログラムにおける「入力手段」、「演算手段」、「出力手段」については、本発明システムにおける当該説明をそのまま適用することができる。
なお、本発明プログラムを記録したコンピュータ読み取り可能な記録媒体も、本発明に含まれる。
【実施例】
【0032】
以下、本発明において本発明者が導き出した各式についてその過程を具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0033】
《1.赤血球寿命》
赤血球死の確率密度関数p(t)は、Shrestha et al., 2016(非特許文献3)により提案された3種類の分布の内、本発明者が最も好ましいと判断したガンマ分布に従って、以下のように表すことができる:
【数8】
[式中、α、βはガンマ分布のパラメータであり、Γはオイラーのガンマ関数を意味する]
【数9】
【0034】
赤血球の数は、p(t)に従って減少する。
【数10】
[式中、R(t)は赤血球の誕生からt日後の赤血球数であり、R
0(/day)は赤血球産生速度である]
p(t)及びR(t)を視覚化したグラフを
図1に示す。
【0035】
図1において、
図1Aは、赤血球の確率密度関数p(t)であり、
図1Bは、正規化した赤血球寿命分布であり、いずれも、それぞれの例示である。本発明者は、一定の赤血球産生速度R
0を想定したため、寿命分布は、赤血球の現在の年齢分布と同じになる。実線は、α= 7.83、β= 12.72、平均寿命= 99.59日、M
RBC = 56.16日であり、点線は、α= 46.38、β= 2.77、平均寿命= 128.47日、M
RBC = 65.62日である。
【0036】
赤血球数(RBC)は、以下のように算出する:
【数11】
前記式(5)から導かれた以下の式を使用した。
【数12】
【0037】
平均赤血球年齢(M
RBC)は、以下のようにして算出することができる。
【数13】
従って、M
RBCは
【数14】
となる。
【0038】
《2.ヘモグロビン糖化》
図2にヘモグロビン糖化の2つのモデルを示す。
図2Aは、ヘモグロビン糖化の3コンパートメントモデルであり、
図2Bは、簡略化した2コンパートメントモデルである。HbA
aldはアルジミン複合体(中間体)であり、k
1、k
2、k
3、k
gは速度定数である。
【0039】
ヘモグロビン糖化は、3コンパートメントモデル(
図2A)に従うものと仮定する。
【数15】
[式中、[G]はグルコース濃度(定常状態ではAGと同じ)であり、HbA
aldはアルジミン複合体(中間体)濃度である]
【数16】
【数17】
dHbA
ald/dtは定常状態において無視することができ、Hb(t)+HbA
ald+HbA1cは定数であるので、次式が成立する。
【数18】
従って、ヘモグロビンは、インタクトのヘモグロビンに比例して糖化され、前記モデルは、2コンパートメントモデルに簡略化することができる(
図2B)。
【数19】
[式中、k
gは糖化率(dL/mg/day)である]
式(16)は、総糖化率がk
1(HbA
aldに変換する力)とk
3/(k
2+k
3)(HbA1cに変換する保持画分)との積であることを示している。過去に報告されたk
gの推定値(非特許文献4~8)を表1に示す。
【0040】
【0041】
【数20】
[式中、Hb(t)は、t日齢の赤血球における非糖化ヘモグロビンの値であり、Hb
0は、赤血球誕生時のインタクトヘモグロビンの値である]
従って、
【数21】
は、t日齢の赤血球における糖化ヘモグロビンの割合を示す。
【0042】
採取した血液は種々の年齢の赤血球を含む。ここで、ヘモグロビン合成速度(R
0Hb
0)は変動しないものと仮定する。
【数22】
従って、HbA1cは
【数23】
となる。
【0043】
式(21)で示す平均血糖(AG)とHbA1cとの関係を視覚化したグラフを
図3に示す。
図3Aは、α= 40、β= 4、M
RBC = 82の条件(灰色の太い実線)、α= 6、β= 12、M
RBC = 42の条件(黒の細い実線)でのAGとHbA1cとの完全な関係を示す。k
gは8×10
-6とした。
図3Bは、前記関係を生理学的範囲で拡大し、AG = 200におけるそれらの接線(点線)と共に示す。
【0044】
《3.切片の由来-接線》
AG
0周辺における式(21)の接線は以下のとおりであり(x、yは、それぞれ、接線におけるAG、HbA1cを示す)、正の切片を示す:
【数24】
式(21)、式(22)における関係を視覚化したグラフを
図3Bに示す。
AG
0= 0における接線は、テーラー展開を用いることにより得られる。
【数25】
【0045】
《4.派生関係の近似》
式(21)によれば、AGとHbA1cとの正確な関係が与えられる。しかしながら、この式は、HbA1cをAGに変換するのに必要な逆関数を得るためには複雑すぎる。また、α、βの2つのパラメータを1つのパラメータMRBCに減らしたいとも思う。
【0046】
まず始めに、式(23)は以下の線形近似を与える(
図4)。
【数26】
この式から、M
RBCを簡単に求めることができる〔式(35)〕。
【0047】
より良い近似として、テーラー展開は下記式を与える:
【数27】
式(25)を式(21)に代入すると、
【数28】
α>> 1であるので、
【数29】
この式は、二次元(2D)近似を与える(
図4)。
【0048】
xが限りなく0に近づくとき、
【数30】
が成立するので、式(27)は以下のように再編成できる:
【数31】
この式は、双曲線近似を与える(
図4)。
【0049】
これで、以下の逆関数を簡単に導き出すことができる。
【数32】
この式を使って、M
RBCを求めることができる:
【数33】
【0050】
平均血糖(AG)とHbA1cとの関係の近似を、元になった完全な関係(original:α= 40、β= 4の条件下の式(21))と共に、
図4に示す。
図4において、「hyperbolic」は式(28)の双曲線近似であり、「2D」は式(27)の二次元近似であり、「linear」は式(24)の線形近似である。
【0051】
式(25)を式(21)に代入したところで、2次近似から以下の式を導き出すことができる。
【数34】
xが限りなく0に近づくとき、
【数35】
が成立するので、
【数36】
【数37】
を代入すると、
【数38】
従って、M
RBCは
【数39】
となる。
【0052】
《5.考察》
本発明者は、定常状態におけるAGとHbA1cとの間の、新規かつ正確な非線形の関係に関する式(21)を提案するのに成功し、AGとHbA1cとの間の線形の関係における切片の由来を提示した(
図3)。これは、正確な赤血球寿命分布(Shrestha et al., 2016)に基づくAGとHbA1cとの間の関係を示す最初の式である。先に提案された線形の関係は、非線形の関係の近似である。
【0053】
本発明者の式(21)は、HbA1cの増加に伴って、AGが増加し、且つ、加速することを示している。双曲線近似である式(29)は、HbA1cの13%-18%間のAG値の変動が、HbA1cの5%-10%間のAG値の変動よりも1.12倍大きいことを示している。この関係は、実際の臨床現場において糖尿病患者と接する医師にとって、考慮に値する。
【0054】
近似は一種の技術である。或る範囲において或る関数に近い関数は数多く存在する。我々は、適切な式を決定・選択することを必要とする。本発明者は、自ら提案した式(21)を双曲線関数(28)に近似させることに成功した。この近似双曲線関数は、元になった関数(21)と極めて近いものであった(
図4)。また、併せて、複数の近似式を得ることもできた。
【0055】
《6.近似式の検証》
(1)糖化率(kg)の決定
溶血性貧血患者31名と非貧血者76名について、赤血球クレアチン(EC)値、ヘモグロビンA1c値(International Federation of Clinical Chemistry (IFCC)単位による。以下、iA1cと称する)を測定し、これらの測定値から平均赤血球年齢(MRBC)とiA1c/(1000-2/3×iA1c)を算出した。
【0056】
なお、ヘモグロビンA1c値に関して、臨床で使用されているNational Glycohemoglobin Standardization Program (NSGP)単位(HbA1c
NGSP)と、前記iA1cとは、下記換算式により変換できる。
【数40】
【0057】
また、M
RBCは、本発明者らが提案した下記式により算出した。
【数41】
【0058】
更に、iA1c/(1000-2/3×iA1c)は、近似式(30)から導き出した下記式に基づく。
【数42】
【0059】
算出した平均赤血球年齢(M
RBC)とiA1c/(1000-2/3×iA1c)の関係を
図5に示す。
図5において、△は溶血性貧血患者を示し、〇は非貧血者を示す。
図5に示すように、線形の関係が認められた。
【0060】
続いて、2つの方法(スロープ法及び直接法)により糖化率(kg)を算出した。全集団(すなわち、溶血性貧血患者および非貧血者)と、非貧血者集団に関して、各方法で算出した糖化率(kg)を表2に示す。
【0061】
【0062】
スロープ法では、前記式(39)に関して、原点を通る回帰直線の傾き(横軸:M
RBC、縦軸:iA1c/(1000-2/3×iA1c))を最小二乗モデルにより求めた。
直接法では、前記式(39)を変形した下記式により直接算出した。
【数43】
なお、平均血糖(AG)値として、過去の複数の報告から、糖尿病患者を除いた正常値である100 mg/dLを使用した。
【0063】
表2に示すように、4種類の糖化率(k
g)は約7×10
-6であったが、
図5によれば、重症の溶血性貧血患者でデータが安定していなかったため、表2に示す糖化率の内、全集団・直接法の値が正確でない可能性が考えられた。従って、全集団・直接法の値を除いた3種類の糖化率((6.94~6.99)×10
-6)から7.0×10
-6に決定した。
【0064】
(2)本発明の近似式から求めた平均赤血球年齢と51Crを用いて測定した平均赤血球年齢との比較
過去に報告された三件の症例に基づいて、本発明の近似式(30)から求めた平均赤血球年齢(MRBC)と、51Crを用いて測定した平均赤血球年齢を表3にまとめた。
【0065】
Herranz(Herranz, L., Grande, C., Janez, M., Pallardo, F., 1999. Red blood cell autoantibodies with a shortened erythrocyte life span as a cause of lack of relation between glycosylated hemoglobin and mean blood glucose levels in a woman with type 1 diabetes. Diabetes Care 22 (12), 2085-2086.)及び石井(石井主税、太根伸能、根岸清彦、片山茂裕、2001年、不顕性の自己免疫性溶血により血糖値とHbA1c値との乖離を示した2型糖尿病の1例、糖尿病、44巻2号、157-160)では、2回の測定を実施し、HbA1cが変化したため、別々にMRBCを算出し、その平均値も求めた。
Herranz及びIshiiでは、血糖セルフモニタリング(self-monitoring of blood glucose; SMBG)により得られたデータから平均値を算出することにより平均血糖(AG)値を求めた。
平谷(平谷和幸、刀塚俊起、末盛晋一郎、和田秀穂、古賀正史、2016年、不顕性溶血によりHbA1cが偽性低値を示した有口赤血球症を合併した2型糖尿病の1例、糖尿病、59巻10号、719-723)では、血糖持続測定(continuous glucose measurement; CGM)により平均血糖(AG)値を求めた。
51Crを用いる赤血球寿命測定では、MRBCの正常値が約60日であり、51Crを用いて測定した赤血球寿命(半減期)の正常範囲がHerranzによれば28~30日、Ishiiによれば30±5日、Hirataniによれば26~40日であるため、2.14(=60/28)を掛ける〔式(41)〕ことにより平均赤血球年齢(MRBC)を算出した。
【0066】
【0067】
iA1cから算出したMRBC〔表3の(e)欄の平均値〕は36.95±5.93であり、51Crから算出したMRBC〔表3の(g)欄の平均値〕は41.29±2.22であった。ペアt検定の結果は、t, -0.9278; df, 2; p (bilateral), 0.4514であり、両者に有意差はなく、本発明の近似式の正確さが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明により算出できる平均赤血球年齢は、例えば、溶血性貧血、消化管内出血(例えば、大腸がんに起因する出血)などの診断におけるバイオマーカーとして利用することができる。