IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人名古屋大学の特許一覧 ▶ 国立大学法人 東京医科歯科大学の特許一覧 ▶ 地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所の特許一覧

<>
  • 特許-温度耐性型糖応答性ゲル 図1
  • 特許-温度耐性型糖応答性ゲル 図2
  • 特許-温度耐性型糖応答性ゲル 図3
  • 特許-温度耐性型糖応答性ゲル 図4A
  • 特許-温度耐性型糖応答性ゲル 図4B
  • 特許-温度耐性型糖応答性ゲル 図4C
  • 特許-温度耐性型糖応答性ゲル 図5A
  • 特許-温度耐性型糖応答性ゲル 図5B
  • 特許-温度耐性型糖応答性ゲル 図5C
  • 特許-温度耐性型糖応答性ゲル 図5D
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-18
(45)【発行日】2023-05-26
(54)【発明の名称】温度耐性型糖応答性ゲル
(51)【国際特許分類】
   A61K 47/32 20060101AFI20230519BHJP
   A61K 9/00 20060101ALI20230519BHJP
   A61K 47/18 20170101ALI20230519BHJP
   A61P 3/10 20060101ALI20230519BHJP
   A61K 38/28 20060101ALI20230519BHJP
【FI】
A61K47/32
A61K9/00
A61K47/18
A61P3/10
A61K38/28
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020522634
(86)(22)【出願日】2019-05-31
(86)【国際出願番号】 JP2019021766
(87)【国際公開番号】W WO2019230961
(87)【国際公開日】2019-12-05
【審査請求日】2022-03-25
(31)【優先権主張番号】P 2018105788
(32)【優先日】2018-06-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人日本医療研究開発機構、医療分野研究成果展開事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(73)【特許権者】
【識別番号】504179255
【氏名又は名称】国立大学法人 東京医科歯科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】317006683
【氏名又は名称】地方独立行政法人神奈川県立産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100130845
【弁理士】
【氏名又は名称】渡邉 伸一
(72)【発明者】
【氏名】菅波 孝祥
(72)【発明者】
【氏名】田中 都
(72)【発明者】
【氏名】松元 亮
(72)【発明者】
【氏名】松本 裕子
(72)【発明者】
【氏名】諸岡 由桂
(72)【発明者】
【氏名】宮原 裕二
【審査官】松本 淳
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-140537(JP,A)
【文献】特開2011-246431(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 47/00-47/69
A61K 9/00- 9/72
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、N-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)、及びN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)を含む組成物の共重合体であって、NIPMAAmに対するAmECFPBAの配合比が30mol%以上であることを特徴とする糖応答性ゲル。
【請求項2】
前記共重合体が、5mol%~40mol%の4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、10mol%~70mol%のN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)、及び20mol%~80mol%のN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)を含む組成物の共重合体である、請求項1記載の糖応答性ゲル。
【請求項3】
NIPMAAmとAmECFPBAの混合物に対するHEAAmの体積比が30%以上である、請求項1又は2記載の糖応答性ゲル。
【請求項4】
前記ゲル組成物中に架橋剤をさらに含むことを特徴とする、請求項1~のいずれか一項記載の糖応答性ゲル。
【請求項5】
前記架橋剤がN,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)であることを特徴とする、請求項記載の糖応答性ゲル。
【請求項6】
請求項1~のいずれか一項記載の糖応答性ゲルを含む、薬剤送達デバイス。
【請求項7】
体内埋込型、又はマイクロニードル型のデバイスである、請求項記載の薬剤送達デバイス。
【請求項8】
インスリンの送達に使用するためのデバイスである、請求項又は記載の薬剤送達デバイス。
【請求項9】
4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、N-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)、及びN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)を含み、NIPMAAmに対するAmECFPBAの配合比が30mol%以上である組成物を共重合させる工程を含む糖応答性ゲルの製造方法。
【請求項10】
前記組成物中に、
4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)が5mol%~40mol%含まれ、
N-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)が10mol%~70mol%含まれ、そして
N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)が20mol%~80mol%含まれる、請求項に記載の糖応答性ゲルの製造方法。
【請求項11】
NIPMAAmとAmECFPBAの混合物に対するHEAAmの体積比が30%以上である、請求項9又は10に記載の糖応答性ゲルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、特願2018-105788号(出願日:2018年6月1日)の優先権の利益を享受する出願であり、これは引用することによりその全体が本明細書に取り込まれる。
【0002】
本発明は、糖応答性ゲル及び、当該ゲルを用いた薬剤投与デバイスに関する。より詳細には、本発明は、温度耐性型グルコース応答性ゲル及び、当該ゲルを用いた血中糖濃度に応答性の薬剤投与デバイス、特に、インスリン投与デバイス(人工膵臓デバイス)に関する。
【背景技術】
【0003】
血中のグルコース濃度(血糖値)は、インスリンなど様々なホルモンの働きによって一定の範囲内に調整されているが、この調整機能が破綻すると、血液中の糖分が異常に増加し、糖尿病になる。糖尿病の治療では、通常、血中グルコース濃度の測定及びインスリンの注射が行われる。しかし、インスリンの過剰摂取は、脳の損傷を引き起こすことがある。したがって、糖尿病の治療においては、血中グルコース濃度に応じてインスリンの送達量を調整することが重要である。
【0004】
ところで、グルコースと可逆的に結合することができるフェニルボロン酸(PBA)は、グルコースの検知及び自己調節型のインスリン送達に極めて有効であり、このようなフェニルボロン酸の性質を利用したインスリン送達デバイスの開発が進められている。例えば、特許文献1(特開2015-110623号公報)には、pKa7.4以下、温度35℃~40℃の生体条件下で、グルコース濃度が高くなると、これに応じてゲル本体からインスリンを放出させることができるともに、グルコース濃度が低くなると、当該ゲル本体から放出されるインスリンを抑制できる糖応答性ゲル、及びインスリン投与デバイスが開示されている。また、特許文献2(特開2016-209372号公報)には、フェニルボロン酸系単量体を単量体として含む共重合体ゲル組成物が存在するゲル充填部と、ゲル充填部に囲まれたインスリン水溶液充填部と、ゲル充填部を収容する、インスリン放出用の開口部を有するカテーテル又は針と、を有するインスリン送達デバイスが開示されている。特許文献3にも、生体適合性及び薬剤透過性を有する中空糸等の多孔質体を用いて改良された、グルコース濃度等の刺激に依存して薬剤を放出可能なデバイスが開示されている。
【0005】
例えば、特許文献2に開示されたインスリン送達デバイスによれば、ゲル充填部はカテーテル又は針の内部に収容された状態で皮下又は皮内内に挿入される。この状態で血液中のグルコース濃度が高くなると、ゲル充填部のゲル組成物がグルコースと結合して膨張し、ゲル充填部に拡散しているインスリンが、カテーテル又は針の開口部を通じて血液中に放出される。グルコース濃度が低い場合はゲル組成物が収縮し、インスリンの放出が抑制される。これによって、グルコース濃度に応じたインスリンの送達が可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2015-110623号公報
【文献】特開2016-209372号公報
【文献】国際公開パンフレットWO2017/069282号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
通常、ヒトを含む哺乳動物の体温はほぼ一定に保たれているが、例えば、薬剤送達デバイスによる治療を開始するにあたって、患者に麻酔を行った後や、体内に薬剤送達デバイスを装着した直後などに、患者の体温が一時的に低下する場合がある。その際、薬剤送達デバイス中のゲルが温度変化の影響を受け、薬剤送達が過剰となることは好ましくない。例えば、インスリンの過剰な送達は、低血糖を引き起こす。そこで、本発明は、温度変化に対する耐性が高い糖応答性ゲルを提供することを目的の一つとする。また、本発明は、そのような温度変化に対する耐性を備えたゲルを用いた、薬剤送達デバイスを提供することも目的の一つとしている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、従来型の糖応答性ゲル組成物に、新たな成分としてHEAAmのような水酸基を有する単量体を加えることにより、温度変化に対する耐性を備えたゲルを作製できることを見出した。本発明は、このような知見に基づくものであり、例えば、以下の態様を含む。
【0009】
[1]下記一般式(1)
【化1】
[式中、RはH又はCHであり、Fは独立に存在し、nが1、2、3又は4のいずれかであり、mは0又は1以上の整数である。]で表されるフェニルボロン酸系単量体、及び下記一般式(2)
【化2】
[式中、RはH又はCHであり、mは0又は1以上の整数であり、RはOH、1以上の水酸基で置換された飽和若しくは不飽和のC1-6アルキル基、1以上の水酸基で置換された飽和若しくは不飽和のC3-10シクロアルキル基、1以上の水酸基で置換されたNH、O及びSより選ばれる1~4個のヘテロ原子を含有するC3-12複素環式基、1以上の水酸基で置換されたC6-12アリール基、単糖基、又は多糖基である。]で表される単量体を含むゲル組成物からなることを特徴とする糖応答性ゲル。[2]前記一般式(1)で表される フェニルボロン酸系単量体が4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)である、[1]記載の糖応答性ゲル。[3]前記一般式(2)で表される単量体がN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)である、[1]又は[2]記載の糖応答性ゲル。[4]前記ゲル組成物中にN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)をさらに含むことを特徴とする、[1]~[3]のいずれか記載の糖応答性ゲル。[5]前記ゲル組成物中に架橋剤をさらに含むことを特徴とする、[1]~[4]のいずれか記載の糖応答性ゲル。[6]前記架橋剤がN,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)であることを特徴とする、[5]記載の糖応答性ゲル。[7]前記ゲル組成物中に一般式(1)で表されるフェニルボロン酸系単量体が1mol%~40mol%含まれることを特徴とする、[1]~[6]のいずれか記載の糖応答性ゲル。[8]前記ゲル組成物中に一般式(2)で表される単量体が1mol%~40mol%含まれることを特徴とする、[1]~[7]のいずれか記載の糖応答性ゲル。[9]前記ゲル組成物中にN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)が20mol%~80mol%含まれることを特徴とする、[1]~[8]のいずれか記載の糖応答性ゲル。[10]前記ゲル組成物中に一般式(1)で表されるフェニルボロン酸系単量体が約30mol%、一般式(2)で表される単量体が約30mol%、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)が約40mol%含まれることを特徴とする、[1]~[9]のいずれか記載の糖応答性ゲル。[11][1]~[10]のいずれか記載の糖応答性ゲルを含む、薬剤送達デバイス。[12]体内埋込型、又はマイクロニードル型のデバイスである、[11]記載の薬剤送達デバイス。[13]インスリンの送達に使用するためのデバイスである、[11]又は[12]記載の薬剤送達デバイス。[14]下記一般式(1)
【化3】
[式中、RはH又はCHであり、Fは独立に存在し、nが1、2、3又は4のいずれかであり、mは0又は1以上の整数である。]で表されるフェニルボロン酸系単量体、及び下記一般式(2)
【化4】
[式中、RはH又はCHであり、mは0又は1以上の整数であり、RはOH、1以上の水酸基で置換された飽和若しくは不飽和のC1-6アルキル基、1以上の水酸基で置換された飽和若しくは不飽和のC3-10シクロアルキル基、1以上の水酸基で置換されたNH、O及びSより選ばれる1~4個のヘテロ原子を含有するC3-12複素環式基、1以上の水酸基で置換されたC6-12アリール基、単糖基、又は多糖基である。]で表される単量体を含み、ここで、 一般式(1)で表されるフェニルボロン酸系単量体が25mol%~35mol%含まれ、 一般式(2)で表される単量体が25mol%~35mol%含まれ、そして N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)が30mol%~50mol%含まれる、ゲル組成物からなることを特徴とする糖応答性ゲル。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、優れた温度耐性を示す糖応答性ゲル、及びそのようなゲルを用いた薬剤送達デバイスを提供することができる。このような糖応答性ゲルは、温度変化の影響を受けにくいため、デバイスを装着した患者の体温が何らかの理由で低下したときでも、薬剤(インスリンなど)の望ましくない過剰送達を防ぐことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、ゲル化剤(主鎖)としてN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、フェニルボロン酸系単量体として4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、ヒドロキシル系単量体としてN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)、架橋剤としてN,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)、重合開始剤として2,2’-アゾビスイソブチロニトリルを、仕込みモル比62/27/11/5/0.1で混合し、ラジカル重合を行うことでゲルを調製し、得られたゲルのグルコース応答性を25℃から45℃の温度範囲で調べた結果を示すグラフである。横軸は温度(Temperature)、縦軸はゲルの相対体積(Relative volume)。試験は0g/L、1g/L、2g/L、3g/L、5g/L及び10g/Lの各グルコース濃度について行った。HEAAmを含むゲルは、正常血糖値(1g/L)近傍での温度依存性を大幅に軽減できることが見出された。
図2図2は、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)及びN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)の配合比(mol%)の異なる15種類の試料a~oについて、調製した各ゲルのグルコース応答性を調べた結果を示すグラフである。ここで、ゲル試料dは、HEAAmを含んでいない従来型のゲルである。ゲル試料iは、例1に示されているゲルであり、図1に示すグラフと同じである。横軸は温度(Temperature)、縦軸はゲルの相対体積(Relative volume)。それぞれ、0g/L、1g/L、2g/L、3g/L、5g/L、および10g/Lのグルコース濃度に反応して、濃度依存的に相対体積が増加する傾向が見られるが、ゲル組成物中のAmECFPBAとHEAAmの配合比の変化に応じて、ゲルの温度感受性が変化することがわかる。
図3図3は、N-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)を含む温度耐性型ゲルのリリース挙動を試験した結果を示すグラフである。25℃~45℃の各温度において試験した。下段のグルコース濃度変化に応答したインスリン放出が上段に示されている。横軸は時間、縦軸は濃度(蛍光強度)。試験したゲルは、25℃~45℃の観測域において、温度依存性を抑え、安定したリリース挙動を達成できることがわかる。
図4A図4Aは、旧型ゲル(上段)及び新型ゲル(下段)を用いて、ラットにおけるデバイス埋め込み時の低体温による血糖低下の抑制について調べたグラフ(持続血糖測定器データ)を示している。測定には、FreeStyleリブレProを使用した。グラフの縦軸はグルコース濃度、横軸は時間を表している。N-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)を含む新型ゲルでは、温度耐性の向上、特に低温に対する耐性が認められた。また、新型ゲルでは、基礎分泌量の最適化が実現され、基礎分泌量の抑制が達成されている。
図4B図4Bは、マイクロチップを用いてラットの皮下温度をモニタリングした結果を示すグラフである。縦軸は皮下温度を表す。横軸に示されるアルコール消毒や除毛などの種々の操作・手技により皮下温度は34℃程度まで大きく低下することが判明した。
図4C図4Cは、本発明の一態様に係る新型ゲルと従来的な旧型ゲルの温度耐性の比較を示すグラフである。温度耐性実験として、イソフルレン麻酔下エタノール噴霧により低温負荷をかけた。横軸は時間(分)。縦軸はそれぞれ、血中グルコース濃度(Blood glucose; mg/dl; 左)およびヒトインスリン濃度(Human Insulin; mU/l; 右)。旧型ゲルは低温負荷によりインスリン放出と血糖低下を認めたが、新型ゲルは低温負荷試験で良好な温度耐性を示した。
図5A図5Aは、本発明に係る薬剤送達用デバイスの断面図の一例を模式的に示したものであり、中空糸内部にゲル、ゲルの内側に薬剤溶液が充填された中空糸構造体の例が示されている。
図5B図5Bは、本発明に係る薬剤送達用デバイスの構造の別の一例を模式的に示している。デバイス1は力テーテル2とリザーバー3を有し、力テーテル2に側孔が設けられている。
図5C図5Cは、図5Bの力テーテルの拡大図を示している。力テーテル側壁4には複数の側孔5が設けられている。内側には力テーテルの内壁に沿ってゲル充填部6と、ゲルが充填されていない中空部には薬剤充填部7を設けてある。
図5D図5Dは、本発明に係る薬剤送達用デバイスの一実施形態であるインスリン送達マイクロニードルの模式的断面図を示している。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
上記の通り、本発明の糖応答性ゲルは、下記一般式(1)
【化5】
[式中、RはH又はCHであり、Fは独立に存在し、nが1、2、3又は4のいずれかであり、mは0又は1以上の整数である。]で表されるフェニルボロン酸系単量体、及び、下記一般式(2)
【化6】
[式中、RはH又はCHであり、mは0又は1以上の整数であり、RはOH、1以上の水酸基で置換された飽和若しくは不飽和のC1-6アルキル基、1以上の水酸基で置換された飽和若しくは不飽和のC3-10シクロアルキル基、1以上の水酸基で置換されたNH、O及びSより選ばれる1~4個のヘテロ原子を含有するC3-12複素環式基、1以上の水酸基で置換されたC6-12アリール基、単糖基、又は多糖基である。]で表される単量体(以下、ヒドロキシル系単量体ともいう。)を含むゲル組成物からなることを特徴とする。別の言い方をすれば、本発明の糖応答性ゲルは、上記一般式(1)で表されるフェニルボロン酸系単量体ユニットと、上記式(2)で表される単量体ユニットとを含む共重合体である。なお、本明細書において「単量体ユニット」という用語は、単量体に由来する(共)重合体中の構造単位を意味する。
【0014】
<ゲル組成物> 本発明は、以下に記載するような、フェニルボロン酸系単量体がグルコース濃度に依存して構造を変化させるメカニズムを利用するものである。
【0015】
【化7】
【0016】
水中で解離したフェニルボロン酸(PBA)は糖分子と可逆的に結合し、上記の平衡状態を保っている。グルコース濃度が高くなると、ボロン酸にグルコースが結合してゲルの体積が膨張するが、グルコース濃度が低い場合には収縮する。薬剤送達用デバイスにゲルを充填した状態では、血液と接触したゲル界面でこの反応が生じ、界面でのみゲルが収縮して本発明者らが「スキン層」と呼ぶ脱水収縮層を生じる。本発明の一実施態様に係るインスリン送達デバイスはこの性質をインスリンの放出制御のために利用するものである。
【0017】
本発明によるゲル組成物の調製のために使用されるフェニルボロン酸系単量体は、下記の一般式(1)で表される。
【化8】
[式中、RはH又はCHであり、Fは独立に存在し、nが1、2、3又は4のいずれかであり、mは0又は1以上の整数である。]
【0018】
上記のフェニルボロン酸系単量体は、フェニル環上の水素が、1~4個のフッ素で置換されたフッ素化フェニルボロン酸基を有し、当該フェニル環にアミド基の炭素が結合した構造を有する。上記構造を有するフェニルボロン酸系単量体は、高い親水性を有しており、またフェニル環がフッ素化されていることにより、pKaを生体レベルの7.4以下に設定し得る。さらに、このフェニルボロン酸系単量体は、生体環境下での糖認識能を獲得するのみならず、不飽和結合により後述するゲル化剤や、架橋剤との共重合が可能となり、グルコース濃度に依存して相変化を生じるゲルとなり得る。
【0019】
上記のフェニルボロン酸系単量体において、フェニル環上の1つの水素がフッ素で置換されている場合、F及びB(OH)の導入箇所は、オルト、メタ、パラのいずれであっても良い。
【0020】
一般に、mを1以上としたときのフェニルボロン酸系単量体は、mを0としたときのフェニルボロン酸系単量体に比べて、pKaを低くすることができる。mの上限は特に限定されないが、例えば20以下、好ましくは10以下、さらに好ましくは4以下である。
【0021】
上記のフェニルボロン酸系単量体の一例としては、Rが水素であり、nが1、mが2であるフェニルボロン酸系単量体があり、これはフェニルボロン酸系単量体として特に好ましい4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(4-(2-acrylamidoethylcarbamoyl)-3-fluorophenylboronic acid、AmECFPBA)である。
【0022】
一般式(1)で表されるフェニルボロン酸系単量体は、ゲル組成物中に例えば、1mol以上、5mol%以上、10mol%以上、15mol%以上、20mol%以上、25mol%以上、30mol%以上、35mol%以上、40mol%以上、45mol%以上、50mol%以上、又は60mol%以上の割合で含まれることができる。また、一般式(1)で表されるフェニルボロン酸系単量体は、ゲル組成物中に例えば、90mol%以下、80mol%以下、70mol%以下、60mol%以下、50mol%以下、45mol%以下、40mol%以下、35mol%以下、30mol%以下、25mol%以下、又は20mol%以下の割合で含まれることができる。濃度範囲としては、一般式(1)で表されるフェニルボロン酸系単量体は、ゲル組成物中に例えば、10mol%~90mol%、15mol%~45mol%、20mol%~40mol%、又は25mol%~35mol%の範囲内の割合としてもよい。濃度範囲は、上記の上限と下限の任意の組み合わせにより特定されうる。好ましいフェニルボロン酸系単量体の割合は、約30mol%である。なお、本明細書において「約」という用語は、それに続く数値の前後10%の範囲を指すために使用される。すなわち、約30mol%は27mol%~33mol%の範囲を意味する。
【0023】
本発明によるゲル組成物には、上記のフェニルボロン酸系単量体に加えて、下記の一般式(2)で表される単量体(ヒドロキシル系単量体)が含まれている。
【化9】
[式中、RはH又はCHであり、mは0又は1以上の整数であり、RはOH、1以上の水酸基で置換された飽和若しくは不飽和のC1-6アルキル基、1以上の水酸基で置換された飽和若しくは不飽和のC3-10シクロアルキル基、1以上の水酸基で置換されたNH、O及びSより選ばれる1~4個のヘテロ原子を含有するC3-12複素環式基、1以上の水酸基で置換されたC6-12アリール基、単糖基、又は多糖基である。]
【0024】
上記一般式(2)の単量体は、分子内に水酸基を有している。特定の理論に拘束するものではないが、この水酸基は、ゲルの親水性を高めて、ボロン酸による疎水性を相殺するとともに、ゲル中のボロン酸に作用して、ゲルの過度な膨潤を防ぐ効果を有すると考えられる。mの上限は特に限定されないが、例えば20以下、好ましくは10以下、さらに好ましくは4以下である。
【0025】
上記のヒドロキシル系単量体の一例としては、Rが水素であり、mが1であり、RがOHである単量体が挙げられ、これはヒドロキシル系単量体として特に好ましいN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(N-(Hydroxyethyl)acrylamide、HEAAm)である。特に、側鎖をメチルの代わりにエチルとすることで、側鎖の回転自由度を高め、分子間(ボロン酸側鎖との)架橋反応の効率を格段に向上させる効果がある。そのため、HEAAmとすることにより、グルコース濃度に依存して相変化を生じる最適なゲルとなり得る。なお、他のヒドロキシル系単量体の例においては、Rは例えば、カテコール基あるいはグリコリル基等の糖誘導体であってもよい。単糖は例えばグルコースでありうる。
【0026】
一般式(2)で表されるヒドロキシル系単量体は、ゲル組成物中に例えば、1mol以上、5mol%以上、10mol%以上、15mol%以上、20mol%以上、25mol%以上、30mol%以上、35mol%以上、40mol%以上、45mol%以上、50mol%以上、又は60mol%以上の割合で含まれることができる。また、一般式(2)で表されるヒドロキシル系単量体は、ゲル組成物中に例えば、90mol%以下、80mol%以下、70mol%以下、60mol%以下、50mol%以下、45mol%以下、40mol%以下、35mol%以下、30mol%以下、25mol%以下、又は20mol%以下の割合で含まれることができる。濃度範囲としては、一般式(2)で表されるヒドロキシル系単量体は、ゲル組成物中に例えば、10mol%~90mol%、15mol%~45mol%、20mol%~40mol%、又は25mol%~35mol%の範囲内の割合としてもよい。濃度範囲は、上記の上限と下限の任意の組み合わせにより特定されうる。好ましいヒドロキシル系単量体の割合は、約10mol%である。なお、本明細書において「約」という用語は、それに続く数値の前後10%の範囲を指すために使用される。すなわち、約30mol%は27mol%~33mol%の範囲を意味する。
【0027】
ゲル組成物は、生体内において生体機能に有毒作用や有害作用が生じない性質(生体適合性)を有するゲル化剤と、上記のフェニルボロン酸系単量体と、上記のヒドロキシル系単量体と、架橋剤とから調製され得る。ゲルの調製方法は、特に限定するものではないが、先ず、ゲルの主鎖となるゲル化剤と、フェニルボロン酸系単量体と、ヒドロキシル系単量体と、架橋剤とを、所定の仕込みモル比で混合し、重合反応をさせることにより、調製することができる。重合のために、必要に応じて重合開始剤を使用する。
【0028】
重合開始剤としては、例えば、2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)、1,1’-アゾビス(シクロヘキサンカルボニトリル)(ABCN)などの当業者に公知の開始剤を使用することができる。ゲル組成物に加える重合開始剤の割合は、例えば約0.1mol%とすることができる。
【0029】
重合反応は、例えば、反応溶媒にジメチルスルホキシド(DMSO)を用いて行うことができ、反応温度は、例えば60℃とすることができ、反応時間は、例えば24時間とすることができるが、これらの条件は、当業者であれば適宜調整することができる。
【0030】
本発明の実施形態において、薬剤送達用デバイスのゲル組成物中には、予め薬剤(例えばインスリン)が含まれていることが好ましい。そのためには、薬剤が所定濃度で含まれたリン酸緩衝水溶液等の水溶液中にゲルを浸すことにより、ゲル内に薬剤を
拡散させることができる。次いで、水溶液中から取り出したゲルを、例えば塩酸中に所定時間浸すことで、ゲル本体の表面に薄い脱水収縮層(スキン層と呼ぶ)を形成することにより、薬剤を内包(ローディング)し、デバイスに充填可能なゲルを得ることができる。
【0031】
ゲル化剤と、フェニルボロン酸系単量体と、ヒドロキシル系単量体と、架橋剤との好適な比率は、生理的条件下でグルコース濃度に応じてインスリンの放出を制御可能であり、所望の温度耐性を示す組成であれば良く、用いる単量体等によって変動するものであり、特に限定するものではない。本発明者等は以前に、種々のフェニルボロン酸系単量体を種々の比率でゲル化剤及び架橋剤と組み合わせてゲルを調製し、その挙動を検討している(例えば特許第5622188号を参照されたい)。当業者であれば、本明細書の記載及び当分野で報告されている技術情報に基づいて、好適な組成のゲルを取得することが可能である。なお、フェニルボロン酸系単量体ユニットを含む糖応答性ゲルの調製および分析のための方法は、例えばMatsumoto et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 2124-2128、Matsumoto et al., Sci. Adv. 2017; Vol. 3, no. 11, eaaq0723にも記載がある。
【0032】
本発明において好適に使用可能なゲル組成物としては、例えば、ゲル化剤(主鎖)としてN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、フェニルボロン酸系単量体として4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、ヒドロキシル系単量体としてN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)、架橋剤としてN,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)、重合開始剤として2,2’-アゾビスイソブチロニトリルを、例えば、仕込みモル比62/27/11/5/0.1に調整したものが挙げられる。このように調整することで、図1に示すように、正常血糖値(1g/L)近傍での温度依存性を大幅に軽減できる。しかしながら、本発明はこれに限らず、ゲル化剤、フェニルボロン酸系単量体、ヒドロキシル系単量体及び架橋剤を含むゲル組成物によって形成できるゲル本体が、グルコース濃度に応答して膨張又は収縮し得るとともに、所望の温度耐性を示すことができれば、ゲル化剤/フェニルボロン酸系単量体/ヒドロキシル系単量体/架橋剤の仕込みモル比を、その他種々の数値に設定してゲルを調製してもよい。
【0033】
ゲル化剤としては、生体適合性を有し、かつゲル化し得る生体適合性材料であればよく、例えば生体適合性のあるアクリルアミド系化合物(アクリルアミド基またはメタクリルアミド基を1個有する化合物)が挙げられる。具体的には、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、N-イソプロピルアクリルアミド(NIPAAm)、N,N-ジメチルアクリルアミド(DMAAm)、N,N-ジエチルアクリルアミド(DEAAm)等が挙げられる。
【0034】
ゲル化剤は、ゲル組成物中に例えば、20mol%以上、25mol%以上、30mol%以上、35mol%以上、40mol%以上、45mol%以上、50mol%以上、60mol%以上、70mol%以上、又は80mol%以上の割合で含まれることができる。また、ゲル化剤は、ゲル組成物中に例えば、90mol%以下、80mol%以下、70mol%以下、60mol%以下、50mol%以下、45mol%以下、40mol%以下、35mol%以下、30mol%以下、25mol%以下、又は20mol%以下の割合で含まれることができる。濃度範囲としては、ゲル化剤は、ゲル組成物中に例えば、10mol%~90mol%、15mol%~75mol%、20mol%~60mol%、25mol%~55mol%、又は35mol%~45mol%の範囲内の割合としてもよい。濃度範囲は、上記の上限と下限の任意の組み合わせにより特定されうる。好ましいゲル化剤の割合は、約60mol%である。
【0035】
また、架橋剤としては、同じく生体適合性を有し、モノマーを架橋できる物質であればよく、好ましくは分子内にアクリルアミド基またはメタクリルアミド基を少なくとも2つ有する化合物が挙げられ、例えばN,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)、エチレングリコールジメタクリレート(EGDMA)、N,N’-メチレンビスメタクリルアミド(MBMAAm)その他種々の架橋剤が挙げられる。
【0036】
架橋剤は、ゲル組成物中に例えば、0.1mol%以上、0.3mol%以上、0.5mol%以上、1mol%以上、2mol%以上、3mol%以上、4mol%以上、又は5mol%以上の割合で含まれることができる。また、架橋剤は、ゲル組成物中に例えば、10mol%以下、5mol%以下、3mol%以下、2mol%以下、1.5mol%以下、1mol%以下、又は0.5mol%以下の割合で含まれることができる。濃度範囲としては、架橋剤は、ゲル組成物中に例えば、0.1mol%~10mol%、0.3mol%~2mol%、又は0.5mol%~1.5mol%の範囲内の割合としてもよい。濃度範囲は、上記の上限と下限の任意の組み合わせにより特定されうる。好ましい架橋剤の割合は、約1mol%である。
【0037】
従って、本発明の好適な一実施形態では、ゲル組成物は、以下に示すように、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、N-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)、N,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)を、62/27/11/5(mol%)の仕込みモル比で重合して調製したものである。
【0038】
上記のゲル組成物では、フェニルボロン酸系単量体及びヒドロキシル系単量体がゲル化剤及び架橋剤と共重合してゲル本体を形成している。このゲルにインスリンなどの薬剤を拡散させるとともに、ゲル本体の表面を脱水収縮層で取り囲む構成とすることができる。これにより、生理的条件下(例えば、pKa7.4以下、温度35℃~40℃)において、グルコース濃度が高くなると膨張して脱水収縮層が消失し、ゲル内の薬剤(例えばインスリン)を外部へ放出させることができる。一方、グルコース濃度が再び低くなると、膨張していたゲルが収縮して表面全体に再び脱水収縮層(スキン層)が形成され、ゲル内の薬剤(例えばインスリン)が外部へ放出されることを抑制できる。従って、本発明で使用するゲル組成物は、グルコース濃度に応答して薬剤(例えばインスリン)を自律的に放出させることができる。
【0039】
<薬剤> 本発明に係るゲルを用いて送達されうる薬剤としては、タンパク質、ペプチド、核酸、他の高分子ポリマー、低分子化合物などが挙げられるが、これらに限定はされない。薬剤は、疾患の治療剤、予防薬、ワクチン、栄養サプリメントなどであってもよい。特に好ましい薬剤は、インスリンである。様々な天然型インスリンあるいは改変インスリンが市販品の購入あるいは合成により利用可能となっている。インスリンとしては、例えば、ヒューマリン(登録商標)を使用してもよい。ヒューマリン(登録商標)は、イーライリリー社が販売しているヒト(遺伝子組換え)インスリンである。インスリン製剤には、速効型、中間型、持効型を含む各種製剤が開発されており、適宜選択して使用することができる。
【0040】
本発明に係る薬剤送達用デバイスでは、ゲル組成物中に予め薬剤が含まれていてもよい。そのためには、所定濃度の薬剤が含まれた水溶液(例えばリン酸緩衝水溶液)中にゲルを浸すことにより、ゲル内に薬剤を拡散させることができる。次いで、水溶液中から取り出したゲルを、例えば塩酸中に所定時間浸すことで、ゲル本体の表面に薄い脱水収縮層(スキン層と呼ぶ)を形成することにより、薬剤を内包(ローディング)させ、デバイスに充填可能なゲルを得ることができる。
【0041】
<デバイス> 本発明に係る薬剤送達デバイスは、上記の糖応答性ゲルを含むものであり、好ましくはインスリンの送達に使用されるものである。本発明に係る薬剤送達デバイスは、体内埋込型及びマイクロニードル型を含む、任意の形態をとりうる。体内埋込型のデバイスについては、例えば、特開2016-209372号公報及び国際公開パンフレットWO2017/069282号を参照することができる。
【0042】
本発明の一つの態様において、薬剤送達デバイスは、体内埋込型の中空糸融合デバイスの形態をとりうる。以下、図面を用いて、一実施態様に係るインスリン送達用デバイスの構成をより具体的に説明する。図5Aに、多孔質体を用いた本発明のデバイスの断面図の一例を模式的に示す。このデバイスでは、多孔質体として中空糸を用い、中空糸の内壁に沿ってゲル組成物が充填され、その内側に薬剤溶液が充填されている。なお、デバイスの製造方法に応じて、また体内で使用する形態であることから、中空糸外壁の細孔中にもゲルが存在してもよい。また、この図ではゲル組成物の内側に薬剤溶液が充填された区画が存在しているが、そのような区画を設けずに、中空糸構造内部に薬剤を含有するゲル組成物が均一に充填された構造としてもよい。
【0043】
本発明のデバイスは、限定するものではないが、上記の構造の中空糸構造体を1本で、あるいは2~100,000本の範囲の中空糸構造体を使用して、構成することができる。本発明のデバイスには、多孔質体(中空糸)や薬剤放出体(薬剤放出部)から薬剤が放出された後に薬剤を補充可能なようにリザーバーを設けることもできる。中空糸に対するリザーバーは、例えば外径1mm~2mm、長さ10mm~200mmの範囲の力テーテルの形態のものであっても良く、市販のシリコン製力テーテル4Frenchサイズ(内径:0.6mm/外径:1.2mm)のものを好適に使用することができる。リザ一バ一を設ける場合、例えば約10ml~30mlの薬剤溶液を補充のために充填し、中空糸構造体の開口端や薬剤放出体に設けた開口部に接続して、所望の挿入又は装着期間の薬剤の連続的制御放出が可能なようにすることができる。なお、所定の期間に送達が必要とされる薬剤量を保持することが可能である限りにおいて、リザーバーを設けることは必ずしも必要ではない。
【0044】
図5Bに、本発明の別形態であるデバイスの外観の一例を示す。この形態では、デバイス1は、薬剤放出体としての力テーテル2と、リザーバー3とを有する。力テーテル2は、例えば外径1mm~2mm、長さ10mm~200mmの範囲のチューブ形状のものであり、市販のシリコン製力テーテル4Frenchサイズのものを好適に使用することができる。図5Cに示すように、力テーテルは、側壁4に薬剤放出部として複数の側孔5を有している。側孔は、その名称によらず、力テーテルの先端部にも設けることができる。力テーテルの内壁に沿って、フェニルボロン酸系単量体を単量体として含む共重合体ゲル組成物が存在するゲル充填部6を設けてあり、そのゲル充填部6に固まれるように薬剤充填部7を設けてある。本実施形態のデバイスの特徴の一つは、薬剤充填部7がゲル充填部6に囲まれた区画に存在し、薬剤放出部により近い区画に高濃度の薬剤を充填することを可能としたことである。ゲル充填部6の厚みは、力テーテル内で10~500μmの範囲内とすることで、グルコース濃度に依存した薬剤(インスリン)の制御放出が可能である。リザーバー3は、薬剤充填部7に薬剤を補充可能なように設けたものであり、力テーテル内の薬剤充填部とリザーバー内とで合わせて例えば約10mlまでの薬剤を充填し、所望の挿入又は装着期間で薬剤の連続的制御放出が可能なようにすることができる。
【0045】
図5Dに、本発明のさらに別の形態であるデバイスの外観の一例を示す。図5Dを参照すると、ベース部10と、複数のニードル部20と、インスリンのリザーバ40とを有する、本発明の一実施形態であるインスリン送達マイクロニードルの模式的断面図が示されている。ニードル部20は、鋭利な先端を有する、皮膚に刺される部分であり、ベース部10に一体
に設けられている。ベース部10は、複数のニードル部20を支持するシート状の部分であり、ニードル部20を支持できる機械的強度を有するとともに、皮膚に沿って変形できる程度の可撓性を有している。リザーバ40は、例えばベース部10を凹状に形成することによってベース部10とニードル部20との間に位置する。リザーバ40内に充填されているインスリンは、ベース部10及びニードル部20を通ってニードル部20の表面から外部へ放出される。
【実施例
【0046】
本発明を以下の実施例によって具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0047】
例1:ゲルの調製 ゲル化剤(主鎖)としてN-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、フェニルボロン酸系単量体として4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)、ヒドロキシル系単量体としてN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)、架橋剤としてN,N’-メチレンビスアクリルアミド(MBAAm)、重合開始剤として2,2’-アゾビスイソブチロニトリルを、仕込みモル比62/27/11/5/0.1で調合し、ラジカル重合を行うことで、円柱形状(反応溶媒であるジメチルスルホキシド(DMSO)中での直径が1mm)からなるゲル状のゲル本体を生成した。次いで、蛍光色素のFITC(fluorescein isothiocyanate)を修飾させた(ウシ由来)インスリン(以下、単にFITC修飾インスリンと呼ぶ)を0.5mg/1mLの濃度で含むpH7.4のリン酸緩衝水溶液(155mM NaCl)中に、ゲル本体を浸して4℃で24時間保持し、ゲル本体にFITC修飾インスリンを拡散させた。
【0048】
次いで、ゲル本体をリン酸緩衝水溶液から取り出し、これを37℃の0.01M塩酸中に1時間浸すことで、ゲル本体の表面に薄い脱水収縮層(スキン層)を形成させて、ゲル本体にFITC修飾インスリンを内包(ローディング)させた糖応答性ゲルを製造した。
【0049】
次いで、pH7.4、イオン強度0.15、グルコース濃度を0.5g/L、1g/L、3g/L、5g/L、10g/Lにそれぞれ調整したリン酸緩衝水溶液(155mM NaCl)中に、この糖応答性ゲルを浸し、さらに各グルコース濃度のリン酸緩衝水溶液をそれぞれ25℃~45℃の温度に調整した。そして、各グルコース濃度における所定温度での各糖応答性ゲルの膨潤度(d/do)をそれぞれ測定した。
【0050】
調製したゲルのグルコース応答性を調べた結果を図1に示す。結果として、HEAAmを含むゲルは、正常血糖値(1g/L)近傍での温度依存性を大幅に軽減できることが見出された。
【0051】
例2:ゲルの温度感受性の分析 例1と同様の手法により、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)、4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)及びN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)の様々な配合比(mol%)を有する15種類の試料a~oを用意した。ここで、ゲル試料aは、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)と4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)を90:10の配合比(mol%)で調製した混合物に対し、体積比で90:10となるようにN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)を加えた組成物である(最終のモル比:81/9/10)。ゲル試料bも同様に、N-イソプロピルメタクリルアミド(NIPMAAm)と4-(2-アクリルアミドエチルカルバモイル)-3-フルオロフェニルボロン酸(AmECFPBA)を90:10の配合比(mol%)で調製した混合物に対し、体積比で80:20となるようにN-ヒドロキシエチルアクリルアミド(HEAAm)を加えた組成物である(最終のモル比:85/10/5)。その他のゲル試料も、表示の割合でこれら3つの成分を含んでいる。なお、ゲル試料dは、HEAAmを含んでいない従来型のゲルである。ゲル試料iは、例1に示されているゲルであり、図1に示すグラフと同じである。
【0052】
調製した各ゲルのグルコース応答性を調べた結果を図2に示す。ゲル組成物中のAmECFPBAとHEAAmの配合比を変化させることにより、ゲルの温度感受性が変化することがわかる。ここで、ゲル試料a~dのようにAmECFPBAの配合比(mol%)が少ない(NIPMAAm90:AmECFPBA10)と、HEAAmの体積比にかかわらず温度の変化がゲルの体積に影響する。しかし、ゲル試料a、e、i、mのようにAmECFPBAの配合比(mol%)を多くして行くと、温度が変化しても正常血糖値(1g/L)近傍でのゲル体積への影響が低減されるようになる(ゲル試料iの一番上の折れ線は、図1に示す通り10g/Lである)。従って、NIPMAAmに対するAmECFPBAの配合比は30mol%以上とすることが好ましい。また、AmECFPBAの配合比が30mol%以上であれば、ゲル試料i~lのようにHEAAmの体積比を大きくすることにより、グルコース濃度にかかわらず(10g/Lを含め)温度変化によるゲル体積への影響を低減できる。例えば、ゲル試料lは、温度が変化しても、ゲルの体積への影響はほとんどなく、温度耐性の面では優れていると考えられる。従って、NIPMAAmとAmECFPBAの混合物に対するHEAAmの体積比は30以上とすることが好ましい。
【0053】
例4:温度耐性ゲルのリリース挙動 旭化成メデイカル株式会社製のポリスルホンダイアライザ一(APS-15SA4537693003682)に用いられている中空糸1本をデバイスとして使用した(内径185μm、膜厚45μm)。本実施例では、デバイスに市販のヒ卜用シリコン力テーテル(4Fr:内径約600μm、プライムテック株式会社)を連結し、インスリンを供給するリザーバーとして機能させた。
【0054】
インスリン放出実験は、2つのポンプ、及び屈折率(RI)、UV及び蛍光強度のための内部検出器を備えた高速液体クロマ卜グラフィ-(HPLC)システム(JASCO,Japan)を用いて実施した。
【0055】
130mg/LのFITC-標識ウシインスリン(WAKO,Japan)を含有するPBS中に、例1と同様にして作製したゲルを4℃で24時間浸漬することによって、ゲル中にFITCー標識インスリンを内包させた。次いで、ゲルを本発明のデバイスに充填し、デバイスを速やかに0.01M HCl水溶液中に入れて、37℃で60分間インキュベー卜して、ゲル表面上にスキン層を形成させた。
【0056】
インスリン及びゲルを含有する本実施例のデバイスを、内径10mm、長さ50mmのTricorn Empty High-Performance Column(GE Healthcare,USA)内に充填した。1g/Lのグルコースを含有するPBS(pH7.4、I=0.15)の恒温流(25℃~45℃)中にカラムを設置し、チャンバー中の流速を1ml/分に維持してHPLCシステムに連結した。2~3時間かけて、ゲル表面に結合したインスリンの漏出が観察されない平衡状態を得た。
【0057】
溶液の520nmの蛍光強度(励起波長:495nm)をモニタリングして、ゲルからのFITCー標識インスリンの放出量を測定した。10g/Lグルコースを含むPBS及び含まないPBSを調製し、システムの2つのポンプからプログラムに基づいて供給した。ポンプから供給される溶液は連続的に混合されるミキサ一部で所定のグルコース濃度勾配パターン(0~5g/L)となるようにした。実験中のin situのグルコース濃度はRI検出器によって上記カラムに近接する下流部においてモニタリングした。
【0058】
結果を図3に示す。結果として、試験したゲルは25℃~45℃の観測域において温度依存性を抑え、安定したリリース挙動を達成できることが見出された。
【0059】
例5:新旧ゲル温度耐性ゲルの比較HEAAmを含んでいない旧型ゲルとHEAAmを含む新型ゲルを用いて、これらを透析用中空糸にコーティングした構造の埋め込みデバイス(PCT/JP2016/081407)によるラット埋め込み時の低体温による血糖低下の抑制について調べた(持続血糖測定器データ)。測定には、FreeStyleリブレProを使用した。FreeStyleリブレProは、アボット社が販売している血糖自己測定器である。インスリン送達デバイスをラットに埋め込んだ際の血糖値の測定結果を図4Aに示す。ラットの背部左側にデバイスを、背部右側に持続血糖モニタリング装置を留置して、埋め込み手術以降の血糖値変動を測定したところ、旧型ゲルでは、手術後早期に低血糖を生じていることが明らかになった(図4A)。なお、マイクロチップを用いてラットの皮下温度をモニタリングしたところ、アルコール消毒や除毛などの種々の操作・手技により皮下温度は34℃程度まで大きく低下することが判明した(図4B)。一方、新型ゲルでは、埋め込み直後における血糖値の低下が見られず、温度耐性の向上、特に低温に対する耐性が認められた。また、新型ゲルでは、基礎分泌量の最適化が実現され、基礎分泌量の抑制を達成できた。
【0060】
本明細書には、本発明の好ましい実施態様を示してあるが、そのような実施態様が単に例示の目的で提供されていることは、当業者には明らかであり、当業者であれば、本発明から逸脱することなく、様々な変形、変更、置換を加えることが可能であろう。本明細書に記載されている発明の様々な代替的実施形態が、本発明を実施する際に使用されうることが理解されるべきである。また、本明細書中において参照している特許及び特許出願書類を含む、全ての刊行物に記載の内容は、その引用によって、本明細書中に明記された内容と同様に取り込まれていると解釈すべきである。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明は、温度変化に対する耐性が高い糖応答性ゲルを提供することができる。また、本発明は、そのような温度変化に対する耐性を備えたゲルを用いた、薬剤送達デバイスを提供することができる。通常、ヒトを含む哺乳動物の体温はほぼ一定に保たれている。しかし、例えば、薬剤送達デバイスによる治療を開始するにあたって、患者に麻酔を行った後や、体内に薬剤送達デバイスを装着した直後などに、患者の体温が一時的に低下する場合があり、その際、薬剤送達デバイス中のゲルが温度変化の影響を受け、薬剤送達が過剰となることは好ましくない。例えば、インスリンの過剰な送達は、低血糖を引き起こす。本発明者らが開発した糖応答性ゲルは、温度変化に対する耐性が高く、薬剤送達デバイスの装着時等に、望ましくない過剰な薬剤放出が生じるリスクを低減することができることから、従来の糖応答性ゲルに比べて有用性、安全性がより高いと言える。
【符号の説明】
【0062】
1 インスリン送達用デバイス 2 カテーテル 3 リザーバー 4 カテーテル側壁 5 側孔 6 ゲル充填部 7 インスリン溶液充填部10 ベース部20 ニードル部30 シート40 リザーバ50 接着剤
図1
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図5A
図5B
図5C
図5D