(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-18
(45)【発行日】2023-05-26
(54)【発明の名称】樹木から師部を剥離する方法
(51)【国際特許分類】
A01G 23/10 20060101AFI20230519BHJP
【FI】
A01G23/10
(21)【出願番号】P 2019049166
(22)【出願日】2019-03-15
【審査請求日】2022-02-28
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 1.第72回農業食料工学会九州支部例会・第81回九州農業研究発表会農業機械部会の発表要旨集 発行日 平成30年8月31日 2.第72回農業食料工学会九州支部例会・第81回九州農業研究発表会農業機械部会 開催日 平成30年9月1日 開催場所 東海大学熊本キャンパス 3.第81回(平成30年度)九州農業研究発表会専門部会発表要旨集(ウェブサイト) 掲載日 平成30年9月3日 アドレス http://www.naro.affrc.go.jp/org/karc/qnoken/yoshi/no81/4.農業機械PDF/81-kikai12.pdf http://www.naro.affrc.go.jp/org/karc/qnoken/presentation/2018/04_nougyoukikai.pdf 4.第28回 日本MRS年次大会の講演予稿集(ウェブサイト) 掲載日 平成30年12月5日 アドレス https://www.mrs-j.org/meeting2018/abstract/jp/index_abst.php 5.第28回 日本MRS年次大会の講演予稿集(Abstract USB) 発行日 平成30年12月18日 6.第28回 日本MRS年次大会 開催日 平成30年12月18日~20日 開催場所 北九州国際会議場・西日本総合展示場 7.第2回衝撃波応用技術研究会(概要集) 発行日 平成31年3月1日 8.第2回衝撃波応用技術研究会 開催日 平成31年3月1日 開催場所 熊本大学工学部インキュベーション等 1Fリエゾン会議室 9.沖縄工業高等専門学校技術室技術報告 Vol.14 発行者 沖縄工業高等専門学校技術室 発行日 平成31年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(74)【代理人】
【識別番号】100152180
【氏名又は名称】大久保 秀人
(72)【発明者】
【氏名】比嘉 修
(72)【発明者】
【氏名】伊東 繁
【審査官】田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-262732(JP,A)
【文献】特開2009-073117(JP,A)
【文献】特開2002-301707(JP,A)
【文献】特開平03-162903(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 23/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
師部を含む樹木に対し、衝撃波を付加することによって、音響インピーダンス差を利用して樹木から師部を剥離することを特徴とする師部の剥離方法。
【請求項2】
師部と木部を有する樹木に対し、木部側から師部に向けて衝撃波を付加することによって、音響インピーダンス差を利用して樹木から師部を剥離することを特徴とする師部の剥離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響インピーダンス差を利用して樹木から師部を剥離する方法とその装置である。
【背景技術】
【0002】
漆、楓、ゴム、白樺、松といった樹木より採取される樹液は天然資源として食品や工業製品に利用されている。これらは、樹木表面にある師部に傷をつけ、染み出してくる樹液を採取するものであり、主に立木のまま採取される。
例えば、漆の樹脂を採集するには、従来は樹齢10年から15年程度の樹木から漆掻きと呼ばれる手法で採取する。漆掻きは4月から10月の半年にわたり繰り返し実施され、漆採取後の樹木は、枯れてしまうため伐採される。伐採後の樹木にも多くの樹脂が残されているが、回収率が低いため、伐採後の樹木から樹脂が回収されることはない。
ところで、漆掻きは、漆の樹皮を専用の鉋で剥ぎ、さらに師部のみに傷を入れることにより染み出してくる樹脂を掻きへらにより集め、桶に回収し収集する方法であるため、1本の木から染み出る樹脂を回収するには多大な時間を要し、樹齢10年から15年の樹木1本から漆掻きにより採集できる漆の量はおよそ200g程度とされる。
漆は主に樹木の師部を通る樹脂道に蓄えられているため、樹脂道のみを圧搾することができれば、回収率は大幅に向上するが、樹脂道のみを回収することは困難である。
例えば、精油などの樹木成分の抽出には、破砕した木片を温水または水蒸気により揮発させ、揮発蒸気を冷却することにより採集されるが、樹脂の採集では加熱による樹液の変質を避けることが出来ないという課題がある。
また、衝撃波処理により樹木細胞の閉塞有縁壁孔を破壊し、樹木の結合水を採集する方法も提案されている(特許文献1)が、樹木に含まれる結合水を包括的に採集することになり、樹脂のみを選択的に採集することは不可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで、本発明は、樹脂道を有する師部を樹木から剥離することができれば、樹脂の回収率を高めることができる点に着目し、樹木から師部を剥離する方法及びその装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
樹木に対し、衝撃波を付加することで、樹木内部の音響インピーダンス差を利用して樹木から師部を剥離させることを特徴とする。
【0006】
媒体中の衝撃波の伝播特性は媒体の音速と密度の積により求まる音響インピーダンスに依存する。音響インピーダンスが一様な媒体中において衝撃波は一定の減衰を伴いながら直線的に伝播する。しかし
図1に示すように衝撃波の伝播媒体において音響インピーダンスが変化すると、音響インピーダンス差のある界面において、波の反射と透過が発生する。音響インピーダンス差が大きいほど界面における衝撃波の反射は強く、界面には反射応力が作用する。
【0007】
樹木は木部、師部、樹皮より構成され、それぞれにおいて音響インピーダンスが異なる。樹木に対し衝撃波を付加すると樹木内部に伝播した衝撃波は内部組織の異なる木部と師部の界面、師部と樹皮の界面のそれぞれで部分反射が起こる。それぞれの界面で反射応力が作用することで木部から師部が、師部から樹皮がそれぞれ剥離する。
【発明の効果】
【0008】
本発明は、樹木内部の組織構造により音響インピーダンスが異なる点に着目し、樹木に衝撃波を付加することにより、音響インピーダンス差のある内部組織の界面に反射応力を作用させ、音響インピーダンスが異なる組織を剥離させるというものである。
【0009】
師部には樹脂道などの樹脂が多く蓄えられる組織が存在しており、硬度も低いため、剥離した後は、効果的に圧搾などの搾汁処理を行うだけで、効率よく樹脂を回収できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】2つ以上の音響インピーダンスを持つ伝播媒体における衝撃波の伝播と音響インピーダンス差界面にける反射応力の作用の説明図である。
【
図2】主に師部近くを裁断した樹木に対し衝撃波を付加する装置の実施形態の説明図である(実施例1)。
【
図3】高電圧電気放電による衝撃波発生手法を用いた場合の木材加工装置の実施形態である(実施例2)。
【
図4】実験で使用された衝撃波処理前の樹木と衝撃波処理後の樹木、剥離した師部の写真である。
【
図5】主に丸太状の樹木に対し衝撃波を付加する際の実施形態の説明図である(実施例3)。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<実施例1>
図2は、本実施例で用いる木材加工装置の実施形態である。1は処理対象となる樹木試料で樹木を縦方向に切断したもので木部、師部、樹皮を含む。2は衝撃波の発生部、3は発生した衝撃波、4は衝撃波の伝播する媒体、5は衝撃波の伝播媒体と樹木または装置外部との界壁、6は樹木内部の各組織構造に対し作用する反射応力、7は圧力容器である。
【0012】
衝撃波の発生部2は、処理圧力容器7の内部に設置されており、衝撃波の発生源としては高電圧電気放電の他、爆薬、高圧ガス銃、レーザーアブレーション等を用いてもよい。圧力容器7には衝撃波の伝播媒体4が充填されており、伝播媒体としては水、油などの液体または、大気など気体を用いてもよい。
【0013】
伝播媒体4として水、油などの液体が用いられる際は、媒体の流出を防ぎ、衝撃波を伝達する界壁5が用いられてもよい。ただし、衝撃波の伝播媒体の流出が見込まれない場合において、界壁5は省かれてもよい。界壁5は伝播媒体4または樹木1またはそれらの中間の値の音響インピーダンスを有する物質が望ましい。
【0014】
圧力容器7は、衝撃波の伝播媒体の流出を防ぐほか、衝撃波の反射により処理部に対し衝撃波を集約する働きを伴うことも想定される。
【0015】
<実施例2>
図3は、高電圧電気放電による衝撃波発生手法を用いた場合の木材加工装置の実施形態であり、本実施例による木材加工方法について説明する。樹齢7年の岩手県大東産漆樹木(直径70mm、長さ100mm程度)を用意した。この漆樹木の樹皮近くを厚さ10mmに長さ方向(樹木成長方向)に裁断した(
図6の2点鎖線で示す裁断面参照)。つまり、裁断において得られた漆木片の円弧の長さは漆樹木の長さより短かった。裁断において得られた漆木片(樹木試料1)を
図3に示す木材加工装置の圧力容器7の上部に設置された界壁5(本実施例においてはシリコンシート)の上面に設置した。この際、樹木試料1の裁断面(木部)が界壁5の上面に接するように配置し、圧力容器7の内部で発生した衝撃波が界壁5を介し、木部より付加されるように配置した。そして処理する漆木片の上方に金属製の試料押さえ9を配置した。この時、漆木片上部には低音響インピーダンス層8として空気層となる空間が確保された。
次に
図3に示す木材加工装置で衝撃波を付加した(衝撃波処理)。その後、衝撃波処理により樹木試料1は、木部、師部、樹皮に分離(剥離)した。剥離された師部を後述の搾汁機を用いて圧搾することによって漆樹脂を抽出した。
【0016】
衝撃波発生手法として高電圧の電気放電による金属細線爆発を用いた。衝撃波発生部として高電圧電気放電の放電電極2aが伝播媒体4(本実施例では水)で満たされた圧力容器7内に設置された。
放電電極2aには金属細線2bが取り付けられた。コンデンサに蓄えた高電圧の電気エネルギーが放電電極に急激に投入されると、金属細線は爆発的に蒸発し、その急激な膨張により水中には衝撃波が発生する。
水中衝撃波は先頭波直後に急激な圧力上昇を伴う圧縮波であり、水中を伝播する過程で減衰する。本実験装置においては伝播距離により数100MPa~数MPaの衝撃圧力を有する。衝撃波処理は充電電圧3.5kV、充電エネルギー4.9kJの電気放電による金属細線爆発により3回行った。金属細線には直径1.2mm、長さ8mmのアルミ(A1015)細線が用いられた。
水中で発生した衝撃波は伝播媒体4の水を伝播し、界壁5のシリコンシートを介して、上方に配置した漆木片に伝播する。この際界壁5のシリコンシート(厚さ5mm、硬度60)は放電電極より125mmの位置に配置された。
【0017】
水中で発生した衝撃波はシリコンシートを介して漆木片に適用された。漆木片は木部、師部、樹皮における音響インピーダンスが異なっており、漆木片に伝搬した衝撃波はそれぞれの組織界面において反射及び透過を繰り返し伝播する。この為、組織界面にのみ反射応力が作用し、それぞれの組織間での剥離作用に有効であると考えられる。このような衝撃波処理により、漆木片は木部、師部、樹皮に剥離した。
【0018】
師部には樹脂道などの樹脂が多く蓄えられる組織が存在しており、硬度も低いため剥離した師部のみを圧搾することにより効果的に搾汁処理を行うことができる。
【0019】
剥離後の師部をローラー式の搾汁機により圧搾し、漆樹脂の抽出量を評価したところ、漆木片の重量比で3.55%であった。
同様の漆木部について手作業によって剥離した師部をローラー式の搾汁機により圧搾した場合は、漆木片の重量比で1.55%であったので、本実施例による漆樹脂の抽出量は3.1倍の増加を示した。
【0020】
上述のように本発明による木材加工方法及び装置を用いることにより、樹液を含む師部のみを剥離し、師部のみを圧搾抽出することにより効果的に樹脂を抽出することが可能となる。
【0021】
なお、樹脂の搾汁を目的とする場合においては、剥離した師部における樹脂道の方向は特に限定されるものではないが、剥離した師部の長手方向に一致することがより好ましい。
【0022】
<実施例3>
図5は丸太状の樹木に対し衝撃波を付加する際の実施形態である。1は処理対象となる樹木を断面方向に切断したもので木部、師部、樹皮を含む。2は衝撃波の発生部、3は発生した衝撃波、4は衝撃波の伝播する媒体、6は樹木内部の各組織構造に対し作用する反射応力である。
【0023】
発生させた衝撃波3は放射状に伝播し樹木の木部、師部へと伝播する。樹木師部並びに樹皮1は樹木周囲にあり、音響インピーダンス差により外向けに反射応力6が作用する。
【0024】
次に木材加工方法について説明する。漆樹木を用意する。この漆樹木の木部に穴をあける。これにより、漆樹木に内部空間が形成される。穴をあける位置は樹木の中央部に位置する。この際、穴は貫通させずに一端にのみ開口を有する袋状とするか、貫通孔に対し一端を塞ぎ伝播媒体の流出を防ぐこともできる。穴に対し衝撃波の発生部と伝播媒体と挿入及び充填する。
発生した衝撃波は媒体を介し、漆樹木の木部に伝播する。漆樹木の木部に伝播した衝撃波は師部、樹皮へと透過し外部の空気層へと伝播する。空気層は低音響インピーダンス層であるため、漆師部及び樹皮の剥離に有効である。また、衝撃波は樹木内部より放射状に伝播し、反射界面における反射応力も放射状に樹木に対し作用するため、本実施例による方法を用いれば試料押さえは必要とされない。
そして発生部及び伝播媒体の挿入及び充填後、
図5に示す実施形態で衝撃波を付加する(衝撃波処理)。その後、衝撃波処理により漆樹木は、木部、師部、樹皮に分離(剥離)する。剥離された師部は後述の搾汁機を用いて圧搾することによって漆樹脂を抽出することが出来る。なお、搾汁については実施例2と同様であるので説明を省略する。
【0025】
本発明にかかる方法及び装置は実施形態に限られない。本発明の趣旨を逸脱しない範囲で改変された方法及び装置は本発明の範囲に含まれる。
【0026】
例えば、衝撃波処理により加工する樹木は漆樹木に限らない。メープルや天然ゴム等の師部に内在する樹脂、樹液を利用する樹木に対しても適用が期待される。また、コルク等の師部を木材として利用する樹木や、ヒノキ等の木部を主に利用する樹木においても同様の手段を利用することが出来る。
【0027】
樹木の各部位の音響インピーダンスは、樹木種により、また状態(例えば、切り出し後の乾燥の度合い等)により音響インピーダンスは異なる。例えば木部と師部を比較した場合においても木部の音響インピーダンスが高い場合と師部の音響インピーダンスが高い場合とがある。
【0028】
衝撃波発生部2は、衝撃波の発生源として高電圧電気放電の他、爆薬、高圧ガス銃、レーザーアブレーション等を用いてもよい。衝撃波発生部の周囲には衝撃波の伝播効率を上げる目的で伝播媒体4が用いられてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は樹木より樹脂等の樹液を採取し、産業利用する産業全般において、効果的に樹脂を採取する手法として活用される。また師部を剥離することにより効果的に木部を摘出することが可能となり木材利用における部材加工手法としても適用できる。
【符号の説明】
【0030】
1 樹木を切断したもので木部、師部、樹皮を含む
2 衝撃波発生部
2a 放電電極
2b 金属細線
3 衝撃波
4 伝播媒体
5 界壁
6 反射応力
7 圧力容器
8 低音響インピーダンス層
9 試料押さえ