IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ フジッコ株式会社の特許一覧 ▶ エースシステム株式会社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-18
(45)【発行日】2023-05-26
(54)【発明の名称】L-ドーパを含有する豆類の加工方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 11/00 20210101AFI20230519BHJP
   A23L 33/17 20160101ALN20230519BHJP
   A23L 33/00 20160101ALN20230519BHJP
【FI】
A23L11/00 F
A23L33/17
A23L33/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020013885
(22)【出願日】2020-01-30
(65)【公開番号】P2021119754
(43)【公開日】2021-08-19
【審査請求日】2022-06-13
(73)【特許権者】
【識別番号】591183625
【氏名又は名称】フジッコ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】598060981
【氏名又は名称】エースシステム株式会社
(72)【発明者】
【氏名】本間 香
(72)【発明者】
【氏名】丸尾 俊也
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 利雄
(72)【発明者】
【氏名】紙谷 年昭
(72)【発明者】
【氏名】尼子 みどり
(72)【発明者】
【氏名】北村 進一
【審査官】村松 宏紀
(56)【参考文献】
【文献】特開平8-242798(JP,A)
【文献】特開2019-162052(JP,A)
【文献】国際公開第2003/017784(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マメ科ムクナ属のL-ドーパを含有する豆類を、90℃以上の熱水に15分~1時間、一次浸漬処理した後、常温の水に5~24時間二次浸漬処理することを特徴とする、豆類の加工方法。
【請求項2】
前記豆類が八升豆であることを特徴とする、請求項1記載の豆類の加工方法。
【請求項3】
前記二次浸漬処理後、加熱処理することを特徴とする、請求項1、2記載の豆類の加工方法。
【請求項4】
前記加熱処理が、焙煎処理、油調加熱処理、蒸煮処理または加圧加熱処理であることを特徴とする、請求項3記載の豆類の加工方法。
【請求項5】
前記加熱処理が、前記二次浸漬処理した豆類を容器に充填密封した後、加圧加熱処理することを特徴とする、請求項3記載の豆類の加工方法。
【請求項6】
マメ科ムクナ属のL-ドーパを含有する豆類を、90℃以上の熱水に15分~1時間、一次浸漬処理した後、常温の水に5~24時間二次浸漬処理し、次いで過熱水蒸気処理することを特徴とする、豆類の加工方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マメ科ムクナ属のL-ドーパを含有する豆類の加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ドーパミンの前駆物質であるL-ドーパ(L-dopa)は血液脳関門を通過し、脳内でDOPA脱炭酸酵素により代謝されドーパミンとなることから、L-ドーパが抗パーキンソン病効果を有することが知られており、パーキンソン病患者がL-ドーパを含む食品を摂取することで、運動機能をより良い状態で維持させ、また症状を改善させることが期待できる。
【0003】
八升豆にはL-ドーパが多く含まれることが知られており、八升豆を用いた健康食品や加工食品の開発が期待されているが、その多くは八升豆を加熱・粉砕してパウダー状にしたものや、これを加工したサプリメントなど八升豆の元の形状を有さないものが大半を占め、一部に煮豆(甘煮)で形状を残したものがあるにとどまり、これ以外に八升豆の形状を残した食品、例えば、水煮や蒸し豆、煎り豆などはあまり知られていない。
その理由としては、八升豆はその種皮が硬いため、他の豆類、例えば大豆や金時豆などと比べると極めて吸水性、復元性が低く、通常、八升豆を水戻しするためには一日以上の長時間水浸漬をする必要があり生産に時間がかかること、また、水を充分に吸収できず膨らまない豆(以下、「石豆」という。)の発生率が高く、これを除去するために人手がかかることから生産面で問題があった。さらに、石豆は消費者クレームの大きな原因になり、安全面においても問題があった。
【0004】
非特許文献1では、八升豆の調理性に関する研究において煮豆としての浸漬・加熱条件が検討されている。八升豆の生豆を90℃熱水に4時間浸漬後、沸騰水で40分間茹で加熱したときのL-ドーパの含有量は、浸漬により生豆の約40%に減少し、その後の茹で加熱により約25%まで減少することが記載されている。
当該文献1は八升豆に含まれるL-ドーパを除去することを目的としており、吸水率を高め、且つ、八升豆のL-ドーパの溶出を抑える方法については検討されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】日本調理科学会誌VoL.42,No.2,p93-101(2009)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、八升豆の種子の形状を残した加工食品を製造するときに、第一の目的として有用成分であるL-ドーパの流出を抑制し、L-ドーパの残存率を高めること、第二の目的として八升豆の吸水率を高め、且つ、石豆の発生率を低減させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意努力した結果、八升豆を熱水で短時間浸漬処理した後、常温の水に漬け換えて浸漬処理することにより、L-ドーパの残存率を高めることができ、さらに、八升豆の吸水率を高め、且つ、石豆の発生率を低減させることを見出し、本発明の完成に至った。
【0008】
すなわち、本発明は以下に関するものである。
[1]マメ科ムクナ属のL-ドーパを含有する豆類を、90℃以上の熱水に15分~1時間、一次浸漬処理した後、常温の水に5~24時間二次浸漬処理することを特徴とする、豆類の加工方法に関する。
[2]前記豆類が八升豆であることを特徴とする、[1]記載の豆類の加工方法に関する。
[3]前記二次浸漬処理後、加熱処理することを特徴とする、[1]、[2]記載の豆類の加工方法に関する。
[4]前記加熱処理が、焙煎処理、油調加熱処理、蒸煮処理または加圧加熱処理であることを特徴とする、[3]記載の豆類の加工方法に関する。
[5]前記加熱処理が、前記二次浸漬処理した豆類を容器に充填密封した後、加圧加熱処理することを特徴とする、[3]記載の豆類の加工方法に関する。
[6]マメ科ムクナ属のL-ドーパを含有する豆類を、90℃以上の熱水に15分~1時間、一次浸漬処理した後、常温の水に5~24時間二次浸漬処理し、次いで過熱水蒸気処理することを特徴とする、豆類の加工方法に関する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、八升豆の種子の形状を残した加工食品を製造するときに、有用成分であるL-ドーパの流出を抑制し、L-ドーパの残存率を高めることができ、さらに八升豆の吸水率を高め、石豆の発生率を低減させることができ、生産性と安全性が向上された八升豆の製造方法を提供することができる。
また、本発明により、L-ドーパの残存率が高く、石豆がない八升豆の種子の形状を残した加工食品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。本発明は、以下の記載に限定されない。
【0011】
本発明においては、L-ドーパを含むマメ科植物としてムクナ属(別名トビカズラ属)の八升豆(学名:Mucuna pruriens var. utilis cv. Hassjoo)の種子を原料に用いる。なお、本発明に用いる原料は八升豆に限定されず、ムクナ属のL-ドーパを含むマメ科植物であればよく、例えばムクナ(英名:velvet beans,学名:Mucuna pruriens cv. Florida velvetbean,和名:フロリダベルベットビーン)、猫豆(学名:Mucuna cochinchinensis)、トビカズラ(学名:Mucuna japonica)を用いることができる。
【0012】
本発明の方法においては、八升豆を熱水に短時間浸漬する一次浸漬処理を行う。該一次浸漬処理は、浸漬時のL-ドーパの流出を抑えつつ八升豆の種皮を軟化させることにより、後述する二次浸漬処理において八升豆の吸水率を高め、且つ、石豆の発生率を低減させることを目的とする。
【0013】
該一次浸漬処理の条件は、90℃以上の熱水に15分~1時間浸漬する。より好ましくは八升豆の吸水率を高める場合は90℃以上で30分~1時間浸漬することが好ましく、L-ドーパの残存率を高める場合は15~30分間浸漬することが好ましい。上記の条件で該一次浸漬処理した場合には、後述する二次浸漬処理において八升豆の吸水率が170~200%、石豆の発生率が15%以下、L-ドーパの残存率が50%以上にすることができる。
【0014】
該一次浸漬処理において、浸漬温度が90℃未満である場合は、後述する二次浸漬処理において八升豆の吸水率が低くなり、石豆の発生率が高くなるため不適となる。
また、浸漬温度が90℃以上の場合でも、浸漬時間が15分未満の場合は後述の二次浸漬処理において吸水率が低くなり石豆の発生率が高くなるため不適となる。浸漬時間が1時間を超える場合は、後述の二次浸漬処理において吸水率が高くなり過ぎることにより裂皮や割れ豆が多く生じるため不適となり、さらにL-ドーパが水層側へ流出してL-ドーパの残存率が低くなるため不適となる。
また、浸漬温度が100℃に近い沸騰状態である場合は、浸漬時に煮崩れが生じる場合があるため、95℃を超えない温度条件とすることが好ましい。
【0015】
次に、該一次浸漬処理した後、直ちに該一次浸漬処理した八升豆を、常温の水に漬け換えて二次浸漬処理を行う。
該二次浸漬処理は、L-ドーパの流出をできるだけ抑制しつつ、八升豆に水を吸収させ吸水率が170~200%の範囲となる条件下で行う。吸水率が170~200%の範囲である場合は、豆が膨らみ過ぎることがなく、裂皮や割れ豆が少ないため好ましい。
【0016】
該二次浸漬処理の条件は、常温の水に5時間~24時間浸漬する。より好ましくは5~7時間浸漬することが好ましく、浸漬時間を短くすることによりL-ドーパ残存率を高めることができる。上記の条件で該二次浸漬処理した場合には、八升豆の吸水率が170~200%、石豆の発生率が15%以下、L-ドーパの残存率が50%以上にすることができる。
また、本発明において、常温とは10~30℃までの温度を指し、好ましくは15~25℃とすることにより、浸漬時にL-ドーパの流出を抑制し、豆の腐敗が生じることなく浸漬処理することができる。
該二次浸漬処理において、浸漬時間が5時間未満の場合は吸水率が低い場合があるため不適であり、24時間を超える場合は浸漬時に豆が膨らみ過ぎて裂皮や割れ豆が生じる場合があるため不適である。
【0017】
次に、該二次浸漬処理した八升豆を、加熱処理する。該加熱処理は、該二次浸漬処理した八升豆に含まれるレクチンを失活させ、でん粉をα化することを目的に行い、該加熱処理により最終製品である八升豆の加工食品を得ることができる。
また、本発明においては、該加熱処理におけるL-ドーパの流出や分解を抑制するために、煮熟(煮る)以外の加熱方法、または八升豆を容器密封して加熱する方法を用いて加熱処理することにより、L-ドーパの残存率が高い八升豆の加工食品を得ることができる。
【0018】
該加熱処理の方法は、焙煎処理、油調加熱処理、蒸煮処理、または加圧加熱処理を用いることができるがこれに限定されず、その加熱条件についても目的とする加工食品に適した温度および時間で行えばよく、特に限定されない。
【0019】
該加熱処理において、焙煎処理、または油調加熱処理する場合は、煎り豆、揚げ豆を製造することができる。例えば、煎り豆を製造する場合には、該二次浸漬処理した八升豆を150~180℃で10~60分間焙煎処理すればよい。
また、蒸煮処理する場合は、該二次浸漬処理した八升豆を100℃で10~60分間蒸煮処理することにより、蒸し豆を製造することができる。
該加熱処理において、焙煎処理、油調加熱処理、または蒸煮処理した場合には、八升豆が水に漬かっていないため該加熱処理時に八升豆からL-ドーパが流出せず、L-ドーパの残存率が高い八升豆の加工食品を得ることができる。
【0020】
該加熱処理において、加圧加熱処理する場合は、該二次浸漬処理した八升豆を容器密封した後、または該二次浸漬処理した八升豆と調味液を合わせて容器密封した後、加圧加熱処理することにより、蒸し豆や水煮、煮豆を製造することができる。例えば、蒸し豆を製造する場合には、該二次浸漬処理した八升豆を容器密封した後、110~120℃で30~60分間加圧加熱処理すればよく、水煮や煮豆を製造する場合には、該二次浸漬処理した八升豆と調味液を容器に入れ真空包装した後、110~120℃で30~60分間加圧加熱処理すればよい。
該加熱処理において、加圧加熱処理する場合には八升豆を容器密封しているため、加熱処理時に八升豆からL-ドーパが流出しても容器内に留まるため、L-ドーパの残存率が高い八升豆の加工食品を得ることができる。
【0021】
また、該加熱処理において、焙煎処理や蒸煮処理に代わり、特に過熱水蒸気を用いて加熱処理する場合は、過熱水蒸気が低酸素状態のため酸化が少ない加熱処理をすることができ、L-ドーパの酸化分解が抑制され、L-ドーパの残存率が高い八升豆の加工食品を得ることができる。
【0022】
かくして、本発明の方法によって、L-ドーパの残存率が高く、石豆がない八升豆の種子の形状を残した加工食品を提供することができる。
【実施例
【0023】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0024】
実施例1~3、比較例1~3: 一次浸漬処理と二次浸漬処理の検討
生豆の八升豆1000gを、3000mlの熱水(90℃)、または温水(50℃)、常水(25℃)のいずれかの条件の水に浸漬し一次浸漬処理した。一次水浸漬処理の温度および時間は、表1~3に示す条件で行った。
次に、一次浸漬処理後の八升豆を、3000mlの常水(25℃)に漬け換えて水に浸漬し、二次浸漬処理した。二次浸漬処理した後の八升豆の重量(吸水率(%))、石豆の発生率(%)およびL-ドーパ残存率(%)を、下記および段落〔0025〕記載の方法により測定した。結果を表1~3に示す。
・吸水率(%)= 浸漬後重量 ÷ 生豆重量 × 100%
・石豆発生率(%)= 石豆の個数 ÷ 生豆の個数 × 100%
【0025】
二次浸漬処理後の八升豆、および生豆(対照)からL-ドーパを抽出し、高速液体クロマトグラフィーにより定量測定してそれぞれに含まれるL-ドーパ含有率(%)を求めた。
二次浸漬処理後の八升豆のL-ドーパ残存率(%)は、二次浸漬処理後の八升豆のL-ドーパ含有率(%)に吸水率(%)を掛けた値を、生豆に含まれるL-ドーパ含有率(%)で割った値を記した。
〔L-ドーパの抽出および定量分析方法〕
二次浸漬処理後の八升豆、および生豆を凍結乾燥後、粉砕し、得られた凍結乾燥粉砕物を蒸留水、アセトニトリル、ギ酸の混合溶液と混和し、超音波処理後、遠心分離してL-ドーパ抽出溶液を得た。前記抽出液をメンブランフィルターでろ過後、高速液体クロマトグラフィー(島津製作所製、機種:Prominence UFLC、使用カラム:TSK-GEL Amide-80,5μm)を用いて分析を行った。
【0026】
【表1】
【0027】
【表2】
【0028】
【表3】
【0029】
表1~3の結果より、一次浸漬処理が90℃15分~1時間、二次浸漬処理が5~24時間である場合には、八升豆の吸水率が170~200%、石豆の発生率が15%以下、L-ドーパの残存率が50%以上となることが分かった。
【0030】
実施例4,5、比較例4: 加熱処理後のL-ドーパ残存率(%)
八升豆1000gを、3000mlの90℃の熱水に30分間浸漬し一次浸漬処理した後、3000mlの25℃の常水に漬け換えて水に7時間浸漬し二次浸漬処理した。二次浸漬処理後の八升豆の重量は1890g(吸水率189%)であった。二次水浸漬処理した八升豆500gを、水煮処理、または蒸煮処理、過熱水蒸気加熱処理のいずれかの方法により100℃30分間加熱処理し、加熱処理後の八升豆に含まれるL-ドーパの残存率を、段落〔0025〕と同様にして測定した。結果を表4に示す。
【0031】
【表4】
【0032】
表4の結果より、蒸煮処理、および過熱水蒸気加熱処理は、水煮処理と比べて、L-ドーパの残存率が高いことから、L-ドーパの残存率を高める方法として適していることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0033】
本発明の方法によれば、八升豆の種子の形状を残した加工食品を製造するときに、有用成分であるL-ドーパの流出を抑制することができ、さらに八升豆の吸水率を高め、石豆の発生率を低減させることができるため、L-ドーパの残存率が高く、石豆がない八升豆の種子の形状を残した加工食品が得ることができる。