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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-19
(45)【発行日】2023-05-29
(54)【発明の名称】ゲノム編集植物の生産方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20230522BHJP
   A01H 1/00 20060101ALI20230522BHJP
   C12N 15/05 20060101ALN20230522BHJP
【FI】
C12N15/09 100
A01H1/00 A ZNA
C12N15/05
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019555333
(86)(22)【出願日】2018-11-21
(86)【国際出願番号】 JP2018042972
(87)【国際公開番号】W WO2019103034
(87)【国際公開日】2019-05-31
【審査請求日】2021-10-12
(31)【優先権主張番号】P 2017226643
(32)【優先日】2017-11-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)(発行日)平成30年6月18日(刊行物等)日本ゲノム編集学会第3回大会要旨集、第51頁、日本ゲノム編集学会第3回大会準備委員会 発行(公開者)梅木直行ら(2)(開催日)平成30年6月20日(集会名、開催場所)日本ゲノム編集学会第3回大会 広島国際会議場(広島県広島市中区中島町1-5)(公開者)梅木直行ら(3)(発行日)平成30年8月15日(刊行物等)第36回日本植物細胞分子生物学会(金沢)大学講演要旨集、第124頁、第36回日本植物細胞分子生物学会(金沢)大会実行委員会 発行(公開者)梅木直行ら(4)(開催日)平成30年8月28日(集会名、開催場所)第36回日本植物細胞分子生物学会(金沢)大会 金沢商工会議所会館(石川県金沢市尾山町9-13)(公開者)梅木直行ら
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構、SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「ゲノム編集技術等を用いた農水産物の画期的育種改良」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】梅基 直行
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 和季
【審査官】中村 俊之
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-154580(JP,A)
【文献】国際公開第2016/116032(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/119703(WO,A1)
【文献】特開2015-000060(JP,A)
【文献】国際公開第2016/125078(WO,A1)
【文献】MA, J., et al.,Genome editing in potato plants by agrobacterium-mediated transient expression of transcription activator-like effector nucleases,Plant Biotechnol. Rep.,2017年
【文献】SAWAI, S., et al.,Sterol Side Chain Reductase 2 Is a Key Enzyme in the Biosynthesis of Cholesterol, the Common Precursor of Toxic Steroidal Glycoalkanoids in Potato,The Plant Cell,2014年
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01H 1/00
C12N 15/00- 15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゲノム上の特定の遺伝子に変異が導入され、かつ、ゲノム上に外来遺伝子が組み込まれていないゲノム編集植物を生産する方法であって、
(a)ゲノム上の特定の遺伝子を標的化したゲノム編集酵素をコードする第1の遺伝子および植物の再分化を誘導または促進するタンパク質をコードする第2の遺伝子を発現する構築物を、植物細胞に導入する工程、
(b)工程(a)で得られた植物細胞を植物ホルモンを含まない培地で培養し、第1の遺伝子および第2の遺伝子が一過的に発現してゲノムに組み込まれていない個体を選抜するために、第2の遺伝子が恒常的に発現する再分化した個体を形態異常を指標に排除し、形態異常が生じていない個体を選抜する工程、ならびに
(c)工程(b)で選抜した第1の遺伝子および第2の遺伝子が一過的に発現してゲノムに組み込まれていない個体から、ゲノム上の特定の遺伝子に変異が導入されたゲノム編集個体を選抜する工程を、含み、
第2の遺伝子が、ipt遺伝子、bbm遺伝子、ESR1遺伝子、ESR2遺伝子、LEC2遺伝子およびWUS遺伝子からなる群より選択される遺伝子であり、
前記植物ホルモンが、オーキシンおよびサイトカイニンであり、かつ
前記形態異常が、節間の短縮、多芽体の形成及びカルスの形成から選択される、少なくとも1の形態異常である、方法。
【請求項2】
工程(a)における構築物の植物細胞への導入がアグロバクテリウム法により行われる、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ゲノム上の特定の遺伝子に変異が導入され、かつ、外来遺伝子がゲノムに組み込まれていないゲノム編集植物を生産する方法、ならびに、当該方法により生産されるゲノム編集植物に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲノム編集技術は、ゲノム編集酵素を利用して標的遺伝子の狙った部位に変異を導入する技術である。ゲノム編集酵素としては、2000年代前半にZFNs(Zinc Finger Nucleases)が、2010年にTALENs(Transcription Activator Like Effector Nucleases)が、2012年にCRISPR-Cas9(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats CRISPR-Associated Proteins 9)が、それぞれ開発されてきた。
【0003】
従来、目的の変異を持つ植物の作出においては、突然変異体のプールから標的遺伝子が破壊された個体を選抜するTilling法などが利用されてきた。しかしながら、ゲノム編集技術を利用することにより、従来法と比較して、迅速に目的の個体が得ることができ、しかも、標的遺伝子以外の遺伝子への影響(変異)を回避することが可能となった。また、ゲノム編集技術により得られた植物は、従来法で得られた変異体と区別できないことから、遺伝子組換え植物と同じレベルの厳しい規制を受けないことが期待できる。これらの利点からゲノム編集技術は、新しい植物育種技術としても脚光を浴びている(非特許文献1)。
【0004】
動物においては、ゲノム編集酵素をRNA、蛋白質、あるいは複合体の形態で受精卵に導入することで、ゲノム編集酵素遺伝子をゲノムに組み込むことなく、ゲノム編集個体を容易に得ることができる。一方、植物においては、受精卵を得ることは困難であるため、単離した細胞やプロトプラストに対して、ゲノム編集酵素をRNA、蛋白質、あるいは複合体の形態で導入することが行われており、このような操作が行われた細胞やプロトプラストから個体を再生することで、ゲノム編集酵素遺伝子がゲノムに組み込まれていないゲノム編集個体を取得することにも成功している。しかしながら、プロトプラストなどから再生が可能な種や品種が限られていること、プロトプラストからの再生過程で培養変異を多く生じやすいことから、適用範囲が限られるという問題がある。
【0005】
また、自殖が容易な植物や自殖などの交配過程を経て品種が作出される植物では、ゲノム編集酵素遺伝子をゲノムに組み込んだ後、交配によって当該遺伝子を除去することで、最終的に、ゲノム編集酵素遺伝子がゲノムに組み込まれていない個体を得ることができる。しかしながら、ジャガイモなどの栄養繁殖により優良品種を維持している作物は、一旦、作出された優良品種を交配してしまうと元の品種とは異なる品種になってしまうことから、交配によりゲノムに組み込んだゲノム編集酵素遺伝子を除去する方法は利用価値が低いという問題がある(非特許文献2)。植物のゲノムに組み込まれないジェミニウイルスベクターからゲノム編集酵素を発現させる方法も報告されているが(非特許文献3)、遺伝子組換えの痕跡を持たない植物体としての規制をクリアするためには、ウイルスの除去とその証明が必要であると考えられている。
【0006】
このため、ゲノム上に外来遺伝子が組み込まれずに、ゲノム上の特定の遺伝子に変異が導入されているゲノム編集植物を取得するための、新たな方法の開発が求められている。
【0007】
ところで、アグロバクテリウム由来のipt遺伝子は、植物ホルモンの合成に関与することが知られており、当該遺伝子を植物のゲノムに一旦組み込み、得られた組換え体(多芽体)から除去することで、正常に伸長させ、マーカーフリーの形質転換体を得ることができる(MATベクター法;非特許文献4)。また、ipt遺伝子を利用することで、形質転換困難な植物で形質転換効率が向上することが知られている(非特許文献5)。さらに、相同性組換えにより外来遺伝子を導入する際に、ipt遺伝子を負の選抜マーカーとして利用した例も報告されている(非特許文献6)。
【0008】
シロイヌナズナやセイヨウアブラナのbbm(Baby Boom)遺伝子については、タバコでの再分化能の増強(非特許文献7)、トウガラシの形質転換の促進(非特許文献8)、単子葉の形質転換の増強(非特許文献9)といった活性を持つことが報告されている。また、シロイヌナズナのESR1とESR2は、シュートの再分化を促進することが知られている(非特許文献11と12)。その他、ゲノム編集において形質転換を促進する遺伝子も報告されている(非特許文献10)。
【0009】
しかしながら、ゲノム上に外来遺伝子を組み込まずに、ゲノム上の特定の遺伝子に変異が導入されたゲノム編集植物を選抜するために、これら遺伝子を利用することは、何ら報告されていない。
【0010】
ジャガイモは、生産量が世界で4番目の食用作物である。光に曝されて緑色になったジャガイモやジャガイモの芽の部分には、ソラニンなどステロイドグリコアルカロイドという成分が多く含まれている。この成分は、少量では不快な味の原因に、多量では中毒を起こすことが知られている。このためジャガイモの毒を消失させることは、食用作物の大きな課題となっており、そのための技術開発も進められている。
【0011】
例えば、SSR2遺伝子を形質転換によってノックダウンすることや、ゲノム編集することで、ステロイドグリコアルカロイドが低下した植物が得られることが報告されている(特許文献1、非特許文献13)。同様に、ステロイドグリコアルカロイドが低下した植物を得るために、PGA1遺伝子またはPGA2遺伝子(非特許文献14)、16DOX遺伝子(非特許文献15)、E遺伝子(PGA3遺伝子)(特許文献2)、Y遺伝子(PGA4遺伝子)(特許文献3)を形質転換によってノックダウンすることも報告されている。
【0012】
しかしながら、形質転換によって標的遺伝子をノックダウンするには、遺伝子組換えを行うことが必要となる。また、SSR2遺伝子の例で報告されている、ゲノム編集によりステロイドグリコアルカロイドが低下した植物は、遺伝子組換えの状態でのみ、当該品種の形質の維持が可能である。その一方、ゲノム編集ツールを除くためには交配することが必要であり、この場合、当該品種の維持ができないという問題がある。
【0013】
このように、従来のステロイドグリコアルカロイドが低下した植物の作出においては、いずれも外来遺伝子がゲノムに組み込まれることに起因した問題が存在する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特許5902801号公報
【文献】特許5794918号公報
【文献】特許6038040号公報
【非特許文献】
【0015】
【文献】報告 植物における新育種技術(NPBT:New Plant Breeding Techniques)の現状と課題 平成26年(2014年)8月26日 日本学術会議農学委員会・食料科学委員会合同 遺伝子組換え作物分科会 農学委員会 育種学分科会 基礎生物学委員会・統合生物学委員会・農学委員会合同 植物科学分科会
【文献】梅基ら (2016) アグリバイオ 1: 21-25
【文献】Nathaniel et al., (2015) PLoS ONE 10: e0144591
【文献】海老沼ら (1997) 化学と生物 35: 73-75
【文献】海老沼 (1998) 紙パ技協誌 52: 72-76
【文献】Forsyth et al., (2016) Front Plant Sci. 7: 1572
【文献】Srinivasan et al., (2007) Planta 225: 341-351
【文献】Heidmann & Boutilier (2015) Methods Mol Biol. 1223: 321-34
【文献】Lowe et al., (2016) Plant Cell 28: 1998-2015
【文献】Altpeter et al., (2016) Plant Cell 28: 1510-1520
【文献】Banno et al., (2001) Plant Cell 13: 2609-2618
【文献】Matsuo et al., (2012) Plant Biotechnol. 29: 367-372
【文献】Sawai et al., (2014) Plant Cell 26: 3763-3774
【文献】Umemoto et al., (2016) Plant Physiol. 171: 2458-2467
【文献】Nakayasu et al., (2017) Plant Physiol. 175: 120-133
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、外来遺伝子をゲノムに組み込まずに植物のゲノムを編集することが可能な新規な方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
一般に、植物組織から植物体へと再分化させる場合には、植物ホルモン(オーキシンおよびサイトカイニン)を適切な濃度で含む培地で、当該植物組織の培養を行うが、サイトカイニン生合成の律速反応を触媒しているイソペンテニルトランスフェラーゼ(ipt)を一過的に発現させることで、植物ホルモンを含まない培地で植物組織から植物体に再分化させることが可能である。その一方、iptがゲノムに組み込まれて恒常的に発現した組織では形態異常を引き起こし、多くの場合、節間が詰まった多芽体類似の形態やカルスを生じることも知られている(非特許文献4)。
【0018】
本発明者は、これら事実から、ipt遺伝子を導入して再分化させた個体の中に、仮に、ipt遺伝子がゲノムに組み込まれずに一過的に発現する個体が存在するのであれば、形態異常を指標に、ipt遺伝子がゲノムに組み込まれた個体を排除することで(すなわち、ネガティブ選抜を行うことで)、目的のゲノム編集個体が得られるのではないかと考えた。
【0019】
この構想に基づき、本発明者は、まず、植物の再分化を誘導する遺伝子としてipt遺伝子を、ゲノム編集酵素遺伝子としてTALENs遺伝子を保持するベクターを構築した。また、TALENsの標的遺伝子の例として、ステロイドグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子(SSR2遺伝子)を選択した。次いで、栄養繁殖により優良品種を維持している作物の代表であるジャガイモに、当該ベクターをアグロバクテリウム法で導入し、植物ホルモンを含まない培地で培養して再分化個体を得た。そして、得られた再分化個体のゲノムを解析したところ、形態異常を示したゲノム編集個体以外に、形態異常を示さないゲノム編集個体も生じることを見出した。形態異常を示した個体は、全て、ゲノムに上記外来遺伝子が組み込まれていたが、形態異常を示さないゲノム編集個体のゲノムには、上記外来遺伝子は組み込まれていなかった。
【0020】
本発明者は、さらに、植物の再分化を誘導する他の複数の遺伝子を用いて検証を行ったところ、ipt遺伝子と同様に、外来遺伝子がゲノムに組み込まれていないゲノム編集個体を得ることができた。
【0021】
以上の事実から、本発明者は、植物の再分化を誘導する遺伝子とゲノム編集酵素遺伝子を導入した植物細胞に由来する再分化個体において、形態異常などを指標として、ゲノムに外来遺伝子が組み込まれた個体を除去することにより、外来遺伝子がゲノムに組み込まれていないゲノム編集個体を取得することが可能であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0022】
本発明は、より詳しくは、以下を提供するものである。
【0023】
[1] ゲノム上の特定の遺伝子に変異が導入され、かつ、ゲノム上に外来遺伝子が組み込まれていないゲノム編集植物を生産する方法であって、
(a)ゲノム上の特定の遺伝子を標的化したゲノム編集酵素をコードする遺伝子および植物の再分化を誘導または促進するタンパク質をコードする遺伝子を発現する構築物を植物細胞に導入する工程、
(b)工程(a)で得られた植物細胞を培養し、再分化した個体を選抜する工程、および
(c)工程(b)で選抜した個体から、ゲノム編集酵素をコードする遺伝子および植物の再分化を誘導または促進するタンパク質をコードする遺伝子がゲノムに組み込まれていない個体を選抜する工程、を含む方法。
【0024】
[2] 工程(a)における構築物の植物細胞への導入がアグロバクテリウム法により行われる、[1]に記載の方法。
【0025】
[3] 工程(b)における植物細胞の培養が植物ホルモンを含まない培地で行われる、[1]または[2]に記載の方法。
【0026】
[4] 工程(c)において、形態異常が生じていない個体を選抜する、[1]から[3]のいずれかに記載の方法。
【0027】
[5] 植物の再分化を誘導または促進するタンパク質をコードする遺伝子が、ipt遺伝子、bbm遺伝子、ESR1遺伝子、ESR2遺伝子、LEC2遺伝子、およびWUS遺伝子からなる群より選択される遺伝子である、[1]から[4]のいずれかに記載の方法。
【0028】
[6] [1]から[5]のいずれかに記載の方法により生産されたゲノム編集植物。
【0029】
[7] 以下の(a)から(c)の特徴を有するゲノム編集植物。
(a)ゲノム編集酵素によりゲノム上の特定の遺伝子に変異が導入されている
(b)ゲノム上に外来遺伝子が組み込まれていない
(c)ゲノム編集酵素によるゲノムの編集後に交配されていない
[8] 栄養繁殖性栽培品種を持つ植物である、[7]に記載のゲノム編集植物。
【0030】
[9] ジャガイモである、[8]に記載のゲノム編集植物。
【0031】
[10] ゲノム編集酵素によりステロイドグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子に変異が導入されている、[9]に記載のゲノム編集植物。
【0032】
[11] ステロイドグリコアルカロイドの蓄積が減少している、[10]に記載のゲノム編集植物。
【発明の効果】
【0033】
従来、ipt遺伝子など植物の再分化を誘導する遺伝子を利用した目的の個体の選抜においては、当該遺伝子の恒常的発現により形態異常を示した個体を選抜した上で(すなわち、ポジティブ選抜を行った上で)、当該遺伝子を除去して形態異常から回復させる手法が用いられていたが(非特許文献4)、本発明の方法は、逆に、当該遺伝子を恒常的に発現する個体をネガティブ選抜するものであり、従来法とは全く発想が異なる画期的な方法である。本発明によれば、ゲノム編集酵素をコードする遺伝子などの外来遺伝子をゲノムに組み込むことなく植物のゲノム編集を行うことが可能となる。従って、本発明は、品種維持などの観点から栄養繁殖を行う必要のある植物において、品種の同一性を維持しながらゲノム編集を行うための基盤技術として利用しうる。例えば、ジャガイモのステロイドグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子を対象として本発明によるゲノム編集を行えば、品種の形質が維持され、同時に全アレルに変異が起き、他の遺伝子に変異が入らず、かつステロイドグリコアルカロイド含量が極めて低下したジャガイモを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】形質転換に使用したゲノム編集用ベクターの構造を示す図である。導入する遺伝子部分のT-DNAのライトボーダー(RB)、レフトボーダー(LB)、それらボーダーの内部の構造、および制限酵素部位を示す。
図2】pSuehiro108で形質転換したジャガイモに対するゲノム編集を検出したヘテロ二本鎖移動度分析(HMA;レーン1~6)と形質転換体の有無を判定したポリメラーゼ連鎖反応(PCR;レーン7~12)の結果を示す電気泳動像である。HMAにおいては、高分子側における複数のバンドが認められた場合、ゲノム編集が生じたことを示す。
図3】ジャガイモ品種「サッシー」のSSR2遺伝子のゲノム編集の標的配列近傍の塩基配列(1列目)とゲノム編集された個体からクローニングしたゲノム編集領域を含む増幅断片の塩基配列(2列目以降)とのアライメント結果を示す。「-」は欠失を表し、当該領域を越えた欠失配列については、欠失した塩基数を記載した。
図4】ジャガイモ品種「さやか」のSSR2遺伝子のゲノム編集の標的配列近傍の塩基配列(1列目)とゲノム編集された個体からクローニングしたゲノム編集領域を含む増幅断片の塩基配列(2列目以降)とのアライメント結果を示す。「-」は欠失を表し、当該領域を越えた欠失配列については、欠失した塩基数を記載した。
図5】ジャガイモ品種「メークイン」のSSR2遺伝子のゲノム編集の標的配列近傍の塩基配列(1列目)とゲノム編集された個体からクローニングしたゲノム編集領域を含む増幅断片の塩基配列(2列目以降)とのアライメント結果を示す。「-」は欠失を表し、当該領域を越えた欠失配列および付加された配列については、欠失した塩基数および付加された塩基数を記載した。
【発明を実施するための形態】
【0035】
本発明のゲノム編集植物の生産方法においては、まず、ゲノム上の特定の遺伝子を標的化したゲノム編集酵素をコードする遺伝子および植物の再分化を誘導または促進するタンパク質をコードする遺伝子を発現する構築物を植物細胞に導入する(工程(a))。
【0036】
本発明における「ゲノム編集酵素」としては、部位特異的にゲノムを編集することが可能な酵素であれば特に制限はないが、代表的には、部位特異的なDNAへの結合能を有する、ヌクレアーゼ(典型的には、エンドヌクレアーゼ)またはヌクレアーゼとRNAとの複合体である。ヌクレアーゼとしては、例えば、ZFNs(米国特許6265196号、米国特許8524500号、米国特許7888121号、欧州特許1720995号)、TALENs(米国特許8470973号、米国特許8586363号)、ヌクレアーゼドメインが融合されたPPR(pentatricopeptide repeat)(Nakamura et al., Plant Cell Physiol 53: 1171-1179(2012))などの融合タンパク質が挙げられる。TALENsとしては、例えば、プラチナTALEN(Sakuma et al., Scientific Reports, 3, 3379, (2013))やスーパーTALENなどの活性を向上させた変異体が知られており、それらを用いてもよい。上記融合タンパク質におけるDNA結合ドメイン(ZF、TALE、PPR)のアミノ酸配列を、当該ドメインがゲノム上の特定の遺伝子における標的DNA領域に結合するように設計することにより、ゲノム上の特定の遺伝子を標的化した融合タンパク質を調製することができる。上記融合タンパク質のヌクレアーゼドメインは、目的に応じて、他の修飾酵素ドメインに置換することができる。他の修飾酵素ドメインとしては、例えば、デアミナーゼドメインが挙げられる。従って、本発明におけるゲノムの「編集」には、ヌクレアーゼによる切断を介したゲノムの改変のみならず、脱アミノ化などのその他のゲノムの修飾を介したゲノムの改変も含まれる。
【0037】
また、ヌクレアーゼとガイドRNAとの複合体としては、CRISPR-Cas9(米国特許8697359号、国際公開2013/176772号)、CRISPR-Cpf1(Zetsche B. et al., Cell, 163(3):759-71,(2015))などが挙げられる。Cas9タンパク質としては、SaCas9やSpCas9など種々の由来のものが公知であり(例えば、米国特許8697359号、米国特許8865406号、国際公開2013/176772号など)、それらを利用することができる。Cpf1タンパク質についても、LbCpf1、AsCpf1、FnCpf1など種々のものが公知であり、例えば、文献(Zetsche,B. et al. Cell 163(3),759-71(2015)、Endo et al. Sci. Rep. 6,38169(2016))に記載されたものを利用することができる。また、Cas9やCpf1などのヌクレアーゼに、デアミナーゼドメインなど他の修飾酵素ドメインを融合したものを用いてもよい。この場合、Cas9やCpf1のヌクレアーゼ活性は、変異の導入などにより、部分的あるいは完全に消失させてもよい。
【0038】
ガイドRNAは、ゲノム編集酵素と相互作用する塩基配列(タンパク質結合セグメント)を含むことによって、ゲノム編集酵素と複合体を形成する(すなわち、非共有結合性相互作用によって結合する)。また、ガイドRNAは、標的DNA領域の塩基配列に対して相補的な塩基配列(DNA標的化セグメント)を含むことによって、標的特異性を複合体に与える。このように、ゲノム編集酵素は、それ自体がガイドRNAのタンパク質結合セグメントと結合することによって標的DNA領域に誘導され、そして、その活性によって標的DNAを切断することができる。従って、上記ガイドRNAの塩基配列を、ゲノム上の特定の遺伝子における標的DNA領域に相補的な塩基配列として設計することにより、ゲノム上の特定の遺伝子を標的化したCRISPR-Cas系を調製することができる。
【0039】
複数のDNA領域を標的とするために、また、同一DNA領域において複数箇所を標的とするために、複数種のガイドRNAを用いることができる。nCas9タンパク質を利用する場合には、例えば、標的DNA領域の二本鎖における各鎖に対して、それぞれ一箇所(合計2箇所)を標的とした、複数種のガイドRNAを用いることができる。
【0040】
「植物の再分化を誘導または促進するタンパク質」としては、選抜マーカーとなり得るものであれば特に制限はない。ここで「植物の再分化を誘導するタンパク質」とは、通常、植物が再分化しない条件下(例えば、植物ホルモンを含まない培地での培養)でも、植物の再分化を誘導することができるタンパク質を意味し、「植物の再分化を促進するタンパク質」とは、通常、植物が再分化しうる条件下(植物が低効率で再分化する条件を含む)において、当該タンパク質を発現させない場合と比較して、植物の再分化を促進することができるタンパク質を意味する。
【0041】
このようなタンパク質としては、例えば、植物ホルモンの生合成に関わるタンパク質、それらの発現を制御する転写因子、植物の再分化に直接寄与するタンパク質などが挙げらる。具体的には、例えば、ipt(isopentenyl transferase/非特許文献5、6)、bbm(Baby Boom/非特許文献7~9)、ESR1(Enhancer of Shoot Regeneration1/非特許文献10)、ESR2(Enhancer of Shoot Regeneration2/非特許文献11)、WUS(WUSCHEL/Zuo et al. Plant J. 30:349-359 (2002))、STM(Shootmeristemless MERISTEMLESS/Endrizzi et al. Plant J. 10: 967-979. (1996))、Auxin生合成酵素 であるiaaM(tryptophan monooxygenease)やiaaH(indoleacetamide hydrolase)(Sitbon et al. Plant Physiol 99:1062-1069 (1992))、Class 1 KNOX (knotted-like) homeobox(Hake et al. Annu Rev Cell Dev Biol 20:125-151 (2004))、PLT1(Plethora1/Aida et al. Cell 119:109-120 (2004))、PLT2(Plethora1/Plethora1/Aida et al. Cell 119:109-120 (2004))、MPΔ(MONOPTEROS/AUXIN RESPONSE FACTOR5/MP/ARF5 irrepressible variant/Krogan, Berleth. Plant Signal. Behav. 7:940-943 (2012))、LEC1(Leafy Cotyledon1/Lotan et al. Cell 93:1195-1205 (1998))、LEC2(Leafy Cotyledon2/Stone et al. Proc Natl Acad Sci USA 98:11806-11811 (2001))、WUS(Wuschel/Mayer, K. F. et al. Cell 95:805-815 (1998))などが挙げられる。これ以外にも、いくつかのタンパク質が知られている(非特許文献10)。
【0042】
上記のゲノム編集酵素および植物の再分化を誘導または促進するタンパク質は、目的の機能または活性を有する限り、公知のタンパク質のホモログ(相同体)、アナログ(類似体)、または変異体であってもよい。これらホモログは、対象となるタンパク質のアミノ酸配列に対して、1~複数個のアミノ酸が欠失、置換、付加若しくは挿入されたアミノ酸配列を有しうる。ここで「複数個」とは、1~50個、好ましくは1~30個、さらに好ましくは1~10個である。また、対象となるタンパク質のアミノ酸配列と80%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上、最も好ましくは99%以上の配列同一性を有しうる。アミノ酸配列の比較は公知の手法によって行うことができ、例えば、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool at the National Center for Biological Information(米国国立生物学情報センターの基本ローカルアラインメント検索ツール))などを、例えば、デフォルトの設定で用いて実施できる。
【0043】
ゲノム編集酵素をコードする遺伝子および植物の再分化を誘導または促進するタンパク質をコードする遺伝子を発現する構築物においては、通常、これら外来遺伝子は植物で発現可能な適当なプロモーターの下流に結合させている。プロモーターとしては、例えば、CaMV 35Sプロモーター、イネアクチンプロモーター、ユビキチンプロモーターなどの公知のプロモーターを使用することができる。また、これら遺伝子の下流には、通常、ターミネーターが結合される。
【0044】
構築物を植物細胞へ導入する方法としては、例えば、アグロバクテリウム法、摩擦接種法、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法などの公知の方法を利用することができる。アグロバクテリウム法を利用する場合には、構築物としては、例えば、アグロバクテリウム・ツメファシエンスのTiプラスミド、アグロバクテリウム・リゾゲネスのRiプラスミド、および、それらに由来するベクター(例えば、バイナリーベクター)を利用することができる。
【0045】
植物細胞としては、特に制限はなく野菜、果実、園芸作物など様々な植物の細胞が含まれる。植物としては、ナス科植物(例えば、ジャガイモ、ナス、ピーマン、トマト、トウガラシ、ペチュニア、タバコ)、イネ科植物(イネ、オオムギ、ライムギ、ヒエ、モロコシ、トウモロコシ)、アブラナ科植物(例えば、ダイコン、アブラナ、キャベツ、シロイヌナズナ、ワサビ、ナズナ)、バラ科植物(例えば、ウメ、モモ、リンゴ、ナシ、オランダイチゴ、バラ)、マメ科植物(例えば、ダイズ、アズキ、インゲンマメ、エンドウ、ソラマメ、ラッカセイ、クローバ、ウマゴヤシ)、ウリ科植物(例えば、ヘチマ、カボチャ、キュウリ、スイカ、メロン、ズッキーニ)、シソ科(例えば、ラベンダー、ハッカ、シソ)、ユリ科植物(例えば、ネギ、ニンニク、ユリ、チューリップ)、アカザ科植物(例えば、ホウレンソウ)、セリ科植物(例えば、シシウド、ニンジン、ミツバ、セロリ)、キク科植物(例えば、キク、レタス、アーティチョーク)、ラン科植物(例えば、コチョウラン、カトレア)、ヒルガオ科植物(例えば、サツマイモ)、サトイモ科植物(例えば、サトイモ、タロイモ、コンニャク)、ミカン科植物(例えば、ウンシュウミカン、ユズ、ハッサク)、モクセイ科植物(例えば、オリーブ、モクセイ、ジャスミン、ライラック)などが挙げられるが、これらに制限されない。
【0046】
また、栄養繁殖性栽培品種を持つ植物としての観点からは、例えば、ジャガイモ、サツマイモ、サトイモ、柑橘などの木本性果樹、イチゴなどが挙げられるが、これらに制限されない。
【0047】
本発明においては、次いで、工程(a)で得られた植物細胞を培養し、再分化した個体を選抜する(工程(b))。
【0048】
一般に、植物を再分化する際は、基本培地に、サイトカイニンやオーキシンなどの植物ホルモンを、植物種、品種、組織などに応じた最適の濃度で添加し使用する。その一方で、植物種、品種、組織などによっては再分化を起こすことができない場合も存在する。本発明においては、植物の再分化を誘導または促進するタンパク質をコードする遺伝子を利用することで、通常、植物が再分化しない条件で培養して再分化個体を選抜することや、通常、植物が再分化しにくい(例えば、再分化効率が悪い)条件で培養して、再分化個体を選抜することができる。
【0049】
「植物が再分化しない条件」は、植物種、品種、組織・細胞などにより変動しうる。植物が再分化しない培養条件としては、例えば、植物ホルモンを含まないMS培地、B5培地、Kano培地などの基本培地での培養などが挙げられ、多くの植物種で再分化しない組織・細胞としては、単離したプロトプラストなどが挙げられる。
【0050】
「植物が再分化しにくい(例えば、再分化効率が悪い)条件」は、植物種、品種、組織・細胞などにより変動しうる。例えば、ジャガイモでは、メークインは比較的再分化能が高く形質転換効率が高く、トヨシロは再分化能が低く形質転換能が低いことが知られている(Ishige et al. Plant Sci. 73:167-174 (1991))。従って、植物が再分化しにくい組織・細胞としては、例えば、ジャガイモのトヨシロの組織・細胞などが挙げられる。
【0051】
植物の再分化は、例えば、不定芽の形成、不定根の形成、不定胚の形成などを指標として評価することができる。
【0052】
個体の選抜条件も含めた植物の再分化の手法については、公知の方法、例えば、文献(形質転換プロトコール [植物編] 田部井豊編 2012 化学同人)に記載の方法を利用することができる。当業者であれば、これら文献などを参考に、植物種、品種、組織・細胞などに応じて、適切な条件を設定することが可能である。
【0053】
なお、他の態様として、ゲノム編集酵素と植物の再分化を誘導または促進するタンパク質とを植物細胞に導入したり、また、ゲノム編集酵素をコードするRNAと植物の再分化を誘導または促進するタンパク質をコードするRNAとを植物細胞に導入することも可能であるが、この場合、一過性の作用であるため、節間の短縮などの形態異常を指標としたネガティブ選抜が困難となると考えられる。
【0054】
本発明においては、次いで、工程(b)で選抜した個体から、ゲノム編集酵素をコードする遺伝子および植物の再分化を誘導または促進するタンパク質をコードする遺伝子がゲノムに組み込まれていない個体を選抜する(工程(c))。
【0055】
ゲノム編集酵素をコードする遺伝子および植物の再分化を誘導または促進するタンパク質をコードする遺伝子がゲノムに組み込まれているか否かは、例えば、これら外来遺伝子を増幅し得るプライマーを用いて、個体由来のゲノムDNAを鋳型に、DNAをポリメラーゼ連鎖反応(PCR)を行い、増幅産物の有無を指標として評価することができる。
【0056】
また、植物の再分化を誘導または促進するタンパク質をコードする遺伝子がゲノムに組み込まれて恒常的に発現している個体が形態異常を示す場合には、当該形態異常を指標として、簡便かつ効率的に、これら外来遺伝子のゲノムへの組み込みを評価することができる。ここで「形態異常」としては、植物の再分化を誘導または促進するタンパク質の種類に応じて変動しうるが、例えば、節間の短縮、多芽体の形成、カルスの形成などが挙げられる。本発明においては、こうした評価の結果、外来遺伝子が組み込まれていない個体を選抜する。
【0057】
なお、選抜した個体において、ゲノムが部位特異的に編集されているか否かは、公知の方法で確認することが可能である。例えば、ゲノム編集酵素の標的配列を含むDNA領域ををポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により増幅して、増幅産物の塩基配列を決定し、ゲノム編集されていない個体の配列と比較することにより、直接的に、部位特異的なゲノムの編集を確認することができる。また、当該増幅産物を電気泳動し、その移動度を分析する方法(例えば、ヘテロ二本鎖移動度分析法)などにより、間接的に、部位特異的なゲノムの編集を確認することもできる。
【0058】
本発明は、また、こうして生産されたゲノム編集植物を提供する。上記の通り、本発明はゲノム編集酵素を利用していることから、変異原処理した植物から選抜する従来法と異なり、部位特異的にゲノムが編集された植物を得ることができる。また、全ての対立遺伝子のゲノムを編集することも可能である。さらに、ゲノム編集酵素をコードする遺伝子などの外来遺伝子をゲノムに組み込むことなく植物のゲノム編集を行うことができ、従来法のように、交配によりゲノムに導入された外来遺伝子を除去する必要はない。従って、本発明のゲノム編集植物は、好ましくは、以下の(a)から(c)の特徴を有するゲノム編集植物である。
(a)ゲノム編集酵素によりゲノム上の特定の遺伝子に変異が導入されている
(b)ゲノム上に外来遺伝子が組み込まれていない
(c)ゲノム編集酵素によるゲノムの編集後に交配されていない
このようなゲノム編集植物は、品種維持などの観点から栄養繁殖を行う必要のある植物において、品種の同一性を維持しながらゲノム編集した個体が得られる点で有利である。このような観点から、本発明のゲノム編集植物は、栄養繁殖性栽培品種を持つ植物であることが好ましく、ジャガイモが特に好ましい。
【0059】
本発明のゲノム編集植物の好ましい態様は、ゲノム編集酵素によりステロイドグリコアルカロイド生合成酵素をコードする遺伝子に変異が導入されているものである。当該変異の導入により、個体におけるステロイドグリコアルカロイドの蓄積を減少させる(完全に無くすことも含む)ことができる。
【0060】
ステロイドグリコアルカロイド生合成酵素としては、特に制限はないが、例えば、SSR2遺伝子(特許文献1、非特許文献13)、PGA1遺伝子またはPGA2遺伝子(非特許文献14)、16DOX遺伝子(非特許文献15)、E遺伝子(PGA3遺伝子)(特許文献2)、Y遺伝子(PGA4遺伝子)(特許文献3)が挙げられる。また、ステロイドグリコアルカロイドとしては、例えば、ソラニンやチャコニンが挙げられる。
【0061】
なお、本明細書で引用した全ての文献は、そのまま参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例
【0062】
以下、本発明を、実施例を示してより詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0063】
(実施例1)ipt遺伝子を用いたゲノム編集個体の作出
(1)ipt遺伝子を含むベクター構築
Agrobacterium tumefaciens A281株のDNA(特許3905607号)を鋳型に、DDBJに登録されているipt遺伝子の配列(ACCESSION X17432)を基に合成したプライマーU1126:CACCGGTACCCGTTACAAGTATTGCACGTTTTGT(配列番号:1)、U1127:GGATCCATCGATTAAGTGATTATCGAACG(配列番号:2)を用いて、アニール温度55℃にてPCR(30サイクル、タカラバイオ社 PrimeStarを使用)を行い、遺伝子を増幅した。これをpENTR/D-TOPOベクター(サーモフィッシャー社)へクローニングして、遺伝子断片を取得した。
【0064】
バイナリーベクターpKT11(特開2001-161373号公報)を基本として、カリフラワーモザイクウイルスの35S RNAプロモーター(35SP)、シロイヌナズナ5'非翻訳配列(ADH5')、ジャガイモのSSR2遺伝子を標的とするプラチナTALENの2量体(2種のTAL-FokI)、シロイヌナズナHSP遺伝子ターミナーター(HSP-T)を順方向に、カナマイシン選抜マーカー遺伝子(Km耐性)とipt遺伝子断片を逆方向に、それぞれ両端に設定した制限酵素部位を利用して連結し、植物形質転換用ベクターpSuehiro108を作成した(図1)。なお、SSR2の標的配列としては、文献(Sawaiら, Plant Cell. 9, 3763-74 (2014))に記載の領域と同じ領域を利用した。プラチナTALENについては、文献(Sakuma et al., Scientific Reports 3, 3379 (2013))を基に作成した。同時にipt遺伝子を含まないベクターpSuehiro105を作成した(図1)。なお、pSuehiro105は、第35回日本植物細胞分子生物学会(さいたま)大会(要旨集p.118)にて発表済みである。
【0065】
(2)ipt遺伝子を用いたジャガイモ再分化植物体の作出
(1)で作製したベクターを凍結融解法により、アグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3101株に導入した。ベクターを含むアグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3110株を、50ppmのカナマイシンを含むYEB液体培地[5g/lビ-フエキス、1g/l酵母エキス、5g/lペプトン、5g/l蔗糖、2mM硫酸マグネシウム(pH7.2)]にて28℃、12時間振とう培養した。培養液1.5mlを10,000rpmで3分間遠心して集菌後、1.5mlの3%蔗糖を含むMS培地[Murashige & Skoog, Physiol. Plant., 15, 473-497 (1962)]に再懸濁し、感染用菌液とした。
【0066】
試験管内で培養したジャガイモ品種「サッシー」の節を含まない3-5mmに切断した茎をアグロバクテリウム感染用の材料とした。これを上記のアグロバクテリウムの菌液に浸した後、滅菌済みの濾紙上に置いて過剰のアグロバクテリウムを除去した。これをシャーレ内のMS培地(アセトシリンゴン100μM、および寒天0.8%を含む)上に置き、3日間培養した。培養は、25℃にて、16時間照明(光量子束密度32μE/m2s)/8時間無照明の条件下で行った。次いで、アセトシリンゴンの代わりにカルベニシリン250ppmを含んだ培地で2週間ごとに継代した。
【0067】
その結果、アグロバクテリウムで処理しない茎、およびipt遺伝子を含まないベクターpSuehiro105を保持するアグロバクテリウムを感染させた茎においては、不定芽が形成しなかった。一方、ipt遺伝子を含むpSuehiro108で形質転換した茎からは、不定芽が形成した。不定芽から伸張したシュートを同じ培地に刺し培養した。131個の発根した再分化した個体を得ることができた。
【0068】
(3)ipt遺伝子を用いた再分化個体における外来遺伝子のゲノムへの組み込みとゲノム編集の評価
再分化した個体からDNAを抽出した。得られた個体のゲノムに外来遺伝子が組み込まれているか否かは、外来遺伝子として用いたカナマイシン耐性遺伝子を指標に行った。具体的には、カナマイシン耐性遺伝子を特異的に増幅するプライマーTN5-1:CTCACCTTGCTCCTGCCGAGA(配列番号:3)およびTN5-2:CGCCTTGAGCCTGGCGAACAG(配列番号:4)を用い、アニール温度55℃にてPCR(30サイクル、タカラバイオ社 TakaraTaqを使用)を行うことで、個体のゲノムに組み込まれた当該遺伝子を検出した。
【0069】
また、得られた個体において、部位特異的にゲノムが編集されているか否かの評価には、ヘテロ二本鎖移動度分析(HMA:Heteroduplex Mobility Assay)を用いた。SSR2遺伝子の標的配列を挟んだプライマーU1131:TCACATCTTTGGATTGTTCTCTG(配列番号:5)およびU1017:TGGACCATAAATCATGCCTTC(配列番号:6)を用い、アニール温度55℃にてPCR(35サイクル、タカラバイオ社 TakaraTaqを使用)を行い、マイクロチップ電気泳動装置「MultiNA」(島津製作所)で解析を行った。
【0070】
その結果、サッシーから再分化した131個体のうち、ゲノムに外来遺伝子が組み込まれていないがゲノム編集が起きている個体(#127)を得ることができた(図2)。その他、ゲノムに外来遺伝子が組み込まれており、かつ、ゲノム編集が起きている個体が1個体(#166)、ゲノムに外来遺伝子が組み込まれているが、ゲノム編集が起きていない個体が7個体(そのうち図2には#41、#106、#124、#126を記載)得られた。ゲノムに外来遺伝子が組み込まれている個体は、節間が詰まり、多芽体のような形態異常(奇形症状)が確認でき、ネガティブ選抜マーカーとしてipt遺伝子が機能することが確認できた。#127個体のゲノムにおけるプラチナTALENの標的配列近傍の増幅断片DNAをTOPO(R) TA Cloning(R) Kit for Sequencing(サーモフィッシャー社)へクローニングし、遺伝子断片を取得した。大腸菌にクローニングした15の塩基配列を決定した。各配列は欠失を含むゲノム編集が起きていることを確認し無傷の配列は認められず完全な欠失が起きていることが確認できた(図3)。欠失は5、7、9、11塩基が確認でき、正常な配列は確認できなかった。フレームが合わなくなる5、7、11塩基は正常なSSR2タンパク質を発現できない。本領域は活性に重要な部位であるので9塩基の欠失も活性のあるSSR2タンパク質を生産できない。そのため正常なSSR2遺伝子配列を持たない#127はステロイドグリコアルカロイドの含量が極めて低くなる表現型を示すことがわかった。本方法を用いてステロイドグリコアルカロイドが極めて低くなり、かつ導入された遺伝子を含まないジャガイモが得られたことがわかった。
【0071】
同様の実験を繰り返し行ったところ、再分化した93個体から、ゲノムに外来遺伝子が組み込まれていないがゲノム編集が起きている個体(#292)を同定することができた。その他、ゲノムに外来遺伝子が組み込まれており、かつ、ゲノム編集が起きている4個体(#234、#247、#251、#290)が同定された。形質転換されておりゲノム編集が起きていない個体が28得られた。#292個体の増幅断片をSSR2遺伝子の標的配列を挟んだプライマーU1131:TCACATCTTTGGATTGTTCTCTG(配列番号:5)、及びU1017:TGGACCATAAATCATGCCTTC(配列番号:6)を用いてアニール温度55℃でPCR(35サイクル、タカラバイオ社 TakaraExTaqを使用)で増幅を行いpCR4 TOPO Vectorベクター(サーモフィッシャー社)へクローニングし、遺伝子断片を取得した。大腸菌にクローニングした15の塩基配列を決定した。4配列は欠失を含むゲノム編集が起きていたが11配列は無傷であった。このため不完全な欠失が起きていることが確認できた(図3)。
【0072】
同様にジャガイモ品種「さやか」と「メークイン」からも181個と117個の再分化した個体を得ることができた。さやかから再分化した個体のうち、ゲノムに外来遺伝子が組み込まれていないがゲノム編集が起きている個体(#91、112、117、164)を得ることができた。その他、ゲノムに外来遺伝子が組み込まれており、かつ、ゲノム編集が起きている個体が9個体、ゲノムに外来遺伝子が組み込まれているが、ゲノム編集が起きていない個体が4個体、得られた。ヘテロ二本鎖移動度分析で欠失が大きいと期待された#112個体と#117個体のゲノムにおけるプラチナTALENの標的配列近傍の増幅断片DNAをTOPO(R) TA Cloning(R) Kit for Sequencing(サーモフィッシャー社)へクローニングし、遺伝子断片を取得した。大腸菌にクローニングした15の塩基配列を決定した。各配列は欠失を含むゲノム編集が起きていることを確認し、無傷の配列は認められず、完全な欠失が起きていることが確認できた(図4)。メークインから再分化した個体についても同様に確認することで、形質転換されていないがゲノム編集が起きている個体を得ることができる。
【0073】
(実施例2)bbm遺伝子を用いたゲノム編集個体の作出
(1)bbm遺伝子を含むベクターの構築
シロイヌナズナ(エコタイプ コロンビア)の未熟種子から抽出した全RNAから合成されたcDNA(理化学研究所榊原圭子上級研究員より分与いただいた)を鋳型に、DDBJに登録されているbbm遺伝子の配列(ACCESSION NM_001343497)を基に合成したプライマーU1145:CACCTCTAGAATGAATCAAACCCAACGTTGG(配列番号:7)およびU1146:CTAAGTGTCGTTCCAAACTGAAAAC(配列番号:8)を用い、アニール温度55℃にてPCR(30サイクル、タカラバイオ社 PrimeStarを使用)を行い、遺伝子を増幅した。これをpENTR/D-TOPOベクター(サーモフィッシャー社)へクローニングして、遺伝子断片を取得した。バイナリーベクターpSuehiro105を基本として、カリフラワーモザイクウイルスの35S RNAプロモーター、シロイヌナズナ5’非翻訳配列、bbm遺伝子、シロイヌナズナHSP遺伝子ターミナーターを、それぞれ両端に設定した制限酵素部位を利用して連結し、植物形質転換用ベクターpSuehiro109を作成した(図1)。
【0074】
(2)bbm遺伝子を用いたジャガイモ再分化植物体の作出
(1)で作製したベクターを凍結融解法により、アグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3101株に導入した。ベクターを含むアグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3110株を、50ppmのカナマイシンを含むYEB液体培地[5g/lビ-フエキス、1g/l酵母エキス、5g/lペプトン、5g/l蔗糖、2mM硫酸マグネシウム(pH7.2)]にて28℃、12時間振とう培養した。培養液1.5mlを10,000rpmにて3分間遠心して集菌後、1.5mlの3%蔗糖を含むMS培地[Murashige & Skoog, Physiol. Plant., 15, 473-497 (1962)]に再懸濁し、感染用菌液とした。
【0075】
試験管内で培養したジャガイモ品種「サッシー」の節を含まない3-5mmに切断した茎をアグロバクテリウム感染用の材料とした。これを上記のアグロバクテリウムの菌液に浸した後、滅菌済みの濾紙上に置いて過剰のアグロバクテリウムを除去した。これをシャーレ内のMS培地(アセトシリンゴン100μM、および寒天0.8%を含む)上に置き、3日間培養した。培養は、25℃にて、16時間照明(光量子束密度32μE/m2s)/8時間無照明の条件下で行った。次いで、アセトシリンゴンの代わりにカルベニシリン250ppmを含んだ培地で2週間ごとに継代した。アグロバクテリウムで処理しない茎およびbbm遺伝子を含まないベクターを感染させた茎は、不定芽が形成しなかった。一方、bbm遺伝子を含むpSuehiro109で形質転換をした茎からは不定芽が形成した。不定芽から伸張した126のシュートを同じ培地に刺し培養した。同様にジャガイモ品種「さやか」からも198個の再分化した個体を得ることができた。不定芽から伸張した89のシュートを同じ培地に刺し培養した。同様に、ジャガイモ品種「さやか」と「メークイン」からも194個と134個の再分化した個体を得ることができた。
【0076】
(3)bbm遺伝子を用いた再分化個体における外来遺伝子のゲノムへの組み込みとゲノム編集の評価
再分化した個体からDNAを抽出した。得られた個体のゲノムに外来遺伝子が組み込まれているか否かは、外来遺伝子として用いたカナマイシン耐性遺伝子を指標に行った。具体的には、カナマイシン耐性遺伝子を特異的に増幅するプライマーTN5-1:CTCACCTTGCTCCTGCCGAGA(配列番号:3)およびTN5-2:CGCCTTGAGCCTGGCGAACAG(配列番号:4)を用い、アニール温度55℃にてPCR(30サイクル、タカラバイオ社 TakaraTaqを使用)を行うことで、個体のゲノムに組み込まれた当該遺伝子を検出した。
【0077】
また、得られた個体において、部位特異的にゲノムが編集されているか否かの評価には、ヘテロ二本鎖移動度分析(HMA:Heteroduplex Mobility Assay)を用いた。SSR2遺伝子の標的配列を挟んだプライマーU1131:TCACATCTTTGGATTGTTCTCTG(配列番号:5)およびU1017:TGGACCATAAATCATGCCTTC(配列番号:6)を用い、アニール温度55℃にてPCR(35サイクル、タカラバイオ社 TakaraTaqを使用)を行い、マイクロチップ電気泳動装置「MultiNA」(島津製作所)で解析を行った。その結果、サッシーから再分化し供試した95個体のうち、形質転換されていないがゲノム編集が起きている個体(#210)を得ることができた(図3)。他に形質転換されておりゲノム編集が起きている個体は得られなかった。形質転換されおりゲノム編集が起きていない6個体が得られた。#210個体の増幅断片をSSR2遺伝子の標的配列を挟んだプライマーU1131:TCACATCTTTGGATTGTTCTCTG(配列番号:5)、及びU1017:TGGACCATAAATCATGCCTTC(配列番号:6)を用いてアニール温度55℃でPCR(35サイクル、タカラバイオ社 TakaraExTaqを使用)で増幅を行いpCR4 TOPO Vectorベクター(サーモフィッシャー社)へクローニングし、遺伝子断片を取得した。大腸菌にクローニングした13の塩基配列を決定した。3配列は欠失を含むゲノム編集が起きていたが10配列は無傷であった。このため不完全な欠失が起きていることが確認できた(図3)。さやかとメークインから再分化した個体についても同様に確認することで、形質転換されていないがゲノム編集が起きている個体を得ることができる。
【0078】
(実施例3)ESR2遺伝子を用いたゲノム編集個体の作出
(1)再分化促進と形質転換体のネガティブ選抜マーカー遺伝子であるESR2遺伝子を含むベクター構築
シロイヌナズナ(エコタイプ コロンビア)の植物体から抽出した全ゲノムに対して、ESR2遺伝子にはイントロンがないことから、DDBJに登録されている配列(ACCESSION NM_102301)を基に合成したプライマーU1157:CACCTCTAGAATGGAAGAAGCAATCATGAGACT(配列番号:9)、U1158:CTAATAATCATCATGAAAGCAATACTGA(配列番号:10)を用いてアニール温度55℃でPCR(30サイクル、タカラバイオ社 PrimeStarを使用)によって遺伝子を増幅した。これをpENTR/D-TOPOベクター(サーモフィッシャー社)へクローニングし、遺伝子断片を取得した。両端に設定した制限酵素を用いてバイナリーベクターpSuehiro105を基本として、カリフラワーモザイクウイルスの35S RNAプロモーター、シロイヌナズナ5’非翻訳配列、当該遺伝子、シロイヌナズナHSP遺伝子ターミナーターを連結し、植物形質転換用ベクターpSuehiro112を作成した(図1)。
【0079】
(2)ESR2遺伝子を用いたジャガイモ再分化植物体の作出
(1)で作製したベクターを凍結融解法により、アグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3101株に導入した。ベクターを含むアグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3110株を、50ppmのカナマイシンを含むYEB液体培地[5g/lビ-フエキス、1g/l酵母エキス、5g/lペプトン、5g/l蔗糖、2mM硫酸マグネシウム(pH7.2)]にて28℃、12時間振とう培養した。培養液1.5mlを10,000rpm、3分間遠心して集菌後、1.5mlの3%蔗糖を含むMS培地[Murashige & Skoog, Physiol. Plant., 15, 473-497 (1962)]に再懸濁し、感染用菌液とした。
【0080】
試験管内で培養したジャガイモ品種「サッシー」の節を含まない3-5mmに切断した茎をアグロバクテリウム感染用の材料とした。これを上記のアグロバクテリウムの菌液に浸した後、滅菌済みの濾紙上に置いて過剰のアグロバクテリウムを除いた。シャーレ内のMS培地(アセトシリンゴン100μM、及び寒天0.8%を含む)上に置き、培養は3日間25℃、16時間照明(光量子束密度32μE/m2s)/8時間無照明の条件下で行った。ついで、アセトシリンゴンの代わりにカルベニシリン250ppmを含んだ培地で2週間ごとに継代した。アグロバクテリウムで処理しない茎、ESR2遺伝子を含まないベクターを感染させた茎は、不定芽が形成しなかった。一方、ESR2遺伝子を含むpSuehiro112で形質転換をした茎からは不定芽を形成した。不定芽から伸張したシュートを同じ培地に刺し培養した。88個の発根した再分化した個体を得ることができた。
【0081】
(3)ESR2遺伝子を用いた再分化個体の形質転換体とゲノム編集評価
再分化した個体からDNAを抽出した。各形質転換体の評価は外来遺伝子としてカナマイシン耐性遺伝子を含有する個体を、カナマイシン耐性遺伝子の配列を特異的に増幅するプライマーTN5-1:CTCACCTTGCTCCTGCCGAGA(配列番号:3)、及びTN5-2:CGCCTTGAGCCTGGCGAACAG(配列番号:4)を用いてアニール温度55℃でPCR(30サイクル、タカラバイオ社 TakaraTaqを使用)を行うことで検出し、該再分化植物体が形質転換植物体か否かを確認できる。ゲノム編集個体の評価はヘテロ二本鎖移動度分析(HMA:Heteroduplex Mobility Assay)を用いた。SSR2遺伝子の標的配列を挟んだプライマーU1131:TCACATCTTTGGATTGTTCTCTG(配列番号:5)、及びU1017:TGGACCATAAATCATGCCTTC(配列番号:6)を用いてアニール温度55℃でPCR(35サイクル、タカラバイオ社 TakaraTaqを使用)を行いマイクロチップ電気泳動装置 MultiNA(島津製作所)で解析を行った。再分化し供試した個体を確認することで、形質転換されていないがゲノム編集が起きている個体を得ることができる。また、品種の形質が維持され、同時に全アレルに変異が起き、かつ他の遺伝子に変異が入らず、かつステロイドグリコアルカロイドを極めて低下したジャガイモを得ることができる。
【0082】
(実施例4)LEC2遺伝子を用いたゲノム編集個体の作出
(1)再分化促進と形質転換体のネガティブ選抜マーカー遺伝子であるLEC2遺伝子を含むベクター構築
シロイヌナズナ(エコタイプ コロンビア)の未熟種子から抽出した全RNAから合成されたcDNAに対し、DDBJに登録されている配列(ACCESSION NM_102595)を基に合成したプライマーU1155:CCACTCTAGAATGGATAACTTCTTACCCTTTCCCT(配列番号:11)、U1156:TCACCACCACTCAAAGTCGTTAAA(配列番号:12)を用いてアニール温度55℃でPCR(30サイクル、タカラバイオ社 PrimeStarを使用)によって遺伝子を増幅した。これをpENTR/D-TOPOベクター(サーモフィッシャー社)へクローニングし、遺伝子断片を取得した。バイナリーベクターpSuehiro105を基本として、カリフラワーモザイクウイルスの35S RNAプロモーター、シロイヌナズナ5’非翻訳配列、当該遺伝子、シロイヌナズナHSP遺伝子ターミナーターを、それぞれ両端に設定した制限酵素部位を利用して連結し、植物形質転換用ベクターpSuehiro111を作成した(図1)。
【0083】
(2)LEC2遺伝子を用いたジャガイモ再分化植物体の作出
(1)で作製したベクターを凍結融解法により、アグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3101株に導入した。ベクターを含むアグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3110株を、50ppmのカナマイシンを含むYEB液体培地[5g/lビ-フエキス、1g/l酵母エキス、5g/lペプトン、5g/l蔗糖、2mM硫酸マグネシウム(pH7.2)]にて28℃、12時間振とう培養した。培養液1.5mlを10,000rpm、3分間遠心して集菌後、1.5mlの3%蔗糖を含むMS培地[Murashige & Skoog, Physiol. Plant., 15, 473-497 (1962)]に再懸濁し、感染用菌液とした。
【0084】
試験管内で培養したジャガイモ品種「サッシー」の節を含まない3-5mmに切断した茎をアグロバクテリウム感染用の材料とした。これを上記のアグロバクテリウムの菌液に浸した後、滅菌済みの濾紙上に置いて過剰のアグロバクテリウムを除いた。シャーレ内のMS培地(アセトシリンゴン100μM、及び寒天0.8%を含む)上に置き、培養は3日間25℃、16時間照明(光量子束密度32μE/m2s)/8時間無照明の条件下で行った。ついで、アセトシリンゴンの代わりにカルベニシリン250ppmを含んだ培地で2週間ごとに継代した。アグロバクテリウムで処理しない茎、LEC2遺伝子を含まないベクターを感染させた茎は、不定芽が形成しなかった。一方、LEC2遺伝子を含むpSuehiro111で形質転換をした茎からは不定芽を形成した。不定芽から伸張したシュートを同じ培地に刺し培養した。91個の発根した再分化した個体を得ることができた。
【0085】
(3)LEC2遺伝子を用いた再分化個体の形質転換体とゲノム編集評価
再分化した個体からDNAを抽出した。各形質転換体の評価は外来遺伝子としてカナマイシン耐性遺伝子を含有する個体を、カナマイシン耐性遺伝子の配列を特異的に増幅するプライマーTN5-1:CTCACCTTGCTCCTGCCGAGA(配列番号:3)、及びTN5-2:CGCCTTGAGCCTGGCGAACAG(配列番号:4)を用いてアニール温度55℃でPCR(30サイクル、タカラバイオ社 TakaraTaqを使用)を行うことで検出し、該再分化植物体が形質転換植物体か否かを確認できる。ゲノム編集個体の評価はヘテロ二本鎖移動度分析(HMA:Heteroduplex Mobility Assay)を用いた。SSR2遺伝子の標的配列を挟んだプライマーU1131:TCACATCTTTGGATTGTTCTCTG(配列番号:5)、及びU1017:TGGACCATAAATCATGCCTTC(配列番号:6)を用いてアニール温度55℃でPCR(35サイクル、タカラバイオ社 TakaraTaqを使用)を行いマイクロチップ電気泳動装置 MultiNA(島津製作所)で解析を行うことができる。再分化し供試した個体を確認することで、形質転換されていないがゲノム編集が起きている個体を得ることができる。また、品種の形質が維持され、同時に全アレルに変異が起き、かつ他の遺伝子に変異が入らず、かつステロイドグリコアルカロイドを極めて低下したジャガイモを得ることができる。
【0086】
(実施例5)ESR1遺伝子を用いたゲノム編集個体の作出
(1)再分化促進と形質転換体のネガティブ選抜マーカー遺伝子であるESR1遺伝子を含むベクター構築
シロイヌナズナ(エコタイプ コロンビア)の植物体から抽出した全ゲノムに対して、ESR1遺伝子にはイントロンがないことから、DDBJに登録されている配列(ACCESSION NM_101169)を基に合成したプライマーU1163:CACCTCTAGAATGGAAAAAGCCTTGAGAAACTT(配列番号:13)、U1164:CTATCCCCACGATCTTCGG(配列番号:14)を用いてアニール温度55℃でPCR(30サイクル、タカラバイオ社 PrimeStarを使用)によって遺伝子を増幅した。これをpENTR/D-TOPOベクター(サーモフィッシャー社)へクローニングし、遺伝子断片を取得した。バイナリーベクターpSuehiro105を基本として、カリフラワーモザイクウイルスの35S RNAプロモーター、シロイヌナズナ5’非翻訳配列、当該遺伝子、シロイヌナズナHSP遺伝子ターミナーターを、それぞれ両端に設定した制限酵素部位を利用して連結し、植物形質転換用ベクターpSuehiro114を作成した(図1)。
【0087】
(2)ESR1遺伝子を用いたジャガイモ再分化植物体の作出
(1)で作製したベクターを凍結融解法により、アグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3101株に導入した。ベクターを含むアグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3110株を、50ppmのカナマイシンを含むYEB液体培地[5g/lビ-フエキス、1g/l酵母エキス、5g/lペプトン、5g/l蔗糖、2mM硫酸マグネシウム(pH7.2)]にて28℃、12時間振とう培養した。培養液1.5mlを10,000rpm、3分間遠心して集菌後、1.5mlの3%蔗糖を含むMS培地[Murashige & Skoog, Physiol. Plant., 15, 473-497 (1962)]に再懸濁し、感染用菌液とした。
【0088】
試験管内で培養したジャガイモ品種「サッシー」の節を含まない3-5mmに切断した茎をアグロバクテリウム感染用の材料とした。これを上記のアグロバクテリウムの菌液に浸した後、滅菌済みの濾紙上に置いて過剰のアグロバクテリウムを除いた。シャーレ内のMS培地(アセトシリンゴン100μM、及び寒天0.8%を含む)上に置き、培養は3日間25℃、16時間照明(光量子束密度32μE/m2s)/8時間無照明の条件下で行った。ついで、アセトシリンゴンの代わりにカルベニシリン250ppmを含んだ培地で2週間ごとに継代した。アグロバクテリウムで処理しない茎、ESR1遺伝子を含まないベクターを感染させた茎は、不定芽が形成しなかった。一方、ESR1遺伝子を含むpSuehiro114で形質転換をした茎からは不定芽を形成した。不定芽から伸張したシュートを同じ培地に刺し培養した。79個の発根した再分化した個体を得ることができた。同様に、ジャガイモ品種「メークイン」からも99個の再分化した個体を得ることができた。
【0089】
(3)ESR1遺伝子を用いた再分化個体の形質転換体とゲノム編集評価
再分化した個体からDNAを抽出した。得られた個体のゲノムに外来遺伝子が組み込まれているか否かは、外来遺伝子として用いたカナマイシン耐性遺伝子を指標に行った。具体的には、カナマイシン耐性遺伝子を特異的に増幅するプライマーTN5-1:CTCACCTTGCTCCTGCCGAGA(配列番号:3)およびTN5-2:CGCCTTGAGCCTGGCGAACAG(配列番号:4)を用い、アニール温度55℃にてPCR(30サイクル、タカラバイオ社 TakaraTaqを使用)を行うことで、個体のゲノムに組み込まれた当該遺伝子を検出した。
【0090】
また、得られた個体において、部位特異的にゲノムが編集されているか否かの評価には、ヘテロ二本鎖移動度分析(HMA:Heteroduplex Mobility Assay)を用いた。SSR2遺伝子の標的配列を挟んだプライマーU1131:TCACATCTTTGGATTGTTCTCTG(配列番号:5)およびU1017:TGGACCATAAATCATGCCTTC(配列番号:6)を用い、アニール温度55℃にてPCR(35サイクル、タカラバイオ社 TakaraTaqを使用)を行い、マイクロチップ電気泳動装置「MultiNA」(島津製作所)で解析を行った。その結果、再分化し供試した79個体のうち、形質転換されていないがゲノム編集が起きている個体(#106)を得ることができた(図3)。他に形質転換されておりゲノム編集が起きている5個体(#4、#5、#19、#23、#52)が得られた。形質転換されおりゲノム編集が起きていない6個体が得られた。#106個体の増幅断片をSSR2遺伝子の標的配列を挟んだプライマーU1131:TCACATCTTTGGATTGTTCTCTG(配列番号:5)、及びU1017:TGGACCATAAATCATGCCTTC(配列番号:6)を用いてアニール温度55℃でPCR(35サイクル、タカラバイオ社 TakaraExTaqを使用)で増幅を行いpCR4 TOPO Vectorベクター(サーモフィッシャー社)へクローニングし、遺伝子断片を取得した。大腸菌にクローニングした16の塩基配列を決定した。5配列は欠失を含むゲノム編集が起きていたが11配列は無傷であった。このため不完全な欠失が起きていることが確認できた(図3)。
【0091】
メークインから再分化した個体のうち、ゲノムに外来遺伝子が組み込まれていないがゲノム編集が起きている個体(#15)を得ることができた。#15個体のゲノムにおけるプラチナTALENの標的配列近傍の増幅断片DNAをTOPO(R) TA Cloning(R) Kit for Sequencing(サーモフィッシャー社)へクローニングし、遺伝子断片を取得した。大腸菌にクローニングした13の塩基配列を決定した。各配列は欠失を含むゲノム編集が起きていることを確認し無傷の配列は認められず完全な欠失が起きていることが確認できた(図5)。
【0092】
(実施例6)WUS遺伝子を用いたゲノム編集個体の作出
(1)再分化促進と形質転換体のネガティブ選抜マーカー遺伝子であるWUS遺伝子を含むベクター構築
シロイヌナズナ(エコタイプ コロンビア)の花茎から抽出した全RNAから合成されたcDNAに対し、DDBJに登録されているWUS遺伝子の配列(ACCESSION NM_127349)を基に合成したプライマーU1187:CACCACTAGTATGGAGCCGCCACAGCATCA(配列番号:15)、U1188:AGATCTAGTTCAGACGTAGCTCAAGAGAAG(配列番号:16)を用いてアニール温度55℃でPCR(30サイクル、タカラバイオ社 PrimeStarを使用)によって遺伝子を増幅した。これをpENTR/D-TOPOベクター(サーモフィッシャー社)へクローニングし、遺伝子断片を取得した。バイナリーベクターpSuehiro105を基本として、カリフラワーモザイクウイルスの35S RNAプロモーター、シロイヌナズナ5’非翻訳配列、当該遺伝子、カリフラワーモザイクウイルスの35S RNAターミナーターを、それぞれ両端に設定した制限酵素部位を利用して連結し、植物形質転換用ベクターpSuehiro119を作成した(図1)。
【0093】
(2)WUS遺伝子を用いたジャガイモ再分化植物体の作出
(1)で作製したベクターを凍結融解法により、アグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3101株に導入した。ベクターを含むアグロバクテリウム・ツメファシエンスGV3110株を、50ppmのカナマイシンを含むYEB液体培地[5g/lビ-フエキス、1g/l酵母エキス、5g/lペプトン、5g/l蔗糖、2mM硫酸マグネシウム(pH7.2)]にて28℃、12時間振とう培養した。培養液1.5mlを10,000rpm、3分間遠心して集菌後、1.5mlの3%蔗糖を含むMS培地[Murashige & Skoog, Physiol. Plant., 15, 473-497 (1962)]に再懸濁し、感染用菌液とした。
【0094】
試験管内で培養したジャガイモ品種「さやか」の節を含まない3-5mmに切断した茎)をアグロバクテリウム感染用の材料とした。これを上記のアグロバクテリウムの菌液に浸した後、滅菌済みの濾紙上に置いて過剰のアグロバクテリウムを除いた。シャーレ内のMS培地(アセトシリンゴン100μM、及び寒天0.8%を含む)上に置き、培養は3日間25℃、16時間照明(光量子束密度32μE/m2s)/8時間無照明の条件下で行った。ついで、アセトシリンゴンの代わりにカルベニシリン250ppmを含んだ培地で2週間ごとに継代した。アグロバクテリウムで処理しない茎、2WUS 遺伝子を含まないベクターを感染させた茎は、不定芽が形成しなかった。一方、WUS遺伝子を含むpSuehiro119で形質転換をした茎からは不定芽を形成した。不定芽から伸張したシュートを同じ培地に刺し培養した。57個の発根した再分化した個体を得ることができた。
【0095】
(3)WUS遺伝子を用いた再分化個体の形質転換体とゲノム編集評価
再分化した個体からDNAを抽出した。各形質転換体の評価は外来遺伝子としてカナマイシン耐性遺伝子を含有する個体を、カナマイシン耐性遺伝子の配列を特異的に増幅するプライマーTN5-1:CTCACCTTGCTCCTGCCGAGA(配列番号:3)、及びTN5-2:CGCCTTGAGCCTGGCGAACAG(配列番号:4)を用いてアニール温度55℃でPCR(30サイクル、タカラバイオ社 TakaraTaqを使用)を行うことで検出し、該再分化植物体が形質転換植物体か否かを確認できる。ゲノム編集個体の評価はヘテロ二本鎖移動度分析(HMA:Heteroduplex Mobility Assay)を用いた。SSR2遺伝子の標的配列を挟んだプライマーU1131:TCACATCTTTGGATTGTTCTCTG(配列番号:5)、及びU1017:TGGACCATAAATCATGCCTTC(配列番号:6)を用いてアニール温度55℃でPCR(35サイクル、タカラバイオ社 TakaraTaqを使用)を行いマイクロチップ電気泳動装置 MultiNA(島津製作所)で解析を行うことができる。再分化し供試した個体を確認することで、形質転換されていないがゲノム編集が起きている個体を得ることができる。また、品種の形質が維持され、同時に全アレルに変異が起き、かつ他の遺伝子に変異が入らず、かつステロイドグリコアルカロイドを極めて低下したジャガイモを得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0096】
本発明によれば、ゲノム編集酵素をコードする遺伝子などの外来遺伝子をゲノムに組み込むことなく植物のゲノム編集を行うことが可能となる。本発明は、広く農業分野での応用が可能であるが、特に、品種維持などの観点から栄養繁殖を行う必要のある植物栽培品種のゲノム編集に有用である。
【配列表フリーテキスト】
【0097】
配列番号:1~16
<223> 人工的に合成されたプライマー配列
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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