(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-19
(45)【発行日】2023-05-29
(54)【発明の名称】金属溶湯ポット及びその断熱保護材のコーティング方法
(51)【国際特許分類】
B22D 17/28 20060101AFI20230522BHJP
B22D 17/02 20060101ALI20230522BHJP
B22D 17/30 20060101ALI20230522BHJP
B22D 41/02 20060101ALI20230522BHJP
B22D 45/00 20060101ALI20230522BHJP
【FI】
B22D17/28
B22D17/02 A
B22D17/30 B
B22D17/02 C
B22D41/02 B
B22D45/00 B
(21)【出願番号】P 2019086999
(22)【出願日】2019-04-29
【審査請求日】2022-03-25
(73)【特許権者】
【識別番号】591117413
【氏名又は名称】株式会社菊池製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100180080
【氏名又は名称】坂本 幸男
(72)【発明者】
【氏名】土田 浩嗣
(72)【発明者】
【氏名】進藤 雅博
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 健一
(72)【発明者】
【氏名】山田 武宏
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 拓宏
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特許第4076309(JP,B2)
【文献】特公昭55-000473(JP,B2)
【文献】特開昭61-063347(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22D 17/00-17/32
B22D 41/02
B22D 45/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属溶湯を溜めるためのポットであって、
鉄母材からなる槽状体と、前記槽状体の内壁面に接した断熱保護材とを備え、
前記断熱保護材が、ガラス及び/又はセラミックの繊維材をフェルト化したシート状の繊維質断熱材にキャスター材を含浸したものであり、
前記断熱保護材が、その厚み方向において、前記繊維材を主材とする繊維質部と、前記繊維材に前記キャスター材が含浸した含浸部とを有し、前記含浸部側の面部が前記鉄母材に接している
、ポット。
【請求項2】
金属溶湯を溜めるためのポットであって、
鉄母材からなる槽状体と、前記槽状体の内壁面に接した断熱保護材とを備え、
前記断熱保護材が、ガラス及び/又はセラミックの繊維材をフェルト化したシート状の繊維質断熱材にキャスター材を含浸したものであり、
前記断熱保護材が、その厚み方向において、前記繊維材を主材とする繊維質部と、前記繊維材に前記キャスター材が含浸した含浸部と、前記キャスター材を主材とするキャスター部とを有し、前記キャスター部側の面部が前記鉄母材に接している
、ポット。
【請求項3】
前記断熱保護材の表層部に非濡れ性被膜材が更に施されている、請求項1
又は2に記載のポット。
【請求項4】
金属溶湯を溜めるためのポットに断熱保護材をコーティングする方法であって、
ガラス及び/又はセラミックの繊維材をフェルト化したシート状の繊維質断熱材を切り出す工程と、
切り出した前記繊維質断熱材の一側の面部にペースト状のキャスター材を塗り付け含浸して断熱保護材を準備する工程と、
前記断熱保護材を、前記キャスター材を含浸した側の面部を前記ポットの内壁面の鉄母材に接して張り付ける工程と、
ここで、前記断熱保護材が、その厚み方向において、前記繊維質断熱材の繊維材を主材とする繊維質部と、前記繊維材に前記キャスター材が含浸した含浸部とを有し、前記含浸部側の面部が前記鉄母材に接して貼り付けられ、
前記鉄母材に張り付けた前記断熱保護材を乾燥する工程と
を含むコーティング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばホットチャンバー等のダイカストマシンに備えられる金属溶湯ポットの断熱保護構造及びそのポットに断熱保護材をコーティングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ホットチャンバーダイカストは、金属溶湯(溶融し液体状態にある金属材料のこと、以下単に「溶湯」という。)中に浸漬させた射出部から、高温の金属材料を鋳型に直接注入する鋳造法であり、その構造により、比較的低い射出圧力で精密な肉薄金属部品を高速に製造することができる。また、金属材料の選択範囲が広く、今後、特にエネルギーや環境適合の分野でニーズの拡大が予想される例えば熱伝導率が極めて高い純アルミ等の金属部品の鋳造に期待が寄せられている。
【0003】
従来のアルミニウム鋳造ホットチャンバーにおいて、溶湯をその高温状態を維持して溜めるポットは鋳鉄製であり、耐熱性を持たせるため、その内壁面には鉄母材と溶湯との接触を断つペースト状の断熱保護材(「キャスター材」ともいう。)がコーティングされている。そのようなコーティング材として、例えばセラミックファイバーとアルミナ系粉末とを主材とする不定形耐火断熱材(例えばルミキャスト(登録商標、ニチアス社)など)が提供されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、従来のキャスター材のみによるポットの断熱保護構造においては、鉄母材との熱膨張差によりキャスター材に亀裂が生じ、それらの亀裂を通してアルミニウム溶湯が鉄母材に接触し、鉄成分が溶湯に混入してしまうという課題があった。
【0006】
また、キャスター材にひび割れ状の亀裂が広範囲に多数生じると、もはや補修が困難となり、キャスター材を削り落として再施工が必要となる。しかし、ペースト状のキャスター材を手作業でポット内壁に均一に塗る作業は熟練を要し、非常に手間もかかる。
【0007】
本発明は、このような従来の課題に鑑みてなされたものであり、ホットチャンバー鋳造装置において、高温の溶湯を溜めるポットの耐用寿命を長くし、またポットを断熱保護するコーティング材の施工作業も容易化できる等の技術を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した課題を解決するため、本発明は、金属溶湯を溜めるためのポットであって、鉄母材からなる槽状体と、前記槽状体の内壁面に接した断熱保護材とを備え、前記断熱保護材が、ガラス及び/又はセラミックの繊維材をフェルト化したシート状の繊維質断熱材にキャスター材を含浸したものである、ポットである。
【0009】
上記構成のポットにおいて、前記断熱保護材が、その厚み方向において、前記繊維材を主材とする繊維質部と、前記繊維材に前記キャスター材が含浸した含浸部とを有し、前記含浸部側の面部が前記鉄母材に接していることが好ましい。
【0010】
また、上記構成のポットにおいて、前記断熱保護材が、その厚み方向において、前記繊維材を主材とする繊維質部と、前記繊維材に前記キャスター材が含浸した含浸部と、前記キャスター材を主材とするキャスター部とを有し、前記キャスター部側の面部が前記鉄母材に接しているものでもよい。
【0011】
また、上記構成のポットにおいて、前記断熱保護材の表層部に非濡れ性被膜材が更に施されていることが好ましい。
【0012】
また、本発明は、金属溶湯を溜めるためのポットに断熱保護材をコーティングする方法であって、ガラス及び/又はセラミックの繊維材をフェルト化したシート状の繊維質断熱材を切り出す工程と、切り出した前記繊維質断熱材の一側の面部にペースト状のキャスター材を塗り付け含浸して断熱保護材を準備する工程と、前記断熱保護材を、前記キャスター材を含浸した側の面部を前記ポットの内壁面の鉄母材に接して張り付ける工程と、前記鉄母材に張り付けた前記断熱保護材を乾燥する工程とを含むコーティング方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明の金属溶湯ポットによれば、適度な柔軟性と強度を有する繊維質断熱材が槽状体の鉄母材との熱膨張差を吸収する。これにより、断熱保護材の表面の割れや亀裂の発生を抑え、耐用寿命を従来よりも長くすることができる。また、本発明のコーティング方法によれば、従来の方法よりも施工作業性を改善することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】ポットが備えられるホットチャンバーの構造を模式的に示す縦断面図である。
【
図3】一実施形態によるポットの断熱保護構造を拡大して示す断面図である。
【
図4】他の実施形態によるポットの断熱保護構造を拡大して示す断面図である。
【
図5】本発明の実施例によるポットのコーティング工程を示す図である。
【
図6】比較例によるポットのコーティング工程を示す図である。
【
図7】コーティングの工程を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、ホットチャンバー鋳造装置(以下、単に「ホットチャンバー」という。)に備えられる金属溶湯ポット(以下、単に「ポット」という。)を例に、その好適な実施形態を説明する。
図1は、ホットチャンバー1の構造を説明するため模式的に示す縦断面図である。本実施形態のホットチャンバー1は、ポット2内に加熱保持した純アルミニウム又はアルミニウム合金(例えばADC12やそれよりも熱伝導率が高い例えばDMS1)などの金属材料を、鋳型10内の空間であるキャビティ11に高速で加圧射出することにより、所望形状の鋳造品を製造する装置である。また、ホットチャンバー1により、アルミニウムの他にも、銅合金、マグネシウム合金、亜鉛合金などの鋳造製品も射出成型が可能である。
【0016】
ホットチャンバー1は、射出部6が溶湯M内に浸漬されているために、金属材料を高温のまま鋳型10に直接注入することができる。それにより、比較的低圧の射出圧力で、精密な金属部品を高速に鋳造することができる。また、金属材料への不純物の混入を防ぎ、純度の高い高品質の鋳造品を製造することができる。
【0017】
ホットチャンバー1に備えられるポット2は、溶湯Mを常時溜めるための鋳鉄製の容器である。ポット2内の溶湯Mは、電熱ヒータ20によって加熱され、例えば700℃以上の高温溶融状態が維持される。また、ポット2には固形金属材料(インゴッド)が適宜補給され、それにより溶湯レベルが一定に維持される。
【0018】
図2はポット2の断面図である。同図に示すように、ポット2は、鉄母材からなる槽状体3と、槽状体3の内壁面に接してコーティングされた断熱保護材(コーティング材)5とを備えている。本実施形態による断熱保護材5は、以下詳細に説明するように、ガラス繊維及び/又はセラミック繊維を絡め合わせて圧縮しフェルト組織化したシート状の繊維質断熱材51に、例えばアルミナ系粉末を含有するペースト状の耐熱性キャスター材52を含浸して形成される。なお、繊維質断熱材51は炭素系繊維を含むものでもよい。また、シート状の断熱材51の厚さは例えば5~10mmであることが好ましい。
【0019】
図3は、ポット2の断熱保護構造を拡大して模式的に例示する断面図である。同図に示すように、断熱保護材5はシート状であり、その厚み方向において、繊維質断熱材51の繊維の隙間にキャスター材52の含浸が及んでいない繊維質部51aと、繊維質断熱材51の繊維の隙間にキャスター材52の含浸が及ぶ含浸部51bの二層構造となっている。すなわち、繊維質部51aには、繊維質断熱材51の元々の素材であるガラス繊維及び/又はセラミック繊維を主材とするフェルト組織がそのまま残されている。そして、含浸部51b側の面部が、槽状体3の鉄母材内壁面に接している。
【0020】
また、
図4は、他の実施形態による断熱保護構造を拡大して模式的に例示する断面図である。本実施形態において、シート状の断熱保護材5は、その厚み方向において、ガラス繊維及び/又はセラミック繊維を主材とする繊維質部51aと、繊維質断熱材51にキャスター材52の含浸が及ぶ含浸部51bと、キャスター材52を主材とするキャスター部52aとを有した三層構造となっている。そして、キャスター部52a側の面部が、槽状体3の鉄母材内壁面に接している。
【0021】
図3及び4のいずれの実施形態においても、断熱保護材5の表層部、すなわち繊維質部51a側の表面全体にわたり、アルミニウムに対し非濡れ性を有する被膜材53がコーティングされていることが好ましい。
【実施例】
【0022】
(断熱保護材のコーティング施工)
次に、ポット2の断熱保護構造の実施例をそのコーティング材の施工方法とともに具体的に説明する。本実施例の繊維質断熱材51、キャスター材52及び非濡れ性被膜材53として、以下のものを使用した。
(1)繊維質断熱材:セラミックフェルトン(商品名、ニチアス株式会社)
[製品の概要]アルカリアースシリケートウール(AES)とガラス長繊維とを混合し、フェルト状に仕上げた後、ニードル加工を施したもの、厚み約5mm
(2)キャスター材:RFキャスト(商品名、ニチアス株式会社)
[製品の概要]アルミナ系粉末に無機バインダと水を加えて混練しペースト状とした不定形耐火断熱材
(3)非濡れ性被膜材:ホワイティ・ペイント(商品名、株式会社オーデック)
[製品の概要]高温域での潤滑・離型・付着防止に用いられる窒化ホウ素系被膜材、成分含有率(水60~70%、窒化ホウ素20~25%、水酸化アルミニウム1.0~5.0%、硝酸1.0~2.0%)
なお、本実施例で対象としたポットの母材は鋳鉄であり、槽状体の容積は25Lである。
【0023】
図5に、本実施例によるポットのコーティング工程を示す。
図6に、比較例として、出願人(株式会社菊池製作所)が従来行っているコーティング工程を示す。
(1)本実施例では、先ず、ポットの鉄母材である槽状体3の内壁面の寸法形状に合わせて、シート状の繊維質断熱材51を適宜の形状に切り出す(
図7参照)。そして、それぞれの繊維質断熱材51の一方の面(裏面)にヘラSを使って、ペースト状のキャスター材52を擦り込むようにして塗り付ける。これにより、繊維質断熱材51の繊維の隙間にキャスター材52が含浸される。この工程において、キャスター材52が繊維質断熱材51の裏面に残らないように擦り込んでもよいし、裏面に残るようにキャスター材52を盛り付けてもよい。
(2)続いて、キャスター材52を繊維質断熱材51に塗り付けて得たシート状の断熱保護材5をポット2の内壁面に張り付ける。このとき、キャスター材52を塗り付けた側の面部を、鉄母材3の内壁面に当接させる。
(3)断熱保護材5を張り付けたポット2を7日間、自然乾燥させる。うち24時間はストーブの前で乾燥し、表面に滲み出た水分を拭き取り除去した。これらの乾燥工程により、繊維質断熱材51中のキャスター材52を固化し、ポット2の内壁面に定着させる。
(4)次に、ホットチャンバー1の電炉にポット2を載せ、7時間かけてポット2を昇温し、目標温度250℃で1時間保持する(加熱時間の合計8時間)。
(5)高温状態で生じた断熱保護材5の目地の隙間にキャスター材52を塗布し補修する。
(6)断熱保護材5の表面全体に非濡れ性被膜材53を塗布し、繊維質の隙間に充分に染み込ませる。
【0024】
(本施工法による有利な効果)
本実施例のコーティング施工法によれば、
図5及び6で比較されるように、比較例よりも全体の作業時間を3時間、乾燥時間を48時間短縮することができた。特に、キャスター材を手作業で塗布する比較例の方法に比べ、予めキャスター材を塗り付けたシート状の断熱材を張り付ける作業は容易であり、コーティングの作業性が大幅に改善できた。また、鉄母材のアンカーとなる接着材の塗布工程も削減することができた。
【0025】
本施工法でコーティングしたポットに、700℃で溶解したADC12を1か月間保持し、表面を検証した。その結果、表面の割れや亀裂は殆ど見られなかった。本実施例で割れが生じなかった理由としては、適度な柔軟性と強度を有するフェルト質の断熱材が鉄母材との熱膨張差を吸収したためと考えられる。ただし、繊維質断熱材の繋ぎ合わせの部分(目地の部分)は、鉄母材の熱膨張に追従できず隙間が発生しやすい箇所と考えられる。しかし、目地を埋める作業は若干の補修のみで済み、ポットのコーティング材の耐用寿命を従来よりも大幅に長くすることができた。
【0026】
以上、ホットチャンバーに備えられるポットを例に実施形態を説明したが、本発明に係るポットは、コールドチャンバーを含む一般的なダイカストマシンに用いることができる。また、ダイカストマシン以外の他の金属鋳造法又は溶融金属を成形する方法等、更には金属溶解炉、金属溶湯保持炉、金属溶湯処理装置、溶解炉と保持炉とを兼用する装置等のコーティング等に本発明を適用することができる。
更に、アルミニウムやマグネシウム等の金属溶湯と接触する鉄母材等の耐熱コーティング構造として、上述したホットチャンバーにおけるポット以外にも、とりべ(溶湯を取り出す際に用いるひしゃくのような耐熱容器のこと)、グースネック、射出ノズル、スリーブ、プランジャ等といった溶湯接触部の耐熱保護材として、又は溶湯の漏出を防ぐ耐熱シール材としての応用も可能である。
【符号の説明】
【0027】
1 ホットチャンバー
2 ポット
3 槽状体、鉄母材
5 断熱保護材
6 射出部
10 鋳型
11 キャビティ
20 電熱ヒータ
51 繊維質断熱材
51a 繊維質部
51b 含浸部
52 キャスター材
52a キャスター部
53 非濡れ性被膜材
M 溶湯