IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 関東電化工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-ガス分析方法及び装置 図1
  • 特許-ガス分析方法及び装置 図2
  • 特許-ガス分析方法及び装置 図3A
  • 特許-ガス分析方法及び装置 図3B
  • 特許-ガス分析方法及び装置 図4
  • 特許-ガス分析方法及び装置 図5
  • 特許-ガス分析方法及び装置 図6
  • 特許-ガス分析方法及び装置 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-19
(45)【発行日】2023-05-29
(54)【発明の名称】ガス分析方法及び装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/3504 20140101AFI20230522BHJP
【FI】
G01N21/3504
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020506413
(86)(22)【出願日】2019-03-05
(86)【国際出願番号】 JP2019008490
(87)【国際公開番号】W WO2019176624
(87)【国際公開日】2019-09-19
【審査請求日】2022-01-31
(31)【優先権主張番号】P 2018044495
(32)【優先日】2018-03-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000157119
【氏名又は名称】関東電化工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100182073
【弁理士】
【氏名又は名称】萩 規男
(72)【発明者】
【氏名】川口 真一
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-095636(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0185179(US,A1)
【文献】特開2008-275650(JP,A)
【文献】特表2008-532052(JP,A)
【文献】特開2001-311686(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0279726(US,A1)
【文献】特開2008-197120(JP,A)
【文献】TOOKE P B , et al.,Resolution, Apodisation And Bandshape In FTIR Spectroscopy,SPIE Vol. 1145 Fourier Transform Spectroscopy,1989年,Vol.1145,p.629-630,doi: 10.1117/12.969637
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/61
G01J 3/00 - G01J 3/52
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
腐食性ガスと水を含む試料中のフッ化水素をフーリエ変換赤外分光光度計により測定する方法であって、
フーリエ変換赤外分光光度計はInGaAs検出素子を有する検出器及び光路長0.01m~2mのシングルパスガスセルを備えており、
セル窓は耐腐食性材料により構成されており、
測定領域は波数3950~4200cm -1 にあり、
所定の波数の光による前記試料における吸収量と予め設定した検量線とから、フッ化水素濃度を定量する、
ガス分析方法。
【請求項2】
セル窓は、CaF2、BaF、MgF、LiF及びZnSeからなる群より選ばれる1種である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
腐食性ガスと水を含む試料中のフッ化水素を測定するフーリエ変換赤外分光光度計であって、
フーリエ変換赤外分光光度計は、光源、ビームスプリッター、固定ミラー、可動ミラー、測定セル、検出器および情報処理装置から構成されており、
前記検出器はInGaAs検出素子を有する検出器が備えられており、
前記測定セルは試料ガスの導入口、排出口が設けられると共に、光路長0.01m~2mのシングルパスガスセルを備えており、
前記測定セルにおけるセル窓は耐腐食性材料により構成されており、
前記光源より発した光は、波数3950~4200cm -1 の範囲で制御されて試料に照射されるように、ビームスプリッター、固定ミラーおよび可動ミラーからなる干渉機構を備えており、
所定の波数の光による前記試料における吸収量と予め設定した検量線とから、フッ化水素濃度を定量する情報処理装置を備える、
ガス分析装置。
【請求項4】
セル窓は、CaF2、BaF、MgF、LiF及びZnSeからなる群より選ばれる1種である、請求項3に記載の装置。
【請求項5】
前記検出器で検出された吸収量によるスペクトルを、前記情報処理装置においてフーリエ変換するときに、アポダイゼーション関数としてTrapeziumを用いる、請求項3又は請求項4に記載の装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、腐食性ガス中の不純物やフッ化水素(以下、HFと略すことがある)を測定、分析する方法及び装置に関する。さらに詳しくは、ハロゲン原子を含む腐食性ガス中に含まれる不純物あるいはフッ化水素を定性的にあるいは定量的に測定、分析するガス分析方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体製造等の電子材料用のガスとして、ハロゲン原子を組成に含む腐食性をもつ化合物が多く用いられている。ガス中の不純物は、デバイスの特性に大きく影響することが知られており、また、半導体製造装置にも影響を及ぼすことから、不純物濃度は低いほど好ましい。例えば特許文献1の技術背景段落0005には、半導体製造工程で使用するには、ガス中の不純物として含まれるフッ化水素の濃度が可及的に除去されている必要があると記載されている。
【0003】
従来より、ガス試料中の微量不純物、例えばガス試料中に1ppm以下しか含まれない不純物の定量は、MCTやTGS検出器を備えたフーリエ変換赤外分光光度計(以下、FT-IRと略すことがある)と吸光感度を向上させるために光路中に反射鏡を設けた光路長が1m~20mの多重反射長光路ガスセル(マルチパスガスセル)を用いて測定、分析されてきた。例えば特許文献2には、フッ素系ガス成分をフーリエ変換赤外分光光度計により測定する方法が記載されており、フッ化水素を4000cm-1付近で測定できると記載されている(表1)。
【0004】
しかしながら、光路中に反射鏡を設けた多重反射長光路ガスセルを用いて測定、分析する方法では、腐食性ガス試料を多重反射長光路ガスセルに流通させると、ガスセル内部の光路中に設置されている光路長を増大させるための反射鏡が腐食、劣化し、その結果、感度低下を引き起こし、最終的には、ガスセルが使用不可能になるという課題があった。また特許文献2の方法では、フッ化水素の検出濃度は数十~数千ppmであり、1ppm以下といった高感度な方法ではなかった。非特許文献1では、シングルパスの10cmガスセルを用いた場合のフッ化水素の検出限界は12.5ppmであると記載されている。
【0005】
上記方法以外にも、多重反射長光路ガスセルを用いない微量成分の分析方法として、腐食性ガス成分を除去し、不純物成分が低濃度の場合は、さらには濃縮し、測定する方法もある。例えば特許文献3には、フッ素ガス中のフッ化水素の測定として、Fガスを固定化除去し、1.5mガスセルを用いて測定することが記載されている。
【0006】
しかしながらこの方法では、試料の測定前に腐食性ガス成分の除去及び、場合によっては、不純物成分の濃縮操作等の前処理が必要となる。このため、測定、分析に多くの工程を要し、また、前処理により誤差の増大を招くなどという課題があった。
【0007】
さらに、多重反射長光路ガスセルを用いずに光路長を稼いで測定精度、感度を向上させる方法として、ガスセル内部に反射鏡を入れず、ガスセルの管長を伸ばし、いわばシングルパスの光路長で測定する方法も考えられる。しかしながらこの方法では、1m以上のセル長になると、セルの内部体積が増加しガスのパージ性が低下したり、ガスセルの管長が延びることにより、光の減衰が大きくなる、装置スペースが大きくなる、重量が重くなる等の課題があり、実用には向かない。
【0008】
このため、上記の課題を解決し、前処理が不要で、高感度な腐食性ガス中の不純物、特にフッ化水素を測定、分析する方法及び装置が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2008-214187号公報
【文献】特開2008-197120号公報(表1)
【文献】特開2003-014716号公報
【非特許文献】
【0010】
【文献】MIDAC corporation PFC Monitoring by FTIR in LCD industry、分析背景知識-分析機器適用例/ft-irガス分析適用例[平成30年 2月13日検索],インターネット <URL:https://www.kdijpn.co.jp/>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の目的は、このような問題を解決し、前処理が不要で、高感度な腐食性ガス中の不純物やフッ化水素を測定、分析する方法及び装置を提供することにある。さらに具体的には、ガスの製造工程や電子デバイス製造装置等その他各種製造工程から排出される、腐食性ガスを含む被測定ガス中のフッ化水素濃度を測定するに際して、前処理が不要として手間が軽減され、かつ、高感度に正確な濃度を測定ができる方法及び装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討したところ、腐食性ガスを含む試料中のフッ素系ガスをフーリエ変換赤外分光光度計により測定する際に、腐食性ガス存在下でも腐食されないように光路中に反射鏡がないシングルパスガスセルを用い、さらに高感度化のためにInGaAs検出器を用いることで、腐食性ガス存在下でフッ化水素等のフッ素系ガスを、前処理なしで高感度に定量分析できることを見出した。殊に驚くべきことに光路中に反射鏡がないシングルパスガスセルは光路長が短いにもかかわらず高感度にフッ素系ガスを測定できることを見出した。さらに、測定対象のフッ化水素などのフッ素系ガスが、試料中及び装置内に混在する水(HO)により測定に支障が出ない測定波数領域で測定することで、精密にフッ素系ガスを定量できることを見出し、遂に本発明を完成させるに至った。
【0013】
すなわち本発明は、腐食性ガスを含む試料中のフッ素系ガスをフーリエ変換赤外分光光度計により測定する方法であって、
フーリエ変換赤外分光計はInGaAs検出素子を有する検出器及び光路長0.01m~2mのシングルパスガスセルを備えており、
セル窓は耐腐食性材料により構成されており、
測定領域は波数3800~14300cm-1にあり、
所定の波数の光による前記試料における吸収量と予め設定した検量線とから、フッ素系ガス濃度を定量する、ガス分析方法に係る。
【0014】
さらに本発明は、腐食性ガスがフッ素、二フッ化クリプトン、二フッ化キセノン、4フッ化キセノン、六フッ化キセノン、一フッ化塩素、三フッ化塩素、五フッ化塩素、一フッ化臭素、三フッ化臭素、五フッ化臭素、一フッ化ヨウ素、三フッ化ヨウ素、五フッ化ヨウ素、七フッ化ヨウ素、四フッ化ケイ素、三フッ化ホウ素、四フッ化二ホウ素、三フッ化ヒ素、三フッ化リン、五フッ化リン、二フッ化酸素、二フッ化二酸素、四フッ化ゲルマニウム、四フッ化硫黄、五フッ化バナジウム、六フッ化モリブデン、六フッ化ウラン、六フッ化レニウム、七フッ化レニウム、六フッ化オスミニウム、六フッ化イリジウム、六フッ化白金、六フッ化タングステン、一フッ化ニトロシル、三フッ化ニトロシル、フッ化カルボニル、モノフルオロメチルハイポフルオライド、メチルハイポフルオライド、ジフルオロメチルハイポフルオライド、トリフルオロメチルハイポフルオライド、アセチルフルオライド、モノフルオロアセチルフルオライド、ジフルオロアセチルフルオライド、トリフルオロアセチルフルオライド、シュウ酸モノフルオライド、シュウ酸ジフルオライド等の大気中で加水分解される化合物である上記の方法に係る。
【0015】
またフッ素系ガスとしてはフッ化水素であることが好ましい。
【0016】
さらに本発明は、セル窓が耐食性材料である上記の方法に係る。例えば、CaF2、BaF、MgF、LiF及びZnSeからなる群より選ばれる1種が挙げられ、これらの内でもCaFであることが好ましい。
【0017】
さらに本発明は、測定領域が波数3950~4200cm-1にある、上記の方法に係る。
【0018】
また本発明は、腐食性ガスを含む試料中のフッ素系ガスを測定するフーリエ変換赤外分光光度計であって、
フーリエ変換赤外分光光度計は、光源、ビームスプリッター、固定ミラー、可動ミラー、測定セル、検出器および情報処理装置から構成されており、
前記検出器はInGaAs検出素子を有する検出器が備えられており、
前記測定セルは試料ガスの導入口、排出口が設けられると共に、光路長0.01m~2mのシングルパスガスセルを備えており、
前記測定セルにおけるセル窓は耐腐食性材料により構成されており、
前記光源より発した光は、波数3800~14300cm-1の範囲で制御されて試料に照射されるように、ビームスプリッター、固定ミラーおよび可動ミラーからなる干渉機構を備えており、
所定の波数の光による前記試料における吸収量と予め設定した検量線とから、フッ素系ガス濃度を定量する情報処理装置を備える、ガス分析装置に係る。
【0019】
さらに本発明は、腐食性ガスが六フッ化タングステンであり、フッ素系ガスがフッ化水素である、上記の装置に係る。
【0020】
さらに本発明は、セル窓が耐食性材料である上記の装置に係る。例えば、CaF2、BaF、MgF、LiF及びZnSeからなる群より選ばれる1種が挙げられ、これらの内でもCaFであることが好ましい。
【0021】
さらに本発明は、波数3950~4200cm-1の範囲で制御されて試料に照射される、上記の装置に係る。
【0022】
さらに本発明は、検出器で検出された吸収量によるスペクトルを、前記情報処理装置においてフーリエ変換するときに、アポダイゼーション関数としてTrapeziumを用いる、上記の装置に係る。
【0023】
以下本発明を、適宜に図を使用して、詳細に説明する。
【0024】
本発明のガス分析方法およびガス分析装置は、腐食性ガスを含む試料中のフッ素系ガスをフーリエ変換赤外分光光度計により測定する方法及びそのための装置である。
【0025】
図1は本発明に用いられるフーリエ変換赤外分光光度計1の構成を示すものである。図1について、平行な光を発するように構成された光源2と、この光源2からの光(通常は、赤外光)を干渉して出力する干渉機構と、試料等を収容し、干渉機構を介して光源2からの光が照射される測定セル6と、この測定セル6を通過した光を受光する検出器7とを備えている。干渉機構は、固定ミラー5と、ビームスプリッター3と、図示しない駆動機構により例えばXY方向に平行移動する可動ミラー4と、からなる。
【0026】
情報処理装置8は、CPU、メモリ、入出力インターフェイス、AD変換器等を備えた汎用あるいは専用のコンピュータであり、メモリの所定領域に記憶させた所定プログラムにしたがってCPU、周辺機器等を協働させることにより、情報処理やプリンタへの印刷を行なうことができる。
【0027】
情報処理装置8における情報処理の様式としては、本発明においては、検出器7で検出された測定試料中の測定対象物、例えばフッ化水素の吸収スペクトルを、窒素等の不活性ガスのみでのバックグラウンド測定したベースラインと対比させて、フーリエ変換して情報処理を行なう。情報処理装置8においてフーリエ変換するときに、アポダイゼーション関数としてTrapeziumを用いるとよい。
【0028】
図4では、同じベースラインを、アポダイゼーション関数の違いによるベースライン波形をトレースした。図4では横軸(X軸)は波数(単位はcm-1)、縦軸(Y軸)は吸光度である。図4中、Triangle(32)、Trapezium(31)、Cosine(33)の各関数を使って得たベースラインから分かるように、Trapezium(31)を使用することでピーク、例えばフッ化水素の吸収スペクトルのピークが、他の関数よりもシャープとなり、つまりピーク強度を高くすることができ、フッ素系ガスの定量にも適することが分かる。
【0029】
フーリエ変換赤外分光光度計1による測定において、フッ化水素帰属のピークの確認方法は、フッ化水素の標準ガスのスペクトルと比較し、同じ波数、同じ形状にピークがあればフッ化水素のピークと判別できる。ピークの数値化方法は、情報処理装置8に使用されているソフトウェア上の「ピーク高さ」プログラムを使用し「フッ化水素帰属のピーク」と「フッ化水素以外のノイズピーク」を指定し計算することができる。フッ化水素帰属のピークに隣接する位置にあるピークはノイズであり、フッ化水素帰属のピークの左右の最隣接ノイズピークの各々の頂点と底辺から「ノイズピーク高さ」を計算し、シグナル/ノイズ比(S/N比)を「高さ比」として計算することもできる。
【0030】
図5は、フッ化水素を窒素で希釈した標準ガス(フッ化水素濃度は13.4ppm)のスペクトルである。図5上部は50回積算の条件でInGaAs検出素子を有する検出器を用いた場合、下部は128回積算の条件でMCT検出素子を有する検出器を用いた場合の結果である。横軸(X軸)は波数(単位はcm-1)、縦軸(Y軸)は吸光度である。検出素子の違いもあるが、フッ化水素の吸収スペクトルは、図2にも認められるように、波数3550~4300cm-1の範囲に複数のピークが認められる。このため、フッ化水素を定量するにはもっともピークが高い、4075cm-1の波数を選択して定量に用いることが好ましい。なお図2は、フーリエ変換赤外分光計による吸収スペクトルデータであって、「日本機械学会論文集 B編 70巻(2004)692号p1058-1063」のデータである。
【0031】
この波数選択は水が試料に混在する可能性があって、かつフッ化水素を定量する場合である。従って、水以外の不純物成分が波数3550~4300cm-1の範囲に吸収を有する場合や、フッ化水素以外のフッ素系ガスを測定する場合には、適宜、定量するための波数あるいはその範囲を選択すればよい。
【0032】
図6は、フッ化水素を窒素で希釈した標準ガスを用いて得た検量線である。横軸(X軸)はフッ化水素の濃度であり、0.47~4.71ppmの各濃度を示す。これらの濃度のフッ化水素を本発明によるフーリエ変換赤外分光計を用いて、4075cm-1の波数における吸収量を吸光度として縦軸(Y軸)に示している。この検量線を用い、未知濃度の試料中のフッ化水素による吸光度を得れば、フッ化水素の濃度が算定できる。すなわち、所定の波数の光により、測定試料における吸収量と予め設定した検量線とから、フッ素系ガス濃度を定量できる。
【0033】
この検量線を基にしたフッ化水素の濃度測定は、検量線のデータを予め図1における情報処理装置8に入力しておけば、試料測定により得た吸光度よりフッ化水素の濃度が算定できる。なお、検量線の作成方法としては単純に、フッ化水素濃度と吸光度を示す点、例えば図6における黒丸が示す点を直線で結んだり、最小二乗法などを用いて直線回帰することでも良いが、二次関数あるいは高次の関数を使ってよりフィッティングさせるといった、汎用性がある方式によることでも良い。また数値の重みづけをするなど、測定対象物の濃度と吸光度との相関が旨くとれる濃度域に重みを付けることもできる。
【0034】
本発明に用いられるフーリエ変換赤外分光光度計は、高感度なInGaAs検出素子を有する検出器を用いることを必須とする。以下で示す実施例にも記載のように、MCT検出素子やTGS検出素子を有する検出器による場合には、検出感度(定量可能濃度)は不十分であり、このため、より高感度にできるInGaAs検出素子を有する検出器を備えたフーリエ変換赤外分光光度計を用いることが重要である。
【0035】
フーリエ変換赤外分光光度計に備えられるガスセルは、光路長0.01m~2mのシングルパスガスセルとするとよい。さらに好ましく光路長を0.1m~1mとするとよい。光路長は、腐食性ガス中に含まれる測定対象の量又は濃度に応じて測定可能となるように適宜長さを決めることで良い。通常は、分光光度計の大きさ、測定を行なう場所なども加味して、決めることもできる。
【0036】
ここで、本発明において、フーリエ変換赤外分光光度計に備えられるガスセルを光路長0.01m~2mのシングルパスガスセルとするのは、ガスセル内に反射鏡を備える長光路ガスセルでは、腐食性ガスにより反射鏡が腐食され、適正な測定ができなくなるためである。
【0037】
図3Aには長光路ガスセル10に係る模式図が、図3Bにはシングルパスガスセル20に係る模式図が示されている。
【0038】
長光路ガスセル10では、反射鏡11により入光した光は矢印で示されるように反射鏡11により複数回反射し、その間にガスセル12内の測定対象化合物の光吸収を受け、検出器で受光するまでに光吸収量を増大又は増幅させることができる。これ様な機構により検出感度を向上させるのである。しかしながら、腐食性ガス、例えば六フッ化タングステンなどのようなハロゲン系ガスがガスセル内に存在すれば、その腐食作用により反射鏡が腐食され、反射鏡が適正な機能を果たせなくなり、結果として測定感度の向上は望めなくなる。
【0039】
一方、シングルパスガスセル20では、ガスセル21内に反射鏡はない。試料の測定にあたっては、ガスの導入口22(又は23)より測定試料をガスセル21内に導入し、測定後に、排出口23(又は22)より試料は排出される。測定試料はガスセル内に留まって、入光した光を吸収し、検出器で受光するだけである。つまりシングルパスガスセル20では、ガスセル21内に反射鏡はないため、シングルパスにより光の吸収を受けるだけである。従って、測定対象物による光吸収量を長光路ガスセルのように増大又は増幅させることができないため、検出器の感度を大きくする必要があり、本発明において高感度のInGaAs検出素子を有する検出器を用いる意義がある。
【0040】
図3Bに示すシングルパスガスセル20は、円筒の形状を有し、両端に赤外光のセル窓(不図示)が設けられている。フーリエ変換赤外分光光度計1(図1)は、シングルパスガスセル20内に、腐食性ガスを含む試料を流入させ、このシングルパスガスセル20内を透過する赤外光の減光量を測定することにより試料ガス中のフッ素系ガスの濃度を測定する。このガスセル内に赤外光を透過するため のセル窓(不図示)は、上記の反射鏡について説明したと同じように腐食性ガスによる腐食を受けない耐腐食性材料、例えばフッ化カルシウム(CaF)を用いて構成されることが好ましい。
【0041】
なお、図3Bのシングルパスガスセル20において、腐食性ガスを含む試料を製造工程あるいは種々の工程から直接、ガスの導入口22(又は23)よりシングルパスガスセル20へ導入して、工程分析に用いることもできる。
【0042】
また、シングルパスガスセル20の外周部には、バンドヒーターなどのヒーター(不図示)あるいは冷却器(不図示)を取り付け、シングルパスガスセル20内部のガスを一定の設定温度に保つようにしてもよい。
【0043】
本発明において、測定領域は波数3800~14300cm-1の範囲にあること、さらに波数3950~4200cm-1の範囲にあることが好ましい。但し、図1において、光源1より、ビームスプリッター3、固定ミラー5および可動ミラー4からなる干渉機構により生じる光の波数は、備える干渉機構が許容する限りいずれの波数の光であってもよく、通常はフーリエ変換赤外分光光度計において用いられる波数であればよい。従って、ここでいう測定領域とは、本発明において測定対象となる物質あるいは化合物の光吸収する波数をカバーできる領域をいう。
【0044】
例えばフッ化水素の場合、図2に認められるように、波数3950~4200cm-1の範囲であればよい。この理由は、水が測定試料に混在する場合には、フッ化水素の吸収波数近傍の、波数3600~3950cm-1の範囲において吸収が見られるため、フッ化水素の測定が妨害される懸念があるためである。
【0045】
本発明では、腐食性ガスを含む試料中のフッ化水素以外のフッ素系ガスを測定する際、測定対象の試料中に含まれる各成分を勘案した上で、適切な測定に用いる光の波数を設定することで良い。
【発明の効果】
【0046】
本発明によれば、前処理が不要で、高感度な腐食性ガス中の不純物やフッ化水素を測定、分析する方法を提供することができる。
本発明によれば、前処理が不要で、高感度でかつ腐食性ガスの影響を受けにくい、フッ素系ガスの分析装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0047】
図1図1は、本発明の実施の形態におけるガス分析装置における、フーリエ変換赤外分光光度計の概略構成を示す図である。
図2図2は、各種化合物のフーリエ変換赤外分光光度計による吸収スペクトルデータである。
図3A図3Aは、フーリエ変換赤外分光光度計における多重反射長光路ガスセルの概略構成を示す図である。
図3B図3Bは、フーリエ変換赤外分光光度計におけるシングルパスガスセルの概略構成を示す図である。
図4図4は、フーリエ変換赤外分光光度計による吸収スペクトルデータについて、同じベースラインを、アポダイゼーション関数の違いによるベースライン波形をトレースしたものである。
図5図5は、フッ化水素を窒素で希釈した標準ガス(フッ化水素濃度は13.4ppm)のスペクトルである。
図6図6は、フッ化水素を窒素で希釈した標準ガスを用いて得た検量線である。
図7図7は、実施例3において、六フッ化タングステン中のフッ化水素のスペクトルを示す図である。
【実施例
【0048】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例によってその範囲を限定されるものではない。
【0049】
実施例1
図1に示す構成のフーリエ変換赤外分光光度計であって、検出器はInGaAs検出素子を有する検出器を使用した。ガスセルは反射鏡がないシングルパスの0.10m(10cm)の長さの短光路ガスセルを用いて測定した。
【0050】
シングルパスガスセルにおけるセル窓はフッ化カルシウム(CaF)の材質ものものを用いた。分解能は2cm-1、積算回数は50回、測定領域は3,950cm-1~4,200cm-1、アポダイゼーション関数はTrapeziumに設定した。その他の条件は用いた装置の仕様、説明に基づき設定した。
【0051】
測定対象は、校正用ガス調製装置であるパーミエーター、フッ化水素用パーミエーションチューブ及び希釈用の窒素を用いて0.39ppm~23.29ppmのフッ化水素標準ガスを調整して、測定を行った。
【0052】
図5から分かるように、各濃度のフッ化水素標準ガススペクトルから4075cm-1に現れるフッ化水素のピークを用いて、最小二乗法による1次式及び2次式の検量線を作成した。検量線作成の結果、フッ化水素濃度0.47ppm以上の範囲で、いずれも決定係数R=0.99以上と強い相関が得られた。図6は作成した検量線の一部であり、フッ化水素濃度が0.47ppm~4.71ppmの範囲で作成している。
【0053】
比較例1
検出器を実施例1のInGaAs検出素子を有する検出器から、MCT検出素子及びTGS検出素子を有する検出器へと変更して、実施例1と同様にフッ化水素標準ガスを測定した。
【0054】
実施例2
実施例1及び比較例1で得られたフッ化水素標準ガスのフッ化水素スペクトルから4075cm-1に現れるフッ化水素のピークと4075cm-1のフッ化水素のピークの左右に最隣接するノイズの平均の比(以下、「S/N比」とする)を求め、表1に示した。
【0055】
【表1】
【0056】
表1中、S/N比は、フーリエ変換工程での積算回数を多くすれば精度が上がるところ、回数が多い分測定時間が掛かることになる。以下の表2には、フーリエ変換赤外分光光度計を使用した場合の積算回数と測定時間との関係を示した。
【0057】
【表2】
【0058】
表1と表2から分かるように、積算回数を多くすることでS/N比は向上するものの測定時間を要する。このため、工程分析などで効率的あるいは迅速測定が要望される場合は、積算回数を必要以上に多くすることを避ける必要がある。よって、InGaAs検出素子を有する検出器を使用することで、測定感度が向上するとともに、迅速な測定も可能になることが分かる。すなわち、InGaAs検出素子を有する検出器はMCT検出素子及びTGS検出素子を有する検出器と比較し、ノイズが少なく、より微量濃度の分析が可能なことが確認できた。
【0059】
また、上記の表1の中で、InGaAs検出素子を有する検出器を用いて測定した結果を検量線が図6に示された。上記したように、決定係数R=0.99以上と精度の高い検量線を得ることができた。
【0060】
表1から、InGaAs検出器搭載のフーリエ変換赤外分光光度計とガスセル内部に反射鏡が無い0.10m(10cm)ガスセルを組み合わせて、フッ化水素標準ガスを測定した結果、フッ化水素濃度0.5ppmまで定量性が認められた。このことは、1.0mのガスセルを測定に使用した場合、0.05ppmまで定量可能と推定される。
【0061】
表1から、比較例として、実施例1で使用したガスセルを用いて、InGaAs検出素子を有する検出器からMCT及びTGS検出素子を有する検出器に変更し、積算回数を実施例1の2.56倍の128回に増加させ、フッ化水素標準ガスを測定した結果、フッ化水素の定量下限は6~7ppmであった。
【0062】
実施例3
実施例2で得た検量線を用いて、フッ化水素を含む腐食性ガス(六フッ化タングステン)を測定した。
【0063】
図7は六フッ化タングステン中のフッ化水素のスペクトルを示す図であり、横軸(X軸)は波数(単位はcm-1)、縦軸(Y軸)は吸光度である。このうち、フッ化水素のピークとして最も高い4047cm-1の波数を基にフッ化水素濃度を求めたところ、5.1ppmであった。
【0064】
以上から、ガスセル内部に反射鏡を備える多重反射長光路ガスセルを使用せず、腐食性成分を含むガス試料中の1ppm以下のフッ化水素などの微量不純物の定量が可能となった。ガスセル内部に反射鏡を用いないことから、分析装置の耐久性や測定の安定性(ノイズの影響少なく、再現性も良好)も向上した。また、前処理も不要である。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明によれば、ハロゲン原子を含む腐食性ガス中の不純物やフッ化水素等を測定、分析する方法及び装置を提供できる。
【符号の説明】
【0066】
1:フーリエ変換赤外分光計
2:光源
3:ビームスプリッター
4:可動ミラー
5:固定ミラー
6:測定セル
7:検出器
8:情報処理装置
10:多重反射長光路ガスセル
11:反射鏡
12:ガスセル
20:シングルパスガスセル
21:ガスセル
22,23:ガスの導入口又は排出口
図1
図2
図3A
図3B
図4
図5
図6
図7