IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 有限会社寿通商の特許一覧

(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-22
(45)【発行日】2023-05-30
(54)【発明の名称】流体の分離装置及び分離方法
(51)【国際特許分類】
   B01D 69/02 20060101AFI20230523BHJP
   B01D 71/02 20060101ALI20230523BHJP
   B82Y 30/00 20110101ALI20230523BHJP
   B01D 53/22 20060101ALI20230523BHJP
   C02F 1/46 20230101ALN20230523BHJP
   C01B 32/168 20170101ALN20230523BHJP
   C01B 32/194 20170101ALN20230523BHJP
【FI】
B01D69/02
B01D71/02 500
B82Y30/00
B01D53/22
C02F1/46
C01B32/168
C01B32/194
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021520033
(86)(22)【出願日】2019-05-23
(86)【国際出願番号】 JP2019020561
(87)【国際公開番号】W WO2020235111
(87)【国際公開日】2020-11-26
【審査請求日】2022-03-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ▲1▼ウェブサイトの掲載日 平成31年1月2日 ▲2▼ウエブサイトのアドレス(URL)https://www.springerprofessional.de/en/electric-field-assisted-ion-adsorption-with-nanoporous-swcnt-ele/16371426 〔刊行物等〕▲1▼開催日 平成31年1月24日 ▲2▼集会名、開催場所 平成31年度 博士論文審査発表会 国立大学法人信州大学工学部 総合研究棟5階503教室(〒380-8553 長野県長野市若里4-17-1)
(73)【特許権者】
【識別番号】597147980
【氏名又は名称】株式会社寿ホールディングス
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100145012
【弁理士】
【氏名又は名称】石坂 泰紀
(74)【代理人】
【識別番号】100153969
【弁理士】
【氏名又は名称】松澤 寿昭
(72)【発明者】
【氏名】高城 壽雄
(72)【発明者】
【氏名】清水 恭
(72)【発明者】
【氏名】村田 克之
(72)【発明者】
【氏名】谷垣 直人
【審査官】中村 泰三
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-290008(JP,A)
【文献】特開平07-139330(JP,A)
【文献】特開平06-229224(JP,A)
【文献】特開平04-358714(JP,A)
【文献】特開平01-254211(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0211367(US,A1)
【文献】特表2015-515369(JP,A)
【文献】特表2011-520117(JP,A)
【文献】特表2014-529296(JP,A)
【文献】特表2017-515131(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 53/22
B01D 61/00-71/02
C02F 1/46-469
C01B 32/168
C01B 32/194
B82Y 30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
透過孔を有する導電性フィルターと、
前記導電性フィルターに電圧を印加する一対の電極と、
前記一対の電極の間に電流が流れることを防止するインシュレーターと、を備えるフィルターユニットと、
前記フィルターユニットに流体を導入する導入部と、
前記フィルターユニットから前記流体を導出する導出部と、を備え、
前記導出部は前記一対の電極によって前記導電性フィルターに印加される電圧の変化に連動して前記流体の導出先を切り替える分岐部を備え
前記透過孔は、リムに形成された官能基の2種以上の配向を電圧の印加によって切り替えることのできるフレキシブルナノウィンドウを含み、
前記一対の電極が前記導電性フィルターに電圧を印加することによって、前記導電性フィルターの分子選択性又は分子透過性を変化させる、分離装置。
【請求項2】
前記電圧の変化に基づいて、前記分岐部の切り替え動作を制御する制御部を備える、請求項に記載の分離装置。
【請求項3】
透過孔を有する導電性フィルターと、前記導電性フィルターに電圧を印加する一対の電極と、前記一対の電極の間に電流が流れることを防止するインシュレーターと、を備えるフィルターユニットを用いて流体を分離する分離方法であって、
前記透過孔は、リムに形成された官能基の2種以上の配向を電圧の印加によって切り替えることのできるフレキシブルナノウィンドウを含み、
前記導電性フィルターを電気的に絶縁した状態で前記導電性フィルターに電圧を印加することによって前記透過孔における電荷の分布、又は前記透過孔の大きさを変化させる第1工程と、
前記導電性フィルターの電圧の変化に連動して前記流体の導出先を切り替える第2工程と、を有する、流体の分離方法。
【請求項4】
前記第1工程では、前記導電性フィルターに電圧を印加することによって、前記導電性フィルターの分子選択性又は分子透過性を変化させる、請求項に記載の流体の分離方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、フィルターユニット、流体の分離装置及び分離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
気体分離産業においては、例えば、N、O及び希ガス等の高純度生成物を得るプロセスとして蒸留が広く使用されている。蒸留は、液体を気体にするという相変化を伴うため、消費されるエネルギーが大きい。
【0003】
そのため、蒸留のような相変化に基づく分子分離の代わりに、新たに膜ベースの分子分離のような根本的に代替的な分離技術が求められている。膜ベースの分離技術は、相変化に基づく従来の技術に比べて、簡素な装置で実現できる。また、設置面積が小さいこと、及び、蒸留に比べてエネルギー消費を低減して例えば90%削減してCO排出量を大幅に削減できるという利点がある。
【0004】
分離技術に用いられる膜としては、例えば、透過孔を有する単層グラフェン膜などの炭素材料が挙げられる。
【0005】
未加工のグラフェンシートはHeなどの最小の気体でさえも透過させることができない。このため、グラフェンを分離技術に適用するためには、ナノウィンドウを形成する必要がある。ナノウィンドウを含むグラフェンを生成する方法には、イオン衝撃、テンプレート合成メッシュ、及び高温酸化など種々の手法がある。このうち、高温酸化は、酸化環境において約600Kまでの加熱を必要とするだけなので、単純で、容易にナノウィンドウのサイズを拡張可能である。また、加工に要するコストも低い(特許文献1,2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特表2013-536077号公報
【文献】特開2009-073727号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ナノウィンドウを備えた炭素材料は、分子分離の選択性に優れ、高いエネルギー効率を有する膜の材料として有望であると考えられる。また、カーボンナノチューブ同士の間隙、及びカーボンナノホーン同士の間隙部分もナノウィンドウと同様の性質を示す。このため、高いエネルギー効率を有するフィルターの材料になり得る。よって、炭素材料を用いて分子の分離を行うことができるフィルターユニットがあれば、極めて有用であると考えられる。
【0008】
本開示は、流体を高い精度で分離することが可能なフィルターユニット、分離装置及び分離方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の一側面に係るフィルターユニットは、透過孔を有する導電性フィルターと、導電性フィルターに電圧を印加する一対の電極と、上記一対の電極間に電流が流れることを防止するインシュレーターと、を備える。
【0010】
上記フィルターユニットは、一対の電極による電圧の印加に伴って導電性フィルターに生じる電荷が、流体に含まれるイオンを引きつける。このような静電相互作用によって、フィルターユニットに導入される流体を例えば分子レベルで高精度に分離することができる。上記フィルターユニットは、静電相互作用に基づいて流体を分離することができるため、流体の圧力を上げる必要がない。このため、流体の分離に必要なエネルギーコストを節減することができる。
【0011】
上記フィルターユニットの上記透過孔は、リムに形成された官能基の2種以上の配向を電圧の印加によって切り替えることのできるフレキシブルナノウィンドウを含んでいてもよい。上記一対の電極が上記導電性フィルターに電圧を印加することによって、上記導電性フィルターの分子選択性又は分子透過性を変化させるようにしてもよい。
【0012】
上述のように、リムに形成された官能基の2種以上の配向を電圧の印加によって切り替えることのできるフレキシブルナノウィンドウを含む透過孔を有することによって、ファンデルワールス直径がほぼ同じ2種の分子を分離することもできる。
【0013】
本開示の一側面に係る流体の分離装置は、上述のフィルターユニットと、フィルターユニットに流体を導入する導入部と、フィルターユニットから流体を導出する導出部と、を備え、導出部は一対の電極によって上記導電性フィルターに印加される電圧の変化に連動して流体の導出先を切り替える分岐部を備える。
【0014】
上述の流体の分離装置によれば、分離した2つの流体の導出先を自動的に切り替えることができる。この分離装置は、電圧の変化に基づいて、分岐部の切り替え動作を制御する制御部を備えていてもよい。
【0015】
本開示の一側面に係る流体の分離方法は、透過孔を有する導電性フィルターを用いて流体を分離する分離方法であって、導電性フィルターを電気的に絶縁した状態で導電性フィルターに電圧を印加することによって透過孔における電荷の分布、又は透過孔の大きさを変化させる工程を有する。当該工程によれば、例えば流体を高精度に分離することができる。上記フィルターユニットは、電位差に基づいて流体を分離することができるため、流体の圧力を上げる必要がない。このため、流体の分離に必要なエネルギーコストを節減することができる。
【0016】
上記透過孔は、リムに形成された官能基の2種以上の配向を電圧の印加によって切り替えることのできるフレキシブルナノウィンドウを含んでいてもよい。上記工程では、導電性フィルターに電圧を印加することによって、導電性フィルターの分子選択性又は分子透過性を変化させてもよい。これによって、流体を分子レベルで高精度に分離することができる。
【0017】
上記分離方法は、導電性フィルターの電圧の変化に連動して流体の導出先を切り替える工程を有してもよい。この流体の分離方法によれば、分離した2つの流体の導出先を自動的に切り替えることができる。
【発明の効果】
【0018】
本開示によれば、流体を高精度に分離することが可能なフィルターユニット分離装置及び分離方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】フィルターユニットにおける各部品の配置の一例を示す図である。
図2】フィルターユニットにおける各部品の配置の一例を示す図である。
図3】フィルターユニットにおける各部品の配置の一例を示す図である。
図4】フィルターユニットにおける各部品の配置の一例を示す図である。
図5】フィルターユニットにおける各部品の配置の一例を示す図である。
図6】フィルターユニットにおける各部品の配置の一例を示す図である。
図7】フィルターユニットの一実施形態を示す図である。
図8】フィルターユニットの別の実施形態を示す図である。
図9】分離装置の一実施形態を示す図である。
図10】炭素フィルターにおけるナノウィンドウとリムの一例を示すモデル図である(ファンデルワールス直径=2.57Å)。
図11】炭素フィルターにおけるナノウィンドウとリムの一例を示すモデル図である(ファンデルワールス直径=2.73Å)。
図12】炭素フィルターにおけるナノウィンドウとリムの一例を示すモデル図である(ファンデルワールス直径=2.97Å)。
図13】炭素フィルターにおけるナノウィンドウとリムの一例を示すモデル図である(ファンデルワールス直径=3.30Å)。
図14】炭素フィルターにおけるナノウィンドウとリムの一例を示すモデル図である(ファンデルワールス直径=3.70Å)。
図15】炭素フィルターにおけるナノウィンドウとリムの一例を示すモデル図である(ファンデルワールス直径=3.78Å)。
図16図10図15の各モデルにおける酸素、窒素及びアルゴンの各分子の透過率を、MDシミュレーションの一次モデルに適合させて求めた結果である。
図17】ファンデルワールス直径が3.30Åであるナノウィンドウの伸び縮みの分子動力学シミュレーション(MDシミュレーション)結果を示す図である。この図は、ナノウィンドウを構成するリムにおいてそれぞれ対極にある2対の酸素原子間の距離の2Dヒストグラム輪郭を示している。
図18図17の距離の計算に使用される2対の酸素原子(O1とO2との対,O3とO4との対)を示す図である。
図19】柔軟なナノウィンドウ構造において、官能基の回転がNの透過速度に与える影響をMDシミュレーションしたときの結果を示す図である(温度=77K,ファンデルワールス直径=3.30Å)。
図20】高速の剛性ナノウィンドウ構造において、官能基の回転がNの透過速度に与える影響をMDシミュレーションしたときの結果を示す図である(温度=77K,ファンデルワールス直径=3.30Å)。
図21】中速の剛性ナノウィンドウ構造において、官能基の回転がNの透過速度に与える影響をMDシミュレーションしたときの結果を示す図である(温度=77K,ファンデルワールス直径=3.30Å)。
図22】低速の剛性ナノウィンドウ構造において、官能基の回転がNの透過速度に与える影響をMDシミュレーションしたときの結果を示す図である(温度=77K,ファンデルワールス直径=3.30Å)。
図23】リムに形成される官能基の配向の一例を示す図である。
図24】リムに形成される官能基の配向の一例を示す図である。
図25】リムに形成される官能基の配向の一例を示す図である。
図26】ナノウィンドウの開閉挙動を説明するための図である。
図27】ナノウィンドウの開閉挙動を説明するための図である。
図28】実施例3のフィルターユニットを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、場合により図面を参照して、本開示の実施形態について説明する。ただし、以下の実施形態は、本開示を説明するための例示であり、本開示を以下の内容に限定する趣旨ではない。説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には同一符号を用い、場合により重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、各要素の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。一実施形態に係るフィルターユニットは、導電性フィルターとインシュレーターと一対の電極とを備える。このフィルターユニットは、例えば、気相又は液相の分離、あるいは異物(分子)の除去などに用いられる。
【0021】
導電性フィルターは、導電性を有する。導電性フィルターとして炭素フィルターが挙げられるが、これに限定されず、その他の材料で構成されていてもよい。炭素フィルターの材料としては、ナノカーボンが挙げられる。具体的には、グラフェン、カーボンナノチューブ、カーボンナノリボン、カーボンナノホーン、グラフェンオキサイド、及びダイヤモンドライクカーボン等が挙げられる。また、アクリル樹脂のような炭素プレカーサーの薄膜を炭化したものであってもよい。ただし、これらに限定されず、均一性の高い大きさを有する透過孔を形成できる炭素材料であれば適宜利用できる。例えば、電気伝導性のある炭素粒子、例えばアセチレンブラック等の電気伝導性を有する炭素粒子、及び、キャボット社のVulcan XC72(商品名)等の導電性カーボンブラックであってもよい。
【0022】
導電性フィルターは膜状であってもよい。膜状の導電性フィルターを形成に用いるナノチューブインク又はスラリーは、必要に応じて分散剤、バインダー、導電性粒子(ナフィオンやイオン性液体等)、及び増粘剤からなる群より選ばれる少なくとも一種を含んでいてもよい。導電性フィルターは、透過孔を有する。透過孔の形状は特に限定されない。透過孔の大きさは、同一面積の円に換算したとき、直径10μm以下であってもよい。この透過孔を通過できる分子と通過できない分子とを導電性フィルターを備えるフィルターユニットで分離することができる。
【0023】
透過孔はナノウィンドウであってもよい。ナノウィンドウとは、ナノスケールの大きさの窓(間隙)である。ナノウィンドウの周縁は単一層の炭素原子で構成されていてもよい。ナノウィンドウの大きさよりも小さい物質(分子)は、ナノウィンドウによって透過が妨げられることなく、例えば超高速で炭素フィルターを透過することができる。
【0024】
ナノウィンドウは、グラフェンなどの膜に高温酸化や他の化学的方法によって穿孔して形成してもよい。炭素フィルターがカーボンナノチューブ又はカーボンナノホーンなどを凝集して形成した膜である場合、カーボンナノチューブ同士、カーボンナノホーン同士、又はカーボンナノチューブとカーボンナノホーンの間の間隙をナノウィンドウとしてもよい。
【0025】
炭素フィルター以外の導電性フィルターとしては、ポーラス構造を持ったITO、及び、ナノ貫通孔を有する白金薄膜などの金属膜が挙げられる。
【0026】
一対の電極は、例えば、作用電極とカウンター電極(対極)とを有していてもよい。一対の電極は、導電性フィルターに電圧を印加する。電極は、高い導電性を有するとともに、液中で使用する場合には耐腐食性を有することが好ましい。電極の材料としては、白金、銅、及び、銅等の表面に白金メッキを施したものが挙げられる。
【0027】
導電性の高い炭素フィルター自体を作用電極として用いることもできる。その他に、塩橋などの液相電極を用いることもできる。液相電極の効率はあまり高くないが、標準電極を使うことができるという利点がある。
【0028】
インシュレーターは、作用電極とカウンター電極との間を電気的に絶縁する機能を有する。作用電極によって導電性フィルターに電圧を印加するとともに、インシュレーターによって電流が流れることを防止する。これによって、電力消費を抑えることができる。
【0029】
図1図6は、フィルターユニットを構成する各部品の配置の例を模式的に示す図である。図1では、膜状の導電性フィルター1の一方面が円板状の作用電極2の一方面に接触している。導電性フィルター1の他方面は、円板状のインシュレーター4の一方面に接触している。インシュレーター4の他方面は、カウンター電極3に接触している。
【0030】
図2では、円板状の作用電極2の一方面に導電性フィルター1が接触し、作用電極2の他方面に円板状のインシュレーター4の一方面が接触している。インシュレーター4の他方面は、カウンター電極3に接触している。フィルターユニットを液中に配置する際には、図3に示すように、作用電極2が導電性フィルターから離間して配置され、液体を介して作用電極2と導電性フィルター1とが電気的に接触していてもよい。導電性フィルター1の他方面にはインシュレーター4の一方面が接触している。インシュレーター4の他方面は、カウンター電極3に接触している。
【0031】
図4では、導電性フィルター1の一方面に棒状の作用電極2の端部が接触している。導電性フィルター1の他方面にはインシュレーター4の一方面が接触している。導電性フィルター1に充分な電圧を偏りなく印加できることが好ましいので、この中では、図1及び図2が好ましい。
【0032】
図5では、導電性フィルター1とインシュレーター4とが離間して配置されている。この点以外は図1と同じである。カウンター電極3とインシュレーター4との間に他の物、又は第二の導電性フィルターが挟まれるようにしてもよい。図6では、カウンター電極3と、インシュレーター4とが離間して配置されている。この点以外は図1と同じである。フィルターユニットを液中に配置する際には、図5及び図6のように部材間を離間して配置してもよい。
【0033】
フィルターユニットにおける各部材の配置は上述の例に限定されず、例えば、導電性フィルター1は2つ以上配置されていてもよく、電極2,3も2対以上であってもよく、インシュレーター4も2つ以上であってもよい。
【0034】
図7は、フィルターユニットの一実施形態を示す図である。図7のフィルターユニット10は、フィルターホルダー6と、フィルターホルダー6内に収容された積層体15とを備える。積層体15は、流体の流通方向に沿って上流側から作用電極2、導電性フィルター1a、メンブレンフィルター5、導電性フィルター1b、及び、カウンター電極3を備える。
【0035】
導電性フィルター1a,1bは、例えば、ポリカーボネート製のメンブレンフィルター5に単層カーボンナノチューブを付着させて形成される炭素フィルターであってもよい。単層カーボンナノチューブの付着方法は、例えばスプレーコートであってもよい。ただし、導電性フィルター1a,1bは、このような製造方法に限定されず、ポリカーボネート製のメンブレンフィルター単層カーボンナノチューブのスラリーをバーコートして乾燥させて形成してもよい。
【0036】
導電性フィルター1a,1bが炭素フィルターである場合、例えば、カーボンナノチューブ同士の間隙が透過孔として機能する。メンブレンフィルター5はインシュレーターとして機能する。メンブレンフィルター5は、一対の導電性フィルター1a,1bに挟まれている。一対の導電性フィルター1a,1bと、白金メッシュで構成される円板状の電極2,3は、電極2,3が導電性フィルター1a,1bを外側から挟むようにして接触している。この例では、流体の流通方向に沿って、導電性フィルター1a,1bの上流側に作用電極2が配置され、下流側にカウンター電極3が配置されている。ただし、このような配置に限定されず、カウンター電極3を上流側に、作用電極2を下流側に配置してもよい。
【0037】
図8は、フィルターユニットの別の実施形態を示す図である。図8のフィルターユニット11は、フィルターホルダー6と、フィルターホルダー6内に収容された積層体15aとを備える。積層体15aは、流体の流通方向に沿って上流側から作用電極2、導電性フィルター1a、メンブレンフィルター5、導電性フィルター1b、及び、カウンター電極3を備える。この例ではカウンター電極3の厚みが図7の例のカウンター電極3よりも大きくなっている。このように各部材の厚みは、適宜変更してよい。カウンター電極3は、カーボンペーパーで形成してもよい。
【0038】
本開示のフィルターユニットは図7及び図8の実施形態に限定されない。例えば、フィルターユニット10(11)は、図1図6を参照して説明したような積層体を備えていてもよい。また、フィルターホルダー6の形状も、流体が積層体と接触できるような構造であれば特に限定されない。
【0039】
図9は、分離装置の一実施形態を示す図である。分離装置100は、フィルターユニット10と、フィルターユニット10に流体を導入する導入部30と、フィルターユニット10から流体を導出する導出部40と、を備える。フィルターユニット10は、図8に示すフィルターユニット11であってもよいし、別のフィルターユニットであってもよい。
【0040】
電源装置20は、電極2,3と電気的に接続されている。電源装置20を操作することによって、電極2,3の間の電位差を制御することができる。電極2,3の間に電位差が生じると、導電性フィルター1a,1bに電圧が印加され、電荷が生じる。導出部40は、一対の電極2,3によって導電性フィルター1a,1bに印加される電圧の変化に連動して流体の導出先を切り替える分岐部9を備える。このような分岐部9を用いれば、導電性フィルター1a,1bの電圧の変化に連動して流体の導出先を切り替える分岐工程を行うことができる。
【0041】
分岐部9は、例えば三方弁であってもよい。導出部40は、フィルターユニット11に接続され、流体を分岐部9に導く主流路7と、分岐部9に接続される2つの分岐流路8a,8bを備える。分岐部9には、制御部50からの制御信号が入力される。制御部50には、電源装置20から電極2,3の電位差に関する情報が入力される。分岐部9は、制御部50からの制御信号によって、流体の導出先を分岐流路8a又は分岐流路8bに選択的に切り替えることができる。
【0042】
制御部50は、電源装置20からの電圧情報に基づいて、分岐部9を操作するための制御信号を出力するものであり、例えば、CPU(Central Processing Unit)、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)及び入出力インターフェイスなどを備えていてよい。ただし、このような制御部50を備えることは必須ではない。例えば、電源装置20から電圧情報は分岐部9に直接入力されてもよい。
【0043】
分離装置100は、分岐部9が流体の導出先を切り替えることによって流体を2つに分離することができる。なお、分離する数は2つに限定されず、流体は3つ以上に分離されてもよい。また、導電性フィルター1a,1bに電圧を印加する電源装置20の操作(電圧の変更)と分岐部9による導出先の切り替えとが全く同時になされる必要はない。例えば、制御部50によって、電源装置20の操作から所定の時間差をおいて分岐部9による流体の導出先の切り替え操作が行われるようにしてもよい。例えば、主流路7の流通に所有する時間を考慮して時間差を設定すれば、流体の分離精度を一層高くすることができる。
【0044】
<液相における分離方法>
以下、フィルターユニットを用いた液相における分離方法について説明する。フィルターユニットを用いるイオン分離方法について説明する。導電性フィルター1(1a)の上流側に陰極(作用電極2)を接触させて0.1V~10Vの電圧を印加する。これによって、導電性フィルター1(1a)の透過孔において、流体に含まれるイオンには静電的な引力及び斥力が作用する。流体としてイオン溶液をフィルターユニットに導入すると、金属カチオンが陰極及び導電性フィルター1(1a)に引かれて導電性フィルター1(1a)を透過しにくくなる。また、これとともに、アニオンは導電性フィルター1(1a)に反発して導電性フィルター1(1a)を透過しにくくなる。これにより、イオン溶液は、導電性フィルター1(1a)の上流側の高濃度のカチオン溶液と、下流側の低濃度のカチオン溶液とに分離される。
【0045】
したがって、本開示のフィルターユニットを水道の配管中などに設置することによって、水から不要なイオン等を分離して除去又は低減することができる。たとえば、導電性フィルター1(1a)の上流側に陰極を接触させて電圧を印加すると、水中のアルカリ金属イオン(カルシウムイオン及びマグネシウムイオン)が陰極に引かれて導電性フィルター1を透過しにくくなる。このため、導電性フィルター1(1a)を透過した軟水を利用することができる。
【0046】
図9のように分岐部9を備える分離装置100とした場合、一例では、導電性フィルター1a,1bに電圧を印加したときに一方の分岐流路8bが主流路7と連通し、軟水を分岐流路8bの下流側へ導出することができる。電圧を印加しないときには分岐流路8aが主流路7と連通し、アルカリ金属イオン濃度が高い水を分岐流路8aの下流側に導出することができる。
【0047】
除去したいイオンがアニオンの場合には、導電性フィルター1の下流側から陰極(作用電極2)を接触させて電圧を印加し、インシュレーター4を挟んで上流側に陽極(カウンター電極3)を配置する。導電性フィルター1に電圧を印加すると、水中のアニオン(シリカイオン等)が陽極に引かれて導電性フィルター1を透過しにくくなるため、水からアニオン濃度の低い水を分離することができる。
【0048】
以上のように、本開示のフィルターユニットは、電荷によってイオンを引きつけて流体を分離する。すなわち、導電性フィルターの透過孔における電荷の分布の変化を利用して流体の分離を行うことができるため、気体又は液体等の流体の圧力を変えなくてもよい。このため、流体の分離に必要なエネルギーコストを節減することができる。また、電圧印加をオフにすると、導電性フィルター1の上流側に分離された対象物も下流側に流れる。そのため、従来の濾過のように上流側に対象物が蓄積されにくい。したがって、フィルター交換等のメンテナンスの頻度を低下させることができる。また、静電的な引力及び斥力を用いて流体を分離するため、従来の膜よりも低エネルギーコストで高性能の分離を実現することができる。
【0049】
さらに、導電性フィルター1(1a,1b)の下流側に、導電性フィルター1(1a,1b)への電圧の印加に連動して、主流路7と連通する分岐流路8a,8bを選択的に切り替える分岐部9を設けることにより、流体を2つに分離して、2つの流体(第1の流体と第2の流体)を分岐流路8aと分岐流路8bとに別々に導出することができる。
【0050】
<フレキシブルナノウィンドウを有する炭素フィルター>
本開示のフィルターユニットの導電性フィルターは、より効果的な分離を行う観点から、フレキシブルナノウィンドウを有する炭素フィルターであってもよい。フレキシブルナノウィンドウは、周縁(リム)を構成する炭素原子又はリム付近の炭素原子に後述する官能基が結合し、当該官能基がリムに形成されることによって、フレキシブルナノウィンドウのファンデルワールス直径より大きい分子を透過させることができる。以下、フレキシブルナノウィンドウを有するグラフェンを炭素フィルターとして採用した場合を中心に説明する。
【0051】
官能基はヘテロ原子を有していてもよい。ヘテロ原子とは水素と炭素以外の原子を意味する。ヘテロ原子の例としては、酸素(O)、窒素(N)、硫黄(S)、リン(P)、塩素(Cl)、ヨウ素(I)、臭素(Br)、及びホウ素(B)等が挙げられる。官能基は、化学的特性を付与する一般的な官能基であってもよい。ヘテロ原子を有する官能基として、ヒドロキシル基、カルボキシル基、及びカルボニル基等を例示することができる。以下の説明で、単に「官能基」というときは、上述のとおり、リムに形成されたものを意味する。
【0052】
図10図15は、互いにサイズの異なるフレキシブルナノウィンドウを有する炭素フィルターとリムの例を示すモデル図である。図10図15の各モデルにおいて、明るい灰色の原子は炭素(C)、暗い灰色の原子は酸素(O)、白色の原子は水素(H)を示している。NW-xとして示されているのは、ナノウィンドウのファンデルワールス直径φ(Å)である。図10のナノウィンドウのファンデルワールス直径は2.57Åである。
【0053】
図11図12図13図14図15のナノウィンドウのファンデルワールス直径は、それぞれ、2.73Å,2.97Å,3.30Å,3.70Å,3.78Åである。(各図に示すように、「NW-x」と表示したときのxは、フレキシブルナノウィンドウのファンデルワールス直径φ(Å)である。)このように、フレキシブルナノウィンドウのファンデルワールス直径は、フレキブルナノウィンドウに内接する円の最大直径に等しい。フレキブルナノウィンドウのファンデルワールス直径が大きくなるにつれて、流体(分子)の透過速度が大きくなる。その一方で、選択性は逆に低下する。
【0054】
したがって図14(NW-3.78)と図15(NW-3.70)のフレキシブルナノウィンドウは高い透過率と低い分離選択性を持つ。例えば、フレキシブルナノウィンドウのファンデルワールス直径を図13のサイズにすると、図14のフレキシブルナノウィンドウに比べて、Ar透過速度は50倍減少する。また、N/Ar選択性は20に増加し、分子篩としての効果がある。
【0055】
図16図10図15の各モデルにおける酸素、窒素及びアルゴンの各分子の透過率を、MDシミュレーションの一次モデルに適合させて求めた結果である。図16に示される透過率(単位μs-1)が透過率<0.004μs-1の場合は、分子が透過できないと解釈され得る。
【0056】
図10図15のフレキシブルナノウィンドウのうち、酸素の透過率と選択率を高い水準で両立できるものは、図12のものである。酸素の透過速度定数は47μs-1であり、これは600m STP・min-1・m-2に相当する。この場合、図16に示すようにO:N分離において50倍(O:Ar分離では1500倍)よりも大きい選択性を有する。なお、図16ではナノウィンドウのサイズ毎に3本の棒グラフが示されている。3本の棒グラフのうち、左側がO、中央がN、右側がArを示している。
【0057】
リムに形成された官能基に含まれるヘテロ原子の部分電荷は、フレキシブルナノウィンドウの内部にGV/mの強い静電界を誘起する。Nのような分極した荷電中心を有する分子とこの電界との相互作用が、フレキシブルナノウィンドウにおける分子の透過プロセスを促進する。さらに、フレキシブルナノウィンドウのリムにおける官能基の協調運動は、偏極した荷電中心を有する分子の透過を加速することができる。
【0058】
フレキシブルナノウィンドウのリムに形成された官能基に含まれる水素原子又は酸素原子のようなヘテロ原子と炭素原子との電気陰性度の差は、グラフェンネットワークの欠陥の追加とともに、ナノワイヤのリムを構成する原子の電子密度の不均質性を誘発する。リムに沿ったこれらの部分電荷は、フレキシブルナノウィンドウの周囲にGV/mオーダーの大きさの静電界を誘発する。この静電界は、O及びNの四極子モーメントのような永久的な多重極子を有する分子と引力的な相互作用をする。導入するヘテロ原子の例は窒素、酸素、硫黄、リン、塩素、ヨウ素、臭素、及びホウ素であり、特に酸素及びホウ素が効果的に作用する。電気陰性度の差によって酸素原子はドナー的に、ホウ素原子はアクセプター的にフレキシブルナノウィンドウのリムの炭素原子に関与して、フレキシブルナノウィンドウのリムに不均質な電子分布を与える。同様の効果はテトラチアフルバレン(TTF)のようなドナー物質、及びテトラシアノキノジメタン(TCNQ)のようなアクセプター物質の添加でも得られる。ただし、ヘテロ原子がフレキシブルナノウィンドウのリムにおいてエッジをなす方が直接的であり効果が大きい。また、フレキシブルナノウィンドウの形成、或いは、官能基又はヘテロ原子を導入するための処理によってフレキシブルナノウィンドウのリムに炭素原子の欠陥(欠陥部)が生じる場合がある。これは官能基又はヘテロ原子の導入と同じ効果をナノウィンドウのリムに与える。
【0059】
フレキシブルナノウィンドウのリムは、分子の透過中に振動し緩和することができる。このような環状ポリ芳香族分子のようなナノウィンドウの緩和は、透過分子の種類に応じて変化するものの、透過エネルギー障壁を従来から2~5倍減少させることができる。
【0060】
フレキシブルナノウィンドウを非周期的な多環ポリ芳香族分子の構造と同等の構造ととらえると、緩和の効果が非常に大きいことが期待される。なぜなら、このような非周期的な多環ポリ芳香族分子の構造は周期的な構造よりもはるかに強く、フォノン振動を生じさせるからである。フレキシブルナノウィンドウへリムの緩和を通した柔軟性の導入は、分子の透過と並行して起こるため、重要である。
【0061】
フレキシブルナノウィンドウにおけるファンデルワールス直径よりも大きい分子がフレキシブルナノウィンドウを透過するメカニズムは、以下のとおりである。フレキシブルナノウィンドウのリム又は官能基の電子と、透過する分子の電子の相互作用によって、フレキシブルナノウィンドウのリム又は官能基の電子分布が変化(協調)する。これによって、リム又は官能基と透過分子との間にクーロン的な引力を生じる(緩和)。その結果、フレキシブルナノウィンドウのリム自体の立体的な障害を透過分子の持つ運動エネルギーで充分に突破できる。リムの動的運動及びヘテロ原子によって生成される部分的電荷分布によって、気体等の分子が区別され、選択的な透過が起こる。O、N、及びArの最小の二次元形状は、それぞれ2.99Å,3.05Å及び3.63Åである。
【0062】
は、フレキシブルナノウィンドウのリム(官能基)との間で弱い協調がおこり、緩和も起こるが協調が弱いため緩和の効果が小さい(自身のサイズより小さいフレキシブルナノウィンドウを通過することができる)。Nは、フレキシブルナノウィンドウのリム(官能基)との間で強い協調が起こり、強い緩和が起こるため、緩和の効果が大きい(自身のサイズより小さいフレキシブルナノウィンドウを酸素よりも通過しやすい)。Arは、フレキシブルナノウィンドウのリム(官能基)との間で協調が起きないため、緩和の効果がない。
【0063】
ヒドロキシル基、カルボキシル基及びカルボニル基のような官能基は、フレキシブルナノウィンドウに対していくつかの配向を有する。それらの動的配向はフレキシブルナノウィンドウの形状を変化させ、透過機構及びその選択性に強く影響する。
【0064】
フレキシブルナノウィンドウのリムは静的ではなく、ブリージング振動しており、あたかも呼吸し緩和するようにふるまう。この振動も電荷分布と同じように、フレキシブルナノウィンドウのリム及びこれに形成された官能基と、透過分子とを協調させて緩和を発生させる。
【0065】
グラフェンはフォノン運動と固有の振動モードを持ち、ナノウィンドウのリムに協調振動を生じさせる。これらの振動は、ナノウィンドウの有効なサイズ及び/又は形状を変化させ、その透過特性を決定する。
【0066】
図17は、図18に示すフレキシブルナノウィンドウのブリージング振動を示す。ブリージング振動とは、あたかも呼吸するかのように、同心円状に伸び縮みする振動である。図17の四角形の色勾配は、N分子がフレキシブルナノウィンドウを透過したときの距離に対応し、より暗いマークは、グラフェン面により近いN中心に対応する。したがって、Nのグラフェンとの距離と、ブリージング振動との関係を示している。また、背景の濃淡は、図18に示すO1-O2原子間およびO3-O4原子間距離の分布を示し、色が濃いほどその距離にある頻度が高いということを示す。したがって、図17には次のことが示されている。すなわち、図18のナノウィンドウは、O1-O2原子間の距離及びO3-O4原子間の距離がそれぞれ6.16Åと6.54Åを中心として、約0.35Åの振幅で振動している。
【0067】
図19図22は、MDシミュレーションの結果を示す図である。図19図22において、薄い線は一回ごとのシミュレーションの実行結果を示す。濃い黒い線はすべての実行の平均値を示し、影の付いた領域は毎回の標準偏差である。挿入された小グラフは、平均に対する線形近似を含むすべてのデータの線形化である。また、図23図24図25において、矢印はO1原子及びO2原子を含むOH官能基の配向を示し、黒矢印はグラフェン面内にあることを、白抜き矢印は向かって奥への配向を、破線矢印は向かって手前への配向を示している。
【0068】
図17の距離ヒストグラムの形状から、リムのブリージング振動の協調動作は対称ではないことが明らかである。実際、図20に示すO1-O2原子間距離とO3-O4原子間距離とのピアソン相関係数は-0.38である。これはフレキシブルナノウィンドウのリムの長さの一方向が収縮する間にこれに垂直な一方向が伸びることを意味する。この透過分子と協調したフレキシブルナノウィンドウのリムの振動は、「窓呼吸(ウィンドウブリージング)」モードと呼ばれる小孔ゼオライトの骨格ダイナミクスにおいて観察されるものと非常に類似している。分子の透過は、より短いO-O原子間距離(すなわち、O1-O2原子間距離)がその平均を上回ったときに効果的に行われる。
【0069】
<官能基の回転による開閉>
フレキシブルナノウィンドウの官能基の自由回転とリムの振動が透過分子に対する一種のゲートを作る場合がある。プロテインのナノチャンネル(溝)を真似ることにより、負に荷電したカルボン酸基を有するフレキシブルナノウィンドウは、グラフェン壁の両側でイオン透過の非対称エネルギープロファイルを示すことが実証されている。これは、カルボン酸基がグラフェン面に向くようにグラフェン壁の両側に異なる環境を作り出す異なる方法によるものであった。このため、MDシミュレーションでは、柔軟な骨格を考慮して、エネルギー効率の良いフレキシブルナノウィンドウの構成をすべてサンプリングする必要がある。
【0070】
グラフェン面外の官能基も、その向きを動的に切り替えることができる。フレキシブルナノウィンドウのリムにおける官能基(例えば、図18のO1、O2、O3及びO4を含むヒドロキシル基)の配向による透過率の変化をMDシミュレートした。柔軟なNW-3.30のナノウィンドウを通したN透過のMDシミュレーションセット(図19参照)は、20ナノ秒までのシミュレーション時間であっても、透過速度(10±5μs-1)の非常に大きな変動を示す。ヒドロキシル基中のO原子に結合しているH原子(N分子と静電的に相互作用する)は、H-O-C-Cの二面角の回転に応じて動きの自由度を有する。しかし、局所エネルギー最小構成(特定の時間にナノウィンドウの骨格を急冷する場合)においてH原子は一時的にロックされる。
【0071】
これにより、透過の3つの異なる速度レジームを特定することが可能になる。H-O1とH-O2の原子対が互いにグラフェン面の反対側に向かって且つ離間する方向を向いていると、速い透過レジーム(k=28±11μs-1図20)が生じる(図23を参照。各O原子の表記は図18も参照)。これは、より大きなナノウィンドウ空間が透過するNのために開放されることを可能にする。これらのすべての場合において、H-O2は図23の手前側を向くことにより、透過のための好都合な環境を作り出す。中程度の透過速度(図21のk=3.3±0.5μs-1)では、H-O1とH-O2との原子対は、互いにグラフェン面外の反対方向で且つ収束する方向を向くか、もしくは互いにグラフェン面外の同じ方向ではあるが離間する方向を向く(図24を参照)。最後に、遅い速度の透過レジーム(k=0.1±0.2μs-1図22)では、両方の原子対がグラフェン面外の同じ方向で且つ収束する方向を指す(図25を参照)。その結果、透過しようとする物質をブロックする原子ゲートのようにふるまう。
【0072】
遅い速度の透過レジームでは、官能基H-O1およびH-O2のねじれにより、Nの透過にとってフレキシブルナノウィンドウが純粋に静電ゲートとなる(Hは分散相互作用を欠く充電点としてモデル化されるため)。このときO1-O2原子間距離が最短の開放距離にある。このことから、O1-O2原子間距離が透過において主要な役割を果たすことだけでなく、H原子の位置が静電的に相互作用する分子に対する原子ゲートとして挙動することもわかる。これは、フレキシブルナノウィンドウのリム内に他の静電的官能基を含めることによっても、この効果を利用できる可能性が高いことを示している。
【0073】
はNよりも小さいので、Nの場合よりも小さいNW-2.73以下のフレキシブルナノウィンドウにおいてゲートの開閉が発生する。
【0074】
図26及び図27は、フレキシブルナノウィンドウの開閉挙動(原子ゲート)を説明するための図である。両図において、明るい灰色の原子は炭素(C)を、暗い灰色の原子は酸素(O)、白色の原子は水素(H)を示している。図26は、ナノウィンドウが開いた透過状態の2つの例が示されている。これらの例では、対極にある1対の水素原子は、グラフェン面を基準にして互いに反対方向に向いている。図26のナノウィンドウは、3.78Åのファンデルワールス直径を有する。
【0075】
図27は、フレキシブルナノウィンドウが閉じた非透過状態(原子ゲート)の2つの例が示されている。図27の非透過状態では、対極にある1対の水素原子は、グラフェン面を基準にして互いに同じ方向に向いている。図26及び図27の各図において左下のエネルギー差ΔEは、図26左側の図を基準(0)としている。
【0076】
第一の事例では、図26に示すように、リムに結合している水素がグラフェン面に対し反対方向へ開くときにOを透過させる遅い体制が生じる(速度定数1.8μs-1)。第二の事例では、図27に示すように、互いに対向する水素がグラフェン面に対し同じ方向に曲がる。これによってフレキシブルナノウィンドウが閉じられ原子ゲートのようにふるまう。このようにして不透過性体制が生じる(速度定数<0.001μs-1)。フレキシブルナノウィンドウが開放された位置(図26の左側の図)は、閉じたフレキシブルナノウィンドウと比較してわずかに熱力学的に有利である(ΔE=-1.3kJ/mol)。
【0077】
このように2種以上の配向を有する官能基を有するグラフェンを得る方法としては、例えば、グラフェンを空気中、600Kで10分間加熱処理する方法が挙げられる。これによって、所望のサイズのフレキシブルナノウィンドウを形成することができる。また、このグラフェンを例えば1mol/Lの硝酸水溶液に300Kの温度条件下で1時間浸漬してヘテロ原子を導入する。その後、超純水で洗浄後、ポリカーボネート製のメンブレンフィルターに転写して、メンブレンフィルターホルダーにセットして、気体分子膜とすることができる。露出したフレキシブルナノウィンドウの一部のエッジは-H、-OHまたはC-O-C終端で不動態化されている。
【0078】
リム(官能基)の電荷分布を利用したフレキシブルナノウィンドウの開閉動作には、電圧の印加又は赤外線照射等が有効である。電圧の印加でナノウィンドウのリムの電荷分布は簡単に制御できる。例えばグラフェン全体を電子リッチの状態になるように電圧を印加すると、ナノウィンドウのリムは電子で満たされフレキシブルナノウィンドウは閉状態となる。
【0079】
赤外線のような電磁波を照射すると、官能基は熱運動で回転又はライブレーション運動が活発となり、フレキシブルナノウィンドウは閉状態となる。また、フレキシブルナノウィンドウのリムは電磁波照射によって生ずるフォノンの効果で、フレキシブルナノウィンドウが閉状態となる。また、グラフェンに赤外線を弱く照射して、分子透過性の高い状態に維持したのち、赤外線照射をやめて、官能基の配置をフレキシブルナノウィンドウの開状態に維持して冷却することで、フレキシブルナノウィンドウを開状態に保持できる。
【0080】
フレキシブルナノウィンドウは、自身のファンデルワールス直径より大きい分子を透過させることができる。たとえば、ファンデルワールス直径が3.0ÅのO分子は、閉状態においてファンデルワールス直径が2.7Åのナノウィンドウを、開状態にすることによって600m・min-1・m-2の超高速で容易に透過できる。また、ファンデルワールス直径がほぼ同じ2種の分子について、一方がフレキシブルナノウィンドウと作用し、他方が作用しない場合には、この2種の分子をフレキシブルナノウィンドウによって分離することが可能となる。
【0081】
<気相における分離方法>
以下、フィルターユニットを用いた気相における分離方法について説明する。本開示のフィルターユニットを用いて、乾燥空気をOとNとArとに分離する場合を説明する。導電性フィルター1としては、例えば、フレキシブルナノウィンドウを有する炭素フィルターを用いる。電荷をオフにした状態で、図7又は図8に示すようなフィルターユニット10,11に乾燥空気を供給すると、Oは導電性フィルター1(1a、1b)を透過する。一方、N及びArは透過しない。このため、導電性フィルター1の下流で、フィルターユニット10,11に導入される乾燥空気よりもO濃度が高い気体が得られる。その後、導電性フィルター1(1a、1b)に1V~100Vの電圧を印加すると、Nの透過量は多くなるがArの透過量は変化しない。このため、導電性フィルター1の上流側では、乾燥空気よりもAr濃度が高い気体が得られる。また電圧印加直後であれば、滞留していた窒素が透過孔を通過するので導電性フィルターの下流側では乾燥空気よりもN濃度が高い気体が得られる。
【0082】
従来のカーボン分子篩は、O:Nの選択比について約30倍を達成することができるが、拡散制限が大きく透過速度には限界があった。ポリスルホン、ポリカーボネート及びポリイミド等の市販のポリマーは、O:Nについて透過速度の点で約6倍の選択比に達することができた。しかし、混合マトリックスを含む高分子膜を含む最良の膜でさえ、O:Nの選択比で10倍を超えることはめったにない。このようなポリマーによる分離では、フレキシブルナノウィンドウよりも数桁規模で低い分子選択性しか得られない。一方で、本開示では、上述のように分子の分離の選択性(分子選択性)に優れるとともに、分離に必要なエネルギーコストを低減し、且つCO排出量の大幅に削減することが可能になる。
【0083】
以上のように、フレキシブルナノウィンドウを有する炭素フィルターを用いることにより、ファンデルワールス直径がほぼ同じ2種の分子を分離することができる。また、従来の膜よりも低エネルギーコストで高性能の分離を実現することができる。
【0084】
以上、幾つかの実施形態を説明したが、本開示は上述の実施形態に限定されるものではない。例えば、フィルターユニットは複数対の電極を有していてもよい。フィルターユニットは、インシュレーター及び導電性フィルターの少なくとも一方を、複数備えていてもよい。
【実施例
【0085】
実施例を参照して本開示の内容をより詳細に説明するが、本開示は下記の実施例に限定されるものではない。
【0086】
(実施例1)
直噴熱分解合成(DIPS)によって合成された単層カーボンナノチューブ(名城ナノカーボン社製、商品名:EC2.0)を準備した。この単層カーボンナノチューブの分散液を、ポリカーボネート製のメンブレンフィルター(メルク株式会社製、アイソポア)の一方面にスプレーコートした。100℃に加熱して乾燥した後、メンブレンフィルターの他方面にも単層カーボンナノチューブの分散液をスプレーコートした。100℃に加熱した乾燥した後、さらに200℃で5分間ベークした。このようにして、円板状のメンブレンフィルターの両面のそれぞれに膜状の炭素フィルターを形成した。この炭素フィルターでは、炭素フィルターを構成するカーボンナノチューブ同士の間隙が透過孔として機能する。また、メンブレンフィルターはインシュレーターとして機能する。
【0087】
電極用に円板状の白金メッシュを2つ準備した。メンブレンフィルターの両面に形成された一対の膜状の炭素フィルターを、一対の白金メッシュで挟み込んで積層体を得た。この積層体を、フィルターホルダー内に収容してフィルターユニットを得た。このフィルターユニットは、図7に示すような構成を有していた。
【0088】
(実施例2)
電極用に円板状の白金メッシュとカーボンペーパーを一つずつ準備した。実施例1と同じ手順で作製した、メンブレンフィルターの両面に形成された一対の膜状の炭素フィルターを、白金メッシュとカーボンペーパーで挟み込んで積層体を得た。この積層体を、フィルターホルダー内に収容してフィルターユニットを得た。このフィルターユニットは、図8に示すような構成を有していた。
【0089】
(実施例3)
図28に示すような構造を有するフィルターユニット12を以下の手順で作製した。平均開口径1μmの貫通孔を開けた厚さ10μmのポリイミド樹脂製のフィルムを調製した。このフィルムに単層グラフェン(Graphena社製)を転写し、空気中250℃で加熱して単層グラフェンにフレキシブルナノウィンドウを形成した。転写した単層グラフェンが導電性フィルター1に相当し、ポリイミドフィルムがインシュレーター4に相当する。露出したフレキシブルナノウィンドウの一部のエッジは-H、-OH、又はC-O-C終端で不動態化されていた。
【0090】
次いで、円板状の外形を有する白金メッシュを作用電極2として導電性フィルター1に接触するように積層した。カーボンペーパーをカウンター電極3としてインシュレーター4に接触するように積層した。白金メッシュで構成される作用電極2が上流側、カーボンペーパーで構成されるカウンター電極3が下流側となるように、積層体15bをフィルターホルダー6内に収容してフィルターユニット12とした。
【0091】
(実施例4)
市販のグラフェンを空気中、600Kで10分間加熱処理してフレキシブルナノウィンドウを形成した。このグラフェンを1mol/Lの硝酸水溶液に、300Kで1時間浸漬してフレキシブルナノウィンドウにヘテロ原子を導入した。超純水で洗浄後、ポリカーボネート製のメンブレンフィルターに転写して、メンブレンフィルターホルダーにセットして、気体分子膜とした。露出したフレキシブルナノウィンドウの一部のエッジは-H、-OH又はC-O-C終端で不動態化されていた。このようにして2種以上の配向を有する官能基が結合したフレキシブルナノウィンドウを有する導電性フィルターを得た。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本開示によれば、流体を高い精度で分離することが可能なフィルターユニット、分離装置及び分離方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0093】
1,1a,1b…導電性フィルター、2…電極(作用電極)、3…電極(カウンター電極)、4…インシュレーター、5…メンブレンフィルター、6…フィルターホルダー、7…主流路、8a,8b…分岐流路、9…分岐部、10,11,12…フィルターユニット、15,15a,15b…積層体、20…電源装置、30…導入部、40…導出部、50…制御部、100…分離装置。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25
図26
図27
図28