(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-23
(45)【発行日】2023-05-31
(54)【発明の名称】ホットスタンプ用めっき鋼板
(51)【国際特許分類】
C25D 5/26 20060101AFI20230524BHJP
B21D 22/20 20060101ALI20230524BHJP
C22C 18/00 20060101ALI20230524BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230524BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20230524BHJP
C21D 1/18 20060101ALN20230524BHJP
C21D 9/00 20060101ALN20230524BHJP
【FI】
C25D5/26 G
B21D22/20 H
C22C18/00
C22C38/00 301T
C22C38/00 302A
C22C38/60
C21D1/18 C
C21D9/00 A
(21)【出願番号】P 2021521898
(86)(22)【出願日】2020-05-29
(86)【国際出願番号】 JP2020021445
(87)【国際公開番号】W WO2020241866
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2021-10-25
(31)【優先権主張番号】P 2019102273
(32)【優先日】2019-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100187702
【氏名又は名称】福地 律生
(74)【代理人】
【識別番号】100162204
【氏名又は名称】齋藤 学
(74)【代理人】
【識別番号】100195213
【氏名又は名称】木村 健治
(72)【発明者】
【氏名】高橋 武寛
(72)【発明者】
【氏名】前田 大介
(72)【発明者】
【氏名】竹林 浩史
【審査官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/063467(WO,A1)
【文献】特開2017-179589(JP,A)
【文献】特開2016-125101(JP,A)
【文献】国際公開第2015/125887(WO,A1)
【文献】特開2017-115191(JP,A)
【文献】特開2012-233247(JP,A)
【文献】A.Tozar,I.H.Karahan,“Structural and corrosion protection properties of electrochemically deposited nano-sized Zn-Ni alloy coatings”,Applied Surface Science,2014年11月01日,vol.318,pp.15-23
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、前記鋼板の少なくとも片面に形成されたZn-Niめっき層とを有し、前記Zn-Niめっき層において、Ni濃度が8質量%以上であり、めっき付着量が片面あたり10g/m
2以上90g/m
2以下であり、平均結晶粒径が10nm以上50nm以下であり、前記Zn-Niめっき層中のC濃度が
0.01質量%未満である、ホットスタンプ用めっき鋼板。
【請求項2】
前記鋼板が、質量%で、
C:0.05%以上0.70%以下、
Mn:0.5%以上11.0%以下、
Si:0.05%以上2.00%以下、
Al:0.001%以上1.500%以下、
P:0.100%以下、
S:0.100%以下、
N:0.010%以下、
O:0.010%以下、
B:0%以上0.0040%以下、
Cr:0%以上2.00%以下、
Ti:0%以上0.300%以下、
Nb:0%以上0.300%以下、
V:0%以上0.300%以下、
Zr:0%以上0.300%以下、
Mo:0%以上2.000%以下、
Cu:0%以上2.000%以下、
Ni:0%以上2.000%以下、
Sb:0%以上0.100%以下、
Ca:0%以上0.0100%以下、
Mg:0%以上0.0100%以下、及び
REM:0%以上0.1000%以下
を含有し、残部が鉄及び不純物からなる、請求項1に記載のホットスタンプ用めっき鋼板。
【請求項3】
前記鋼板が、質量%で、
B:0.0005%以上0.0040%以下、
Cr:0.01%以上2.00%以下、
Ti:0.001%以上0.300%以下、
Nb:0.001%以上0.300%以下、
V:0.001%以上0.300%以下、
Zr:0.001%以上0.300%以下、
Mo:0.001%以上2.000%以下、
Cu:0.001%以上2.000%以下、
Ni:0.001%以上2.000%以下、
Sb:0.001%以上0.100%以下、
Ca:0.0001%以上0.0100%以下、
Mg:0.0001%以上0.0100%以下、及び
REM:0.0001%以上0.1000%以下
からなる群より選択される少なくとも一種を含有する、請求項2に記載のホットスタンプ用めっき鋼板。
【請求項4】
前記平均結晶粒径が40nm以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載のホットスタンプ用めっき鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ホットスタンプ用めっき鋼板、より具体的にはZn-Niめっき層を有するホットスタンプ用めっき鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車用部材に使用される鋼板の成形には、ホットスタンプ法(熱間プレス法)が多く使用されている。ホットスタンプ法とは、鋼板をオーステナイト域の温度に加熱した状態でプレス成形し、成形と同時にプレス金型により焼入れ(冷却)を行う方法であり、強度及び寸法精度に優れる鋼板の成形方法の1つである。
【0003】
ホットスタンプに使用される鋼板において、鋼板表面にZn-Niめっき層が設けられる場合がある。特許文献1では、鋼板表面に融点が800℃以上であり、片面当たりの付着量が10~90g/m2のZn-Niめっき層等のめっき層を有するホットスタンプ用鋼板が開示されている。また、特許文献2では、鋼板表面に、10~25質量%のNiを含み、残部がZn及び不可避的不純物からなり、付着量が10~90g/m2のめっき層を有し、前記めっき層のη相含有率が5質量%以下であるホットスタンプ用鋼板が開示されている。さらに、特許文献3では、鋼板表面に、順に、60質量%以上のNiを含み、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、付着量が0.01~5g/m2のめっき層Iと、10~25質量%のNiを含み、残部がZnおよび不可避的不純物からなり、付着量が10~90g/m2のめっき層IIとを有するホットスタンプ用鋼板が開示されている。また、特許文献4では、下地鋼板と、該下地鋼板上に形成された、10~25質量%のNiを含有し残部がZnおよび不可避的不純物からなるめっき層と、を備え、前記めっき層の片面あたりの付着量が10~90g/m2であるめっき鋼板を、850~950℃まで加熱し、前記加熱後のめっき鋼板の温度が650~800℃のときに、熱間プレス成形を開始することを特徴とする熱間プレス部材の製造方法が記載されている。
【0004】
Zn-Niめっき層に関連して、特許文献5~7には、それぞれ、当該めっき層の平均結晶粒径を調整することで、クロメート処理後の外観を安定に保つこと、プレス加工性を向上すること、及び化成処理性を向上することが教示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-197505号公報
【文献】特開2016-29214号公報
【文献】特開2012-233247号公報
【文献】国際公開第2015/001705号
【文献】特開2009-127126号公報
【文献】特開平6-116781号公報
【文献】特開平3-68793号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
鋼板の表面にZnめっき層又はZn-Niめっき層のようなZn合金めっき層が形成されためっき鋼板にホットスタンプ法を適用すると、液体金属脆化(Liquid Metal Embrittlement、以下、「LME」という)が起こり得る。LMEとは、固体金属の表面に液体金属が接触した状態で応力(例えば引張応力)を与えた場合に、液体金属が固体金属中に侵入することで固体金属が脆化する現象である。Znめっき層又はZn合金めっき層を有する鋼板にホットスタンプ法を適用した場合、当該めっき層の融点がホットスタンプの加熱温度より低いと、鋼板の表面でめっき層が溶融して液相となり得る。そのため、そのような加熱温度でホットスタンプ成形すると、Zn-Niめっき層中のZnが鋼板の粒界中に侵入し、LMEが発生するおそれがある。そうすると、得られたホットスタンプ成形体にクラック(「LME割れ」ともいう)が生じるおそれがある。
【0007】
特許文献1に記載のホットスタンプ用鋼板では、耐LME性を得るために、鋼板上に融点が800℃以上のめっき層を設けている。また、特許文献1には、めっき層の融点がホットスタンプの加熱温度より低い場合には、なるべく高融点金属でめっきすれば溶融金属と母材鋼板とが接触する時間が短いため、耐液体金属脆性は良好となることが記載されている。しかしながら、めっき層の融点が800℃以上であっても、当該めっき層の融点がホットスタンプ時の加熱温度より低い場合は、ホットスタンプの加熱時のめっき層の溶融は完全には防げない。そのため、ホットスタンプの成形時に溶融しためっき層が鋼板の粒界中に侵入し、LMEを引き起こすおそれがある。
【0008】
特許文献2及び3には、鋼板上にZn-Niめっき層を有するホットスタンプ用鋼板が開示されているものの、LME抑制については検討されていない。一方、特許文献4では、熱間プレス成形を所定の温度で開始することによりLME割れを防ぐことが教示されているものの、LME割れを防ぐためのZn-Niめっき鋼板の構成については十分に検討されていない。
【0009】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、ホットスタンプの成形時のZn-Niめっき層の溶融を防止し、LMEを十分に抑制することが可能なホットスタンプ用めっき鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、ホットスタンプの成形時のLMEを十分に抑制するためには、鋼板上に形成されたZn-Niめっき層におけるめっき平均結晶粒径を微細化することが有効であることを見出した。結晶粒径が微細なめっきにすることで、ホットスタンプの加熱時にZn-Niめっき層のZnが動きやすい状態になり、めっき層中の多くのZnを下地の鋼板に拡散させることが可能となる。そうすると、めっき層のZn濃度が低減され、すなわち相対的にめっき層のNi濃度が増加し、当該めっき層の融点が高くなる。また、めっき層中への母材鋼板のFe拡散量も増加し、めっき層中のFe濃度が増加することによっても当該めっき層の融点が高くなる。そのため、ホットスタンプの成形時には、めっき層が液相として存在せず、また、加熱時に鋼板中に拡散したZnは鋼板中のFeと合金化して完全な固溶体となり、LMEを抑制することができる。また、本発明者らは、平均結晶粒径の制御に加えて、Znが鋼板に拡散した後にめっき層が十分な融点を得るために、ホットスタンプ前のめっき層中のNi濃度を所定の値以上としておくことが有効であり、さらに、Znが鋼板に拡散しやすくするために、めっき層を過剰に厚くしないことが有効であることを見出した。
【0011】
本発明は、上記知見を基になされたものであり、その主旨は以下のとおりである。
(1)
鋼板と、前記鋼板の少なくとも片面に形成されたZn-Niめっき層とを有し、前記Zn-Niめっき層において、Ni濃度が8質量%以上であり、めっき付着量が片面あたり10g/m2以上90g/m2以下であり、平均結晶粒径が50nm以下である、ホットスタンプ用めっき鋼板。
(2)
前記鋼板が、質量%で、
C:0.05%以上0.70%以下、
Mn:0.5%以上11.0%以下、
Si:0.05%以上2.00%以下、
Al:0.001%以上1.500%以下、
P:0.100%以下、
S:0.100%以下、
N:0.010%以下、
O:0.010%以下、
B:0%以上0.0040%以下、
Cr:0%以上2.00%以下、
Ti:0%以上0.300%以下、
Nb:0%以上0.300%以下、
V:0%以上0.300%以下、
Zr:0%以上0.300%以下、
Mo:0%以上2.000%以下、
Cu:0%以上2.000%以下、
Ni:0%以上2.000%以下、
Sb:0%以上0.100%以下、
Ca:0%以上0.0100%以下、
Mg:0%以上0.0100%以下、及び
REM:0%以上0.1000%以下
を含有し、残部が鉄及び不純物からなる、(1)に記載のホットスタンプ用めっき鋼板。
(3)
前記鋼板が、質量%で、
B:0.0005%以上0.0040%以下、
Cr:0.01%以上2.00%以下、
Ti:0.001%以上0.300%以下、
Nb:0.001%以上0.300%以下、
V:0.001%以上0.300%以下、
Zr:0.001%以上0.300%以下、
Mo:0.001%以上2.000%以下、
Cu:0.001%以上2.000%以下、
Ni:0.001%以上2.000%以下、
Sb:0.001%以上0.100%以下、
Ca:0.0001%以上0.0100%以下、
Mg:0.0001%以上0.0100%以下、及び
REM:0.0001%以上0.1000%以下
からなる群より選択される少なくとも一種を含有する、(2)に記載のホットスタンプ用めっき鋼板。
(4)
前記平均結晶粒径が40nm以下である、(1)~(3)のいずれかに記載のホットスタンプ用めっき鋼板。
(5)
前記Zn-Niめっき層中のC濃度が1質量%未満である、(1)~(4)のいずれかに記載のホットスタンプ用めっき鋼板。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、ホットスタンプの加熱時にめっき層中の多くのZnを下地の鋼板に拡散させること、また、めっき層中への母材鋼板のFe拡散量も増加させてめっき層中のFe濃度を増加させることで、当該めっき層の融点を高くし、ホットスタンプの成形時にめっき層が液相になることを防止し、LMEが発生しないホットスタンプ用めっき鋼板を提供することができる。その結果、LME割れのないホットスタンプ成形体を得ることが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<ホットスタンプ用めっき鋼板>
本発明に係るホットスタンプ用めっき鋼板は、鋼板と、鋼板の少なくとも片面に形成されたZn-Niめっき層とを有する。好ましくは、Zn-Niめっき層は鋼板の両面に形成される。また、本発明においては、Zn-Niめっき層は鋼板上に形成されていればよく、鋼板とZn-Niめっき層との間に他のめっき層が設けられていてもよい。
【0014】
[鋼板]
本発明における鋼板の成分組成は、鋼板をホットスタンプに使用することができれば特に限定されない。以下では、本発明における鋼板に含まれ得る元素について説明する。なお、成分組成についての各元素の含有量を表す「%」は特に断りがない限り質量%を意味する。
【0015】
好ましくは、本発明における鋼板は、質量%で、C:0.05%以上0.70%以下、Mn:0.5%以上11.0%以下、Si:0.05%以上2.00%以下、Al:0.001%以上1.500%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、N:0.010%以下、及びO:0.010%以下を含有することができる。
【0016】
(C:0.05%以上0.70%以下)
C(炭素)は、鋼板の強度を向上させるのに有効な元素である。自動車用部材には、例えば980MPa以上の高強度が求められる場合がある。強度を十分に確保するためには、C含有量を0.05%以上とすることが好ましい。一方、Cを過度に含有すると鋼板の加工性が低下する場合があるため、C含有量を0.70%以下とすることが好ましい。C含有量の下限は、好ましくは0.10%、より好ましくは0.12%、さらに好ましくは0.15%、最も好ましくは0.20%である。また、C含有量の上限は、好ましくは0.65%、より好ましくは0.60%、さらに好ましくは0.55%、最も好ましくは0.50%である。
【0017】
(Mn:0.5%以上11.0%以下)
Mn(マンガン)は、ホットスタンプの際の焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。この効果を確実に得るためには、Mn含有量を0.5%以上とすることが好ましい。一方、Mnを過度に含有すると、Mnが偏析してホットスタンプ後の成形体の強度等が不均一になるおそれがあるため、Mn含有量を11.0%以下とすることが好ましい。Mn含有量の下限は、好ましくは1.0%、より好ましくは2.0%、さらに好ましくは2.5%、さらにより好ましくは3.0%、最も好ましくは3.5%である。Mn含有量の上限は、好ましくは10.0%、より好ましくは9.5%、さらに好ましくは9.0%、さらにより好ましくは8.5%、最も好ましくは8.0%である。
【0018】
(Si:0.05%以上2.00%以下)
Si(ケイ素)は、鋼板の強度を向上させるのに有効な元素である。強度を十分に確保するためには、Si含有量を0.05%以上とすることが好ましい。一方、Siを過度に含有すると、加工性が低下する場合があるため、Si含有量を2.00%以下とすることが好ましい。Si含有量の下限は、好ましくは0.10%、より好ましくは0.15%、さらに好ましくは0.20%、最も好ましくは0.30%である。Si含有量の上限は、好ましくは1.80%、より好ましくは1.50%、さらに好ましくは1.20%、最も好ましくは1.00%である。
【0019】
(Al:0.001%以上1.500%以下)
Al(アルミニウム)は、脱酸元素として作用する元素である。脱酸の効果を得るためには、Al含有量を0.001%以上とすることが好ましい。一方、Alを過剰に含有すると加工性が低下するおそれがあるため、Al含有量を1.500%以下とすることが好ましい。Al含有量の下限は、好ましくは0.010%、より好ましくは0.020%、さらに好ましくは0.050%、最も好ましくは0.100%である。Al含有量の上限は、好ましくは1.000%、より好ましくは0.800%、さらに好ましくは0.700%、最も好ましくは0.500%である。
【0020】
(P:0.100%以下)
(S:0.100%以下)
(N:0.010%以下)
(O:0.010%以下)
P(リン)、S(硫黄)、N(窒素)及び酸素(O)は不純物であり、少ない方が好ましいため、これらの元素の下限は特に限定されない。ただし、これらの元素の含有量を0%超又は0.001%以上としてもよい。一方、これらの元素を過剰に含有すると、靭性、延性及び/又は加工性が劣化するおそれがあるため、P及びSの上限を0.100%、N及びOの上限を0.010%とすることが好ましい。P及びSの上限は、好ましくは0.080%、より好ましくは0.050%である。N及びOの上限は、好ましくは0.008%、より好ましくは0.005%である。
【0021】
本発明における鋼板の基本成分組成は上記のとおりである。さらに、当該鋼板は、必要に応じて、残部のFeの一部に替えて以下の任意選択元素のうち少なくとも一種を含有してもよい。例えば、鋼板は、B:0%以上0.0040%を含有してもよい。また、鋼板は、Cr:0%以上2.00%以下を含有してもよい。また、鋼板は、Ti:0%以上0.300%以下、Nb:0%以上0.300%以下、V:0%以上0.300%以下、及びZr:0%以上0.300%以下からなる群より選択される少なくとも一種を含有してもよい。また、鋼板は、Mo:0%以上2.000%以下、Cu:0%以上2.000%以下、及びNi:0%以上2.000%以下からなる群より選択される少なくとも一種を含有してもよい。また、鋼板は、Sb:0%以上0.100%以下を含有してもよい。また、鋼板は、Ca:0%以上0.0100%以下、Mg:0%以上0.0100%以下、及びREM:0%以上0.1000%以下からなる群より選択される少なくとも一種を含有してもよい。以下、これらの任意選択元素について詳しく説明する。
【0022】
(B:0%以上0.0040%以下)
B(ホウ素)は、ホットスタンプの際の焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。B含有量は0%であってもよいが、この効果を確実に得るためには、B含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。一方、Bを過度に含有すると、鋼板の加工性が低下するおそれがあるため、B含有量を0.0040%以下とすることが好ましい。B含有量の下限は、好ましくは0.0008%、より好ましくは0.0010%、さらに好ましくは0.0015%である。また、B含有量の上限は、好ましくは0.0035%、より好ましくは0.0030%である。
【0023】
(Cr:0%以上2.00%以下)
Cr(クロム)は、ホットスタンプの際の焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。Cr含有量は0%であってもよいが、この効果を確実に得るためには、Cr含有量は0.01%以上とすることが好ましい。Cr含有量は0.10%以上、0.50%以上又は0.70%以上であってもよい。一方、Crを過度に含有すると、鋼材の熱的安定性が低下する場合がある。したがって、Cr含有量は2.00%以下とすることが好ましい。Cr含有量は1.50%以下、1.20%以下又は1.00%以下であってもよい。
【0024】
(Ti:0%以上0.300%以下)
(Nb:0%以上0.300%以下)
(V:0%以上0.300%以下)
(Zr:0%以上0.300%以下)
Ti(チタン)、Nb(ニオブ)、V(バナジウム)及びZr(ジルコニウム)は金属組織の微細化を通じ、引張強さを向上させる元素である。これらの元素の含有量は0%であってもよいが、この効果を確実に得るためには、Ti、Nb、V及びZr含有量は0.001%以上とすることが好ましく、0.010%以上、0.020%以上又は0.030%以上であってもよい。一方、Ti、Nb、V及びZrを過度に含有すると、効果が飽和するとともに製造コストが上昇する。このため、Ti、Nb、V及びZr含有量は0.300%以下とすることが好ましく、0.150%以下、0.100%以下又は0.060%以下であってもよい。
【0025】
(Mo:0%以上2.000%以下)
(Cu:0%以上2.000%以下)
(Ni:0%以上2.000%以下)
Mo(モリブデン)、Cu(銅)及びNi(ニッケル)は、引張強さを高める作用を有する。これらの元素の含有量は0%であってもよいが、この効果を確実に得るためには、Mo、Cu及びNi含有量は0.001%以上とすることが好ましく、0.010%以上、0.050%以上又は0.100%以上であってもよい。一方、Mo、Cu及びNiを過度に含有すると、鋼材の熱的安定性が低下する場合がある。したがって、Mo、Cu及びNi含有量は2.000%以下とすることが好ましく、1.500%以下、1.000%以下又は0.800%以下であってもよい。
【0026】
(Sb:0%以上0.100%以下)
Sb(アンチモン)は、めっきの濡れ性や密着性を向上させるのに有効な元素である。Sb含有量は0%であってもよいが、この効果を確実に得るためには、Sb含有量は0.001%以上とすることが好ましい。Sb含有量は0.005%以上、0.010%以上又は0.020%以下であってもよい。一方、Sbを過度に含有すると、靭性の低下を引き起す場合がある。したがって、Sb含有量は0.100%以下とすることが好ましい。Sb含有量は0.080%以下、0.060%以下又は0.050%以下であってもよい。
【0027】
(Ca:0%以上0.0100%以下)
(Mg:0%以上0.0100%以下)
(REM:0%以上0.1000%以下)
Ca(カルシウム)、Mg(マグネシウム)及びREM(希土類金属)は、介在物の形状を調整することによりホットスタンプ後の靭性を向上させる元素である。これらの元素の含有量は0%であってもよいが、この効果を確実に得るためには、Ca、Mg及びREM含有量は0.0001%以上とすることが好ましく、0.0010%以上、0.0020%以上又は0.0040%以上であってもよい。一方、Ca、Mg及びREMを過度に含有すると、効果が飽和するとともに製造コストが上昇する。このため、Ca及びMg含有量は0.0100%以下とすることが好ましく、0.0080%以下、0.0060%以下又は0.0050%以下であってもよい。同様に、REM含有量は0.1000%以下とすることが好ましく、0.0800%以下、0.0500%以下0.0100%以下であってもよい。
【0028】
上記元素以外の残部は鉄及び不純物からなる。ここで「不純物」とは、母材鋼板を工業的に製造する際に、鉱石やスクラップ等のような原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明の実施形態に係る母材鋼板に対して意図的に添加した成分でないものを包含するものである。また、不純物とは、上で説明した成分以外の元素であって、当該元素特有の作用効果が本発明の実施形態に係る溶融亜鉛めっき鋼板の特性に影響しないレベルで母材鋼板中に含まれる元素をも包含するものである。
【0029】
本発明における鋼板としては、特に限定されず、熱延鋼板、冷延鋼板などの一般的な鋼板を使用することができる。また、本発明における鋼板は、鋼板上に後述するZn-Niめっき層を形成しホットスタンプ処理を行うことができれば如何なる板厚であってよく、例えば、0.1~3.2mmであればよい。
【0030】
[Zn-Niめっき層]
本発明におけるZn-Niめっき層は、少なくともZn及びNiを含むめっき層であり、他の成分については特に限定されない。例えば、Zn-Niめっき層は、Znを主成分(すなわちZn濃度が50質量%以上)とし、Ni濃度が8質量%以上であるめっき層であればよく、他の成分については特に限定されない。当該めっき層においてZnとNiは、ZnにNiが固溶しているか、ZnとNiによる金属間化合物を形成している。当該めっき層は、如何なるめっき方法で形成されていてもよいが、例えば、電気めっきで形成されていることが好ましい。Zn-Niめっき層は、鋼板の少なくとも片面に形成され、好ましくは鋼板の両面に形成される。当然ながら、ホットスタンプ成形を行うと、下地の鋼板からめっき層へのFe等の拡散やめっき層から下地の鋼板へのZn等の拡散が生じるため、ホットスタンプ後のめっき層の成分組成はホットスタンプの際の加熱条件(加熱温度、保持時間等)に応じて変化する。
【0031】
(Ni濃度)
本発明におけるZn-Niめっき層において、Ni濃度の下限は8質量%である。Ni濃度を8質量%以上とすることで、ホットスタンプ時の加熱によりZnが鋼板に拡散した後に、Zn-Niめっき層のNi濃度をZn濃度に比べて十分に高くでき、十分に高い融点を有するめっき層を得ることができる。これにより、ホットスタンプの成形時にめっき層が液相とならず、LMEを抑制することができる。Ni濃度が8質量%未満となると、Znが鋼板に拡散しても、めっき層中のZn濃度をNi濃度に比べて十分に低減することができず、したがってめっき層の融点を十分に上げられず、ホットスタンプの成形時にLMEが発生するおそれがある。例えば、Ni濃度の下限は、好ましくは10質量%、より好ましくは12質量%である。
【0032】
Ni濃度の上限は特に限定されないが、経済性の観点から、30質量%以下であることが好ましい。例えば、Ni濃度の上限は、28質量%、25質量%又は20質量%であってもよい。
【0033】
(C濃度)
本発明においては、Zn-Niめっき層中のC濃度は1質量%未満であることが好ましい。Zn-Niめっき層中のC濃度を1質量%未満に低減することで、鋼板に対するめっき層の密着性を高めることができる。一方で、C濃度が1質量%を超えると、ホットスタンプの加熱時にめっき層が脆化し、ホットスタンプ後の鋼板においてめっき剥離が生じやすくなる。しがって、めっき層の密着性を高めるという観点からは、C濃度は低いほど好ましく、0.8質量%以下、0.5質量%以下、0.1質量%以下、0.01質量%以下、又は0%であってもよい。例えば、有機添加剤を含まないめっき浴を用いてZn-Niめっき層を形成することにより、当該Zn-Niめっき層中のC濃度を確実に0.1質量%以下又は0.01質量%以下に低減することが可能である。
【0034】
本発明におけるZn-Niめっき層は、さらに、Fe、Cr及びCoのうち1種又は2種以上を含んでいてもよい。これらの元素は意図的に添加したものであっても、製造上不可避的に混入するものであってもよい。また、Zn-Niめっき層の成分組成の残部は、Zn及び不純物である。本発明の特定の実施形態においては、Zn-Niめっき層は、質量%で、Ni:8%以上30%以下、Fe、Cr及びCoのうち1種又は2種以上:0%以上5%以下、及びC:1%未満を含有し、残部が鉄及び不純物からなる。好ましくは、Zn-Niめっき層は、質量%で、Ni:8%以上30%以下を含有し、残部が鉄及び不純物からなる。Zn-Niめっき層における「不純物」とは、Zn-Niめっき層を製造する際に、原料を始めとして、製造工程の種々の要因によって混入する成分等をいうものである。
【0035】
(めっき付着量)
本発明におけるZn-Niめっき層において、鋼板の片面あたりのめっき付着量の下限は10g/m2である。片面あたりのめっき付着量を10g/m2以上とすることで、ホットスタンプの加熱時の表面スケール形成を十分に防止することができる。片面あたりのめっき付着量が10g/m2未満となると、Zn-Niめっき層の厚さが不十分となり、ホットスタンプの加熱時に表面スケールが形成され、塗装前にショットブラストによるスケール除去が必要になる。鋼板の片面あたりのめっき付着量の下限は、好ましくは16g/m2、より好ましくは20g/m2、さらに好ましくは24g/m2、最も好ましくは30g/m2である。
【0036】
鋼板の片面あたりのめっき付着量の上限は、90g/m2である。片面あたりのめっき付着量を90g/m2以下とすることで、めっき層が過剰に厚くならないため、ホットスタンプの加熱時にめっき層中のZnが鋼板に拡散しやすくなり、その結果、ホットスタンプの成形時にめっき層の融点を十分に向上させてLMEを効果的に防止することができる。片面あたりのめっき付着量が90g/m2超となると、めっき層の厚さが厚くなりすぎ、鋼板へのZnの拡散が十分に進行せず、その結果、ホットスタンプの成形時にめっき層が液相となり得るため、LMEを抑制できなくなるおそれがある。また、めっき付着量が過剰であると経済的観点からも好ましくない。鋼板の片面あたりのめっき付着量の上限は、好ましくは80g/m2、より好ましくは76g/m2、さらに好ましくは70g/m2、最も好ましくは60g/m2である。
【0037】
本発明におけるZn-Niめっき層のNi濃度及びめっき付着量の測定は、誘導結合プラズマ(ICP)発光分光分析により行われる。具体的には、本発明におけるめっき付着量は、Zn-Niめっき層を有するめっき鋼板から10%HClでめっき層を溶解し、得られた溶液をICP分析することで求められる。なお、本発明におけるめっき付着量は、片面あたりの量であるため、鋼板の両面にZn-Niめっき層が形成されている場合は、両面のめっき付着量が同一であるとして算出する。また、本発明におけるZn-Niめっき層中のC濃度の測定は、高周波燃焼-赤外吸収法によって行われる。
【0038】
(平均結晶粒径)
本発明のZn-Niめっき層において、Zn-Niめっきの平均結晶粒径の上限は50nmである。平均結晶粒径を50nm以下とすることで、ホットスタンプの加熱時にZn-Niめっき層中のZnが動きやすくなることで、Znが鋼板に拡散しやすくなる。なお、この拡散はZnが液相になった場合だけでなく固相であっても起こり得る。Zn-Niめっき層中のZnが鋼板に拡散すると、当該めっき層におけるNi濃度がZn濃度に比べて相対的に高くなり、めっき層の融点が向上する。また、めっき層の平均粒径を50nm以下とすることで、母材鋼板のFeのめっき層への拡散も促進され、めっき層中のFe濃度が上昇することによってもめっき層の融点が上昇する。そのため、ホットスタンプの成形時にめっき層が液相で存在しにくく、LMEの発生を抑制することが可能となる。特に、ホットスタンプが、高温、急速加熱、及び/又は保持時間なしで行われた場合にはよりLMEが発生しやすくなるが、本発明のようにめっきの平均結晶粒径を微細化することで、ホットスタンプの加熱時にZnが鋼板に拡散し、めっき層の融点が向上するため、ホットスタンプの成形時には、めっき層が溶融せず、また、加熱時に拡散したZnは鋼板中のFeと固溶体形成するため、その結果、上記のようなLMEが発生しやすい条件であってもLMEを抑制可能となる。平均結晶粒径が50nm超となると、Znの鋼板への拡散が十分に進まず、めっき層の融点を十分に高くできず、LMEを抑制できなくなるおそれがある。めっきの平均結晶粒径の上限は、好ましくは45nm、より好ましくは40nm、さらに好ましくは35nm、最も好ましくは30nmである。
【0039】
めっきの平均結晶粒径の下限は、特に限定されないが、実質的に製造可能な平均結晶粒径の下限は10nmであるため、下限は10nmであってもよい。めっきの平均結晶粒径の下限は、好ましくは12nm、より好ましくは15nm、さらに好ましくは18nm、最も好ましくは20nmである。
【0040】
Zn-Niめっきの平均結晶粒径の測定は、X線回折(XRD)法により行われる。具体的には、Co-Kα線によるXRD(管球電圧:40kV及び管球電流:200mA)により測定された回折ピークの半値幅Bを用いて、以下のシェラーの式:
平均結晶粒径(nm)=Kλ/Bcosθ ・・・(1)
により求められる(式中、K:シェラー定数、λ:Co-Kα線波長(nm)、θはブラッグ角(ラジアン)である)。なお、Kは結晶子の形状によって変化する値であるが、本発明においてはK=0.9とすればよい。
【0041】
上述したように、本発明において、Zn-Niめっきの平均結晶粒径は50nm以下である。このような微細なZn-Niめっきは、例えば、高電流密度(典型的には300A/dm2以上)で電気めっきを行うことで得ることができる。
【0042】
上述したような、鋼板上にZn-Niめっき層を有するめっき鋼板は、当業者に公知の如何なる条件のホットスタンプに対しても使用することができる。ホットスタンプの加熱方式としては、限定されないが、例えば、炉加熱、通電加熱、及び誘導加熱などが挙げられる。また、ホットスタンプ時の加熱温度は、鋼板の成分組成に応じてオーステナイト域に加熱すれば如何なる温度でもよく、例えば、800℃以上、850℃以上、900℃以上、又は950℃以上である。上記のような加熱方式によりめっき鋼板をオーステナイト域まで加熱後、プレス金型で成形及び焼入れを行うことができる。なお、加熱後に、当該温度において1~10分間保持した後に冷却してもよいし、保持なく冷却しなくてもよい。また、焼入れ(冷却)は、1~100℃/秒の冷却速度で行うことができる。
【0043】
本発明に係るホットスタンプ用めっき鋼板を用いると、ホットスタンプの加熱時にZn-Niめっき層中のZnを鋼板に拡散させて、ホットスタンプの成形時にめっき層の融点を上げることができるため、ホットスタンプの成形時にめっき層が液相にならず、また、加熱時に鋼板に拡散したZnは鋼板中のFeに固溶し、上述した如何なる条件、特にLMEが発生しやすい条件(高温、急速加熱、及び/又は保持時間なし)であっても、LMEが発生せず、したがって、LME割れのないホットスタンプ成形体を得ることができる。
【0044】
[ホットスタンプ用めっき鋼板の製造方法]
本発明に係るホットスタンプ用めっき鋼板の製造方法の例を以下で説明する。本発明に係るホットスタンプ用めっき鋼板は、鋼板の少なくとも片面、好ましくは両面に、例えば電気めっきによりZn-Niめっき層を形成することで得ることができる。
【0045】
(鋼板の製造)
本発明に係るホットスタンプ用めっき鋼板を製造するのに使用される鋼板の製造方法は特に限定されない。例えば、溶鋼の成分組成を所望の範囲に調整し、熱間圧延し、巻取り、さらに冷間圧延を行うことで鋼板を得ることができる。本発明における鋼板の板厚は、例えば、0.1mm~3.2mmであればよい。
【0046】
使用する鋼板の成分組成は特に限定されないが、上述したように、鋼板は、質量%で、C:0.05%以上0.70%以下、Mn:0.5%以上11.0%以下、Si:0.05%以上2.00%以下、Al:0.001%以上1.500%以下、P:0.100%以下、S:0.100%以下、N:0.010%以下、及びO:0.010%以下を含有し、残部が鉄及び不純物からなることが好ましい。また、鋼板は、質量%で、B:0.0005%以上0.0040%以下、Cr:0.01%以上2.00%以下、Ti:0.001%以上0.300%以下、Nb:0.001%以上0.300%以下、V:0.001%以上0.300%以下、Zr:0.001%以上0.300%以下、Mo:0.001%以上2.000%以下、Cu:0.001%以上2.000%以下、Ni:0.001%以上2.000%以下、Sb:0.001%以上0.100%以下、Ca:0.0001%以上0.0100%以下、Mg:0.0001%以上0.0100%以下、及びREM:0.0001%以上0.1000%以下からなる群より選択される少なくとも一種をさらに含有してもよい。
【0047】
(Zn-Niめっき層の形成)
本発明におけるZn-Niめっき層の形成方法は、本発明に係るNi濃度、めっき付着量及び平均結晶粒径が得られれば特に限定されないが、電気めっきにより形成することができる。特に、微細な粒径のZn-Niめっきを得るために、高電流密度で電気めっきを行うことが好ましく、例えば、280A/dm2以上、300A/dm2以上、又は350A/dm2以上で電気めっきを行うことができる。特に、350A/dm2以上で電気めっきを行うと、40nm以下の平均結晶粒径を得ることが可能となる。高電流密度でめっきした場合にめっきの平均結晶粒径が微細化する理由は、析出核の発生速度が、高電流密度化により高くなる過電圧の指数関数に比例して急激に増加するためだと考えられる。なお、比較的低い電流密度(例えば約100A/dm2)では、本発明のように50nm以下のめっき平均結晶粒径を得ることはできない。また、Zn-Niめっき層の形成に用いる浴の組成は、例えば、硫酸ニッケル・6水和物:150~350g/L、硫酸亜鉛・7水和物:10~150g/L、及び硫酸ナトリウム:25~75g/Lであればよい。このような浴組成にすることで、上述したような高電流密度で電気めっきが可能となり、微細な平均結晶粒径を得ることができる。
【0048】
他方で、一般的に、高電流密度で電気めっきを行うと、外観不良及び/又は密着不良が起こり得るめっき焼けが生じやすい。そのため、高電流密度を使用しつつめっき焼けを防止するために、めっき浴のpHを、例えば硫酸を用いて、2.0以下、好ましくは1.5以下、より好ましくは1.0以下とし、さらに、めっき浴の温度を60℃以上、好ましくは65℃以上、より好ましくは70℃以上とするとよい。上記のような浴組成、浴pH及び浴温であれば、高電流密度でもめっき焼けを生じることなくZn-Niめっき層を形成することが可能である。また、めっき焼け防止の観点から、電流密度の上限は400A/dm2、又は450A/dm2であると好ましい。
【0049】
電気めっきにより本発明に係るホットスタンプ用めっき鋼板を製造する場合、電気めっきの際の電流密度、浴組成及び通電時間を適宜変更することにより、Zn-Niめっき層のNi濃度、めっき付着量、及び平均結晶粒径を調整することが可能である。より具体的には、Ni濃度は電流密度及び浴組成、めっき付着量は電流密度及び通電時間、粒径は電流密度を変更することで、それぞれ調整することができる。
【0050】
例えば、めっき層の種々の特性を改善するために、めっき浴にデキストリン、ジアリルアミン重合体及びジアリルジアルキルアンモニウム塩重合体などの有機添加剤を加える場合がある。ジアリルアミン重合体としては、例えば、ジアリルアミン塩酸塩重合体、メチルジアリルアミン塩酸塩重合体、ジアリルアミン塩酸塩・二酸化硫黄共重合などが挙げられ、ジアリルジアルキルアンモニウム塩重合体としては、例えば、ジアリルジメチルアンモニウムクロリド重合体、ジアリルメチルエチルアンモニウムエチルサルフェイト重合体などが挙げられる。しかしながら、このような有機添加剤を加えためっき浴による電気めっきでは、添加剤に含まれる炭素成分に起因してホットスタンプの加熱時にめっき層が脆化し、ホットスタンプ後の鋼板においてめっき剥離が生じる場合がある。したがって、めっき層の密着性を高めるという観点からは、Zn-Niめっき層中のC濃度を例えば1質量%未満、好ましくは0.01質量%以下に低減することが必要である。このため、上記の電気めっきは添加剤フリーのめっき浴を用いて行うことが好ましい。
【実施例】
【0051】
本発明に係るホットスタンプ用めっき鋼板について、以下で幾つかの例を挙げてより詳細に説明する。しかし、以下で説明される特定の例によって特許請求の範囲に記載された本発明の範囲が制限されることは意図されない。
【0052】
[ホットスタンプ用めっき鋼板の試料の作製]
板厚1.4mmの冷延鋼板を以下のめっき浴組成を有するめっき浴に浸漬し、電気めっきにより当該冷延鋼板上の両面にZn-Niめっき層を形成し、ホットスタンプ用めっき鋼板の試料No.1~10を得た。なお、使用した全ての鋼板は、質量%で、C:0.50%、Mn:3.0%、Si:0.50%、Al:0.100%、P:0.010%、S:0.020%、N:0.003%、O:0.003%、及びB:0.0010%を含有し、残部が鉄及び不純物であった。
めっき浴組成
・硫酸ニッケル・6水和物:250g/L(固定)
・硫酸亜鉛・7水和物:10~150g/L(可変)
・硫酸ナトリウム:50g/L(固定)
・有機添加剤:無し、デキストリン(3g/L)又はジアリルアミン塩酸塩・二酸化硫黄共重合体(分子量5000、3g/L)
【0053】
めっき焼けを防止するため、めっき浴のpHは硫酸を用いて1.0とし、浴温を70℃で維持した。所望のZn-Niめっき付着量及び平均結晶粒径を得るために、電流密度及び通電時間を調整した。また、所望のNi濃度を得るために、設定した電流密度に基づき、硫酸亜鉛・7水和物の濃度を適宜調整した。各試料を製造するのに設定した電流密度を表1に示す。
【0054】
上記条件で行った電気めっきにより得た各試料No.1~10のNi濃度及び片面あたりのめっき付着量をICP分析により決定した。具体的には、10%HClで各試料からめっき層のみを溶解し、得られた溶液をICP分析することでNi濃度及び片面あたりのめっき付着量を求めた。各試料のNi濃度及び片面あたりのめっき付着量を表1に示す。
【0055】
Zn-Niめっきの平均結晶粒径をXRDにより決定した。まず、各試料のCo-Kα線を用いたXRD(管球電圧:40kV及び管球電流:200mA)により回折ピークの半値幅Bを求めた。そして、求めた半値幅Bを用い、以下のシェラーの式:
平均結晶粒径(nm)=Kλ/Bcosθ ・・・(1)
により平均結晶粒径を計算した(式中、K:シェラー定数=0.9、λ:Co-Kα線波長(nm)、θはブラッグ角(ラジアン)である)。ここで、Co-Kα線波長λ=0.179nm、ブラッグ角θは50.1~50.3°の範囲に認められた回折線の角度とした。各試料の平均結晶粒径を表1に示す。
【0056】
Zn-Niめっき層中のC濃度は、LECO社製の高周波燃焼-赤外吸収装置CS-6000を用いて測定した。
【0057】
[ホットスタンプ用めっき鋼板の評価]
[耐LME性の評価]
上述のように得られたホットスタンプ用めっき鋼板の試料No.1~10にホットスタンプを行った。ホットスタンプは通電加熱法により各試料を950℃まで昇温し、保持せず、ただちに先端R:3mmのV曲げ金型を用いて成形及び焼入れ(冷却速度:50℃/秒)を行った。得られた各ホットスタンプ成形体のV曲げ部をエポキシ樹脂に埋め込み研磨して断面を光学顕微鏡で観察した。観察はV曲げ頭頂部周辺から無作為に選択した5か所の位置において250倍で行った。5か所の観察において、クラックが全く観察されなかったものを「割れ評価:〇」、1か所でもクラックが観察されたものを「割れ評価:×」とした。
【0058】
[めっき密着性の評価]
めっき密着性の評価は、上記のV曲げ部にテープを貼り付け、次いで剥離し、剥離したテープに付着しためっき層の面積率で評価した。テープにはニチバン社製のセロテープ(登録商標)CT-18を用い、V曲げ方向に対して垂直方向に貼り付けた。そのテープをゴム栓で強くこすり付けて十分に密着させた後、垂直方向に引きはがした。評価範囲はテープの長手方向はサンプルの中心10mmとし、テープの幅方向は、V曲げ頭頂部を中心とした幅5mmとした。各試料の評価結果を表1に示す。
【0059】
【0060】
本発明に係るホットスタンプ用めっき鋼板の試料No.1~4、7~9、11及び12では、ホットスタンプ成形体にクラックが発生しておらず、LMEを十分に抑制できたことがわかった。とりわけ、試料No.1~4及び7~9では、Zn-Niめっき層中のC濃度が分析下限以下(0.01質量%未満)であり、これに関連して高いめっき密着性を達成することができた。
【0061】
試料No.5では、ホットスタンプ成形体にLME割れが発生した。これは、めっき付着量が過剰でありZn-Niめっき層が厚かったため、ホットスタンプの加熱時にZnが十分に鋼板に拡散できなかったためと考えられる。
【0062】
試料No.6では、ホットスタンプ成形体にLME割れが発生した。これは、電気めっき時の電流密度が低く、めっき平均結晶粒径が大きくなったため、ホットスタンプの加熱時にZnが十分に鋼板に拡散できなかったためと考えられる。
【0063】
試料No.10では、ホットスタンプ後のLME割れが発生した。これは、ホットスタンプの加熱時にZnが鋼板へ拡散したが、試料の初期のNi濃度が低く、拡散後のZn-Niめっき層の融点を十分に上げることができなかったためと考えられる。
【0064】
試料No.11及び12では、LMEは十分に抑制できたものの、めっきの密着性が低く、剥離したテープにめっきが多く付着し、その面積率は50%を超えるものであった。これは、めっき浴に有機添加剤を使用したことでZn-Niめっき層中のC濃度が高くなり、ホットスタンプの加熱時にめっき層が脆化したためと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明によれば、LMEを抑制し、ホットスタンプ成形体のLME割れを防止できるホットスタンプ用めっき鋼板を提供でき、これにより、高強度な自動車用部材を提供することができる。したがって、本発明は産業上の価値が極めて高い発明といえるものである。