IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日本特殊陶業株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-溶射膜を備えた基材及びその製造方法 図1
  • 特許-溶射膜を備えた基材及びその製造方法 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-23
(45)【発行日】2023-05-31
(54)【発明の名称】溶射膜を備えた基材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/12 20160101AFI20230524BHJP
   C23C 4/10 20160101ALI20230524BHJP
   H01L 21/3065 20060101ALI20230524BHJP
【FI】
C23C4/12
C23C4/10
H01L21/302 101G
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2017181479
(22)【出願日】2017-09-21
(65)【公開番号】P2019056143
(43)【公開日】2019-04-11
【審査請求日】2020-06-10
【審判番号】
【審判請求日】2022-03-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000004547
【氏名又は名称】日本特殊陶業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】弁理士法人創成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】青山 久範
(72)【発明者】
【氏名】則武 賢信
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 陽一
【合議体】
【審判長】池渕 立
【審判官】羽鳥 友哉
【審判官】土屋 知久
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2011/0244216(US,A1)
【文献】特開2015-183193(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0065408(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C4/00-6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
射粒子を溶媒に分散させたスラリーの形態で溶射し、基材の表面に厚さ120μm以下の第1の溶射膜を形成する第1の工程と、
射粒子を粉末の形態で溶射し、前記第1の溶射膜の表面に第2の溶射膜を形成する第2の工程とを備えることを特徴とする溶射膜を備え、
前記第1の溶射膜の気孔率をPW、前記第2の溶射膜の気孔率をPDとしたとき、
PWは0.1~1.2%であり、
PW/PD≦0.5の関係を満たすことを特徴とする基材の製造方法。
【請求項2】
射粒子を溶媒に分散させたスラリーの形態で溶射し、前記第2の溶射膜の表面に厚さ120μm以下の第3の溶射膜を形成する第3の工程をさらに備えることを特徴とする請求項1に記載の溶射膜を備えた基材の製造方法。
【請求項3】
前記第1の溶射膜の厚さをTW、前記第2の溶射膜の厚さをTDとしたとき、
TW/TD≦0.5の関係を満たすことを特徴とする請求項1又は2に記載の溶射膜を備えた基材の製造方法。
【請求項4】
基材と、
前記基材の表面に形成されている第1の溶射膜と、
前記第1の溶射膜の表面に形成されている第2の溶射膜とを備えた溶射膜を備えた基材であって、
前記第1の溶射膜の気孔率をPW、前記第2の溶射膜の気孔率をPDとしたとき、
PWは0.1~1.5%であり、PDは1.5~8.0%であり、
PW/PD≦0.5の関係を満たすことを特徴とする溶射膜を備えた基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射膜を備えた基材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイス、液晶デバイスなどを製造する場合、Siウエハやガラス基板に形成された所定の膜をFなどのハロゲン系の腐食性ガスを用いプラズマ環境下で処理するドライエッチングなどの工程が存在する。そこで、近年、半導体デバイス、液晶デバイスなどの製造装置において、プラズマ環境下で腐食ガスに曝されるチャンバーや各種部材に、Alなどの金属材料からなる基材の耐食を防止するために、基材の表面に耐食性を有するYなどからなる溶射膜を形成することがある。
【0003】
そして、このような溶射膜は、パーティクルの発生を抑制するために、研磨加工又は研削加工後の表面が緻密であることが要求され、そのためには気孔率を小さくすることが必要である。粉末原料をそのまま溶射する乾式溶射と比較して、粉末原料を分散させたスラリーを用いて溶射する湿式溶射によって溶射膜を形成すれば、その気孔率を例えば1.5%以下にと小さくすることが可能であることが知られている。
【0004】
特許文献1には、ガラスのような脆性基材のひび割れを防止するために、Y、Al等の酸化物被膜を脆性基材の表面に形成する際、まず粉末材料を用いた乾式溶射を行い、その上に、粉末材料を分散させたスラリーを用いた湿式溶射を行うことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2014-122418号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、乾式溶射で形成された溶射膜は気孔率が大きいので、基材との密着性に劣り、長期間に亘って使用すると基材から剥離するおそれがあるという課題があった。一方、湿式溶射では、例えば120μmを超える厚さの溶射膜を形成することが困難であるので、基材をプラズマ腐食から保護するために十分な厚さの溶射膜を形成することができないという課題があった。
【0007】
本発明は、上記従来の問題に鑑みなされたものであり、基材との密着性の向上と十分な厚さの確保との両立を図ることが可能な溶射膜を備えた基材及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の溶射膜を備えた基材の製造方法は、溶射粒子を溶媒に分散させたスラリーの形態で溶射し、基材の表面に厚さ120μm以下の第1の溶射膜を形成する第1の工程と、溶射粒子を粉末の形態で溶射し、前記第1の溶射膜の表面に第2の溶射膜を形成する第2の工程とを備えることを特徴とする溶射膜を備えることを特徴とする。
【0009】
溶射粒子を粉末の形態で溶射する乾式溶射では、溶射粒子が微小過ぎると溶射装置から噴出させるガス流に溶射粒子を良好に供給できないので、溶射粒子を微小にするには限度があり、形成される溶射膜の気孔率を小さくすること、ひいては緻密性に限界があった。一方、溶射粒子を溶媒に分散させたスラリーの形態で溶射する湿式溶射では、乾式溶射と比較して、溶射粒子を微小にでき、形成される溶射膜の気孔率を小さくすることができ、ひいては緻密性に優れている。
【0010】
本発明の溶射膜を備えた基材の製造方法によれば、基材の表面には湿式溶射によって第1の溶射膜が形成されるので、基材と第1の溶射膜との間に隙間が少なく密着性の向上を図ると共に基材と第1の溶射膜との間に剥離が生じるおそれの低減を図ることが可能となる。
【0011】
そして、第1の溶射膜の表面に第2の溶射膜が形成されるが、これらは共に溶射粒子を溶射させたものであるので、密着性に優れている。さらに、湿式溶射によって形成される第1の溶射膜の厚さは120μm以下であるので、その形成工程においてクラックなどの欠陥が生じるおそれの低減を図ることが可能となる。
【0012】
また、溶射膜の最表面が乾式溶射によって形成される第2の溶射膜の表面である場合、湿式溶射によって形成される溶射膜と比較して緻密性に劣るので、表面の研磨加工、研削加工などの容易化を図ることが可能となる。
【0013】
本発明の溶射膜を備えた基材の製造方法において、溶射粒子を溶媒に分散させたスラリーの形態で溶射し、前記第2の溶射膜の表面に厚さ120μm以下の第3の溶射膜を形成する第3の工程をさらに備えることが好ましい。
【0014】
この場合、溶射膜の最表面を湿式溶射によって形成される第3の溶射膜の表面とすることができ、この表面を研磨加工又は研削加工したとき、露出する面の表面粗さの低減を図ることが可能となると共に、パーティクル発生の抑制を図ることが可能となる。
【0015】
なお、本発明の溶射膜を備えた基材の製造方法において、基材上に順番に積層される溶射膜の内、第4以降の偶数番目の溶射膜を乾式溶射によって形成されるものとし、第5以降の奇数番目の溶射膜を湿式溶射によって形成されるものとすれば、溶射膜の層数は限定されない。
【0016】
また、本発明の溶射膜を備えた基材の製造方法において、前記第1の溶射膜の気孔率をPW、前記第2の溶射膜の気孔率をPDとしたとき、PWは0.1~1.2%であり、PW/PD≦0.5の関係を満たす。
【0017】
PW/PDが0.5を超える場合には、第2の溶射膜の気孔率PDが小さくなり過ぎる場合と第1の溶射膜の気孔率PWが大きくなり過ぎる場合とが含まれる。PW/PDが1に近づくと、第1の溶射膜と第2の溶射膜の組織が近くなるため、第1の溶射膜と第2の溶射膜との間の密着性は向上する。
【0018】
しかしながら、第2の溶射膜の気孔率PDが小さくなり過ぎる場合については、第2の溶射膜が乾式溶射により形成されることから、そもそも気孔率PDを一定の値よりも小さくすることが困難である。一方で、第1の溶射膜の気孔率PWが大きくなり過ぎる場合には、基材と第1の溶射膜との間の密着性が十分に確保することができなくなる。
【0019】
また、本発明の溶射膜を備えた基材の製造方法において、前記第1の溶射膜の厚さをTW、前記第2の溶射膜の厚さをTDとしたとき、TW/TD≦0.5の関係を満たすことが好ましい。
【0020】
これは、後述する実施例及び比較例から分かるように、上記関係を満たさない場合、湿式溶射によって形成される溶射膜のうち最も表側に位置する溶射膜にクラックが生じるからである。
【0021】
また、湿式溶射は、乾式溶射と比較して、溶射効率に劣るので、湿式溶射により形成した第1の溶射膜を乾式溶射により形成した第2の溶射膜よりも薄くすることにより、コストの低減を図ることが可能となる。
【0022】
本発明の溶射膜を備えた基材は、基材と、前記基材の表面に形成されている第1の溶射膜と、前記第1の溶射膜の表面に形成されている第2の溶射膜とを備えた溶射膜を備えた基材であって、前記第1の溶射膜の気孔率をPW、前記第2の溶射膜の気孔率をPDとしたとき、PWは0.1~1.5%であり、PDは1.5~8.0%であり、PW/PD≦0.5の関係を満たすことを特徴とする。
【0023】
本発明の溶射膜を備えた基材によれば、基材の表面に形成されている第1の溶射膜の気孔率PWは第2の気孔率PDより小さいので、基材と第1の溶射膜との間に隙間が少なく密着性の向上、及び基材と第1の溶射膜との間に剥離が生じるおそれの低減を図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の第1の実施形態に係る溶射部材の模式縦断面図。
図2】本発明の第2の実施形態に係る溶射部材の模式縦断面図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の第1の実施形態に係る溶射部材10及びその製造方法について図面を参照して説明する。
【0026】
図1に示すように、溶射部材10は、基材20と、基材20の表面に形成された溶射膜30とから構成されている。溶射部材10は、他に、基材20と溶射膜30との間に形成された電極などを備えるものであってもよい。
【0027】
溶射部材10は、内部に埋設された電極に電圧が印加されることによって発生するクーロン力により、基板を載置面である溶射膜30の表面に吸引する静電チャックであってもよい。また、溶射部材10は、内部に埋設された発熱抵抗体によって、載置面である溶射膜30の表面に載置された基板を加熱するヒータであってもよい。また、溶射部材10は、ヒータ機能付きの静電チャックであってもよい。この他、溶射部材10は、ライナーやシャワーヘッド等の半導体製造装置のプロセスチャンバ内で使用される部材であってもよい。
【0028】
本実施形態において、基材20は、アルミニウムからなる略円板状の部材である。ただし、基材20は、アルミニウム合金、ステンレス鋼、チタン合金、タングステン、シリコン、金属複合材料(MMC)、セラミックスなどからなるものであってもよい。また、基材20の形状は、多角形板状、円板状、楕円板状などの種々の形状であってもよく、複雑形状であってもよい。
【0029】
なお、サンドブラストや機械加工などにより表面粗さがRa1.0μm以上となるように基材20の表面を粗面状態に加工することが好ましい。そして、基材20の表面に、溶射膜30との熱膨張差の緩衝層となるアンダーコート層が被覆されていても、被覆されていなくてもよい。
【0030】
図示しない溶射装置によって基材20の表面に、複数、本実施形態では、第1の溶射膜31と第2の溶射膜32からなる2層の溶射膜が積層されてなるものを形成する。溶射装置は、アーク溶射法、プラズマ溶射法又は燃料燃焼ガスを用いた高速フレーム溶射法(HVOF溶射法)などの方法で溶射する市販の溶射装置であればよく、特に限定されない。プラズマガスとしては、Ar、Ar+N、Ar+H、Ar+N+H、Ar+CO又はAr+Oなどが用いられる。
【0031】
本実施形態において、溶射の粉末原料である溶射粒子は、イットリア(Y)からなる。ただし、粉末原料は、アルミナ(Al)、窒化アルミニウム(AlN)、ジルコニア(ZrO2)、アルミナ-ジルコニア(Al-ZrO)、スピネル(MgAl)などの絶縁性セラミックスからなるもの、又はこれらの何れかを主成分とするものであってもよい。
【0032】
第1の溶射膜31は、基材20の表面上に形成されている。ただし、前述したように、第1の溶射膜31は、アンダーコート層又はその一部が電極の表面に形成されているものあってもよい。
【0033】
第1の溶射膜31は、溶射粒子を溶媒に分散させたスラリーの形態で溶射する湿式溶射を行う第1の溶射工程(第1の工程)によって形成されてなる。溶媒としては、エタノールなどの可燃性有機溶媒又は水などが用いられる。スラリーにおける溶射粒子の割合は、例えば20~40重量%である。
【0034】
溶射粒子を粉末の形態で溶射する乾式溶射では、溶射粒子が微小過ぎると溶射装置においてガス流に対して溶射粒子を良好に供給できないので、溶射粒子を微小にするには限度がある。一方、湿式溶射においては、このような不具合が発生しないので、溶射粒子の粒径を微小にすることができる。溶射粒子を微小にすれば、この溶射粒子が溶解した状態で堆積されたものが冷却されてなる第1の溶射膜31の気孔率PWが小さなものとなる。
【0035】
第1の溶射膜31の気孔率PWは、例えば0.1~1.5%であり、より好ましくは0.1~1.2%である。この場合、溶射粒子の平均粒径は、例えば1.0~8.0μm、より好ましくは2.0~6.0μmとすればよい。
【0036】
このように湿式溶射で形成された第1の溶射膜31の気孔率PWが小さいので、乾式溶射で形成された溶射膜を基材20に直接形成する場合と比較して、基材20との密着性の向上を図ることが可能となる。さらに、基材20の粗面化した表面に溶解した微小な溶射粒子が入り込み、これが冷却されてアンカー効果により基材20と第1の溶射膜31との密着性の向上を図ることが可能となる。これらにより、基材20と第1の溶射膜31との間に剥離が生じるおそれの低減を図ることができる。
【0037】
第1の溶射膜31の厚さTWは、120μm以下であり、好ましくは10~60μmである。これは、一般的に湿式溶射で形成した溶射膜は、厚さが120μmを超えると、形成時にクラックなどの欠陥が発生するおそれが高くなるからである。本実施形態では、第1の溶射膜31の厚さは120μm以下であるので、欠陥が発生するおそれの抑制を図ることが可能となる。
【0038】
第2の溶射膜32は、第1の溶射膜31の表面に、溶射粒子を粉末の形態で溶射する乾式溶射を行う第2の溶射工程(第2の工程)によって形成されてなる。
【0039】
第2の溶射膜32の厚さTDは、好ましくは10~1000μmである。第2の溶射膜32の気孔率PDは、1.5~8.0%であり、より好ましくは1.5~5.0%である。さらに、第1の溶射膜31の気孔率PWと第2の溶射膜32の気孔率PDは、PW/PD≦0.5、より好ましくはPW/PD≦0.3の関係を満たすことが好ましい。
【0040】
PW/PDが0.5を超える場合には、第2の溶射膜32の気孔率PDが小さくなり過ぎる場合と第1の溶射膜31の気孔率PWが大きくなり過ぎる場合とが含まれる。PW/PDが1に近づくと、第1の溶射膜31と第2の溶射膜32の組織が近くなるため、第1の溶射膜31と第2の溶射膜32との間の密着性は向上する。
【0041】
しかしながら、第2の溶射膜32の気孔率PDが小さくなり過ぎる場合については、第2の溶射膜32が乾式溶射により形成されることから、そもそも気孔率PDを一定の値よりも小さくすることが困難である。一方で、第1の溶射膜31の気孔率PWが大きくなり過ぎる場合には、基材20と第1の溶射膜31との間の密着性が十分に確保することができなくなる。
【0042】
第2の溶射膜32の厚さTDは、10μm以上であり、好ましくは10~1000μmである。これは、乾式溶射で形成した溶射膜は、厚さが厚くなっても、形成時にクラックなどの欠陥が発生するおそれは非常に低いからである。そして、第2の溶射膜32の表面が、溶射膜30の最表面になっている。
【0043】
さらに、第1の溶射膜31の厚さTWと第2の溶射膜32の厚さTDは、TW/TD≦0.5、より好ましくは0.001≦TW/TD≦0.3の関係を満たすことが好ましい。これは、後述する実施例及び比較例から分かるように、この関係を満たさない場合、湿式溶射によって形成される溶射膜のうち最も表側に位置する溶射膜にクラックが生じるおそれが高まるからである。
【0044】
即ち、TW/TD>0.3になると、湿式溶射によって形成される第1の溶射膜31と乾式溶射によって形成される第2の溶射膜32の物性値の差によって誘起される内部応力が大きくなるためクラックが生じるおそれが高まる。
【0045】
TW/TD<0.001になると、基材20と乾式溶射によって形成される第2の溶射膜32の距離が近くなり過ぎて、基材20と湿式溶射によって形成される第1の溶射膜31の密着している界面に対し、基材20と第2の溶射膜32の物性値の差によって誘起される内部応力が作用することで密着力が阻害され溶射膜30が剥離するおそれが高まる。
【0046】
また、湿式溶射は、乾式溶射と比較して、溶射効率に劣るので、湿式溶射により形成した第1の溶射膜31の厚さTWを乾式溶射により形成した第2の溶射膜32の厚さTDよりも薄くすることがコスト低減の観点から好ましい。
【0047】
また、第1の溶射膜31の厚さTWと第2の溶射膜32の厚さTDとの合計厚さ、すなわち溶射膜30の厚さは、好ましくは150μm以上、より好ましくは200μm以上である。これは、溶射膜30が厚いほど、基材20をプラズマ腐食から確実に保護することが可能となるからである。
【0048】
このように構成された溶射部材10においては、上述したように、基材20と第1の溶射膜30との間に剥離が生じるおそれは低く、かつ、第1及び第2の溶射膜31,32は溶射粒子の材質が同じであるため密着性は良好であるので、基材20及び溶射膜30の間で剥離が生じるおそれの低減を図ることが可能となる。
【0049】
以下、本発明の第2の実施形態に係る溶射部材10A及びその製造方法について図面を参照して説明する。
【0050】
本実施形態に係る溶射部材10Aは、上述した溶射部材10と比較して、溶射膜30Aが2層の溶射膜31,32からでなく3層の溶射膜31~33から形成されている点においてのみ相違する。
【0051】
ここで、第1及び第2の溶射膜31,32は、上述した第1及び第2の溶射膜31,32と同様に形成されている。
【0052】
そして、第3の溶射膜33は、第2の溶射膜32の表面に形成されており、上述した第1の溶射膜31と同様に、湿式溶射を行う第3の溶射工程(第3の工程)によって形成されてなる。
【0053】
第3の溶射膜33は、第1の溶射膜31と同様の気孔率PW、厚さTWとなっている。ただし、第1の溶射膜31と第3の溶射膜33の気孔率PW及び厚さTWは、同じであっても、相違していてもよい。
【0054】
本実施形態に係る溶射部材10Aは、上述した溶射部材10と同様に効果を奏する。さらに、湿式溶射による緻密性が優れた第3の溶射膜33が溶射膜30の最表面に存在するので、この表面を研磨加工又は研削加工したとき、露出する面の表面粗さの低減を図ることが可能となると共に、パーティクル発生の抑制を図ることが可能となる。
【0055】
また、本発明は上述した実施形態に係る溶射部材10,10Aに限定されない。例えば、溶射部材10は溶射膜30が2つの溶射膜31,32が積層されてなり、溶射部材10Aは溶射膜30が3つの溶射膜31~33が積層されてなるが、これらに限定されず、4層以上の溶射膜が積層されてなる溶射膜を備えたものであってもよい。
【実施例
【0056】
(実施例1)
基材20として、アルミニウム合金(A6061)からなり、直径100mm、厚さ20mmの円板状のものを用意した。基材20の表面をサンドブラストによって粗面化した。
【0057】
乾式溶射の際に使用する溶射原料(溶射材料)として、メディアン径D50が25μmのイットリア粉末を用意した。湿式溶射の際に使用する溶射原料として、メディアン径D50が3μmのイットリア粉末を用いた。
【0058】
そして、図1を参照し、溶射装置によって上記溶射材料を30重量%の割合で水を用いて分散させたスラリーを基材20の表面に溶射して基材20の表面に、厚さTWが40μmの第1の溶射膜31を湿式溶射によって形成した。
【0059】
次いで、溶射装置によって上記溶射材料を第1の溶射膜31の表面に溶射して第1の溶射膜31の表面に、厚さTDが120μmの第2の溶射膜32を乾式溶射によって形成した。
【0060】
第1及び第2の溶射膜31,32には、クラックなどの欠陥は目視で確認できなかった。
【0061】
第1の溶射膜31の気孔率PWは1.2%であり、第2の溶射膜32の気孔率PDは3.5%であった。なお、気孔率PW,PDは、面積気孔率として算出することができる。詳述すると、面積気孔率は、第1の溶射膜31、第2の溶射膜32のそれぞれについて、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて1000倍に拡大した断面画像を撮影し、2値化処理して得られた断面画像に占める気孔の面積割合を算出することにより求めることができる。このとき、画像解析ソフトとしてImage J等の汎用ソフトウェアを用いることで組織のエッジ検出、面積の数値化及び面積割合の算出を容易に行うことができる。
【0062】
引っ張りにより基材20と第1の溶射膜31とが剥離する強度、すなわち密着強度を、JIS H8666に準じた試験方法によって測定した。密着強度は22MPaであった。
【0063】
(実施例2)
上述した実施例1と比較して、図2を参照し、溶射膜30Aが2つの溶射膜31,32が積層してなるものではなく、3つの溶射膜31~33が積層してなるものからなることのみが相違する。
【0064】
実施例2では、第2の溶射膜32まで形成した実施例1の溶射部材10に対して、溶射装置によって上記溶射材料を30重量%の割合で水を用いて分散させたスラリーを第2の溶射膜32の表面に溶射して第2の溶射膜32の表面に、厚さTWが40μmの第3の溶射膜33を湿式溶射によって形成した。これにより、溶射部材10Aが完成した。
【0065】
第1乃至第3の溶射膜31~33には、クラックなどの欠陥は目視で確認できなかった。
【0066】
第1及び第3の溶射膜31,33の気孔率PWは1.2%であり、第2の溶射膜32の気孔率PDは3.5%であった。基材20と第1の溶射膜31との密着強度は22MPaであった。
【0067】
(実施例3)
上述した実施例2とは、溶射膜が3つの溶射膜31~33ではなく5つの溶射膜が積層してなることのみ相違する。
【0068】
実施例3では、第3の溶射膜33まで形成した実施例2の溶射部材10Aに対して、溶射装置によって上記溶射材料を第3の溶射膜33の表面に溶射して第3の溶射膜33の表面に、厚さTDが120μmの第4の溶射膜を乾式溶射によって形成した。
【0069】
次いで、溶射装置によって上記溶射材料を30重量%の割合で水を用いて分散させたスラリーを第4の溶射膜の表面に溶射して上記溶射材料を第4の溶射膜の表面に溶射して第4の溶射膜の表面に、厚さTWが40μmの第5の溶射膜を湿式溶射によって形成した。これにより、溶射部材が完成した。
【0070】
第1乃至第5の溶射膜には、クラックなどの欠陥は目視で確認できなかった。
【0071】
第1、第3及び第5の溶射膜の気孔率PWは1.2%であり、第2及び第4の溶射膜Aの気孔率PDは3.5%であった。
【0072】
(実施例4)
上述した実施例3とは、溶射膜が5つの溶射膜ではなく6つの溶射膜が積層してなることのみ相違する。
【0073】
実施例4では、第5の溶射膜まで形成した実施例3の完成品である溶射部材に対して、溶射装置によって上記溶射材料を第5の溶射膜の表面に溶射して第5の溶射膜の表面に、厚さTDが120μmの第6の溶射膜を乾式溶射によって形成した。これにより、溶射部材が完成した。
【0074】
第1乃至第6の溶射膜には、クラックなどの欠陥は目視で確認できなかった。
【0075】
第1、第3及び第5の溶射膜の気孔率PWは1.2%であり、第2、第4及び第6の溶射膜の気孔率PDは3.5%であった。
【0076】
(実施例5)
上述した実施例2とは、基材20がアルミニウム合金(A6061)からなるものではなく、アルミナ(Al)焼結体からなることのみ相違する。
【0077】
第1乃至第3の溶射膜31~33には、クラックなどの欠陥は目視で確認できなかった。
【0078】
第1及び第3の溶射膜31,33の気孔率PWは1.2%であり、第2の溶射膜32の気孔率PDは3.5%であった。基材20と第1の溶射膜31との密着強度は23MPaであった。
【0079】
(実施例6)
上述した実施例2と比較して、第2の溶射膜32の厚さTDが120μmではなく70μmであることのみが相違する。
【0080】
第3の溶射膜33にクラックが目視で確認された。
【0081】
(実施例7)
上述した実施例3と比較して、第2及び第4の溶射膜の厚さTDが120μmではなく70μmであることのみが相違する。
【0082】
第5の溶射膜にクラックが目視で確認された。
【0083】
(比較例1)
上述した実施例1と同じ、基材20並びに湿式及び乾式溶射に用いる溶射材料を用意した。
【0084】
そして、溶射装置によって上記溶射材料を基材20の表面に溶射して基材20の表面に、厚さTDが120μmの第1の溶射膜を乾式溶射によって形成した。
【0085】
次いで、溶射装置によって上記溶射材料を30重量%の割合で水を用いて分散させたスラリーを上記第1の溶射膜の表面に溶射して当該第1の溶射膜の表面に、厚さTWが60μmの第2の溶射膜を湿式溶射によって形成した。これにより、溶射部材が完成した。
【0086】
第1及び第2の溶射膜には、クラックなどの欠陥は目視で確認できなかった。
【0087】
第1の溶射膜の気孔率PDは3.5%であり、第2の溶射膜の気孔率PWは1.2%であった。
【0088】
基材と第1の溶射膜とが剥離する密着強度を測定した。密着強度は11MPaであり、実施例1と比較して半分に低下した。
【0089】
(比較例2)
上述した実施例1と同じ、基材並びに湿式及び乾式溶射に用いる溶射材料を用意した。
【0090】
そして、溶射装置によって上記溶射材料を基材の表面に溶射して基材の表面に、厚さTDが120μmの第1の溶射膜を乾式溶射によって形成した。
【0091】
次いで、溶射装置によって上記溶射材料を30重量%の割合で水を用いて分散させたスラリーを上記第1の溶射膜の表面に溶射して当該第1の溶射膜の表面に、厚さTWが30μmの第2の溶射膜を湿式溶射によって形成した。
【0092】
次いで、溶射装置によって上記溶射材料を第3の溶射膜の表面に溶射して第3の溶射膜の表面に、厚さTDが120μmの第3の溶射膜を乾式溶射によって形成した。
【0093】
次いで、溶射装置によって上記溶射材料を30重量%の割合で水を用いて分散させたスラリーを上記第3の溶射膜の表面に溶射して当該第3の溶射膜の表面に、厚さTWが30μmの第4の溶射膜を湿式溶射によって形成した。これにより、溶射部材が完成した。
【0094】
第1乃至第4の溶射膜には、クラックなどの欠陥は目視で確認できなかった。
【0095】
第1及び第3の溶射膜の気孔率PDは3.5%であり、第2及び第4の溶射膜の気孔率PWは1.2%であった。
【0096】
基材と上記第1の溶射膜とが剥離する密着強度を測定した。密着強度は11MPaであり、実施例1と比較して半分に低下した。
【0097】
(比較例3)
上述した比較例2とは、基材がアルミニウム合金(A6061)からなるものではなく、アルミナ焼結体からなることのみ相違する。
【0098】
第1乃至第3の溶射膜には、クラックなどの欠陥は目視で確認できなかった。
【0099】
第1及び第3の溶射膜の気孔率PDは3.5%であり、第2の溶射膜の気孔率PWは1.2%であった。基材と第1の溶射膜との密着強度は12MPaであり、実施例5の約半分であった。
【0100】
以上の結果を表1にまとめた。表1の密着の欄において、「-」は密着試験を行わなかったことを示している。
【0101】
【表1】
【符号の説明】
【0102】
10,10A…溶射部材、20…基材、 30,30A…溶射膜、 31…第1の溶射膜、 32…第2の溶射膜、 33…第3の溶射膜。
図1
図2