(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-23
(45)【発行日】2023-05-31
(54)【発明の名称】パーフルオロアルキルラジカルの製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 17/04 20060101AFI20230524BHJP
C07C 19/08 20060101ALI20230524BHJP
【FI】
C07C17/04
C07C19/08
(21)【出願番号】P 2019001707
(22)【出願日】2019-01-09
【審査請求日】2021-10-21
(73)【特許権者】
【識別番号】597065282
【氏名又は名称】三菱マテリアル電子化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】小野 泰蔵
(72)【発明者】
【氏名】車屋 光夫
(72)【発明者】
【氏名】魚谷 正和
(72)【発明者】
【氏名】神谷 武志
【審査官】大木 みのり
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-147008(JP,A)
【文献】特開2004-251899(JP,A)
【文献】特開2006-131620(JP,A)
【文献】国際公開第2006/109740(WO,A1)
【文献】特表平02-501310(JP,A)
【文献】特開2003-155257(JP,A)
【文献】特開昭60-064935(JP,A)
【文献】特開平01-126303(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
C07B
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
パーフルオロアルキルラジカルを製造する方法であって、フッ素化反応における反応活性種がフッ素ラジカルとな
る反応系において、パーフルオロ-4,4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテンをパーフルオロ
ヘキサンに溶解した溶解液にフッ素ガスを接触させ、フッ素ラジカルによってフッ素化することにより、パーフルオロ-3-エチル-2,2,4-トリメチル-3-ペンチル(パーフルオロアルキルラジカルI)を合成することを特徴とするパーフルオロアルキルラジカルの製造方法。
【請求項2】
パーフルオロアルキルラジカルを製造する方法であって、フッ素化反応における反応活性種がフッ素ラジカルとな
る反応系において、パーフルオロ-2,4,4-トリメチル-3-イソプロピル-2-ペンテンをパーフルオロ
ヘキサンに溶解した溶解液にフッ素ガスを接触させ、フッ素ラジカルによってフッ素化することにより、パーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル(パーフルオロアルキルラジカルII)を合成することを特徴とするパーフルオロアルキルラジカルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低温でトリフルオロメチルラジカルを容易に、かつクリーンに発生する易分解性安定パーフルオロアルキルラジカル試薬を提供すること、及び、副反応を含まないそのリサイクルシステムを提供可能とすることを課題とするものである。本明細書において、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルとは、ある程度安定である一方で、熱で容易に分解するという相反した性質を有する物質として定義される。
【背景技術】
【0002】
トリフルオロメチルラジカルを発生する試薬としては、従来、極安定パーフルオロアルキルラジカルの熱分解が利用されている。しかし、該試薬は、極安定であるために、その熱分解には高い温度が要求され、その使用は限定されていた。
【0003】
一方で、低温でのトリフルオロメチルラジカル発生試薬としては、米国特許第2559630号明細書にビス(パーフルオロアシル)パーオキシドが開示されているが、爆発性があり工業的な使用には危険性を伴うために、その使用については実験室レベルに限定されていた。
【0004】
トリフルオロメチルラジカルは、医薬、農薬、液晶を始めとする様々な機能性化合物合成に有用であるばかりでなく、樹脂を始めとする様々な材料の表面処理や、高分子合成におけるラジカル開始剤としての価値が高いことが知られている。しかし、従来のトリフルオロメチルラジカルは、上記したように、その熱分解には高い温度が要求され、高い温度領域でしか使えない極安定パーフルオロアルキルラジカルや、低温で使用可能でも爆発性があるなど、種々の問題を抱えていた。そのため、近年では、従来のトリフルオロメチルラジカルに代えて、特に、低温で安全かつ容易に利用可能な新しいトリフルオロメチルラジカル発生試薬の開発が求められていた。
【0005】
フッ素を含む化合物は、医薬・農薬のような部分フッ素化体から、テフロン(登録商標)やフッ素系界面活性剤のような完全フッ素化体に亘る広範な利用がなされているが、特に、トリフルオロメチル基の需要は高く、さまざまなトリフルオロメチル基導入方法が開発されている。とりわけ、近年では、トリフルオロメチルラジカルの利用が、部分フッ素化体合成において注目され、開発がなされているが、金属触媒を用いること、あるいは、光照射を必要とすることなど、その工業的応用において種々の問題を抱えていた。
【0006】
このように、これまでに開発されたトリフルオロメチルラジカル発生試薬は、不安定で爆発の危険性があるなどの問題から、工業的な展開が阻まれてきた。このような背景をもとに、安全に取り扱え、かつ、光照射も金属も必要としない簡易なトリフルオロメチルラジカル発生試薬の出現が望まれている。このような望ましい性能を有するトリフルオロメチルラジカル発生試薬に関する先行技術としては、例えば、特許文献1~3、及び、特許文献4~5が挙げられる。
【0007】
上記特許文献1が開示する重合触媒として有用な永続性パーフルオロアルキル遊離基は、ヘキサフルオロプロペン三量体をフッ素化することで得られるパーフルオロ-3-エチル-2,4-ジメチル-3-ペンチル(以後、PPFR1と呼ぶ)、及び、ヘキサフルオロプロペン三量体とPPFR1との混合物を加熱することで得られるパーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル(以後、PPFR2と呼ぶ)と呼ばれるパーフルオロアルキルラジカル(特許文献1の実施例;
図1、Formula 1及び2)である。
【0008】
また、上記特許文献2では、ヘキサフルオロプロペン三量体とRuppert-Prakash試薬(トリアルキルパーフルオロアルキルシラン:RP試薬)から誘導される前駆体パーフルオロオレフィンをフッ素ガスにより直接フッ素化することで、対応する構造のパーフルオロアルキルラジカルを製造する方法が開示されている。しかしながら、当該特許文献2において実際に合成に成功しているのは、特許文献1の実施例に記載の極安定パーフルオロアルキルラジカルPPFR2のみである(特許文献2の実施例)。
【0009】
一方、本発明で開示するトリフルオロメチルラジカル発生試薬は、パーフルオロ-3-エチル-2,2,4-トリメチル-3-ペンチル、及び、パーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチルと呼ばれるパーフルオロアルキルラジカル(以後、それぞれ易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及び、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIと呼ぶ)に係るものである。
【0010】
これらの構造については、先行特許の特許文献2に記載があるが、該文献では、その製造方法については明らかではなく、また、当該文献には、物質を特定するために必要な物理的・化学的情報が全く記載されていない。特に、後者の易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIのパーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチルについては、前駆体のパーフルオロ-2,4,4-トリメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン(以後、前駆体オレフィンIIと呼ぶ)を無希釈のフッ素ガスでフッ素化しても、パーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル(易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルII)は得られず、PPFR2のパーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-3-ペンチルが得られると記載されている(特許文献2の実施例7;
図1、Formula 3)。
【0011】
実際、特許文献2の実施例7には、パーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル(易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルII)の前駆体オレフィンII(パーフルオロ-2,4,4-トリメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン)を0℃で純フッ素ガスを用いて4時間フッ素化すると、35.2重量%の収率でPPFR2のパーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-3-ペンチルが得られると記載されている(
図1、Formula 3)。さらに、該特許文献2には、本実施例7に基づき、パーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル(易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルII)の前駆体オレフィンIIをフッ素化してPPFR2を合成する方法を、炭素減少極安定パーフルオロアルキルラジカルの製造方法として記載している。従って、先行特許の特許文献2は、実施例を含めて、前駆体オレフィンIIをフッ素化してもパーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル(易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルII)を合成できないことを証明しているに等しいと云える。
【0012】
本発明者らは、先行特許の特許文献2が構造を記載しているが、実施例ではむしろ、合成ができないことが示されているパーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル(易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルII)を合成する手法を発見し、その物理化学的性状を明らかにした。また、本発明者らは、同様に、先行特許の特許文献2が構造を記載しているが、実施例が無く、その構造を特定するために必要な物理化学的データも存在しないパーフルオロアルキルラジカル(パーフルオロ-3-エチル-2,2,4-トリメチル-3-ペンチル(易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI)についても、合成する手法を発見し、その物理化学的性状を明らかにした。
【0013】
また、本発明者らは、これらのパーフルオロアルキルラジカル(パーフルオロ-3-エチル-2,2,4-トリメチル-3-ペンチル、及び、パーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル)の構造を特定するために必要なMS(マススペクトル)、ESR(電子スピン共鳴スペクトル)などのスペクトル情報を取得するとともに、それらを単離し、熱安定性、沸点、融点等の物理化学的性状を明らかにすることに成功した。
【0014】
その結果、これらのパーフルオロアルキルラジカルが、先行特許の特許文献1及び特許文献2が開示するような極安定パーフルオロアルキルラジカルとは異なり、室温付近から70℃程度の温度で容易に分解すると同時にトリフルオロメチルラジカルを放出することを突き止めた。これらのパーフルオロアルキルラジカルは、空気中において室温で容易に扱える程度に安定である一方で、50~70℃程度の温度で容易に分解する性質を有し、その安定性に明確な相違がある。本発明者らは、これらのパーフルオロアルキルラジカルを、安定ではある一方で易分解性であることから易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルと呼び、従来の極安定パーフルオロアルキルラジカルとの違いを明確化した。
【0015】
実際、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIを例に取ると、当該ラジカルは室温(20℃付近)でも徐々に分解しており、例えば、実験室に放置したサンプルの経時的安定性をトレースした結果からは、半減期は凡そ1か月弱となり、易分解性ではあるが室温では取扱い上の問題が起こらない程度に安定であることが判る。一方で、本ラジカルを60℃に加温すると、後述するトリフルオロメチルラジカル放出を伴うβ‐脱離による分解が起こり、当該ラジカルの半減期は3時間を切る程に早く(極安定パーフルオロアルキルラジカルは、この温度では安定である)、易分解性であることが理解できる(易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルの熱安定性の詳細は、後述の易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及びIIの熱分解特性の項を参照)。
【0016】
すなわち、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルは、室温で安定に扱え、ほんの少し室温より温度を上げるとかなりの速度でトリフルオロメチルラジカルを発生する、絶妙な安定性と分解性を保有した物質であることが理解でき、極安定パーフルオロアルキルラジカルと比較した場合、工業化学的な有用性に大きな差が生まれる。
【0017】
而して、本明細書では、室温または比較的低い温度(例えば、50~70℃)でトリフルオロメチルラジカルを提供できる試薬としての易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルを高い収率で、容易に製造する方法を開示するとともに、これら易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルの熱的安定性を含む物理化学的性状の詳細を開示し、易分解性でありながら、安全で取扱いの容易なトリフルオロメチルラジカル発生試薬としての特徴を備えた新規物質としての特徴を明確化した。
【0018】
本発明は、低温でトリフルオロメチルラジカルを容易に、かつクリーンに発生する易分解性安定パーフルオロラジカル試薬を提供すること、及び、その副反応を含まないリサイクルシステムを提供可能にするものである(化1の式A~F参照)。そのうち、リサイクルシステムについては、ダイキン工業(株)の特許(特許文献3の特開2003-147008、発明の名称:低分子ラジカル供給方法、ラジカル運搬分子、重合体製造方法及び重合体)に記載の内容に含まれ、それを超えるものでは無いが、後述するように、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルの構造に含まれるパーフルオロ-第三級-ブチル基の三つのトリフルオロメチル基のうちの一つに限定された、単一の分解反応を経由して分解することは、予見できるものでは無く、実験で明らかになったことであることから、本明細書では、意図的に取り上げて記述する。
【0019】
すなわち、この単一の分解過程を経る反応では、分解生成物として易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIからは、パーフルオロ-3-エチル-2,4-ジメチル-2-ペンテン(以後、T-3と呼ぶ)が、易分解性パーフルオロアルキルラジカルIIからは、パーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン(以後、PPFR2前駆体と呼ぶ)、が得られ(式A,B)、これらの熱分解生成物パーフルオロオレフィンは、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI及びIIの前駆体オレフィンへと誘導することが可能である。すなわち、これらのパーフルオロオレフィンをRP試薬でトリフルオロメチル化することで易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI及びIIの前駆体オレフィンであるパーフルオロ-4,4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン(以後、前駆体オレフィンIと呼ぶ)、パーフルオロ-2,4,4-トリメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン(前駆体オレフィンII)が、それぞれ合成される(式C,D)。また、これらの熱分解生成物パーフルオロオレフィンは、同時に極安定パーフルオロアルキルラジカル合成の前駆体としても利用が可能となっている(式E,F)ことは、この単一分解過程を経て分解することの重要な特徴と云って良い。リサイクルシステムは、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI及びIIに留まらず、極安定パーフルオロアルキルラジカル(PPFR1及びPPFR2)を含む、二つの経路からなり、その融通性とともに、プロセスには無駄が無いため、工業化学的に優れ、非常にクリーンで環境にやさしいシステムが構築される。
【0020】
【0021】
前述したように、トリフルオロメチルラジカルを発生する試薬としては、従来、極安定パーフルオロアルキルラジカルの熱分解が利用されている。しかし、極安定パーフルオロアルキルラジカルの名前から判るように、その熱分解には高い温度が要求され、その使用は限定されていた。
【0022】
一方で、低温でのトリフルオロメチルラジカル発生試薬としては、米国特許第2559630号明細書にビス(パーフルオロアシル)パーオキシドが開示されているが、爆発性があり工業的な使用には危険性を伴うために、その使用については実験室レベルに限定されていた。
【0023】
トリフルオロメチルラジカルは、医薬、農薬、液晶を始めとする様々な機能性化合物合成に有用であるばかりでなく、樹脂を始めとする様々な材料の表面処理や、高分子合成におけるラジカル開始剤としての価値が高いことが知られている。しかしながら、従来のトリフルオロメチルラジカルは、上記したように、高い温度領域でしか使えない極安定パーフルオロアルキルラジカルや、低温で使用可能でも爆発性があるなど、種々の問題を抱えていたため、当技術分野では、特に、低温で安全かつ容易に利用可能な新しいトリフルオロメチルラジカル発生試薬の開発が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0024】
【文献】特開昭60-64935号公報(発明の名称:重合触媒として有用な永続性パーフルオロアルキル遊離基およびその遊離基を使用する重合方法)
【文献】特開2003-155257号公報(発明の名称:高度分岐状パーフルオロオレフィン、極安定パーフルオロアルキルラジカル及びこれらの製造方法)
【文献】特開2003-147008号公報(発明の名称:低分子ラジカル供給方法、ラジカル運搬分子、重合体製造方法及び重合体)
【文献】米国特許第4626608号明細書(発明の名称:Fluorinated acyl peroxides)
【文献】ヨーロッパ特許第0121898号(発明の名称:Persistent perfluoroalkyl free radicals, a polymerization catalyst containing them and processes for polymerization)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明は、上記現状に鑑み、従来技術では不可能であった低い温度でトリフルオロメチルアルキルラジカルを発生することが可能であり、しかも、安全で容易に取り扱える易分解性安定パーフルオロアルキルラジカル発生試薬を提供することを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0026】
上記課題を解決するための本発明は、高度に枝分かれした構造を有する高度に遮蔽を受けたパーフルオロアルケンをフッ素ラジカルでフッ素化することで易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルを合成する手法と、得られた該易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルをトリフルオロメチルラジカル発生試薬として利用する方法を提供することを特徴とするものである。ここで、本発明において、高度に枝分かれした構造を有する高度に遮蔽を受けたパーフルオロアルケンとは、本発明で用いるパーフルオロ-4,4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテンやパーフルオロ-2,4,4-トリメチル-3-イソプロピル-2-ペンテンと同等程度の枝分かれ構造を有するパーフルオロアルケンを意味する。
【0027】
本発明によれば、従来、パーフルオロアルケンをフッ素ガスと反応させても立体障害に起因して反応が進行しないものについて、フッ素ラジカルを用いてフッ素化することで初めて合成が可能になった。以下にその詳細を説明する。
【0028】
本発明で開示する内容は、先行特許の特許文献2に記載されていながら、該文献には、その製造方法も構造を支持する物理化学的情報も存在しない化学種(パーフルオロ-3-エチル-2,2,4-トリメチル-3-ペンチル、及び、パーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル)を、初めて合成することに成功し、MS、ESRを始めとする物理化学的データ並びに、それらの50~70℃における熱分解特性により該化学種の性状を明らかにしたものである。
【0029】
先行特許の特許文献2には、パーフルオロアルキルラジカル(パーフルオロ-3-エチル-2,2,4-トリメチル-3-ペンチル、及び、パーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル;本明細書の中では、それぞれ易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及び、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIと呼んでいる)が、それらの前駆体パーフルオロオレフィン(パーフルオロ-4,4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン、及び、パーフルオロ-2,4,4-トリメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン)をフッ素ガスでフッ素化することで合成できると記載されている。
【0030】
しかし、上記特許文献2には、前者の前駆体パーフルオロオレフィン(パーフルオロ-4,4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン)をフッ素化することに関する実施例は無く、また、後者の前駆体パーフルオロオレフィンのフッ素化については、一応、実施例7が記載されている。
【0031】
そして、上記実施例7では、実際に前駆体オレフィンII(パーフルオロ-2,4,4-トリメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン)を0℃において無希釈のフッ素ガスでフッ素化した例を記載している。しかし、その結果は、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIのパーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチルではなく、パーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテンとそれから導かれるPPFR2(パーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル)の混合物が得られると記載している。
【0032】
先行特許の特許文献2は、実施例の欠如、さらには、実施例があっても、その合成が難しいことを示しており、さらに、得られる化合物の物理的・化学的情報が全く示されていない事から、特許文献2は、本発明者らが本明細書で明らかとした易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIとIIと呼ぶ物質についてその特許の記述の範囲で既知物質として存在することを証明したとは云えない内容である。むしろ、該特許の範囲内で、これらの物質の合成が実際には出来ないことを証明したに相当すると考えるべきものである。
【0033】
本発明者らも、先行特許の特許文献2の内容を踏まえ、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI及びIIの合成は難しいと考えていた。しかしながら、本発明者らは、「極度に立体的に込み合ったパーフルオロオレフィンがフッ素ラジカルとしか反応しない」(フッ素ガスとの反応速度が極度に小さい場合を含む)という「作業仮説」に基づいて、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI及びIIを合成することを目標として鋭意努力した結果、ヘキサフルオロベンゼンに代表されるフッ素分子からフッ素ラジカルの発生を促進する物質を用いてフッ素化を行うことで、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI及びIIの合成が達成できるという新規知見を見出した。
【0034】
ここで、本発明開発の契機となった「作業仮説」についてさらに詳しく記述すると、本「作業仮説」は、本発明者らが、PPFR1合成における2種類の前駆体オレフィンであるパーフルオロ-4-メチル-3-イソプロピル-2-ペンテン(以後、T-2と呼ぶ)、及び、パーフルオロ-3-エチル-2,4-ジメチル-2-ペンテン(以後、T-3と呼ぶ)のフッ素ガスによるフッ素化挙動の違いを発見したことに基づくものである。
【0035】
すなわち、本発明者らは、パーフルオロオレフィンとフッ素との反応について、T-2のパーフルオロ-4-メチル-3-イソプロピル-2-ペンテンを無希釈のフッ素ガスでフッ素化すると、T-2はT-2に関して1次の反応であるのに対し、T-3のパーフルオロ-3-エチル-2,4-ジメチル-2-ペンテンの場合は、T-3に関して0次の反応になっていることを発見した。
【0036】
このT-2とT-3のフッ素化挙動の違いは、フッ素分子との反応(F2との反応)で進行するT-2に対し、フッ素分子が解離して生成するフッ素ラジカル(F2→・F+・F)との反応(フッ素ラジカルの拡散律速反応;・Fとの反応)でフッ素化が進行するT-3 という反応機構の違いとして解釈された。
【0037】
従って、T-3はT-3の濃度に依存せずに反応が進行する、すなわち、フッ素ラジカルの拡散律速反応となっていると解釈された。
図2は、T-2及びT-3の反応機構が異なることを示す説明図である。
【0038】
PPFR1合成における上記2種類の前駆体オレフィンのT-2とT-3は、同じ化学式で表される構造異性体で、C=C二重結合の位置異性体となっている。構造的な特徴は、T-2が三置換オレフィンであり、T-3が四置換オレフィンとなっている。
【0039】
従って、より多くの置換基を有する四置換オレフィンのT-3のC=C二重結合のほうが、三置換オレフィンのT-2のC=C二重結合よりも、より立体的に遮蔽されている。すなわち、フッ素分子は、より多くの遮蔽を受けた四置換オレフィンであるT-3のC=C二重結合には十分に近づけないが、遮蔽の少ない三置換オレフィンであるT-2のC=C二重結合には近づいて反応に至ると解される。
【0040】
一方、フッ素分子が解離して生成するフッ素ラジカルは、フッ素分子より反応活性であること、また、そのサイズが小さいことに起因して、T-3のC=C二重結合のように、より遮蔽を受けた四置換オレフィンのC=C二重結合に接近することが出来るので、反応してPPFR1を生成する。
【0041】
T-3について0次の反応になるのは、フッ素分子の解離定数が非常に小さく、生成するフッ素ラジカルの量が少量であるために、そのフッ素ラジカルの拡散律速となり、T-3の濃度に依存しなくなると解釈された。
【0042】
本発明者らは、このようにパーフルオロオレフィンのC=C二重結合の立体遮蔽による反応機構の変化に注目した。下記の化2は、パーフルオロオレフィンのC=C二重結合の立体遮蔽による反応機構の変化を示す説明である。
【0043】
【0044】
上記式において、3置換オレフィンのT-2は、C=C二重結合に試薬であるF2が近づけるが、4置換オレフィンのT-3では、C=C二重結合が立体的に完全に遮蔽されており、F2が近づけない。一方、Fラジカル(・F)は、いずれの場合にもC=C二重結合に近づくことが出来るので反応することができる。立体障害の違いが、このような反応機構の違いを生んでいる。
【0045】
特に、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI或いは、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの前駆体オレフィンI及びII(パーフルオロ-4,4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン、及び、パーフルオロ-2,4,4-トリメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン)のように高度に遮蔽を受けたパーフルオロオレフィンの場合は、T-3のC=C二重結合と同様にフッ素ラジカルとしか反応しないことが予想された。
【0046】
本発明者らは、以上の考察に基づき、T-3よりさらに立体的に遮蔽を受けた易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルの前駆体パーフルオロオレフィンのフッ素化反応について、フッ素ラジカルが大量に生成する反応系を形成することが合成に重要な寄与をすると考え、実験を重ね、ヘキサフルオロベンゼンをフッ素ガスと共存させた系(フッ素ラジカルを大量に発生する)でフッ素化を行うことで初めて、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIのパーフルオロ-3-エチル-2,2,4-トリメチル-3-ペンチルや、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIのパーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチルを良い収率(ガスクロで求めた収率はそれぞれ約90%)で合成できることを発見した。
【0047】
易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI及びIIは、ガスクロマトグラフィー(GC)分析が可能であるため、本発明者らは、その熱分解挙動をGCで解析し、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIについては、49.0℃、58.8℃、68.0℃における熱分解反応の半減期が、それぞれ、23.9hr、6.5hr、1.9hrであり、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIについては、49.0℃、58.5℃、67.7℃における熱分解反応の半減期が、それぞれ10.5hr、2.64hr、0.80hrであることを突き止めた(詳しくは、後述の易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及びIIの熱分解特性の項を参照)。
【0048】
すなわち、本発明者らは、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及びIIは、先行特許の特許文献1、及び2にあるように、極めて安定(そのために、極安定パーフルオロアルキルラジカルと呼んでいる)ではなく、上述の半減期が示すように、室温付近でもかなりの速度で分解することを発見した。
【0049】
従って、これらの易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及びIIは、これまで知られている極安定パーフルオロアルキルラジカルとは熱分解特性が大きく異なることを踏まえ、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルと呼び、従来の極安定パーフルオロアルキルラジカルと明確に区別した。
【0050】
易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及びIIは、おのおの式(式A,B)に示される熱分解過程を経て、トリフルオロメチルラジカルを発生して分解する。分解生成物の解析から、上記易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI及びIIの熱分解過程は立体的に最も混みあったパーフルオロ第三級-ブチル基を構成するトリフルオロメチル基がβ‐脱離する経路のみを経由することが判った。
【0051】
このような単一の熱分解過程を経ることは、その構造から予想することは難しく、むしろ、複数の分解経路を含む複雑な分解反応となることが考えられた。例えば、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIでは、下記の化3に示すような複数の分解過程が予想されるが、実際は、パーフルオロ第三級-ブチル基を構成する三つのトリフルオロメチル基のどれかがβ―脱離して分解することが判った。本発明は、このような単一の熱分解過程を経る効果として、トリフルオロメチルラジカル以外の活性種を含まないクリーンなトリフルオロメチルラジカル発生源を提供できることを意味している。
【0052】
【0053】
上記化3に示されるように、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの熱分解過程には複数存在すると予想されるが、実際は、単一の分解経路で分解する。
【0054】
また、本発明の易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI及びIIでは、熱分解が単一の経路を経由することから、分解生成物も単一であり、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIからは、パーフルオロ-3-エチル-2,4-ジメチル-2-ペンテン(T-3)のみが、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIからは、パーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテンのみが、回収される(化1の式A,B)。
【0055】
従って、これらの回収されたパーフルオロオレフィン(パーフルオロ-3-エチル-2,4-ジメチル-2-ペンテン、及びパーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン)に対し、トリフルオロメチルトリメチルシランを用いてトリフルオロメチル化を行い、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及びIIの前駆体オレフィンを再生するリサイクルシステムを提供できる。このリサイクルシステムに関する方法論については、先行する特許の特許文献2に記載の範囲であると考えられるが、上記易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及びIIの熱分解過程が単一であることは、実験で証明する必要があり、本発明において初めて明らかになったことである。
【0056】
易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及びIIの熱分解挙動が従来の極安定パーフルオロアルキルラジカルと異なり、低温で分解する易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルであること、単一の分解過程を経ること、従って、クリーンなトリフルオロメチルラジカル発生試薬となること、リサイクルシステムが副反応を含まない完全なものであること、などが易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及びIIに備わった諸特性であり、本発明は、これらすべての諸特性を兼ね備えた理想的なトリフルオロメチルラジカル発生試薬の提供を実現可能にしている。
【0057】
易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIとIIの構造は、それらの熱分解生成物の構造から支持されるだけでなく、MSやESRからも支持され、本発明に係る易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及びIIは、本発明で初めてその存在が合成と物理化学的性状とともに明らかとされた新規物質に相当するものである。
【0058】
易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI及びIIの前駆体オレフィンであるパーフルオロ-4,4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン、及びパーフルオロ-2,4,4-トリメチル-3-イソプロピル-2-ペンテンの合成は、文献(J.Fluorine Chem.,196,128-134)に記載の方法で行った。本発明において、「フッ素ラジカル」としては、反応系においてフッ素ラジカルを発生することが可能な材料であればその種類を問わずすべての材料を含むことを意味する。
【発明の効果】
【0059】
本発明は、以上の構成を採用することにより、以下のような格別の効果を奏するものである。
(1)易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及びIIが、従来の極安定パーフルオロアルキルラジカルに比較して優位性を有することは、極安定パーフルオロアルキルラジカルの場合よりも低い温度で容易、かつ安全にトリフルオロメチルラジカルを発生できる点にあり、特に、表面処理においては、例えば、トリフルオロメチルラジカルによるフッ素化表面処理工程で膨潤したり、熱変形を伴うような高分子系の樹脂に対して適用が可能になることが挙げられる。
【0060】
(2)また、仮に、変形や膨潤が問題にならない材料のフッ素化表面処理についても、極安定パーフルオロアルキルラジカルと比べてより低い温度で同様の効果が得られることは、工業化学的には大きな意味があり、例えば、該技術分野における工程管理や光熱水料などの節減にも繋がり、大きな利点を有する。
【0061】
(3)さらに、高分子合成におけるラジカル開始剤としての利用について云えば、モノマーの反応性が高いものについては、従来の極安定パーフルオロアルキルラジカルをトリフルオロメチル源とすると、反応が暴走するなどの問題があり、例えば、最初から適用が除外されるか、もしくは、熱の除去、スケールアップなどに問題があったが、極安定パーフルオロアルキルラジカルと比べてより低い温度でトリフルオロメチルラジカルをクリーンに発生する本発明に係る易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルは、そのようなモノマーの重合へ適用が可能となり、その産業応用面での優位性は明らかである。
【0062】
(4)また、医薬、農薬などにおけるトリフルオロメチル基の重要性は、言及するまでもなく、極めて重要であり、特に、医薬品や農薬のように官能基を多数持ち、複雑な構造をしていると、従来の極安定パーフルオロアルキルラジカルを用いるような高い温度での処理は、副反応の生成を誘起する可能性が大きいが、本発明に係る易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルは、低い温度でトリフルオロメチルラジカルを作用させることが可能であり、副反応の生成を抑制することが出来る。
(5)実施例を挙げるまでもなく、極安定パーフルオロアルキルラジカルと易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルが選択枝として挙げられる場合、有機合成化学者が後者の易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルを選択することは、明白なことである。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【
図1】図中、Formula 1は、パーフルオロ-3-エチル-2,4-ジメチル-3-ペンチル(PPFR1)と呼ばれるパーフルオロアルキルラジカルの合成過程を示す。 図中、Formula 2は、パーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル(PPFR2)の合成過程を示す。 図中、Formula 3は、ヘキサフルオロベンゼンなどのフッ素ラジカル生成を促進する物質が存在しない状態で、フッ素ガスを用いてパーフルオロ-2,4,4-トリメチル-3-イソプロピル-2-ペンテンをフッ素化しても、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルII(パーフルオロ-2,2,4-トリメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル)は得られず、パーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル(PPFR2)のみが得られることを示す。
【
図2】
図2は、PPFR1合成における2種類の前駆体オレフィン(T-2、T-3)のフッ素化挙動の違いについての説明図を示す。
【
図3】
図3は、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIのマススペクトルを示す。
【
図4】
図4は、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIのESRスペクトルを示す。
【
図5】
図5は、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIのマススペクトルを示す。
【
図6】
図6は、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIのESRスペクトルを示す。
【
図7】
図7は、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの生成反応を示す。
【
図8】
図8は、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの49.0℃における熱分解反応特性を示す。
【
図9】
図9月は、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの58.8℃における熱分解反応特性を示す。
【
図10】
図10は、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの68.0℃における熱分解反応特性を示す。
【
図11】
図11は、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの49.0℃における熱分解反応特性を示す。
【
図12】
図12は、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの58.5℃における熱分解反応特性を示す。
【
図13】
図13は、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの67.7℃における熱分解反応特性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0064】
次に、本発明を試験例及び実施例に基づいて具体的に説明する。
【0065】
試験例1
易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIのマススペクトル
(物性値:MSの測定方法)
後記する実施例1で得た易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI(9%のパ-フルオロ-2,2,4-トリメチル-4-エチルペンタンを含む)をキャピラリーカラム(VF-200ms,0.25mm x 60m,0.25μ)を装着したガスクロマトグラフィ-マススペクトロメトリー分析計(Shimadzu GCMS-QP5050A)により分析した。
【0066】
分解が起きないように、カラム温度、セパレーター、イオン源温度を低く設定し(カラム温度は40℃で5分、5分以後は5℃/min.で昇温;セパレーターとイオン源温度は200℃)、電子衝撃イオン化法(70eV)によりイオン化し、マススペクトル測定を行った。得られたマススペクトルを
図3に示した。m/z69のトリフルオロメチルイオンが基準ピークとして現れ、その他のフラグメントイオンの強度は極端に低い特徴を有していた。親イオンは見られず、最高質量イオンとして、(M-F)イオン(m/z 500)が相対強度0.11で観測された。電子衝撃イオン化でトリフルオロメチルイオンのみを選択的に生成するMSは、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIが熱分解反応の際に、β-脱離でトリフルオロメチルラジカルを放出して分解する経路のみを通過する単一分解反応を起こすことに対応している。
【0067】
試験例2
易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの電子スピン共鳴(ESR)スペクトル
(物性値:ESRの測定方法)
後記する実施例1で得た易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI(9%のパ-フルオロ-2,2,4-トリメチル-4-エチルペンタンを含む)をパーフルオロヘキサンで希釈し、0.1mM濃度としたサンプルをESR測定用石英試料管(外径4mm x 250mm)に入れ、ヘリウムガスを脱気用ガスとしてFreeze-pump-thawのプロセスを5回行った後に熔封した。
【0068】
測定は、ブルカー・バイオスピン社の電子スピン共鳴測定装置(EMXplus型)を用い、磁場強度:3340G、マイクロ波パワー:0.1002mW、変調磁場:0.1G、磁場掃引時間:15sec.、磁場掃引:±50Gで測定を行った。得られたESRスペクトルを
図4に示した。中央にある超微細構造(hfs)と、その両脇に大きなカップリング定数でスプリットした二つの超微細構造(hfs)が観測された。従って、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIには、室温で安定な二つのコンフォメーションが存在すると推察された。ラジカル中心炭素の隣に位置するCF
2基のコンフォメーションに二通りあることが予想されるが、現時点で完全な解釈は出来ていない。
【0069】
試験例3
易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIのマススペクトル
後記する実施例2で得た易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIを適当な濃度でパーフルオロヘキサンに溶解した溶液を被検試料として、キャピラリーカラム(VF-200ms,0.25mm x 60m,0.25μ)を装着したガスクロマトグラフィ-マススペクトロメトリー分析計(Shimadzu GCMS-QP5050A)により分析した。
【0070】
分解が起きないように、カラム温度、セパレーター、イオン源温度を低く設定し(カラム温度は40℃で5分、5分以後は5℃/min.で昇温;セパレーターとイオン源温度は200℃)、電子衝撃イオン化法(70eV)によりイオン化し、マススペクトル測定を行った。得られたマススペクトルを
図5に示した。m/z69のトリフルオロメチルイオンが基準ピークとして現れ、その他のフラグメントイオンの強度は極端に低い特徴を有していた。親イオンは見られず、最高質量イオンとして(M-CF
3)イオン(m/z500)が相対強度0.09で観測された。易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIと同様に、電子衝撃イオン化でトリフルオロメチルイオンのみを選択的に生成するMSは、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIが熱分解反応の際に、β‐脱離でトリフルオロメチルラジカルを放出して分解する経路のみを通過する単一分解反応を起こすことに対応している。
【0071】
試験例4
易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの電子スピン共鳴(ESR)スペクトル
後記する実施例2で得た易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIをパーフルオロヘキサンで希釈し、0.1mM濃度としたサンプルをESR測定用石英試料管(外径4mm x 250mm)に入れ、ヘリウムガスを脱気用ガスとしてFreeze-pump-thawのプロセスを5回行った後に熔封した。
【0072】
測定は、ブルカー・バイオスピン社の電子スピン共鳴測定装置(EMXplus型)を用い、磁場強度:3340 G、マイクロ波パワー:0.1002mW、変調磁場:0.1G、磁場掃引時間:15sec.、磁場掃引:±50Gで測定を行った。得られたESRスペクトルを
図6に示した。カップリングが可能な多数のフッ素が存在するので、複雑な超微細構造(hfs)が観測された。
【実施例1】
【0073】
易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの合成
易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの前駆体オレフィンであるパーフルオロ-4,4,-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン(幾何異性体として、Z-体を76.1%、E-体を16.7%(2種の回転異性体があり、一方が11.1%、他方が5.6%含まれている)、不純物として、パーフルオロ-3-エチル-2,4-ジメチル-2-ペンテンを4%、構造未知の不純物を1.7%含む)を3g(前駆体オレフィンにして5.7mmole)を取り、150mlのパーフルオロヘキサンに溶解した。得られたパーフルオロヘキサン溶液を500ml容のテフロン(登録商標)製の反応容器に移し、ヘリウムで系内をパージ後(24ml/minで30分)窒素で希釈した20%フッ素ガスを用いてフッ素化を行った。反応は、室温(20~23℃)でフッ素ラジカルが存在する条件で9時間行った。
【0074】
すなわち、0.75gのヘキサフルオロベンゼンを75mlのパーフルオロヘキサンに溶解したものを9時間かけてフッ素化の全過程を通じて均一の速度(約8.3ml/hr)で導入した。20%フッ素ガスの流速は、導入されたヘキサフルオロベンゼンが完全フッ素化を受けるに必要なフッ素ガス流量(2.5ml/min.)の約2倍量が維持されるに相当する5ml/minで導入した。反応液のガスクロマトグラフィー(GC)分析により、生成物の易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの収率は91%で、残りの9%は飽和体のパーフルオロ-3-エチル-2,2,4-トリメチルペンタンであることが判った(但し、conversionは96%で出発原料4%が残存)。
【0075】
減圧下で反応溶媒のパーフルオロヘキサンを除くことで全量が約35gに濃縮した。濃縮した反応液の減圧蒸留で3つのフラクション(Fr.1~Fr.3)を得た。Fr.1は沸点が54~57℃/36mmHgで1.2g、Fr.2は沸点が57~58℃/36mmHgで0.67g、Fr.3は沸点が58℃/36mmHgで0.1gで、残渣は0.4gあった。
【0076】
GC分析の結果は、表1にまとめた。表1から判るように、いずれのフラクションも80%以上の濃度で目的の化合物を含んでいたが、Fr.1には目的物より炭素数が一つ少ないパーフルオロ-3-エチル-2,4-ジメチル-3-ペンチルが5.4%、パーフルオロ-3-エチル-2,4-ジメチル-2-ペンテンが5.4%含まれているために、多少低い沸点範囲を示していた。
【0077】
一方、Fr.2では、パーフルオロ-3-エチル-2,4-ジメチル-3-ペンチル含量は1.1%、パーフルオロ-3-エチル-2,4-ジメチル-2-ペンテンは2.6%に減少し、留分の85.1%が目的化合物(易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI)となっていた。さらにFr.3では、これらの含量は、それぞれ0.5%、及び、2.0%となり、目的化合物が86.2%で、残り8.5%は目的化合物がさらにフッ素化されて生成した飽和体のパーフルオロ-3-エチル-2,2,4-トリメチルペンタンであった。従って、目的化合物の沸点は、57~58℃/36mmHgの範囲にあった。
【0078】
【実施例2】
【0079】
易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの合成
易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの前駆体オレフィンであるパーフルオロ-2,4,4,-トリメチル-3-イソプロピル-2-ペンテン(純度100%)3.8gを取り、100mlのパーフルオロヘキサンに溶解した。得られたパーフルオロヘキサン溶液を500ml容のテフロン製の反応容器に移し、ヘリウムで系内をパージ後(24ml/minで30分)窒素で希釈した20%フッ素ガスを用いてフッ素化を行った。反応は、室温(15~16℃)でフッ素ラジカルが存在する条件で出発原料が無くなるまで行った(54時間)。すなわち、ヘキサフルオロベンゼン1gを100mlのパーフルオロヘキサンに溶解したものをフッ素化の全過程を通じて均一の速度(8.3ml/hr)で導入した。20%フッ素ガスの流速は、導入されたヘキサフルオロベンゼンが完全フッ素化を受けるに必要なフッ素ガス流量(2.5ml/min.)の約5~6倍量が維持されるに相当する13~15ml/minで導入した。反応は6時間ごとにGC分析で追跡し、42時間までのデータをプロットした曲線を補外して54時間の反応で出発原料がゼロとなると判断された。従って、反応は54時間で終点とした(
図7の易分解性安定パーフルオロラジカルIIの生成反応参照)。
【0080】
反応液のガスクロマトグラフィー(GC)分析により、生成物の易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの収率は91%とピーク面積比より計算された。GCの測定は、キャピラリーカラム(Rtx200 0.25mm x 60m,1μ)を用い、被検物質が分解しない温度条件(注入口温度:120℃、カラム温度:40℃で5分、以後5℃/min.で昇温)で行った。検出器としては、FID(Flame Ionization Detector)を用いた。目的化合物以外に、未知化合物4%と反応中に生成した易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIが、トリフルオロメチルラジカルをβ‐脱離で放出して分解・生成したパーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテンがフッ素化されて生成したパーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-3-ペンチルが5%含まれていた。
【0081】
反応溶媒のパーフルオロヘキサンを減圧下で除き、得られた濃縮液を減圧蒸留(3.8mmHg)し、Fr.1(35~40℃/3.8mmHg;0.4g)、Fr.2(40~43℃/3.8mmHg:2.0g)と残渣0.2gを得た。さらに、真空ラインの壁に昇華した無色の固体が約1g回収された。蒸留で得たFr.1とFr.2も室温ですぐに固体となった。Fr.2は、目的化合物の易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIで純度90.9%であった。
【0082】
含まれる不純物としては、上記化合物のパーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテンが3.3 %、パーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-3-ペンチルが2.5%、構造未知の化合物が3.3%であった。真空ラインから回収した昇華精製物も、目的化合物の易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIで純度90.1%であった。不純物組成も、Fr.2とほぼ同じで、パーフルオロ-2,4-ジメチル-3-イソプロピル-3-ペンチル含量が2.5%から3.3%に増えていた。融点は、昇華精製物をガラスキャピラリーに詰め、融点測定器(Buchi B-545)を用いて昇温速度1℃/min.で昇温し観測した。昇華精製したものでも、純度が90%程度までしか上がらないためか、融点は38~43℃程度の幅があった。
【0083】
[易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI、及びIIの熱分解特性]
(1)易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの熱分解反応の速度論
実施例1で得た易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルI(77mg)をパーフルオロヘキサン(3.63g)に溶解した溶液を熱分解試験に使用した。調製した易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIのパーフルオロヘキサン溶液を、所定の温度、所定の時間加熱し、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの分解過程をGCで追跡した。易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIは、計測した温度範囲(49.0℃~68.0℃)で単一の分解経路(β-脱離で最も込み合ったパーフルオロ-t-ブチル基の三つのトリフルオロメチル基の内の一つが放出されて分解生成物のパーフルオロ-2.4-ジメチル-3-エチル-2-ペンテンを生成する)を通って分解する(計測した全てのサンプルのGC分析で確認している)。
【0084】
従って、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIのGCにおける面積をS1、分解生成物のパーフルオロ-2.4-ジメチル-3-エチル-2-ペンテンのGCにおける面積をS2とすると、次式で現される易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの存在量比の対数を時間に対してプロットして線形であれば、本熱分解反応が易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの1次反応であることが判る。
【0085】
式;易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの存在量比=S1/(S1+S2)
熱分解反応は、49.0℃(1時間ごとに分析)、58.8℃(30分ごとに分析)、68.0℃(20分ごとに分析)で行った。各温度での易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの分解過程を
図8~10に示した。
【0086】
いずれの温度でも、多少の線形性からのずれが観察され、熱分解反応の初期で多少反応速度が大きい傾向にあった。とりわけ、低い温度でその傾向が顕著で、高い温度では、線形性が良くなっていた。易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIのESRには、大きなカップリング定数を有する2峰性のESRシグナルと、それら2峰性シグナルの間に存在するESRシグナルが現れていたことと考え合わせると、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIには、安定な2種類の回転異性体があり、それらの熱分解速度に多少の差があると考えることで合理的な説明がなされる。
【0087】
各温度における易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの熱分解反応における半減期は、すべての測定点を含む回帰曲線から求めたもので、二つの回転異性体の平均的な像を表すものと解される。すなわち、49℃、58.8℃、68.0℃における易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIの熱分解反応における半減期は、それぞれ、23.9 hr、6.5hr、1.9hrとなった。
【0088】
(2)易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの熱分解反応の速度論
パーフルオロヘキサンに対して、面積比で2%程度の量で易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIを含む溶液を所定の温度、所定の時間加熱し、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの分解過程をGCで追跡した。易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIは、計測した温度範囲(49.0℃~68.0℃)で単一の分解経路(β-脱離で最も込み合ったパーフルオロ-t-ブチル基の三つのトリフルオロメチル基の内の一つが放出されて分解生成物のパーフルオロ-2.4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテンを生成する)を通って分解する(計測した全てのサンプルのGC分析で確認している)。
【0089】
従って、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIのGCにおける面積をS1、分解生成物のパーフルオロ-2.4-ジメチル-3-イソプロピル-2-ペンテンのGCにおける面積をS2とすると、次式で表される易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの存在量比の対数を時間に対してプロットして線形であれば、本熱分解反応が易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの1次反応であることが判る。
【0090】
式;易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの存在量比=S1/(S1+S2)
熱分解反応は、49.0℃(1時間ごとに分析)、58.5℃(40分ごとに分析)、67.7℃(20分ごとに分析)で行った。各温度での易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの分解過程を
図11~13に示した。
【0091】
いずれも、良い線形性示し、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルIIの熱分解反応は1次反応であることが確認された。これらのデータを元に、一次反応速度定数を求め、それぞれの温度における半減期を求めた。それぞれ、49.0℃、58.5℃、67.7℃における半減期は、10.5hr、2.64hr、0.80hrであった。
【産業上の利用可能性】
【0092】
以上詳述したように、本発明は、易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルを製造する方法であって、フッ素化反応における反応活性種がフッ素ラジカルとなるような反応系において、高度に遮蔽を受けたパーフルオロアルケンをフッ素化することにより上記パーフルオロアルキルラジカルを合成することを特徴とするパーフルオロアルキルラジカルの製造方法に係るものであり、以上のような具体的な例を挙げるまでもなく、本発明は、低い温度でトリフルオロメチルラジカルを発生する試薬を提供することができる、また、本発明で得られる易分解性安定パーフルオロアルキルラジカルのトリフルオロメチルラジカル発生試薬としての優位性は、工業化学的な見地から明らかであり、ここで言及したものに限られず、広く適応が展開可能な潜在的能力を有するものである、
フッ素化表面処理の市場は、繊維製品など現行の市場でも大きいが、さらに、プラスチックス製品、nanodiamond(ナノダイヤモンド)、CNT、fullerene(フレーレン)類などに展開が予想され、将来的な市場拡大が見込まれる、特に、フッ素系潤滑油では限界が見えているディスクのコーティング、環境問題が指摘されているPFOAを用いないPTFE製造方法などが想定され、その市場規模は非常に大きくなる可能性がある、という産業上の利用可能性を有するものである。