(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-23
(45)【発行日】2023-05-31
(54)【発明の名称】ガラスの割断方法及びガラス材料
(51)【国際特許分類】
C03B 33/06 20060101AFI20230524BHJP
B28D 5/00 20060101ALI20230524BHJP
C03B 33/14 20060101ALI20230524BHJP
【FI】
C03B33/06
B28D5/00 Z
C03B33/14
(21)【出願番号】P 2019186797
(22)【出願日】2019-10-10
【審査請求日】2022-07-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000113263
【氏名又は名称】HOYA株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149799
【氏名又は名称】上村 陽一郎
(72)【発明者】
【氏名】堤 康
(72)【発明者】
【氏名】池西 幹男
【審査官】須藤 英輝
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-199259(JP,A)
【文献】特開2008-260679(JP,A)
【文献】特開平09-278473(JP,A)
【文献】特開平02-009735(JP,A)
【文献】米国特許第04979411(US,A)
【文献】特開平10-175205(JP,A)
【文献】特開2015-131353(JP,A)
【文献】特開2002-012436(JP,A)
【文献】特開2010-058285(JP,A)
【文献】特表2004-536759(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C03B 33/00-33/14
B28D 1/00-7/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超音波カッターの超音波振動刃をガラスの割断しようとする箇所に接触させる工程と、前記超音波振動刃を
接触させたガラス面に対して平行に超音波振動させる工程と、前記超音波により線状に摩擦熱をガラスに発生させながら切り込みを入れる工程とを含む、ガラスの割断方法。
【請求項2】
前記超音波振動の周波数は、5kHz以上、50kHz以下である、請求項1に記載の割断方法。
【請求項3】
前記超音波振動の振幅は5μm以上、40μm以下、請求項1又は2に記載の割断方法。
【請求項4】
前記超音波振動刃が板状のブレードである、請求項1又は2に記載の割断方法。
【請求項5】
超音波カッターの超音波振動刃をガラスの割断しようとする箇所に接触させる工程と、前記超音波振動刃を接触させたガラス面に対して平行に超音波振動させる工程と、前記超音波により線状に摩擦熱をガラスに発生させながら切り込みを入れる工程とを含む、ガラス材料の製造方法。
【請求項6】
前記超音波振動刃が板状のブレードである、請求項5に記載のガラス材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はガラスの割断方法及びそれにより割断されたガラス材料に関する。
【背景技術】
【0002】
従来からガラスのような脆性材料を所定の大きさに切り分ける方法として、1)ガラスよりも固い砥粒の埋め込まれた切断刃、例えばダイヤモンド砥粒の埋め込まれた丸刃などを使って、ガラスを物理的に切断する方法と、2)ガラスの一部に亀裂を発生させ、圧力を加えることによりその亀裂を進展させる、すなわちガラスに発生する応力がガラスの曲げ強度より大きくなることを利用してガラスを割る(割断する)方法が広く知られている。
後者の割断する方法でガラスを切り分ける手法としては、一般的には、ハンドカットによる割断が用いられる。ハンドカットは、まずモーター等により回転させている円盤状ブレードにガラスを押し当て、物理的にガラスに深さ3mm未満程度の切り込みを設け、その後、ガラスに圧力を加える又は切り込み近傍を加熱又は冷却することにより、ガラスに機械的応力あるいは熱応力を発生させて、ガラスを割る方法である。
【0003】
ハンドカット等の割断の際は、亀裂の向きを所定の方向に揃えることが望ましい。しかし、ガラスと円盤状ブレードは点接触となるために、亀裂に対して作用する熱応力はガラスとブレードの接触点から同心円状の分布を有することになり、この同心円状の熱分布がガラスとブレードの接触点に発生するクラックに作用するため、ガラス試料の形状によっては所定の方向にクラックを進展させることができず、ガラスを正確な寸法で割断することができなくなってしまう。特に厚さが大きいガラスに対しては、求める切断方向に対して一様にクラックを進展させられるような均一な機械的応力をガラスに与えることが難しくなるので、割断面が曲面になってしまい、綺麗に割断することが難しいという問題もあった。
【0004】
このような問題を解決する方法として、例えば特許文献1には、「切断せんとするガラスの側面に均等な側圧を加えることによって、前記ガラスに発生する内部応力により切断する」方法が開示されている。この方法は、切粉を発生させることもなく、ロスが少ないため、単価の高い材料に適切である旨が記載されている。
【0005】
また、特許文献2には、「脆性材料を切断線に沿って加熱し、該切断線上を冷却して熱応力により該脆性材料の表面に亀裂を生じさせ該亀裂に沿って分断を行う切断方法であって、上記脆性材料の上記切断線上で上記加熱による膨張により生ずる該脆性材料の圧縮応力が引張応力へと変化する応力変曲点乃至その近傍を冷却し、該脆性材料の表面に亀裂を生じさせる」方法が開示されている。この方法は、より効率よく作業が行え、かつ、綺麗な切断面が得られるという利点がある旨が記載されている。
【0006】
しかし、特許文献1に開示された側圧を利用する方法は、スリ加工品、ヒーターカット品など表面に大量にマイクロクラックがあるガラスに使用する場合は、内部割れが1点にならない可能性があり、目標とする位置で正確に割断することが難しい。また、特許文献2に開示されたレーザービームによる割断方法は、レーザービーム照射手段と冷却手段を切断線に沿って繰り返すために、装置が複雑になり、また、ガラス表面の微視的な熱分布としてはレーザーの照射点を起点として同心円状になることから、亀裂が必ずしも所定の方向(深さ方向)に伸びず、特に厚いガラスでは割断が困難である。
【0007】
その他、ガラスを加熱させた直線のヒーター線に載せて、ガラスの端面にクラックを発生させ、クラックをヒーター線状に発生している熱応力部の方に延ばしていくことによりガラスを割る方法などがある。この方法は、ガラスに線状の熱分布を与えるものの、ガラスに与える物理的応力は熱膨張による熱応力のみであることから、この切断の可否や切断の精度は母材のガラスの形状に強く依存し、また切断可能な位置はガラスの中央部に限られる。その結果、比較的大きな板状のガラスを二等分することにのみ向いている方法であり、任意の形状の小さなカットピースを製造するのには、適切ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭61-266323
【文献】特開2004-155159
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、複雑な装置を必要とせず、効率が良く高精度に綺麗な割断面を得られるガラスの割断方法、及びその割断方法にて得られるガラス材料を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、超音波カッターを使用すると、従来からのハンドカットに比べて格段に割断面の状態が優れていることを見出し、本発明に至った。本発明は、以下を包含する。
[1] 超音波カッターの超音波振動刃をガラスの割断しようとする箇所に接触させる工程と、前記超音波振動刃を超音波振動させる工程と、前記超音波により線状に摩擦熱をガラスに発生させながら切り込みを入れる工程とを含む、ガラスの割断方法。
[2] 前記超音波振動の周波数は、5kHz以上、50kHz以下である、請求項1に記載の割断方法。
[3] 前記超音波振動の振幅は5μm以上、40μm以下、請求項1又は2に記載の割断方法。
[4] 請求項1に記載の割断方法により得られるガラス材料。
[5] 前記ガラス材料の割断面のうねりが、100以下である、請求項4に記載のガラス材料。
[6] 超音波カッターの超音波振動刃をガラスの割断しようとする箇所に接触させる工程と、前記超音波振動刃を超音波振動させる工程と、前記超音波により線状に摩擦熱をガラスに発生させながら切り込みを入れる工程とを含む、ガラス材料の製造方法。
[7] うねりが100以下、かつ、表面粗さRaは500μm以下である面を少なくとも有するガラス材料。
[8] 前記面は割断面である、[7]に記載のガラス材料。
[9] 前記面におけるホウ素および/またはアルカリ成分および/またはフッ素の含有率が、当該ガラス材料において前記面に含まれないガラス表面におけるそれら元素の含有率に比べて高い、[7]又は[8]に記載のガラス材料。
[10] 前記面におけるホウ素および/またはアルカリ成分および/またはフッ素の含有率が当該ガラス材料において前記面に含まれないガラス表面におけるそれら元素の含有率と比べて5%以上高い、[7]又は[8]に記載のガラス材料。
【発明の効果】
【0011】
本発明では、ガラスを割断しようとする箇所において超音波カッターの超音波振動刃が超音波振動することにより、ガラスと超音波振動刃との接触状態を、従来のダイヤモンドカッター等の丸刃による点接触でなく線状の均一な接触にすることができる。このことによって、切断刃によってガラスに発生する熱分布も線状になる特徴を有する。この結果、超音波カッターがガラスを線状に加熱しながら切り込みを形成するため、うねりが小さく、綺麗な割断面を得ることができる。割断面のうねりが小さいと、その後の研磨工程で研磨量を抑えることができ、ガラスくずの量を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明で用いられる超音波カッターによりガラスGに切り込みをいれる様子を示す斜視図である。
【
図2】
図2は、本発明の超音波カッターを接触させたときの熱分布を示す概略図である。
【
図3】
図3は、従来の割断方法において、切り込みを入れるときの様子を示す斜視図である。
【
図4】
図4は、従来の割断方法において、切り込みを入れるときの熱分布を示す概略図である。
【
図5】
図5は、ガラス材料の割断難易度Nを算出する式と、式中の変数の意味を示す図である。
【
図6】
図6は、割断面を有するガラス材料のうねりXを測定しているときの側面図である。
【
図7】
図7は、割断難易度N及びうねりXの関係性を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[ガラス割断方法]
以下、超音波カッターでのガラス割断方法について、図面を用いて説明する。
図1は、超音波カッターによるガラスの割断を示す斜視図である。
図2は、超音波カッター1で割断したときの熱分布を示す概略図である。超音波カッター1の超音波振動刃11を、割断したいガラスGの割断しようとする箇所G1に接触させ、超音波振動刃11に振動方向を示す矢印11aの方向に、超音波振動を与える。超音波振動する超音波振動刃11がガラスGに接触することにより、割断しようとする箇所G1に線状の摩擦熱を発生させるとともに、線状の切り込みを生じさせる。これにより、ガラスを割断したい方向に、線状の熱応力と線状の機械的応力が発生することから、ガラス母材にこれ以外の圧力を実質的に加えることなく、ガラスを割断することができる。
【0014】
超音波振動によって生じる熱分布は、超音波カッターの超音波振動刃が
図1で示すようなカッターのような超音波振動刃11の場合、線状の加熱部分を中心として熱が線状に分布する(
図2)。線状に摩擦熱を発生させながら、線状の切り込みによって機械的応力が発生することによって、超音波振動刃の触れている位置にクラックが発生・進展してガラスが割断するため、割断した際の割断面がきれいな面、すなわち平滑でうねりの小さな面になる。うねりの定義については後述する。
【0015】
超音波カッター1による亀裂の深さは、ガラスの厚さにもよるが、0.2~2mm程度、好ましくは0.2mm~1mm以下の深さを切り込む。この切り込み深さは、従来のハンドカットの際の切り込み深さよりも浅いものである。なお切り込みに要する時間は、特に限定されるものではないが、前記の機構によりガラスを割断することから、十分な摩擦熱が発生する前に機械的応力だけを加えることは好ましくなく、逆に摩擦熱が切り込み部以外に拡散してから機械的応力だけを加えることも好ましくない。このような観点から、亀裂の切り込みに要する時間は、ガラスの硬さや大きさによって適宜変更することができる。実際にガラスが切り込まれているときの切込み時間の下限は、0.1秒/mm以上が目安であり、好ましくは0.3秒/mm、より好ましくは0.5秒/mm、いっそう好ましくは1秒/mm程度である。切込み時間の上限は15秒/mm程度が良く、好ましくは10秒/mm程度、より好ましくは5秒/mm程度である。逆に切り込み時間が30秒/mmや60秒/mmを超えると、摩擦熱が周辺に拡散し機械的応力が小さくなってしまうので、好ましくない。
【0016】
割断に使用するガラスの大きさは、特に限定されるものではないが、直方体ガラスの場合は、高さ1~40mm、幅1~40mmで、長さが例えば、10mm以上のガラスとすることができる。なお、直方体に限らず、円柱状ガラス、三角柱状ガラスなどにも使用することができる。(このときの割断の難易度は、後に示す割断難易度によって区別できる。)
【0017】
(超音波カッター)
本発明で使用する超音波カッターは、市販品を使用することができ、例えば、本多電子株式会社製の超音波小型カッターUSW-334等を使用することができる。
超音波カッターの超音波の周波数の下限は、好ましくは5kHz以上、より好ましくは10kHz以上、さらに好ましくは15kH以上であり、上限は、好ましくは50kHz以下、より好ましくは45kHz以下、さらに好ましく40kHz以下である。
また、超音波振動刃の振幅の下限は、好ましくは5μm以上、より好ましくは10μm以上であり、上限は、好ましくは40μm以下、より好ましくは30μm以下である。
また、超音波振動刃の出力は特に限定されるものではないが、例えば5Wから500Wの範囲となり、出力の下限は例えば、5W、10W、20W、30W、40W、50W,60W、70W、80W、90W、100W、150W、…のように変更でき、上限も30W、60W、80W、100W,150W、200W、300W、400W、500Wのように変更でき、出力はガラスの硬度、割断する際の幅および後述する割断難易度によって適宜変更される。出力範囲は、例えば10W~30W、20W~60W、40W~100W、100W~300W、200W~400Wなどとすることができる。ガラスの硬度が高い際には出力を高めることによってガラスのせん断方向の摩擦熱を増やし、ガラスを割断することができる。したがって、ガラスの硬度が高い場合は、割断難易度によっても変動するが、例えば、出力を80W以上にすることで割断することができる。ただしあまりにも出力を大きくすると、ガラスと刃の接触を均一にしなければガラスに熱を加えることが難しくなるため、ガラスが割断できる出力以上に出力を高める必要はない。
超音波振動刃の大きさは特に限定されるものではないが、刃の厚みは好ましくは0.1mm以上、1.0mm以下であり、より好ましくは0.3mm以上、0.8mm以下である。
超音波振動刃の全体の長さは、切断するガラスの大きさによって適宜選択すればよいが、例えば、20mm以上、100mm以下の長さを使用することができる。
材質は、セラミック、金属などの所定の硬度があれば、特に限定されるものではないが、SKH51等の鋼材などを使用することができる。
超音波カッターの超音波振動刃は、
図1に示すように、紙を切るカッターの刃の形状のような薄い板状のブレードであるが、このような超音波振動刃に限定されるものではなく、例えば、点接触するペン状のものを使用してもよい。その時は接触させた状態でガラスに線を引くように切り込み、線状の亀裂を発生させることにより、超音波振動刃の場合と同形状に近い切り込みを作ることができる。
超音波の振動方向は、超音波カッターの柄の軸の方向に振動するものを使用する(
図1では、11aの方向)。
【0018】
一方、従来技術であるハンドカットによる割断は、
図3で示すように、円盤状ブレード21をガラスGに接触させ、物理的に深さ3mm程度切り込みを形成し、その後ガラスを割断する。しかしながら、このような装置では、接点が一点に集中し、切断したい方向以外にも熱応力の分布を持つので、以下記載する割断難易度が高いと、きれいに割断しにくくなる。
【0019】
[割断難易度]
本発明の割断方法は、割断難易度が高い場合であっても、きれいに割断できるという特徴がある。ガラスの割断難易度は、
図5に記載の式によって算出する。ガラスは、割断難易度が高くなるほど、割断しにくくなる。割断難易度の式において、Tは厚さ、Wは幅、Lは長さである。式中T/L及びW/Lの値は小さいほど、割断しやすく、好ましくはそれぞれ1以下である。また、厚みTについても小さいほど割断しやすい。
【0020】
割断難易度について、従来のハンドカットによる割断では、割断難易度が2を超えると、割断が難しくなり、仮に割断できたとしても、後述するうねりが大きくなる。したがって、従来のハンドカットによる割断では、高さが5~20mm、幅が5~20mmであるガラスに適用することが一般的である。それに対して、本発明の超音波カッターを用いた割断方法では、割断難易度が2~5の場合であっても、小さなうねりで割断することができる。また、割断刃の超音波出力すなわちガラスをせん断する方向の往復運動の振幅を拡大することによってガラスを割断しやすくすることもできる。
【0021】
[割断面を有するガラス]
次に、本発明の割断方法によって割断されたガラス材料について説明する。ガラス材料は、うねりが小さく、表面粗さRaが小さく、また場合によっては、表面のホウ素含有率が比較的に高い割断面を有するという特徴を有する。なお、本明細書において、割断面とは、割断によって新たに生成される面をいう。
【0022】
(割断面のうねり)
本発明のガラスの割断方法によって得られるガラスの割断面は、うねりが小さいという特徴を有する。割断面のうねりとは、割断面の平面性を意味し、次の測定方法によって得られる数値によって定義する。割断面のうねり測定方法について、
図6を用いて説明する。うねりは、平面に対し90°の角度を成す垂直な面を割断面に押し当て、垂直な面と前記割断面の隙間Dの大きさをN回(本発明の実施例ではN=5として)計測し、ガラスの厚みTあたりの隙間D、すなわちD/Tの平均値をうねりとして測定する。うねりが小さいと、ガラスの底面と割断面とのなす角が90°に近く、
図6のように角柱形状のガラスの場合は、直方体に近い。そのため、ガラス材料の個体間のバラつきも小さくなり、その後の研磨工程等で研磨量を抑えることができ、ガラスくずの量を低減することができる。割断難易度が2~5であるとき(例えば、割断難易度が3のとき)、割断面のうねりは100以下が好ましく、より好ましくは80以下、さらに好ましくは60以下である。
従来のハンドカットによる割断方法を使用する場合は、割断の起点となる切り込み部が点であるため、熱はその点を中心として円状に拡散する。この場合、割断面のうねりは大きく、割断難易度が2~5である場合(例えば、割断難易度が3の場合)は、うねりは100を超える。
それに対して、本発明は超音波を与えながら、線状にて切り込みを入れるため、割断の起点となる切り込み部は線状である。この場合は、熱が広く拡散するため、割断面のうねりが小さい。
【0023】
(割断面の表面粗さRa)
物理的切断によって得られる切断面と比べて、本発明より得られた割断面は、表面粗さRaが小さい。表面粗さRaが小さいと、研磨をしなくてもガラス内部の様子が分かりやすく、不純物などを目視することができる。通常のガラスカッターでの切断では、表面粗さRaが大きく、擦りガラス状になり、ガラス内部を目視することができない。本発明のガラス材料が有する少なくとも一つの割断面のRaは、好ましくは500nm以下、より好ましくは400nm以下、さらに好ましくは300nm以下、より一層好ましくは200nm以下、さらに一層好ましくは100以下、特に好ましくは20nm以下であり、例えば5nm以下である。
【0024】
(ガラス組成)
本発明のガラス材料の組成は、特に限定されるものではなく、様々なガラスに適用することができる。例えば、リン酸塩ガラスおよび/またはホウ酸塩ガラスおよび/またはケイ酸塩ガラスなどが挙げられる。特に、曲げ強度が小さく熱膨張係数の大きな材料には本発明を適用しやすい。
曲げ強度の目安として通常の光学ガラスでは150(単位:Pa)以下ないし120以下を目安とするところ、本発明に適用しやすいガラスの強度は100以下が好ましく、85以下がより好ましく、75以下が更に好ましく、65以下がいっそう好ましく、55以下がよりいっそう好ましい。さらに膨張係数の目安としては、100~300℃の平均線膨張係数において60×10-7(単位:K-1)以上が好ましく、80×10-7以上がより好ましく、100×10-7以上が更に好ましく、120×10-7以上が更に好ましく、130×10-7以上が更に好ましく、140×10-7以上が特に好ましい。
なお曲げ強さσは、上下面が研磨され、稜にC0.2(mm)の面取りがされた(辺の長さが0.2mmの直角二等辺三角形が落とされた)幅4×厚さ3×全長40(mm)のガラス試料(試料数、10個)を用い、JIS R 1601:2008に規定される「3点曲げ試験法」により破壊荷重P(N)を測定し、σ=3PL/(2w・t2)により計算できる。
ここで、Lは支点間距離(mm)、wは試料の幅(mm)、tは試料の厚さ(mm)である。得られた曲げ強さσは、MPa単位で表示できるが、例えば1MPa = 1.01972×10-1 kgf/mm2を使いkgf/mm2単位で表すなど、適宜換算することもできる。
また100℃~300℃の平均線膨張係数αは、日本光学硝子工業会規格JOGIS08の測定方法を参照し、長さ20mm、直径5mmないし直径4±0.5mmのガラス丸棒を使い、示差熱膨張計によって、試料を4℃毎分の一定速度で上昇するように加熱し、温度に対する試料の伸びを測定することにより求めた。
【0025】
なお曲げ強さσは、ガラス中のアルカリ元素の含有率とSiO2の含有率によって主に決まるが、他の元素の影響も受ける。具体的には、曲げ強さσを小さくする元素(Li、Na、K、Rb、Cs、Mg、Ca、Sr、Ba、Bi)の質量百分率の和をA(ただし、Li、Na、K、Rb、Csの合計は10倍する)、そして、曲げ強さσを大きくする元素(Si、B、P、Nb)の質量百分率の和をBとした場合、A/Bの値が大きいほど、ガラスの割断が容易になる。割断が容易である点において、A/Bの値は0以上を取り、0.1以上、0.2以上、0.4以上、0.8以上、1.2以上、1.6以上、2.0以上、2.4以上、2.8以上、3.2以上、3.5以上、4.0以上の順で好ましい。なお、A及びBについて、式を下記する(式中、W(X)は、ガラス中に含まれる元素Xの質量%を意味し、例えば、W(Li)は、Li成分の質量%を意味する)。
A=W[(Li)+W(Na)+W(K)+W(Rb)+W(Cs)]×10+W(Mg)+W(Ca)+W(Sr)+W(Ba)+W(Bi)
B=[W(Si)×10]+W(B)+W(P)+W(Nb)+W(La)
また、本発明は曲げ強さσの小さいガラスでなくても適用できる。硬いガラスすなわちA/Bの値が1.0以下のガラス、あるいは0.5以下、0.1以下、0.0のガラスにおいては、割断刃の出力に注意することにより割断することができる。例えばガラスDのA/B値は0.0だが、割断刃の超音波出力すなわちガラスをせん断する方向の往復運動の振幅を拡大することにより、実施例に示すとおりガラスを割断することができる。
【0026】
(割断面の元素含有率と組成分布)
例えばガラスがケイ酸塩骨格を含む場合も、強固なSi-Oのガラス構造からアルカリイオン等の元素が溶出して、研磨面においてアルカリ元素の含有率が低下することがある。また、ガラスがホウ素を含む場合、ガラスの表面にあるホウ素は、水と反応し溶出し得る状態にあるため、ガラスが製造されたあと未加工の自由表面(自由表面とは、ガラス固化させたときに大気と接触する表面をいう)、又は水を用いた研磨で加工された研磨面はホウ素の含有率が低い。さらに、ガラスが弗素等のハロゲンイオン(塩素、臭素、ヨウ素など)を含む場合も、ガラス表面の酸素イオンとハロゲンイオンの交換反応によりハロゲンイオンの量が低下するなど、ガラス表面が大気にさらされることによって、ガラス表面の組成分布が試料内部の組成分布と異なることがある。
それに対して、本発明により得られた割断面は、ガラスの内部(バルクのガラス構造)を切断して表面としたものであり、また、割断には水を使わないため、ガラス全体の組成分布が均等である。
したがって、本発明のガラスの割断面におけるホウ素および/またはアルカリ成分および/またはフッ素の含有率は、当該ガラス材料において前記面に含まれない、自由表面及び研磨面等のガラス表面におけるそれら元素の含有率に比べて高い(原子の質量%換算)。
さらに詳細には、割断面におけるホウ素および/またはアルカリ成分および/またはフッ素の含有率は、当該ガラス材料において、前記面に含まれない、自由表面及び研磨面等のガラス表面におけるそれら元素の含有率と比べて好ましくは5%以上、より好ましくは7%以上、さらに好ましくは10%以上、高い。なお、これらの値は、(割断面におけるホウ素および/またはアルカリ成分および/またはフッ素の含有率)/(割断面に含まれないガラス表面におけるそれら元素の含有率)で算出される。
本発明のガラス試料を、再加熱等を経てプレスするなどして変形させる際、幾分は試料表面のガラスが光学素子内部に折れ込む形となるが、このときに試料表面と内部の組成分布の差が小さいことから、試料表面と内部の屈折率の微細な差も小さくなり、したがって光学的に均質な光学素子を得ることができる。このような効果は、より高性能な光学系にレンズを使用する際に顕著に生じる。
【実施例】
【0027】
実施例
以下、実施例により本発明をさらに説明する。なお、本発明は実施例に限定されるものではない。
【0028】
[超音波カッター]
超音波カッターとしては、本多電子株式会社製の超音波小型カッターUSW-334を使用した。超音波振動刃の材質は、SKH51であり、周波数は22kHz、振幅は5~30μmの超音波振動を与えて、以下の割断を実施した。
【0029】
[割断によるガラス材料の作製]
【0030】
(光学ガラス特性の測定)
光学ガラス級の高純度の酸化物、水酸化物、炭酸塩、硝酸塩、塩化物、フッ化物、硫酸塩等の原料を使用し、表1のガラスA~D及び表4の割断面の項に記載の組成を有するガラス(ガラスE)が得られるように原料を秤量して混合し、調合原料とした。次に各調合原料を、それぞれ白金坩堝に入れ、上記したような所定の温度に加熱し、窒素雰囲気下で、熔解開始から2時間又は4時間熔融した後、撹拌し均質化を行った後、静置し清澄を行った後、鋳型に流し込んだ。ガラスが固化した後、次いでガラスの徐冷点近くに加熱しておいた電気炉内に移し、室温まで徐冷した。このようして各実施例のガラスからなるブロックを作製した。得られた各ガラスブロックから測定に必要な所定の大きさのガラスを切り出し、研磨加工を施して特性評価を行った。ガラスA~Dについては、表1、表2に組成及び特性を示し、表3に割断の結果を示す。ガラスEについては、表4には、割断面、研磨面、自由曲面の組成を示す。
なおガラス原料の量については限定されないが、実施例を再現するにあたり、ガラスの比重にもよるが200g、300g、400g、500g程度のガラスが出来るような原料を用いて割断用のサンプルを作ることもできるし、ガラスの体積として実施例に書かれた大きさよりも大きなガラスを切り出して割断に供してもよい。
【0031】
(実施例1)
10mm(厚さ)×10mm(幅)×100mm(長さ)のガラスAを、10mm(厚さ)×10mm(幅)×20mm(割断後の長さ)の直方体になるように、割断難易度が0.50である状態で、前記超音波カッターを割断したい箇所に接触させ、超音波振動による切り込みを入れた後、ガラス材料の切込み部に引っ張り応力が発生するように母材ガラスを手で押さえることによって圧力をかけてガラスを割断し、カットピースA1を得た。
【0032】
(実施例2)
割断後の長さを15mmに変更し、割断難易度が0.69である状態で、10mm(厚さ)×10mm(幅)×100mm(長さ)のガラスAを、実施例1と同様に割断し、カットピースA2を得た。
【0033】
(実施例3)
割断後の長さを10mmに変更し、割断難易度が1.25である状態で、10mm(厚さ)×10mm(幅)×100mm(長さ)のガラスAを、実施例1と同様に割断し、カットピースA3を得た。
【0034】
(実施例4)
厚さを20mm、幅を20mm(幅)、割断後の長さを20mmに変更し、割断難易度が3.00である状態で、20mm(厚さ)×20mm(幅)×100mm(長さ)のガラスAを、実施例1と同様に割断し、カットピースA4を得た。
【0035】
(実施例5)
厚さを20mm、幅を38mm(幅)、割断後の長さを38mmに変更し、割断難易度が4.66である状態で、20mm(厚さ)×38mm(幅)×100mm(長さ)のガラスAを、実施例1と同様に割断し、カットピースA5を得た。
【0036】
(実施例6)
ガラスAをガラスBに変更した以外は、実施例1と同様に割断し、カットピースB1を得た。
【0037】
(実施例7)
ガラスAをガラスBに変更した以外は、実施例3と同様に割断し、カットピースB2を得た。
【0038】
(実施例8)
割断後の長さを7.5mmに変更し、割断難易度が2.03である状態で、実施例7と同様に割断し、カットピースB3を得た。
【0039】
(実施例9)
ガラスAをガラスCに変更した以外は、実施例1と同様に割断し、カットピースC1を得た。
【0040】
(実施例10)
ガラスAをガラスCに変更した以外は、実施例2と同様に割断し、カットピースC2を得た。
【0041】
(実施例11)
ガラスAをガラスCに変更した以外は、実施例3と同様に割断し、カットピースC3を得た。
【0042】
(実施例12)
厚さを15mm、幅を15mm、割断後の長さを15mmに変更し、割断難易度が2.06である状態で、15mm(厚さ)×15mm(幅)×100mm(長さ)のガラスCを、実施例9と同様に割断し、カットピースC4を得た。
【0043】
(実施例13)
割断後の長さを12.5mmに変更し、割断難易度が2.72である状態で、実施例12と同様に割断し、カットピースC5を得た。
【0044】
(実施例14)
割断後の長さを10mmに変更し、割断難易度が3.94である状態で、実施例12と同様に割断し、カットピースC6を得た。
【0045】
(実施例15)
ガラスAをガラスDに変更した以外は、実施例3と同様に割断し、カットピースD1を得た。
【0046】
[割断面のうねりの測定]
うねりは、平面に対し90°の角度を成す垂直な面に実施例で割断した割断面を押し当て、垂直な面と前記割断面の隙間Dの大きさを5回計測し、ガラスの厚みTあたりの隙間D、すなわちD/Tの平均値をうねりとして測定した。
うねりの測定装置としては、L型ブラケット(シグマ光機株式会社製)を用いた(
図6参照)。結果を
図7に示す。割断難易度が低いサンプルについては、ハンドカットと本発明から得られたサンプルのうねりは同程度である一方、本発明は、割断難易度が0.30以上、0.50以上、0.0.70以上、0.90以上、1.00以上、1.25以上、1.50以上、1.75以上、2.00以上であっても、例えば、1.00~5.00であっても、ハンドカットに比べてうねりが小さく、所望の寸法に割断することができた。
【0047】
【0048】
[割断面の表面粗さRaの測定]
ガラスの表面粗さRaの測定には、走査型白色干渉計装置として、ZYGO製のNewView7300を用いた。測定範囲は、0.36mm×0.27mmである。ガラスAを10mm×10mm×10mmに割断したときの粗さRaは、14.98nmであった(実施例3のガラス材料を使用)。
一方、本発明に記載の割断面に含まれないガラス表面の参考例として、ガラスAを10mm×10mm×10mmにガラスカッター(ダイヤモンド砥粒の埋め込まれた丸刃を備える)で切断したときは、ガラス表面が擦りガラスのような状態であるため、内部の様子を観察することはできなかった。また、Raは、1000μmであり、割断面Raより大きい値であった。
さらに参考例として、ガラスAを10mm×10mm×10mmに切断し、切断面を研磨した場合の研磨面のRaは、1.19であった。
【0049】
[表面の元素組成の測定]
ガラスEの表面の元素組成の測定を、X線光電子分光(X-表面粗さRay PhotoelectronSpectroscopy、略称:XPS)を使用して行った。X線光電子分光装置として、Thermo Fisher Scientific製のK-Alpha+を用いた。
本明細書に記載の超音波カッターで割断された割断面、並びに、本明細書に記載の割断面ではない面(研磨面及び自由表面)について、表面の元素組成(atomic%単位)を測定した。結果を表4に示す。ガラス表面ではガラス内部と比べ、空気中の二酸化炭素や水との反応により炭酸塩を形成し炭素および酸素の含有率が増加する傾向があるほか、ホウ素やアルカリ元素など、水に溶出しやすいイオンの含有率が低下する傾向があるが、それでもなお本発明で得られた割断面は、研磨面及び自由表面に対して、ホウ素やアルカリ元素の含有率が高く、よりガラス内部に近い組成比率を持っていることがわかった。
【0050】
【産業上の利用可能性】
【0051】
符号の説明
G ガラス
G1,G2 割断しようとする箇所
1 超音波カッター
11 超音波振動刃
11a 超音波振動刃の振動方向を示す矢印
2 ハンドカット
21 円盤状のブレード
22 モーター
3,4 加熱部
D 割断面と垂直な面の隙間距離
T 厚さ
W 幅
L 長さ