(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-24
(45)【発行日】2023-06-01
(54)【発明の名称】エンジン制御システム、作業機械および作業機械の制御方法
(51)【国際特許分類】
F02D 41/38 20060101AFI20230525BHJP
F02D 29/00 20060101ALI20230525BHJP
F02D 45/00 20060101ALI20230525BHJP
【FI】
F02D41/38
F02D29/00 B
F02D45/00 364Z
(21)【出願番号】P 2019175182
(22)【出願日】2019-09-26
【審査請求日】2022-08-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000001236
【氏名又は名称】株式会社小松製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001634
【氏名又は名称】弁理士法人志賀国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】飯島 正
(72)【発明者】
【氏名】松田 智之
(72)【発明者】
【氏名】新井 渓一
【審査官】小関 峰夫
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-11468(JP,A)
【文献】特開2005-16398(JP,A)
【文献】特開2010-48154(JP,A)
【文献】特開2014-125949(JP,A)
【文献】特開2017-122392(JP,A)
【文献】国際公開第2014/192161(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 29/00
F02D 41/00-45/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンと、前記エンジンに燃料を噴射する燃料噴射装置と、前記エンジンによって駆動する油圧ポンプとを備える作業機械を制御するエンジン制御システムであって、
前記エンジン
と前記油圧ポンプとからなる構造体に係る慣性トルクを特定する回転状態量特定部と
前記
慣性トルクに基づいて前記燃料噴射装置による燃料噴射量を決定する噴射量決定部と
を備えるエンジン制御システム。
【請求項2】
前記油圧ポンプにおける吸収トルクを特定する吸収トルク特定部を備え、
前記噴射量決定部は、前記吸収トルクと前記
慣性トルクとに基づいて前記燃料噴射量を決定する
請求項1に記載のエンジン制御システム。
【請求項3】
エンジンと、前記エンジンに燃料を噴射する燃料噴射装置と、前記エンジンによって駆動する油圧ポンプとを備える作業機械を制御するエンジン制御システムであって、
前記エンジンの回転に係る回転状態量を特定する回転状態量特定部と、
燃料噴射量調整装置の操作量を取得する操作量取得部と、
前記操作量に応じた目標トルクを決定する目標トルク決定部と、
前記回転状態量が所定の閾値未満である場合に、前記目標トルクに所定のアシストトルクを加算するアシスト判定部と
、
前記目標トルクを
前記燃料噴射装置による燃料噴射量に換算する
ことで、前記燃料噴射量を決定する噴射量決定部と
を備えるエンジン制御システム。
【請求項4】
前記アシストトルクは、前記回転状態量に所定の係数を乗じた量である
請求項3に記載のエンジン制御システム。
【請求項5】
エンジンと、
前記エンジンに燃料を噴射する燃料噴射装置と、
前記エンジンによって駆動する油圧ポンプと、
請求項1から請求項4の何れか1項に記載のエンジン制御システムと
を備える作業機械。
【請求項6】
エンジンと、前記エンジンに燃料を噴射する燃料噴射装置と、前記エンジンによって駆動する油圧ポンプとを備える作業機械の制御方法であって、
前記エンジン
と前記油圧ポンプとからなる構造体に係る慣性トルクを特定するステップと
前記
慣性トルクに基づいて前記燃料噴射装置による燃料噴射量を決定するステップと
を備える作業機械の制御方法。
【請求項7】
エンジンと、前記エンジンに燃料を噴射する燃料噴射装置と、前記エンジンによって駆動する油圧ポンプとを備える作業機械の制御方法であって、
前記エンジンの回転に係る回転状態量を特定するステップと、
燃料噴射量調整装置の操作量を取得するステップと、
前記操作量に応じた目標トルクを決定するステップと、
前記回転状態量が所定の閾値未満である場合に、前記目標トルクに所定のアシストトルクを加算するステップと、
前記目標トルクを前記燃料噴射装置による燃料噴射量に換算することで、前記燃料噴射量を決定するステップと
を備える作業機械の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、エンジン制御システム、作業機械および作業機械の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、ローアイドル状態での油圧負荷の上昇による黒煙発生およびエンジンストールの発生を防止するために、エンジン負荷の増大に対してエンジン回転数が低下した場合に、最大燃料噴射量を一時的に引き上げる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示された技術は、エンジンの回転数低下時に最大燃料噴射量を増加させるものである。つまり、ガバナによって計算される燃料噴射量が通常時の最大燃料噴射量を超えた場合に、通常時より多い燃料噴射量でエンジンを駆動することができる。そのため、特許文献1に開示された技術によれば、ガバナによって計算される燃料噴射量が通常時の最大燃料噴射量を超えるまで、通常時と同等の制御がなされ、エンジン回転数低下の抑制が遅れる可能性がある。
本開示の目的は、油圧負荷の上昇によるエンジンの回転数低下を速やかに抑制することができるエンジン制御システム、作業機械および作業機械の制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
一態様によれば、エンジン制御システムは、エンジンと、前記エンジンに燃料を噴射する燃料噴射装置と、前記エンジンによって駆動する油圧ポンプとを備える作業機械を制御するエンジン制御システムであって、前記エンジンと前記油圧ポンプとからなる構造体に係る慣性トルクを特定する回転状態量特定部と前記慣性トルクに基づいて前記燃料噴射装置による燃料噴射量を決定する噴射量決定部とを備える。
【発明の効果】
【0006】
上記態様のうち少なくとも1つの態様によれば、エンジン制御システムは、油圧負荷の上昇によるエンジンの回転数の低下を速やかに抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】第1の実施形態に係る作業車両の構成を示す概略図である。
【
図2】第1の実施形態に係る運転室の内部の構成を示す図である。
【
図3】第1の実施形態に係るエンジン制御システムの構成を示す概略ブロック図である。
【
図4】第1の実施形態に係るエンジン制御システムと油圧ショベルの動力系との関係を示す概略ブロック図である。
【
図5】第1の実施形態に係るエンジン制御システムの動作を示すフローチャートである。
【
図6】第1の実施形態に係るエンジン制御システムの動作例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
〈第1の実施形態〉
《油圧ショベルの構成》
図1は、第1の実施形態に係る作業車両の構成を示す概略図である。
油圧ショベル100は、施工現場にて稼働し、土砂などの施工対象を施工する作業車両である。油圧ショベル100は、走行体110、旋回体120、作業機130および運転室140を備える。
走行体110は、油圧ショベル100を走行可能に支持する。走行体110は、左右に設けられた2つの無限軌道111と、各無限軌道111を駆動するための2つの走行モータ112を備える。
旋回体120は、走行体110に旋回中心回りに旋回可能に支持される。
作業機130は、油圧により駆動する。作業機130は、旋回体120の前部に上下方向に駆動可能に支持される。
運転室140は、オペレータが搭乗し、油圧ショベル100の操作を行うためのスペースである。運転室140は、旋回体120の左前部に設けられる。
【0009】
《旋回体の構成》
旋回体120は、エンジン121、油圧ポンプ122、コントロールバルブ123、旋回モータ124、燃料噴射装置125を備える。
エンジン121は、油圧ポンプ122を駆動する原動機である。エンジン121には、回転数Neを計測する回転数センサ1211が設けられる。回転数センサ1211は、例えばエンジン121のクランクシャフトの回転数を計測する。
油圧ポンプ122は、エンジン121により駆動される可変容量ポンプである。油圧ポンプ122は、コントロールバルブ123を介して各アクチュエータ(ブームシリンダ134、アームシリンダ135、バケットシリンダ136、走行モータ112、および旋回モータ124)に作動油を供給する。油圧ポンプ122には、作動油の圧力を計測する圧力センサ1221および油圧ポンプ122の容量を計測する容量センサ1222が設けられる。容量センサ1222は、例えば油圧ポンプ122の斜板の角度、斜板の移動量、または斜板を押圧するサーボピストンの移動量などを計測し、これを油圧ポンプ122の容量に換算する。
コントロールバルブ123は、油圧ポンプ122から供給される作動油の流量を制御する。
旋回モータ124は、コントロールバルブ123を介して油圧ポンプ122から供給される作動油によって駆動し、旋回体120を旋回させる。
燃料噴射装置125は、後述のエンジン制御システム143から燃料噴射量調整装置1427の操作量に基づく燃料指示を受信し、燃料指示に従った燃料噴射量の燃料を、エンジン121に噴射する。
【0010】
《作業機の構成》
作業機130は、ブーム131、アーム132、バケット133、ブームシリンダ134、アームシリンダ135、およびバケットシリンダ136を備える。
【0011】
ブーム131の基端部は、旋回体120にピンを介して取り付けられる。
アーム132は、ブーム131とバケット133とを連結する。アーム132の基端部は、ブーム131の先端部にピンを介して取り付けられる。
バケット133は、土砂などを掘削するための刃と掘削した土砂を収容するための収容部とを備える。バケット133の基端部は、アーム132の先端部にピンを介して取り付けられる。
【0012】
ブームシリンダ134は、ブーム131を作動させるための油圧シリンダである。ブームシリンダ134の基端部は、旋回体120に取り付けられる。ブームシリンダ134の先端部は、ブーム131に取り付けられる。
アームシリンダ135は、アーム132を駆動するための油圧シリンダである。アームシリンダ135の基端部は、ブーム131に取り付けられる。アームシリンダ135の先端部は、アーム132に取り付けられる。
バケットシリンダ136は、バケット133を駆動するための油圧シリンダである。バケットシリンダ136の基端部は、アーム132に取り付けられる。バケットシリンダ136の先端部は、バケット133に接続されるリンク部材に取り付けられる。
【0013】
《運転室の構成》
図2は、第1の実施形態に係る運転室の内部の構成を示す図である。
運転室140内には、運転席141、操作装置142および、エンジン制御システム143が設けられる。
【0014】
操作装置142は、オペレータの手動操作によって走行体110、旋回体120および作業機130を駆動させるためのインタフェースである。操作装置142は、左操作レバー1421、右操作レバー1422、左フットペダル1423、右フットペダル1424、左走行レバー1425、右走行レバー1426、燃料噴射量調整装置1427を備える。
【0015】
左操作レバー1421は、運転席141の左側に設けられる。右操作レバー1422は、運転席141の右側に設けられる。
【0016】
左操作レバー1421は、旋回体120の旋回動作、及び、アーム132の引き/押し動作を行うための操作機構である。具体的には、油圧ショベル100のオペレータが左操作レバー1421を前方に倒すと、アーム132が押し動作する。また、油圧ショベル100のオペレータが左操作レバー1421を後方に倒すと、アーム132が引き動作する。また、油圧ショベル100のオペレータが左操作レバー1421を右方向に倒すと、旋回体120が右旋回する。また、油圧ショベル100のオペレータが左操作レバー1421を左方向に倒すと、旋回体120が左旋回する。なお、他の実施形態においては、左操作レバー1421を前後方向に倒した場合に旋回体120が右旋回または左旋回し、左操作レバー1421が左右方向に倒した場合にアーム132がダンプ動作または掘削動作してもよい。
【0017】
右操作レバー1422は、バケット133の掘削/ダンプ動作、及び、ブーム131の上げ/下げ動作を行うための操作機構である。具体的には、油圧ショベル100のオペレータが右操作レバー1422を前方に倒すと、ブーム131の下げ動作が実行される。また、油圧ショベル100のオペレータが右操作レバー1422を後方に倒すと、ブーム131の上げ動作が実行される。また、油圧ショベル100のオペレータが右操作レバー1422を右方向に倒すと、バケット133のダンプ動作が行われる。また、油圧ショベル100のオペレータが右操作レバー1422を左方向に倒すと、バケット133の掘削動作が行われる。
【0018】
左フットペダル1423は、運転席141の前方の床面の左側に配置される。右フットペダル1424は、運転席141の前方の床面の左側に配置される。左走行レバー1425は、左フットペダル1423に軸支され、左走行レバー1425の傾斜と左フットペダル1423の押し下げが連動するように構成される。右走行レバー1426は、右フットペダル1424に軸支され、右走行レバー1426の傾斜と右フットペダル1424の押し下げが連動するように構成される。
【0019】
左フットペダル1423および左走行レバー1425は、走行体110の左側履帯の回転駆動に対応する。具体的には、油圧ショベル100のオペレータが左フットペダル1423または左走行レバー1425を前方に倒すと、左側履帯は前進方向に回転する。また、油圧ショベル100のオペレータが左フットペダル1423または左走行レバー1425を後方に倒すと、左側履帯は後進方向に回転する。
【0020】
右フットペダル1424および右走行レバー1426は、走行体110の右側履帯の回転駆動に対応する。具体的には、油圧ショベル100のオペレータが右フットペダル1424または右走行レバー1426を前方に倒すと、右側履帯は前進方向に回転する。また、油圧ショベル100のオペレータが右フットペダル1424または右走行レバー1426を後方に倒すと、右側履帯は後進方向に回転する。
【0021】
燃料噴射量調整装置1427は、エンジン121の回転数を指示するための入力装置である。例えば燃料噴射量調整装置1427は、オペレータによって回転されるダイヤルであって、ノッチによって段階的に指示位置が決められるものであってよい。燃料噴射量調整装置1427の指示位置は、MINからMAXまでの範囲において設定される。指示位置がMINであることはエンジン121の回転をローアイドル回転とする指示を示し、指示位置がMAXに近いほど、エンジン121の回転数の目標値を高く設定する指示を示す。以下、燃料噴射量調整装置1427による指示位置を燃料噴射量調整装置1427の操作量とよぶ。なお、他の実施形態に係る燃料噴射量調整装置1427は、レバーなどダイヤル以外の構成によって実現されてもよい。
【0022】
《エンジン制御システムの構成》
図3は、第1の実施形態に係るエンジン制御システムと油圧ショベルの動力系との関係を示す概略ブロック図である。
図4は、第1の実施形態に係るエンジン制御システムの構成を示す概略ブロック図である。以下、
図3および
図4を用いてエンジン制御システムの構成について説明する。
エンジン制御システム143は、回転数センサ1211、圧力センサ1221および容量センサ1222から計測値を取得し、エンジン121に燃料噴射量指示を出力する。
エンジン制御システム143は、プロセッサ210、メインメモリ230、ストレージ250、インタフェース270を備えるコンピュータである。
【0023】
ストレージ250は、一時的でない有形の記憶媒体である。ストレージ250の例としては、磁気ディスク、光磁気ディスク、光ディスク、半導体メモリ等が挙げられる。ストレージ250は、エンジン制御システム143のバスに直接接続された内部メディアであってもよいし、インタフェース270または通信回線を介してエンジン制御システム143に接続される外部メディアであってもよい。ストレージ250は、エンジン121を制御するためのプログラムを記憶する。
【0024】
プログラムは、エンジン制御システム143に発揮させる機能の一部を実現するためのものであってもよい。例えば、プログラムは、ストレージ250に既に記憶されている他のプログラムとの組み合わせ、または他の装置に実装された他のプログラムとの組み合わせによって機能を発揮させるものであってもよい。なお、他の実施形態においては、エンジン制御システム143は、上記構成に加えて、または上記構成に代えてPLD(Programmable Logic Device)などのカスタムLSI(Large Scale Integrated Circuit)を備えてもよい。PLDの例としては、PAL(Programmable Array Logic)、GAL(Generic Array Logic)、CPLD(Complex Programmable Logic Device)、FPGA(Field Programmable Gate Array)が挙げられる。この場合、プロセッサによって実現される機能の一部または全部が当該集積回路によって実現されてよい。
【0025】
プロセッサ210は、プログラムを実行することで、計測値取得部211、操作量取得部212、回転数決定部213、目標トルク決定部214、トルク推定部215、アシスト判定部216、噴射量決定部217、指示出力部218として機能する。
【0026】
計測値取得部211は、回転数センサ1211、圧力センサ1221、および容量センサ1222から計測値を取得する。
操作量取得部212は、操作装置142の燃料噴射量調整装置1427から操作量を取得する。なお、操作装置142の左操作レバー1421、右操作レバー1422、左フットペダル1423、および右フットペダル1424の操作量は、エンジン制御システム143を介さずにコントロールバルブ123に入力される。
【0027】
回転数決定部213は、燃料噴射量調整装置1427の操作量に基づいてエンジン121の回転数の目標値を決定する。例えば、回転数決定部213は、操作量に対して回転数の目標値が単調増加する関係関数に基づいて、燃料噴射量調整装置1427の操作量からエンジン121の回転数の目標値を算出する。
目標トルク決定部214は、回転数センサ1211の計測値Neに基づいて、エンジン121の回転数が回転数決定部213が決定した目標値に近づくように、エンジントルクの目標値(目標トルク)を決定する。目標トルク決定部214は、例えばオールスピード制御方式のガバナ演算によってエンジントルクの目標値を決定する。
【0028】
トルク推定部215は、回転数センサ1211、圧力センサ1221、および容量センサ1222の計測値に基づいて、エンジン121と油圧ポンプ122とを含む質点系(すなわち、エンジン121と油圧ポンプ122とからなる構造体)の慣性トルクTinert、および油圧ポンプ122の吸収トルクTeを推定する。慣性トルクTinertは、エンジン121の回転に係る回転状態量の一例である。つまり、トルク推定部215は、回転状態量を特定する回転状態量特定部の一例である。また、トルク推定部215は、吸収トルク特定部の一例でもある。
【0029】
アシスト判定部216は、トルク推定部215が算出した慣性トルクTinertに基づいて、エンジン121の回転数の低下を抑制するためのアシストトルクを、エンジントルクの目標値に加算するか否かを判定する。またアシスト判定部216は、慣性トルクTinertに基づいてアシストトルクの値を決定する。
【0030】
噴射量決定部217は、エンジントルクの目標値に基づいて燃料噴射量を決定する。
指示出力部218は、噴射量決定部217が算出した燃料噴射量を示す燃料指示を燃料噴射装置125に出力する。
【0031】
《エンジン制御システムの動作》
図5は、第1の実施形態に係るエンジン制御システムの動作を示すフローチャートである。以下、
図3~
図5を用いてエンジン制御システムの動作について説明する。
エンジン121が駆動を開始すると、エンジン制御システム143の計測値取得部211は、回転数センサ1211、圧力センサ1221、および容量センサ1222から計測値を取得する(ステップS1)。また操作量取得部212は、燃料噴射量調整装置1427の操作量を取得する(ステップS2)。
【0032】
次に、回転数決定部213は、ステップS2で取得した燃料噴射量調整装置1427の操作量に基づいてエンジン121の回転数の目標値を決定する(ステップS3)。次に、目標トルク決定部214は、回転数センサ1211の計測値Neに基づいて、エンジントルクの目標値を決定する(ステップS4)。例えば、目標トルク決定部214は、ステップS3で決定した回転数の目標値とステップS1で取得した回転数センサ1211の計測値Neとの差を、回転偏差として算出する。目標トルク決定部214は、例えば、回転偏差にゲインを乗算することで、エンジントルクの目標値を算出する。
【0033】
次に、トルク推定部215は、エンジン121の回転数Neが所定の回転数閾値以上であるか否かを判定する(ステップS5)。回転数閾値は、例えばゼロまたはゼロに近い正数である。すなわち、トルク推定部215は、エンジン121が回転しているか否かを判定する。エンジン121の回転数Neが回転数閾値未満である場合(ステップS5:NO)、アシスト判定部216はアシストトルクをゼロとする(ステップS11)。すなわち、アシスト判定部216は、エンジントルクの目標値にアシストトルクを加えないことを決定する。
他方、エンジン121の回転数Neが回転数閾値以上である場合(ステップS5:YES)、トルク推定部215は、圧力センサ1221および容量センサ1222の計測値から油圧ポンプ122のトルク効率ntおよび吸収トルクTeを推定する(ステップS6)。油圧ポンプ122の吸収トルクTeは、例えば以下の式(1)によって求めることができる。
Te=(q×P)/(2×π×nt) ・・・(1)
qは、容量センサ1222の計測値である。Pは、圧力センサ1221の計測値である。
【0034】
またトルク推定部215は、回転数センサ1211の計測値Neおよび吸収トルクTeを微分することで、回転数の変化量dNe/dtおよび吸収トルクの変化量dTe/dtを算出する(ステップS7)。このとき、トルク推定部215は、算出した回転数の変化量dNe/dtおよび吸収トルクの変化量dTe/dtにローパスフィルタをかけることで、ノイズを除去する。ローパスフィルタの例としては移動平均フィルタなどが挙げられる。トルク推定部215は、ステップS7で求めた回転数の変化量dNe/dtに基づいてエンジン121と油圧ポンプ122とを含む質点系の慣性トルクTinertを推定する(ステップS8)。
【0035】
慣性トルクTinertは、例えば以下の式(2)によって求めることができる。
Tinert=2π/60×I×dNe/dt …(2)
Iは、エンジン121と油圧ポンプ122とを含む質点系の慣性モーメントである。慣性モーメントIは、予め求めておくことができる。dNe/dtは、ステップS7で算出したエンジン121の回転数の変化量dNe/dtである。なお、慣性トルクTinertは、エンジン121の回転が増加しているときに正の値を取り、エンジン121の回転が減少しているときに負の値をとる。
【0036】
次に、アシスト判定部216は、ステップS6で推定した油圧ポンプ122の吸収トルクTeが所定の吸収トルク閾値以上であるか否かを判定する(ステップS9)。吸収トルクTeが吸収トルク閾値以上である場合(ステップS9:YES)、アシスト判定部216は、ステップS7で算出した油圧ポンプ122の吸収トルクの変化量dTe/dtが所定のトルク変化量閾値以上であるか否かを判定する(ステップS10)。吸収トルク閾値およびトルク変化量閾値は、それぞれ作業機130に急負荷が生じたときの吸収トルクTeおよび吸収トルクの変化量dTe/dtに相当する。したがって、ステップS9およびステップS10の判定により、アシスト判定部216は、作業機130に急負荷が生じているか否かを判定することができる。吸収トルクTeが吸収トルク閾値未満である場合(ステップS9:NO)、または吸収トルクの変化量dTe/dtがトルク変化量閾値未満である場合(ステップS10:NO)、作業機130に急負荷が生じていないため、アシスト判定部216はアシストトルクをゼロとする(ステップS11)。すなわち、アシスト判定部216は、エンジントルクの目標値にアシストトルクを加えないことを決定する。
【0037】
油圧ポンプ122の吸収トルクの変化量dTe/dtが所定のトルク変化量閾値以上である場合(ステップS10:YES)、ステップS8で推定した慣性トルクTinertが所定の慣性トルク閾値未満であるか否かを判定する(ステップS12)。慣性トルク閾値は、ゼロまたは負の値である。慣性トルク閾値は、ヒステリシスをもって設定されてよい。この場合、例えば、ヒステリシスの下側閾値は急負荷の慣性トルクTinert相当の値をとり、ヒステリシスの上側閾値は正の値、ゼロ、またはゼロに近い負の値をとる。慣性トルク閾値がヒステリシスを持たない場合、慣性トルクTinertが慣性トルク閾値の近傍で微小に変化するときに、後述のアシストトルクの有無の切り替わりの頻度が高くなるために、エンジン回転数のハンチングが発生しやすくなる。そのため、慣性トルク閾値にヒステリシスを持たせることで、エンジン回転数のハンチングの発生を防ぐことができる。
【0038】
慣性トルクTinertが慣性トルク閾値未満である場合(ステップS12:YES)、アシスト判定部216は、ステップS8で推定した慣性トルクTinertに所定の係数を乗算することで、アシストトルクを決定する(ステップS13)。慣性トルクTinertに掛ける係数は、0未満の値である。すなわち、アシストトルクは正の値となる。これにより、アシスト判定部216は、慣性トルクTinertの減少分を打ち消すように、アシストトルクを決定する。
【0039】
他方、慣性トルクTinertが慣性トルク閾値以上である場合(ステップS12:NO)、急負荷による回転数の減少が生じていないため、アシスト判定部216はアシストトルクをゼロとする(ステップS11)。すなわち、アシスト判定部216は、エンジントルクの目標値にアシストトルクを加えないことを決定する。
【0040】
噴射量決定部217は、ステップS4で算出したエンジントルクの目標値に、ステップS11またはステップS13で決定したアシストトルクの値を加算し、これに基づいて燃料噴射量を算出する(ステップS14)。このとき、噴射量決定部217は、燃料噴射量がOFC(Oxygen to fuel control)閾値を超えないようにリミッタを設ける。OFC閾値は、空燃比がリッチ側に偏って黒煙が発生しないように燃料噴射量を制限するための閾値である。なお、OFC閾値は、図示しないターボチャージャの状態によって変化し得る。また、噴射量決定部217が決定する燃料噴射量は、エンジン121の回転数に応じた最大噴射量によって制限される。
指示出力部218は、ステップS14で算出した燃料噴射量を示す燃料指示を燃料噴射装置125に出力する(ステップS15)。
【0041】
《作用・効果》
図6は、第1の実施形態に係るエンジン制御システムの動作例を示す図である。
図6には、ある環境下における第1の実施形態に係るエンジン制御システム143の動作時におけるエンジン121の回転数Ne、慣性トルクT
inert、および燃料噴射量の推移が実線で示される。以下、
図6を参照しながら、第1の実施形態に係るエンジン制御システム143の作用および効果について説明する。
【0042】
時刻t0において、作業機130の急負荷が発生すると、エンジン121の回転数Neが低下し始める。このとき、回転数の変化量dNe/dtが減少することで、式(2)により慣性トルクTinertはゼロ近傍の値から減少しはじめる。エンジン121の回転数Neが低下すると、回転数の目標値との差が大きくなるため、ステップS4で決定するエンジントルクの目標値が増加し、これによりステップS14で算出される燃料噴射量も増加する。一方で、時刻t0から時刻t1までの間、慣性トルクTinertの値はステップS12で比較される慣性トルク閾値に係るヒステリシスの下側閾値以上であることから、アシストトルクの値はゼロである。上述したように、慣性トルク閾値はヒステリシスを持っている。そのため、慣性トルクTinertの値がヒステリシスの上側閾値より大きい値から減少する場合、エンジン制御システム143は、慣性トルクTinertの値とヒステリシスの下側閾値とを比較する。他方、慣性トルクTinertの値がヒステリシスの下側閾値より小さい値から増加する場合、エンジン制御システム143は、慣性トルクTinertの値とヒステリシスの上側閾値とを比較する。
【0043】
時刻t
1になると、慣性トルクT
inertの値が慣性トルク閾値に係るヒステリシスの下側閾値未満となる。これにより、エンジン制御システム143は、ステップS13で慣性トルクT
inertの大きさに応じたアシストトルクを算出する。これにより、ステップS14で算出される燃料噴射量は、大きく増加する。燃料噴射量が大きく増加することで、時刻t
1以降、エンジン回転数の低下が抑制され、速やかに回転数の目標値に近づけることができる。ただし、アシストトルクを加算する場合にも、燃料噴射量は、エンジン121の回転数Neによって規定される最大噴射量によって規制される。
図6において、最大噴射量の推移は一点鎖線で示される。
その後、時刻t
2になると、慣性トルクT
inertの値が慣性トルク閾値に係るヒステリシスの上側閾値以上となる。これ以降、エンジン制御システム143によるアシストトルクがゼロとなる。
【0044】
なお、
図6には、比較例として、アシストトルクを加算しない場合におけるエンジン121の回転数Ne、慣性トルクT
inert、および燃料噴射量の推移が破線で示される。
時刻t
0から時刻t
1までの間は、第1の実施形態に係るエンジン制御システム143による制御も、比較例に係る制御も、アシストトルクの値はゼロであるため、同じ推移をたどる。
【0045】
他方、時刻t1になり、慣性トルクTinertの値が慣性トルクに係るヒステリシスの下側閾値未満となると、比較例に係る制御ではアシストトルクが加算されないため、燃料噴射量の増加量は第1の実施形態に係るエンジン制御システム143の制御と比較して緩慢となる。燃料噴射量の増加が緩慢となることで、時刻t1以降もエンジン回転数の低下を早期に抑制することができず、回転数の回復が遅れることとなる。
【0046】
このように、第1の実施形態に係るエンジン制御システム143は、エンジン121の回転に係る回転状態量である慣性トルクTinertを特定し、慣性トルクTinertに基づいて燃料噴射装置125による燃料噴射量を決定する。慣性トルクTinertの絶対値は、作業機130に掛かる負荷に伴って増大する。そのため、慣性トルクTinertに基づいて燃料噴射量を決定することで、エンジン制御システム143は、負荷によるエンジン121の回転数Neの減少を適切に打ち消すことができる。
なお、第1の実施形態に係るエンジン制御システム143は、慣性トルクTinertに基づいて燃料噴射量を決定するが、他の実施形態においてはこれに限られず、慣性トルクTinertに代えて他の回転状態量を用いて燃料噴射量を決定してもよい。例えば、上述の式(2)に示すように慣性トルクTinertは、エンジン121と油圧ポンプ122とを含む質点系の慣性モーメントIとエンジン121の回転数の変化量dNe/dtとによって求められる。このうち慣性モーメントIは定数である。そのため、他の実施形態においては、慣性トルクTinertに代えてエンジン121の回転数の変化量dNe/dtのみを用いて燃料噴射量を決定してもよい。エンジン121の回転数の変化量dNe/dtも、回転状態量の一例といえる。
【0047】
なお、第1の実施形態に係るエンジン制御システム143は、慣性トルクTinertが負数である慣性トルクに係るヒステリシスの下側閾値以上である場合にアシストトルクをゼロとし、慣性トルクTinertが慣性トルク閾値に係るヒステリシスの下側未満である場合に、慣性トルクTinertに所定の係数を乗算することでアシストトルクを演算する。エンジン制御システム143は、これにより、慣性トルクTinertが大きいほど、すなわち作業機130に掛かる負荷が大きいほど、アシストトルクを大きくすることができる。他方、他の実施形態においてはこれに限られず、慣性トルクTinertが慣性トルクに係るヒステリシスの下側閾値未満である場合のアシストトルクを正の定数としてもよい。
【0048】
また、第1の実施形態に係るエンジン制御システム143は、油圧ポンプ122における吸収トルクTeを特定し、吸収トルクTeと慣性トルクTinertとに基づいて燃料噴射量を決定する。ポンプの吸収トルクTeは、作業機130に負荷が掛かっているときに増大する。そのため、第1の実施形態によれば、エンジン121の故障や外乱など、慣性トルクTinertの増大が急負荷の発生によらない場合に、燃料噴射量を増加させることを防ぐことができる。
なお、他の実施形態においては、吸収トルクTeを用いずに燃料噴射量を決定してもよい。このとき、エンジン制御システム143は、例えば操作装置142の操作量に基づいて作業機130が駆動しているか否かを判定することでも、慣性トルクTinertの増大が急負荷の発生によらない場合に、燃料噴射量を増加させることを防ぐことができる。
【0049】
また、第1の実施形態に係るエンジン制御システム143は、操作装置142の燃料噴射量調整装置1427の操作量に応じてエンジントルクの目標値を決定し、慣性トルクTinertが慣性トルク閾値未満である場合に、エンジントルクの目標値に所定のアシストトルクを加算する。これにより、エンジン制御システム143は、通常のエンジン制御によって定まる燃料噴射量に、さらに回転数Neの低下を抑止するための燃料噴射量を上乗せすることができる。
【0050】
《他の実施形態》
以上、図面を参照して一実施形態について詳しく説明してきたが、具体的な構成は上述のものに限られることはなく、様々な設計変更等をすることが可能である。すなわち、他の実施形態においては、上述の処理の順序が適宜変更されてもよい。また、一部の処理が並列に実行されてもよい。
【0051】
上述した実施形態に係るエンジン制御システム143は、単独のコンピュータによって構成されるものであってもよいし、エンジン制御システム143の構成を複数のコンピュータに分けて配置し、複数のコンピュータが互いに協働することでエンジン制御システム143として機能するものであってもよい。
【0052】
上述した実施形態に係るエンジン制御システム143は、油圧ポンプ122が出力する作動油の圧力および容量に基づいて式(1)によって慣性トルクTinertを推定する。他方、油圧ポンプ122は、走行モータ112や旋回モータ124を含む複数のアクチュエータへ作動油を供給する。そのため、他の実施形態においては、各アクチュエータに流量センサを設け、エンジン制御システム143がこの計測値に基づいて、油圧ポンプ122の出力のうち作業機130の駆動に用いられている割合を特定し、当該割合に鑑みて慣性トルクTinertを推定してもよい。同様に、他のエンジン制御システム143は、上記割合に鑑みて油圧ポンプ122の吸収トルクTeを推定してもよい。
【0053】
上述した実施形態に係る慣性トルク閾値はヒステリシスをもつが、他の実施形態に係る、慣性トルク閾値は、ヒステリシスをもたなくてもよい。
【0054】
上述した実施形態では、エンジン制御システム143が油圧ショベル100に備えられる場合について説明したが、他の実施形態に係るエンジン制御システム143は、ホイールローダ、モータグレーダ、ブルドーザなどの、他の作業機械に備えられてもよい。
【符号の説明】
【0055】
100…油圧ショベル 110…走行体 111…無限軌道 112…走行モータ 120…旋回体 121…エンジン 1211…回転数センサ 122…油圧ポンプ 1221…圧力センサ 1222…容量センサ 123…コントロールバルブ 124…旋回モータ 125…燃料噴射装置 130…作業機 131…ブーム 132…アーム 133…バケット 134…ブームシリンダ 135…アームシリンダ 136…バケットシリンダ 140…運転室 141…運転席 142…操作装置 1421…左操作レバー 1422…右操作レバー 1423…左フットペダル 1424…右フットペダル 1425…左走行レバー 1426…右走行レバー 143…エンジン制御システム 210…プロセッサ 211…計測値取得部 212…操作量取得部 213…回転数決定部 214…目標トルク決定部 215…トルク推定部 216…アシスト判定部 217…噴射量決定部 218…指示出力部 230…メインメモリ 250…ストレージ 270…インタフェース