(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-24
(45)【発行日】2023-06-01
(54)【発明の名称】小型RNAの抽出効率を改善するための組成物および方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/10 20060101AFI20230525BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20230525BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20230525BHJP
C12N 15/113 20100101ALN20230525BHJP
【FI】
C12N15/10 100Z
C12Q1/6851 Z
C12Q1/686 Z
C12N15/113 Z ZNA
(21)【出願番号】P 2020528716
(86)(22)【出願日】2019-05-27
(86)【国際出願番号】 JP2019020838
(87)【国際公開番号】W WO2020008752
(87)【国際公開日】2020-01-09
【審査請求日】2022-03-18
(31)【優先権主張番号】P 2018129064
(32)【優先日】2018-07-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】305002028
【氏名又は名称】社会医療法人大雄会
(74)【代理人】
【識別番号】100099623
【氏名又は名称】奥山 尚一
(74)【代理人】
【氏名又は名称】松島 鉄男
(74)【代理人】
【識別番号】100125380
【氏名又は名称】中村 綾子
(74)【代理人】
【識別番号】100142996
【氏名又は名称】森本 聡二
(74)【代理人】
【識別番号】100180231
【氏名又は名称】水島 亜希子
(72)【発明者】
【氏名】菊池 有純
(72)【発明者】
【氏名】澤村 卓宏
【審査官】福間 信子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2012/0130061(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2011/0224419(US,A1)
【文献】ZUNUNI VAHED S. et al.,A microRNA isolation method from clinical samples,Bioimpacts, 2016, vol.6, no.1, p.25-31
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の成分:
(a)ポリエチレングリコール、および
(b)テトラエチレングリコールジメチルエーテル
を含んでなる小型RNA抽出効率改善剤。
【請求項2】
前記ポリエチレングリコールが、600~2000の平均分子量を有する、請求項1に記載の小型RNA抽出効率改善剤。
【請求項3】
前記成分(a)と前記成分(b)の比率が3:7~6:4である、請求項1または2に記載の小型RNA抽出効率改善剤。
【請求項4】
前記小型RNA抽出効率改善剤において、前記成分(a)の含有量が20~60容量%であり、前記成分(b)の含有量が25~70容量%である、請求項1~3のいずれか1項に記載の小型RNA抽出効率改善剤。
【請求項5】
カオトロピック塩をさらに含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の小型RNA抽出効率改善剤。
【請求項6】
前記カオトロピック塩がチオシアン酸グアニジンである、請求項5に記載の小型RNA抽出効率改善剤。
【請求項7】
15~35℃の温度範囲において液体であり、かつ、マイクロピペットにより秤量可能な粘度を有する、請求項1~6のいずれか1項に記載の小型RNA抽出効率改善剤。
【請求項8】
試料から小型RNAを抽出するための方法であって
、
(i)試料に、カオトロピック塩を含む溶液を添加するステップと、
(
ii)前記ステップ(
i)により得られた第1の混合液に、請求項1~7のいずれか1項に記載の小型RNA抽出効率改善剤を添加するステップと、
(
iii)前記ステップ(
ii)により得られた第2の混合液を、シリカを含む核酸結合性担体に接触させるステップと、これにより、小型RNAが前記核酸結合性担体に結合し、
(
iv)前記核酸結合性担体に結合した小型RNAを溶出するステップと
を含む方法。
【請求項9】
生体試料中のマイクロRNAを解析するための方法であって
、
(i)生体試料に、カオトロピック塩を含む溶液を添加するステップと、
(
ii)前記ステップ(
i)により得られた第1の混合液に、請求項1~7のいずれか1項に記載の小型RNA抽出効率改善剤を添加するステップと、
(
iii)前記ステップ(
ii)により得られた第2の混合液を、シリカを含む核酸結合性担体に接触させるステップと、これにより、マイクロRNAを含む全RNAが前記核酸結合性担体に結合し、
(
iv)前記核酸結合性担体に結合した全RNAを溶出するステップと、
(
v)前記ステップ(
iv)により得られた全RNA中のマイクロRNAを定量的RT-PCRにより増幅するステップと
を含む方法。
【請求項10】
前記生体試料が体液または組織切片である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記第2の混合液における小型RNA抽出効率改善剤の濃度が20~60容量%である、請求項8~10のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、小型RNAの抽出効率改善剤およびそれを用いたRNAの単離方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マイクロRNA(miRNA)は、約21~25塩基長の小さな一本鎖ノンコーディングRNAであり、これまでに2万種類以上が同定されている(http://mirbase.org/)。これらmiRNAは、標的mRNAに結合し、mRNAの発現を制御する機能を有しており、細胞の増殖、分化、アポトーシスなど、種々の生物学的プロセスに関与していることが明らかにされている。ヒト遺伝子の約30%が、miRNAによる発現調節を受けているものと予想されている。近年では、miRNAの発現異常が、がんを含む様々な疾患の発症や病態に影響を及ぼしていることが示唆されている(非特許文献1、2)。miRNAは、細胞から分泌されたエクソソームに包含されて血液や尿などの体液中に存在していることから、体液中のmiRNAを検出・定量することにより疾患を診断する低侵襲のリキッドバイオプシーに注目が集まっている。
【0003】
miRNAの簡易かつ迅速な定量方法として、定量的リアルタイムRT-PCRが一般的に行われている。リアルタイムRT-PCRは、数時間程度の短い時間で結果を得ることができ、また、簡易な装置で実施できるため、臨床の現場において診断を行うのに適した方法である。ここで、リアルタイムRT-PCRによりmiRNAを検出・定量するためには、高精度かつ高収率でmiRNAを単離する必要がある。全RNAを単離するための方法としては、カオトロピック塩の存在下で核酸分子をシリカ担体に吸着させることを基本原理とするブーム法が一般的である(非特許文献3)。しかし、ブーム法の通常の条件では、miRNAのような低分子量RNAを低い効率でしか捕捉することができないため、リアルタイムRT-PCR解析のために十分な量のmiRNAが得られないことが問題となっていた。したがって、従来方法と同様に容易でありつつ、miRNAを含む全RNAの高い収率で抽出できる方法が望まれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】落谷孝広, Drug Delivery System, Vol. 26, No.1, pp. 10-14 (2011)
【文献】Rupaimoole, R. et al, Nat. Rev. Drug Discov., Vol. 16, No.3, pp. 203-222 (2016)
【文献】Boom, R. et al., J. Clin. Microbiol., Vol. 28, No. 3, pp. 495-503 (1990)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、従来技術の諸問題を解消し、安全かつ簡便な操作により、生体試料からmiRNAを高収率かつ高精度に抽出する方法を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究の結果、ブーム法において、カオトロピック塩を含む核酸抽出液に、高分子量ポリエチレングリコールを添加することにより、miRNAの抽出効率が顕著に改善されることを見出した。しかし、高分子量ポリエチレングリコールは常温では固体であり、加温して融解させても極めて高粘度の液体であるため、ピペットによる秤量が困難であるという問題があった。
【0007】
そこで、本発明者らは、高分子量ポリエチレングリコールによるmiRNAの抽出効率改善効果を維持しつつ、操作性に優れた組成物を鋭意検討した。その結果、ポリエチレングリコールとテトラエチレングリコールジメチルエーテルとの混合物が、操作性および安定性に優れ、かつ、高分子量ポリエチレングリコールと同程度にmiRNAの抽出効率を改善できるものであることを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は、一実施形態によれば、下記の成分:(a)ポリエチレングリコール、および(b)テトラエチレングリコールジメチルエーテルを含んでなる小型RNA抽出効率改善剤を提供するものである。
【0009】
前記ポリエチレングリコールは、600~2000の平均分子量を有することが好ましい。
【0010】
前記成分(a)と前記成分(b)の比率は、3:7~6:4であることが好ましい。
【0011】
前記小型RNA抽出効率改善剤において、前記成分(a)の含有量が20~60容量%であり、前記成分(b)の含有量が25~70容量%であることが好ましい。
【0012】
前記小型RNA抽出効率改善剤は、カオトロピック塩をさらに含むことが好ましい。
【0013】
前記カオトロピック塩は、チオシアン酸グアニジンであることが好ましい。
【0014】
前記小型RNA抽出効率改善剤は、15~35℃の温度範囲において液体であり、かつ、マイクロピペットにより秤量可能な粘度を有することが好ましい。
【0015】
また、本発明は、一実施形態によれば、試料から小型RNAを抽出するための方法であって、(i)小型RNAを含む試料を準備するステップと、(ii)前記試料に、カオトロピック塩を含む溶液を添加するステップと、(iii)前記ステップ(ii)により得られた第1の混合液に、上記の小型RNA抽出効率改善剤を添加するステップと、(iv)前記ステップ(iii)により得られた第2の混合液を、シリカを含む核酸結合性担体に接触させるステップと、これにより、小型RNAが前記核酸結合性担体に結合し、(v)前記核酸結合性担体に結合した小型RNAを溶出するステップとを含む方法を提供するものである。
【0016】
また、本発明は、一実施形態によれば、生体試料中のマイクロRNAを解析するための方法であって、(i)マイクロRNAを含む生体試料を準備するステップと、(ii)前記生体試料に、カオトロピック塩を含む溶液を添加するステップと、(iii)前記ステップ(ii)により得られた第1の混合液に、上記の小型RNA抽出効率改善剤を添加するステップと、(iv)前記ステップ(iii)により得られた第2の混合液を、シリカを含む核酸結合性担体に接触させるステップと、これにより、マイクロRNAを含む全RNAが前記核酸結合性担体に結合し、(v)前記核酸結合性担体に結合した全RNAを溶出するステップと、(vi)前記ステップ(v)により得られた全RNA中のマイクロRNAを定量的RT-PCRにより増幅するステップとを含む方法を提供するものである。
【0017】
前記生体試料は、体液または組織切片であることが好ましい。
【0018】
前記第2の混合液における小型RNA抽出効率改善剤の濃度は、20~60容量%であることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明に係る小型RNA抽出効率改善剤は、操作性および安定性に優れ、かつ、すでに確立されたブーム法において、カオトロピック塩を含む核酸抽出液に添加することにより、miRNAを含む全RNAの抽出効率を改善することができる。そのため、市販されている一般的なRNA抽出用キットに本発明に係る小型RNA抽出効率改善剤を適用するのみで、従来と同様の安全かつ簡便な操作により、高収率かつ高精度でのmiRNAの抽出が可能となる。
【0020】
また、本発明に係る方法によれば、miRNAの収率が改善されることにより、低発現のmiRNAについても高精度での定量分析が可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を詳細に説明するが、本発明は本明細書中に説明した実施形態に限定されるものではない。
【0022】
本発明は、第一の実施形態によれば、下記の成分:(a)ポリエチレングリコール、および(b)テトラエチレングリコールジメチルエーテルを含んでなる小型RNA抽出効率改善剤である。
【0023】
「小型RNA」とは、生体内で作られる長さ約10ヌクレオチド以上200ヌクレオチド未満までのRNAを意味する。例えば、tRNA、rRNA、snRNA(small nuclear RNA)、miRNA(マイクロRNA)などが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態における好ましい小型RNAは、miRNAである。
【0024】
本実施形態における成分(a)ポリエチレングリコール(以降、「PEG」とも記載する)としては、任意の平均分子量のものを用いることができ、例えば、PEG600、PEG1000、PEG1500、PEG1540、PEG2000、PEG3000、PEG4000、PEG6000、PEG8000、PEG10000など用いることができる。また、本実施形態におけるPEGは、これらの1種のみまたは2種以上を混合して用いることができる。本実施形態におけるPEGは、好ましくは平均分子量が600~2000のPEGであり、特に好ましくは平均分子量が1000~2000のPEGであり、最も好ましくはPEG1000、PEG1540またはPEG2000である。
【0025】
本実施形態の小型RNA抽出効率改善剤において、成分(a)PEGと成分(b)テトラエチレングリコールジメチルエーテルは、任意の比率で混合されてよく、例えば1:9、2:8、3:7、4:6、5:5、6:4、7:3、8:2、9:1の比率で混合されてよいが、3:7~6:4の比率で混合されることが好ましく、3:7~5:5の比率で混合されることが特に好ましい。
【0026】
本実施形態の小型RNA抽出効率改善剤は、上記成分(a)および(b)を上記比率で含有するものであれば、上記成分(a)および(b)以外の成分を、本実施形態の効果を損なわない範囲で適宜配合することができる。すなわち、本実施形態の小型RNA抽出効率改善剤における成分(a)PEGの含有量は、小型RNA抽出効率改善剤の総容量を100%としたときに、好ましくは20~60%(v/v)であり、特に好ましくは45~55%(v/v)である。また、本実施形態の小型RNA抽出効率改善剤における成分(b)テトラエチレングリコールジメチルエーテルの含有量は、小型RNA抽出効率改善剤の総容量を100%としたときに、好ましくは25~70%(v/v)であり、特に好ましくは40~60%(v/v)である。
【0027】
本実施形態において、小型RNA抽出効率改善剤は、上記成分(a)および(b)以外の成分として、カオトロピック塩をさらに含むことが好ましい。これにより、小型RNA抽出効率改善剤を、より長期間安定的に常温で保存することができる。本実施形態におけるカオトロピック塩は、以下に限定されないが、例えば、チオシアン酸グアニジン、塩酸グアニジン、チオシアン酸ナトリウム、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化カリウム、尿素などが挙げられる。本実施形態において、これらのカオトロピック塩の1種のみまたは2種以上を混合して用いることができる。好ましくは、本実施形態におけるカオトロピック塩は、チオシアン酸グアニジンである。小型RNA抽出効率改善剤に添加されるカオトロピック塩の濃度は、例えば20~30%(w/v)の範囲で適宜選択することができる。
【0028】
本実施形態の小型RNA抽出効率改善剤は、さらなる小型RNA抽出効果の改善および/または安定性の向上のために、他の成分を適宜配合されてもよい。前記他の成分としては、例えば、1-(2-アミノエチル)ピペラジン、ジエチレントリアミンなどが挙げられ、これらの1種のみまたは2種以上を組み合わせて用いることができる。小型RNA抽出効率改善剤に添加される前記他の成分の濃度は、例えば0.01~5%(v/v)の範囲で適宜選択することができる。
【0029】
本実施形態の小型RNA抽出効率改善剤の製造方法は、特に限定されず、上記成分を混合して製造することができる。
【0030】
本実施形態の小型RNA抽出効率改善剤は、室温において低粘度かつ安定であり、容易かつ正確に秤量することができる。すなわち、本実施形態の小型RNA抽出効率改善剤は、15~35℃の温度範囲において液体であり、かつ、マイクロピペットにより秤量可能な粘度を有することが好ましい。本実施形態における「粘度」は、例えば回転粘度計などを用いて求めることができる。本実施形態の小型RNA抽出効率改善剤の粘度は、好ましくは30mPa・s以下であり、特に好ましくは20mPa・s以下である。
【0031】
本実施形態の小型RNA抽出効率改善剤は、ブーム法に基づく市販のRNA抽出用キットと組み合わせて用いることができ、従来と同様の安全かつ簡便な操作により、高収率かつ高精度で小型RNAを抽出することが可能である。
【0032】
すなわち、本発明は、第二の実施形態によれば、試料から小型RNAを抽出するための方法であって、(i)小型RNAを含む試料を準備するステップと、(ii)前記試料に、カオトロピック塩を含む溶液を添加するステップと、(iii)前記ステップ(ii)により得られた第1の混合液に、上記の小型RNA抽出効率改善剤を添加するステップと、(iv)前記ステップ(iii)により得られた第2の混合液を、シリカを含む核酸結合性担体に接触させるステップと、これにより、小型RNAが前記核酸結合性担体に結合し、(v)前記核酸結合性担体に結合した小型RNAを溶出するステップとを含む方法である。
【0033】
本実施形態の方法では、小型RNAを含む試料を準備して使用する。本実施形態における「小型RNA」は、第一の実施形態において定義したものと同様である。本実施形態における「試料」は、小型RNAを含む任意のものであってよく、例えば、小型RNAを含有する溶液や、細胞溶解物などであってよい。細胞溶解物は、任意の細胞から調製されたものであってよく、例えば、真核細胞、原核細胞、ウイルスなどから調製されることができる。また、本実施形態における試料は、第三の実施形態において詳述するような生体試料であってもよい。
【0034】
次いで、小型RNAを含む試料にカオトロピック塩を含む溶液を添加し、これにより、第1の混合液を得る。本実施形態における「カオトロピック塩」は、第一の実施形態において定義したものと同様である。本実施形態におけるカオトロピック塩の濃度は、ブーム法の一般的な条件に従えばよく、小型RNA抽出効率改善剤を添加した後の第2の混合液において、例えば0.1~10Mあってよく、好ましくは2.5~5Mの範囲であってよい。
【0035】
本実施形態におけるカオトロピック塩を含む溶液は、カオトロピック塩の他に、還元剤、界面活性剤および/または緩衝剤を含んでいてもよい。還元剤としては、例えば、2-メルカプトエタノールまたはジチオトレイトールなどを、好ましくは25~150mMの濃度で添加することができる。界面活性剤は、イオン性または非イオン性のものであってよく、例えば、SDS、CHAPS、Tween(商標)20、Triton X-100(商標)、NP-40(商標)などを、好ましくは0.1~10%(w/v)の濃度で添加することができる。緩衝剤としては、溶液をpH6.0~9.0の範囲に安定化させるものであればよく、例えば、Tris、HEPES、PIPES、MOPSなどを、好ましくは1~10mMの濃度で添加することができる。
【0036】
上記のようなカオトロピック塩を含む溶液は、以下に記載する核酸結合性担体とともに組み合わせたキットとして市販されており、本実施形態では、そのような市販品を使用することもできる。例えば、High Pure miRNA Isolation Kit(ロシュ・ダイアグノスティックス)、MagNA Pure Compact RNA Isolation Kit(ロシュ・ダイアグノスティックス)、RNeasy Mini Kit(キアゲン)、miRNeasy Mini Kit(キアゲン)、PureLink RNA Mini Kit(サーモフィッシャーサイエンティフィック)、PureLink miRNA Isolation Kit(サーモフィッシャーサイエンティフィック)、FastGene RNA Premium Kit(日本ジェネティクス)、Nucleo Spin miRNA(マッハライ・ナーゲル)、mirVana miRNA Isolation Kit(サーモフィッシャーサイエンティフィック)などが好ましい市販品として挙げられる。
【0037】
次いで、上記により得られた第1の混合液に小型RNA抽出効率改善剤を添加し、これにより、第2の混合液を得る。本実施形態における「小型RNA抽出効率改善剤」は、第一の実施形態において定義したものと同様である。本実施形態における小型RNA抽出効率改善剤は、小型RNA抽出効率改善剤を添加した後の第2の混合液において、例えば20~60%(v/v)の濃度で添加することが好ましく、25~50%(v/v)の濃度で添加することが特に好ましい。
【0038】
なお、本実施形態の方法において、カオトロピック塩を含む溶液および小型RNA抽出効率改善剤は、添加する順番を相互に変更する、または、同時に添加することが可能である。すなわち、小型RNAを含む試料に小型RNA抽出効率改善剤を添加した混合液を最初に調製し、次いで、得られた混合液にカオトロピック塩を含む溶液を添加してもよいし、小型RNAを含む試料に対し、カオトロピック塩を含む溶液および小型RNA抽出効率改善剤を同時に添加してもよい。
【0039】
次いで、上記により得られた第2の混合液を、シリカを含む核酸結合性担体に接触させ、これにより、試料中のRNAを核酸結合性担体に結合させる。本実施形態における核酸結合性担体としては、ブーム法において一般的に使用されているシリカベースの担体を用いることができ、例えば、シリカビーズ、ガラスビーズ、シリカウール、ガラス繊維などを用いることができる。また、シリカビーズは、シリカのみからなるビーズであってもよいし、磁気ビーズがシリカによりコートされた磁気シリカビーズであってもよい。このような核酸結合性担体は、上記の通りカオトロピック塩を含む溶液とともに組み合わせたキットとして市販されており、本実施形態では、そのような市販品を使用することもできる。
【0040】
混合液と核酸結合性担体との接触は、例えば、混合液と核酸結合性担体とを容器内で混合することにより、または、核酸結合性担体を充填したカラムなどに混合液を通過させることにより行うことができる。その後、核酸結合性担体を混合液から分離し、回収する。
【0041】
なお、回収した核酸結合性担体は、任意で、以下のRNAの溶出を行う前に、RNAを可溶化せず、かつ、非特異的結合物を可溶化できる洗浄液(例えば、70%(v/v)以上のエタノールを含む水溶液など)により洗浄されてもよい。
【0042】
次いで、核酸結合性担体に結合したRNAを溶出する。RNAの溶出は、例えば、ヌクレアーゼフリーの水または低塩濃度の緩衝液などの溶出液を、シリカを含む核酸結合性担体に接触させることにより行うことができる。溶出液と核酸結合性担体との接触は、上記した混合液と核酸結合性担体との接触と同様に行うことができる。その後、核酸結合性担体から溶出液を分離し、回収する。
【0043】
なお、ブーム法に基づく自動核酸抽出装置が市販されており、本実施形態の方法における上記一連の操作を、そのような市販の装置およびそれに付属するキットを用いて行うこともできる。本実施形態の方法に使用できる自動核酸抽出装置およびそれに付属するキットとしては、例えば、MagNA Pure 96 InstrumentおよびMagNA Pure 96 Cellular RNA Large Volume Kit(ロシュ・ダイアグノスティックス)、Maxwell RSC InstrumentおよびMaxwell RSC simplyRNA Tissue Kit(プロメガ)、kingfisher instrumentおよびMagMAX mirVana Total RNA(サーモフィッシャーサイエンティフィック)、QIAcubeおよびRNeasy Mini QIAcube Kit(キアゲン)などが挙げられる。
【0044】
本実施形態の方法は、小型RNA抽出効率改善剤を用いる以外は、従来公知のブーム法において使用されるものと同一の溶液や核酸結合性担体を使用でき、核酸の結合や溶出の条件も従来公知のブーム法と同様に実施できるものである。そのため、本実施形態の方法によれば、新たな条件検討を要することなく、従来と同様の安全かつ簡便な操作により、高収率かつ高精度で小型RNAを抽出することが可能である。
【0045】
また、本実施形態の方法を生体試料に適用すれば、従来公知のブーム法によっては困難であった低発現量のmiRNAを、定量性を損なうことなく容易に抽出することが可能である。そのため、本実施形態の方法により生体試料から単離されたRNAは、miRNAの定量分析のために有用である。
【0046】
すなわち、本発明は、第三の実施形態によれば、生体試料中のマイクロRNAを解析するための方法であって、(i)マイクロRNAを含む生体試料を準備するステップと、(ii)前記生体試料に、カオトロピック塩を含む溶液を添加するステップと、(iii)前記ステップ(ii)により得られた第1の混合液に、上記の小型RNA抽出効率改善剤を添加するステップと、(iv)前記ステップ(iii)により得られた第2の混合液を、シリカを含む核酸結合性担体に接触させるステップと、これにより、マイクロRNAを含む全RNAが前記核酸結合性担体に結合し、(v)前記核酸結合性担体に結合した全RNAを溶出するステップと、(vi)前記ステップ(v)により得られた全RNA中のマイクロRNAを定量的RT-PCRにより増幅するステップとを含む方法である。
【0047】
本実施形態の方法では、第二の実施形態の方法と同様の手順により、生体試料からマイクロRNAを含む全RNAを精製する。本実施形態における「カオトロピック塩」、「小型RNA抽出効率改善剤」および「核酸結合性担体」は、第二の実施形態において定義したものと同様である。
【0048】
「マイクロRNA(miRNA)」とは、生体内に存在する21~25塩基長の一本鎖ノンコーディングRNAである。miRNAは、以下のような多段階ステップを経て生成される。最初に、miRNA遺伝子から前駆体であるpri-miRNAが転写される。次いで、pri-miRNAが核においてDroshaにより切断されることによりpre-miRNAとなる。次いで、pre-miRNAが細胞質においてDicerにより切断されることにより成熟型二本鎖miRNAとなり、このうち一方のRNA鎖が分解除去されて一本鎖miRNAが生成される。本実施形態におけるmiRNAは、この最終産物であるmiRNAを意味し、中間産物を含まない。
【0049】
本実施形態の方法が対象とする「生体試料」は、任意の生体から単離された任意のものであってよく、例えば、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、非ヒト霊長類、ヒトなどの動物個体から単離された、組織切片、細胞または体液などであってよいが、特に限定されない。組織切片または細胞が由来する組織としては、例えば、脳、心筋、骨格筋、肺、気管、咽頭、唾液腺、食道、胃、小腸、大腸、膵臓、肝臓、胆嚢、血管、腎臓、膀胱、尿管、精巣、前立腺、卵巣、子宮、骨髄、リンパ節、脾臓、胸腺、下垂体、甲状腺、上皮小体、副腎、骨格筋、腹腔、皮膚、乳腺などが挙げられる。体液としては、例えば、血液、血漿、血清、唾液、尿、胃液、膵液、胆汁、汗、涙、母乳、鼻汁、腸液などが挙げられる。本実施形態における生体試料は、好ましくは体液または組織切片であり、特に好ましくはヒト由来の体液または組織切片である。
【0050】
本実施形態における生体試料は、当業者に周知の方法により動物個体から得ることができる。また、生体試料として組織切片を用いる場合、組織切片は、動物個体から急性単離された組織から調製されたものであってもよいし、ホルマリン固定されパラフィン包埋された組織(FFPET)から調製されたものであってもよい。
【0051】
次いで、得られた全RNA中のmiRNAを、定量的RT-PCR(以下、「RT-qPCR」と記載する)により増幅する。miRNAをRT-qPCRで増幅するための方法はすでに確立されており、当分野において周知の方法を採用することができる。例えば、miRNAに特異的なプライマーを用いて逆転写反応を行い、得られたcDNAを鋳型として、目的のmiRNAに特異的なプライマーを用いてリアルタイムqPCRを行うことにより、目的のmiRNAを増幅することができる。また、定量解析のための方法も十分に確立されており、リアルタイムqPCRの結果から算出されるCp値(Ct値ともいう)に基づいて、例えばΔΔCt法や検量線法などにより、目的のmiRNAを定量することができる。
【0052】
miRNAをRT-qPCRにより増幅するためのキットは市販されており、本実施形態では、そのような市販品を使用することもできる。例えば、miRCURY LNA miRNA PCR Assays(キアゲン)、MystiCp micro RNA Quantitative PCR(シグマ・アルドリッチ)、Mir-X miRNA qRT-PCR TB Green Kit(タカラバイオ)、TaqMan MicroRNA AssaysおよびTaqMan Advanced miRNA Assays(サーモフィッシャーサイエンティフィック)などが好ましい市販品として挙げられる。
【0053】
本実施形態の方法は、小型RNA抽出効率改善剤を用いることにより、低発現量のmiRNAについても定量性を損なうことなく抽出することができ、高い精度でmiRNAを定量することができるため有用である。
【実施例】
【0054】
以下に実施例を挙げ、本発明についてさらに説明する。なお、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【0055】
<1.miRNAの抽出効率を改善する化合物の探索>
miRNAを含む標準試料を以下の手順により調製した。10ng/μLのサケ精子DNA含有TE緩衝液(pH8.0)を用いて、化学合成したmiR-21(5’-UAGCUUAUCAGACUGAUGUUGA-3’:配列番号1)(北海道システム・サイエンス)の溶液(100nM)を調製した。得られたmiR-21溶液(2.5μL)に、K562細胞(国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所JCRB細胞バンクより入手)から抽出された全RNA(100ng)を加え、蒸留水により150μLに調製し、これを標準試料とした。
【0056】
標準試料からのmiRNAの抽出は、High Pure miRNA Isolation Kit(ロシュ・ダイアグノスティックス)を用い、キット付属の説明書に記載の「1カラムプロトコール」にしたがって行った。この際、キット付属のBinding Enhancer(以下、「BE」と記載する)を添加する工程において、BE(200μL)に代えて、以下の候補化合物:エタノール(和光純薬)、2-プロパノール(関東化学)、PEG600(関東化学)、PEG1000(関東化学)、PEG1540(関東化学)、PEG2000(関東化学)、またはテトラエチレングリコールジメチルエーテル(以下、「TEGDME」と記載する)(東京化成工業)(いずれも200μL)を添加した。RNAの溶出は、100μLのElution Bufferにより行った。
【0057】
次いで、Transcriptor First Strand cDNA Synthesis Kit(ロシュ・ダイアグノスティックス)を用い、cDNAを合成した。プライマーには、ステムループRTプライマー(5’-GTCAGAGGAGGTGCAGGGTCCGAGGTATTCGCACCTCCTCTGACTCAACA-3’:配列番号2)を用いた。反応液の組成は、キット付属の説明書の記載に準じた(1/2スケール)。逆転写反応は、Applied Biosystems(商標)2720サーマルサイクラーを用いて、以下の条件により行った。
【0058】
[反応条件]
・ステップ1(1サイクル):16℃ 30分
・ステップ2~4(60サイクル):30℃ 30秒、42℃ 30秒、50℃ 1秒
・ステップ5(1サイクル):85℃、5分
【0059】
得られた反応液をTE緩衝液により5倍に希釈し、cDNA溶液とした。続いて、以下の条件により、miR-21についてのリアルタイムPCRを行った。反応および解析には、LightCycler(登録商標)96 System(ロシュ・ダイアグノスティックス)を用いた。反応および解析を5重に行い、Cp値(平均値±SD)を算出した。
【0060】
[反応液組成(10μL)]
・cDNA溶液 2.5μL
・2×FastStart Essential DNA Probes Master(ロシュ・ダイアグノスティックス) 5μL
・10μM フォワードプライマー(5’-GCCTGCTAGCTTATCAGACTGATG-3’:配列番号3) 0.2μL
・10μM リバースプライマー(5’-GTGCAGGGTCCGAGGT-3’:配列番号4) 0.2μL
・10μM ユニバーサルプローブライブラリー プローブ#82(ロシュ・ダイアグノスティックス) 0.2μL
・蒸留水 残量
【0061】
[反応条件]
・ステップ1(1サイクル):95℃ 10分
・ステップ2~3(45サイクル):95℃ 10秒、60℃ 30秒
【0062】
結果を表1に示す。BEに代えてPEG1000、PEG1540またはPEG2000を用いた場合には、BEを用いた場合と比較して有意にCp値が低下した。一方、PEG600またはTEGDMEを用いた場合には、BEを用いた場合とほぼ同等であり、エタノールまたは2-プロパノールを用いた場合には、BEを用いた場合と比較して有意にCp値が上昇した。この結果から、高分子量PEGがmiRNAの抽出効率を顕著に改善できることが示された。
【0063】
表1.miR-21(標準試料)についてのCp値
【表1】
【0064】
<2.miRNAの抽出効率を改善する組成物の検討(1)>
高分子量PEGは、miRNAの抽出効率を顕著に改善できる一方で、常温では固体であり、加温して融解させても極めて高粘度であるため、ピペットによる正確な秤量が困難であった。そこで、高分子量PEGとTEGDMEを混合することにより、上記問題を解決できるかどうかを検討した。PEG1540とTEGDMEとを種々の比率で混合した組成物を調製し、60℃でインキュベートした。その後、50℃のインキュベーター内において、粘度計(VISCO-895、アタゴ)を用いて粘度を測定した。測定は5重に行い、平均値±SDを測定値とした。また、上記1と同様の手順により、各組成物を添加した場合のCp値を算出した(添加量:200μLまたは300μL、2重測定)。
【0065】
結果を表2に示す。PEG1540をTEGDMEと混合することにより、大幅に粘度が低下し、かつ、BEよりも有意に低いCp値が得られた。この結果から、PEG1540:TEGDME=3:7~6:4の組成物が、miRNAの収率を顕著に改善でき、かつ、操作性にも優れたものであることが示された。
【0066】
表2.PEG1540/TEGDME混合物の粘度およびCp値
【表2】
【0067】
さらに、PEG1540に代えて、PEG600、PEG1000またはPEG2000を用いてPEG/TEGDME混合物(混合比1:1)を調製し、上記と同様にして粘度を測定し、Cp値を算出した(添加量:200μLまたは300μL、5重測定)。
【0068】
結果を表3に示す。いずれの高分子量PEG/TEGDME混合物も、ピペットで正確な秤量が可能な粘度(約30mPa・s以下)を有し、かつ、特に添加量を300μLとすることにより、miRNAの収率を顕著に改善できるものであることが確認された。また、いずれの高分子量PEGを用いた混合物も、高分子量PEG:TEGDME=3:7~6:4の範囲であれば、同程度に低いCp値が得られた(データは省略)。
【0069】
表3.高分子量PEG/TEGDMEの粘度およびCp値
【表3】
【0070】
<3.miRNAの抽出効率を改善する組成物の検討(2)>
PEG1000/TEGDME(混合比1:1)、PEG1540/TEGDME(混合比1:1)およびPEG2000/TEGDME(混合比1:1)は、調製後1時間程度で凝固した。そのため、使用時には加温により再融解させる必要があるが、10回まで凝固・再融解を繰り返してCp値を計測したところ、ほとんど変化は見られなかった(データは省略)。したがって、高分子量PEG/TEGDME混合物はいずれも十分な安定性を有することが確認されたが、常温で凝固せず、かつ、高いmiRNAの抽出効率を有する組成物について、さらに検討した。
【0071】
PEG1540/TEGDME(混合比1:1)(組成物1)をベースに、追加の成分:チオシアン酸グアニジン(以下、「GuSCN」と記載する)(和光純薬)、エタノール(和光純薬)、1-(2-アミノエチル)ピペラジン(以下、「ピペラジン」と記載する)(シグマ・アルドリッチ)、および/またはジエチレントリアミン(以下、「DETA」と記載する)(シグマ・アルドリッチ)を配合した組成物2~6を調製した。
【0072】
表4.PEG1540/TEGDMEベース組成物の調製
【表4】
【0073】
上記1と同様の手順により、上記組成物を添加した場合のCp値を算出した(添加量:200μLまたは300μL、5重測定)。
【0074】
また、調製後25℃にて1時間経過した上記組成物(1mL)を目視で観察し、凝固が見られるかどうかを確認した。
[判定基準]
凝集を認めない(凝固しない): -
一部に凝集物を認める(部分的に凝固する): ±
凝集を認める(完全に凝固する): +
【0075】
結果を表5に示す。GuSCNを添加した組成物は、常温で凝固しなかった。なお、常温で一週間以上経過した組成物でも結果は同様であった(データは省略)。また、GuSCNとともに、エタノール、ピペラジンおよび/またはDETAを組み合わせて添加することにより、より低いCp値が得られた。これらの結果から、GuSCN、エタノール、ピペラジンおよび/またはDETAを加えることにより、高分子量PEG/TEGDME混合物のRNA抽出効率および安定性をさらに改善できることが示された。
【0076】
表5.PEG1540/TEGDMEベース組成物のCp値および凝固
【表5】
【0077】
<4.高分子量PEG/TEGDME混合物を用いたFFPET試料からのRNA抽出>
標準試料に代えて、がん患者由来のFFPET試料を用いて、高分子量PEG/TEGDME混合物が生体試料からのmiRNA抽出効率をどの程度改善できるかを試験した。
【0078】
大腸がん患者から採取された大腸から調製されたFFPET切片(厚さ5μm)をスライドガラスからマイクロチューブに回収し、800μLのキシレンを加え、室温で5分間インキュベートした。その後、400μLのエタノールを加えて混合し、13000rpmで2分間遠心し、上清を除去した。1000μLのエタノールを加えて再度混合し、13000rpmで2分間遠心し、上清を除去した。その後、High Pure miRNA Isolation Kit(ロシュ・ダイアグノスティックス)に付属の180μLのParaffin Tissue Lysis Bufferおよび70μLのプロテイナーゼK溶液を加え、56℃で30分インキュベート後、90で30分インキュベートした。
【0079】
標準試料に代えて、得られた組織溶解液(150μL)を用いた以外は、上記1と同様の手順により、高分子量PEG/TEGDME混合物を添加してmiRNAを抽出し、miR-21についてのRT-qPCRを実施し、Cp値を算出した(添加量:200μLまたは300μL、5重測定)。
【0080】
結果を表6に示す。いずれの高分子量PEG/TEGDME混合物を用いた場合も、BEを用いた場合と比較して有意にCp値が低下した。この結果から、高分子量PEG/TEGDME混合物がFFPET試料からのmiRNAの抽出効率を顕著に改善できるものであることが示された。
【0081】
表6.FFPET試料から抽出されたRNA中に含まれるmiR-21のCp値
【表6】
【0082】
このように、高分子量PEGとTEGDMEとを含む組成物は、miRNAの抽出効率を顕著に改善できるものであり、miRNAをより正確に定量するために有用であることが示された。
【0083】
<5.高分子量PEG/TEGDME混合物を用いた体液試料からのRNA抽出>
標準試料に代えて、健常者由来の血清試料を用いて、高分子量PEG/TEGDME混合物が体液試料からのmiRNA抽出効率をどの程度改善できるかを試験した。
【0084】
5人の健常者から全血を採取し、3000rpmで10分間遠心し、血清を回収した。得られた血清は、速やかに-80℃で凍結保存した。血清1mLに、20mg/mLに調製したProteinase K,recombinant,PCR Grade(ロシュ・ダイアグノスティックス)を100μL加え、72℃で10分間インキュベートした。その後、13000rpmで5分間遠心し、上清を回収した。
【0085】
標準試料に代えて、得られた上清(150μL)を用いた以外は、上記1と同様の手順により、PEG1540/TEGDME混合物(混合比1:1)を添加してmiRNAを抽出し、miR-21についてのRT-qPCRを実施し、Cp値を算出した(添加量:200μLまたは300μL、5重測定)。
【0086】
結果を表7に示す。一般に、Cp値=35前後がRT-qPCRにおける定量限界とされており、Cp値が35を超えると、Cp値のばらつきが大きくなり、定量精度の信頼性を欠くものとして判断される。ここで、BEを用いた場合には、Cp値が35を大きく超え、かつ、標準偏差も1を超え、定量的な信頼性に乏しい結果しか得られなかった。これに対し、PEG1540/TEGDME混合物を用いた場合には、特に、添加量を300μLとすることにより、Cp値を大きく低下させることができ、かつ、標準偏差も十分に小さく、信頼性のある定量解析結果を得ることができた。
【0087】
miR-21は腫瘍マーカーであり、健常者由来の体液試料には極めて少量しか含まれていないことが知られている。以上の結果から、このような低発現量のmiRNAについても、高分子量PEG/TEGDME混合物を用いることにより、miRNAの抽出効率を顕著に改善でき、RT-qPCRによる信頼性のある定量解析が可能となることが示された。
【0088】
表7.血清試料から抽出されたRNA中に含まれるmiR-21のCp値
【表7】
【配列表】