(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-25
(45)【発行日】2023-06-02
(54)【発明の名称】機械学習による編機の駆動データの処理方法及び処理システム
(51)【国際特許分類】
D04B 35/00 20060101AFI20230526BHJP
G06N 20/00 20190101ALI20230526BHJP
D04B 1/00 20060101ALI20230526BHJP
【FI】
D04B35/00 101
G06N20/00 130
D04B1/00 Z
(21)【出願番号】P 2019112503
(22)【出願日】2019-06-18
【審査請求日】2021-11-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000151221
【氏名又は名称】株式会社島精機製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100086830
【氏名又は名称】塩入 明
(74)【代理人】
【識別番号】100096046
【氏名又は名称】塩入 みか
(72)【発明者】
【氏名】寺井 公一
(72)【発明者】
【氏名】保田 一樹
(72)【発明者】
【氏名】森木 大樹
(72)【発明者】
【氏名】脇村 和宏
【審査官】▲高▼辻 将人
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/034910(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0273383(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D04B 1/00-39/08
G06N20/00-20/20
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
糸の物性値と編機の駆動データを説明変数、編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を目的変数とする、学習済みの機械学習装置を用い、
糸の物性値と編機の駆動データを説明変数として機械学習装置に入力し、
編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を機械学習装置から出力
させ、
前記糸の物性値は、糸幅、糸が破断する際の張力、糸に張力を加えた際の伸び率、糸の摩擦係数、糸の曲げ剛性、及び糸の摩耗強度中の、少なくとも3つの要素を含み、
目的変数は、編成可能な編目サイズの下限あるいは指定された編目サイズでの編成の可否を含み、
機械学習装置は、編目の種類毎に、編目サイズの適正範囲、あるいは指定された編目サイズでの編成の可否を出力する、機械学習による編機の駆動データの処理方法。
【請求項2】
糸の物性値と編機の駆動データを説明変数、編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を目的変数とする、学習済みの機械学習装置を用い、
糸の物性値と編機の駆動データを説明変数として機械学習装置に入力し、
編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を機械学習装置から出力
させ、
前記糸の物性値は、糸幅、糸が破断する際の張力、糸に張力を加えた際の伸び率、糸の摩擦係数、糸の曲げ剛性、及び糸の摩耗強度中の、少なくとも3つの要素を含み、
目的変数は、編成コース毎の、編成速度の適正値、あるいは指定された編成速度での編成の可否である、機械学習による編機の駆動データの処理方法。
【請求項3】
糸の物性値と編機の駆動データを説明変数、編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を目的変数とする、学習済みの機械学習装置を用い、
糸の物性値と編機の駆動データを説明変数として機械学習装置に入力し、
編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を機械学習装置から出力
させ、
前記糸の物性値は、糸幅、糸が破断する際の張力、糸に張力を加えた際の伸び率、糸の摩擦係数、糸の曲げ剛性、及び糸の摩耗強度中の、少なくとも3つの要素を含み、
目的変数は、編成コース毎の、編地の好適な引き下げ条件、あるいは指定された引き下げ条件での編成の可否である、機械学習による編機の駆動データの処理方法。
【請求項4】
編機の駆動データを前処理装置に入力し、前処理装置により編機の駆動データを機械学習装置への入力用の駆動データに変換し、変換した駆動データを機械学習装置に入力することを特徴とする、
請求項1~3のいずれかの機械学習による編機の駆動データの処理方法。
【請求項5】
説明変数は、編機が置かれている環境の温度と湿度での糸の物性値を含むことを特徴とする、
請求項1~4のいずれかの機械学習による編機の駆動データの処理方法。
【請求項6】
説明変数は、編機が置かれている環境の温度と湿度での糸の物性値、及び編機の駆動データから成ることを特徴とする、
請求項5の機械学習による編機の駆動データの処理方法。
【請求項7】
糸の素材の種類を説明変数に含まないことを特徴とする、
請求項1~6のいずれかの機械学習による編機の駆動データの処理方法。
【請求項8】
目的変数が複数あり、目的変数に応じた複数の機械学習装置を用い、
各機械学習装置から、目的変数毎に、編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を出力させることを特徴とする、
請求項1~7のいずれかの機械学習による編機の駆動データの処理方法。
【請求項9】
糸の物性値が、少なくとも、糸幅、糸が破断する際の張力、及び糸に張力を加えた際の伸び率を含むことを特徴とする、
請求項1~8のいずれかの機械学習による編機の駆動データの処理方法。
【請求項10】
糸の物性値は、さらに糸の摩擦係数を含むことを特徴とする、
請求項9の機械学習による編機の駆動データの処理方法。
【請求項11】
機械学習装置から出力させた編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件に基づいて、編機で編地を編成した際の結果を機械学習装置に追加学習させることを特徴とする、
請求項1~10のいずれかの機械学習による編機の駆動データの処理方法。
【請求項12】
糸の物性値と編機の駆動データを説明変数、編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を目的変数とする、学習済みの機械学習装置を用い、
前記糸の物性値は、糸幅、糸が破断する際の張力、糸に張力を加えた際の伸び率、糸の摩擦係数、糸の曲げ剛性、及び糸の摩耗強度中の、少なくとも3つの要素を含み、
目的変数は、編成可能な編目サイズの下限あるいは指定された編目サイズでの編成の可否を含み、
糸の物性値と編機の駆動データを前記機械学習装置に入力すると、
機械学習装置は、編目の種類毎に、編目サイズの適正範囲、あるいは指定された編目サイズでの編成の可否を出力するように構成されている、編機の駆動データの処理システム。
【請求項13】
糸の物性値と編機の駆動データを説明変数、編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を目的変数とする、学習済みの機械学習装置を用い、
前記糸の物性値は、糸幅、糸が破断する際の張力、糸に張力を加えた際の伸び率、糸の摩擦係数、糸の曲げ剛性、及び糸の摩耗強度中の、少なくとも3つの要素を含み、
目的変数は、編成コース毎の、編成速度の適正値、あるいは指定された編成速度での編成の可否であり、
糸の物性値と編機の駆動データを前記機械学習装置に入力すると、編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を出力するように構成されている、編機の駆動データの処理システム。
【請求項14】
糸の物性値と編機の駆動データを説明変数、編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を目的変数とする、学習済みの機械学習装置を用い、
前記糸の物性値は、糸幅、糸が破断する際の張力、糸に張力を加えた際の伸び率、糸の摩擦係数、糸の曲げ剛性、及び糸の摩耗強度中の、少なくとも3つの要素を含み、
目的変数は、編成コース毎の、編地の好適な引き下げ条件、あるいは指定された引き下げ条件での編成の可否であり、
糸の物性値と編機の駆動データを前記機械学習装置に入力すると、編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を出力するように構成されている、編機の駆動データの処理システム。
【請求項15】
糸の物性値が、少なくとも、糸幅、糸が破断する際の張力、及び糸に張力を加えた際の伸び率を含むことを特徴とする、請求項12~14のいずれかの、編機の駆動データの処理システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、横編機等の編機の駆動データを、機械学習により処理することに関する。
【背景技術】
【0002】
編機での編成の可否及び適切な編成条件は、糸の物性値(糸の性質を表すパラメータ)に依存して変化する。例えば同種の糸でも、染色を施すと糸の性質は変化し、一般に染料の量が多いほど、糸は硬く成る。また黒色の染料では、他の色の染料よりも、糸が硬く成ることが多い。糸の性質は温度と湿度により変化し、例えば高湿の環境で問題なく編成できる編地でも、低湿の環境で同じように編成できるとは限らない。このような事情のため、日本で編成する場合と、日本国外で編成する場合とで、同じ編成条件で良いかどうかは、確認してみないと分からない。さらに同種の糸でも、昨年製造したものと、今年製造したものは性質が一致しないことがある。糸の素材の微妙な違い、製造条件の僅かな差、保管期間の差などにより、糸の性質は少しずつ変化する。
【0003】
編地に用いる糸は、素材の変化、紡績技術や染色技術の進化などにより、毎年のように変化する。編地のデザインも、同様に変化する。すると昨シーズンの糸に用いた編成条件を、今シーズンの糸にも適用できるかどうかは不明である。
【0004】
糸の物性には、糸の素材(ウール、綿、化学繊維等の繊維の種類)と、長さ当たりの糸の重さ(番手)、撚数(長さ当たりの糸の撚の数)等が影響すると考えられている。しかしながらこれらの要素から、糸の物性に応じた適切な編成条件を推測することは、難しい。それどころか、素材、番手、撚数などから糸の物性を推測できるかどうか自体も、疑問である。例えば温度と湿度の影響、染色の影響、シーズン毎の糸の物性の違いなどは、糸の素材、番手、撚数では説明しにくい。
【0005】
結局、糸が何らかの意味で変化する毎に、編機上で編地を試編みすることが必要になる。試編みでは目標通りの品質の編地が編成できるかどうかを確認し、試編み時に確認すべきデータは、編目の度目値(編目のサイズ)、編地の編成速度、編成した編地の引き下げ条件、糸に加える張力等、多様である。頻繁に試編みを行うことは非効率である。
【0006】
関連する先行技術を紹介する。特許文献1(WO2009/34910)は、編地の不具合データをコンピュータのテーブルに記憶し、編成データに基づいて編機内の針床とキャリアの動作をシミュレーションし、不具合を検出する。特許文献1では、編成データの不具合を検出できるが、学習はしない。特許文献1では、不具合データはテーブルに書き込まれた固定のデータで、不具合データを自動的に学習することはない。
【0007】
特許文献2(US2017/0273383)は、機械学習あるいは回帰分析により、アパレルパターンを生成することを開示している([0034],[0036])。しかしながら特許文献2は、糸の物性値に応じて、編機の駆動データを最適化することも、編成できるかどうかを判別することも開示していない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】WO2009/34910
【文献】US2017/0273383
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
この発明の課題は、編機で編成できるかどうかを機械学習により判別し、あるいは編機での適切な編成条件を機械学習による求めることにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
この発明の機械学習による編機の駆動データの処理方法では、糸の物性値と編機の駆動データを説明変数、編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を目的変数とする、学習済みの機械学習装置を用い、
糸の物性値と編機の駆動データを説明変数として機械学習装置に入力し、
編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を機械学習装置から出力させる。
【0011】
この発明の編機の駆動データの処理システムでは、糸の物性値と編機の駆動データを説明変数、編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を目的変数とする、学習済みの機械学習装置を用い、
糸の物性値と編機の駆動データを前記機械学習装置に入力すると、編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を出力する。
【0012】
この発明では、編機で編成できるかどうかを機械学習により判別し、あるいは編機での適切な編成条件を機械学習による求めることができる。このため、新しい糸を用いる際の試編みが不要になるか、あるいは試編みの回数を少なくできる。また新しい糸を採用した後実編成までのリードタイムを短縮できる。
【0013】
好ましくは、編機の駆動データを前処理装置に入力し、前処理装置により編機の駆動データを機械学習装置への入力データに変換する。このため機械学習装置が駆動データを必要なデータへ変換する必要が無い。
【0014】
好ましくは、説明変数は、編機が置かれている環境の温度と湿度での糸の物性値を含み、特に好ましくは、前記の温度と湿度での糸の物性値及び編機の駆動データから成る。糸の物性値は温度と湿度に依存する。ここで、編機が置かれている環境の温度と湿度での糸の物性値が、編成時の実際の糸の物性値である。そこでこの物性値を説明変数とすることにより、温度と湿度の影響を極く小さくできる。ここで編機が置かれている環境は、編機が置かれている建屋内の環境、あるいはこれに類似した環境の意味である。
【0015】
好ましくは、糸の素材の種類は説明変数に含まれない。糸の素材を説明変数としないと、学習用のデータを糸の素材毎に用意することが不要になる。従って機械学習装置をより速やかに学習させることができる。
【0016】
好ましくは、目的変数が複数あり、目的変数に応じた複数の機械学習装置を用い、各機械学習装置から、目的変数毎に編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件を出力させる。目的変数となる編機の編成条件は、編成速度、引き下げ条件、編目サイズ、糸に加える張力等、多様である。これらを全部を1個の機械学習装置で扱うことは難しい。目的変数に応じた機械学習装置を設けて学習させると、必要な編成条件を簡単に処理できる。
【0017】
好ましくは、糸の物性値は、少なくとも、糸幅、糸が破断する際の張力、及び糸に張力を加えた際の伸び率を含む。より好ましくは、糸の物性値は、上記の他に、糸の摩擦係数を含む。発明者は、糸幅、糸が破断する際の張力、及び糸に張力を加えた際の伸び率、及び糸の摩擦係数により、糸の物性の違いを説明できることを確認した。そしてこれらの中でも、糸幅、糸が破断する際の張力、及び糸に張力を加えた際の伸び率が主要な因子である。
【0018】
好ましくは、機械学習装置から出力させた編機での編成の可否あるいは実行可能な編成条件に基づいて、編機で編地を編成した際の結果を、機械学習装置に追加学習させる。機械学習装置の出力に対する編成結果を追加学習させると、機械学習装置の学習を深めることができる。
【0019】
好ましくは、目的変数は、編成可能な編目サイズの下限、あるいは指定された編目サイズでの編成の可否を含んでいる。そして機械学習装置は、編目の種類毎に、編目サイズの適正範囲、あるいは指定された編目サイズでの編成の可否を出力する。編成できる編目サイズの下限は、糸の物性値と編目の種類(編地の構造)に依存して定まると考えられる。このため編成可能な編目サイズの下限を機械学習により求めると、糸が変わる毎に試編みを繰り返して下限を求める必要がない。なお発明者の経験では、編目サイズの上限は度目カムなど編機の機構上の制約により定まり、機械学習により求める対象には成らなかった。仮に編目サイズの上限が、編機の機構ではなく、糸の物性値と編目の種類等により定まる場合、編目サイズの上限も機械学習の対象にできる。
【0020】
好ましくは、目的変数は、編成コース毎の、編成速度の適正値、あるいは指定された編成速度での編成の可否である。編成速度を増すと編地の生産性が増すが、同時に、糸が切れる、編目サイズが乱れる等の不具合も生じやすくなる。そこで適切な編成速度等を機械学習により求めることができると、効率的に所望品質の編地を編成できる。
【0021】
好ましくは、目的変数は、編成コース毎の、編地の好適な引き下げ条件、あるいは指定された引き下げ条件での編成の可否である。例えば引き返し編みでは、何コースも前に編成された編目が針床に保持されたままになるので、編地を適切に引き下げることが難しい。またひねり目は針からノックオーバーしにくい。伏目により編目を針床から外すと、針床に保持されていない編目列を引き下げることになる。そこで適切な引き下げ条件を機械学習により求めることができると、試編みを繰り返して適切な引き下げ条件を求める必要がない。
【0022】
なお機械学習装置で処理する目的変数の種類は任意である。機械学習装置の種類は任意であるが、教師データを用いるものが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図2】実施例の機械学習システムを組み込んだ横編機のブロック図
【
図3】実施例の機械学習システムの他の使用環境を示す図
【
図6】糸の破断強度と伸長率の測定方法を模式的に示す図
【
図7】編成可能な編目サイズの下限を求める、重回帰分析装置のブロック図
【
図8】適正編成速度を求めるための、重回帰分析装置のブロック図
【
図9】編地の引き下げ条件を求めるための、ニューラルネットのブロック図
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に、発明を実施するための最適実施例を示す。
【実施例】
【0025】
図1~
図11に、実施例とその変形を示す。
図1は機械学習システム2を示す。
図1において、前処理装置4は、糸の物性値、編機の駆動データ等の入力から、個別の機械学習装置6に必要なものを抽出し、あるいはこれらの入力中の要素を組み合わせ、個別の機械学習装置6に説明変数として入力する。機械学習装置6は学習済みで、編成可能な編目サイズの範囲、編成速度の好適値、適切な引き下げ条件など、編成に関する事項に応じて、複数設けることが好ましい。1つの機械学習装置により全ての事項を処理するよりも、事項毎に処理する方が簡単である。なお前処理装置4,機械学習装置6は、ハードウェア的に独立して存在する必要はなく、例えば1台のコンピュータ上で、ソフトウェア的に実現されても良く、また複数のコンピュータ上に分散して実現されても良い。
【0026】
機械学習装置6は、例えば重回帰分析装置あるいは判別分析装置等の多変量解析装置、ニューラルネット、説明変数を位相空間の点と見なした際の近傍の教師データから判別するk近傍法の機械学習装置などである。機械学習装置6の種類は任意である。
【0027】
糸の物性値(単に「糸の物性」ということもある)は、糸幅、糸が破断する際の張力(破断張力)、糸に張力を加えた際の伸び率、及び糸の摩擦係数を含むことが好ましく、少なくとも糸幅、破断張力、伸び率を含むことが好ましい。伸び率は糸が破断する前に求めた伸び率でも、あるいは張力を加えない状態から糸が破断するまでの伸び率でも良い。
【0028】
これらの他に、糸の曲げ剛性、摩耗強度、糸の撚数などを糸の物性値に含めても良い。しかしながら発明者の経験によれば、曲げ剛性及び摩耗強度は独立した変数というよりも、糸幅、破断張力、伸び率、摩擦係数と相関関係を持つ従属変数と見なすことができる。また糸の撚数が、編成の可否あるいは編成条件の好適値に影響することは少ない。従って糸の曲げ剛性、摩耗強度、撚数は説明変数に含めても含めなくても良い。
【0029】
糸の物性値は温度と湿度により変化する。これに対する考え方の1つは、基準となる温度と湿度での物性値を用い、編成を行う環境での温度と湿度が基準となる温度と湿度から異なると、補正を加えることである。しかしながら編成を行う環境の温度と湿度での物性値を用いれば、このような補正は不要である。また標準的な環境での糸の物性値よりも、実際に編成する環境での物性値が重要なので、実際に編成する環境の温度と湿度での物性値を説明変数とすることが好ましい。実際に編成する環境とは、例えば編機の置かれた建屋内の環境などのことである。
【0030】
糸の物性を把握するため、従来から糸の素材と番手が用いられてきた。素材を説明変数とすると、編成の可否や好適な編成条件をより的確に予測できる場合もあるが、多くの場合、素材を説明変数としなくても、編成の可否や好適な編成条件を予測できる。従って素材は説明変数に含めなくても良い。また素材を説明変数に含めると、より多くのデータを学習する必要がある。例えば素材を綿、ウール、化学繊維の3種類に分類すると、学習に必要なデータは約3倍になる。
【0031】
編機の駆動データは編機の動作に関係するデータのことである。前処理装置4に、編成データ、編成速度(キャリッジが編地を編成する速度)、給糸時の張力など、編機の駆動データを広い範囲で入力する。前処理装置4は、個々の機械学習装置6に必要なデータを抽出し、あるいは入力データを組み合わせて必要なデータを生成する。
【0032】
目的変数は、編成の可否、好適な編成条件、編成可能な範囲の上限あるいは下限などである。編成の可否、好適な編成条件などは、編機の種類に依存する。このため、機械学習システム2は特定の種類の編機を前提とするか、あるいは編機の種類毎に学習する。なお同じ説明変数に対して、編成の可否、編成条件の好適値などが同じと考えられる編機は、同種の編機である。また編機は横編機を例に説明するが、例えば丸編機でも良い。
【0033】
目的変数として、実施例では編成可能な編目サイズの下限、好適な編成速度、好適な引き下げ条件を対象とし、これらの値を機械学習により求める。これらの他に、給糸システムから糸に加える張力の好適値、入力した編成データにより所望品質の編地を編成できるかの判別などを行っても良い。
【0034】
図2は、コントローラ20内に機械学習システム2を組み込んだ横編機10を示す。横編機10は針床11を複数備え、その内少なくとも1個の針床11はラッキング装置12によりラッキング可能である。キャリッジ13により針床11の針を操作するとと共に、給糸システム14のキャリアを連行する。即ちラッキング装置12により複数の針床11を相対的に移動させ、キャリッジ13により針を操作し、キャリアから針へ給糸することにより、編地を編成する。給糸システム14は、糸のコーン、天バネ装置、天バネ装置から糸を送り出す糸送り装置、糸に所要の張力を加えるサイドテンション装置、などから成る。編成した編地は、針床11の下部の引き下げ装置14により引き下げる。実施例では、引き下げ装置14は、図示しない引き下げローラと編地を引き下げる複数の引き下げ爪とから成る。
【0035】
コントローラ20は横編機10を制御し、I/O22から編成データ等の駆動データを入力され、機械学習システム2により編成の可否あるいは好適な編成条件などを求める。コントローラ20は、機械学習システム2が求めた編成の可否あるいは好適な編成条件などを、ディスプレイ23に表示し、あるいはI/O22から作業者の端末に出力する。複数台の横編機10が存在する場合、全ての横編機10のコントローラ20に機械学習システム2を設ける必要はなく、一部の横編機のコントローラ20にのみ機械学習システム2を設けても良い。
【0036】
図3では、機械学習システム2は編機10と独立して単独で存在し、あるいは図示しないサーバに組み込まれている。機械学習システム2は、I/O32とネットワークを介し、横編機10あるいはニットデザインに関するデザイン装置34と接続され、横編機10あるいはデザイン装置34から説明変数を入力され、編成の可否、好適な編成条件などを返信する。機械学習システム2をデザイン装置34内に設けても良い。
【0037】
機械学習システム2は、自らの出力に対し、編成できたかどうか、編成条件が好適であったかどうかなどの編成結果を、教師データとして入力される。これによって機械学習システム2は学習を進める。
【0038】
図4~
図6に、糸の物性値の測定方法を説明する。なお測定方法は任意で、測定する項目も任意である。
図4は摩擦係数の測定を示し、糸40の両端をクランプ43により固定し、針45a~45cの両側で、糸40に加わる張力を張力センサ44a、44bにより測定する。また例えば右側のクランプ43を移動させ、糸40に張力を加える。針45a~45cは例えば編成に用いる針で、糸40と針45a~45c間の摩擦係数を測定する。なお42はローラで、碍子などでも良い。ここで、針45a~45cとの摩擦のため、張力センサ44a,44bの出力に差が生じる。これが摩擦力で、摩擦力を張力センサ44aにより測定した張力で割ったものを、摩擦係数とする。
【0039】
図5は糸幅の測定を示し、糸40は一般にコア48と毛羽49とから成る。焦点をずらして糸40を撮影すると、毛羽49は消え、コア48のみが残る。そしてコア48の直径を糸幅とする。
【0040】
図6は、糸40の破断強度と伸び率の測定を示す。糸40に加わる張力をロードセル41で監視しながら、クランプ43を図の右側へ移動させる。そして糸40が破断する直前の張力をロードセル41から、伸び率をクランプ43の移動量から求める。
【0041】
図7~
図9は個別の機械学習装置を模式的に示す。なお
図7~
図9は機械学習装置のハードウェアではなく、機能上のブロックを示している。
図7では重回帰分析装置60を用い、編成可能な編目サイズの下限を求める。入力部62は、糸の物性値の入力部62a、編目サイズと編成組織(編目の種類等で定まる編地の組織)の入力部62b、及び目的変数の入力部(教師データの入力部)62cを備え、入力部62cから編成の可否を入力する。処理装置64は、個々の説明変数(糸の物性値及び編成組織)に対する、目的変数(編成の可否)への回帰係数を求め、学習結果の回帰係数をメモリ66に記憶する。
【0042】
未学習の糸に対し、その物性値と編成組織及び編目サイズを入力すると、演算部68はメモリ66の回帰係数を用い、編成の可否あるいは編成可能な編目サイズの下限などを出力する。従って例えば試編み無しで、編成可能な編目サイズの範囲を編成組織毎に求めることができる。なお直ちに明らかなように、重回帰分析の代わりに判別分析を用いても良く、機械学習装置の種類は任意である。
【0043】
図8では、重回帰分析装置70により、編成速度の適正値を求める。入力部72は糸物性の入力部72a、編成条件の入力部72b、及び目的変数の入力部72cを備えている。糸の物性値として、糸幅、糸が破断する際の張力、糸が破断するまでの伸び率、糸の摩擦係数、及び糸の摩耗強度を入力する。ただし、摩耗強度は破断力、糸幅、摩擦係数で説明できるので、糸幅、破断する際の張力、伸び率、摩擦係数の4因子を入力しても良い。また糸の素材の種類は、発明者の経験では編成速度の上限との相関が見られなかったので、説明変数に含める必要はない。
【0044】
発明者の経験によると、駆動データとして意味が有るのは、編地組織を定義する編成データ(柄データ)に関係する因子と、編成時の編機の調整(調整データ)に関係する因子の2種類である。編成データ中で重要なデータは、引き返し編成に伴うタック目の数、減らしに伴う重ね目の数、割り増やし目の数、目移しの回数、伏目の編成中、糸始末の編成中、捨て編み無し、あるいは抜糸編成後の編出し中、V首や伏目の開始部での編目の交差、編地の回し込み、編地の払い、分割目移しが必要な編成、などである。これらの因子は編地組織の編成自体を難しくし、編成速度を落とすべき因子である。
【0045】
調整データに関係する因子には、度目あるいは編目のサイズ、裾リブの編成、糸入れ/糸出しによるキャリアの移動、編成組織の切り替わり、編幅が小さいことなどがある。これらの因子がある場合に、高品質の編地を編成できるかどうかには、編機の機構や調整の影響が大きく、これらの因子に応じて編成速度を調整することが好ましい。
【0046】
発見者の経験によれば、各因子は糸の物性値と相関があるものが多い。このため、編成速度を落としたり調整したりするべきかの、タック目、重ね目、割り増やし目などの目数や、目移しの回数、及びその他の因子へのしきい値は、例えば重回帰分析により、糸の物性値に応じて求めることができる。
【0047】
入力部72cから、適正に編成できた、編地組織に乱れがあった、編成が困難であったなどを、教師データとして入力する。処理装置64は、説明変数から目的変数への回帰係数を求め、メモリ66に記憶する。
【0048】
例えば新しい糸を用いて、編地を編成する場合、糸の物性値の他に、編成データを前処理装置4に入力し、入力部72bに必要なデータを抽出する。そして演算部68により、適切な編成速度を重回帰分析により例えばコース毎に求める。すると所望品質の編地を効率的に編成できる。
【0049】
図9は、ニューラルネット80により編地の引き下げ条件を求める例を示す。ニューラルネット80は入力層82と中間層84及び出力層86を備え、中間層84は例えば1層であるが複数層でも良い。入力層82aへは糸の物性値を入力し、実施例では糸幅、破断力、破断に到るまでの伸び率を入力する。入力層82bへは、編幅と、ひねり目の有無、編地の回し込みの有無、伏目の有無を入力する。この他に、編目の保持期間(編目を針床に保持するコース数)を入力し、例えば保持期間の最大値と最小値を入力するが、保持期間の平均値と分散等でも良い。実施例では、前編地と後編地を備える編地を想定するので、保持期間は前編地と後編地毎に考える。また実施例では、保持期間を1コース前、4コース前、1コース後、4コース後との差分として入力するが、例えば4コース前から4コース後までの保持期間自体を入力しても良い。これらのデータは、例えば編成データから前処理装置4により抽出する。
【0050】
教師データは、糸の物性値と、編機の駆動データ、及び好適な引き下げ条件の設定値である。これらの内で、糸の物性値と編機の駆動データが説明変数、引き下げ条件が目的変数である。好適な引き下げ条件は、編地を実際に適切に編成できた場合の、編機の駆動データから採取できる。実施例では、編地全体を引き下げローラと引き下げ爪によりほぼ均一に引き下げるので、編地全体での編目の保持期間の分布を考慮する。しかし引き下げ爪を編幅方向位置に応じて制御する場合、編目の保持期間の分布を、編幅方向での位置に応じて複数考慮すればよい。
【0051】
出力層86から、編成のコース毎に、引き下げローラの回転数、引き下げ爪の制御データなどの出力を取り出す。このようにすると、試編みを実質的に不要にしながら、適切な引き下げ条件を求めることができる。
【0052】
機械学習では、以前の編成コースで求めた結果、例えばニューラルネットでの中間層の出力が、以降のコースの処理に必要になることがある。これに対応する変形例を
図10に示し、中間層85の出力の一部を再帰的に中間層85へ入力する。
【0053】
図11はk近傍法による機械学習を模式的に示す。図の○と△は2種類の教師データを表し、編成可能と編成困難などを表しているものとする。またこれらのデータ間の距離が定められているものとする。■の未知のデータに対し、kを例えば5とし、5個の近傍のデータを抽出する。
図12では、3個が○に属し、■との距離も小さいので、多数決により■を○と判別する。教師データが複数のクラスターに上手く分離するような場合、k近傍法のような簡単な機械学習法でも、駆動データの判別ができる。
【0054】
給糸システム14から糸40に加える張力の好適値なども、機械学習システム2により求めることができる。2種類の糸を用い、所望の糸が編地表面に現れるようにプレーティング編成できるかの判別などにも、機械学習システム2を適用できる。即ち糸40の物性値と編機の駆動データと編成結果から学習できる事項であれば、機械学習システム2を適用可能である。
【符号の説明】
【0055】
2 機械学習システム
4 前処理装置
6 機械学習装置
10 横編機
11 針床
12 ラッキング装置
13 キャリッジ
14 給糸システム
15 引き下げ装置
20 コントローラ
22,32 I/O
23 ディスプレイ
34 デザイン装置
40 糸
41 ロードセル
42 ローラ
43 クランプ
44 張力センサ
45 針
48 コア
49 毛羽
50 ダイ
60,70 重回帰分析装置
62,72 入力部
64 処理装置
66 メモリ
68 演算器
80,90 ニューラルネット
82 入力層
84,85 中間層
86 出力層