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特許7285862量子計算のためのイオン鎖の効率的な冷却
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-25
(45)【発行日】2023-06-02
(54)【発明の名称】量子計算のためのイオン鎖の効率的な冷却
(51)【国際特許分類】
   G06N 10/00 20220101AFI20230526BHJP
【FI】
G06N10/00
【請求項の数】 22
(21)【出願番号】P 2020572530
(86)(22)【出願日】2019-06-25
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-11-04
(86)【国際出願番号】 US2019039017
(87)【国際公開番号】W WO2020005963
(87)【国際公開日】2020-01-02
【審査請求日】2022-04-26
(31)【優先権主張番号】62/692,099
(32)【優先日】2018-06-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(31)【優先権主張番号】16/450,779
(32)【優先日】2019-06-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】520132894
【氏名又は名称】イオンキュー インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【弁理士】
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100165157
【弁理士】
【氏名又は名称】芝 哲央
(74)【代理人】
【識別番号】100205659
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 拓也
(74)【代理人】
【識別番号】100126000
【弁理士】
【氏名又は名称】岩池 満
(74)【代理人】
【識別番号】100185269
【弁理士】
【氏名又は名称】小菅 一弘
(72)【発明者】
【氏名】アミニ ジェイソン マディディ
【審査官】児玉 崇晶
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-193778(JP,A)
【文献】占部 伸二 ほか,最近の展望 単一イオンのトラッピング イオンの捕獲とレーザー冷却, 応用物理,第62巻 第9号,社団法人応用物理学会,1993年09月10日,pp.898-901
【文献】H. Rohde、S. T. Gulde、C. F. Roos、P. A. Barton、D. Leibfried、J. Eschner、F. Schmidt-Kaler、R. Blatt,Sympathetic ground-state cooling and coherent manipulation with two-ion crystals,arXiv,2000年09月08日,pp.1-15
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06N 10/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のイオンを有するイオン鎖を冷却するための方法であって、
前記イオン鎖内の各イオンに対して側波帯冷却レーザビームを生成するステップと、
それぞれの前記側波帯冷却レーザビームを使用して、前記イオン鎖内のイオンに関連する2つ以上の運動モードを、前記2つ以上の運動モードのそれぞれが運動基底状態に達するまで、並行冷却するステップと、
前記2つ以上の運動モードが前記運動基底状態に達した後に、前記イオン鎖を使用して、量子計算を実行するステップと、
を含む、方法。
【請求項2】
前記2つ以上の運動モードを並行冷却するステップは、
リポンプレーザビームを使用して、前記イオンを低エネルギー状態にリセットするステップと、
生成された前記側波帯冷却レーザビームとの運動依存レーザ相互作用を実行して、運動量子を前記イオンの前記低エネルギー状態から前記イオンの高エネルギー状態へ伝達するステップと、
前記イオンを再び前記低エネルギー状態にリセットするステップと、
からなるシーケンスをある回数繰り返すことを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記シーケンスを繰り返す前記回数は、前記2つ以上の運動モードの全てが前記運動基底状態に達することを保証する所定の回数である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記リポンプレーザビームを使用して、前記イオンを低エネルギー状態にリセットするステップは、前記イオンの非同期リセットを実行するために、それぞれのリポンプレーザビームを使用して、前記イオンのそれぞれを低エネルギー状態にリセットするステップを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
前記2つ以上の運動モードの数は、前記イオン鎖内のイオンの数に比例する、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記2つ以上の運動モードのそれぞれは、対応する側波帯冷却レーザビームを使用して、側波帯冷却するために、前記イオン鎖内にそれぞれのイオンを有する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記2つ以上の運動モードが、前記イオン鎖に関する縦モードまたは軸モード、前記イオン鎖に関する横モードまたは半径方向モード、あるいはそれらの組合せを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
前記イオン鎖内の前記イオンは、2つ以上の種のイオンを含み、前記種のうちの1つは、共同冷却に使用され、
前記イオン鎖内の前記イオンに関連する前記2つ以上の運動モードの前記並行冷却は、共同冷却に使用される前記種の前記イオンを使用して実行され、
前記量子計算は、前記並行冷却が行われる間に、残りの前記種のうちの1つまたは複数で実行される、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
前記2つ以上の運動モードのうちの少なくとも1つは、2つ以上のイオンおよび前記側波帯冷却レーザビームのうちの2つ以上を使用して、側波帯冷却される、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
複数のイオンを有するイオン鎖を冷却するための量子情報処理(QIP)システムであって、
前記イオン鎖内の各イオンに対して側波帯冷却レーザビームを生成するように構成された1つまたは複数の光源と、
それぞれの前記側波帯冷却レーザビームを使用して前記イオン鎖内の前記イオンに関連する2つ以上の運動モードを、前記2つ以上の運動モードのそれぞれが運動基底状態に達するまで、並行冷却するように構成されたビームコントローラと、
前記2つ以上の運動モードが前記運動基底状態に達した後に、前記イオン鎖を使用して、量子計算を実行するように構成されたアルゴリズム部品と、
を含む、QIPシステム。
【請求項11】
前記ビームコントローラは、前記2つ以上の運動モードを並行冷却するように構成され、さらに、
リポンプレーザビームを使用して、前記イオンを低エネルギー状態にリセットするステップと、
生成された前記側波帯冷却レーザビームとの運動依存レーザ相互作用を実行して、運動量子を前記イオンの前記低エネルギー状態から前記イオンの高エネルギー状態へ伝達するステップと、
前記イオンを再び前記低エネルギー状態にリセットするステップと、
からなるシーケンスをある回数繰り返すように構成される、請求項10に記載のQIPシステム。
【請求項12】
前記シーケンスを繰り返す前記回数は、前記2つ以上の運動モードの全てが前記運動基底状態に達することを保証する所定の回数である、請求項11に記載のQIPシステム。
【請求項13】
前記リポンプレーザビームを使用して、前記イオンを低エネルギー状態にリセットするステップは、前記イオンの非同期リセットを実行するために、それぞれのリポンプレーザビームを使用して、前記イオンのそれぞれを低エネルギー状態にリセットするステップを含む、請求項11に記載のQIPシステム。
【請求項14】
前記2つ以上の運動モードの数は、前記イオン鎖内のイオンの数に比例する、請求項10に記載のQIPシステム。
【請求項15】
前記2つ以上の運動モードのそれぞれは、対応する側波帯冷却レーザビームを使用して、側波帯冷却するために、前記イオン鎖内にそれぞれのイオンを有する、請求項10に記載のQIPシステム。
【請求項16】
前記2つ以上の運動モードが、前記イオン鎖に関する縦モードまたは軸モード、前記イオン鎖に関する横モードまたは半径方向モード、あるいはそれらの組合せを含む、請求項10に記載のQIPシステム。
【請求項17】
前記イオン鎖内の前記イオンは、2つ以上の種のイオンを含み、前記種のうちの1つは、共同冷却に使用され、
前記ビームコントローラは、共同冷却に使用される前記種の前記イオンを使用することによって、前記イオン鎖内の前記イオンに関連する前記2つ以上の運動モードを並行冷却するように構成され、
前記アルゴリズム部品は、前記並行冷却が行われる間に、残りの前記種のうちの1つまたは複数を用いて、前記量子計算を実行するように構成される、
請求項10に記載のQIPシステム。
【請求項18】
前記2つ以上の運動モードのうちの少なくとも1つは、2つ以上のイオンおよび前記側波帯冷却レーザビームのうちの2つ以上を使用して側波帯冷却される、請求項10に記載のQIPシステム。
【請求項19】
複数のイオンを有するイオン鎖を冷却するための量子情報処理(QIP)装置であって、
前記イオン鎖内の各イオンに対して側波帯冷却レーザビームを生成するための手段と、
それぞれの前記側波帯冷却レーザビームを使用して、前記イオン鎖内の前記イオンに関連する2つ以上の運動モードを、前記2つ以上の運動モードのそれぞれが運動基底状態に達するまで、並行冷却するための手段と、
前記2つ以上の運動モードが前記運動基底状態に達した後に、前記イオン鎖を使用して、量子計算を実行するための手段と、
を含む、QIP装置。
【請求項20】
前記イオン鎖内の前記イオンは、2つ以上の種のイオンを含み、前記種のうちの1つは、共同冷却に使用され、
前記イオン鎖内の前記イオンに関連する前記2つ以上の運動モードの前記並行冷却は、共同冷却に使用される前記種の前記イオンを使用して実行され、
前記量子計算は、前記並行冷却が行われる間に、残りの前記種のうちの1つまたは複数で実行される、
請求項19に記載のQIP装置。
【請求項21】
複数のイオンを有するイオン鎖を冷却するために、プロセッサによって実行可能な命令を有するコードを記憶するコンピュータ可読記憶媒体であって、
前記イオン鎖内の各イオンに対して側波帯冷却レーザビームを生成するためのコードと、
それぞれの前記側波帯冷却レーザビームを使用して、前記イオン鎖内の前記イオンに関連する2つ以上の運動モードを、前記2つ以上の運動モードのそれぞれが運動基底状態に達するまで、並行冷却するためのコードと、
前記2つ以上の運動モードが前記運動基底状態に達した後に、前記イオン鎖を使用して、量子計算を実行するためのコードと、
を含む、コンピュータ可読記憶媒体。
【請求項22】
前記イオン鎖内の前記イオンは、2つ以上の種のイオンを含み、前記種のうちの1つは、共同冷却に使用され、
前記イオン鎖内の前記イオンに関連する前記2つ以上の運動モードの前記並行冷却は、共同冷却に使用される前記種の前記イオンを使用して実行され、
前記量子計算は、前記並行冷却が行われる間に、残りの前記種のうちの1つまたは複数で実行される、
請求項21に記載のコンピュータ可読記憶媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
本出願は、2018年6月29日に出願された「量子計算のためのイオン鎖の効率的な冷却」と題する米国仮特許出願第62/692,099号、および2019年6月24日に出願された「量子計算のためのイオン鎖の効率的な冷却」と題する米国特許出願第16/450,779号の優先権および利益を主張し、それらの全体が参照により本明細書に明示的に組み込まれる。
【0002】
本開示の態様は、一般に、量子システムに関し、より具体的には、量子計算における原子量子ビット(キュービット)に使用されるイオン鎖の効率的な冷却に関する。
【背景技術】
【0003】
トラップされた原子は、量子情報処理の主要な実装の1つである。原子ベースの量子ビットは、量子メモリとして、量子コンピュータやシミュレータの量子ゲートとして使用でき、量子通信ネットワークのノードとして機能することができる。
【0004】
大規模な量子計算を可能にするためには、イオン鎖内の物理量子ビット間で絡み合いゲートを実行することが必要である。そのために、トラップされた原子イオン(キュービット)による量子計算では、イオンの結合動作を利用して絡み合いゲートを作り出す。初期運動状態はゲート操作に影響を及ぼすため、通常、量子計算の開始時または(共同冷却を使用している場合)中に、イオンは最初に運動基底状態に近い状態に冷却される。冷却される必要がある運動モードの数は、イオンの数に比例する。伝統的に、運動モードは連続的に冷却され、すなわち、次の運動モードは、前の運動モードが冷却された後にのみ冷却される。原子イオンの数が増加すると、これによって総冷却時間が長くなる。
【0005】
冷却プロセスが長くなるにつれて、イオントラップ電極内の電界ゆらぎからの運動モードの加熱は、次いで、冷却プロセスを圧倒し得るノイズを引き起こし得る。したがって、より速い冷却方法を実施することが有利になる。したがって、イオン鎖のより効率的な冷却を可能にする技術が望ましい。
【発明の概要】
【0006】
以下は、そのような態様の基本的な理解を提供するために、1つまたは複数の態様の簡略化された発明の概要を提示する。この発明の概要は、全ての企図された態様の広範な概観ではなく、全ての態様の主要または重要な要素を識別することも、任意または全ての態様の範囲を線引きすることも意図されていない。その目的は、後に提示されるより詳細な説明の前置きとして、1つまたは複数の態様のいくつかの概念を簡略化された形態で提示することである。
【0007】
本開示は、イオンの数とともに実行時間内に成長しない、結合した運動基底状態の近くまでイオンの鎖を冷却するための技術を記載する。各イオンを個別にアドレス指定し、各イオンを使用して異なる運動モードを冷却することによって、複数の運動モードを同時冷却することが可能である。一例では、全運動モードの3分の1を同時に冷却することが可能である。他の例では、異なる数の全運動モードを冷却することができる。
【0008】
本開示の一態様では、複数のイオンを有するイオン鎖を冷却するための方法であって、イオン鎖内の各イオンに対して側波帯冷却レーザビームを生成することを含む方法が記載される。それぞれの側波帯冷却レーザビームを使用して、イオン鎖内のイオンに関連する2つ以上の運動モードを、2つ以上の運動モードのそれぞれが運動基底状態に達するまで、並行冷却するステップと、2つ以上の運動モードが運動基底状態に達した後、イオン鎖を用いて量子計算を行う。
【0009】
本開示の別の態様では、複数のイオンを有するイオン鎖を冷却するための量子情報処理(QIP)システムであって、イオン鎖内の各イオンに対して側波帯冷却レーザビームを生成するように構成された1つまたは複数の光源と、それぞれの側波帯冷却レーザビームを使用して、イオン鎖内のイオンに関連する2つ以上の運動モードを、2つ以上の運動モードのそれぞれが運動基底状態に達するまで、並行冷却するように構成されたビームコントローラと、2つ以上の運動モードが運動基底状態に達した後に、イオン鎖を使用して、量子計算を実行するように構成されたアルゴリズム部品と、を含むQIPシステムが記載される。
【0010】
本開示の別の態様では、複数のイオンを有するイオン鎖を冷却するためのプロセッサによって実行可能な命令を有するコードを記憶するコンピュータ可読記憶媒体であって、イオン鎖内の各イオンに対して側波帯冷却レーザビームを生成するためのコードと、コンピュータ可読記憶媒体が記載される。それぞれの側波帯冷却レーザビームを使用して、イオン鎖内のイオンに関連する2つ以上の運動モードを、2つ以上の運動モードのそれぞれが運動基底状態に達するまで、並行冷却するためのコードと、2つ以上の運動モードが運動基底状態に達した後に、イオン鎖を用いて量子計算を実行するためのコードと、を含むコンピュータ可読記憶媒体が記載される。
【0011】
添付の図面は、いくつかの実施態様のみを示しており、したがって、範囲を限定するものと見なされるべきではない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1A】本開示の態様に従って、線状結晶または格子を形成する原子イオンのトラップを表すダイアグラムを示す。
図1B】本開示の態様に従って、状態を初期化するためのレーザ放射線の照射を示す低減エネルギー準位図の一例を表すダイアグラムである。
図1C】本開示の態様に従って、蛍光を介して量子ビット状態を検出するためのレーザ放射線の照射を示す低減エネルギー準位図の一例を表すダイアグラムである。
図2】順次側波帯冷却プロセスの一例を示すダイアグラムである。
図3】本開示の態様に従って、ポテンシャルに閉じ込められた4つのイオンを有する鎖の一例を示すダイアグラムである。
図4】本開示の態様に従って、N=4の運動モードのセットの分布の一例を示すダイアグラムである。
図5A】本開示の態様に従って、図4のモードのイオン運動振幅のセットの例を示すダイアグラムである。
図5B】本開示の態様に従って、図4のモードのイオン運動振幅のセットの例を示すダイアグラムである。
図6】本開示の態様に従って、側波帯冷却プロセスの並列化または並行性の一例を示すダイアグラムである。
図7】本開示の態様に従うコンピュータ装置の一例を示すダイアグラムである。
図8】本開示の態様に従う方法の一例を示すフロー図である。
図9A】本開示の態様に従う量子情報処理(QIP)システムの一例を示すブロック図である。
図9B】本開示の態様に従う並列化側波帯冷却に関連して使用される光学コントローラの一例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
添付の図面に関連して以下に記載される詳細な説明は、様々な構成の説明として意図されており、本明細書で説明される概念が実施され得る唯一の構成を表すことを意図していない。詳細な説明は、様々な概念の完全な理解を提供する目的で、特定の詳細を含む。しかしながら、これらの概念は、これらの特定の詳細なしに実施されてもよいことは、当業者には明らかであろう。場合によっては、そのような概念を曖昧にすることを避けるために、周知の部品がブロック図の形態で示される。
【0014】
上述のように、トラップされた原子は、量子情報処理を実施するために使用されてもよい。原子ベースの量子ビットは、異なるタイプの装置として使用され得る。これらの装置には、量子メモリと、量子コンピュータおよびシミュレータにおける量子ゲートと、量子通信ネットワークのためのノードが含まれるが、これらに限定されない。トラップ原子イオンに基づく量子ビットは、非常に良好なコヒーレンス特性を有することができ、ほぼ100%の効率で準備して、測定することができ、光場およびマイクロ波場などの適切な外部制御場と、クーロン相互作用を変調することによって、互いに容易に絡み合うことができる。本開示で使用されるように、用語「原子イオン」、「原子」、「イオン化原子」、および「イオン」は、結晶、格子、または同様の配置もしくは構成を形成するために、トラップ内に閉じ込められることになる粒子、または実際に閉じ込められている粒子を記述するために互換的に使用することができる。 本開示は、トラップされた原子イオンの結晶中の運動モードを冷却するための方法またはプロセスおよび機器または装置の形態の技術も説明する。
【0015】
量子情報および計測目的に使用される典型的なイオントラップの幾何学的形状または構造は、線形高周波(RF)パウルトラップ(RFトラップまたは単にパウルトラップとも呼ばれる)であり、ここで、近くの電極層は、イオンの効果的な不均一な高調波閉じ込めにつながる静的および動的電位を保持する。RFパウルトラップは、電場を使用して、荷電粒子を特定の領域、位置、または場所にトラップするタイプ、または閉じ込めるタイプのトラップである。原子イオンがこのようなトラップの中で非常に低温までレーザ冷却されると、原子イオンは量子ビットの静止結晶(例えば、量子ビットの構造化配置)を形成し、クーロン反発力が外部閉じ込め力と釣り合う。十分なトラップ異方性のために、イオンは、閉じ込めの弱い方向に沿って線状結晶を形成することができ、これは、量子情報および計測学におけるアプリケーションに典型的に採用される配置である。
【0016】
本開示は、イオン鎖(例えば、イオンの格子または結晶)を、イオンの数とともに実行時間内に成長しない結合された運動基底状態の近くまで冷却するための技術を説明する。各イオンを個別にアドレス指定し、各イオンを使用して、異なる運動モードを冷却することにより、運動モードを同時に冷却することが可能である。一例では、全運動モードの3分の1を同時に冷却することが可能である。
【0017】
図1Aは、例えば、(真空チャンバ内の電極を使用することによって)線形RFパウルトラップを使用する線状結晶110内の原子イオンのトラップを表す図100を示す。図1Aに示す例では、量子システムの真空チャンバは、N(N≧1)個の原子イッテルビウムイオン(例えば、171Ybイオン)をトラップするための1組の電極を含むことができ、これらのイオンは、線状結晶110内に閉じ込められており、レーザ冷却してほぼ静止させることができる。トラップされる原子イオンの数は、構成可能であり得る。原子は、171Ybの共鳴に同調されたレーザ放射で照射され、原子イオンの蛍光は、カメラ上に画像化される。一例では、原子イオンは、互いに約5マイクロメートル(μm)の距離115だけ分離することができ、これは蛍光によって検証することができる。原子イオンの分離は、外部閉じ込め力とクーロン反発力との間のバランスによって決定される。
【0018】
個々のトラップされた原子イオンの強い蛍光は、運動のレーザ冷却、量子ビット状態の初期化、および効率的な量子ビット読み出しを可能にする強力な閉じた光学遷移のために選択された原子イオン種による光子の効率的な循環に依存する。これらの原子イオンの中で、量子ビットは、2つの安定な電子レベルによって表すことができ、多くの場合、2つの状態│↑>と│↓>、あるいは等価的に│1>と│0>を有する実効スピンによって特徴づけられる。図1Bおよび図1Cは、原子イオン171Ybについての低減されたエネルギー準位図120および150をそれぞれ示す。ここで、量子ビット準位│↑>と│↓>130は、基底電子状態における安定な超微細準位によって表され、周波数ω/2π=12.642812GHzだけ分離される。171Yb中の励起電子状態│e>および│e’>140は、それ自体、より小さな超微細結合によって分割され、369.53nmの光波長に対応するエネルギーを有する光間隔によって基底状態から分離される。
【0019】
これらの光学遷移の共鳴のすぐ下で同調されたレーザ放射によって、ドップラーレーザ冷却が、トラップの底部近くに原子イオンを閉じ込めることが可能になる。本開示で論じられるように、他のより洗練された形態のレーザ冷却は、原子イオンをトラップ内でほぼ静止させることができる。
【0020】
│↑>⇔│e>遷移と│↓>⇔│e’>遷移との両方で共鳴するバイクロマチックレーザビーム(例えば、光変調から生じる側波帯によって生成される2つのトーンを有するビーム)は、原子に照射されると、急速に状態│↓>に落ち込み、光場と相互作用しなくなり、本質的に100%の忠実度を有する量子ビットの初期化が可能になる(例えば、図1B参照)。
【0021】
│↑>⇔│e>遷移と共鳴する単一のレーザビームが照射されると、閉じた循環する光学遷移によって、│↑>状態のイオンは強く蛍光を発するが、その一方で、│↓>状態のイオンは、レーザ周波数がその共鳴から遠く離れているために、暗いままで留まる(例えば、図1C参照)。この蛍光のごく一部を収集することだけでも、ほぼ完全な効率または精度で原子量子ビット状態を検出することが可能になる。他の原子種も同様の初期化/検出スキームを有することができる。
【0022】
図1Bおよび図1Cでは、励起電子状態│e>および│e’>140からの全ての許容される遷移が、下向きの波状矢印として示されている一方、照射されたレーザ放射(上向き直線矢印として示されている)は、これらの遷移を駆動して、図1Bに示されているように状態│↓>に初期化し、図1Cに示されているように量子ビット状態の蛍光(│↑>=蛍光あり、│↓>=蛍光なし)を検出する。
【0023】
ドップラーレーザ冷却に加えて、イオンの側波帯冷却のプロセスも使用される。このプロセスでは、レーザビームまたはレーザビームの組合せを使用して、トラップされたイオンの集団の量子化された集団運動から単一または複数の運動量子を除去する。図2は、側波帯冷却のために現在使用されている逐次的技術を記述するダイアグラム200を示す。側波帯冷却は、図2のダイアグラム200に示すように、以下のステップで進行する。(1)「リポンプ」レーザビーム(例えば、210参照)を使用して、イオンを低エネルギー状態にリセットする。(2)運動依存レーザ相互作用が、1つの運動量子を状態変化させて、下部内部エネルギー状態から上部内部エネルギー状態に伝達する(例えば、220参照)。(3)イオンを、再びリセットする。(4)大部分または全部のエネルギー量子を除去するまで、(2)から繰り返す。
【0024】
ステップ(2)のタイミングは、量子除去の速度を最大にするために、ステップ(4)に示された繰り返しにわたって変化する。タイミングは、また、冷却されている特定の運動状態に対して変化し得る。原子/イオン上の高品質な量子操作を可能にするのに十分な運動量子を除去するには、数十回から数百回(またはそれ以上)の繰り返しが必要になり得る。イオン鎖について、このプロセスは、通常、集合的な運動モードのそれぞれについて、繰り返され得る。
【0025】
図2の例では、2つの運動モード(例えば、運動モード1(210a)および運動モード2(210b))が、「リポンプ」レーザビーム操作210に関連して示されているが、追加の運動モードも、最初の2つの運動モードを冷却した後に冷却することができる。また、図2に示されているのは、運動伝達操作220であり、この操作で、上述のステップ(2)で説明したように、運動依存レーザ相互作用が、1つの運動量子を状態変化させて、下部内部エネルギー状態から上部内部エネルギー状態に伝達する。その後の各伝達は、特定の運動モードが最終的にその運動基底状態に達し、次の運動モードを側波帯冷却することができるまで、より長い時間を要することが示されている。
【0026】
上述の逐次(例えば、連続的または直列的)側波帯冷却とは対照的に、本開示は、複数のモード上での同時または並行(例えば、並列)モード冷却を記載しており、これは、全てのモードを冷却するために必要な時間を大幅に減少させることができる。例示の目的で、この並行または同時プロセスを、4つのイオンを有する例を用いて説明する。しかしながら、この技法は、共通のトラップウェル、または別個のトラップウェル、またはその2つの組合せにトラップされた任意の数のイオンに適用することができる。
【0027】
図3は、4つのイオンがポテンシャルに(例えば、パウルトラップ内で)完全に閉じ込められたダイアグラム300を示す。N個のイオンについては、3×N個の組み合わされた運動モードがあり、通常、N個のモードの3つの別個のグループを形成する。この例では、N個のモードのグループのうちの1つが使用される。しかしながら、この方法は、側波帯冷却レーザビーム(例えば、アドレス指定ビーム310a、310b、310c、および310d)に結合する任意のN個のモードに対処することができる。2つ以上のイオンからなる鎖については、N≧2である。
【0028】
図4は、N=4個のモードについて、N個の運動モード周波数のセットの分布の一例を有するダイアグラム400を示す。運動モードは、イオン鎖に関する1つまたは複数の縦モードまたは軸モード、イオン鎖に関する1つまたは複数の横モードまたは半径方向モード、あるいはそれらの組合せを含むことができる。
【0029】
図5Aおよび図5Bは、N=4個のモードのそれぞれについて、イオン運動振幅の例示的なセットを説明するダイアグラム500、510、520、および530を示す。ダイアグラム500において、周波数f1に関連する図4からの運動モード1(モード1)は、4イオン鎖内の第二のイオン(イオン2:斜線付き)によってアドレス指定される。ダイアグラム510において、周波数f2に関連する図4からの運動モード2(モード2)は、4イオン鎖内の第三のイオン(イオン3:斜線付き)によってアドレス指定される。ダイアグラム520において、周波数f3に関連する図4からの運動モード3(モード3)は、4イオン鎖内の第四のイオン(イオン4:斜線付き)によってアドレス指定される。ダイアグラム530において、周波数f4に関連する図4からの運動モード4(モード4)は、4イオン鎖内の第一のイオン(イオン1:斜線付き)によってアドレス指定される。
【0030】
図3に示すように、各イオンは、側波帯冷却レーザ(またはレーザの組合せ)によって、別々にアドレス指定される。各アドレス指定ビーム(例えば、アドレス指定ビーム1(310a)、2(310b)、3(310c)、および4(310d))は、図4とは異なる運動モードと相互作用するように同調される。最適な冷却のために、各ビームがアドレス指定するイオンは、運動モードにおいて大きな振幅を持たねばならない。そのビームが同調される図5Aおよび図5Bを参照されたい。
【0031】
各ビームは、鎖内の特定のイオンと特定のモードの両方で局在化するので、運動量子をイオンの内部状態に伝達するステップ(2)のプロセスは、各ビームについて、ほぼ独立しており、同時に、または並行して、生じる可能性がある。リセットするステップ(1)および(3)は、全てのイオン間で同じであり、共通である。図2からの運動状態の逐次的アドレス指定は、ここでは、図6のダイアグラム600に示すように、これらの状態の並列冷却によって置き換えられる。この並列化によって、イオン鎖を冷却するのに必要な時間がN分の1に短縮される。
【0032】
上述の同時または並行側波帯冷却のための一般的な技法に加えて、別個のレーザビームでイオンを個別にアドレス指定する能力に基づいて、他の態様を実施することもできる。例えば、第一の態様では、鎖内のイオンは、2つ以上の種または同位体(例えば、1つのタイプのイオンは171Ybであり、別のタイプのイオンは171Ybとは異なり、共同冷却に使用される)であってもよい。これによって、量子操作の間に(量子操作を実行する前に、側波帯冷却が完了するまで待つのとは対照的に)、共同冷却することが可能になる。別の態様では、単一運動モードは、2つ以上のイオンおよび2つ以上のレーザビームによってアドレス指定されてもよい。この場合の冷却パルスは、逐次的に印加されてもよく、リポンプを適用する前に、2つ以上の量子を複数のイオンに伝達する。さらに別の態様では、リポンプビームは、各イオン上の側波帯冷却を、全てのイオンにわたってリポンプパルスを整列させる必要なしに、非同期に実行できるように、個別にアドレス指定することができる。
【0033】
鎖内のイオンを個別にアドレス指定することによるって、複数の運動モードを同時または並行側波帯冷却するための技法に関連する追加の詳細およびコンテキストについて、以下で説明する。
【0034】
鎖(例えば、イオン結晶またはイオン格子)内のイオンを運動の基底状態(運動基底状態)に冷却することは、任意の量子操作または計算のための開始ステップの1つである。これは、一般に、種々のレーザ相互作用を介して行われる。課題の1つは、イオンの数(例えば、量子ビットの数)が増加するにつれて、イオンを冷却するために考慮する必要のある自由度の数が増えることである。したがって、イオンの数が増加するにつれて、イオンを冷却するのに要する時間も長くなり、その結果、量子操作または計算を実行するよりも多くの時間がイオンを冷却するのに費やされるという不都合な条件をもたらす可能性がある。さらに、イオントラップ(例えば、パウルトラップ)は、最終的にイオンを加熱することになり、イオンに対して実行される冷却に対抗する。
【0035】
本明細書で説明する量子情報処理(QIP)システムは、鎖内の各イオンを個別にアドレス指定することができるので、これらの機能を使用して、セット内の運動モードの全て(または可能な運動モードの少なくとも3分の1)の冷却を並列化することが可能である。このように、各イオンが大部分独立しているので、各イオンに異なる運動モードを同時に、または並行してアドレス指定することが可能である。したがって、量子を除去する繰り返しプロセスは、全ての運動モードについて運動基底状態に達するまで、全てのN個のモードについて同時に実行することができる。
【0036】
運動モードとは、通常の運動モードを指すことができる。例えば、鎖内のイオンは、ばねの鎖上の重りのように振る舞うことができ(例えば、振動子を結合する)、それらの運動は、1組の振動周波数によって表すことができる。したがって、運動モードは、異なる振動周波数に対応し得る。通常の運動モードは、非干渉自由度を表すことがあり、一つのモードを励起させても、必ずしもその他のモードを励起させないことが可能であり得る。この非干渉であることにより、一つの通常モードが高温になり(例えば、励起され)、別の通常モードが低温になる(例えば、励起されない)こともあり得る。したがって、量子操作または計算のためにイオン鎖を準備するのに、別個または非干渉の通常の運動モード(例えば、運動モード)を冷却することが必要な場合がある。
【0037】
イオンを側波帯冷却するための以前の技術は、上述のような逐次冷却に依存していた。すなわち、第一の運動モードが冷却され、次に第二の運動モードが冷却され、次に第三の運動モードが冷却され、全ての運動モードが冷却されるまで続く。これらの技法には、いくつかの問題がある。第一は、このプロセスが完了するのに長い時間を要することであり、第二は、このプロセスが完了する前に、以前のモードが加熱し始めることである。したがって、この逐次アプローチは、特に、量子計算および操作に必要とされるイオンの数が増加するにつれて、スケーラブルではない。
【0038】
上述の逐次冷却に関連する問題は、本明細書に記載のQIPシステムによってサポートされるイオンの個々のアドレス指定によって克服することができる。イオンの個々のアドレス指定によって、様々な最適化手法も可能になる。例えば、N=3(3つの運動モードまたは通常の運動モード)の場合、各イオンに個別のレーザビームを使用して各イオンの運動を制御できる場合がある。したがって、これは、3つのイオンおよび3つの通常モードの場合である。モードの1つは、中心イオンまたは中央イオンが移動しないようなものでも、あるいは運動に全く寄与しないようなものでもよい。このような場合、中心イオンまたは中央イオンにレーザビームを照射することは、中央イオンが結合されないため非効率的である。この例に基づいて、特定のイオンが特定の運動モード(例えば、この例では末端イオン)により効果的に結合し、特定のイオン(例えば、中心イオンまたは中央イオン)が解放されることは明らかである。したがって、どの1つ(または複数)のイオンが特定の運動モードを冷却するのに最も適しているかを識別し、次いで、そのイオンを通してその運動モードを冷却するために、それぞれの運動モードに関連する周波数で、その特定のイオンにレーザビームを照射または提供することが可能である。上述のように、図4のダイアグラム400は、N=4についての異なる周波数の異なるモードへの対応の例を示し、一方、図5Aおよび図5Bのダイアグラム500、510、520、および530は、異なるイオンが異なるモード/周波数に対してどのように使用され得るかの例を示す。
【0039】
上述のように、冷却は増分的(incremental)であり、一連の繰り返されるステップ(例えば、上記のステップ(1)、(2)、(3)、および(4)参照)において、各ステップで各運動モードから1つのエネルギー量子の除去を必要とする。一般に、鎖内の情報量子ビットは、グランドにセットまたはリセットされ、次いで、レーザビーム(例えば、ゲートレーザ)を使用して伝達が行われる。全てのイオンは、そのそれぞれのゲートレーザによって、同時に、または並行して衝突され、これらのレーザのそれぞれは、特定のモードにアドレス指定するために特定の周波数に同調される(例えば、図3および図4を参照のこと)。各レーザは、1つの量子を内部情報状態に引き込み、次いで、情報が失われるか、または破壊されるように消去されるが、1つの量子が運動から除去される。このプロセスは、ゲートビームまたはゲートレーザをイオンと相互作用させて、運動情報を内部状態に引き上げ、次いで、消去が複数回繰り返される。いくつかの例では、複数のレーザを同じ周波数に同調させて、同じモードに対処し、そのモードから一度に複数の運動量子を除去することができる。
【0040】
同時または並行側波帯冷却中に実行することができる追加の最適化は、ゲートレーザまたはビームがそのそれぞれのイオンと相互作用する時間量が、別のゲートレーザまたはビームがそれ自体のそれぞれのイオンと相互作用する時間量と異なる場合があることである。すなわち、異なる運動モードをアドレス指定するための異なるイオンとの相互作用は、異なる時間量を要することがある。
【0041】
実行され得る別の最適化は、異なる動作モードまたはイオンに対して、異なる時間に消去する(例えば、運動量子を除去する)ことを含む。
【0042】
最適化を必要とし得る他の態様は、特定の運動モードの周波数が非常に接近している場合を含み、これらのモードのそれぞれのビームが互いに接近している場合に、運動モードを個別にアドレス指定することは困難なことがある。一つのアプローチは、近接したモードごとにイオンを選択することであり得、そのイオンがそのモードのみに強く結合し、他のモードには結合しないという基準を用いる。結合強度の変化は、図5Aおよび図5Bのダイアグラムにおける運動振幅によって示される。
【0043】
また、上述したように、典型的には、2つの異なる冷却段階がある。第一に、ドップラー冷却があり、第二に、側波帯冷却がある。ドップラー冷却は、典型的には、運動量子の量を数個の量子にすることができるが、運動基底状態まで完全に下がるわけではない。したがって、ドップラー冷却は運動モードを数個の量子まで下げることになるが、これは第一の冷却段階にとって妥当である。側波帯冷却の場合、残りの運動量子が除去され、運動モードが運動基底状態になる。一般に、ステップまたは繰り返しの回数は、除去プロセスが、動作モードのいずれにおいても運動量子が残っていないことを保証する所定の繰り返し回数の間、実行されるように決定され得る。
【0044】
図2および図6に示すように、量子の数が少なくなるにつれて、次の量子を運動モードから除去するのに長い時間を要する(例えば、長い時間を要すると、パルス幅が広くなる)。これは、部分的には、量子のうちの1つを吸収し、次いで、リセットする量子ビット内の遷移(例えば、システム/モードからエントロピーを得るプロセス)に要する時間のためである。あらゆる追加の運動量子を除去するのに要する時間量が長くなるため、図2および図6の運動伝達レーザビームのパルス幅の変化によって示されるように、各ステップまたは繰り返しに費やされる時間量を制御する必要がある。
【0045】
考慮すべきもう1つの態様および上述の態様は、トラップ電極における制御されない電界変動のため、およびイオンが荷電粒子であるため、イオンはイオントラップ内の電極によって加熱されることになることである。この効果は、加熱速度と呼ばれる。したがって、同時または並行側波帯冷却の利点の1つは、運動モードが再び加熱され始める前に(例えば、加熱速度のために)量子計算または演算を実行するのに十分な時間があるほど効率的かつ高速であることである。全体として、冷却速度が加熱速度よりも速いことが望ましい。
【0046】
指摘すべき1つのことは、全ての運動モードが同じ速度で加熱されるわけではないことである。例えば、共通モード(例えば、同じ方向の運動を伴う)は、ゆっくりと変動する電界(または、モードの空間周波数の長さスケールにわたって一様である傾向のある電界)で励起されやすくなり、一方、差動モード(例えば、異なる方向の運動を伴う)は、励起されるべき迅速に変動する電界(または、モードの空間周波数と比較して高い空間周波数を有する電界)を必要とし得る。したがって、同時または並行側波帯冷却に関連する別の最適化機会は、より速く加熱し、より少ない時間を費やす運動モードを冷却するために、費やす時間とリソース(例えば、レーザービーム)をより増やすことも、加熱が遅い運動モードを冷却するために費やすリソースを減らすことも可能なことである。例えば、より多くのイオンとレーザビームを割り当てて、より速く加熱する運動モードを冷却することが可能である。一例では、冷却する必要の運動モードが1つ残っている場合、2つ以上のイオンおよびレーザビームを割り当てて、その運動モードから任意の残りの運動量子をより迅速に除去することが可能である。
【0047】
本明細書に記載のQIPシステム(例えば、図9Aおよび図9B参照)と、それを並行または同時側波帯冷却に適用することのさらなる利点は、上述のように、量子計算または操作も実行しながら共同冷却を実行する能力である。2つの異なるタイプのイオンまたは同位体を、計算用の少なくとも1つのタイプ(原子種または同位体)と、計算イオンの間に散在するクーラント(冷却またはクーラントイオン)用の少なくとも1つのタイプ(原子種または同位体)がある場合に使用することによって、計算イオンが量子計算または操作を実行するために使用されている間に、近くの計算イオンを冷却するためにクーラントイオンを使用することが可能である。1つの最適化の機会は、クーラントイオン(共同イオン)を配置または位置決めすることであり、そこで、クーラントイオンは、運動モードに寄与し、これらの運動モードの冷却を支援する。
【0048】
同時または並行側波帯冷却を含む効率的な冷却プロセスについて上述した様々な態様は、図2図6の4イオン鎖に関連して説明した関連する例とともに、様々な装置またはシステムによって、方法またはプロセスとして実行することができる。そのような方法、プロセス、装置、またはシステムのさらなる詳細は、図7図9Bに関連して、以下でさらに説明する。
【0049】
ここで、図7を参照すると、本開示の態様による例示的なコンピュータ装置700が示されている。コンピュータ装置700は、例えば、単一の計算装置、複数の計算装置または分散計算システムを表し得る。コンピュータ装置700は、量子コンピュータ(例えば、量子情報処理(QIP)システム)、古典的コンピュータ、または量子および古典的計算機能の組合せとして構成されてもよい。例えば、コンピュータ装置700は、トラップされたイオン技術に基づく量子アルゴリズムを使用して情報を処理するために使用されてもよく、したがって、運動モードの並行または同時側波帯冷却に関与する技術も含め、効率的な冷却のための方法またはプロセスを実装することができる。本明細書で説明される技法を実装することができるQIPシステムとしてのコンピュータ装置700の一般的な例が、図9Aおよび図9Bに表す例に示される。
【0050】
一例では、コンピュータ装置700は、本明細書で説明する特徴のうちの1つまたは複数に関連する処理機能を実行するためのプロセッサ710を含むことができる。例えば、プロセッサ710は、運動モードの並行または同時側波帯冷却の側面を制御、調整、および/または実行するように、また冷却(例えば、共同冷却)が実行されている間の量子計算または動作の側面を制御、調整、および/または実行するように構成され得る。プロセッサ710は、単一または複数のセットのプロセッサまたはマルチコアプロセッサを含んでもよい。さらに、プロセッサ710は、統合処理システムおよび/または分散処理システムとして実装されてもよい。プロセッサ710は、中央処理ユニット(CPU)、量子処理ユニット(QPU)、グラフィックス処理ユニット(GPU)、またはこれらのタイプのプロセッサの組合せを含むことができる。一態様では、プロセッサ710は、コンピュータ装置700の一般的なプロセッサを意味することもでき、これは、さらに特定の機能を実行するために、追加のプロセッサ710を含むこともできる。
【0051】
一例では、コンピュータ装置700は、本明細書に記載する機能を実行するためにプロセッサ710によって実行可能な命令を格納するメモリ720を含んでもよい。一実装では、例えば、メモリ720は、本明細書に記載する1つまたは複数の機能または操作を実行するためのコードまたは命令を格納するコンピュータ可読格納媒体に対応することができる。一例では、メモリ720は、図8に関連して以下で説明する方法800の態様を実行するための命令を含み得る。プロセッサ710と同様に、メモリ720は、コンピュータ装置700の一般的なメモリ720を意味することができ、より具体的な機能のための命令および/またはデータを格納すべく、追加のメモリ720を含むこともできる。
【0052】
さらに、コンピュータ装置700は、本明細書で説明するように、ハードウェア、ソフトウェア、およびサービスを利用して、1人または複数の当事者との通信を確立し、維持することを提供する通信部品730を含むことができる。通信部品730は、コンピュータ装置700上の部品間でも、コンピュータ装置700と、外部装置、例えば、通信網を介して配置された装置および/またはコンピュータ装置700にシリアルまたはローカルに接続された装置との間でも通信を実行することができる。例えば、通信部品730は、1つまたは複数のバスを含むことができ、さらに、外部装置とインタフェースするために操作可能な送信機および受信機にそれぞれ関連する送信チェーン部品および受信チェーン部品を含むことができる。
【0053】
さらに、コンピュータ装置700は、データストア740を含むことができ、データストア740は、本明細書で説明する実装に関連して使用される情報、データベース、およびプログラムの大容量格納を提供するハードウェアおよび/またはソフトウェアの任意の適切な組合せとすることができる。例えば、データストア740は、オペレーティングシステム760(例えば、従来OS、または量子OS)のためのデータリポジトリであってもよい。一実装では、データストア740は、メモリ720を含むことができる。
【0054】
コンピュータ装置700は、また、コンピュータ装置700のユーザから入力を受信するように操作可能であり、さらにユーザに提示するための出力を生成するように、または異なるシステムに(直接的または間接的に)提供するように操作可能なユーザインタフェース部品750を含むことができる。ユーザインタフェース部品750は、1つまたは複数の入力装置を含むことができる。入力装置には、キーボード、ナンバーパッド、マウス、タッチ感応ディスプレイ、デジタイザ、ナビゲーションキー、ファンクションキー、マイクロフォン、音声認識部品、ユーザからの入力を受信することができる任意の他の機構、またはそれらの任意の組合せが含まれるが、これらに限定されない。さらに、ユーザインタフェース部品750は、1つまたは複数の出力装置を含むことができる。出力装置には、ディスプレイ、スピーカ、触覚フィードバック機構、プリンタ、ユーザに出力を提示することができる任意の他の機構、またはそれらの任意の組合せが含まれるが、これらに限定されない。
【0055】
一実装では、ユーザインタフェース部品750は、オペレーティングシステム760の操作に対応するメッセージを送信および/または受信することができる。さらに、プロセッサ710は、オペレーティングシステム760および/またはアプリケーションまたはプログラムを実行することができ、メモリ720またはデータストア740は、それらを格納することができる。
【0056】
コンピュータ装置700がクラウドベースのインフラ解決策の一部として実装される場合、ユーザインタフェース部品750を使用して、クラウドベースのインフラ解決策のユーザがコンピュータ装置700とリモートで対話できるようにすることが可能になる。
【0057】
図8は、本開示の態様に従って、複数のイオンを有するイオン鎖を冷却するための方法800の一例を示すフロー図である。一態様では、方法800は、上述のコンピュータ装置700のようなコンピュータシステムで(例えば、コンピュータシステムの動作の一部として)実行されてもよく、ここで、例えば、方法800の機能を実行または制御するために、プロセッサ710、メモリ720、データストア740、および/またはオペレーティングシステム760が使用されてもよい。同様に、方法800の機能は、QIPシステム900およびその部品(例えば、光学コントローラ920およびそのサブ部品)などのQIPシステムの1つまたは複数の部品によって実行または制御されてもよく、これについては、図9Aおよび図9Bに関連して以下でより詳細に説明する。
【0058】
810において、方法800は、イオン鎖内の各イオンに対して側波帯冷却レーザビームを生成するステップを含む。
【0059】
820において、方法800は、それぞれの側波帯冷却レーザビームを使用して、イオン鎖内のイオンに関連する2つ以上の運動モードを、2つ以上の運動モードのそれぞれが運動基底状態に達するまで、並行して冷却するステップを含む。
【0060】
830において、方法800は、2つ以上の運動モードが運動基底状態に達した後に、イオン鎖を使用して、量子計算を実行するステップを含む。
【0061】
方法800の別の態様では、2つ以上の運動モードを並行して冷却するステップは、リポンプレーザビームを使用して、前記イオンを低エネルギー状態にリセットするステップと、生成された側波帯冷却レーザビームとの運動依存レーザ相互作用を実行して、運動量子をイオンの低エネルギー状態からイオンの高エネルギー状態へ伝達するステップと、イオンを再び低エネルギー状態にリセットするステップと、からなるシーケンスをある回数繰り返すように構成される。シーケンスを繰り返す回数は、2つ以上の運動モードの全てが運動基底状態に達することを保証する所定の回数である。リポンプレーザビームを使用して、イオンを低エネルギー状態にリセットするステップは、イオンの非同期リセットを可能にするために、それぞれのリポンプレーザビームを使用して、イオンのそれぞれを低エネルギー状態にリセットするステップを含むことができる。
【0062】
方法800の別の態様では、2つ以上の運動モードの数は、イオン鎖内のイオンの数に比例する。
【0063】
方法800の別の態様では、2つ以上の運動モードのそれぞれは、対応する側波帯冷却レーザビームを使用して側波帯冷却するために、イオン鎖内にそれぞれのイオンを有する。
【0064】
方法800の別の態様では、2つ以上の運動モードが、イオン鎖に関する縦モードまたは軸モード、イオン鎖に関する横モードまたは半径方向モード、あるいはそれらの組合せを含む。
【0065】
方法800の別の態様では、イオン鎖内のイオンは、2つ以上の種のイオンを含み、種のうちの1つは、共同冷却に使用され、イオン鎖内のイオンに関連する2つ以上の運動モードの並行冷却は、共同冷却に使用される前記種の前記イオンを使用して実行され、量子計算は、並行冷却が行われる間に、残りの種のうちの1つまたは複数で実行される。
【0066】
方法800のさらに別の態様では、2つ以上の運動モードのうちの少なくとも1つは、2つ以上のイオンおよび2つ以上の側波帯冷却レーザビームを使用して側波帯冷却される。
【0067】
図9Aは、本開示の態様に従うQIPシステム900の一例を示すブロック図である。QIPシステム900は、量子計算システム、コンピュータ装置、トラップイオン量子コンピュータなどと呼ばれることもある。一態様では、QIPシステム900は、図7のコンピュータ装置700の量子コンピュータ実装の部分に対応し得る。
【0068】
QIPシステム900は、原子種(例えば、中性原子のフラックス)を、光学コントローラ920(例えば、図9Bを参照)によって一旦イオン化された(例えば、光イオン化された)原子種をトラップするイオントラップ970を有するチャンバ950に提供するソース960を含むことができる。光学コントローラ920内の光源930(例えば、ビームを生成するレーザ)は、1つまたは複数のレーザ光源を含み得る。レーザ光源は、原子種のイオン化、原子イオンの制御(例えば、位相制御)のために、光学コントローラ920内の撮像システム940内で動作する画像処理アルゴリズムによって監視し、追跡することができる原子イオンの蛍光のために、および/またはドップラー冷却および運動モードの並行または同時側波帯冷却を含む、本開示に記載の光冷却機能を実行するために、使用することができる。一態様では、光源930は、光学コントローラ920とは別個に実装され得る。
【0069】
撮像システム940は、イオントラップに提供されている間、またはイオントラップ970に提供された後に、原子イオンを監視するための高分解能撮像装置(例えば、CCDカメラ)を含んでもよい。一態様では、撮像システム940は、光学コントローラ920とは別個に実装することができるが、画像処理アルゴリズムを使用して原子イオンを検出し、識別し、ラベル付けするための蛍光の使用は、光学コントローラ920と調整する必要がある場合もある。
【0070】
QIPシステム900は、また、QIPシステム900の他の部分(図示せず)とともに動作して、単一量子ビット演算または多重量子ビット演算および拡張量子計算を含む量子アルゴリズムまたは量子操作を実行することができるアルゴリズム部品910も含むことができる。そのように、アルゴリズム部品910は、量子アルゴリズムまたは量子操作の実装を可能にするために、QIPシステム900の様々な部品(例えば、光学コントローラ920)に命令を提供してもよい。一例では、アルゴリズム部品910は、並行または同時側波帯冷却に関連して上記で説明したように、側波帯冷却が完了した後、または共同冷却技術が適用されている場合は側波帯冷却中に、量子計算または操作の実行を実行、調整、および/または命令することができる。
【0071】
図9Bは、光学コントローラ920の少なくとも一部分を示す。この例では、光学コントローラ920は、ビームコントローラ921と、光源930と、撮像システム940とを含むことができる。点線によって示すように、光源930と撮像システム940の一方または双方は、光学コントローラ920とは別個であるが、光学コントローラ920と通信するように実装され得る。撮像システム940は、CCD941(または同様の撮像装置またはカメラ)と、画像処理アルゴリズム部品942とを含む。光源930は、変調器925と、複数のレーザ源935a、…、935bとを含み、レーザ源は、(例えば、冷却操作のためのレーザビームまたはゲートビームを生成するために)上述の機能のうちの1つまたは複数のために使用され得る。
【0072】
ビームコントローラ921は、量子論理ゲートに適用されるように、および/または量子ビット間の一般化相互作用に関連して、制御場によって媒介される原子量子ビット上の量子位相をコヒーレントに制御するために、本明細書に記載される種々の態様を実行するように構成される。ビームコントローラ921は、イオン鎖の運動モード(例えば、イオントラップ970内の結晶または格子内のイオン)の冷却の第一段階を実行するためにレーザビームを使用するように構成されたドップラー冷却部品922を含んでもよい。また、ビームコントローラ921は、イオン鎖の運動モードの冷却の第二段階のために、本明細書に記載される種々の態様を実行すべく、並行運動モード冷却部品924を有する側波帯冷却部品923を含んでもよく、冷却の第二段階は、運動モードの並行または同時(例えば、非連続的)冷却を含む。一実装では、ドップラー冷却部品922および側波帯冷却部品923は、同じ部品の一部とすること、および/またはビームコントローラ921とは別個であるが、ビームコントローラ921と通信するように実装することができる。
【0073】
光学コントローラ920の様々な部品は、本開示で説明される各種機能、例えば、図8の方法800を実行するために、個別に、または組み合わせて動作し得る。さらに、光学コントローラ920の様々な部品は、本開示で説明される各種機能、例えば、図8の方法800を実行するために、QIPシステム900の部品のうちの1つまたは複数とともに動作し得る。
【0074】
本開示は、図示された実施形態に従って提供されたが、当業者は、実施形態にバリエーションがあり得、それらのバリエーションも本開示の範囲内にあることを容易に認識するであろう。したがって、添付の特許請求の範囲から逸脱することなく、当業者は多くの修正を行うことができる。
図1A
図1B
図1C
図2
図3
図4
図5A
図5B
図6
図7
図8
図9A
図9B