(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-25
(45)【発行日】2023-06-02
(54)【発明の名称】ナノポアシーケンサー
(51)【国際特許分類】
G01N 27/00 20060101AFI20230526BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20230526BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20230526BHJP
【FI】
G01N27/00 Z
C12M1/00 A
C12M1/34 Z
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2021213278
(22)【出願日】2021-12-27
(62)【分割の表示】P 2019569832の分割
【原出願日】2018-06-19
【審査請求日】2022-01-05
(32)【優先日】2017-06-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】514202402
【氏名又は名称】イラミーナ インコーポレーテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【氏名又は名称】杉村 憲司
(72)【発明者】
【氏名】ボヤン ボヤノフ
(72)【発明者】
【氏名】ローハン エヌ アコルカール
(72)【発明者】
【氏名】ジェフリー エス フィッシャー
(72)【発明者】
【氏名】ジェフリー ジー マンデル
(72)【発明者】
【氏名】ランラン チャン
(72)【発明者】
【氏名】スティーブン エム バーナード
【審査官】小澤 瞬
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/059417(WO,A1)
【文献】特表2015-521030(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0072080(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0168040(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0234980(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00 - C12N 7/08
G01N 27/00 - G01N 27/10
G01N 27/14 - G01N 27/404
G01N 27/414 - G01N 27/416
G01N 27/42 - G01N 27/49
G01N 33/48 - G01N 33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下を含む、ナノポアシーケンサー:
シスウェル;
トランスウェル;
前記シスウェルと前記トランスウェルとを流体的に接続するナノポア;および
前記シスウェル内、もしくは前記トランスウェル内、または前記シスウェルおよび前記トランスウェル内のゲル状高分子電解質;
ここで、前記
ゲル状高分子電解質が、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド、ポリエチレンイミンのイオン型、直鎖ポリエチレンイミンのイオン型、ポリ(アリルアミン塩酸塩)、およびポリ(4-ビニルピリジン)のイオン型からなる群より選択される
荷電ポリマーである。
【請求項2】
請求項1に記載のナノポアシーケンサーであって、
前記
ゲル状高分子電解質が前記シスウェル内にあり、前記ナノポアシーケンサーが前記トランスウェル内に電解質をさらに含む;または
前記
ゲル状高分子電解質が前記トランスウェル内にあり、前記ナノポアシーケンサーが前記シスウェル内に電解質をさらに含む、ナノポアシーケンサー。
【請求項3】
請求項2に記載のナノポアシーケンサーであって、
前記電解質が、カリウムカチオンと結合アニオン、ナトリウムカチオンと結合アニオン、またはそれらの組み合わせを含む、ナノポアシーケンサー。
【請求項4】
基板内に画定された複数の前記トランスウェルをさらに備え、その各々が、それぞれのナノポアによって前記シスウェルに流体的に接続されており、前記複数のトランスウェルの密度が、前記基板のmm
2あたり約10個のトランスウェル~前記基板のmm
2あたり約1,000,000個のトランスウェルである、請求項1に記載のナノポアシーケンサー。
【請求項5】
請求項1に記載のナノポアシーケンサーであって、
前記
ゲル状高分子電解質が、前記シスウェルと前記トランスウェル内の両方に存在する、ナノポアシーケンサー。
【請求項6】
請求項1に記載のナノポアシーケンサーを使用する方法であって、
前記ナノポアシーケンサーの前記シスウェルと前記ナノポアシーケンサーの前記トランスウェルとの間に約-1V~約1Vの電圧バイアスを印加することにより、前記ナノポアシーケンサーにおける前記
ゲル状高分子電解質の酸化還元試薬の枯渇を制御することを含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
本出願は、2017年6月20日に出願された米国仮出願第62/522,628号の
利益を主張し、その内容はその全体が参照により本明細書に組み込まれる。
【背景技術】
【0002】
さまざまなポリヌクレオチドシーケンシング技術が、局所的な支持体表面上または規程
の反応チャンバー内で多数の制御反応を実施することを伴う。次に、指定の反応を観察ま
たは検出し、その後の分析により、反応に関与するポリヌクレオチドの特性を特定または
明らかにすることができる。イオン電流路を提供することができるナノポアを利用する別
のポリヌクレオチドシーケンシング技術が開発された。ポリヌクレオチドはナノポアを通
過し、ポリヌクレオチドがナノポアを通過すると、ナノポアを通る電流が乱される。通過
する各ヌクレオチド、または一連のヌクレオチドは、特徴的な電流を生成し、電流レベル
の記録はポリヌクレオチドの配列に相当する。
【発明の概要】
【0003】
本明細書に開示されるナノポアシーケンサーの実施例は、シスウェル;トランスウェル
;シスウェルとトランスウェルとを流体的に接続するナノポア;ならびにシスウェル内、
もしくはトランスウェル内、またはシスウェル内およびトランスウェル内の修飾電解質で
あって、電解質とカチオン錯化剤とを含む修飾電解質を含む。
【0004】
本明細書に開示されるナノポアシーケンサーの別の実施例は、シスウェル;トランスウ
ェル;シスウェルとトランスウェルとを流体的に接続するナノポア;ならびにシスウェル
内、もしくはトランスウェル内、またはシスウェル内およびトランスウェル内のゲル状高
分子電解質を含む。
【0005】
ナノポアシーケンサーのさらに別の実施例は、シスウェル;トランスウェル;シスウェ
ルとトランスウェルとを流体的に接続するナノポア;シスウェルに接するシスウェル電極
構造であって、第1ベース電極と、第1ベース電極に固定された酸化還元固体とを含むシ
スウェル電極構造;トランスウェルに接するトランスウェル電極構造であって、第2ベー
ス電極と、第2ベース電極に固定された酸化還元固体とを含むトランスウェル電極構造;
ならびに第1電極構造および第2電極構造でのそれぞれの酸化還元反応に応じて消費また
は放出されるカチオンを含む電解質を含む。
【図面の簡単な説明】
【0006】
本開示の実施例の特徴は、以下の発明を実施するための形態および図面を参照すること
により明らかになり、その中で類似の参照番号は、おそらく同一ではないが類似の構成要
素に対応する。簡潔にするために、前述の機能を有する参照番号または特徴は、それらが
現れる他の図面に関連して説明されている場合とされていない場合がある。
【
図1】本明細書に開示されるナノポアシーケンサーの実施例の概略部分断面図である。
【
図2】本明細書に開示されるナノポアシーケンサーの別の実施例の概略部分断面図である。
【
図3】本明細書に開示される方法の2つの実施例を示す流れ図であり、1つは
図1のナノポアシーケンサーを伴い、もう1つは
図2のナノポアシーケンサーを伴う。
【
図4】本明細書に開示されるナノポアシーケンサーのさらに別の実施例の概略部分断面図である。
【
図5】
図4のナノポアシーケンサーを伴う本明細書に開示される方法の別の実施例を示す流れ図である。
【
図6】
図6Aは、クラウンエーテルが添加されていない2つのナノポアシーケンサー(1、2)の電流(i、pA)対電圧(V)を示すグラフである。
図6Bは、クラウンエーテルが添加されていないナノポアシーケンサー(2)およびシスウェルとトランスウェルの両方にクラウンエーテルが添加されたナノポアシーケンサー(2)の電流(i、pA)対電圧(V)を示すグラフである。
図6Cは、クラウンエーテルが添加されていないナノポアシーケンサー(2)およびクラウンエーテルがシスチャンバーから流入した後の
図6Bのナノポアシーケンサー(2)の電流(i、pA)対電圧(V)を示すグラフである。
【
図7】
図7Aは、クラウンエーテルが添加されていない1つのスメグマ菌ポーリンA(MspA)孔を通るヘアピン移行のイオン電流(pA)対時間(ミリ秒)を示すグラフである。
図7Bは、
図7Aに提示されたデータのヒストグラム(カウント対振幅)である。
【
図8】
図8Aは、クラウンエーテルが添加された1つのMspA細孔を通るヘアピン移行のイオン電流(pA)対時間(ミリ秒)を示すグラフである。ならびに
図8Bは、
図8Aに提示されたデータのヒストグラム(カウント対振幅)である。
【0007】
(前書き)
第1の態様では、ナノポアシーケンサーは、シスウェル;トランスウェル;シスウェル
とトランスウェルとを流体的に接続するナノポア;ならびにシスウェル内、もしくはトラ
ンスウェル内、またはシスウェル内およびトランスウェル内の修飾電解質であって、電解
質とカチオン錯化剤とを含む修飾電解質を含む。
【0008】
この第1の態様の一実施例では、修飾電解質はシスウェル内にあり、ナノポアシーケン
サーはトランスウェル内に非修飾電解質をさらに含み、非修飾電解質は電解質をカチオン
錯化剤なしで含む;または修飾電解質はトランスウェル内にあり、ナノポアシーケンサー
はシスウェル内に非修飾電解質をさらに含み、非修飾電解質は電解質をカチオン錯化剤な
しで含む。
【0009】
この第1の態様の別の実施例では、ナノポアシーケンサーは、基板内に画定された複数
のトランスウェルをさらに備え、その各々が、それぞれのナノポアによってシスウェルに
流体的に接続されており、複数のトランスウェルの密度は、基板のmm2あたり約10個
のトランスウェル~基板のmm2あたり約1,000,000個のトランスウェルである
。
【0010】
この第1の態様のさらに別の実施例では、電解質は、カリウムカチオンと結合アニオン
、ナトリウムアニオンと結合アニオン、またはそれらの組み合わせを含み;カチオン錯化
剤は、クラウンエーテル、カリキサレン、およびバリノマイシンからなる群より選択され
る。
【0011】
この第1の態様のさらに別の実施例では、修飾電解質は、0mM超~約500mMのカ
チオン錯化剤を含む。
【0012】
ナノポアシーケンサーのこの第1の態様の任意の特徴を、任意の望ましい様式および/
または構成で一緒に組み合わせることができることを理解されたい。
【0013】
第2の態様では、ナノポアシーケンサーは、シスウェル;トランスウェル;シスウェル
とトランスウェルとを流体的に接続するナノポア;ならびにシスウェル内、もしくはトラ
ンスウェル内、またはシスウェル内およびトランスウェル内のゲル状高分子電解質を含む
。
【0014】
この第2の態様の一実施例では、高分子電解質はシスウェル内にあり、ナノポアシーケンサーはトランスウェル内に電解質をさらに含む;または高分子電解質はトランスウェル内にあり、ナノポアシーケンサーはシスウェル内に電解質をさらに含む。一実施例では、高分子電解質は、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド、ポリエチレンイミンのイオン型、直鎖ポリエチレンイミンのイオン型、ポリ(アリルアミン塩酸塩)、およびポリ(4-ビニルピリジン)のイオン型からなる群より選択され;電解質は、カリウムカチオンと結合アニオン、ナトリウムカチオンと結合アニオン、またはそれらの組み合わせを含む。
【0015】
この第2の態様の別の実施例では、ナノポアシーケンサーは、基板内に画定された複数
のトランスウェルをさらに備え、その各々が、それぞれのナノポアによってシスウェルに
流体的に接続されており、複数のトランスウェルの密度は、基板のmm2あたり約10個
のトランスウェル~基板のmm2あたり約1,000,000個のトランスウェルである
。
【0016】
この第2の態様のさらに別の実施例では、高分子電解質はシスウェル内とトランスウェ
ル内の両方に存在し;高分子電解質は、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド、
ポリエチレンイミンのイオン型、直鎖ポリエチレンイミンのイオン型、ポリ(アリルアミ
ン塩酸塩)、およびポリ(4-ビニルピリジン)のイオン型からなる群より選択される。
【0017】
ナノポアシーケンサーの第2の態様の任意の特徴を、任意の望ましい様式で一緒に組み
合わせることができることを理解されたい。さらに、ナノポアシーケンサーの第1の態様
ならびに/あるいはナノポアシーケンサーの第2の態様の特徴の任意の組み合わせを一緒
に使用することができること、および/またはこれらの態様のいずれかもしくは両方から
の任意の特徴を、本明細書に開示される実施例のいずれかと組み合わせることができるこ
とを理解されたい。
【0018】
第3の態様では、ナノポアシーケンサーは、シスウェル;トランスウェル;シスウェル
とトランスウェルとを流体的に接続するナノポア;シスウェルに接するシスウェル電極構
造であって、第1ベース電極と、第1ベース電極に固定された酸化還元固体とを含むシス
ウェル電極構造;トランスウェルに接するトランスウェル電極構造であって、第2ベース
電極と、第2ベース電極に固定された酸化還元固体とを含むトランスウェル電極構造;な
らびにシスウェル電極構造およびトランスウェル電極構造でのそれぞれの酸化還元反応に
応じて消費または放出されるカチオンを含む電解質を含む。
【0019】
この第3の態様の実施例では、酸化還元固体は、テトラシアノキノジメタン(TCNQ
)、プルシアンブルー、およびポリピロールからなる群より選択される。
【0020】
この第3の態様の別の実施例では、第1および第2ベース電極は、独立して、グラファ
イト、白金、金、銀、銅、炭素繊維、ダイヤモンド、およびパラジウムからなる群より選
択される。
【0021】
ナノポアシーケンサーの第3の態様の任意の特徴を、任意の望ましい様式で一緒に組み
合わせることができることを理解されたい。さらに、ナノポアシーケンサーの第3の態様
ならびに/あるいはナノポアシーケンサーの第2の態様ならびに/あるいはナノポアシー
ケンサーの第1の態様の特徴の任意の組み合わせを一緒に使用することができること、お
よび/またはこれらの態様の任意の1つもしくは複数からの任意の特徴を、本明細書に開
示される実施例のいずれかと組み合わせることができることを理解されたい。
【0022】
第4の態様では、第1の態様のナノポアシーケンサーを使用する方法は、ナノポアシー
ケンサーのシスウェルとナノポアシーケンサーのトランスウェルとの間に約-1V~約1
Vの電圧バイアスを印加することにより、ナノポアシーケンサーにおける電解質の酸化還
元試薬の枯渇を制御することを含む。
【0023】
この第4の態様の実施例では、本方法は、ナノポアシーケンサーに以下を供給する工程
をさらに含む:シスウェル内に修飾電解質、およびトランスウェル内にカチオン錯化剤の
ない電解質;またはトランスウェル内に修飾電解質、およびシスウェル内にカチオン錯化
剤のない電解質。
【0024】
この第4の態様の別の実施例では、本方法は、以下をさらに含む:カチオン錯化剤を電
解質に組み込んで修飾電解質を作る工程と;修正電解質をシスウェル内に、もしくはトラ
ンスウェル内に、またはシスウェル内およびトランスウェル内に導入する工程。
【0025】
この第4の態様のさらに別の実施例では、電解質は、カリウムカチオンと結合アニオン、ナトリウムカチオンと結合アニオン、またはそれらの組み合わせを含み;カチオン錯化剤は、クラウンエーテル、カリキサレン、およびバリノマイシンからなる群より選択される。
【0026】
本方法の第4の態様の任意の特徴を、任意の望ましい様式で一緒に組み合わせることが
できることを理解されたい。さらに、本方法の第4の態様ならびに/あるいはナノポアシ
ーケンサーの第3の態様ならびに/あるいはナノポアシーケンサーの第2の態様ならびに
/あるいはナノポアシーケンサーの第1の態様の特徴の任意の組み合わせを一緒に使用す
ることができること、および/またはこれらの態様の任意の1つもしくは複数からの任意
の特徴を、本明細書に開示される実施例のいずれかと組み合わせることができることを理
解されたい。
【0027】
第5の態様では、第2の態様のナノポアシーケンサーを使用する方法は、ナノポアシー
ケンサーのシスウェルとナノポアシーケンサーのトランスウェルとの間に約-1V~約1
Vの電圧バイアスを印加することにより、ナノポアシーケンサーにおける高分子電解質の
酸化還元試薬の枯渇を制御することを含む。
【0028】
本方法の第5の態様の任意の特徴を、任意の望ましい様式で一緒に組み合わせることが
できることを理解されたい。さらに、本方法の第5の態様ならびに/あるいは本方法の第
4の態様ならびに/あるいはナノポアシーケンサーの第3の態様ならびに/あるいはナノ
ポアシーケンサーの第2の態様ならびに/あるいはナノポアシーケンサーの第1の態様の
特徴の任意の組み合わせを一緒に使用することができること、および/またはこれらの態
様の任意の1つもしくは複数からの任意の特徴を、本明細書に開示される実施例のいずれ
かと組み合わせることができることを理解されたい。
【0029】
第6の態様では、第3の態様のナノポアシーケンサーを使用する方法は、ナノポアシー
ケンサー内の電解質の酸化還元試薬の枯渇を以下によって制御することを含む:シスウェ
ル電極構造に第1電圧を印加することにより、ナノポアシーケンサー内の電解質のカチオ
ンを消費するカソード反応を開始すること;およびトランスウェル電極構造に第2電圧を
印加することにより、電解質のカチオンを放出するアノード反応を開始すること。
【0030】
第6の態様の実施例では、酸化還元固体は、テトラシアノキノジメタン(TCNQ)、
プルシアンブルー、およびポリピロールからなる群より選択される。
【0031】
本方法の第6の態様の任意の特徴を、任意の望ましい様式で一緒に組み合わせることが
できることを理解されたい。さらに、本方法の第6の態様ならびに/あるいは本方法の第
5の態様ならびに/あるいは本方法の第4の態様ならびに/あるいはナノポアシーケンサ
ーの第3の態様ならびに/あるいはナノポアシーケンサーの第2の態様ならびに/あるい
はナノポアシーケンサーの第1の態様の特徴の任意の組み合わせを一緒に使用することが
できること、および/またはこれらの態様の任意の1つもしくは複数からの任意の特徴を
、本明細書に開示される実施例のいずれかと組み合わせることができることを理解された
い。
【発明を実施するための形態】
【0032】
ナノポアシーケンシングの手法では、電流の変化を利用してヌクレオチド塩基を区別す
る。ナノポアシーケンサーでは、システムを通るファラデー電流を補助するために、1つ
の電解質酸化還元試薬がトランスウェル(またはチャンバー)電極で部分的に消費される
場合がある。一部にはナノポア(単数または複数)を介したイオン輸送阻害のために、部
分的に消費された電解質酸化還元試薬が対応するシスウェル電極に効率的に補充されない
場合がある。例えば、塩化物アニオンは、めっきのためにトランス側で部分的に枯渇する
場合があり、シス側では完全に補充されない場合がある。電解質酸化還元試薬(カチオン
とアニオンなど)の両方で濃度勾配が発生し、トランス側の部分的に枯渇した試薬の濃度
がはるかに低くなると新しい平衡が確立される。ナノポアを通る電解質酸化還元試薬輸送
とトランス電極上の試薬の1つの部分的消費との不均衡は、電流ドリフトを引き起こす可
能性があり、これはヌクレオチド塩基を区別する性能に悪影響を及ぼし得る。
【0033】
電解質酸化還元試薬の部分的消費は、電解質酸化還元試薬の開始濃度、ナノポアを通過
する電流、およびトランスチャンバーのサイズなど、いくつかの要因に左右される(例え
ば、より大きなチャンバーは一般的に少ない試薬消費に関連付けられ、より小さなチャン
バーは一般的により多くの試薬消費に関連付けられる)。
【0034】
部分的消費は、初期試薬濃度の低下によって証明される場合があり、その低下は10分
の1を超える。場合によっては、低下は20分の1~100分の1になる。例えば、10
μmトランスウェルで約300mMの初期塩化物濃度を有する電解質の塩化物濃度は約1
0mMに低下する可能性があり、したがって初期濃度は約30分の1に低下する。別の例
では、10μmトランスウェルで約10mMの初期塩化物濃度を有する電解質の塩化物濃
度は約0.1mMに低下する可能性があり、したがって初期濃度は約100分の1に低下
する。部分的消費/枯渇は100%に近づく可能性がある(つまり、システム内に残って
いる電解質酸化還元試薬は0%に近づく)が、そのような低いレベルの部分的に消費され
た試薬であっても、電解質酸化還元試薬間で平衡が確立されることを理解されたい。
【0035】
本明細書に開示されるナノポアシーケンサーおよび方法の実施例は、シーケンサーのト
ランスウェル(またはチャンバー)電極(単数または複数)での電解質酸化還元試薬(単
数または複数)の部分的消費または枯渇を効果的に軽減させる。本明細書に開示される実
施例では、初期試薬濃度の低下が依然として発生する可能性がある;しかしながら、低下
は10%未満であり、おそらく1%未満である。したがって、時間が経過しても、(例え
ば、上記の実施例と比較して)より多くの試薬が存在し、したがって試薬の消費または枯
渇が軽減する。一部の実施例では、シーケンサーのナノポア(単数または複数)を介した
電気化学的に不活性な種(例えば、電解質カチオン)の拡散を緩和することにより、電解
質酸化還元試薬の部分的消費/枯渇を軽減させる。一部の実施例では、電気化学的に不活
性な種は電解質カチオンである。カチオンの拡散を軽減すると、電荷が電解質のアニオン
によってのみ運ばれる。アニオンのみを電荷担体として使用することにより(アニオンと
カチオンの両方によって運ばれる電荷とは対照的に)、アニオンの供給とアニオンの消費
との間の電荷の不均衡は少なくとも縮小する。その結果、ナノポアシーケンサーのトラン
スウェル(単数または複数)からのアニオンの枯渇も軽減する。他の実施例では少なくと
も、アニオンを消費せず、むしろ一方の電極で電解質カチオンを生成し、他方の電極で同
じ電解質カチオンを消費する電極システムを組み込むことにより、電解質アニオンの消費
/枯渇を軽減する。
【0036】
上記のように、ナノポアシーケンシングの手法では、電流の変化を利用してヌクレオチ
ド塩基を区別する。電解質種の枯渇は電流の枯渇(または望ましくないシフト)をもたら
し、これはヌクレオチド塩基の正確な電流測定値を取得する性能に悪影響を及ぼす。ナノ
ポアを通過するイオン種の輸送とトランス電極でのその種の消費のバランスをとることに
より、電流ドリフトを軽減し、電解質、トランス電極、およびトランスウェルの寿命を延
ばすことができる。
【0037】
本明細書で使用される用語は、別段の定めがない限り、関連技術における通常の意味を
とることを理解されたい。本明細書で使用されるいくつかの用語およびそれらの意味を、
以下に示す。
【0038】
単数形の「a」、「an」、および「the」には、文脈から明確に別段の指示がない
限り、複数の指示対象が含まれる。
【0039】
備える、含む、含有するという用語、およびこれらの用語のさまざまな形式は互いに同
義語であり、等しく広義であることを意味する。さらに、明示的に別段の記述がない限り
、特定の特性を有する1つの要素または複数の要素を備える、含む、または有する実施例
は、追加の要素を含むことができ、その追加の要素がその特性を有するかどうかは関係な
い。
【0040】
本明細書で使用する「流体的に接続する」、「流体連通」、「流体的に結合された」な
どの用語は、液体または気体が2つの空間領域間を流れるように接続された2つの空間領
域を指す。例えば、電解質の少なくとも一部が接続されたウェル間を自由に流れるように
、シスウェルは1つのトランスウェルまたは複数のトランスウェルに流体的に接続され得
る。2つの空間領域は、ナノポアを介して、またはシステムを通る流体の流れを制御もし
くは調整する1つもしくは複数の弁、制限器、もしくは他の流体素子を介して流体連通し
ていてもよい。
【0041】
本明細書で使用する「間隔領域」という用語は、基板/固体支持体もしくは膜における
場所、または表面上の場所であって、その支持体もしくは膜もしくは表面に接する他の場
所、部位、特徴を分離する領域を指す。例えば、膜の間隔領域は、配列の1つのナノポア
をその配列の別のナノポアから分離することができる。別の例として、基板の間隔領域は
、あるトランスウェルを別のトランスウェルから分離することができる。互いに分離され
ている2つの場所は離散的であってよく、すなわち、互いに物理的に接触していない。多
くの例では、例えば、本来なら途切れのない膜に画定された複数のナノポアの場合のよう
に、または本来なら途切れのない支持体に画定された複数のウェルの場合のように、間隔
領域は途切れがないのに対して、その場所は離散的である。間隔領域によってもたらされ
る分離は、部分的または完全な分離であり得る。間隔領域には、表面に画定された特徴の
表面材料とは異なる表面材料が含まれてもよい。例えば、間隔領域の表面材料は脂質材料
であってもよく、脂質材料に形成されたナノポアは、間隔領域に存在する量または濃度を
超える量または濃度のポリペプチドを有し得る。いくつかの例では、ポリペプチドは間隔
領域に存在しなくてもよい。
【0042】
本明細書で使用する「膜」という用語は、同じ組成物または異なる組成物をその中に含
むことができる2つの液体/ゲルチャンバー(例えば、シスウェルとトランスウェル)を
分離する非透過性もしくは半透過性障壁または他のシートを指す。任意の種に対する膜の
透過性は、膜の性質によって決まる。いくつかの例では、膜は、イオン、電流、および/
または流体に対して非透過性であってもよい。例えば、脂質膜はイオン不透過性であり得
る(すなわち、いかなるイオンも輸送しない)が、少なくとも部分的に水透過性であり得
る(例えば、水の拡散率は約40μm/s~約100μm/sである)。別の例では、窒
化ケイ素などの固体膜は、イオン、電荷、および流体に対して不浸透性であり得る(すな
わち、これらの種全ての拡散はゼロである)。膜が膜貫通ナノポア開口部を含むことがで
き、膜をはさんで電位差を維持することができる限り、任意の膜を本開示に従って使用す
ることができる。膜は単層または多層膜であってもよい。多層膜には複数の層が含まれ、
各層は非透過性または半透過性の材料である。
【0043】
膜は、生物または非生物起源の材料で形成され得る。生物起源の材料とは、有機体もし
くは細胞などの生物学的環境に由来するもしくはそれらから分離された材料、または生物
学的に利用可能な構造の合成的に製造されたバージョンを指す。
【0044】
生物起源の材料から作られた膜の例には、ボラ脂質によって形成された単層が含まれる
。生物起源の材料から作られた別の例の膜には、脂質二重層が含まれる。適切な脂質二重
層には、例えば、細胞の膜、細胞小器官の膜、リポソーム、平面脂質二重層、および支持
脂質二重層が含まれる。脂質二重層は、例えば、リン脂質の2つの対向する層から形成す
ることができ、それらの疎水性尾部基は互いに向かい合って疎水性内部を形成し、一方で
脂質の親水性頭部基は二重層の両側の水性環境に向かって外側を向くように配置される。
脂質二重層は、例えば、脂質単層が水溶液/空気界面に、その界面に垂直な開口部のどち
らかの側を通って運ばれてくる方法によっても形成され得る。脂質は通常、最初に有機溶
媒に溶解し、次に開口部のどちらかの側の水溶液の表面で溶媒の液滴を蒸発させることに
より、電解質水溶液の表面に加えられる。有機溶媒が少なくとも部分的に蒸発されると、
開口部のいずれの側の溶液/空気界面も、二重層が形成されるまで開口部を通って物理的
に行ったり来たり移動する。二重層形成の他の適切な方法には、チップ浸漬、二重層の塗
装、およびリポソーム二重層のパッチクランプが含まれる。脂質二重層を得るまたは生成
する他の方法も使用され得る。
【0045】
生物起源ではない材料も膜として使用され得る。これらの材料のいくつかは固体材料で
あり、固体膜を形成することができ、これらの材料の他は薄い液体フィルムまたは膜を形
成することができる。固体膜は、支持基板(すなわち、固体支持体)上のコーティングも
しくはフィルムなどの単層、または自立素子であり得る。固体膜は、サンドイッチ構成の
多層材料の複合体であってもよい。結果として生じる膜が膜貫通ナノポア開口部を含むこ
とができ、膜をはさんで電位差を維持することができる限り、生物起源ではない任意の材
料を使用してもよい。膜は、有機材料、無機材料、またはその両方を含んでもよい。適切
な固体材料の例には、例えば、マイクロエレクトロニクス材料、絶縁材料(例えば、窒化
ケイ素(Si3N4)、酸化アルミニウム(Al2O3)、酸化ケイ素(SiO))、い
くつかの有機および無機ポリマー(例えば、ポリアミド、ポリテトラフルオロエチレン(
PTFE)などのプラスチック、または2成分付加硬化型シリコーンゴムなどのエラスト
マー)、およびガラスが含まれる。加えて、固体膜は、グラフェンの単層から作成するこ
とができ、それは、2次元ハニカム格子に密に詰められた炭素原子の原子的に薄いシート
、グラフェンの多層、または他の固体材料の1つもしくは複数の層と混合したグラフェン
の1つもしくは複数の層である。グラフェン含有固体膜は、グラフェンナノリボンまたは
グラフェンナノギャップである少なくとも1つのグラフェン層を含むことができ、これは
、標的ポリヌクレオチドを特徴付けるための電気センサーとして使用することができる。
固体膜は、任意の適切な方法で作成することができる。例として、グラフェン膜は、化学
気相成長法(CVD)またはグラファイトからの剥離のいずれかによって調製することが
できる。使用され得る適切な薄い液体フィルム材料の例には、ジブロックコポリマー、ト
リブロックコポリマー、例えば両親媒性PMOXA-PDMS-PMOXA ABAトリ
ブロックコポリマーなどが含まれる。
【0046】
本明細書で使用される「ナノポア」という用語は、イオン、電流、および/または流体
が膜の片側から膜の反対側へ渡ることを可能にする、膜とは別個の、膜を横切って延びる
中空構造意味するものとする。例えば、イオンまたは水溶性分子の通過を阻害する膜は、
膜の片側から膜の反対側へのイオンまたは水溶性分子の通過を可能にする、膜を横切って
延びるナノポア構造を含むことができる。ナノポアの直径は、その長さ(つまり、膜の片
側から膜の反対側まで)に沿って変化する可能性があるが、どの時点でもナノスケールに
ある(つまり、約1nm~約100nm)。ナノポアの例には、例えば、生物学的ナノポ
ア、固体ナノポア、ならびに生物学的固体ハイブリッドナノポアが含まれる。
【0047】
本明細書で使用される「生物学的ナノポア」という用語は、その構造部分が生物起源の
材料から作られているナノポア意味するものとする。生物起源とは、有機体もしくは細胞
などの生物学的環境に由来するもしくはそれらから分離された材料、または生物学的に利
用可能な構造の合成的に製造されたバージョンを指す。生物学的ナノポアには、例えば、
ポリペプチドナノポアおよびポリヌクレオチドナノポアが含まれる。
【0048】
本明細書で使用される「ポリペプチドナノポア」という用語は、膜を横切って延び、イ
オン、電流、および/または流体が膜の片側から膜の反対側へ流れることを可能にするポ
リペプチド意味するものとする。ポリペプチドナノポアは、モノマー、ホモポリマー、ま
たはヘテロポリマーであり得る。ポリペプチドナノポアの構造には、例えば、αヘリック
ス束ナノポアおよびβバレルナノポアが含まれる。ポリペプチドナノポアの例には、α-
ヘモリシン、スメグマ菌ポーリンA(MspA)、グラミシジンA、マルトポリン、Om
pF、OmpC、PhoE、Tsx、F線毛などが含まれる。スメグマ菌ポーリンA(M
spA)は、マイコバクテリアによって生成される膜ポーリンであり、これにより親水性
分子が細菌に侵入することができる。MspAは、密に相互接続した八量体と、ゴブレッ
ト様で、中央チャネル/ポアを含む膜貫通ベータバレルを形成する。
【0049】
ポリペプチドナノポアは合成であってもよい。合成ポリペプチドナノポアには、自然界
には存在しないタンパク質様アミノ酸配列が含まれている。タンパク質様アミノ酸配列は
、存在することが知られているが、タンパク質の基礎を形成しないアミノ酸(すなわち、
タンパク質を構成しないアミノ酸)の一部を含み得る。タンパク質様アミノ酸配列は、有
機体で発現させるのではなく、人工的に合成し、精製/単離することができる。
【0050】
本明細書で使用される「ポリヌクレオチドナノポア」という用語は、膜を横切って延び
、イオン、電流、および/または流体が膜の片側から膜の反対側へ流れることを可能にす
るポリヌクレオチドを含むことを意図している。ポリヌクレオチドポアは、例えば、ポリ
ヌクレオチド折り紙(例えば、ナノポアを作製するためのDNAのナノスケール折り畳み
)を含むことができる。
【0051】
また、本明細書で使用される「固体ナノポア」という用語は、その構造部分が非生物起
源の(すなわち、生物起源ではない)材料を含むナノポアを意味するものとする。固体ナ
ノポアは、無機または有機材料で形成することができる。固体ナノポアには、例えば、窒
化ケイ素ナノポア、二酸化ケイ素(SiO2)ナノポア、およびグラフェンナノポアが含
まれる。
【0052】
本明細書に開示されるナノポアは、ハイブリッドナノポアであってもよい。「ハイブリ
ッドナノポア」は、生物起源および非生物起源の両方の材料を含むナノポアを指す。ハイ
ブリッドナノポアの例には、ポリペプチド固体ハイブリッドナノポアおよびポリヌクレオ
チド固体ナノポアが含まれる。
【0053】
本明細書で使用される「ナノポアシーケンサー」という用語は、ナノポアシーケンシン
グに使用され得る本明細書で開示されるデバイスのいずれかを指す。本明細書に開示され
る実施例では、ナノポアシーケンシング中に、ナノポアが本明細書に開示される電解質の
実施例(単数または複数)に浸漬され、電位差が膜をはさんで加えられる。一例では、電
位差は電気的電位差または電気化学的電位差である。シスウェルまたはトランスウェルの
1つもしくは複数に含まれる電解質のイオンの少なくとも1つに電流を注入するまたは加
える電圧源を介して、膜をはさんで電気的電位差をかけることができる。電気化学的電位
差は、電位と組み合わせたシスおよびトランスウェルのイオン組成の違いによって確立す
ることができる。異なるイオン組成は、例えば、各ウェル内の異なるイオン、または各ウ
ェル内の同じイオンの異なる濃度であり得る。
【0054】
ナノポアをはさんで電位差を加えると、ナノポアを介した核酸の移行を強制することが
できる。ナノポアを通るヌクレオチドの移行に対応する1つまたは複数のシグナルが生じ
る。したがって、標的ポリヌクレオチドが、あるいは標的ポリヌクレオチドもしくはモノ
ヌクレオチドに由来するモノヌクレオチドまたはプローブがナノポアを通過すると、例え
ば、そのくびれの塩基依存的(またはプローブ依存的)閉塞により膜を横切る電流が変化
する。電流の変化からのシグナルは、さまざまな方法のいずれかを使用して測定すること
ができる。各シグナルは、ナノポア内のヌクレオチド(単数もしくは複数)(またはプロ
ーブ)の種に固有のものであるため、結果として生じるシグナルを使用してポリヌクレオ
チドの特性を決定することができる。例えば、特徴的なシグナルを生成するヌクレオチド
(単数もしくは複数)(またはプローブ)の1つまたは複数の種の同一性を決定すること
ができる。
【0055】
本明細書で使用する「ヌクレオチド」は、窒素含有複素環式塩基、糖、および1つまた
は複数のリン酸基を含む。ヌクレオチドは、核酸配列の単量体単位である。ヌクレオチド
の例には、例えば、リボヌクレオチドまたはデオキシリボヌクレオチドが含まれる。リボ
ヌクレオチド(RNA)では、糖はリボースであり、デオキシリボヌクレオチド(DNA
)では、糖はデオキシリボース、つまり、リボースの2’位に存在するヒドロキシル基を
欠く糖である。窒素含有複素環式塩基は、プリン塩基またはピリミジン塩基であり得る。
プリン塩基には、アデニン(A)およびグアニン(G)、およびそれらの修飾誘導体また
は類似体が含まれる。ピリミジン塩基には、シトシン(C)、チミン(T)、およびウラ
シル(U)、ならびにそれらの修飾誘導体または類似体が含まれる。デオキシリボースの
C-1原子は、ピリミジンのN-1またはプリンのN-9に結合している。リン酸基は、
モノ、ジ、またはトリリン酸型であり得る。これらのヌクレオチドは天然のヌクレオチド
であるが、非天然のヌクレオチド、修飾ヌクレオチド、または前述のヌクレオチドの類似
体も使用することができることをさらに理解されたい。
【0056】
本明細書で使用される「シグナル」という用語は、情報を表す指標を意味するものとす
る。シグナルには、例えば、電気シグナルおよび光シグナルが含まれる。「電気シグナル
」という用語は、情報を表す電気的品質の指標を指す。指標は、例えば、電流、電圧、ト
ンネリング、抵抗、電位、電圧、コンダクタンス、または横方向の電気的効果であり得る
。「電子電流」または「電流」は、電荷の流れを指す。一例では、電気シグナルは、ナノ
ポアを通過する電流であり得、電位差がナノポアをはさんで加えられると電流が流れ得る
。
【0057】
「基板」という用語は、水性液体に不溶であり、開口部、ポート、または他の類似の液
体導管がないと液体を通過させることができない硬い固体支持体を指す。本明細書に開示
される例では、基板は、その中に画定されたウェルまたはチャンバーを有し得る。適切な
基板の例には、ガラスおよび改質もしくは機能化ガラス、プラスチック(アクリル、ポリ
スチレンおよびスチレンと他の材料のコポリマー、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリ
ブチレン、ポリウレタン、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)(Chemours
製のTEFLON(登録商標)など)、環状オレフィン/シクロオレフィンポリマー(C
OP)(Zeon製のZEONOR(登録商標)など)、ポリイミドなど)、ナイロン、
セラミック、シリカまたはシリカベースの材料、シリコンおよび改質シリコン、炭素、金
属、無機ガラス、ならびに光ファイバー束が含まれる。
【0058】
最上部、底部、下部、上部、上になどの用語は、本明細書において、ナノポアシーケン
サーおよび/またはナノポアシーケンサーのさまざまな構成要素を説明するために使用さ
れる。これらの方向を示す用語は、特定の方向を意味するものではなく、構成要素間の相
対的な方向性を指定するために使用されることを理解されたい。方向を示す用語の使用は
、本明細書に開示された実施例を特定の方向(単数または複数)に限定するものと解釈さ
れるべきではない。
【0059】
本明細書で使用される「ウェル」および「チャンバー」という用語は同義語として使用
され、シーケンサーにおいて画定された、流体(例えば、液体、ゲル、気体)を含むこと
ができる離散的特徴を指す。「シスウェル」は、シス電極を含むか、またはそれによって
部分的に画定された共通チャンバーであり、それぞれのナノポアを介して複数のトランス
ウェルのそれぞれに流体的に接続されている。シーケンサーは、1つのシスウェルまたは
複数のシスウェルを有し得る。各「トランスウェル」は、独自のトランス電極を含むか、
またはそれによって部分的に画定された単一チャンバーであり、また1つのシスウェルに
流体的に接続されている。各トランスウェルは、トランスウェル同士では電気的に絶縁さ
れており、それぞれのトランス電極はそれぞれの増幅器(例えば、Axopatch 2
00B増幅器)に接続され、トランスウェルのそれぞれに接するそれぞれのナノポアを通
過する電気シグナルを増幅する。少なくとも部分的にウェルを画定する基板の表面に平行
に取られたウェルの断面は、曲線状、正方形、多角形、双曲型、円錐形、角形などであり
得る。
【0060】
本明細書に記載され、特許請求の範囲に列挙される態様および実施例は、上記の定義を
考慮して理解することができる。
【0061】
ここで
図1を参照すると、ナノポアシーケンサー10の実施例が示されている。ナノポ
アシーケンサー10は、シスウェル14、トランスウェル16、シスウェル14とトラン
スウェル16とを流体的に接続するナノポア18、ならびにシスウェル14内、もしくは
トランスウェル16内、またはシスウェルおよびトランスウェル14、16内の修飾電解
質20を含む。修飾電解質20がシスウェル14またはトランスウェル16のうちの1つ
にある実施例では、非修飾電解質22は、他のトランスウェル16またはシスウェル14
に存在し得る。
【0062】
図1に示されるように、基板12は、その中に画定された複数のトランスウェル16を
含み得る。トランスウェル16のそれぞれは、それぞれのナノポア18によって共通シス
ウェル14に流体的に接続され得る。
図1には1つの共通シスウェル14が示されている
が、シーケンサー10は、互いに流体的に隔離され、基板12に画定されたそれぞれのト
ランスウェル16のセットに流体的に接続されたいくつかのシスウェル14を含み得るこ
とを理解されたい。例えば、単一の基板12上の複数の試料の測定を可能にするために、
複数のシスウェル14が望ましい場合がある。
【0063】
ナノポア(単数または複数)18を通る流体連通は、
図1の矢印によって示される。ま
た、
図1に示されるように、膜24は、シスウェル14とトランスウェル(単数または複
数)16との間の基板12上に配置されてもよく、ナノポア(単数または複数)18は、
膜24に配置され、膜24を貫通して延び、シスウェル14とトランスウェル(単数また
は複数)16との間に流体接続を確立することができる。
【0064】
シスウェル14は、基板12に接続する側壁(単数または複数)13によって基板12
の一部に画定された流体チャンバーである。いくつかの実施例では、側壁(単数または複
数)13および基板12は、それら13、12が材料(例えば、ガラスまたはプラスチッ
ク)の連続部品から形成されるように、一体となって形成され得る。他の実施例では、側
壁(単数または複数)13および基板12は、互いに連結した別個の構成要素であり得る
。一実施例では、側壁(単数または複数)は光パターン化可能なポリマーである。
【0065】
図1に示される実施例では、シスウェル14は、側壁(単数または複数)13によって
画定された内壁26、26’と、シス電極30によって画定された上面28と、膜24と
によって画定された下面28’とを有する。したがって、シスウェル14は、シス電極3
0と、基板12の一部と、膜24とによって画定された空間内に形成される。下面28’
は、膜24に配置されたナノポア(単数または複数)18を通る開口部(単数または複数
)を有することを理解されたい。シスウェル14は、任意の適切な寸法を有し得る。一実
施例では、シスウェル14は、約1mm×1mm~約5mm×5mmである。
【0066】
シス電極30は、その内面がシスウェル14の上面28であり、側壁(単数または複数
)13に物理的に接続されていてもよい。シス電極30は、例えば、接着剤または別の適
切な締結構造によって、側壁(単数または複数)13に物理的に接続されていてもよい。
シス電極30と側壁(単数または複数)13との間の接触面は、シスウェル14の上部を
密封し得る。
【0067】
使用されるシス電極30は、少なくとも部分的に、修飾電解質20中の酸化還元対によ
って決まる。例として、シス電極30は、金(Au)、白金(Pt)、炭素(C)(例え
ば、グラファイト、ダイヤモンドなど)、パラジウム(Pd)、銀(Ag)、銅(Cu)
などであり得る。一実施例では、シス電極30は、銀/塩化銀(Ag/AgCl)電極で
あり得る。
【0068】
シスウェル14は、修飾電解質20または非修飾電解質22を、ナノポア(単数または
複数)18と接触した状態に維持することができる。一実施例では、シスウェル14はナ
ノポア18の配列と接触しており、したがって、修飾電極20または非修飾電解質22を
、配列内の各ナノポア18と接触した状態に維持することができる。
【0069】
図1に示されるように、ナノポアシーケンサー10は、複数のトランスウェル16を含
む。各トランスウェル16は、基板12の一部に画定された流体チャンバーである。通常
、トランスウェル16は、基板12の厚さを貫通して延びてもよく、基板12の対向する
端部(例えば、上端部38および下端部40)に開口部を有してもよい。
図1に示される
実施例では、各トランスウェル16は、基板12によっておよび/または基板12の間隔
領域32によって画定された側壁31、31’と、トランス電極34によって画定された
下面36と、膜24とによって画定された上面36’とを有する。したがって、各トラン
スウェル16は、トランス電極34と、基板12の他の部分および/または間隔領域32
と、膜24とによって画定された空間内に形成される。上面36’は、膜24に配置され
たナノポア(単数または複数)18を通る開口部(単数または複数)を有することを理解
されたい。
【0070】
トランス電極34は、その内面がトランスウェル16の下面36であり、基板12に(
例えば、間隔領域32にまたは基板12の内壁に)物理的に接続されていてもよい。基板
12を形成するプロセスで(例えば、トランスウェル16の形成中に)、トランス電極3
4を作ることができる。基板12およびトランス電極34を形成するために使用され得る
微細加工技術には、リソグラフィ、金属蒸着およびリフトオフ、乾燥および/またはスピ
ンオンフィルム蒸着、エッチングなどが含まれる。トランス電極34と基板12との間の
接触面は、トランスウェル16の下部を密封し得る。
【0071】
使用されるトランス電極34は、少なくとも部分的に、修飾電解質20中の酸化還元対
によって決まる。例として、トランス電極34は、金(Au)、白金(Pt)、炭素(C
)(例えば、グラファイト、ダイヤモンドなど)、パラジウム(Pd)、銀(Ag)、銅
(Cu)などであり得る。一実施例では、トランス電極34は、銀/塩化銀(Ag/Ag
Cl)電極であり得る。
【0072】
規則的、反復的、および非規則的パターンを含む、トランスウェル16の多くの異なる
レイアウトが想定され得る。一実施例では、トランスウェル16は、密な充填と密度改善
のために六角形グリッドに配置される。他のレイアウトには、例えば、直線(すなわち、
長方形)レイアウト、三角形レイアウトなどが含まれ得る。例として、レイアウトまたは
パターンを、行と列の形にあるトランスウェル16のx-y形式にすることができる。い
くつかの他の実施例では、レイアウトまたはパターンは、トランスウェル16および/ま
たは間隔領域32の繰り返し配置であり得る。さらに他の実施例では、レイアウトまたは
パターンは、トランスウェル16および/または間隔領域32のランダム配置であり得る
。パターンには、スポット、柱、ストライプ、渦巻き、線、三角形、長方形、円、円弧、
チェック、格子縞、対角線、矢印、正方形、および/またはクロスハッチが含まれ得る。
【0073】
レイアウトは、トランスウェル16の密度(すなわち、基板12の画定された場所内の
トランスウェル16の数)に関して特徴付けられてもよい。例えば、トランスウェル16
は、1mm2あたり約10ウェル~1mm2あたり約1,000,000ウェルの密度で
存在し得る。密度は、例えば、少なくとも1mm2あたり約10個、1mm2あたり約5
,000個、1mm2あたり約10,000個、1mm2あたり約10万個、またはそれ
以上の密度を含む異なる密度に調整することができる。代替的または追加的に、密度は、
1mm2あたり約1,000,000ウェル以下、1mm2あたり約10万個、1mm2
あたり約10,000個、1mm2あたり約5,000個、またはそれ以下になるように
調整することができる。さらに、支持体12におけるトランスウェル16の密度は、上記
の範囲から選択される低値の1つ~高値の1つとの間であり得ることが理解されるべきで
ある。
【0074】
レイアウトは、さらにまたは代わりに、平均ピッチ、すなわち、ナノポア18の中心か
ら隣接するナノポア18の中心までの間隔(中心間間隔)に関して特徴付けられてもよい
。パターンは、平均ピッチの周りの変動係数が小さくなるように規則的であるか、または
パターンは不規則であってもよく、その場合、変動係数は比較的大きくなる可能性がある
。一実施例では、平均ピッチは約100nm~約500μmであり得る。平均ピッチは、
例えば、少なくとも約100nm、約5μm、約10μm、約100μm、またはそれ以
上であり得る。代替的または追加的に、平均ピッチは、例えば、最大で約500μm、約
100μm、約50μm、約10μm、約5μm、またはそれ以下であり得る。ナノポア
18の特定のパターンを含む例示的な配列の平均ピッチは、上記の範囲から選択される低
値の1つ~高値の1つとの間であり得る。一実施例では、配列の平均ピッチ(中心間間隔
)は約10μmである。
【0075】
トランスウェル16は、マイクロウェル(ミクロンスケール、例えば、約1μm~10
00μm未満で少なくとも1つの寸法を含む)またはナノウェル(ナノスケール、例えば
、約10nm~1000nm未満で少なくとも1つの寸法を有する)であってもよい。各
ウェル16は、そのアスペクト比(例えば、この例では、幅または直径を深さまたは高さ
で割ったもの)によって特徴付けられてもよい。
【0076】
一実施例では、各トランスウェル16のアスペクト比は、約1:1~約1:5であり得
る。別の実施例では、各トランスウェル16のアスペクト比は約1:10~約1:50で
あり得る。一実施例では、トランスウェル16のアスペクト比は約3.3である。
【0077】
望ましいアスペクト比を得るために、深さ/高さおよび幅/直径を選択することができ
る。各トランスウェル16の深さ/高さは、少なくとも約0.1μm、約1μm、約10
μm、約100μm、またはそれ以上であり得る。代替的または追加的に、深さは最大で
約1,000μm、約100μm、約10μm、約1μm、約0.1μm、またはそれ以
下であり得る。各トランスウェル16の幅/直径は、少なくとも約50nm、約0.1μ
m、約0.5μm、約1μm、約10μm、約100μm、またはそれ以上であり得る。
代替的または追加的に、幅/直径は最大で約1,000μm、約100μm、約10μm
、約1μm、約0.5μm、約0.1μm、約50nm、またはそれ以下であり得る。
【0078】
各トランスウェル16は、膜24の少なくとも一部およびそれに接するナノポア18を
収容するのに十分な大きさの開口部(例えば、シスウェル14に面するもの)を有する。
例えば、ナノポア18の端部は、膜24を通ってトランスウェル16の開口部へ延びてい
てもよい。
【0079】
シスウェル14およびトランスウェル16は、例えば、フォトリソグラフィ、ナノイン
プリントリソグラフィ、スタンピング技術、エンボス技術、成形技術、マイクロエッチン
グ技術などを含む様々な技術を使用して作ることができる。当業者には理解されるように
、使用される技術は、支持体12および側壁(単数または複数)13の組成および形状に
よって決まる。一実施例では、シスウェル14は、支持体12の端部38で側壁(単数ま
たは複数)13によって画定され得、トランスウェル16は、支持体12を介して画定さ
れ得る。
【0080】
膜24は、本明細書に記載の非透過性または半透過性材料のいずれかであり得る。膜2
4は、シスウェル14とトランスウェル16との間に配置され、したがって、ウェル14
、16の間に障壁を提供する。膜は、基板12の間隔領域32に配置され得る。
【0081】
ナノポア(単数または複数)18は、本明細書に記載の生物学的ナノポア、固体ナノポ
ア、およびハイブリッドナノポアのいずれかであり得る。本明細書で言及されるように、
各ナノポア18は、トランスウェル16のそれぞれをシスウェル14に流体的に接続する
。したがって、ナノポア18とトランスウェル16との比は1:1である。
【0082】
ナノポア18は、2つの開口端と、その2つの開口端を接続する中空のコアまたは穴と
を有する。膜24に挿入されると、ナノポア18の開口端の一方はシスウェル14に面し
、ナノポア18の開口端の他方はトランスウェル16に面し、トランスウェル16の開口
部の少なくとも一部と整列する。ナノポア18の中空コアは、ウェル14、16間の流体
接続を可能にする。中空コアの直径は、約1nm~1μmであり得、ナノポア18の長さ
に沿って変化し得る。いくつかの例では、シスウェル14に面する開口端は、トランスウ
ェル16に面する開口端より大きくてもよい。他の例では、シスウェル14に面する開口
端は、トランスウェル16に面する開口端より小さくてもよい。
【0083】
ナノポ(単数または複数)18を膜24に挿入してもよく、または膜24をナノポア(
単数または複数)18の周りに形成してもよい。一実施例では、ナノポア18は、形成さ
れた脂質二重層(膜24の一例)に自ら挿入し得る。例えば、モノマー形態またはポリマ
ー形態(例えば、八量体)のナノポア18は脂質二重層に自ら挿入し、膜貫通ポアに組み
立てることができる。別の実施例では、ナノポア18を、脂質二重層に挿入するのに望ま
しい濃度で、脂質二重層の接地側に追加してもよい。さらに別の例では、脂質二重層を、
ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)フィルムの開口部をはさんで形成し、シスウェ
ルとトランスウェルとの間に配置してもよい。ナノポアは、接地されたシス区画に追加さ
れてもよく、PTFE開口部が形成された場所で脂質二重層に自ら挿入し得る。なおさら
なる実施例では、ナノポア18は、固体支持体(例えば、シリコン、酸化ケイ素、石英、
酸化インジウムスズ、金、ポリマーなど)に連結されてもよい。連結分子は、ナノポア1
8自体の一部であっても、ナノポア18に付着していてもよく、ナノポア18を固体支持
体に付着させることができる。連結分子を介した付着は、単一のポア18を(例えば、2
つのチャンバー/ウェルの間に)固定化させるものであり得る。次に、ナノポア18の周
りに脂質二重層を形成することができる。
【0084】
上述のように、ナノポアシーケンサー10のいくつかの例は、シスウェル14内とトラ
ンスウェル16内の両方に修飾電解質20を含む。他の実施例では、修飾電解質20は、
トランスウェル16内またはシスウェル14内のいずれかにある。したがって、
図1に示
されるナノポアシーケンサー10は、2つの電解質、すなわち修飾電解質20と非修飾電
解質22とを含むこともできる。
【0085】
修飾電解質20は、電解質とカチオン錯化剤とを含む。電解質は、対イオン(カチオン
およびその結合アニオン)に解離することができる任意の電解質であり得る。例として、
電解質は、カリウムカチオン(K+)またはナトリウムカチオン(Na+)に解離するこ
とができる任意の電解質であり得る。このタイプの電解質は、カリウムカチオンと結合ア
ニオン、もしくはナトリウムカチオンと結合アニオン、またはそれらの組み合わせを含む
。カリウム含有電解質の例には、塩化カリウム(KCl)、フェリシアン化カリウム(K
3[Fe(CN)6]・3H2OまたはK4[Fe(CN)6]・3H2O)、または他
のカリウム含有電解質(例えば、重炭酸塩(KHCO3)もしくはリン酸塩(例えば、K
H2PO4、K2HPO4、K3PO4)が含まれる。ナトリウム含有電解質の例には、
塩化ナトリウム(NaCl)または他のナトリウム含有電解質、例えば重炭酸ナトリウム
(NaHCO3)、リン酸ナトリウム(例えば、NaH2PO4、Na2HPO4または
Na3PO4)が含まれる。別の例として、電解質は、ルテニウム含有カチオン(例えば
、[Ru(NH3)6]2+または[Ru(NH3)6]3+などのルテニウムヘキサミ
ン)に解離することができる任意の電解質であり得る。リチウムカチオン(Li+)、ル
ビジウムカチオン(Rb+)、マグネシウムカチオン(Mg+)、またはカルシウムカチ
オン(Ca+)に解離できる電解質も使用され得る。
【0086】
修飾電解質20で使用されるカチオン錯化剤は、使用される電解質のカチオンによって
決まる。カチオン錯化剤は、電解質のカチオンを錯化するために含まれ、したがって、カ
チオン錯化剤の中心空洞の直径は、カチオンのサイズに一致するように選択される。「一
致」とは、カチオンが中心空洞内に収まり、カチオン錯化剤の原子がカチオンと錯体を形
成することができることを意味する。
【0087】
適切なカチオン錯化剤の例には、クラウンエーテル、カリキサレン、およびバリノマイ
シンが含まれる。適切なクラウンエーテルの例には、以下が含まれる:
【化1】
これらのクラウンエーテルの誘導体、例えばベンゾ-またはジベンゾ-15-クラウン
-5、ベンゾ-またはジベンゾ-18-クラウン-6、ベンゾ-またはジベンゾ-21-
クラウン-7、ジシクロヘキサノ-18-クラウン-6、ジシクロヘキサノ-21-クラ
ウン-7なども使用することができることを理解されたい。アザクラウン(例えば、アザ
-15-クラウン-5)またはチアクラウンも使用することができる。適切なカリックス
アレーンの例には、C
3Cal-5、C
3Cal-6、およびカリックス[4]アレーン
テトラエステルが含まれる。バリノマイシンを以下に示す:
【化2】
【0088】
一致するカチオンとカチオン錯化剤の例を、表1に示す。
【表1】
【0089】
修飾電解質20中のカチオン錯化剤の量は、少なくとも部分的に、カチオンに対する錯
化剤の親和性に応じて変化し得る。この親和性を考慮して、カチオン錯化剤は、利用可能
なカチオンの少なくとも99%の錯体形成をもたらす任意の適切な量で使用され得る。通
常、カチオン錯化剤のモル濃度は、0mMより大きく約1Mまでの範囲であり得る。一実
施例では、18-クラウン-6は、約50mM~約500mMのモル濃度でカリウム含有
電解質に使用され得る。より具体的な例では、18-クラウン-6を約300mMのモル
濃度でカリウム含有電解質に使用することができる。別の実施例では、カリックスアレー
ンは、カリウム含有またはナトリウム含有電解質において、0mMより大きく約20mM
までの範囲のモル濃度で使用され得る。使用される濃度はいずれも、電解質中のカチオン
錯化剤の溶解度によって決まり得る。
【0090】
非修飾電解質22は、修飾電解質20と同じ電解質を、カチオン錯化剤なしで含む。そ
のため、非修飾電解質はカチオン錯化剤を含まない。
【0091】
修飾電解質20をシスウェル14およびトランスウェル16に導入する際、非修飾電解
質22は使用しない。修飾電解質20をシスウェル14に導入すると、非修飾電解質をト
ランスウェル16に導入することができる。非修飾電解質22をシスウエル14に導入す
ると、修飾電解質をトランスウェル16に導入することができる。
【0092】
修飾電解質20が14および/または16のどちらのウェルに導入されても、カチオン
錯化剤はそのウェル14および/または16内で利用可能な電解質カチオンを錯化するた
め、カチオンがかさばりすぎて、そのウェル14および/または16からナノポア(単数
または複数)18を通って移行することができないことを理解されたい。錯化されたカチ
オン(単数または複数)の直径は、ナノポア(単数または複数)18の開口端の少なくと
も1つとほぼ同一(例えば、約5%以内)であるか、それより大きい。例えば、K+と1
8-クラウン-6の錯体の直径は約1.15nmであり、MspAナノポアの(その最小
断面での)中空中心径は約1.2nmである。錯化したカチオンは、ナノポア(単数また
は複数)18を通り抜けることができず、したがって、ナノポア(単数または複数)18
を通るカチオン輸送は、ナノポアシーケンサー10の動作中に抑制される。カチオン輸送
を制限することにより、電解質のアニオンは、イオン電流の差を補うことを余儀なくされ
、したがって、少なくともトランス電極34でのアニオン供給とアニオン消費との間の不
均衡が縮小される。
【0093】
ここで
図3を参照すると、ナノポアシーケンサー10、10’(後者は
図2に示されて
いる)の実施例を利用する方法100、100’の実施例が示されている。ナノポアシー
ケンサー10を伴う方法100の実施例は、参照番号102および104を含む。参照番
号102に示されるように、方法100は、ナノポアシーケンサー10のシスウェル14
とナノポアシーケンサー10のトランスウェル16との間に約-1V~約1Vの電圧バイ
アスを印加することにより、ナノポアシーケンサー10における電解質の酸化還元試薬の
枯渇を制御することを伴い、参照番号104に示されるように、電解質とカチオン錯化剤
とを含む修飾電解質20は、シスウェル14内、もしくはトランスウェル16内、または
シスウェルおよびトランスウェル14、16内に存在する。印加される電圧バイアスは、
例えば、非修飾電解質22と組み合わせて使用される場合の修飾電解質20の位置によっ
て決まり得る。所定の範囲内の任意の電圧バイアスを、修飾電解質20がウェル14、1
6のそれぞれに存在するときに印加することができる。これは、イオン運動が一方向であ
り、したがって、特定のバイアスが印加されたときに膜24の片側に配置された錯化イオ
ンは、電流輸送に影響を与えないという事実による。例えば、負の電圧バイアスが印加さ
れると、トランスウェル16内の錯化イオンは電流輸送に影響を与えない。
【0094】
一実施例では、カチオン(例えば、K+)とクラウンエーテルとの錯体形成は、流れる
電流を約2分の1(2分の1)減らすことにより、ナノポアを通るカチオン輸送を緩和す
る。電流の減少は、約1倍~約3分の1になり得る。
【0095】
いくつかの実施例では、方法100はまた、ナノポアシーケンサー10のシスウェル1
4内およびトランスウェル16内のそれぞれに修飾電解質20を供給する工程を含んでも
よい。他の実施例では、方法100はまた、ナノポアシーケンサー10のシスウェル14
内またはトランスウェル16内の1つに修飾電解質20を、他のトランスウェル16内ま
たはシスウェル14内にカチオン錯化剤のない電解質(すなわち、非修飾電解質22)を
供給する工程を含んでもよい。
【0096】
方法100はまた、カチオン錯化剤を電解質に組み込んで修飾電解質20を作る工程と
、シスウェル14内またはトランスウェル16内の1つに修正電解質20を導入する工程
と、他のトランスウェル16内またはシスウェル14内にカチオン錯化剤のない電解質(
すなわち、非修飾電解質22)を導入する工程とを含んでもよい。本明細書に記載される
ように、カチオン錯化剤の濃度は、少なくとも部分的に、錯化剤のカチオンへの親和性に
応じて変化し得る。
【0097】
方法100は、ナノポアシーケンシング動作中に実施することができる。ナノポア18
をはさんだ電位の印加(すなわち、電流源としてのシスおよびトランス電極30、34に
よって供給されるバイアス)は、電荷を運ぶアニオンとともにナノポア18を通るヌクレ
オチドの移行を強制する。バイアスに応じて、ヌクレオチドはシスウェル14からトラン
スウェル16に、またはトランスウェル16からシスウェル14に輸送され得る。ヌクレ
オチドがナノポア18を通過すると、例えば、そのくびれの塩基依存的閉塞などにより、
障壁を通る電流が変化する。電流の変化からのシグナルは、増幅器、または別の既知シグ
ナル検出デバイスを使用して測定することができる。
【0098】
電圧の範囲は、約-1V~約1V以上まで選択することができる。電圧極性は通常、負
に帯電した核酸を電気泳動によりナノポア18に追い込むように印加される。場合によっ
ては、電圧を下げるか、極性を逆にすることで、適切な機能を促進することができる。
【0099】
ここで
図2を参照すると、ナノポアシーケンサー10’の別の実施例が示されている。
ナノポアシーケンサー10’は、シスウェル14、トランスウェル16、シスウェル14
とトランスウェル16とを流体的に接続するナノポア18、ならびにシスウェル14内、
もしくはトランスウェル16内、またはシスウェルおよびトランスウェル内14,16の
高分子電解質42を含む。高分子電解質42がシスウェル14またはトランスウェル16
のうちの1つにある実施例では、電解質44は、他のトランスウェル16またはシスウェ
ル14に存在し得る。
【0100】
図2に示されるように、基板12は、その中に画定された複数のトランスウェル16を
含むことができ、シスウェル14を少なくとも部分的に画定する側壁(単数または複数)
13に接続され得る。トランスウェル16のそれぞれは、それぞれのナノポア18によっ
て共通シスウェル14に流体的に接続され得る。
図2には1つの共通シスウェル14が示
されているが、シーケンサー10’は、互いに流体的に隔離され、基板12に画定された
それぞれのトランスウェル16のセットに流体的に接続されたいくつかのシスウェル14
を含み得ることを理解されたい。例えば、単一の基板12上の複数の試料の測定を可能に
するために、複数のシスウェル14が望ましい場合がある。
【0101】
ナノポア(単数または複数)18を通る流体連通は、
図2の矢印によって示される。ま
た、
図2に示されるように、膜24は、シスウェル14とトランスウェル(単数または複
数)16との間の基板12上に配置されてもよく、ナノポア(単数または複数)18は、
膜24に配置され、膜24を貫通して延び、シスウェル14とトランスウェル(単数また
は複数)16との間に流体接続を確立することができる。
【0102】
ナノポアシーケンサー10’のシスウェル14およびトランスウェル16は、ナノポア
シーケンサー10について本明細書に記載されるのと同じ方法および同じ構成(例えば、
寸法、レイアウトなど)で画定され得る。さらに、シス電極30およびトランス電極(単
数または複数)34は、それぞれ、側壁(単数または複数)13および基板12に物理的
に接続することができ、それぞれ、シスウェル14の上面28およびトランスウェル(単
数または複数)16の下面36を画定し得る。
【0103】
ナノポアシーケンサー10’では、シスウェル14は、電解質44または高分子電解質
42を、ナノポア(単数または複数)18と接触した状態に維持することができる。一実
施例では、シスウェル14はナノポア18の配列と接触しており、したがって、電解質4
4または高分子電解質42を、配列内の各ナノポア18と接触した状態に維持することが
できる。また、ナノポアシーケンサー10’において、各トランスウェル16は、膜24
の少なくとも一部およびそれに接するナノポア18を収容するのに十分な大きさの開口部
(例えば、シスウェル14に面するもの)を有する。例えば、ナノポア18の端部は、膜
24を通ってトランスウェル16の開口部へ延びていてもよい。
【0104】
本明細書に記載の膜24およびナノポア18のいずれも、ナノポアシーケンサー10’
に使用することができる。
【0105】
上述のように、ナノポアシーケンサー10’のいくつかの実施例は、シスウェル14内
とトランスウェル16内の両方に高分子電解質42を含む。他の例では、高分子電解質4
2は、トランスウェル16内またはシスウェル14内のいずれかにある。したがって、図
2に示されるナノポアシーケンサー10’は、2つの電解質、すなわち高分子電解質42
と電解質42とを含むことができる。
図2の実施例では、高分子電解質42はトランスウ
ェル16内に存在し、高分子電解質42または電解質44はシスウェル14内に存在する
。
【0106】
高分子電解質42は、ゲル状の荷電ポリマーであり、反対の電荷のイオンの結合により
電流を伝導することができる。本明細書に開示される実施例では、高分子電解質42は、
負に帯電したイオン(すなわち、アニオン)と結合する正に帯電した骨格を有する。カチ
オンは高分子電解質42の骨格の一部であるため、それらはそのウェル16または14か
らナノポア(単数または複数)18を通って容易に移行しない場合がある。適切な高分子
電解質42の実施例は、ポリジアリルジメチルアンモニウムクロライド(PDDA)、ポ
リエチレンイミン(PEI)のイオン型、直鎖ポリエチレンイミン(LPEI)のイオン
型、ポリ(アリルアミン塩酸塩)(PAH)、およびポリ(4-ビニルピリジン)(P4
VP)のイオン型からなる群より選択される。いくつかの例示構造を以下に示す:
【化3】
これらの例では、直鎖ポリエチレンイミン(LPEI)の-NH
2+はCl
-に配位し、
ポリ(4-ビニルピリジン)(P4VP)の-NH
+はCl
-に配位する(すなわち、ポ
リ(4-ビニルピリジン塩酸塩))。ポリ(4-ビニルピリジン)(P4VP)のイオン
型の別の例は、ポリ(4-ビニルピリジン) メチルクロリドであり、ポリ(4-ビニルピリ
ジン)の-N
+CH
3はCl
-に配位している。他のウェル14、16で使用される電解
質44およびトランス電極34上の電気化学反応の性質に応じて、塩化物以外のアニオン
を使用することができる。トランス側の電解質平衡を維持することが望ましいため、トラ
ンス電極34によって消費または生成されるイオンは高分子電解質42と一致する必要が
ある。
【0107】
高分子電解質42は、遊離電解質ほど容易にはナノポア18を通過しないかもしれない
が、ナノポア18は荷電ポリマー(例えば、ポリエチレングリコール(PEG)、DNA
)を移行させることが示されている。したがって、非線形高分子電解質42を使用して、
ポア18を通る高分子電解質42の移行をさらに妨ぐことができる。例えば、分岐PEI
または高分子電解質42と架橋性基を有するモノマーとのコポリマー。
【0108】
トランスウェル(単数または複数)16に含まれる場合、高分子電解質42は、膜24
(例えば、脂質二重層)の機械的支持および構造的安定性を改善することもできる場合が
ある。
【0109】
含まれる場合、電解質42は、対イオン(カチオンおよびその結合アニオン)に解離す
ることができる任意の電解質であり得る。例として、電解質は、カリウムカチオン(K+
)またはナトリウムカチオン(Na+)に解離することができる任意の電解質であり得る
。このタイプの電解質は、カリウムカチオンと結合アニオン、もしくはナトリウムカチオ
ンと結合アニオン、またはそれらの組み合わせを含む。カリウム含有電解質の例には、塩
化カリウム(KCl)、フェリシアン化カリウム(K3[Fe(CN)6]・3H2Oま
たはK4[Fe(CN)6]・3H2O)、または他のカリウム含有電解質(例えば、重
炭酸塩(KHCO3)もしくはリン酸塩(例えば、KH2PO4、K2HPO4、K3P
O4)が含まれる。ナトリウム含有電解質の例には、塩化ナトリウム(NaCl)または
他のナトリウム含有電解質、例えば重炭酸ナトリウム(NaHCO3)、リン酸ナトリウ
ム(例えば、NaH2PO4、Na2HPO4、Na3PO4)が含まれる。別の例とし
て、電解質は、ルテニウム含有カチオン(例えば、[Ru(NH3)6]2+または[R
u(NH3)6]3+などのルテニウムヘキサミン)に解離することができる任意の電解
質であり得る。リチウムカチオン(Li+)、ルビジウムカチオン(Rb+)、マグネシ
ウムカチオン(Mg+)、またはカルシウムカチオン(Ca+)に解離できる電解質も使
用され得る。
【0110】
ナノポアシーケンサー10’の実施例では、高分子電解質42はシスウェルとトランス
ウェル14、16内の両方に存在し、高分子電解質42は、ポリジアリルジメチルアンモ
ニウムクロライド、ポリエチレンイミンのイオン型、直鎖ポリエチレンイミンのイオン型
、ポリ(アリルアミン塩酸塩)、およびポリ(4-ビニルピリジン)のイオン型からなる
群より選択される。
【0111】
ナノポアシーケンサー10’の別の実施例では、高分子電解質42は、ポリジアリルジ
メチルアンモニウムクロライド、ポリエチレンイミンのイオン型、直鎖ポリエチレンイミ
ンのイオン型、ポリ(アリルアミン塩酸塩)、およびポリ(4-ビニルピリジン)のイオ
ン型からなる群より選択され;電解質42は、カリウムカチオンと結合アニオン、もしく
はナトリウムカチオンと結合アニオン、またはそれらの組み合わせを含む。
【0112】
再び
図3を参照すると、ナノポアシーケンサー10’を伴う方法100’の実施例は、
参照番号102および106を含む。参照番号102に示されるように、方法100’は
、ナノポアシーケンサー10’のシスウェル14とナノポアシーケンサー10’のトラン
スウェル16との間に約-1V~約1Vの電圧バイアスを印加することにより、ナノポア
シーケンサー10’における電解質の酸化還元試薬の枯渇を制御することを伴い、参照番
号106に示されるように、高分子電解質42は、シスウェル14内、もしくはトランス
ウェル16内、またはシスウェルおよびトランスウェル14、16内に存在する。トラン
ス側の電解質平衡を維持する任意の電圧バイアスを印加することができる。
【0113】
いくつかの例では、方法100’は、ナノポアシーケンサー10’のシスウェル14内
およびトランスウェル16内のそれぞれにゲル状高分子電解質42を供給する工程を含ん
でもよい。他の実施例では、方法100’はまた、ナノポアシーケンサー10’のシスウ
ェル14内またはトランスウェル16内の1つにゲル状高分子電解質42を、他のトラン
スウェル16内またはシスウェル14内に電解質44を供給する工程を含んでもよい。
【0114】
方法100’はまた、高分子電解質42を(ゲル状態で)シスウェル14内に、もしく
はトランスウェル(単数または複数)16内に、またはシスウェルおよびトランスウェル
14、16内の両方に導入する工程を含んでもよい。高分子電解質42がウェル14また
は16のうちの1つにある場合、方法100’は、他のトランスウェル16またはシスウ
ェル14に電解質44を導入する工程を含んでもよい。
【0115】
方法100’は、ナノポアシーケンシング動作中に実施することができる。ナノポア1
8をはさんだ電位の印加(すなわち、電流源としてのシスおよびトランス電極30、34
によって供給される所定のバイアス)は、電荷を運ぶアニオンとともにナノポア18を通
るヌクレオチドの移行を強制する。バイアスに応じて、ヌクレオチドはシスウェル14か
らトランスウェル16に、またはトランスウェル16からシスウェル14に輸送され得る
。ヌクレオチドがナノポア18を通過すると、例えば、そのくびれの塩基依存的閉塞など
により、障壁を通る電流が変化する。電流の変化からのシグナルは、増幅器、または別の
既知シグナル検出デバイスを使用して測定することができる。
【0116】
電圧の範囲は、約-1V~約1V以上まで選択することができる。電圧極性は通常、負
に帯電した核酸を電気泳動によりナノポア18に追い込むように印加される。場合によっ
ては、電圧を下げるか、極性を逆にすることで、適切な機能を促進することができる。
【0117】
ここで
図4を参照すると、ナノポアシーケンサー10’’のさらに別の実施例が示され
ている。ナノポアシーケンサー10’’は、シスウェル14’、トランスウェル16’、
シスウェル14’とトランスウェル16’とを流体的に接続するナノポア18、シスウェ
ル14’に接するシスウェル電極構造47(第1ベース電極30’と、第1ベース電極3
0’に固定された酸化還元固体48とを含むシスウェル電極構造47);トランスウェル
16’に接するトランスウェル電極構造50(第2ベース電極34’と、第2ベース電極
34’に固定された酸化還元固体48とを含むトランスウェル電極構造50);ならびに
シスウェル電極構造47およびトランスウェル電極構造50でのそれぞれの酸化還元反応
に応じて消費または放出されるカチオンを含む電解質46を含む。
【0118】
図4に示されるように、基板12は、その中に画定された複数のトランスウェル16’
を含み得る。トランスウェル16’のそれぞれは、それぞれのナノポア18によって共通
シスウェル14’に流体的に接続され得る。
図4には1つの共通シスウェル14’が示さ
れているが、シーケンサー10’’は、互いに流体的に隔離され、基板12に画定された
それぞれのトランスウェル16’のセットに流体的に接続されたいくつかのシスウェル1
4を含み得ることを理解されたい。例えば、単一の基板12上の複数の試料の測定を可能
にするために、複数のシスウェル14’が望ましい場合がある。
【0119】
ナノポア(単数または複数)18を通る流体連通は、
図4の矢印によって示される。ま
た、
図4に示されるように、膜24は、シスウェル14’とトランスウェル(単数または
複数)16’との間に配置されてもよく、ナノポア(単数または複数)18は、膜24に
配置され、膜24を貫通して延び、シスウェル14とトランスウェル(単数または複数)
16との間に流体接続を確立することができる。
【0120】
ナノポアシーケンサー10’のシスウェル14’およびトランスウェル16’は、ナノ
ポアシーケンサー10のシスウェル14およびトランスウェル16について本明細書に記
載されるのと同じ構成(例えば、寸法、レイアウトなど)で画定され得る。
【0121】
この実施例では、シスウェル14’は、側壁(単数または複数)13’によって画定さ
れた内壁26、26’と、シスウェル電極構造47の酸化還元固体48によって画定され
た上面28と、膜24とによって画定された下面28’とを有する。したがって、シスウ
ェル14’は、シスウェル電極構造47の酸化還元固体48と、側壁(単数または複数)
13’と、膜24とによって画定された空間内に形成される。
【0122】
シスウェル電極構造47は、側壁(単数または複数)13’に物理的に接続されていて
もよい。シスウェル電極構造47は、例えば、接着剤または別の適切な締結構造によって
、側壁(単数または複数)13’に物理的に接続されていてもよい。シスウェル電極構造
47と側壁(単数または複数)13’との間の接触面は、シスウェル14’の上部を密封
し得る。
【0123】
上述のように、シスウェル電極構造47は、第1ベース電極30’と、第1ベース電極
30’に固定された酸化還元固体48とを含む。第1ベース電極30’は、グラファイト
、白金、金、銀、銅、炭素繊維、ダイヤモンド、およびパラジウムからなる群より選択さ
れる材料を含むか、または場合によってはそれから構成されていてもよい。酸化還元固体
48は、テトラシアノキノジメタン(TCNQ)、プルシアンブルー(固体電極として、
例えばグルコースセンサーにおいて使用され得る)、およびポリピロールからなる群より
選択され得る。
【0124】
図4に示されるように、ナノポアシーケンサー10’’は、複数のトランスウェル16
’を含む。各トランスウェル16’は、膜24の少なくとも一部およびそれに接するナノ
ポア18を収容するのに十分な大きさの開口部(例えば、シスウェル14’に面するもの
)を有する。例えば、ナノポア18の端部は、膜24を通ってトランスウェル16’の開
口部へ延びていてもよい。
【0125】
各トランスウェル16’は、基板12に画定された流体チャンバーである。
図4に示さ
れる実施例では、各トランスウェル16’は、基板12によっておよび/または基板12
の間隔領域32によって画定された側壁31、31’と、トランスウェル電極構造50の
酸化還元固体48によって画定された下面36と、膜24とによって画定された上面36
’とを有する。したがって、各トランスウェル16’は、トランスウェル電極構造50の
酸化還元固体48と、基板12の他の部分および/または間隔領域32と、膜24とによ
って画定された空間内に形成される。上面36’は、膜24に配置されたナノポア(単数
または複数)18を通る開口部(単数または複数)を有することを理解されたい。
【0126】
トランスウェル電極構造50は、基板12に物理的に接続されていてもよく、基板12
を形成するプロセスで(例えば、トランスウェル16’の形成中に)作ることができる。
基板12およびトランス電極34’を形成するために使用され得る微細加工技術には、リ
ソグラフィ、金属蒸着およびリフトオフ、乾燥および/またはスピンオンフィルム蒸着、
エッチングなどが含まれる。トランスウェル電極構造50と基板12との間の接触面は、
トランスウェル16’の下部を密封し得る。
【0127】
上述のように、トランスウェル電極構造50は、第2ベース電極34’と、第2ベース
電極34’に固定された酸化還元固体48とを含む。第2ベース電極34’上の酸化還元
固体48は、第1ベース電極30’に固定された酸化還元固体48と同じタイプである。
したがって、第2ベース電極34’上の酸化還元固体48は、テトラシアノキノジメタン
(TCNQ)、プルシアンブルー、およびポリピロールからなる群より選択され得る。ベ
ース電極34’は、ベース電極30’と同じ材料であっても、異なるタイプの材料であっ
てもよい。したがって、第2ベース電極34’は、グラファイト、白金、金、銀、銅、炭
素繊維、ダイヤモンド、およびパラジウムからなる群より選択される材料を含むか、また
は場合によっては、それから構成されていてもよい。
【0128】
酸化還元固体48は、任意の適切な化学的または電気化学的蒸着プロセスを使用して、
それぞれのベース電極30’、34’上に蒸着され得る。例として、プルシアンブルーは
、第二鉄(Fe3+)およびフェリシアン化物([Fe3+(CN)6]3-)イオンの
混合物を含む水溶液から、開回路状態で自発的に、または還元的電気化学駆動力を加える
ことにより蒸着することができる。
【0129】
酸化還元固体48の厚さは、約10nm~約10μmの厚さを有し得る。一例として、
TCNQ酸化還元固体は、約100nm~5μmの厚さのフィルムであり得る。いくつか
の厚さ範囲が提供されているが、厚さは、部分的に、蒸着プロセスの所与の制限および長
時間のシーケンサー操作を維持するための一定量の酸化還元固体に望まれることに依存し
得ることを理解されたい。
【0130】
本明細書に記載の膜24およびナノポア18のいずれも、ナノポアシーケンサー10’
’に使用することができる。
【0131】
ナノポアシーケンサー10’’の電解質46は、電解質44について提供される例のい
ずれかであり得る。要するに、電解質46は、対イオン(カチオンとその結合アニオン)
に解離することができる任意の電解質であり得、そのカチオンはまた、ベース電極30’
、34’上の酸化還元固体48によって放出および消費されることができる。ある場合に
は、電解質46は電解質44の1つの水溶液である。ナノポアシーケンサー10’’のこ
の実施例では、電解質46はシスウェル14’およびトランスウェル(単数または複数)
16’に存在する。したがって、シスウェル14’およびトランスウェル(単数または複
数)16’は、電解質46をナノポア(単数または複数)18と接触した状態に維持する
ことができる。
【0132】
酸化還元固体48は、シスウェル14’およびトランスウェル(単数または複数)16
’において水が分解しない電位窓で使用される電解質46中で酸化還元活性である。本明
細書に開示される酸化還元固体48の例は、比較的低い電位(例えば、-1V~1V)で
酸化還元反応を引き起こす。酸化還元固体48は、(負電位にさらされたときに)電解質
46のカチオンを消費するカソード反応(例えば、以下の式1)を起こすことができ、(
正電位にさらされたときに)カチオンを電解質46に放出するアノード反応(例えば、以
下の式2)を起こすことができる。一例として、それぞれのベース電極30’、34’に
固定されたTCNQ酸化還元固体48を有する電極構造47、50が関与する酸化還元反
応は、以下を伴う:
TCNQ(固体)+e-+K+
(水溶液)→(K+TCNQ-)(固体) (式1)
(K+TCNQ-)(固体)→TCNQ(固体)+e-+K+
(水溶液) (式2)。
これらの反応が適切な電位の印加により誘発されることで、カチオン(例えば、K+)は
トランスウェル(単数または複数)16’で放出され、シスウェル14’で消費される。
これにより、トランスウェル(単数または複数)16’におけるアニオンの枯渇が解消さ
れる。
【0133】
ここで
図5を参照すると、ナノポアシーケンサー10’’を伴う方法200の実施例は
、ナノポアシーケンサー10’’内の電解質46の酸化還元反応物の枯渇を以下によって
制御することを伴う:シスウェル電極構造47に第1電圧を印加することにより、ナノポ
アシーケンサー10’’内の電解質46のカチオンを消費するカソード反応を開始するこ
と(参照番号202に示されるように);トランスウェル電極構造50に第2電圧を印加
することにより、電解質46のカチオンを放出するアノード反応を開始すること。
【0134】
方法200は、ナノウェルシーケンサー10’’に、電極構造47、50と、シスウェ
ル14’およびトランスウェル16’のそれぞれへの電解質46とを供給することも含み
得る。方法200は、シスウェル14’およびトランスウェル16’のそれぞれに電解質
46を導入することも含み得る。
【0135】
方法200は、ナノポアシーケンシング動作中に実施することができる。ナノポア18
をはさんだ電位の印加(すなわち、電流源としての第1および第2電極構造47、50に
よって供給される所定のバイアス)は、電荷を運ぶカチオンおよび/またはアニオンとと
もにナノポア18を通るヌクレオチドの移行を強制する。バイアスに応じて、ヌクレオチ
ドはシスウェル14’からトランスウェル16’に、またはトランスウェル16’からシ
スウェル14’に輸送され得る。ヌクレオチドがナノポア18を通過すると、例えば、そ
のくびれの塩基依存的閉塞などにより、障壁を通る電流が変化する。電流の変化からのシ
グナルは、増幅器、または別の既知シグナル検出デバイスを使用して測定することができ
る。
【0136】
電圧の範囲は、約-1V~約1.5V以上まで選択することができる。一実施例では、
酸化還元固体48としてTCNQを使用してシーケンサー10’’を動作させるために適
切な電圧範囲は、約0.4V~約1.2Vである。これは、第1および第2ベース電極3
0’、34’間に印加される電圧差に相当する。電圧極性は、負に帯電した核酸を電気泳
動によりナノポア18に追い込むように印加され得る。場合によっては、電圧を下げるか
、極性を逆にすることで、適切な機能を促進することができる。
【0137】
本開示をさらに説明するために、本明細書に実施例を挙げる。これらの実施例は例示の
目的で提供されており、本開示の範囲を限定するものとして解釈されるべきではないこと
を理解されたい。
【実施例】
【0138】
(非限定的な実動する実施例)
(実施例1)
単一のシスウェルおよび単一のトランスウェルを有する2つのナノポアシーケンサー(
本明細書ではそれぞれ「1」または「ポア1」および「2」または「ポア2」と呼ぶ)を
調製した。クラウンエーテルを添加していない塩化カリウムを、シーケンサー1、2のシ
スおよびトランスウェルに導入した。ナノポアシーケンサー1、2のそれぞれには、シス
ウェルとトランスウェルとの間の脂質二重層膜に配置されたMspAナノポアが含まれて
いた。
【0139】
ナノポアシーケンサー1、2のそれぞれにおけるナノポアのそれぞれにさまざまな電位
を印加し、電流を測定した。結果を
図6Aに示す。ナノポアシーケンサー1(ポア1)は
逆バイアス時に非対称応答を示し、これは「ゲーティング」として知られている;ナノポ
アシーケンサー2(ポア2)は対称応答を示した。
【0140】
塩化カリウムは、ナノポアシーケンサー2のシスおよびトランスウェル両方から流入さ
れた。クラウンエーテル、18-クラウン-6を塩化カリウムに400mMで加え、この
電解質をナノポアシーケンサー2のシスおよびトランスウェルに導入した。ナノポアシー
ケンサー2のナノポアをはさんでさまざまな電位を印加し、電流を測定した。結果を
図6
Bに示す。
図6Bは、比較のために
図6Aのナノポアシーケンサー2(クラウンエーテル
なし)の結果も示している。クラウンエーテルを追加すると、ナノポアシーケンサー2は
、順方向と逆方向の両方のバイアス電流の抑制を示した。負のバイアスと正のバイアスの
両方での伝導の減少により、18-クラウン-6がMspAナノポアを通るK
+輸送を妨
害したことが確認された。この結果は、K
+イオンとクラウンエーテルの錯体形成のため
に、流れる電流が予想では2分の1に減少することにより、ナノポアを通るK
+イオンの
輸送が妨げられることを示唆している。
【0141】
次に、クラウンエーテルを含む塩化カリウムをナノポアシーケンサー2のシスウェルか
ら流入した。シスおよびトランスウェルは脂質層によって分離されているため、クラウン
エーテルを加えた塩化カリウムはナノポアシーケンサー2のトランスウェルに留まった。
ナノポアシーケンサー2のナノポアをはさんでさまざまな電位を印加し、電流を測定した
。結果を、
図6Cの「ポア2-流入」と表示された線で示す。
図6Cは、比較のために図
6Aのナノポアシーケンサー2(クラウンエーテルなし)の結果も示している。クラウン
エーテルを流入した後のナノポアシーケンサー2のIV曲線(
図6Cで「ポア2-流入」
と表示された線)は、ほぼ標準状態(
図6Cで「ポア2」と表示された線)に戻った。い
くつかの残留効果が、逆バイアス下の電流輸送に観察され、これは、トランスウェルに閉
じ込められたままの少量のクラウンエーテルと一致していた。
【0142】
(実施例2)
移行実験では、87ヌクレオチド塩基と66℃の融解温度のヘアピン構造を持つオリゴ
マーを使用した。2つのナノポアシーケンサーを使用した。それぞれには、単一のシスウ
ェルと単一のトランスウェル、およびシスウェルとトランスウェルとの間の脂質二重層膜
に配置されたMspAナノポアがあった。
【0143】
比較シーケンサーでは、クラウンエーテルを添加していない塩化カリウムをシスおよび
トランスウェルに導入した。実施例シーケンサーでは、400mMの18-クラウン6を
添加した塩化カリウムを、シスおよびトランスウェルに導入した。それぞれのオリゴマー
は、比較シーケンサーと実施例シーケンサーで移行した。
【0144】
比較シーケンサーのイオン電流対時間の結果を
図7Aに示し、結果のヒストグラムを図
7Bに示す。比較シーケンサーの場合、開放ポア電流は107.5pAであり、中間閉塞
電流は73.5pA(68%)であった。
図7Aの20pA~50pAの読み取り値は、
ヘアピンDNAオリゴマーが解凍し、移行が停止する深い閉塞に対応すると考えられてい
る。ヒストグラムでは、この深い閉塞は振幅70~80の間に見られると考えられている
。
【0145】
実施例シーケンサーのイオン電流対時間の結果を
図8Aに示し、結果のヒストグラムを
図8Bに示す。実施例シーケンサーの場合、開放ポア電流は88.5pAであり、中間閉
塞電流は57.5pA(65%)であった。
図8Aに示すように、20pA~50pAの
読み取り値の数が減少している。 K
+イオンの錯体形成により、DNAが容易に解凍さ
れ、その結果、深い閉塞が減少すると考えられている。
図8Bでは、振幅70~80の間
にシグナルがないことが観察され、これはまた、深い閉塞が低減または排除されていると
いう見解を支持する。
【0146】
全体的に、実施例シーケンサーの電流レベルシフトは、ナノポアを通る伝導へのK+イ
オンの寄与の減少と一致している。これにより、Cl-イオンの枯渇が減少すると考えら
れている。
【0147】
(補注)
前述の概念および以下でより詳細に説明する追加の概念の全ての組み合わせは(そのよ
うな概念が相互に矛盾しない限り)、本明細書で開示される本発明の主題の一部であるこ
とが理解されるであろう。特に、本開示の最後に現れる特許請求される主題の全ての組み
合わせは、本明細書で開示される本発明の主題の一部であると考えられる。また、本明細
書で明示的に使用される用語は、参照により組み込まれる任意の開示に現れる場合もあり
、本明細書で開示される特定の概念と最も一致する意味が与えられるべきであることも理
解されたい。
【0148】
明細書全体にわたる「一実施例」、「別の実施例」、「実施例」などへの言及は、実施
例に関連して説明された特定の要素(例えば、機能、構造、および/または特徴)が、本
明細書で説明される少なくとも1つの実施例に含まれており、他の実施例には存在しても
しなくてもよいことを意味する。加えて、文脈が明確に別段の指示をしない限り、任意の
実施例について説明された要素は、様々な実施例において任意の適切な方法で組み合わせ
ることができることを理解されたい。
【0149】
本明細書で提供される範囲は、明言された範囲および明言された範囲内の任意の値また
は部分的範囲を含むことを理解されたい。例えば、約50mM~約500mMの範囲は、
明示的に記載された約50mM~約500mMの際限を含むだけでなく、約100mM、
約335mM、約400.5mM、約490mMなどの個々の値、および約75mM~約
475mM、約200mM~約300mMなどの部分的範囲なども含むと解釈されるべき
である。さらに、「約」および/または「実質的に」を使用して値を説明する際、これは
、明言された値からのわずかな変動(最大+/-10%)を包含することを意味する。
【0150】
いくつかの実施例を詳細に説明したが、開示された実施例は修正できることを理解され
たい。したがって、前述の説明は非限定的であると見なされるべきである。