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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-25
(45)【発行日】2023-06-02
(54)【発明の名称】鉄基焼結合金バルブシート
(51)【国際特許分類】
   F01L 3/02 20060101AFI20230526BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20230526BHJP
   C22C 33/02 20060101ALI20230526BHJP
   B22F 5/00 20060101ALI20230526BHJP
   B22F 3/26 20060101ALI20230526BHJP
【FI】
F01L3/02 E
C22C38/00 304
C22C33/02 B
B22F5/00
B22F3/26 B
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2022576536
(86)(22)【出願日】2022-12-09
(86)【国際出願番号】 JP2022045437
【審査請求日】2022-12-20
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000215785
【氏名又は名称】TPR株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 光稀
(72)【発明者】
【氏名】内田 福敏
【審査官】竹村 秀康
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-202451(JP,A)
【文献】特開平08-134608(JP,A)
【文献】特開平09-329006(JP,A)
【文献】特開昭59-025959(JP,A)
【文献】特公昭57-019188(JP,B2)
【文献】特表平09-511020(JP,A)
【文献】特開昭58-077114(JP,A)
【文献】国際公開第2009/024809(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 5/00
C22C 38/00
C22C 33/02
F01L 3/02
B22F 3/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素ガス燃料を使用する内燃機関に用いられる鉄基焼結合金バルブシートであって、
Cr含有量が13質量%以上23質量%以下であり、Mo含有量が5質量%以上20質量%以下であり、Cu含有量が10質量%以上23質量%以下であり、Coが3質量%以上であり、Cr、Mo、Coの合計含有量が14質量%以上47質量%以下である、鉄基焼結合金バルブシート。
【請求項2】
前記鉄基焼結合金バルブシートは、基地に、Crを含む硬質粒子AとMoを含む硬質粒子Bが分散しており、
前記硬質粒子AはCrを8質量%以上32質量%以下含有しており、前記基地はCrを質量%以上25質量%以下含有し、前記硬質粒子BはMoを50質量%以上75質量%以下含有し、
且つ前記鉄基焼結合金バルブシートは、Cu溶浸されている、請求項1に記載の鉄基焼結合金バルブシート。
【請求項3】
前記硬質粒子AはCr、Co、Mo、Ni、C及び残部Feと不純物からなり、硬さが550HV0.1以上1050HV0.1以下であり、
前記硬質粒子Bは硬さが850HV0.1以上1600HV0.1以下である、請求項2に記載の鉄基焼結合金バルブシート。
【請求項4】
前記鉄基焼結合金バルブシートは、バルブシートを、周長方向に対して直交する方向で切断して得られた断面を観察したときに空孔率が3%以下であり、かつCuの面積率が8%以上20%以下である、請求項1または2に記載の鉄基焼結合金バルブシート。
【請求項5】
前記鉄基焼結合金バルブシートは、バルブシートを、周長方向に対して直交する方向で切断して得られた断面を分析範囲25μm×25μmにて所定の条件で成分分析を行ったとき、Crの含有量が2%未満かつ、Mo含有量が30%未満かつ、Cu含有量が2%未満である領域が存在しない、請求項1または2に記載の鉄基焼結合金バルブシート。
【請求項6】
前記鉄基焼結合金バルブシートは、バルブシートを、周長方向に対して直交する方向で切断して得られた断面を分析範囲25μm×25μmにて所定の条件で成分分析を行ったとき、前記硬質粒子Bが占める領域およびCu溶浸されている領域を除き、Crの含有量が2%未満である領域が存在しない、請求項2に記載の鉄基焼結合金バルブシート。
【請求項7】
前記基地に含まれるCrは、Cr炭化物を含む、請求項2記載の鉄基焼結合金バルブシート。
【請求項8】
表面硬さがHRC40以上HRC60以下である請求項1または2に記載の鉄基焼結合金バルブシート。
【請求項9】
火花点火機関に用いられる鉄基焼結合金バルブシートである、請求項1または2に記載の鉄基焼結合金バルブシート。
【請求項10】
排気側に配置される鉄基焼結合金バルブシートである、請求項1または2に記載の鉄基焼結合金バルブシート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素ガス燃料を使用する内燃機関に用いられる鉄基焼結合金バルブシートに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、CO排出量及び化石燃料の使用量削減が要求されており、環境負荷の観点から、燃料に水素ガス、又は、水素ガスと他の燃料とを混合した燃料(以下、両者を合わせて水素ガス燃料とも称する。)を使用する内燃機関に関する技術が検討されている。
【0003】
これに関連して、例えば特許文献1には、水素エンジンに用いられる部材として、水素脆性破壊を抑制するために、ステンレス鋼を素材とした被覆層を設けた部材が開示されている。
【0004】
一方で、内燃機関でバルブを着座させるバルブシートには、ガソリンエンジンの低燃費化のため、より高温での耐摩耗性や、より高い伝熱性が求められている。このような要求に対して特許文献2には、ハイス鋼等のFe合金からなるマトリクス中に、Co基合金からなる硬質粒子を分散させ、さらに、空孔部にCu又はCu合金を溶浸させたバルブシートが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】実開昭51-137004号公報
【文献】特開2022-050275号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明者らが検討したところ、水素ガス燃料を使用する内燃機関においては、炭化水素系燃料を使用する場合と異なり、燃焼がクリーンで水とNOxが選択的に発生しやすい。生じた水とNOxにより、機関内に酸性雰囲気を帯びた水の還流が発生する。そのため、上記特許文献2のような、高温での耐摩耗性や高い伝熱性を訴求したバルブシートでは、過大摩耗が発生することに想到した。
本発明は、水素ガス燃料を使用する内燃機関に焼結バルブシートを用いた際に生じる新たな課題を解決する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討し、水素ガス燃料を使用する内燃機関において、バルブによる繰り返し高速当接を受けるバルブシートのフェイス面が、水素ガス燃料を使用した内燃機関に特有の腐食作用により叩かれ摩耗を引き起こしやすくなることに着目した。そして、バルブシートのフェイス面に使用する材料の耐腐食摩耗性を高めるため、焼結バルブシートの基地、硬質粒子の組成および焼結バルブシート中の特定元素の分布について検討した。特定元素の中で、Crは硝酸に対して不動態皮膜を形成し耐腐食性を向上させるが、添加量が多すぎると焼結性を悪化させ、基地強度の低下を生じる虞があることから、他の元素との配合、分布について検討した。また、Cuの溶浸により空孔を塞ぐことで内部腐食による基地の強度低下を防ぎ、耐腐食摩耗性、高強度を高次元で満たす焼結バルブシートの発明を完成させた。
【0008】
本発明の一形態は、水素ガス燃料を使用する内燃機関に用いられる焼結バルブシートであって、Cr含有量が6質量%以上23質量%以下であり、Mo含有量が5質量%以上20質量%以下であり、Cu含有量が10質量%以上23質量%以下であり、かつ、Coが3質量%以上であり、Cr、Mo、Coの合計含有量が14質量%以上47質量%以下である。
【0009】
また、焼結バルブシートは、基地にCrを含む硬質粒子AとMoを含む硬質粒子Bが分散しており、硬質粒子AはCrを8質量%以上32質量%以下含有しており、基地はCrを3質量%以上25質量%以下含有し、硬質粒子BはMoを50質量%以上75質量%以下含有し、且つ前記バルブシートはCu溶浸されていることが好ましい。また、硬質粒子AはCr、Co、Mo、Ni、C及び残部Feと不純物からなり、硬さが550HV0.1以上1050HV0.1以下であり、硬質粒子Bは硬さが850HV0.1以上1600HV0.1以下であることが好ましい。
【0010】
また、焼結バルブシートの基地は、基地に含まれるCrがCr炭化物を含むことが好ましい。
【0011】
また、焼結バルブシートは、バルブシートを、周長方向に対して直交する方向で切断して得られた断面を観察したときに空孔率が3%以下であり、かつCuの面積率が8%以上20%以下であることが好ましい。また、前記バルブシートは、バルブシートを、周長方向に対して直交する方向で切断して得られた断面を分析範囲25μm×25μmにて所定の条件で成分分析を行ったとき、Crの含有量が2%未満かつ、Mo含有量が30%未満かつ、Cu含有量が2%未満である領域が存在しないことが好ましく、硬質粒子Bが占める領域およびCu溶浸されている領域を除き、Crの含有量が2%未満である領域が存在しないことが好ましい。
また、表面硬さがHRC40以上HRC60以下であることが好ましい。
これらの焼結バルブシートは、火花点火機関の排気側に配置されるバルブシートであることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、水素ガス燃料を使用する内燃機関に生じ得る、バルブシートの腐食摩耗を抑制できる焼結バルブシートを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】比較例3のバルブシートに対して、単体硝酸浸漬試験を行った後のバルブシート断面組織画像である(図面代用写真)。
図2】実施例15のバルブシートに対して、単体硝酸浸漬試験を行った後のバルブシート断面組織画像である(図面代用写真)。
図3】比較例4のSEM画像である(図面代用写真)。
図4】実施例15のSEM画像である(図面代用写真)。
図5】比較例4の基地部分のSEM画像である(図面代用写真)。
図6】実施例15の基地部分のSEM画像である(図面代用写真)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の一実施形態は、水素ガス燃料を使用する内燃機関に用いられる鉄基焼結合金バルブシート(以下、単に焼結バルブシートともいう。)である。
【0015】
<水素ガス燃料>
本明細書において、水素ガス燃料とは、水素ガスのみからなる燃料、又は水素ガスと他の炭化水素系燃料とを混合した燃料をいう。全燃料中の水素ガスの割合は、50%以上であり、60%以上であってよく、70%以上であってよい。
【0016】
<基地>
焼結バルブシートは、Cr含有量3質量%以上25質量%以下の基地に、硬質粒子AとBとが分散されてなることが好ましい。
基地のCr含有量は、3質量%以上であり、好ましくは4質量%以上であり、より好ましくは5質量%以上であり、更に好ましくは10質量%以上である。また、上限は、後述するとおり、焼結バルブシート全体の組成においてCr含有量が6質量%以上23質量%以下の範囲内である限り特に限定されないが、基地としては25質量%以下であることが好ましい。Cr含有量が上記範囲内であることで、バルブシートの腐食摩耗を抑制することができる。
【0017】
基地の一形態としては、Cr高含有の形態であってもよく、例えば、Cr含有量20質量%以上25質量%以下の基地が最も好ましい。このようなCr高含有の基地は、バルブシートの耐腐食摩耗の観点から好ましい。
基地に含まれるCrは、Cr炭化物であることが好ましい。Cr炭化物を含むことで基地の硬さを上げて、耐摩耗性を確保することができる。
【0018】
基地のCo含有量は、20質量%以下であることが好ましく、17質量%以下であることがより好ましい。下限は特に限定されないが、通常5質量%以上であってもよい。Co含有量が上記範囲内であることで、バルブシートに十分な強度を確保することができる。
【0019】
基地に含まれ得るその他の元素としては、C、Mo、Ni、V、W、Mn、S等が挙げられ、残部は不可避不純物及びFeである。
【0020】
基地は、硬さが400HV0.1以上、800HV0.1以下であることが好ましい。これによりバルブシートに十分な強度を確保し、耐摩耗性を向上することができる。
【0021】
<硬質粒子A>
硬質粒子Aは、Crを含む粒子であれば特段限定されず、Crを8質量%以上32質量%以下含有することが好ましい。一形態としては、Cr、Co、Mo、Ni、C及び残部Feと不純物からなる合金が挙げられる。なお、合金は、これらの金属以外の元素を含んでいてもよい。
【0022】
硬質粒子Aの形状は特に限定されず、粒子径も特に限定されず、直径(長径)が5μm以上200μm以下の範囲内であることが好ましく、10μm以上150μm以下の範囲内であることが好ましい。
なお、硬質粒子Aの形状は、バルブシートの断面を顕微鏡観察することで確認することができる。また、硬質粒子Aの直径は、顕微鏡観察により測定することが可能であり、硬質粒子Aが不定形である場合や繊維形状である場合は、その長径を直径として扱う。
【0023】
硬質粒子Aの硬さは、550HV0.1以上1050HV0.1以下であることが好ましい。この範囲の硬質粒子を使用することで、耐摩耗性が向上する。
【0024】
焼結バルブシート中の硬質粒子Aの含有量は、焼結バルブシート中のCr量を満たす限り特に限定されないが、通常20~50質量%の範囲内であり、25~45質量%の範囲内であってもよく、30~40質量%の範囲内であってもよい。
【0025】
<硬質粒子B>
硬質粒子Bは、Moを含む粒子であれば特段限定されず、Moを50質量%以上75質量%以下含有することが好ましい。一形態としてはFe-Mo合金が挙げられる。なお、合金は、これらの金属以外の元素を含んでいてもよく、Mo、Fe、及び不純物からなる合金であってもよい。
【0026】
硬質粒子Bの形状は特に限定されず、粒子径も特に限定されず、直径(長径)が5μm以上200μm以下の範囲内であることが好ましく、10μm以上150μm以下の範囲内であることが好ましい。
なお、硬質粒子Bの形状や硬さ、直径は、硬質粒子Aと同様にして測定できる。
【0027】
硬質粒子Bの硬さは、850HV0.1以上1600HV0.1以下であることが好ましい。この範囲の硬質粒子を使用することで、耐摩耗性が向上する。
焼結バルブシート中の硬質粒子Bの含有量は、焼結バルブシート中のMo量を満たす限り特に限定されないが、5質量%以上16質量%以下の範囲内であることが好ましい。
【0028】
バルブシートは、マトリクスである基地及び硬質粒子A、Bの他に、本発明の効果を阻害しない限りにおいて、固体潤滑剤、離型剤などを含有してもよい。
固体潤滑剤としては、C、MnS、MoS、CaFなどが挙げられる。これらのうち、MnSを含有することで加工性能が向上し好ましい。
離型剤としては、ZnSt(ステアリン酸亜鉛)、流動性改善剤としては、SiOなどが挙げられる。
【0029】
<焼結バルブシート>
焼結バルブシートのCr含有量は、6質量%以上23質量%以下である。この範囲とすることで、バルブシートの腐食摩耗を抑制することができる。好ましくは8質量%以上23質量%以下であり、13質量%以上23質量%以下が最も好ましい。
焼結バルブシートのMo含有量は、5質量%以上20質量%以下である。この範囲とすることで、バルブシートの腐食摩耗を抑制することができる。好ましくは7質量%以上17質量%以下である。
焼結バルブシートのCo含有量は、3質量%以上である。この範囲とすることで、バルブシートの腐食摩耗を抑制することができる。好ましくは18質量%以下であり、4質量%以上15質量%以下であることが好ましい。
【0030】
焼結バルブシート中、Cr、Mo、Coの合計含有量は、14質量%以上47質量%以下である。この範囲とすることで、バルブシートの腐食摩耗を抑制することができる。好ましくは28質量%以上47質量%以下である。
【0031】
また、焼結バルブシート中にMnSを含有することで、良好な加工性能を有することができる。
【0032】
焼結バルブシートの密度は、7.0g/cm以上8.5g/cm以下であることが好ましく7.5g/cm以上8.2g/cm以下であることが、より好ましい。上記範囲の密度となることで、Cuが適度に溶浸されて、伝熱性能が良好となる。
【0033】
焼結バルブシートの熱伝導率は、35W/m・K以上であることが好ましい。
【0034】
焼結バルブシートは、基地マトリクスの空孔部にCuが溶浸されている。焼結バルブシート中のCu量は10質量%以上23質量%以下であることが好ましく、10質量%以上20質量%以下であることがより好ましい。Cuの溶浸により空孔を塞ぎ、焼結バルブシートの断面を観察したときの空孔率を3%以下に抑えることができるが、2%以下に抑えることができれば更に好ましい。また、焼結バルブシートの断面を観察したときのCu面積率を8%以上20%以下とすることができ、Cu面積率9%以上17%以下にできれば更に好ましく、内部腐食の進行による基地の強度低下を防ぎ、耐腐食摩耗性を高めることができる。また、熱伝達性の観点からも好ましい。
【0035】
焼結バルブシートは基地にCrを多く含むことにより、耐食性を向上させることができるが、Crを多く含むと成形時の圧粉体強度の低下、焼結時の拡散、固溶が進まない等の理由により基地強度が低下する虞がある。これに対し、Cu溶浸を行い、基地の強度を維持することができる。
【0036】
焼結バルブシートは、バルブシートを、周長方向に対して直交する方向で切断して得られた断面を分析範囲25μm×25μmにて、成分分析を行ったとき、以下の(1)及び(2)のいずれかに該当する領域が存在しないことが好ましく、(1)及び(2)の両方に該当する領域が存在しないことがより好ましい。
(1)Crの含有量が2%未満かつ、Mo含有量が30%未満かつ、Cu含有量が2%未満である領域が存在しない
(2)硬質粒子Bが占める領域およびCu溶浸されている領域を除き、Crの含有量が2%未満である領域が存在しない
上記(1)及び(2)のいずれかに該当する領域が存在しないことは、焼結バルブシート中にCr、Mo及びCuが万遍なく存在していることを意味しており、硬質粒子Bが占める領域およびCu溶浸されている領域を除きCrが万遍なく存在することで本発明の効果を十分に発揮することができる。
なお、成分分析は、以下の条件で実施する。
<条件>
測定装置:電子顕微鏡 SU3800 日立製
EDS:Oxford製 UltimMax65
測定条件:加速電圧15kV
:スポット強度80
:WD(ワーキングディスタンス) 10mm
【0037】
焼結バルブシートは、表面のロックウエル硬さ(HRC)が、HRC40以上HRC60以下であることが好ましい。表面の硬さをこの範囲とすることで、バルブシートとして適切な強度を確保でき、耐摩耗性を向上することができる。
【0038】
<製造方法>
次に、Cu溶浸された焼結バルブシートの製造方法について以下説明する。
Cu溶浸された焼結バルブシートは、基地原料と硬質粒子とを含む原料粉末を成型して成型体を得る成型工程と、成型体を焼結する焼結工程と、Cuを溶浸させる溶浸工程と、を含む焼結バルブシートの製造方法もまた、本発明の一形態である。
【0039】
成型工程で用いる原料粉末は、基地の原料と、硬質粒子を含み、その他必要に応じて固体潤滑剤や離型剤を含む。基地原料は、基地のコアとなるFe粉末に加え、Co粉末、Cr粉末、Mo粉末、Fe合金粉末などを用いることができる。更には、C、Ni、V、W、Mnを含む粉末などを用いてもよい。
これらの粉末の混合割合は、バルブシートとして使用できる焼結体となる範囲である限り特に限定されない。
【0040】
原料粉末の平均粒子径は特に限定されないが、通常10~150μm程度であり、平均粒子径が上記範囲の原料粉末を用いることで、焼結体の密度を適切な範囲としやすくなり、好ましい。
成型の方法も特には限定されず、例えば原料粉末を金型に充填し、プレス成型などの方法で、成型体の密度が適切な範囲となるように成型すればよい。
【0041】
焼結工程では、上記成型体を焼結する。焼結温度は原料粉末を焼結して焼結体とできれば特段限定されず、例えば1060℃以上1300℃以下である。焼結時の雰囲気は真空、または窒素ガスやアルゴンガスなどの不活化ガス雰囲気であることが好ましいが、これに限らず還元雰囲気であってもよい。
焼結時間は特に限定されず、例えば10分~2時間、好ましくは15分~1時間である。
【0042】
溶浸工程は、焼結体の空孔部にCuを溶浸させる工程である。本発明においては焼結工程にてCuを溶浸させた。但し、溶浸の方法は特に限定されず、公知の方法を採用できる。
【0043】
<焼結バルブシートの配置>
本実施形態の焼結バルブシートは、高い耐腐食摩耗性を有することから、水素ガス燃料を使用する内燃機関のシリンダヘッドのバルブとの当接面に配置されるバルブシートとして、特に火花点火機関の排気側のバルブシートとして用いられることが好ましい。
なお、本実施形態の焼結バルブシートは、他の材料からなる支持部材との積層体として使用することもできる。積層体の場合、バルブが着座する側に本実施形態の焼結バルブシート部材を配置し、シリンダヘッドに装着される側に支持部材が配置される。支持部材は特に限定されないが、より熱伝導率を高める組成の材料を用いてもよい。熱伝導率を高める例としては、Cuの含有量を高める場合や合金元素量を減らす場合などが考えられる。
【実施例
【0044】
以下、本発明について、実験例により詳細に説明するが、本発明は以下の実験例の結果によって、限定されるものではない。
バルブシートの原料粉末は、基地の原料と、硬質粒子A及びB、固体潤滑剤や離型剤を含み、混合して金型に充填した後、プレスにより圧縮成型した。なお、硬質粒子A、Bは表2に示すものを使用した。得られた圧粉体を焼成、Cu含侵し、焼結合金を得た。得られた焼結合金は、表1に示す全体組成であることを確認した。成分の分析方法は下記とした。
(1)Cを除く元素
測定装置:電子顕微鏡 SU3800 日立製
EDS:Oxford製 UltimMax65
測定条件:加速電圧 15kV
:スポット強度 80
:WD(ワーキングディスタンス) 10mm
:分析範囲 0.5mm×0.5mm
(2)Cのみ
測定装置:炭素硫黄分析装置 EMIA-PRO HORIBA製
【0045】
<空孔率>
バルブシートを、周長方向に対して直交する方向で切断して得られた断面をバフ研磨して、金属顕微鏡で倍率500倍のカラー画像で撮影し、画像解析ソフトを用い二値化処理して、観察視野内の全面積に対する空孔面積の比率を求めることで、空孔面積率を決定した。
【0046】
<Cu面積率>
バルブシートを、周長方向に対して直交する方向で切断して得られた断面をバフ研磨してナイタールエッチングを行い、金属顕微鏡で倍率500倍のカラー画像で撮影し、画像解析ソフトを用いそれぞれHSV解析し彩度と明るさを調整し、Cu領域を抽出後、二値化処理により観察視野内の全面積に対するCu相の面積の比率を求めることで、Cu面積率を決定した。
なお、組成、Cu面積率、空孔率は3箇所を測定した平均値を示す。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
<成分分析>
バルブシートを、周長方向に対して直交する方向で切断して得られた断面をバフ研磨して、断面を分析範囲25μm×25μmで成分分析を行ったところ、実施例1~7のバルブシートは、Crの含有量が2%未満かつ、Mo含有量が30%未満かつ、Cu含有量が2%未満である領域が存在しなかった。また、前記硬質粒子Bが占める領域およびCu溶浸されている領域を除き、Crの含有量が2%未満である領域が存在しなかった。
一方で、比較例1~2のバルブシートは、Crの含有量が2%未満かつ、Mo含有量が30%未満かつ、Cu含有量が2%未満である領域が存在した。また、前記硬質粒子Bが占める領域およびCu溶浸されている領域を除き、Crの含有量が2%未満である領域が存在していた。
<条件>
測定装置:電子顕微鏡 SU3800 日立製
EDS:Oxford製 UltimMax65
測定条件:加速電圧15kV
:スポット強度80
:WD(ワーキングディスタンス) 10mm
【0050】
次に、得られたバルブシートに対し、腐食量を、単体硝酸浸漬試験により確認した。
<単体硝酸浸漬試験>
浸漬液:硝酸 pH1.86
浸漬液温度:70℃
浸漬時間:10時間
なお、腐食量は、重量減少率とした。
【0051】
実施例1のバルブシートの腐食量を1とした際の、実施例及び比較例の腐食量を表1に示す。また、比較例3及び実施例15のバルブシートの、単体硝酸浸漬試験後の表面SEM画像を、図1及び2に示す。図1は比較例3、図2は実施例15である。
図1中の矢印は、カーバイドの浮き上がり、即ちマトリクスの減肉部分を示す。比較例3は減肉が見られるが、実施例15においては、減肉がほとんど確認されなかった。
【0052】
本実施形態の焼結バルブシートは基地に硬質粒子Bが占める領域およびまたはCu溶浸されている領域を除きCrの欠乏領域がないことにより、水素燃料を使用した内燃機関に用いられる焼結バルブシートにおいて、耐摩耗性を改善することができる。基地にはCr炭化物を含むCrが存在した。
図3図4にCrの元素マッピング画像を示す。画像は硬質粒子を含めた焼結バルブシート全体を撮像している。図3は比較例4、図4は実施例15である。比較例4においては、Crの分布が疎らであるのに対し、実施例15においてはCrが均一に分布している。図5図6は、図3及び図4それぞれの基地部分を撮像したものである。
【要約】
水素ガス燃料を使用する内燃機関にバルブシートを用いた際に生じる新たな腐食摩耗の課題を解決する。水素ガス燃料を使用する内燃機関に用いられる焼結バルブシートであって、Cr含有量が6質量%以上23質量%以下であり、Mo含有量が5質量%以上20質量%以下であり、Cu含有量が10質量%以上23質量%以下であり、Coが3質量%以上であり、Cr、Mo、Coの合計含有量が14質量%以上47質量%以下である、鉄基焼結合金バルブシートにより、課題を解決する。
図1
図2
図3
図4
図5
図6