(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-26
(45)【発行日】2023-06-05
(54)【発明の名称】円形脱毛症モデル動物
(51)【国際特許分類】
A01K 67/027 20060101AFI20230529BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20230529BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20230529BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20230529BHJP
C12N 5/10 20060101ALN20230529BHJP
【FI】
A01K67/027 ZNA
G01N33/50 Z
G01N33/15 Z
C12N15/09
C12N5/10
(21)【出願番号】P 2019046979
(22)【出願日】2019-03-14
【審査請求日】2022-02-15
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 (1)平成30年6月15日 「第5回東アジア皮膚科学会 The 5th Eastern Asia Dermatology Congress:EADC2018 予稿集(Chinese Medical Journal;June 15,2018;131 Supplement 2),第110頁,PO03-027」、及び平成30年6月20日-23日 「第5回東アジア皮膚科学会 The 5th Eastern Asia Dermatology Congress:EADC2018」(昆明国際コンベンション&エキシビションセンター Dianchi International Convention & Exhibition Center,Kunming,China(中華人民共和国雲南省昆明市))にて発表 (2)平成30年11月16日 http://www.shsr.jp/ http://www.shsr.jp/syoroku_26_181208.pdfにて「第26回毛髪科学研究会 プログラム・抄録集(毛髪科学研究会事務局)第26頁」及び平成30年12月8日「第26回毛髪科学研究会学術集会」(大手町サンケイプラザ(東京都千代田区大手町1-7-2))にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池田 志斈
(72)【発明者】
【氏名】高木 敦
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】Alopecia areata susceptibility variant identified by MHC risk haplotype sequencing reproduces symptomatic patched hair loss in mice,bioRxiv preprint, 2018年,p.1-47,doi: https://doi.org/10.1101/308197
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/027
G01N 33/50
G01N 33/15
C12N 15/00-15/90
C12N 5/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
coiled-coil α-helical rod protein 1(CCHCR1)遺伝子が
破壊又は除去されてCCHCR1タンパク質を産生しないか、CCHCR1遺伝子が破壊又は除去されてCCHCR1遺伝子産物がCCHCR1タンパク質として正常に機能しない円形脱毛症モデル非ヒト動物であって、円形脱毛症発症誘因因子の負荷により円形脱毛症を発症する円形脱毛症モデル非ヒト動物。
【請求項2】
円形脱毛症発症誘因因子がストレスである、請求項1に記載の円形脱毛症モデル非ヒト動物。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載の円形脱毛症モデル非ヒト動物に被験物質を投与することを特徴とする、円形脱毛症発症予防又は治療薬のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、円形脱毛症モデル動物及び円形脱毛症発症予防又は治療薬のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
円形脱毛症は、頭皮に円形の脱毛斑を生じる疾患であり、脱毛が頭髪全体に及ぶケースや、頭髪以外の体毛にまで及ぶケースもみられる。このような外観の変化により、患者のQOLは著しく損なわれる。円形脱毛症は自己免疫疾患であると推定されているが、その発症機序はいまだ明らかになっていない。
【0003】
これまでに、円形脱毛症に関与する遺伝子座として、ヒト白血球型抗原(HLA)遺伝子座(非特許文献1)や、自己免疫調節(autoimmune regulator:AILE)遺伝子等の非HLA遺伝子座(非特許文献2)が報告されている。また、HLA-C遺伝子座の特定アレルと円形脱毛症とが強く相関することも報告されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Alzolibani AA, Acta Dermatovenerol Alp Pannonica Adriat., 2011, 20(4): 191-8
【文献】Alzolibani AA et al., Acta Dermatovenerol Alp Pannonica Adriat., 2012, 21(1): 15-9.
【文献】Haida Y et al., Immunogenetics, 2013, 65: 553-557
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、新たな円形脱毛症モデル非ヒト動物、及び該モデル非ヒト動物を用いた円形脱毛症発症予防又は治療薬のスクリーニング方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、これまでに、coiled-coil α-helical rod protein 1(CCHCR1)タンパク質の特定のアミノ酸を置換した変異型タンパク質を発現する遺伝子改変マウスが、円形脱毛症を発症することを見出した。該マウスは、その約50%が生後4~8か月後に背部にパッチ状の脱毛を呈し、円形脱毛症の症状を再現するものであったが、さらに、発症段階を含めたヒトにおける円形脱毛症の病態をよりよく再現したモデル動物の作出が望まれる。
そこで、本発明者らは、CCHCR1タンパク質に注目し、かかる遺伝子のノックアウトマウスを作製したところ、全く意外にもCCHCR1遺伝子改変マウスとは異なり、CCHCR1遺伝子ノックアウトマウスは、胎生期及び第一期の毛成長が正常である一方、ストレス負荷により初めて円形脱毛症を発症して円形脱毛症に特徴的な症状を呈し、発症段階を含めたヒトの円形脱毛症の病態をよりよく再現できることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、次の〔1〕~〔2〕を提供するものである。
【0008】
〔1〕coiled-coil α-helical rod protein 1(CCHCR1)遺伝子がノックアウトされた円形脱毛症モデル非ヒト動物。
〔2〕〔1〕に記載の円形脱毛症モデル非ヒト動物に被験物質を投与することを特徴とする、円形脱毛症発症予防又は治療薬のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の円形脱毛症モデル非ヒト動物は、ストレス等の発症誘因因子非負荷時には、正常な表現型を示す一方、発症誘因因子負荷により初めて円形脱毛症を発症して円形脱毛症に特徴的な症状を呈し、円形脱毛症の病態をよりよく再現できる。該円形脱毛症モデル非ヒト動物は、新たな円形脱毛症の発症予防又は治療薬の探索に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】(A)WAS試験8週間後のCCHCR1遺伝子ノックアウトマウスの背部の写真である。(B)同マウスのダーモスコピー写真である。
【
図2】WAS試験8週間後のCCHCR1遺伝子ノックアウトマウスの毛包の免疫組織染色図である(HE染色)。スケールバーは、左図が100μm、右図が50μmを示す。
【
図3】WAS試験8週間後のCCHCR1遺伝子ノックアウトマウスの毛包の免疫組織染色図である(IHC染色)。左図がCD4染色、右図がCD8染色の結果を示し、スケールバーは100μmを示す。
【
図4】WAS試験8週間後のCCHCR1遺伝子ノックアウトマウスの毛幹の走査電子顕微鏡写真である。(A)は感嘆符毛を、(B)は毛幹形成の異常を示す。スケールバーは100μmを示す。
【
図5】(A)WAS試験18週間後のCCHCR1遺伝子ノックアウトマウスの背部の写真である。(B)同マウスのダーモスコピー写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の円形脱毛症モデル非ヒト動物は、全身でcoiled-coil α-helical rod protein 1(CCHCR1)遺伝子の機能を欠損したCCHCR1遺伝子ホモノックアウト非ヒト動物である。様々な種のCCHCR1遺伝子及びCCHCR1遺伝子を含むゲノムの塩基配列がデータベースに登録されており、例えばマウスの場合、CCHCR1遺伝子は配列番号1に示される塩基配列からなる。ここで、「CCHCR1遺伝子の機能を欠損する」とは、染色体上のCCHCR1遺伝子が例えば破壊又は除去されてノックアウトされ、CCHCR1タンパク質を産生することができないか或いは遺伝子産物が得られても正常に機能しないことをいう。具体的には、CCHCR1遺伝子のプロモーター領域又はコード領域の塩基配列の欠失、挿入又は置換等によってその機能が破壊されることをいう。すなわち、「CCHCR1遺伝子の機能を欠損した非ヒト動物」とは、CCHCR1遺伝子を遺伝子工学的な手法を用い改変(操作)して作出された、CCHCR1遺伝子発現不全非ヒト動物を意味する。
【0012】
「非ヒト動物」としては、非ヒト哺乳動物が好ましい。非ヒト哺乳動物としては、例えば、ウシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ウサギ、イヌ、ネコ、モルモット、ハムスター、マウス、ラットなどが挙げられるが、病態動物モデル系の作製の面から、個体発生及び生物サイクルが比較的短く、また、繁殖が容易な齧歯動物、とりわけマウス又はラットが好ましい。
【0013】
非ヒト動物において染色体上のCCHCR1遺伝子をノックアウトするには、通常染色体上の遺伝子をノックアウトするのに用いられている方法を適用することができる。好ましくは、相同組換え領域とリコンビナーゼの標的配列とを有するターゲティングベクターを用いる方法が採用される。
リコンビナーゼと標的配列の組み合わせとしては、CreリコンビナーゼとloxP配列(Cre-loxPシステム)又はFLPリコンビナーゼとFRT配列(FLP-FRTシステム)等が挙げられる。このうち、Cre-loxPシステムは、バクテリオファージP1の有する部位特異的組換えシステムを利用したもので、loxP配列と称されるバクテリオファージP1のゲノム由来の34塩基からなるDNA配列に対し、DNA組換え酵素であるCreリコンビナーゼが働き、loxP配列同士の間で部位特異的組換えを生じる。FLP-FRTシステムは、出芽酵母由来のFRT配列にFLPリコンビナーゼが働き、FRT配列同士の間で部位特異的組換えを生じる。
【0014】
本発明の円形脱毛症モデル非ヒト動物は、例えば、ターゲティングベクターによる相同組換えを利用してリコンビナーゼ標的配列に前後を挟まれたCCHCR1遺伝子をヘテロ接合型で有する非ヒト動物を作製し、これと該標的配列を認識するリコンビナーゼを発現する非ヒト動物とを交配して、CCHCR1遺伝子ヘテロノックアウト非ヒト動物を作製し、さらに該CCHCR1遺伝子ヘテロノックアウト非ヒト動物同士を交配して得ることができる。以下に、本発明の円形脱毛症モデル非ヒト動物の代表的な作製方法について、マウスを例にとり詳細に説明するが、これに限定されるものではなく、また他の非ヒト動物でも同様にして作製し得る。
【0015】
まず、マウスCCHCR1遺伝子の機能を欠損させるための相同組換え用ターゲティングベクターを構築する。ターゲティングベクターは、データベース等より得た塩基配列情報をもとに、欠失させるCCHCR1遺伝子の領域を決め、その上流及び下流にリコンビナーゼ標的配列を同じ向きで配置し、さらにその上流及び下流に欠失させる領域の両端のゲノム領域(1~8kb程度)を相同組換えに必要な相同領域として配置して設計すればよい。欠失させるCCHCR1遺伝子の領域は、特に制限されず、CCHCR1遺伝子の全部でも一部でもよいが、一部を用いる場合、エクソン等のその領域が失われると機能する遺伝子産物が得られなくなる領域が好ましく、例えば、エクソン4を含む領域が挙げられる。相同領域については、相同組換え効率、相同組換えを起こした細胞の同定方法等を考慮して設計するのが好ましい。
Cre-loxPシステムを利用する場合、ターゲティングベクターは、例えば、同じ向きのloxP配列で前後を挟まれたCCHCR1遺伝子の全部又は一部を含み、その上流及び下流に相同領域を含む。
【0016】
また、ターゲティングベクターには、ベクターが取り込まれた細胞や目的とする相同組換えの起こっている可能性の高い細胞を選択するためのマーカー遺伝子を含む。マーカー遺伝子としては、例えば、ネオマイシン耐性遺伝子(neo)、ハイグロマイシン耐性遺伝子(hyg)、ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV-tk)、ジフテリアトキシンAフラグメント遺伝子(DT-A)、チミジンキナーゼ遺伝子(tk)等の薬剤選択に通常用いられる遺伝子が例示される。例えば、ネオマイシン耐性遺伝子は、ネオマイシン類似体であるG418を用いることにより相同組換えが生じた細胞の選抜を可能にするポジティブ選択用マーカー遺伝子である。また、目的細胞を選抜するためのネガティブ選択に用いるマーカー遺伝子、例えばチミジンキナーゼ遺伝子(選択剤としてガンシクロビル等を用い、それに対する感受性により非相同組換え体を選抜除去する)、ジフテリアトキシンAフラグメント遺伝子(DT-Aにより発現されたジフテリア毒素により、非相同組換え体を選抜除去する)等をポジティブ選択用マーカー遺伝子と共に用いることもできる。ターゲティングベクターにおいて、ポジティブ選択用マーカー遺伝子は、上流と下流の相同領域に挟まれた領域に位置するのが好ましく、リコンビナーゼ存在下でマーカー遺伝子が切り出されることからリコンビナーゼ標的配列に挟まれた領域に位置するのがさらに好ましい。また、ポジティブ選択用マーカー遺伝子を、CCHCR1遺伝子の切り出しに用いるのとは異なるリコンビナーゼ標的配列で挟んでおけば、後で該リコンビナーゼによりマーカー遺伝子のみを除去することもできる。ネガティブ選択用マーカー遺伝子は、上流又は下流の相同領域の外側の領域に位置するのが好ましい。
【0017】
斯かるターゲティングベクターの調製は、通常のDNA組換え技術により行うことができ、例えば、常法に従ってクローニングしたCCHCR1遺伝子やBACクローンを利用して、これを適当な制限酵素で切断して得られる断片、又はPCR法などにより増幅して調製したDNA断片等を、合成されたリンカーDNAやレポーター遺伝子、薬剤耐性マーカー遺伝子を含む断片等と、前記のような設計に従って適当な順序で結合させればよい。
【0018】
次に、調製した相同組換え用ターゲティングベクターを、通常キメラマウスの作出に用いられる適当な細胞に導入する。ここで用いる細胞は、例えば卵細胞や胚性幹細胞(ES細胞)が挙げられるが、生体のあらゆる種類の細胞に分化することができる多分化能を有している点でES細胞が好ましい。
【0019】
ES細胞は、胚盤胞の内部細胞塊(ICM)から樹立され、未分化状態を保ったまま増殖・培養可能な細胞株であり、ES細胞を用いる遺伝子導入の方法は、マウスについては確立されている(Mansour,S.L. et al., Nature 336:348(1988))。ES細胞としては、既に樹立された細胞株を用いてもよく、例えばマウスの場合、TT2、C57BL/6等のマウス系統由来のES細胞が挙げられる。あるいは、新たに樹立したものを用いてもよい。ES細胞は、常法に従って継代培養すればよい。
【0020】
ターゲティングベクターの細胞への導入は、通常の方法、例えば、エレクトロポレーション法、マイクロインジェクション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、DEAE-デキストラン法等によって行うことができる。このうち、簡便で多数の細胞を処理できることから、エレクトロポレーション法が好適に用いられる。エレクトロポレーション法による遺伝子導入の条件は、通常の動物細胞への遺伝子導入の条件を用いればよい。
【0021】
ターゲティングベクターを導入したES細胞は、常法に従い培養することで、単一細胞由来のコロニーを得ることができる。このとき、相同組換えが生じたES細胞では、ベクター中のCCHCR1遺伝子とともにマーカー遺伝子も染色体に組み込まれているため、マーカー遺伝子の発現に基づいて、例えば適当な期間薬剤存在下で培養することにより、目的のES細胞を選択することができる。また、該コロニーから抽出したゲノムDNAを用いて、PCR法、サザンハイブリダイゼーション法等により、所望の相同組換えが生じたES細胞を選択することもできる。PCR法の場合は、例えば、相同領域の外側に設計したプライマーと、マーカー遺伝子内に設計したプライマーを用い、ゲノムDNAを鋳型としてPCRを行い、所望のサイズの増幅産物が得られるかどうかで判断することができる。サザンハイブリダイゼーション法の場合は、例えば、相同組換えによる切断パターンの変化を観察しやすい制限酵素でゲノムDNAを消化したDNA断片と、相同領域の外側に設計したプローブ及び/又はマーカー遺伝子に設計したプローブを用いてサザンハイブリダイゼーションを行い、目的の位置にバンドが得られるかどうかで判断することができる。
【0022】
次に、相同組換えを生じたES細胞を用いて、インジェクション法又はアグリゲーション法等の通常のキメラマウスの作出に用いられる方法に従い、キメラマウスを作製する。具体的には、相同組換えを生じたES細胞を胚形成の初期の適当な時期、例えば8細胞期の胚又は胚盤胞に注入し、得られた胚を偽妊娠状態の雌の仮親の子宮内に移植することにより、正常なCCHCR1遺伝子座をもつ細胞と相同組換えES細胞由来のCCHCR1遺伝子座をもつ細胞とから構成されるキメラマウスが得られる。宿主胚をどのような系統の動物から得るかの選択は、常法に従い毛色等の表現型により相同組換えES細胞由来の細胞と宿主胚由来の細胞とを区別することができるように行えばよい。その後の交配には、ES細胞寄与率の高いキメラマウスを、毛色等を指標に選抜して用いるのが好ましい。
【0023】
キメラマウスの生殖細胞の一部がES細胞由来のCCHCR1遺伝子座をもつ場合には、キメラマウスを正常マウスと交配することにより、得られた個体群から、相同組換えES細胞由来CCHCR1遺伝子座を一方の相同染色体に有するヘテロマウスを毛色等の判別法により選別することができる。ヘテロマウスの確認は、マウスより抽出したゲノムDNAを鋳型として、適宜設計したプライマーを用いるPCRにて容易に行うことができる。
【0024】
次に、得られた相同組換えES細胞由来のCCHCR1遺伝子座をヘテロ接合型で有するヘテロマウスを、全身でリコンビナーゼを発現するマウスと交配し、リコンビナーゼ認識配列で挟まれた領域が切り出されたCCHCR1遺伝子ヘテロノックアウトマウスを作製する。全身でリコンビナーゼを発現するマウスとしては、全身で機能するプロモーターによりドライブされるリコンビナーゼ遺伝子を有するマウスである限り、特に限定されず、既存のマウスを用いてもよい。例えば、Cre-loxPシステムを利用する場合には、既存のCAG-Creマウス等を利用でき、具体的には、B6;CBA-Tg(CAG-Cre)47Imegマウス(Araki K. et al. Nucleic Acids Res. 2002, 30(19): e103)等を好適に用いることができる。CCHCR1遺伝子の欠損は、マウスより抽出したゲノムDNAを鋳型として、適宜設計したプライマーを用いるPCRにて容易に確認することができる。かくして得られたCCHCR1遺伝子ヘテロノックアウトマウス同士を交配すれば、CCHCR1遺伝子の欠損をホモ接合型で有するCCHCR1遺伝子ホモノックアウトマウスを得ることができる。該マウスの遺伝子型については、マウスより抽出したゲノムDNAを鋳型として、適宜設定したプライマーを用いたPCRにて容易に確認することができる。
【0025】
本発明者らが、このCCHCR1遺伝子ノックアウトマウスを飼育したところ、胎生致死ではなく、また胎生期及び第一期毛成長は正常であった。しかしながら、円形脱毛症の発症誘因因子の負荷により、初めて円形脱毛症を発症し、目視で観察できる脱毛の他、ダーモスコピーで観察できる感嘆符毛、折れた毛髪、走査電子顕微鏡で観察できる感嘆符毛、毛幹形成の異常等を呈した。これらは、円形脱毛症に特徴的な病理像である。該マウスをさらに飼育したところ、脱毛は回復したが、脱毛巣に再生した毛は白く細くなっており、これも円形脱毛症の特徴と合致するものであった。したがって、CCHCR1遺伝子ノックアウト非ヒト動物は、円形脱毛症の発症及び病理像をよりよく再現するものであり、円形脱毛症モデル非ヒト動物として有用である。ここで、円形脱毛症の発症誘因因子としては、特に限定されないが、主要なメディエーターとして知られるストレスが好ましい。ストレスの負荷方法は、常法に従えばよく、例えば、拘束水浸ストレス(water avoidance stress:WAS)試験等が挙げられる。
【0026】
CCHCR1遺伝子がノックアウトされた円形脱毛症モデル非ヒト動物を用いれば、円形脱毛症の発症予防又は治療薬のスクリーニングに応用することができる。例えば、該モデル非ヒト動物に、被験物質を投与してその経過を観察すれば、その被験物質が円形脱毛症の発症予防又は治療薬として有用であるか否かが容易に判定できる。
該モデル非ヒト動物に被験物質を投与した場合に、投与後の脱毛巣面積が投与前の脱毛巣面積に比して小さくなれば、好ましくは投与後の脱毛巣面積が投与前の脱毛巣面積に比して50%以下になれば、より好ましくは投与後に脱毛がみられなくなれば、その被験物質は、円形脱毛症の治療薬であると判定できる。かかる治療薬は、円形脱毛症に罹患していない対象や罹患する可能性が高い対象などに対する円形脱毛症の発症予防薬としても用いられる。また、かかる研究は、円形脱毛症に罹患していない対象や罹患する可能性が高い対象などに対する円形脱毛症の予防開発法としても用いられる。
【0027】
被験物質としては、円形脱毛症に対する発症予防又は治療効果を予測したい薬物であればよく、特に限定されない。被験物質の投与方法としては、特に制限はなく、投与される動物種や被験物質の特性に応じて適宜選択すればよい。例えば、皮膚への塗布、噴霧等による外用の他、経口投与、静脈内投与、筋肉内投与、皮内投与、皮下投与、経皮投与、腹腔内投与、直腸内投与等が挙げられる。被験物質の投与量も、投与される動物種や被験物質の特性に応じて適宜設定すればよい。
【実施例】
【0028】
次に実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0029】
実施例1 CCHCR1遺伝子ノックアウトマウスの作製
(1)ターゲティングベクターの構築
マウスC57BL/6N由来RENKA ES細胞(Mishina M. et al. Neurosci Res. 2007, 58(2): 105-12)のゲノムDNAを鋳型として、マウスCCHCR1遺伝子(配列番号1)のエクソン2及び3を含む2.8kbのDNA断片を、配列番号2及び3のプライマーセットを用いてPCRにて増幅した。同様に、エクソン4を含む0.9kbのDNA断片を、配列番号4及び5のプライマーセットを用いて、エクソン5-10を含む5.0kbのDNA断片を、配列番号6及び7のプライマーセットを用いてPCRにて増幅した。なお、各プライマーには、クローニングのための制限酵素認識サイトを含む。
XhoI_5_af_5: 5'-ctcgagcacaccacccacattcctgtaag-3'(配列番号2)
HindIII_5_ar_2: 5'-aagcttacctaagggctagtgagatcagg-3'(配列番号3)
EcoRI_F_af_1: 5'-gaattcctgagcccagaaagtggatgac-3'(配列番号4)
EcoRI_F_ar_2: 5'-gaattcgctatgggcgccattcatgag-3'(配列番号5)
XhoI_AscI_3_af_1: 5'-tcgagggcgcgccgcctgcatgggacacacttaatg-3'(配列番号6)
PmeI_3_ar_5: 5'-gtttaaacctgagcctgatccagctccatc-3'(配列番号7)
(各下線部は、制限酵素認識サイトを示す。)
ポジティブ選択用マーカーとしてPGKプロモーターでドライブされるネオマイシン耐性遺伝子の両端にFRT配列を有する遺伝子カセット(PGK_neoカセット)と、ネガティブ選択用マーカーとしてMC1プロモーターでドライブされるDT-A遺伝子を有する遺伝子カセット(MC1_DTAカセット)と、2つのloxP配列とを含むベクターのloxP配列間に、上記で増幅した0.9kbのDNA断片をクローニングした。次いで、上記で増幅した2.8kbのDNA断片と5.0kbのDNA断片も同ベクターにクローニングした。最終的に、MC1_DTAカセット、2.8kbの5’相同領域、第一のloxP配列、0.9kbのfloxゲノム領域、PGK_neoカセット、第二のloxP配列、及び5.0kbの3’相同領域をこの順で含むターゲティングベクターを得た。
【0030】
(2)相同組換え
(1)で構築したターゲティングベクターを1本鎖化し、RENKA ES細胞にエレクトロポレーション法にて導入した。ジェネティシン(Invirogen製)を用いて細胞を選抜し、ジェネティシンに耐性を有するクローンを単離した。単離クローンのDNAと配列番号8及び9のプライマーセットを用いたPCRにて、相同組換えを生じたクローンをスクリーニングした。
sc_5AF2: 5’-caactgaggcccgttacagag-3’(配列番号8)
neo_108r: 5’-cctcagaagaactcgtcaagaag-3’(配列番号9)
PCR陽性ESクローンを培養した。該クローンよりDNAを抽出し、配列番号8及び9のプライマーセット(5’領域増幅用)、配列番号10及び11のプライマーセット(3’領域増幅用)、並びに配列番号12及び13のプライマーセット(第一のloxP領域増幅用)を用いたPCRにてさらに解析した。
sc_3AR4: 5’-cgaggctcttccaggcaacag-3’(配列番号10)
neo_100: 5’-atcaggacatagcgttggctac-3’(配列番号11)
lox_5_fw_6: 5’-tagcctctgctatgtactg-3’(配列番号12)
lox_5_ar_1: 5’-aagtccctactaagcacacgtgg-3(配列番号13)
これらのクローンで相同組換えが正しく生じたことは、ネオマイシン耐性遺伝子をプローブとしたゲノムサザンハイブリダイゼーションによっても確認した。
【0031】
(3)CCHCR1遺伝子ノックアウトマウスの作出
アグリゲーション法により、(2)で得られた相同組換えES細胞クローンとICRマウス由来8細胞期胚を融合させてキメラマウスを作製した。RENKA ES細胞寄与率の高いキメラマウスをC57BL/6Nマウスと交配し、germline transmissionを生じたCCHCR1遺伝子ヘテロfloxマウスを得た。目的アレルの存在は、配列番号8及び9のプライマーセット、並びに配列番号12及び13のプライマーセットを用いたPCRにて確認した。
次いで、CCHCR1遺伝子ヘテロfloxマウスを、B6;CBA-Tg(CAG-Cre)47Imegマウス(Araki K. et al. Nucleic Acids Res. 2002, 30(19): e103)と交配し、エクソン4及びPGK_neoカセットを欠失させた。エクソン4を欠失したCCHCR1遺伝子ヘテロノックアウトマウスは、配列番号14及び15のプライマーセットを用いたPCRにて同定した。
5A-F2: 5’-ctcacctagaattcagacatcc-3’(配列番号14)
3A-R1: 5’-agttgcaactggctatagctgc-3’(配列番号15)
かくして得られたCCHCR1遺伝子ヘテロノックアウトマウス同士を交配し、CCHCR1遺伝子ホモノックアウトマウスを得た。該マウスの遺伝子型は、配列番号14及び15のプライマーセットを用いたPCRにて判定した。CCHCR1遺伝子ホモノックアウトマウスは、胎生致死ではなく、また胎生期及び第一期毛成長は正常であった。
なお、CCHCR1遺伝子ホモノックアウトマウスの作出は、株式会社トランジェニックにて実施した。
【0032】
実施例2 拘束水浸ストレス(water avoidance stress:WAS)試験
(1)WAS試験
本試験には、6-8週齢の実施例1で作出したCCHCR1遺伝子ホモノックアウトマウス(n=3)と、対照として6-8週齢の野生型マウス(n=3)を用い、各マウスについてWAS試験を行った。WAS試験は、プラスチックコンテナにプラットフォーム(高さ11cm、直径7cm)を設置し、コンテナ内をプラットフォームの高さの1cm下まで滅菌水で満たし、該プラットフォームの中央にマウスを2時間置くことで行った。この操作を週に5回、2週間実施した。
試験実施8週間後、マウスの外観を肉眼観察し、さらに毛の形態学的特徴をダーモスコピーを用いて観察した。また、患部の毛をゆっくり引っ張る牽引試験(hair pull test)を行った。さらに、試験実施18週間後、マウスを再度肉眼観察及びダーモスコピーを用いて観察した。
【0033】
(2)免疫組織染色
WAS試験実施8週間後のノックアウトマウスの毛包のパラフィン包埋切片を調製し、ImmPRESS REAGENT(ベクターラボラトリー製)を用い、製品添付のマニュアルに従って、CD4+Tリンパ球及びCD8+Tリンパ球について免疫組織染色を行った。抗体としては、rabbit anti-CD4(ab183685、abcam)と、biotin anti-mouse CD8a(100703、BioLegend)を用いた。
【0034】
(3)走査電子顕微鏡観察
WAS試験実施8週間後のノックアウトマウスの毛幹を走査電子顕微鏡で観察した。
【0035】
(4)結果
WAS試験実施8週間後、野生型マウスに比べ、全てのノックアウトマウスでは、背部に局所的な脱毛が認められた(
図1(A))。ダーモスコピー観察では、脱毛部に、折れた毛髪及び感嘆符毛という円形脱毛症に特徴的な表現型がみられた(
図1(B))。牽引試験の結果、異栄養性成長期毛の増加がみられた。
免疫組織染色では、ノックアウトマウスの毛包の球周囲領域には炎症性リンパ球浸潤はほとんど認められなかったが、毛球にはCD4
+Tリンパ球及びCD8
+Tリンパ球浸潤が認められた(
図3)。また、形質細胞の浸潤、毛包数の増加、成長期毛包の小型化がみられた。
走査電子顕微鏡観察では、全てのノックアウトマウスで、感嘆符毛(
図4(A))と毛幹の異常(
図5(B))が明らかとなった。
WAS試験実施18週間後、局在脱毛は、自然に回復した(
図5(A))。脱毛後、1~3ヶ月で毛が再生し、その後同じ又は異なる領域に脱毛が生じた。
マウスの円形脱毛症の予後は、様々であり繰り返された。円形脱毛症を長期間維持したマウスでは、脱毛巣内の毛の再生は、円形脱毛症に特徴的な形で生じており、ダーモスコピー観察によると、新たに成長した毛は白く先細りしており、毛包の多くが退行期又は休止期にあった(
図5(B))。
【0036】
ストレスは、円形脱毛症発症の古典的な主要メディエーターであることから、WASをストレスの誘因として利用した。その結果、上述したように、WASは、CCHCR1遺伝子ノックアウトマウスにおいて、円形脱毛症の病理学的表現型を誘導した。また、免疫組織染色像及び電子顕微鏡観察で認められた感嘆符毛といった特徴は、円形脱毛症のものと合致した。よって、CCHCR1遺伝子ノックアウトマウスは、円形脱毛症モデルマウスとして有用であることが示された。
【配列表】