(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-26
(45)【発行日】2023-06-05
(54)【発明の名称】降水予測装置及び降水予測方法
(51)【国際特許分類】
G01W 1/10 20060101AFI20230529BHJP
【FI】
G01W1/10 P
(21)【出願番号】P 2020052014
(22)【出願日】2020-03-24
【審査請求日】2022-06-14
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)2019年度、国立研究開発法人防災科学技術研究所、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」、研究開発課題「線状降水帯の早期発生及び発達予測情報の高度化と利活用に関する研究」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501138231
【氏名又は名称】国立研究開発法人防災科学技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100139103
【氏名又は名称】小山 卓志
(74)【代理人】
【識別番号】100139114
【氏名又は名称】田中 貞嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100214260
【氏名又は名称】相羽 昌孝
(72)【発明者】
【氏名】加藤 亮平
(72)【発明者】
【氏名】清水 慎吾
(72)【発明者】
【氏名】平野 洪賓
【審査官】佐々木 崇
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-031682(JP,A)
【文献】特開2010-197185(JP,A)
【文献】特開2005-351866(JP,A)
【文献】特開平11-109048(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01W1/00 -1/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも降水の観測データを取得する観測データ取得部と、
観測領域を格子状に分割し、前記観測データ取得部から取得した観測データを用いて、過去の降水域の動きと現在の降水の分布を求め、短時間後の降水の分布を格子毎に予測するナウキャスト予測データを取得するナウキャスト予測部と、
観測領域を格子状に分割し、前記観測データ取得部から取得した観測データを用いて、物理法則を用いて降水状況の時間変化をコンピュータで演算して未来の降水状況を格子毎に予測する数値予測データを取得する数値予測部と、
前記ナウキャスト予測データの複数の格子に分けた前記観測領域の全ての格子に対して、一つの格子を基準格子とし、前記基準格子を含む予め定めた第1フィルター領域の範囲内の最大雨量格子を用いて、前記ナウキャスト予測データを第1フィルター適用データに置き換える第1フィルター適用部と、
前記数値予測データの複数の格子に分けた前記観測領域の全ての格子に対して、一つの格子を基準格子とし、前記基準格子を含む予め定めた第2フィルター領域の範囲内の最大雨量格子を用いて、前記数値予測データを第2フィルター適用データに置き換える第2フィルター適用部と、
合成係数を用いて前記観測データ、前記第1フィルター適用データ及び前記第2フィルター適用データを合成する合成部と、
を備える
ことを特徴とする降水予測装置。
【請求項2】
前記第1フィルター領域は、前記第2フィルター領域よりも小さい
ことを特徴とする請求項1に記載の降水予測装置。
【請求項3】
前記合成係数は、直近の予測では前記第1フィルター適用データの割合を多くし、その後予測時間が長くなるにつれて前記第1フィルター適用データの割合を少なくし、前記第2フィルター適用データの割合を多くする
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の降水予測装置。
【請求項4】
予測された積算雨量が観測地点において確率的にどの程度起こる雨量なのかを示す再現期間を演算する再現期間演算部をさらに備える
ことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1つに記載の降水予測装置。
【請求項5】
少なくとも降水の観測データを取得するステップと、
観測領域を格子状に分割し、
取得した前記観測データを用いて、過去の降水域の動きと現在の降水の分布を求め、短時間後の降水の分布を格子毎に予測するナウキャスト予測データを取得するステップと、
観測領域を格子状に分割し、
取得した前記観測データを用いて、物理法則を用いて降水状況の時間変化をコンピュータで演算して未来の降水状況を格子毎に予測する数値予測データを取得するステップと、
前記ナウキャスト予測データの複数の格子に分けた前記観測領域の全ての格子に対して、一つの格子を基準格子とし、前記基準格子を含む予め定めた第1フィルター領域の範囲内の最大雨量格子を用いて、前記ナウキャスト予測データを第1フィルター適用データに置き換えるステップと、
前記数値予測データの複数の格子に分けた前記観測領域の全ての格子に対して、一つの格子を基準格子とし、前記基準格子を含む予め定めた第2フィルター領域の範囲内の最大雨量格子を用いて、前記数値予測データを第2フィルター適用データに置き換えるステップと、
合成係数を用いて前記観測データ、前記第1フィルター適用データ及び前記第2フィルター適用データを合成するステップと、
を有する
ことを特徴とする降水予測方法。
【請求項6】
前記第1フィルター領域は、前記第2フィルター領域よりも小さい
ことを特徴とする請求項5に記載の降水予測方法。
【請求項7】
前記合成係数は、最初の短時間の予測では前記第1フィルター適用データの割合を多くし、その後予測時間が長くなるにつれて前記第2フィルター適用データの割合を多くする
ことを特徴とする請求項5又は6に記載の降水予測方法。
【請求項8】
予測された積算雨量が観測地点において確率的にどの程度起こる雨量なのかを示す再現期間を演算するステップをさらに有する
ことを特徴とする請求項5乃至7のいずれか1つに記載の降水予測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、降水の予測を行う降水予測装置及び降水予測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、瞬間的な降水分布の予測精度を向上させる雨量予測方法が開示されている(特許文献1参照)。特許文献1に記載の発明は、観測領域を格子状に分割し観測データを用いて降水状況の時間変化を演算して未来の降水状況を格子毎に予測する数値予測データと、観測データを用いて過去の降水域の動きと現在の降水の分布を求め、短時間後の降水の分布を格子毎に予測するナウキャスト予測データと、を最適な合成係数で合成するものである。
【0003】
特許文献1に記載の発明のポイントの一つは、それぞれの予測に対して位置ずれを許容したときの予測精度を演算し、それらの比から算出した合成係数を用いて、数値予測データとナウキャスト予測データを合成することで降水強度の予測精度を高めた点である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【0005】
【文献】気象庁観測部観測課統計室 小林健二著、「確率雨量と再現期間の推定」、測候時報73巻,4-5号,p51-p72,2006年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
多数の積乱雲によって引き起こされる線状降水帯に伴う集中豪雨等に対しては、瞬間的な降水分布よりもむしろ時間方向に積算した雨量の最大値を高精度に予測することが、災害予測の観点で重要である。特許文献1の雨量予測方法は、合成係数の算出に予測の位置ずれを考慮しているが、位置ずれの補正をしないまま数値予測データとナウキャスト予測データが合成されるため、予測した積算雨量の最大値は過小になってしまう場合があった。
【0007】
本発明は、従来技術と比較して、多数の積乱雲によって引き起こされる集中豪雨等に対して、積算雨量の最大値を高精度に予測することが可能な降水予測装置及び降水予測方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明にかかる降水予測装置は、
少なくとも降水の観測データを取得する観測データ取得部と、
観測領域を格子状に分割し、前記観測データ取得部から取得した観測データを用いて、過去の降水域の動きと現在の降水の分布を求め、短時間後の降水の分布を格子毎に予測するナウキャスト予測データを取得するナウキャスト予測部と、
観測領域を格子状に分割し、前記観測データ取得部から取得した観測データを用いて、物理法則を用いて降水状況の時間変化をコンピュータで演算して未来の降水状況を格子毎に予測する数値予測データを取得する数値予測部と、
前記ナウキャスト予測データの複数の格子に分けた前記観測領域の全ての格子に対して、一つの格子を基準格子とし、前記基準格子を含む予め定めた第1フィルター領域の範囲内の最大雨量格子を用いて、前記ナウキャスト予測データを第1フィルター適用データに置き換える第1フィルター適用部と、
前記数値予測データの複数の格子に分けた前記観測領域の全ての格子に対して、一つの格子を基準格子とし、前記基準格子を含む予め定めた第2フィルター領域の範囲内の最大雨量格子を用いて、前記数値予測データを第2フィルター適用データに置き換える第2フィルター適用部と、
合成係数を用いて前記観測データ、前記第1フィルター適用データ及び前記第2フィルター適用データを合成する合成部と、
を備える
ことを特徴とする。
【0009】
本発明にかかる降水予測装置は、
前記第1フィルター領域は、前記第2フィルター領域よりも小さい
ことを特徴とする。
【0010】
本発明にかかる降水予測装置は、
前記合成係数は、直近の予測では前記第1フィルター適用データの割合を多くし、その後予測時間が長くなるにつれて前記第1フィルター適用データの割合を少なくし、前記第2フィルター適用データの割合を多くする
ことを特徴とする。
【0011】
本発明にかかる降水予測装置は、
予測された積算雨量が観測地点において確率的にどの程度起こる雨量なのかを示す再現期間を演算する再現期間演算部をさらに備える
ことを特徴とする。
【0012】
本発明に係る降水予測方法は、
少なくとも降水の観測データを取得するステップと、
観測領域を格子状に分割し、取得した前記観測データを用いて、過去の降水域の動きと現在の降水の分布を求め、短時間後の降水の分布を格子毎に予測するナウキャスト予測データを取得するステップと、
観測領域を格子状に分割し、取得した前記観測データを用いて、物理法則を用いて降水状況の時間変化をコンピュータで演算して未来の降水状況を格子毎に予測する数値予測データを取得するステップと、
前記ナウキャスト予測データの複数の格子に分けた前記観測領域の全ての格子に対して、一つの格子を基準格子とし、前記基準格子を含む予め定めた第1フィルター領域の範囲内の最大雨量格子を用いて、前記ナウキャスト予測データを第1フィルター適用データに置き換えるステップと、
前記数値予測データの複数の格子に分けた前記観測領域の全ての格子に対して、一つの格子を基準格子とし、前記基準格子を含む予め定めた第2フィルター領域の範囲内の最大雨量格子を用いて、前記数値予測データを第2フィルター適用データに置き換えるステップと、
合成係数を用いて前記観測データ、前記第1フィルター適用データ及び前記第2フィルター適用データを合成するステップと、
を有する
ことを特徴とする。
【0013】
本発明にかかる降水予測方法は、
前記第1フィルター領域は、前記第2フィルター領域よりも小さい
ことを特徴とする。
【0014】
本発明にかかる降水予測方法は、
前記合成係数は、最初の短時間の予測では前記第1フィルター適用データの割合を多くし、その後予測時間が長くなるにつれて前記第2フィルター適用データの割合を多くする
ことを特徴とする。
【0015】
本発明にかかる降水予測方法は、
予測された積算雨量が観測地点において確率的にどの程度起こる雨量なのかを示す再現期間を演算するステップをさらに有する
ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
このような降水予測装置及び降水予測方法によれば、多数の積乱雲によって引き起こされる集中豪雨等に対して、積算雨量を高精度に予測することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本実施形態の降水予測装置のシステムブロック図を示す。
【
図2】フィルター適用前のデータとフィルター適用後のデータの一例を示す。
【
図3】予測時間に対するナウキャスト予測による予測正解率と数値予測による予測正解率との比を示す。
【
図4】予測雨量と観測雨量の比較した結果を分割した図を示す。
【
図5】本実施形態の閾値を50mmとした数値予測の1時間積算量の精度を示す。
【
図6】本実施形態の降水予測方法のフローチャートを示す。
【
図7】本実施形態の降水予測方法で用いた降水予測を開始する時点より1時間前からの積算雨量の観測データを示す。
【
図8】本実施形態の降水予測方法で用いた降水予測を開始する時点から1時間後までの各データを示す。
【
図9】本実施形態の降水予測方法で用いた降水予測を開始した1時間後から2時間後までの各データを示す。
【
図10】本実施形態の降水予測方法で用いた降水予測を開始する1時間前から2時間後までの各データを示す。
【
図11】本実施形態の降水予測方法で求めた積算雨量の再現期間を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明にかかる実施の形態を図により説明する。なお、本発明は、集中豪雨だけでなく、冬の雪雲による集中豪雪にも応用可能である。したがって、本発明で降水とは雨だけでなく、雪、雹、霰等も示している。
【0019】
図1は、本実施形態の降水予測装置10のシステムブロック図を示す。
【0020】
本実施形態の降水予測装置10は、観測データ取得部11と、ナウキャスト予測部12と、数値予測部13と、第1フィルター適用部14と、第2フィルター適用部15と、合成部16と、を備える。また、再現期間演算部17を備えてもよい。
【0021】
観測データ取得部11は、地上観測、気象衛星及びレーダー等の観測データを、世界各国の気象機関又は宇宙機関等から取得する。観測は、様々な場所や時刻で行われているので、観測データはそれぞれの取得先から所定の時間毎に取得される。観測データには、人為的なミスや機器の故障等によって精度が低く、利用できないものが存在するので、これらのデータは除外する。取得された観測データは、数値予測部12、ナウキャスト予測部13及び合成部16に出力される。
【0022】
ナウキャスト予測部12は、観測領域を格子状に分割し、観測データ取得部11から取得した観測データを用いて、過去の降水域の動きと現在の降水の分布を用いて、短時間後の降水の分布を格子毎に予測する。
【0023】
数値予測部13は、観測領域を格子状に分割し、観測データ取得部11から取得した観測データを用いて、格子毎に数値予報を行う部分である。数値予報は、物理法則を用いて降水の時間変化をコンピュータで演算して未来の降水を予測する。
【0024】
図2は、フィルター適用前のデータとフィルター適用後のデータの一例を示す。
図2(a)はフィルター適用前のデータ、
図2(b)はフィルター適用後のデータを示す。
【0025】
本実施形態の降水予測装置10で用いられるフィルターは、
図2(a)に示したような複数の格子に分けたフィルター領域Lに対して、ある一つの基準格子G
0を基準としたフィルター適用前の雨量データを、その基準格子G
0を基準とするフィルター領域Lの範囲内の最大雨量P
MAXを用いて、
図2(b)に示したようなフィルター適用後のデータに置き換える。この置き換えを
図2(c)に示すように、全ての格子に対して行う。このように、強い雨が局所的に存在する雨量分析においてもフィルターを適用することで、広範囲に強い雨で置き換えられる。
【0026】
なお、
図2に示したフィルター領域Lは、1辺がLa(km)の正方形La(km)×La(km)で形成したが、正方形に限らず、円等の面積を有する図形であればよい。例えば、円の場合には、直径をL
R(km)とし、フィルター領域L=πL
R
2/4(km
2)とすればよい。また、本実施形態では、フィルターを適用する指標として最大雨量P
MAXを用いたが、位置ずれを考慮して強い雨の領域を広げることができるものであれば他の指標でもよい。例えば、雨量の99パーセンタイル値等でもよい。
【0027】
第1フィルター適用部14は、ナウキャスト予測部12から得られるナウキャスト予測データに、第1フィルターを適用する。第1フィルターは、複数の格子に分けたデータに対して、ある一つの基準格子G0の雨のナウキャスト予測データを、その格子を中心とする第1フィルター領域L1(km)×L1(km)の範囲内の最大値に置き換える操作をすべての格子に対して行い、第1フィルター適用データとする。この第1フィルターを適用することで、強い雨が局所的に存在する分布をナウキャストが予測した場合であっても、強い雨が広い範囲に存在する分布に置き換えられる。
【0028】
第2フィルター適用部15は、数値予測部13から得られる数値予測データに、第2フィルターを適用する。第2フィルターは、複数の格子に分けたデータに対して、ある一つの格子の雨の数値予測データを、その格子を中心とする第2フィルター領域L2(km)×L2(km)の範囲内の最大値に置き換える操作をすべての格子に対して行い、第2フィルター適用データとする。この第2フィルターを適用することで、強い雨が局所的に存在する分布を数値予測が予測した場合であっても、強い雨が広い範囲に存在する分布に置き換えられる。
【0029】
合成部16は、観測データ取得部11が取得した観測データと、ナウキャスト予測部12から得られるナウキャスト予測データに第1フィルター適用部14で第1フィルターを適用した第1フィルター適用データと、数値予測部13から得られる数値予測データに第2フィルター適用部15で第2フィルターを適用した第2フィルター適用データと、を合成する。
【0030】
図3は、予測時間に対するナウキャスト予測による予測正解率と数値予測による予測正解率との比を示す。
【0031】
図3に示すように、ナウキャスト予測は、予測時間が短い場合に正解率が高く、予測時間が長い場合に正解率が低くなる。数値予測は、予測時間が短い場合に正解率が低く、予測時間が長い場合に正解率が高くなる。したがって、予測時間が短い場合にはナウキャスト予測を重視し、予測時間が長い場合には数値予測を重視する合成係数を求めることが好ましい。
【0032】
例えば、N時間の予測積算雨量PNhBLENDを予測する場合を考える。n0時間前から現在までは観測されたn0時間の観測データPPn0hOBSを用いる。現在からn1時間後までの予測は、短時間の予測の正解率が高いナウキャスト予測データに第1フィルターを適用したn1時間の第1フィルター適用データPn1h’NOWCを用いる。n1時間後からn1+n2時間後までの予測は、長時間の予測の正解率が高い数値予測データに第2フィルターを適用したn2時間の第2フィルター適用データPn2h’NWPを用いる。
【0033】
これら3つのデータを以下の式(1)のように合成することで、予測積算雨量を演算する。
【数1】
ただし、
PNh
BLENDは、N時間の予測積算雨量、
Pn
0h
OBSは、n
0時間の観測データ、
Pn
1h’
NOWCは、n
1時間積算雨量に第1フィルターを適用したデータ、
Pn
2h’
NWPは、n
2時間積算雨量に第2フィルターを適用したデータ、
である。
【0034】
予測積算雨量の演算式は(1)はより一般的には以下のように記述できる
【数2】
ここで、
NTは予測開始時刻から予測終了時刻までの時間方向の分割数、
Wは合成係数やバイアス補正などの演算を行う重み関数、
Sは空間フィルターを適用する関数、
Pは積算雨量を示し、
Fは時刻nにおけるナウキャストと数値予測のW, S, Pから成る関数である。
【0035】
WとSをPに適用する順番はバリエーションがあるが、その一形態として、Pに空間フィルターSを適用後に重み関数Wを適用した例を以下に示す。
【数3】
この(3)式において、
【数4】
とすると(1)式になる。
【0036】
このように、第1フィルターを適切な第1フィルター領域L1(km)×L1(km)で適用し、第2フィルターを適切な第2フィルター領域L2(km)×L2(km)で適用することで、予測雨量に位置ずれがあっても、合成部16で合成した予測積算雨量の最大値を予測することが可能となる。
【0037】
次に、本実施形態のフィルター領域Lの決定方法について説明する。
【0038】
本実施形態の降水予測装置10は、フィルター領域Lを決定する際、一例としてカテゴリー検証を用いる。降水予測装置10は、様々な格子に対して、フィルターを適用した予測雨量を演算する。そして、予測雨量と観測データ取得部11が取得した観測雨量とを比較する。
【0039】
ここで、比較する際の雨量は、対象とする現象に対応して設定すればよい。例えば、線状降水帯に伴う集中豪雨を対象とする場合、1時間の積算雨量が20mm~50mm程度の雨量を閾値に設定すると好ましい。
【0040】
図4は、予測雨量と観測雨量の比較した結果を分割した図を示す。
【0041】
本実施形態の降水予測装置10は、予測雨量と観測雨量との比較を様々なフィルター領域Lに対して行う。そして、予測雨量と観測雨量の比較した結果を
図4に示したように分割する。
【0042】
フィルター領域Lの予測雨量と観測雨量が共に閾値の範囲にある場合、適中(A)と判定する。フィルター領域Lの予測雨量が閾値の範囲にあり、観測雨量が閾値の範囲にない場合、空振り(B)と判定する。フィルター領域Lの予測雨量が閾値の範囲になく、観測雨量が閾値の範囲にある場合、見逃し(C)と判定する。フィルター領域Lの予測雨量と観測雨量が共に閾値の範囲にない場合、その他(D)と判定する。
【0043】
この分割結果をもとに、補足率(POD)、空振り率(FAR)、スレットスコア(CSI)又はエクイタブルスレットスコア(ETS)等の指標を演算する。
【0044】
補足率(POD)は、A/(A+C)、空振り率(FAR)は、B/(A+B)、スレットスコア(CSI)は、B/(A+B+C)、エクイタブルスレットスコア(ETS)は、(A-Arand)/(A+B+C-Arand)によって演算される。ただし、Arandは、{(A+B)・(A+C)}/(A+B+C+D)である。
【0045】
図5は、本実施形態の閾値を50mmとした数値予測の1時間先から2時間先までの1時間積算量の精度を示す。
【0046】
図5に示すように、数値予測データに用いられる第2領域の第2スケールL2を長くすれば補足率は高くなる。しかしながら、第2スケールL2を長くすれば空振り率(FAR)も高くなる。したがって、フィルター領域Lは、どの指標を重視するかによって決定されればよい。
【0047】
例えば、補足率(POD)を重視して、見逃し(C)を少なくしたい場合、あらかじめ補足率(POD)に閾値を設け、その閾値を満たし、且つ、スレットスコア(CSI)が最大となるL2を選択すればよい。本実施形態では、
図5において、補足率(POD)の閾値をPOD≧0.7と設定し、スレットスコア(CSI)が最大となる数値予測の第2領域の第2スケールは、L2=11kmとした。
【0048】
領域は、ナウキャスト予測データと数値予測データの予測精度に応じてそれぞれ別々に決定する。予測の位置ずれは、予測時間が長いと大きくなる。そのため、長い予測時間での予測精度は低下する。
【0049】
したがって、短時間の予測で用いられるナウキャスト予測の位置ずれは、長時間の予測で用いられる数値予測の位置ずれよりも小さい。つまり、ナウキャスト予測データに用いられる第1領域の第1スケールL1と数値予測データに用いられる第2領域の第2スケールL2は、以下の式(2)の関係にするとよい。
L1 < L2 (5)
【0050】
したがって、本実施形態の場合、ナウキャスト予測データに用いられる第1領域の第1スケールL1は、数値予測データに用いられる第2領域の第2スケールL2=11kmより小さく設定すればよい。
【0051】
なお、フィルター領域Lは、過去の多数の統計データから演算してもよい。また、フィルター領域Lは、特許文献1に記載されたように、準リアルタイムで数時間前の予測精度から演算してもよい。さらに、フィルター領域Lは、これらの方法を組み合わせて演算してもよい。
【0052】
次に、本実施形態の降水予測装置10の降水予測方法の一例を説明する。本実施形態では、この例を使用して、星印の地点での実際の3時間積算降水観測データと本実施形態の降水予測装置10を用いた予測データとを比較する。
【0053】
図6は、本実施形態の降水予測方法のフローチャートを示す。
【0054】
まず、ステップ1で、降水予測装置10は、観測データ取得部11が観測データを取得する(ST1)。
【0055】
図7は、本実施形態の降水予測方法で用いた降水予測を開始する時点より1時間前からの積算雨量の観測データを示す。本実施形態の
図7-
図10で示す図は、横軸が東経、縦軸が北緯を示し、色の濃い地域は積算雨量が多いことを示している。
【0056】
観測データは、降水予測を開始する時より予め定めた数時間前からの観測データを観測データ取得部11が取得する。この例の観測データ取得部11は、降水予測を開始する時点より1時間前からの積算雨量の観測データを取得した。
【0057】
次に、観測データを元に数時間後の予測積算雨量を演算する。
図3に示したように、ナウキャスト予測データは、雨雲の発生、発達及び衰弱を考慮できないため、短時間後の予測正解率が高く、長時間後の予測正解率が低い。また、数値予測データは、雨雲の発生または発達を予測することができるが、スピンアップ時間が必要なため、短時間後の予測正解率が低く、長時間後の予測正解率が高い。したがって、短時間後の予測にはナウキャスト予測データを用い、長時間後の予測には数値予測データを用いる合成予測を用いると好ましい。
【0058】
この例では、降水予測を開始する時点から1時間後までの雨量をナウキャスト予測部12で予測した。また、1時間後から2時間後までの雨量を数値予測部13で予測した。なお、ナウキャスト予測データと数値予測データの演算方法は、一般に知られている方法でよく、例えば、特許文献1に記載されている方法でよい。
【0059】
ステップ1の次に、ステップ2で、ナウキャスト予測部12は、ステップ1において取得した観測データから、ナウキャスト予測データを演算する(ST2)。続いて、ステップ3で、第1フィルター適用部14は、ステップ2において取得したナウキャスト予測データに第1フィルターを適用し、第1フィルター適用データを演算する(ST3)。
【0060】
図8は、本実施形態の降水予測方法で用いた降水予測を開始する時点から1時間後までの各データを示す。
図8(a)は、降水予測を開始する時点から1時間後までの積算雨量の実際の観測データを示す。
図8(b)は、降水予測を開始する時点から1時間後までのナウキャスト予測データを示す。
図8(c)は、降水予測を開始する時点から1時間後までの第1フィルターを適用して演算した第1フィルター適用データを示す。
【0061】
図8(a)に示した実際の観測データと比較して、
図8(b)に示したナウキャスト予測データは、積算雨量の最大値が東にずれて予測されている。その結果、観測で積算雨量の最大値が記録された星印の地点ではナウキャストの積算雨量が大きく過小評価されている。
【0062】
そこで、第1フィルター適用部14は、ナウキャスト予測データに第1フィルターを適用して、第1フィルター適用データを演算する。
図8(b)に示したナウキャスト予測データと比較して、
図8(c)に示した第1フィルター適用データは、星印の地点周囲の積算雨量が多く予測されている。このように、位置ズレを考慮した第1フィルターを適用することで、予測データの積算雨量の最大値が過小評価されることを抑制することができる。
【0063】
続いて、ステップ4で、数値予測部13は、ステップ1において取得した観測データから、数値予測データを演算する(ST4)。続いて、ステップ5で、第2フィルター適用部15は、ステップ4において取得した数値予測データに第2フィルターを適用し、第2フィルター適用データを演算する(ST5)。
【0064】
図9は、本実施形態の降水予測方法で用いた降水予測を開始した1時間後から2時間後までの各データを示す。
図9(a)は、降水予測を開始した1時間後から2時間後までの積算雨量の実際の観測データを示す。
図9(b)は、降水予測を開始した1時間後から2時間後までの数値予測データを示す。
図9(c)は、降水予測を開始した1時間後から2時間後までの第2フィルターを適用して演算した第2フィルター適用データを示す。
【0065】
図9(a)に示した実際の観測データと比較して、
図9(b)に示した数値予測データは、積算雨量の最大値が北にずれて予測されている。その結果、観測で積算雨量の最大値が記録された星印の地点ではナウキャストの積算雨量が大きく過小評価されている。
【0066】
そこで、第2フィルター適用部15は、数値予測データに第2フィルターを適用して、第2フィルター適用データを演算する。
図9(b)に示した数値予測データと比較して、
図9(c)に示した第2フィルター適用データは、星印の地点周囲の積算雨量が多く予測されている。このように、位置ズレを考慮した第2フィルターを適用することで、予測データの積算雨量の最大値が過小評価されることを抑制することができる。
【0067】
次に、ステップ6で、合成部15は、ステップ1において取得した観測データ、ステップ3で取得した第1フィルター適用データ、及び、ステップ5で取得した第2フィルター適用データから、合成データを演算する(ST6)。
【0068】
図10は、本実施形態の降水予測方法で用いた降水予測を開始する1時間前から2時間後までの各データを示す。
図10(a)は、降水予測を開始する1時間前から2時間後までの3時間積算雨量の実際の観測データを示す。
図10(b)は、
図8(b)のナウキャスト予測データと
図9(b)の数値予測データを合成した3時間積算雨量の従来の合成データを示す。
図10(c)は、
図8(c)の第1フィルター適用データと
図9(c)の第2フィルター適用データを合成した3時間積算雨量のフィルター適用合成データを示す。
【0069】
図10(a)に示すように、実際の観測データでは、星印の観測地点の3時間積算雨量は、150mm以上を示している。これに対して、第1フィルター及び第2フィルターを用いていない
図10(b)に示した3時間積算雨量の従来の合成データは、50mm-100mmに判定され、
図8(b)のナウキャスト予測データと
図9(b)の数値予測データと同様に、積算雨量が過小評価されている。
【0070】
図10(c)に示したフィルター適用合成データは、星印の観測地点の3時間積算雨量は、150mm以上に予測され、
図10(a)に示した観測データに近いデータを得ることができる。このように、位置ズレを考慮した第1フィルター適用データ及び第2フィルター適用データを合成することで、積算雨量の予測データが過小評価されることを抑制することができる。
【0071】
次に、ステップ7で、積算雨量の予測データの再現期間を演算する(ST7)。
【0072】
図11は、本実施形態の降水予測方法で求めた積算雨量の再現期間を示す。
図11(a)は、実際の観測データに基づく再現期間を示す。
図11(b)は、従来の合成データに基づく再現期間を示す。
図11(c)は、フィルター適用合成データに基づく再現期間を示す。本実施形態の
図11で示す図は、横軸が東経、縦軸が北緯を示し、色の濃い地域ほど積算雨量の再現期間が長いことを示している。
【0073】
本実施形態の降水予測装置は、予測された積算雨量が観測地点において確率的に何年に一度起こる雨量なのかを示す再現期間を演算することができる。一般的に確率雨量は、地域により異なる。例えば、同じ雨量であっても、大雨の発生頻度の高い地域は、50年に一度と判断され、大雨の発生頻度の低い地域は、100年に一度と判断される場合がある。このように、積算雨量だけでは、災害の危険度を判断することが困難な場合がある。本実施形態の降水予測装置は、再現期間を計算することで災害の危険度に近い情報を予測することもできる。再現期間の演算は、非特許文献1に記載されている方法でよい。
【0074】
図11(a)に示すように、実際の観測データは、星印の観測地点での3時間積算雨量の再現期間を100年以上に一度と判定している。これに対して、第1フィルター及び第2フィルターを用いていない
図11(b)に示した従来の合成データで演算した再現期間は、積算雨量が過小評価されるので、星印の観測地点での3時間積算雨量の再現期間も短く、30年未満に一度生じる程度に判定されている。
【0075】
図11(c)に示したフィルター適用合成データで演算した星印の観測地点での3時間積算雨量の再現期間は、100年以上に一度と判定され、
図11(a)に示した観測データに近いデータを得ている。このように、位置ズレを考慮した第1フィルター適用データ及び第2フィルター適用データを合成することで、積算雨量の再現期間を高精度に予測できる。したがって、線状降水帯等に伴う集中豪雨に対して、災害の危険度の分布を高精度に予測できるため、避難する際の判断材料として利用することが可能となる。
【0076】
以上、本実施形態の降水予測装置10は、 降水予測装置10は、少なくとも降水の観測データを取得する観測データ取得部11と、観測領域を格子状に分割し、観測データ取得部11から取得した観測データを用いて、過去の降水域の動きと現在の降水の分布を求め、短時間後の降水の分布を格子毎に予測するナウキャスト予測データを取得するナウキャスト予測部12と、観測領域を格子状に分割し、観測データ取得部11から取得した観測データを用いて、物理法則を用いて降水状況の時間変化をコンピュータで演算して未来の降水状況を格子毎に予測する数値予測データを取得する数値予測部13と、ナウキャスト予測データの複数の格子に分けた観測領域の全ての格子に対して、一つの格子を基準格子とし、基準格子を含む予め定めた第1フィルター領域L1の範囲内の最大雨量格子を用いて、ナウキャスト予測データを第1フィルター適用データに置き換える第1フィルター適用部14と、数値予測データの複数の格子に分けた観測領域の全ての格子に対して、一つの格子を基準格子とし、基準格子を含む予め定めた第2フィルター領域L2の範囲内の格子に最大雨量の格子を用いて、数値予測データを第2フィルター適用データに置き換える第2フィルター適用部15と、合成係数を用いて観測データ、第1フィルター適用データ及び第2フィルター適用データを合成する合成部16と、を備える。したがって、多数の積乱雲によって引き起こされる集中豪雨等に対して、積算雨量の最大値を高精度に予測することが可能となる。
【0077】
また、本実施形態の降水予測装置10では、第1フィルター領域L1は、第2フィルター領域L2よりも小さい。したがって、積算雨量をより高精度に予測することが可能となる。
【0078】
また、本実施形態の降水予測装置10では、合成係数は、直近の予測では第1フィルター適用データの割合を多くし、その後予測時間が長くなるにつれて第1フィルター適用データの割合を少なくし、第2フィルター適用データの割合を多くする。したがって、積算雨量をさらに高精度に予測することが可能となる。
【0079】
また、本実施形態の降水予測装置10は、予測された積算雨量が観測地点において確率的にどの程度起こる雨量なのかを示す再現期間を演算する再現期間演算部17をさらに備える。したがって、線状降水帯等に伴う集中豪雨に対して、危険度の分布を高精度に予測できるので、避難する際の判断材料として利用することが可能となる。
【0080】
さらに、本実施形態の降水予測方法は、少なくとも降水の観測データを取得するステップと、観測領域を格子状に分割し、観測データ取得部から取得した観測データを用いて、過去の降水域の動きと現在の降水の分布を求め、短時間後の降水の分布を格子毎に予測するナウキャスト予測データを取得するステップと、観測領域を格子状に分割し、観測データ取得部から取得した観測データを用いて、物理法則を用いて降水状況の時間変化をコンピュータで演算して未来の降水状況を格子毎に予測する数値予測データを取得するステップと、ナウキャスト予測データの複数の格子に分けた観測領域の全ての格子に対して、一つの格子を基準格子とし、基準格子を含む予め定めた第1フィルター領域L1の範囲内の最大雨量格子を用いて、ナウキャスト予測データを第1フィルター適用データに置き換えるステップと、数値予測データの複数の格子に分けた観測領域の全ての格子に対して、一つの格子を基準格子とし、基準格子を含む予め定めた第2フィルター領域L2の範囲内の最大雨量格子を用いて、数値予測データを第2フィルター適用データに置き換えるステップと、合成係数を用いて観測データ、第1フィルター適用データ及び第2フィルター適用データを合成するステップと、を有する。したがって、多数の積乱雲によって引き起こされる集中豪雨等に対して、積算雨量を高精度に予測することが可能となる。
【0081】
また、本実施形態の降水予測方法は、第1フィルター領域L1は、第2フィルター領域L2よりも小さい。したがって、積算雨量をより高精度に予測することが可能となる。
【0082】
また、本実施形態の降水予測方法は、合成係数は、最初の短時間の予測では第1フィルター適用データの割合を多くし、その後予測時間が長くなるにつれて第2フィルター適用データの割合を多くする。したがって、積算雨量をさらに高精度に予測することが可能となる。
【0083】
また、本実施形態の降水予測方法は、予測された積算雨量が観測地点において確率的にどの程度起こる雨量なのかを示す再現期間を演算するステップをさらに有する。したがって、線状降水帯等に伴う集中豪雨に対して、災害の危険度の分布を高精度に予測できるので、避難する際の判断材料として利用することが可能となる。
【0084】
なお、この実施形態によって本発明は限定されるものではない。すなわち、実施形態の説明に当たって、例示のために特定の詳細な内容が多く含まれるが、当業者であれば、これらの詳細な内容に色々なバリエーションや変更を加えてもよい。
【符号の説明】
【0085】
10…降水予測装置
11…観測データ取得部
12…ナウキャスト予測部
13…数値予測部
14…第1フィルター適用部
15…第2フィルター適用部
16…合成部
17…再現期間演算部