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特許7286538細胞培養方法、細胞評価方法、および細胞培養装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-26
(45)【発行日】2023-06-05
(54)【発明の名称】細胞培養方法、細胞評価方法、および細胞培養装置
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20230529BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20230529BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20230529BHJP
   C12M 1/42 20060101ALI20230529BHJP
【FI】
C12N5/071
C12Q1/02
C12M3/00 Z
C12M1/42
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019523386
(86)(22)【出願日】2018-04-20
(86)【国際出願番号】 JP2018016333
(87)【国際公開番号】W WO2018225403
(87)【国際公開日】2018-12-13
【審査請求日】2021-03-03
(31)【優先権主張番号】P 2017112896
(32)【優先日】2017-06-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】土田 克彦
(72)【発明者】
【氏名】松浦 有宇子
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 潔
【審査官】藤山 純
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-330754(JP,A)
【文献】特開2004-318017(JP,A)
【文献】特開2012-100599(JP,A)
【文献】特開平04-091781(JP,A)
【文献】特開2004-305137(JP,A)
【文献】特開2002-010778(JP,A)
【文献】竹中祐子他,新規に開発した照射装置を用いた近赤外線の皮膚に対する影響の基礎検討,日本化粧品学会,38(3),2014年,pp.172-173
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/071
C12M 1/42
C12M 3/00
C12Q 1/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
キセノンランプを搭載したソーラシミュレーターおよび紫外可視カットフィルタを用いた条件下で760~1700nmの波長の赤外線を測定し、照射量が100~600J/cmに制御された前記赤外線を照射する光源と、細胞を培養するガラスプレートと、前記ガラスプレートを載置する表面が平坦な載置部を備え、前記載置部の表面温度を制御する温度制御装置とを有し、
前記温度制御装置は、前記光源に対して、前記載置部に載置された前記ガラスプレートに前記赤外線が照射されるように配置され、
前記温度制御装置により前記載置部の表面温度を制御して前記細胞の温度を維持しながら、前記光源から前記赤外線を前記ガラスプレートに照射し、
前記ガラスプレートがチャンバースライドであり、
前記温度制御装置は、前記チャンバースライドの底部の温度を測定し、該測定した温度に基づいて載置部の表面温度を制御することを特徴とする、細胞培養方法。
【請求項2】
前記細胞が皮膚を構成する細胞である、請求項1に記載の細胞培養方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の細胞培養方法により培養した細胞を評価する細胞評価方法。
【請求項4】
キセノンランプを搭載したソーラシミュレーターおよび紫外可視カットフィルタを用いた条件下で760~1700nmの波長の赤外線を測定し、照射量が100~600J/cmに制御された前記赤外線を照射する光源と、
細胞を培養するガラスプレートと、
前記ガラスプレートを載置する表面が平坦な載置部を備え、前記載置部の表面温度を制御する温度制御装置とを有し、
前記温度制御装置は、前記光源に対して、前記載置部に載置された前記ガラスプレートに前記赤外線が照射されるように配置されており、
前記ガラスプレートがチャンバースライドであり、
前記温度制御装置は、前記チャンバースライドの底部の温度を測定し、該測定した温度に基づいて載置部の表面温度を制御する、細胞培養装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養方法、細胞評価方法、および細胞培養装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、太陽光による皮膚への影響に関して、様々な研究が行われている。太陽光には、紫外線(UV)、可視光線(VIS)、赤外線(IR)が含まれており、このうち紫外線の皮膚への影響に関する研究が従来から数多くなされている。また、近年では赤外線の皮膚への影響についても注目が集まっている。
【0003】
例えば、特開2002-10778号公報には、遠赤外線放射体により遠赤外線を細胞に照射しながら、細胞を培養する技術が開示されている。このような赤外線照射の細胞に対する影響は、赤外線が照射された細胞の変化を観察すること等により評価することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2002-10778号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、細胞に赤外線が照射されると細胞の温度が上昇するため、細胞の変化が、赤外線によるものなのか、温度によるものなのかを区別することが困難である。そのため、従来の技術では、赤外線の細胞に対する影響を正確に評価することができない。
【0006】
本発明の目的は、赤外線による細胞への影響を正確に評価することができる細胞培養方法、細胞評価方法、および細胞培養装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明の一形態は、キセノンランプを搭載したソーラシミュレーターおよび紫外可視カットフィルタを用いた条件下で760~1700nmの波長の赤外線を測定し、照射量が100~600J/cmに制御された前記赤外線を照射する光源と、細胞を培養するガラスプレートと、前記ガラスプレートを載置する表面が平坦な載置部を備え、前記載置部の表面温度を制御する温度制御装置とを有し、前記温度制御装置は、前記光源に対して、前記載置部に載置された前記ガラスプレートに前記赤外線が照射されるように配置され、前記温度制御装置により前記載置部の表面温度を制御して前記細胞の温度を維持しながら、前記光源から前記赤外線を前記ガラスプレートに照射し、前記ガラスプレートがチャンバースライドであり、前記温度制御装置は、前記チャンバースライドの底部の温度を測定し、該測定した温度に基づいて載置部の表面温度を制御することを特徴とする、細胞培養方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明の一形態によれば、赤外線による細胞への影響を正確に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本実施形態に係る細胞培養装置の概略図である。
図2】本実施形態に係る細胞培養装置の一部を構成する培養プレートの概略図である。
図3】本実施形態に係る細胞培養方法の一例を示すフローチャートである。
図4】本実施形態に係る細胞評価方法の一例を示すフローチャートである。
図5】本実施形態に係る細胞の解析結果の一例を示すグラフである。
図6】本実施形態に係る細胞の解析結果の一例を示すグラフである。
図7】本実施形態に係る細胞の解析結果の一例を示すグラフである。
図8】本実施形態に係る細胞の解析結果の一例を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。なお、各図面において、特に説明がない限り、同一の又は対応する構成については同一の符号を付して説明を省略する場合がある。
【0011】
<細胞培養装置>
図1は、本実施形態に係る細胞培養装置100の概略図である。図2は、本実施形態に係る細胞培養装置の一部を構成する培養プレートの概略図である。細胞培養装置100は、細胞を培養する装置であり、図1に示すように、光源10、光学フィルタ20、培養プレート30、温度制御装置40を有する。
【0012】
本実施形態で培養される細胞は、特に限定されず、生体を構成する全ての細胞を含み、分化した細胞でも、未分化の細胞でもよい。また、生体の種類は限定されず、哺乳類、鳥類、魚類、爬虫類、両生類の何れでもよい。中でも、哺乳類の細胞を用いる場合は、マウス又はヒトの細胞が挙げられる。例えば、ヒトの細胞を用いる場合、胎児、新生児又は成人の何れの細胞を用いることができる。細胞の具体例としては、例えば、線維芽細胞、角化細胞、色素細胞、免疫細胞、内皮細胞等の皮膚を構成する細胞(以下、皮膚細胞という場合がある)、神経細胞、血球細胞、骨髄細胞、筋肉細胞、脂肪細胞、骨芽細胞などが挙げられる。
【0013】
光源10は、赤外線(IR)を照射する機能を有する。照射される赤外線の波長は、例えば760~1700nmである。このような光源10は、特に限定されず、赤外線ランプ、ハロゲンランプ、キセノンランプ等の赤外線を発生する光源を用いることができる。特に、太陽光が皮膚に与える影響等を評価する観点から、太陽光に近い光を発生させるキセノンランプが光源10として好ましい。
【0014】
なお、キセノンランプは、赤外線のほか、紫外線、可視光線も発生する。そのため、光源10としてキセノンランプを用いる場合は、図1に示すように、赤外線のみ透過させる光学フィルタ20を光源10にセットして、赤外線のみを照射するようにしてもよい。このような光学フィルタ20としては、特に限定されないが、例えば、紫外線および可視光線の透過を遮断するカットフィルタ(以下、紫外可視カットフィルタという場合がある)を用いることができる。
【0015】
培養プレート30は、細胞を培養する板状部材である。培養プレート30の形態は、特に限定されないが、接着能を有する細胞を用いる場合は、培養する細胞(以下、培養細胞という)の定着性を高める観点から、培養プレート30の表面にコラーゲン等の細胞外マトリックスがコーティングされた培養プレートや薬剤加工がされた培養プレートを用いることができる。
【0016】
また、培養プレート30は、液体の培地を使用できる観点から、図2に示すように、チャンバーCを備えるものが好ましい。このようなチャンバーCは、図2に示すように、スライド31をウエル32の底部に嵌め込むことにより形成することができる。また、同じ条件で培養した細胞の試料を同時に複数得られる観点から、このようなチャンバーを複数設けても良い(図2参照)。
【0017】
複数のチャンバーを設ける態様は、限定されない。複数のチャンバーとしては、例えば、図2に示すように、ウエル32a~32cにスライド31a~31cを嵌め込んで、3つの培養プレートを形成し、各培養プレートに4つチャンバーを構成することにより、合計12つのチャンバーC1~C12を設けることができる。
【0018】
また、培養プレート30の材質は限定されないが、細胞の温度制御を容易にする観点から、熱伝導性が良好な材質であることが好ましい。このような材質としては、例えば、通常の培養で使用されるプラスチックの他、金属、ガラス、熱伝導性樹脂等を用いることができる。また、培養プレートの形状は、限定されないが、細胞の温度制御を向上させる観点から、所定の厚みを有する板状部材を用いるのが好ましく、中でもガラスプレートを用いるのがより好ましい。
【0019】
温度制御装置40は、培養プレート30を載置する載置部41を備え、該載置部41の表面温度を制御する機能を有する。載置部41の形態は、特に限定されないが、制御された載置部41の表面温度が培養プレート30に直接伝播するように、載置部41の表面は、平坦であることが好ましい。
【0020】
また、載置部41の表面温度の制御は、加熱または冷却により載置部41の表面温度を所定の温度に維持することを意味する。このような温度制御により、例えば、赤外線照射により細胞の温度が上昇する環境でも、赤外線照射による細胞の温度上昇を抑制することができる。温度制御装置40としては、例えば、冷却機能を少なくとも備える温度制御プレート(例えば、クールプレート等)を用いることができる。
【0021】
温度制御装置40は、図1に示すように、光源10に対して、載置部41に載置された培養プレート30に赤外線(IR)が照射されるように配置されている。本実施形態では、図1に示すように、光源10が温度制御装置40の上方に配置され、温度制御装置40の載置部41に載置された培養プレート30に対して光源10からの赤外線(IR)が照射される位置関係になっている。
【0022】
また、光源10と温度制御装置40との距離は、培養プレート30で培養される細胞に赤外線が照射され、かつ載置部41の表面温度が制御できる距離であることが好ましい。このような光源10と温度制御装置40との距離は、例えば約10cm~30cmとすることができる。
【0023】
本実施形態の細胞培養装置100を用いることにより、赤外線照射による温度上昇を制御しながら細胞を培養することができる。そのため、細胞に対する赤外線の影響と温度の影響とを区別することができ、赤外線による細胞への影響を正確に評価することができる。
【0024】
<細胞培養方法>
図3は、本実施形態に係る細胞培養方法の一例を示すフローチャートである。本実施形態の細胞培養方法では、細胞の温度を所定の温度に維持しながら、細胞に赤外線を照射する。本実施形態の細胞培養方法には、上述の細胞培養装置100を用いることができるが、本実施形態の細胞培養方法を実施する形態は、これに限定されない。
【0025】
以下、本実施形態の細胞培養方法に上述の細胞培養装置100を用いる場合について説明する。本実施形態の細胞培養方法では、まず、ステップST1で、細胞に赤外線を照射する前に、予備的な培養を行う。具体的には、液体培地が注入された培養プレート30に細胞を播種し、これを生物学的に許容できる温度で培養を行う。
【0026】
生物学的に許容できる温度としては、例えば、大気環境下の温度を再現する実験を行う場合は約10~50℃とすることが好ましい。また、人体の体温を再現する実験を行う場合は約30~42℃とすることが好ましい。さらに、人体の平常時の体温を再現する実験を行う場合は約36~38℃とすることが好ましい。本実施形態では、ステップST1において、培養プレートに播種した細胞を36~38℃で培養する。
【0027】
なお、培養時間は特に限定されず、目的に応じて適宜変更できる。また、培養細胞としては、ヒトの皮膚細胞(例えば、線維芽細胞等)を使用することが好ましい。
【0028】
ステップST1において、培養プレート30には、表面にコラーゲンがコーティングされたチャンバースライドを用いることができる。チャンバースライドは、1以上のチャンバーを備えるスライドである。本実施形態では、図2に示すように、チャンバースライドには、スライド31をウエル32の底部に嵌め込むことにより複数のチャンバーC(チャンバーC1~C12)が設けられている。また、各チャンバーCには、液体培地が注入されている。
【0029】
次に、ステップST1で培養した細胞を温度制御装置40にセットする(ステップST2)。具体的には、ステップST1において培養プレート30で細胞を予備的に培養した後、培養プレート30のチャンバースライド内の培地を除去し、チャンバースライドの各ウエルに緩衝液を注入した培養プレート30を、所定の温度に設定した温度制御装置40の載置部41に設置する。
【0030】
温度制御装置40としては、上述の温度制御プレートを用いることができる。これにより、チャンバースライド内の細胞は、赤外線照射により温度が変動する場合でも所定の温度に制御することができる。所定の温度は、特に限定されないが、例えば、赤外線照射による温度上昇により上昇後の温度が約40℃と想定される場合は、チャンバースライド内の液温が40℃になるように設定するのが好ましい。また、赤外線の温度上昇を想定しない場合(皮膚表面の温度を想定する場合)は、チャンバースライド内の液温が33℃になるように設定することができる。
【0031】
次に、ステップST3では、細胞が培養された培養プレート30の温度を、上述の所定の温度に維持しながら、細胞に赤外線を照射する。ここで、温度制御装置40は、赤外線の照射により温度が上昇しないように設定された温度(以下、設定温度という)に制御することができる。設定温度の制御方法は、特に限定されないが、例えばチャンバースライドの液温を測定し、測定した液温に基づいて設定温度に調整する手法、チャンバースライドの底部の温度を測定し、測定したスライド底部の温度に基づいて設定温度に調整する手法が挙げられる。
【0032】
ステップST3において、赤外線(IR)の照射は、図1に示すように、光源10から行うことができる。光源10としては、特に限定されないが、上述のように、太陽光に近い光を発生するキセノンランプを用いるのが好ましい。さらに、紫外線および可視光線をカットする光学フィルタ20を、光源10にセットすることにより、赤外線のみを照射することができる(図1参照)。
【0033】
赤外線の照射量は、実験の目的に応じて、約10~1200J/cmの照射量に制御することができる。また、日中の太陽光下で人体が暴露されうる赤外線を再現する場合においては、キセノンランプを搭載したソーラシミュレーター(擬似的な太陽光を人工的に発生させる光源装置)および紫外可視カットフィルタ(フィルタ20)を用いた条件下で、約760~1700nmの波長の赤外線を測定し、赤外線の照射量を、好ましくは約100~600J/cmに制御し、より好ましくは約240~350J/cmに制御する。
【0034】
ステップST3で赤外線が照射された細胞(または赤外線を浴びた細胞)を、培養プレート30のまま、ステップST4で、さらに培養する。具体的には、赤外線照射が終了した後、培養プレート30内の緩衝液を除去し、チャンバースライドに液体培地を新たに注入し、生物学的に許容できる温度で培養を行う。
【0035】
生物学的に許容できる温度は、例えば、大気環境下の温度を再現する実験を行う場合は、約10~50℃とすることが好ましい。また、人体の体温を再現する実験を行う場合は、約30~42℃とすることが好ましい。さらに、人体の平常時の体温を再現する実験を行う場合は、約36~38℃とすることが好ましい。なお、培養時間は特に限定されず、目的に応じて適宜変更できる。これにより、培養した細胞を評価するための試料を調製することができる。
【0036】
このステップST1からステップST4までのフローにより、細胞が培養される。このような細胞培養方法を用いることにより、赤外線照射による温度上昇を制御しながら細胞を培養することができる。そのため、細胞に対する赤外線の影響と温度の影響とを区別することができ、赤外線による細胞への影響を正確に評価することができる。
【0037】
<細胞評価方法>
本実施形態に係る細胞評価方法は、上述の細胞培養方法により培養した細胞を評価する細胞評価方法である。ここで「細胞を評価する」とは、細胞に対する赤外線の影響を確認することを示す。なお、赤外線の影響を確認するための細胞評価方法は、特に限定されるものではないが、例えば、細胞の形態観察、細胞の遊走や接着能の評価、特定の遺伝子やタンパク質の発現評価、酵素活性測定評価等の通常の生物学的手法を用いることができる。
【0038】
図4は、本実施形態に係る細胞評価方法の一例を示すフローチャートである。本実施形態の細胞評価方法では、上述した細胞培養方法により培養した細胞からRNAを抽出し、該RNAからDNAを合成し、該DNAに含まれる遺伝子の発現量を測定し、測定した遺伝子の発現量を評価する。
【0039】
本実施形態では、まず上述のステップST1~ST4で培養した細胞からRNAを抽出する(ステップST5)。評価の対象とする細胞は、特に限定されないが、上述の細胞培養方法により培養した細胞を対象とすることができる。また、RNAの抽出方法は、特に限定されず、例えば市販のRNA抽出キットを用いることができる。
【0040】
次に、抽出したRNAからDNAを合成する(ステップST6)。DNAの合成は、抽出したRNAを逆転写することにより、RNAに対して相補的なDNA(cDNA)を合成するものである。DNAを合成する方法は、特に限定されず、例えば市販の逆転写反応キットを用いることができる。
【0041】
ステップST7では、ステップST6で合成したDNAについて、DNAに含まれる遺伝子の発現量を測定する。測定する遺伝子の種類は任意であり、細胞に対する赤外線の影響を評価することができる遺伝子を適宜選択すればよい。
【0042】
発現量の測定方法は、特に限定されず、条件に応じて種々の遺伝子発現解析方法を用いることができる。例えば、単離された個々の遺伝子の発現を解析する場合は、ノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR等の手法を用いることができる。また、発現する遺伝子を網羅的に解析する場合は、マイクロアレイ等の手法を用いることができる。なお、遺伝子の発現量の尺度は、特に限定されず、測定方法に応じた尺度を用いればよい。
【0043】
例えば、タンパク質発現を評価することにより、細胞に対する赤外線の影響を確認する場合、その方法としては、例えば、上述した細胞培養方法のステップST4で培養した細胞やその培養上清に対して、ウェスタンブロッティング、ELISA(Enzyme-Linked Immuno Sorbent Assay)等の手法を用いることができる。また、その他の方法としては、プロテオーム解析等の手法を用いることで、網羅的に細胞を評価することもできる。
【0044】
ステップST8では、ステップST7で測定した遺伝子の発現量を評価する。具体的には、遺伝子の発現量から、細胞の遺伝子発現を評価する。評価方法は、特に限定されないが、次のような方法を採用することができる。
【0045】
まず、細胞の温度をヒトの皮膚の表面温度(約33℃)に制御して赤外線を照射しない場合の遺伝子発現量を基準とする。この基準に対して、細胞の温度を約40℃に制御しながら赤外線を照射した場合の各遺伝子発現量、赤外線照射による温度上昇を想定して細胞の温度を約40℃に制御し赤外線を照射しない場合の遺伝子発現量、細胞の温度を約33℃に維持しながら赤外線を照射した場合の遺伝子発現量を、それぞれ比較する。そして、各遺伝子発現量に変化があった場合、細胞が影響を受けたと評価する。
【0046】
このような細胞評価方法を用いることにより、細胞に対する赤外線の影響と温度の影響とを区別することができ、赤外線による細胞への影響を正確に評価することができる。
【実施例
【0047】
以下、本実施形態について、さらに実験例を用いて具体的に説明する。なお、以下において、「%」は、特に断りのない限り、体積基準である。各種の試験および評価は、下記の方法にしたがって行った。
【0048】
[予備培養]
正常ヒト線維芽細胞を、10%のウシ胎児血清(FBS:Fetal Bovine Serum)を含有するダルベッコ改変イーグル培地(DMEM:Dulbecco´s Modification of Eagle´s Medium)に分散し、4.0×10cells/mLにした。これをチャンバースライド(製品名「BioCoatコラーゲンI カルチャースライド 4ウエル」、Corning社製)の各ウエルに500μLずつ播種した。このヒト線維芽細胞を播種したチャンバースライドを、37℃、5%COの環境下で3晩、予備的に培養(以下、予備培養という)した(図3のステップST1参照)。
【0049】
[細胞の温度制御]
予備培養した後、チャンバースライド内の培地を除去し、PBS(-)(リン酸緩衝生理食塩水 Phosphate Buffered Saline)500μLをチャンバースライドの各ウエルに加える。これを各温度に設定した温度制御プレート上に載せた。
【0050】
なお、チャンバースライドの底部の温度を、デジタル温度計で測定し、該測定した温度をチャンバースライド内の液温とした。このように測定したチャンバースライド内の液温を細胞の温度とみなして、この測定した液温に基づいて温度制御プレートの設定温度を制御することにより、細胞の温度を制御した(図3のステップST2参照)。
【0051】
[赤外線照射]
赤外線の照射は、キセノンランプを搭載したソーラシミュレーター(製品名「MODEL91192-1000」ORIEL社製)に紫外可視カットフィルタ(製品名「RG695フィルタ」SCHOTT社製)を設置した。照射する赤外線の波長は760nm~1700nmの範囲であり、照射時間は60分とした。この条件で換算された赤外線の照射量は、約300J/cmであった。
【0052】
また、赤外線の照射は、以下の4つの条件でそれぞれ行った。
(1)チャンバースライド内の液温を33℃に維持したまま、赤外線は照射しない。なお、33℃は、赤外線が照射されない環境におけるヒトの皮膚の表面温度を想定している。また、赤外線を照射しない環境は、チャンバースライドに蓋をしてアルミホイルで覆うことにより作る。
(2)チャンバースライド内の液温を40℃に維持しながら赤外線を照射する。
(3)チャンバースライド内の液温を40℃に維持したまま、赤外線は照射しない。なお、40℃は、赤外線が照射された環境におけるヒトの皮膚の表面温度を想定している。
(4)チャンバースライド内の液温を33℃に維持しながら赤外線を照射する(図3のステップST3参照)。
【0053】
赤外線を照射した後、PBS(-)を除去し、5%FBS含有DMEM500μLと交換し、37℃、5%COの環境下で24時間培養した(図3のステップST4参照)。
【0054】
[遺伝子発現の評価]
赤外線照射を行った細胞について、遺伝子発現の評価を行った。まず、赤外線照射を経た細胞から、RNA抽出キット(商品名「RNeasy Mini kit」、QIAGEN社製)を用いてRNAを抽出した(図4のステップST5参照)。次いで、抽出したRNAを用い、マイクロアレイ法により、遺伝子発現を評価した(図4のステップST6~ST8参照)。
【0055】
なお、マイクロアレイ法は、遺伝子発現解析法の一つであり、遺伝子情報を網羅的に解析する方法である。このマイクロアレイ法では、基板上に複数のDNAプローブ(cDNAまたはオリゴヌクレオチド)を配列し、細胞から抽出したRNAを逆転写して合成したターゲット(cDNAあるいはcRNAに蛍光標識したもの)をハイブリダイズ(以下、ハイブリダイゼーションともいう)させる。そして、DNAプローブと蛍光標識したターゲットが結合したスポットを検出することにより、細胞内で発現している遺伝子情報を網羅的に解析することができる。
【0056】
本実施形態では、Agilent社推奨のプロトコールに則した処理を行った後、抽出した全RNAからラベル化キット(Low Input Quick Amp Labeling Kit、Agilent社製)を用いてラベル化cDNAを合成した。合成したcDNAを、ハイブリダイゼーションキット(Gene Expression Hybridization Kit、Agilent社製)を用いてハイブリダイゼーションした後、Agilent社製のマイクロアレイスキャナにより遺伝子発現データを読み取った。
【0057】
読み取った遺伝子発現データに基づいて、上述の赤外線照射条件(1)~(4)における遺伝子発現量を測定し、赤外線照射条件(1)の遺伝子発現量に対する赤外線照射条件(2)~(4)の遺伝子発現量の比(以下、発現量比という)を求めた。得られた発現量比から、遺伝子の発現変化を解析することにより、細胞の遺伝子発現を評価した。
【0058】
以下、実験例について説明する。
【0059】
[実験例1]
上記の赤外線照射を経て培養された細胞から抽出された全RNAを用い、マイクロアレイ法により発現データが得られた遺伝子のうち、LOC286437遺伝子を対象として、遺伝子の発現量を測定し、発現変化を評価した。測定および解析結果を表1及び図5に示す。
【0060】
[実験例2]
マイクロアレイ法においてLOC286437遺伝子の代わりにLOC101929709遺伝子を対象とした以外は、実験例1と同様に、遺伝子の発現量を測定し、発現変化を評価した。測定および解析結果を表1及び図6に示す。
【0061】
[実験例3]
マイクロアレイ法においてLOC286437遺伝子の代わりにlnc-EIF4E3-1遺伝子を対象とした以外は、実験例1と同様に、遺伝子の発現量を測定し、発現変化を評価した。測定および解析結果を表1及び図7に示す。
【0062】
[実験例4]
マイクロアレイ法においてLOC286437遺伝子の代わりにlnc-C1QL4-3遺伝子を対象とした以外は、実験例1と同様に、遺伝子の発現量を測定し、発現変化を評価した。測定および解析結果を表1及び図8に示す。
【0063】
【表1】
【0064】
表1及び図5より、実験例1では、温度上昇を制御せずに赤外線を照射した場合(図5の左側のグラフ、赤外線照射条件(2)参照)、赤外線を照射せずに温度上昇させた場合(図5の中央のグラフ、赤外線照射条件(3)参照)、および温度上昇を制御しながら赤外線を照射した場合(図5の右側のグラフ、赤外線照射条件(4)参照)のいずれも、大きな発現変化は確認されなかった。すなわち、実験例1では、赤外線照射のみの場合、温度上昇のみ場合、いずれも、細胞が殆ど影響を受けないことを示している(図5参照)。
【0065】
表1及び図6より、実験例2では、温度上昇を制御せずに赤外線を照射した場合(図6の左側のグラフ、赤外線照射条件(2)参照)に、大きな発現変化が確認され、赤外線を照射せずに温度上昇させた場合(図6の中央のグラフ、赤外線照射条件(3)参照)、および温度上昇を制御しながら赤外線を照射した場合(図6の右側のグラフ、赤外線照射条件(4)参照)に、大きな発現変化は確認されなかった。すなわち、実験例2では、細胞が赤外線照射のみ、または温度上昇のみでは殆ど影響を受けないが、赤外線照射と温度上昇の両方が組み合わされた場合のみ細胞が影響を受けることを示している(図6参照)。
【0066】
表1及び図7より、実験例3では、温度上昇を制御せずに赤外線を照射した場合(図7の左側のグラフ、赤外線照射条件(2)参照)、および温度上昇を制御しながら赤外線を照射した場合(図7の右側のグラフ、赤外線照射条件(4)参照)に、大きな発現変化が確認されず、赤外線を照射せずに温度上昇させた場合(図7の中央のグラフ、赤外線照射条件(3)参照)に大きな発現変化が確認された。すなわち、実験例3では、細胞が赤外線照射のみ、または赤外線照射と温度上昇の両方が組み合わされた場合、細胞は殆ど影響を受けないが、温度上昇のみの場合に細胞が影響を受けることを示している(図7参照)。
【0067】
表1及び図8より、実験例4では、温度上昇を制御せずに赤外線を照射した場合(図8の左側のグラフ、赤外線照射条件(2)参照)に、大きな発現変化は確認されず、赤外線を照射せずに温度上昇させた場合(図8の中央のグラフ、赤外線照射条件(3)参照)に、遺伝子発現を減弱する発現変化が確認され、温度上昇を制御しながら赤外線を照射した場合(図8の右側のグラフ、赤外線照射条件(4)参照)に、遺伝子発現を亢進する大きな発現変化が確認された。すなわち、実験例4では、赤外線照射のみ、または温度上昇のみのいずれも細胞が影響を受け、また赤外線照射のみの場合(発現亢進)と温度上昇のみの場合(発現減弱)とで発現変化の挙動が異なり、さらに、赤外線照射のみの場合に細胞への影響が大きいことを示している(図8参照)。
【0068】
これらの結果から、本実施形態の細胞培養方法を行うことにより、赤外線照射による温度上昇を制御しながら細胞を培養できることが判った。また、本実施形態の細胞評価方法を行うことにより、細胞に対する赤外線照射の影響と赤外線照射による温度上昇の影響を区別することができ、赤外線による細胞への影響を正確に評価できることが判った。
【0069】
以上、本発明の実施形態について実験例を挙げて説明したが、本発明は特定の実施形態、実験例に限定されるものではなく、請求の範囲に記載された発明の範囲内において、種々の変形、変更が可能である。
【0070】
本国際出願は、2017年6月7日に出願された日本国特許出願2017-112896号に基づく優先権を主張するものであり、その全内容をここに援用する。
【符号の説明】
【0071】
100 細胞培養装置
10 光源
20 光学フィルタ
30 培養プレート
40 温度制御装置
41 載置部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8