IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 住友電工ハードメタル株式会社の特許一覧 ▶ 住友電気工業株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-切削工具 図1
  • 特許-切削工具 図2
  • 特許-切削工具 図3
  • 特許-切削工具 図4
  • 特許-切削工具 図5
  • 特許-切削工具 図6
  • 特許-切削工具 図7
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-26
(45)【発行日】2023-06-05
(54)【発明の名称】切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/20 20060101AFI20230529BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20230529BHJP
【FI】
B23B27/20
B23B27/14 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021573275
(86)(22)【出願日】2021-06-02
(86)【国際出願番号】 JP2021021007
(87)【国際公開番号】W WO2022254611
(87)【国際公開日】2022-12-08
【審査請求日】2022-06-08
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】田林 大二
(72)【発明者】
【氏名】福井 治世
(72)【発明者】
【氏名】上村 重明
【審査官】山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-061540(JP,A)
【文献】特開2013-079445(JP,A)
【文献】特開2005-022073(JP,A)
【文献】特開2007-083382(JP,A)
【文献】辻岡 正憲,国際標準化におけるDLCの分類とその特徴、応用,日本,2015年01月05日,https://surface.mechanical-tech.co.jp/node/1532
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14,51/00;
B23C 5/16;
B23P 15/28;
C23C 14/00-14/58,16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記被膜は、前記基材の少なくとも切削に関与する部分の表面上に配置され、
前記切削に関与する部分は、前記基材において、刃先稜線と、前記刃先稜線から前記基材側へ、前記刃先稜線の接線の垂線に沿う距離が2mmである仮想の面と、に囲まれる領域であり、
前記基材の切削に関与する部分の表面上に配置された前記被膜の最表面は、硬質炭素膜であり、
前記硬質炭素膜において、前記硬質炭素膜の表面と、前記表面から前記基材側への距離が40nmである仮想面Pと、に挟まれた領域は、第1領域であり、
前記第1領域において、sp2成分量C2とsp3成分量C3とは、下記式1の関係を示
0.4≦{C2/(C2+C3)}×100≦2.0 式1
前記硬質炭素膜の水素含有率は、5原子%以下である、
切削工具。
【請求項2】
前記硬質炭素膜において、円相当径が10nm以上である黒色領域の面積百分率は0.7%以下であり、
前記黒色領域の面積百分率は、前記硬質炭素膜の断面の高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡像において測定される、請求項1に記載の切削工具。
【請求項3】
前記基材の切削に関与する部分の表面上に配置された前記硬質炭素膜の厚さは、0.1μm以上3.0μm以下である、請求項1又は請求項2に記載の切削工具。
【請求項4】
前記基材と前記硬質炭素膜との間に配置された界面層を備え、
前記界面層は、
・周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、第13族元素及び炭素を除く第14族元素からなる第1群より選ばれる1種の元素の単体、前記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素を含む合金又は第1化合物、及び、前記第1化合物由来の固溶体、からなる群より選ばれる少なくとも1種、又は、
・前記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素と、からなる第2化合物、及び、前記第2化合物由来の固溶体の一方又は両方、
を含み、
前記界面層の厚さは、0.5nm以上10nm未満である、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項5】
前記基材は、WC基超硬合金又はサーメットからなる、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の切削工具。
【請求項6】
前記基材は、立方晶窒化硼素からなる、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
非晶質炭素やダイヤモンドライクカーボン(Diamond-Like Carbon)等の硬質炭素膜は、耐摩耗性、潤滑性に優れていることから、切削工具、金型、機械部品へのコーティング材料として用いられている。
【0003】
特開2003-62706号公報(特許文献1)には、WC基からなる基材と、該基材を被覆する非晶質カーボン膜とを備える非晶質カーボン被覆工具が開示されている。
【0004】
国際公開2016/190443号(特許文献2)には、基体と、該基体の表面に位置し、ダイヤモンドライクカーボンを含有するDLC層とを具備する切削工具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2003-62706号公報
【文献】国際公開2016/190443号
【発明の概要】
【0006】
本開示の切削工具は、
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記被膜は、その最表面に硬質炭素膜を含み、
前記硬質炭素膜は、第1領域を含み、
前記第1領域は、前記硬質炭素膜の表面と、前記表面から前記基材側への距離が40nmである仮想面Pと、に挟まれた領域であり、
前記第1領域において、sp2成分量C2とsp3成分量C3とは、下記式1の関係を示す、
{C2/(C2+C3)}×100≦2.0 式1
切削工具である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1図1は、本開示の一実施形態に係る切削工具の一例の断面図である。
図2図2は、本開示の一実施形態に係る切削工具の他の一例の断面図である。
図3図3は、本開示の一実施形態に係る切削工具の硬質炭素膜の第1領域のXANESスペクトルの一例を示す図である。
図4図4は本開示の一実施形態に係る切削工具の断面を高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡で観察して得られた暗視野像の一例を示す図面代用写真である。
図5図5は、本開示の一実施形態に係る切削工具の製造に用いられる成膜装置の一例を示す模式図である。
図6図6は、本開示の一実施形態に係る切削工具の製造に用いられるターゲットの一例を示す図である。
図7図7は、従来の切削工具の硬質炭素膜の断面を高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡像で観察して得られた暗視野像の図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[本開示が解決しようとする課題]
近年、被削材の多様化が進み、アルミニウム合金などの軟金属や、チタン、マグネシウム、銅といった非鉄金属、有機材料、グラファイトなど硬質粒子を含有する材料、炭素繊維強化プラスチック(CFRP:carbon fiber reinforced plastic)等の加工が行われている。
【0009】
硬質炭素膜を有する切削工具を用いて上記の材料を切削する場合、工具の切れ刃部分に被削材が凝着して切削抵抗が増大したり、刃先が欠損し、工具寿命が低下する傾向がある。これは特に軟金属のドライ加工やMQL加工の際に生じやすい。よって、軟金属の切削に用いた場合であっても、長い工具寿命を有することのできる切削工具が求められている。
【0010】
そこで、本目的は、軟金属の切削に用いた場合であっても、長い工具寿命を有することができる切削工具を提供することを目的とする。
【0011】
[本開示の効果]
本開示によれば、特に軟金属の切削に用いた場合であっても、長い工具寿命を有することができる切削工具を提供することが可能となる。
【0012】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
(1)本開示の切削工具は、
基材と、前記基材上に配置された被膜と、を備える切削工具であって、
前記被膜は、その最表面に硬質炭素膜を含み、
前記硬質炭素膜は、第1領域を含み、
前記第1領域は、前記硬質炭素膜の表面と、前記表面から前記基材側への距離が40nmである仮想面Pと、に挟まれた領域であり、
前記第1領域において、sp2成分量C2とsp3成分量C3とは、下記式1の関係を示す、
{C2/(C2+C3)}×100≦2.0 式1
切削工具である。
【0013】
本開示の切削工具は、特に軟金属の切削に用いた場合であっても、長い工具寿命を有することができる。
【0014】
(2)前記硬質炭素膜において、円相当径が10nm以上である黒色領域の面積百分率は0.7%以下であり、
前記黒色領域の面積百分率は、前記硬質炭素膜の断面の高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡像において測定されることが好ましい。
【0015】
これによると、硬質炭素膜中の欠陥量が低減されているため、欠陥を起点とした破壊が生じ難い。よって、切削工具の工具寿命が更に向上する。
【0016】
(3)前記硬質炭素膜の切削に関与する部分における厚さは、0.1μm以上3.0μm以下であることが好ましい。これによると、硬質炭素膜の剥離や欠損を抑制することができる。
【0017】
(4)前記硬質炭素膜の水素含有率は、5原子%以下であることが好ましい。これによると、硬質炭素膜中のsp3混成結合の割合が高くなり、硬度が高くなる。更に、硬質炭素膜の耐酸化性も向上する。よって、切削工具の工具寿命が更に向上する。
【0018】
(5)前記基材と前記硬質炭素膜との間に配置された界面層を備え、
前記界面層は、
・周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、第13族元素及び炭素を除く第14族元素からなる第1群より選ばれる1種の元素の単体、前記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素を含む合金又は第1化合物、及び、前記第1化合物由来の固溶体、からなる群より選ばれる少なくとも1種、又は、
・前記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素と、からなる第2化合物、及び、前記第2化合物由来の固溶体の一方又は両方、
を含み、
前記界面層の厚さは、0.5nm以上10nm未満であることが好ましい。
【0019】
これによると、基材と硬質炭素膜とが、界面層を介して強固に密着することにより、溶着の脱落時にコーティングが剥離する凝着摩耗を抑制するとともに、界面層は基材と硬質炭素膜との硬度差をバランスさせる役目、すなわち緩衝させるように作用して耐衝撃性も向上する。
【0020】
(6)前記基材は、WC基超硬合金又はサーメットからなることが好ましい。これによると、切削工具は非鉄合金、特にアルミニウム合金、銅合金、マグネシウム合金等の切削に適する。
【0021】
(7)前記基材は、立方晶窒化硼素からなることが好ましい。これによると、切削工具は非鉄合金、特にアルミニウム合金、銅合金、マグネシウム合金等の切削に適する。
【0022】
[本開示の実施形態の詳細]
本開示の切削工具の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。本開示の図面において、同一の参照符号は、同一部分又は相当部分を表すものである。また、長さ、幅、厚さ、深さなどの寸法関係は図面の明瞭化と簡略化のために適宜変更されており、必ずしも実際の寸法関係を表すものではない。
【0023】
本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0024】
本発明者等は、従来の硬質炭素膜を有する切削工具を用いて軟金属を切削した際、凝着が生じる理由について検討した。本発明者等は、特に切削初期に凝着が生じやすいことから、硬質炭素膜の表面近傍の性状に着目して検討を進めた。この結果、従来の硬質炭素膜では、表面近傍領域におけるsp2成分量が、厚さ方向に深い領域(表面近傍領域より基材側の領域)におけるsp2成分量よりも大きいことを新たに知見した。本明細書において、sp2成分とは、硬質炭素膜中のsp2混成結合に相当する。ここで、sp2混成結合とは、グラファイト成分に由来する二重結合(C=C)に相当する。sp2成分量とは、sp2混成結合を構成している炭素数に相当する。よって、従来の硬質炭素膜を有する切削工具では、表面近傍において、凝着の生じやすいグラファイト成分量が多く、このため、特に切削初期に凝着が発生しやすいと想定される。本発明者等は、上記の新たな知見の下、鋭意検討の結果、軟金属の切削に用いた場合であっても、長い工具寿命を有することのできる切削工具を得た。以下に、本開示の切削工具について説明する。
【0025】
[実施形態1:切削工具]
本開示の一実施形態(以下、「本実施形態」とも記す。)に係る切削工具について、図1及び図2を用いて説明する。図1は、本実施形態に係る切削工具の一例の断面図である。図2は、本実施形態に係る切削工具の他の一例の断面図である。
【0026】
図1に示されるように、本実施形態の切削工具30は、
基材5と、該基材5上に配置された被膜22と、を備える切削工具であって、
該被膜22は、その最表面に硬質炭素膜20を含み、
該硬質炭素膜20は、第1領域A1を含み、
該第1領域A1は、該硬質炭素膜20の表面S1と、該表面S1から該基材5側への距離が40nmである仮想面Pと、に挟まれた領域であり、
該第1領域A1において、sp2成分量C2とsp3成分量C3とは、下記式1の関係を示す、
{C2/(C2+C3)}×100≦2.0 式1
切削工具である。
【0027】
本実施形態の切削工具は、軟金属の切削に用いた場合であっても、長い工具寿命を有することができる。この理由は、本実施形態の切削工具では、硬質炭素膜の表面近傍のsp2成分(グラファイト成分)比率が小さく、凝着が生じ難いためと推察される。更に、凝着が生じ難いため、切削抵抗が低減され、切削工具の耐摩耗性も向上するためと推察される。
【0028】
<基材>
基材5としては、金属系又はセラミックス系の基材を用いることができる。具体的には、鉄、熱処理鋼、WC基超硬合金(例えば、WC-Co系超硬合金等のWC基超硬合金、該超硬合金はTi、Ta、Nbなどの炭窒化物を含むことができる)、サーメット(TiC、TiN、TiCNなどを主成分とするもの)、ステンレス、ニッケル、銅、アルミニウム合金、チタン合金、アルミナ、立方晶窒化硼素、炭化珪素製の基材が挙げられる。
【0029】
これらの各種基材の中でもWC基超硬合金、サーメット(特にTiCN基サーメット)又は立方晶窒化硼素からなる基材を用いることが好ましい。これらの基材は、高温における硬度と強度のバランスに優れ、上記用途の切削工具の基材として優れた特性を有している。基材としてWC基超硬合金を用いる場合、その組織中に遊離炭素、ならびにη相またはε相と呼ばれる異常層などを含んでいてもよい。
【0030】
さらに基材は、その表面が改質されていてもよい。例えば超硬合金の場合、その表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合に表面硬化層が形成されていてもよい。基材は、その表面が改質されていても所望の効果が示される。
【0031】
<被膜>
被膜は、その最表面に硬質炭素膜を含む。図1では、被膜22は硬質炭素膜20のみからなり、基材5と硬質炭素膜20とは接しているが、本実施形態の切削工具はこれに限定されない。例えば、図2に示されるように、本実施形態の切削工具31において、被膜32は、硬質炭素膜20に加えて、基材5と硬質炭素膜20との間に配置された界面層21を備えることができる。
【0032】
被膜は、硬質炭素膜及び界面層に加えて、基材と界面層との間に、これらの被膜の組成が混合した混合組成層(図示せず)、又は、組成が連続的に変化した傾斜組成層(図示せず)を備えることができる。更に、被膜は、硬質炭素膜及び界面層に加えて、基材と界面層との間に、これらの間の密着性を向上させるための下地層(図示せず)を備えることができる。
【0033】
被膜は、基材の表面の全部を覆うように配置されていてもよいし、一部を覆うように配置されていてもよい。被膜が基材の一部を覆うように配置されている場合は、基材の少なくとも切削に関与する部分の表面を覆うように配置されていることが好ましい。本明細書において、基材の切削に関与する部分とは、基材において、その刃先稜線と、該刃先稜線から基材側へ、該刃先稜線の接線の垂線に沿う距離が2mmである仮想の面と、に囲まれる領域を意味する。
【0034】
被膜全体の厚さは、0.1μm以上3μm以下が好ましい。被膜全体の厚さが0.1μm以上であると、耐摩耗性が向上する。被膜全体の厚さが3μm以下であると、被膜内部に蓄積される内部応力の増加を抑制することができ、被膜の剥離や欠損を抑制することができる。
【0035】
被膜の厚さの下限は0.1μm以上が好ましく、0.3μm以上がより好ましく、1.0μm以上が更に好ましい。被膜の厚さの上限は3.0μm以下が好ましく、2.0μm以下がより好ましく、1.5μm以下が更に好ましい。被膜の厚さは、0.1μm以上3.0μm以下が好ましく、0.3μm以上2.0μm以下がより好ましく、1.0μm以上1.5μm以下が更に好ましい。
【0036】
本明細書において、「厚さ」は、被膜の表面の法線に沿う断面をSEM(走査型電子顕微鏡、測定装置:日本電子株式会社製「JSM-6610series」(商標))を用いて観察することにより測定される。具体的には、断面サンプルの観察倍率を15000倍とし、電子顕微鏡像中に(基材表面に平行な方向30μm)×(被膜の厚さ全体を含む距離)の矩形の測定視野を設定し、該視野において3箇所の厚み幅を測定し、その平均値を「厚さ」とする。下記に記載される各層の厚さ(平均厚さ)についても、同様に測定し、算出される。
【0037】
なお、出願人が測定した限りでは、同一の試料において測定する限りにおいては、測定視野の選択個所を変更して複数回測定しても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定視野を設定しても恣意的にはならないことが確認された。
【0038】
<硬質炭素膜>
(組成)
本明細書において、硬質炭素膜とは、一般的にダイヤモンドライクカーボン(DLC)、無定形炭素、ダイヤモンド状炭素等の名称で呼ばれているものを意味する。硬質炭素膜は炭素を主成分として含み、構造的には結晶ではなく、非晶質に分類され、ダイヤモンド結晶に見られるような単結合(C-C)とグラファイト結晶に見られるような二重結合(C=C)とが混在していると考えられ、製法によってはC-Hの様に水素を含有することもある。
【0039】
硬質炭素膜が炭素を主成分として含むとは、硬質炭素膜の炭素含有量が95原子%以上であることを意味する。硬質炭素膜中の炭素含有量は、エネルギー分散型X線分析装置(EDS分析装置:BRUKER社製「XFlash 6-30」(商標))を用いて測定することができる。具体的には、硬質炭素膜の最表面に電子線を照射し、電子線照射により発生する特性X線を検出し、エネルギーで分光することにより、元素分析及び組成分析を行う。電子線の加速電圧は15kVとする。得られたスペクトルからの元素分析及び炭素含有量の算出は、上記の分析装置に付属のソフトウエア「QUANTAX ESPRIT」(商標)を用いて行う。
【0040】
出願人が測定した限りでは、同一の試料において測定する限りにおいては、炭素含有量の測定結果を測定領域の選択個所を変更して複数回算出しても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定領域を設定しても恣意的にはならないことが確認された。
【0041】
硬質炭素膜が非晶質であることは、例えば、X線回折測定により確認することができる。具体的な確認方法について下記に説明する。
【0042】
(A1)基板上に成膜された硬質炭素膜に対して、下記の条件でX線回折測定(測定装置:リガク社製の「SmartLab」(商標))を行い、X線回折パターンを得る。
【0043】
X線源:Cu-kα線
X線出力:45kV、200mA
検出器:1次元半導体検出器
回折角2θの測定範囲:15~140°
スキャンスピード:0.2°/min
(A2)得られた回折パターンにおいて、基板に由来するピーク以外にグラファイトもしくはダイヤモンドに起因するピークが存在せず、ブロードなピークが確認される場合、硬質炭素膜が非結晶相であると判断される。
【0044】
(sp2成分量C2及びsp3成分量C3)
本実施形態において、硬質炭素膜20は、第1領域A1を含み、該第1領域A1は、該硬質炭素膜20の表面S1と、該表面S1から基材5側への距離が40nmである仮想面Pと、に挟まれた領域であり、該第1領域A1において、sp2成分量C2とsp3成分量C3とは、下記式1の関係を示す。
{C2/(C2+C3)}×100≦2.0 式1
【0045】
本明細書において、sp2成分量C2とは、sp2混成結合を構成している炭素数に相当する。ここで、sp2混成結合は、硬質炭素膜中のグラファイト成分に由来する二重結合(C=C)に相当する。本明細書において、sp3成分量C3とは、sp3混成結合を構成している炭素数に相当する。ここで、sp3混成結合は、硬質炭素膜中のダイヤモンド成分に由来するC-C結合(単結合)、又は、C-H結合(単結合)に相当する。従って、硬質炭素膜が上記式1を満たす場合、該硬質炭素膜の表面近傍に位置する第1領域では、グラファイト成分比率が低減されている。よって、該硬質炭素膜を備える切削工具は、軟金属の切削に用いた場合であっても、切削初期における凝着が生じ難く、長い工具寿命を有することができる。更に、凝着が生じ難いため、切削抵抗が低減され、切削工具の耐摩耗性も向上する。
【0046】
第1領域におけるsp2成分量C2及びsp3成分量C3の合計に対するC2の百分率{C2/(C2+C3)}×100(以下、「sp2含有率」とも記す。)の下限は、特に制限されないが、例えば、0.5以上とすることができる。硬質炭素膜の第1領域において、C2とC3とは、下記式2の関係を示すことが好ましい。
0.5≦{C2/(C2+C3)}×100≦2.0 式2
【0047】
硬質炭素膜の第1領域において、C2とC3とは、下記式3の関係を示すことが好ましく、下記式4の関係を示すことがより好ましい。
0.5≦{C2/(C2+C3)}×100≦1.5 式3
0.5≦{C2/(C2+C3)}×100≦1.0 式4
【0048】
硬質炭素膜の第1領域における、sp2成分量C2及びsp3成分量C3の合計に対するsp2成分量C2の百分率({C2/(C2+C3)}×100)は、X線吸収端近傍構造(XANES:X-ray Absorption Near Edge Structure)により測定される。具体的な測定方法について以下に説明する。
【0049】
(B1)炭素のX線吸収端近傍構造(XANES)スペクトルは、放射光施設で測定することが出来る。一例としては、九州シンクロトロン光研究センターのBL17住友電工ビームラインが利用できる。なお、それ以外の放射光施設やビームラインでも測定が可能である。切削工具の硬質炭素膜の表面に対して、九州シンクロトロン光研究センターのBL17住友電工ビームラインを用いて、電子収量法による炭素のK吸収端XANESスペクトルを測定する例を示す。測定条件は以下の通りである。
【0050】
<測定条件>
回折格子:400本/mm
入射X線エネルギー: 250~400eV
測定エネルギーステップ:Δ0.5eV(250~280eV、320~400eV)、Δ0.1eV(280~296eV)、Δ0.2eV(296~320eV)
積算時間:1s/step
測定方法:電子収量法
検出方法:I0:ビームライン最下流のM3ミラー電流、I1:試料電流共にKeithley6485ピコアンメータ使用
試料固定:カーボンテープで試料と試料ホルダを固定。カーボンテープにX線は照射しない。
試料表面処理:未実施(測定前にはアルコール洗浄のみ)
測定チャンバー真空度:7E-8Pa以下
【0051】
上記の測定条件により得られたXANESスペクトルは、硬質炭素膜の表面と、該表面からの基材側への距離が40nmである仮想面Pと、に囲まれた第1領域のXANESスペクトルに該当する。
【0052】
(B2)Cの結合状態はX線吸収分光(XAS)測定により調べることが可能である。詳細にはCのK吸収端近傍のXASスペクトル(以後、XANESスペクトルとも記す。)を測定する。本実施形態の硬質炭素膜の第1領域のCのK吸収端XANESスペクトルの一例を図3の実線に示す。図3において、横軸はX線のエネルギー(以下、X線エネルギーとも記す。)(eV)、縦軸は規格化されたX線吸収(a.u.)である。ただし、横軸は、高配向性熱分解グラファイト(Highly oriented pyrolyticgraphite,HOPG)において観測されるπ*ピークを285.5eVとなるように校正している。縦軸のX線吸収を規格化するためにはXANESスペクトルを解析する事が可能なソフトウェアを用いることとし、サンプルから得られたX線エネルギー毎の試料電流強度をプロットし、X線エネルギーが258eV~278eVにおける任意の2点間のX線エネルギーの範囲をバックグラウンド領域として差し引き、X線エネルギーが340eV~400eVにおける任意の2点間のX線エネルギーの範囲を規格化領域として設定することとする。さらに、バックグラウンド領域を定める上記2点間は最低でも10eV以上離れていることとし、規格化領域を定める上記2点間は最低でも20eV以上離れていることとする。
【0053】
解析に用いるソフトウェアとしては、REX2000(株式会社リガク製)や、無償で一般公開されているソフトウェアのAthena & Artemis [IFEFFITパッケージ]http://cars9.uchicago.edu/ifeffit/DownloadsなどのXANESスペクトル解析に特化したソフトウェアを使うことができる。これら解析ソフトを用いて、上述の解析手順に基づいて縦軸強度を1に規格化する。さらに、XANESスペクトルのピークフィッティングを行い、sp2成分量C2及びsp3成分量C3の合計に対するsp2成分量C2の百分率({C2/(C2+C3)}×100)を算出する。ピークフィッティングの範囲は、270eV以上346eV以下の範囲とする。ピーク関数にはガウシアン、階段関数にはアークタンジェントを用いる。標準試料としては、高配向性熱分解グラファイト(Highly-Oriented Pyrolytic Graphite:HOPG)を用いる。なお、上述のREX2000やAthenaと同様の解析が可能なあらゆるソフトウェアを用いることによっても、上述の解析手順に基づいてsp2成分量C2及びsp3成分量C3の合計に対するsp2成分量C2の百分率を求めることが可能である。sp2混成結合由来のピークのピーク高さh2とsp3混成結合由来のピークのピーク高さh3を測定し、{h2/(h2+h3)×100}の値を算出する。この値が、sp2成分量C2及びsp3成分量C3の合計に対するsp2成分量C2の百分率に該当する。
【0054】
本実施形態の硬質炭素膜の第1領域のXANESスペクトルの一例を図3に示す。図3において、実線は本実施形態の硬質炭素膜の第1領域のXANESスペクトルである。図3において、破線は本実施形態の硬質炭素膜と同一の成膜条件で形成された硬質炭素膜であって、該硬質炭素膜の表面の研磨を行わなかった硬質炭素膜(図3において参照例と示す)の第1領域のXANESスペクトルである。図3に示されるように、本実施形態の硬質炭素膜の第1領域のXANESスペクトルでは、X線エネルギー285eVに矢印P2で示されるsp2混成結合由来のピーク、及び、X線エネルギー289eVに矢印P3で示されるsp3混成結合由来のピークが確認される。
【0055】
なお、出願人が測定した限りでは、同一の試料において測定する限りにおいては、測定領域の選択個所を変更して複数回測定しても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定領域を設定しても恣意的にはならないことが確認された。
【0056】
(黒色領域の面積百分率)
硬質炭素膜20は、HADDF-STEMを用いてその断面を観察した場合、円相当径が10nm以上である黒色領域の面積百分率(以下、「黒色領域の面積百分率」とも記す。)が0.7%以下であることが好ましい。
【0057】
硬質炭素膜中の円相当径が10nm以上である黒色領域は、膜中に存在するマクロパーティクル、空隙、膜の異常成長部分等の膜の欠陥に由来すると考えられる。従って、硬質炭素膜中の黒色領域の面積百分率が0.7%以下であると、硬質炭素膜中の欠陥量が低減されていると考えられる。
【0058】
被膜を有する切削工具を用いて、アルミニウム合金等の軟金属を切削加工する際には、該被膜表面へ被削材が溶着と脱離を繰り返す。溶着した被削材が被膜から脱離する際には、被膜を引き剥がす方向の応力や、被膜表面に略平行であるせん断方向の応力が被膜に与えられると考えられる。この時、被膜中に欠陥が存在すると、該欠陥を起点として被膜の破壊が生じて、被膜の損傷が進行すると考えられる。
【0059】
黒色領域の面積百分率が0.7%以下であると、硬質炭素膜中の欠陥量が低減されているため、欠陥を起点とした破壊が生じ難い。従って、切削工具は、特に軟金属の切削に用いた場合であっても、長い工具寿命を有することができる。
【0060】
黒色領域の面積百分率の上限は、0.7%以下が好ましく、0.5%以下がより好ましく、0.3%以下が更に好ましく、0.2%以下が更に好ましい。黒色領域の面積百分率の下限は0%以上が好ましい。黒色領域の面積百分率の下限は、製造上の観点から0.05%以上とすることができる。黒色領域の面積百分率は、0%以上0.7%以下が好ましく、0%以上0.5%以下が好ましく、0%以上0.3%以下がより好ましく、0%以上0.2%以下が更に好ましい。
【0061】
硬質炭素膜の黒色領域の面積百分率は、高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HADDF-STEM)で観察することにより測定される。具体的な測定方法について以下に説明する。
【0062】
(C1)切削工具を表面の法線方向に沿って切断し、硬質炭素膜の断面を含むサンプルを作製する。切断の位置は、切削工具の切削に関与する部分を含む任意の位置に10箇所設定し、10個のサンプルを作製する。切断には、集束イオンビーム装置、クロスセクションポリッシャ装置等を用いる。
【0063】
(C2)各サンプルの断面を、HADDF-STEMにて20万倍の倍率で観察して高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡像(以下「暗視野像」とも記す。)を得る。
【0064】
(C3)得られた暗視野像において硬質炭素膜を特定する。HAADF-STEMに付随するエネルギー分散型X線分析(EDX)により、断面のマッピング分析を行うことによって、炭素を主体とする硬質炭素膜と、界面層と、基材とを特定することができる。
【0065】
(C4)暗視野像中の硬質炭素膜領域内で、矩形の測定視野を設定する。該矩形の一組の対辺は、基材の硬質炭素膜側の界面と平行であり、長さが800nmである。該対辺の基材側の辺と、基材の硬質炭素膜側の界面との距離は30nmである。該対辺の硬質炭素膜の表面側の辺と、硬質炭素膜の表面との距離は30nmである。
【0066】
上記の測定視野について、図4を用いて具体的に説明する。図4は、本実施形態の切削工具の断面をHADDF-STEMにて20万倍の倍率で観察して得られた暗視野像である。該暗視野像中、線分a、線分b、線分c及び線分dにより囲まれる領域が矩形の測定視野に該当する。該矩形の一組の対辺(線分a及び線分b)は、基材5の硬質炭素膜側の界面S2と平行であり、長さが800nmである。該対辺の基材側の辺(線分b)と、基材5の硬質炭素膜20側の界面S2との距離は30nmである。該対辺の硬質炭素膜20の表面S1側の辺(線分a)と硬質炭素膜20の表面S1との距離は30nmである。
【0067】
基材5の硬質炭素膜側の界面S2が凹凸を有する場合は、基材の硬質炭素膜側の界面S2は、次の通り設定する。測定視野において、基材の硬質炭素膜側への張り出しが最も大きい部分を特定する。この部分を通過して、基材の主面の凹凸の平均線に平行な線を引く。この線を、基材の硬質炭素膜側の界面S2とする。
【0068】
硬質炭素膜20の表面が凹凸を有する場合は、硬質炭素膜の表面S1は、次の通り設定する。測定視野において、硬質炭素膜の表面の凹みが最も大きい部分を特定する。この部分を通過して、硬質炭素膜表面の凹凸の平均線に平行な線を引く。この線を、硬質炭素膜の表面S1とする。
【0069】
測定視野の設定において、硬質炭素膜の基材側の界面S2からの距離が30nm以内の領域、及び、硬質炭素膜の表面S1からの距離が30nm以内の領域を除外した理由は、サンプル調整の影響や、界面層の影響を除外するためである。
【0070】
(C5)暗視野像に対して、画像解析ソフト(三谷商事(株)の「WinROOF」(商標))を用いて画像処理を行い、256階調のモノクロ画像に変換する。この時、256階調のモノクロ画像に変換後の画像において、測定視野内の白色領域にコントラスト差が生じないように調整する。
【0071】
(C6)上記のモノクロ画像において、上記の測定視野内の平均濃度を求める。該平均濃度を閾値として、モノクロ画像に対して2値化処理を行う。
【0072】
(C7)2値化処理後の画像に対して粒子解析を行い、円相当径が10nm以上の黒色領域の面積を求める。測定視野の全面積に対する、円相当径が10nm以上の黒色領域の面積百分率を算出する。
【0073】
(C8)10個のサンプルのそれぞれについて、黒色領域の面積百分率を測定する。10個のサンプルで測定された黒色領域の面積百分率の平均値を、「硬質炭素膜の黒色領域の面積百分率」とする。具体的には、10個のサンプルで測定された黒色領域の面積百分率の平均値が0.7%以下の場合、「硬質炭素膜の黒色領域の面積百分率が0.7%以下である」ことが確認される。
【0074】
図4で撮影された本実施形態の切削工具では黒色領域が殆ど存在しないため、図4の暗視野像にも黒色領域がほとんど確認されない。黒色領域の存在が確認できる参考例として、図7に従来の切削工具の硬質炭素膜の断面を高角散乱環状暗視野走査透過型電子顕微鏡で観察して得られた暗視野像を示す。図7において、符号Bで示される黒色の部分が黒色領域に該当する。
【0075】
出願人が測定した限りでは、同一の試料において測定する限りにおいては、切断面の選択箇所や、測定視野の選択個所を変更しても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定視野を設定しても恣意的にはならないことが確認された。
【0076】
(厚さ)
硬質炭素膜20の切削に関与する部分における厚さ(以下、「硬質炭素膜の厚さ」とも記す)は、0.1μm以上3.0μm以下が好ましい。本明細書において、硬質炭素膜の切削に関与する部分とは、硬質炭素膜において、切削工具の刃先稜線と、該刃先稜線から切削工具側へ、該刃先稜線の接線の垂線に沿う距離が2mmである仮想の面と、に囲まれる領域を意味する。硬質炭素膜の切削に関与する部分の厚さとは、硬質炭素膜の切削に関与する領域における、硬質炭素膜の、その表面から、該表面の法線に沿う方向の厚さを意味する。
【0077】
硬質炭素膜の厚さが0.1μm以上であると、耐摩耗性が向上する。硬質炭素膜の厚さが3μm以下であると、硬質炭素膜内部に蓄積される内部応力の増加を抑制することができ、硬質炭素膜の剥離や欠損を抑制することができる。
【0078】
硬質炭素膜の厚さの下限は0.1μm以上が好ましく、0.5μm以上がより好ましく、1μm以上が更に好ましい。硬質炭素膜の厚さの上限は3μm以下が好ましく、2μm以下がより好ましく、1.5μm以下が更に好ましい。硬質炭素膜の厚さは、0.1μm以上3.0μm以下が好ましく、0.5μm以上2μm以下がより好ましく、1μm以上1.5μm以下が更に好ましい。
【0079】
(水素含有率)
硬質炭素膜20は、基本的に炭素及び不可避不純物からなるが、水素を含む場合がある。この水素は、成膜装置中に残存する水素や水分が、成膜時に硬質炭素膜内に取り込まれるものに由来すると考えられる。
【0080】
硬質炭素膜20の水素含有率は、5原子%以下が好ましい。これによると、硬質炭素膜中のsp3混成結合の割合が高くなり、硬度が高くなる。更に、硬質炭素膜の耐酸化性も向上する。硬質炭素膜の水素含有率の上限は、4原子%以下がより好ましく、2原子%以下が更に好ましい。硬質炭素膜の水素含有率の下限は0原子%が好ましいが、製造上の観点から0原子%以上、1原子%以上、2原子%以上であってもよい。硬質炭素膜の水素含有率は、0原子%以上5原子%以下が好ましく、0原子%以上4原子%以下がより好ましく、0原子%以上2原子%以下が更に好ましい。また、硬質炭素膜の水素含有率は、1原子%以上5原子%以下、1原子%以上4原子%以下、1原子%以上2原子%以下、2原子%以上5原子%以下、2原子%以上4原子%以下とすることができる。
【0081】
硬質炭素膜の水素含有率は、ERDA(弾性反跳粒子検出法、測定装置:神戸製鋼所社製「HRBS500」)を用いて測定することができる。この方法は、低入射角度で入射させたヘリウム(He)イオンと衝突した水素(H)イオンを前方向に反跳させ、その反跳した水素粒子のエネルギー分析を行い、水素量を測定する方法である。
【0082】
出願人が測定した限りでは、同一の試料において測定する限りにおいては、測定個所を変更して複数回算出しても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認された。
【0083】
(硬度)
硬質炭素膜20の硬度は、35GPa以上75GPa以下が好ましい。硬質炭素膜の硬度が35GPa以上であると、耐摩耗性が向上する。硬質炭素膜の硬度が75GPa以下であると、耐欠損性が向上する。硬質炭素膜の硬度の下限は、35GPa以上が好ましく、45GPa以上がより好ましく、55GPa以上が更に好ましい。硬質炭素膜の硬度の上限は75GPa以下が好ましく、73GPa以下が更に好ましい。硬質炭素膜の硬度は、35GPa以上75GPa以下が好ましく、45GPa以上73GPa以下がより好ましく、55GPa以上73GPa以下が更に好ましい。
【0084】
硬質炭素膜の硬度は、ナノインデンター法(測定装置:MTS社製「Nano Indenter XP」(商標))により測定することができる。具体的には、硬質炭素膜の表面において3箇所の硬度を測定し、その平均値を「硬度」とする。
【0085】
出願人が測定した限りでは、同一の試料において測定する限りにおいては、測定個所を変更して複数回算出しても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定箇所を設定しても恣意的にはならないことが確認された。
【0086】
<界面層>
図2に示されるように、本実施形態の切削工具31は、基材5と硬質炭素膜20との間に配置された界面層21を備えることができる。これによると、基材と硬質炭素膜とが、界面層を介して強固に密着する。
【0087】
(組成)
界面層21の組成は、下記(K1)又は(K2)の通りとすることができる。
【0088】
(K1)周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、第13族元素及び炭素を除く第14族元素からなる第1群より選ばれる1種の元素の単体、該第1群より選ばれる少なくとも1種の元素を含む合金又は第1化合物、及び、該第1化合物由来の固溶体、からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む。
(K2)上記第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素と、からなる第2化合物、及び、該第2化合物由来の固溶体の一方又は両方を含む。
【0089】
すなわち、界面層は、下記の(k1)~(k4)のいずれかの形態とすることができる。
【0090】
(k1)第1群より選ばれる1種の元素の単体、第1群より選ばれる少なくとも1種の元素を含む合金、第1化合物及び該第1化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種からなる。
【0091】
(k2)第1群より選ばれる1種の元素の単体、第1群より選ばれる少なくとも1種の元素を含む合金、第1化合物及び該第1化合物由来の固溶体からなる群より選ばれる少なくとも1種を含む。
【0092】
(k3)第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素と、からなる第2化合物、及び、該第2化合物由来の固溶体の一方又は両方からなる。
【0093】
(k4)第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素と、からなる第2化合物、及び、該第2化合物由来の固溶体の一方又は両方を含む。
【0094】
ここで、周期表の第4族元素は、例えば、チタン(Ti)、ジルコニウム(Zr)及びハフニウム(Hf)を含む。第5族元素は、例えば、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)及びタンタル(Ta)を含む。第6族元素は、例えば、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)及びタングステン(W)を含む。第13族元素は、例えば、硼素(B)、アルミニウム(Al)、ガリウム(Ga)及びインジウム(In)を含む。炭素を除く第14族元素は、例えば、珪素(Si)、ゲルマニウム(Ge)、スズ(Sn)を含む。以下、第4族元素、第5族元素、第6族元素、第13族元素、炭素を除く第14族元素に含まれる元素を「第1元素」とも記す。
【0095】
第1元素を含む合金は、例えばTi-Zr、Ti-Hf、Ti-V、Ti-Nb、Ti-Ta、Ti-Cr、Ti-Moが挙げられる。第1元素を含む金属間化合物は、例えば、TiCr、TiAlが挙げられる。
【0096】
第1元素を含む第1化合物は、例えば硼化チタン(TiB)、硼化ジルコニウム(ZrB)、硼化ハフニウム(HfB)、硼化バナジウム(VB)、硼化ニオブ(NbB)、硼化タンタル(TaB)、硼化クロム(CrB)、硼化モリブデン(MoB)、硼化タングステン(WB)、硼化アルミニウム(AlB)が挙げられる。
【0097】
上記の第1化合物由来の固溶体とは、2種類以上のこれらの第1化合物が互いの結晶構造内に溶け込んでいる状態を意味し、侵入型固溶体や置換型固溶体を意味する。
【0098】
第1元素と炭素とからなる第2化合物としては、例えば、炭化チタン(TiC)、炭化ジルコニウム(ZrC)、炭化ハフニウム(HfC)、炭化バナジウム(VC)、炭化ニオブ(NbC)、炭化タンタル(TaC)、炭化クロム(Cr)、炭化モリブデン(MoC)、炭化タングステン(WC)、炭化ケイ素(SiC)が挙げられる。
【0099】
上記の第2化合物由来の固溶体とは、2種類以上のこれらの第2化合物が互いの結晶構造内に溶け込んでいる状態を意味し、侵入型固溶体や置換型固溶体を意味する。
【0100】
界面層中の第1群より選ばれる1種の元素の単体、該第1群より選ばれる少なくとも1種を含む合金、第1化合物、及び、該第1化合物由来の固溶体の合計含有率(以下、「第1化合物等含有率」とも記す)は70体積%以上100体積%以下が好ましく、80体積%以上100体積%以下がより好ましく、90体積%以上100体積%以下が更に好ましく、100体積%がもっとも好ましい。
【0101】
界面層中の第2化合物、及び、前記第2化合物由来の固溶体の合計含有率(以下、「第2化合物等含有率」とも記す)は70体積%以上100体積%以下が好ましく、80体積%以上100体積%以下がより好ましく、90体積%以上100体積%以下が更に好ましく、100体積%がもっとも好ましい。
【0102】
界面層の組成、第1化合物等含有率及び第2化合物等含有率は、透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析(TEM-EDX:Transmission Electron Microscopy-Energy Dispersive X-ray spectrometry)法によって測定することができる。具体的には、切削工具をFIB(収束イオンビーム装置)で切断して界面層を露出させ、断面をTEMで観察しながら、界面層を構成する元素の組成、第1化合物等含有率及び第2化合物等含有率を測定する。
【0103】
出願人が測定した限りでは、同一の試料において測定する限りにおいては、測定結果を測定視野の選択個所を変更して複数回算出しても、測定結果のばらつきはほとんどなく、任意に測定視野を設定しても恣意的にはならないことが確認された。
【0104】
(厚さ)
界面層21の厚さは、0.1nm以上10nm未満が好ましい。界面層の厚さがこの範囲であると、基材と硬質炭素膜との密着性を高めるという効果が向上する。界面層の厚さは、0.6nm以上8nm以下がより好ましく、1nm以上5nm以下が更に好ましい。
【0105】
<その他の層>
本実施形態の切削工具は、界面層と硬質炭素膜との間に、これらの被膜の組成が混合した混合組成層、又は、組成が連続的に変化した傾斜組成層を備えることが好ましい。これによると、基材と硬質炭素膜との密着力が更に向上する。
【0106】
混合層と傾斜組成層とは、必ずしも明確に区別できるものではない。界面層の成膜から硬質炭素膜の成膜に製造条件を切り替える際、通常、わずかに界面層と硬質炭素膜との組成に混合が起こり、混合組成層や傾斜組成層が形成される。これらは、直接確認することは難しいが、XPS:(X‐ray Photo-electronic Spectroscopy)やAES:(Auger Electron Spectroscopy)などの結果から、その存在を十分に推定できる。
【0107】
<切削工具の用途>
本実施形態の切削工具は、耐摩耗性と耐凝着性が優れているため、特にアルミニウム及びその合金の加工に適する。また、チタン、マグネシウム、銅など非鉄材の加工にも適する。更に、グラファイトなどの硬質粒子を含有する材料、有機材料などの切削や、プリント回路基板加工や鉄系材料とアルミニウムとの共削り加工等にも適する。加えて、本実施形態の切削工具の硬質炭素膜は非常に高硬度であることから、非鉄材だけではなく、ステンレス鋼などの鋼や鋳物などの加工にも用いることができる。
【0108】
<切削工具の種類>
本実施形態の切削工具は、例えば、ドリル、エンドミル、エンドミル加工用刃先交換型チップ、フライス加工用刃先交換型チップ、旋削用刃先交換型チップ、メタルソー、歯きり工具、リーマ及びタップとすることができる。
【0109】
[実施形態2:切削工具の製造方法]
本開示の切削工具は、例えば、図5に示される成膜装置1を用いて、基材上に硬質炭素膜を含む被膜を形成することにより作製することができる。以下、本開示の切削工具の製造方法の一例を説明する。
【0110】
(基材の準備)
基材5を準備する。基材の種類は、実施形態1に記載されているものを用いることができる。例えば、基材は、WC基超硬合金、サーメット又は立方晶窒化硼素からなることが好ましい。
【0111】
基材5を、成膜装置1内の基材保持具4に装着する。基材保持具4は、ターゲット2,3の中心点を中心としてターゲット間で回転する。
【0112】
基材加熱ヒータ6を用いて基材5を200℃まで加熱させながら、成膜装置1内の真空度を5×10-4Paの雰囲気とする。続いて基材加熱ヒータ6の設定温度を下げ、基材温度を100℃とした後、アルゴンガスを導入して2×10-1Paの雰囲気に保持しながら、成膜バイアス電源9により基材保持具4に-1000Vの電圧をかけて、基材表面のアルゴンプラズマ洗浄を行う。その後、アルゴンガスを排気する。成膜装置1において、ガスの供給はガス供給口10を通じて行われ、ガスの排出は排気口11を通じて行われる。
【0113】
次に、成膜装置1内に、周期表第4族元素、第5族元素又は第6族元素からなるターゲット2を配置する。
【0114】
ターゲット2を蒸発及びイオン化させながらバイアス電源9により基材保持具4に-600Vの電圧をかけてメタルイオンボンバードメント処理を行う。これにより、基材の表面がエッチングされ、後に形成される界面層や硬質炭素膜の密着性が向上する。
【0115】
なお、基材にメタルイオンボンバードメント処理を行わずに、後述の界面層の形成や硬質炭素膜の形成を行ってもよい。
【0116】
(界面層の形成)
次に、成膜装置1内に、周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、第13族元素及び炭素を除く第14族元素からなる群より選ばれる1種の元素からなるターゲット2を配置する。炭化水素ガスを導入しながら、又は、導入せずに、真空アーク放電によりターゲット2を蒸発及びイオン化し、バイアス電源9により基材保持具4に-100V~-800Vの電圧をかけて、基材上に界面層を形成する。その後、炭化水素ガスを排気する。
【0117】
なお、基材上に界面層を形成せずに、後述の硬質炭素膜の形成を行ってもよい。
【0118】
(硬質炭素膜の形成)
次に、成膜装置1内に、ガラス状炭素からなるターゲット3を配置する。アルゴンガスを5~25cc/minの流量で導入しながら、真空アーク放電(カソード電流100~120A)によりターゲット3を蒸発及びイオン化し、バイアス電源9により基材保持具4に-50~150Vの電圧をかけて、界面層上に硬質炭素膜を形成して、切削工具を得る。アルゴンガスとともに、炭化水素ガスを導入してもよい。成膜中の基材加熱ヒータ6の温度は180℃に設定する。
【0119】
ガラス状炭素は、市販のものを用いることができる。ガラス状炭素は高純度の炭素質であり、従来のカソードに使われていた炭素の焼結体(焼結グラファイト等)に比べて金属元素による汚染がない。特に日立化成社製のガラス状炭素は、アルミニウム(Al)を含有しないため、特にアルミニウム合金の切削に好適である。また、ガラス状炭素を用いると、硬質炭素膜中のマクロパーティクルの発生を抑制でき、平滑な硬質炭素膜が得られ、切削性能が向上する。
【0120】
ターゲットの形状は、一般的には円筒状又は円盤状、矩形状のものが用いられる。しかし、本発明者らは、鋭意検討の結果、図6に示されるような三角柱形状が、硬質炭素膜の膜質向上の観点から好適であることを新たに見出した。ターゲットには高電流を流す必要があるが、V字型の電極を用い、ターゲットの側面と電極とを密着させることで、ターゲットへの安定的な給電が可能となる。更に、ターゲットと電極とが密着するため、冷却効果も高めることができる。ターゲットを効率的に冷却することで電気抵抗が下がり、アークスポットが移動しやすくなる。これにより、硬質炭素膜中の欠陥の発生が抑制され、硬質炭素膜の膜質が向上する。
【0121】
硬質炭素膜の純度の向上の観点からは、Arガスを導入せずに、真空中での成膜が好ましい。しかし、本発明者らは、鋭意検討の結果、真空中よりArガスを15cc/minの流量で流した方が、アーク放電が安定し、膜質が向上することを新たに見出した。
【0122】
(硬質炭素膜の研磨)
次に、上記で形成された硬質炭素膜の表面を研磨する。上記で得られた硬質炭素膜の表面近傍の領域は、それよりも厚さ方向に深い領域に比べて、sp2含有率が大きい。よって、表面近傍の領域を研磨により除去することにより、sp2含有率が小さい領域を最表面に露出させることができる。表面研磨後の該硬質炭素膜では、第1領域におけるsp2成分量C2とsp3成分量C3とは、下記式1の関係を示す。
{C2/(C2+C3)}×100≦2.0 式1
【0123】
研磨方法は、湿式メディアによる機械研磨が好ましい。研磨量は、40nm以上が好ましい。上記の硬質炭素膜の形成方法で得られた硬質炭素膜の表面は平滑である。よって、上記の研磨方法及び研磨量により、sp2含有率の大きい領域を除去できるとともに、除去後の表面も平滑となり、耐凝着性が向上する。
【0124】
なお、従来の硬質炭素膜は、硬質炭素膜全体にわたって、sp2含有率が大きい。よって、従来の硬質炭素膜は、その表面を研磨しても、新たに露出した表面近傍の領域におけるsp2成分量C2とsp3成分量C3とは、上記式1の関係を満たさない。
【0125】
従来の硬質炭素膜は、上記の本実施形態の硬質炭素膜の形成方法で得られた硬質炭素膜よりも、黒色領域(ドロップレット等)が多い。よって、従来の硬質炭素膜の表面を研磨しても、黒色領域の影響で、凝着が生じやすい。
【0126】
従来の硬質炭素膜は、表面粗さが大きい。よって、耐凝着性を向上させるために、研磨により表面を平滑にした場合、研磨量が大きくなり、刃先稜線部の被膜に亀裂や破損が生じ、工具寿命が短くなる傾向がある。
【0127】
上記より、従来の硬質炭素膜の表面を研磨しても、第1領域におけるsp2成分量C2とsp3成分量C3とが、上記式1の関係を示す硬質炭素膜を得ることはできない。
[付記1]
本実施形態の切削工具において、基材と硬質炭素膜とは接することができる。
【0128】
[付記2]
本実施形態の切削工具は、基材と硬質炭素膜との間に配置された界面層を備え、
界面層は、
周期表の第4族元素、第5族元素、第6族元素、第13族元素及び炭素を除く第14族元素からなる第1群より選ばれる1種の元素の単体、第1群より選ばれる少なくとも1種の元素を含む合金又は第1化合物、及び、第1化合物由来の固溶体、からなる群より選ばれる少なくとも1種、又は、
第1群より選ばれる少なくとも1種の元素と、炭素と、からなる第2化合物、及び、第2化合物由来の固溶体の一方又は両方、
を含み、
前記界面層の厚さは、0.5nm以上10nm未満であることが好ましい。
【実施例
【0129】
本実施の形態を実施例によりさらに具体的に説明する。ただし、これらの実施例により本実施の形態が限定されるものではない。
【0130】
[切削工具の作製]
<<試料1~試料3、試料8~23、試料1-1、試料1-3>>
試料1~試料3、試料8~23、試料1-1、試料1-3では、ガラス状炭素を原料とし、陰極アークイオンプレーティング法(表1において「アーク法」と記す)を用いて、基材上に硬質炭素膜を形成して切削工具を作製した。
【0131】
(基材の準備)
基材として、φ6mmのWC(粒径:1μm)基超硬合金製ドリル(型番:MDW0600NHGS5)を用意した。この基材には結合材としてCoが8質量%含有されている。
【0132】
基材を図5に示される成膜装置1内に装着し、基材加熱ヒータ6を用いて基材を200℃まで加熱させながら、成膜装置1内の真空度を5×10-4Paの雰囲気とした。続いて基材加熱ヒータ6の設定温度を下げ、基材温度を100℃とした後、アルゴンガスを導入して2×10-1Paの雰囲気に保持しながら、成膜バイアス電源9により基材保持具4に-1000Vの電圧をかけて、基材表面のアルゴンプラズマ洗浄を行った。その後、アルゴンガスを排気した。
【0133】
(硬質炭素膜の形成)
次に、成膜装置1内にアルゴンガスを表1の「アルゴンガス流量」欄に記載の流量で導入しながら、真空アーク放電(カソード電流は、表1の「カソード電流(A)欄に記載)によりガラス状炭素(日立化成社製「ガラス状炭素」)からなる三角柱形状のターゲットを蒸発及びイオン化し、バイアス電源9により基材保持具4に表1の「硬質炭素膜の成膜条件」の「バイアス電圧(V)」欄に記載の電圧をかけて、基材上に硬質炭素膜を形成した。硬質炭素膜の成膜中の基材加熱ヒータ6の設定温度は180℃とした。
【0134】
(硬質炭素膜の研磨)
次に、上記で形成された硬質炭素膜の表面を研磨して切削工具を得た。研磨方法は湿式メディアによる機械研磨とした。研磨量は表1の「研磨量」欄に記載の通りである。研磨後の各試料の硬質炭素膜の切削に関与する部分における厚さは、表2の「硬質炭素膜」の「厚さ(μm)」欄に示す通りである。
【0135】
<<試料4~試料7>>
試料4~試料7では、陰極アークイオンプレーティング法を用いて、基材上に界面層と硬質炭素膜とをこの順で形成して切削工具を作製した。
【0136】
<試料4>
(基材の準備)
試料1と同一の方法で基材を準備した。
【0137】
(界面層の形成)
次に、成膜装置1内に炭化水素ガスを15cc/minの流量で導入しながら、真空アーク放電(カソード電流80A)によりクロム(Cr)からなる三角柱形状のターゲットを蒸発及びイオン化し、バイアス電源9により基材保持具4に-100Vの電圧をかけて、基材上に炭化クロム(CrC)から成る厚さ5nmの界面層を形成した。その後、炭化水素ガスを排気した。
【0138】
(硬質炭素膜の形成)
次に、界面層上に硬質炭素膜を形成した。硬質炭素膜の成膜条件は、表1に示す通りである。硬質炭素膜の成膜中の基材加熱ヒータ6の設定温度は180℃とした。
【0139】
(硬質炭素膜の研磨)
次に、上記で形成された硬質炭素膜の表面を試料1と同様の方法で研磨して切削工具を得た。研磨後の硬質炭素膜の切削に関与する部分における厚さは、表2の「硬質炭素膜」の「厚さ(μm)」欄に示す通りである。
【0140】
<試料5>
(基材の準備)
試料1と同一の方法で基材を準備した。
【0141】
(界面層の形成)
次に、成膜装置1内にガスを導入せずに、真空アーク放電(カソード電流80A)によりクロム(Cr)からなるターゲットを蒸発及びイオン化し、バイアス電源9により基材保持具4に-800Vの電圧をかけて、基材上にクロム(Cr)から成る厚さ5nmの界面層を形成した。
【0142】
(硬質炭素膜の形成)
次に、界面層上に硬質炭素膜を形成した。硬質炭素膜の成膜条件は、表1に示す通りである。硬質炭素膜の成膜中の基材加熱ヒータ6の設定温度は180℃とした。
【0143】
(硬質炭素膜の研磨)
次に、上記で形成された硬質炭素膜の表面を試料1と同様の方法で研磨して切削工具を得た。研磨後の硬質炭素膜の切削に関与する部分における厚さは、表2の「硬質炭素膜」の「厚さ(μm)」欄に示す通りである。
【0144】
<試料6>
(基材の準備)
試料1と同一の方法で基材を準備した。
【0145】
(界面層の形成)
次に、成膜装置1内に炭化水素ガスを15cc/minの流量で導入しながら、真空アーク放電(カソード電流80A)によりチタン(Ti)からなる三角柱形状のターゲットを蒸発及びイオン化し、バイアス電源9により基材保持具4に-100Vの電圧をかけて、基材上に炭化チタン(TiC)から成る厚さ5nmの界面層を形成した。その後、炭化水素ガスを排気した。
【0146】
(硬質炭素膜の形成)
次に、界面層上に硬質炭素膜を形成した。硬質炭素膜の成膜条件は、表1に示す通りである。硬質炭素膜の成膜中の基材加熱ヒータ6の設定温度は180℃とした。
【0147】
(硬質炭素膜の研磨)
次に、上記で形成された硬質炭素膜の表面を試料1と同様の方法で研磨して切削工具を得た。研磨後の硬質炭素膜の切削に関与する部分における厚さは、表2の「硬質炭素膜」の「厚さ(μm)」欄に示す通りである。
【0148】
<試料7>
(基材の準備)
試料1と同一の方法で基材を準備した。
【0149】
(界面層の形成)
次に、成膜装置1内にガスを導入せずに、真空アーク放電(カソード電流80A)によりチタン(Ti)からなるターゲットを蒸発及びイオン化し、バイアス電源9により基材保持具4に-100Vの電圧をかけて、基材上にチタン(Ti)から成る厚さ5nmの界面層を形成した。
【0150】
(硬質炭素膜の形成)
次に、界面層上に硬質炭素膜を形成した。硬質炭素膜の成膜条件は、表1に示す通りである。硬質炭素膜の成膜中の基材加熱ヒータ6の設定温度は180℃とした。
【0151】
(硬質炭素膜の研磨)
次に、上記で形成された硬質炭素膜の表面を試料1と同様の方法で研磨して切削工具を得た。研磨後の硬質炭素膜の切削に関与する部分における厚さは、表2の「硬質炭素膜」の「厚さ(μm)」欄に示す通りである。
【0152】
<<試料1-2>>
試料1-2では、試料1と同一の基材上に、メタンガスを原料としたプラズマCVD法を用いて、厚さ0.5μmの硬質炭素膜を形成して切削工具を作製した。
【0153】
【表1】
【0154】
[評価]
(組成及び結晶性の確認)
各試料の硬質炭素膜中の炭素含有量を測定した。具体的な測定方法は実施形態1に記載されているため、その説明は繰り返さない。
【0155】
全ての試料において、硬質炭素膜中の炭素含有量は95原子%以上であった。よって、全ての試料の硬質炭素膜は、炭素を主成分として含むことが確認された。
【0156】
各試料の硬質炭素膜の結晶性を測定した。具体的な測定方法は実施形態1に記載されているため、その説明は繰り返さない。
【0157】
全ての試料において、硬質炭素膜が非晶質であることが確認された。
【0158】
({C2/(C2+C3)}×100の測定)
各試料の硬質炭素膜について、第1領域における、sp2成分量C2及びsp3成分量C3の合計に対するsp2成分量C2の百分率({C2/(C2+C3)}×100)を測定した。具体的な測定方法は実施形態1に記載されているため、その説明は繰り返さない。結果を表2の「{C2/(C2+C3)}×100(%)」欄に示す。
【0159】
(黒色領域の面積百分率の測定)
各試料の硬質炭素膜について、黒色領域の面積百分率を測定した。具体的な測定方法は実施形態1に記載されているため、その説明は繰り返さない。結果を表2の「黒色領域の面積百分率(%)」欄に示す。
【0160】
(水素含有率の測定)
各試料の硬質炭素膜について、水素含有率を測定した。具体的な測定方法は実施形態1に記載されているため、その説明は繰り返さない。結果を表2の「水素含有率(原子%)」欄に示す。
【0161】
(硬度の測定)
各試料の硬質炭素膜について、硬度を測定した。具体的な測定方法は実施形態1に記載されているため、その説明は繰り返さない。結果を表2の「硬度(GPa)」欄に示す。
【0162】
(切削試験)
各試料の切削工具を用いて、下記の切削条件により穴開け加工を行った。下記の切削条件は、軟金属のMQL加工に相当する。
【0163】
被削材:ADC12(Al-Si-Cu系合金)
切削速度:200m/分
送り速度:0.20mm/rev
穴深さ:12mm(止まり穴)
切削液:水MQL(ユニカットジネンMW-A)
ドリル先端が摩耗し、アルミニウム合金の凝着が発生した後に欠損(500μm以上)するまでの加工穴数を測定した。加工穴数が多いほど、耐摩耗性に優れ、工具寿命が長いことを示す。結果を表2の「切削試験」の「加工穴数」欄に示す。
【0164】
【表2】
【0165】
<考察>
試料1~試料23の切削工具は実施例に該当する。試料1-1~試料1-3の切削工具は比較例に該当する。
【0166】
試料1~試料23(実施例)は、試料1-1~試料1-3(比較例)に比べて、加工穴数が多く、工具寿命が長いことが確認された。
【0167】
試料1~試料23(実施例)は、{C2/(C2+C3)}×100が2.0以下であり、切削初期における凝着が生じ難くなるため凝着摩耗による異常損傷が生じにくく、切削抵抗も低いため、工具寿命が長いと推察される。本実施例では、加工時の凝着が発生しやすい軟金属のMQL加工においても、本実施形態の切削工具の工具寿命が長いことが確認された。従って、本実施形態の切削工具は、軟金属のドライ加工においても、同様に長い工具寿命を有すると推察される。
【0168】
試料1-1~試料1-3(比較例)は、{C2/(C2+C3)}×100が2.5以上であるため、切削初期における凝着が生じやすく、工具寿命が短いと推察される。
【0169】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形することも当初から予定している。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0170】
1 成膜装置、2,3 ターゲット、4 基材保持具、5 基材、6 基材加熱ヒータ、7,8 電源、9 成膜バイアス電源、10 ガス供給口、11 排気口、20 硬質炭素膜、21 界面層、22,32 被膜、30,31 切削工具、a,b,c,d 線分、P 仮想面、S1 硬質炭素膜の表面、S2 基材の硬質炭素膜側の界面、B 黒色領域
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7