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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-29
(45)【発行日】2023-06-06
(54)【発明の名称】炭素繊維束およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/22 20060101AFI20230530BHJP
【FI】
D01F9/22
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019022469
(22)【出願日】2019-02-12
(65)【公開番号】P2020128615
(43)【公開日】2020-08-27
【審査請求日】2021-11-29
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】小野 公徳
(72)【発明者】
【氏名】奥田 治己
(72)【発明者】
【氏名】田中 文彦
【審査官】長谷川 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-141761(JP,A)
【文献】特開2015-067910(JP,A)
【文献】特開2004-156161(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01F9/08-9/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
単繊維繊度が1.0~4.0dtexであり、ストランド弾性率Eが250~420GPaであり、繊維束全体のバルク測定により評価される結晶子サイズLcが1.7~6.0nmであり、ストランド弾性率Eと結晶子サイズLcとの関係が式(1)を満たし、片端を固定端、もう一方を自由端としたとき、2ターン/m以上の撚りが残存しており、単繊維断面の中心側と円周側に観察される断面二重構造のうち、円周側の面積の単繊維断面積に占める割合である外層比率Acが85%以上であるポリアクリロニトリル系炭素繊維束。
E≧38Lc+190 ・・・(1)
【請求項2】
片端を固定端、もう一方を自由端としたとき、30~120ターン/mの撚りが残存している請求項1に記載のポリアクリロニトリル系炭素繊維束。
【請求項3】
外層比率Acが91%以上である請求項1または2に記載のポリアクリロニトリル系炭素繊維束。
【請求項4】
アクリロニトリル単位90.0~97.0質量%と構造式CH=CHCOOC2n+1(構造式中、n=2~4であり、アルキル鎖は直鎖である。)で表されるアクリレート系モノマー(X)単位3.0~10.0質量%を含むポリアクリロニトリル系重合体を用いて、単繊維繊度が2.0~6.0dtexである炭素繊維前駆体繊維束を得た後に、耐炎化温度が200℃~300℃である条件において、酸化性雰囲気中で処理する耐炎化処理により単繊維断面の中心側と円周側に観察される断面二重構造のうち、円周側の面積の単繊維断面積に占める割合である外層比率Asが85%以上の耐炎化繊維束を得た後に、該耐炎化処理で得られた耐炎化繊維束を最高温度500~1200℃の不活性雰囲気中において予備炭素化する予備炭素化処理と、該予備炭素化処理で得られた予備炭素化繊維束を1200~3000℃の不活性雰囲気中において炭素化する炭素化処理を順に行う炭素繊維束の製造方法であって、炭素化処理中の繊維束の撚り数を2ターン/m以上、張力を1.5mN/dtex以上とする炭素繊維束の製造方法。
【請求項5】
耐炎化初期温度Ti(℃)とアクリレート系モノマー(X)単位の質量組成比Za(%)が、Ti×Za≧1000の関係を満たす請求項4に記載の炭素繊維束の製造方法。
【請求項6】
炭素化処理中の繊維束の撚り数が30~120ターン/mである請求項4または5に記載の炭素繊維束の製造方法。
【請求項7】
外層比率Asが91%以上である請求項5~7のいずれかに記載の炭素繊維束の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、単繊維あたりの耐荷重が高く工程通過性に優れ、生産性が高く、さらに取り扱い性や高次加工性に優れる、撚りを有する炭素繊維束とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維を用いた複合材料は航空・宇宙用途をはじめとし、自転車やゴルフクラブなどのスポーツ用途などに利用されており、最近では自動車用部材や圧力容器などの産業用途にも展開が進んでいる。産業用途においては、炭素繊維の高い機械的特性はそのままに、金属材料や、ガラス繊維強化複合材料など現行材料と同等の経済性が求められている。そのニーズに応えるためには、高価な炭素繊維のコストダウンだけではなく、さらなる炭素繊維の機械的特性の向上による構造部材の軽量化(部材使用量の削減)を図り、その軽量化に伴う炭素繊維使用量の低減が望まれている。このように炭素繊維を用いた複合材料の需要は高まってきており、炭素繊維の生産性を向上することが求められている。
【0003】
炭素繊維は、共重合成分を含むポリアクリロニトリルなどの前駆体繊維を200-300℃の空気中で酸化する耐炎化工程、500-1200℃の不活性雰囲気中で加熱する予備炭素化工程、1200-3000℃の不活性雰囲気中で加熱する炭素化工程を経ることで製造される。炭素繊維の生産性を高めるためには、単繊維あたりの質量、すなわち単繊維繊度を大きくすることで生産性の向上が可能であるが、そのためには炭素繊維前駆体繊維の単繊維繊度を大きくすることが最も有効である。しかし、単繊維繊度の大きい繊維束を得る上で、耐炎化工程における構造斑が生じることが障害となっている。また、さきに述べた炭素繊維の使用量低減のためには、炭素繊維強化複合材料の剛性を支配する炭素繊維のストランド引張弾性率(以下、ストランド弾性率と略記)の向上が最も効果的であり。このような背景から、炭素化工程の通過性や炭素繊維束の取り扱い性と炭素繊維のストランド弾性率との両立が重要である。
【0004】
特許文献1では、かさ高く、酸素透過性のある不飽和カルボン酸アルキルエステルをポリアクリロニトリルに共重合したポリマーを炭素繊維前駆体繊維束に適用することで、耐炎化工程で繊維内部の酸素濃度分布が均一になり、耐炎化時間の短縮および炭素繊維の高物性化が可能になる技術を提案している。特許文献2では、酸素透過性のあるビニル系モノマーと耐炎化遅延効果のあるホウ素化合物を用いることで耐炎化時に生成する繊維断面の断面二重構造を抑制し、引張特性に優れた炭素繊維とその製法を示している。特許文献3では、ビニル系のモノマーを共重合したポリアクリロニトリルを用いることで前駆体繊維束の酸素透過性と延伸性を高め、炭素繊維束の生産性と強度を改善する技術が提案されている。特許文献4および5は、かさ高く、酸素透過性があり、さらに耐炎化促進効果をもつヒドロキシアルキル基をもつビニル化合物をポリアクリロニトリルに共重合したポリマーを炭素繊維前駆体繊維束に適用することで、単繊維繊度の大きい炭素繊維を効率よく製造する方法を提案している。特許文献6では、さらに単繊維繊度が大きくても耐炎化できる技術と、樹脂含浸性に優れる炭素繊維の製法を示している。また、特許文献7では高張力時における毛羽発生を抑制する目的で、予備炭素化処理後の繊維束に交絡または撚りを加える技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平9-31758号公報
【文献】特開平11-12856号公報
【文献】特開2006-257580号公報
【文献】国際公開第2012/050171号
【文献】国際公開第2013/157612号
【文献】特開2018-145541号公報
【文献】特開2014-141761号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、背景技術には次のような課題がある。
【0007】
特許文献1では、炭素繊維前駆体繊維の共重合成分として酸素透過性に優れる成分を用いているが、炭素繊維の単繊維繊度が十分に大きくはなく、単繊維の耐荷重が不十分であり、操業性の悪化が懸念される問題があった。特許文献2では、また、ホウ素により表面の耐炎化進行を抑制する手法であるため、繊維径が大きくなると繊維断面方向の耐炎化ムラが悪化する懸念から単繊維繊度を大きくできない問題があった。特許文献3では、炭素繊維前駆体繊維束に酸素透過性に優れる共重合成分が少なく、さらに単繊維繊度も小さいため、生産量の低下と操業性の悪化により炭素繊維束の生産効率を向上できない問題があった。特許文献4では、外層比率が低いため単繊維耐荷重の低下による毛羽発生による品位の低下が懸念される。特許文献5では、酸素透過性にやや劣る(メタ)アクリル酸ヒドロキシアルキルを含むポリアクリロニトリル系共重合体を用いており、外層比率が低いために品位が劣り、操業性の悪化が懸念される。特許文献6では、炭素繊維前駆体繊維束の単繊維繊度は大きいものの、共重合成分の酸素透過性が劣る上、共重合量も不十分であるため、外層比率が低くなっており、操業性向上に十分な単繊維耐荷重が得られない問題があった。また、特許文献7で開示されている実施例によると、得られる炭素繊維束には撚りが残存すると推定されるものの、かかる撚りが炭素繊維束の収束性に与える影響に関して何ら示唆も言及もなく、さらに、用いた前駆体繊維の単繊維繊度が0.7dtexと細いため、得られる炭素繊維束の単繊維直径も細く、ガイドやローラーとの接触時に毛羽が発生しやすいという課題があった。特許文献7のように、炭素繊維束の単繊維繊度を1.0dtex未満とすることで、特許文献3~6で開示される外層比率を高める効果を得ることも可能であるが、単繊維断面積が小さい場合は、外層比率の向上の効果以上に想定されるハンドリング中の荷重に十分な単繊維が得られず、工程中で毛羽が発生しやすくなる。特に、炭素化工程における張力を一定以上付加しなければならない場合に、単繊維繊度を小さくして外層比率を向上させた場合には、炭素化工程において張力を一定以上付加した際に炭素化工程の荷重に十分な単繊維が得られず、工程中で毛羽が発生するという課題があった。
【0008】
本発明では、単繊維あたりの耐荷重が必要とされる炭素繊維強化複合材料に適しており、工程通過性に優れるため生産性が高く、さらに取り扱い性や高次加工性に優れる、撚りを有する炭素繊維束とその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
かかる目的を達成するために、本発明は次の構成を有する。
【0010】
すなわち、本発明の炭素繊維束は、単繊維繊度が1.0~4.0dtex以上であり、ストランド弾性率Eが250~420GPaであり、繊維束全体のバルク測定により評価される結晶子サイズLが1.7~6.0nmであり、ストランド弾性率Eと結晶子サイズLとの関係が式(1)を満たし、片端を固定端、もう一方を自由端としたとき、2ターン/m以上の撚りが残存しており、単繊維断面の中心側と円周側に観察される断面二重構造のうち、円周側の面積の単繊維断面積に占める割合である外層比率Acが85%以上である炭素繊維束である。
E≧38L+190 ・・・(1)。
【0011】
また、本発明の炭素繊維束の製造方法は、アクリロニトリル単位90.0~97.0質量%と構造式CH=CHCOOC2n+1(構造式中、n=2~4であり、アルキル鎖は直鎖である。)で表されるアクリレート系モノマー(X)単位3.0~10.0質量%を含むポリアクリロニトリル系重合体を用いて、単繊維繊度が2.0~6.0dtexである炭素繊維前駆体繊維束を得た後に、耐炎化温度が200℃~300℃である条件において、酸化性雰囲気中で処理する耐炎化処理により単繊維断面の中心側と円周側に観察される断面二重構造のうち、円周側の面積の単繊維断面積に占める割合である外層比率Asが85%以上の耐炎化繊維束を得た後に、該耐炎化処理で得られた耐炎化繊維束を最高温度500~1000℃の不活性雰囲気中において予備炭素化する予備炭素化処理と、該予備炭素化処理で得られた予備炭素化繊維束を1000~3000℃の不活性雰囲気中において炭素化する炭素化処理を順に行う炭素繊維束の製造方法であって、炭素化処理中の繊維束の撚り数を2ターン/m以上、張力を1.5mN/dtex以上とする炭素繊維束の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、単繊維あたりの耐荷重が高く、工程通過性に優れるため生産性が高く、炭素繊維束は撚りを有しているため、繊維束としての取り扱い性や高次加工性に優れた炭素繊維束が得られる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
単繊維あたりの耐荷重を増やすためには炭素繊維の外層比率と単繊維繊度のバランスが重要であり、工程通過性を高めることに加えて取り扱い性や高次加工性を向上させるためには炭素繊維束に撚りが残存していることを明確にして発明に到達した。
【0014】
本発明の炭素繊維束は、単繊維繊度が1.0~4.0dtexであり、好ましくは1.2~3.0dtexであり、より好ましくは1.4~2.5dtexである。単繊維繊度とは、単繊維の単位長さあたりの質量であり、1dtexは単繊維10,000mあたりの質量が1gとなるような繊維であることから、単繊維直径に関連する。単繊維繊度が大きいと単繊維あたりでは耐荷重が大きくなるために擦過などの炭素繊維のハンドリング中に荷重の大きくなる外力に対して単繊維破断(毛羽生成)しにくくなる。炭素繊維束の単繊維繊度が1.0dtex以上あれば単繊維断面積が大きく、想定されるハンドリング中の荷重に十分な単繊維が得られ、工程中で毛羽が発生しにくく耐炎化工程・予備炭素化工程・炭素化工程の工程通過性が良くなる。炭素繊維束の単繊維繊度は4.0dtex以下であると後述する断面二重構造の外層比率が小さく抑えることができ、毛羽が発生しにくくなる。単繊維繊度は炭素繊維束の目付とフィラメント数から算出することができる。かかる単繊維繊度を制御するためには、炭素繊維前駆体繊維束の製糸工程における紡糸溶液の吐出量・延伸倍率および耐炎化から炭素化工程での炭素化収率を制御することが重要であり、主には紡糸溶液の吐出量を制御することで達成される。
【0015】
本発明の炭素繊維束は、ストランド弾性率Eが250~420GPaであり、好ましくは255~380GPaであり、より好ましくは260~340GPaであり、より好ましくは265~340GPaであり、最も好ましくは265~330GPaである。ストランド弾性率Eが高いほど、炭素繊維強化複合材料とした際に炭素繊維による補強効果が大きく、高剛性な炭素繊維強化複合材料が得られる。炭素化工程において張力を付与しなければ、繊維束が収縮することにより、局所的に撚り癖に類似した形状を有する炭素繊維束が得られる場合があるものの、このようにして得られた炭素繊維束はストランド弾性率Eが低くなりやすく、工業的に有用ではないことがある。ストランド弾性率Eが250GPa以上であれば、炭素繊維強化複合材料の剛性を高めやすく、今後成長が期待される産業用途などにおけるニーズに応えることができる。ストランド弾性率Eが420GPa以下であれば、炭素化工程の通過性や炭素繊維束の取り扱い性の良い炭素繊維束が得られる。ストランド弾性率EはJIS R7608(2004年)に記載の、樹脂含浸ストランドの引張試験に準拠して評価することができる。炭素繊維束が撚りを有する場合は、かかる撚り数と同数の撚りを逆方向に付与することで解撚したものを評価に供する。ストランド弾性率Eは、炭素化処理において張力をかけられる場合は張力や最高温度といった公知の手法により制御することができる。
【0016】
本発明における繊維束全体のバルク測定により評価される結晶子サイズLは1.7~6.0nmであり、好ましくは1.7~5.0nmであり、より好ましくは2.0~4.0nmであり、最も好ましくは2.3~3.8nmである。結晶子サイズLとは、炭素繊維中に存在する結晶子のc軸方向の厚みおよび結晶子の繊維軸を基準とした配向角を表す指標であり、広角X線回折により評価される。詳しい評価手法は後述する。結晶子サイズLが大きいと炭素繊維内部の応力負担が効果的に行われるため、ストランド弾性率Eを高めやすいが、結晶子サイズLが大きすぎると、応力集中原因となり、炭素化工程の通過性が悪化し、炭素繊維束の取り扱い性が悪化することがあるため、必要とするストランド弾性率Eおよび炭素化工程の通過性や炭素繊維束の取り扱い性のバランスにより定めるとよい。結晶子サイズLは、主に炭素化処理以降の処理時間や最高温度によって制御することができる。
【0017】
本発明の炭素繊維束は、ストランド弾性率Eと結晶子サイズLとの関係が、
E≧38L+190 ・・・(1)
を満たし、好ましくは上式における切片が191であり、さらに好ましくは切片が192である。式(1)を満たす炭素繊維束は、結晶子サイズLに対してストランド弾性率Eが十分に高いため、炭素化工程の通過性や炭素繊維束の取り扱い性を損なうことなく、ストランド弾性率Eを効果的に高めることができ、炭素繊維強化複合材料の剛性を高めやすく、今後成長が期待される産業用途などにおけるニーズに応えることができる。式(1)を満たす炭素繊維束は、後述する本発明の炭素繊維束の好ましい製造方法により得られる。
【0018】
本発明の炭素繊維束は、片端を固定端、もう一方を自由端としたとき、2ターン/m以上の撚りが残存する。本発明において、固定端とは繊維束の長手方向を軸とした回転ができないように固定された繊維束上の任意の部分であり、粘着テープなどを用いて繊維束の回転を拘束することなどによって作製できる。自由端とは、連続した繊維束をその長手方向に垂直な断面で切断したときに出現する端部のことを指し、何にも固定されておらず、繊維束の長手方向を軸とした回転が可能な端部のことである。片端を固定端、もう一方を自由端としたとき、撚りが残存するとは、炭素繊維束が撚りを有することを意味する。本発明者らが検討したところ、炭素繊維束が撚りを有する場合、繊維束が捌けることなく自ずと収束するため、繊維束としての取り扱い性を向上させる効果があることがわかった。また、炭素繊維束が撚りを有することにより、炭素繊維束を高次加工する際に、単繊維レベルでの破断、いわゆる毛羽が生じても、長い毛羽に成長しにくく、高次加工性が高まることもわかった。これは、毛羽が繊維束の長手方向に向かって進行しようとする際、毛羽の根元が撚りに内包されるため、その進行が阻害されるためである。また、撚りを有さない一般的な炭素繊維束に強制的に撚りを付与した場合、繊維束に常に張力をかけておかないと、強制的な撚りを付与された炭素繊維束同士がさらに高次の撚りを形成し、ロープを編むように折りたたまれてしまう場合があるのに対して、炭素繊維束が撚りを有する場合は、張力の有無によらず、高次の撚りを形成することはなく、しなやかで取り扱い性の高い炭素繊維束となる。片端を固定端、もう一方を自由端としたとき、撚りが解けることなく、結果的に2ターン/m以上の撚りが残存する場合に特に取り扱い性や高次加工性向上の効果が大きくなることがわかった。残存する撚り数は多いほど収束性が高くなるため好ましいが、加撚する製造プロセスの制約上、500ターン/m程度が上限である。残存する撚り数は好ましくは30~120ターン/mであり、より好ましくは46~100ターン/mである。片端を固定端、もう一方を自由端としたとき、2ターン/m以上の撚りが残存する炭素繊維束は、後述する本発明の炭素繊維束の製造方法に従って作製することができる。残存する撚り数は、炭素化工程における繊維束の撚り数を調整することにより制御することができる。残存する撚り数の詳しい評価手法は後述するが、繊維束上の任意の箇所をテープなどでしっかりと固定して固定端とした後に、固定端から離れた位置で繊維束を切断して自由端を形成し、固定端が最上部に来るように繊維束を懸垂させてしばらく静置したあと、自由端を把持して解撚していき、完全に解撚するまでに要した撚り数を長さ1mあたりに規格化したものを、本発明における、残存する撚り数とする。
【0019】
本発明の炭素繊維束は、単繊維断面の円周側と中心側に生じる構造差(断面二重構造と呼ぶ)のうち、円周側の面積の単繊維の断面積に対して占める割合として定義する炭素繊維の外層比率Acが85%以上であり、好ましくは91%以上であり、より好ましくは95~98%である。断面二重構造の外層比率Acが85%以上であれば、単繊維の耐荷重が増すことで破断しにくくなり工程通過性に優れ、外層比率Acが高いほど望ましい。ただし、外層比率Acが98%以下の場合は単繊維強度の低下が起こらず、耐荷重を高くすることができる。炭素繊維束の単繊維繊度を1.0dtex未満とすることで、断面二重構造の外層比率Acを高めることも可能であるが、単繊維断面積が小さい場合は、外層比率Acの向上の効果以上に想定されるハンドリング中の荷重に十分な単繊維が得られず、工程中で毛羽が発生しやすくなる。特に本発明の炭素繊維束のように、炭素化工程の通過性や炭素繊維束の取り扱い性を損なうことなく、ストランド弾性率Eを効果的に高めるためには、後述のとおり、炭素化工程における張力を一定以上付加しなければならない。そのため、単繊維繊度を小さくして外層比率Acを向上させた場合には、炭素化工程において張力を一定以上付加した場合に炭素化工程の荷重に十分な単繊維が得られず、工程中で毛羽が発生するため、本発明の炭素繊維束を得ることができない。すなわち、本発明では、単繊維繊度が大きい場合でも外層比率Acが高いことで、炭素化工程の通過性や炭素繊維束の取り扱い性を損なうことなくストランド弾性率Eを効果的に高めることができ、炭素繊維強化複合材料の剛性を高めることに達した。断面二重構造の外層比率Acは炭素繊維束を樹脂包埋し、繊維軸に垂直な面を湿式研磨することで露出した断面を光学顕微鏡で観察し、画像解析から繊維断面積および断面二重構造のうち円周側の構造の面積を算出することで求められる。かかる断面二重構造の外層比率Acを制御するためには、耐炎化工程の処理時間と処理温度、もしくはポリアクリロニトリル系重合体の共重合成分を変更することで制御できる。
【0020】
次に、本発明の炭素繊維束を得ることに好ましい炭素繊維束の製造方法について述べる。
【0021】
本発明の炭素繊維の製造方法によると、炭素繊維前駆体繊維束の製造に供する原料の組成について、アクリロニトリル単位が90.0~97.0質量%とアクリレート系モノマー(X)単位が3.0~10.0質量%であり、好ましくはアクリロニトリル単位が90.0~96.0質量%とアクリレート系モノマー(X)単位が4.0~10.0質量%であり、より好ましくはアクリロニトリル単位が90.0~95.0質量%とアクリレート系モノマー(X)単位が5.0~10.0質量%であるポリアクリロニトリル系重合体を用いる。アクリレート系モノマー(X)とは、構造式CH=CHCOOC2n+1で表され、n=2~4であり、アルキル基が直鎖であるアクリル酸エステル系モノマーである。アクリレート系モノマー単位が3.0質量%以上であれば、炭素繊維前駆体繊維束の耐炎化工程における外層比率Asが高くなり、10.0質量%以下であれば得られる炭素繊維単繊維の強度および耐荷重が増加することにより、工程通過性に優れる。ポリアクリロニトリル系共重合体のアクリロニトリル単位とアクリレート系モノマー(X)単位の比率は、重合時のそれぞれの単量体の組成比を調整することで制御できる。アクリレート系モノマー(X)としては、アクリル酸エチル、アクリル酸プロピル、アクリル酸ノルマルブチルが例示され、延伸性向上による品位向上と酸素透過性の両立の観点から、アクリル酸エチルが特に好ましい。その他の共重合成分としては、耐炎化反応の促進を目的としてメタクリル酸、アクリル酸、イタコン酸、アクリルアミドなどを用いることができる。
【0022】
炭素繊維前駆体繊維束を製造するにあたり、乾湿式紡糸法および湿式紡糸法のいずれかを用いて製糸する。製糸工程は一般に、紡糸口金から凝固浴に紡糸溶液を吐出させて紡糸する凝固工程と、該凝固工程で得られた繊維を水浴中で洗浄する水洗工程と、該水洗工程で得られた繊維を水浴中で延伸する水浴延伸工程と、該水浴延伸工程で得られた繊維に工程油剤を塗布する油剤工程と、該油剤工程で得られた繊維を乾燥熱処理する乾燥熱処理工程からなり、必要に応じて、該乾燥熱処理工程で得られた繊維をスチーム延伸するスチーム延伸工程を含む。なお、各工程の順序を適宜入れ替えることも可能である。紡糸溶液とは、前記したポリアクリロニトリル共重合体を、ジメチルスルホキシド・ジメチルホルムアミド・ジメチルアセトアミドなどの有機溶媒や、硝酸・塩化亜鉛・ロダンソーダなどの水溶液といったポリアクリロニトリル共重合体が可溶な溶媒に溶解したものである。
【0023】
前記凝固浴には、紡糸溶液の溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの溶媒と、凝固促進成分を含ませることが好ましい。凝固促進成分としては、前記ポリアクリロニトリル共重合体を溶解せず、かつ紡糸溶液に用いる溶媒と相溶性があるものを使用することができる。具体的には、凝固促進成分として水を使用することが好ましい。単繊維の横断面が真円状で、かつ繊維側面が平滑となる範囲で有機溶剤の濃度を高くし、凝固浴の温度を低く設定することが好ましい。例えば、溶剤にジメチルスルホキシドを用いた場合には、ジメチルスルホキシド水溶液の濃度を5~30質量%、あるいは70~80質量%とし、凝固浴温度を-10~30℃とすることが望ましい。
【0024】
前記水洗工程における水洗浴としては、温度が30~98℃の複数段からなる水洗浴を用いることが好ましい。また、水浴延伸工程における延伸倍率は、高い真円度の断面形状を維持する観点から、1~6倍であることが好ましい。
【0025】
水浴延伸工程の後、単繊維同士の融着を防止する目的から、繊維束にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。かかるシリコーン油剤は、好ましくは変性されたシリコーンを用いることであり、より好ましくは耐熱性の高いアミノ変性シリコーンを含有するものを用いることである。
【0026】
乾燥熱処理工程は、公知の方法を利用することができる。例えば、乾燥温度は100~200℃が例示される。
【0027】
前記した水洗工程、水浴延伸工程、油剤付与工程、乾燥熱処理工程の後、必要に応じ、スチーム延伸を行うことにより、本発明の炭素繊維束を得るのに好適な炭素繊維前駆体繊維束が得られる。スチーム延伸は、加圧スチーム中において、延伸倍率は2~6倍であることが好ましい。
【0028】
本発明の炭素繊維の製造方法によると、炭素繊維前駆体繊維束の単繊維繊度は2.0~6.0dtexであり、好ましくは2.1~4.2dtex、より好ましくは2.2~3.5dtexである。炭素繊維前駆体繊維束の単繊維繊度が2.0dtex以上あれば耐荷重の高い単繊維が得られ、毛羽が発生しにくく工程通過性が良くなる。単繊維繊度が6.0dtexを超えると、耐炎化および予備炭素化、炭素化における耐擦過性が低下し、工程通過性が悪化する。単繊維繊度は炭素繊維前駆体繊維束の単位長さあたりの質量とフィラメント数から算出する。かかる単繊維繊度を制御するためには、炭素繊維前駆体繊維束の紡糸工程における紡糸溶液の吐出量・延伸倍率および焼成工程での炭素化収率を制御することが重要であり、主には紡糸溶液の吐出量を制御することで達成される。
【0029】
本発明の炭素繊維束は、前記した炭素繊維前駆体繊維束を耐炎化処理した後、予備炭素化処理、炭素化処理を順に行うことにより得ることができる。
【0030】
また、本発明の炭素繊維束の製造方法によると、耐炎化処理の熱処理温度が200~300℃であり、好ましくは220~280℃であり、より好ましくは230℃~270℃である。耐炎化温度を低くすることで、前述の炭素繊維束の外層比率Acを向上させることもできるが、耐炎化処理の熱処理時間を長くする必要があるため生産性が悪化することに加え、予備炭素化処理および炭素化処理の通過性が悪化することがある。そのため、耐炎化処理の熱処理温度が200℃以上であれば炭素繊維前駆体繊維束の酸素透過性に応じて高温かつ短時間で効率よく耐炎化処理できるため、生産性を悪化させることなく予備炭素化処理および炭素化処理の通過性が良好となる。耐炎化処理の熱処理温度が300℃以下であれば炭素繊維前駆体繊維束の熱暴走が抑制され、操業性に優れる。
【0031】
本発明の炭素繊維束の製造方法によると、耐炎化繊維束の外層比率Asが85%であり、好ましくは91%以上、さらに好ましくは95~98%である。外層比率Asが大きいほど断面二重構造が小さくなるため、該耐炎化繊維束を炭素化処理した後の炭素繊維束の単繊維の強度が優れ、工程における毛羽の発生を抑えることができる。耐炎化繊維束の外層比率Asは、耐炎化繊維束を樹脂包埋したのち、表面を研磨することで現れる繊維軸に垂直な断面を光学顕微鏡により観察し、繊維断面の色調が異なる領域のうち、外側の領域の断面積全体に占める面積を算出することで得られる。外層比率Asを85%以上とするためには、耐炎化工程で耐炎化繊維束をサンプリングして外層比率Asを確認し、耐炎化温度を調整することや、炭素繊維前駆体繊維の原料として酸素透過性に優れる共重合成分を使用することで達成できる。
【0032】
また、本発明の炭素繊維束の製造方法によると、耐炎化処理の条件について、耐炎化初期温度Ti(℃)とポリアクリロニトリル系共重合体のアクリレート系モノマー(X)単位の質量組成比Za(%)が好ましくは以下の関係を満たし、より好ましくは右辺が1100であり、さらに好ましくは右辺が1200である。式を満たす場合、炭素繊維前駆体繊維束の酸素透過性に応じて高温かつ短時間で効率よく耐炎化処理できるため、生産性に優れることがある。酸素透過性に優れる共重合成分を炭素繊維前駆体繊維束の原料として適量使用することで達成できる。
Ti×Za≧1000。
【0033】
該耐炎化処理で得られた耐炎化繊維束を予備炭素化する予備炭素化処理においては、得られた耐炎化繊維束を、不活性雰囲気中、最高温度500~1200℃において、比重が1.5~1.8になるまで熱処理する。
【0034】
さらに、前記予備炭素化処理に引き続いて、炭素化処理を行う。炭素化処理においては、得られた予備炭素化繊維束を、不活性雰囲気中、好ましくは最高温度1200~3000℃において熱処理する。炭素化処理における最高温度は、得られる炭素繊維束のストランド弾性率Eを高める観点からは、高い方が好ましいが、高すぎると炭素化処理の通過性や炭素繊維束の取り扱い性を損なうことがあるため、トレードオフを考慮して設定するのが良い。上記理由から、炭素化処理における最高温度は、好ましくは1400~2500℃であり、より好ましくは1700~2000℃である。
【0035】
また、本発明において、炭素化処理における張力は1.5mN/dtex以上であり、好ましくは3~18mN/dtexであり、より好ましくは5~18mN/dtexである。炭素化処理の張力は、炭素化炉出側で測定した張力(mN)を、用いた炭素繊維前駆体繊維束の単繊維の平均繊度(dtex)とフィラメント数との積である総繊度(dtex)で除したものとする。該張力を制御することで、得られる炭素繊維束の結晶子サイズLに大きな影響を与えることなく、ストランド弾性率Eを制御することができ、先述の式(1)を満たす炭素繊維束が得られる。炭素繊維束のストランド弾性率Eを高める観点からは、該張力は高い方が好ましいが、高すぎると工程通過性や、得られる炭素繊維の品位が低下する場合があり、両者を勘案して設定するのが良い。撚りを付与せずに炭素化工程における張力を高めると、単繊維破断が生じ、毛羽が増加することにより、炭素化処理の通過性が低下したり、繊維束全体が破断することにより、必要な張力を維持できなかったりする場合があるが、炭素化処理において、繊維束に撚りが付与されていれば、毛羽が抑制されるため、高い張力を付与することが可能となる。
【0036】
本発明の炭素繊維束の製造方法において、炭素化処理中の繊維束の撚り数を2ターン/m以上とする。撚り数は好ましくは30~120ターン/mであり、より好ましくは46~100ターン/mである。かかる撚り数を上記範囲に制御することで、得られる炭素繊維束に特定の撚り癖を付与でき、収束性に優れ、炭素繊維束としての取り扱い性ならびに高次加工性の高い炭素繊維束となる。かかる撚り数の上限に特に制限はないが、加撚工程が煩雑となることを避けるため、500ターン/m程度を一応の上限とするのが好ましい。かかる撚り数は、前駆体繊維束または耐炎化繊維束、予備炭素化繊維束を一旦ボビンに巻き取った後、該繊維束を巻き出す際にボビンを巻き出し方向に対して直交する面に旋回させる方法や、ボビンに巻き取らず走行中の繊維束に対して回転するローラーやベルトを接触させて撚りを付与する方法などにより制御することができる。
【0037】
本発明の炭素繊維束の製造方法において、炭素化処理中の繊維束の撚り数を制御するための撚りを入れる工程については特に制限はないが、好ましくは炭素化処理の前であり、より好ましくは耐炎化処理の前であり、さらに好ましくは予備炭素化処理の前である。かかる撚りは、前駆体繊維束または耐炎化繊維束、予備炭素化繊維束を一旦ボビンに巻き取った後、該繊維束を巻き出す際にボビンを巻き出し方向に対して直交する面に旋回させる方法や、ボビンに巻き取らず走行中の繊維束に対して回転するローラーやベルトを接触させることで付与することができる。
【0038】
本発明において、不活性雰囲気に用いられる不活性ガスとしては、例えば、窒素、アルゴンおよびキセノンなどが好ましく例示され、経済的な観点からは窒素が好ましく用いられる。
【0039】
前記製造方法で得られた炭素繊維束は、さらに最高3000℃までの不活性雰囲気において追加の炭素化処理を行い、用途に応じてストランド弾性率Eを適宜調整してもよい。
【0040】
以上のようにして得られた炭素繊維束は、好ましくは酸化処理が施され、酸素含有官能基が導入される。本発明の電解表面処理については、気相酸化、液相酸化および液相電解酸化が用いられるが、生産性が高く、均一処理ができるという観点から、液相電解酸化が好ましく用いられる。本発明において、液相電解酸化の方法については特に制約はなく、公知の方法で行えばよい。
【0041】
かかる電解処理の後、得られた炭素繊維束に集束性を付与するため、サイジング処理をすることもできる。サイジング剤には、複合材料に使用されるマトリックス樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0042】
本明細書に記載の各種物性値の測定方法は以下の通りである。
【0043】
<片端を固定端、もう一方を自由端としたときに残存する撚り数>
水平面から60cmの高さの位置にガイドバーを設置し、炭素繊維束の任意の位置をガイドバーにテープで貼り付けることによって固定端とした後、固定端から50cm離れた箇所で炭素繊維束を切断し、自由端を形成する。自由端はテープに挟み込むように封入して、単繊維単位にほどけないように処理する。回数を数えながら自由端を回転させてゆき、完全に解撚されるまでに回転させた回数n(ターン)を記録する。以下の式により、残存する撚り数を算出する。上記測定を3回実施した平均を、本発明における残存する撚り数とする。
残存する撚り数(ターン/m)=n(ターン)/0.5(m)。
【0044】
<炭素繊維束のストランド弾性率E>
炭素繊維束のストランド弾性率Eは、JIS R7608(2004年)の樹脂含浸ストランド試験法に準拠し、次の手順に従い求める。ただし、炭素繊維束が撚りを有する場合、撚り数と同数の逆回転の撚りを付与することにより解撚してから評価する。樹脂処方としては、“セロキサイド(登録商標)”2021P(ダイセル化学工業社製)/3フッ化ホウ素モノエチルアミン(東京化成工業(株)製)/アセトン=100/3/4(質量部)を用い、硬化条件としては、常圧、温度125℃、時間30分を用いる。炭素繊維束のストランド10本を測定し、その平均値をストランド弾性率Eとする。なお、ストランド弾性率Eを算出する際の歪み範囲は0.1~0.6%とする。
【0045】
<炭素繊維束の結晶子サイズL
測定に供する炭素繊維束を引き揃え、コロジオン・アルコール溶液を用いて固めることにより、長さ4cm、1辺の長さが1mmの四角柱の測定試料を用意する。用意された測定試料について、広角X線回折装置を用いて、次の条件により測定を行う。
【0046】
1.結晶子サイズLの測定
・X線源:CuKα線(管電圧40kV、管電流30mA)
・検出器:ゴニオメーター+モノクロメーター+シンチレーションカウンター
・走査範囲:2θ=10~40°
・走査モード:ステップスキャン、ステップ単位0.02°、計数時間2秒。
【0047】
得られた回折パターンにおいて、2θ=25~26°付近に現れるピークについて、半値幅を求め、この値から、次のシェラー(Scherrer)の式により結晶子サイズを算出する。
【0048】
結晶子サイズ(nm)=Kλ/βcosθ
但し、
K:1.0、λ:0.15418nm(X線の波長)
β:(β -β 1/2
β:見かけの半値幅(測定値)rad、β:1.046×10-2rad
θ:Braggの回析角。
【0049】
2.結晶配向度π002の測定
後述の実施例および比較例においては、上記広角X線回折装置として、島津製作所製XRD-6100を用いる。
【0050】
<炭素繊維束の取り扱い性>
評価対象の炭素繊維束の繊維軸方向に30cm離れた位置を右手と左手で別々に把持する。右手と左手の把持部が接触するまで近づけてゆき、繊維束の一部がロープのように高次の撚りを形成する場合は、取り扱い性が不良(×)とし、評価を打ち切る。前記操作において取り扱い性が不良とならなかった場合、続けて、右手と左手の間隔を20cmの距離に近づけた後、繊維束の様子を目視観察しながら、両手を鉛直方向に複数回上下させる。右手と左手の把持部の鉛直方向の高さを常に同じに保つため、両手の鉛直方向への移動は同じタイミングで行う。上下させる距離は10cmとし、1秒に1往復させる速度で20回繰り返す。このとき、繊維束が単繊維単位に拡がる場合を収束性不足のため取り扱い性が不良(×)とし、評価を打ち切る。官能評価であるため厳密な線引きは難しいが、繊維束のどこか一部でも繊維軸に垂直方向に5cm以上拡がった場合は、単繊維単位に拡がったとみなす。繊維軸に垂直方向に5cm以上拡がらなくても、繊維束のどこか一部でも、より小さな繊維束に分割された場合は、取り扱い性がやや不良(△)とし、評価を打ち切る。ここまでの操作で取り扱い性が不良あるいはやや不良とならなかった場合、取り扱い性は良好(○)とする。ただし、一定以上の単繊維直径である場合、単繊維の屈曲に対する抵抗、いわゆるコシが強い傾向にあり、上記実験操作の際に、繊維束全体に適度なコシがあり、取り扱いがしやすい傾向にあった。そこで、官能的ではあるものの、実際の実験操作において適度なコシがあり、取り扱いがしやすい場合を、特に良好(◎)とする。評価対象の炭素繊維束がサイジング処理されている場合、オーブン中でサイジング剤を焼き飛ばすか、溶媒中で洗浄することによって除去してから評価する。評価は極力風の少ない室内で行い、繊維束の中央部は重力で懸垂させることとする。
【0051】
<耐炎化繊維、炭素繊維の外層比率(As、Ac)の測定>
長さ2cmに切断した耐炎化繊維もしくは炭素繊維をエポキシ樹脂に包埋し、繊維軸に垂直な断面を湿式研磨処理した後、顕微鏡を用いて観察して写真を撮影する。撮影した写真は画像処理ソフトウェアを用いて解析した。条件によっては外層と内層が一定の範囲にグラデーションを形成したり、外層と内層の境界に中間的な層が形成されリング状に観察されたりする場合があるが、これらの境界部分と外層とが形成するグラデーションの外側端を二重構造の境界と定める。単繊維30本について画像解析を行った。外層比率は耐炎化繊維や炭素繊維の平均断面積aと内層部分の平均面積aを求めた後、下記式にしたがって算出する。
外層比率(%)=(1-a)÷a×100
【実施例
【0052】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。本実施例における各測定方法は上述の通りである。
【0053】
(実施例1)
アクリロニトリル、イタコン酸、アクリレート系モノマーとしてアクリル酸エチルを93.5:1.0:5.5の質量比で混合した単量体混合物を、ジメチルスルホキシド(DMSO)を溶媒とした溶液重合法により重合し、ポリアクリロニトリル系共重合体溶液を得、紡糸溶液とした。得られた紡糸溶液を孔数3000の口金を用いて一旦空気中に吐出し、空間を通過させた後、DMSOの水溶液からなる凝固浴に導く乾湿式紡糸法により凝固させ、凝固糸とした。得られた凝固糸を水洗した後、温水浴中で2倍に延伸し、シリコーン系油剤を付与し、表面温度が180℃のホットドラムで加熱処理を行った。その後、加圧水蒸気中で4倍に延伸して単繊維繊度2.2dtexの炭素繊維前駆体繊維束を得た。この炭素繊維前駆体繊維束を、熱風循環式オーブンを用いて250℃の空気中で熱処理し、耐炎化繊維束を得た。得られた耐炎化繊維束をエポキシ樹脂(主剤:BUEHLER社製EPO-KWICK RESIN、硬化剤:EPO-KWICK HARDENER)に樹脂包埋し、耐炎化繊維束の繊維軸方向に垂直な面を湿式研磨し、断面を光学顕微鏡(ライカマイクロシステムズ社製工業用正立顕微鏡DM2700M)で観察し、画像処理ソフトウェア(Image J)を用いて外層比率Asを算出した。耐炎化初期温度Tiを230℃として、空気雰囲気230~280℃のオーブン中で延伸比を1として熱処理し、耐炎化繊維束に転換した。得られた耐炎化繊維束に加撚処理を行い、22ターン/mの撚りを付与し、温度300~800℃の窒素雰囲気中において、延伸比0.97として予備炭素化処理を行い、22ターン/mの撚りが残存した予備炭素化繊維束を得た。次いで、かかる予備炭素化繊維束に、表1に示す条件で炭素化処理を施した後、付着量が1.0質量%となるようにサイジング剤を付与し、炭素繊維束を得た。炭素化工程通過性は良好であり、得られた炭素繊維束の品位も良好であった。得られた炭素繊維束の評価結果を表1に記載する。
【0054】
(実施例2)
撚り数を87ターン/m、炭素化時の張力を8.0mN/dtexとした以外は実施例1と同様にし、耐炎化繊維束および炭素繊維束を得た。炭素化工程通過性は良好であり、得られた炭素繊維束の品位も良好であった。得られた炭素繊維束の評価結果を表1に記載する。
【0055】
(実施例3)
炭素化処理の最高温度を1900℃とした以外は実施例1と同様にし、耐炎化繊維束および炭素繊維束を得た。炭素化工程通過性は良好であり、得られた炭素繊維束の品位も良好であった。得られた炭素繊維束の評価結果を表1に記載する。
【0056】
(実施例4)
撚り数を87ターン/m、炭素化時の張力を8.0mN/dtex、炭素化処理の最高温度を1900℃とした以外は実施例1と同様にし、耐炎化繊維束および炭素繊維束を得た。炭素化工程通過性は良好であり、得られた炭素繊維束の品位も良好であった。得られた炭素繊維束の評価結果を表1に記載する。
【0057】
(実施例5)
実施例1でポリアクリロニトリル系共重合体の原料をアクリロニトリル、イタコン酸、アクリレート系モノマーとしてアクリル酸エチルの質量比が96.0:1.0:3.0である単量体組成物とした以外は実施例4と同様にして耐炎化繊維束および炭素繊維束を得た。炭素化工程通過性はプロセス上許容できる範囲であった。得られた炭素繊維束の評価結果を表1に記載する。
【0058】
(実施例6)
実施例1でポリアクリロニトリル系共重合体の原料をアクリロニトリル、イタコン酸、アクリレート系モノマーとしてアクリル酸ノルマルブチルの質量比が92.0:1.0:7.0である単量体組成物とした以外は実施例4と同様にして耐炎化繊維束および炭素繊維束を得た。炭素化工程通過性は良好であり、得られた炭素繊維束の品位も良好であった。得られた炭素繊維束の評価結果を表1に記載する。
【0059】
(比較例1)
実施例1の紡糸溶液の吐出量を変更して単繊維繊度1.0dtexの炭素繊維前駆体繊維束を得た以外は実施例4と同様にし、耐炎化繊維束および炭素繊維束を得た。炭素化工程通過性はプロセス上許容できる範囲であり、得られた炭素繊維束の品位もやや不良であった。得られた炭素繊維束の評価結果を表1に記載する。
【0060】
(比較例2)
撚り数を0ターン/m、炭素化時の張力を2.0mN/dtexとした以外は実施例1と同様にし、耐炎化繊維束および炭素繊維束を得た。炭素化工程においてローラーへの毛羽の巻き付きが発生し、得られた炭素繊維束の品位は悪かった。得られた炭素繊維束の評価結果を表1に記載する。
【0061】
(比較例3)
撚り数を0ターン/m、炭素化時の張力を2.1mN/dtexとした以外は実施例3と同様にし、耐炎化繊維束および炭素繊維束を得た。炭素化工程においてローラーへの毛羽の巻き付きが発生し、得られた炭素繊維束の品位は悪かった。得られた炭素繊維束の評価結果を表1に記載する。
【0062】
(比較例4)
実施例1でポリアクリロニトリル系共重合体の原料をアクリロニトリル、イタコン酸、アクリレート系モノマーとしてアクリル酸エチルの質量比が97.1:1.0:1.9である単量体組成物とした以外は実施例4と同様にして耐炎化繊維束および炭素繊維束を得た。炭素化工程においてローラーへの毛羽の巻き付きが発生し、得られた炭素繊維束の品位は悪かった。得られた炭素繊維束の評価結果を表1に記載する。
【0063】
(比較例5)
実施例1でポリアクリロニトリル系共重合体の原料をアクリロニトリル、イタコン酸、アクリレート系モノマーとしてアクリル酸エチルの質量比が99.0:1.0:0である単量体組成物とした以外は実施例4と同様にして耐炎化繊維束を得た。炭素化工程においてローラーへの毛羽の巻き付きが発生し、炭素化過程で糸が切れたため炭素繊維束が得られなかった。
【0064】
(比較例6)
耐炎化初期温度Tiを190℃にした以外は、実施例5と同様にして耐炎化繊維束を得た。炭素化工程においてローラーへの毛羽の巻き付きが発生し、炭素化過程で糸が切れたため炭素繊維束が得られなかった。
【0065】
(比較例7)
耐炎化初期温度Tiを310℃にした以外は、実施例1と同様にして耐炎化処理を行ったが、耐炎化工程で糸が切れてしまい、耐炎化繊維束が得られなかった。
【0066】
【表1】