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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-29
(45)【発行日】2023-06-06
(54)【発明の名称】ばね用鋼線
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/18 20060101AFI20230530BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20230530BHJP
   C22C 38/34 20060101ALI20230530BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20230530BHJP
   C21D 9/52 20060101ALN20230530BHJP
【FI】
C23C8/18
C22C38/00 301Y
C22C38/34
C21D8/06 A
C21D9/52 103B
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020556335
(86)(22)【出願日】2020-06-15
(86)【国際出願番号】 JP2020023360
(87)【国際公開番号】W WO2021255776
(87)【国際公開日】2021-12-23
【審査請求日】2022-12-16
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100136098
【弁理士】
【氏名又は名称】北野 修平
(74)【代理人】
【識別番号】100137246
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 勝也
(72)【発明者】
【氏名】泉田 寛
(72)【発明者】
【氏名】棗田 善貴
(72)【発明者】
【氏名】岡田 太一
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-028619(JP,A)
【文献】特開昭58-136780(JP,A)
【文献】特開2014-169470(JP,A)
【文献】特開2009-263750(JP,A)
【文献】特開2009-235523(JP,A)
【文献】特開2018-012868(JP,A)
【文献】国際公開第2018/021574(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第107557663(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/18
C22C 38/00
C21D 8/06
C21D 9/52
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線状の形状を有する鋼製の本体部と、
前記本体部の外周面を覆う酸化層と、を備え、
前記本体部を構成する鋼は、0.5質量%以上0.7質量%以下のCと、1質量%以上2.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1質量%以下のMnと、0.5質量%以上2質量%以下のCrとを含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、
前記本体部を構成する鋼の組織はパーライト組織であり、
前記酸化層の厚さは2μm以上5μm以下であり、
前記酸化層は、60質量%以上のFeを含む、ばね用鋼線。
【請求項2】
前記酸化層は、
第1のFe層と、
前記第1のFe層の外周面を覆う第2のFe層と、を含み、
前記第1のFe層のSiの濃度は、前記第2のFe層のSiの濃度および前記本体部のSiの濃度のいずれよりも高い、請求項1に記載のばね用鋼線。
【請求項3】
前記酸化層は、前記第1のFe層と前記本体部との間に位置するFeO層をさらに含む、請求項2に記載のばね用鋼線。
【請求項4】
前記FeO層は、前記本体部の外周面の一部を覆っており、
前記本体部の外周面のうち前記FeO層に覆われていない部分において前記本体部と前記第1のFe層とが接触している、請求項3に記載のばね用鋼線。
【請求項5】
前記第1のFe層のSiの濃度は2.5質量%以上6質量%以下であり、Crの濃度は1.5質量%以上3質量%以下である、請求項2から請求項4のいずれか1項に記載のばね用鋼線。
【請求項6】
前記第1のFe層の厚さは0.3μm以上1.5μm以下である、請求項2から請求項5のいずれか1項に記載のばね用鋼線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ばね用鋼線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ばね加工時の潤滑性の確保を目的として、外周面に酸化層を有するオイルテンパー線(ばね用鋼線)が知られている(たとえば、特開2004-052048号公報(特許文献1)、特開2004-115859号公報(特許文献2)、特開2017-115228号公報(特許文献3)および特開2018-012868号公報(特許文献4)参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2004-052048号公報
【文献】特開2004-115859号公報
【文献】特開2017-115228号公報
【文献】特開2018-012868号公報
【発明の概要】
【0004】
本開示に従ったばね用鋼線は、線状の形状を有する鋼製の本体部と、本体部の外周面を覆う酸化層と、を備える。本体部を構成する鋼は、0.5質量%以上0.7質量%以下のC(炭素)と、1.0質量%以上2.5質量%以下のSi(珪素)と、0.2質量%以上1.0質量%以下のMn(マンガン)と、0.5質量%以上2.0質量%以下のCr(クロム)とを含有し、残部がFe(鉄)および不可避的不純物からなる。本体部を構成する鋼の組織はパーライト組織である。酸化層の厚さは2μm以上5μm以下である。酸化層は、60質量%以上のFeを含む。
【図面の簡単な説明】
【0005】
図1図1は、ばね用鋼線の構造を示す概略図である。
図2図2は、ばね用鋼線の構造を示す概略断面図である。
図3図3は、ばね用鋼線の酸化層の構造を示す概略断面図である。
図4図4は、ばね用鋼線の製造方法の概略を示すフローチャートである。
図5図5は、実施の形態2におけるばね用鋼線の酸化層の構造を示す概略断面図である。
図6図5は、SEMによる酸化層の写真である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
上記の通り、オイルテンパー線であるばね用鋼線において、外周面を酸化層で覆うことでばねへの加工時の潤滑性を確保する技術が知られている。オイルテンパー線を構成する鋼の組織は焼戻マルテンサイト組織である。焼戻マルテンサイト組織は、マルテンサイト相の母相と、当該母相中に分散する微細な炭化物とを含む組織である。このような焼戻マルテンサイト組織を有する鋼線の表面を酸化層で覆うことにより、ばねへの加工時の潤滑性を確保することができる。
【0007】
一方、ばね用鋼線として、硬引き線が用いられる場合がある。硬引き線を構成する鋼の組織はパーライト組織である。パーライト組織は、フェライト層とセメンタイト(FeC)層とが交互に積層された組織であり、上記焼戻マルテンサイト組織とは大きく異なる組織である。そのため、硬引き線については、パーライト組織に適した潤滑性の確保の検討が必要となる。そこで、ばねへの加工時の潤滑性に優れた硬引き線であるばね用鋼線を提供することを本開示の目的の1つとする。
【0008】
[本開示の効果]
本開示のばね用鋼線によれば、ばねへの加工時の潤滑性に優れた硬引き線であるばね用鋼線を提供することができる。
【0009】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。本開示のばね用鋼線は、線状の形状を有する鋼製の本体部と、本体部の外周面を覆う酸化層と、を備える。本体部を構成する鋼は、0.5質量%以上0.7質量%以下のC(炭素)と、1.0質量%以上2.5質量%以下のSi(珪素)と、0.2質量%以上1.0質量%以下のMn(マンガン)と、0.5質量%以上2.0質量%以下のCr(クロム)とを含有し、残部がFe(鉄)および不可避的不純物からなる。本体部を構成する鋼の組織はパーライト組織である。酸化層の厚さは2μm以上5μm以下である。酸化層は、60質量%以上のFeを含む。
【0010】
本開示のばね用鋼線の本体部を構成する鋼の組織はパーライト組織である。すなわち、本開示のばね用鋼線は、硬引き線である。本開示のばね用鋼線においては、このパーライト組織を有する本体部の外周面が厚さ2μm以上5μm以下の酸化層で覆われる。そして、酸化層は、60質量%以上のFeを含む。本発明者の検討によれば、酸化層が60質量%以上のFeを含むことにより、ばねへの加工時にパーライト組織を有する本体部から酸化層が剥離することが抑制され、高い潤滑性が確保される。
【0011】
このように、本開示のばね用鋼線によれば、ばねへの加工時の潤滑性に優れた硬引き線であるばね用鋼線を提供することができる。酸化層は、70質量%以上のFeを含むことが好ましく、80質量%以上のFeを含むことがより好ましい。
【0012】
本体部を構成する鋼の成分組成を上記範囲とすべきである理由について、以下に説明する。
【0013】
炭素(C):0.5質量%以上0.7質量%以下
炭素は、鋼の強度に大きな影響を与える元素である。ばね用鋼線として十分な強度を得る観点から、炭素含有量は0.5質量%以上とする必要がある。一方、炭素含有量が多くなると靱性が低下し、加工が困難になるおそれがある。十分な靱性を確保する観点から、炭素含有量は0.7質量%以下とする必要がある。靱性を向上させて加工を容易とする観点から、炭素含有量は0.6質量%以下としてもよい。
【0014】
珪素(Si):1質量%以上2.5質量%以下
珪素は、加熱による軟化を抑制する性質(軟化抵抗性)を有する。ばね用鋼線のばねへの加工時およびばねの使用時における加熱による軟化を抑制する観点から、珪素含有量は1質量%以上とする必要があり、1.2質量%以上としてもよい。一方、珪素は過度に添加すると靱性を低下させる。十分な靱性を確保する観点から、珪素含有量は2.5質量%以下とする必要がある。靱性を重視する観点からは、珪素含有量は2質量%以下としてもよく、1.6質量%以下としてもよい。
【0015】
マンガン(Mn):0.2質量%以上1質量%以下
マンガンは、鋼の精錬において脱酸剤として添加される元素である。脱酸剤としての機能を果たすため、マンガンの含有量は0.2質量%以上とする必要があり、0.5質量%以上としてもよい。一方、マンガンは過度に添加すると、靱性や熱間加工における加工性を低下させる。そのため、マンガン含有量は1質量%以下とする必要があり、0.9質量%以下としてもよい。
【0016】
クロム(Cr):0.5質量%以上2質量%以下
クロムは、鋼中において炭化物生成元素として機能し、微細な炭化物の生成による金属組織の微細化や加熱時の軟化抑制に寄与する。このような効果を確実に発揮させる観点から、クロムは0.5質量%以上添加される必要がある。一方、クロムの過度の添加は靱性低下の原因となる。そのため、クロムの添加量は2質量%以下とする必要がある。靭性を重視する観点からは、クロムの添加量は1.5質量%以下としてもよく、1質量%以下としてもよい。
【0017】
不可避的不純物
ばね用鋼線を構成する鋼の製造工程において、リン(P)、硫黄(S)などが不可避的に鋼中に混入する。リンおよび硫黄は、過度に存在すると粒界偏析を生じたり、介在物を生成したりして、鋼の特性を悪化させる。そのため、リンおよび硫黄の含有量は、それぞれ0.025質量%以下とすることが好ましい。また、不可避的不純物の含有量は、合計で0.3質量%以下とすることが好ましい。
【0018】
上記ばね用鋼線において、酸化層は、第1のFe層と、第1のFe層の外周面を覆う第2のFe層と、を含んでいてもよい。第1のFe層のSiの濃度は、第2のFe層のSiの濃度および本体部のSiの濃度のいずれよりも高くてもよい。第2のFe層と本体部との間にSiの濃度が高い第1のFe層が存在することにより、酸化層と本体部との剥離がさらに抑制される。
【0019】
上記ばね用鋼線において、酸化層は、第1のFe層と本体部との間に位置するFeO層をさらに含んでいてもよい。第1のFe層と本体部との間にFeO層が形成される程度の酸化の状態とすることにより、剥離しやすいFe層の形成を抑制することができる。
【0020】
上記ばね用鋼線において、FeO層は、本体部の外周面全体を覆っていてもよいが、本体部の外周面の一部を覆っていることが好ましい。本体部の外周面のうちFeO層に覆われていない部分において本体部と第1のFe層とが接触していることが好ましい。このようにすることにより、酸化層と本体部との剥離がさらに抑制される。
【0021】
上記ばね用鋼線において、第1のFe層のSiの濃度は2.5質量%以上6質量%以下であり、Crの濃度は1.5質量%以上3質量%以下であってもよい。このようにすることにより、酸化層と本体部との剥離がさらに抑制される。
【0022】
上記ばね用鋼線において、第1のFe層の厚さは0.3μm以上1.5μm以下であってもよい。このようにすることにより、酸化層と本体部との剥離がさらに抑制される。
【0023】
[本願発明の実施形態の詳細]
次に、本開示にかかるばね用鋼線の実施の形態を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、以下の図面において同一または相当する部分には同一の参照番号を付しその説明は繰返さない。
【0024】
(実施の形態1)
図1は、ばね用鋼線の構造を示す概略図である。図2は、ばね用鋼線の構造を示す概略断面図である。図2は、ばね用鋼線の長手方向に垂直な面における断面図である。
【0025】
図1および図2を参照して、本実施の形態におけるばね用鋼線1は、線状の形状を有する鋼製の本体部10と、本体部10の外周面10Aを覆う酸化層20とを備えている。酸化層20の外周面20Aが、ばね用鋼線1の外周面である。図2を参照して、ばね用鋼線1の直径φは、たとえば2.0mm以上8.0mm以下である。酸化層20の厚さtは2μm以上5μm以下である。
【0026】
本体部10を構成する鋼は、0.5質量%以上0.7質量%以下のCと、1質量%以上2.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1質量%以下のMnと、0.5質量%以上2質量%以下のCrとを含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなっている。本体部10を構成する鋼は、JIS規格SWOSC-Vに相当する成分組成を有していてもよい。本体部10を構成する鋼は、たとえばSAE規格9254Vであってもよい。本体部10を構成する鋼は、これらの鋼種をベースとして、上記成分組成の範囲内でCを増量したものであってもよい。本体部10を構成する鋼の組織はパーライト組織である。ばね用鋼線1は、硬引き線である。
【0027】
次に、酸化層20の構造の詳細について説明する。図3は、ばね用鋼線1の酸化層20の構造を示す概略断面図である。図3を参照して、酸化層20は、本体部10の外周面10Aの全域を覆っている。酸化層20は、本体部10の外周面10Aに接触している。酸化層20は、60質量%以上のFeを含んでいる。
【0028】
酸化層20は、FeO層21と、第1のFe層22と、第2のFe層23と、Fe層24とを含んでいる。FeO層21は、本体部10の外周面10A上に配置されている。FeO層21は、本体部10の外周面10Aに接触している。第1のFe層22は、FeO層21の外周面21A上に配置されている。第1のFe層22は、FeO層21の外周面21Aに接触している。第1のFe層22は、本体部10の外周面10Aを全周にわたって取り囲んでいる。第1のFe層22と本体部10との間にFeO層21は位置している。
【0029】
第2のFe層23は、第1のFe層22の外周面22A上に配置されている。第2のFe層23は、第1のFe層22の外周面22Aに接触している。第2のFe層23は、第1のFe層22の外周面22Aの全域に接触している。第2のFe層23は、本体部10の外周面10Aおよび第1のFe層22の外周面22Aを全周にわたって取り囲んでいる。
【0030】
Fe層24は、第2のFe層23の外周面23A上に配置されている。Fe層24は、第2のFe層23の外周面23Aに接触している。Fe層24は、第2のFe層23の外周面23A上の全域に存在していてもよいが、一部の領域に存在していてもよい。Fe層24は、本開示のばね用鋼線において必須の構成ではなく、存在していなくてもよい。Fe層24の外周面24Aは、酸化層20の外周面20A、すなわちばね用鋼線1の外周面を構成する。Fe層24が第2のFe層23の外周面23A上の一部の領域に存在する場合、第2のFe層23の外周面23AのFe層24が存在しない領域では、第2のFe層23の外周面23Aが酸化層20の外周面20A、すなわちばね用鋼線1の外周面である。Fe層24が存在しない場合、第2のFe層23の外周面23Aが酸化層20の外周面20A、すなわちばね用鋼線1の外周面である。
【0031】
第1のFe層22のSiの濃度は、第2のFe層23のSiの濃度および本体部10のSiの濃度のいずれよりも高い。第1のFe層22のSiの濃度は、たとえば2.5質量%以上6質量%以下である。第1のFe層22のCrの濃度は、たとえば1.5質量%以上3質量%以下である。
【0032】
本実施の形態のばね用鋼線1においては、パーライト組織を有する本体部10の外周面10Aが厚さ2μm以上5μm以下の酸化層20で覆われている。そして、酸化層20は、60質量%以上のFeを含んでいる。これにより、ばね用鋼線1のばねへの加工時にパーライト組織を有する本体部10から酸化層20が剥離することが抑制され、高い潤滑性が確保される。その結果、ばね用鋼線1は、ばねへの加工時の潤滑性に優れた硬引き線であるばね用鋼線となっている。
【0033】
本実施の形態の酸化層20は、第1のFe層22と、第1のFe層22の外周22Aを覆う第2のFe層23と、を含んでいる。第1のFe層22のSiの濃度は、第2のFe層23のSiの濃度および本体部10のSiの濃度のいずれよりも高い。このような第1のFe層22の存在は、本開示のばね用鋼線において必須ではない。しかし、このような第1のFe層22が存在することにより、酸化層20と本体部10との剥離がさらに抑制される。
【0034】
本実施の形態の酸化層20は、第1のFe層22と本体部10との間に位置するFeO層21を含んでいる。本開示のばね用鋼線においてFeO層21の存在は必須ではないが、第1のFe層22と本体部10との間にFeO層21が形成される程度の酸化の状態となっていることにより、剥離しやすいFe層24の形成が抑制されている。酸化層20におけるFeO層21の割合は、たとえば5質量%以下である。酸化層20におけるFeO層21の割合は、1質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以下であることがより好ましい。
【0035】
本実施の形態のばね用鋼線1において、第1のFe層の厚さは0.3μm以上1.5μm以下であってもよい。このようにすることにより、酸化層20と本体部10との剥離がさらに抑制される。
【0036】
次に、ばね用鋼線1の製造方法の一例について、図4に基づいて説明する。図4は、本実施の形態のばね用鋼線1の製造方法の概略を示すフローチャートである。図4を参照して、本実施の形態のばね用鋼線1の製造方法においては、まず工程(S10)として線材準備工程が実施される。この工程(S10)では、0.5質量%以上0.7質量%以下のCと、1.0質量%以上2.5質量%以下のSiと、0.2質量%以上1.0質量%以下のMnと、0.5質量%以上2.0質量%以下のCrとを含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼の線材が準備される。
【0037】
次に、図4を参照して、工程(S20)としてパテンティング工程が実施される。この工程(S20)では、図4を参照して、工程(S10)において準備された線材に対してパテンティングが実施される。具体的には、線材がオーステナイト化温度(A点)以上の温度域に加熱された後、マルテンサイト変態開始温度(M点)よりも高い温度域まで急冷され、当該温度域で保持される熱処理が実施される。これにより、線材の組織がラメラ間隔の小さい微細パーライト組織となる。ここで、上記パテンティング処理において、線材をA点以上の温度域に加熱する処理は、脱炭の発生を抑制する観点から不活性ガス雰囲気中で実施されることが好ましい。
【0038】
次に、図4を参照して、工程(S30)として表面層除去工程が実施される。この工程(S30)では、工程(S20)においてパテンティングが実施された線材の表面層が除去される。具体的には、たとえば上記線材がシェービングダイス内を通過することにより、パテンティングにより形成された表面の脱炭層等が除去される。この工程は必須の工程ではないが、これを実施することによりパテンティングによって脱炭層等が表面に生じた場合でも、これを除去することができる。
【0039】
次に、工程(S40)として焼きなまし工程が実施される。この工程(S40)では、工程(S30)において表面層が除去された線材に対して焼きなましが実施される。具体的には、線材に対して、たとえば不活性ガス(窒素、アルゴンなどのガス)雰囲気中で600℃以上700℃以下の温度域に加熱し、1時間以上10時間以下の時間保持する熱処理が実施される。焼きなましは、線材を軟化させるために実施される熱処理であるが、本実施の形態においては、酸化層20の形成および酸化層20内の構造の調整がこの(S40)において実施される。
【0040】
本実施の形態の(S40)では、上記熱処理が実施されることにより、線材の表層部が酸化され、酸化層20が形成される。酸化層20とならなかった領域は、本体部10となる(図2等参照)。ここで、単にFeの割合が大きい酸化層20を形成する観点からは、たとえば窒素雰囲気中で600℃程度に加熱する熱処理を実施すればよい。これにより、窒素、アルゴンなどの不活性ガスに不純物として含まれる酸素や不可避的に熱処理炉に侵入する酸素により表層部が酸化されてFeの割合が大きい酸化層20が形成される。しかし、本実施の形態の酸化層20の厚さは2μm以上5μm以下と厚い。また、本実施の形態の酸化層20は、Si濃度の高い第1のFe層を含んでいる。このような酸化層20を形成する観点から、加熱温度や炉内雰囲気を制御する必要がある。炉内雰囲気の影響が大きいので、設備によって、その条件は様々になる可能性が高いが、加熱温度は通常より高い650℃以上、好ましくは680℃以上とする。また、雰囲気についても、通常の不活性ガス雰囲気ではなく、意図的に不活性ガスに大気を混入させた雰囲気や、不活性ガスに水蒸気を混入させた雰囲気を採用してもよい。このようにすることにより、所望の組成および構造を有する酸化層20を形成することができる。
【0041】
次に、工程(S50)として、ショットブラスティング工程が実施される。この工程(S50)では、工程(S40)において焼きなまし処理が実施され、酸化層20が形成された線材に対してショットブラスティングが実施される。この工程は必須の工程ではないが、これを実施することにより、酸化層20の表面に形成された脆いFe層24を除去し、酸化層20におけるFeO、FeおよびFeの割合を調整することができる。より具体的には、酸化層20からFe層24を除去し、第1のFe層22および第2のFe層23を残存させるように、ショットブラスティングの強度および時間が調整される。
【0042】
次に、工程(S60)として伸線工程が実施される。この工程(S50)では、工程(S50)においてショットブラスティングが実施された線材に対して伸線加工(引抜き加工)が実施される。工程(S60)の伸線加工における加工度(減面率)は、適宜設定できるが、たとえば60%以上80%以下とすることができる。ここで、「減面率」とは、線材の長手方向に垂直な断面に関し、伸線加工前の断面積と伸線加工後の断面積との差を伸線加工前の断面積で除した値を百分率で表示した値である。
【0043】
次に、工程(S70)として酸化層形成工程が実施される。この工程(S70)では、工程(S60)において伸線加工が実施された線材(鋼線)に対して、酸化層20をさらに形成する熱処理が実施される。この工程(S70)は、工程(S40)において適切な酸化層20が形成されている場合、省略することができる。工程(S40)において形成された酸化層20の厚みが不足している場合、酸化層20の組成および構造の調整が必要である場合、工程(S70)が実施される。工程(S70)における熱処理の条件は、工程(S40)と同様である。
【0044】
以上の手順により、本実施の形態のばね用鋼線1を製造することができる。特に、上記工程(S40)および(S70)を適切に実施することにより、所望の厚さ、組成および構造を有する酸化層20を有するばね用鋼線1を製造することができる。
【0045】
(実施の形態2)
次に、他の実施の形態である実施の形態2について説明する。実施の形態2のばね用鋼線は、基本的には実施の形態1の場合と同様の構造を有し、同様の効果を有する。しかし、実施の形態2のばね用鋼線は、酸化層の構造において実施の形態1の場合とは異なっている。図5は、実施の形態2におけるばね用鋼線の酸化層の構造を示す概略断面図である。
【0046】
図5を参照して、実施の形態2のばね用鋼線1のFeO層21は、本体部10の外周面10Aの一部を覆っている。本体部10の外周面10AのうちFeO層21に覆われていない部分において、本体部10と第1のFe層22とが接触している。このように、本体部10と第1のFe層22とが接触する領域が形成されることにより、酸化層20と本体部10との剥離がさらに抑制される。
【0047】
なお、実施の形態2の酸化層20は、上記実施の形態1の製造方法における工程(S40)および(S70)の熱処理の条件を調整することにより形成することができる。
【実施例
【0048】
(実験1)
酸化層の厚さとばねへの加工時における歩留との関係を調査する実験を行った。上記実施の形態1と同様の手順によりばね用鋼線を準備した。このとき、工程(S40)における加熱温度を700℃とし、加熱時間を調整して酸化層の厚さを0.3~6.5μmの範囲で変化させたサンプルA~Eを作製した。酸化層の厚さは、長手方向に垂直な断面をSEM(Scanning Electron Microscope)により観察した場合の、互いに直交する直径上に対応する4か所の厚みの平均値を算出した値である。ばね用鋼線の直径は1.2mmとした。そして、サンプルA~Eを、コイリングマシンを用いてばねに加工した。ばねのコイル外径は7mm、有効巻き数は12、自由長は32mmである。ばねは、各サンプルについて100個作成した。コイリングマシンとしては、新興機械工業社製VF-720STを用いた。
【0049】
得られたばねについて、自由長の狙い値(32mm)との差が0.5mmを超えるもの、表面に焼付が観察されたものを不合格とし、歩留まりを算出した。ここで、「自由長」とは、ばねに対して荷重が加わっていない状態でのばねの全長である。実験結果を表1に示す。
【0050】
【表1】
表1を参照して、酸化層の厚さが2μm以上5μm以下であるサンプルCおよびDについては、表面の状態は良好であり、高い歩留が確保されている。一方、酸化層の厚さが2μm以上5μm以下の範囲外であるサンプルA、BおよびEにおいては、表面に焼付が発生し、これに起因して歩留が低下している。酸化層の厚さが小さいサンプルAおよびBにおいては、酸化層による潤滑性の確保が不十分であるため、焼付が発生したものと考えられる。一方、酸化層の厚みが大きいサンプルEにおいては、局所的な酸化層の剥離が発生し、これに起因して焼付が発生したものと考えられる。
【0051】
以上の実験結果より、酸化層の厚みは2μm以上5μm以下とすべきことが確認される。
【0052】
(実験2)
Siの濃度が高い第1のFe層の形成の効果を確認する実験を行った。上記実験1と同様にばね用鋼線を準備し、ばねを作製した場合の歩留および表面の状態を調査した。実験2では、工程(S40)の熱処理における加熱温度を750℃または800℃とし、鋼中におけるSi等の元素の拡散速度を上昇させた状態で加熱時間を調整し、第1のFe層の厚さを調整した。第1のFe層の厚さは、SEMにより観察して測定した。SEMによる観察の一例を図6に示す。この図6の酸化層20に、FeO層21、第1のFe層22、第2のFe層23およびFe層24が含まれること、および第1のFe層22におけるSiの濃度が本体部10および第2のFe層23のいずれよりも高いことが、EDS(Energy Dispersive Spectrometer)による測定により確認された。実験結果を表2に示す。
【0053】
【表2】
表2を参照して、酸化層の厚さが2μm以上5μm以下であるサンプルF~Hでは、実験1の場合よりも一層の歩留の向上が確認された。また、酸化層の厚さが5μmを超えるサンプルI~Kにおいても、焼付の発生が抑制され、歩留も改善される傾向にある。これは、第1のFe層22の形成により、本体部10と酸化層20との間の剥離が抑制されたことに起因するものと考えることができる。
【0054】
(実験3)
酸化層の組成と歩留との関係を調査する実験を行った。上記実験1と同様にばね用鋼線を準備し、ばねを作製した場合の歩留および表面の状態を調査した。実験3では、工程(S40)の熱処理における雰囲気を変化させることにより、酸化層の組成を変化させた。具体的には、サンプルLでは、雰囲気中に大気を意図的に混入させ、酸素分圧を上昇させることにより酸化を促進させた。一方、サンプルNでは、不活性ガスを炉内に流し、酸素分圧を低下させることにより酸化を抑制した。酸化層の組成は、X線回折を利用したRIR(Reference Intensity Ratio)法により分析した。具体的には、サンプルとして、ばね用鋼線を長さ2cm程度に切断し、それらを2、3本並べたものを準備した。X線源は、X線のサンプルへの侵入深さを考慮して、銅管球を用いた。そして、平行ビーム法による広角測定(X線照射領域は、一辺約15mmの正方形形状)を実施し、回折ピークの強度比から酸化物の質量比(FeO:Fe:Fe;質量%)を求めた。実験結果を表3に示す。
【0055】
【表3】
表3を参照して、酸化を促進させたサンプルLでは、Feよりも酸化が進行したFeの割合が高くなっている。一方、酸化を抑制したサンプルNでは、Feよりも酸化の進行が小さいFeOの割合が高くなっている。いずれのサンプルにおいても表面の状態は良好であるものの、サンプルMに比べてサンプルLおよびNはいずれも歩留が小さくなっている。これは、焼付までは発生していないものの、ばねへの加工時にばね用鋼線と加工ツールとの間に微細な凝着が発生していることを示唆しているものと考えることができる。
【0056】
より詳細には、Feの割合が大きいサンプルLでは、脆いFe層24が酸化層20の表面に形成されるため、最も歩留が低下している。一方、FeOの割合が大きいサンプルNでは、脆いFe層24が酸化層20の表面に形成されるサンプルLよりは良好であるものの、サンプルMに比べると歩留が低下している。このことから、酸化層においてFeの割合が高いことが好ましく、たとえば80質量%以上とすることが好ましいといえる。また、酸化層においてFeの割合が低いことが好ましく、たとえば10質量%以下であることが好ましいといえる。
【0057】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、どのような面からも制限的なものではないと理解されるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなく、請求の範囲によって規定され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0058】
1 ばね用鋼線、10 本体部、10A 外周面、20 酸化層、20A 外周面、21 FeO層、21A 外周面、22 第1のFe層、22A 外周面、23 第2のFe層、23A 外周面、24 Fe層、24A 外周面、φ ばね用鋼線の直径、t 酸化層の厚さ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6