(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-29
(45)【発行日】2023-06-06
(54)【発明の名称】ウイルスを不活化可能な高濃度亜鉛末塗料
(51)【国際特許分類】
C09D 201/00 20060101AFI20230530BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20230530BHJP
C09D 5/00 20060101ALI20230530BHJP
C09D 133/04 20060101ALI20230530BHJP
C09D 163/00 20060101ALI20230530BHJP
C09D 175/04 20060101ALI20230530BHJP
【FI】
C09D201/00
C09D7/61
C09D5/00 Z
C09D133/04
C09D163/00
C09D175/04
(21)【出願番号】P 2022163352
(22)【出願日】2022-10-11
【審査請求日】2022-10-28
(31)【優先権主張番号】P 2021167618
(32)【優先日】2021-10-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】592025557
【氏名又は名称】ローバル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100121382
【氏名又は名称】山下 託嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100124707
【氏名又は名称】夫 世進
(72)【発明者】
【氏名】中谷 恭之
(72)【発明者】
【氏名】中村 健一
(72)【発明者】
【氏名】樋垣 雅史
【審査官】藤田 雅也
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-099832(JP,A)
【文献】特開平08-073778(JP,A)
【文献】特表2011-513356(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-2262892(KR,B1)
【文献】登録実用新案第3211278(JP,U)
【文献】特開2013-252511(JP,A)
【文献】特表2007-504882(JP,A)
【文献】特表2006-516613(JP,A)
【文献】特開昭57-115336(JP,A)
【文献】特開2022-112127(JP,A)
【文献】特開2022-135058(JP,A)
【文献】特開平4-46932(JP,A)
【文献】特開2004-256696(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05D 1/00- 7/26
C09D 1/00- 10/00
C09D101/00-201/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルスに対する不活化効果を有する塗膜を形成可能な塗料であって、
固体分中に、90重量%以上の亜鉛粉末を含
み
固体分中に、亜鉛粉末以外の部分の20重量%以上をなすバインダー樹脂を含む、高濃度亜鉛末塗料。
【請求項2】
前記バインダー樹脂が、塗膜形成性樹脂であって、アクリル系樹脂、エポキシ系樹脂、及びウレタン系樹脂から選ばれる少なくとも一つからなる、請求項1に記載の高濃度亜鉛末塗料。
【請求項3】
請求項1または2に記載の高濃度亜鉛末塗料を用いて形成された塗膜を含む物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗ウイルス性効果を有する塗膜を形成可能な塗料に関する。特には、鋼鉄の表面に塗布されて防食性(特には重防食性)を発揮するとともに、塗膜上のウイルスを持続的に不活化可能である防食性を兼ね備えた抗ウイルス塗料に関する。また、具体的には、このような性能を実現できる高濃度亜鉛末塗料に関する。
【背景技術】
【0002】
新型コロナウイルスの感染を防止又は抑制することは、今日の大きな課題となっている。新型コロナウイルスの感染は、感染した者の唾液や鼻水が空気中に飛散して浮遊するのを吸い込むことで生じる飛沫感染とともに、接触感染が多いとされている。接触感染は、感染者の唾液や鼻水の飛沫が、ドアノブやドアの取っ手、手摺(てすり)、スイッチ盤、壁面などに付着した後、これらを他の者が手で触ってから自身の口や目に触れた際などに起こると考えられる(非特許文献1)。また、トイレの便座、床や壁などに糞便からの飛沫が付着することによっても起こると考えられる。
【0003】
そのため、人の手などが触れる可能性が高い箇所には、新型コロナウイルスに対して抗ウイルス性効果を有する塗装を行うのが望ましい。すなわち、抗ウイルス性の消毒薬をスプレーするか塗り付ける必要なしに、新型コロナウイルスに対して持続的に抗ウイルス作用を行い、特には不活化を行うことができる塗装を行うのが好ましい。
【0004】
ところが、新型コロナウイルスに対する不活化のために検討されている物質・材料は、主として、4級アンモニウム塩などのカチオン(陽イオン)界面活性剤や、ポピドンヨードなどの低分子化合物である(特許文献1,非特許文献1)。そのため、皮膚に対する刺激性が強いという問題や、溶出して効果が低下するといった問題が起こり得る。一方、酸化チタンなどの光触媒性ナノ粒子を配合することも検討されている(非特許文献2)。しかし、この場合、壁面などに広く塗布するとなるとコスト上の問題が生じうる。また、抗ウイルス効果を発揮するためには光源が必要という制約がある。
【0005】
他方、鋼鉄製品の防食、特には屋外に露出される構造材を設置した後に、防食塗膜を補修・再生するための重防食用の塗料として、ジンクリッチ塗料(ジンクリッチペイント)が用いられている(非特許文献3)。ジンクリッチ塗料について、非特許文献3の本文(要旨以外の部分)の冒頭には、次のとおり記載されている。
【0006】
1.ジンクリッチ塗料(ジンクリッチペイント)とは
「亜鉛末を多量に含んだ下塗り塗料(塗膜中に70~90wt%)である。船舶や橋梁用鋼材のショッププライマー、また橋梁やプラントなどの大型鋼構造物を腐食から守るための防食下塗り塗料として、ジンクリッチペイントが塗装されている。」
【0007】
ジンクリッチ塗料は、亜鉛粉末と、バインダーとを含み、必要に応じて添加剤などを含む。特に、近年は、VOC(揮発性有機化合物:Volatile Organic Compounds)の含有量が低く、常温で乾燥が可能な水性ジンクリッチ塗料が好評を得ている(特許文献2~4)。特に、本件出願人は、バインダーとして水性ウレタン樹脂を用いるとともに、添加剤として、少量の微粉末シリカ、及び、少量の増粘剤(「ポリエーテルポリオール及びノニオン活性剤」など)を用いたもの(水性ローバル(登録商標))について、特許を取得している(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第6792896号
【文献】特許第5750318号
【文献】特開2013-221081
【文献】特開2021-134228
【非特許文献】
【0009】
【文献】横畑ら「接触感染経路のリスク制御に向けた新型ウイルス除染機序の科学的基盤」リスク学研究 30(1):5-28(2020) (https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjra/30/1/30_5/_pdf/-char/ja)
【文献】Tetsu Tatsumaら、「Inactivation of novel coronavirus and alpha variant by photo-renewable CuxO/TiO2 nanocomposites」(https://chemrxiv.org/engage/chemrxiv/article-details/60eeeca5338e9285990b0583)
【文献】「耐久・防食講座(第5講)ジンクリッチペイントの基礎と最近の話題」、J.Jpn.Soc.Colour Mater.,88(2)(2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のように、ウイルス、特には新型コロナウイルスに対する不活化効果を持続することができ、人体や皮膚に対する毒性や刺激性が低い塗膜を形成することができるとともに、製造コストが低く、取り扱い性が容易な塗料が望まれている。
【0011】
一方、金属亜鉛は元来抗菌効果があることは知られているが、その効果は小さく、代表的な抗菌材料として利用されてはいなかった。そのため、ジンクリッチ塗料そのものが、ウイルスに対して、十分な不活化作用を発揮することは想定しがたいものであった。
【0012】
我々は社業である金属亜鉛を含有するジンクリッチ塗料の可能性について鋭意研究を重ねてきた結果、特定の条件でジンクリッチ塗料にウイルスの不活化効果を発揮させることができることを見出だした。すなわち、本件発明は、上記のような思い込みを克服して、特定のジンクリッチ塗料を用いることにより、上記課題を解決しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
好ましい実施形態において、この特定のジンクリッチ塗料は、乾燥後の塗膜(固体分)に対して、亜鉛粉末を、少なくとも90重量%以上、好ましくは91重量%以上、より好ましくは92重量%以上、さらに好ましくは93重量%以上、一層好ましくは94重量%以上、より一層好ましくは95重量%以上であって、98重量%以下または97重量%以下で含み、例えば93~98重量%、または95~97重量%含むのであり、塗膜(固体分)中に、バインダー樹脂を、亜鉛粉末以外の部分の少なくとも20重量%以上、好ましくは30重量%以上、より好ましくは40重量%以上、さらに好ましくは50重量%以上、一層好ましくは60重量%以上、より一層好ましくは70重量%以上または80重量%以上で含み、例えば70~99重量%または70~100重量%含みうる。本願においては、このように亜鉛粉末を極めて高濃度で含有するジンクリッチ塗料を、高濃度亜鉛末塗料と呼ぶ。
【0014】
バインダー樹脂は、有機溶剤または水に溶解または分散された樹脂液の形態で、有機系、無機系は特にこだわらないが、一般的な塗膜形成性樹脂であって、アクリル系樹脂、エポキシ系樹脂、ウレタン系樹脂、エポキシエステル系樹脂などから選ばれるいずれか、または、2つ以上の組み合わせでありうる。なお、バインダー樹脂の硬化様式は一液型または二液型のどちらでも良いが、塗装作業性の観点から一液型が好ましい。
【0015】
亜鉛粉末は、一次粒子の平均粒径(D50)が、好ましくは1~10μm、特には2~8μmでありうる。亜鉛粉末における金属亜鉛含有量は、少なくとも90重量%以上であり、例えば94重量%以上または95重量%以上でありうる。
【0016】
好ましい実施形態において、高濃度亜鉛末塗料は、必要に応じて、防食性向上用の添加剤を、塗膜(固体分)中に含むことができる。防食性向上用の添加剤としては、例えば、バナジン酸塩系、モリブデン酸塩系、マンガン酸塩系、タングステン酸塩系、亜硝酸塩系、リン酸塩系(リン酸、リン酸カルシウム、リン酸マグネシウム、縮合リン酸塩類)、タンニン酸系、チオ尿素系、ベンゾトリアゾール系など、から適宜に選択して添加することができる。
【発明の効果】
【0017】
防食性を実現できるとともにウイルスに対する不活化効果を持続することができる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
一実施形態において、高濃度亜鉛末塗料は、通常の塗装用ローラーや刷毛でもって、金属面や壁面などに簡便に塗布することができ、常温(例えば23℃)で放置(静置)するだけで、例えば約30分以下または1時間以下の時間内に乾燥が完了しうる。
【0019】
このような高濃度亜鉛末塗料は、施工後の屋内または屋外の手摺、ドアノブ、ドアの取っ手などに容易に塗布することができ、また、人が触れうる壁面やフェンス、柱、棚、物品ケースなどに塗布することができる。鋼鉄製のものに用いるのが防食効果を得られることから好ましいが、アルミ材など他の金属材料のもの、また金属材料以外のものにも用いることができる。金属材料以外のものに塗布して用いた場合にも、鋼鉄などの金属材料に塗布した場合と全く同様のウイルス不活化効果を得ることができる。
【0020】
一実施形態において、バインダー樹脂は、有機溶剤または水に溶解または分散された樹脂液の形態で、亜鉛粉末などとともに塗料中に含まれうる。好ましいバインダー樹脂液の例としては、有機系、無機系は特にこだわらないが、アクリル系樹脂液、エポキシ系樹脂液、ウレタン系樹脂液、エポキシエステル系樹脂液などを挙げることができる。
【0021】
高濃度亜鉛末塗料に通常用いられる有機溶剤としては、イソプロパノール、エタノールなどのアルコール類、1-メトキシ-2-プロパノールなどのグリコールエーテル類、トルエン、キシレンなどの芳香族炭化水素類、メチルエチルケトン、シクロヘキサノンなどのケトン類、酢酸エチル、酢酸ブチルなどのエステル類などから選ばれるいずれか、または、これらからの組み合わせを挙げることができる。
【0022】
場合により、高濃度亜鉛末塗料は、バインダーとして、アルキルシリケート、アルカリシリケートなどを含む、無機系、有機・無機複合系のものでありうる。また、より高い抗ウイルス効果が求められる条件では、抗ウイルス剤を使用しても良い。抗ウイルス剤としては、銀微粒子、銅微粒子、白金-銀複合微粒子、銀リン酸ジルコニウム微粒子、その他の銀系微粒子、酸化チタン微粒子、酸化亜鉛微粒子などの無機微粒子、アルキルグリコシド、アルキルアミンオキシド、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化ジアルキルジメチルアンモニウム、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムなどの抗ウイルス剤が挙げられる。
【実施例】
【0023】
本願実施例及び比較例について、新型コロナウイルスに対する不活化効果、及びA型インフルエンザウイルスに対する不活化効果を確認した。
【0024】
新型コロナウイルス及びA型インフルエンザウイルスに対する効果の確認に用いた塗料は、下記(1)~(3)である。
(1)実施例1
・塗膜(固体分)中の亜鉛含有率:96重量%(亜鉛粉末以外の部分が4重量%)
・バインダー樹脂:一液型アクリル樹脂(溶剤タイプ)
・膜厚:25μm
・乾燥:45℃で24時間。
【0025】
(2)実施例2
実施例1と同様の組成において、亜鉛含有率を低下させるとともに、抗ウイルス剤を添加した。膜厚及び乾燥の条件は、上記(1)と同じである。
・塗膜(固体分)中の亜鉛含有率:90重量%
・抗ウイルス剤:東亜合成(株)社製「ノバロン」(登録商標)(銀リン酸ジルコニウム微粒子、平均粒径1μm)を固体分の6重量%となるように添加。
【0026】
(3)比較例1(ブランク)
実施例1に用いられているバインダー樹脂液(一液型アクリル樹脂)をそのまま用いた。膜厚及び乾燥の条件は、上記(1)~(2)と同じである。
【0027】
<試験片の作製>
5cm角の鋼板に、上記(1)~(3)の塗料を、所定の膜厚となるように塗布して、45℃で24時間静置して乾燥し、試験片とした。
【0028】
<不活化効果の確認の手順>
不活化効果の確認は、次の手順で行った。
1.ウイルス液(新型コロナウイルス武漢型、またはA型インフルエンザウイルス)を、滅菌した超純水(「Milli-Q水」)で10倍希釈。
2.希釈した400μLのウイルス液を、上記試験片上にアプライし、フィルムでカバー。
3.25℃で24時間静置。
4.3.6mLのメディウム(培養液)で洗い流すようにしてウイルス液を回収(10回サスペンド)。
5.タイトレーション(titration)(ウイルス力価(ウイルス感染価)測定)。
ウイルス液中のプラーク形成単位(PFU)の数を計測し、ウイルス感染価(PFU/mL)とした。
【0029】
<不活化効果の確認結果>
不活化効果を確認した結果を、下記表1にまとめて示す。ここでは、下記式に従って各実施例のウイルス不活化率を算出した。そして、ウイルス不活化率が99.0%以上を「〇」とした。
ウイルス不活化率=(1-実施例のウイルス感染価/比較例のウイルス感染価)
×100%
【0030】
【0031】
表1の結果から、亜鉛含有率が96重量%である実施例1の高濃度亜鉛末塗料の塗膜は、新型コロナウイルス(武漢型)及びA型インフルエンザウイルスに対する高度の抗ウイルス効果を確認することができた。高濃度亜鉛末塗料は、高濃度の亜鉛粉末により構成される多孔性構造に関連して、予想外の高度な抗ウイルス効果を発揮したものと推測される。また、実施例1の抗ウイルス性が非常に高いことから、亜鉛含有率が実施例1よりも数%低くても、ある程度の抗ウイルス性が発揮されるものと予測された。
【0032】
一方、実施例2の塗膜では、実施例1よりも亜鉛含有量が数%低いものの、添加した抗ウイルス剤が高濃度の亜鉛粉末により構成される多孔質構造中に均一に分布することで、抗ウイルス剤の効果が追加されたものと推測される。
【0033】
次に、デルタ型の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2デルタ型)に対して、上記のとおりの実験を行った。但し、「3.」にて25℃での24時間静置に代えて、2時間静置の条件で行った。塗膜(固体分)中の亜鉛含有率について、96重量%(実施例3)から88重量%(比較例4)まで1重量%ずつ変化させた。さらには、亜鉛含有率を85重量%(比較例5)、80重量%(比較例6)及び70重量%(比較例7)として同様に実験を行った。下記の表2に、具体的な実験データを示す。すなわち、ウイルス感染価(ウイルス量)及びその常用対数表示、ウイルス不活化率及び「抗ウイルス活性値」(対数値での減少率)を示す。また、評価・判定の結果としての「判定」は、ウイルス不活化率が99.9%以上(「抗ウイルス活性値」が3以上)を〇としたものである。
【0034】
【0035】
表2の結果から知られるように、デルタ型の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2デルタ型)に対しても十分な不活化効果を有することが確認された。このことから、おそらくは新型コロナウイルスのいずれの型(変種)についても十分な不活化効果を発揮するだろうと推測された。