(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-30
(45)【発行日】2023-06-07
(54)【発明の名称】不活化全粒子インフルエンザワクチン及びその調製法
(51)【国際特許分類】
A61K 39/145 20060101AFI20230531BHJP
A61P 31/16 20060101ALI20230531BHJP
A61K 35/57 20150101ALI20230531BHJP
【FI】
A61K39/145
A61P31/16
A61K35/57
(21)【出願番号】P 2018181039
(22)【出願日】2018-09-26
【審査請求日】2021-08-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000003296
【氏名又は名称】デンカ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三股 亮大郎
(72)【発明者】
【氏名】三隅 将吾
(72)【発明者】
【氏名】岸本 直樹
(72)【発明者】
【氏名】五反田 卓摩
(72)【発明者】
【氏名】中田 渚
【審査官】横田 倫子
(56)【参考文献】
【文献】Virology, 1995, Vol.211, p.302-306 (ISSN : 1089-862X)
【文献】医薬ジャーナル, 2015, Vol.51 No.10, p.147-150 (ISSN : 0287-4741)
【文献】Topics in Antiviral Medicine, 2015, Vol.23 Issue e-1, p.151-152. Abstract Number: 366.
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 39/00
A61P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発育鶏卵法を用いた不活化全粒子インフルエンザワクチンの調製方法であって、
インフルエンザウイルス株を孵化鶏卵に接種して、30~37℃で1~7日培養後、発育鶏卵から回収されたインフルエンザウイルス全粒子を含むウイルス液
の透析若しくは限外ろ過においてバッファーを32mOsm/kg以下の水溶液に置換する工程、又は遠心分離によって沈殿した当該ウイルス液を32mOsm/kg以下の水溶液に懸濁する工程を含む、方法。
【請求項2】
請求項
1記載の方法を用いて調製された、不活化全粒子インフルエンザワクチン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体誘導能が高く、発熱原性が低減した不活化全粒子インフルエンザワクチン及びその調製法に関する。
【背景技術】
【0002】
インフルエンザウイルスはオルソミクソウイルス科に属し、ウイルス内部に存在する核タンパク質及びマトリクスタンパク質の抗原性の違いからA、B、C及びD型に分類されるウイルスである。毎年流行がみられるのはA型及びB型であり、ウイルス感染により特に小児や高齢者で重症化する場合がある。インフルエンザウイルスの感染に対する予防法としてインフルエンザワクチン接種が知られており、インフルエンザワクチンはA型2株及びB型1株若しくは2株の各抗原を含む多価のワクチンである。
【0003】
日本において、インフルエンザワクチンは、1971年まではワクチン株を孵化鶏卵に接種して培養後、採取、精製されたウイルスをホルムアルデヒドで感染性を不活性化した不活化全粒子ワクチンが使用されていたが、局所反応及び発熱等の副反応の問題より(非特許文献1及び非特許文献2)、1972年からはエーテル処理によりウイルス粒子を解裂し、エンベロープ中の脂質を除去したスプリットワクチンが市場に流通している。スプリットワクチンは局所反応及び発熱反応が低減された安全性に優れるワクチンであるが、インフルエンザウイルスの既往歴やワクチン接種歴の少ない小児及び免疫機能が衰えた高齢者では抗体誘導が低いという問題があった。
【0004】
これに対し、不活化全粒子ワクチンは、自然免疫を賦活化するウイルスゲノムを内包するため小児や高齢者においてもスプリットワクチンに比べて抗体誘導能が高いことから(非特許文献3及び非特許文献4)、近年その改良が検討されている。例えば、特許文献1では、ウイルス粒子をアルデヒド類等で固定化し、その後脱脂処理したウイルス様粒子がスプリットワクチンよりも高い免疫原性(抗体誘導)を示し、発熱反応が抑えられることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Marine,W.M., et al., Reactions and serologic response in young children and infants after administration of inactivated monovalent influenza A vaccine. J. Pediatr. 1976 Jan;88(1):26-30
【文献】Wright, P.F., et al., Clinical reactions and serologic response following inactivated monovalent influenza type B vaccine in young children and infants. J. Pediatr. 1976 Jan;88(1):31-35
【文献】Gross P.A., Ennis F.A., Gaerlan P.F., Denson L.J., Denning C.R., Schiffman D., A controlled double-blind comparison of reactogenicity, immunogenicity, and protective efficacy of whole-virus and split-product influenza vaccines in children. J Infect Dis. 1977 Nov;136(5):623-32.
【文献】McElhaney J.E., Meneilly G.S., Lechelt K.E., Beattie B.L., Bleackley R.C., Antibody response to whole-virus and split-virus influenza vaccines in successful ageing. Vaccine. 1993;11(10):1055-60.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、抗体誘導能が維持若しくは増強され、且つ副反応が低減された不活化全粒子インフルエンザワクチンを提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、発育鶏卵で増殖したインフルエンザウイルス浮遊液を、濃縮、精製して調製される不活化全粒子ワクチンには発育鶏卵由来の細胞外小胞の成分が含まれることを発見した。そして、驚くべきことに、当該全粒子ワクチンの調製過程で、ウイルス液を低張液に曝すことで、細胞外小胞の含有率が低減された不活化全粒子ワクチンが得られ、当該ワクチンは抗体誘導能が高く、発熱活性が減弱されていることを見出した。
【0009】
すなわち、本発明は、以下の1)~6)に係るものである。
1)発育鶏卵法を用いた不活化全粒子インフルエンザワクチンの調製方法であって、発育鶏卵から回収されたインフルエンザウイルス全粒子を含むウイルス液を低張処理する工程を含む、方法。
2)低張処理が、前記ウイルス液を低張液中に曝すものである、1)の方法。
3)低張液が、160mOsm/kg以下、好ましくは110mOsm/kg以下の水溶液である、2)の方法。
4)不活化された前記ウイルス液に対して低張処理を行う、1)~3)のいずれかの方法。
5)1)~4のいずれかの方法を用いて調製された、不活化全粒子インフルエンザワクチン。
6)発育鶏卵法を用いて調製させる不活化全粒子インフルエンザワクチンであって、発育鶏卵由来の細胞外小胞成分が低減された、ワクチン。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、抗体誘導能が高く、発熱原性が低減された不活化全粒子インフルエンザワクチンを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】非感染の発育鶏卵のしょう尿液を採取し、精製及び濃縮して得られた細胞外小胞成分の電子顕微鏡観察像。A:発育鶏卵のしょう尿液に由来する細胞外小胞(15000倍)、B:発育鶏卵のしょう尿液に由来する細胞外小胞(40000倍)。
【
図2】B/Victoria系統の不活化全粒子ワクチン(B15VT-19-S151028)及び低張処理した不活化全粒子ワクチン(BV170729-10T)の電子顕微鏡観察像。A:不活化全粒子ワクチン(4000倍)、B:低張処理した不活化全粒子ワクチン(4000倍)。
【
図3】B/Yamagata系統の不活化全粒子ワクチン(BYBPL170905)の電子顕微鏡観察像。A:8000倍、B:40000倍。
【
図4】限外ろ過により低張処理したB/Yamagata系統の不活化全粒子ワクチン(HYPBY170913)の電子顕微鏡観察像。A:8000倍、B:30000倍。
【
図5】遠心分離後の沈殿物に対して低張処理したB/Yamagata系統の不活化全粒子ワクチン(17BY-OST171129)の電子顕微鏡観察像。A:8000倍、B:40000倍。
【
図6】不活化全粒子ワクチン(BYBPL170905)、高濃度ホルムアルデヒド処理した不活化全粒子ワクチン(BYFMA170908)及び低張処理した不活化全粒子ワクチン(HYPBY170913)のウサギ発熱試験結果。
【
図7】不活化全粒子ワクチン(BYBPL170905)、高濃度ホルムアルデヒド処理した不活化全粒子ワクチン(BYFMA170908)及び低張処理した不活化全粒子ワクチン(HYPBY170913)の免疫原性試験結果。
【
図8】不活化全粒子ワクチン(H3BPL170630)、高濃度ホルムアルデヒド処理した不活化全粒子ワクチン(H3FMA170713)、低張処理した不活化全粒子ワクチン(HYPH3170913)及びスプリットワクチンの免疫原性試験結果。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明において、「インフルエンザワクチン」とは、少なくともA型インフルエンザウイルス又はB型インフルエンザウイルスのいずれかの抗原を含んでいるワクチンを意味する。すなわち、本発明のインフルエンザワクチンは、A型インフルエンザウイルス又はB型インフルエンザウイルスの一方のみを含む単価ワクチンでもよく、それらを両方含んでいる多価ワクチンでもよい。
本発明において、「インフルエンザウイルス」と言った場合、A型インフルエンザウイルス若しくはB型インフルエンザウイルス、又はその両者を示す。また、インフルエンザウイルスは、現在知られているすべての亜型、及び将来単離、同定される亜型をも含む。
本発明のワクチン調製に用いるインフルエンザウイルス株は、感染動物または患者から単離された株であっても、遺伝子工学的に培養細胞で樹立された組換えウイルスであってもよい。
【0013】
本発明において、「インフルエンザウイルス全粒子」とは、インフルエンザウイルスを培養して得られるウイルスの形態を保持したままのウイルス粒子を意味し、「不活化全粒子インフルエンザワクチン」とは、不活化された当該ウイルス粒子からなるワクチンを指す。
【0014】
本発明の不活化全粒子インフルエンザワクチンの調製方法は、発育鶏卵法を用いた調製方法であって、低張処理する工程を含むものである。
【0015】
「発育鶏卵法」とは、ウイルス株を孵化鶏卵に接種して培養した後、ウイルス浮遊液を清澄化、濃縮、精製及び不活化して、ウイルス粒子を含むウイルス液を得る方法である。
ここで、培養は、インフルエンザウイルス株を孵化鶏卵に接種して、30~37℃で1~7日程度、好ましくは33~35℃で2日間程度行われる。培養終了後、ウイルス浮遊液(感染尿膜腔液)が回収され、清澄化のため、遠心分離または濾過が行われる。次いで、濃縮のために、限外濾過が行われる。ウイルス精製は、ショ糖密度勾配遠心分離等の超遠心分離や液体クロマトグラフィー等の手段を用いて行うことができる。
精製ウイルス液は不活化処理される。ウイルスの不活化方法は、ホルマリン処理、紫外線照射、ベータプロピオラクトン、バイナリーエチレンイミン等による処理が挙げられる。
【0016】
本発明においては、発育鶏卵で培養、回収されたインフルエンザウイルス浮遊液を、清澄化、濃縮、精製、不活化してワクチンを得るまでのいずれかの時期に、低張処理が行われる。
「低張処理」としては、培養後、発育鶏卵から回収されたインフルエンザウイルス全粒子を含むウイルス液を低張液中に曝すことが挙げられる。これによってエンベロープの裏打ちタンパク質(M1タンパク質)を有するインフルエンザウイルスは粒子形状を保持できるが、裏打ちタンパク質がない発育鶏卵由来の細胞外小胞(エキソソーム、マイクロベシクル若しくはアポトーシス小胞等)は粒子が膨張して破裂すると考えられる。
【0017】
ここで使用される低張液としては、例えば160mOsm/kg以下、好ましくは110mOsm/kg以下、より好ましくは32mOsm/kg以下の水溶液が挙げられる。当該水溶液には、緩衝剤、分散剤、pH調整剤等の添加剤を含むことができる。
好ましい低張液としては、例えば、10mM Tris-HCl緩衝液、0.5w/w%しょ糖含有10mM Tris-HCl緩衝液、0.2w/w%しょ糖・1mM エチレンジアミン四酢酸含有10mM Tris-HCl緩衝液等が挙げられる。
【0018】
ウイルス液を低張液中に曝す手段は特に限定されないが、例えば、透析若しくは限外ろ過においてバッファーを低張液に置換すること、遠心分離によって沈殿したウイルス液を低張液に懸濁すること等が挙げられる。
【0019】
低張処理は、清澄化工程の前後、濃縮工程の前後、精製工程の前後、又は不活化工程の前後で行うことができる。好ましくは、不活化工程の前後、より好ましくは不活化工程の後である。
【0020】
斯くして調製された、本発明の不活化全粒子インフルエンザワクチンは、混入した発育鶏卵由来細胞外小胞成分が低減している(実施例1及び2)。
ここで、細胞外小胞成分が低減しているとは、本発明の方法で調製されたワクチンを、低張処理を行わずに同様に調製したワクチンと比較した場合に、それに含まれる細胞外小胞成分の含有量が減少していること、好ましくは30%以上、より好ましくは50%以上、より好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上減少していることを意味する。或いは、本発明の方法で調製されたワクチンを透過型電子顕微鏡で観察した場合に、ウイルス粒子の数に対する細胞外小胞の存在割合が好ましくは55%以下、より好ましくは35%以下、より好ましくは25%以下、より好ましくは20%以下であることを意味する。
【0021】
そして、本発明の不活化全粒子インフルエンザワクチンの抗体誘導能はスプリットワクチンと比べて高く、低張液に曝していない不活化全粒子インフルエンザワクチンと比べて同等以上である。また、発熱原性は低張液に曝していない不活化全粒子インフルエンザワクチンと比べて減弱する(実施例3-6)。
【0022】
本発明の不活化全粒子インフルエンザワクチンは、インフルエンザウイルス全粒子の濃度が2000μg HA/mL以下であることが好ましく、1200μg HA/mL以下がより好ましい。前記濃度は、後記参考例2に示す一元放射免疫拡散試験により測定できる。また、本発明の不活化全粒子インフルエンザワクチンにおいて、ワクチンに含まれる抗原量はウイルスの種類又は投与対象に応じて適宜変更してもよい。
【0023】
本発明の不活化全粒子インフルエンザワクチンには、インフルエンザウイルス全粒子以外に、さらに医薬として許容され得る担体を含んでいてもよい。当該担体としては、ワクチンの製造に通常用いられる担体が挙げられ、具体的には、緩衝剤、乳化剤、保存剤(例えば、チメロサール)、等張化剤、pH調整剤、不活化剤(例えば、ホルマリン若しくはベータプロピオラクトン)、アジュバント(例えば、水酸化アルミニウムゲル)等が例示される。
【0024】
本発明の不活化全粒子インフルエンザワクチンの剤形は、例えば液状、凍結乾燥粉末、カプセル、錠剤であってもよい。
【0025】
本発明の不活化全粒子インフルエンザワクチンの投与経路は、例えば、皮下投与、筋肉内投与、皮内投与、経鼻投与、舌下投与又は経口投与であってもよく、その投与方法は、例えば、シリンジ、マイクロニードル、マイクロニードルを取りつけたシリンジ、経皮的パッチ、又はスプレーによる投与方法であってもよい。
【実施例】
【0026】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
参考例1 非感染卵のしょう尿液が含む細胞外小胞の単離
11日齢の発育鶏卵72個を4℃で1時間以上冷却し、ディスポーサブル注射針及びシリンジ(テルモ社製)を用いて各発育鶏卵よりしょう尿液を回収した。回収したしょう尿液はプールして、4℃、300×gで10分間遠心し、得られた上清を更に超遠心機(日立工機社製)で4℃、141,000×gで4時間遠心した。超遠心後の沈殿を6.7mM リン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)で懸濁し、再び4℃、141,000×gで4時間遠心した。得られた沈殿を6.7mM リン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)で懸濁して、細胞外小胞懸濁液を得た。
【0027】
コロジオン支持膜付TEM電子顕微鏡用グリッド(応研商事株式会社製)に0.1%ポリ-L-リジン溶液を5μL滴下し、室温で1分間静置した。静置後、余剰のポリ-L-リジン溶液を濾紙で吸収し、上記の通り調製した細胞外小胞懸濁液を5μL滴下した後に室温で5分間静置した。その後、余剰の細胞外小胞懸濁液を濾紙で吸収し、5μLの2%リンタングステン酸染色液を滴下してネガティブ染色した。染色した検体を透過型電子顕微鏡(日本電子社製)で観察及び撮影した。
【0028】
これにより、
図1に示すとおり、ウイルス非感染時においても発育鶏卵のしょう尿液には様々な粒子径の小胞が存在していることが確認された。この細胞外小胞はウイルス粒子よりもタンパク質の密度が低いためか、染色液が小胞内部に流入して灰色の粒子として観察された。
【0029】
実施例1 B/Victoria系統の不活化全粒子ワクチン調製及び低張処理
B/Texas/2/2013株を12日齢の発育鶏卵のしょう尿膜腔内に接種して、2日間培養後にしょう尿液を採取した。採取したしょう尿液をフィルターろ過で清澄化した後、硫酸バリウム塩に吸着させ、12%クエン酸ナトリウム溶液で溶出してインフルエンザウイルスを回収した。回収したウイルスは、更に限外ろ過で6.7mM リン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)に置換し、バッファー置換後にしょ糖密度勾配遠心でインフルエンザウイルスを含む画分を回収することによって精製した。この精製インフルエンザウイルスに終濃度0.05%となるように不活化剤であるベータプロピオラクトンを添加して、4℃、24時間の反応でインフルエンザウイルスの感染性を不活化させた。この不活化反応後に限外ろ過(MWCO:100,000)でバッファーを1w/w% しょ糖含有6.7mM リン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)に置換し、これを不活化全粒子ワクチン(B15VT-19-S151028)とした。
【0030】
上記の通り調製した不活化全粒子ワクチン(B15VT-19-S151028)を限外ろ過(MWCO:100,000)で10mM Tris-HCl緩衝液(pH7.2、17mOsm/kg)に置換し、置換後に4℃で一晩静置した(低張処理)。低張処理後、限外ろ過(MWCO:100,000)でバッファーを1w/w%しょ糖含有6.7mM リン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)に置換し、これを低張処理した不活化全粒子ワクチン(BV170729-10T)とした。
【0031】
不活化全粒子ワクチン及び低張処理した不活化全粒子ワクチンを前述の方法で透過型電子顕微鏡(日本電子社製)によって観察及び撮影した。その結果、不活化全粒子ワクチンでは白色の粒子として観察されるウイルス粒子と灰色の粒子である細胞外小胞が同数程度観察される(
図2A)。それに対して低張処理した不活化全粒子ワクチンでは白色の粒子であるウイルス粒子の数に対して灰色の粒子である細胞外小胞の割合が少なくなる(ウイルスに対して82%の細胞外小胞が存在していた全粒子ウイルスが、低張化処理により細胞外小胞の存在割合は51%にまで低減)ことがわかる(
図2B)。
【0032】
実施例2 B/Yamagata系統の不活化全粒子ワクチン調製及び低張処理
B/Phuket/3073/2013株を12日齢の発育鶏卵のしょう尿膜腔内に接種して、2日間培養後にしょう尿液を採取した。採取したしょう尿液をフィルターろ過で清澄化した後、硫酸バリウム塩に吸着させ、12%クエン酸ナトリウム溶液で溶出してインフルエンザウイルスを回収した。回収したウイルスは、更に限外ろ過で6.7mM リン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)に置換し、バッファー置換後にしょ糖密度勾配遠心でインフルエンザウイルスを含む画分を回収することによって精製した。この精製インフルエンザウイルスに終濃度0.05%となるように不活化剤であるベータプロピオラクトンを添加して、4℃、24時間の反応でインフルエンザウイルスの感染性を不活化させた。この不活化反応後に限外ろ過(MWCO:100,000)でバッファーを1w/w% しょ糖含有6.7mM リン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)に置換し、これを不活化全粒子ワクチン(BYBPL170905)とした。
【0033】
上記の通り調製した不活化全粒子ワクチン(BYBPL170905)を限外ろ過(MWCO:100,000)で0.5w/w% しょ糖含有10mM Tris-HCl緩衝液(pH7.2、32mOsm/kg)に置換し、置換後に4℃で一晩静置した(低張処理)。低張処理後、限外ろ過(MWCO:300,000)でバッファーを1w/w% しょ糖含有6.7mM リン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)に置換し、これを限外ろ過により低張処理した不活化全粒子ワクチン(HYPBY170913)とした。
【0034】
また、前述の方法でB/Phuket/3073/2013株の不活化全粒子ワクチンを調製し、これに等量の0.2w/w% しょ糖・1mM エチレンジアミン四酢酸含有10mM Tris-HCl緩衝液を加えて、4℃、11,910×gで4時間遠心分離して、ウイルスの沈殿を得た。このウイルスの沈殿に0.2w/w% しょ糖・1mM エチレンジアミン四酢酸含有10mM Tris-HCl緩衝液(24mOsm/kg)を加えて懸濁し、10℃以下で15時間静置した(低張処理)。低張処理後、再び4℃、11,910×gで4時間遠心分離してウイルスを沈殿にして、ウイルスの沈殿を1w/w% しょ糖含有6.7mM リン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)で懸濁した。この懸濁液を限外ろ過(MWCO:300,000)で更に1w/w% しょ糖含有6.7mM リン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)にバッファーを置換し、これを遠心分離により低張処理した不活化全粒子ワクチン(17BY-OST171129)とした。
【0035】
不活化全粒子ワクチン(BYBPL170905)及び2種類の低張処理した不活化全粒子ワクチン(HYPBY170913及び17BY-OST171129)を前述の方法で透過型電子顕微鏡(日本電子社製)によって観察及び撮影した。その結果、低倍率における不活化全粒子ワクチンの観察(
図3A)では、細胞外小胞が多く観察された。また、
図3Bは高倍率の観察画像であり、矢印で細胞外小胞を示した。
【0036】
図4には限外ろ過により低張処理した不活化全粒子ワクチン(HYPBY170913)の電子顕微鏡観察像を示すが、低倍率の観察像(
図4A)では細胞外小胞が不活化全粒子ワクチン(BYBPL170905)に比べて少なくなっており(ウイルスに対して108%の細胞外小胞が存在していた全粒子ウイルスが、低張化処理により細胞外小胞は存在割合が23%にまで低減)、高倍率の観察像(
図4B)では矢印に示すような解裂した粒子の断片が観察された。また、遠心分離により低張処理した不活化全粒子ワクチン(17BY-OST171129)においても、低倍率の観察像(
図5A)で細胞外小胞が不活化全粒子ワクチン(BYBPL170905)に比べて少なく(ウイルスに対して108%の細胞外小胞が存在していた全粒子ウイルスが、低張化処理により細胞外小胞の存在割合は16%にまで低減)、限外ろ過により低張処理した不活化全粒子ワクチンと同様に、高倍率の観察像(
図5B)において矢印で示す解裂した細胞外小胞の断片が観察された。
【0037】
実施例3 発熱試験
不活化全粒子ワクチン(BYBPL170905)、低張処理した不活化全粒子ワクチン(HYPBY170913)及び対照として高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチンを、それぞれ6.7mM リン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)でタンパク質濃度が134μg/mLとなるように希釈して、体重1.50~1.99kgのウサギ(日本白色種、雄性)に1mL/kgで投与した。投与は検体あたり3羽のウサギに投与し、投与前15分の体温を0として、投与後180分までの体温の変動を観察した。
【0038】
対照である高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチンの調製は、発育鶏卵の接種からしょ糖密度勾配遠心による精製までは前述の不活化全粒子ワクチン(BYBPL170905)の調製と同様であり、得られた精製インフルエンザウイルスに終濃度0.08%となるようにホルマリンを添加し、25℃で1週間の反応によりウイルスの感染性を不活化した。不活化反応後、限外ろ過(MWCO:100,000)でバッファーを1w/w% しょ糖含有6.7mM リン酸緩衝生理食塩液(pH7.2)に置換し、これを高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチン(BYFMA170908)とした。
【0039】
図6に各検体を投与したウサギの差体温の平均値の推移を示すが、高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチンでは発熱は無く、不活化全粒子ワクチンでは1.5℃を超える発熱反応が確認された。一方で、低張処理した不活化全粒子ワクチンでは、発熱反応はあるものの不活化全粒子ワクチンと比べて発熱反応は低下しており、発熱が最大値を示す180分後の差体温を比較すると低張処理した不活化全粒子ワクチンの方が約0.5℃低くなることがわかる。
【0040】
実施例4 免疫原性試験(B/Yamagata系統)
不活化全粒子ワクチン(BYBPL170905)、低張処理した不活化全粒子ワクチン(HYPBY170913)及び高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチン(BYFMA170908)の抗体誘導能についてマウスを用いて評価した。BALB/cマウス(雌性、5週齢)に各ワクチンをタンパク質量として7.5μgの投与量で皮下投与した(1群あたり5匹)。投与3週間後、マウスを安楽死させ、全採血した。採血後に遠心分離によって血清を得て、この血清を用いてB/Phuket/3073/2013株に対する特異的なIgG力価をELISAによって測定した。
【0041】
図7にIgG力価測定の結果を示す。図中に記す幾何平均抗体価(以下、GMT)を比較すると、低張処理した不活化全粒子ワクチン投与群が最も高く、次に高いのは不活化全粒子ワクチン投与群、最も低い値を示したのは高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチン投与群であった。したがって、不活化全粒子ワクチンに対して、高濃度ホルマリン処理することで抗体誘導能が低下するが、低張処理した不活化全粒子ワクチンでは抗体誘導能が向上することが示された。
【0042】
実施例5 免疫原性試験(A/H3N2亜型)
A/Hong Kong/4801/2014株(A/H3N2亜型)の不活化全粒子ワクチン(H3BPL170630)、限外ろ過により低張処理した不活化全粒子ワクチン(HYPH3170913)及び高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチン(H3FMA170713)を実施例2及び3に準じた方法で調製した。これらのワクチンを、実施例4に記載する方法に準じてマウスにおける抗体産生能を評価した。また、本実施例においては、対照としてインフルエンザHAワクチン「生研」のA/Hong Kong/4801/2014株の原液を用い、これをSplit virionとした。
【0043】
図8にIgG力価測定の結果を示す。図中に記すGMTを比較すると、低張処理した不活化全粒子ワクチン、不活化全粒子ワクチン、Spilit virion、高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチンの順にGMTは高く、低張化処理した不活化全粒子ワクチン投与群のみがSplit virion投与群に対して有意に高い抗体誘導を示した(マン・ホイットニーのU検定、p<0.05)。したがって、B/Yamagata系統の免疫原性試験の結果と同様に、低張処理により不活化全粒子ワクチンの抗体産生能は向上することが示された。
【0044】
また、高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチンでは、Split virionよりも抗体誘導が低い結果となった。高濃度ホルマリン処理は、実施例3の発熱試験において発熱反応を示さず、安全性に優れるが、市販されるSplit virionよりも抗体産生能が低いため、有効性の向上は期待できないと考えられる。
【0045】
実施例6 サイトカイン産生能の評価
BALB/cマウス(雌性、11週齢)より脾臓を摘出し、HBSS(Thermo Scientific)を満たしたシャーレに回収した。HBSS中で脾臓をミンスし、ミンス後にコニカルチューブに移し替えた。3分程度静置した後に、沈殿物及び浮遊物を避けて中間層を回収し、回収した中間層を室温、200×gで10分間遠心分離した。遠心後に上清を廃棄し、沈殿に溶血バッファー(140mM 塩化アンモニウム含有17mM Tris-HCl緩衝液)を加えて赤血球を破砕し、200×gで10分間遠心分離した。遠心後の沈殿をHBSSで洗浄した後、10% FBS含有RPMI-1640で沈殿した脾細胞を懸濁し、これをマウス脾細胞とした。B/Yamagata系統の不活化全粒子ワクチン(BYBPL170905)、低張処理した不活化全粒子ワクチン(HYPBY170913)及び高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチン(BYFMA170908)のタンパク質量として1μgを1.0×106 cellsのマウス脾細胞へ加え、37℃、5% CO2条件下で24時間培養した。培養後、室温、600×gで5分間遠心分離し、脾細胞より培養上清に産生されたサイトカイン濃度をMouse Th1/Th2 essential 6 plexキット(eBioscience社)及びBio-Plex(Bio-Rad社製)で測定した。
【0046】
表1に培養上清のサイトカイン濃度を示す。IL-4はいずれのワクチンの刺激においても産生されていないが、その他のサイトカインはいずれも低張処理した不活化全粒子ワクチンの刺激で最も産生されており、次に不活化全粒子ワクチン、最も産生量が低いのが高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチンであった。この結果は、実施例4の免疫原性試験の結果と相関する結果となり、不活化全粒子ワクチンが促す免疫細胞からのサイトカイン産生は低張処理により高まり、その結果、抗体誘導能も向上すると考えられる。一方で、高濃度ホルマリン処理では、免疫細胞からのサイトカイン産生は低下し、その結果として抗体産生能も低下すると考えられた。
【0047】
【0048】
参考例2 一元放射免疫拡散試験
B/Yamagata系統及びA/H3N2亜型の不活化全粒子ワクチン、低張処理した不活化全粒子ワクチン及び高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチンの各ヘムアグルチニン濃度を一元放射免疫拡散試験で測定した。各検体及び標準抗原に終濃度が1.0%となるようにZwittergent(商品名、Merck Millipore社製)を添加して30分間反応させた。反応後、Zwittergentを添加した各検体及び標準抗原を0.05w/w% アジ化ナトリウム含有リン酸緩衝生理食塩液(pH7.4)で希釈し、希釈系列を作製した。この希釈系列を、参照抗血清を加えた1w/v% アガロースゲル(以下、SRDプレート)の各ウェルに添加して18時間以上静置した。静置後、SRDプレートの水分を濾紙で吸収し、クマーシブリリアントブルーで染色した。染色後、各検体及び標準抗原のリング径を測定し、標準抗原に対する各検体のヘムアグルチニン濃度を平行線定量法により算出した。
【0049】
各検体のヘムアグルチニン濃度、タンパク質濃度及び総タンパク質に対するヘムアグルチニン含有比率を以下の表2(B/Yamagata系統)及び表3(A/H3N2亜型)に示す。なお、ウイルスごとに3種類の不活化全粒子ワクチンを調製したが、調製材料となるしょ糖密度勾配遠心分離後の精製ウイルスは同一のものを用いた。
【0050】
ヘムアグルチニン含有比率を比較すると、B/Yamagata系統では不活化全粒子ワクチンに対して低張処理した不活化全粒子ワクチンは5%程度低くなるが、高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチンでは更に5%低下する。また、A/H3N2亜型では、不活化全粒子ワクチンと低張処理した不活化全粒子ワクチンは同等のヘムアグルチニン含有比率であるが、高濃度ホルマリン処理した不活化全粒子ワクチンでは16~17%程度低値となる。したがって、不活化全粒子ワクチンのヘムアグルチニン濃度は低張処理では大きな変動はないが、高濃度ホルマリン処理では10%若しくはそれ以上の低減が確認された。これは、過剰なホルマリン処理によるタンパク質間の架橋が原因であると考えられ、ヘムアグルチニン含有率が低値を示すことは、生産性の低下に繋がり、また製剤の総タンパク質が増大するため副反応の懸念が高まる。
【0051】
【0052】