(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-31
(45)【発行日】2023-06-08
(54)【発明の名称】牛の肉質の改善方法
(51)【国際特許分類】
A01K 67/00 20060101AFI20230601BHJP
A23K 10/30 20160101ALI20230601BHJP
A23K 50/10 20160101ALI20230601BHJP
【FI】
A01K67/00 Z
A23K10/30
A23K50/10
(21)【出願番号】P 2020184321
(22)【出願日】2020-11-04
【審査請求日】2020-11-04
【審判番号】
【審判請求日】2022-05-06
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 開催日 令和1年11月14日~令和1年11月15日 集会名、開催場 第57回肉用牛研究会鹿児島大会、鹿児島県産業会館(鹿児島県鹿児島市名山町9番1号)
(73)【特許権者】
【識別番号】000201641
【氏名又は名称】全国農業協同組合連合会
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】弁理士法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】武本 智嗣
(72)【発明者】
【氏名】平野 和夫
【合議体】
【審判長】住田 秀弘
【審判官】佐藤 美紗子
【審判官】有家 秀郎
(56)【参考文献】
【文献】松本信助、宮園歴造、真崎新一郎、「6.肥育牛の飼養環境と産肉性に関する実態調査」、長崎県畜産試験場研究報告、日本、1997.03.発行、第6号、pp.23-26
【文献】東山雅人、北田寛治、大西慎二、福見善之、「黒毛和種経産牛への粗飼料及び濃厚飼料の給与による肥育及び枝肉成績、肉質分析の比較検討」、徳島県立農林水産総合技術支援センター畜産研究課研究報告、日本、2017.03.発行、16号、P5-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
牛房あたりの飼育頭数
を3頭として牛を牛房内で飼育することを含む、牛の肉質の改善方法。
【請求項2】
牛房内の1頭あたりの面積が4m
2~15m
2である、請求項
1記載の方法。
【請求項3】
前記牛が経産牛である、請求項1
又は2記載の方法。
【請求項4】
飼料の少なくとも50重量%以上、配合飼料を給与することを含む、請求項1~
3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
肉質の改善が、肉質の軟化、肉の酸化の軽減、及び肉色悪化の抑制から成る群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1~
4のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、牛の肉を軟化することができる、貯蔵中の肉の酸化を軽減することができる、貯蔵中の肉色悪化を抑えることができる、牛の肉質の改善方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に消費者には鮮明な肉色でやわらかい肉が好まれる。もし、肥育牛の肉について鮮明な肉色を維持し軟らかくすることができる方法があれば有利である。
【0003】
一方、牛房あたり飼養頭数は肥育成績や枝肉成績に影響することはよく知られており、過密飼養は生産性に悪影響を与える。また、非特許文献1には、同飼養密度下において、12頭/群の増体量が4、8頭/群の増体量に比べ小さかったことを報告している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Li SG, Yang YX, Rhee YJ, Jang WJ, Ha JJ, Lee SK, Song YH. Asian-Australas J Anim Sci, 23, 952-959. 2010.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の目的は、肉質が優れない牛であっても、その肉を軟化させることができる、貯蔵中の肉の酸化を軽減することができる、貯蔵中の肉色悪化を抑えることができる、牛の肉質の改善方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願発明者らは、鋭意研究の結果、牛房あたりの飼育頭数を2頭又は3頭として牛を牛房内で飼育することにより、肉質が軟化すること、貯蔵中の肉の酸化が軽減されること、貯蔵中の肉色悪化が抑制されることを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は以下のものを提供する。
(1) 牛房あたりの飼育頭数を3頭として牛を牛房内で飼育することを含む、牛の肉質の改善方法。
(2) 牛房内の1頭あたりの面積が4m2~15m2である、(1)記載の方法。
(3) 前記牛が経産牛である、(1)又は(2)記載の方法。
(4) 飼料の少なくとも50重量%以上、配合飼料を給与することを含む、(1)~(3)のいずれか1項に記載の方法。
(5) 肉質の改善が、肉質の軟化、肉の酸化の軽減、及び肉色悪化の抑制から成る群より選ばれる少なくとも1種である、(1)~(4)のいずれか1項に記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法によれば、硬い、酸化しやすい、肉色が優れない肉であっても、その肉質を改善させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】下記実施例及び比較例において得られた、本発明の方法により飼育した牛の胸最長肉のせん断力価の測定結果を示す図である。
【
図2】下記実施例及び比較例において得られた、本発明の方法により飼育した牛の胸最長肉のクッキングロスの測定結果を示す図である。
【
図3】下記実施例及び比較例において得られた、本発明の方法により飼育した牛の胸最長肉中のα-トコフェロール含量の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の方法に供される牛は、牛であれば特に限定されないが、肥育牛(繁殖牛の肥育や搾乳牛の肥育を含む。「肥育」は後述)が好ましく、特に経産牛において威力を発揮するので経産牛が特に好ましい。牛の種類は限定されず、国産黒毛和種、乳牛、輸入牛等、いずれの牛でもよい。これらのうち、国産黒毛和種が好ましい。
【0011】
本発明の方法では、牛房あたりの飼育頭数を2頭又は3頭として牛を牛房内で飼育する。肉質軟化、酸化軽減、肉色悪化防止の観点から、3頭が特に好ましい。
【0012】
肉質軟化、酸化軽減、肉色悪化防止の観点から、牛房内の1頭あたりの面積は、4m2~15m2が好ましく、さらに好ましくは6m2~8m2である。ちなみに、1頭あたりの面積を同じにしても、牛房内の飼育頭数が2頭又は3頭でなければ本発明の効果は得られない。
【0013】
肉質をさらに軟化させる、酸化を軽減させる、肉色悪化を抑制させるためには、肥育を行うことが好ましい。ここで、「肥育」とは、給与する飼料の少なくとも50重量%以上を配合飼料とすることを意味する。全飼料に対する配合飼料の割合は、好ましくは、70重量%以上、さらに好ましくは80重量%~90重量%である。なお、粗飼料を主たる飼料として飼育してきた牛を肥育する場合には、配合飼料と粗飼料の比率を徐々に変化させて、馴れさせながら最終的な比率に到達させることが望まれる。なお、配合飼料、粗飼料とも、牛の飼育に通常用いられている市販品をそのまま利用することができる。
【0014】
本発明の方法による飼育期間は、特に限定されず、幼牛から本発明の方法で飼育することも可能であるが、屠殺前の4~24ヶ月、特に経産牛の場合には屠殺前の4~8ヶ月を本発明の方法で飼育することが効率的である。
【0015】
下記実施例において具体的に記載するように、本発明の方法により、肉質が軟化する。特に、と畜後の胸最長筋における粗脂肪含量が増加してせん断力価が低下し、肉が噛み切りやすくなる。
【0016】
下記実施例において具体的に記載するように、本発明の方法により、肉質の酸化が軽減する。特に、と畜後の胸最長筋における抗酸化作用を有するα-トコフェロール含量が増加して(
図3)、脂質過酸化の指標である2-チオバルビツール酸反応性物質(TBARS)濃度が低下し(表3)、酸化が抑制される。
【0017】
下記実施例において具体的に記載するように、本発明の方法により、肉色悪化が抑制する。特に、と畜後の胸最長筋における明度を示すL*値が増加し、赤色度を示す a*が低下して、肉色が明るくなる。
【0018】
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0019】
実施例1、2、比較例1、2
約147ヶ月齢(平均産次7.7産)の黒毛和種経産牛18頭を用いた。40m2の牛房で6頭を制限飼養する群を対照区(比較例1)、40m2の牛房で6頭を肥育飼養する群を肥育区(比較例2)、20m2の牛房で3頭を制限飼養する群を少数制限区(実施例1)、20m2の牛房で3頭を肥育飼養する群を少数肥育区(実施例2)と設定した。すべての区の1頭あたり飼養面積は6.67m2とした。試験期間は6ヶ月間とし、対照区および少数制限区には、1日1頭あたり市販の配合飼料(「39かあさん」(組成を表1に示す)を原物2.5 kg、フェスクストローを原物7.0kg、それぞれ1日朝夕2回に分けて給与した。また、肥育区および少数肥育区には、市販の配合飼料を1日1頭あたり原物6.0kgから毎週1.0 kgずつ漸増して給与し、原物13.0 kgに到達してから試験終了までは飽食とした。フェスクストローを1日1頭あたり原物4.5kgから毎週0.5 kgずつ給与量を漸減して給与し、2.5 kgに到達してからはその量を維持した(表2)。水は自由摂取とした。6ヶ月間の肥育終了後、出荷しと畜した。
【0020】
【0021】
【0022】
と畜後、7日間冷蔵保存した後の胸最長筋のせん断力価、クッキングロス、α-トコフェロール含量及び2-チオバルビツール酸反応性物質(TBARS)濃度を調査した。なお、TBARS濃度については血清中のTBARS濃度も測定した。これらの調査方法は次のとおりであった。
【0023】
(1) せん断力価
胸最長筋を厚さ1.8cmにカットした後、中心部が70℃に達するまで70℃に設定したウォーターバスで加熱し、オーバーナイトで冷蔵後、インストロン5542型によりせん断力価を測定した。筋線維に沿って1.27cmにくりぬいた肉片を、筋線維に垂直にV字ブレードでせん断した際の最大点圧縮荷重を測定し、せん断力価とした。せん断力価測定用アタッチメントであるV字ブレードのせん断速度は250 mm/分とした。
【0024】
(2) クッキングロス
70℃に設定したウォーターバスで胸最長筋を60分間加熱し肉の中心温度を70℃にし、加熱前後の重量差から計算した。
【0025】
(3) α-トコフェロール含量
3gの胸最長筋を50ml遠沈管に採取し、これに1% NaCl溶液を1ml加えて懸濁後、さらに3%ピロガロール・エタノール溶液を10mlおよび60%KOHを2ml加えて70℃ で30分間ケン化した。遠沈管を氷水に浸けて反応を停止し、これに1% NaCl溶液14ml、酢酸エチル・n-ヘキサン混液(1:9)14mlを加えて、5分間激しく振とうした。1500rpmで5分間遠心分離し、上層のヘキサン層を100ml吸引採取した。これに酢酸エチル・n-ヘキサン混液(1:9)14mlを加えて再溶解した。振とう抽出・遠心分離・吸引採取を2回繰り返し、N2ガスで乾固した。HPLC用ヘキサンで希釈し、クロマトディスク0.45μm通して、HPLC分析した。HPLCは日本分光株式会社製(ポンプPU-2080Plus,蛍光検出器FP-2020Plus)を用いた。カラムは株式会社ワイエムシィ製YMC-Pack SIL-06 (内径 4.6mm×250mm)を用い、移動層はヘキサン、酢酸およびイソプロパノール(1000:5:6)で流量は1.5ml/分であった。また、検出波長は298nm(EX)および325nm(EM)であった。
【0026】
(4) TBARS濃度
血清:OXI-TEK TBARS-Assay kit(Alexis Corporation、USA、New York)を用い、製造者のマニュアルに従って、測定した。
胸最長筋:約0.1gの胸最長筋に500μlのRIPAバッファーを加え、氷冷下でホモジナイズしたサンプルを用い、OXI-TEK TBARS-Assay kit(Alexis Corporation、USA、New York)により、製造者のマニュアルに従って、測定した。得られたマロンジアルデヒド量は総タンパク量で補正した。総タンパク質含量の測定にはBCA Protein Assay Kit(Thermo Scientific)を用いた。
【0027】
(5)肉色
筋線維方向に対し直角に厚さ約1cmの試料を作成し、その切断面を発色前と4℃で30分間発色させた後にそれぞれ、色差計でハンターの色差式におけるL値、a値、b値として求めた。
【0028】
せん断力価の測定結果を
図1、クッキングロスの測定結果を
図2、α-トコフェロール含量の測定結果を
図3、TBARS濃度の測定結果を下記表3に示す。また、肉食についての測定結果を下記表4に示す。
【0029】
【0030】
【0031】
図1に示されるように、少数制限により胸最長筋のせん断力価が有意に低下した。せん断力価が低下するということは、肉質が軟化して噛み切りやすくなったことを意味する。また、
図2に示されるように、クッキングロスが有意に低下し、
図3に示されるようにα-トコフェロール含量が有意に増大し、表3に示されるようにTBARS濃度が有意に低下した。クッキングロスが低下したことから、胸最長筋の保水性を高めたと考えられ、これがせん断力価の低下に寄与したと考えられる。また、α-トコフェロール含量の増加及びTBARS濃度の低下から、肉の酸化が抑制されていることがわかり、このことは、肉色悪化の抑制に寄与しているものと考えられる。さらに、表4に示されるように、少数制限によりL*値が有意に増加し、肉色が明るくなった。また、赤色度を示す a*値も低下する傾向が見られた。