(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-05-31
(45)【発行日】2023-06-08
(54)【発明の名称】生体適合部材及び生体適合部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
A61L 27/32 20060101AFI20230601BHJP
A61L 27/06 20060101ALI20230601BHJP
A61L 27/40 20060101ALI20230601BHJP
A61L 27/50 20060101ALI20230601BHJP
C01B 25/32 20060101ALI20230601BHJP
【FI】
A61L27/32
A61L27/06
A61L27/40
A61L27/50
C01B25/32 W
(21)【出願番号】P 2019093430
(22)【出願日】2019-05-17
【審査請求日】2022-03-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000004547
【氏名又は名称】日本特殊陶業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000497
【氏名又は名称】弁理士法人グランダム特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山口 将吾
(72)【発明者】
【氏名】林 紀佐
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 健太
(72)【発明者】
【氏名】山田 知明
(72)【発明者】
【氏名】宮本 えり奈
【審査官】石井 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】特開平09-136030(JP,A)
【文献】特開2001-270717(JP,A)
【文献】Materials Science and Engineering C,2015年,Vol.51,pp.57-63
【文献】Dental Materials Journal,2002年,Vol.21,pp.170-180
【文献】Biophysical Journal,2013年,Vol.104,pp.835-840
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 15/00-33/18
C01B 25/00-25/46
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の表面の少なくとも一部に形成された、六方晶のハイドロキシアパタイト結晶と、を備えた生体適合部材であって、
前記ハイドロキシアパタイト結晶のc面表面は複数の突起によって構成される剣山状構造を有している、生体適合部材。
【請求項2】
前記基材が、チタン又はチタン合金からなる、請求項1に記載の生体適合部材。
【請求項3】
六方晶のハイドロキシアパタイト結晶を形成する工程と、
前記ハイドロキシアパタイト結晶を酸処理して、前記ハイドロキシアパタイト結晶のc面表面に複数の突起によって構成される剣山状構造を形成する工程と、を備え
、
前記酸処理に使用する酸性溶液のpH値が、pH2.0~pH4.5である、生体適合部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は生体適合部材及び生体適合部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体に埋入可能な生体適合部材の開発が行われている。
例えば、特許文献1には、次の生体適合部材が開示されている。すなわち、チタン基材の表面に、水熱合成を用いてCaTiO3からなる中間層を形成し、さらにその上にハイドロキシアパタイト結晶を析出した生体適合部材が開示されている。この生体適合部材では、CaTiO3からなる中間層により、チタン基材とハイドロキシアパタイト層は強固に密着している。この生体適合部材は、ハイドロキシアパタイト層によって生体骨と化学的に結合する。
また、特許文献2には、次の生体適合部材が開示されている。すなわち、チタン基材の表面に、溶射により銀を含んだハイドロキシアパタイトをコーティングした生体適合部材が開示されている。この生体適合部材では、ハイドロキシアパタイトの溶射膜を介して、チタン基材と生体骨とが化学的に結合する。また、この生体適合部材では、ハイドロキシアパタイトの溶射膜から溶出する銀イオンにより抗菌作用が奏される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特表2013-508262号公報
【文献】特開2008-73098号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1では、水熱合成を用いているため、高結晶性かつ高純度な六方晶のハイドロキシアパタイト結晶が得られ、生体内安定性に優れる生体適合部材として有用とされる。しかし、特許文献1では、ハイドロキシアパタイト結晶の抗菌性については検討されていない。
また、特許文献2では、銀を含んだハイドロキシアパタイトの溶射膜が抗菌性を有するとされているが、生体内安定性という観点で好ましくない。具体的には、ハイドロキシアパタイトの溶射膜の形成では、数千℃以上の高温でハイドロキシアパタイト粉末をチタン基材上に溶融堆積させている。このようにして、得られたハイドロキシアパタイトは低結晶性かつ低純度であり、十分な生体内安定性が得られない。
本開示は、上記実情に鑑みてなされたものであり、生体内安定性が良好で抗菌性を有する生体適合部材を提供することを目的とする。本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
〔1〕基材と、
前記基材の表面の少なくとも一部に形成された、六方晶のハイドロキシアパタイト結晶と、を備えた生体適合部材であって、
前記ハイドロキシアパタイト結晶のc面表面は複数の突起によって構成される剣山状構造を有している、生体適合部材。
【0006】
〔2〕前記基材が、チタン又はチタン合金からなる、〔1〕に記載の生体適合部材。
【0007】
〔3〕六方晶のハイドロキシアパタイト結晶を形成する工程と、
前記ハイドロキシアパタイト結晶を酸処理して、前記ハイドロキシアパタイト結晶のc面表面に複数の突起によって構成される剣山状構造を形成する工程と、を備える、生体適合部材の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本開示の生体適合部材は、生体内安定性が良好で抗菌性を有する。
基材がチタン又はチタン合金からなる場合には、生体適合性が高くなる。
本開示の生体適合部材の製造方法によれば、生体内安定性が良好で抗菌性を有する生体適合部材が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】剣山状構造が形成されたハイドロキシアパタイト結晶を模式的に表す断面図である。
【
図2】剣山状構造の一部を拡大して模式的に表す断面図である。
【
図3】実験例1のサンプルのSEMによる観察像である(倍率1000倍)。
【
図4】実験例1のサンプルのSEMによる観察像である(倍率5000倍)。
【
図5】実験例1のサンプルのSEMによる観察像である(倍率10000倍)。
【
図6】実験例2のサンプルのSEMによる観察像である(倍率1000倍)。
【
図7】実験例2のサンプルのSEMによる観察像である(倍率5000倍)。
【
図8】実験例2のサンプルのSEMによる観察像である(倍率10000倍)。
【
図9】実験例3のサンプルのSEMによる観察像である(倍率5000倍)。
【
図10】酸処理前のサンプルのSEMによる観察像である(倍率5000倍)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本開示を詳しく説明する。なお、本明細書において、数値範囲について「~」を用いた記載では、特に断りがない限り、下限値及び上限値を含むものとする。例えば、「10~20」という記載では、下限値である「10」、上限値である「20」のいずれも含むものとする。すなわち、「10~20」は、「10以上20以下」と同じ意味である。
【0011】
1.生体適合部材
本実施形態の生体適合部材1は、
図1に示すように、基材3と、六方晶のハイドロキシアパタイト結晶10と、を備える。生体適合部材1は、基材3がハイドロキシアパタイト結晶10によって直接または間接的に被覆された構成とされる。ここで、間接的な被覆とは、基材3とハイドロキシアパタイト結晶10の間に中間層を備える被覆を意味する。中間層は、例えば、CaTiO
3によって構成することができる。この生体適合部材1の表面は、ハイドロキシアパタイト結晶10によって構成される。
【0012】
(1)基材
基材3の材質は、特に限定されないが、高い生体適合性を確保するという観点から、チタンまたはチタン合金であることが好ましい。
チタンは、特に限定されないが、純チタンJIS 1~4種が例示される。
チタン合金は、特に限定されないが、Nb(ニオブ)、Ta(タンタル)、W(タングステン)、Zr(ジルコニウム)、P(リン)、Au(金)、Ca(カルシウム)、Ag(銀)、Pt(白金)、Al(アルミニウム)、V(バナジウム)、Si(ケイ素)、B(ホウ素)、N(窒素)、C(炭素)、Pd(パラジウム)、Y(イットリウム)、Hf(ハフニウム)、Ir(イリジウム)、Mo(モリブデン)、Fe(鉄)、Mg(マグネシウム)、Na(ナトリウム)、及びK(カリウム)からなる群より選ばれた1種以上の元素と、残部がTi(チタン)及び不可避不純物であるチタン合金が例示される。
基材3の大きさ、厚み、形状等は、生体適合部材の用途等により適宜選定される。
【0013】
(2)ハイドロキシアパタイト結晶
ハイドロキシアパタイト結晶10は、六方晶の結晶構造を有するハイドロキシアパタイト(ヒドロキシアパタイト、Ca10(PO4)6(OH)2、HAp)である。ハイドロキシアパタイト結晶10は、例えば六角柱状をなす。この場合、六角柱状をなすハイドロキシアパタイト結晶10の端面15がc面であり、側面17がa面である。ハイドロキシアパタイト結晶10は、柱状結晶の成長方向がc面に垂直なc軸とされる。ハイドロキシアパタイトは、人間の骨、歯の主要構成物質である。ハイドロキシアパタイトは、生体親和性が高く、人工骨、人工歯根等のインプラント素材として幅広く用いられている。
【0014】
ハイドロキシアパタイト結晶10は、基材3の表面5の少なくとも一部に形成されている。ハイドロキシアパタイト結晶10は、柱状又は板状の結晶が集合した集合体として、基材3の表面5を被覆する層状をなしていてもよい。ハイドロキシアパタイト結晶10が高結晶性の場合には、生体内ですぐに溶解されず安定である。
なお、ハイドロキシアパタイト結晶10が基材3の表面5の少なくとも一部に形成されていることは、例えば、走査電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope、SEM)を用いて、電圧15kV、1000倍の条件で、生体適合部材1の表面を観察することにより確認できる。
【0015】
ハイドロキシアパタイト結晶10のc面表面は、複数の突起13によって構成される剣山状構造11を有している。剣山状構造11は、ハイドロキシアパタイト結晶10のa面には形成されておらず、c面に選択的に形成されていてもよい。剣山状構造11は、ナノピラー構造とも称される構造である。剣山状構造11は、細菌の細胞膜を物理的に破壊して、殺菌可能な構造とされる。剣山状構造11が抗菌性を示す細菌としては、整形外科における術後感染症に関わる代表的な細菌である大腸菌、緑膿菌、黄色ブドウ球菌、表皮ブドウ球菌、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、メチシリン耐性表皮ブドウ球菌(MRSE)等を例示することができる。
【0016】
複数の突起13の各々の形状及び大きさは特に限定するものではないが、次のようなものとすることができる。
図2に示すように、突起13は、先端に向かうにつれて先細る形状をなしていてもよい。突起13の突出高さをHとし、突起13において突出高さHの半分となる位置における径をDとすると、突起13は径Dより突出高さHが大きい柱状をなしていてもよい。
突起13の高さHは、抗菌性の観点から、0.1μm以上であることが好ましく、0.15μm以上であることがより好ましく、0.2μm以上であることがさらに好ましい。突起13の高さHは、剣山状構造11の形状保持の観点から、2.5μm以下であることが好ましく、2.0μm以下であることがより好ましく、1.5μm以下であることがさらに好ましい。これらの観点から、突起13の高さHは、0.1μm以上2.5μm以下であることが好ましく、0.15μm以上2.0μm以下であることがより好ましく、0.2μm以上1.5μm以下であることがさらに好ましい。
突起13の径Dは、整形外科における術後感染症に関わる細菌の大きさ(例えば、0.5μm~3.0μm程度)に比して小さいことが好ましい。突起13の径Dは、抗菌性の観点から、2.0μm以下であることが好ましく、1.5μm以下であることがより好ましく、1.0μm以下であることがさらに好ましい。突起13の径Dは、剣山状構造11の形状保持の観点から、0.1μm以上であることが好ましく、0.15μm以上であることがより好ましく、0.2μm以上であることがさらに好ましい。これらの観点から、突起13の径Dは、0.1μm以上2.0μm以下であることが好ましく、0.15μm以上1.5μm以下であることがより好ましく、0.2μm以上1.0μm以下であることがさらに好ましい。
隣り合う突起13の頂点間の間隔Gは、整形外科における術後感染症に関わる細菌の大きさ(例えば、0.5μm~3.0μm程度)に比して小さいことが好ましい。隣り合う突起13の間隔Gは、抗菌性の観点から、1.5μm以下であることが好ましく、1.0μm以下であることがより好ましく、0.5μm以下であることがさらに好ましい。隣り合う突起13の間隔Gは、0μmより大きく、通常0.2μm以上である。
突起13の高さH、突起13の径D、及び隣り合う突起13の間隔Gは、例えば、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて、電圧15kV、10000倍の条件で、ハイドロキシアパタイト結晶10の表面を観察して測定される。
なお、突起13の高さH、突起13の径D、及び隣り合う突起13の間隔Gは、例えば、六方晶のハイドロキシアパタイト結晶を酸処理する際のpH値、処理時間等を適宜設定することによりコントロールすることができる。
【0017】
剣山状構造11は、複数の突起13が突出方向を揃えて、密に配置された部位として特定することができる。例えば、剣山状構造11は、ハイドロキシアパタイト結晶10のc面における1.0μm角の範囲に複数本の突起13が存在する部位として特定することができる。c面の1.0μm角の範囲に存在する突起13の数は、特に限定するものではないが、抗菌性の観点から、2個以上が好ましく、4個以上がより好ましく、6個以上がさらに好ましい。c面における1.0μm角の範囲に存在する突起13の数は、通常20個以下である。
c面における1.0μm角の範囲に存在する突起13の数は、例えば、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて、電圧15kV、10000倍の条件で、ハイドロキシアパタイト結晶10の表面を観察して算出される。
なお、c面における1.0μm角の範囲に存在する突起13の数は、例えば、六方晶のハイドロキシアパタイト結晶を酸処理する際のpH値、処理時間等を適宜設定することによりコントロールすることができる。
【0018】
ハイドロキシアパタイト結晶10は、
図1に示すように、生体適合部材1の表面の少なくとも一部にc面を露出させた形態で基材3の表面5に形成されている。ハイドロキシアパタイト結晶10は、高さの異なるハイドロキシアパタイトの柱状体19,19によって構成され、生体適合部材1の表面が凹凸構造をなしていてもよい。このような構成によれば、生体適合部材1の表面が摩耗され凹凸構造の凸部に形成された剣山状構造11が欠損した場合であっても、凹凸構造の凹部内に剣山状構造11を残存させることができる。
【0019】
2.生体適合部材の作用及び効果
セミやトンボなどの昆虫の羽には無数のナノメートルオーダーの寸法を持つ柱構造が存在している。近年、このような構造が殺菌作用を奏することが報告されている。そのような報告がなされた文献として、S. Pogodin, et al.、Biophysical Journal、104、February 2013、835-840頁等が挙げられる。
本願発明者らは、ある種のハイドロキシアパタイト結晶10のc面表面に上述の柱構造に類似した剣山状構造11が形成されることを新規に発見し、本実施形態の生体適合部材1を開発するに至った。
本実施形態の生体適合部材1によれば、剣山状構造11の表面に付着した細菌の細胞膜を破壊することにより、抗菌作用を奏することが期待できる。
ところで、生体適合部材に抗菌性を付与するために、銀などの添加物を添加する技術が知られている。高濃度の銀イオンは細胞毒性を示すことが知られており、銀を生体適合部材に添加する場合には、銀の添加量を精密に制御する必要がある。本実施形態の生体適合部材1は、銀などの添加物を添加することなく抗菌作用を奏するから、添加物の添加量を精密に制御することなく生体適合部材1に抗菌性を付与することができ、有用である。
また、高結晶性かつ高純度な六方晶のハイドロキシアパタイト結晶10は生体内安定性に優れることが知られている。本実施形態では、六方晶のハイドロキシアパタイト結晶10に剣山状構造11が形成されるから、生体内安定性が良好で抗菌性を有する生体適合部材を得ることができる。
【0020】
3.生体適合部材の製造方法
生体適合部材1の製造方法は、特に限定されない。ここでは、生体適合部材1の製造方法の好適な一例を説明する。この生体適合部材の製造方法は、六方晶のハイドロキシアパタイト結晶10を形成する工程Aと、剣山状構造11を形成する工程Bと、を備える。
【0021】
(1)六方晶のハイドロキシアパタイト結晶10を形成する工程A
工程Aでは、例えば、水熱合成によりハイドロキシアパタイト結晶10を形成することができる。
水熱合成に用いる合成溶液は、高結晶性の六方晶ハイドロキシアパタイトを生成するという観点から、カルシウムイオン、水酸化物イオン、有機リン酸エステル、キレート剤、水を含有していることが好ましい。
カルシウムイオン源としては、特には限定されないが、例えば、硝酸カルシウム、水酸化カルシウム、炭酸カルシウム、酢酸カルシウム、ハロゲン化カルシウム、酸化カルシウム、及びリン酸カルシウムからなる群より選ばれる少なくとも1種を好適に用いることができる。
水酸化物イオン源としては、特には限定されないが、例えば、水酸化カリウム、水酸化アンモニウム、水酸化カルシウム、水酸化ナトリウム等の水酸化物含有化合物、アンモニア、酸化カルシウム等の水溶液中で水酸化物イオンを生成させる化合物から選ばれる少なくとも1種を好適に用いることができる。
有機リン酸エステルとしては、特には限定されないが、例えば、リン酸トリエチル、リン酸トリメチル、リン酸トリブチル、及びリン酸トリフェニルからなる群より選ばれる少なくとも1種を好適に用いることができる。
キレート剤は、特には限定されないが、例えば、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)を好適に用いることができる。
【0022】
ここで、合成溶液における各種成分の好ましい配合割合を説明する。生体内安定性に優れた六方晶のハイドロキシアパタイト結晶を形成するという観点から、各成分は次の範囲で添加されていることが好ましい。
カルシウムイオン源の添加量は、水和物として、例えば硝酸カルシウムであれば、好ましくは0.01mol/kg~1.0mol/kgであり、より好ましくは0.05mol/kg~0.4mol/kgであり、更に好ましくは0.1mol/kg~0.3mol/kgである。
キレート剤の添加量は、例えばEDTAであれば、好ましくは0.01mol/kg~1.0mol/kgであり、より好ましくは0.05mol/kg~0.4mol/kgであり、更に好ましくは0.1mol/kg~0.3mol/kgである。
有機リン酸エステルの添加量は、例えばリン酸トリエチルであれば、好ましくは0.01mol/kg~1.0mol/kgであり、より好ましくは0.05mol/kg~0.4mol/kgであり、更に好ましくは0.1mol/kg~0.3mol/kgである。
水酸化物イオン源の添加量は、例えば水酸化カリウムであれば、好ましくは0.1mol/kg~10mol/kgであり、より好ましくは0.5mol/kg~4mol/kgであり、更に好ましくは1mol/kg~3mol/kgである。
【0023】
なお、水酸化物イオンを含む予備溶液(1)と、カルシウムイオン、キレート剤、及び有機リン酸エステルを含む予備溶液(2)を予め用意し、両者を混合して合成溶液としてもよい。また、初めから全ての成分を添加した合成溶液を用意してもよい。
合成溶液の均質性の観点から、予備溶液(1)と予備溶液(2)を予め用意し、両者を混合して合成溶液とすることが好ましい。
【0024】
水熱合成工程における加熱温度は、特に限定されないが、好ましくは160~250℃であり、より好ましくは170~230℃であり、更に好ましくは180~220℃である。
また、加熱の際には、大気圧よりも大きな圧力をかけることが好ましい。このために、耐圧反応容器を用いることが好ましい。
反応時間は、特に限定されないが、生体内安定性に優れたハイドロキシアパタイト結晶を形成するという観点から、好ましくは4時間~24時間であり、より好ましくは6時間~20時間であり、更に好ましくは8時間~18時間である。なお、反応時間は、所定の加熱温度まで昇温した後のキープ時間であり、所定の加熱温度まで昇温するための昇温時間を適宜設定することができる。
【0025】
(2)剣山状構造11を形成する工程B
工程Bでは、ハイドロキシアパタイト結晶を酸処理して、ハイドロキシアパタイト結晶のc面表面に複数の突起によって構成される剣山状構造を形成する。この工程Bは、酸処理によって、c面表面において突起となる部位を残して、その周囲を局所的に溶解することにより、剣山状構造11を形成するものとされる。
酸処理により、ハイドロキシアパタイト結晶のc面表面に選択的に剣山状構造が形成される理由は定かではないが、酸処理の際の酸性溶液のpH値、処理時間等の条件を適宜設定することにより、c面表面に剣山状構造を形成することができる。
【0026】
ハイドロキシアパタイト結晶の酸処理は、基材の表面に形成された状態のハイドロキシアパタイト結晶を、常温にて酸性溶液に浸漬することにより行うことができる。
ハイドロキシアパタイト結晶10の酸処理には、ハイドロキシアパタイトを溶解可能な所定のpH値の塩酸、硫酸、硝酸等の無機酸の溶液、またはシュウ酸、酢酸等の有機酸の溶液を用いることができる。これらの中でも無機酸水溶液が好ましく、硝酸水溶液がより好ましい。
酸性溶液のpH値は特に限定されないが、ハイドロキシアパタイト結晶10全体の形状を維持しつつ、c面に剣山状構造11を形成するという観点から、pH2.0~pH4.5が好ましく、pH2.5~pH4.0がより好ましく、pH2.8~pH3.8がさらに好ましい。
ハイドロキシアパタイト結晶を酸性溶液に浸漬する時間は特に限定されないが、ハイドロキシアパタイト結晶10全体の形状を維持しつつ、c面に剣山状構造11を形成するという観点から、好ましくは12時間~34時間であり、より好ましくは16時間~30時間であり、更に好ましくは20時間~26時間である。
酸処理されたハイドロキシアパタイト結晶は、洗浄、乾燥され、生体適合部材として用いることができる。
【実施例】
【0027】
実施例により本開示を更に具体的に説明する。
なお、実験例1,2が実施例に相当し、実験例3,4は比較例である。
【0028】
1.生体適合部材の作製
基材3として、99質量%のTiからなる15mm角の基材を用いた。
実験例1,2,3,4では、基材3に粗化処理、洗浄処理、陽極酸化、水熱合成、酸処理を順に行って、各サンプルを作製した。
各実験例における粗化処理、洗浄処理、陽極酸化、水熱合成、酸処理の詳細は以下の通りである。
【0029】
<粗化処理>
粗化処理には、紙やすり#80を用いた。
【0030】
<洗浄処理>
アセトン、エタノール、純水にて各5分間、常温で超音波洗浄を行った。
【0031】
<陽極酸化>
基材3を、下記の表1に記載の条件で陽極酸化した。
【0032】
<水熱合成>
硝酸カルシウム、リン酸トリエチル、EDTA、水酸化カリウムを純水に溶解し、表1に記載の各合成液を調製した。
テフロン(登録商標)製の内筒容器を備えた耐圧反応容器に、合成液と基材3を入れて密閉した。耐圧反応容器を密閉後、8時間かけて50℃から200℃まで昇温し、200℃で16時間維持した。
【0033】
【0034】
<酸処理>
表2に記載のpH値に調整した硝酸水溶液に、25℃で24時間浸漬した。浸漬後、洗浄、乾燥して、サンプルを得た。
【0035】
【0036】
2.評価方法
(1)ハイドロキシアパタイト結晶の形状維持
各サンプルのハイドロキシアパタイト結晶の表面を、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて、電圧15kV、1000倍、5000倍の条件で観察した。
表2において、酸処理前のハイドロキシアパタイト結晶と比較して、ハイドロキシアパタイト結晶の形状が維持されているサンプルを「○」で示し、ハイドロキシアパタイト結晶の形状が維持されていないサンプルを「×」で示す。
(2)剣山状構造の有無
各サンプルのハイドロキシアパタイト結晶のc面表面を、走査電子顕微鏡(SEM)を用いて、電圧15kV、5000倍、10000倍の条件で観察した。
表2において、剣山状構造が観察されたサンプルを「○」で示し、剣山状構造が観察されないサンプルを「×」で示す。なお、ハイドロキシアパタイト結晶の形状が維持されておらず、ハイドロキシアパタイト結晶のc面表面を観察できないサンプルについては、「―」とする。
【0037】
3.評価結果
表2に評価結果を示す。
図3~
図10に、SEMの観察像を示す。
図3~
図5は、実験例1のサンプルの観察像(1000倍、5000倍、10000倍)である。
図6~
図8は、実験例2のサンプルの観察像(1000倍、5000倍、10000倍)である。
図9は、実験例3のサンプルの観察像(5000倍)である。
図10は、酸処理前のサンプルの観察像(5000倍)である。
(1)ハイドロキシアパタイト結晶の形状維持
実験例1、実験例2、実験例3では、六方晶のハイドロキシアパタイト結晶の形状が維持されていた。実験例4では、六方晶のハイドロキシアパタイト結晶が観察されなかった。実施例4では、ハイドロキシアパタイト結晶全体が酸処理により溶解したと推測される。
(2)剣山状構造の有無
実験例1、実験例2では、ハイドロキシアパタイト結晶のc面表面に剣山状構造が観察された。実験例3では、ハイドロキシアパタイト結晶のc面表面に剣山状構造が観察されなかった。
また、pHが3.7の硝酸水溶液で処理した実験例1(実施例)と、pHが2.9の硝酸水溶液で処理した実験例2(実施例)を比較すると、よりpHが小さい実験例2の方が剣山状構造における複数の突起の高さが大きかった。
このようにして得られる生体適合部材は、生体内安定性が良好で抗菌性を有する。そして、整形インプラント材料等の産業上の利用分野において好適に用いることができる。
【0038】
<他の実施形態(変形例)>
なお、この発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能である。
上記実施形態では、生体適合部材の製造方法として、基材の表面の少なくとも一部に六方晶のハイドロキシアパタイト結晶を形成する工程を備えるものを例示したが、生体適合部材の製造方法はこれに限られない。例えば、六方晶のハイドロキシアパタイト結晶を形成する工程において、粒子状の六方晶のハイドロキシアパタイト結晶を形成してもよい。このような製造方法によって得られる生体適合部材は、剣山状構造を有する粒子状のハイドロキシアパタイト結晶からなり、抗菌性を有する生体適合部材として用いることができる。例えば、粒子状の生体適合部材を他の材料に混合し、また、他の部材にコーティングすることにより、抗菌性が付与された複合材を得ることが可能となる。
【符号の説明】
【0039】
1…生体適合部材
3…基材
5…表面
10…ハイドロキシアパタイト結晶
11…剣山状構造
13…突起
15…端面
17…側面
19…柱状体