(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-01
(45)【発行日】2023-06-09
(54)【発明の名称】植物病原性真菌の検出装置、並びに、それを用いた検出方法および農薬濃度の選択方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/34 20060101AFI20230602BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20230602BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20230602BHJP
A01N 25/00 20060101ALN20230602BHJP
A01N 37/32 20060101ALN20230602BHJP
A01N 47/04 20060101ALN20230602BHJP
A01P 3/00 20060101ALN20230602BHJP
【FI】
C12M1/34 B
C12Q1/04
G01N33/15 C
A01N25/00 102
A01N37/32 101
A01N47/04 101
A01P3/00
(21)【出願番号】P 2020530011
(86)(22)【出願日】2019-05-21
(86)【国際出願番号】 JP2019019998
(87)【国際公開番号】W WO2020012781
(87)【国際公開日】2020-01-16
【審査請求日】2022-04-26
(31)【優先権主張番号】P 2018130065
(32)【優先日】2018-07-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100162765
【氏名又は名称】宇佐美 綾
(72)【発明者】
【氏名】山口 佳織
(72)【発明者】
【氏名】河合 志希保
(72)【発明者】
【氏名】石堂 太郎
(72)【発明者】
【氏名】狩集 慶文
【審査官】木原 啓一郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/011835(WO,A1)
【文献】特開2017-029132(JP,A)
【文献】特開2017-029131(JP,A)
【文献】桜井寿,植物病原菌における薬剤耐性菌の検定法とその疫学,日本農薬学会誌,1977年,vol. 2, no. 2,p. 177-186
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
C12Q
G01N 33/15
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
人工細胞壁と
、前記人工細胞壁の上部に設けられた試験試料投入部と、前記人工細胞壁の下部に設けられた培地層を備えるデバイスと、
前記培地層を横方向から観察する観察部を備えており、
前記培地層にそれぞれ異なる農薬原体が含まれていること、並びに、
前記培地層において、基準量及び基準量から希釈した濃度の農薬を含む複数の層が、下から上に向けて濃度の高い層から順に積層されており、さらに最上層として農薬を含まない層が備えられていることを特徴とする、植物病原性真菌の検出装置。
【請求項2】
前記人工細胞壁が、孔径2~7μmの貫通孔を有し、かつ厚み5~150μmの基板と、当該基板の片面に設けられた厚み0.5~2μmのセルロース膜とを少なくとも備える、請求項1に記載の検出装置。
【請求項3】
複数個の前記デバイスが円周上に配置されている、請求項1または2に記載の検出装置。
【請求項4】
複数個の前記デバイスが直列に配置されている、請求項1または2に記載の検出装置。
【請求項5】
複数個の前記デバイスのうち、少なくとも一つのデバイスの培地層には農薬原体が含まれていない、請求項3または4に記載の検出装置。
【請求項6】
前記デバイスが移動すること、並びに、
前記観察部が固定されており、当該観察部にて各デバイスを横方向から観察することを特徴とする、請求項1~5のいずれかに記載の検出装置。
【請求項7】
対象とする植物がトマトである、請求項1~6のいずれかに記載の検出装置。
【請求項8】
検出対象が、トマト灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)、トマトすすカビ病菌(Pseudocercospora fuligena)、トマト葉カビ病菌(Passalora fulva)から選択される少なくとも一つである、請求項7に
記載の検出装置。
【請求項9】
前記培地層に含まれる農薬原体が、カスガマイシン(Kasugamycinhydrochloridemonohydrate)、メパピニウム(Mepanipyrim)、ペンチオピラド(Penthiopyrad)、トリフルミゾール(Triflumizole)、ジフェノコナゾール(Difenoconazole)、フェンピラザミン(Fenpyrazamine)、イプロジオン(Iprodione)、フルジオキソニル(Fludioxonil)、テトラクロロイソフタロニトリル(TPN)、イミノクタジンアルベシル酸(Iminoctadinealbesilate)、カプタン(Captan)、チオファネートメチル(Tiophanete-methyl)、ベノミル(Benomyl)、ジエトフェンカルブ(Diethofencarb)、アゾキシストロビン(Azoxystrobin)、ポリオキシン(Polioxin)からなる群より選択される1種以上である、請求項1~8のいずれかに記載の検出装置。
【請求項10】
請求項1~9のいずれかに記載の検出装置を用いて、植物病原性真菌を選択的に検出することを含む、検出方法。
【請求項11】
請求項1~9のいずれかに記載の検出装置を用いて、有効な農薬濃度を選択することを含む、農薬濃度の選択方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、農薬濃度選択機能を有する植物病原性真菌の検出装置、並びに、それを用いた病原性真菌の検出方法および農薬濃度の選択方法に関する。
【背景技術】
【0002】
植物病原性真菌については、植物侵入性に係る性質として、植物表面に付着器を形成して付着後、気孔組織等細孔を探してそこから菌糸を植物体中に伸ばす、あるいは菌糸から植物細胞壁分解酵素(セルラーゼ、ペクチナーゼ)を分泌するなどの特徴がある。
【0003】
これらを利用して、例えば、特許文献1では、微多孔膜支持体を用いた真菌計量方法を開示している。また、非特許文献1では、植物病原性卵菌の1種であるPhytophthora sojaeの偽菌糸が、水平に成長するより下方向にあたかも潜ろうとすること、及び3μmの孔を有するPET(ポリエチレンテレフタレート)膜を貫通することを開示している。
【0004】
また、この性質に着目し、本発明者らは既に、植物病原性卵菌類の判定方法を提案している(特許文献2)。
【0005】
さらに、複数のウェルを有するプレートを用いてスキャニングすることによって、菌繁殖を一度に観察し、細菌または真菌の固定検査や薬剤感受性検査を行うという技術も報告されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2005-287337号公報
【文献】特許第6167309号
【文献】特開2015-177768号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Paul F. Morris.et.al.“Chemotropic and Contact Responses of Phytophthora sojae Hyphae to Soybean Isoflavonoids and Artificial Substrates”,Plant Physiol.(1998)117:1171-1178
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
背景技術で示した技術(特許文献1~2および非特許文献1)は、植物病原性真菌の選択的検知を可能にするが、植物栽培現場においては、病原性真菌検知後の対応、即ち農薬投薬による病原性真菌の成長抑制、排除が必要とされる。この点、これまでに知られている従来技術では、病原性真菌によって発症した後にその症状から病原菌を推定し投薬を行う、あるいは病原菌を分離・同定後に投薬を行うことになり、蔓延が防げない状況が起こってしまう。あるいは、発症を前提に農薬の過剰な事前投薬を行うなどの対応が取られることもあり、農場管理作業の重労働化をもたらしている。この過剰投薬は、さらに、耐性菌の出現を促す結果に繋がっていると見られ、労力をかけても病気を抑えられず、収穫減・作物放棄に陥る例が見られているのが現状である。
【0009】
また、特許文献3の技術では、有効な農薬や農薬濃度の選択について検討されてはおらず、さらに検知方法が水平となっているため、農薬濃度を選択する場合などは効率的であるとは言えない。
【0010】
本発明は、このような実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、試験試料が植物病原性真菌を含有するかどうかを選択的に判定するとともに、当該植物病原性真菌に対する有効農薬および有効農薬濃度を、真菌性病害発症前に提示できる、検出装置、並びに、検出方法及び有効農薬濃度の選択方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者等は、鋭意検討した結果、下記構成の検出装置によって上記課題を解消し得ることを見出し、かかる知見に基づいて更に検討を重ねることによって本発明を完成した。
【0012】
すなわち、本発明の一つの局面に関する検出装置は、人工細胞壁と、前記人工細胞壁の上部に設けられた試験試料投入部と、前記人工細胞壁の下部に設けられた培地層を備えるデバイスと、前記培地層を横方向から観察する観察部を備えており、前記培地層にそれぞ
れ異なる農薬原体が含まれていること、並びに、前記培地層において、基準量及び基準量から希釈した濃度の農薬を含む複数の層が、下から上に向けて濃度の高い層から順に積層されており、さらに最上層として農薬を含まない層が備えられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、簡易かつ安全に、植物病原性真菌を選択的に検出できる装置および方法を提供することができる。また、本発明によって、真菌性病害の発症前に有効な農薬及び農薬濃度を選択することができる。それにより、無駄な農薬を散布する労力や過剰投薬などを抑えることに加え、不必要に高濃度の農薬を散布することを防げ、農薬量を削減できる可能性があり、残留農薬の抑制などに有効である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に関する検出装置の一部を示す概略断面図である。
【
図2】
図2は、本実施形態の検出装置におけるデバイスが備える人工細胞壁の一例を示す概略断面図である。
【
図3】
図3は、本実施形態の検出装置の一例を示す上面図(上)および断面図(下)である。
【
図4】
図4は、本発明のさらなる実施態様に係る検出装置の一例を示す断面図(上)及び上面図(下)である。
【
図5】
図5は、
図3に示す本実施形態の検出装置の検出動作の一例を示す概略図である。
【
図6】
図6は、
図4に示す本実施形態の検出装置の検出動作の一例を示す概略図である。
【
図7】
図7は、実施例の結果を示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る実施形態について具体的に説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。
【0016】
(検出装置)
本実施形態に係る、植物病原性真菌を検出する装置は、
図1に示すように、人工細胞壁2と、前記人工細胞壁2の上部に設けられた試験試料投入部3と、前記人工細胞壁2の下部に設けられた培養層6とを有するデバイス1を有している。本実施形態におけるデバイス1は、培養器と言い換えられることができる。さらに、本実施形態の装置は、後述の
図5および
図6に示されるような、各デバイス内での菌糸生長を検出する光学的観察部7を有している。
【0017】
前記培地層6はそれぞれ異なる農薬原体が含まれており、培地容器4に積層された複数の層からなる。すなわち、前記培地層においては、基準量及び基準量から希釈した濃度の農薬を含む複数の層が、下から上に向けて濃度の高い層から順に積層されており、さらに最上層として農薬を含まない層が備えられている。例えば、
図1では、一番上には無農薬固体培地61があり、その下に順に、基準量の1/50量の農薬を配合した培地62、基準量の1/5量の農薬を配合した培地63、および基準量の農薬を配合した培地62が積層されている。
【0018】
試験試料投入部3は試験試料5を投入するための容器であり、試験試料投入部3の底面は、人工細胞壁2で形成されている。
【0019】
人工細胞壁2は、
図2に示すように、貫通孔22を有する基板21と、前記基板21の片面に設けられたセルロース膜23とを少なくとも備えていることが好ましい。このような人工細胞壁を使用することによって、標的とする植物病原性真菌を選択的に検出することがより容易になる。
【0020】
前記貫通孔22は、基板21の表側の面から裏側の面まで貫通しており、当該貫通孔の孔径は2~7μm(断面積4.5~38.5μm2)であることが好ましい。孔径が前記範囲であることによって、標的の病原性真菌をより確実に選択的に検出することができる。
【0021】
また、標的の病原性真菌をより確実に選択的に検出するためには、セルロース膜23の厚みも調整することが好ましい。具体的には、セルロース膜23の厚みは、0.5~2μmであることが好ましい。
【0022】
本実施形態の人工細胞壁2において、基板21の貫通孔22の孔径およびセルロース膜23の膜厚を上記範囲のように調整することによって、植物非病原性真菌は、セルロース膜23を貫通しないものが多いのに対し、本実施形態で標的とする病原性真菌は選択的にセルロース膜23の裏面に現れるため、植物非病原性真菌を選択的に検出できると考えられる。
【0023】
また、前記基板21の厚みは特に限定されないが、一例として5~150μm程度であることが好ましい。
【0024】
図1に示されるように、試験試料投入部3の内部に、試験試料5が供給される。このようにして、試験試料5が植物病原性真菌を含有している場合、基板21の表側の面上に植物病原性真菌が存在することになる。
【0025】
本実施形態において、試験試料5は、固体、液体、または気体である。試験試料5は、固体または液体であることが望ましい。固体の試験試料5の例は、土壌または破砕された植物等である。他の例は、バーミキュライト、ロックウール、またはウレタンのような農業資材等である。液体の試験試料5の例は、農業用水、水耕栽培のために用いられた溶液、植物を洗浄するために使用した後の液体、植物から抽出された液体、農業資材を洗浄するために使用した後の液体、または作業者の衣類あるいは靴を洗浄するために使用した後の液体等である。
【0026】
あるいは、どの農薬が有効であるかを調べて、特定の植物について有効農薬を選択したい場合には、その植物に害をなす病原性真菌をあらかじめ培養しておき、その培養液を試験試料5として用いることもできる。
【0027】
本実施形態の検出装置が標的とする植物病原性真菌は、例えば、トマト病原性真菌や、その他、Fusarium属、Pyricularia属、またはColletotrichum属に属する真菌などが挙げられる。トマト病原性真菌としては、トマト灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)、トマトすすカビ病菌(Pseudocercospora fuligena)、トマト葉カビ病菌(Passalora fulva)等が挙げられる。
【0028】
その他、植物病原性真菌の例は、Fusarium oxysporum、Pyricularia grisea、またはColletotrichum gloeosporioides等である。これらの植物病原性真菌は、根腐れ病(Root rot disease)、いもち病(blast)、炭疽病(Anthrax)、灰色かび病(Gray mold)などを引き起こす。これらの植物病原性真菌は、植物を枯らす。植物非病原性真菌の例は、Saccharomyces cerevisiae、Penicillium chysogeum、またはAspergillus oryzaeである。
【0029】
本実施形態において、標的とする植物はトマトであることが好ましく、ひいては、植物病原性真菌としては、トマト灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)、トマトすすカビ病菌(Pseudocercospora fuligena)、トマト葉カビ病菌(Passalora fulva)から選択される少なくとも一つであることが好ましい。
【0030】
なお、本明細書において、用語「植物病原性」とは、植物に対して病原性を有していることを意味する。用語「植物非病原性」とは、植物に対して病原性を有していないことを意味する。真菌が病原性を有しているとしても、植物に対して病原性を有していないのであれば、その真菌は「植物非病原性」である。言い換えれば、真菌が植物に対して悪影響を与えないのであれば、その真菌は「植物非病原性」である。用語「植物非病原性」に含まれる接頭語「非」は、「植物」を修飾せず、接頭語「非」は「病原性」を修飾する。
【0031】
本実施形態の検出装置において、前記人工細胞壁2の下部に設けられた培地層6は、上述したように培地容器4内に積層された複数の層からなる。培地層6として使用される培地としては、真菌が培養できる培養液であれば特に限定はされず、一般的な培地や培養液を使用できる。例えば、ポテトデキストロース寒天培地、サブローデキストロース寒天培地等が使用可能であるが、複数の層を積層するために、固形であることが望ましい。なお、真菌の培養を加速するために、培地層6だけでなく、前記試験試料5にも培養液を添加してもよい。
【0032】
前記培地容器4は、観察をしやすくするため、ガラス製または透明な樹脂などで構成された容器であることが好ましい。形状は特に限定されず、円筒型や方形などであってもよい。
【0033】
本実施形態では、この培地層6に培地と共に農薬原体を投入する。農薬原体は、装置が有するデバイスを複数個有している場合は、各デバイスでそれぞれ異なるものを投入する。農薬原体としては、所望の植物に有効な農薬であるかどうか調べたい農薬原体であれば特に限定なく使用することができる。
【0034】
例えば、カスガマイシン(Kasugamycinhydrochloridemonohydrate)、メパピニウム(Mepanipyrim)、ペンチオピラド(Penthiopyrad)、トリフルミゾール(Triflumizole)、ジフェノコナゾール(Difenoconazole)、フェンピラザミン(Fenpyrazamine)、イプロジオン(Iprodione)、フルジオキソニル(Fludioxonil)、テトラクロロイソフタロニトリル(TPN)、イミノクタジンアルベシル酸(Iminoctadinealbesilate)、カプタン(Captan)、チオファネートメチル(Tiophanete-methyl)、ベノミル(Benomyl)、ジエトフェンカルブ(Diethofencarb)、アゾキシストロビン(Azoxystrobin)、ポリオキシン(Polioxin)等を使用することができる。
【0035】
培地層6は、複数の層からなり、それぞれの層には異なる濃度の農薬原体が含まれる。このように農薬濃度のグラデーションを作製し、一番上の層に無農薬培地を配置することによって、試験試料に病原性真菌が含まれている場合、前記人工細胞壁を貫通した真菌が無農薬培地からさらに下に菌糸を伸ばしてくる。この菌糸の生長が止まった層における農薬濃度が、当該真菌に対する有効な農薬濃度であると判定できる。なお、当該真菌が最下層の基準量の農薬を含む培地まで菌糸を生長させている場合、その農薬原体は当該真菌に対して有効ではないと判断される。
【0036】
培地層6に含まれる層の数は、
図1では4層としているが特に限定はなく、必要に応じて適宜設定できる。また、各層に含まれる農薬濃度についても、最下層を基準量としておき、基準量から希釈した濃度の農薬を含む複数の層が下から上に向けて濃度の高い層から順に積層され、最上層として農薬を含まない層が含まれている限り、中間層における農薬濃度は適宜設定可能である。
【0037】
本実施形態の検出装置では、一定の培養期間を経た後、前記人工細胞壁2のセルロース膜23の裏面に接する培地層に、植物病原性真菌が現れているかどうかを観察することによって、試料中における植物病原性真菌の存否を検出でき、また、真菌が現れているかどうかでそのデバイスに含まれている農薬原体が有効であるかどうかを確認でき、さらに当該真菌の菌糸がどの培地層まで生長しているかを観察することによって、前記農薬の有効濃度を判定することができる。
【0038】
その観察を行うために、本実施形態の検出装置は、
図5および
図6に示すような光学的観察部7を、デバイス1の横(前)に備えている。光学的観察部7としては、光学顕微鏡などを使用することができる。
【0039】
真菌の培養期間は特に限定はされず積層される農薬培地の数や、各層の厚さによって変わるが、通常は、72時間以上であることが好ましい。また、培養温度については、20~28℃程度とすることが好ましい。
【0040】
本実施形態の検出装置では、
図1に示すような試験試料投入部3、人工細胞壁2および培地層6で少なくとも構成されているデバイス1を複数個備えている。複数のデバイス1の配置・配列については、例えば、
図3に示すように円周上に配置してもよいし、
図4に示すように直列に配置することもできる。デバイス1の配置については、光学的観察部が横から培地層を観察できるような配置である限り、特には限定されない。
【0041】
図3は本実施形態のデバイス1を円周上に配置した場合の上面図(上)および断面図(下)である。また、
図4は、本実施形態のデバイス1を直列に配置した場合の断面図(上)および上面図(下)である。
【0042】
本実施形態の検出装置は、上述したようなデバイスを複数個有していることが好ましく、その複数個のデバイスのうち、少なくとも一つのデバイスの培地層には農薬原体が含まれていないことが好ましい。例えば、後述の
図5および6において「ブランク」と示されているデバイスには農薬原体は含まれていない。ブランクのデバイスは、一つまたは複数設けることができる。ブランクのデバイスの位置については把握し、判別できるようにしておくことが好ましい。
【0043】
本実施形態の検出装置は、複数個の各デバイスが円周上に配置されている場合、
図5に示すように、円周上に配置された前記デバイスが水平方向に回転すること、並びに、前記光学的観察部7が特定の場所に固定されており、回転によって当該光学的観察部7に各デバイス1が到達した時に、デバイスの横方向から、培地層6に菌が現れているかどうかを観察することが好ましい。
【0044】
また、複数個の各デバイスが直列に配置されている場合には、
図6に示すように、デバイスではなく光学的観察部7の方を左右に移動させて各デバイスの観察を行ってもよい。
【0045】
このように、いずれの場合であっても、光学的観察部7は一つ設置するだけでよく、あとはデバイスを回転させるか、光学的観察部7を移動させて培地層6における真菌の存否を検出することができる。
【0046】
検出(光学的観察)は、ブランク(農薬原体が含まれていない)のデバイスから始めることが好ましい。ブランクをまず観察し、そこで菌糸の成長が認められない時は、その試験試料には病原性真菌類が存在しないと判断してそれ以降の検出を停止することができる。前記ブランクにおいて菌糸の成長が認められた場合にのみ、それ以降、順番に各農薬原体が有効であるかと検出していくことができるため、効率的でコストを抑えることもできる。
【0047】
各農薬原体の配置順は特に限定はされないが、耐性リスクが低いとされる農薬原体から準備配置していくことが好ましい。具体的には、例えば、トマトの病原性真菌を検出する場合、TPN、キャプタン、イミノクタジンアルベシル酸、フェンピラザミン、フルジオキソニル、をこの順に配置することが好ましい。その後で、耐性リスクが中~高(=耐性菌が出現しやすい)の農薬原体を配置することが望ましい。具体的には、例えば、カスガマイシン、メパニピリム、ペンチオピラド、アゾキシストロビン、ポリオキシン、トリフルミゾール、ジフェノコナゾール、イプロジオン、チオファネートメチル、ベノミル、ジエトフェンカルブ、をこの順に配置することが好ましい。
【0048】
農薬原体の数は、対象とする病原性真菌によっても異なり、例えば、トマトすすカビ病菌(Pseudocercospora fuligena)だけを検出対象にする場合は、農薬原体の数を5種類にまで減らすことができる。
【0049】
以上、説明したような本実施形態の検出装置によれば、デバイスにおける真菌の生育状況から効果のある農薬および当該農薬の有効濃度を提示することができる。また、農薬の効果パターンから病原性真菌の種類を特定することも可能になると考えられる。さらには、検出結果のデータを蓄積して整理することによって、真菌の中で抵抗性株の出現も示唆することができると考えられる。
【0050】
(病原性真菌の検出方法)
さらに、本発明には、上述したような検出装置を用いて、植物病原性真菌を選択的に検出することを含む、植物病原性真菌の検出方法が包含される。
【0051】
本実施形態の植物病原性真菌の検出方法は、上述した検出装置を用いる限り、その他の工程については特に限定はされないが、例えば、前記検出装置の試験試料投入部3に試験試料を投入する工程、試験試料を検出装置内で静置する工程(培養する工程)、静置後、前記検出装置の人工細胞壁2(セルロース膜23)の下部を観察する工程、および、前記セルロース膜23の下部や培地層6に真菌の菌糸が観察された場合、前記試験試料は植物病原性真菌を含んでいると判定する工程を含む。
【0052】
(農薬及び有効農薬濃度の選択方法)
また、本発明には、上述したような検出装置を用いて、有効な農薬原体および農薬濃度を選択する、農薬濃度の選択方法が包含される。
【0053】
本実施形態の農薬濃度の選択方法は、上述した検出装置を用いる限り、その他の工程については特に限定はされないが、例えば、
・ブランク以外の複数のデバイスの培地層6の最上層以外の層にそれぞれ異なる農薬原体
を基準量および基準量から希釈した濃度で投入する工程、
・ブランクのデバイスの試験試料投入部3に試験試料5を投入する工程、試験試料5を検
出装置内で静置する工程(培養する工程)、静置後、前記検出装置の培地層6を観察する
工程、
・前記培地層6に真菌が観察された場合、前記試験試料5は植物病原性真菌を含んでいる
として、デバイスを移動させ、次の農薬原体を含むデバイスにおける培地層6において、
真菌がどの層にまで菌糸を生長させているか観察する工程、
・前記培地層6において菌糸の生長が止まった層における農薬濃度が、当該真菌に対する
有効な農薬濃度であると判定する工程を、少なくとも含むことが好ましい。
【0054】
本明細書は、上述したように様々な態様の技術を開示しているが、そのうち主な技術を以下に纏める。
【0055】
本発明の一つの局面に係る、植物病原性真菌の検出装置は、人工細胞壁と、前記人工細胞壁の上部に設けられた試験試料投入部と、前記人工細胞壁の下部に設けられた培地層を備えるデバイスと、前記培地層を横方向から観察する観察部を備えており、前記培地層にそれぞれ異なる農薬原体が含まれていること、並びに、前記培地層において、基準量及び基準量から希釈した濃度の農薬を含む複数の層が、下から上に向けて濃度の高い層から順に積層されており、さらに最上層として農薬を含まない層が備えられていることを特徴とする。
【0056】
このような構成により、簡易かつ安全に、植物病原性真菌を選択的に検出できる装置および方法を提供することができる。また、真菌性病害の発症前に有効な農薬及び農薬濃度を選択することができる。それにより、無駄な農薬を散布する労力や過剰投薬などを抑えることに加え、不必要に高濃度の農薬を散布することを防げ、農薬量を削減できる可能性があり、残留農薬の抑制などに有効である。
【0057】
また、前記検出装置において、前記人工細胞壁が、孔径2~7μmの貫通孔を有し、かつ厚み5~150μmの基板と、当該基板の片面に設けられた厚み0.5~2μmのセルロース膜とを少なくとも備えることが好ましい。これにより、上述した効果をより確実に得ることができると考えられる。
【0058】
また、前記検出装置において、複数個の前記デバイスが円周上または直列に配置されていることが好ましい。それにより、各デバイスの培地層を横方向から観察することがより容易となる。
【0059】
また、前記検出装置において、複数個のデバイスのうち、少なくとも一つのデバイスの培地層には農薬原体が含まれていないことが好ましい。このような構成により、試験試料に病原性真菌が含まれていない場合にそれを早期に判定することができ、それ以降の無駄な検査を割愛できるという利点がある。
【0060】
さらに、前記検出装置において、前記デバイスが移動すること、並びに、前記観察部が固定されており、当該観察部にて各デバイスを横方向から観察することが好ましい。それにより、より効率良く上述した効果を得ることができると考えられる。
【0061】
さらには、前記検出装置において、対象とする植物がトマトであること、また、検出対象が、トマト灰色カビ病菌(Botrytis cinerea)、トマトすすカビ病菌(Pseudocercospora fuligena)、トマト葉カビ病菌(Passalora fulva)から選択される少なくとも一つであることが好ましい。それにより、上述したような効果をより発揮することができると考えられる。
【0062】
また、前記培地層に含まれる農薬原体が、カスガマイシン(Kasugamycinhydrochloridemonohydrate)、メパピニウム(Mepanipyrim)、ペンチオピラド(Penthiopyrad)、トリフルミゾール(Triflumizole)、ジフェノコナゾール(Difenoconazole)、フェンピラザミン(Fenpyrazamine)、イプロジオン(Iprodione)、フルジオキソニル(Fludioxonil)、テトラクロロイソフタロニトリル(TPN)、イミノクタジンアルベシル酸(Iminoctadinealbesilate)、カプタン(Captan)、チオファネートメチル(Tiophanete-methyl)、ベノミル(Benomyl)、ジエトフェンカルブ(Diethofencarb)、アゾキシストロビン(Azoxystrobin)、ポリオキシン(Polioxin)からなる群より選択される1種以上であることが好ましい。それにより、上述したような効果をより発揮することができると考えられる。
【0063】
また、本発明の他の局面に係る植物病原性真菌の検出方法は、上述した検出装置を用いて、植物病原性真菌を選択的に検出することを含むことを特徴とする。
【0064】
本発明のさらに他の局面に係る農薬の選択方法は、上述した検出装置を用いて、有効な農薬濃度を選択することを含むことを特徴とする。
【0065】
以下に、実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0066】
(実施例)
(Botrytis cinereaの培養)
植物病原菌の一種で、トマト灰色カビ病の病原真菌であるBotrytis cinereaが、ポテトデキストロース寒天培地(Difco(登録商標) Potato Dextrose Agar)に接種された。次いで、培地は摂氏25度の温度下で1週間静置された。Botrytis cinereaは岐阜大学応用生物科学部に所属する清水准教授より与えられた。次いで、十分に菌糸が生育したBotrytis cinerea培養ポテトデキストロース寒天培地をブラックライト照射下に4日間以上放置後、室温環境に2週間以上放置し、胞子形成を促した。前記処理を行ったBotrytis cinerea培養ポテトデキストロース寒天培地に滅菌純水を数ml滴下し、白金耳、筆等で菌糸表面を擦り、破砕菌糸・胞子混合懸濁液を得た。以下、この水溶液を、「植物病原性真菌水溶液」と称す。
【0067】
(農薬濃度三水準積層培地の用意)
ポテトデキストロース寒天培地に農薬主成分試薬カプタン(Captan)(東京化成工業株式会社(TCI)製)を、投入量(濃度)を変えて添加して、元になる培地を3層作製した。カプタンは基準使用濃度の100倍濃度のDMSO(SIGMA-ALDRICH社製)溶液として調製し、ポテトデキストロース寒天培地1L当たり、0、2、10mlずつ投入混合して、カプタン濃度が0(無配合)、基準使用量の5分の1、基準使用量、という三水準の培地を作った。本実施例では、前記の三水準のカプタンを含むポテトデキストロース寒天培地を、下からカプタン基準量培地、その5分の1培地、カプタン無配合培地の順に積層し、ガラスの円筒形又は方形の成型部材で刳り抜き、実施例のデバイスとした。
【0068】
(農薬無添加積層培地の用意)
さらに比較のため、農薬無添加培地のみからなる培地層を有するデバイス(ブランク)として、カプタン無添加のポテトデキストロース寒天培地を三層重ねたものを上記と同様に成型して用いた。
【0069】
(デバイスへの植物病原性真菌水溶液添加と培養)
上記で作られた、内部に農薬濃度三水準積層培地を収納するデバイス(実施例1)及び農薬無添加積層培地を収納するデバイス(ブランク)の最上部、即ち農薬濃度三水準積層培地においてはカプタン無添加のポテトデキストロース寒天培地上に、200個のBotrytis cinereaの菌糸片と胞子を含む、植物病原菌水溶液200マイクロリットルがそれぞれ添加された。
【0070】
植物病原菌水溶液を添加された各デバイスは、摂氏25度の温度で7日間静置し培養した。
【0071】
(結果・考察)
培養後、実施例のデバイス及びブランクのデバイスを、それぞれの透明部材の側面から積層寒天培地を顕微鏡で観察した。その顕微鏡写真を
図7に示す。左側がブランクのデバイスの結果で、右側が実施例のデバイスの結果である。
【0072】
図7で示されるように、一番上にあるBotrytis cinerea菌糸集塊5から菌糸がそれぞれのデバイスにおける積層寒天培地内部に侵入し成長している様子が光学顕微鏡を介した目視により捉えられた。
【0073】
ブランクのデバイスの写真では、積層されたポテトデキストロース寒天培地の内部、三層目までBotrytis cinereaの菌糸の到達が見られるのに対し、実施例のデバイスでは、表層のカプタン無配合層61では旺盛なBotrytis cinereaの菌糸の侵入・培地内部での菌糸の繁殖が見られるのに対し、二層目のカプタンの基準使用量の1/5配合層63では、培地内部にBotrytis cinereaの菌糸は認められず、透明なままであった。その下のカプタン基準量配合層64にも菌糸は認められなかった。これは、農薬成分カプタンが、基準使用量の5分の1の量でBotrytis cinereaに対し効果を示したことを示している。
【0074】
以上の試験により、本発明によれば、試験試料が植物病原性真菌を含有するかどうかを選択的に判定するとともに、当該植物病原性真菌に対する有効農薬濃度を提示できることが示された。その結果によって、農薬量の削減可能性を示すことができる。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本開示の農薬選択機能を有する植物病原性真菌の検出装置は、試験試料が植物病原性真菌を含有するかどうかを選択的に判定するとともに、当該植物病原性真菌に対する有効農薬濃度を、真菌性病害発症前に提示できる。このため、本開示の検出装置は、各種農業等の技術分野において好適に利用できる。
【符号の説明】
【0076】
1 デバイス
2 人工細胞壁
3 試験試料投入部
4 培地容器
5 試験試料
6 培地層
7 光学的観察部
21 基板
22 貫通孔
23 セルロース膜
61 無農薬培地層
62 基準量の1/50農薬配合培地層
63 基準量の1/5農薬配合培地層
64 基準量農薬配合培地層