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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-01
(45)【発行日】2023-06-09
(54)【発明の名称】クロスフローろ過装置の作製方法
(51)【国際特許分類】
   B01D 63/08 20060101AFI20230602BHJP
   G01N 37/00 20060101ALI20230602BHJP
   B01D 67/00 20060101ALI20230602BHJP
   B01D 71/70 20060101ALI20230602BHJP
   B01D 29/01 20060101ALI20230602BHJP
   B01D 39/16 20060101ALI20230602BHJP
【FI】
B01D63/08
G01N37/00 101
B01D67/00
B01D71/70
B01D29/04 510B
B01D29/04 510D
B01D29/04 510F
B01D29/04 530A
B01D39/16 C
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019071898
(22)【出願日】2019-04-04
(65)【公開番号】P2020168611
(43)【公開日】2020-10-15
【審査請求日】2022-03-11
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100120031
【弁理士】
【氏名又は名称】宮嶋 学
(74)【代理人】
【識別番号】100127465
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 幸裕
(74)【代理人】
【識別番号】100196047
【弁理士】
【氏名又は名称】柳本 陽征
(72)【発明者】
【氏名】山田 真澄
(72)【発明者】
【氏名】関 実
(72)【発明者】
【氏名】大内 貴智
(72)【発明者】
【氏名】仲田 佳代
【審査官】石岡 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-201549(JP,A)
【文献】特開2015-113469(JP,A)
【文献】特開2006-061870(JP,A)
【文献】特開2006-095515(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D24/00-35/04、35/10-37/04、39/00-41/04、53/22、61/00-71/82
C02F1/44
G01N37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)溶媒によって除去可能な微粒子を樹脂材料に包埋し、その後、前記微粒子を含む前記樹脂材料を平板状に加工し、さらにその後、前記微粒子を除去することによって、連通した微細孔を内部に有する多孔性基材Pを形成する工程と、
(2)多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる平板状の基板Aを形成する工程と、
(3)基板Aの上面および下面にそれぞれ接合させるための平板状の基板Bおよび基板Cを形成する工程と、
(4)基板Aの上面および基板Bの下面の少なくともいずれか一方に、部分的に多孔性基材Pに接するように配置することができ、さらに溶液を導入するための入口Iおよび溶液を排出するための出口Oをそれぞれ少なくとも1つずつ有するとともに、多孔性基材Pと出口Oの間において、非多孔性基材Nに接する流路部分Fを有する、導入流路Dを形成する工程と、
(5)基板Aの下面と基板Cの上面の少なくともいずれか一方に、少なくとも部分的に多孔性基材Pに接するように配置することができ、さらに溶液を排出するための出口O’を少なくとも1つ有する、回収流路Eを形成する工程と、
(6)基板Aを基板Bおよび基板Cによって挟み込み固定する工程と、
を含む、
クロスフローろ過装置の作製方法。
【請求項2】
導入流路Dを基板Bの下面に形成する工程を含む、
請求項1に記載のクロスフローろ過装置の作製方法。
【請求項3】
回収流路Eを基板Cの上面に形成する工程を含む、
請求項1乃至のいずれか1項に記載のクロスフローろ過装置の作製方法。
【請求項4】
液体を導入できる少なくとも2つの入口Iおよび入口I’を備える導入流路Dを形成する工程を含む、
請求項1乃至のいずれか1項に記載のクロスフローろ過装置の作製方法。
【請求項5】
前記樹脂材料とはゴム状の材料であり、かつ、加熱操作、重合操作、あるいは架橋操作によって平板状に加工できる材料である、
請求項1乃至のいずれか1項に記載のクロスフローろ過装置の作製方法。
【請求項6】
前記樹脂材料とは、シリコーン樹脂であり、かつ、架橋剤あるいは触媒の作用によって硬化させることができる材料である、
請求項1乃至のいずれか1項に記載のクロスフローろ過装置の作製方法。
【請求項7】
多孔性基材Pの厚みは200マイクロメートル以上である、
請求項1乃至のいずれか1項に記載のクロスフローろ過装置の作製方法。
【請求項8】
導入流路Dの深さは200マイクロメートル以下である、
請求項1乃至のいずれか1項に記載のクロスフローろ過装置の作製方法。
【請求項9】
前記微粒子は、水に可溶な成分によって構成されている、
請求項1乃至のいずれか1項に記載のクロスフローろ過装置の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、培養細胞、血液成分、オルガネラ、微生物、各種合成微粒子、環境微粒子、リポソーム、ベシクルなどの微粒子を分離精製する上で好適なクロスフローろ過装置の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリマーや無機材料からなる各種合成粒子、あるはリポソームなどやベシクルなどの微粒子は、精密機械工学、機能性材料、分離プロセス、薬剤送達などの分野において幅広く利用されている。クロマトグラフィー用分離担体、液晶スペーサーや電子ペーパー用微粒子、ドラッグデリバリー用キャリアなど、様々な種類の合成微粒子の調製において、特にそのサイズを均一にすることは不可欠である。そのため、微粒子の混合物中に存在する特定の微粒子を効率的に分離精製する技術は必須である。
【0003】
またたとえば、血液中に存在する特定の細胞や生体微粒子を分離精製し、それら微粒子の機能や存在割合を解析することによって、様々な疾患の診断が可能となる。たとえば、血液中に存在する循環がん細胞を定量評価することによって、がんの早期診断やがん治療法の効能の検証が可能となる。また、妊婦の血液中に存在する胎児由来有核赤血球を単離し解析することによって、染色体異常の確定診断が可能になる。さらに近年では、血液中に存在する直径50~1000ナノメートル程度の微小なベシクルやエクソソームを解析することによって、各種疾患の診断が可能になると期待されている。
【0004】
またたとえば、iPS細胞に代表される幹細胞の分化において、特定の分化状態にある細胞のみを選抜することは、再生医療や薬剤評価モデル開発においても不可欠である。このほかにも、血液中に存在する単球や、各種間葉系幹細胞は、神経の再生医療、がん免疫療法、末梢血管の再生などにおいて有用であるため、それら特定の細胞を効率的に分離精製する技術は重要である。
【0005】
複雑な微粒子集団から、特定の性質(例としてサイズ)を有する微粒子を分離・選抜するための技術として、これまでに様々な手法が提案されてきた。たとえば、遠心分離、沈降分離、フィルトレーション、マイクロ流体デバイスによる分離手法、などが代表例として挙げられ、また細胞などの生体粒子の分離・選抜に特化した手法として、フローサイトメーターなどの技術も頻繁に用いられている。しかしながら、既存の方法には、「分離の精度」、「操作の簡単さ」、「分離装置やシステムのコスト」、「分離速度」などの観点で、一長一短があり、これらをすべて満たす技術は未だ発展の途上にある。また、通常のフィルトレーション技術のように、「一定サイズよりも小さい対象は回収できるが、大きい対象を回収できない」という課題を有するものもある。さらに、診断医療を目的として特定の細胞や生体粒子を分離する場合、サンプル間のコンタミネーションを防ぎ、また再現性を担保するためにも、分離装置自体が使い捨てにできることが望ましく、そのためには分離装置を簡便かつ効率的に作製できることが必要となる。加えて、マイクロ流体デバイスを用いた手法では一般的に、「目詰まりしやすい」という問題も避けがたい。さらにまた、「100ナノメートル~1マイクロメートル程度の微小な対象も分離できる」手法であることも望ましい。以下、上記した既存の分離手法とその課題について、それぞれ概説する。
【0006】
遠心分離や沈降分離は、簡便な手法によって、比較的大量の粒子分離を可能とするため、汎用的に利用されている手法である。しかしながら、精度の高い分離を行うためには、長時間かつ多段階の分離操作が必要となる場合がある。特に、通常のバッチ式の遠心分離によって、医療診断を目的として細胞などの生体粒子を分離する場合、専門的なスキルを有する検査技師による、煩雑で時間のかかる分離操作が必要となる、といった欠点があり、さらにまた、分離の精度が操作者の技術に依存するという課題もある。
【0007】
フィルトレーションは、簡便な分離操作を実現できる方法である。一例として、特許文献1には、多段階の分離ユニットを連結した、生物薬剤の精製システムが示されている。このようなシステムや、一般的なシリンジ装着型のフィルターシステムは、簡便な操作で、使い捨てでき、処理量も高い、という利点がある。しかしながら、フィルターを透過しなかったサイズの大きい成分を回収することは困難であり、たとえば、血液中に存在するサイズの大きな細胞を分離精製する上では極めて不利である。
【0008】
特許文献2には、マイクロ流体デバイスを用いた微粒子の分離手法の例が示されている。この手法では、分岐を有する流路構造に粒子懸濁液とシース液を導入し、細い流路部分において粒子を押し付け、その後、流路幅を大きくすることで、流れが粒子に与える力の方向が異なることを利用し、サイズによる粒子の分離を行う。この手法では、簡便な手法で精密な分離が可能であり、装置自体を使い捨てとすることもできる。また分離対象となる粒子群を大きなものと小さなものに分離し、別々に回収することもできる。しかしながら、処理量が十分でなく、直径数マイクロメートルの対象を分離する際に、微粒子懸濁液の処理量が毎分数マイクロリットル程度である、という欠点がある。また、微粒子径の数倍~10倍程度の、細い流路構造を用いねばならず、目詰まりの問題が起きやすいという課題もある。
【0009】
特許文献3には、特許文献2とは異なる原理による、マイクロ流路を用いた微粒子の分離手法が示されている。この手法では、傾斜を有する主流路と、主流路と交差するように並設された枝流路を組み合わせ、格子状の流路構造を形成し、サイズによる微粒子の分離を行う。特許文献2の手法が持つ利点に加え、処理量の向上や、目詰まりの影響の軽減、などの効果があるが、やはりサブマイクロメートルサイズの微粒子分離を達成できていないという課題があり、さらに、粒子を含まない溶液の導入が必要であるため操作が煩雑になる、という課題もある。
【0010】
非特許文献1には、主に細胞を分離対象とした、螺旋状のマイクロ流路を用いた手法が示されている。この手法では、直径数100マイクロメートルの構造を用いるため、目詰まりの問題が起こりにくく、また高い分離の処理量が達成される。さらに使い捨ての流路を用いて、簡便な操作によって分離できる、という利点もある。しかしながら、特許文献2および特許文献3に示した手法と同様に、サブマイクロメートルサイズの微粒子分離に適用できない、という課題がある。
【0011】
さらに、連続的な濾過分離を可能とする、クロスフローろ過システムも広く利用されてきた。特許文献4には、クロスフローろ過システムの一例を示している。この手法に限らず、人工透析用の分離装置なども含めた様々なクロスフローろ過システムが開発されてきた。クロスフローろ過システムは一般的に、通常のフィルトレーションと比較して精密な分離を可能とし、目詰まりの影響も低減でき、さらに高い処理量を達成できる場合が多い。しかしながら、使い捨てのシステムが想定されていない場合も多く、さらにまた、細胞などの生体粒子を分離対象として精製し回収することを想定していない場合が多い。特に、医療診断に適用可能な、細胞や生体粒子の精密な分離を想定したクロスフローろ過分離手法は、これまでにほとんど提案されていない。これらは、精密な分離を可能とするクロスフローろ過装置を精密かつ簡便に作製するための手法が十分に開発されていなかったためであると言える。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特許公開2006-848号公報
【文献】特許公開2005-205387号公報
【文献】特許第6403190号公報
【文献】特許公開2018-023926号公報
【0013】
【文献】「ネイチャープロトコルズ(Nature Protocols)」、2016(11)、134-148.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上述のように、これまでに様々な微粒子の分離精製装置が提案されてきたが、「簡単な操作によって分離でき」、「高い分離精度を達成し」、「少なくとも毎分0.1mL程度以上の分離処理量を達成でき」、「一定サイズよりも大きい対象も回収でき」、「目詰まりの影響をうけにくく」、「サブマイクロメートル程度の微小な対象にも適用可能であり」、「使い捨てのシステムにできる」、微粒子の分離・選抜装置を、簡便かつ安価に作製する手法は、ほとんど開発されていない。
【0015】
本発明は、従来の技術の有する上記したような問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、「簡単な操作によって分離でき」、「高い分離精度を達成し」、「少なくとも毎分0.1mL程度以上の分離処理量を達成でき」、「一定サイズよりも大きい対象も回収でき」、「目詰まりの影響をうけにくく」、「サブマイクロメートル~数10マイクロメートル程度の対象に適用可能である」、「使い捨てのシステムにできる」、生体粒子の新規分離装置を、簡便かつ低コストで作製する手法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記目的を達成するための、本発明の一観点に係る発明は、(1)溶媒によって除去可能な微粒子を樹脂材料に包埋し、その後、前記微粒子を含む前記樹脂材料を平板状に加工し、さらにその後、前記微粒子を除去することによって、連通した微細孔を内部に有する多孔性基材Pを形成する工程と、(2)少なくとも部分的に多孔性基材Pによって構成された平板状の基板Aを形成する工程と、(3)基板Aの上面および下面にそれぞれ接合させるための平板状の基板Bおよび基板Cを形成する工程と、(4)基板Aの上面および基板Bの下面の少なくともいずれか一方に、少なくとも部分的に多孔性基材Pに接するように配置することができ、さらに溶液を導入するための入口Iおよび溶液を排出するための出口Oをそれぞれ少なくとも1つずつ有する、導入流路Dを形成する工程と、(5)基板Aの下面と基板Cの上面の少なくともいずれか一方に、少なくとも部分的に多孔性基材Pに接するように配置することができ、さらに溶液を排出するための出口O’を少なくとも1つ有する、回収流路Eを形成する工程と、(6)基板Aを基板Bおよび基板Cによって挟み込み固定する工程と、を含む、クロスフローろ過装置の作製方法である。このような作製方法を用いることで、入口Iから微粒子懸濁液を連続的あるいは瞬間的に導入すると、平面的な多孔性基材Pを上面から下面方向に通過できるような小さい微粒子は、導入流路Dから回収流路Eへと導入され、出口O’より分離回収されるが、多孔性基材Pを通過できない大きい微粒子は、導入流路Dを通過して、出口Oより回収される、というクロスフローろ過装置を、簡便かつ再現性良く作製することが可能となる。
【0017】
また、本観点に係る発明において、限定されるわけではないが、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aを作製する工程を含むことが好ましい。このようにすることによって、多孔性基材の周囲を非多孔性基材Nが取り囲むように配置することも可能となり、基板Aの周縁部から導入した溶液の一部が漏出することを防ぎやすいクロスフローろ過装置を作製することができる。
【0018】
また、本観点に係る発明において、限定されるわけではないが、導入流路Dを基板Bの下面に形成する工程を含むことが好ましい。このようにすることによって、多孔性基材Pを備える基板Aと、導入流路Dを同時に形成する必要がなくなるため、より簡便にクロスフローろ過装置を作製することができるようになる。
【0019】
また、本観点に係る発明において、限定されるわけではないが、回収流路Eを基板Cの上面に形成する工程を含むことが好ましい。このようにすることによって、多孔性基材Pを備える基板Aと、回収流路Eを同時に形成する必要がなくなるため、クロスフローろ過装置をより簡便に作製することができるようになる。
【0020】
また、本観点に係る発明において、限定されるわけではないが、多孔性基材Pと出口Oの間において、非多孔性基材Nに接する流路部分Fを導入流路Dが有するように、導入流路Dを形成する工程を含むことが好ましい。このようにすることによって、流路部分Fにおける流れの抵抗を容易に増加させることができ、かつ、出口O’への流量および微粒子の分離挙動を容易に制御できるクロスフローろ過装置を作製することができる。
【0021】
また、本観点に係る発明において、限定されるわけではないが、液体を導入できる少なくとも2つの入口Iおよび入口I’を備える導入流路Dを形成する工程を含んでいても良い。このようにすることによって、より精度の高い分離を可能とするクロスフローろ過装置を簡便に作製することも可能となる。
【0022】
また、本観点に係る発明において、限定されるわけではないが、前記樹脂材料とはゴム状の材料であり、かつ、加熱操作、重合操作、あるいは架橋操作によって平板状に加工できる材料であることが好ましい。このようにすることによって、溶融状態、あるいは重合前の流動性のある状態にある樹脂材料に、微粒子を容易に混合することができ、より簡便にクロスフローろ過装置を作製することが可能となる。
【0023】
また、本観点に係る発明において、限定されるわけではないが、前記樹脂材料とは、シリコーン樹脂であり、かつ、架橋剤あるいは触媒の作用によって硬化させることができる材料であっても良い。このようにすることによって、化学的に安定で、比較的安価で、さらに基板同士の接合も容易な、シリコーン樹脂を材料として用いたクロスフローろ過装置の作製が可能となる。
【0024】
また、本観点に係る発明において、限定されるわけではないが、多孔性基材Pの厚みは200マイクロメートル以上であることが好ましい。このようにすることによって、比較的サイズの大きい前記微粒子を樹脂材料に包埋することができるため、連通孔を再現性良くかつ簡便に形成することが可能となる。
【0025】
また、本観点に係る発明において、限定されるわけではないが、導入流路Dの深さは200マイクロメートル以下であることが好ましい。このようにすることによって、サブマイクロメートル~マイクロメートルサイズの分離対象微粒子を、より効率的かつ精度よく分離できるクロスフローろ過装置の作製が可能となる。
【0026】
また、本観点に係る発明において、限定されるわけではないが、前記微粒子は、水に可溶な成分によって構成されていることが好ましい。このようにすることによって、樹脂材料に包埋した前記微粒子を、樹脂材料にダメージを与えることなく、迅速、簡便、安価に除去することが可能となり、クロスフローろ過装置をより効率的に作製することが可能となる。
【発明の効果】
【0027】
本発明は、以上に述べられたように構成されているため、連通孔を有する基板Aの上下を、流路構造を形成した基板Bおよび基板Cによって挟み込む、という簡便な操作によって、分離膜として機能する基板Aの上下においてクロスフローろ過を行う装置を簡便かつ再現性良く作製することが可能になる。そのため、使い捨てにできる汎用的な微粒子分離装置を作製する手法として幅広く応用されると期待される。
【0028】
また本発明は、以上に述べられたように構成されているため、「簡単な操作によって」、「高い精度で」、「少なくとも毎分0.1mL程度の分離処理量を達成でき」、「一定サイズよりも大きい対象も回収でき」、「目詰まりの影響をうけにくく」、「サブマイクロメートル~数10マイクロメートル程度の対象に適用可能である」、微粒子の連続的分離装置を簡便に作製することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】実施形態に係る、クロスフローろ過装置の作製プロセスの一部を示した概略図であり、図1(a)は、断面方向から見た、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aを作製する工程の一例を示しており、図1(b)は、上面方向から見た、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aの一例を示しており、図1(c)は、上面方向から見た、基板Bおよびその下面に形成した導入流路Dの一例を示しており、図1(d)は、上面方向から見た、基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの一例を示しており、図1(e)は、断面方向から見た、図1(b)に示した基板Aを図1(c)および図1(d)に示した基板Bおよび基板Cによって挟み込む工程、を示している。
図2】実施形態に係る、基板Aを基板Bおよび基板Cによって挟み込み固定することで作製したクロスフローろ過装置の断面を示した概略図例であり、図2(a)は、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aと、下面に導入流路Dを形成した基板Bと、上面に回収流路Eを形成した基板C、を用いて作製したクロスフローろ過装置、図2(b)は、多孔性基材Pのみからなる基板Aと、下面に導入流路Dを形成した基板Bと、上面に回収流路Eを形成した基板C、を用いて作製したクロスフローろ過装置、図2(c)は、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなり上面に導入流路を形成した基板Aと、平面的な基板Bと、上面に回収流路Eを形成した基板C、を用いて作製したクロスフローろ過装置、図2(d)は、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなり下面に回収流路Eを形成した基板Aと、下面に導入流路Dを形成した基板Bと、平面的な基板C、を用いて作製したクロスフローろ過装置、図2(e)は、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなり、上面に導入流路Dを形成し、下面に回収流路Eを形成した基板Aと、平面的な基板BおよびC、を用いて作製したクロスフローろ過装置、図2(f)は、多孔性基材Pのみからなり、上面に導入流路Dを形成し、下面に回収流路Eを形成した基板Aと、平面的な基板BおよびC、を用いて作製したクロスフローろ過装置、をそれぞれ示している。
図3】実施形態に係る、第1のクロスフローろ過装置を示した概略図であり、図3(a)は多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aの図3(d)におけるZ矢視図であり、図3(b)は基板Bおよびその下面に形成した導入流路Dの図3(d)におけるZ矢視図であり、図3(c)は基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの図3(d)におけるZ矢視図であり、図3(d)は当該クロスフローろ過装置の、図3(a)~(c)におけるX-X’線における断面図である。
図4】実施形態に係る、第2のクロスフローろ過装置を示した概略図であり、図4(a)は多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aの図4(d)におけるZ矢視図であり、図4(b)は基板Bおよびその下面に形成した導入流路Dの図4(d)におけるZ矢視図であり、図4(c)は基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの図4(d)におけるZ矢視図であり、図4(d)は当該クロスフローろ過装置の、図4(a)~(c)におけるX-X’線における断面図である。
図5】実施形態に係る、第3のクロスフローろ過装置を示した概略図であり、図5(a)は多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aの図5(d)におけるZ矢視図であり、図5(b)は基板Bおよびその下面に形成した導入流路Dの図5(d)におけるZ矢視図であり、図5(c)は基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの図5(d)におけるZ矢視図であり、図5(d)は当該クロスフローろ過装置の、図5(a)~(c)におけるX-X’線における断面図である。
図6】実施形態に係る、第4のクロスフローろ過装置を示した概略図であり、図6(a)は多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aの図6(d)におけるZ矢視図であり、図6(b)は基板Bおよびその下面に形成した導入流路Dの図6(d)におけるZ矢視図であり、図6(c)は基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの図6(d)におけるZ矢視図であり、図6(d)は当該クロスフローろ過装置の、図6(a)~(c)におけるX-X’線における断面図である。
図7】実施形態に係る、第5のクロスフローろ過装置を示した概略図であり、図7(a)は多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aの図7(d)におけるZ矢視図であり、図7(b)は基板7およびその下面に形成した2つの入口を有する導入流路Dの図7(d)におけるZ矢視図であり、図7(c)は基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの図7(d)におけるZ矢視図であり、図7(d)は当該クロスフローろ過装置の、図7(a)~(c)におけるX-X’線における断面図である。
図8】実施例において、直径サブマイクロメートル~数マイクロメートルの微粒子を分離するために作製した、クロスフローろ過装置の形態を示した概略図であり、図8(a)は、基板Aの図8(f)におけるZ矢視図であり、図8(b)は基板Bおよびその下面に形成した導入流路Dの図8(f)におけるZ矢視図であり、図8(c)は基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの図8(f)におけるZ矢視図であり、図8(d)は図8(b)における破線で囲った領域dの拡大図であり、図8(e)は図8(c)における破線で囲った領域eの拡大図であり、図8(f)は当該クロスフローろ過装置の、図8(a)~(e)におけるX-X’線における断面図である。
図9】実施例において、樹脂材料としてシリコーン樹脂の一種であるポリジメチルシロキサン、溶解する粒子として直径180-220マイクロメートルの塩化ナトリウム微粒子をそれぞれ用いて形成した、多孔性基材Pの走査電子顕微鏡像である。
図10】実施例において、図8に示されるクロスフローろ過装置を用いた微粒子分離挙動を示したグラフであり、入口Iから、平均直径0.3~2.1マイクロメートルの標準ポリスチレン微粒子混合物を含む懸濁液を導入し、出口Oおよび出口O’から回収された溶液に含まれる各微粒子の個数割合を回収率として示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明に係るクロスフローろ過装置の作製方法に関する最良の形態を詳細に説明するものとする。ただし、本発明は多くの異なる形態による実施が可能であり、以下に示す実施形態、実施例の例示にのみ限定されるものではない。
【0031】
図1には、クロスフローろ過装置の作製プロセスの一部を示した概略図が示されており、図1(a)は、断面方向から見た、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aを作製する工程の一例を示しており、図1(b)は、上面方向から見た、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aの一例を示しており、図1(c)は、上面方向から見た、基板Bおよびその下面に形成した導入流路Dの一例を示しており、図1(d)は、上面方向から見た、基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの一例を示しており、図1(e)は、断面方向から見た、図1(b)に示した基板Aを図1(c)および図1(d)に示した基板Bおよび基板Cによって挟み込む工程、を示している。
【0032】
図1に示されるクロスフローろ過装置の作製プロセスにおいて、連通孔を有する多孔性基材Pおよび、非多孔性基材Nによって構成された基板Aが用いられている。ここで、多孔性基材Pは、基板Aの上下面にそれぞれ露出するように形成されている。
【0033】
多孔性基材Pを作製する場合、結果として基板Aの上下面に多孔性基材Pが露出するように形成されていれば、多孔性基材Pの形状はどのようなものであっても良く、基板Aの厚み方向に均一でなくとも良い。ただし、作製上の観点から、多孔性基材Pを平板状に加工することが最も容易である。なお、多孔性基材Pが、基板Aの上下面に対して貫通するように、基板Aを形成する必要がある。
【0034】
多孔性基材Pを構成する樹脂としては、多種多様な樹脂材料を用いることができる。その例として、PDMS(ポリジメチルシロキサン)を始めとするシリコーン樹脂、熱可塑性エラストマー、アクリルやポリスチレン等の各種汎用ポリマー材料、などが適用でき、また、これらの材料のうちの任意の複数種類の基材を組み合わせて用いることも可能である。さらに、流路表面への微粒子吸着を防ぐために、これらの基材に対し、ポリエチレングリコール、リン脂質極性基を有するポリマー、ポリメトキシエチルアクリレートなどによって表面改質を行うことも可能であり、また、これらのポリマーを混合した樹脂基材や、これらのポリマーを結合させた樹脂を混合した基材などを用いることも可能である。なお、使い捨てのクロスフローろ過システムを容易に作製するためには、比較的安価なポリマー材料を用いることが好適である。
【0035】
多孔性基材Pは、上記した樹脂材料に対して、その重合前あるいはその溶融状態において、水に溶解可能な微粒子を混合し、樹脂材料を重合あるいは固化した後に、微粒子を溶解することによって、形成される。このような手法を用いることによって、連通した細孔を有する多孔性基材Pのマトリックスを、安価、簡便、かつ再現性良く作製することができる。
【0036】
多孔性基材Pにおいて連通孔を形成するために、様々な微粒子を用いることができる。その中でも、塩化ナトリウム粒子、塩化カリウム粒子、リン酸塩粒子、ショ糖粒子、グルコース粒子など、水に溶解可能な微粒子を用いることで、樹脂材料にダメージや悪影響を与えることなく、微粒子を混合した樹脂材料を水に浸漬するだけで、これらの微粒子を容易に除去できるため、これらの微粒子の利用は好適である。またこれら微粒子の径を制御することによって、分離対象となる微粒子の分離挙動を制御することができるため、あらかじめ目的に応じた微粒子径を選択することが好ましい。その大きさは、平均直径に換算して、0.1マイクロメートルから1ミリメートル程度の範囲とすることが想定されるが、サブマイクロメートル~数マイクロメートルの対象を分離するという目的においては、10マイクロメートル~500マイクロメートル程度の微粒子を選択することが好ましい。このような微粒子を用いることで、その径に応じたサイズの連通孔を形成することができる。なお、微粒子としては、樹脂材料に均一に分散できるものであれば、球形、非球形、線形、非定形など、様々な形状のものを用いることができる。
【0037】
多孔性基材Pを作製する場合、キャスト法など様々な手法を使用することができる。微粒子を混合した樹脂材料を、溶融状態において型枠の中に導入する手法、平面的な基板の上に厚く、かつ均一に塗布する手法、バルクスケールのブロック状に加工した後に平板状に切り出す手法、などが利用可能である。
【0038】
図1(a)には、基板Aの作製手法において、微粒子を樹脂材料に包埋して成形した後、微粒子を除去する前に、微粒子を含まない非多孔性基材Nを外側に成形する手法が示されている。このような手順とすることで、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aを容易に作製することができるが、連通孔が閉塞しない条件であれば、微粒子を溶解した後に非多孔性基材Nを多孔性基材Pの外側に成形しても構わない。
【0039】
なお、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nが異なる材質によって構成されていても良く、また、同じ材料によって構成されていても良い。
【0040】
図1に示したクロスフローろ過装置は、それぞれ直線形の導入流路Dおよび回収流路Eが形成されたものである。
【0041】
図1に示されるクロスフローろ過装置において、基板Bの下面に存在する導入流路D、および、基板Cの上面に存在する回収流路Eは、多孔性基材Pを挟んで裏表の位置に存在している。効率的な微粒子の分離を可能とする流路構造を作製するためには、このような位置関係となっていることが好適であるが、再現性の高い位置合わせが可能であれば、これらの流路は必ずしも多孔性基材を挟んだ裏表の同じ位置にある必然性は無く、多少ずれていても構わない。ただし、効率的な分離を行う上で、なるべく裏表の近い位置にこれらの流路が位置していることが好ましい。
【0042】
図1に示されるクロスフローろ過装置において、導入流路Dは入口Iと出口Oを1つずつ、回収流路Eは出口O’を1つ、それぞれ備えている。また、導入流路Dおよび回収流路Eはどちらも多孔性基材Pに接するように、それぞれ基板Bの下面および基板Cの上面に配置されている。
【0043】
基板Bおよび基板Cの材料としては、どのようなものを用いても良い。多孔性基材Pの作製にも適用可能な各種樹脂材料を用いても良く、それ以外の金属、セラミックス、などの基材を用いることも可能である。
【0044】
導入流路Dおよび回収流路Eは、少なくともそれらのうちのどちらかが、微細加工技術を用いて形成されていても良い。このようにすることで、流路構造のサイズや形状を任意かつ正確に制御することができるため、微粒子分離の挙動や効率を任意に制御可能なクロスフローろ過装置の作製が可能となる。なお、そのような微細加工技術としては、インジェクションモールディング、レプリカモールディング、切削による直接機械加工、レーザー加工、電子線直接描画、立体造形、3次元光造形、ウェットエッチング、ドライエッチング、エンボシング、インプリンティング、などの各種手法を用いることができる。
【0045】
導入流路Dおよび回収流路Eの断面形状は、幅が均一な矩形である。ただし、矩形以外の形状として、四角形以外の多角形、台形、半円形、円形など、様々な断面形状を有する流路構造を作製しても構わない。ただし、矩形の形状を有する流路構造は、作製が容易であることや、微粒子分離の挙動を厳密に制御しやすいという意味において、好適である。
【0046】
導入流路Dの直径、あるいは深さの値は、直径数マイクロメートル程度あるいはそれ以下のサイズの微粒子を分離できるサイズであれば、どのような値をとっても構わない。ただし、精密な分離を行うという観点から、これらの値は、少なくとも部分的に500マイクロメートル以下であることが好ましく、特に矩形の断面を有する流路構造の場合には、特にその深さは200マイクロメートル以下であることがより好ましい。
【0047】
図1(e)には、基板Aを基板Bおよび基板Cによって挟み込み固定する工程が示されている。この固定を行うために、様々な手法を用いることができる。これら3枚の基板は、基板の接着面から溶液が漏出しないようにできれば、どのような手法を用いて接合しても良く、冶具や粘着テープ等を用いた物理的な固定、酸素プラズマ・UVオゾン・シランカップリング剤等による化学的な直接接合、接着剤塗布による接合、熱圧着による接合、また、これらの任意の組み合わせ、などの手法を利用することができる。
【0048】
なお、特に、基板A、基板B、基板Cの全てがシリコーン樹脂によって形成されている場合、これらを酸素プラズマ等によって化学的に活性化することで、容易かつ強固に接合することができるという利点があるため、これらの基板の材料としてシリコーン樹脂を用いることは好ましい。
【0049】
導入流路Dおよび回収流路Eの間隔、つまりこの場合多孔性基材Pの厚みは、分離対象となる微粒子の分離が可能であれば、どのような値をとっていても良い。ただし、多孔性基材Pに形成した連通孔のサイズ分布を一定にし、また水力学的な分離を達成するという観点から、その値は、最も小さい場合でも、200マイクロメートル以上となることが好ましい。また、溶解させる微粒子の径よりも厚みが薄い場合は、連通孔を形成することが困難となるため、溶解させる微粒子の径の3倍程度の厚みを持たせることが好ましい。一般的には、0.2~5ミリメートル程度の範囲にあることが好ましい。
【0050】
図2には、基板Aを基板Bおよび基板Cによって挟み込み固定することで作製したクロスフローろ過装置の断面を示した概略図例が示されており、図2(a)は、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aと、下面に導入流路Dを形成した基板Bと、上面に回収流路Eを形成した基板C、を用いて作製したクロスフローろ過装置、図2(b)は、多孔性基材Pのみからなる基板Aと、下面に導入流路Dを形成した基板Bと、上面に回収流路Eを形成した基板C、を用いて作製したクロスフローろ過装置、図2(c)は、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなり上面に導入流路を形成した基板Aと、平面的な基板Bと、上面に回収流路Eを形成した基板C、を用いて作製したクロスフローろ過装置、図2(d)は、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなり下面に回収流路Eを形成した基板Aと、下面に導入流路Dを形成した基板Bと、平面的な基板C、を用いて作製したクロスフローろ過装置、図2(e)は、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなり、上面に導入流路Dを形成し、下面に回収流路Eを形成した基板Aと、平面的な基板BおよびC、を用いて作製したクロスフローろ過装置、図2(f)は、多孔性基材Pのみからなり、上面に導入流路Dを形成し、下面に回収流路Eを形成した基板Aと、平面的な基板BおよびC、を用いて作製したクロスフローろ過装置、をそれぞれ示している。
【0051】
図2に示されるように、基板Aが多孔性基材Pのみからなる場合と、多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる場合が想定される。また、導入流路Dを基板Bの下面に形成する場合と、基板Aの上面に形成する場合も想定される。さらに、回収流路Eを基板Aの下面に形成する場合と、基板Cの上面に形成する場合も想定される。さらに、図示してはいないが、導入流路Dおよび回収流路Eの少なくとも一方が、両方の基板上に形成される場合も想定される。このように様々なパターンが想定されるが、効率的な分離を達成するクロスフローろ過装置を作製することができれば、これらはどのような組み合わせであっても良い。ただし、基板Aが多孔性基材Pのみからなる場合に比べて、基板Aが多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる場合のほうが、溶液の漏出が起こりにくいクロスフローろ過装置の作製が可能となるため、好ましい。
【0052】
図3には、第1のクロスフローろ過装置を示した概略図が示されており、図3(a)は多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aの図3(d)におけるZ矢視図であり、図3(b)は基板Bおよびその下面に形成した導入流路Dの図3(d)におけるZ矢視図であり、図3(c)は基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの図3(d)におけるZ矢視図であり、図3(d)は当該クロスフローろ過装置の、図3(a)~(c)におけるX-X’線における断面図である。
【0053】
このクロスフローろ過装置は、最もシンプルな流路構造の一例を有するものであり、容易な流路形成を可能とするものである。
【0054】
図4には、第2のクロスフローろ過装置を示した概略図が示されており、図4(a)は多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aの図4(d)におけるZ矢視図であり、図4(b)は基板Bおよびその下面に形成した導入流路Dの図4(d)におけるZ矢視図であり、図4(c)は基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの図4(d)におけるZ矢視図であり、図4(d)は当該クロスフローろ過装置の、図4(a)~(c)におけるX-X’線における断面図である。
【0055】
このクロスフローろ過装置は、蛇行する導入流路Dと、幅の広い回収流路Eを組み合わせたものであり、この装置の作製において、3枚の基板をそれほど厳密に位置合わせしなくとも、分離性能の再現性が高い流路構造を容易に作製することが可能となる。また、導入流路Dを蛇行させることによって、比較的長い導入流路Dを、コンパクトに折りたたんで配置させることができるという利点がある。
【0056】
図5には、第3のクロスフローろ過装置を示した概略図が示されており、図5(a)は多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aの図5(d)におけるZ矢視図であり、図5(b)は基板Bおよびその下面に形成した導入流路Dの図5(d)におけるZ矢視図であり、図5(c)は基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの図5(d)におけるZ矢視図であり、図5(d)は当該クロスフローろ過装置の、図5(a)~(c)におけるX-X’線における断面図である。
【0057】
このクロスフローろ過装置は、蛇行する導入流路Dと、幅の広い回収流路Eを組み合わせたものであり、かつ、導入流路Dは、多孔性基材Pに接しない流路部分Fを有している。このようにすることで、上記した第2のクロスフローろ過装置と同様の利点が生じることに加え、流路部分Fの存在によって生じる流れの抵抗によって、入口Iから導入された溶液が多孔性基材Pを通過して回収流路Eへと導入されやすくなるため、より効果的な分離が達成される場合がある。
【0058】
図6には、第4のクロスフローろ過装置を示した概略図が示されており、図6(a)は多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aの図6(d)におけるZ矢視図であり、図6(b)は基板Bおよびその下面に形成した導入流路Dの図6(d)におけるZ矢視図であり、図6(c)は基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの図6(d)におけるZ矢視図であり、図6(d)は当該クロスフローろ過装置の、図6(a)~(c)におけるX-X’線における断面図である。
【0059】
このクロスフローろ過装置において、導入流路Eは複数に分岐し、下流において再合流し、さらにその下流において流路部分Fを有している。このような構造を用いることによって、上記した第3のクロスフローろ過装置と同様の利点が生じることに加え、並列化した分岐を用いることによって、より分離の処理量を向上できるクロスフローろ過装置の作製が可能となる。
【0060】
なお、図1乃至図6に示した流路構造に対して、入口Iから微粒子の懸濁液を連続的に導入すると、サイズあるいは変形能の違いによって、これらの微粒子は連続的に分離され、別々の出口から回収される。
【0061】
微粒子の懸濁液を連続的に導入する際には、様々な手段を利用することができる。最も簡単な手法は、シリンジ等を入口Iに接続し、手動あるいはポンプを用いて加圧することで、連続的に微粒子の懸濁液を導入することであるが、その他にも、多種多様なポンプシステムを使用することもできる。また、出口Oおよび出口O’より溶液を吸引することで、流路内に微粒子の懸濁液を連続的に導入しても良い。
【0062】
分離対象となる微粒子としては、各種合成微粒子、培養細胞、血液中に存在する細胞あるいは生体粒子、環境微粒子、リポソームやベシクル、などが想定される。溶液としては、これらの微粒子を安定的に分散できるものを用いることが好ましく、特に細胞あるいは生体粒子の分離を行う場合には、緩衝作用のある水溶液を用いることが好ましい。
【0063】
これらの分離対象を懸濁させた溶液を入口Iから導入すると、一定のサイズより小さな微粒子、あるいは、変形能の高い微粒子は、多孔性基材Pを通過し、回収流路Eへと導入され、最終的に出口O’より排出される。一方で、ある一定のサイズより大きい微粒子、あるいは変形能の低い微粒子は、導入流路Dを下流へと流れ、最終的に出口Oより排出される。この際、一定のサイズより小さい微粒子も、その一定割合が、大きい微粒子と同時に出口Oより排出されることが想定される。
【0064】
なお、多孔性基材Pに形成された細孔のサイズを小さく、多孔性基材Pの厚みを厚く、導入流路Dの深さの値を小さく、また、出口Oに分配される流量割合を多く、すればするほど、分離のカットオフサイズが小さくなり、つまり、より小さい微粒子のみを分離するクロスフローろ過装置を作製することが可能となる。
【0065】
図7には、第5のクロスフローろ過装置を示した概略図が示されており、図7(a)は多孔性基材Pおよび非多孔性基材Nからなる基板Aの図7(d)におけるZ矢視図であり、図7(b)は基板Bおよびその下面に形成した2つの入口を有する導入流路Dの図7(d)におけるZ矢視図であり、図7(c)は基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの図7(d)におけるZ矢視図であり、図7(d)は当該クロスフローろ過装置の、図7(a)~(c)におけるX-X’線における断面図である。
【0066】
図7に示した導入流路Dに対し、入口Iから微粒子懸濁液を、入口I’から微粒子を含まない溶液を、それぞれ連続的に導入することで、入口を1つだけ有する導入流路Dを有するクロスフローろ過装置と比較して、より高精度な分離を達成することができる。ここでの高精度とは、出口Oから回収される溶液中に混入する、小さい微粒子の割合が減少する、ということを意味している。
【実施例
【0067】
上記実施形態に係るクロスフローろ過装置の作製方法を実践し、微粒子の分離実験を行うことで、本発明の効果を確認した。以下説明する。
【0068】
図8には、直径サブマイクロメートル~数マイクロメートルの微粒子を分離するために作製した、クロスフローろ過装置の形態を示した概略図が示されており、図8(a)は、基板Aの図8(f)におけるZ矢視図であり、図8(b)は基板Bおよびその下面に形成した導入流路Dの図8(f)におけるZ矢視図であり、図8(c)は基板Cおよびその上面に形成した回収流路Eの図8(f)におけるZ矢視図であり、図8(d)は図8(b)における破線で囲った領域dの拡大図であり、図8(e)は図8(c)における破線で囲った領域eの拡大図であり、図8(f)は当該クロスフローろ過装置の、図8(a)~(e)におけるX-X’線における断面図である。
【0069】
図8に示した基板Bの下面における導入流路D、および、基板Cの上面における回収流路Eは、ソフトリソグラフィーによってネガティブフォトレジスト製の鋳型を作製し、その鋳型に対して、シリコーン樹脂の一種であるPDMS(ポリジメチルシロキサン)プレポリマーをキャストし、重合させることによって形成したものである。また、入口I、出口O、および出口O’は、パンチによって穴をあけることによって形成したものである。なお、基板Bおよび基板Cの厚みは、ともに2~3ミリメートルとした。
【0070】
図8に示した基板Aは、重合前のPDMSプレポリマーに、直径180-220マイクロメートルの塩化ナトリウム微粒子を体積割合50%で混合し、平板状にキャストして重合させた後、その周囲に塩化ナトリウム微粒子を含まないPDMSをキャストしてさらに重合させ、さらにその後、形成した基材を蒸留水に浸漬することによって塩化ナトリウム微粒子を溶解させて、多孔性基材Pに相当する部分に連通する微細孔を形成することによって作製したものである。基板A全体の厚みは1ミリメートルとした。多孔性基材Pの大きさは、20×10ミリメートルであった。
【0071】
図8に示したクロスフローろ過装置は、これら3枚の基板を、酸素プラズマ処理によって活性化し、化学的に接合することによって形成した。
【0072】
図8に示した導入流路Dは、その深さが全体的に約70マイクロメートルであった。導入流路Dは、32本に分岐し、各分岐の幅、長さ、分岐同士の間隔は、それぞれ、200マイクロメートル、20ミリメートル、100マイクロメートルであった。流路部分Fの幅は400マイクロメートル、長さは100ミリメートルであり、パンチによって形成する出口Oの位置を10段階に変更できるように、目印となる突起部分が途中に形成されていた。
【0073】
図8に示した回収流路Eは、その深さが約125マイクロメートルであり、その幅および長さは、それぞれ、10.5ミリメートルおよび21ミリメートルであった。
【0074】
図9には、樹脂材料として直径180-220マイクロメートルの塩化ナトリウム微粒子を包埋し、その後溶解させることで、連通する微細孔を形成したPDMS製の多孔性基材Pの走査電子顕微鏡像が示されている。
【0075】
図9に示すように、塩化ナトリウム微粒子が溶解することで細孔が形成され、さらに細孔同士が部分的に接触し、連通孔が形成されている様子が観察された。
【0076】
直径0.3~2.1マイクロメートルのポリスチレン標準微粒子を、18%スクロースおよび0.5%Tween20を含む水溶液に懸濁させ、シリンジポンプを用いて、その懸濁液を毎分0.1mLの流速で、図8に示したクロスフローろ過装置に対し、入口Iから連続的に導入した。
【0077】
図10は、図8に示されたクロスフローろ過装置を用いた微粒子分離挙動を示したグラフであり、入口Iから、平均直径0.3~2.1マイクロメートルの標準ポリスチレン微粒子混合物を含む懸濁液を導入し、出口Oおよび出口O’から回収された溶液に含まれる各微粒子の個数割合を回収率として示したグラフである。
【0078】
図10に示すように、流路部分Fの全長が100ミリメートルであり、直径180-220マイクロメートルの塩化ナトリウム微粒子を用いて形成した多孔性基材Pを有するクロスフローろ過装置を用いた場合、出口Oおよび出口O’に分配された溶液量は、それぞれ82%および18%であった。
【0079】
一方で、2.1マイクロメートルおよび1.2マイクロメートルの微粒子は、そのほとんどが出口Oから回収されたが、0.5マイクロメートルおよび0.3マイクロメートルの微粒子については、出口O’から回収される割合が増加した。特に0.3マイクロメートルの微粒子は、ほぼ流量分配通りに各出口から排出されることが確認されたため、このクロスフローろ過装置を用いた場合、分離の閾値がサブマイクロメートルサイズであったことが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明は、以上に述べられたように構成されているため、「微粒子懸濁液を導入する、という簡単な操作によって」、「高い精度で」、「少なくとも毎分0.1mL程度以上の分離処理量を達成でき」、「一定サイズよりも大きい対象も回収でき」、「目詰まりの影響をうけにくく」、「サブマイクロメートル程度の微小な対象にも適用可能である」、連続的分離装置を作製するための手法として極めて有用である。そのため、各種合成微粒子の調製、抗体生産などのバイプロセスにおける微粒子状の不純物の除去、各種細胞の分離、疾病診断のための血液等の体液サンプルの前処理、など、様々な応用が期待できるクロスフローろ過装置を作製するための手法として、産業上の意義が大きい。
【0081】
また本発明は、以上に述べられたように構成されているため、使い捨てにもできる分離装置を、比較的簡便かつ低コストに作製できる、という優れた効果を発揮する。そのため、シリンジフィルターと同様の使い勝手で使用でき、生化学研究や環境分析など、様々な研究開発分野において有用な、安価かつ汎用的な使い捨てのフィルター装置を作製するための手法として、幅広い利用が期待できる。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10