(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-02
(45)【発行日】2023-06-12
(54)【発明の名称】窒化材料の製造方法及び窒化材料
(51)【国際特許分類】
C23C 8/24 20060101AFI20230605BHJP
B22F 3/24 20060101ALI20230605BHJP
C04B 35/58 20060101ALI20230605BHJP
C22C 1/05 20230101ALI20230605BHJP
【FI】
C23C8/24
B22F3/24 K
C04B35/58 014
C22C1/05 E
(21)【出願番号】P 2019102086
(22)【出願日】2019-05-31
【審査請求日】2022-03-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000220767
【氏名又は名称】東京窯業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100140671
【氏名又は名称】大矢 正代
(72)【発明者】
【氏名】加来 由紀恵
(72)【発明者】
【氏名】梶田 慎道
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 旭
【審査官】松村 駿一
(56)【参考文献】
【文献】特開平4-224066(JP,A)
【文献】特開2015-048499(JP,A)
【文献】特開昭63-109015(JP,A)
【文献】特開2018-188692(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/24
B22F 3/24
C04B 35/58
C22C 1/05
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
チタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体を、窒素ガスを含有する雰囲気において700℃~1200℃の温度で加熱する加熱工程と、
該加熱工程の後で、雰囲気の温度が少なくとも500℃に達するまで、50℃/h~100℃/hの降温速度で前記焼結体を冷却する徐冷工程と
を具備
し、
前記複合材料に、ニッケルを含有させる
ことを特徴とする窒化材料の製造方法。
【請求項2】
前記徐冷工程は、窒素ガスが常に供給される雰囲気で行われる
ことを特徴とする請求項1に記載の窒化材料の製造方法。
【請求項3】
チタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体である母材の表面に、前記複合材料の焼結体が窒化された窒化層を有する窒化材料であり、
前記複合材料
は、ニッケルを含有
しており、
前記母材のビッカース硬さが360HV~420HVであるのに対し、
前記窒化層として、ビッカース硬さが1080HV~1300HVの層を、少なくとも1.8mmの厚さで有している
ことを特徴とす
る窒化材
料。
【請求項4】
チタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体である母材の表面に、前記複合材料の焼結体が窒化された窒化層を有する窒化材料であり、
前記複合材料はニッケルを含有しており、
前記母材のビッカース硬さが360HV~420HVであるのに対し、
前記窒化層として、ビッカース硬さが640HV~1300HVの層を、少なくとも1.4mmの厚さで有している
ことを特徴とする窒化材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、チタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体の一部が窒化された窒化材料の製造方法、及び、該製造方法により製造される窒化材料に関するものである。
【背景技術】
【0002】
本出願人は、アルミニウム、マグネシウム、亜鉛、スズ、鉛、それらの合金等の非鉄金属のダイカストに使用されるスリーブを外筒と内筒との二重構造とし、鋼製の外筒に嵌め込まれる内筒を、チタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体(以下、「TC複合材料」と称する)で形成することを提案し、実施している(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
従来、一般的なスリーブはSKD61などの鋼製であったが、非鉄金属は鉄と反応しやすいため、鋼製のスリーブは充填対象の溶融金属との接触により溶損し易く、耐用期間が短いという問題があった。また、鋼は熱伝導率が大きいため、スリーブ内に供給された溶融金属の温度が低下し易い。スリーブ内に供給された溶融金属の温度が、キャビティに至る前にスリーブ内で低下することによって凝固片が生じると、成形後の製品においてその部分で剥離などの欠陥が生じやすく、機械的強度が低下するという問題がある。
【0004】
これに対し、内筒に用いているTC複合材料は、非鉄金属との反応性が低いため耐溶損性に優れている。また、SKD61の熱伝導率は35.6W/mKと大きいのに対し、TC複合材料の熱伝導率は7.4W/mKと非常に小さく保温性に優れており、スリーブ内に供給された溶融金属の温度が低下しにくい利点を有している。更に、セラミックスのみで内筒を形成した場合、耐溶損性及び保温性については高めることは可能であるものの、脆性材料であるセラミックスは耐衝撃性が低いという難点があるところ、TC複合材料は、金属とセラミックスとの複合材料であるため、耐衝撃性にも優れているという利点がある。
【0005】
ところが、TC複合材料は、耐溶損性、保温性、及び耐衝撃性に優れるという多くの利点を有するものの、硬度が低いという難点がある。ダイカストでは、スリーブの一端からプランジャチップを進入させてスリーブ内を軸方向に摺動させ、スリーブ内に供給された溶融金属をプランジャチップで圧送してキャビティ内に充填するため、スリーブの内筒の硬度が低いと、プランジャチップの摺動によって内周面が摩耗してしまう。内筒の内周面が摩耗すると、プランジャチップとの間に空隙が生じ、その空隙から溶融金属が漏出するおそれがある。そのため、従来の鋼製のスリーブでは、焼き入れや窒化など表面を硬化する処理を施した鋼を用いているが、TC複合材料は硬化処理した鋼より硬度が低い。
【0006】
そこで、本出願人は、TC複合材料で形成された内筒を、窒素を含有する雰囲気下で加熱することによって窒化し、内筒の内周面に窒化層を形成することを提案している(特許文献2参照)。窒化層は、TC複合材料より硬度が高いだけではなく、硬化処理した鋼と比べても硬度が非常に高いため、スリーブの内筒における耐摩耗性を高めることが可能である。
【0007】
しかしながら、窒素を含有する雰囲気下でTC複合材料を加熱するという従来の製造方法では、TC複合材料のごく表面しか窒化できないのが実情である。窒化層がごく表層にのみ形成されている場合は、内筒の内周面をプランジャチップと密着させるために寸法精度を高める加工を行う際に、窒化層が失われてしまうことがある。また、窒化層がごく表層にのみ形成されている場合は、表層とそれより内部の層との境界での大きな硬度差に起因して、摺動するプランジャチップとの接触により剥離し易いという問題がある。
【0008】
鋼の窒化に関しては、窒素を含有する雰囲気下での加熱温度を高くし、加熱時間を長くするほど、窒化層が生成し易いとされているが、過度の加熱や長時間の加熱によって材料が変形してしまうという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開平3-142053号公報
【文献】特開平4-224066号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで、本発明は、上記の実情に鑑み、チタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体の変形を抑制しつつ、深層まで窒化することにより硬度を高めることができる窒化材料の製造方法、及び、該製造方法により製造される窒化材料の提供を、課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するため、本発明にかかる窒化材料の製造方法(以下、単に「製造方法」と称することがある)は、
「チタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体を、窒素ガスを含有する雰囲気において700℃~1200℃の温度で加熱する加熱工程と、
該加熱工程の後で、雰囲気の温度が少なくとも500℃に達するまで、50℃/h~100℃/hの降温速度で前記焼結体を冷却する徐冷工程と
を具備する」ものである。
【0012】
以下では、窒素を含有するガスを「窒化ガス」と称することがあり、窒素を含有するガス雰囲気を「窒化ガス雰囲気」と称することがある。
【0013】
本製造方法は、チタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体(TC複合材料)を、窒化ガス雰囲気で加熱する加熱工程の後、雰囲気の温度が少なくとも500℃に達するまで徐冷するものである。従来、鋼材の窒化処理では、“焼き入れ”による硬化作用を期待して、鋼材を窒化ガス雰囲気で加熱した後、急冷する処理が行われることがあった。本発明者らは、このような鋼材に関する窒化処理を安易に踏襲することなく、検討を続けた結果、TC複合材料の窒化においては、高温での加熱の後に徐冷することが効果的であることが判明した。その理由については、次のように考察している。
【0014】
すなわち、高温での加熱工程の後に加熱を停止すると、焼結体の温度は低下して行くが、この温度低下は焼結体の外表面から内部に向かって進行すると考えられる。そのため、降温の過程で焼結体の周囲の雰囲気に窒素ガスが残存していても、早期に温度が低下した外表面からは窒素が浸透拡散することができない。これに対し、本製造方法では、降温速度を、自然冷却による降温速度に比べるとかなり小さい速度である50℃/h~100℃/hとしている。そのため、このような降温速度に制御するためには、降温させる過程においても加熱を行うこととなる。換言すれば、“降温中も加熱している”状態である。従って、降温の過程においても、焼結体の周囲の雰囲気にある窒素ガスが、加熱状態にある焼結体の外表面から浸入し内部まで拡散するため、深層まで窒化することができる。
【0015】
従って、本製造方法によれば、窒化ガス雰囲気において、焼結体を過度に高温で長時間加熱しなくても、深層まで窒化することができるため、過度の加熱による変形を抑制しつつ、窒化により硬度の高められた窒化材料を製造することができる。
【0016】
本発明にかかる窒化材料の製造方法は、上記構成に加え、
「前記徐冷工程は、窒素ガスが常に供給される雰囲気で行われる」ものとすることができる。
【0017】
本構成では、降温の過程でも窒素ガスの供給を継続する。これにより、降温中も焼結体には窒素ガスによるガス圧がかかった状態であり、焼結体の表面から圧入されるように窒素が内部に浸透拡散し易いものとなる。
【0018】
加えて、加熱工程の後で窒素ガスの供給を停止すると、焼結体の周囲の雰囲気における窒素濃度の低下に伴って、いったんは焼結体の内部に浸透した窒素が外部に抜け出してしまうおそれがある。これに対し、本構成では、降温中も窒素ガスが供給され続けることによって焼結体の周囲の雰囲気における窒素濃度が維持されるため、いったんは焼結体の内部に浸透した窒素が外部へ抜け出ることが防止される。
【0019】
本発明にかかる窒化材料の製造方法は、上記構成に加え、
「前記複合材料に、ニッケルを含有させる」ものである。
【0020】
TC複合材料にニッケルを含有させることにより、TC複合材料の焼結体を緻密化することができる。例えば、ニッケルを含まないTC複合材料100重量部に対して0.1重量部~10重量部のニッケルを添加したとき、アルキメデス法により測定された焼結体の見掛け気孔率は、0.07%~0.5%と非常に小さい。一方、ニッケルは窒素を固溶せず窒化物も形成しないため、ニッケルを含有させることによってTC複合材料の窒化が阻害される。
【0021】
このように、気孔率が極めて小さいために窒化ガスを浸透させる通路が殆どないことに加え、窒化の阻害要因となるニッケルを含有させたTC複合材料であっても、詳細は後述するように、加熱工程の後で徐冷工程を行う本製造方法では、深層まで窒化することができる。
【0022】
次に、本発明に係る窒化材料は、
「チタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体である母材の表面に、前記複合材料の焼結体が窒化された窒化層を有する窒化材料であり、
前記複合材料はニッケルを含有しており、
前記母材のビッカース硬さが360HV~420HVであるのに対し、
前記窒化層として、ビッカース硬さが640HV~1300HVの層を、少なくとも1.4mmの厚さで有している」ものである。
【0023】
これは、上記の製造方法により、初めて製造が可能となった窒化材用の構成である。従来、TC複合材料を鋼材の窒化処理に倣って窒化すると、母材より硬度の高い窒化層は、表面からせいぜい0.1mm程度の深さまでしか形成することができなかった。更に、TC複合材料がニッケルを含有する場合は、上述したように気孔率が極めて小さいために窒化ガスを浸透させる通路が殆どないことに加え、ニッケルが窒化を阻害するため、より窒化層が形成されにくい。上記の製造方法によれば、窒化層の形成に対して不利に作用するニッケルを含有していながら、母材の1.5倍~3.6倍という高い硬度を有する窒化層を、少なくとも1.4mmの厚さで有している本構成の窒化材料を得ることができる。
【0024】
次に、本発明に係る窒化材料は、上記構成に替えて、
「チタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体である母材の表面に、前記複合材料の焼結体が窒化された窒化層を有する窒化材料であり、
前記複合材料はニッケルを含有しており、
前記母材のビッカース硬さが360HV~420HVであるのに対し、
前記窒化層として、ビッカース硬さが1080HV~1300HVの層を、少なくとも1.8mmの厚さで有している」ものとすることができる。
【0025】
これは、詳細は後述するように、上記の製造方法において降温速度を最も小さい50℃/hとした場合に得られる窒化材料の構成であり、窒化層の形成に対して不利に作用するニッケルを含有していながら、母材の2.6倍~3.6倍という高い硬度を有する窒化層を、少なくとも1.8mmという大きな厚さで有している。
【発明の効果】
【0026】
以上のように、本発明によれば、チタン又はチタン合金とセラミックスとの複合材料の焼結体の変形を抑制しつつ、深層まで窒化することにより硬度を高めることができる窒化材料の製造方法、及び、該製造方法により製造される窒化材料を、提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】実施例E1及び実施例E2の窒化材料について、深さ方向の硬度分布を比較例Rと対比したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の具体的な実施形態について説明する。本実施形態の製造方法は、窒素ガスを含有する雰囲気において700℃~1200℃の温度で加熱する加熱工程と、この加熱工程の後で、雰囲気の温度が少なくとも500℃に達するまで、50℃/h~100℃/hの降温速度で焼結体を冷却する徐冷工程とを具備している。
【0029】
より具体的に説明すると、加熱工程ではTC複合材料(焼結体)を加熱炉内に配置し、常温から700℃~1200℃の範囲内の目的温度まで昇温する。この際、窒化ガスを加熱炉内に導入し、処理空間の温度が目的温度に達する前に、処理空間を窒化ガスで満たす。窒化ガスとしては、窒素100%ガス、窒素と不活性ガスとの混合ガス、アンモニアガスとその分解により生じた窒素ガスの混合ガスを、例示することができる。加熱炉内には窒素ガスを継続的に供給し、窒素ガスの余剰分は加熱炉の外部に流出させる。
【0030】
加熱炉の処理空間内の温度が目的温度に達したら、窒化ガスの加熱炉内への供給を継続しつつ、目的温度で一定時間保持する。この工程での加熱に伴い、焼結体の内部に向かって窒素が浸透拡散し、窒化層が形成される。窒化層は、チタンと窒素の化合物の層、または、結晶格子間に窒素が拡散固溶した層である。ここで、加熱工程における保持時間は1時間~5時間とすることができ、窒素の浸透拡散を十分に進行させるためには3時間以上とすることが望ましい。
【0031】
徐冷工程では、加熱炉内の雰囲気の温度を50℃/h~100℃/hの速度で降温する。降温速度を50℃/h~100℃/hとするためには、徐冷工程において冷却を目的としながらも、ある程度の出力で加熱炉内の雰囲気を加熱し続ける必要がある。また、徐冷工程の間も窒化ガスの加熱炉内への供給を継続する。
【0032】
徐冷工程では、降温速度の制御のために加熱が継続されている状態であることから、焼結体の外表面の温度が急激に低下することがなく、加熱工程に引き続いて徐冷工程でも焼結体内部への窒素の浸透拡散が進行する。つまり、従来は窒素の浸透拡散が行われなかった降温過程でも、本実施形態によれば、焼結体への窒素の浸透拡散が進行する。
【0033】
なお、徐冷工程における降温速度が100℃/hより大きくなると、焼結体の外表面の温度が早期に低下し、窒素の拡散浸透が進みにくい。窒素の拡散浸透を十分に進行させるためには、降温速度は小さければ小さいほど望ましいが、産業界で実施し易い作業効率を考慮して、降温速度の下限を50℃/hに設定している。
【0034】
ここで、加熱工程及び徐冷工程は、常圧下で行うこともできるが、加圧下で行うことができる。加圧下で行うことにより、焼結体の奥深くまで窒化ガスが圧入され易く、より効率よく窒化を進行させることができる。加圧条件は、常圧の2倍~3倍とすれば、扱いやすい圧力で効果的にガスを圧入することができる。なお、加熱工程と徐冷工程の圧力は、同じであっても異なっていてもよい。
【0035】
なお、TC複合材料には、金属としてチタンに加えてモリブデンを含有させることができる。モリブデンを含有させることにより、溶融した非鉄金属に対するTC複合材料の耐溶損性を高めることができる。この場合、TC複合材料におけるモリブデンの含有量は、チタン原子100重量部に対してモリブデン原子10重量部~50重量部とすることが望ましく、20重量部~45重量部とすることがより望ましい。
【0036】
また、TC複合材料におけるセラミックスの割合は、金属原子100重量部に対してセラミックス1重量部~15重量部とすることが望ましく、3重量部~10重量部とすることがより望ましい。TC複合材料が金属としてチタンに加えてモリブデンを含有する場合、ここで言う「金属原子100重量部」は、チタン原子とモリブデン原子の和としての重量部である。このような割合とすることにより、セラミックスの長所を活かしつつ、脆性材料であるセラミックスの難点を金属の靭性で補うことができる。
【0037】
本発明者らは過去の検討により、TC複合材料の焼結体の窒化には気孔率が影響し、焼結体の気孔率が低いと窒化が進みにくいという知見を得ていた。これは、開気孔が、窒素を含むガスを焼結体の内部まで浸透させる通路となるためと考えられる。しかしながら、気孔率が高いと、気孔に沿ってクラックが伸展するなど、焼結体の機械的強度が低下する。そのため、機械的強度を高めるためにTC複合材料の焼結体を緻密化すると、深層まで窒化することが困難となり、窒化層がごく表層にしか形成されないという問題があった。
【0038】
これに対し、本実施形態の製造方法は、TC複合材料として、ニッケルの添加により緻密化させた焼結体であっても、深層まで窒化することができる。これは、従来は窒素の浸透拡散が行われなかった降温過程でも、浸透拡散を進行させることができるため、ゆっくりではあっても長時間にわたり窒素を浸透拡散させられるためと考えられた。このように、TC複合材料としてニッケルの添加により緻密化させた焼結体を使用することにより、緻密化によって機械的強度を高める効果と、窒化によって硬度を高める効果との双方を得ることができる。
【0039】
ニッケルの添加によるTC複合材料の緻密化について、より具体的に説明する。例えば、チタン100重量部に対してモリブデン43重量部、セラミックスとしての炭化珪素をチタン原子とモリブデン原子の和100重量部に対して5重量部含有し、ニッケルを添加していないTC複合材料(試料S0)と、試料S0のTC複合材料にニッケルを異なる割合で添加した試料S1~S12について、JIS R2205に則りアルキメデス法で見掛け気孔率を測定すると、表1のようである。ここで、ニッケルの添加割合は、ニッケルを除いたTC複合材料100重量部に対するニッケル原子の重量部で表している。
【0040】
【0041】
表1から分かるように、ニッケルを除いたTC複合材料100重量部に対し、少なくともニッケル原子0.1重量部~10重量部となる範囲でニッケルを添加することにより、TC複合材料を見掛け気孔率が0.07%~0.5%の非常に緻密な焼結体とすることができる。
【実施例】
【0042】
実際に、TC複合材料(焼結体)を作製し、本実施形態の製造方法で窒化を行った。TC複合材料の焼結体は、チタン粉末、モリブデン粉末、炭化珪素粉末、及びニッケル粉末を混合した原料から成形した成形体を、非酸化性雰囲気下で焼成する粉末冶金によって製造した。得られた焼結体の見掛け気孔率をJIS R2205に則りアルキメデス法で測定したところ、0.5%であり、非常に緻密であった。つまり、得られた焼結体は、ニッケルの添加によって緻密化されたTC複合材料焼結体である。
【0043】
この焼結体を加熱炉に入れ、700℃~1200℃の目的温度まで所定の昇温速度で昇温し、目的温度で一定時間加熱する加熱工程に供した。その後、実施例E1については降温速度50℃/hで徐冷工程を行い、実施例E2については降温速度100℃/hで徐冷工程を行った。この実施例で使用した加熱炉では、1200℃まで加熱した後で炉内温度を自然冷却(炉冷)すると、降温速度は250℃/h~350℃/hである。そのため、50℃/hまたは100℃/hでの徐冷工程を行うために、冷却中も加熱を継続した。また、比較のために、上記と同一の条件で昇温し、同一の条件で加熱工程を行った後、徐冷せずに自然冷却(炉冷)させた試料を、比較例Rとした。
【0044】
実施例E1、実施例E2、及び比較例Rの何れも、常温まで降温した試料の形状に変形は見られなかった。
【0045】
加熱温度を1200℃とした実施例E1、実施例E2、及び比較例Rの各試料について、それぞれ深さ方向の硬度分布を測定した。硬度測定は、マイクロビッカース硬度試験機を使用し、荷重1kgfで行った。その結果を、
図1に合わせて示す。
【0046】
比較例Rでは、深さ0.1mm~1.8mmの範囲で、深さによらず硬度は360HV~420HVとほぼ一定であった。この硬度は、実施例及び比較例に使用したものと同一のTC複合材料であって、窒化処理を行っていない試料の硬度と同程度であった。換言すれば、比較例Rの硬度は、窒化処理後の各試料における母材の硬度である。なお、図示は省略しているが、比較例Rの表面(深さ0mm)の硬度は、約520HVであった。つまり、加熱工程の後で自然冷却した場合は、窒化層がごく表面にしか形成されない。このような表層のみの窒化層は、製品化する際の加工によって失われるか、使用の初期に剥離や摩耗によって失われてしまう。
【0047】
これに対し、実施例E1及び実施例E2の何れも、測定した深さの全範囲において比較例Rより高い硬度を示しており、少なくとも深さ1.8mmまで窒化が進行していると考えられた。実施例E1と実施例E2を合わせて考えれば、硬度530HV~1300HVの窒化層が少なくとも深さ1.8mmまで形成されており、硬度640HV~1300HVの窒化層が少なくとも深さ1.4mmまで形成されており、硬度800HV~1300HVの窒化層が少なくとも深さ1.2mmまで形成されている。
【0048】
そして、降温速度が50℃/hと小さい実施例E1は、1080HV~1300HVという非常に硬度が高い窒化層が、少なくとも1.8mmという深さまで形成されている。徐冷せずに自然冷却した場合に形成される窒化層の厚さが、0.1mmに満たないものであり、その硬度も母材の硬度の1.2倍~1.4倍程度であったことを鑑みると、このように硬度の高い窒化層を深層まで形成できたことは、非常に意義の高いものである。
【0049】
また、加熱温度を1000℃とした実施例E1、実施例E2、及び比較例Rの各試料について、大越式迅速摩耗試験機を使用して摩耗痕の幅を測定した。その結果、表2に示すように、徐冷している実施例E1及び実施例E2は、自然冷却している比較例Rより摩耗痕の幅が小さく、実施例では降温速度の小さい実施例E1の方が摩耗痕の幅が更に小さかった。摩耗痕の幅は耐摩耗性の指標となると考えられ、上述した硬度の測定結果と考え合わせると、冷却の工程を徐冷工程とすることによって硬度が高い窒化層を深層まで形成することができ、耐摩耗性を高めることができると考えられた。
【0050】
【0051】
以上のように、本実施形態の製造方法によれば、過度の加熱による変形を抑制しつつ、TC複合材料を深層まで窒化することにより硬度を高めることができる。特に、見掛け気孔率が0.5%と極めて小さいために、本来は窒素が浸透するための通路となる空隙が殆どないことに加え、窒化を阻害するニッケルが添加されている焼結体であっても、本実施形態の製造方法によれば、深層まで窒化することにより硬度を高めることができる。
【0052】
以上、本発明について好適な実施形態を挙げて説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではなく、以下に示すように、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、種々の改良及び設計の変更が可能である。
【0053】
例えば、上記では、TC複合材料をダイカスト用スリーブの内筒に用いる場合の窒化に本発明を適用する場合を例示したが、これに限定されず、他の用途に使用されるTC複合材料を窒化する場合にも、もちろん本発明を適用することができる。
【0054】
また、上記の実施例では、TC複合材料の原料とするセラミックスとして、炭化珪素(SiC)を例示したが、セラミックスの種類はこれに限定されず、例えば、TiC、TiB2、MoBを好適に使用することができる。