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特許7290367検出方法、藻類乾燥物の製造方法、藻類乾燥物、及び藻類乾燥物の品質管理方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-05
(45)【発行日】2023-06-13
(54)【発明の名称】検出方法、藻類乾燥物の製造方法、藻類乾燥物、及び藻類乾燥物の品質管理方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20230606BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20230606BHJP
【FI】
G01N21/64 B
C12Q1/06
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2022047117
(22)【出願日】2022-03-23
【審査請求日】2022-07-21
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】501273886
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立環境研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100181722
【弁理士】
【氏名又は名称】春田 洋孝
(74)【代理人】
【識別番号】100178847
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 映美
(72)【発明者】
【氏名】河地 正伸
(72)【発明者】
【氏名】大田 修平
(72)【発明者】
【氏名】越川 海
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特表2001-503053(JP,A)
【文献】国際公開第2011/055658(WO,A1)
【文献】環境儀,2019年04月26日,No.72,PP.1-14
【文献】L-乾燥法による微生物株の長期保存法,日本微生物資源学会誌,1996年12月,Vol.12/No.2,PP.91-97
【文献】森史,NIESコレクションにおける微細藻類の凍結保存法による保存体制の確立,日本微生物資源学会誌,2019年,Vol.35/No.2,PP.43-50
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/958
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料中の被検物質の存在又は非存在を検出する方法であって、
L-乾燥法により得られた藻類乾燥物である藻類のL乾燥物と、前記試料と、を接触させて得られた測定対象物の遅延発光Aを測定する測定工程を含み、
前記測定工程が、前記藻類乾燥物と水及び前記試料と、又は、前記藻類乾燥物と水を含む前記試料とを接触させて得られた前記測定対象物の遅延発光Aを測定し、
前記測定工程において、前記藻類乾燥物と前記水とを接触させた時点から90分以内に、前記遅延発光Aの値を測定する、検出方法。
【請求項2】
試料中の被検物質の存在又は非存在を検出する方法であって、
藻類乾燥物と、水を含む前記試料と、を直接に接触させて得られた測定対象物の遅延発光Aを測定する測定工程を含み、
前記測定工程において、前記藻類乾燥物と前記水とを接触させた時点から90分以内に、前記遅延発光Aの値を測定する、検出方法。
【請求項3】
対照の測定対象物の遅延発光Bの値と、前記遅延発光Aの値との比較結果に基づき、前記試料中の被検物質の存在又は非存在を判定することを含む、請求項1又は2に記載の検出方法。
【請求項4】
前記被検物質が、光合成過程における電子伝達反応を阻害する電子伝達阻害剤を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の検出方法。
【請求項5】
前記被検物質が、重金属を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の検出方法。
【請求項6】
藻類を乾燥させ、前記藻類乾燥物を得る乾燥工程を更に含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の検出方法。
【請求項7】
前記乾燥の方法が、L-乾燥法である、請求項6に記載の検出方法。
【請求項8】
前記藻類乾燥物が、フィルター上にある、請求項1~7のいずれか一項に記載の検出方法。
【請求項9】
前記藻類乾燥物の藻類が、ラフィドセリス属(Raphidocelis属)、シネココッカス属(Synechococcus属)、シアノビウム属(Cyanobium属)、プロクロロコッカス属(Prochlorococcus属)、クロレラ属(Chlorella属)、及びパラクロレラ属(Parachlorella属)に属する藻類からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含む、請求項1~8のいずれか一項に記載の検出方法。
【請求項10】
前記藻類乾燥物の藻類が、ラフィドセリス サブカピタータ NIES-35(Raphidocelis subcapitata NIES-35)、シネココッカス sp.NIES-969(Synechococcus sp.NIES-969)、シアノビウム sp.NIES-981(Cyanobium sp.NIES-981)、及びプロクロロコッカス sp.NIES-2885(Prochlorococcus
sp.NIES-2885)からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含む、請求項1~9のいずれか一項に記載の検出方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載の検出方法に使用される藻類乾燥物の、品質管理方法であって、
藻類乾燥物と、光合成過程における電子伝達を阻害する電子伝達阻害剤とを接触させ、遅延発光A’を測定する測定工程と、
対照の測定対象物の遅延発光B’の値と、前記遅延発光A’の値との比較結果に基づき、前記藻類乾燥物の品質を評価する評価工程と、
を含む、藻類乾燥物の品質管理方法。
【請求項12】
前記電子伝達阻害剤が、3-(3,4-ジクロロフェニル)-1,1-ジメチル尿素(DCMU)、ヒドロキシルアミン(HA)、及びアジ化ナトリウムからなる群から選ばれるいずれか一種以上である、請求項11に記載の品質管理方法。
【請求項13】
試料中の被検物質の存在又は非存在を検出し、藻類乾燥物と、前記試料と、を接触させて得られた測定対象物の遅延発光Aを測定する測定工程を含む検出方法に使用される藻類乾燥物の、品質管理方法であって、
藻類乾燥物と、光合成過程における電子伝達を阻害する電子伝達阻害剤とを接触させ、遅延発光A’を測定する測定工程と、
対照の測定対象物の遅延発光B’の値と、前記遅延発光A’の値との比較結果に基づき、前記藻類乾燥物の品質を評価する評価工程と、
を含む、藻類乾燥物の品質管理方法。
【請求項14】
前記電子伝達阻害剤が、3-(3,4-ジクロロフェニル)-1,1-ジメチル尿素(DCMU)、ヒドロキシルアミン(HA)、及びアジ化ナトリウムからなる群から選ばれるいずれか一種以上である、請求項13に記載の品質管理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検出方法、藻類乾燥物の製造方法、藻類乾燥物、及び藻類乾燥物の品質管理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、日本周辺に分布する海底鉱物資源に関する開発や調査が進められている。例えば、沖縄トラフなどの海底熱水鉱床域における非鉄金属資源や、南鳥島周辺海域のレアアースなどの海底鉱物資源が注目されている。これらの資源は、世界的に枯渇しつつある鉱物資源の安定供給に役立つことが想定され、国内外で高い関心がもたれている。
商業的な採鉱・揚鉱に向けた研究開発が進められる中、2017年には、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)が、世界で初めて、水深約1,600mの海底から掘削した鉱石を収集し、水中ポンプを使って洋上へと連続して揚げる揚鉱パイロット試験に成功した。
【0003】
本格的な資源開発が行われる際には、深海及び洋上における掘削機や、揚鉱パイプ等の設置と運用、揚鉱水の洋上処理、採鉱母船から輸送船への積み込み等、様々なオペレーションが行われる。いずれの作業工程においても事故やそれに伴う鉱物の漏洩リスクを想定した対応が必要とされ、船内実験室を含むさまざまな場面で容易に実施可能なバイオアッセイ技術が求められている。
【0004】
従来、藻類に化学物質を暴露し、藻類の生長や遅延発光量を指標とすることで、化学物質の存在を推定することが行われている。
藻類の生細胞を用いたバイオアッセイ法としては、OECD Test No.201が知られている。また、遅延発光法を用いる方法(特許文献1)や、遅延発光法を用いる短時間法[非特許文献1~2,ISO登録(ISO 23734:2021)に関する]が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2011/055658号
【非特許文献】
【0006】
【文献】“Rapid ecotoxicological bioassay using delayed fluorescence in the green alga Pseudokirchneriella subcapitata”, M. Katsumata, T. Koike, M. Nishikawa, K. Kazumura, H. Tsuchiya, WATER RESEARCH (2006) 40:3393-3400.
【文献】“Utility of Delayed Fluorescence as Endpoint for Rapid Estimation of Effect Concentration on the Green Alga Pseudokirchneriella subcapitata”, M. Katsumata, T. Koike, K. Kazumura, A. Takeuchi, Y. Sugaya, Bull. Environ. Contam. Toxicol. (2009) 83:484-487.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、従来の藻類を用いたバイオアッセイでは、いずれも試験株として継代培養株又は凍結保存株を甦生させた生細胞を用いることが想定されている。継代培養株や凍結保存株を用いる場合、継続的な継代培養や試験日程に合わせた試験株の甦生操作と前培養等の培養工程が必要である。また、再現性を高めるためには試験中の培養環境(例えば、細胞数、温度条件、光条件等)の制御が求められる。さらに、生きた藻類によるアッセイでは、標準的な生長阻害試験(OECD TG201)では72時間、遅延発光法を用いた短時間法(非特許文献1~2)でも24時間を要し、迅速な評価結果が求められる現場のニーズを充足している状況とは言えない。
【0008】
本発明は、上記のような問題点を解消するためになされたものであり、被検物質に対する簡便且つ迅速なアッセイを可能とする検出方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、藻類乾燥物を用いることにより、試験時の培養工程を必須とせず、簡便且つ迅速なアッセイが可能となり、大幅な省力化と試験時間の短縮が達成されることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の態様を有する。
【0010】
(1) 試料中の被検物質の存在又は非存在を検出する方法であって、
藻類乾燥物と、前記試料と、を接触させて得られた測定対象物の遅延発光Aを測定する測定工程を含む、検出方法。
(2) 前記測定工程が、藻類乾燥物と水及び前記試料と、又は、藻類乾燥物と水を含む前記試料とを接触させて得られた測定対象物の遅延発光Aを測定する、前記(1)に記載の検出方法。
(3) 前記測定工程において、前記藻類乾燥物と前記水とを接触させた時点から90分以内に、前記遅延発光Aの値を測定する、前記(2)に記載の検出方法。
(4) 対照の測定対象物の遅延発光Bの値と、前記遅延発光Aの値との比較結果に基づき、前記試料中の被検物質の存在又は非存在を判定することを含む、前記(1)~(3)のいずれか一つに記載の検出方法。
(5) 前記被検物質が、光合成過程における電子伝達反応を阻害する電子伝達阻害剤を含む、前記(1)~(4)のいずれか一つに記載の検出方法。
(6) 前記被検物質が、重金属を含む、前記(1)~(5)のいずれか一つに記載の検出方法。
(7) 藻類を乾燥させ、前記藻類乾燥物を得る乾燥工程を更に含む、前記(1)~(6)のいずれか一つに記載の検出方法。
(8) 前記乾燥の方法が、L-乾燥法である、前記(7)に記載の検出方法。
(9) 前記藻類乾燥物が、フィルター上にある、前記(1)~(8)のいずれか一つに記載の検出方法。
(10) 前記藻類乾燥物の藻類が、ラフィドセリス属(Raphidocelis属)、シネココッカス属(Synechococcus属)、シアノビウム属(Cyanobium属)、プロクロロコッカス属(Prochlorococcus属)、クロレラ属(Chlorella属)、及びパラクロレラ属(Parachlorella属)に属する藻類からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含む、前記(1)~(9)のいずれか一つに記載の検出方法。
(11) 前記藻類乾燥物の藻類が、ラフィドセリス サブカピタータ NIES-35(Raphidocelis subcapitata NIES-35)、シネココッカス sp.NIES-969(Synechococcus sp.NIES-969)、シアノビウム sp.NIES-981(Cyanobium sp.NIES-981)、及びプロクロロコッカス sp.NIES-2885(Prochlorococcus sp.NIES-2885)からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含む、前記(1)~(10)のいずれか一つに記載の検出方法。
(12) 前記(1)~(11)のいずれか一つに記載の検出方法に使用される藻類乾燥物の製造方法であり、
藻類を乾燥させ、前記藻類乾燥物を得る乾燥工程を含む、藻類乾燥物の製造方法。
(13) 前記乾燥の方法が、L-乾燥法である、前記(12)に記載の製造方法。
(14) 前記L-乾燥法において、保護培地中の前記藻類を乾燥させ、
前記保護培地が、糖類及びトリスバッファーを含む、前記(13)に記載の製造方法。
(15) フィルター上の前記藻類を乾燥させる、前記(12)~(14)のいずれか一つに記載の製造方法。
(16) 前記乾燥工程の後、大気圧下で前記藻類乾燥物を保存する、前記(12)~(15)のいずれか一つに記載の製造方法。
(17) 前記藻類が、ラフィドセリス属(Raphidocelis属)、シネココッカス属(Synechococcus属)、シアノビウム属(Cyanobium属)、プロクロロコッカス属(Prochlorococcus属)、クロレラ属(Chlorella属)、及びパラクロレラ属(Parachlorella属)に属する藻類からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含む、前記(12)~(16)のいずれか一つに記載の製造方法。
(18) 前記藻類が、ラフィドセリス サブカピタータ NIES-35(Raphidocelis subcapitata NIES-35)、シネココッカス sp.NIES-969(Synechococcus sp.NIES-969)、シアノビウム sp.NIES-981(Cyanobium sp.NIES-981)、及びプロクロロコッカス sp.NIES-2885(Prochlorococcus sp.NIES-2885)からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含む、前記(12)~(17)のいずれか一つに記載の製造方法。
(19) 前記(1)~(11)のいずれか一つに記載の検出方法に使用される、藻類乾燥物。
(20) 前記藻類乾燥物の藻類がフィルター上に配置された、前記(19)に記載の藻類乾燥物。
(21) 前記藻類乾燥物の藻類が、ラフィドセリス属(Raphidocelis属)、シネココッカス属(Synechococcus属)、シアノビウム属(Cyanobium属)、プロクロロコッカス属(Prochlorococcus属)、クロレラ属(Chlorella属)、及びパラクロレラ属(Parachlorella属)に属する藻類からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含む、前記(19)又は(20)に記載の藻類乾燥物。
(22) 前記藻類乾燥物の藻類が、ラフィドセリス サブカピタータ NIES-35(Raphidocelis subcapitata NIES-35)、シネココッカス sp.NIES-969(Synechococcus sp.NIES-969)、シアノビウム sp.NIES-981(Cyanobium sp.NIES-981)、及びプロクロロコッカス sp.NIES-2885(Prochlorococcus sp.NIES-2885)からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含む、前記(19)~(21)のいずれか一つに記載の藻類乾燥物。
(23) 前記(1)~(11)のいずれか一つに記載の検出方法に使用される藻類乾燥物の、品質管理方法であって、
藻類乾燥物と、光合成過程における電子伝達を阻害する電子伝達阻害剤とを接触させ、遅延発光A’を測定する測定工程と、
対照の測定対象物の遅延発光B’の値と、前記遅延発光A’の値との比較結果に基づき、前記藻類乾燥物の品質を評価する評価工程と、
を含む、藻類乾燥物の品質管理方法。
(24) 前記電子伝達阻害剤が、3-(3,4-ジクロロフェニル)-1,1-ジメチル尿素(DCMU)、ヒドロキシルアミン(HA)、及びアジ化ナトリウムからなる群から選ばれるいずれか一種以上である、前記(23)に記載の品質管理方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、被検物質に対する簡便且つ迅速なアッセイを可能とする検出方法、該方法に使用される藻類乾燥物の製造方法、藻類乾燥物、及び藻類乾燥物の品質管理方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明に係る方法の一実施形態を示すフロー図である。
図2】本発明の一実施形態の検出方法の一例を説明するための模式図である。
図3】本発明の一実施形態の検出方法の一例を説明するための模式図である。
図4】本発明の一実施形態の検出方法の一例を説明するための模式図である。
図5】本発明の一実施形態の検出方法に係る遅延発光A及び、対照の遅延発光Bの値の経時的な変化と、遅延発光Aと遅延発光Bの値の差の一例を、模式的に示すグラフである。
図6】実施例における、L乾燥物を使用した各種化学物質の検出試験の、試験結果を示すグラフである。
図7】光合成電子伝達反応および遅延発光における、電子供与体および電子受容体と、それらの酸化還元電位の変化を説明する模式図である。
図8】実施例で得られたフィルター上のL乾燥物を写した画像である。
図9】実施例における、フィルター上のL乾燥物を使用したDCMUの検出試験の、試験結果を示すグラフである。
図10】実施例における、L乾燥物を使用したアンモニア態窒素の検出試験の、試験結果を示すグラフである。
図11】実施例のL乾燥物を使用した検出試験における、亜鉛の半影響濃度(EC50)の推定結果である。
図12】実施例のL乾燥物を使用した検出試験における、Cy金属混合液の半影響濃度(EC50)の推定結果である。
図13】実施例における、4℃でのL乾燥物の保存安定性の評価結果を示すグラフである。
図14】実施例における、37℃でのL乾燥物の保存安定性の評価結果を示すグラフである。
図15】実施例における、L乾燥物の加速劣化試験の結果を示すグラフである。
図16】実施例における、4℃、20℃又は37℃での、NIES-35のL乾燥物の保存安定性を示すグラフである。
図17】実施例における、4℃、20℃又は37℃での、NIES-981のL乾燥物の保存安定性を示すグラフである。
図18】実施例における、DCMUを用いたL乾燥物の品質管理方法の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の検出方法、藻類乾燥物の製造方法、藻類乾燥物及び藻類乾燥物の品質管理方法の実施形態を説明する。
【0014】
≪検出方法≫
(測定工程)
実施形態の検出方法は、試料中の被検物質の存在又は非存在を検出する方法であって、藻類乾燥物と、前記試料と、を接触させて得られた測定対象物の遅延発光Aを測定する測定工程を含む(図1)。
【0015】
図2は、本発明の一実施形態の検出方法の一例を説明するための模式図である。図2に示す例では、藻類乾燥物10と、試料20とを混合させることで、藻類乾燥物10と試料20とを接触させ、得られた測定対象物40から発せられる遅延発光を測定する。
【0016】
遅延発光とは、遅延蛍光(Delayed Fluorescence、DF)とも称される。遅延発光は、光合成において、光エネルギーが光化学系II及び光化学系Iへと電子伝達される過程で、利用されなかった余剰なエネルギーが、主に光化学系IIの反応中心において光エネルギーとして再放出される現象である。遅延発光は、光合成反応の逆反応とも理解することができる。
【0017】
遅延発光は、通常の生理反応として、植物細胞において観察される現象であるが、光合成反応を阻害する物質が光合成反応に影響を与えることで、遅延発光を変化させることができ、当該物質を被検物質として、検出することができる。
【0018】
ここでの光合成反応の「阻害」とは、光合成反応を直接的又は間接的に阻害することを含む。また阻害とは、完全に阻害すること及び部分的に阻害することの両方の形態を包む。
【0019】
なお、本実施形態の方法において、検出された被検物質の種類を特定することまでは求められない。被検物質が検出された場合には、質量分析法等の公知の分析手法を併用して、被検物質の種類を特定することができる。
【0020】
検出方法における「検出」とは、遅延発光の測定の結果、試料中に被検物質の存在が検出又は非検出と認められる場合及び推定される場合を包含する。
【0021】
遅延発光を利用する本実施形態の検出方法では、光合成反応を直接的又は間接的に阻害する程度の量の被検物質を検出可能である。
直接的又は間接的に遅延発光に影響を与える物質及びその量は、環境への影響が懸念され、これを検出可能とできる意義は非常に大きい。
【0022】
光合成反応を阻害する物質としては、後述の電子伝達阻害剤、重金属のほか、アンモニア態窒素、農薬等が挙げられる。
【0023】
前記試料としては、特に制限されるものではないが、海水、淡水、河川水、湖水、雨水、地下水、排水、工場排水、製鉄所排水、農業廃水、排液、工場廃液、土壌、下水、汚泥、焼却灰、揚鉱水及びこれらの処理物が挙げられる。処理物としては、熱処理、抽出処理、濃縮処理、濾過、遠心分離等の処理を受けた物が挙げられる。
【0024】
これらの試料は環境中から採取することもできる。海底鉱石の引き揚げに伴う、重金属の海洋溶出を検出することを目的とする場合、前記海水としては、採鉱装置、揚鉱装置、又は鉱床周辺から得られた海水が好適である。
【0025】
藻類の生細胞を含む藻類培養液に対する遅延発光を利用したアッセイ自体は、従来知られた手法である。しかし、従来のアッセイは生細胞の細胞増殖を利用した評価手法であるため、結果の取得までに時間を要する。
【0026】
一方、本実施形態の検出方法では、藻類培養液に代えて藻類乾燥物を使用することで、これを粉末試薬や試験紙の如く用いることができ、簡便且つ迅速なアッセイが可能となり、大幅な省力化と試験時間の短縮が達成される。
【0027】
更に、発明者らは、藻類乾燥物を使用することで、藻類乾燥物への水の添加(以下、「復水」という。)直後に、非常に高い値での遅延発光(「短期寿命遅延発光」と称する。)が観測されることを見出だした。これは、従来の生細胞を用いたバイオアッセイでは観察されない現象であり、藻類乾燥物を復水させた後に観察される特有の現象である。
このように、藻類乾燥物を使用し、短期寿命遅延発光を利用することで、復水直後に極めて高い数値で遅延発光が生じ、対照との差も増幅されることから、短時間及び高精度な試験が可能となる。
【0028】
短期寿命遅延発光が生じることの詳細については、明らかではないが、以下のメカニズムが考察される。
通常の光合成反応では、電子供与体と電子受容体とが電荷分離した後、電子伝達が進み、その過程で電子伝達が妨げられると、電荷再結合が生じて遅延発光が生じると考えられる。
一方、藻類乾燥物では、予め電子供与体と電子受容体とが電荷分離した状態にあると考えられ、それらが復水によって電荷再結合することで、短期寿命遅延発光が生じるものと考えられる。
【0029】
かかる観点から、実施形態の検出方法の一例として、試料中の被検物質の存在又は非存在を検出する方法であって、藻類乾燥物と水及び前記試料と、又は、藻類乾燥物と水を含む前記試料とを接触させて得られた測定対象物の遅延発光Aを測定する測定工程を含むことが好ましい。
【0030】
図3~4は、本発明の別の実施形態の検出方法の一例を説明するための模式図である。
図3に示す例では、藻類乾燥物10と、水30及び試料20とを混合させることで、藻類乾燥物10と試料20とを接触させて得られた測定対象物41から発せられる遅延発光を測定する。
【0031】
図4に示す例では、試料21が水を含む場合であり、藻類乾燥物10と、水を含む試料21とを混合させることで、藻類乾燥物10と試料21とを接触させ、得られた測定対象物42から発せられる遅延発光を測定する。
【0032】
水を含む試料としては、例えば、上記に例示した海水、河川水等であってよく、これらに限定されない。
【0033】
ここで、藻類乾燥物と水との接触とは、藻類乾燥物に水を添加する動作を含む。
【0034】
前記測定対象物における、藻類乾燥物に対し添加する水の量は、例えば、質量基準で、藻類乾燥物:水=1:1以上であってよく、1:1~1:1000であってよく、1:1~1:100であってよい。
【0035】
例えば、100μLの細胞懸濁液(濃縮液)を乾燥させた藻類乾燥物に対して、好ましくは0.1~10mL、より好ましくは3~4mLの水を添加して、復水させることができる。前記100μLの細胞懸濁液に含まれる藻類の細胞数は、藻類の種類や細胞形態により異なるが、例えば1×10cells~3×10cellsの藻類を含むことができる。
【0036】
短期寿命遅延発光は、復水直後から観測され、30分後程度で光量のピークを迎える場合が多く、90分程度まで高値にて継続することが観察されている。
【0037】
かかる観点から、前記測定工程において、藻類乾燥物と水とを接触させた時点から90分以内に遅延発光Aの値を測定することが好ましく、変動係数をより低くできることから60分以内に遅延発光Aの値を測定することがより好ましく、40分以内に遅延発光Aの値を測定することがさらに好ましい。
遅延発光は、復水直後から観測されるため、復水後の測定開始時間は特に制限されないが、例えば、復水直後(復水後0秒)~90分の間に遅延発光Aの値を測定してもよく、復水後10秒~60分の間に遅延発光Aの値を測定してもよい。
【0038】
上述のとおり、遅延発光自体は、光合成能を有する藻類において普遍的に観察される現象であるので、対照の遅延発光の値と比較することにより、より一層精度よく被検物質の存在又は非存在を検出することができる。
【0039】
実施形態の検出方法は、試料中の被検物質の存在又は非存在を検出する方法であって、藻類乾燥物と、前記試料とを接触させ、遅延発光Aを測定する測定工程を含み、対照の測定対象物の遅延発光Bの値と、前記遅延発光Aの値との比較結果に基づき、前記試料中の被検物質の存在又は非存在を判定することを含むことが好ましい。
【0040】
対照の測定対象物の遅延発光Bとしては、藻類乾燥物と前記試料とを接触させない、又は藻類乾燥物と既知量の前記被検物質を含む対照試料とを接触させて得られた測定対象物の遅延発光Bが挙げられる。
【0041】
既知量の前記被検物質を含む対照試料と接触させる場合としては、上記の図2であれば、試料20に代えて、既知量の被検物質22を含む対照試料と混合させる場合が挙げられる。
なお、対照試料中に被検物質は含まれていなくともよく、即ち、既知量の被検物質の量は0であってもよい。
【0042】
藻類乾燥物と前記試料とを接触させない場合としては、上記の図3の場合であれば、藻類乾燥物10と水30及び試料20とを混合させるところ、藻類乾燥物10と水30とを混合させる場合等が挙げられる。
【0043】
遅延発光Bの値と、前記遅延発光Aの値との比較結果として、遅延発光Bの値と、前記遅延発光Aの値とに差がある場合、試料中に被検物質が存在すると判定できる。
遅延発光Bの値と、前記遅延発光Aの値とに差がない場合には、被検物質が非存在であると判定できる。
【0044】
遅延発光A及び遅延発光Bの値としては、発光量を採用できる。発光量は、所定時間内の遅延発光量を積算した積算遅延発光(DFI)を採用できる。
発光量として、前記測定対象物中の藻類量を反映する値(例えば、波長600nmにおける吸光度)で除した値(例えば、DFI/OD600)を採用できる。
【0045】
図5は、遅延発光A及び遅延発光Bの値の経時的な変化と、遅延発光Aと遅延発光Bの値の差の一例を示すグラフである。遅延発光Aの値は、遅延発光Bの値より大きくてもよく、小さくてもよい。いずれの場合でも試料中の被検物質が存在すると判定できる。
【0046】
また、この差が大きいほど、対照試料に含まれる被検物質量との差が大きいと仮定できる。対照試料に含まれる既知量の被検物質量の値から、試料に含まれる被検物質量の値を推定することを行ってもよい。
【0047】
対照の遅延発光Bと比較して、遅延発光Aの値が高値となるか低値となるか違いが生じることについて、詳細は不明ではあるが、反応中心を阻害するか否かなどの、化学物質の光合成反応における反応阻害部位の違いを反映しているものと考えられる。
【0048】
また、遅延発光の値は復水の時点から経時的に変化するため、試料と接触させてから、又は復水からの経過時間が同時点での、遅延発光Bの値と、前記遅延発光Aの値とを比較することが好ましい。比較対象の遅延発光Bの値と、前記遅延発光Aの値との、各値の取得時点で、上記経過時間が異なる場合、その差は10分以内が好ましく、5分以内がより好ましく、3分以内がさらに好ましい。
【0049】
遅延発光Bの測定は、遅延発光Aの測定ごとに行ってもよいし、予め取得された遅延発光Bの値を使用してもよい。
【0050】
遅延発光Aと遅延発光Bの値の差は、統計的な有意差であることが好ましい。有意差は、t検定等の仮説検定によるp値に基づき評価することができ、例えばP<0.05を有意差有りと評価できる。
【0051】
遅延発光の測定にあたって、遅延発光の値の再現性を高めるため、遅延発光A及び遅延発光Bの測定条件を均一化することが好ましい。
【0052】
測定対象物の励起状態を均一化する観点から、藻類乾燥物と、前記試料とを接触させた後、測定対象物を暗所に置き、測定対象物に励起光を照射した後に、遅延発光を測定することが好ましい。
【0053】
遅延発光の検出には、光電子増倍管を備えた光検出装置を使用できる。例えば、浜松ホトニクス社製の微弱発光計測装置を使用できる。光検出装置は、励起光照射のための光源を備えることが好ましい。
【0054】
実施形態における好ましい被検物質としては、被検物質が光合成過程における電子伝達反応を阻害する電子伝達阻害剤を含むことが好ましい。電子伝達阻害剤としては、3-(3,4-ジクロロフェニル)-1,1-ジメチル尿素(DCMU)、ヒドロキシルアミン(HA)、アジ化ナトリウム等が挙げられる。これらは、光合成過程における電子伝達反応を直接的または間接的に阻害することができる。
電子伝達阻害剤は、光合成過程における電子伝達反応を直接的に阻害するものが好ましい。元来、光化学系IIにおいて遅延発光が生じ易いことから、電子伝達阻害剤は、光化学系IIにおける電子伝達反応を直接的に阻害するものがより好ましい。
【0055】
また、被検物質が、重金属を含むことが挙げられる。本明細書において「重金属」とは、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Ga、As、Se、Rb、Sr、Y、Zr、Nb、Mo、Ru、Rh、Pd、Ag、Cd、In、Sn、Sb、Te、Cs、Ba、Hf、Ta、W、Re、Os、Ir、Pt、Au、Hg、Yl、Pb、Bi及びPo、並びにそれらのイオンを指す。これらは、光合成反応を直接的又は間接的に阻害する。
被検物質としては、上記のなかでも、As、Cu,Zn、及びPb、並びにそれらのイオンからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。
【0056】
藻類乾燥物は、藻類を乾燥させて得ることができる。藻類乾燥物の水分含量としては、一例として、藻類乾燥物の総質量100質量%に対する水分含有量の割合が、20質量%以下であってよく、15質量%以下であってよく、10質量%以下であってよい。水分含量の測定方法としては、乾燥減量法を例示できる。
【0057】
同様に、藻類乾燥物の水分含量としては、藻類乾燥物に含有される藻類100質量部に対する水分含有量が、20質量部以下であってよく、15質量部以下であってよく、10質量部以下であってよい。
【0058】
藻類乾燥物は、乾燥状態の藻類を含み、藻類乾燥物の総質量100質量%に対する藻類の含有量は、50質量%以上であってよく、70質量%以上であってよく、80質量%以上であってよく、90質量%以上であってよい。
【0059】
藻類乾燥物に含まれる藻類とは、遅延発光を放出可能な限り、藻類細胞の破砕物や断片等の藻類の一部分も包含する概念である。
【0060】
前記藻類乾燥物の藻類としては、光合成可能で、かつ乾燥後に遅延発光が確認できる藻類であれば特に限定されるものではなく、緑藻、藍藻、紅藻、珪藻、渦鞭毛藻等が挙げられる。
【0061】
従来のバイオアッセイでも汎用され、取り扱いが容易であるという観点から、前記藻類は微細藻類が好ましい。
【0062】
前記藻類乾燥物の藻類としては、培養が容易であり、環境中に分布し、国内外のカルチャーコレクションにて入手が容易等の観点から、例えば、ラフィドセリス属(Raphidocelis属)、シネココッカス属(Synechococcus属)、シアノビウム属(Cyanobium属)、プロクロロコッカス属(Prochlorococcus属)、クロレラ属(Chlorella属)、及びパラクロレラ属(Parachlorella属)に属する藻類からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含むことが好ましく、ラフィドセリス属(Raphidocelis属)、シネココッカス属(Synechococcus属)、シアノビウム属(Cyanobium属)、及びプロクロロコッカス属(Prochlorococcus属)に属する藻類からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含むことがより好ましい。
【0063】
前記藻類乾燥物の藻類としては、ラフィドセリス サブカピタータ(和名:ムレミカヅキモ) NIES-35(Raphidocelis subcapitata NIES-35)、シネココッカス sp.NIES-969(Synechococcus sp.NIES-969)、シアノビウム sp.NIES-981(Cyanobium sp.NIES-981)、プロクロロコッカス sp.NIES-2885(Prochlorococcus sp.NIES-2885)、クロレラ ソロキニアナ NIES-2169(Chlorella sorokiniana NIES-2169)、及びパラクロレラ ケスレリ NIES-2152(Parachlorella kessleri NIES-2152)からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含むことがさらに好ましく、
ラフィドセリス サブカピタータ(和名:ムレミカヅキモ) NIES-35(Raphidocelis subcapitata NIES-35)、シネココッカス sp.NIES-969(Synechococcus sp.NIES-969)、シアノビウム sp.NIES-981(Cyanobium sp.NIES-981)、及びプロクロロコッカス sp.NIES-2885(Prochlorococcus sp.NIES-2885)からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含むことが特に好ましい。
【0064】
これらの藻類は、環境中から採取してもよいし、上記の特定の系統は、NIES(国立環境研究所)の微生物系統保存施設等で維持される株を使用することができる。
【0065】
なお、前記試料の種類と藻類の種類の組み合わせは、特に制限されない。
例えば、試料として海水を用いる場合、藻類乾燥物の藻類は、海産藻類及び淡水産藻類のいずれも用いることができる。
例えば、試料として淡水を用いる場合、藻類乾燥物の藻類は、海産藻類及び淡水産藻類のいずれも用いることができる。
【0066】
被検物質として、重金属を含む場合、藻類乾燥物の前記藻類がRaphidocelis subcapitata NIES-35を含み、前記被検物質がAs、Cu、Zn、及びPb並びにそれらのイオンからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。
【0067】
藻類乾燥物の前記藻類がSynechococcus sp.NIES-969を含み、前記被検物質がAs、Cu、Zn、及びPb並びにそれらのイオンからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。
【0068】
藻類乾燥物の前記藻類がCyanobium sp.NIES-981を含み、前記被検物質がCu、Zn、及びPb並びにそれらのイオンからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。
【0069】
藻類乾燥物の前記藻類がProchlorococcus sp.NIES-2885を含み、前記被検物質がAs、Cu、Zn、及びPb並びにそれらのイオンからなる群から選択される少なくとも一種を含むことが好ましい。
【0070】
実施形態の検出方法は、上記の測定工程に先立ち、前記藻類乾燥物を得るための、藻類を培養する培養工程と、前記培養工程で培養された藻類を乾燥させ、前記藻類乾燥物を得る乾燥工程と、を更に含むことができる。また、必要に応じて、前記乾燥工程で得られた前記藻類乾燥物を保存する保存工程を更に含むことができる(図1)。
【0071】
(培養工程)
培養工程では、前記藻類乾燥物の原料の藻類を培養することができる。
培養する藻類としては、上記の藻類乾燥物の藻類として説明したものが挙げられる。
【0072】
培養条件は、藻類の種類に応じ、適宜定めることができる。培養期間としては、3日~2週間程度が挙げられ、藻類の細胞数が飽和する程度に培養を継続することができる。
【0073】
培養される藻類における光化学系を良好に維持する観点から、培養時の光条件は、連続明期又は明暗周期条件で培養することが好ましい。培養時に照射する光量子束密度は藻類種によって適宜定めればよく、例えば50μmol photons m-2-1以上であってよく、50~100μmol photons m-2-1であってよい。
【0074】
(乾燥工程)
乾燥工程は、前記培養工程で培養された藻類を乾燥させ、前記藻類乾燥物を得る工程である。
【0075】
乾燥の手法としては、特に制限されるものではなく、自然乾燥、凍結乾燥等も可能である。得られる藻類乾燥物において良好な遅延発光が発揮され易いことから、藻類をL-乾燥法(Liquid drying method)により乾燥させることが好ましい。
【0076】
L-乾燥法とは、乾燥対象物の乾燥中に乾燥対象物を凍結させずに乾燥を行う方法である。L-乾燥法では、真空又は減圧下で揮発成分を蒸発させることができる。本明細書において、L-乾燥法により得られた藻類乾燥物を指して、単に「L乾燥物」ということがある。
【0077】
一実施形態の検出方法として、試料中の被検物質の存在又は非存在を検出する方法であって、藻類のL乾燥物と、前記試料と、を接触させて得られた測定対象物の遅延発光Aを測定する測定工程を含む、検出方法を例示する。
【0078】
L-乾燥法の基礎は、(既報:「L-乾燥法による微生物株の長期保存方法」、坂根ら、Microniol.Cult. Coll. Dec. 1996, Vol.12 p.91-97)に示される。
【0079】
乾燥工程における乾燥温度は、乾燥対象物の温度として0℃超~10℃以下が好ましい。
【0080】
乾燥装置の設定条件は、適宜選択でき、例えば、装置のトラップ(冷却装置部)部が-75℃以下、達真空度:20mTorr(トル)以下に設定可能な乾燥装置を用いることができる。例えば、バケツ型の真空乾燥容器を使う場合、乾燥中、真空容器の外側を氷等で冷却することもできる。
【0081】
藻類は、藻類を含有する培地を乾燥対象として、そのまま乾燥させてもよく、適宜培地の遠心分離等による脱水処理や保護培地への置換を行ったものを乾燥対象として乾燥させてもよい。より好ましくは、保護培地及び前記藻類(保護培地に前記藻類を懸濁させたもの)を乾燥対象として、乾燥させることが好ましい。
【0082】
保護培地及び前記藻類を含む乾燥対象における、藻類細胞の密度は、例えば、1×10~5×1010cells/mLを例示できる。当該密度は、用いる藻類に種類に応じても適宜定めることができ、藍藻の場合1~5×1010cells/mL、真核藻類の場合、1~5×10cells/mLを例示できる。
【0083】
保護培地は、糖類及びバッファーを含むことができる。バッファーとしては、リン酸バッファー又はトリスバッファーが挙げられる。
【0084】
淡水産藻類用の保護培地としては一例として、水、グルタミン酸ナトリウム、アドニトール、ソルビトール、及びリン酸バッファーを含む保護培地を例示できる。
【0085】
海産藻類を乾燥させる場合、保護培地は、上記の水に代えて海水を含むことができる。またその場合、リン酸バッファーに代えてトリスバッファーを含むことが好ましい。これにより、保護培地に沈殿が発生し難く、より一層良好なL-乾燥が可能となる。海水は、天然海水であってもよく、人工海水であってもよい。
【0086】
海産藻類用の保護培地として、海水、グルタミン酸ナトリウム、アドニトール、ソルビトール、及びトリスバッファーを含む保護培地を例示できる。
【0087】
L-乾燥法によれば、乾燥対象物の凍結を行わずに短時間で乾燥が可能であるため、チラコイド膜上の光化学系が、よりインタクトな状態で保たれやすいと考えられる。そのため、得られる藻類乾燥物が、遅延発光に好適な状態であると推察される。
【0088】
L-乾燥法は、真空ポンプを備えた乾燥機を使用して実施することができる。また、市販のL乾燥装置も使用可能である。乾燥対象の試料を凍結させなければ、市販の凍結乾燥機を使用してもよい。
【0089】
実施形態の検出方法に用いられる藻類乾燥物は、フィルター上に在ってもよい。フィルター上にある藻類乾燥物の取得のため、前記乾燥工程における藻類の乾燥は、フィルター上の藻類を乾燥させることができる。より具体的には、濾過等によりフィルター上に乾燥対象の藻類を捕捉し、前記フィルター上の前記藻類を乾燥させることができる。
【0090】
例えば、藻類の細胞サイズが直径1μmと非常に小さい場合、遠心分離により細胞が分離され難い場合がある。このような場合、フィルターを使用して藻類細胞を濃縮した後に、これを乾燥させることができる。
【0091】
フィルターは、前記藻類の細胞の少なくとも一部を捕捉可能なものであればよく、乾燥対象の藻類のサイズに応じて、適宜選択すればよい。例えば、細胞サイズが比較的大きい場合(>直径2μm)には、GF/Fガラス繊維ろ紙を使用することが挙げられる。直径2μm未満の小さい細胞の場合は、ミリポアフィルターとして知られるポアサイズφ0.45μm程度のニトロセルロースフィルター、セルロースアセテートフィルター等を好適に使用できる。
【0092】
フィルターの厚さは、特に制限されず、例えば1mm以下が好ましい。
【0093】
フィルター上の乾燥藻類の細胞密度は、遅延発光を検出可能な程度であれば特に制限されず、例えば藍藻類の場合、1~2×10cells/cmが挙げられる。
【0094】
フィルター上の前記藻類を乾燥させる際に保護培地を使用する場合には、例えば、フィルター上の前記藻類に保護培地を滴下する、保護培地にフィルター上の前記藻類を浸漬させるなどにより、フィルター上の前記藻類を保護培地と接触させ、保護培地中の藻類を乾燥させることが好ましい。
【0095】
乾燥装置を使用した乾燥を行った後は、シリカゲル等の乾燥剤を使用して、藻類乾燥物の追加乾燥を行うことができ、そのまま保存工程での藻類乾燥物の保存としてもよい。
【0096】
(保存工程)
保存工程は、前記乾燥工程で得られた前記藻類乾燥物を、前記測定工程での使用までの間、保存する工程である。
【0097】
藻類乾燥物は、大気圧下で保存することができる。従来のL-乾燥法では、乾燥工程の後、アンプル内を真空状態に保つための封入操作が行われ、真空状態で保存される(既報:坂根ら、1996を参照)。
しかし、実施形態の検出方法に使用される藻類乾燥物は、むしろ大気圧下で保存する場合であっても、良好な遅延発光のポテンシャルを長期間維持可能である。
【0098】
保存温度は、20℃以下が好ましく、0℃超20℃以下がより好ましく、1~10℃がさらに好ましく、4℃が特に好ましい。
0℃超環境の実現には、液体窒素やディープフリーザー等の低温設備が不要であり、簡便に保存や輸送が可能である。
【0099】
保存湿度は、低いほど好ましく、50%RH以下が好ましく、30%RH以下がより好ましい。
藻類乾燥物の吸湿を避けるため、藻類乾燥物を密封容器や、保存袋内で保存することができる。密封容器や、保存袋内には、藻類乾燥物とともに、シリカゲル等の乾燥剤を収容することが好ましい。
【0100】
以上に説明した実施形態の検出方法によれば、藻類乾燥物を使用することで、簡便且つ迅速なアッセイが可能となり、大幅な省力化と試験時間の短縮が達成される。
【0101】
従来の生細胞を用いた方法では、良好に増殖した高密度の前培養細胞の取得が必要であった。
また、従来の生細胞を用いた方法で再現性を得るためには、培養操作に技術や経験が必要とされ、培養条件に結果が依存してしまうおそれがあった。
【0102】
一方、実施形態の検出方法によれば、測定工程の操作は非常に簡便であり、市販の計測機器を使用することも可能であるため、試験実施者によるばらつきが少なく被検物質の検出が可能である。
【0103】
実施形態の検出方法によれば、被検物質の検出の迅速評価が可能であること、実施場所を選ばないこと、測定工程の実施に培養設備が不要であること等の、優れた利点を有する。
【0104】
試料の由来としては、海洋環境だけでなく、沿岸、河川や湖沼などが想定される。実施形態の検出方法は、水環境における被検物質の漏洩を検出する排水管理など、幅広い用途に適用可能である。
【0105】
≪藻類乾燥物の製造方法≫
実施形態の藻類乾燥物の製造方法は、上記の実施形態の検出方法に使用される藻類乾燥物の製造方法であり、藻類を乾燥させ、前記藻類乾燥物を得る乾燥工程を含む(図1)。
【0106】
実施形態の藻類乾燥物の製造方法は、上記の乾燥工程に先立ち、藻類を培養する培養工程を更に含むことができる。また、必要に応じて、前記乾燥工程で得られた前記藻類乾燥物を保存する保存工程を更に含むことができる(図1)。
【0107】
藻類乾燥物の製造方法における各工程は、上記の実施形態の検出方法で説明した内容が挙げられ、ここでの詳細な説明を省略する。
【0108】
乾燥工程における前記乾燥の方法は、L-乾燥法であることが好ましい。
【0109】
前記L-乾燥法においては、上記で説明した保護培地を用いることが好ましい。保護培地中の前記藻類を乾燥させ、前記保護培地が、糖類及びトリスバッファーを含むことが好ましい。
【0110】
また、前記乾燥は、フィルター上の前記藻類を乾燥させることが好ましい。
【0111】
前記乾燥工程の後は、大気圧下で前記藻類乾燥物を保存することできる。
【0112】
乾燥される前記藻類は、ラフィドセリス属(Raphidocelis属)、シネココッカス属(Synechococcus属)、シアノビウム属(Cyanobium属)、プロクロロコッカス属(Prochlorococcus属)、クロレラ属(Chlorella属)、及びパラクロレラ属(Parachlorella属)に属する藻類からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含むことが好ましい。
【0113】
乾燥される前記藻類は、ラフィドセリス サブカピタータ(和名:ムレミカヅキモ) NIES-35(Raphidocelis subcapitata NIES-35)、シネココッカス sp.NIES-969(Synechococcus sp.NIES-969)、シアノビウム sp.NIES-981(Cyanobium sp.NIES-981)、プロクロロコッカス sp.NIES-2885(Prochlorococcus sp.NIES-2885)、クロレラ ソロキニアナ NIES-2169(Chlorella sorokiniana NIES-2169)、及びパラクロレラ ケスレリ NIES-2152(Parachlorella kessleri NIES-2152)からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含むことがより好ましく、
ラフィドセリス サブカピタータ(和名:ムレミカヅキモ) NIES-35(Raphidocelis subcapitata NIES-35)、シネココッカス sp.NIES-969(Synechococcus sp.NIES-969)、シアノビウム sp.NIES-981(Cyanobium sp.NIES-981)、及びプロクロロコッカス sp.NIES-2885(Prochlorococcus sp.NIES-2885)からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含むことがさらに好ましい。
【0114】
≪藻類乾燥物≫
実施形態の藻類乾燥物は、上記の実施形態の検出方法に使用される藻類乾燥物である。
【0115】
藻類乾燥物は、上記の実施形態の検出方法で説明したものが挙げられ、ここでの詳細な説明を省略する。
【0116】
藻類乾燥物はフィルター上に配置されたものであることが好ましい。フィルター上とは、フィルターに藻類が捕捉された状態を指す。
【0117】
藻類乾燥物における前記藻類は、ラフィドセリス属(Raphidocelis属)、シネココッカス属(Synechococcus属)、シアノビウム属(Cyanobium属)、プロクロロコッカス属(Prochlorococcus属)、クロレラ属(Chlorella属)、及びパラクロレラ属(Parachlorella属)に属する藻類からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含むことが好ましい。
【0118】
藻類乾燥物における前記藻類は、ラフィドセリス サブカピタータ(和名:ムレミカヅキモ) NIES-35(Raphidocelis subcapitata NIES-35)、シネココッカス sp.NIES-969(Synechococcus sp.NIES-969)、シアノビウム sp.NIES-981(Cyanobium sp.NIES-981)、プロクロロコッカス sp.NIES-2885(Prochlorococcus sp.NIES-2885)、クロレラ ソロキニアナ NIES-2169(Chlorella sorokiniana NIES-2169)、及びパラクロレラ ケスレリ NIES-2152(Parachlorella kessleri NIES-2152)からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含むことがより好ましく、
ラフィドセリス サブカピタータ(和名:ムレミカヅキモ) NIES-35(Raphidocelis subcapitata NIES-35)、シネココッカス sp.NIES-969(Synechococcus sp.NIES-969)、シアノビウム sp.NIES-981(Cyanobium sp.NIES-981)、及びプロクロロコッカス sp.NIES-2885(Prochlorococcus sp.NIES-2885)からなる群から選ばれるいずれか一種以上の藻類を含むことがさらに好ましい。
【0119】
藻類乾燥物は、上記の実施形態の藻類乾燥物の製造方法により製造可能である。
【0120】
≪藻類乾燥物の品質管理方法≫
実施形態の藻類乾燥物の品質管理方法は、上記の実施形態の検出方法に使用される藻類乾燥物の品質管理方法であって、
藻類乾燥物と、光合成過程における電子伝達を阻害する電子伝達阻害剤とを接触させ、遅延発光A’を測定する測定工程と、
対照の遅延発光B’の値と、前記遅延発光A’の値との比較結果に基づき、前記藻類乾燥物の品質を評価する評価工程と、を含む。
【0121】
対照の測定対象物の遅延発光B’として、藻類乾燥物と前記電子伝達阻害剤とを接触させない、又は藻類乾燥物と既知量の前記電子伝達阻害剤を含む対照試料とを接触させて得られた測定対象物の遅延発光B’が挙げられる。
【0122】
品質を評価することとは、藻類乾燥物の遅延発光のポテンシャルを評価することである。本来、電子伝達阻害剤を藻類に接触させると、遅延発光が生じるが、保存過程などで藻類乾燥物における電子伝達系の構成要素が劣化するなどして、遅延発光が生じ難くなる場合が想定される。
そこで、遅延発光B’の値と、前記遅延発光A’の値との比較結果として、遅延発光B’の値と、前記遅延発光A’の値とに差がある場合、藻類乾燥物が良好に遅延発光可能であり、品質が良好である判定できる。
また、遅延発光B’の値と、前記遅延発光A’の値とに差が認められない場合、藻類乾燥物が良好に遅延発光可能ではなく、品質が不良であると判定できる。
【0123】
遅延発光B’の値と、前記遅延発光A’の値との比較については、上記の実施形態の検出方法における遅延発光Bの値と、前記遅延発光Aの値との比較で説明した内容が挙げられる。試料を電子伝達阻害剤として、遅延発光A’を遅延発光Aとして、遅延発光B’を遅延発光Bとして、それぞれ読みかえることができ、ここでの詳細な説明を省略する。
【0124】
遅延発光B’の値と、前記遅延発光A’の値と差が大きいほど、藻類乾燥物の品質が良好と判定できる。
【0125】
遅延発光A’と遅延発光B’の値の差は、統計的な有意差であることが好ましい。
【0126】
後述の実施例に示されるように、実施形態にかかる藻類乾燥物は、遅延発光による電子伝達阻害剤の検出感度が非常に高いため、この性質を利用し高精度に藻類乾燥物の品質を評価することができる。
【0127】
電子伝達阻害剤としては、上記の実施形態の検出方法で例示したものが挙げられ、3‐3-(3,4-ジクロロフェニル)-1,1-ジメチル尿素(DCMU)、ヒドロキシルアミン(HA)、及びアジ化ナトリウムからなる群から選ばれるいずれか一種以上が挙げられる。
実施形態の品質管理方法に用いられる電子伝達阻害剤は、3-(3,4-ジクロロフェニル)-1,1-ジメチル尿素(DCMU)であることが好ましい。
【実施例
【0128】
次に実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0129】
・藻類乾燥物の製造(1)
(培養)
滅菌した微細藻類用培地(表1~5参照)1Lに、20~30mLの藻類の種株を植え付け、2週間、明暗周期12:12時間条件で通気培養した。培養時に照射する光量子束密度は、50~100μmol photons m-2-1とした。培養温度は20~25℃とした。通気は、水槽用エアーポンプを使用し、ポアサイズ径0.45μmシリンジフィルターで滅菌した空気を通気した。
【0130】
使用した藻類の種株は以下である。
Raphidocelis subcapitata NIES-35(淡水産緑藻、以下「NIES-35」と表記する。)
Synechococcus sp. NIES-969(海産藍藻類、以下「NIES-969」と表記する。)
Cyanobium sp. NIES-981(海産藍藻類、以下「NIES-981」と表記する。)
Prochlorococcus sp. NIES-2885(海産藍藻類、以下「NIES-2885」と表記する。)
種株は、予め10mLの微細藻類用培地が入ったネジ口試験管内で、2週間培養したものを使用した。
【0131】
上記NIES-35の培養に使用したAF-6培地(淡水藻類用培地)の組成を以下に示す。
【0132】
【表1】
【0133】
【表2】
【0134】
上記NIES-969及びNIES-981の培養に使用したESM培地(海産藻類用培地)の組成を以下に示す。
【0135】
【表3】
【0136】
**Soil extractの取得方法)
1000mLの蒸留水に200mLの土(落葉樹林の土が好適)を加え、105℃で1時間、オートクレーブで加熱し、冷めたら、再び105℃、1時間オートクレーブで加熱する。上清をGFフィルターに通す。ろ過液に蒸留水を加えて1000mLに調整する。最終ろ液を各試験管に10mLずつ分注し、121℃で20分間オートクレーブ滅菌する。
【0137】
上記NIES-2885の培養に使用したPRO-99培地(海産プロクロロコッカス用培地)の組成を以下に示す。
【0138】
【表4】
【0139】
【表5】
【0140】
(バイアルでのL-乾燥)
2週間後、藻類細胞が増殖し、細胞数が飽和した培養液を遠心分離した。遠心分離条件は、50mL遠心管に分注し、4400rpm(3000×g)で、20~30分とした。
【0141】
遠心分離後の上清をできるだけ除き、得られたペレット状の細胞塊に、保護培地(表6)8mLを加えて再懸濁させた。このとき、細胞数を血球計算盤等で計測し、2.4×1010cells/ml~3.2×1010cells/mlの細胞懸濁液を得た。
藻類が海水産の場合には、保護培地として下記SM11を使用した。藻類が淡水産の場合は、保護培地として下記SM12を使用した。
【0142】
【表6】
【0143】
上記で得た細胞懸濁液を、100μLずつクライオバイアルまたはガラスバイアルに分注した。
4℃に予冷した金属製チューブラックに分注したチューブを立て、金属製チューブラックごとL-乾燥可能な低温真空乾燥装置(FTS SYSTEMS社製、フレキシドライ)により2~3時間低温真空乾燥(L-乾燥)を行った。乾燥中はクライオバイアルの蓋をせず、開放させた。
乾燥後、容器から取り出し、シリカゲルを敷いたデシケータ内で数時間~一晩、追加乾燥させ、クライオバイアル内に藻類のL乾燥物を得た。追加乾燥は、従来のL-乾燥法とは異なり、大気圧下で行った。
【0144】
以降、特に断りのない限り、実施例の藻類乾燥物としては、クライオバイアル内に得た当該L乾燥物を使用した。
【0145】
・化学物質の存在の検出(1)
上記のクライオバイアル内に得た各種の藻類のL乾燥物、及び試験水(以下に示す化学物質を、表7に示す各濃度(w/v)で含む水)を用意した。また、化学物質を含有しないコントロール(対照区)も用意した。
・3-(3,4-ジクロロフェニル)-1,1-ジメチル尿素(DCMU;光化学系II 電子伝達阻害剤)
・ヒドロキシルアミン(HA;光化学系II 電子伝達阻害剤)
・金属混合液(Cy):
(海洋研究開発機構「ちきゅう」調査航海により採集したコアサンプルの岩石溶出液の組成に基づき、模擬的に調製した金属混合液。主に鉛と亜鉛を含む(Yamagishi et al. Ecotoxicology (2018) 27:1303-1309)
・銅
・亜鉛
・鉛
・ヒ素 NIES-35、NIES-969、NIES-2885においては、As(V)を1ppm(w/v)で含む試験水についても試験した。
なお、淡水産藻類を使用した試験の場合は蒸留水、海産藻類を使用した試験の場合は濾過滅菌海水を試験水又はコントロール水に使用した。
【0146】
測定容器としてキュベットを使用し、上記の細胞懸濁液100μLを乾燥させたL乾燥物1単位を、試験水又はコントロール水3.5mLに、再懸濁(復水)した。
復水後、L乾燥物と試験水又はコントロール水とを速やかにピペッティングにて十分に混和し、測定サンプル(測定対象物)を得た。
サンプルを微弱発光計測装置(浜松ホトニクス社製、微弱発光係数装置、Type-7100)にセットし、装置付属の光源により励起光暴露後、復水時点から直後(30秒以内)、15分後、30分後、60分後、及び90分後に遅延発光の計測を行った。1回あたりの遅延発光の計測時間は10秒とした。
【0147】
10秒間に計測した遅延発光量(フォトンカウント)の総和を計算し、これを積算遅延発光(DFI)とした。また、復水後のサンプルについて、1cm光路長の波長600nmにおける吸光度を同時に測定し、この値でDFIを除し(DFI/OD600)、L乾燥物の細胞数あたりのDFI値を求めた。
3回独立測定のT検定で有意差判定し、DFI値が対照区と比較して有意に高値または低値であれば、試験水に対象の化学物質や重金属が混入していると判定した。
【0148】
結果を表7及び図6に示す。
【0149】
【表7】
【0150】
試験に用いた各種化学物質について、対照区と比較してDFIの有意な高値及び/又は低値が観測された。また、復水時点後にはじめて有意差が生じた時間を最短検出時間として記載した。
また、図6に示されるように、復水直後に非常に高い値での遅延発光(短期寿命遅延発光)が観測された。
以上の結果から、藻類の乾燥物を用いた遅延発光量の計測により、非常に迅速且つ高精度に対象の化学物質に対するアッセイが可能であることが示された。
【0151】
対照区と比較して、DFIの値が高値となるか低値となるかについて、化学物質の種類によって違いが生じることについて、詳細は不明ではあるが、光合成反応における化学物質の反応阻害部位の違いを反映しているものと考えられる。
【0152】
図7は、光合成電子伝達反応および遅延発光における、電子供与体および電子受容体と、それらの酸化還元電位の変化を説明する模式図である。
例えば、HAはP680のマンガンクラスターの機能を阻害することが知られる。そのため、HAの暴露によりP680を起点とした電子の流れが阻害され、遅延発光自体も阻害されると考えられる。
DCMUでは、キノン電子受容体部位に高い特異性をもって結合することが知られる。そのため、DCMUの暴露による電子伝達の阻害により、電子の逆流が生じ遅延発光が増加することとなると考えられる。
【0153】
・藻類乾燥物の製造(2)
(フィルター上でのL-乾燥)
濾過ユニットにセットしたフィルター(Whatman GF/Fガラス繊維ろ紙(直径47mm))に、NIES―981の培養液を25~50mL通過させ、フィルター上に細胞を捕捉した。濾過後、直ちに、1mLの保護培地(表6)をフィルター上に滴下した。細胞が捕捉されたフィルターをL-乾燥可能な低温真空乾燥装置(FTS SYSTEMS社製、フレキシドライ)により1~2時間低温真空乾燥を行った。以降の工程は上記のバイアルでのL乾燥サンプル作製と同様にして、フィルター上に藻類のL乾燥物を得た(図8)。
【0154】
・化学物質の存在の検出(2)
フィルター上に得られたL乾燥物に、海水、又は濃度1μMのDCMUを含む試験水を暴露させ、暴露から5分後の遅延発光を測定した。
【0155】
結果を図9に示す。海水添加の場合とDCMU添加の場合とで、遅延発光量に有意差が確認された(*P<0.01,N=4)。
以上の結果から、フィルター上の藻類乾燥物を用いた場合であっても、遅延発光量の計測により、非常に迅速且つ高精度に対象の化学物質に対するアッセイが可能であることが示された。
【0156】
・化学物質の存在の検出(3)
クライオバイアル内に得たNIES-35のL乾燥物に、図10に示す濃度のアンモニア態窒素を含む試料を添加し、添加から60分後の遅延発光を測定した。
【0157】
結果を図10に示す。NH4-N濃度10mg/L~の添加の場合で、遅延発光量に有意差(T検定,P<0.05,N=3)が確認された。
【0158】
アンモニア態窒素は製鉄所からの排水や農業排水中に排出される最も一般的な化学物質のひとつである。例えば、コークス廃液では数百から数千mg/Lのアンモニア態窒素が放出される。高濃度のアンモニア態窒素は多くの生物に有害であることが知られている。アンモニア態窒素の排水基準を250mg/Lとすると、本アッセイではその25分の1の濃度のアンモニア態窒素を検出することが可能であった。
【0159】
・半影響濃度の推定
代表的な金属に対してL乾燥物の用量反応曲線を作成し、半影響濃度(EC50)を推定した。NIES-981のL乾燥物に対して復水と同時に亜鉛0~1ppm(w/v)、または、Cy金属混合液0~10%(w/v)を暴露させ、その15分後に遅延発光を計測し、用量反応曲線を作成した。
亜鉛は熱水域の鉱石より溶出しやすい金属種として知られるため、ここでは代表的金属として採用した。
半影響濃度(EC50)を算出したところ、亜鉛は0.05ppm(w/v)であり(図11)、Cy金属混合液は0.7%(w/v)であった(図12)。生体試験法と異なるため単純な比較はできないが、同種の生体藻類で24時間暴露試験を行った際の、亜鉛暴露時のEC50値が0.07ppmとされており、この値と比べ同程度の半影響濃度であった。
【0160】
また、NIES-35のL乾燥物にDCMU又はHAを15分間暴露させ、有意差判定を行ったところ、DCMUは0.1μM(約0.02ppm)であっても検出でき、HAは0.0005μMと非常に低濃度であっても検出可能であった。このHAの濃度は、市販の原液の1億倍希釈に相当する。L乾燥物を使用した遅延発光の測定系では、DCMU及びHAに代表される電子伝達系に直接影響する化学物質に対して、極めて鋭敏な反応がみられた。
これらのことから、本発明を適用した方法が、従来法よりも非常に迅速な実施が可能であるにも関わらず、従来法と同程度又はより優れた検出感度を有することが示された。
【0161】
・L乾燥物の保存条件の検討
上記のとおり、L乾燥物を製造した後、従来のL-乾燥法とは異なり、大気圧下で、4℃又は37℃で保存した場合と、従来のL-乾燥法に沿って、ガラスアンプル中で乾燥させた後、真空を維持したままアンプルの口を溶封した場合とで、上記の化学物質の存在の検出のコントロールの取得と同様にして、DFIの値を取得した。
結果を図13~14に示す。意外にも、真空保存を行った場合よりも、大気圧下で保存を行った場合のほうが、高いDFI値が計測された。このことから、真空保存のための封入操作を省略してもL乾燥物の品質に影響せず、むしろ品質が向上していることが見出された。
真空保存のための封入操作を省略することにより、作業工程が簡便になりL乾燥物の製造効率を大幅に向上できるばかりでなく、高品質のL乾燥物を製造可能であった。
【0162】
・L乾燥物の加速劣化試験
上記で得られたNIES-981のL乾燥物を、大気圧下、37℃で1~10日間保存し、上記の化学物質の存在の検出のコントロールの取得と同様にして、DFIの値の変化の詳細を取得した。
結果を図15に示す。保存日数を経た場合でのDFI値の低下から、L乾燥物が、徐々に劣化することが確認された。ただし、37℃10日間保存を4℃20年間の保存と仮定すると、NIES-981の場合の推定半減期(遅延発光が半分に減少する時期)は約2.6年と見積もられ、低温にて長期保存が可能であると推定できた。
【0163】
また、NIES-35又はNIES-981のL乾燥物を、大気圧下、4℃、20℃、又は37℃で保存し、同様にDFIの値を求めた。
結果を図16~17に示す。37℃での保存に比べ、20℃での保存条件でDFIの劣化が抑えられており、20℃という維持容易な温度条件であっても、長期保存が可能であることが見込まれた。
【0164】
・L乾燥物の品質評価
L乾燥物を4℃で2週間保存した標品と、37℃で2週間保存した標品(加速劣化標品)を比較した。それぞれ、NIES-35のL乾燥物に、復水と同時に最終濃度1μMとなるようにDCMUを添加(DCMU添加区)し、15分後の遅延発光を測定した。また、DCMUを添加しないコントロール(非添加区)についても、同様に遅延発光を測定した。
4℃保存したL乾燥物では、DCMU添加区と非添加区で差が見られたが、37℃で保存したL乾燥物ではDCMU添加区と非添加区で有意差が見られず、37℃で保存したL乾燥物の劣化が確認された。(図18
このように、DCMU等の電子伝達阻害剤を用いることで、L乾燥物の品質について、非常に短時間で判定を行うことが可能であった。
【0165】
各実施形態における各構成及びそれらの組み合わせ等は一例であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、構成の付加、省略、置換、およびその他の変更が可能である。また、本発明は各実施形態によって限定されることはなく、請求項(クレーム)の範囲によってのみ限定される。
【符号の説明】
【0166】
10…藻類乾燥物、20,21…試料、22…被検物質、30…水、40,41,42…測定対象物
【要約】
【課題】被検物質に対する簡便且つ迅速なアッセイを可能とする検出方法を提供する。
【解決手段】試料20中の被検物質22の存在又は非存在を検出する方法であって、藻類乾燥物10と、試料20と、を接触させて得られた測定対象物40の遅延発光Aを測定する測定工程を含む、検出方法。被検物質22は、重金属を含むことが好ましい。前記検出方法は、前記藻類乾燥物を得る乾燥工程を更に含むことが好ましい。前記乾燥の方法が、L-乾燥法であることが好ましい。
【選択図】図2
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18