(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-05
(45)【発行日】2023-06-13
(54)【発明の名称】ラチェット型クラッチ
(51)【国際特許分類】
F16D 41/12 20060101AFI20230606BHJP
【FI】
F16D41/12 C
(21)【出願番号】P 2020153772
(22)【出願日】2020-09-14
【審査請求日】2022-09-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000102784
【氏名又は名称】NSKワーナー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002435
【氏名又は名称】弁理士法人井上国際特許商標事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100077919
【氏名又は名称】井上 義雄
(74)【代理人】
【識別番号】100172638
【氏名又は名称】伊藤 隆治
(74)【代理人】
【識別番号】100153899
【氏名又は名称】相原 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100159363
【氏名又は名称】井上 淳子
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 大
(72)【発明者】
【氏名】岩野 彰
(72)【発明者】
【氏名】岡田 伸治
【審査官】倉田 和博
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-122478(JP,A)
【文献】国際公開第2019/155604(WO,A1)
【文献】特開2017-048901(JP,A)
【文献】特開2012-219950(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 41/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の環状部材と、
前記第1の環状部材と同軸に且つ相対回転可能に配置された第2の環状部材と、
トルク伝達可能に前記第1の環状部材と前記第2の環状部材とを係合可能なラチェット機構と、を有し、
前記ラチェット機構は、前記第1の環状部材に設けられた歯部と、
前記第2の環状部材に設けられ、前記歯部と噛み合うことにより前記第2の環状部材に対する前記第1の環状部材の第1の回転方向への相対回転をロックする第1の爪部材と、
前記第2の環状部材に設けられ、前記歯部と噛み合うことにより前記第2の環状部材に対する前記第1の環状部材の第2の回転方向への相対回転をロックする第2の爪部材とを備え、
前記第1および第2の爪部材は、前記第2の環状部材に固定された保持器に保持され、
前記保持器は、前記歯部と前記第1の爪部材との潤滑油および前記歯部と前記第2の爪部材との潤滑油を排出するための排出部を備えていることを特徴とするラチェット型クラッチ。
【請求項2】
前記第1の環状部材と前記第2の環状部材とは、径方向に対向して配置された内輪と外輪とであることを特徴とする請求項1に記載のラチェット型クラッチ。
【請求項3】
前記保持器は、前記外輪および内輪と同軸上に、前記外輪および内輪の軸方向一方側に隣接して配置された環状部を有し、
前記環状部には、前記歯部に対応する径方向位置に貫通穴が設けられ、
前記排出部は、前記貫通穴を含むことを特徴とする請求項2に記載のラチェット型クラッチ。
【請求項4】
前記内輪と前記外輪との間のトルク伝達方向を切り替え可能な切り替え機構を有し、
前記切り替え機構は、前記内輪と同軸上で、且つ軸方向位置において前記保持器の前記環状部と前記内輪との間に配置された環状部材を有し、
前記環状部材は、前記保持器の前記環状部の軸方向他方側の面と摺動して回動可能であり、前記環状部材の外周面には、前記第1の爪部材を前記歯部よりも径方向外方に押上げて前記歯部との噛み合いを阻止可能な第1の突出部が形成され、
前記貫通穴は、前記環状部材の回動によって周方向位置が変化する前記第1の突出部によって、塞がれた状態と貫通した状態とが切り替わることを特徴とする請求項3に記載のラチェット型クラッチ。
【請求項5】
前記環状部材の外周面には、前記第2の爪部材を前記歯部よりも径方向外方に押上げて前記歯部との噛み合いを阻止可能な第2の突出部が形成され、
前記貫通穴は、前記第1の爪部材が前記第1の突出部によって前記歯部よりも径方向外方に押上げられ、且つ前記第2の爪部材が前記第2の突出部によって前記歯部よりも径方向外方に押上げられた状態の時、貫通した状態であることを特徴とする請求項4に記載のラチェット型クラッチ。
【請求項6】
前記第1および第2の爪部材は、軸方向および径方向に関して前記保持器に保持されていることを特徴とする請求項1から5の何れか一項に記載のラチェット型クラッチ。
【請求項7】
前記ラチェット機構は、前記第1および第2の爪部材をそれぞれ前記第1の環状部材へ付勢する弾性部材を有し、
前記弾性部材は、前記保持器に保持されていることを特徴とする請求項6に記載のラチェット型クラッチ。
【請求項8】
前記第1および第2の爪部材は、軸方向に関して前記保持器に保持され、径方向に関して前記第2の環状部材に直接保持されていることを特徴とする請求項1から5の何れか一項に記載のラチェット型クラッチ。
【請求項9】
前記ラチェット機構は、前記第1および第2の爪部材をそれぞれ前記第1の環状部材へ付勢する弾性部材を有し、
前記弾性部材は、前記第2の環状部材に直接保持されていることを特徴とする請求項8に記載のラチェット型クラッチ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両や産業機械等においてトルク伝達用の装置として用いられるラチェット型クラッチに関し、特にトルク伝達方向の切り替えが可能なラチェット型クラッチに関する。
【背景技術】
【0002】
トルクの伝達方向の切り替えが可能なラチェット型クラッチは、制御の利便性から多岐に亘る装置において使用されている。近年、自動車の電動化の開発およびその進歩に伴い、駆動装置の動力源として電動モータを適用する場合がある。動力源として電動モータを用い、ラチェット型クラッチを電動モータの高速回転に対応させた場合の懸念として、例えば、ラチェット機構の爪部材周辺の油溜まりによる爪部材とラチェット歯との噛み合い性能の不安定化が挙げられる。
【0003】
特許文献1には、爪部材の先端部近傍に油路としての貫通孔を設け、油溜まり環境下での爪部材の動きを向上させたワンウェイクラッチが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1のワンウェイクラッチは、噛み合い時における爪部材の耐久性が懸念される。また、ワンウェイクラッチは、高速回転時においては、非噛み合い状態すなわち空転時に油溜まりによる粘性抵抗がより強まることで、引きずりトルクが増加する懸念もある。引きずりトルクの増加は、燃費低下要因のひとつでもある。
【0006】
本発明はこのような状況に鑑みてなされたものであり、噛み合い時における油溜まり環境下での噛み合い性能を向上させる、また高速回転時における引きずりトルクの低減を図ることができるラチェット型クラッチを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するため、本発明に係るラチェット型クラッチは、
第1の環状部材と、
前記第1の環状部材と同軸に且つ相対回転可能に配置された第2の環状部材と、
トルク伝達可能に前記第1の環状部材と前記第2の環状部材とを係合可能なラチェット機構と、を有し、
前記ラチェット機構は、前記第1の環状部材に設けられた歯部と、
前記第2の環状部材に設けられ、前記歯部と噛み合うことにより前記第2の環状部材に対する前記第1の環状部材の第1の回転方向への相対回転をロックする第1の爪部材と、
前記第2の環状部材に設けられ、前記歯部と噛み合うことにより前記第2の環状部材に対する前記第1の環状部材の第2の回転方向への相対回転をロックする第2の爪部材とを備え、
前記第1および第2の爪部材は、前記第2の環状部材に固定された保持器に保持され、
前記保持器は、前記歯部と前記第1の爪部材との潤滑油および前記歯部と前記第2の爪部材との潤滑油を排出するための排出部を備えていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、噛み合い時における油溜まり環境下での噛み合い性能を向上させ、高速回転時における引きずりトルクの低減を図ることができるラチェット型クラッチを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、実施形態に係るラチェット型クラッチの正面図であり、軸方向一方側から見た状態を示し、保持器の一部を切り欠いて示している。
【
図3】
図3は実施形態に係るラチェット型クラッチの部分拡大正面図であり、保持器で隠れている部分を破線で示し、
図3(a)は外輪に対する内輪の両方向への固定状態を示し、
図3(b)は外輪に対する内輪の一方向への固定状態を示し、
図3(c)は外輪に対する内輪の両方向への空転状態を示している。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一つの実施形態に係るラチェット型クラッチを、図面を参照しつつ説明する。
【0011】
まず、本実施形態におけるラチェット型クラッチに係る方向について定義する。本実施形態において、「中心軸線C」とはラチェット型クラッチの中心軸線Cすなわち外輪および内輪の軸線のことをいい、軸方向、径方向、周方向とは、中心軸線Cに関する軸方向、径方向、周方向のことをいう。また、軸方向について、
図1および
図3の各図においては紙面手前側を軸方向一方側とし、紙面奥側を軸方向他方側とし、
図2においては紙面左方側を軸方向一方側とし、紙面右方側を軸方向他方側とする。周方向について、
図1および
図3の各図において、紙面に向かって時計方向に回転する方向を周方向一方とし、紙面に向かって反時計方向に回転する方向を周方向他方とする。
【0012】
本実施形態は、内輪を回転側、外輪を固定側とし、内輪を駆動輪とし、内輪から外輪へトルクの伝達が可能な切り替え式のラチェット型クラッチを例として説明する。また、本実施形態では外輪に対する内輪の回転方向について言及する。
【0013】
図1は、実施形態に係るラチェット型クラッチの正面図であり、軸方向一方側から見た状態を示し、保持器の一部を切り欠いて示している。
図2は、
図1の2-2矢視断面部である。
図3は実施形態に係るラチェット型クラッチの部分拡大正面図であり、保持器で隠れている部分を破線で示し、
図3(a)は外輪に対する内輪の両方向への固定状態を示し、
図3(b)は外輪に対する内輪の一方向への固定状態を示し、
図3(c)は外輪に対する内輪の両方向への空転状態を示している。
【0014】
本実施形態に係る切り替え式のラチェット型クラッチ1は、環状の外輪3と、外輪3に対して径方向内方に外輪3の中心軸線と同軸に且つ外輪3と相対回転可能に配置された環状の内輪5と、外輪3と内輪5との間でトルク伝達を可能とするトルク伝達機構と、を有している。本実施形態におけるトルク伝達機構はラチェット機構であり、外輪3の内周部に設けられた複数の第1の爪部材11および複数の第2の爪部材15を備えている。なお、
図1においては、周方向に隣り合う1つの第1の爪部材11および1つの第2の爪部材15を示している。
【0015】
内輪5の外周面6には、複数の歯部7が周方向の全周に亘って等間隔に形成されている。歯部7は、径方向外方に突出し中心軸線C方向に延在している。歯部7は、所定の周方向幅を有している。歯部7は、第1の爪部材11および第2の爪部材15が噛み合うラチェット歯を構成している。具体的には、
図3(a)に示すように、歯部7の周方向一方側の壁は第1の爪部材11と噛み合う第1の噛み合い部7aを構成し、歯部7の周方向他方側の壁は第2の爪部材15と噛み合う第2の噛み合い部7bを構成している。また、周方向に隣り合う2つの歯部7によって、軸方向に延在する溝部8が形成されている。詳細には、周方向に対向する第1の噛み合い部7aと第2の噛み合い部7bと、第1の噛み合い部7aと第2の噛み合い部7bとの間の内輪5の外周面6の部分とによって溝部8が形成されている。溝部8は歯部7と同等の周方向幅を有している。
【0016】
内輪5の中心部には、シャフトホール9が形成され、シャフトホール9には、例えば図示しない電動モータ等の駆動軸(図示省略)が嵌合される。
【0017】
外輪3の外周部には、スプライン10が形成され、スプライン10には、例えば図示しない電動モータ等の駆動力が伝達される被駆動側装置(図示省略)と連結しているシャフト(図示省略)が嵌合される。或いは外輪3を固定とし、ラチェット型クラッチ1をバックストップとして用いることもできる。
【0018】
第1の爪部材11は、軸方向に延在する中心部12と、中心部12から周方向他方側に向かって延在する爪部13と、中心部12から周方向一方側に向かって突出する突出部14とを有している。爪部13と突出部14とは、同等の周方向長さおよび径方向厚さを有している。中心部12と爪部13と突出部14とは、一体に形成されている。第1の爪部材11は、中心部12を回動中心として回動可能に外輪3の内周部に保持されている。外輪3の内周部には径方向内向きに開口している凹部25が設けられ、第1の爪部材11は、突出部14が凹部25に入り込む位置に配置されている。第1の爪部材11は、爪部13がコイル状のスプリング27によって径方向内側へ付勢されている。
図1において、内輪5が時計回りに回転すると、第1の爪部材11は、爪部13が溝部8において内輪5の歯部7の第1の噛み合い部7aと噛み合う。一方、内輪5が反時計回りに回転すると、第1の爪部材11は、スプリング27の付勢力に抗して内輪5の歯部7によって径方向外側へ押され、内輪5の回転を許す。これにより、第1の爪部材11は、内輪5の周方向一方の回転をロックし、内輪5の周方向他方の回転を可能としている。
【0019】
第2の爪部材15は、軸方向に延在する中心部16と、中心部16から周方向一方側に向かって延在する爪部18と、中心部16から周方向他方側に向かって突出する突出部17とを有している。爪部18と突出部17とは、同等の周方向長さおよび径方向厚さを有している。中心部16と爪部18と突出部17とは、一体に形成されている。第2の爪部材15は、中心部16を回動中心として回動可能に外輪3の内周部に保持されている。外輪3の内周部には径方向内向きに開口している凹部29が設けられ、第2の爪部材15は、突出部17が凹部29に入り込む位置に配置されている。第2の爪部材15は、爪部18がコイル状のスプリング31によって径方向内側へ付勢されている。
図1において、内輪5が反時計回りに回転すると、第2の爪部材15は、爪部18が溝部8において内輪5の歯部7の第2の噛み合い部7bと噛み合う。一方、内輪5が時計回りに回転すると、第2の爪部材15は、スプリング31の付勢力に抗して内輪5の歯部7によって径方向外側へ押され、内輪5の回転を許す。これにより、第2の爪部材15は、内輪5の周方向他方の回転をロックし、内輪5の周方向一方の回転を可能としている。
【0020】
このように、外輪3の内周部に保持された第1の爪部材11および第2の爪部材15と、スプリング27、31と、内輪5に形成された歯部7とで、ラチェット機構が構成されている。なお、本実施形態においては、第1の爪部材11が10個設けられ、第2の爪部材15が2個設けられている。2つの第2の爪部材15は、中心軸線Cに関して対向する位置に設けられている。
【0021】
本実施形態においては、複数の第1の爪部材11、複数のスプリング27、複数の第2の爪部材15および複数のスプリング31は、保持器33を介して外輪3の内周側に保持されている。具合的には、これら複数の第1および第2の爪部材11、15は、外輪3の内周側に嵌合された環状の保持器33に保持されている。
【0022】
保持器33は、
図1、2に示すように、外輪3および内輪5の軸方向一方側に外輪3および内輪5に隣接して配置された板状の第1環状部35と、外輪3および内輪5の軸方向他方側に外輪3および内輪5に隣接して配置された板状の第2環状部37とを有している。第1環状部35および第2環状部37は、中心軸線Cと同軸に配置されている。第1環状部35と第2環状部37とは、外輪3および内輪5を介して軸方向に対向している。第2環状部37の軸方向一方側の面には、第1の爪部材11および第1の爪部材11を付勢するスプリング27を保持するための第1保持部39と、第2の爪部材15および第2の爪部材15を付勢するスプリング31を保持するための第2保持部43とが、それぞれ軸方向一方側に突出して形成されている。第2環状部37と第1保持部39と第2保持部43とは、一体に形成されている。第1保持部39は、第1の爪部材11およびスプリング27を径方向に関して保持している。第2保持部43は、第2の爪部材15およびスプリング31を径方向に関して保持している。
【0023】
第1保持部39は、周方向一方側および径方向内方側が開放された略L字状部40を有している。スプリング27は、略L字状部40に保持されている。第1保持部39は、略L字状部40の内径側端部から周方向他方側に向けて延在する延在部41を有している。延在部41は第2環状部37の内径側縁部に形成されている。延在部41は、第1保持部39の周方向他方側に配置された他の第1の爪部材11(図示省略)の突出部14が径方向内方に揺動する際、突出部14が内輪5の歯部7と噛み合うことを阻止するためのストッパーとしての機能を有する。
【0024】
第2保持部43は、周方向他方側および径方向内方側が開放された略L字状部44を有している。スプリング31は、略L字状部44に保持されている。第2保持部43は、略L字状部44の内径側端部から周方向一方側に向けて延在する延在部45を有している。延在部45は第2環状部37の内径側縁部に形成されている。延在部45は、第2保持部43の周方向一方側に配置された他の第1保持部39の略L字状部40と連続している。
【0025】
第2環状部37の軸方向一方側の面には更に、第1保持部39と第2保持部43との中間部に、周方向に所定の長さを有し、軸方向一方側に突出する中間突出部47が形成されている。中間突出部47は第2環状部37の内径側縁部に形成されている。第2環状部37と中間突出部47とは一体に形成されている。中間突出部47の内径側の面は、所定の隙間を介して内輪5の歯部7および溝部8と径方向に対向している。中間突出部47は、第1の爪部材11の突出部14および第2の爪部材15の突出部17がそれぞれ径方向内方に揺動する際、第1の爪部材11の突出部14および第2の爪部材15の突出部17が内輪5の歯部7と噛み合うことを阻止するためのストッパーとしての機能を有する。
【0026】
第2環状部37の軸方向一方側の面には、第1保持部39と第2保持部43と中間突出部47とが、第1の爪部材11および第2の爪部材15の数および配置状態に適合するように、それぞれ必要な数が適切な位置に形成されている。
【0027】
所定の第1保持部39、第2保持部43、および中間突出部47のそれぞれの軸方向一方側の端面には、軸方向一方側に突出する凸部49が形成されている。本実施形態においては、全部で10個の凸部49が形成されている。これら10個の凸部49は、周方向に略等間隔に配置されている。保持器33の第1環状部35には、凸部49に対応して10個の貫通孔51が形成されている。各凸部49は、それぞれ対応する貫通孔51に挿入されている。これにより、第1環状部35、第2環状部37、第1保持部39、第2保持部43、および中間突出部47が一体となり、保持器33が構成される。また、第1の爪部材11および第2の爪部材15は、第1環状部35と第2環状部37とによって軸方向に挟持され、これにより第1の爪部材11および第2の爪部材15はそれぞれ中心部12および中心部16を回動中心として回動可能に保持器33に保持される。すなわち第1環状部35および第2環状部37は、第1の爪部材11および第2の爪部材15を軸方向に関して保持している。
【0028】
外輪3の内周面は、保持器33の第1保持部39および第2保持部43の形状に対応する形状に形成されている。具体的には、外輪3の内周面は、第1保持部39の略L字形状部40および延在部41の外径側の面に接触する形状と、第2保持部43の略L字形状部44および延在部45の外径側の面に接触する形状とを有している。第1保持部39と第2保持部43との間の外輪3の内周面の部分は、軸方向から見て、中間突出部47の外径側の面の中央部に接触する部分を有するとともに、中間突出部47の外径側の面の周方向一方側部分と径方向に対向する凹部29と、中間突出部47の外径側の面の周方向他方側部分と径方向に対向する凹部25とが形成されている。
【0029】
保持器33の第2環状部37は、第1保持部39および第2保持部43がそれぞれ外輪3の内周面の対応する形状部に嵌め込まれるように、外輪3の軸方向他方側から軸方向一方側に向けて外輪3の内周側に嵌め込まれる。第2環状部37は、軸方向一方側の面が外輪3の軸方向他方側の端面に接触する状態まで外輪3の内周側に嵌め込まれる。更に、この状態において、第2環状部37側の凸部49に第1環状部35の貫通孔51を嵌め込むことにより、第1環状部35の軸方向他方側の面が外輪3の軸方向一方側の端面に接触した状態で、第1環状部35が第2環状部37と一体に固定される。このような構成により、保持器33は、外輪3に対する相対回転および軸方向移動が規制された状態で外輪3に固定されている。また、保持器33に第1保持部39および第2保持部43を設けずに、保持器33の第1保持部39および第2保持部43の形状を外輪3の内周面に施すことで、径方向に関して、外輪3の内周面へ直接、第1の爪部材11とスプリング27、および第2の爪部材15とスプリング31を保持する設定としてもよい。
【0030】
本実施形態に係る切り替え式のラチェット型クラッチ1は、内輪5と同軸上に、内輪5の軸方向一方側に隣接して環状の切り替えプレート55が配置されている。切り替えプレート55は、外輪3に対する内輪5の回転のロック方向を切り替えるための部材である。言い換えると、切り替えプレート55は、内輪5から外輪3へのトルクの伝達方向を切り替えるための部材である。切り替えプレート55は、中心軸線Cを中心に所定角度範囲で回動可能に設けられている。
【0031】
切り替えプレート55は、外輪3の内径側且つ軸方向位置において保持器33の第1環状部35と内輪5との間に配置され、切り替えプレート55の軸方向一方側の面は、保持器33の第1環状部35の軸方向他方側の面と摺動する。保持器33の第1環状部35の内周部には、軸方向他方側に突出する円筒状の突出部38が形成され、切り替えプレート55の内周面が突出部38の外周面に摺動可能に嵌合している。すなわち保持器33の突出部38の外周面は、切り替えプレート55の回動の案内を構成している。
【0032】
図3(a)~
図3(c)に示すように、切り替えプレート55の外周面には、径方向外方に突出し周方向に所定の長さを有する複数の第1の突出部57と複数の第2の突出部61とが設けられている。複数の第1の突出部57は、複数の第1の爪部材11にそれぞれ対応して設けられ、複数の第2の突出部61は、複数の第2の爪部材15にそれぞれ対応して設けられている。第1の突出部57および第2の突出部61は、内輪5の歯部7および溝部8に対応する径方向位置に配置されている。第1の突出部57の外周面58および第2の突出部61の外周面62は、外輪3の内周面と径方向に対向している。また、第1の突出部57の外周面58は、第1の爪部材11の内径側の面と接触可能であり、第2の突出部61の外周面62は、第2の爪部材15の内径側の面と接触可能である。
【0033】
第1の突出部57は、軸方向から見て略矩形に形成され、切り替えプレート55の回動によって対応する第1の爪部材11の内径側に位置すると、第1の突出部57の外周面58が第1の爪部材11の内径側の面に接触し、第1の爪部材11の内径側の面を内輪5の歯部7よりも外径側に押上げ保持する。これにより、第1の突出部57は第1の爪部材11と内輪5の歯部7との噛み合いを阻止する。
【0034】
第2の突出部61は、軸方向一方側から見て、切り替えプレート55の外周面と第2の突出部61の外周面62とを結ぶ周方向他方側の側面が緩やかな斜面63となっており、全体として略台形状に形成されている。第2の突出部61は、切り替えプレート55の回動によって対応する第2の爪部材15の内径側に位置すると、第2の突出部61の外周面62が第2の爪部材15の内径側の面に接触し、第2の爪部材15の内径側の面を内輪5の歯部7よりも外径側に押上げ保持する。これにより、第2の突出部61は第2の爪部材15と内輪5の歯部7との噛み合いを阻止する。
【0035】
切り替えプレート55は、回動することによって第1の爪部材11に対する第1の突出部57および第2の爪部材15に対する第2の突出部61の周方向位置を変更する。これにより、第1の爪部材11と第2の爪部材15とに対する第1の突出部57および第2の突出部61の接触または非接触の組み合わせ状態を変更し、内輪5の歯部7に対する第1の爪部材11および第2の爪部材15の噛み合い状態と非噛み合い状態との組み合わせを変更する。本実施形態のラチェット型ワンウェイクラッチ1は、内輪5の歯部7に対する第1の爪部材11および第2の爪部材15の噛み合い状態と非噛み合い状態との組み合わせを変更することにより、以下の3つの状態を取り得る。
【0036】
本実施形態のラチェット型クラッチ1の第1の状態は、
図3(a)に示すように、切り替えプレート55の第1の突出部57が第1の爪部材11に非接触であり、第2の突出部61が第2の爪部材15に非接触の状態である。この状態においては、第1の爪部材11および第2の爪部材15が、それぞれスプリング27および31の付勢力によって内輪5の歯部7に噛み合っている。この状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方および周方向他方の何れの方向への回転もロックされた状態である。したがって内輪5から外輪3へは、一方向のトルクも他方向のトルクも伝達される。
【0037】
本実施形態のラチェット型クラッチ1の第2の状態は、第1の状態から切り替えプレート55が周方向他方へ所定角度回動し、
図3(b)に示すように、切り替えプレート55の第1の突出部57が第1の爪部材11に非接触であり、第2の突出部61が第2の爪部材15に接触している状態である。この時、切り替えプレート55の回動に従って、第2の爪部材15の爪部18の先端部が第2の突出部61の斜面63を周方向一方に向かって摺動し、爪部18の先端部が第2の突出部61の外周面62の周方向他方側端部まで移動する。これにより第2の爪部15は中心部16を中心に回動し、爪部18が径方向外方に押上げられ保持される。この状態においては、第1の爪部材11がスプリング27の付勢力によって内輪5の歯部7に噛み合い、第2の爪部材15が内輪5の歯部7に対して非噛み合いである。この状態において、内輪5は外輪3に対して周方向他方への回転が可能であり、周方向一方への回転がロックされた状態である。したがって内輪5から外輪3へは、一方向のトルクが伝達され、他方向のトルクは伝達されない。
【0038】
本実施形態のラチェット型ワンウェイクラッチ1の第3の状態は、第2の状態から切り替えプレート55が周方向他方へ所定角度回転し、
図3(c)に示すように、切り替えプレート55の第1の突出部57が第1の爪部材11に接触し、第2の突出部61が第2の爪部材15に接触している状態である。この時、切り替えプレート55の回動に従って、第1の突出部57の外周面58の周方向他方側の稜部59は、第1の爪部材11の中心部12および爪部13の内径側の面を周方向他方に向かって摺動し、爪部13の内径側の面の周方向他方側端部近傍まで移動する。これにより第1の爪部材11は中心部12を中心に回動し、爪部13が径方向外方に押上げられ保持される。また、第2の突出部61は、第2の爪部材15の爪部18が径方向外方に押上げられた状態のまま、第2の突出部61の外周面62が第2の爪部材15の爪部18および中心部16の内径側の面を周方向他方側に向かって移動する。第2の突出部61は、外周面62の周方向他方端が第2の爪部材15の中心部16の内径側の面の周方向他方端に対応する位置まで移動する。この状態においては、第1の爪部材11および第2の爪部材15が、両方とも内輪5の歯部7に対して非噛み合いの状態である。この状態において、内輪5は外輪3に対して周方向一方への回転も周方向他方への回転もロックされておらず、周方向一方と周方向他方の何れの方向への回転も可能である。したがって内輪5から外輪3へは、一方向のトルクも他方向のトルクも伝達されない。
【0039】
切り替えプレート55の回動は、例えば図示しないアクチュエータにより行われる。切り替えプレート55は、切り替え支持部65が図示しないアクチュエータに連結され、該アクチュエータによって、中心軸線Cを中心に切り替えプレート55が回動し、これにより切り替え式のラチェット型クラッチ1は、上述した3つの状態の何れかの状態に切り替わる。
【0040】
本実施形態のラチェット型クラッチ1は、図示しないオイルポンプによって、外輪3と内輪5との間の空間に潤滑のための潤滑油(図示省略)が供給されている。これにより第1の爪部材11および第2の爪部材15と内輪5の歯部7および溝部8との間にも潤滑のための潤滑油が供給されている。本実施形態のラチェット型クラッチ1は、第1の爪部材11および第2の爪部材15と内輪5の溝部8との間に供給された潤滑油を溝部8から溝部8の外部すなわちラチェット型クラッチ1の外部へ排出するための潤滑油排出機構を備えている。
【0041】
図1に示すように、本実施形態のラチェット型クラッチ1は、保持器33の第1環状部35の所定の位置に潤滑油の排出用の油穴68が設けられている。油穴68は、断面形状が円形であり、保持器33の第1環状部35を軸方向に貫通して形成されている。本実施形態においては、それぞれの第1の爪部材11に対応させて10個の油穴68が設けられている。以下、
図3(a)~
図3(c)を参照して1つの油穴68について説明するが、他の油穴68も同様の構成である。
【0042】
油穴68は、
図3(a)に示すように、軸方向から見て、径方向位置に関して、切り替えプレート55の第1の突出部57の径方向位置に対応している。したがって油穴68は、径方向位置に関して、内輪5の歯部7および溝部8の径方向位置に対応している。また油穴68は、周方向位置に関して、第1の爪部材11の突出部14の周方向位置に対応している。油孔68は、第1の突出部57の周方向の長さ寸法より小さく、且つ第1の突出部57の径方向の高さ寸法よりも小さい径を有している。
【0043】
本実施形態のラチェット型クラッチ1は、保持器33の第1環状部35に対して摺動する切り替えプレート55の第1の突出部57によって、油穴68が開閉される構成になっている。具体的には、切り替えプレート55の回動によって周方向位置が変化する第1の突出部57によって油穴68を塞いだり、開いた状態すなわち貫通した状態にしたりしている。
【0044】
ラチェット型クラッチ1が
図3(a)に示す第1の状態の時、すなわち切り替えプレート55の第1の突出部57が第1の爪部材11に非接触であり、第2の突出部61が第2の爪部材15に非接触の状態の時、第1の突出部57は、油穴68よりも周方向一方側に位置している。この状態において油穴68は開いている状態であり、内輪8の溝部8からラチェット型クラッチ1の外部へ潤滑油が排出される。
【0045】
ラチェット型クラッチ1が
図3(b)に示す第2の状態の時、すなわち切り替えプレート55の第1の突出部57が第1の爪部材11に非接触であり、第2の突出部61が第2の爪部材15に接触している状態の時、第1の突出部57は、油穴68に対応する周方向位置に配置される。この状態において油穴68は第1の突出部57によって塞がれた状態であり、内輪5の溝部8から潤滑油は排出されない。
【0046】
ラチェット型クラッチ1が
図3(c)に示す第3の状態の時、すなわち切り替えプレート55の第1の突出部57が第1の爪部材11に接触し、第2の突出部61が第2の爪部材15に接触している状態の時、第1の突出部57は、油穴68よりも周方向他方側に位置している。この状態において油穴68は開いている状態であり、内輪5の溝部8からラチェット型クラッチ1の外部へ潤滑油が排出される。
【0047】
このように本実施形態のラチェット型クラッチ1は、切り替えプレート55の回動によって内輪5の歯部7に対する第1の爪部材11および第2の爪部材15の噛み合い状態と非噛み合い状態との組み合わせを変更し、トルク伝達方向を切り替えることにより、内輪5の溝部8から適宜潤滑油を排出している。これにより、ラチェット型クラッチ1が
図3(a)に示す第1状態の時、内輪5の溝部8に滞留した潤滑油によって第1の爪部材11および第2の爪部材15と内輪7の歯部7との噛み合いが不安定になることを防止し、高い噛み合い性能を発揮することができる。
【0048】
更に本実施形態のラチェット型クラッチ1は、第1の爪部材11自体、または第2の爪部材15自体に油路を設ける必要がないので、第1の爪部材11および第2の爪部材15の剛性を維持した状態で噛み合いに対応することができる。したがって本実施形態のラチェット型クラッチ1は、噛み合いにおいても第1の爪部材11および第2の爪部材15が破損することがなく、優れた耐久性を発揮することができる。
【0049】
また本実施形態のラチェット型クラッチ1は、
図3(c)に示す状態、すなわち内輪5が外輪3に対して周方向一方と周方向他方の何れの方向への回転も可能であり、内輪5が空転している状態において、内輪5の溝部8から潤滑油が排出される。したがって本実施形態のラチェット型クラッチ1は、空転時において溝部8に潤滑油が滞留しないため引きずりトルクの増大を防止することができる。その結果、高速回転時における引きずりトルクの低減を図ることができ、燃費の向上に貢献することができる。
また、内輪5の高速回転時において、内輪5の回転支持を行う転がり軸受け(図示省略)やすべり軸受け(図示省略)の発熱が発生するが、ラチェット型クラッチ1内部からの潤滑油を排出することで、軸受け部の排熱を行うことができる。その結果、高速回転時の軸受け耐久性能の向上につながる。
【0050】
なお、本発明に係るラチェット型クラッチ1は、上記実施形態に限定されず、変形が可能である。例えば、ラチェット型クラッチ1は、外輪3の内周部に歯部を設け、歯部と噛み合う複数の第1および第2の爪部材を、内輪5に固定された保持器に保持される構成とすることもできる。また、第1の爪部材11および第2の爪部材15の数は、ラチェット型クラッチ1のトルク容量により適宜設計し、設定することができる。また、油穴68の数は、上記実施形態においては、1つの第1の爪部材11に対して1つ設けているが、トルク容量あるいは引きずりトルクの大きさ等により適宜設計し、設定することができる。例えば、第2の爪部材15に対応する油穴を更に設けても良い。
【符号の説明】
【0051】
1 ラチェット型クラッチ
3 外輪
5 内輪
7 歯部
8 溝部
11 第1の爪部材
15 第2の爪部材
33 保持器
35 第1環状部
37 第2環状部
49 凸部
51 貫通孔
55 切り替えプレート
57 第1の突出部
61 第2の突出部
68 油穴