(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-05
(45)【発行日】2023-06-13
(54)【発明の名称】閉ループ血糖制御システム及び閉ループ血糖制御システムの作動方法
(51)【国際特許分類】
A61M 1/36 20060101AFI20230606BHJP
A61B 5/145 20060101ALI20230606BHJP
A61B 5/0245 20060101ALI20230606BHJP
A61M 5/172 20060101ALI20230606BHJP
【FI】
A61M1/36 185
A61B5/145
A61B5/0245 A
A61M5/172 500
(21)【出願番号】P 2020503688
(86)(22)【出願日】2018-08-01
(86)【国際出願番号】 EP2018070901
(87)【国際公開番号】W WO2019025506
(87)【国際公開日】2019-02-07
【審査請求日】2021-07-16
(32)【優先日】2017-08-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】520023949
【氏名又は名称】ダイアベループ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】ルソン,シルヴェイン
(72)【発明者】
【氏名】ブラン,ロマン
(72)【発明者】
【氏名】ドロン,マエヴァ
【審査官】岡▲さき▼ 潤
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0080152(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2013/0030358(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0057043(US,A1)
【文献】特表2015-528348(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2017/0056591(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 1/36
A61B 5/145
A61B 5/0245
A61M 5/172
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
患者に対するインスリンの制御された供給のための自動化された閉ループ血糖制御システムであって、
関連する複数の計測時点において前記患者の計測されたグルコースレベルを表す複数のグルコース計測値を提供するように構成された連続グルコース監視センサと、
インスリン供給制御信号に応答して、前記患者の皮下組織内において連続注入インスリン及び/又はボーラスインスリン、を供給するように構成された皮下インスリン供給装置と、
前記グルコース計測値を受け取り、供給制御信号を前記インスリン供給装置に提供するようにプログラミングされたコントローラと、
を有し、
前記コントローラは、前記患者内のグルコース-インスリン系の生理学的モデルを演算することによって決定された予測グルコースレベルに基づいて少なくとも1つの時間ステップにおいて注入するべきインスリンの量を決定することが可能であり、前記モデルは、前記患者の身体内でのインスリンの効果と前記患者のグルコースレベルに対するその影響とを記述し、時間の関数として複数の状態変数の変化を記述する微分方程式系を有し、
前記コントローラは、最大許容可能インスリン注入量を演算することが可能であり、且つ、前記最大許容可能インスリン注入量及び少なくとも1つの時間ステップにおいて注入するべきインスリンの前記量に基づいて、前記インスリン供給制御信号を決定することが可能であり、
前記最大許容可能インスリン注入量は、インスリンに対する前記患者の感度の関数であり、
前記感度は、前記患者の血糖レベルの変動と皮下層のオンボードインスリンレベルの変動との間の比率を表し、
前記感度は、前記患者のグルコースレベルの減少関数であり、
前記最大許容可能インスリン注入量は、インスリンに対する前記患者の前記感度の逆数に比例している、システム。
【請求項2】
前記最大許容可能インスリン注入量は、前記時間の関数として前記複数の状態変数の変化を記述する前記生理学的モデルの前記微分方程式とは独立的に演算される、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
前記感度は、前記患者のグルコースレベルの減少関数であり、前記減少関数のスロープは、約100mg/dLの中間グルコースレベルにおいては、90mg/dL未満の低いグルコースレベルにおける、且つ、180mg/dL超の高いグルコースレベルにおけるものよりも小さい、請求項1又は2に記載のシステム。
【請求項4】
感度をグルコースレベルに関係付ける曲線は、少なくとも複数の模擬実験を平均化することにより、事前演算され、
それぞれの模擬実験は、患者内のグルコース-インスリン系の生理学的モデルを演算することによる予測グルコースレベルの前記決定を有し、
前記生理学的モデルは、インスリン依存性グルコース吸収区画の第1サブモデルと、非インスリン依存性グルコース吸収区画の第2サブモデルとを含み、
具体的には、前記第1サブモデルは、グリコーゲン生成プロセスを表す少なくとも1つの微分方程式を有し、且つ、前記第2サブモデルは、解糖プロセスを表す少なくとも1つの微分方程式を有する、請求項1~3のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項5】
前記最大許容可能インスリン注入量は、前記患者の連続注入インスリン及び/又はボーラスインスリンの予め定義された基礎量の関数である、請求項1~4のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項6】
連続注入インスリンの前記予め定義された基礎量は、少なくとも、一日において患者によって消費されるインスリンの平均量、一日において患者によって消費される炭水化物の平均量、及び前記患者の体重の関数として予め決定されている、請求項5に記載のシステム。
【請求項7】
前記最大許容可能インスリン注入量は、少なくとも、前記予め定義された基礎量、予め定義された個人別の反応性係数、及びインスリンに対する前記患者の前記感度の逆数の積である、請求項5又は6に記載のシステム。
【請求項8】
前記システムの応答性を調節するために、前記予め定義された個人別の反応性係数は、1~3を有する、請求項7に記載のシステム。
【請求項9】
前記インスリン供給制御信号は、注入するべきインスリンの前記量の上限を前記演算された最大許容可能インスリン注入量に定めることにより決定されている、請求項1~8のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項10】
前記システムは、生理学的データを計測するように適合された生理学的センサを更に有し、且つ、前記最大許容可能インスリン注入量は、前記生理学的データの関数であり、
具体的には、前記生理学的センサは、関連する複数の計測時点における前記患者の計測された心拍数を表す複数の心拍数計測値を提供するように構成された脈拍監視センサであり、且つ、
前記最大許容可能インスリン注入量は、前記患者の心拍数の関数であり、
具体的には、インスリンに対する前記患者の感度は、前記患者の心拍数の関数である、請求項1~9のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項11】
センサ、コントローラ、及びインスリン供給装置を備える自動化された閉ループ血糖制御システムの作動方法であって、
前記センサが、関連する複数の計測時点において患者の計測されたグルコースレベルを表す複数のグルコース計測値を提供することと、
前記コントローラが、前記グルコース計測値を受け取ることと、
前記コントローラが、前記患者内のグルコース-インスリン系の生理学的モデルを演算することによって決定された予測グルコースレベルに基づいて、少なくとも1つの時間ステップにおいて注入するべきインスリンの量を決定することであって、前記モデルは、前記患者の身体内でのインスリンの効果と前記患者のグルコースレベルに対するその影響とを記述し、時間の関数として複数の状態変数の変化を記述する微分方程式系を有する、ことと、
前記コントローラが、最大許容可能インスリン注入量を演算することと、
前記コントローラが、前記最大許容可能インスリン注入量及び少なくとも1つの時間ステップにおいて注入するべきインスリンの前記量に基づいてインスリン供給制御信号を決定することと、
前記コントローラが、インスリン供給装置に前記インスリン供給制御信号を提供することと
、
を含み、
前記最大許容可能インスリン注入量は、インスリンに対する前記患者の感度の関数であり、
前記感度は、前記生理学的モデルの出力で提供され、前記患者のグルコースレベルの、時間tの関数としての、変化を表す血糖レベルの変動と皮下層のオンボードインスリンレベルの変動との間の比率を表し、
前記感度は、前記患者のグルコースレベルの減少関数であり、
前記最大許容可能インスリン注入量は、インスリンに対する前記患者の前記感度の逆数に比例している、作動方法。
【請求項12】
前記最大許容可能インスリン注入量は、前記時間の関数として前記複数の状態変数の変化を記述する前記生理学的モデルの前記微分方程式とは独立的に演算されている、請求項11に記載の作動方法。
【請求項13】
前記インスリン供給制御信号は、注入するべきインスリンの前記量の上限を前記演算された最大許容可能インスリン注入量に定めることにより決定されている、請求項11又は12に記載の作動方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明の分野
本発明は、患者に対するインスリンの制御された供給のための閉ループ血糖制御システムの分野に関する。このようなシステムは、人工膵臓とも呼称されている。
【背景技術】
【0002】
発明の背景
人工膵臓は、その血糖履歴、食事履歴、及びインスリン履歴に基づいて、糖尿病患者のインスリン摂取を自動的に調節するシステムである。
【0003】
具体的には、本発明は、注入対象のインスリンの投与量の決定が、患者の身体内のインスリンの効果と、患者のグルコースレベルに対するその影響とを記述する生理学的モデルを演算することによって得られる患者の将来の血糖レベルの予測に基づいている、予測制御システムも呼称される、モデルに基づいた予測制御(MPC:Model-based Predictive Control)システムに関する。
【0004】
モデルに基づいた人工膵臓の性能を改善することができ、且つ、更に詳しくは、インスリン要件をより良好に推定すると共に高血糖症又は低血糖症のリスクを低減するべく、生理学的モデル予測の精度を改善することができることが望ましいであろう。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、具体的には、この状況を改善するという目的を有する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
発明の概要
一態様によれば、本発明は、患者に対するインスリンの制御された供給のための自動化された閉ループ血糖制御システムに関し、このシステムは、
関連する複数の計測時点において患者の計測されたグルコースレベルを表す複数のグルコース計測値を提供するように構成された連続グルコース監視センサと、
インスリン供給制御信号に応答して、患者の皮下組織内において、外因性インスリン、具体的には、連続注入インスリン及びボーラスインスリン、を供給するように構成された皮下インスリン供給装置と、
グルコース計測値を受け取り、供給制御信号をインスリン供給装置に提供するようにプログラミングされたコントローラと、
を有し、
この場合に、コントローラは、患者内のグルコース-インスリン系の生理学的モデルを演算することによって決定された予測グルコースレベルに基づいて少なくとも1つの時間ステップにおいて注入するべきインスリンの量を決定することが可能であり、前記モデルは、時間の関数として複数の状態変数の変化を記述する微分方程式系を有しており、
この場合に、コントローラは、最大許容可能インスリン注入量を演算することが可能であり、且つ、最大許容可能インスリン注入量及び少なくとも1つの時間ステップにおいて注入するべきインスリンの量に基づいて、インスリン供給制御信号を決定することができる。
【0007】
この結果、生理学的モデルの予測精度の改善が可能となる。
【0008】
いくつかの態様によれば、
-最大許容可能インスリン注入量は、前記生理学的モデルから独立的に、具体的には、時間の関数として複数の状態変数の変化を記述する生理学的モデルの微分方程式とは独立的に演算され、
-最大許容可能インスリン注入量は、インスリンに対する患者の感度の関数であり、
前記感度は、血糖レベルの変動と皮下層の第2区画内に存在しているインスリンの量の変動との間の比率を表しており、
前記感度は、患者のグルコースレベルの減少関数であり、
具体的には、最大許容可能インスリン注入量は、インスリンに対する患者の前記感度の逆数に比例しており、
-前記感度は、患者のグルコースレベルの減少関数であり、この場合に、前記減少関数のスロープは、約100mg/dLの中間グルコースレベルにおいては、90mg/dL未満の低いグルコースレベルにおける、且つ、180mg/dL超の高いグルコースレベルにおけるものよりも小さく、
-感度をグルコースレベルに関係付ける曲線は、少なくとも複数の模擬実験を平均化することにより、事前演算されており、
それぞれの模擬実験は、患者内のグルコース-インスリン系の生理学的モデルを演算することによる予測グルコースレベルの決定を有しており、
前記生理学的モデルは、インスリン依存性グルコース吸収区画の第1サブモデルと、非インスリン依存性グルコース吸収区画の第2サブモデルとを含み、
具体的には、前記第1サブモデルは、グリコーゲン生成プロセスを表す少なくとも1つの微分方程式を有し、且つ、前記第2サブモデルは、解糖プロセスを表す少なくとも1つの微分方程式を有し、
-前記最大許容可能インスリン注入量は、患者の連続注入インスリン及び/又はボーラスインスリンの予め定義された基礎量の関数であり、
-連続注入インスリンの前記予め定義された基礎量は、少なくとも、一日において患者によって消費されるインスリンの平均量、一日において患者によって消費される炭水化物の平均量、及び前記患者の体重の関数として予め決定されており、
-最大許容可能インスリン注入量は、少なくとも、前記予め定義された基礎量、予め定義された個人別の反応性係数、及びインスリンに対する患者の前記感度の逆数の積であり、
-前記予め定義された個人別の反応性係数は、1~3を有しており、
-インスリン供給制御信号は、注入するべきインスリンの量の上限を演算された最大許容可能インスリン注入量に定めることにより決定され、
-前記システムは、生理学的データを計測するように適合された生理学的センサを更に有し、且つ、最大許容可能インスリン注入量は、前記生理学的データの関数である、
という特徴のうちの1つ又は複数を使用することができる。
【0009】
特に、この場合に、生理学的センサは、関連する複数の計測時点において患者の計測された心拍数を表す複数の心拍数計測値を提供するように構成された脈拍監視センサであり、
且つ、前記最大許容可能インスリン注入量は、患者の心拍数の関数であり、
具体的には、インスリンに対する患者の感度は、患者の心拍数の関数である。
【0010】
別の態様によれば、本発明は、自動化された閉ループ血糖制御システムを使用する患者に対するインスリンの制御された供給のための方法に関し、方法は、
関連する複数の計測時点において患者の計測されたグルコースレベルを表す複数のグルコース計測値を提供するべく、センサを使用して、グルコースを連続的に監視することと、
コントローラを使用して、時間の関数として複数の状態変数の変化を記述する微分方程式系を有する患者内のグルコース-インスリン系の生理学的モデルを演算することにより、少なくとも1つの時間ステップにおいて注入するべきインスリンの量を決定することと、
最大許容可能インスリン注入量を演算することと、
最大許容可能インスリン注入量及び少なくとも1つの時間ステップにおいて注入するべきインスリンの量に基づいてインスリン供給制御信号を決定することと、
前記インスリン供給制御信号に従って、皮下インスリン供給装置を使用して、患者の皮下組織内において外因性インスリンを供給すること、具体的には、連続注入インスリン及び/又はボーラスインスリンを供給することと)、
を有する。
【0011】
また、いくつかの実施形態によれば、
-前記最大許容可能インスリン注入量は、前記生理学的モデルから独立的に、具体的には、時間の関数として複数の状態変数の変化を記述する生理学的モデルの微分方程式とは独立的に演算されており、
-前記最大許容可能インスリン注入量は、インスリンに対する患者の感度の関数であり、
前記感度は、血糖レベルの変動と皮下層の第2区画内に存在しているインスリンの量の変動との間の比率を表し、
前記感度は、患者のグルコースレベルの減少関数であり、
具体的には、最大許容可能インスリン注入量は、インスリンに対する患者の前記感度の逆数に比例しており、
-上述の実施形態においては、前記感度は、患者のグルコースレベルの減少関数であり、この場合に、前記減少関数のスロープは、約100mg/dLの中間グルコースレベルにおいては、90mg/dL未満の低いグルコースレベルにおける、且つ、180mg/dLの高いグルコースレベルにおけるものよりも小さく、
-上述の2つの実施形態の任意のものにおいて、感度をグルコースレベルに関係付ける曲線は、少なくとも複数の模擬実験を平均化することにより、事前演算されており、
それぞれの模擬実験は、患者内のグルコース-インスリン系の生理学的モデルを演算することによる予測グルコースレベルの決定を有し、
前記生理学的モデルは、インスリン依存性グルコース吸収区画の第1サブモデルと、非インスリン依存性グルコース吸収区画の第2サブモデルとを含み、
具体的には、前記第1サブモデルは、グリコーゲン生成プロセスを表す少なくとも1つの微分方程式を有し、且つ、前記第2サブモデルは、解糖プロセスを表す少なくとも1つの微分方程式を有し、
-前記最大許容可能インスリン注入量は、患者の連続注入インスリン及び/又はボーラスインスリンの予め定義された基礎量の関数であり、
-上述の実施形態において、連続注入インスリンの前記予め定義された基礎量は、少なくとも、一日において患者によって消費されるインスリンの平均量、一日において患者によって消費される炭水化物の平均量、及び前記患者の体重の関数として、予め決定されており、
-上述の2つの実施形態の任意のものにおいて、最大許容可能インスリン注入量は、少なくとも、前記予め定義された基礎量、予め定義された個人別の反応性係数、及びインスリンに対する患者の前記感度の逆数の積であり、
-上述の実施形態において、前記予め定義された個人別の反応性係数は、1~3を有し、
-インスリン供給制御信号は、注入するべきインスリンの量の上限を演算された最大許容可能インスリン注入量に定めることにより決定され、
-最大許容可能インスリン注入量の前記演算は、周期的に実行される、
という特徴のうちの1つ又は複数を使用することができる。
【0012】
図面の簡単な説明
本発明のその他の特性及び利点については、非限定的な例として提供されているその実施形態のいくつかのものの、且つ、添付図面の、以下の説明から容易に明らかとなろう。
添付図面は、以下の通りである。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明による、患者に対するインスリンの制御された供給のための自動化された閉ループ血糖制御システムの一実施形態をブロック図の形態において概略的に示す。
【
図2】患者の血糖レベルを予測するべく、
図1のシステムにおいて使用される生理学的モデルの概略図である。
【
図3】
図2の生理学的モデルの一実施形態を更に詳細に表す図である。
【
図4】
図1の自動化された閉ループ血糖制御システムを使用する患者に対するインスリンの制御された供給のための方法の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
様々な図において、同一の参照符号は、同一又は類似の要素を表記している。
【0015】
詳細な説明
わかりやすさを目的として、本説明においては、記述されている実施形態の理解に有用である要素のみが、図示され、且つ、詳述されている。具体的には、血糖制御システムのグルコース監視センサ及びインスリン供給装置については、具体的に詳述されてはおらず、その理由は、本発明の実施形態が、血糖計測及びインスリン注入装置のすべて又は大部分と適合性を有するからである。
【0016】
また、記述されている制御システムのコントローラの物理的な実施形態は、過度な詳細を伴って記述されてはおらず、その理由は、このようなコントローラユニットの実現が、本明細書において付与されている機能的説明に鑑み、当業者の範囲に含まれているからである。
【0017】
図1は、患者に対するインスリンの制御された供給のための自動化された閉ループ血糖制御システムの一実施形態の一例をブロック図の形態において示している。
【0018】
図1のシステムは、患者の血糖レベルを計測するように適合されたセンサ101(CG)を有する。通常動作の際には、センサ101は、例えば、その腹部のレベルにおいて、患者の身体上に又は内に永久的に位置決めすることができる。センサ101は、例えば、「連続グルコース監視」タイプ(CGM:Continuous Glucose Monitoring)のセンサであり、即ち、患者の血糖レベルを連続的に(例えば、少なくとも1回/分で)計測するように適合されたセンサである。センサ101は、例えば、皮下血糖センサである。
【0019】
センサは、例えば、皮膚の直下に配置される、使い捨て可能なグルコースセンサを有しており、これは、数日間にわたって装着することができると共に定期的に交換することができる。
【0020】
本発明の方法及びシステムの動作の際に、センサ101は、関連する複数の計測時点において患者の計測されたグルコースレベルを表す複数のグルコース計測値を提供している。
【0021】
本説明においては、「グルコースレベル」は、血糖とも呼称される、血液中のグルコースの濃度として理解されたい。
【0022】
図1のシステムは、例えば、皮下注入装置などの、インスリン供給装置103(PMP)を更に有する。例えば、装置103は、患者の皮膚の下方に埋植された注入針に接続されたインスリンリザーバを有する、インスリンポンプのような、自動注入装置である。ポンプは、決定された時点において、インスリンの制御された投与量を注入するべく、電気的に指示されている。通常動作の際に、注入装置103は、例えば、その腹部のレベルにおいて、患者の身体内に又は上に位置決めされている。
【0023】
本発明の方法及びシステムの動作の際に、インスリン供給装置103は、インスリン供給制御信号に応答して、患者の皮下組織内において外因性インスリンを供給している。外因性インスリンは、具体的には、速効型インスリンである。速効型インスリンは、
摂取された食品を補完するべく、又は高血糖レベルを補正するべく、供給されるボーラス投与量、或いは、
食事の間に、及び夜間に、必要とされるインスリンを供給するべく、調節可能な基礎レートで連続的にポンピング供給される基礎投与量、
という2つの方法により、インスリン供給装置によって供給することができる。
【0024】
また、いくつかの実施形態においては、システムは、脈拍監視センサ104を有することもできる。脈拍監視センサ104は、関連する複数の計測時点において計測された患者の心拍数を表す複数の心拍数計測値h(t)を提供することができる。脈拍監視センサ104は、例えば、アームバンド又はウエストバンド上において提供することができる。センサは、計測されたデータの転送のために、リモートコントローラ105に無線で接続することができる。
【0025】
或いは、この代わりに、脈拍監視センサ以外の別の生理学的センサを使用することもできる。通常の例は、皮膚の導電性又は表面温度を計測するセンサを含む。
【0026】
図1に示されているように、システムは、コントローラ105(CTRL)を更に有し、これは、例えば、有線又は高周波(無線)リンクにより、グルコース監視センサ101に、且つ、インスリン供給装置103に、且つ、任意選択により、脈拍監視センサ104に、接続されたコントローラ105である。
【0027】
本発明の方法及びシステムの動作の際に、コントローラ105は、センサ101によって計測された患者の血糖データを受け取り、且つ、供給制御信号をインスリン供給装置に提供している。コントローラ105は、詳述されてはないユーザーインターフェイスを介して、患者によって摂取されたグルコースの量の通知を更に受け取ることができる。
【0028】
このようなグルコースの量に関する通知は、cho(t)という参照符号が付与されており、且つ、具体的には、患者による炭水化物の摂取の変化を表している。
【0029】
コントローラ105は、インスリン供給装置に提供するべく、インスリン供給制御信号を決定するように、適合されている。
【0030】
これを目的として、コントローラ105は、例えば、マイクロプロセッサを有する、デジタル計算回路(詳述されてはいない)を有する。コントローラ105は、例えば、日中及び/又は夜間の全体を通じて患者によって携帯されるモバイル装置である。コントローラ105の1つの可能な実施形態は、後述する方法を実装するように構成されたスマートフォン装置であってよい。
【0031】
コントローラ105は、具体的には、時間の関数として患者の血液グルコースレベルの将来の変化の予測を考慮することにより、少なくとも1つの時間ステップにおいて注入するべきインスリンの量を決定するように、適合されている。
【0032】
更に正確には、コントローラ105は、患者内のグルコース-インスリン系の生理学的モデルを演算することによって決定された予測グルコースレベルに基づいて、少なくとも1つの時間ステップにおいて注入するべきインスリンの量を決定している。
【0033】
この決定動作は、
図4において示されている動作420において実行されている。
【0034】
従って、コントローラ105は、将来の期間にわたる時間の関数としての患者のグルコースレベルの予測される変化を表す曲線を決定している。
【0035】
この曲線を考慮することにより、コントローラ105は、高血糖症又は低血糖症のリスクを制限するべく、患者のグルコースレベルが、受け入れ可能な範囲内に留まるように、次の期間において患者に注入されるべきインスリンの投与量を決定している。後述するように、センサ101によって計測されたグルコース計測値は、例えば、生理学的モデルの自己較正動作を実行するべく、使用することができる。
【0036】
図2は、患者のグルコースレベルの変化を予測するべく、
図1のシステム内において実装されうる、グルコース-インスリン系の生理学的モデルの概略図である。
【0037】
モデルは、
図2においては
インスリン供給装置によって患者の皮下層内において供給される外因性インスリンの量の、時間tの関数としての、変化を通知する、信号i(t)が印加される入力e1と、
例えば、所与の時点において食事の際に摂取された炭水化物の量などの、患者によって摂取されたグルコースの量の、時間tの関数としての、変化を通知する信号cho(t)が印加される入力e2と、
患者の心拍数の、時間tの関数としての、変化を通知する信号h(t)が印加される入力e3と、
患者のグルコースレベルの、時間tの関数としての、変化を表す、信号G(t)を提供する出力sと、
を有する処理ブロックとして表されている。
【0038】
いくつかの実施形態によれば、上述のように、心拍数以外のその他の生理学的信号を入力e3として提供することができる。
【0039】
生理学的モデルMPCは、例えば、入力変数i(t)及びcho(t)並びに出力変数G(t)に加えて、時間と共に変化することに伴って、患者の複数の生理学的変数の瞬間的な値に対応する複数の状態変数を有する区画モデルである。
【0040】
状態変数の時間的な変化は、MPCブロックの入力p1に印加されるベクトル[PARAM]によって
図2において表されている複数のパラメータを有する微分方程式系によって支配されている。
【0041】
また、生理学的モデルの応答は、MPCブロックの入力p2に印加されるベクトル[INIT]によって
図2において表されている状態変数に割り当てられた初期値により、調節することもできる。
【0042】
図3は、
図1のシステムの一実施形態において実装されている生理学的モデルの非限定的な例を更に詳細に表す図である。
【0043】
この例示用のモデルは、Hovorkaモデルと呼称され、且つ、例えば、“Nonlinear model predictive control of glucose concentration in subjects with type 1 diabetes” by Roman Hovorka et al. (Physiol Meas., 2004; 25: 905-920)及び“Partitioning glucose distribution/transport, disposal, and endogenous production during IVGTT” by Roman Hovorka et al. (Physical Endocrinol Metab 282: E992-E1007, 2002)において記述されている。
【0044】
図3に示されている生理学的モデルは、血漿中のグルコースの発現のレートに対するグルコース摂取の影響について記述する第1二区画サブモデル301を有する。
【0045】
サブモデル301は、例えば、mmol/minを単位として、摂取されたグルコースcho(t)の量を入力として取得し、且つ、例えば、mmol/minを単位として、血漿中のグルコースの吸収のレートUGを出力として提供している。
【0046】
このモデルにおいては、サブモデル301は、それぞれ、第1及び第2区画において、例えば、mmolを単位とする、グルコース質量に、それぞれが対応する、2つの状態変数D1及びD2を有する。
【0047】
また、
図3のモデルは、血漿中における患者に供給される外因性インスリンの吸収について記述する第2二区画サブモデル303をも有する。サブモデル303は、例えば、mU/minを単位として、患者の皮下組織内において供給された外因性インスリンi(t)の量を入力として取得し、且つ、MU/minを単位として、血漿中におけるインスリンの吸収のレートU
Iを出力として提供している。
【0048】
サブモデル303は、例えば、患者の皮下組織を表す皮下区画をそれぞれがモデル化した第1及び第2区画内におけるインスリン質量であるオンボードインスリンにそれぞれが対応する2つの状態変数S1及びS2を有することができる。状態変数S1及びS2の瞬間的なオンボードインスリンレベルは、例えば、mmolを単位として表現することができる。
【0049】
図3のモデルは、患者の身体によるグルコースの調節について記述する第3のサブモデル305を更に有することができる。このサブモデル305は、グルコース及びインスリンの吸収レートU
G、U
Iを入力として取得し、且つ、例えば、mmol/lを単位として、血糖レベルG(t)、即ち、血漿中のグルコースの濃度、を出力として付与している。
【0050】
従って、サブモデル305は、患者の血漿/身体区画のモデル、即ち、患者の血漿及び身体内のグルコース及びインスリンの動力学的且つ化学的な変化のモデルである。
【0051】
「患者の血漿及び身体」は、皮下組織を除いた、患者の身体を意味している。
【0052】
この例においては、サブモデル305は、6つの状態変数Q1、Q2、x3、x1、x2、Iを有する。
【0053】
変数Q1及びQ2は、それぞれ、例えば、mmolなどを単位とする、それぞれ、第1及び第2区画内のグルコースの質量に対応している。
【0054】
変数x1、x2、x3は、それぞれ、グルコースの動力学に対するインスリンの3つの個々のアクションのそれぞれを表す無次元の変数である。
【0055】
最後に、変数Iは、瞬間的な血漿インスリンレベルであり、即ち、血漿中のインスリンの濃度であるインスリン血症(insulinemia)に対応している。瞬間的な血漿インスリンレベルは、例えば、mU/lを単位として表現される。
【0056】
Hovorkaモデルは、
【数1】
という式系によって支配されており、ここで、
【数2】
であり、且つ、
【数3】
である。
【0057】
この微分方程式系は、15個のパラメータVG、F01、k12、FR、EGP0、kb1、ka1、kb2、ka2、kb3、ka3、ka、VI、ke、及びtmaxを有し、このそれぞれは、
VGは、例えば、リットルを単位とする、グルコースの分配の容積であり、
F01は、例えば、mmol/minを単位とする、非インスリン依存性グルコース移動レートに対応し、
k12は、例えば、min-1を単位とする、サブモデル305の2つの区画の間の移動レートに対応し、
ka1、ka2、ka3は、例えば、min-1を単位とする、インスリン不活性化レート定数に対応し、
FRは、例えば、mmol/minを単位とする、グルコースの尿中排泄に対応し、
EGP0は、例えば、min-1を単位とする、グルコースの体内生成に対応し、
kb1、kb2、及びkb3は、例えば、min-1を単位とする、インスリン活性化レート定数に対応し、
kaは、例えば、min-1を単位とする、皮下注入されたインスリンの吸収レートに対応し、
VIは、例えば、リットルを単位とする、インスリンの分配の容積に対応し、
keは、例えば、min-1を単位とする、インスリンの血漿除去レートに対応し、且つ、
tmaxは、例えば、分を単位とする、患者によって摂取されたグルコース吸収のピークに達する時間に対応している、
という意味を有する。
【0058】
これら15個のパラメータは、
図2に示されているベクトル[PARAM]に対応している。
【0059】
このモデルは、10個の状態変数D1、D2、S1、S2、Q1、Q2、x1、x2、x3、及びIを更に有し、これらは、モデルによる患者の振る舞いのシミュレーションの開始点に対応する時間ステップt0における、これらの変数の値に対応する初期値のベクトル[INIT]に対して初期化されている。
【0060】
また、本発明のシステム及び方法は、上述のHovorkaモデルよりも単純な生理学的モデル、具体的には、Hovorkaモデルとの比較において、相対的に少ない数の状態変数と、低減された数のパラメータとを有する区画モデル、を使用することができる。
【0061】
本発明のいくつかの実施形態においては、いくつかの生理学的モデルが、コントローラ内において保存されていてもよく、且つ、前記モデルの予測は、例えば、コントローラの状態、或いは、前記モデルの予測のために演算されうるコンフィデンスインジケータ、に応じて、共に比較されてもよく、或いは、独立的に使用されてもよい。
【0062】
具体的には、記述されている実施形態は、Hovorkaの生理学的モデルに限定されるものではなく、且つ、患者の身体によるインスリンの同化及び患者の血糖レベルに対するその影響について記述する任意の生理学的モデルと適合性を有する。
【0063】
別の生理学的モデルの一例は、“A System Model of Oral Glucose Absorption: Validation on Gold Standard Data” by Chiara Dalla Man et al. in IEEE TRANSACTIONS ON BIOMEDICAL ENGINEERING, VOL 53, NO 12, DECEMBER 2006において記述されているCobelliモデルである。
【0064】
このようなモデルは、文献において既知である。
【0065】
これらのモデルにおいては、皮下組織から血漿へのインスリンの吸収レートは、一定である。
【0066】
皮下組織から血漿へのインスリンの吸収を予測する精度を改善する、というニーズが存在している。
【0067】
上述のモデルを使用して、コントローラ105は、コスト最適化動作を実行することにより、インスリン供給制御信号を決定することができる。
【0068】
コスト最適化動作は、有利には、複数のそれぞれの試験対象のインスリン注入についての複数の予測ステップを有する。
【0069】
試験対象のインスリン注入は、将来の時点において注入されるインスリンの量を通知する少なくとも1つの値を有する組である。試験対象のインスリン注入は、複数のM個の将来の時間ステップのそれぞれの将来の時点において注入されるインスリンの量を通知する複数のM個の値を有していてもよく、この場合に、Mは、厳密に1超の整数である。
【0070】
試験対象のインスリン注入用の予測ステップ421は、
時間に伴って生理学的モデルを解くことにより、複数の個々の将来の時間ステップにおける複数の予測されるグルコースレベルを演算するサブステップ422と、
前記複数の予測されるグルコースレベルに関連するコストを決定するサブステップ423と、
を有する。
【0071】
時間に伴う生理学的モデルの解明は、試験対象のインスリン注入と、具体的には、以下において更に詳述されている自己較正動作の際に決定されうる、事前に推定されたモデルパラメータの組とを使用して実行される。
【0072】
予測されるグルコースレベルに関連するコストは、例えば、ターゲットグルコースレベルとの間におけるそれぞれの予測されるグルコースレベルの距離に関係付けられている。
【0073】
ターゲットグルコースレベルは、患者ごとに、事前に定義されてもよく、且つ、患者個人別のものであってよい。ターゲットグルコースレベルは、100~130mg/dLを有しうる。
【0074】
コスト関数は、例えば、予測されるグルコースレベルとターゲットグルコースレベルとの間の差の二次関数であってよい。
【0075】
有利には、コスト関数は、非対称なものであってもよく、且つ、具体的には、ターゲットグルコースレベルよりも高いグルコースレベルよりも、ターゲットグルコースレベルよりも低いグルコースレベルを相対的に強力に罰するものであってよい。
【0076】
本発明のいくつかの実施形態においては、予測されるグルコースレベルに関連するコストは、複数の予測されるグルコースレベルの時間によって制限されたサブセットの関数である。
【0077】
このような時間によって制限されたサブセットは、患者のグルコースレベルが、本発明のシステム及び方法によって制御可能であるものと見なされうる制限された範囲内においてのみ、予測されるグルコースレベルが考慮されるようなものであってよい。
【0078】
例えば、現時点に近接した短い将来期間内のグルコースレベルは、制御可能と見なすことができず、その理由は、皮下供給されたインスリンの動力学は、近い将来における影響を有するには、過剰に低速であるからである。また、その一方で、現時点から遠く離れた、遠い将来期間におけるグルコースレベルも、制御可能であると見なすことができず、その理由は、グルコースレベルの確実な予測を得るには、パラメータ、状態変数、及び食事の摂取に関する不確実性が大き過ぎるからである。
【0079】
従って、前記時間によって制限されたサブセットの第1の予測されるグルコースレベルは、現時点のステップから30分未満だけ近接してはいない第1時間ステップに関連付けることができると共に、前記時間によって制限されたサブセットの最後の予測されるグルコースレベルは、現時点のステップから3時間超だけ離れてはいない最後の時間ステップに関連付けることができる。
【0080】
従って、コントローラは、
図4に示されているように、複数の予測ステップ421を有するコスト最適化動作を実行することにより、複数の個々の試験対象のインスリン注入について、注入するべきインスリンの量を決定することができる。
【0081】
コントローラ105は、具体的には、予測されるグルコースレベルに関係するコストを極小化する、注入するべきインスリンの量を選択することができる。
【0082】
次いで、コントローラ105は、以下のように、インスリン供給制御信号を決定することができる。
【0083】
まず、コントローラ105は、ステップ424において、最大許容可能インスリン注入量imaxを演算することができる。
【0084】
最大許容可能インスリン注入量は、生理学的モデルから独立的に演算されている。具体的には、最大許容可能インスリン注入量は、生理学的モデルの微分方程式の解明を伴うことなしに、演算されている。
【0085】
この結果、生理学的モデルのシミュレーションに由来する関連誤差の低減により、本発明のシステム及び方法の信頼性が向上する。
【0086】
本発明の一実施形態においては、最大許容可能インスリン注入量imaxは、インスリンに対する患者の感度SIの関数である。
【0087】
最大許容可能インスリン注入量は、例えば、インスリンに対する患者の前記感度の逆数に比例しうる。
【0088】
インスリンに対する患者の感度S
Iは、以下のように、血糖レベルの変動と皮下層の第2区画内に存在しているインスリンの量の変動との間の比率を表している。
【数4】
【0089】
感度SIは、具体的には、患者の血糖レベルGの減少関数であってよい。
【0090】
感度SIは、前記減少関数のスロープが、約100mg/dLの中間グルコースレベルにおいては、90mg/dL未満の低いグルコースレベルにおける、且つ、180mg/dL超の高いグルコースレベルにおけるものよりも小さくなるような、患者のグルコースレベルの関数である。
【0091】
このような曲線は、事前演算することができると共に、コントローラ105のメモリ内において保存することができる。曲線は、以下の方法により、演算することができる。
【0092】
複数の模擬実験を実施することができる。それぞれの模擬実験は、予測されるグルコースレベルを決定するための、患者内のグルコース-インスリン系の生理学的モデルの演算を伴っている。それぞれの模擬実験から、皮下のインスリンの量の変動に対する予測されるグルコースレベルの変動の複数の比率を演算することができる。
【0093】
生理学的モデルは、具体的には、インスリン依存性グルコース吸収区画の第1サブモデルと、非インスリン依存性グルコース吸収区画の第2サブモデルとを含む。
【0094】
従って、第1サブモデルは、例えば、グリコーゲン生成プロセスを表す微分方程式を有する一方で、第2サブモデルは、例えば、解糖プロセスを表す微分方程式を有する。
【0095】
次いで、複数の実験を平均化することにより、感度SIを患者の血糖レベルGに関係付ける曲線を演算することができる。
【0096】
これに加えて、複数のグルコースレベル及び皮下のインスリンの量を計測するべく、生体内実験を実施することができる。従って、生体内実験からも、血糖レベルの変動と皮下のインスリンの量の変動との間の複数の比率を決定することができる。感度SIを血糖レベルGに関係付ける曲線を決定するべく、生体内実験及び模擬実験を1つに平均化することができる。
【0097】
また、最大許容可能インスリン注入量imaxは、患者の連続注入インスリン及び/又はボーラスインスリンの予め定義された基礎量ibasalの関数でもありうる。
【0098】
連続注入インスリンの予め定義された基礎量ibasalは、例えば、医師によって事前演算される、などのように、所与の患者について予め決定することができる。連続注入インスリンの基礎量ibasalは、例えば、一日において患者によって消費されるインスリンの平均量、一日において患者によって消費される炭水化物の平均量、及び前記患者の体重の関数である。
【0099】
従って、更に一般的には、最大許容可能インスリン注入量i
maxは、以下のように、例えば、少なくとも、前記予め定義された基礎量、予め定義された個人別の反応性係数、及びインスリンに対する患者の前記感度の逆数の積であることが可能であり、
【数5】
ここで、r
normは、予め定義された個人別の反応性係数である。
【0100】
個人別の反応性係数rnormは、通常、1~3を有し、且つ、動的に調節することができる。この結果、本発明のシステム及び方法の応答性を調節することができる。
【0101】
また、システムが脈拍監視センサを有する際には、最大許容可能インスリン注入量は、患者の心拍数h(t)の関数でもありうる。
【0102】
従って、一例においては、インスリンに対する患者の感度は、患者の心拍数の関数である。具体的には、インスリンに対する患者の感度は、患者の心拍数が増大するのに伴って、減少しうる。
【0103】
いくつかの実施形態によれば、インスリンに対する患者の感度は、上述したように、心拍数以外のその他の生理学的信号の関数でありうる。
【0104】
最大許容可能インスリン注入量が演算されたら、コントローラ105は、例えば、注入するべきインスリンの量の上限を演算された最大許容可能インスリン注入量に定めることにより、インスリン供給制御信号を決定することができる425。
【0105】
この結果、特に、現時点のパラメータのいくつかについて、高いレベルのノイズ又は不確実性が存在している際の、モデルからの非現実的な予測のリスクが低減される。従って、供給装置に送信される信号が、常に、生理学的モデルとは独立した既定のパラメータの関数である値の妥当な範囲内にある、ことを保証することができる。
【0106】
次いで、供給装置は、供給制御信号に基づいてインスリンを注入することができる430。
【0107】
[PARAM]ベクトルのパラメータのうち、例えば、パラメータk12、ka1、ka2、ka3、ka、ke、VI、VG、及びtmaxなどの、いくつかのパラメータは、所与の患者について、一定であると見なすことができる。例えば、パラメータkb1、kb2、kb3、EGP0、F01、及びFRなどの、時間依存性パラメータと以下において呼称される、その他のパラメータは、時間と共に変化しうる。
【0108】
このいくつかのパラメータの変動に起因して、実際には、予測が正確な状態において留まることを保証するべく、例えば、1~20分ごとなどのように、定期的に、使用されるモデルを再較正又は自己較正することが必要とされている。
【0109】
モデルの自己較正は、有利には、システムにより、自動的に、具体的には、モデルのパラメータの物理的な計測を伴うことなしに、実行されるべきである。
【0110】
【0111】
この方法は、モデルの自己較正の動作410を有し、これは、例えば、1~20分ごとなどのように、例えば、定期的なインターバルにおいて反復することができる。
【0112】
図5には、この自己較正動作が更に詳細に示されている。
【0113】
この自己較正動作において、コントローラ105は、例えば、自己較正動作に先行する1~10時間の期間などの、過去の期間における、グルコース計測値、既知のインスリン供給制御信号、及び少なくとも1つの食事摂取インジケータを考慮することにより、予め推定されるモデルパラメータの組の決定を実行している。
【0114】
例えば、自己較正動作において、コントローラ105は、生理学的モデルを使用して、且つ、その期間におけるグルコースの摂取及び外因性インスリンの注入を考慮することにより、過去の期間にわたる患者の振る舞いをシミュレートすることができる。次いで、コントローラ105は、モデルを使用して推定されたグルコースレベル曲線を同一の期間にわたるセンサによる実際のグルコース計測と比較することができる。
【0115】
次いで、コントローラ105は、観察期間にわたるコスト関数の極小化をもたらす、モデルパラメータの組用の既定の値の組を決定することができる。
【0116】
同様の方式により、自己較正動作は、モデルの状態変数の初期状態ベクトル[INIT]の推定を有しうるが、以下、本発明による方法の一実施形態の一例を示す
図5との関係において、これについて説明することとする。
【0117】
自己較正動作は、モデルのパラメータの組がパラメータベクトル[PARAM]の値の第1の組P1に初期化される、ステップ501を有する。
【0118】
組P1は、例えば、以前の自己較正動作の際にパラメータ[PARAM]によって取得された値に対応している。一変形においては、値の組P1は、例えば、基準期間にわたるパラメータ[PARAM]の平均値に対応する、予め定義された基準セットであってもよい。
【0119】
また、ステップ501においては、状態変数値の組を初期状態ベクトル[INIT]を形成する値の第1の組I1に初期化することもできる。
【0120】
値の組I1は、例えば、較正フェーズに先行する期間における患者の静止状態を仮定し、且つ、時間t0における推定される血糖レベルをその時点における実際のグルコースレベル計測と一致させることにより、分析的に決定することができる。
【0121】
後続のステップ503においては、コントローラ105は、初期状態の組[INIT]をその現時点の状態に固定することができると共に、例えば、モデルによって予測された推定されるグルコースレベル曲線と過去の観察期間における実際のグルコースレベル曲線との間の誤差などの、コストを極小化するためのモデルのパラメータについて値の組を探索することができる。
【0122】
このようなコスト関数の一例は、以下のように記述されてもよく、
【数6】
ここで、tは、離散化された時間であり、t
0は、過去の観察期間の初期時点に対応しており、t
0+ΔTは、前記過去の観察期間の終了時点(例えば、自己較正動作の開始時点)に対応しており、g(t)は、グルコースレベルの計測から決定された曲線であり、且つ、
【数7】
は、モデルによって予測される、グルコースレベルから決定された曲線である。
【0123】
このステップの終了時点において、「PARAM」ベクトルは、新しい推定値によって更新されている。
【0124】
次いで、ステップ503に後続するステップ505において、コントローラ105は、この場合にも、モデルによって予測される推定グルコースレベル曲線と過去の観察期間において決定された実際のグルコースレベル曲線との間の上述の誤差などの、コストを極小化することにより、初期状態値の組について探索を実行し、これにより、パラメータ組[PARAM]をその現時点の状態に設定している。
【0125】
このステップの終了時点において、ベクトル[INIT]は、新しい推定値によって更新されている。
【0126】
いくつかの実施形態においては、ステップ503及び505は、N回にわたって反復されてもよく、この場合に、Nは、予め決定されうる1より大きい整数である。
【0127】
この結果、パラメータの値及びモデルの初期状態は、ステップ503及び505のN番目の反復の終了時点において、ベクトル[PARAM]及び[INIT]の対応する値に更新されている。
【0128】
一変形においては、ステップ503及び505の反復の回数は、予め決定されていなくてもよく、且つ、連続的な反復にわたるコスト関数の変化を考慮することにより、調節することができる。
【0129】
本出願においては、ステップ503及び505において最適な値を見出すべく使用されうるアルゴリズムについて詳細に記述してはいない。本明細書において記述されている方法は、コスト関数を極小化することによって最適化問題を解決するべく様々な分野において一般的に使用されているアルゴリズムと適合性を有する。