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特許7290993変異型グルコースオキシダーゼ及びその利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-06
(45)【発行日】2023-06-14
(54)【発明の名称】変異型グルコースオキシダーゼ及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/04 20060101AFI20230607BHJP
   C12Q 1/26 20060101ALI20230607BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20230607BHJP
   G01N 27/327 20060101ALI20230607BHJP
   C12N 15/53 20060101ALN20230607BHJP
【FI】
C12N9/04 D ZNA
C12Q1/26
C12M1/34 E
G01N27/327 353R
C12N15/53
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019095237
(22)【出願日】2019-05-21
(65)【公開番号】P2019201637
(43)【公開日】2019-11-28
【審査請求日】2022-02-01
(31)【優先権主張番号】P 2018098011
(32)【優先日】2018-05-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000141897
【氏名又は名称】アークレイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】早出 広司
(72)【発明者】
【氏名】森 一茂
(72)【発明者】
【氏名】小嶋 勝博
【審査官】大久保 智之
(56)【参考文献】
【文献】A0A1E3BBK7_9EURO,2017年01月18日,https://rest.uniprot.org/unisave/A0A1E3BBK7?format=txt&versions=1参照
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 9/00-99
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
SwissProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1~8のいずれか一項に記載のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有し、配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシンに相当するアミノ酸残基が側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基に置換された、変異型グルコースオキシダーゼ。
【請求項2】
側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基がリジン残基である、請求項1に記載の変異型グルコースオキシダーゼ。
【請求項3】
アスペルギルス・ニガー由来である、請求項1または2に記載の変異型グルコースオキシダーゼ。
【請求項4】
請求項1~のいずれか一項に記載の変異型グルコースオキシダーゼにおいて、前記側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基を介して電子受容体が結合した、電子受容体修飾グルコースオキシダーゼ。
【請求項5】
電子受容体がフェナジニウム化合物である、請求項に記載の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼ。
【請求項6】
フェナジニウム化合物が下記式で表される、請求項に記載の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼ。
【化1】
R1は炭化水素基を示し、R2はリンカーを示す。
【請求項7】
基材と、該基材上に結合した請求項のいずれか一項に記載の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼを含む、酵素電極。
【請求項8】
請求項に記載の酵素電極を含む、バイオセンサ。
【請求項9】
電子受容体修飾グルコースオキシダーゼの製造方法であって、請求項1~のいずれか一項に記載の変異型グルコースオキシダーゼにおいて、前記側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基を介して電子受容体を導入することを特徴とする、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、グルコースオキシダーゼに部位特異的変異を導入することで新たな機能を付与する方法及び変異が導入されたグルコースオキシダーゼに関する。
【背景技術】
【0002】
グルコースオキシダーゼ(GOX)を用いたバイオセンサとしては古くから開発がなされて
いる。まず、非特許文献1に代表されるようないわゆる第1世代型と呼ばれる、系中のグルコースの酸化反応に伴い起こる副反応O2→H2O2の生成物を白金電極などで酸化することでグルコース濃度を測定する方法が開発された。その後、この不安定なO2やH2O2に依存せずに電子受容体(メディエータ)を系中に加えてGOXと電極間の電子伝達を媒介させる第2世代型が開発された(非特許文献2)。さらに、非特許文献3では、グラフェンなどのカーボンナノ粒子と組み合わせることで電子受容体を加えなくても、グルコース酸化反応による電子を検出できることを示している。
また、発明者らは、非特許文献4および特許文献1において第2.5世代型と称して、グルコース脱水素酵素(GDH)などに対して、分子表面に電子受容体を化学修飾することで直接
電子伝達を観測できることを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】WO2018/062542
【非特許文献】
【0004】
【文献】Clin Chem 1978, 24 (1) 150-152
【文献】Biosensors 1989, 4 (2) 109-119
【文献】Mater Sci Eng C Mater Biol Apple 2017 Jul1; 76, 398-405
【文献】Bioelectrochemistry 2018 Jun, 121: 185-190
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
グルコースオキシダーゼはGDHに比べ、その熱安定性や基質特異性における優位な点があ
るため、グルコースオキシダーゼ分子自体を改変することで、遊離型の電子受容体を反応系に添加することなく電極の電子伝達を容易にすることができれば安定した精度の高いバイオセンサの作製に有用と考えられる。
しかし、グルコースオキシダーゼのグルコースセンサへの適用は容易ではない。すなわち、第1世代型のセンサでは高電圧印加が必要であり、第2世代型では電子受容体の検出を行う系ではあるが、検体の溶存酸素濃度による干渉影響があり、第3世代型の直接電子伝達
型センサでも電極を酵素の活性部位にアクセスし易くするために設計する必要があり、電極作製が非常に複雑で制御が難しくなるという問題があった。
また、非特許文献4や特許文献1には、GDHへの電子受容体の化学修飾が開示されている
が、この技術をグルコースオキシダーゼに適用するのは容易ではなかった。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、グルコースオキシダーゼを直接電子伝達可能な酵素とするため、電子受容体の化学修飾を検討した。その検討において、グルコースオキシダーゼのアミノ酸配列中に存在する側鎖アミノ基をランダムに電子受容体で修飾した場合には、直接電子伝達が行われないという結果を得たため、グルコースオキシダーゼの立体構造やGDHとの構造類似
性等から電子受容体で修飾すべきアミノ酸について詳細な検討を行い、グルコースオキシ
ダーゼに変異導入を行った。
その結果、グルコースオキシダーゼの活性中心であるFAD結合サイトに近いアミノ酸残基
(配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシンまたは335位のアルギニンに相当するアミノ酸残基)に対し、電子受容体で修飾するためにリジン残基へと置換し、変異型グルコースオキシダーゼを得た。そして、得られた変異型グルコースオキシダーゼの導入リジン残基の側鎖のアミノ基と電子受容体を化学修飾により共有結合させることで得られた修飾グルコースオキシダーゼ変異体は、野生型グルコースオキシダーゼでは持ち得ない特異的な電子伝達能を有することが明らかとなり、当該酵素を使用した酵素電極は外部から遊離の電子受容体を添加することなくグルコースに対する応答を示すセンサに適用できることが分かった。以上のような発見に基づき、本発明を完成させた。
【0007】
本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシンまたは335位のアルギニンに相当するアミノ酸残基が側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基に置換された、変異型グルコースオキシダーゼ。
[2]側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基がリジン残基である、[1]に記載の変異型グルコースオキシダーゼ。
[3]配列番号1~8のいずれか一項に記載のアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を有する、[1]または[2]に記載の変異型グルコースオキシダーゼ。
[4]アスペルギルス・ニガー由来である、[1]~[3]のいずれかに記載の変異型グルコースオキシダーゼ。
[5][1]~[4]のいずれかに記載の変異型グルコースオキシダーゼにおいて、前記側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基を介して電子受容体が結合した、電子受容体修飾グルコースオキシダーゼ。
[6]電子受容体がフェナジニウム化合物である、[5]に記載の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼ。
[7]フェナジニウム化合物が下記式で表される、[6]に記載の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼ。
【化1】
R1は炭化水素基を示し、R2はリンカーを示す。
[8]基材と、該基材上に結合した[5]~[7]のいずれかに記載の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼを含む、酵素電極。
[9][8]に記載の酵素電極を含む、バイオセンサ。
[10]電子受容体修飾グルコースオキシダーゼの製造方法であって、[1]~[4]のいずれかに記載の変異型グルコースオキシダーゼにおいて、前記側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基を介して電子受容体を導入することを特徴とする、方法。
【発明の効果】
【0008】
従来、グルコースオキシダーゼはグルコース測定の素子としては、GDHに対して熱安定性
や基質特異性のメリットがある一方で、電極でシグナルを検出するためには外部から電子受容体を電子受容体として添加する必要があったが、本発明による変異酵素を用いること
で、外部から電子受容体を添加せずに酵素と電極のみの最小限の構成でセンサ構築が可能となることが分かった。本発明によって得られる電子受容体修飾グルコースオキシダーゼを用いることにより、安定かつ基質特異性の高いバイオセンサを簡便に作製することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】野生型GOXをPESで修飾して得られたPES修飾酵素を含むセンサを用いたアンペロメトリー測定の結果を示すグラフ。
図2】I489K変異型GOXをPESで修飾して得られたPES修飾酵素を含むセンサを用いたアンペロメトリー測定の結果を示すグラフ。
図3図1および図2のアンペロメトリー測定に基づく、グルコース濃度と電流値の関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0010】
<変異型グルコースオキシダーゼ>
本発明の変異型グルコースオキシダーゼにおいては、配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシンまたは335位のアルギニンに相当するアミノ酸残基が側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基に置換されている。
【0011】
これらのアミノ酸残基はグルコースオキシダーゼの立体構造において、補酵素であるFAD
の結合サイトおよび基質ポケットの近傍に位置するため、これらのアミノ酸残基を介して後述のような電子受容体で修飾することにより、グルコースオキシダーゼが直接電子伝達型酸化還元酵素として機能することができる。
【0012】
側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基としては、側鎖にアミノ基を有するリジン、側鎖にカルボキシル基を有するグルタミン酸及びアスパラギン酸、側鎖にチオール基を有するシステインなどが挙げられる。
【0013】
配列番号1はAspergillus niger NRRL3株由来のグルコースオキシダーゼのアミノ酸配列
(成熟型)であり、本発明の変異型グルコースオキシダーゼの一態様としては、配列番号1のアミノ酸配列において、489位のイソロイシンまたは335位のアルギニンがリジンなどの側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基に置換された変異型グルコースオキシダーゼが挙げられる。
しかし、本発明の変異型グルコースオキシダーゼは、配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシンまたは335位のアルギニンがリジン等の側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基に置換されており、グルコースオキシダーゼ活性を有している限りにおいて、配列番号1における489位および335位以外のアミノ酸は配列番号1のとおりである必要はなく、1~数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加等を有してもよい。ここで、1~数個とは、例えば、1~50個、1~20個、1~10個、又は1~5個である(以下、同様とする)。
また、本発明の変異型グルコースオキシダーゼは、配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシンまたは335位のアルギニンがリジン等の側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基に置換されており、グルコースオキシダーゼ活性を有している限りにおいて、配列番号1のアミノ酸配列と90%以上、95%以上、または98%以上の配列同一性を有するタンパク質であってもよい。ここで、アミノ酸配列の同一性は、2つのアミノ酸を一致するアミノ酸の数が最大になるように必要に応じてギャップを加えてアラインメントし、アラインメントした部分の全アミノ酸の数における一致するアミノ酸の数の割合で定義することができる(以下、同様とする)。
【0014】
また、本発明の変異型グルコースオキシダーゼは、他の生物由来のグルコースオキシダー
ゼのアミノ酸配列において、配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシンまたは335位のアルギニンに相当するアミノ酸残基が側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基に置換されたものでもよい。
他のアミノ酸配列としては、グルコースオキシダーゼタンパク質のアミノ酸配列であり、配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシン(I489)または335位のアルギニン(R335)に相当するアミノ酸残基を有するものであれば特に制限されないが、例えば、下記の表1に記載の配列番号2~8のいずれかのアミノ酸配列が挙げられる。表1においては、各アミノ酸配列における、I489およびR335に相当するアミノ酸残基を示した。
【0015】
したがって、本発明の変異型グルコースオキシダーゼの他の態様としては、配列番号2~8のいずれかのアミノ酸配列において、配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシンまたは335位のアルギニンに相当するアミノ酸残基が側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基に置換されたタンパク質が挙げられる。
さらに、本発明の変異型グルコースオキシダーゼは、配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシンまたは335位のアルギニンに相当するアミノ酸残基がリジン残基に置換されており、グルコースオキシダーゼ活性を有していれば、配列番号2~8のいずれかのアミノ酸配列において1または数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、付加等を有するアミノ酸配列や、配列番号2~8のいずれかのアミノ酸配列と90%以上、95%以上、または98%以上の配列同一性を有するタンパク質であってもよい。
【0016】
【表1】
【0017】
なお、「配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシンまたは335位のアルギニンに相当するアミノ酸残基」としては、配列番号1のアミノ酸配列と対象アミノ酸配列のアラインメントにより、特定することができる。
【0018】
アラインメントの一例を表2および3に示す。
その中で矢印がそれぞれ、「配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシンに相当するアミノ酸残基」、「配列番号1に記載のアミノ酸配列の335位のアルギニンに相当するアミノ酸残基」を示す。
なお、これらの表において、P13006.1は1CF3の前駆体の配列であり、AAD01493.1は1GPEの前駆体の配列である。
【0019】
配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシンに相当するアミノ酸残基は下記のアミノ酸配列モチーフにおけるX2に相当するアミノ酸であり、対象アミノ酸配列におけるこのモチーフの存在からも特定できる。
Glu-X1-X2-Pro-Gly
具体的には、配列番号2においてはV511であり、配列番号3においてはT517であり、配列番号4においてはI512であり、配列番号5においてはL493であり、配列番号6においてはI512であり、配列番号7においてはI509であり、配列番号8においてはI510である。
【0020】
【表2】
【0021】
配列番号1に記載のアミノ酸配列の335位のアルギニンに相当するアミノ酸残基は下記のアミノ酸配列モチーフにおけるXに相当するアミノ酸であり、対象アミノ酸配列におけ
るこのモチーフの存在からも特定できる。
TT(A/T)TVXS(R/A)(I/A)(T/S)
具体的には、配列番号2においてはR357であり、配列番号3においてはA363であり、配列番号4においてはR358であり、配列番号5においてはS339であり、配列番号6においてはR358であり、配列番号7においてはR355であり、配列番号8においてはR357である。
【0022】
【表3】
【0023】
本発明の変異型グルコースオキシダーゼは、グルコースオキシダーゼ活性が維持されてい
る。
ここで、「グルコースオキシダーゼ活性」とは、酸素を電子受容体として使用することにより、グルコースの酸化を触媒して、グルコノラクトンを生成させる酵素活性である。グルコースオキシダーゼ活性は、例えば、後述の実施例のように、基質のグルコースと酸素の代わりにMTT及びPMSなどの電子受容体を用いて測定することもできる。
なお、グルコースオキシダーゼ活性を維持するとは、例えば、変異型グルコースオキシダーゼのグルコースオキシダーゼ活性が野生型の10%以上、20%以上または50%以上であること、と定義することができる。
【0024】
本発明の変異型グルコースオキシダーゼは部位特異的変異導入法など、公知の遺伝子組み換え法により作製することができる。すなわち、グルコースオキシダーゼをコードするDNAを取得し、変異導入用プライマーなどを用いて部位特異的に変異を導入し、得られたDNAを適当な宿主において発現させることにより、変異型グルコースオキシダーゼを産生させ、必要に応じて精製することにより得ることができる。
【0025】
グルコースオキシダーゼをコードするDNAは、例えば、Aspergillus nigerなど所望の遺伝子源からPCRなどの方法により取得することができる。PCR用プライマーは、公知の塩基配列に基づいて化学合成することによって調製することができる。また、公知の塩基配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプローブとするハイブリダイゼーションによって、取得することもできる。
【0026】
本発明の変異型グルコースオキシダーゼをコードする遺伝子(変異型GOX遺伝子)として
は、上記変異型グルコースオキシダーゼのアミノ酸配列に対応した塩基配列を有するものであればよいが、具体例としては、配列番号9の塩基配列において上記アミノ酸置換に対応するコドン置換を有する塩基配列を含むDNAが挙げられる。また、変異型GOX遺伝子は、配列番号9の塩基配列を有するDNA、又はこの配列から調製され得るプローブとストリン
ジェントな条件下でハイブリダイズし、かつ、グルコースオキシダーゼ活性を有するタンパク質をコードするDNAであってもよい。
【0027】
前記ストリンジェントな条件としては、好ましくは80%、より好ましくは90%以上、特に好ましくは95%以上の同一性を有するDNA同士がハイブリダイズする条件、具体的には、0.1×SSC、0.1%SDS、60℃で洗浄する条件が挙げられる。
【0028】
得られたDNAを宿主細胞で機能しうるベクターに組み込み、該ベクターで宿主細胞を形質
転換し、DNAを発現させることで、変異型グルコースオキシダーゼを生産することができ
る。
【0029】
グルコースオキシダーゼ遺伝子の取得、変異の導入、遺伝子の発現等に用いるベクターは宿主に応じて適宜選択できるが、例えばエシェリヒア属細菌で機能するベクターとして具体的にはpTrc99A、pBR322、pUC18、pUC118、pUC19、pUC119、pACYC184、pBBR122、pET等
が挙げられる。遺伝子の発現に用いるプロモーターも宿主に応じて適宜選択できるが、例えばエシェリヒア属細菌で機能するプロモーターとしてlac、trp、tac、trc、PL、tet等
が挙げられる。
【0030】
組換えベクターで宿主細胞を形質転換するには、例えば、カルシウム処理によるコンピテントセル法、リポフェクション法、プロトプラスト法又はエレクトロポレーション法等が挙げられる。
【0031】
宿主細胞としては、エシェリヒア属細菌等の腸内細菌、バチルス・サブチリス等のバチルス属細菌、サッカロマイセス・セレビシエ等の酵母、アスペルギルス・ニガー等の糸状菌
、哺乳動物細胞、昆虫細胞などが挙げられるが、これらに限られず、異種タンパク質生産に適した宿主細胞であれば用いることができる。
【0032】
宿主細胞を適当な条件で培養し、変異型グルコースオキシダーゼを組み換えタンパク質として生産することができる。変異型グルコースオキシダーゼの精製は、カラムクロマトグラフィーなど公知の手法で行うことができる。また、変異型グルコースオキシダーゼが精製用のタグ配列を含む場合は、当該タグに対するアフィニティクロマトグラフィーなどで精製することも可能である。
【0033】
<電子受容体による修飾>
本発明の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼは、上記変異型グルコースオキシダーゼにおいて、前記側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基を介して電子受容体が結合したものである。
【0034】
ここで、電子受容体とは、酸化還元酵素から電子を受け取って還元され、電極で再酸化される、触媒作用のない化合物であればよいが、例えば、フェナジニウム化合物、フェロセン、キノン化合物(例えば、1,4-Naphthoquinone、2-methyl-1,4-naphtoquinone、9,10-Phenanthrenequinone、1,2-Naphthoquinone、p-Xyloquinone、Methylbenzoquinone、2,6-Dimethylbenzoquinone、Sodium 1,2-Naphthoquinone-4-sulfonate、1,4-Anthraquinone、9,10-Anthraquinone、Tetramethylbenzoquinone、Thymoquinone)、フェニレンジアミン化合物(例えば、N,N-Dimethyl-1,4-phenylenediamine、N,N,N’,N’-tetramethyl-1, 4-phenylenediamine dihydrochloride)、Coenzyme Q0、AZURE A Chloride、Phenosafranin、6-Aminoquinoxaline、Toluidine Blue、Tetrathiafulvalene等が挙げられる。
【0035】
フェナジニウム化合物は、例えば、以下で表される化合物が挙げられ、具体的には、5-methylphenaziniumや5-ethylphenazinium)が例示される。
【化2】
R1は炭化水素基を示し、飽和炭化水素基でも不飽和炭化水素基でも芳香族炭化水素基でもよい。炭化水素基の炭素数は例えば、1~10である。
R2は、フェナジニウム骨格とグルコースオキシダーゼの側鎖をつなぐリンカーを示し、例えば、主鎖や側鎖に酸素原子や硫黄原子や窒素原子などのヘテロ原子を含んでもよいアルキレン基やアルケニレン基が例示される。リンカーの主鎖の原子数は例えば、1~20、または1~10である。なお、リンカーはグルコースオキシダーゼの側鎖と結合した場合の残基を末端に含む。
【0036】
本発明は、前記変異型グルコースオキシダーゼにおいて、前記側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基を介して電子受容体を導入することを特徴とする、電子受容体修飾グルコースオキシダーゼの製造方法を提供する。これにより、電子受容体をグルコースオキシダーゼに結合させ、修飾酵素を得ることができる。
グルコースオキシダーゼを電子受容体で修飾するためには、例えば、上記のような電子受容体にスクシンイミドなどの官能基を導入し、変異型グルコースオキシダーゼに導入されたリジン残基の側鎖アミノ基と反応させて修飾する方法が例示される。
また、上記のような電子受容体にマレイミドなどの官能基を導入し、変異型グルコースオキシダーゼに導入されたシステイン残基の側鎖チオール基と反応させて修飾する方法が例示される。
さらに、上記のような電子受容体にオキサゾリンなどの官能基を導入し、変異型グルコースオキシダーゼに導入されたグルタミン酸やアスパラギン酸残基の側鎖カルボキシル基と反応させて修飾する方法が例示される。
なお、別途架橋剤を使用することも可能である。
【0037】
例えば、PESで修飾する場合、下記のようなPESにNHS基が導入された化合物を変異型グルコースオキシダーゼに導入されたリジン残基の側鎖アミノ基と反応させて修飾する方法が例示される。
例えば、酵素と電子受容体の割合を1:500~1:10000として修飾反応を行うことができる。
【0038】
【化3】
【0039】
なお、野生型グルコースオキシダーゼが、配列番号1に記載のアミノ酸配列の489位のイソロイシンまたは335位のアルギニンに相当するアミノ酸残基として、側鎖に反応性官能基を有するアミノ酸残基を本来的に有している場合は、変異を導入することなく、電子受容体で修飾することが可能である。
【0040】
<バイオセンサ>
本発明の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼを電極基材に結合させることにより、直接電子伝達型の酵素電極を得ることができ、そのような酵素電極はグルコースセンサなどのバイオセンサの構成要素として用いることができる。
電極基材としては、金属電極や炭素電極を使用することができ、これらは絶縁性基板の表面に金属層や炭素層を設けることで作成されてもよい。
【0041】
ここで、直接電子伝達型の酵素電極とは、遊離の電子受容体を使用することなく、酵素反応によって生じた電子を電極に伝達できる電極を意味する。
【0042】
本発明の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼを結合させた酵素電極は、公知の方法で作製することができ、一例としては、以下のようにして作製される。
まず、絶縁性基板の片面に、電極として機能する金属層を形成する。例えば、所定の厚さ(例えば100μm程度)のフィルム状の絶縁性基板の片面に、金属材料を物理蒸着(PVD,例えばスパッタリング)、或いは化学蒸着(CVD)によって成膜することによって、所望の厚さ(例えば30nm程度)を有する金属層が形成される。金属層の代わりに、炭素材料で形成された電極層を形成することもできる。
このようにして得られた電極層の表面に電子受容体修飾グルコースオキシダーゼの溶液を塗布し、乾燥させることにより、電極表面に電子受容体修飾グルコースオキシダーゼを結
合させることができる。
【0043】
また、本発明の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼを電極表面に固定化してもよい。電子受容体修飾グルコースオキシダーゼを電極表面に固定化する方法は特に制限されないが、導電性ポリマーや架橋剤を使用する方法や単分子膜形成分子を用いる方法が例示される。
例えば、単分子膜形成分子を用いる場合、特開2017-211383に開示されたように、まず、電極上に単分子膜形成分子を結合させる。そして、単分子膜形成分子の反応性官能基と、グルコースオキシダーゼのアミノ基やカルボキシル基等を反応させて、単分子膜形成分子を介してグルコースオキシダーゼを電極上に固定化することができる。
また、導電性ポリマーや架橋剤を利用して酵素を電極上に固定化する場合は、例えば、WO2014/002999または特開2016-121989などに記載されたように、電極上にグルコースオキ
シダーゼと導電性ポリマーや架橋剤などの試薬を添加することにより、酵素電極を作製することができる。
【0044】
グルコースセンサとしては、作用極として、上記のような本発明の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼが電極表面に結合させた酵素電極を用いるグルコースセンサが挙げられる。センサは、目的とする被検物質の濃度を電気化学的に測定する測定系をいい、通常は、作用極(酵素電極)、対極(白金等)、および参照極(Ag/AgCl等)の3電極を含む。あるいは、慣用の簡易血糖値システムにおいて用いられているような、作用極と対極とから構成される2電極系でもよい。センサはさらに、緩衝液および被検試料を入れる恒温セル、作用極に電圧を印加する電源、電流計、記録計等を含むことが好ましい。センサは、バッチ型であってもフロー型であってもよい。特にフロー型のセンサとしては、血糖値を連続で計測できるセンサであってもよい。すなわち、連続的に供給される血液試料、あるいは同透析試料、あるいは血液中あるいは細胞間質液中に本発明の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼを結合させた二電極系あるいは三電極系を挿入して計測するセンサであってもよい。このような酵素センサの構造は、当該技術分野においてよく知られており、例えばBiosensors-Fundamental and Applications-Anthony P.F.Turner,Isao Karube and Geroge S. Wilson,Oxford University Press 1987に記載されている。
【0045】
グルコースの濃度の測定は、以下のようにして行うことができる。センサの恒温セルに緩衝液を入れ、一定温度に維持する。作用電極として本発明の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼを結合させた酵素電極を用い、対極としては例えば白金電極を、参照電極としては例えばAg/AgCl電極を用いる。作用極に一定の電圧を印加して、電流が定常になった後、恒温セルにグルコースを含む試料を加えて電流の増加を測定する。標準濃度のグルコース溶液により作製したキャリブレーションカーブに従い、試料中のグルコース濃度を計算することができる。
【0046】
本発明の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼは、グルコースアッセイキットの構成要素として用いることもできる。グルコースアッセイキットには、本発明の電子受容体修飾グルコースオキシダーゼ以外に、発色又は発光試薬、希釈用緩衝液、標準物質、使用説明書などが含まれてよい。
【実施例
【0047】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に何ら限定されるものではない。
【0048】
[変異導入]
人工合成した野生型Aspergillus niger 1CF3の構造遺伝子をpET30cベクターに挿入し、野生型1CF3発現ベクターであるpET30c 1CF3 WTを構築した。これを鋳型とし、489位のイソ
ロイシンがリジンに置換されるよう、部位特異的変異導入を行った。具体的には、市販の部位特異的変異導入キット(Stratagene社、QuikChangeII Site-Directed Mutagenesis Kit)を用いて、前記pET30c 1CF3 WTに含まれる1CF3構造遺伝子において、489位のイソロ
イシンがリジンに置換されるようコドン改変を行った。このようにして構築したpET30c 1CF3 I489KおよびpET30c 1CF3 WTでそれぞれ大腸菌BL21(DE3)を形質転換し、変異型1CF3または野生型1CF3発現大腸菌を得た。
【0049】
[変異酵素の作成方法]
1. 大腸菌BL21(DE3)/pET30c 1CF3 WT, I489Kを3 mLのLB培地(カナマイシン終濃度50μg/mL)で37℃、12時間好気条件で前培養し、100 mLの同培地に植菌した後OD660=0.6に達した
時点でIPTG誘導(終濃度0.5 mM)を行い、20℃で24時間振盪培養した。集菌後、湿菌体を20
mM P.P.B(pH7.0)に再懸濁し、超音波破砕し、遠心分離(10000 g, 4℃, 20 min)により水溶性画分及び不溶性画分を得た。
2. 不溶性画分を1 mLの洗浄バッファー1(100 mM NaCl, 1 mM EDTA, 1% TritonX; 20 mM Tris-HCl (pH8.0))で懸濁し、1500 rpm、4℃で1時間インキュベートした後、遠心分離(10000 g, 4℃, 10 min)した。
3. 得られた不溶性画分に対して、続けて同様の操作を洗浄バッファー2(100 mM NaCl, 1 mM EDTA; 20 mM Tris-HCl (pH8.0))、洗浄バッファー3(2M Urea; 20 mM Tris-HCl (pH
8.0))を用いて行った。
4. サンプルを0.75 mLの可溶化バッファー(8M Urea, 30 mM dithiothreitol; 20 mM Tris-HCl)で懸濁し、1500 rpm、4℃で4時間インキュベートした後、遠心分離(10000 g, 4℃,
10 min)し、得られた可溶化封入体画分をリフォールディングバッファー(1 mM reduced glutathione, 1 mM oxidized glutathione, flavin adenine dinucleotide, 10% glycerol; 20mM P.P.B (pH7.5))で終濃度0.05 mg/mLになるよう希釈し、10℃で96時間静置した。5. サンプルをAmicon Ultra 30 K(MerkMillipore)を用いて限外濾過による濃縮(約100倍濃縮)を行った。濃縮後試料を20 mM 酢酸Na(pH5.0)で12時間、20 mM P.P.B(pH7.0)で24時間透析した後、遠心分離(20000 g, 4℃, 5 min)し、上清を精製酵素とした。
【0050】
[電子受容体の化学修飾]
arPES修飾は、50 mM Tricine(pH8.3)をバッファーとして用いて、精製酵素(変異型I489Kまたは野生型WT)とarPESのモル比が1:500, 1:1000, 1:5000, 1:10000の4種類の反応溶液を調製し、1200 rpm, 25℃で2時間振盪した。バッファー交換のため、各サンプルをAmicon Ultra 30 Kを用いて限外濾過(14000 g, 4℃, 5 min)し、濃縮されたサンプルを20 mM P.P.Bで希釈する操作を10回繰り返した。変異型は、489位およびそれ以外の天然側鎖アミ
ノ基を介してPESが修飾されるのに対し、野生型は天然側鎖アミノ基を介してPESが修飾される。
【化4】
【0051】
[酵素活性測定]
酵素活性評価は修飾酵素及び未修飾酵素に対し、PMS存在下または非存在下にて行った。
MTTのarPESまたはPMSによる還元反応を、565 nmにおける吸光度の経時変化を観測するこ
とで測定した。反応条件は断りの無い限り以下の条件で行った。
酵素溶液を含む反応溶液(200μL; 20 mM PPB (pH7.0)+1.0 mM MTT、濃度は全て終濃度)に基質を加えることで反応を開始し、565 nmの吸光度変化を測定した。(PMSを加えた場合、終濃度は0.6 mMとした) 基質は終濃度100 mMグルコースを用い、1μmolのMTTを還元さ
せる酵素量を1 Unitとし、以下の式より活性値を算出した。MTTのpH 7.0におけるモル吸
光係数は20 mM-1cm-1とした。
【数1】
*1:MTTのpH 7.0 におけるモル吸光定数
*2:反応溶液中の酵素溶液の希釈倍率
【0052】
結果を表4に示す。
野生型の修飾後サンプルにおいて、MTT系での脱水素酵素活性は観察されなかったことか
ら、野生型では修飾されたarPESが電子授受を行っていないことが示された。一方で変異
体修飾後は、いずれの濃度比のサンプルもMTT系にて活性がみられたため、修飾されたarPESが電子授受していることが示された。修飾の際の濃度比は活性が最も高かった1:1000が最適であることが示された。以上より、グルコースオキシダーゼでは489番目に置換され
たリジン残基に修飾されたarPESが電子伝達を担うことが示唆された。
【0053】
【表4】
【0054】
[センサ作成とグルコース濃度測定]
1. 酵素インクを作製(0.78mg/ml GOX、0.4% KJB stock(導電性カーボンブラック:ラ
イオンスペシャリティケミカルズ)、3% Epocros(オキサゾリン基含有水溶性ポリマー:日本触媒)、0.5% トレハロース)。
なお、酵素としては、野生型GOX(1CF3WT)、変異型GOX(1CFI489K)、arPES修飾野生型GOX(arPES-WT)、arPES修飾変異型GOX(arPES-I489K)のそれぞれを用いた。
2.上記混合インクをカーボン印刷電極上に160nLスポットし乾燥、100℃2h熱処理する。
3. センサは3電極系(WE: SPCE/酵素インク、CE: カーボン印刷、RE: Ag/AgCl)とし、0
mV vs. Ag/AgCl、25℃において、Glu0, 50, 100, 300, 600 mg/dLでアンペロメトリー測
定を行った。
【0055】
結果を図1~3に示す。
図1の野生型1CF3にPESを修飾(arPES-WT)した電極を有するセンサではグルコース濃度
に依存した電流は検出できなかったが、図2の変異型1CF3にPESを修飾(arPES-I489K)した電極を有するセンサではグルコース濃度依存的な電流を検出することができた。
図1
図2
図3
【配列表】
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