(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-06
(45)【発行日】2023-06-14
(54)【発明の名称】延性及び加工性に優れた高強度鋼板、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20230607BHJP
C22C 38/06 20060101ALI20230607BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20230607BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20230607BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/06
C22C38/60
C21D9/46 G
(21)【出願番号】P 2021535132
(86)(22)【出願日】2019-07-15
(86)【国際出願番号】 KR2019008695
(87)【国際公開番号】W WO2020130257
(87)【国際公開日】2020-06-25
【審査請求日】2021-06-17
(31)【優先権主張番号】10-2018-0163899
(32)【優先日】2018-12-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】522492576
【氏名又は名称】ポスコ カンパニー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100111235
【氏名又は名称】原 裕子
(74)【代理人】
【識別番号】100195257
【氏名又は名称】大渕 一志
(74)【代理人】
【識別番号】100134382
【氏名又は名称】加藤 澄恵
(72)【発明者】
【氏名】イ、 ジェ-フン
(72)【発明者】
【氏名】ハン、 サン-ホ
【審査官】鈴木 毅
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-209450(JP,A)
【文献】特開2010-90475(JP,A)
【文献】特開2017-53001(JP,A)
【文献】国際公開第2019/187090(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0298466(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 - 38/60
C21D 8/00 - 8/04
C21D 9/46 - 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、C:0.25%超過~0.75%、Si:4.0%以下、Mn:0.9~5.0%、Al:5.0%以下、P:0.15%以下、S:0.03%以下、N:0.03%以下、残りはFe及び不可避不純物からなり、前記Si及びAlの合計量(Si+Al)は1.0~6.0%であり、
微細組織は、
体積分率で、30~75%の焼戻しマルテンサイト、10~50%のベイナイト、10~40%の残留オーステナイト、5%以下のフェライト及び不可避組織を含み、
下記[関係式1]を満た
し、
R/t(Rは90°曲げ試験後にクラックが発生していない最小曲げ半径(mm)であり、tは鋼板の厚さ(mm)である)が0.5~3.0である
鋼板。
[関係式1]
0.55≦[Si+Al]γ/[Si+Al]av≦0.85
(但し、[Si+Al]γは、残留オーステナイト内に含まれるSi及びAlの含量(重量%)であり、[Si+Al]avは、鋼板に含まれるSi及びAlの含量(重量%)である)
【請求項2】
前記鋼板は、下記(1)乃至(9)のいずれか一つ以上をさらに含む、請求項1に記載の鋼板。
(1)Ti:0~0.5%、Nb:0~0.5%及びV:0~0.5%のうち1種以上
(2)Cr:0~3.0%及びMo:0~3.0%のうち1種以上
(3)Cu:0~4.5%及びNi:0~4.5%のうち1種以上
(4)B:0~0.005%
(5)Ca:0~0.05%、Yを除くREM:0~0.05%及びMg:0~0.05
%のうち1種以上
(6)W:0~0.5%及びZr:0~0.5%のうち1種以上
(7)Sb:0~0.5%及びSn:0~0.5%のうち1種以上
(8)Y:0~0.2%及びHf:0~0.2%のうち1種以上
(9)Co:0~1.5%
【請求項3】
前記鋼板は、引張強度と伸びとの積(TS×El)が22,000MPa%以上であ
る、請求項1に記載の鋼板。
【請求項4】
重量%で、C:0.25%超過~0.75%、Si:4.0%以下、Mn:0.9~5.0%、Al:5.0%以下、P:0.15%以下、S:0.03%以下、N:0.03%以下、残りはFe及び不可避不純物からなり、前記Si及びAlの合計量(Si+Al)は1.0~6.0%である鋼スラブを加熱し、熱間圧延する段階;
前記熱間圧延された鋼板を巻き取る段階;
前記巻き取られた鋼板を、650~850℃の温度範囲で600~1700秒の間、熱延焼鈍熱処理する段階;
前記熱延焼鈍熱処理された鋼板を冷間圧延する段階;
前記冷間圧延された鋼板をAr3以上に加熱(1次加熱)して、50秒以上保持(1次保持)する段階;
平均冷却速度1℃/s以上で、100~300℃の温度範囲まで冷却(1次冷却)する段階;
前記1次冷却された鋼板を300~500℃の温度範囲まで加熱(2次加熱)し、この温度範囲で50秒以上保持(2次保持)する段階;及び
常温まで冷却(2次冷却)する段階
を含み、
微細組織は、
体積分率で、30~75%の焼戻しマルテンサイト、10~50%のベイナイト、10~40%の残留オーステナイト、5%以下のフェライト及び不可避組織を含み、下記[関係式1]を満たす、鋼板の製造方法。
[関係式1]
0.55≦[Si+Al]γ/[Si+Al]av≦0.85
(但し、[Si+Al]γは、残留オーステナイト内に含まれるSi及びAlの含量(重量%)であり、[Si+Al]avは、鋼板に含まれるSi及びAlの含量(重量%)である)
【請求項5】
前記冷延鋼板は、下記(1)乃至(9)のいずれか一つ以上をさらに含む、請求項
4に記載の鋼板の製造方法。
(1)Ti:0~0.5%、Nb:0~0.5%及びV:0~0.5%のうち1種以上
(2)Cr:0~3.0%及びMo:0~3.0%のうち1種以上
(3)Cu:0~4.5%及びNi:0~4.5%のうち1種以上
(4)B:0~0.005%
(5)Ca:0~0.05%、Yを除くREM:0~0.05%及びMg:0~0.05%のうち1種以上
(6)W:0~0.5%及びZr:0~0.5%のうち1種以上
(7)Sb:0~0.5%及びSn:0~0.5%のうち1種以上
(8)Y:0~0.2%及びHf:0~0.2%のうち1種以上
(9)Co:0~1.5%
【請求項6】
前記鋼スラブを1000~1350℃で加熱し、前記熱間圧延は800~1000℃の温度範囲で熱間仕上げ圧延することを含む、請求項
4に記載の鋼板の製造方法。
【請求項7】
前記巻取りを300~600℃の温度範囲で行う、請求項
4に記載の鋼板の製造方法。
【請求項8】
前記冷間圧延を30~90%の圧下率で行う、請求項
4に記載の鋼板の製造方法。
【請求項9】
前記2次加熱の速度が5℃/s以上である、請求項
4に記載の鋼板の製造方法。
【請求項10】
前記2次冷却の速度が1℃/s以上である、請求項
4に記載の鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車部品などに使用可能な鋼板に関し、延性及び加工性に優れ、高い強度を有する鋼板、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
最近、自動車産業では、地球環境を保護するために素材の軽量化を図るとともに、搭乗者の安定性を確保することができる方案に注目している。このような安定性及び軽量化のニーズに応えるために、高強度鋼板の適用が急激に増加している。一般的に、鋼板の高強度化が進められるほど、延性と加工性は低下するため、自動車部材用鋼板においては、強度だけでなく、延性及び加工性に優れた鋼板が求められている。
【0003】
鋼板の延性を改善する技術として、焼戻しマルテンサイトを活用する方法が韓国公開特許公報第10-2006-0118602号及び日本公開特許公報第2009-019258号に開示されている。硬質のマルテンサイトを焼戻し(tempering)させて作製した焼戻しマルテンサイトは、軟質化されたマルテンサイトであり、既存の焼戻しされていないマルテンサイト(フレッシュマルテンサイト)との強度の差を示す。フレッシュマルテンサイトが抑制され、焼戻しマルテンサイトが形成されるようになると、延性及び加工性が増加する。
【0004】
しかし、韓国公開特許公報第10-2006-0118602号及び日本公開特許公報第2009-019258号に開示された技術では、引張強度と伸びとの積(TS×El)が22,000MPa%以上を満たすことができず、これは、強度及び延性のいずれについても優れた鋼板を確保することが難しいことを意味する。
【0005】
一方、自動車部材用鋼板としては、高強度でありながらも延性及び加工性に優れた特性をすべて得るために、残留オーステナイトの変態有機塑性を用いたTRIP(Transformation Induced Plasticity)鋼が開発されている。特許文献3及び4では、延性及び加工性に優れたTRIP鋼が開示されている。
【0006】
韓国公開特許公報第10-2014-0012167号では、多角形のフェライトと残留オーステナイト及びマルテンサイトを含んで、延性及び加工性を向上させようとしたが、ベイナイトを主相としており、高い強度を確保することができず、TS×Elについても22,000MPa%以上を満たしていないことが分かる。
【0007】
韓国公開特許公報第10-2010-0092503号では、フェライトの形成と、残留オーステナイトの微細化及び焼戻しマルテンサイトを含む複合組織を形成して延性及び加工性を向上させているが、軟質のフェライトが多量に含まれており、高い強度を確保することが困難であるという問題がある。
【0008】
今まで、高い強度を有すると同時に延性及び加工性に優れた鋼板に対する要求を満たせていないのが実情である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の一側面は、鋼板の組成及び微細組織を最適化して、優れた延性及び加工性を有する高強度鋼板、及びこれを製造する方法について提供しようとするものである。
【0010】
本発明の課題は、上述した事項に限定されない。本発明の更なる課題は、明細書の全体的な内容に記述されており、本発明が属する技術分野において通常の知識を有する者であれば、本発明の明細書に記載されている内容から、本発明の更なる課題を理解するのに何ら困難がない。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様は、重量%で、C:0.25%超過~0.75%、Si:4.0%以下、Mn:0.9~5.0%、Al:5.0%以下、P:0.15%以下、S:0.03%以下、N:0.03%以下、残りはFe及び不可避不純物、を含み、微細組織は、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト及び残留オーステナイトを含み、下記[関係式1]を満たす延性及び加工性に優れた高強度鋼板に関する。
【0012】
[関係式1]
0.55≦[Si+Al]γ/[Si+Al]av≦0.85
(但し、[Si+Al]γは、残留オーステナイト内に含まれるSi及びAlの含量(重量%)であり、[Si+Al]avは、鋼板に含まれるSi及びAlの含量(重量%)である)
【0013】
本発明のさらに他の一態様は、重量%で、C:0.25%超過~0.75%、Si:4.0%以下、Mn:0.9~5.0%、Al:5.0%以下、P:0.15%以下、S:0.03%以下、N:0.03%以下、残りはFe及び不可避不純物、を含む鋼スラブを加熱し、熱間圧延する段階;
上記熱間圧延された鋼板を巻き取る段階;
上記巻き取られた鋼板を、650~850℃の温度範囲で600~1700秒の間、熱延焼鈍熱処理する段階;
上記熱延焼鈍熱処理された鋼板を冷間圧延する段階;
上記冷間圧延された鋼板をAr3以上に加熱(1次加熱)して、50秒以上保持(1次保持)する段階;
平均冷却速度1℃/s以上で、100~300℃の温度範囲まで冷却(1次冷却)する段階;
上記1次冷却された鋼板を300~500℃の温度範囲まで加熱(2次加熱)し、この温度範囲で50秒以上保持(2次保持)する段階;及び
常温まで冷却(2次冷却)する段階
を含む、延性及び加工性に優れた高強度鋼板の製造方法に関するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によると、高強度鋼の優れた延性及び加工特性を確保して、軽量化及び安定性が同時に要求される自動車構造用鋼板を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
本発明の発明者らは、ベイナイト、焼戻しマルテンサイトを含み、残留オーステナイトを含む変態有機塑性(Transformation Induced Plasticity,TRIP)鋼において、残留オーステナイトの安定化を図り、残留オーステナイトのサイズ及び形状が強度と延性及び加工性とに影響を及ぼすことを認知した。これを究明して、高強度鋼の延性及び加工性を向上させることができる方法を考案し、本発明に至るようになった。
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。まず、本発明の鋼板の合金組成について詳細に説明する。
【0017】
本発明の鋼板は、重量%で(以下、%)、C:0.25%超過~0.75%、Si:4.0%以下、Mn:0.9~5.0%、Al:5.0%以下、P:0.15%以下、S: 0.03%以下、N:0.03%以下、残りはFe及び不可避不純物、を含む。さらに、Ti:0~0.5%、Nb:0~0.5%、V:0~0.5%、Cr:0~3.0%、Mo:0~3.0%、Cu:0~4.5%、Ni:0~4.5% 、B:0~0.005%、Ca:0~0.05%、Yを除くREM:0~0.05%、Mg:0~0.05%、W:0~0.5%、Zr:0~0.5%、Sb:0 ~0.5%、Sn:0~0.5%、Y:0~0.2%、Hf:0~0.2%及びCo:0~1.5%などが含まれてもよい。以下、各合金組成について詳細に説明する。
【0018】
・炭素(C):0.25%超過~0.75%
上記Cは、鋼板の強度を付与するために不可欠な元素であるとともに、鋼板の延性を増加させる残留オーステナイトの安定化元素である。上記Cの含量が0.25%以下であると、必要となる引張強度の確保が難しく、0.75%を超えると、冷間圧延が難しくて鋼板を製造することができない。したがって、上記Cの含量は、0.25%超過~0.75%以下であることが好ましい。上記Cの含量は、0.31~0.75%であることがより好ましい。
【0019】
・シリコン(Si):4.0%以下(0は除く)
上記Siは、固溶強化による強度向上に効果のある元素であり、フェライトを強化させ、組織を均一化させて加工性を改善する元素である。また、セメンタイト析出を抑制して残留オーステナイトの生成に寄与する元素である。上記Siが4.0%を超えると、めっき工程において未めっきのようなめっき欠陥の問題、及び鋼板の溶接性の低下が生じるため、上記Siの含量は4.0%以下であることが好ましい。
【0020】
・アルミニウム(Al):5.0%以下(0は除く)
上記Alは、鋼中の酸素と結合して脱酸作用をする元素である。また、Siと同様にセメンタイト析出を抑制させ、残留オーステナイトを安定化させる元素である。上記Alの含量が5.0%を超えると、鋼板の加工性が低下し、介在物を増加させる。したがって、上記Alの含量は5.0%以下であることが好ましい。
【0021】
一方、上記SiとAlとの合計量(Si+Al)は1.0~6.0%であることが好ましい。上記Si及びAlは、本発明において、微細組織の形成に影響を与え、延性及び曲げ加工性に影響を与える成分である。したがって、優れた延性及び曲げ加工性を有するためには、上記Si及びAlの合計量が1.0~6.0%であることが好ましい。より好ましくは、1.5~4.0%で含んでよい。
【0022】
・マンガン(Mn):0.9~5.0%
上記Mnは、強度及び延性をともに高めるために有用な元素である。0.9%以上で上記効果を得ることができるが、5.0%を超えると、鋼板の溶接性と衝撃靭性を低下させる。また、5.0%を超えてMnを含むと、ベイナイト変態時間が増加し、オーステナイト中のC濃化が十分でなく、必要となる残留オーステナイト分率を確保することができない。したがって、上記Mnの含量は0.9~5.0%であることが好ましい。
【0023】
・リン(P):0.15%以下
上記Pは、不純物として含まれ、衝撃靭性を劣化させる元素である。したがって、上記Pの含量は0.15%以下に管理することが好ましい。
【0024】
・硫黄(S):0.03%以下
上記Sは、不純物として含まれ、鋼板中にMnSを形成し、延性を劣化させる元素である。したがって、上記Sの含量は0.03%以下であることが好ましい。
【0025】
・窒素(N):0.03%以下
上記Nは、不純物として含まれ、連続鋳造中に窒化物を形成してスラブの亀裂を起こす元素である。したがって、上記Nの含量は、0.03%以下であることが好ましい。
【0026】
残り(残部)は、Feと不可避に含まれる不純物とを含む。一方、本発明の鋼板は、上述した合金成分以外に、さらに含まれてもよい合金組成が存在する。これについては、以下で詳細に説明する。
【0027】
・チタン(Ti):0~0.5%、ニオブ(Nb):0~0.5%及びバナジウム(V):0~0.5%のうち1種以上
上記Ti、Nb及びVは、析出物を形成して結晶粒を微細化させる元素である。鋼板の強度と衝撃靭性とを向上させるために上記元素を含有させてもよい。上記Ti、Nb及びVの各含量が0.5%を超えると、過度な析出物の形成により衝撃靭性を低下させるだけでなく、製造コスト上昇の原因となるため、上記Ti、Nb及びVの各含量は0.5%以下であることが好ましい。
【0028】
・クロム(Cr):0~3.0%、モリブデン(Mo):0~3.0%のうち1種以上
上記Cr及びMoは、合金化処理時にオーステナイトの分解を抑制し、Mnと同様にオーステナイトを安定化させる元素である。上記Cr及びMoの各含量が3.0%を超えると、ベイナイト変態時間が増加し、オーステナイト中のC濃化が十分でなく、必要となる残留オーステナイト分率を確保することができない。したがって、上記Cr及びMoの各含量は3.0%以下であることが好ましい。
【0029】
・銅(Cu):0~4.5%及びニッケル(Ni):0~4.5%のうち1種以上
上記Cu及びNiは、オーステナイトを安定化させ、腐食を抑制する元素である。上記Cu及びNiは鋼板表面に濃化され、鋼板内に移動する水素の侵入を防止して水素遅れ破壊を抑制する効果もある。上記Cu及びNiの各含量が4.5%を超えると、過度な特性効果だけでなく、製造コスト上昇の原因となる。したがって、上記Cu及びNiの各含量は4.5%以下であることが好ましい。
【0030】
・ボロン(B):0~0.005%
上記Bは、焼入れ性を向上させて強度を向上させ、結晶粒界の核生成を抑制する元素である。上記Bの含量が0.005%を超えると、過度な特性効果だけでなく、製造コスト上昇の原因となる。したがって、上記Bの含量は、0.005%以下であることが好ましい。
【0031】
・カルシウム(Ca):0~0.05%、マグネシウム(Mg):0~0.05%及びイットリウム(Y)を除く希土類元素(REM):0~0.05%のうち1種以上
上記REMとは、Sc、Y及びランタノイドの合計17元素を指す。上記Ca、Mg及びYを除いたREMは、硫化物を球状化させることで、鋼板の延性を向上させることができる。上記Ca、Mg及びYを除くREMの各含量が0.05%を超えると、過度な特性効果だけでなく、製造コスト上昇の原因となる。したがって、Ca、Mg及びYを除くREMの各含量は0.05%以下であることが好ましい。
【0032】
・タングステン(W):0~0.5%及びジルコニウム(Zr):0~0.5%のうち1種以上
上記W及びZrは、焼入れ性を向上させ、鋼板の強度を増加させる元素である。上記W及びZrの各含量が0.5%を超えると、過度な特性効果だけでなく、製造コスト上昇の原因となる。したがって、上記W及びZrの各含量は0.5%以下であることが好ましい。
【0033】
・アンチモン(Sb):0~0.5%及びスズ(Sn):0~0.5%のうち1種以上
上記Sb及びSnは、鋼板のめっき濡れ性及びめっき密着性を向上させる元素である。上記Sb及びSnの各含量が0.5%を超えると、鋼板の脆性が増加して熱間加工または冷間加工時に亀裂が発生する可能性がある。したがって、上記Sb及びSnの各含量は0.5%以下であることが好ましい。
【0034】
・イットリウム(Y):0~0.2%及びハフニウム(Hf):0~0.2%のうち1種以上
上記Y及びHfは、鋼板の耐食性を向上させる元素である。上記Y及びHfの各含量が0.2%を超えると、鋼板の延性が劣化する可能性がある。したがって、上記Y及びHfの各含量は0.2%以下であることが好ましい。
【0035】
・コバルト(Co):0~1.5%
上記Coは、ベイナイト変態を促進させてTRIP効果を増加させる元素である。上記Coの含量が1.5%を超えると、鋼板の溶接性及び延性が低下する可能性がある。したがって、上記Coの含量は1.5%以下であることが好ましい。
【0036】
本発明の鋼板の微細組織は、焼戻しマルテンサイト、ベイナイト及び残留オーステナイトを含む。好ましい一例として、体積分率で、30~75%の焼戻しマルテンサイト、10~50%のベイナイト、10~40%の残留オーステナイトを含み、5%以下のフェライト及びその他の不可避組織を含む。上記不可避組織とは、フレッシュマルテンサイト(Fresh Martensite)、パーライト、島状マルテンサイト(Martensite Austenite Constituent、M-A)などをいう。上記フレッシュマルテンサイトやパーライトが過度に形成されると、鋼板の延性及び加工性が低下するか、残留オーステナイトの分率を低減させる可能性がある。
【0037】
下記関係式1のように、上記残留オーステナイトに含まれているSi及びAlの含量([Si+Al]γ、重量%)を、鋼板に含まれているSi及びAlの含量([Si+Al]av、重量%)で除した値が、0.55~0.85であることが好ましい。
【0038】
[関係式1]
0.55≦[Si+Al]γ/[Si+Al]av≦0.85
【0039】
本発明の鋼板は、引張強度と伸びとの積(TS×El)が22,000MPa%以上であり、R/t(Rは90°曲げ試験の後にクラックが発生していない最小曲げ半径(mm)であり、tは鋼板の厚さ(mm)である)が0.5~3.0であって、強度と延性とのバランスに優れ、加工性に優れる。
【0040】
本発明では、高強度のみならず、優れた延性及び加工性を確保するために、鋼板の残留オーステナイトを安定化させることが重要である。残留オーステナイトを安定化させるためには、鋼板のフェライト、ベイナイト及び焼戻しマルテンサイトにおけるCとMnをオーステナイト内に濃化させる必要がある。しかし、フェライトを活用してオーステナイト内にCを濃化させると、フェライトの低い強度特性のため、鋼板の強度が不足する可能性がある。したがって、ベイナイト及び焼戻しマルテンサイトを活用して、オーステナイト内へCとMnを濃化させることが好ましい。また、残留オーステナイト中のSi及びAlの含量([Si+Al]γ)を制御すると、ベイナイト及び焼戻しマルテンサイトから残留オーステナイト内へCとMnを多量濃化させることができる。したがって、残留オーステナイト中のSiとAlを制御して、残留オーステナイトを安定化させることが可能である。そこで、本発明では、[Si+Al]γ/[Si+Al]avを0.55以上とすることで、残留オーステナイトを安定化させる。但し、[Si+Al]γ/[Si+Al]avが0.85を超えると、残留オーステナイト中においてCとMnの濃化が不十分であり、残留オーステナイトが引張変形に不安定となるため、延性及び加工性の低下を引き起こし、TS×Elが22,000MPa%未満となるか、R/tが3.0を超えるため、好ましくない。
【0041】
残留オーステナイトを含む鋼板は、加工中、オーステナイトからマルテンサイトへの変態時に発生する変態有機塑性により、優れた延性及び加工性を有する。上記鋼板の残留オーステナイトが10%未満の場合には、TS×Elが22,000MPa%未満となるか、またはR/tが3.0を超える可能性がある。一方、残留オーステナイト分率が40%を超えると、局部伸び(Local Elingation)が低下する可能性がある。したがって、強度と延性とのバランス及び加工性の両方ともに優れた鋼板を得るためには、上記残留オーステナイトの分率は10~40%であることが好ましい。
【0042】
一方、焼戻しされていないマルテンサイト(フレッシュマルテンサイト)と焼戻しマルテンサイトはいずれも、鋼板の強度を向上させる微細組織である。しかし、焼戻しマルテンサイトと比較すると、フレッシュマルテンサイトは、鋼板の延性を大きく低下させる特性がある。これは、焼戻し熱処理によって焼戻しマルテンサイトの微細組織が軟質化されるからである。したがって、本発明の強度と延性とのバランス及び加工性に優れた鋼板を提供するためには、焼戻しマルテンサイトを活用することが好ましい。上記焼戻しマルテンサイトの分率(体積分率)が30%未満では、TS×Elにおいて22,000MPa%以上を確保し難く、75%を超えると、延性及び加工性を低下させるようになり、TS×Elが22,000MPa%未満となるか、またはR/tが3.0を超えるため、好ましくない。
【0043】
鋼板の強度と延性のバランス及び加工性を向上させるためには、ベイナイトを適切に含むことが好ましい。上記ベイナイト分率(体積分率)が10%以上において、TS×Elが22,000MPa%以上及びR/tが0.5~3.0であることを実現することができる。しかし、50%超過のベイナイトは、相対的に焼戻しマルテンサイト分率を減少させ、結果的にTS×Elが22,000MPa%未満となるため、好ましくない。
【0044】
以下、本発明の鋼板を製造する方法の一例について詳細に説明する。本発明の鋼板の製造方法は、まず、前述した合金組成を有する鋼塊または鋼スラブを製造し、上記鋼塊または鋼スラブを加熱して熱間圧延した後、焼鈍、巻取り、酸洗、及び冷間圧延して冷間圧延された鋼板を準備する。
【0045】
一例として、上記鋼塊または鋼スラブを1000~1350℃の温度で加熱し、800~1000℃の温度で仕上げ熱間圧延することが好ましい。上記加熱温度が1000℃未満である場合、仕上げ熱間圧延温度範囲以下で熱間圧延される可能性がある。また、加熱温度が1350℃を超える場合には、鋼の融点に到達し、溶けてしまう恐れがある。一方、上記仕上げ熱間圧延温度が800℃未満の場合には、鋼の高い強度のため、圧延機に大きな負担を与える可能性がある。また、仕上げ熱間圧延温度が1000℃を超える場合には、熱間圧延後に鋼板の結晶粒が粗大化して上記高強度鋼板の物性を低下させる可能性がある。上記熱間圧延された鋼板の結晶粒を微細化するために、仕上げ熱間圧延後、10℃/s以上の冷却速度で冷却し、300~600℃の温度で巻き取ることが好ましい。上記巻取り温度が300℃未満では巻取りが容易でなく、600℃を超える場合には、上記熱間圧延された鋼板の表面に生成されるスケール(scale)が、上記鋼板の内部まで形成されて酸洗を困難にする恐れがある。
【0046】
上記巻取り後に、酸洗及び冷間圧延を容易にするために熱延焼鈍熱処理工程を行うことが好ましい。上記熱延焼鈍熱処理は、650~850℃の温度範囲で600~1700秒間行うことが好ましい。上記熱延焼鈍熱処理温度が650℃未満であるか、600秒未満の間行われると、上記熱延焼鈍熱処理された鋼板の強度が高く、冷間圧延が容易ではない可能性がある。一方、熱延焼鈍熱処理温度が850℃を超えるか、1700秒を超えて行われると、鋼板の内部へ深く形成されたスケール(scale)に起因して酸洗が容易ではない可能性がある。
【0047】
一方、上記巻取り後に、鋼板の表面に生成されたスケールを除去するために酸洗し、冷間圧延を行う。上記酸洗及び冷間圧延の条件を特に制限するものではなく、上記冷間圧延は累積圧下率30~90%とすることが好ましい。冷間圧延の累積圧下率が90%を超えると、上記鋼板の高い強度により冷間圧延を短時間で行うことが難しくなる恐れがある。
【0048】
冷間圧延された鋼板は、焼鈍熱処理工程を経て未めっきの冷延鋼板として作製されるか、耐食性を付与するためにめっき工程を経てめっき鋼板として作製されることができる。めっきは、溶融亜鉛めっき、電気亜鉛めっき、溶融アルミニウムめっきなどのめっき方法を適用することができ、その方法と種類は特に制限されない。
【0049】
本発明による高強度及び優れた延性と加工性を確保するために、焼鈍熱処理工程を行う。以下、その一例について詳細に説明する。
【0050】
上記冷間圧延された鋼板をAc3以上に加熱(1次加熱)し、50秒以上保持(1次保持)する。
上記1次加熱または1次保持温度がAc3未満の場合、フェライトが形成されることができ、ベイナイト、残留オーステナイト及び焼戻しマルテンサイトが十分に形成されず、上記鋼板の[Si+Al]γ/[Si+Al]av、TS×Elを低下させる可能性がある。また、1次保持時間が50秒未満の場合には、組織を十分に均一化させず、上記鋼板の物性が低下する。上記1次加熱温度の上限と1次保持時間の上限は特に限定しないが、結晶粒の粗大化による靱性の減少を抑制させるために、1次加熱温度は950℃以下とし、1次保持時間は1200秒以下とすることが好ましい。
【0051】
上記1次保持の後、平均冷却速度1℃/s以上で1次冷却停止温度100~300℃の温度範囲まで冷却(1次冷却)することが好ましい。1次冷却速度の上限は特に規定する必要はなく、100℃/s以下とすることが好ましい。上記1次冷却停止温度が100℃未満の場合には、焼戻しマルテンサイトが過度に形成され、残留オーステナイトが不足して上記鋼板の[Si+Al]γ/[Si+Al]av、TS×El及び曲げ加工性を低下させる可能性がある。一方、1次冷却停止温度が300℃を超えると、ベイナイトが過剰となり、焼戻しマルテンサイトが不足して上記鋼板のTS×Elを低下させる可能性がある。
【0052】
上記1次冷却の後、5℃/s以上の昇温速度で300~500℃の温度範囲まで加熱(2次加熱)し、この温度範囲で50秒以上保持(2次保持)することが好ましい。上記昇温速度の上限は特に規定する必要はなく、100℃/s以下とすることが好ましい。上記2次加熱または2次保持温度が300℃未満であるか、保持時間が50秒未満であると、焼戻しマルテンサイトが過剰となり、残留オーステナイト中のSi及びAlの含量の制御が不十分であり、残留オーステナイト分率を確保することが難しい。その結果、鋼板の[Si+Al]γ/[Si+Al]av、TS×El及び曲げ加工性を低下させる可能性がある。一方、上記2次加熱または保持温度が500℃を超えるか、保持時間が172,000秒を超える場合には、残留オーステナイト中のSi及びAlの含量の制御が不十分であり、残留オーステナイトの分率を確保することが難しい。その結果、上記鋼板の[Si+Al]γ/[Si+Al]av及びTS×Elを低下させる。
【0053】
上記2次保持した後、常温まで1℃/s以上の平均冷却速度で室温まで冷却(2次冷却)することが好ましい。
【発明を実施するための形態】
【0054】
以下、本発明の実施例について詳細に説明する。下記の実施例は、本発明の理解を助けるためのものであって、本発明の権利範囲を特定するためのものではないことを留意する必要がある。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲に記載された事項及びこれにより合理的に類推される事項によって決定される。
【0055】
(実施例)
下記表1による合金組成(残りはFeと不可避不純物である)を有する厚さ100mmの鋼スラブを製造して、1200℃で加熱した後、900℃で仕上げ熱間圧延を行い、30℃/sの平均冷却速度で冷却して450~550℃で巻取り、厚さ3mmの熱延鋼板を製造した。上記熱延鋼板を表2及び3の条件で熱延焼鈍熱処理した。その後、酸洗して表面スケールを除去した後、1.5mmの厚さまで冷間圧延を実施した。
【0056】
その後、上記の表2~5に開示された焼鈍熱処理条件で熱処理を行い、鋼板を製造した。
【0057】
このように製造された鋼板の微細組織を観察し、その結果を表6及び表7に示した。微細組織のうち、フェライト(F)、ベイナイト(B)、焼戻しマルテンサイト(TM)及びパーライト(P)は、研磨された試験片の断面をナイタールエッチングした後、SEMを通じて観察した。このうち、区別し難いベイナイトと焼戻しマルテンサイトは、ダイラテーション評価後に膨張曲線を用いて分率を計算した。一方、フレッシュマルテンサイト(FM)と残留オーステナイト(残留γ)も区別が容易ではないため、上記SEMで観察されたマルテンサイトと残留オーステナイトの分率からX線回折法によって計算された残留オーステナイト分率を引いた値をフレッシュマルテンサイト分率と決定した。
【0058】
一方、上記製造された鋼板の[Si+Al]γ/[Si+Al]av、TS×El、R/tを観察し、その結果を表8及び表9に示した。
【0059】
上記残留オーステナイトに含まれるSi及びAlの含量([Si+Al]γ)は、EPMA(Electron Probe Micro Analyser)を用いて、残留オーステナイト相内で測定されたSi+Alの含量を決定した。上記[Si+Al]avとは、鋼板全体の平均Si+Alの含量を意味する。
【0060】
上記TS×El及びR/tは、引張試験及びV-曲げ試験で評価した。引張試験は、圧延板材の圧延方向に対して90°方向を基準にJIS 5号の規格に基づいて採取された試験片で評価し、TS×Elを決定した。R/tは、圧延板材の圧延方向に対して90°方向を基準に試験片を採取し、90°曲げ試験後にクラックが発生していない最小曲げ半径Rを板材の厚さtで除した値で決定した。
【0061】
【0062】
【0063】
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
【0068】
【0069】
【0070】
上記表1~9に示すように、本発明で提示する条件を満たす発明例の場合には、いずれも[Si+Al]γ/[Si+Al]avの値が0.55~0.85の範囲に含まれ、TS×Elが22,000MPa%以上であり、R/tが0.5~3.0の範囲に含まれ、強度に優れながらも、優れた延性及び加工性を有することが分かる。
【0071】
しかし、No.2~5の比較例は、本発明の合金組成の範囲は重複するものの、熱間圧延後の熱延焼鈍温度及び時間が本発明で提示している範囲を外れており、酸洗不良が発生したり、冷間圧延時に破断が発生したりすることが確認できた。
【0072】
一方、No.6の比較例は、冷間圧延後の焼鈍熱処理の過程において1次加熱または保持温度が低く、フェライトが過度に形成され、ベイナイト及び焼戻しマルテンサイト分率が不足して、[Si+Al]γ/[Si+Al]avが0.85を超え、TS×Elが22,000MPa%未満であった。No.7の比較例は、1次保持時間が短く、組織が不均一となり、フェライト分率が過度に形成され、ベイナイト及び残留オーステナイト分率が不足している。その結果、[Si+Al]γ/[Si+Al]avが0.85を超え、R/tが3.0を超えている。No.8の比較例は、1次冷却速度が低く、フェライトが過度に形成され、残留オーステナイト分率が不足して、[Si+Al]γ/[Si+Al]avが0.85を超え、TS×Elが22,000MPa%未満であった。
【0073】
また、No.13の比較例は、1次冷却停止温度が低く、焼戻しマルテンサイトが過度に形成され、残留オーステナイト分率が不足して、[Si+Al]γ/[Si+Al]avが0.85を超え、TS×Elが22,000MPa%未満であり、R/tが3.0を超えている。No.14の比較例は、1次冷却停止温度が本発明で提示したものよりも高く、ベイナイトが過度に形成され、焼戻しマルテンサイトの形成が不足している。その結果、TS×Elが22,000MPa%未満であった。
【0074】
No.15及び16の比較例は、2次加熱または保持温度が低いか、又は高い場合であって、残留オーステナイトが適正範囲に形成されず、[Si+Al]γ/[Si+Al]avが0.85を超え、TS×Elが22,000MPa%未満となることが分かる。特に、No.15の場合には、焼戻しマルテンサイトも過度に形成され、R/tが3.0を超えている。
【0075】
No.17及び18の比較例は、2次保持時間が不足しているか、又は過度な場合であって、No.17の比較例は、焼戻しマルテンサイトが過度に形成され、残留オーステナイトが不足して、[Si+Al]γ/[Si+Al]avが0.85を超え、TS×Elが22,000MPa%未満となり、R/tが3.0を超えている。No.18の場合には、残留オーステナイトが不足して、[Si+Al]γ/[Si+Al]avが0.85を超え、TS×Elが22,000MPa%未満となることが分かる。
【0076】
No.41~49の比較例は、本発明で提示する製造条件は満たしているものの、合金組成の範囲から外れている場合である。これらの場合には、本発明の[Si+Al]γ/[Si+Al]av、TS×El、R/tの条件をいずれも満たしていないことが確認できる。一方、No.43の比較例は、本発明の合金組成において、SiとAlの合計量(Al+Si)が1.0%未満である場合であって、[Si+Al]γ/[Si+Al]av、TS×El、R/tの条件をいずれも満たしていないことが確認できる。