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特許7291327ペプチド誘導体及びそれを含む医薬組成物
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-07
(45)【発行日】2023-06-15
(54)【発明の名称】ペプチド誘導体及びそれを含む医薬組成物
(51)【国際特許分類】
   C07K 7/08 20060101AFI20230608BHJP
   A61K 38/10 20060101ALI20230608BHJP
   A61P 13/08 20060101ALI20230608BHJP
   A61P 15/08 20060101ALI20230608BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230608BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20230608BHJP
【FI】
C07K7/08 ZNA
A61K38/10
A61P13/08
A61P15/08
A61P35/00
A61P43/00 111
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2019530565
(86)(22)【出願日】2018-07-18
(86)【国際出願番号】 JP2018026904
(87)【国際公開番号】W WO2019017384
(87)【国際公開日】2019-01-24
【審査請求日】2021-07-15
(31)【優先権主張番号】P 2017140101
(32)【優先日】2017-07-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304020292
【氏名又は名称】国立大学法人徳島大学
(73)【特許権者】
【識別番号】502240113
【氏名又は名称】オンコセラピー・サイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102118
【弁理士】
【氏名又は名称】春名 雅夫
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【弁理士】
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【弁理士】
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【弁理士】
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【弁理士】
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【弁理士】
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】片桐 豊雅
(72)【発明者】
【氏名】吉丸 哲郎
(72)【発明者】
【氏名】宮本 貴史
(72)【発明者】
【氏名】岡本 康秀
【審査官】山▲崎▼ 真奈
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-523241(JP,A)
【文献】国際公開第2013/018690(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/126461(WO,A1)
【文献】YOSHIMARU, Tetsuro, et al.,Stapled BIG3 helical peptide ERAP potentates anti-tumour activity for breast cancer therapeutics,Scientific Reports,2017年05月12日,Vol. 7,No. 1821, ISSN 2045-2322,特にAbstract、第2頁第1-2段落、Figure 1-3
【文献】WALENSKY, Loren D. and BIRD, Gregory H.,Hydrocarbon-Stapled Peptides: Principles, Practice, and Progress,Journal of Medicinal Chemistry,2014年,Vol. 57,pp. 6275-6288, ISSN 0022-2623,特にFigure 7、第6282頁右欄第2段落-第6283頁左欄第1段落
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号:5記載のアミノ酸配列において、対のアミノ酸残基が、同数のステープリング構造で置き換えられたアミノ酸配列を含むペプチド、またはその塩であって、前記2対のアミノ酸残基が、以下の(a)および(b)アミノ酸残基である、ペプチド、またはその塩:
(a)配列番号:5に記載のアミノ酸配列のN末端から3番目および7番目のアミノ酸残基;および
(b)配列番号:5に記載のアミノ酸配列のN末端から10番目および14番目のアミノ酸残基
【請求項2】
ステープリング構造が下記式(I)で表される、請求項1に記載のペプチド、
【化1】
(式中、実線と点線の二重線は単結合または二重結合を示す。)
またはその塩。
【請求項3】
ステープリング構造が下記式(II)で表される、請求項に記載のペプチド、
【化2】
(式中、実線と点線の二重線は単結合または二重結合であり;
、A、A、AおよびAの組み合わせは=QM、A=SDL、A=LQ、A=RQR、A=OHである:
ここ「OH」は、上記ステープリング構造の一端がペプチド誘導体のC末端を構成することを示す)
またはその塩。
【請求項4】
N末端およびC末端のアミノ酸残基のいずれかまたは両方が修飾されている、請求項1~のいずれか一項に記載のペプチド、またはその塩。
【請求項5】
N末端およびC末端のアミノ酸残基のいずれかまたは両方が、アセチル化、アミド化およびタグペプチド付加のいずれかまたはこれらの組み合わせにより修飾されている、請求項に記載のペプチド、またはその塩。
【請求項6】
N末端のアミノ酸残基がアセチル化されており、かつC末端のアミノ酸残基がアミド化されている、請求項に記載のペプチド、またはその塩。
【請求項7】
全てのアミノ酸残基がD型のアミノ酸残基に置き換えられた、請求項1~のいずれか一項に記載のペプチド、またはその塩。
【請求項8】
請求項1~のいずれか一項に記載のペプチドのレトロインバース体であるペプチド、またはその塩。
【請求項9】
請求項1~のいずれか一項に記載のペプチド、またはその塩と、薬学的に許容される担体とを含む、医薬組成物。
【請求項10】
がん治療用である、請求項に記載の医薬組成物。
【請求項11】
がんが乳がんまたは前立腺がんである、請求項10に記載の医薬組成物。
【請求項12】
がんがエストロゲン受容体陽性のがんである、請求項10または11に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、がん治療に有用なペプチド誘導体及びそれを含む医薬組成物に関する。
本出願は、2017年7月19日に出願された特願2017-140101の恩典を主張し、その全内容が参照によって本明細書に組み入れられる。
【背景技術】
【0002】
エストロゲン受容体α(Estrogen-receptor:ERα)は、乳がんの発生と進行に中心的な役割を果たす。近年の乳がんに対する内分泌療法は、選択的ERαモジュレーター(例えば、タモキシフェン及びラロキシフェン)、ERαダウンレギュレーター(例えば、フルベストラント)、およびアロマターゼ阻害剤(aromatase inhibitor:AI)を使用するものであり、ERαシグナリングを主に標的としている(非特許文献1~3)。これらの治療法のうち、ERαへの競合的結合を介して乳がん細胞の増殖を阻害するタモキシフェンを用いる方法は、ERα陽性乳がん患者に対する標準療法である。しかしながら、タモキシフェン療法は、しばしば有効でない場合があり、患者は内分泌療法耐性腫瘍を再発して死亡することもある(非特許文献4、5)。また、エストロゲン合成をブロックするAIは、タモキシフェンと比較して、良好な有効性、無再発生存期間の有意な延長、および閉経女性における再発期間の延長のような実質的な臨床効果をもたらすが、AI療法を受けた一部の患者は再発する(非特許文献6、7)。これらの内分泌療法の有効性に影響を与える正確な分子事象は、未だ解明されていない。
【0003】
がん特異的タンパク質であるブレフェルジンA阻害グアニンヌクレオチド交換タンパク質3(brefeldin A-inhibited guanine nucleotide-exchange protein 3:BIG3)と腫瘍サプレッサーであるプロヒビチン2(prohibitin 2:PHB2)との複合体は、ERα陽性乳がんにおけるエストロゲンシグナル調節において中心的な役割を果たす(非特許文献8、9)。BIG3は、PHB2と結合してエストロゲン依存性転写活性化を抑制するPHB2の能力を阻害し、恒常的なERα活性をもたらす。
これらの知見に基づき、BIG3-PHB2相互作用の阻害によりBIG3との複合体からPHB2を遊離させ、PHB2の腫瘍抑制活性を発揮させるという戦略は、乳がんの新規療法となりうる。この戦略に基づき、本発明者らは、以前、BIG3-PHB2相互作用を特異的に阻害するBIG3のドミナントネガティブペプチドを開発した(特許文献1)。このペプチドは、PHB2の腫瘍抑制活性を再活性化することにより、乳がん増殖をもたらすERαシグナルパスウェイを阻害し、乳がん増殖を抑制することが確認されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】WO2013/018690
【非特許文献】
【0005】
【文献】Johnston, S. R., Clin. Cancer Res. 16, 1979-1987 (2010).
【文献】Fisher, B. et al., J. Natl. Cancer Inst. 97, 1652-1662 (2005).
【文献】Jordan, V. C., Nature Rev. Drug Discov. 2, 205-213 (2003).
【文献】Clarke, R. et al., Pharmacol. Rev. 53, 25-71 (2001).
【文献】Fisher, B. et al., J. Natl. Cancer Inst. 93, 684-690 (2001).
【文献】Chlebowski, R. et al., Breast 2, S1-11 (2009).
【文献】Chumsri, S. et al., J. Steroid Biochem. Mol. Biol. 125, 13-22 (2011).
【文献】Kim, J. W. et al., Cancer Sci. 100, 1468-1478 (2009).
【文献】Yoshimaru, T. et al., Nat. Commun. 4, 2443 (2013).
【文献】Yoshimaru, T. et al., Sci Rep. 7(1), 1821 (2017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
さきに述べたとおり、BIG3のドミナントネガティブペプチドによる、乳がん細胞の増殖抑制作用が明らかにされている。しかし、公知のドミナントネガティブペプチドは、安定性が高いとはいえず、BIG3-PHB2相互作用に対する阻害効果の持続期間はそれほど長くなかった。そこで、本発明者らは上記ドミナントネガティブペプチドの分子内にステープリング構造(stapling structure;架橋構造)を導入することにより、BIG3-PHB2相互作用に対する阻害効果の持続時間が改善されることを見出した(PCT/JP2017/001187、Yoshimaru, T. et al., Sci Rep. 7(1), 1821 (2017))。ステープリング構造が導入されたペプチド(ステープルドペプチド;stERAP No.12等)は、より安定した乳がん増殖抑制効果を示すことが確認された。
上記ステープルドペプチドは、BIG3-PHB2相互作用に対する阻害効果の持続期間を延長させた。しかし、臨床応用のためには、その阻害効果がより長い期間持続することが望まれる。
【0007】
そのため、本発明は、BIG3-PHB2相互作用に対する阻害効果の持続期間がより長いペプチドを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
以前、本発明者らは、上記ドミナントネガティブペプチドの分子内にステープリング構造(stapling structure)を導入することにより、BIG3-PHB2相互作用に対する阻害効果の持続時間が改善されることを見出したが、さらに分子内架橋を増やすことで安定性が亢進されることを見出し、本発明を完成した。すなわち本発明は、以下のペプチド、ならびにその用途を提供する:
【0009】
[1]配列番号:4または配列番号:5に記載のアミノ酸配列において、少なくとも2対のアミノ酸残基が、同数のステープリング構造で置き換えられたアミノ酸配列を含むペプチド、またはその塩;
[2]2対のアミノ酸残基が、2個のステープリング構造で置き換えられた[1]に記載のペプチド、またはその塩;
[3]2対のアミノ酸残基が、以下の(a)および(b)である、[1]または[2]に記載のペプチド、またはその塩:
(a)配列番号:4に記載のアミノ酸配列のN末端から3番目および7番目のアミノ酸残基;
(b)配列番号:4に記載のアミノ酸配列のN末端から8番目および12番目のアミノ酸残基;
[4]2対のアミノ酸残基が、以下の(c)および(d)である、[1]または[2]に記載のペプチド、またはその塩:
(c)配列番号:5に記載のアミノ酸配列のN末端から3番目および7番目のアミノ酸残基;
(d)配列番号:5に記載のアミノ酸配列のN末端から10番目および14番目のアミノ酸残基;
[5]ステープリング構造が下記式(I)で表される、[1]~[4]のいずれか一項に記載のペプチド、
【化1】
(式中、実線と点線の二重線は単結合または二重結合を示す。)
またはその塩;
[6]ステープリング構造が下記式(II)で表される、[5]に記載のペプチド、
【化2】
(式中、実線と点線の二重線は単結合または二重結合であり;
A1、A2、A3、A4およびA5の組み合わせは以下から選択される:
A1=QM、A2=SDL、A3=-、A4=QLR、A5=R
A1=QM、A2=SDL、A3=LQ、A4=RQR、A5=OH
ここで「-」はアミノ酸残基が無くペプチド結合(すなわち2個のステープリング構造は連結)であることを示し;
また「OH」は、上記ステープリング構造の一端がペプチド誘導体のC末端を構成することを示す)
またはその塩;
[7]N末端およびC末端のアミノ酸残基のいずれかまたは両方が修飾されている、[1]~[6]のいずれか一項に記載のペプチド、またはその塩;
[8]N末端およびC末端のアミノ酸残基のいずれかまたは両方が、アセチル化、アミド化およびHAタグ付加のいずれかまたはこれらの組み合わせにより修飾されている、[7]に記載のペプチド、またはその塩;
[9]N末端のアミノ酸残基がアセチル化されており、かつC末端のアミノ酸残基がアミド化されている、[8]に記載のペプチド、またはその塩;
[10]全てのアミノ酸残基がD型のアミノ酸残基に置き換えられた、[1]~[9]のいずれか一項に記載のペプチド、またはその塩;
[11][1]~[9]のいずれか一項に記載のペプチドのレトロインバース体であるペプチド、またはその塩;
[12][1]~[11]のいずれか一項に記載のペプチド、またはその塩と、薬学的に許容される担体とを含む、医薬組成物;
[13]がん治療用である、[12]に記載の医薬組成物;
[14]がんが乳がんまたは前立腺がんである、[13]に記載の医薬組成物;ならびに
[15]がんがエストロゲン受容体陽性のがんである、[13]または[14]に記載の医薬組成物。
【0010】
あるいは本発明は、前記[1]~[11]のいずれかに記載のペプチド、またはその塩を、治療を必要とする対象に投与する工程を含む、がんの治療方法を提供する。また本発明は、前記[1]~[11]のいずれかに記載のペプチド、またその塩の、がんの治療用医薬組成物の製造における使用に関する。更に本発明は、前記[1]~[11]のいずれかに記載のペプチド、またはその塩の、がんの治療における使用に関する。そして本発明は、前記[1]~[11]のいずれかに記載のペプチド、またはその塩を、担体と混合あるいは配合する工程を含む、がんの治療用医薬組成物の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、BIG3-PHB2相互作用に対する阻害効果の持続期間がより長いペプチドが提供される。本発明のペプチドを含む医薬組成物は、がんの治療に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1はダブルステープルドERAP(No.45とNo.46)の模式図を示す。
図2図2はダブルステープルドERAPが長期安定的にエストロゲン依存性のヒト乳がん細胞株の増殖を抑制することを示す。(図2A,B)ヒト乳がん細胞株MCF-7細胞をダブルステープルドERAP No.45(A)またはダブルステープルドERAP No.46(B)で処理し、その後直ちに10nMエストロゲンで刺激し、24時間ごとに96時間までMTTアッセイで阻害効果を評価した。データは3回の独立した実験の平均値±標準偏差を表す。(C)シングルステープルドERAP(黒丸●)、ダブルステープルドERAP No.45(黒三角▲)またはダブルステープルドERAP No.46(黒四角■)のペプチド濃度(0.01、0.05、0.1、0.5、1、5、10μM)と増殖抑制率のシグモイド曲線を表す。
図3図3はダブルステープルドERAPのキモトリプシン耐性を示す。ダブルステープルドERAPとキモトリプシンを37℃で24時間反応させたときのダブルステープルドERAP No.45(A)とダブルステープルドERAP No.46(B)のクロマトグラムを示す。実験は、ダブルステープルドERAPとキモトリプシン反応液を、高速液体クロマトグラフィー(逆相カラム、流速0.3mL/min、グラジエント溶出;A液:0.1%トリフルオロ酢酸、B液:0.1%トリフルオロ酢酸/アセトニトリル、A/B=90/10(0-20min)-40/60(20-80min))に供してUV210nmで検出した。
図4図4は乳腺上皮細胞MCF-10A細胞の増殖においてはダブルステープルドERAP No.46の効果がないことを示したMTTアッセイの結果を示す。MCF-10A細胞を図に示した濃度のダブルステープルドERAPで96時間まで処理し、24時間ごとに細胞増殖を評価した。
図5図5はダブルステープルドERAP No.46がBIG3とPHB2との相互作用を阻害することを示す。(A, B)MCF-7細胞においてBIG3-PHB2相互作用に及ぼすダブルステープルドERAP No.46の阻害効果をウェスタンブロットにより評価した。MCF-7細胞をダブルステープルドERAP No.46およびシングルステープルドERAPの1μMと10μMで処理し、その後直ちに10nMエストロゲンで24時間(A)および96時間(B)刺激した。その後、細胞を溶解し、抗BIG3抗体を用いて免疫沈降し、図に示した抗体を用いたイムノブロット解析を行った。結合阻害率は非処理細胞でのPHB2のバンド面積を100としたときの比率で表した。
図6図6-8は、ステープルドERAP合成のスキーム図である。図6は、ステープルドERAP合成のために使用したアミノ酸誘導体の合成スキームを示す。(i)~(vi)は各反応における試薬およびアミノ酸合成の条件を示す:(i)2,4-ジメトキシベンズアルデヒド、AcOH、MgSO4、CH2Cl2;(ii)NaBH4、MeOH、CH2Cl2、収率87%(2段階);(iii)化合物2、EDC・HCl、DIPEA、CH2Cl2、収率76%;(iv)LiOH・H2O、THF、MeOH、H2O、収率92%;(v)TBSOTf、2,6-ルチジン、CH2Cl2、;(vi)Fmoc-OSu、Na2CO3、THF、H2O、収率90%(2段階)。
図7図7は、閉環オレフィンメタセシスによるERAPのステープリング合成のスキームを示す。
図8図8は、分子内アミド化を介したERAPのステープリング合成のスキームを示す。
図9図9は、ESR1変異体の乳がん細胞株がエストロゲン非依存的にPI3Kと結合することを示す。(A)ESR1野生型の乳がん細胞株ではエストロゲン存在下でERαとPI3Kは結合するイムノブロットを示す。FLAGタグ化ESR1(WT)をトランスフェクションしたMCF-7細胞の溶解物を抗FLAG抗体により免疫沈降し、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。(B)ESR1変異体Y537SをトランスフェクションしたMCF-7細胞を10μM stERAPで処理したときのPI3K、PKCαおよびPHB2のリン酸化のイムノブロットを示す。MCF-7細胞にFLAGタグ化ESR1変異体(Y537S)をトランスフェクションしたあと、10μM stERAPを経時的に処理した細胞溶解物を抗ERα抗体で免疫沈降し、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。
図10-1】図10は、ESR1変異体の乳がん細胞株がエストロゲン非依存的に高いPKCα活性を有していることを示す。(A)ESR1変異体をトランスフェクションした乳がん細胞株のPKCα活性を示す。各ESR1変異体をトランスフェクションしたHEK293T細胞およびMCF-7細胞にPKCα阻害剤staurosporineを24時間処理したあと、抗PKCα抗体で免疫沈降して、Ser39を含むPHB2ペプチド(YGVRESVFTVE(配列番号:17))を基質としてPKCα活性を測定した。また、PKCαの免疫沈降物を図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。データは3回の独立した実験の平均値±標準誤差を表す。*** P < 0.001。
図10-2】(B)ESR1変異体をトランスフェクションした乳がん細胞株のPKCα活性はPI3K依存的であることを示す。各ESR1変異体をトランスフェクションしたMCF-7細胞にPI3K阻害剤wortmanninを100nMで24時間処理したあと、抗PKCα抗体で免疫沈降して、Ser39を含むPHB2ペプチドに対するPKCα活性を測定した。データは3回の独立した実験の平均値±標準誤差を表す。NS,統計的有意性なし、*** P < 0.001。(C)ESR1変異体をトランスフェクションしたMCF-7細胞のリン酸化PKCαがPI3K依存的であるイムノブロットを示す。各ESR1変異体をトランスフェクションしたMCF-7細胞にstERAPおよびwortmanninを24時間処理したあと、抗PKCα抗体で免疫沈降して、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。
図11-1】図11は、ESR1変異体をトランスフェクションしたMCF-7細胞の増殖に対するstERAPと抗エストロゲン剤の併用的な抑制効果を示す。各ESR1変異体をトランスフェクションしたMCF-7細胞に10μM stERAPと抗エストロゲン剤である1μM タモキシフェン(TAM)と2μM フルベストラント(Fluv)、およびmTOR阻害剤である0.5μM エベロリムス(Ever)を96時間反応させたときの細胞増殖を評価した。データは3回の独立した実験の平均値±標準誤差を表す。* P < 0.05、** P < 0.01、*** P < 0.001。
図11-2】図11-1の続きを示す図である。
図12図12は、ESR1変異体をトランスフェクションしたMCF-7細胞のエストロゲン共存下での増殖に対するstERAPの抑制効果を示す。各ESR1変異体をトランスフェクションしたMCF-7細胞を各エストロゲン濃度(0.1,1,10nM)の共存下で10μM stERAPを24時間反応させたときの細胞増殖を評価した。データは3回の独立した実験の平均値±標準誤差を表す。* P < 0.05、** P < 0.01、*** P < 0.001。
図13図13は、ESR1変異体をトランスフェクションしたMCF-7細胞のERα転写活性に対するエストロゲン共存下でのstERAPの抑制効果を示す。各ESR1変異体をトランスフェクションしたMCF-7細胞を各エストロゲン濃度(0.1,1,10nM)の共存下で10μM stERAPを24時間反応させ、ERE-ルシフェラーゼ活性(ERα転写活性)を測定した。データは3回の独立した実験の平均値±標準誤差を表す。
図14図14は、ESR1のY537SをノックインしたMCF-7細胞を図中(横軸)の各濃度のstERAP単独および10nM エストロゲン存在下で24時間反応させたときの細胞増殖を評価した。データは3回の独立した実験の平均値±標準誤差を表す。
図15図15は、HER2陽性乳がん細胞株でのBIG3はAKAPとして機能することを示す。(A)HER2陽性乳がん細胞株でのBIG3の発現を示す。Luminalタイプ乳がん細胞株(MCF-7細胞)、HER2陽性乳がん細胞株(BT-474細胞、SK-BR-3細胞、KPL-4細胞)および正常乳腺細胞株(MCF-10A細胞)のBIG3のmRNAレベルをリアルタイムPCRにより求めた。データはβ2-MG含量で標準化して、MCF-10A細胞における値を1.0としたときの比率で表し、3回の独立した実験の平均値±標準誤差を表す。(B)BIG3とPKA、PP1CαならびにPHB2が結合したイムノブロットを示す。SK-BR-3細胞およびKPL-4細胞を溶解し、抗BIG3抗体およびラットIgG抗体を用いて細胞溶解物を免疫沈降し、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。データは3回の独立した実験の代表例である。(C)BIG3のキナーゼ活性とホスファターゼ活性を示す。SK-BR-3細胞を10μM H-89、100μg/mL トラスツズマブおよび10nM ラパチニブで24時間処理した細胞溶解物を抗BIG3抗体で免疫沈降し、そのPKA活性とPP1Cα活性をCREBtideおよびp-NPBを基質として算出した。また、ネガティブ・コントロールとして、SK-BR-3細胞の溶解物をラット抗IgG抗体で免疫沈降したものを用いた。データは3回の独立した実験の平均値±SEを表す。***P < 0.001。
図16図16は、HER2陽性乳がん細胞株でのBIG3の活性化機構を示す。BIG3はHER2シグナルを介したPKAによりリン酸化されるイムノブロットを示す。SK-BR-3細胞およびKPL-4細胞を10μM H-89、100μg/mL トラスツズマブおよび10nM ラパチニブで30分間処理した細胞溶解物を抗BIG3抗体で免疫沈降し、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。
図17図17は、HER2陽性乳がん細胞株でのBIG3がPHB2の抑制活性を制御することを示す。(A)BIG3がPHB2と結合して、そのリン酸化を制御しているイムノブロットを示す。SK-BR-3細胞およびKPL-4細胞を1μM stERAPで24時間処理した細胞溶解物を抗BIG3抗体および抗PHB2抗体で免疫沈降し、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。(B)PHB2はEGFRシグナルを介してSer39がリン酸化されるイムノブロットを示す。siRNA法によりPKAの発現を抑制したあと1μM stERAPを24時間処理したSK-BR-3細胞、ならびに1μM stERAP存在下で100μg/mLトラスツズマブおよび10nM ラパチニブで24時間処理したSK-BR-3細胞をそれぞれ溶解し、抗PHB2抗体で免疫沈降して、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。
図18図18は、PKCα依存性PHB2(Ser39)のリン酸化を示す。(A)HER2陽性乳がん細胞株ではPKCα依存的にPHB2(Ser39)がリン酸化されるイムノブロットを示す。siRNA法によりPKCαの発現を抑制したSK-BR-3細胞を1μM stERAPで24時間処理したあと、その細胞溶解液を抗PHB2抗体で免疫沈降して、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。(B)SK-BR-3細胞のEGFRシグナルによるPKCα活性を示す。SK-BR-3細胞を1μM stERAPおよびstERAP存在下で10nM ラパチニブで24時間処理した細胞溶解物を抗PKCα抗体で免疫沈降し、CREBtideを基質としてPKCα活性を算出した。データは3回の独立した実験の平均値±標準誤差を表す。
図19図19は、リン酸化PHB2(Ser39)は核内の転写活性を抑制することを示す。(A)転写抑制因子NcoRとHDAC1がPHB2(ser39)のリン酸化に結合するイムノブロットを示す。siRNA法によりPHB2の発現を抑制したSK-BR-3細胞に、HAタグ化したPHB2コンストラクト(WT)、Ser39のアラニン変異体(S39A)、Ser39のグルタミン酸変異体(S39E)をトランスフェクションし、48時間後に1μM stERAPで24時間処理した。比重遠心により核画分を単離したあと、その核抽出液を抗HA抗体で免疫沈降し、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。(B)PHB2(Ser39)のリン酸化はHER2シグナルを抑制できないイムノブロットを示す。SK-BR-3細胞を1μM stERAP存在下で100μg/mL トラスツズマブおよび10nM ラパチニブで24時間処理した細胞溶解物を抗HER2抗体で免疫沈降して、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。
図20図20は、PHB2のスレオニン・リン酸化とその活性化機構を示す。(A)HER2陽性乳がん細胞株ではPKCα非依存的にPHB2のスレオニン・リン酸化が誘導されるイムノブロットを示す。siRNA法によりPKCαの発現を抑制したSK-BR-3細胞を1μM stERAPおよび100μg/mL トラスツズマブで24時間処理したあと、その細胞溶解物を抗PHB2抗体で免疫沈降し、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。(B)TTKおよびMK5によってPHB2がスレオニン・リン酸化されるイムノブロットを示す。siRNA法によりTTK、CHK1、およびMK5の発現を抑制したSK-BR-3細胞を、1μM stERAPで24時間処理したあと、その細胞を溶解して図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。
図21図21は、TTKおよびMK5によるPHB2のスレオニン・リン酸化がHER2シグナルに及ぼす影響を示す。(A, B)TTKおよびMK5によるPHB2のスレオニン・リン酸化がHER2-HER3とHER2-Shcの結合を阻害するイムノブロットを示す。siRNA法によりTTK、MK5、およびCHK1の発現を抑制したSK-BR-3細胞(A)およびKPL-4細胞(B)を、1μM stERAPで24時間処理したあと、その細胞を溶解して抗HER2抗体で免疫沈降して、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。(C)TTK阻害剤によってPHB2によるHER2-HER3とHER2-Shcの結合阻害を回避するイムノブロットを示す。SK-BR-3細胞を2μM AZ3146および1μM stERAPで24時間処理したあと、その細胞溶解液を抗HER2抗体で免疫沈降して、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。
図22図22は、PHB2のスレオニン・リン酸化部位の同定を示す。(A)PHB2のスレオニン・リン酸化部位がThr42とThr169であることを評価したイムノブロットを示す。siRNA法によりPHB2の発現を抑制したSK-BR-3細胞に、HAタグ化したPHB2コンストラクト、Thr42のアラニン変異体(T42A)、Thr169のアラニン変異体(T169A)、Thr42とThr169のダブル・アラニン変異体(T42A+T169A)をトランスフェクションし、48時間後に1μM stERAPで24時間処理した。その後、細胞を溶解し、抗HA抗体で免疫沈降し、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。(B)PHB2のThr42とThr169のリン酸化がHER2-HER3とHER2-Shcの結合を阻害するイムノブロットを示す。siRNA法によりPHB2の発現を抑制したSK-BR-3細胞に、HAタグ化したPHB2コンストラクト、Thr42のアラニン変異体(T42A)、Thr169のアラニン変異体(T169A)、Thr42とThr169のダブル・アラニン変異体(T42A+T169A)をトランスフェクションし、48時間後に1μM stERAPで24時間処理した。その後、細胞を溶解し、抗HER2抗体および抗BIG3抗体で免疫沈降し、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。
図23図23は、TTKおよびMK5によるPHB2のスレオニン・リン酸化を示す。(A)PHB2とTTKが結合するイムノブロットを示す。SK-BR-3細胞を1μM stERAPで24時間処理したあと、その細胞を溶解し、抗PHB2抗体、抗TTK抗体、およびウサギIgG抗体で免疫沈降し、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。(B, C)TTKおよびMK5によるPHB2のスレオニン・リン酸化を評価するPhos-tagを用いたイムノブロットを示す。リコンビナントPHB2とリコンビナントTTK(B)およびリコンビナントMK5(C)をPHB2とのモル比を変化させて、ATP存在下で30℃、30分間反応させたあと、図中に示す抗体を用いてPhos-tagによるイムノブロット解析を行った。
図24図24は、HER2陽性乳がん細胞株の増殖に及ぼすstERAPの抑制効果を示す。HER2陽性乳がん細胞株の増殖におけるstERAPの阻害効果を評価したMTTアッセイの結果を示す。SK-BR-3細胞、BT-474細胞、KPL-4細胞をstERAPで24時間反応させた。データは3回の独立した実験の平均値±SEを表す。* P < 0.05、**P < 0.01、***P < 0.001。
図25図25は、stERAPがHER2-HER3ならびにHER2-Shcの相互作用を阻害することを示す。stERAPがHER2陽性乳がん細胞株のHER2-HER3およびHER2-Shcの相互作用を阻害するイムノブロットを示す。HER2陽性乳がん細胞株(SK-BR-3細胞、BT-474細胞、KPL-4細胞)を各濃度のstERAPおよび100μg/mL トラスツズマブで24時間処理したあと、その細胞溶解物を抗HER2抗体で免疫沈降し、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。
図26図26は、トラスツズマブ耐性HER2陽性乳がん細胞株に対するstERAPの抑制効果を示す。(A)トラスツズマブ耐性HER2陽性乳がん細胞株の増殖におけるstERAPの阻害効果を評価したMTTアッセイの結果を示す。トラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞をstERAPおよびトラスツズマブで24時間反応させた。データは3回の独立した実験の平均値±SEを表す。* P < 0.05、**P < 0.01、***P < 0.001。(B)stERAPがトラスツズマブ耐性HER2陽性乳がん細胞株のHER2-HER3およびHER2-Shcの相互作用を阻害するイムノブロットを示す。SK-BR-3細胞およびトラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞を20μM stERAPおよび100μg/mL トラスツズマブで24時間処理したあと、その細胞溶解物を抗HER2抗体で免疫沈降し、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。
図27図27は、トラスツズマブ耐性HER2陽性乳がん細胞株のNF-κBシグナルに及ぼすstERAPの影響を示す。stERAPがトラスツズマブ耐性HER2陽性乳がん細胞株のNF-κBの核移行とIκBαのリン酸化を抑制するイムノブロットを示す。SK-BR-3細胞およびトラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞を20μM stERAPおよび100μg/mL トラスツズマブで24時間処理したあと、その細胞を溶解し、図中に示す抗体を用いてイムノブロット解析した。
図28図28は、トラスツズマブ耐性HER2陽性乳がん細胞株の細胞周期に及ぼすstERAPの影響を示す。細胞周期におけるstERAPの効果を示したFACS解析を示す。トラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞を20μM stERAPおよび100μg/mL トラスツズマブで24時間処理したあと、細胞を固定化し、ヨウ化プロピジウムで細胞を染色してフローサイトメトリーにより解析した。
図29図29は、トラスツズマブ耐性HER2陽性乳がん細胞におけるstERAPのin vivo抗腫瘍効果を示す。KPL-4細胞およびトラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞の同所性移植マウスモデルでの腫瘍増殖に対するstERAPの阻害効果を示す。左図は150μg/kgのstERAPを7日毎に投与した群の腫瘍径変動であり、右図はマウスの体重変動を示す。グラフ中の各シンボルはそれぞれ以下を示す;黒丸:未処理、白丸:150μg/kg stERAP。腫瘍径および体重のデータは、各群の平均±標準誤差を示す(n=5、***P < 0.001)。
図30図30は、3種類の乳がん細胞株(SK-BR-3、BT-20、MDA-MB-231)および滑膜肉腫細胞株SW982に対して、3種類のstERAP(シングルstERAP、ダブルstERAP#45、ダブルstERAP#46)が与える細胞増殖への影響を調べた結果を示す。シングルstERAPとダブルstERAP#46は、20μMから3倍系列希釈で計11点濃度のペプチドを添加した。ダブルstERAP#45は、50μMから2倍系列希釈で計8点濃度のペプチドを添加した。ペプチド添加96時間後に生細胞数を測定し、ペプチド未添加の陰性対照細胞を基準に相対値を算出しグラフにした。SW982細胞株に対するダブルstERAP#45の実験は実施しなかった。
図31-1】図31は、SK-BR-3細胞(図31A)とMDA-MB-231細胞(図31B)に対して、2種類のstERAP(シングルstERAP、ダブルstERAP#46)が与える細胞周期への影響を調べた結果を示す。各ペプチドを5μM濃度で添加し、96時間後に細胞をPropidium Iodide(PI)で染色し、フローサイトメーターにより各細胞の蛍光強度を測定しヒストグラムを作成した。グラフ内に各細周期(SubG1期、G1期、S期、G2/M期、>2N細胞)の細胞数の比率を示した。
図31-2】図31-1の続きを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の態様を実施または試験するにあたって、本明細書に記載の方法および材料と類似のまたは同等の任意の方法および材料を用いることができるが、好ましい方法、装置、および材料をここに記載する。しかしながら、本発明の材料および方法について記載する前に、本明細書に記載の特定の大きさ、形状、寸法、材料、方法論、プロトコール等は慣例的な実験法および最適化に応じて変更可能であるため、本発明がこれらに限定されないことが理解されるべきである。本記載に使用する専門用語は特定の型または態様のみを説明する目的のためのものであり、添付の特許請求の範囲によってのみ限定される本発明の範囲を限定することは意図されないことも、また理解されるべきである。
【0014】
定義
本明細書で使用する「1つの(a)」、「1つの(an)」、および「その(the)」という単語は、特に明記しない限り「少なくとも1つの」を意味する。
【0015】
本明細書においては、特に断りの無い限り、大文字で表記されるアミノ酸は、L-アミノ酸を表す。一方、小文字で表記されるアミノ酸は、D-アミノ酸を表す。また、本明細書において表記されるL-アミノ酸およびD-アミノ酸は、アミノ基、カルボキシル基および側鎖のいずれかが修飾されたものも含み得る。好ましい修飾の例としては、アミノ基のアセチル化、カルボキシル基のアミド化、およびFLAGタグ、HAタグ等のタグペプチドの付加等が挙げられる。
【0016】
また、本明細書においては、特に断りのない限り、アミノ酸配列中のアミノ酸残基の位置を示す番号は、N末端のアミノ酸残基を1としてC末端方向に順に付与したものである。
【0017】
本明細書で使用する「BIG3」という用語は、ブレフェルジンA阻害グアニンヌクレオチド交換タンパク質3(brefeldin A-inhibited guanine nucleotide-exchange protein)をさす。BIG3は、PHB2と複合体を形成することにより、エストロゲン依存的転写活性化を抑制するPHB2の機能を阻害する。BIG3は、「ARFGEF3(ARFGEF family member 3)」または「A7322」とも称される。ヒトBIG3遺伝子の代表的な塩基配列の例を配列番号:6(GenBank Accession No.NM_020340.4)に、またそれによってコードされるアミノ酸配列を配列番号:7に示す。本発明において、BIG3は前記塩基配列にコードされるものに限定されず、これらのアイソフォームや変異体も包含する。
【0018】
本明細書で使用する「PHB2」という用語は、プロヒビチン2(prohibitin 2)をさす。PHB2は、エストロゲン受容体と結合してエストロゲン受容体シグナル伝達経路を阻害し、エストロゲン依存性細胞増殖を抑制する。PHB2は、「REA(Repressor of Estrogen Activity)」とも称される。ヒトPHB2遺伝子の代表的な塩基配列の例を配列番号:8(GenBank Accession No.NM_001144831.1)および配列番号:10(GenBank Accession No.NM_001267700.1)に、またそれらによってコードされるアミノ酸配列を配列番号:9および配列番号:11にそれぞれ示す。本発明において、PHB2は前記塩基配列にコードされるものに限定されず、これらのアイソフォームや変異体も包含する。
【0019】
本明細書で使用する「PHB2ペプチド」という用語は、BIG3とPHB2の結合を阻害する、PHB2由来のペプチドをさす。具体的には配列番号:17に示されるアミノ酸配列 (YGVRESVFTVE)を包含する。
【0020】
本明細書において使用される「エストロゲン受容体」という用語は、エストロゲン受容体α(ERα)およびエストロゲン受容体β(ERβ)の両方を包含する。エストロゲン受容体はエストロゲンが結合すると核内に移行し、DNA上のエンハンサー配列であるEREに結合して細胞増殖に関連する遺伝子の転写活性化を引き起こす。これにより、エストロゲン依存性細胞増殖が誘導される。ERαおよびERβはそれぞれESR1遺伝子およびESR2遺伝子によってコードされている。代表的なヒトESR1遺伝子の塩基配列を配列番号:12(GenBank Accession No.NM_000125.3)に示す。また、代表的なヒトESR2遺伝子の塩基配列を配列番号:14(GenBank Accession No.NM_001437.2)に示す。本発明において、ERαおよびERβは前記塩基配列にコードされるものに限定されず、これらのアイソフォームや変異体も包含する。本発明の好ましい態様では、エストロゲン受容体はERαである。
【0021】
本明細書において使用される「ERAP」という用語は、配列番号:4または配列番号:5に記載のアミノ酸配列からなるペプチドをさす。配列番号:4または配列番号:5に記載のアミノ酸配列は、BIG3のアミノ酸配列(配列番号:7)の165~177番目または165~178番目のアミノ酸残基からなる配列であり、PHB2との結合に重要なアミノ酸残基(配列番号:7に記載のアミノ酸配列中、165番目のグルタミン(Q)、169番目のアスパラギン酸(D)および173番目のグルタミン(Q))を含む。ERAPは、PHB2に対する結合能を有し、PHB2に競合的に結合することにより、BIG3がPHB2と複合体を形成することを阻害する。
【0022】
本明細書において使用される「ステープリング構造」という用語は、ペプチドを構成するアミノ酸配列中2つ(1対)のアミノ酸残基が、架橋されている構造をさす。そして、1つまたは複数のステープリング構造によって元のアミノ酸残基が置換されているペプチドを、本明細書においては「ステープルドペプチド」という。たとえば、ステープルドERAP(stERAP、stapled ERAP)とは、配列番号:4または配列番号:5に記載のアミノ酸配列からなるペプチド(ERAP)において少なくとも1対のアミノ酸残基がステープリング構造で置き換えられたペプチドである。また、ショートステープルドERAPとは、配列番号:4または5に記載のアミノ酸配列の部分配列からなるペプチド(ショートERAP)において少なくとも1対のアミノ酸残基がステープリング構造で置き換えられたペプチドである。本明細書において、ショートステープルドERAPは、「shステープルドERAP」とも表記される。
1個のステープリング構造によって元のアミノ酸残基が置換されているペプチドを、「シングルステープルドペプチド」または「シングル架橋ペプチド」といい、2個のステープリング構造によって元のアミノ酸残基が置換されているペプチドを、「ダブルステープルドペプチド」または「ダブル架橋ペプチド」という。たとえば、シングルステープルドERAP(シングルstERAP、シングル stapled ERAP)とは、配列番号:4または配列番号:5に記載のアミノ酸配列からなるペプチド(ERAP)において1対のアミノ酸残基がステープリング構造で置き換えられたペプチドであり、ダブルステープルドERAP(dsERAP、ダブルstERAP、ダブル stapled ERAP)とは、配列番号:4または配列番号:5に記載のアミノ酸配列からなるペプチド(ERAP)において2対のアミノ酸残基がステープリング構造で置き換えられたペプチドである。
これらのステープルドペプチドは、その一部が人為的に置き換えられた構造を有しているために、ペプチド誘導体、あるいはペプチドアナログと呼ぶことができる。
【0023】
本明細書において使用される「治療」という用語は、対象疾患によって生じる少なくとも1つの症状を緩和・改善すること、疾患の進行を抑制すること、および疾患部位の拡大を抑制すること等を包含する。例えば、「がんの治療」には、がん細胞の増殖抑制、がんの進行抑制、がんの退縮・寛解の誘導、がんに伴う症状の緩和・改善、がんの転移の抑制、術後の再発抑制、および生存期間延長の誘導などが含まれる。
【0024】
本発明のペプチド
本発明のペプチドは、配列番号:4または配列番号:5に記載のアミノ酸配列において、n対(nは自然数)のアミノ酸残基が、n個のステープリング構造で置き換えられたアミノ酸配列を含むペプチドである。nは3以下であることが好ましく、2であることがより好ましい。したがって、本発明において、n対のアミノ酸残基とは、通常1~3対、あるいは1対または2対、好ましくは2対のアミノ酸残基をさす。
【0025】
本発明のペプチドにおいて、ステープリング構造で置き換えるアミノ酸残基は、特に限定されないが、配列番号:4または配列番号:5に記載のアミノ酸配列のN末端から1番目のグルタミン(Q)、5番目のアスパラギン酸(D)および9番目のグルタミン(Q)は、PHB2との結合に重要なアミノ酸残基であるため、PHB2に対する結合親和性の観点からは、配列番号:4(QMLSDLTLQLRQR)または配列番号:5(QMLSDLTLQLRQRQ)に記載のアミノ酸配列のN末端から1番目のグルタミン(Q)、5番目のアスパラギン酸(D)および9番目のグルタミン(Q)以外のアミノ酸残基から選択することが好ましい。
例えば、ペプチドを構成するアミノ酸残基のうち、ロイシン残基(L)にステープル構造を導入することによって、キモトリプシン耐性を付与することができる。たとえば配列番号:4または5のアミノ酸配列における3番目、6番目、8番目、および10番目からなる群から選択される少なくとも1つのLを含む少なくとも2対のアミノ酸残基は、ステープル構造に置き換える位置として好ましい。
【0026】
ステープリング構造で置き換えるアミノ酸残基の例としては、例えば、以下のアミノ酸残基の対を挙げることができる;
(a)配列番号:4に記載のアミノ酸配列のN末端から3番目(L)および7番目のアミノ酸残基(T);
(b)配列番号:4に記載のアミノ酸配列のN末端から8番目(L)および12番目のアミノ酸残基(Q);
(c)配列番号:5に記載のアミノ酸配列のN末端から3番目(L)および7番目のアミノ酸残基(T);および
(d)配列番号:5に記載のアミノ酸配列のN末端から10番目(L)および14番目のアミノ酸残基(Q)。
【0027】
上記(a)および(b)、あるいは(c)および(d)のアミノ酸残基をステープリング構造で置き換えることが特に好ましい。
【0028】
本発明のペプチドにおいて、ステープリング構造は特に限定されない。ペプチドのステープリング技術は公知であるため(例えば、Blakwell, H. E. et al., Angew. Chem., Int. Ed. 37, 3281-3284 (1994); Aihara, K. et al., Tetrahedron 71, 4183-4191 (2015) 等)、これら公知のステープリング技術を用いてステープリング構造を形成することができる。例えば、アルケニル基等の置換基を有するアミノ酸誘導体を組み込んで固相合成等によってペプチドを合成し、前記アミノ酸誘導体の置換基間でオレフィンメタセシス反応や分子内アミド化反応を行うことにより、ステープリング構造を形成することができる。ステープリング構造形成のためのアミノ酸誘導体は、市販のものを用いることができる。
【0029】
本発明のペプチドにおいて、好ましいステープリング構造の例としては、例えば、下記式(I)で表される構造を挙げることができる。
【化3】
(式中、実線と点線の二重線は単結合または二重結合を示す。)
【0030】
上記式(I)のステープリング構造の形成は、例えば図7のスキーム(以下「スキーム(I)」)は、オレフィンメタセシス反応によりステープリング構造を形成する例である。一方、図8に示すスキーム(以下「スキーム(II)」)は、分子内アミド化反応によりステープリング構造を形成する例である。
【0031】
スキーム(I)に示されるオレフィンメタセシス反応によりステープリング構造を形成する場合、ステープリングのためのアミノ酸誘導体としては、下記式(III)で表されるグルタミン誘導体(4-{アリル-[2-(tert-ブチル-ジメチル-シラニルオキシ)-4-メトキシ-ベンジル]-カルボニル}-2-(9H-フルオレン-9-イルメトキシカルボニルアミノ)-酪酸)を用いることができる。
【化4】
【0032】
式(III)のグルタミン誘導体は、例えば、以下のスキーム(III)に従って合成することができる(Aihara, K. et al., Tetrahedron 71, 4183-4191 (2015))。
【0033】
スキーム(III)
【化5】
上記スキーム(III)において、(i)~(vi)はそれぞれ以下を示す;(i)3-アミノ-1-プロペン、AcOH、MgSO4、CH2Cl2;(ii)NaBH4、MeOH、CH2Cl2;(iii)化合物2、DCC、CH2Cl2;(iv)LiOH・H2O、THF、MeOH、H2O;(v)TBSOtf、2,6-ルチジン;(vi)Fmoc-OSu、Na2CO3、THF、H2O。
【0034】
スキーム(III)に示すように、2-ヒドロキシ-4-メトキシベンズアルデヒド(化合物1)を3-アミノ-1-プロペンで還元的にアミノ化して、2-アリルアミノメチル-5-メトキシ-フェノール(化合物2)を得る。続いて、化合物2をN-α-(tert-ブトキシカルボニル)-L-グルタミン酸αメチルエステル(化合物3)とカップリングさせて、4-[アリル-(2-ヒドロキシ-4-メトキシ-ベンジル)カルバモイル]-2-tert-ブトキシカルボニルアミノ-酪酸メチルエステル(化合物4)を得る。次に、化合物4のメチルエステルを加水分解して、4-[アリル-(2-ヒドロキシ-4-メトキシ-ベンジル)-カルバモイル]-2-tert-ブトキシカルボニルアミノ-酪酸(化合物5)を得る。さらに、化合物5のBoc基をFmoc基に置換し、Hmb基のフェノール部分をTBSで保護することにより、式(III)のグルタミン誘導体を得ることができる。なお、スキーム(III)の実施に必要な試薬類は、全て市販のものを用いることができる。
【0035】
一方、スキーム(I)によるステープルドERAPの合成は、上記式(III)のグルタミン誘導体を用いて、例えば、以下のように行うことができる。まず、配列番号:4または配列番号:5に記載のアミノ酸配列において、ステープリング構造を形成したい位置のアミノ酸残基の対をそれぞれ式(III)のグルタミン誘導体で置き換えて、標準的なFmoc固相ペプチド合成によりペプチドを合成する。続いて、Fmoc保護されたペプチドN末端を脱保護およびアセチル化した後、アセチル化ペプチドをHoveyda-Grubbs第2世代触媒で処理してオレフィンメタセシス反応を行う。さらに、TFA/m-クレソール/チオアニソール/1,2-エタンジチオール/H2Oカクテルを用いて、酸不安定保護基の脱保護およびペプチドのレジンからの切り離しを行う。これにより、式(I)のステープリング構造(実線と点線の二重線が二重結合)を有するステープルドERAPまたはshステープルドERAPを得ることができる。なお、スキーム(I)により合成したステープルドERAPまたはshステープルドERAPにおいて、ステープリング構造の間に介在させるアミノ酸残基の数は、特に限定されないが、通常、3残基であることが好ましい。つまり、3残基を挟む1対のアミノ酸残基を1個のステープリング構造に置き換えた構造は、本発明における好ましいステープリング構造の例である。3残基を挟むステープリング構造は、ペプチドのαへリックス構造を維持するうえで有効である。
【0036】
また、スキーム(II)に示される分子内アミド化反応によりステープリング構造を形成する場合、ステープリングのためのアミノ酸誘導体としては、下記式(IV)で表されるN-α-(9-フルオレニルメトキシカルボニル)-L-グルタミン酸γアリルエステルおよび下記式(V)で表される(S)-2-((((9H-フルオレン-9-イル)メトキシ)カルボニル)アミノ)5-((4-(((アリルオキシ)カルボニル)アミノ)ブチル)(2,4-ジメトキシベンジル)アミノ)-5-オキソペンタン酸を用いることができる。
【化6】
【0037】
また、上記2種類のアミノ酸誘導体のうち、式(IV)のグルタミン酸誘導体は、市販のものを用いることができる。また、式(V)のグルタミン誘導体は、例えば、図6に示されるスキーム(以下「スキーム(IV)」)に従って合成することができる。スキーム(IV)に示すように、アリル(4-アミノブチル)カルバメート(化合物1)を2,4-ジメトキシベンズアルデヒドとカップリングさせて、アリル[4-{(2,4-ジメトキシベンジル)アミノ}ブチル]カルバメート(化合物2)を得る。続いて、化合物2をN-α-(tert-ブトキシカルボニル)-L-グルタミン酸αメチルエステル(化合物3)とカップリングさせて、(S)-メチル-5-{(4-[{(アリルオキシ)カルボニル}アミノ]ブチル)(2,4-ジメトキシベンジル)アミノ}-2-{(tert-ブトキシカルボニル)アミノ}-5-オキソペンタノアート(化合物4)を得る。次に、化合物4のメチルエステルを加水分解して、(S)-5-{(4-[{(アリルオキシ)カルボニル}アミノ]ブチル)(2,4-ジメトキシベンジル)アミノ}-2-{(tert-ブトキシカルボニル)アミノ}-5-オキソペンタン酸(化合物5)を得る。さらに、化合物5のBoc基をFmoc基に置換することにより、式(V)のグルタミン誘導体を得ることができる。なお、スキーム(IV)の実施に必要な試薬類は、全て市販のものを用いることができる。
【0038】
一方、スキーム(II)によるステープルドERAPの合成は、上記式(IV)のグルタミン酸誘導体および式(V)のグルタミン誘導体を用いて、例えば、以下のように行うことができる。まず、配列番号:4または配列番号:5に記載のアミノ酸配列において、ステープリング構造を形成したい位置のアミノ酸残基の対をそれぞれ式(IV)のグルタミン酸誘導体および式(V)のグルタミン誘導体で置き換えて、標準的なFmoc固相ペプチド合成によりペプチドを合成する。続いて、Fmoc保護されたペプチドをテトラキス(トリフェニルホスフィン)パラジウム(Pd(PPh34)のCHCl3/AcOH/N-メチルモルホリン溶液と混合し、グルタミン誘導体残基の置換基を還元する。続いて、N,N-ジイソプロピルカルボジイミド(DIPCDI)および1-ヒドロキシ-1H-ベンゾトリアゾール水和物(HOBt・H2O)を用いてグルタミン誘導体残基をカップリングさせることにより、分子内アミド化を行う。さらに、TFA/m-クレソール/チオアニソール/1,2-エタンジチオール/H2Oカクテルを用いて、酸不安定保護基の脱保護およびペプチドのレジンからの切り離しを行う。これにより、式(I)のステープリング構造(実線と点線の二重線が単結合)を有するステープルドERAPまたはshステープルドERAPを得ることができる。なお、スキーム(II)により合成したステープルドERAPまたはshステープルドERAPにおいて、ステープリング構造の間に介在させるアミノ酸残基の数は、特に限定されないが、通常、3残基であることが好ましい。
【0039】
最初(すなわち1対目)のステープリング構造を導入後、同様の反応を繰り返すことによって次(すなわち2対目)のステープル構造を導入する位置までペプチド鎖を合成することができる。そして2回目の分子内架橋反応により、2対目のステープリング構造がもたらされる。更に架橋構造を増やす場合には、同様の反応を繰り返すことで目的とする構造を得ることができる。あるいは、1個のステープリング構造を導入した2つ(またはそれ以上)のペプチド断片を連結して、2個(またはそれ以上)のステープリング構造を導入したペプチドとすることもできる。
したがって、ある態様において、ステープリング構造に置換される2対のアミノ酸残基は、少なくとも隣接するか、あるいは1つ以上のアミノ酸残基を介して独立して位置する。すなわち、通常は、1個のステープリング構造の内部に介在するアミノ酸残基を別のステープリング構造で置き換えることはない。たとえば2対のステープリング構造を導入する場合、ステープリング構造の間に介在するアミノ酸残基の数は、例えば0(すなわち隣接)、1、2、あるいは3とすることができる。以上のような条件を勘案すると、配列番号:4または5のアミノ酸配列中、N末端側の1対のアミノ酸残基と、0から3残基を挟んでそのC末端側に位置する2対目のアミノ酸残基のそれぞれをステープリング構造に置換したペプチドは、本発明における好ましい構造を有する。そして、各アミノ酸対を構成するアミノ酸残基のうち少なくとも1つをLとすることによって、ペプチドに、キモトリプシンの作用に対する耐性を期待することができる。
【0040】
本発明のペプチドの具体的な構造の例としては、例えば、下記式(II)で表されるステープリング構造を少なくとも2つ備えた構造を挙げることができる。
【化7】
(式中、実線と点線の二重線は単結合または二重結合であり;
A1、A2、A3、A4およびA5の組み合わせは以下から選択される:
A1=QM、A2=SDL、A3=-、A4=QLR、A5=R
A1=QM、A2=SDL、A3=LQ、A4=RQR、A5=OH
ここで「-」はアミノ酸残基が無くペプチド結合(すなわち2個のステープリング構造は連結)であることを示し;
また「OH」は、上記ステープリング構造の一端がペプチド誘導体のC末端を構成することを示す)。
【0041】
上記式(II)で表されるステープリング構造を2つ備えたペプチドは、配列番号:4(QMLSDLTLQLRQR)に記載のアミノ酸配列からなるペプチドにおいて、以下の(a)および(b)の2対のアミノ酸残基が、それぞれ式(I)のステープル構造で置き換えられたペプチドであるともいえる;
(a)配列番号:4に記載のアミノ酸配列のN末端から3番目(L)および7番目のアミノ酸残基(T);ならびに
(b)配列番号:4に記載のアミノ酸配列のN末端から8番目(L)および12番目のアミノ酸残基(Q)。
【0042】
あるいは、配列番号:5(QMLSDLTLQLRQRQ)に記載のアミノ酸配列からなるペプチドにおいて、以下の(c)および(d)の2対のアミノ酸残基が、式(I)のステープル構造で置き換えられたペプチドである;
(c)配列番号:5に記載のアミノ酸配列のN末端から3番目(L)および7番目のアミノ酸残基(T);ならびに
(d)配列番号:5に記載のアミノ酸配列のN末端から10番目(L)および14番目のアミノ酸残基(Q)。
【0043】
式(II)で表されるステープリング構造を少なくとも2つ備えたペプチドのうち、特に好ましいペプチドとしては、(II)の式中、A1、A2、A3、A4およびA5の組み合わせが、以下から選択されるペプチドを挙げることができる;
A1=QM、A2=SDL、A3=-、A4=QLR、A5=R
A1=QM、A2=SDL、A3=LQ、A4=RQR、A5=OH
ここで「-」はアミノ酸残基が無くペプチド結合(すなわち2個のステープリング構造は連結)であることを示し;
また「OH」は、上記ステープリング構造の一端がペプチド誘導体のC末端を構成することを示す。
これらのペプチドは、以下のペプチドに対応する;
(i)配列番号:4(QMLSDLTLQLRQR)に記載のアミノ酸配列からなるペプチドにおいて、以下の(a)および(b)の2対のアミノ酸残基が、それぞれ式(I)のステープル構造で置き換えられたペプチド;
(a)配列番号:4に記載のアミノ酸配列のN末端から3番目(L)および7番目のアミノ酸残基(T);ならびに
(b)配列番号:4に記載のアミノ酸配列のN末端から8番目(L)および12番目のアミノ酸残基(Q);あるいは、
(ii)配列番号:5(QMLSDLTLQLRQRQ)に記載のアミノ酸配列からなるペプチドにおいて、以下の(c)および(d)の2対のアミノ酸残基が、それぞれ式(I)のステープル構造で置き換えられたペプチド;
(c)配列番号:5に記載のアミノ酸配列のN末端から3番目(L)および7番目のアミノ酸残基(T);ならびに
(d)配列番号:5に記載のアミノ酸配列のN末端から10番目(L)および14番目のアミノ酸残基(Q)。
【0044】
なお、本発明のペプチドは、N末端およびC末端のアミノ酸残基のいずれかまたは両方が修飾されたものも包含する。修飾の種類は、特に限定されないが、PHB2に対する親和性および細胞透過性に影響を与えないものであることが好ましい。好ましい修飾の例としては、例えば、N末端のアミノ酸残基のアセチル化、C末端のアミノ酸残基のアミド化、およびHAタグ、FLAGタグ等のタグペプチドの付加等を挙げることができる。また、本発明のペプチドの特に好ましい例としては、上記式(II)で表されるペプチドにおいて、N末端のアミノ酸残基がアセチル化されており、C末端のアミノ酸残基がアミド化されているペプチドを挙げることができる。なお、N末端およびC末端のアミノ酸残基以外のアミノ酸残基は修飾されていないことが好ましい。
【0045】
本発明のペプチドは、L-アミノ酸から構成されるものに限定されず、1つ以上のD-アミノ酸を含むものであってもよい。ペプチド中のL-アミノ酸とD-アミノ酸の構成比は特に限定されないが、αヘリックス構造維持のためには、全てのアミノ酸残基がL型であるか(以下「L型ペプチド」)、または全てのアミノ酸残基がD型である(以下「D型ペプチド」)ことが好ましい。したがって、上記の本発明のペプチドのいずれかにおいて、全てのアミノ酸残基がD型のアミノ酸残基に置き換えられたペプチドもまた、本発明のペプチドの好ましい態様として挙げられる。本発明のペプチドがD型ペプチドである場合、好ましいペプチドとしては、例えば、式(II)で表されるペプチドにおいて、全てのアミノ酸残基がD型のアミノ酸残基で置き換えられたペプチドを挙げることができる。
【0046】
さらに本発明のペプチドは、上記の本発明のペプチドのいずれかのレトロインバース体であってもよい。レトロインバース体では、元のペプチドとはアミノ酸配列が逆になっており、全てのアミノ酸残基がD型のアミノ酸残基に置き換えられている。すなわち、レトロインバース体は、元のペプチドとは逆向きのアミノ酸配列を有するD型ペプチドである。したがって、上記の本発明のペプチドのいずれかのレトロインバース体であるペプチドもまた、本発明のペプチドの好ましい態様として挙げられる。本発明のペプチドがレトロインバース体である場合、好ましいペプチドとしては、例えば、式(II)で表されるペプチドのレトロインバース体であるペプチドを挙げることができる。
【0047】
本発明のペプチドがD型ペプチドである場合には、上記したような方法において、L-アミノ酸に替えてD-アミノ酸を用いることにより、D型のステープルドERAPまたはshステープルドERAPを合成することができる。なお、D型のステープルドERAPまたはshステープルドERAPの合成においては、ステープリング構造形成のためのアミノ酸誘導体もまたD型のものを用いる。ステープリング構造形成に使用できるD型アミノ酸誘導体の幾つかは市販されているので、これら市販のD型アミノ酸誘導体を用いてもよい。
【0048】
また、図7のスキーム(I)により、D型のステープルドERAPを合成する場合には、ステープリングのためのアミノ酸誘導体として、式(III)で表されるグルタミン誘導体のD型光学異性体(以下「式(III)のD-グルタミン誘導体」)を用いればよい。式(III)のD-グルタミン誘導体は、上記スキーム(III)において、N-α-(tert-ブトキシカルボニル)-L-グルタミン酸αメチルエステル(化合物3)に替えてN-α-(tert-ブトキシカルボニル)-D-グルタミン酸αメチルエステルを用いることにより、合成することができる。そして、配列番号:4または配列番号:5に記載のアミノ酸配列において、ステープリング構造を形成したい位置のアミノ酸残基の対をそれぞれ式(III)のD-グルタミン誘導体で置き換えて、D-アミノ酸を用いて標準的なFmoc固相ペプチド合成によりD型ペプチドを合成し、スキーム(I)に従ってオレフィンメタセシス反応を行うことにより、D型のステープルドERAPを得ることができる。なお、ステープルドERAPまたはshステープルドERAPのレトロインバース体を合成する場合には、配列番号:4または5に記載のアミノ酸配列またはその部分配列の逆向きのアミノ酸配列に基づいて、ペプチド固相合成を行えばよい。その際に、ステープリング構造を形成したい位置のアミノ酸残基の対をそれぞれ式(III)のD-グルタミン誘導体で置き換え、ペプチド合成後にオレフィンメタセシス反応を行うことは上記と同様である。
【0049】
図8に示されるスキーム(II)により、D型のステープルドERAPを合成する場合には、ステープリングのためのアミノ酸誘導体として、式(IV)で表されるグルタミン酸誘導体のD型光学異性体(以下「式(IV)のD-グルタミン酸誘導体」)および、式(V)で表されるグルタミン誘導体のD型光学異性体(以下「式(V)のD-グルタミン誘導体」)を用いればよい。式(IV)のD-グルタミン酸誘導体は、市販のものを用いることができる。また式(V)のD-グルタミン誘導体は、図6で示されるスキーム(IV)において、N-α-(tert-ブトキシカルボニル)-L-グルタミン酸αメチルエステル(化合物3)に替えてN-α-(tert-ブトキシカルボニル)-D-グルタミン酸αメチルエステルを用いることにより、合成することができる。そして、配列番号:4または配列番号:5に記載のアミノ酸配列において、ステープリング構造を形成したい位置のアミノ酸残基の対をそれぞれ式(IV)のD-グルタミン酸誘導体および式(V)のD-グルタミン誘導体で置き換えて、D-アミノ酸を用いて標準的なFmoc固相ペプチド合成によりD型ペプチドを合成し、スキーム(II)に従って分子内アミド化反応を行うことにより、D型のステープルドERAPを得ることができる。なお、ステープルドERAPのレトロインバース体を合成する場合には、配列番号:4または配列番号:5に記載のアミノ酸配列の逆向きのアミノ酸配列に基づいて、ペプチド固相合成を行えばよい。その際に、ステープリング構造を形成したい位置のアミノ酸残基の対をそれぞれ式(IV)のD-グルタミン酸誘導体および式(V)のD-グルタミン誘導体で置き換え、ペプチド合成後に分子内アミド化反応を行うことは上記と同様である。
【0050】
また本発明のペプチドは、塩の形態であってもよい。塩の形態は特に限定されないが、薬学的に許容される塩であることが好ましい。なお、本明細書において「薬学的に許容される塩」とは、ペプチドの薬理学的または薬学的な有効性および特性を保持する塩をさす。塩の好ましい例としては、アルカリ金属(リチウム、カリウム、ナトリウムなど)との塩、アルカリ土類金属(カルシウム、マグネシウムなど)との塩、その他の金属(銅、鉄、亜鉛、マンガンなど)との塩、有機塩基との塩、アミンとの塩、有機酸(酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、シュウ酸、安息香酸、メタンスルホン酸など)との塩、および無機酸(塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸、硝酸など)との塩等を挙げることができる。これらの塩は、公知の方法に従って調製することができる。
【0051】
医薬組成物
本発明のペプチドまたはその塩は、薬学的に許容される担体とともに、医薬組成物として製剤化することができる。
【0052】
本発明のペプチドは、PHB2に対する結合能を有し、BIG3-PHB2相互作用を競合的に阻害する。BIG3-PHB2複合体の形成は、エストロゲン依存性転写活性を亢進させ、がん細胞の増殖を導く。そのため、BIG3-PHB2相互作用を阻害してBIG3-PHB2複合体の形成を抑制する本発明のペプチドは、特にがんを治療するための医薬組成物として有用である。
【0053】
BIG3-PHB2複合体の形成によるエストロゲン依存性転写活性の亢進は、主にエストロゲン受容体陽性細胞において起こる。したがって、本発明のペプチドは、エストロゲン受容体陽性のがんを治療するための医薬組成物として特に有用である。そのようなエストロゲン受容体陽性のがんの例としては、乳がん、子宮体がん、卵巣がん、前立腺がん(Nelles JL, et al., Expert Rev Endocrinol Metab. 2011 May;6(3):437-451.)、肺がん(特に非小細胞肺がん)(Stabile LP, et al., Cancer Res. 2005 Feb 15;65(4):1459-70.; Marquez-Garban DC, et al., Steroids. 2007 Feb;72(2):135-43.)等が挙げられるが、これらに限定されない。なお、本発明の医薬組成物を適用するがんは、BIG3およびPHB2を発現していることが好ましいが、エストロゲン受容体陽性のがんは、一般的に、BIG3およびPHB2を発現している。がんがエストロゲン受容体陽性か否かは、ELISA法や免疫組織化学染色法等の公知の方法により確認することができる。
【0054】
さらに、本発明のペプチドは、タモキシフェン耐性のエストロゲン受容体陽性のがんに対しても増殖抑制効果を有する。そのため、本発明の医薬組成物は、タモキシフェン耐性のエストロゲン受容体陽性のがんに適用してもよい。本発明の医薬組成物を適用するタモキシフェン耐性のエストロゲン受容体陽性のがんの例としては、例えば、タモキシフェン耐性エストロゲン受容体陽性乳がんが挙げられる。したがって、本発明の医薬組成物の好ましい投与対象の例として、タモキシフェン療法不応のエストロゲン受容体陽性乳がんを有する患者を挙げることができる。
また本発明のペプチドは、エストロゲン受容体(ESR1)に変異を有する乳がん細胞においても増殖阻害作用を示した。ESR1の変異は、ホルモン療法に対する抵抗性の獲得機序の一つと考えられている。更には、トリプルネガティブの乳がん細胞においても、本発明のペプチドは優れた細胞増殖抑制作用を示した(図30)。トリプルネガティブとは、一般に、乳がん細胞が、主要な薬物治療の標的因子である、HER2、エストロゲン受容体、およびプロゲステロン受容体の発現を欠くことを指す。そのため、トリプルネガティブの乳がんは、通常、薬物治療に抵抗性である。あるいは、本発明者らは、本発明のペプチドが、一般に悪性度の高い乳がんとして知られるHER2陽性の乳がん細胞に対しても、高い細胞増殖抑制効果を持つことを見出した。したがって、本発明のペプチドは、これらの治療抵抗性、あるいは悪性の乳がんの患者に投与するための医薬組成物として有用である。
すなわち本発明は、本発明のペプチドを含む医薬組成物であって、薬物療法抵抗性の乳がん患者および悪性の乳がんのいずれかまたは両方に投与するための医薬組成物を提供する。また本発明は、薬物療法抵抗性の乳がん患者および悪性の乳がんのいずれかまたは両方の治療において使用するための、本発明のペプチドに関する。更に本発明は、本発明のペプチドの、薬物療法抵抗性の乳がん患者および悪性の乳がんのいずれかまたは両方の治療のための医薬組成物の製造における使用に関する。あるいは本発明は、薬物療法抵抗性の乳がん患者および悪性の乳がんのいずれかまたは両方を有する患者を選択する工程と、選択された患者に本発明のペプチドを投与する工程を含む、乳がんの治療方法をも提供する。
薬物療法抵抗性の乳がん患者は、一般的な薬物療法の後に、その治療成績を観察することで特定することができる。具体的には、治療によって、病巣の縮退が明確に観察されない場合に、治療抵抗性であることを知ることができる。なお病巣の拡大が阻止された状態は、病巣の縮退に含まれる。あるいは乳がんの悪性度を予測するマーカーが公知である。それらのマーカーが検出された場合に、患者が悪性度の高い乳がんを有することがわかる。たとえば、HER2は、乳がんの悪性度の指標の一つである。また、トリプルネガティブの乳がん患者も薬物療法に抵抗性を持つとされている。トリプルネガティブとは、前出のHER2に加えて、エストロゲン受容体とプロゲステロン受容体の発現を欠くことによって特徴付けられる乳がんである。これらの悪性度や薬物療法抵抗性のマーカーは、免疫染色や遺伝子発現解析によって定量的に評価することができる。たとえば、陰性対照と同程度の発現レベルに有る場合には、ネガティブと判断される。陰性対照には、これらのマーカーの発現を欠いた治療抵抗性のがん細胞株を用いることができる。
【0055】
本発明の医薬組成物は、本発明のペプチドまたはその塩と、薬学的に許容される担体とを配合して、公知の製剤化技術を用いて製造することができる。なお、本明細書において「薬学的に許容される担体」とは、薬物のための希釈剤または溶媒剤として使用する不活性な物質をさす。本発明の医薬組成物に使用する薬学的に許容される担体は、調製する医薬組成物の剤形に応じて、一般的な医薬品に使用される担体を適宜選択すればよい。
【0056】
本発明の医薬組成物の剤形は、特に限定されず、液剤、錠剤、エリキシル剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤等の医薬品に一般的に使用される剤形を適宜選択することができる。また、選択した剤形に応じて、適宜、賦形剤、安定剤、懸濁液、保存剤、界面活性剤、溶解補助剤、pH調整剤、凝集抑制剤等の添加物を添加することができる。
【0057】
本発明の医薬組成物は、薬学的有効量の本発明のペプチドまたはその塩を含む。薬学的有効量は、医薬組成物の剤形、投与間隔、投与対象の年齢、性別、体重、体表面積、疾患の種類等に応じて、適宜選択することができる。例えば、本発明の医薬組成物における本発明のペプチドまたはその塩の含有量の例として、0.001mg~1000mg、0.01mg~100mg、0.1mg~30mg、0.1mg~10mg等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0058】
また、本発明の医薬組成物は、任意で、他の薬剤を含んでもよい。他の薬剤の例としては、抗炎症剤、鎮痛剤、解熱剤、他のがん治療剤等が挙げられる。本発明の医薬組成物に使用できる他のがん治療剤は特に限定されないが、エストロゲン陽性のがんに使用する場合には、選択的ERαモジュレーター(例えば、タモキシフェン及びラロキシフェン)、ERαダウンレギュレーター(例えば、フルベストラント)、アロマターゼ阻害剤、LH-RHアゴニスト製剤、プロゲステロン製剤等のホルモン療法剤を挙げることができる。またこれらの薬剤は、プロドラッグや薬学的に許容される塩の形で配合してもよい。
【0059】
本発明の医薬組成物は、剤形に応じて、適宜適切な投与経路を選択して、対象に投与することができる。投与経路は、特に限定されないが、例えば、経口投与、ならびに皮内、皮下、筋肉内、骨内、腹膜および静脈内注射等を挙げることができる。また、全身投与および疾患部位の近傍への局所投与のいずれであってもよいが、局所投与が好ましい。より具体的には、がん組織やその近傍に注射等の手段によって本発明の医薬組成物を投与することができる。あるいは本発明の医薬組成物を、外科的にがん組織内やその近傍に投与することもできる。本発明の医薬組成物は、適当な担体と配合することによって徐放性製剤とすることもできる。
【0060】
本発明の医薬組成物の投与間隔もまた、投与対象の年齢、性別、体重、体表面積、および疾患の種類等、ならびに本医薬組成物の剤形および投与経路等に応じて、適宜選択することができる。投与間隔の例としては、例えば、毎日、4日毎、7日毎等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0061】
本発明の医薬組成物の用量もまた、投与対象の年齢、性別、体重、体表面積、および疾患の種類等、ならびに本医薬組成物の剤形および投与経路等に応じて、適宜選択することができる。
本発明のペプチドまたはその塩の用量の例としては、例えば、0.001~1000mg/kg/日、0.005~500mg/kg/日、0.01~250mg/kg/日等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0062】
本発明の医薬組成物は、投与対象の状態に応じて、他の医薬品と併用してもよい。併用する医薬品は特に限定されないが、エストロゲン受容体陽性のがんに使用する場合には、選択的ERαモジュレーター(例えば、タモキシフェン及びラロキシフェン)、ERαダウンレギュレーター(例えば、フルベストラント)、アロマターゼ阻害剤、LH-RHアゴニスト製剤、プロゲステロン製剤等のホルモン療法剤を挙げることができる。これらのホルモン療法剤のうち、特に好ましいものとしては、タモキシフェンおよびフルベストラントを挙げることができる。
【0063】
本発明の医薬組成物をがんの治療のために使用する場合には、投与の前に、治療対象のがんがBIG3およびPHB2を発現しているか否かを調べてもよい。治療対象のがんがBIG3およびPHB2を発現しているか否かは、対象から採取された試料においてこれらの遺伝子の転写産物や翻訳産物を検出することにより確認することができる。検出方法には公知の方法を用いることができ、例えば、転写産物をプローブやPCR法により検出する方法(例えば、cDNAマイクロアレイ法、ノーザンブロット法、RT-PCR法など)、および翻訳産物を抗体等により検出する方法(例えば、ウェスタンブロット法、免疫染色法など)等を用いることができる。
【0064】
本発明はまた、本発明の医薬組成物を含む製品またはキットを提供する。本発明の製品またはキットは、本発明の医薬組成物を収容した容器を含み得る。適切な容器の例としては、ボトル、バイアル、および試験管が挙げられるが、これらに限定されない。容器は、ガラスまたはプラスチックなどの様々な材料から形成され得る。容器には、ラベルが貼付されていてもよく、ラベルには、本発明の薬学的組成物が使用されるべき疾患または疾患の状態を記載することができる。ラベルはまた、投与等に関する指示も示し得る。
【0065】
本発明の製品またはキットは、本発明の医薬組成物を収容した容器に加えて、任意で、薬学的に許容される希釈剤を収容した第2の容器をさらに含み得る。本発明の製品またはキットは、他の緩衝液、希釈剤、フィルター、注射針、シリンジ、および使用説明を記載した添付文書などの、商業上の観点および使用者の観点から望ましいその他の材料をさらに含み得る。
【0066】
本発明の医薬組成物はまた、必要に応じて、有効成分を含む1つまたは複数の単位剤形を含み得るパックまたはディスペンサー装置にて、提供することができる。該パックは、例えば、ブリスターパックのように金属ホイルまたはプラスチックホイルを含み得る。パックまたはディスペンサー装置には、投与に関する説明書が添付され得る。
【0067】
別の態様において、本発明はまた、以下の使用および方法等を提供する:
(a)がんを治療するための医薬組成物の製造における、本発明のペプチドまたはその塩の使用;
(b)がんの治療において用いるための本発明のペプチドまたはその塩;
(c)がんを治療するための医薬組成物を製造するための方法または工程であって、本発明のペプチドまたはその塩と、薬学的に許容される担体とを製剤化する段階を含む方法または工程;
(d)がんを治療するための医薬組成物を製造するための方法または工程であって、本発明のペプチドまたはその塩を薬学的に許容される担体と混合する段階を含む方法または工程;および
(e)本発明のペプチドまたはその塩を対象に投与することを含む、がんを治療するための方法。
【0068】
以下、実施例を参照して本発明をより詳細に記載する。しかしながら、以下の材料、方法および実施例は、本発明のある形態の作製および使用において当業者を支援するために役立ち得る一方、本発明の局面を説明するためのものにすぎず、したがって本発明の範囲を決して限定することを意図しない。当業者は、本明細書に記載のものと類似または同等の方法および材料を本発明の実施または試験において使用することができる。
【0069】
なお、本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例
【0070】
実施例1 ダブルステープルドペプチドの合成
ダブルステープルドERAP No.45(配列番号:2)およびステープルドERAP No.46(配列番号:3)の合成
Rink Amide AMレジン(content:0.62mmolアミン/g)を用い、Fmoc型固相合成法によりペプチド鎖の伸張を行った。ダブルステープルドERAP No.45の前駆体配列QMX1SDLX2X1QLRX2R、ダブルステープルドERAP No.46の前駆体配列QMX1SDLX2LQX1RQRX2のステープル化に必要な箇所に非天然アミノ酸X(X1=Fmoc-Glu(OAllyl)-OH;X2=Fmoc-Glu(N(DMB)-CH2CH2CH2CH2-NH-Alloc)-OHを導入した。天然型アミノ酸についてはFmoc-Gln(Trt)-OH、Fmoc-Met-OH、Fmoc-Ser(tBu)-OH、Fmoc-Asp(OtBu)-OH、Fmoc-Leu-OH、Fmoc-Arg(Pbf)-OHをそれぞれ樹脂に対し3当量用いた。N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)中にO-ベンゾトリアゾリル-N’,N’,N’,N’-テトラメチルウロニウムヘキサフルオロホスフェート(HBTU;アミノ酸に対し0.99当量)、N,N-ジイソプロピルエチルアミン(DIPEA;アミノ酸に対し2当量)を用い、室温30秒活性化後、固相樹脂上のアミノ基に対し、室温2時間反応させた。非天然アミノ酸Xについては樹脂に対し1.5当量のアミノ酸を利用し、同じくHBTUを活性化剤として室温2時間反応させた。なお、Fmoc基の切断は20%ピペリジンDMF溶液により室温10分間の処理で行った。
【0071】
ステープル化についてはC末端側より一組のX1とX2が導入された時点で行った。すなわち、Nα-Fmoc保護ペプチド樹脂をAr雰囲気下、N-メチルモルホリン(10当量)/AcOH/CHCl3(0.5:2:37.5(v/v))の混合溶媒中Pd(PPh3)4(3当量)を加え室温で12時間撹拌(2回行う)、アリル基及びアロック(Alloc)基の除去を行った。保護基除去後の樹脂の洗浄は、CHCl3、DMF、1Mジメチルジチオカルバミン酸ナトリウム/DMF(セミカルバジド溶液)、CHCl3、DMF、1M 1-ヒドロキシベンゾトリアゾール(HOBt)・H2O/NMP(2回目の脱保護後のみ)の順に樹脂を洗浄した後、N-メチル-2-ピロリドン (NMP)中1M HOBt・H2O/NMP(10当量)、DIPCI(10当量)を加え室温で24時間反応を行い、分子内アミド結合形成を行った。なお、2つ目のステープル化については樹脂の伸張終了後、Nα-アセチル化樹脂に対し、上記と同様の手法で行った。また、N末端のアセチル化は(AcO)2O(アミノ酸に対し10当量)、DIPEA(アミノ酸に対し10当量)を用い行った。
【0072】
アミノ酸の伸張および側鎖ステープル化の終了した樹脂をTFA-チオアニソール-m-クレソール-1,2-エタンジチオール(EDT)-H2O(80:5:5:5:5(v/v), 樹脂1mgに対し脱保護反応液50μL)にて、室温2時間処理し、側鎖保護基の切断を行った。反応液を濃縮後、Et2Oを加え、粗ペプチドを沈殿させ、Et2O洗浄を3回行い、HPLC精製用サンプルを得た。ペプチドの精製条件ならびに質量分析結果は以下の通りである。
【0073】
ダブルステープルドERAP No.45
Column:Cosmosil 5C18(10x250mm);Solvent:
A 0.1% TFA-H2O,B 0.1% TFA in CH3CN,
B(10%-45% over 30min)in solvent A;
Flow:3.0mL/min;Detect:220nm,
Retention time 24.5min
MS m/z calcd for C76H130N26O23S[M+2H] 904.5,
found 904.6
ダブルステープルドERAP No.46
Column:Cosmosil 5C18 (10x250mm);Solvent:
A 0.1%TFA-H2O,
B 0.1%TFA in CH3CN, B(10%-45% over 30min)in solvent A;
Flow:3.0mL/min;Detect:220nm,
Retention time 19.8min
MS m/z calcd for C81H138N28O25S [M+2H] 968.5,
Found 968.6
【0074】
非天然アミノ酸X1及びX2の構造 (X1=Fmoc-Glu(OAllyl)-OH;X2=Fmoc-Glu(N(DMB)- CH2CH2CH2CH2-NH-Alloc)-OH)
【化8】
【0075】
実施例2 エストロゲン依存性乳がん細胞に対するダブルステープルドERAPの効果
材料と方法
細胞株および培養条件
ヒト乳がん細胞株MCF-7はJCRB細胞バンク(大阪、日本)から、乳腺上皮細胞株MCF-10AはAmerican Type Culture Collection(ATCC,Manassas,VA,USA)から購入した。すべての細胞株は適切な培地で、5%CO2、37℃で細胞を維持した。
細胞増殖アッセイには、各細胞48ウェルプレート(2×104細胞/200μL)を、免疫沈降法には各細胞10cmディッシュ(2×106細胞/10mL)を使用して播種した。
MCF-7細胞は、10%FBS(ニチレイバイオサイエンス、東京、日本)、1% Antibiotic/Antimycotic solution(Thermo FisherScientific,Waltham,MA,USA)、0.1mM NEAA(Thermo Fisher Scientific)、1mM ピルビン酸ナトリウム(Thermo Fisher Scientific)および10μg/mLインスリン(Sigma,St.Louis,MO,USA)を補充したMEM(Thermo Fisher Scientific)に播種した。MCF-10A細胞は、Single Quotsキット(BPE、ヒドロコルチゾン、hEGF、インスリン、ゲンタマイシン/アンホテリシンB)(Lonza,Walkersville,MD,USA)および100ng/mLコレラトキシンを補充したMEBM(Lonza)に播種した。MCF-7細胞については、17β-エストラジオール(エストロゲン、Sigma)刺激のために、播種の次の日に10%FBS、1% Antibiotic/Antimycotic solution、0.1mM NEAA、1mMピルビン酸ナトリウムおよび10μg/mLインスリンを補充したフェノールレッドフリーのDMEM/F12(Thermo Fisher Scientific)に培地を変更した。24時間後、10nMエストロゲンのみ、または10nMエストロゲンとペプチド(シングルステープルドERAP、ダブルステープルドERAP)で細胞を処理した。
【0076】
細胞増殖アッセイ
MCF-7およびMCF-10Aにおける細胞増殖アッセイは、Cell Counting Kit-8(CCK-8、同仁堂、熊本、日本)を用いて行った。データは3つの独立した実験の平均±標準偏差で示した。
【0077】
キモトリプシン抵抗性
キモトリプシン抵抗性は、緩衝液(50mM Tris-HCl;pH8.0,10mM CaCl2)中に1μgキモトリプシン(#C7761、Sigma)と5μgのダブルステープルドERAPを添加し、37℃で24時間反応させて、全量を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で解析した。HPLCは逆相カラム(Inertsil Peptides C18 250x3.0mm I.D.、ジーエルサイエンス、東京、日本)を用い、A液(0.1%トリフルオロ酢酸)とB液(0.1%トリフルオロ酢酸/アセトニトリル)をグラジエント溶出(A/B=90/10(0-20min)、90/10-40/60(20-80min))で流速0.3mL/minで行い、各ダブルステープルドERAPのクロマトグラムをUV210nMで検出した。
【0078】
抗体およびイムノブロット解析
イムノブロット解析は、SDS-PAGE後にタンパク質をブロットしたメンブレンを4%ブロックエース溶液(大日本製薬、大阪、日本)で3時間ブロッキングした後、BIG3(1:1,000)とPHB2(1:1,000、Abcam,Cambridge,UK)に対する抗体と12時間反応させた。その後、HRP標識二次抗体(BIG3は抗ラットIgG-HRP、1:5,000、PHB2は抗ウサギIgG-HRP、 1:1,000、Santa Cruz Biotechnology,Dallas,TX,USA)と1時間反応させ、ブロットを増強化学発光(ECL)システム(GE Healthcare,Buckinghamshire,UK)で展開し、Image Reader LAS-3000mini(富士フィルム、東京、日本)を用いてスキャンした。
【0079】
免疫沈降
免疫沈降解析は、細胞溶解緩衝液(50mM Tris-HCl;pH8.0,150mM NaCl,0.1% NP-40,and 0.5% CHAPS、0.1% protease inhibitor cocktail III)で溶解した細胞溶解物をラットIgG抗体とrec-Protein Gセファロース4B(Thermo Fisher Scientific)を用いて、4℃で3時間プレクリアした。その後、上清をBIG3に対する抗体5μgと4℃で12時間反応させた。次に、抗原抗体複合体をrec-Protein Gセファロース4B用いて4℃で1時間沈降した。免疫沈降されたタンパク質複合体を細胞溶解緩衝液で4回洗浄して、SDS-PAGEおよびイムノブロット解析を行った。
【0080】
結果
ダブルステープルドERAPの合成(実施例1ダブルステープルドERAP合成方法を参照)
シングルステープルドERAP(配列番号:1)は長期安定的にエストロゲン依存性の腫瘍増殖を抑制できたが、分子内架橋の数を増やすことで、さらなる安定性の亢進を試みた。分子内架橋の場所は、キモトリプシンに対する抵抗性を考慮してロイシン残基を架橋するように設計し、シングルステープルドERAPの位置(167Lと171T)に加えて、172Lと175Qの架橋(図1、ダブルステープルドERAP No.45)および174Lと178Qの架橋(図1、ダブルステープルドERAP No.46)を有したダブルステープルドERAPを合成した。
【0081】
エストロゲン依存性増殖に対するダブルステープルドERAPの長期安定性
シングルステープルドERAPの96時間処理は、エストロゲン依存性のMCF-7細胞の増殖を濃度依存的に抑制し、そのIC50は0.88μMであった。ダブルステープルドERAP No.45は、10μMの96時間処理でほぼ完全な抑制効果を持続していたが、1μMまではエストロゲン依存性の細胞増殖をほとんど抑制することができず、その抑制効果はシングルステープルドERAPより劣り(IC50=2.32μM、図2A)、連続したステープリング立体構造が膜透過性などに影響をおよぼした可能性が示唆された。一方、ダブルステープルドERAP No.46は、ダブルステープルドERAP No.45と異なり、エストロゲン依存性増殖に対する抑制効果はシングルステープルドERAPよりも強く、1μMでも81%の抑制率を示し(図2B、シングルステープルドERAP:51%の抑制率、ダブルステープルドERAP No.45:21%の抑制率)、IC50は0.43μMとシングルステープルドERAPを2倍亢進していた(図2C)。
【0082】
ダブルステープルドERAPのキモトリプシン耐性
ダブルステープルドERAP No.45とNo.46の24時間のキモトリプシン処理に対する抵抗性を検討した。キモトリプシン処理によるタンパク質の分解は、図3の中の黒矢印で示す。その結果、ダブルステープルドERAP No.45はキモトリプシン処理による分解がいくつか観察されたのに対して(図3A)、ダブルステープルドERAP No.46のキモトリプシン処理はその分解がほとんど認められなかった(図3B)。キモトリプシン処理によるタンパク質分解に対する抵抗性は、生体内でERAPが分解されにくいことを示唆し、エストロゲン依存性細胞増殖の長期安定的な抑制効果の維持に反映されると考えられた。
【0083】
ダブルステープルドERAPの乳腺上皮細胞の増殖におよぼす影響
ダブルステープルドERAP No.46の1μMおよび10μMを用いて、MCF-10A細胞の増殖におよぼす影響を検討した。MCF-10A細胞はERα、BIG3ともに陰性の正常な乳腺上皮細胞である。その結果、ダブルステープルドERAP No.46はERα、BIG3ともに陽性である乳がん細胞MCF-7において、エストロゲン依存性の細胞増殖を1μMと10μMで96時間後に79%、91%の抑制率を示していたが(図2B)、MCF-10A細胞の増殖には10μMまでほとんど影響せず(図4)、ダブルステープリング構造が正常な乳腺上皮細胞の機能に関与しないことが示唆された。
【0084】
ダブルステープルドERAP No.46のBIG3-PHB2相互作用の結合阻害
ダブルステープルドERAP No.46の1μMおよび10μMを24、96時間処理したとき、BIG3とPHB2の相互作用に対する阻害効果を検討した。その結果、24時間処理ではダブルステープルドERAPはBIG3とPHB2の結合を1μMでほぼ完全に阻害していたのに対して(図5A)、シングルステープルドERAPは10μMでほぼ完全な阻害効果であったが、1μMで46%の阻害率と減弱していた(図5A)。また、96時間処理ではダブルステープルドERAP No.46は1μMで60%、10μMで95%の阻害率と24時間処理と比べてわずかに減弱していたが(図5B)、強い抑制効果を持続していた。一方、シングルステープルドERAPは1μMで抑制効果はほとんど認められず、10μMで81%であった(図5B)。以上の事実から、ダブルステープルドERAP No.46はシングルステープルドERAPより低濃度でBIG3とPHB2の結合を阻害することができ、その結果、より低濃度で増殖抑制が可能であると判断された。
【0085】
実施例3 ESR1変異体の乳がん細胞に対するstERAPの効果
材料と方法
細胞株
MCF-7細胞とHEK293T細胞はAmerican Type Culture Collection(ATCC, Manassa, VA, USA)から購入した。Y537SノックインMCF-7細胞はLaki Buluwela博士(Imperial College London,UK)から提供された。すべての細胞株は、それぞれの寄託者の推奨する条件下で培養された。
【0086】
細胞培養
MCF-7細胞は10% FBS(ニチレイバイオサイエンス、東京、日本)と1% Antibiotic/Antimycotic solution(Thermo Fisher Scientific,Waltham,MA,USA)、0.1mM NEAA(Thermo Fisher Scientific)、1mM ピルビン酸ナトリウム(Thermo Fisher Scientific)および10μg/mLインスリン(Sigma,St.Louis,MO,USA)を添加したMEM(Thermo Fisher Scientific)で、HEK293T細胞は10% FBSと1% antibiotic/antimycotic solutionを添加したDMEM(Sigma)で、Y537SノックインMCF-7細胞は10% FBS、1% antibiotic/antimycotic solution、0.1mM NEAAを添加したDMEM(Sigma)で培養した。各細胞は、48ウェルプレート(2×104cells/0.2mL)、6ウェルプレート(5×105cells/2mL)、10cm dish (2×106cells/10mL)に播種し、5%CO2、37℃でインキュベートして24時間後にstERAPなどの阻害剤で処理した。
【0087】
化合物と阻害剤
BIG3-PHB2の結合阻害ペプチドは、WO2017/12646に記載されるシングルのステープルドERAP(stERAP、stapled ERAP)を用いた。タモキシフェンはSigmaから、フルベストラントはLKT laboratories社(St.Paul,MN,USA)、エベロリムスはCell Signaling Technology(Danvers,MA,USA)から購入し、staurosporineとwortmanninはオンコセラピー・サイエンス社(神奈川,日本)と佐々木卓也博士(徳島大学、徳島、日本)から提供された。
【0088】
ウェスタンブロット解析
細胞を0.1% protease inhibitor cocktail III(Calbiochem,San Diego,CA,USA)を含む溶解緩衝液(50mM Tris-HCl: pH8.0,150mM NaCl,0.1% NP-40,0.5% CHAPS)で溶解した。細胞溶解物を電気泳動し、ニトロセルロースメンブレンにブロットし、4% BlockAce solution(大日本製薬、大阪、日本)で3時間ブロッキングした。メンブレンを、抗FLAGタグ抗体(M2)(Sigma);抗PHB2抗体(Abcam,Cambridge,UK);抗PKCα抗体 (H-7) 、抗PI3-kinase p85α(U13)(Santa Cruz Biotechnology,Santa Cruz, CA, USA);抗リン酸化PI3K p85/p55抗体(Tyr458/Tyr199)、抗リン酸化PKCα/βII抗体(Thr638/Thr641)(Cell Signaling Technology);抗ERα抗体 (SP1)(Thermo Fisher Scientific);抗リン酸化PHB2精製抗体(Ser39)(株式会社スクラム,東京,日本)の存在下で12時間インキュベートした。HRP結合二次抗体(Santa Cruz Biotechnology)の存在下で1時間インキュベートした後、メンブレンをenhanced chemiluminescence system(GE Healthcare, Buckinghamshire, UK)で展開した。ブロットは、Image Reader LAS-3000 mini(富士フィルム、東京、日本)を用いてスキャンした。
【0089】
免疫沈降
「ウェスタンブロット解析」の項で述べたように、細胞を0.1% NP-40溶解緩衝液で溶解し、Normal IgGおよびrec-Protein G Sepharose 4B(Thermo Fisher Scientific)を用いて、4℃で3時間、細胞溶解物をプレクリーンした。遠心分離後、上清を5μgの抗PKCα抗体、抗ERα抗体、および抗FLAGタグ抗体の存在下で4℃、12時間インキュベートした。その後、rec-Protein G Sepharose 4Bを添加して4℃、1時間インキュベートすることで、抗原-抗体複合体を沈降させた。免疫沈降されたタンパク質複合体を溶解緩衝液で3回洗浄し、SDS-PAGEにより分離した。その後、ウェスタンブロット解析を行った。
【0090】
PKCα(Protein Kinase C alpha)活性
PKCαの活性は、PKCαの免疫沈降物をキナーゼ緩衝液(25mM Hepes,pH7.2、25mM MgCl2、5mM EDTA、5mM EGTA、0.25mM DTT)下で基質Ser39を含むPHB2ペプチド(YGVRESVFTVE (配列番号:17))および0.5mM ATPと30℃、30分間反応させ、ADP-Glo kinase assay Kit (Promega,Fitchburg,WI,USA)を用いて測定した。
【0091】
細胞増殖アッセイ
Cell-Counting Kit-8(CCK-8,同仁堂、熊本、日本)を用いて細胞増殖アッセイを行った。細胞を2×104cells/wellで48ウェルプレートに播種し、5% CO2存在下のインキュベーター(37℃)で維持した。指示された時点で、10倍希釈したCCK-8溶液を添加して30分間インキュベートし、450nmの吸光度を測定して生存細胞の数を計算した。
【0092】
ルシフェラーゼ・レポーターアッセイ
EREレポーターアッセイのために、MCF-7細胞にEREレポーター(SABiosciences,Frederick,MD,USA)をトランスフェクションして16時間後に、培地をアッセイ培地(Opti-MEM、10% FBS、0.1mM NEAA、1mM Sodium pyruvate、10μg/mL インスリン)に交換し、8時間後にエストロゲンおよびstERAPを24時間処理した。細胞溶解物をPromega dual luciferase reporter assay (プロメガ、東京、日本)を用いて、ルシフェラーゼ活性およびRenilla-ルシフェラーゼ活性を評価した。トランスフェクション効率を考慮して、全てのデータをRenilla-ルシフェラーゼ活性により標準化した。
【0093】
統計解析
試験群間の差異の統計的有意性を決定するためにスチューデントのt検定を使用し、P値 < 0.05で有意とみなした。
【0094】
結果
ESR1変異体の乳がん細胞株はエストロゲン非依存的にPI3Kと結合する
乳がんの70%はエストロゲン受容体(ERα)を発現しており、この大部分はERαの抑制に感受性である。しかしながら、ERα陽性の進行乳がんでは、リガンド結合ドメインにERα遺伝子(ESR1)の突然変異を認め、このような遺伝子変異がリガンド非依存性に活性化され、内分泌療法に対して抵抗性を有する可能性が示唆されている(Nat Genet,45,1439,2013、Nat Genet,45,1446,2013)。また、ERα陽性乳がんではエストロゲン・シグナルに加え、PI3K(phosphatidylinositol 3-kinase)/AKT(protein kinase B)/mTOR(mammalian target of rapamycin)経路が極めて重要な働きをしており、内分泌療法の耐性機序に関与していることが報告されている(Cancer Discov. 2011 Sep;1(4):338-51、Nature, e2012 Oct 4;490(7418):61-70、Cancer Lett.2012 Oct 1;323(1):77-87、Clin Breast Cancer.2015 Jun;15(3):197-203)。まず、ESR1の野生型(WT)と変異型(Y537S)がPI3Kと結合するかどうかを検討した。その結果、WTをトランスフェクションしたMCF-7細胞はエストロゲン未処理ではERαとPI3Kの結合はまったく認められなかったが、エストロゲン存在下ではERαとPI3Kの結合ならびにPI3Kのリン酸化が観察された(図9A)。一方、Y537SをトランスフェクションしたMCF-7細胞では、WTとは異なり、未処理でもPI3KがY537Sに結合してリン酸化され、PKCαの活性化(Thr638/Thr641のリン酸化)も認められた(図9B)。これは、ESR1の変異による構造変化がエストロゲン非依存的にESR1変異体とPI3Kの結合を可能にし、耐性獲得の要因になっている可能性を示唆するものである。さらに、10μM stERAPを処理すると、BIG3から遊離したPHB2がエストロゲン非存在下でもY537Sに新たに結合し、stERAP処理後1時間で最大のPHB2量の結合を認めたが、そのあとにPI3KならびにPKCαのリン酸化は減少していった(図9B)。興味深いことに、PHB2のSer39のリン酸化はstERAP処理後すぐに誘導され、3時間までに最大のリン酸化強度を示したが、それ以降の強度はPI3Kリン酸化の減少のため減弱していた(リン酸化PHB2のネガティブ制御、図9B)。しかしながら、PI3KならびにPKCαのリン酸化強度と比べると、PHB2(Ser39)のリン酸化はある程度の強度を維持していたことから(図9B)、stERAPはERα-Y537Sの耐性細胞に対する抑制効果を有していると考えられた。
【0095】
ESR1変異体の乳がん細胞株はエストロゲン非依存的に高いPKCα活性を有している
ESR1変異体がPI3Kに結合することから、PI3Kの下流分子であるPKCを活性化することが考えられる(Biochem Biophys Res Commun,310, 720, 2004)。また、ERα陽性乳がんではエストロゲン刺激を介したPKCαの活性化がPHB2のSer39をリン酸化することを明らかにしてきたので(Nat Commun,8,15427,2017)、ESR1変異体の乳がん細胞株におけるPKCαの活性状態を評価した。実験は、各ESR1変異体をトランスフェクションしたHEK293T細胞およびMCF-7細胞にPKCα阻害剤staurosporineを24時間処理したあと、抗PKCα抗体で免疫沈降して、Ser39を含むPHB2ペプチド(YGVRESVFTVE (配列番号:17))を基質としてPKCα活性を測定した。その結果、ESR1変異体細胞はmockやWTと比較して顕著なPKCα活性を示したのに対して(図10A)、staurosporine処理はその活性をほぼ完全に抑制したことから(図10A)、ESR1変異体細胞のPKCα活性はPI3K由来の可能性が考えられた。
そこで、各ESR1変異体をトランスフェクションしたMCF-7細胞に対して、PI3K阻害剤wortmanninを24時間処理したときのPKCα活性およびリン酸化PI3Kを評価した。その結果、各ESR1変異体をトランスフェクションした細胞のPKCαの活性はwortmannin処理により有意に抑制された(図10B)。さらに、ESR1変異体をトランスフェクションした細胞は、PKCαおよびPI3Kのリン酸化がWTより顕著に誘導されたが、その各リン酸化はwortmanninでほぼ完全に阻害されていたことから(図10C)、PI3Kの下流にPKCαの活性化が存在していることが示唆された。さらに、各ESR1変異体細胞株のPKCα活性とリン酸化PKCαの強度がほぼ相関しており、Y537Sをトランスフェクションした細胞株がもっとも高いPKCαの活性化とリン酸化を示した。
【0096】
ESR1変異体の乳がん細胞株の増殖に対するstERAPと抗エストロゲン剤との併用効果
ESR1変異体を過剰発現させたMCF-7細胞の増殖に対するstERAPと既存のホルモン剤(タモキシフェン、フルベストラント)および分子標的薬(mTOR阻害剤エベロリムス)の併用効果を、96時間反応で検討した。実験は、エストロゲン非存在下で各ESR1変異体をトランスフェクションしたあと、10μM stERAP、1μM タモキシフェン、2μM フルベストラントおよび0.5μM エベロリムス処理を行った。その結果、96時間のstERAP単独処理はESR1変異体のトランスフェクション細胞の増殖を有意に抑制し、特にY537Sの変異体で49%の抑制率を示した(図11)。さらに、タモキシフェン、フルベストラントならびにエベロリムスとの併用は、ESR1変異体の細胞増殖を相乗的に抑制することができ、すべての変異体細胞株の増殖に対して80%以上の抑制率を示した(図11)。
【0097】
エストロゲン存在下のESR1変異体の乳がん細胞株の増殖に対するstERAPの抑制効果
ESR1変異体をトランスフェクションした細胞株の増殖に対して、stERAP処理はエストロゲン非存在下で40~50%の抑制率を示したので(図11)、エストロゲン存在下でのstERAPの抑制効果が亢進するかどうかを検討した。その結果、エストロゲン非存在下でのstERAPの単独処理はmockとWTの細胞増殖をほとんど抑制しなかったのに対して、S463P,Y537S,D538G,S463P/D538Gの変異体の細胞増殖では各24%,44%,39%,40%の抑制率を示した(図12)。一方、エストロゲン存在下のstERAP処理は、mockとWTではエストロゲン刺激による増殖をほぼ完全に抑制することができ、各ESR1変異体では1nM以上のエストロゲンが共存することでstERAPの抑制効果が相乗的に亢進し、S463P,Y537S,D538G,S463P/D538Gで各62%,80%,75%,77%の抑制率を示した(図12)。さらに、10nM エストロゲン共存下では76%,82%,84%,83%とさらなる抑制率の亢進が認められた(図12)。これはエストロゲン・シグナルが追加されたことで、stERAPの作用点が多くなり、相乗的な抑制効果を引き起こした可能性が考えられた。
【0098】
ESR1変異体の乳がん細胞株のERα転写活性に対するstERAPの抑制効果
ESR1変異体(S463P, Y537S, D538G, S463P+D538G)のERα転写活性に対するstERAPの抑制効果を検討した。実験は、ERE-ルシフェラーゼと各FLAGタグ化ESR1変異体をトランスフェクションしたMCF-7細胞を、各エストロゲン濃度(0.1,1,10nM)の共存下でstERAPを24時間処理したときのERE-ルシフェラーゼ活性(ERα転写活性)を測定した。その結果、WTのFLAGタグ化ERαをトランスフェクションした細胞ではERE-ルシフェラーゼ活性が0.1nM以上のエストロゲンで濃度依存的に増加したが、その活性はstERAP処理によりほぼ完全に抑制された(図13)。一方、各ESR1変異体のトランスフェクション細胞ではエストロゲン非存在下でもERE-ルシフェラーゼ活性が顕著に誘導され(S463P:2.3倍、Y537S:7.5倍、D538G:5.0倍、S463P/D538G:6.6倍)、特に、Y537Sのトランスフェクション細胞はWTの10nM エストロゲン刺激と同程度の活性化が誘導されていた(図13)。さらに、WTのエストロゲン刺激と同様に、stERAPはいずれの条件でもERE-ルシフェラーゼ性を顕著に抑制することが可能であった。
【0099】
Y537SノックインMCF-7細胞の増殖に対するstERAPの抑制効果
ESR1のY537SをノックインしたMCF-7細胞を用いて、24時間のstERAP処理が細胞増殖に及ぼす影響を検討した。その結果、stERAP処理はエストロゲン非存在下でも濃度依存的に細胞増殖を抑制し、10μMで有意な抑制効果を示し(図14)、IC50(50%阻害濃度)は1.57μMであった。さらに、エストロゲン存在下ではエストロゲン・シグナルの追加によりstERAPの抑制率は顕著に亢進し、IC50は0.78μMであった。
【0100】
実施例4 トラスツズマブ耐性HER2陽性乳がん細胞におけるstERAPの効果
材料と方法
細胞株
ヒト乳がん細胞株(MCF-7、BT-474、SK-BR-3)はAmerican Type Culture Collection(ATCC, Rockville, MD, USA)から購入した。KPL-4は物質移動合意書の下で紅林淳一博士(川崎医科大学, 岡山, 日本)から、トラスツズマブ耐性SK-BR-3は神崎浩孝博士(岡山大学,岡山,日本)から提供された。すべての細胞株は、それぞれの寄託者の推奨する条件下で培養された。
【0101】
細胞培養
SK-BR-3細胞は10% FBS(ニチレイバイオサイエンス、東京、日本)と1% antibiotic/antimycotic solution(Thermo Fisher Scientific, Fremont, CA, USA)を添加したMcCoy’A(Thermo Fisher Scientific)で、KPL-4細胞、BT-474細胞、トラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞は10% FBSと1% antibiotic/antimycotic solutionを添加したDMEM(Sigma,St.Louis,MO,USA)で培養した。細胞の播種は、48ウェルプレート(2×104cells/0.2mL)、6ウェルプレート(5×105cells/2mL)、10cm dish (2×106cells/10mL)に播種した。細胞は、5% CO2、37℃でインキュベートし、24時間後にstERAPなどの阻害剤で処理した。
【0102】
化合物と阻害剤
BIG3-PHB2の結合阻害ペプチドは、WO2013/018690に記載されるシングルのステープルドERAP(stERAP)を用いた。リコンビナントPHB2はAbnova(Taipei, Taiwan)から、リコンビナントTTKとリコンビナントMK5はSignalChem(Richmond, Canada)から、TTK阻害剤AZ3146はSanta Cruz Biotechnologyから購入した。
【0103】
ウェスタンブロット解析
細胞を0.1% protease inhibitor cocktail III(Calbiochem, San Diego,CA,USA)を含む溶解緩衝液(50mM Tris-HCl: pH8.0,150mM NaCl,0.1% NP-40,0.5% CHAPS)で溶解した。細胞溶解物を電気泳動し、ニトロセルロースメンブレンにブロットし、4% BlockAce solution(大日本製薬、大阪、日本)で3時間ブロッキングした。メンブレンを、抗BIG3精製抗体(抗hA7322(His13),Sigma);抗HAタグ抗体 (3F10,Roche,Mannheim,Germany);抗PHB2抗体、抗NcoR抗体(Abcam, Cambridge,UK);抗PKAα cat 抗体 (C-20), 抗PKCα抗体 (H-7), 抗PP1Cα抗体(FL-18)、抗 HDAC1抗体(H-51)(Santa Cruz Biotechnology, Santa Cruz, CA, USA);抗HER2抗体(Merck,Darmstadt,Germany);抗HER3抗体(1B2E)、抗TTK抗体(D-8)、抗MK5抗体(D70A10)、抗CHK1抗体(G-4)、抗リン酸化Shc(Y239/Y240)、抗p38抗体、抗リン酸化p38抗体(T180/Y182)、抗NF-κB p65抗体 抗IκB抗体(L35A5)、抗リン酸化IκB抗体(S32/S36、5A5)(Cell Signaling Technology, Danvers,MA,USA);抗Shc抗体(BD, Franklin Lakes, NJ, USA);抗リン酸化PHB2精製抗体(Ser39)、抗リン酸化BIG3精製抗体 (Ser305)、抗リン酸化BIG3抗体 (Ser1208、株式会社スクラム、東京、日本);抗リン酸化スレオニン抗体(Thermo Fisher Scientific)の存在下で12時間インキュベートした。HRP結合二次抗体(Santa Cruz Biotechnology)の存在下で1時間インキュベートした後、メンブレンをenhanced chemiluminescence system(GE Healthcare, Buckinghamshire, UK)で展開した。ブロットは、Image Reader LAS-3000 mini(富士フィルム、東京、日本)を用いてスキャンした。
【0104】
Phos-tag SDS-PAGE
キナーゼによるPHB2のダイレクトなリン酸化を評価するために、precast SuperSep gels (50μM phos-tag acrylamide and 100μM ZnCl2,和光ケミカル、大阪、日本)を用いてPhos-tag SDS-PAGEに供した。分子量マーカーはWIDE-VIEW Prestained Protein Size Marker III (和光ケミカル)を使用した。リン酸化効率は、トータルPHB2バンドに対するリン酸化PHB2バンドの比率により算出した。
【0105】
免疫沈降
「ウェスタンブロット解析」の項で述べたように、細胞を0.1% NP-40溶解緩衝液で溶解し、Normal IgGおよびrec-Protein G Sepharose 4B(Thermo Fisher Scientific)を用いて、4℃で3時間、細胞溶解物をプレクリーンした。遠心分離後、上清を5μgの抗BIG3抗体、抗PHB2抗体、抗HER2抗体、抗PKCαおよび抗HAタグ抗体の存在下で4℃、12時間インキュベートした。その後、rec-Protein G Sepharose 4Bを添加して4℃、1時間インキュベートすることで、抗原-抗体複合体を沈降させた。免疫沈降されたタンパク質複合体を溶解緩衝液で3回洗浄し、SDS-PAGEにより分離した。その後、ウェスタンブロット解析を行った。
【0106】
in vivo腫瘍増殖阻害
KPL-4細胞懸濁液およびトラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞懸濁液(1×107 cells/mouse)を等量のMatrigel(BD)と混合し、5週齢メスBALB/cヌードマウス(チャールス・リバー・ラボラトリーズ、東京、日本)の乳房脂肪体に注射した。マウスは、12時間明期/12時間暗期のサイクルで無菌の隔離施設で飼育し、げっ歯類飼料と水を自由給餌した。腫瘍は、約100mm3(1/2×(幅×長さ2)として算出)のサイズに達するまで1週間にわたって発育させた。その後、マウスを各実験群(5個体/群)に無作為に分けた。stERAP処理は150μg/kgを7日毎に尾静脈注射により、マウスに投与した。腫瘍体積は、ノギスを用いて4日毎に4週間にわたって測定した。すべての試験は徳島大学の動物施設の指針に従って行った。
【0107】
キナーゼ反応
PKA(Protein Kinase A)とPKCα(Protein Kinase C alpha)の活性は、BIG3およびPKCαの免疫沈降物を、キナーゼ緩衝液(25mM Hepes, pH7.2、25mM MgCl2、5mM EDTA、5mM EGTA、0.25mM DTT)下で合成基質CREBtide(KRREILSRRPSYR)と0.5mM ATPと30℃、30分間反応させ、ADP-Glo kinase assay Kit (Promega, Fitchburg, WI, USA)を用いて測定した。
【0108】
PP1Cα活性
PP1Cαのホスファターゼ活性は、Protein Phosphatase Assay Kit(AnaSpec, Fremont, CA, USA)を用いて行った。細胞溶解液を基質(p-Nitrophenyl phosphate)と室温で60分間インキュベートした後、反応を停止させ、405nmの吸光度を測定した。PP1Cα活性(μmole/min)は、1分間当たり1μmoleの基質を触媒する酵素量として定義した。
【0109】
細胞増殖アッセイ
Cell-Counting Kit-8(CCK-8,同仁堂、熊本、日本)を用いて細胞増殖アッセイを行った。細胞をハーベストし、2 × 104 cells/wellで48ウェルプレートにプレートし、5% CO2存在下のインキュベーター(37℃)で維持した。指示された時点で、10倍希釈したCCK-8溶液を添加して30分間インキュベートし、450nmの吸光度を測定して生存細胞の数を計算した。
【0110】
リアルタイムPCR
リアルタイムPCRによりBIG3の発現を評価した。各細胞からNucleoSpin RNA(Macherey-Nagel, Germany)を用いて全RNAを抽出し、Superscript II reverse transcriptase(Thermo Fisher Scientific)、oligo dT primer(Thermo Fisher Scientific)および25mM dNTP Mixture(Thermo Fisher Scientific)を用いてcDNAに逆転写した。SYBR Premix Ex Taq(Thermo Fisher Scientific)を用いた7500 Real Time PCR System(Thermo Fisher Scientific)でのリアルタイムPCRによりcDNAを解析した。各サンプルは、β2-MGのmRNA含量で標準化した。増幅のために使用したプライマーは以下の通りである;
BIG3 : 5’-CTTGACAAGGCCTTTGGAGT-3’ (配列番号:18)と
5’-CAATATGCTTTTCCCGCTTT-3’ (配列番号:19)、
β2-MG: 5’-AACTTAGAGGTGGGGAGCAG-3’ (配列番号:20)と
5’-CACAACCATGCCTTACTTTATC-3’(配列番号:21)。
【0111】
細胞質と核の単離
細胞質画分と核画分はNE-PER nuclear and cytoplasmic extraction reagent(Thermo Fisher Scientific)を用いて単離した。
【0112】
細胞周期
細胞を冷70%エタノールで固定し、20μg/mL ヨウ化プロピジウム(Sigma)及び1mg/mL リボヌクレアーゼA(Sigma)で細胞を染色し、FACSCalibur(BD, Franklin Lakes,NJ,USA)により解析し、CellQuest software (BD, Franklin Lakes, NJ, USA)を用いて細胞周期を評価した。
【0113】
統計解析
試験群間の差異の統計的有意性を決定するためにスチューデントのt検定を使用し、P値 < 0.05で有意とみなした。
【0114】
結果
HER2陽性乳がん細胞株でのBIG3はAKAPとして機能する
本発明者らは、エストロゲン受容体(ERα)陽性の乳がん細胞ではBIG3はAKAP(A kinase anchor protein)として機能することを、WO2013/018690 およびNat Commun. 2017 May 30;8:15427にて報告しているが、今回はHER2(human epidermal growth factor receptor 2)陽性乳がん細胞株でもBIG3はAKAPとして機能するかどうかを検討した。まず、HER2陽性乳がん細胞株におけるBIG3の発現を、リアルタイムPCRで評価した。その結果、各HER2陽性乳がん細胞株(BT-474細胞、SK-BR-3細胞、KPL-4細胞)はBIG3の顕著な発現亢進を認め(図15A)、ERα陽性乳がん細胞のMCF-7細胞より高い発現を示した。
そこで、HER2陽性乳がん細胞でもERα陽性乳がん細胞と同様に、BIG3がAKAPとして機能する可能性を考えた。その結果、HER2陽性乳がん細胞株のSK-BR-3細胞およびKPL-4細胞はBIG3の免疫沈降物に対してPKA、PP1Cα、PHB2と強く結合することが明らかになり(図15B)、BIG3はHER2陽性乳がん細胞でもPKAおよびprotein phosphataseと複合体を形成することで、AKAPとして機能する可能性が考えられた。
次に、HER2陽性乳がん細胞でのBIG3の活性化機構を評価するために、HER2シグナルおよびEGFR(Epidermal Growth Factor Receptor)シグナルの下流にPKAとPP1Cαが存在するかどうかを、HER2阻害剤トラスツズマブとEGFR阻害剤ラパチニブを用いてBIG3のPKA活性およびPP1Cα活性に及ぼす影響を検討した。その結果、BIG3の免疫沈降物はPKA阻害剤H-89およびトラスツズマブ処理によりPKA活性が各100%、88%の抑制率を、PP1Cα活性は各96%、88%の抑制率を示した(図15C)。一方、ラパチニブ処理はPKA活性とPP1Cα活性に対して約15%の減少しか認めなかったことから(図15C)、BIG3はHER2シグナルを介して活性化されることが示唆された。
【0115】
HER2陽性乳がん細胞株でのBIG3の活性化機構
BIG3の活性化にはSer305およびSer1208のリン酸化が必要であるので(Nat Commun, 8,15427,2017)、HER2陽性乳がん細胞でのBIG3のリン酸化を検討した。その結果、SK-BR-3細胞およびKPL-4細胞ではBIG3は各リン酸化(Ser305とSer1208)を恒常的に誘導されていることが認められ(図16)、HER2陽性乳がん細胞ではBIG3は常に活性化されていると考えられた。一方、PKA阻害剤H-89、HER2阻害剤トラスツズマブおよびEGFR阻害剤ラパチニブによる影響を検討したところ、SK-BR-3細胞とKPL-4細胞で活性化されたBIG3の各リン酸化(Ser305とSer1208)はH-89およびトラスツズマブ処理によりほぼ完全に抑制されたのに対して、ラパチニブ処理はBIG3リン酸化の抑制にあまり関与していなかったことから(図16)、BIG3はHER2シグナル由来のPKAを介して活性化される可能性が示唆された。
【0116】
HER2陽性乳がん細胞株でのBIG3がPHB2の抑制活性を制御する
これまでに本発明者らはPKAにより活性化されたBIG3のリン酸化が、PP1Cαのホスファターゼ活性を亢進し、PP1Cαの調節ユニットであるBIG3に結合しているがん抑制因子PHB2(Prohibitin 2)のSer39のリン酸化を脱リン酸化することで、乳がん細胞の増殖に大きく関与していることを明らかにしてきた(Nat Commun,8,15427,2017)。さらに、本発明者らは、BIG3とPHB2の相互作用を標的とするドミナント・ネガティブ・ペプチドであるERAPを設計し(Nat Commun,4,2443,2013)、長期安定性やBIG3-PHB2相互作用の阻害に対して高感受性を有するように生物学的な改善を試み、ステープルドERAP(stERAP)を作製した(Sci Rep,7,1821,2017)。実際に、stERAPを乳がん細胞株に投与すると、BIG3とPHB2の結合が完全に阻害され、BIG3から遊離したPHB2は迅速にSer39をリン酸化されることで、抑制活性を有することを示した(Sci Rep,7,1821,2017)。そこで、stERAPがHER2陽性乳がん細胞のBIG3とPHB2に及ぼす影響を検討した。その結果、SK-BR-3細胞およびKPL-4細胞にstERAP処理したとき、BIG3とPHB2の相互作用はほぼ完全に阻害されることが観察された(図17A)。さらに、stERAP処理によりBIG3より遊離したPHB2はSer39およびスレオニンのリン酸化が迅速に誘導されることが認められ(図17A)、BIG3がPHB2のリン酸化(抑制活性化)を制御していることが示唆された。
次に、HER2陽性乳がん細胞でのPHB2の活性化機構を評価した。実験は、BIG3の活性化を抑制するためにsiRNA法によるPKAの発現抑制、ならびにHER2阻害剤トラスツズマブとEGFR阻害剤ラパチニブを用いてPHB2のリン酸化を検討した。その結果、PHB2(Ser39)のリン酸化はsiPKA処理およびトラスツズマブ処理でもほとんど減少傾向は認められなかったのに対して、ラパチニブ処理によりほぼ完全に抑制されたことから(図17B)、PHB2(Ser39)のリン酸化は主にEGFRシグナルによるものであると考えられた。
一方、PHB2のスレオニン・リン酸化はHER2シグナルおよびEGFRシグナルに非依存性であったことから(図17B)、Ser39のリン酸化とはまったく異なる活性化機構が存在していると考えられた。
【0117】
PKCα依存性PHB2(Ser39)のリン酸化
これまでに、ERα陽性乳がんではPKCαがPHB2のSer39をリン酸化することを明らかにしてきたので(Nat Commun,8,15427,2017)、siRNA法によるPKCαの発現抑制がPHB2(Ser39)のリン酸化に及ぼす影響を検討した。その結果、stERAP処理により誘導されたPHB2(Ser39)のリン酸化はsiPKCα処理で顕著に抑制された(図18A)。さらに、SK-BR-3細胞でのPKCαの免疫沈降物のPKCα活性は、ラパチニブ処理により約80%の活性阻害を示したことから(図18B)、PHB2(Ser39)はEGFRシグナルによるPKCαの活性化を介してリン酸化されることが示唆された。
【0118】
リン酸化PHB2(Ser39)は核内の転写活性を抑制する
PHB2(Ser39)のリン酸化が転写活性の抑制に関与することを、PHB2のリン酸化変異体を用いて評価した。実験は、siRNA法によりPHB2の発現を抑制したSK-BR-3細胞にHAタグ化したPHB2コンストラクトおよびSer39のアラニン変異体(S39A)をトランスフェクションして、48時間後に24時間のstERAP処理を行い、その核画分を単離してHA抗体で免疫沈降した。その結果、stERAP処理により核内に移行したHAタグ化PHB2は、転写抑制因子NcoRとHDAC1との結合を顕著に認め(図19A)、転写活性を抑制できる可能性を示唆した。一方、S39Aをトランスフェクションした細胞では、HAタグ化S39Aに対するNcoRとHDAC1の結合は減弱していたことから(図19A;NcoR:82%、HDAC1:54%の減少率)、PHB2のセリン・リン酸化、特にSer39のリン酸化が転写活性の抑制に大きく関与していることが示唆された。さらに、S39Eの疑似リン酸化プラスミドを用いて、Ser39のリン酸化が転写活性の抑制に及ぼす影響を検討したところ、S39Eの疑似リン酸化をトランスフェクションした細胞ではWTと同じようにNcoRとHDAC1が強く結合しており(図19A)、PHB2のSer39のリン酸化が転写活性の抑制に重要であると考えられた。
次に、PHB2(Ser39)のリン酸化がHER2-HER3およびHER2-Shcの相互作用に及ぼす影響を検討した。その結果、stERAP単独処理によりBIG3から遊離したPHB2はSer39がリン酸化されることを認め、HER2に結合することでHER2とHER3およびHER2とShcの相互作用をともに83%まで阻害することを示した(図19B)。一方、stERAP存在下でのラパチニブ処理は、前述と同様に(図17B)、PHB2(Ser39)のリン酸化をほとんど認めなかったが、HER2-HER3およびHER2-Shcの相互作用を各62%、74%と顕著に阻害することができ、PHB2(Ser39)のリン酸化はHER2シグナルの抑制に影響していないと考えられた。一方、PHB2はstERAP処理によりスレオニン・リン酸化も誘導することが観察され(図19B)、このリン酸化はHER2シグナルおよびEGFRシグナルに非依存性であったことから(図17B図19B)、PHB2のスレオニン・リン酸化がHER2シグナルの抑制に大きく関与している可能性が示唆された。
【0119】
PHB2のスレオニン・リン酸化とその活性化機構
PHB2のスレオニン・リン酸化の活性化機構を検討した。まず、Ser39のリン酸化と同様にPKCαの関与を想定して、siRNA法によりPKCαを発現抑制したときのPHB2のスレオニン・リン酸化を評価したところ、stERAP処理により誘導されたPHB2のスレオニン・リン酸化はトラスツズマブ処理およびsiPKCα処理した細胞でも強く維持されており(図20A)、PHB2のスレオニン・リン酸化はPKCα以外のキナーゼにより活性化されることが示唆された。
stERAP処理によりBIG3から遊離したPHB2はSer39のリン酸化のほかにスレオニン・リン酸化を誘導することが示唆されたので(図17B図19B)、公共データベースからPHB2のスレオニン・リン酸化部位を予測した。その結果、NetPhos 3.1(http://www.cbs.dtu.dk/services/NetPhos/)ではThr155とThr169が高いスコアを示し(各0.849、0.992;表1A)、ともにPHB2のERα転写活性の抑制ドメイン(19-49aa、150-174aa;Proc Natl Acad Sci USA,96,6947,1999)に存在していたが、Thr169のリン酸化がPKC以外のキナーゼによる可能性が示唆された。
【0120】
【表1】
次に、Group-based Prediction System(GPS3.0;http://gps.biocuckoo.org/)を用いて、PHB2のスレオニン残基のリン酸化に関するキナーゼを予測したところ、Thr42のリン酸化に対するTKKが他のものと比べて顕著に高いスコア(62.64)を示した(表1B)。以上の予測結果から、PHB2のThr42およびThr169をスレオニン・リン酸化部位と予測し、そのキナーゼとしてThr42はTTK、Thr169はCHK1とMK5に着目した。
そこで、siRNA法によりTTK、CHK1およびMK5の発現を抑制してstERAP処理したときのPHB2のスレオニン・リン酸を評価した。その結果、stERAP処理で誘導されたPHB2のスレオニン・リン酸化は、siTTK処理およびsiMK5処理により79%と74%の抑制効果を示した(図20B)。また、siCHK1処理もPHB2のスレオニン・リン酸化に対して33%の抑制率であったが、TTKおよびMK5がPHB2のスレオニン・リン酸化に大きく関与していると判断した。
興味深いことに、p38がTTKの基質として報告されていることから(JP4647456B2)、TTKとp38の関係を調査したところ、p38のリン酸化がsiTTK処理により約25%まで抑制され(図20B)、TTKの下流にp38が存在することが示唆された。さらに、p38はMK5を活性化することから(Cell Signal,22,1185,2010)、TTKに活性化されたp38を介してMK5が活性化される経路が存在することが示唆された。以上の結果から、TTKがPHB2のThr42およびThr169のリン酸化を制御していること、およびMK5がThr169のリン酸化に関与していることが考えられた。
【0121】
TTKおよびMK5によるPHB2のスレオニン・リン酸化がHER2シグナルに及ぼす影響
HER2-HER3およびHER2-Shcの相互作用に及ぼすTTK、MK5およびCHK1の影響を調べるために、それぞれをsiRNAにより発現抑制したあと、HER2抗体で免疫沈降した。その結果、SK-BR-3細胞に1μM stERAP処理したとき、HER2に対するHER3およびShcの結合は93%、90%まで阻害されたのに対して、TTKおよびMK5の発現を抑制するとその結合阻害は回避された(図21A;siTTK:阻害率23%と9%、siMK5:阻害率48%と31%)。また、TTKとMK5の発現抑制はstERAP処理によるPHB2のスレオニン・リン酸化の各87%、46%を抑制していた(図21A)。他のHER2陽性乳がん細胞株KPL-4細胞でも同様な結果が得られたことから(図21B)、TTKおよびMK5によるPHB2のスレオニン・リン酸化がHER2シグナル・カスケードの制御に重要であると考えられた。一方、SK-BR-3細胞およびKPL-4細胞でCHK1の発現抑制は、stERAP処理によるHER2-HER3とHER2-Shcの結合阻害を回避できなかったことから、HER2シグナルにほとんど関与していないと考えられた。
次に、TTK阻害剤AZ3146を用いて、PHB2のスレオニン・リン酸化およびHER2シグナルに及ぼす影響を検討した。その結果、stERAP単独処理によりHER2-HER3およびHER2-Shcの相互作用が顕著に阻害されることが再現されたのに対して(各96%、91%の阻害率)、AZ3146はその阻害効果をほぼ完全にキャンセルした(図20C)。さらに、AZ3146はPHB2のスレオニン・リン酸化を23%に阻害したことから(図20C)、TTKの活性化によるPHB2のスレオニン・リン酸化がHER2シグナルの阻害に関与していることが示唆された。
【0122】
PHB2のスレオニン・リン酸化部位の同定
PHB2のスレオニン・リン酸化部位がThr42とThr169であることを検討した。実験は、HAタグ化したPHB2コンストラクト(WT)、Thr42のアラニン変異体(T42A)、Thr169のアラニン変異体(T169A)、Thr42とThr169のダブル・アラニン変異体(T42A+ T169A)を、siRNA法により内在性PHB2を発現抑制したSK-BR-3細胞にトランスフェクションし、24時間のstERAP処理したあと、抗HA抗体で免疫沈降した。その結果、WTのトランスフェクション細胞でstERAP処理により誘導されたPHB2のスレオニン・リン酸化は、T42AおよびT169Aで各50%、20%の減弱が観察され、T42A+T169Aのダブル変異体では76%のスレオニン・リン酸化が抑制された(図22A)。
次に、PHB2のThr42とThr169の各リン酸化がHER2シグナルの抑制に及ぼす影響を検討した。実験は、siRNA法により内在性PHB2を発現抑制したSK-BR-3細胞に、各HAタグ化PHB2(野生型WT、Ser39のアラニン変異体S39A、Thr42とThr169のダブル・アラニン変異体T42A+ T169A)をトランスフェクションしたあと、24時間のstERAP処理をして、抗HER2抗体および抗BIG3抗体で免疫沈降した。その結果、stERAPの未処理でもHER2に各HAタグ化PHB2がダイレクトに結合していたが、stERAP処理によりBIG3と各HAタグ化PHB2との結合がほぼ完全に阻害され(図22B、BIG3の免疫沈降物)、それに伴ってHER2へのHAタグ化PHB2の結合量が増加したことから、stERAP処理下ではHAタグ化PHB2がBIG3に結合しない条件が成立していると判断した。
そこで、この条件下でHER2-HER3およびHER2-Shcの相互作用に対する各HAタグ化PHB2の影響を評価したところ、HER2に結合したPHB2-WTはHER2-HER3およびHER2-Shcの相互作用をほぼ完全に阻害していたのに対して(図22B;HER2-HER3:98%、HER2-Shc:93%の阻害率)、PHB2-S39Aの変異体はHER3およびShcとの結合を各95%、85%まで阻害され(図22B)、WTの阻害効果とほとんど同じであった。一方、T42A + T169Aのスレオニン・ダブル変異体ではPHB2のSer39がリン酸化されているにも関わらず、PHB2の抑制機能が顕著に失われ(HER2-HER3:15%、HER2-Shc:15%の阻害率)、HER2シグナルに対するPHB2の抑制機能はThr42とThr169の各リン酸化が大きく関与していることが示唆された。
【0123】
TTKおよびMK5によるPHB2のスレオニン・リン酸化
TTKとPHB2が結合するかどうかを、24時間のstERAP処理したSK-BR-3細胞に対して抗TTK抗体および抗PHB2抗体で免疫沈降して検討した。その結果、両抗体による免疫沈降によりTTKとPHB2は強く相互作用することが認められ(図23A)、TTKがダイレクトにPHB2をリン酸化していることが示唆された。
次に、TTKおよびMK5がPHB2をダイレクトにスレオニン・リン酸化する可能性をPhos-tagを用いたSDS-PAGEにより評価した。実験は、リコンビナントPHB2とリコンビナントTTKもしくはリコンビナントMK5とATP存在下で30℃、30分間反応させたあと、Phos-tag SDS-PAGEに供した。その結果、リコンビナントTTKはPHB2とのモル比1:1のときにリン酸化バンドが僅かに確認されたが(28%のリン酸化)、PHB2:TTK = 1:2以上のモル比では75%のリン酸化バンドが顕著に検出された(図23B)。また、抗リン酸化スレオニン抗体でイムノブロットしてもほぼ同じ位置にリン酸化バンドが認められた(図23B)。さらに、リン酸化Thr42とリン酸化Thr169に対する免疫血清をイムノブロットしたところ、リン酸化Thr42の検出が高感受性であったが、PHB2とTTKのモル比に応じて各リン酸化バンドが顕著に認められ(図23B)、TTKはPHB2のThr42とThr169をダイレクトにリン酸化できる可能性が示唆された。
リコンビナントMK5はモル比PHB2:MK5 = 1:0.25からリン酸化バンドが僅かに確認され(6.5%のリン酸化)、モル比に応じてリン酸化効率が増加し、PHB2:MK = 1:2以上のモル比では75%のリン酸化バンドが検出され、抗リン酸化スレオニン抗体のイムノブロットと同じ位置であった(図23C)。さらに、上記同様に免疫血清をイムノブロットしたところ、リン酸化Thr42の血清もわずかに反応していたが、リン酸化Thr169血清が抗リン酸化スレオニン抗体とほぼ同じリン酸化の挙動を示し、Thr169がMK5によるPHB2のリン酸化部位として強く示唆された。
【0124】
HER2陽性乳がん細胞株の増殖に及ぼすstERAPの抑制効果
HER2陽性乳がん細胞株におけるstERAPの増殖抑制効果について検討した(図24)。その結果、stERAPは各HER2陽性乳がん細胞株(SK-BR-3細胞、BT-474細胞、KPL-4細胞)の増殖に対して容量依存的な抑制効果を認め、各細胞株に対するIC50(50%阻害濃度)は0.054μM、0.58μM、0.02μMであった。さらに、SK-BR-3細胞およびKPL-4細胞はエストロゲン受容体(ERα)陰性であることから、stERAPはBIG3が発現していれば、HER2陽性乳がん細胞およびERα陰性細胞においても顕著な増殖抑制効果を示すことが明らかになった。
【0125】
stERAPはHER2-HER3ならびにHER2-Shcの相互作用を阻害する
各HER2陽性乳がん細胞株の増殖に対するstERAPのIC50と完全抑制濃度を用いて(SK-BR-3細胞:0.05μMと1μM、BT-474細胞:0.5μMと10μM、KPL-4細胞:0.01μMと1μM)、各細胞株のHER2-HER3およびHER2-Shcの相互作用に及ぼす影響、ならびにトラスツズマブとの併用効果について検討した。その結果、トラスツズマブはHER2とHER3およびShcとの結合をほとんど阻害できなかったのに対して、stERAPの単独処理は強い阻害効果を得ることができ(図25)、細胞増殖に対する完全抑制濃度ではHER2-HER3およびHER2-Shcの相互作用をほぼ完全に阻害することが可能であった。また、stERAPのIC50でもトラスツズマブと併用することで、劇的な阻害率の亢進を認めた(図25)。
さらに、stERAP処理はHER2(Y877)のリン酸化およびShcのリン酸化(Y239/Y240)に対しても同様な阻害効果を示した(図25)。また、stERAP処理はHER2に対するPHB2の結合量を濃度依存的に誘導していたが、トラスツズマブと併用してもPHB2の結合量は変化しなかった(図25)。
【0126】
トラスツズマブ耐性HER2陽性乳がん細胞株に対するstERAPの抑制効果
トラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞におけるstERAPの増殖抑制効果について検討した。その結果、トラスツズマブの単独投与はトラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞の増殖をまったく抑制できなかったのに対して、stERAP処理はトラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞の増殖を容量依存的な抑制効果を認め、トラスツズマブ感受性SK-BR-3細胞のIC50(0.054μM、図24)と比べてIC50は10.64μMと高かったが(図26A)、stERAPは耐性および感受性細胞に関わらず有意な抑制効果を有していることが明らかになった。
次に、stERAPがトラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞のHER2-HER3ヘテロダイマーおよびHER2-Shcの結合に及ぼす影響を検討した。その結果、stERAPは感受性および耐性細胞株におけるHER2-HER3とHER2-Shcの結合およびShcのリン酸化(Y239/Y240)をほぼ完全に阻害することが可能であった(図26B)。また、stERAP処理することでBIG3から遊離したPHB2がHER2に結合することが観察され、PHB2がHER2-HER3やHER2-Shc複合体の阻害に関与していることが示唆された。一方、ハーセプチン単独処理はHER2-HER3とHER2-Shcの結合にほとんど影響を及ぼさなかった。
【0127】
トラスツズマブ耐性HER2陽性乳がん細胞株のNF-κBシグナルに及ぼすstERAPの影響
HER2陽性乳がん細胞におけるNF-κBシグナルの活性化が、化学放射線療法の耐性を生じる可能性が報告されている(Anticancer Res,26,4235,2006、Breast Cancer Res,13,221,2011)。そこで、stERAPがHER2陽性乳がん細胞株のNF-κBシグナルに及ぼす影響を検討した。その結果、親株のSK-BR-3細胞と比較して、トラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞では多くのNF-κB p65が核に移行していることが観察され、このシグナルがトラスツズマブ治療に対する耐性に関与することが示唆された(図27)。一方、stERAPの投与はトラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞におけるNF-κB p65の核移行を顕著に阻害していた(図27)。さらに、stERAPはトラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞のみで活性化されるIκBαのリン酸化をほぼ完全に阻害することで、NF-κB p65の核移行を制御していることも明らかになった(図27)。以上より、stERAPはIκBαのリン酸化およびNF-κB p65の核移行を抑制することで、トラスツズマブ治療に対する耐性を回避できることを示唆するものである。
【0128】
トラスツズマブ耐性HER2陽性乳がん細胞株の細胞周期に及ぼすstERAPの影響(図28)
stERAP投与によるトラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞の細胞周期に与える影響を調べた。その結果、トラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞の細胞周期がG2/M期に顕著に進行していたが、トラスツズマブの投与はほとんど細胞周期を停止させることができなかったのに対して、stERAPの単独投与はG0/G1期における細胞周期の停止が観察された。さらに、20μM stERAPおよび100μg/mL トラスツズマブを併用すると、sub-G1期の細胞が顕著に増加して、細胞死が認められた。以上より、stERAPはG1期停止を誘導することで細胞増殖抑制効果を導き、作用機序の異なるトラスツズマブと併用することで細胞死を促進することがわかった。
【0129】
トラスツズマブ耐性HER2陽性乳がん細胞におけるstERAPのin vivo抗腫瘍効果(図29
stERAPによるin vivo抗腫瘍効果について検討した。KPL-4およびトラスツズマブ耐性SK-BR-3細胞をBALB/cヌードマウス乳腺へ同所性移植し、腫瘍が約100mm3に到達したときにstERAPの尾静脈投与を開始し、以後、7日ごとに投与して抗腫瘍効果を調べた。その結果、KPL-4腫瘍およびトラスツズマブ耐性SK-BR-3腫瘍は経時的に増殖したのに対して、150μg/kgのstERAPは投与後すぐに腫瘍径の減少傾向を認め、7日毎の投与であっても有意な阻害効果を持続し、28日後には腫瘍の縮小が観察された。また、stERAP投与による毒性および有意な体重減少は観察されなかったことから、治療的観点から優れた治療指数を示唆するものである。
【0130】
実施例5 ダブルstERAPの効果
材料と方法
細胞株および培養条件
3種類のヒト乳がん細胞株SK-BR-3、BT-20、MDA-MB-231およびヒト滑膜肉腫細胞株SW982は、American Type Culture Collection(ATCC,Manassas,VA,USA)から購入した。
SK-BR-3細胞はMcCoy's 5A培地(Thermo Fisher Scientific,Waltham,MA,USA)、BT-20はEMEM培地(Thermo Fisher Scientific)を用いて、5%CO2、37℃で培養した。MDA-MB-231細胞およびSW982細胞は、Leibovitz's L-15 培地(Thermo Fisher Scientific)を用いて、CO2濃度調節なし、37℃で培養した。全ての培地は、10% FBS(Thermo Fisher Scientific)、1%抗生物質-抗真菌剤溶液(和光純薬,大阪,日本)を補充して使用した。
【0131】
細胞増殖アッセイ
細胞播種は、SK-BR-3細胞、BT-20細胞、MDA-MB-231細胞では48ウェルプレートに1×104細胞/200μL in well、SW982細胞では0.5×104細胞/200μL in wellで行った。48時間後、各ウェルの培地をペプチド(シングルstERAPとダブルstERAP#46:20μMから3倍の系列希釈、ダブルstERAP#45:50μMから2倍の系列希釈)を加えた培地と交換し、さらに96時間培養後、Cell Counting Kit-8(同仁堂、熊本、日本)を用いて細胞増殖レベルを測定した。データは3つの独立した実験より取得し、グラフ作成・データ解析ソフトウェアSigmaPlot(Systat Software,San Jose,CA,USA)を用いてグラフ作成(平均±標準偏差)および細胞増殖に対するペプチドの50%阻害濃度(IC50)の算出を行った。
【0132】
細胞周期解析
SK-BR-3細胞とMDA-MB-231細胞をそれぞれ5×105細胞/10cm dishに播種した。72時間後、培地を5μMのペプチドを加えた新しい培地と交換し、48時間、72時間、96時間後にトリプシン処理により細胞を回収し、70%エタノール溶液を加えて-20℃で一晩以上固定した。細胞懸濁液の溶液を70%エタノールからPropidium Iodide(PI)/RNase Staining Solution(Cell Signaling Technologies,Danvers,MA,USA)に置き換え、室温、暗所にて15分間反応させた後、セルストレイナー(BD biosciences, Franklin Lakes,NJ,USA)により細胞凝集塊を除去した。次に、各細胞サンプルの細胞周期の比率をFACS array(BD biosciences)と解析ソフトウェアFlowJo (FLOWJO LCC,Ashland,OR,USA)により解析した。
【0133】
結果
stERAPによる乳がん細胞株および滑膜肉腫細胞株の増殖抑制効果
3種類の乳がん細胞株(SK-BR-3、BT-20、MDA-MB-231)および滑膜肉腫細胞株SW982に対して、3種類のstERAPが及ぼす細胞増殖への影響を調べた。その結果、図30に示すように全ての細胞株で各stERAPによる濃度依存的な細胞増殖抑制効果が観察された。また、表2に各ペプチドの50%阻害濃度(IC50)を示した。3種類のペプチドの中では、ダブルstERAP#46の増殖阻害効果が最も高く、悪性度の高いトリプルネガティブ乳がん由来の細胞株(BT-20とMDA-MB-231)や滑膜肉腫由来の細胞株SW982においても強い増殖抑制効果が観察された。
【0134】
stERAPの乳がん細胞株(SK-BR-3とMDA-MB-231)の細胞周期に与える影響
2種類の乳がん細胞株(SK-BR-3とMDA-MB-231)に対して、細胞増殖抑制効果の著しい2種類のペプチド(シングルstERAPとダブルstERAP#46)が細胞周期に与える影響をフローサイトメトリー解析にて検討した。その結果、図31Aに示すように、SK-BR-3細胞においては、両ペプチド添加により、それぞれ陰性対照のリン酸緩衝生理食塩水(PBS)添加と比べて、G2/M期の細胞数の減少を認める一方、G1期の細胞数の増加を認め、このことから、G1期の細胞周期停止が観察された。この効果はペプチド添加96時間後においても維持されていた。一方、MDA-MB-231細胞においては、図31Bに示すように、G1期の細胞数減少、かつS期の細胞数増加を認め、S期の細胞周期停止が観察され、この効果は96時間後においても維持されていた。これらの結果は、2種類のペプチド(シングルstERAPとダブルstERAP#46)による細胞増殖阻害効果はどちらも細胞周期停止を導く可能性を示唆している。
【0135】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0136】
本発明は、BIG3-PHB2相互作用に対する阻害効果の持続期間がより長いペプチドを提供する。本発明のペプチドまたはその塩を含む医薬組成物は、がん、特にエストロゲン受容体陽性のがんや、エストロゲン受容体陰性の乳がんおよび前立腺がんを治療するために使用することができる。
図1
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【配列表】
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