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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-08
(45)【発行日】2023-06-16
(54)【発明の名称】オイルリング用線
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230609BHJP
   C22C 38/46 20060101ALI20230609BHJP
   C21D 8/06 20060101ALI20230609BHJP
   F02F 5/00 20060101ALI20230609BHJP
   C21D 1/06 20060101ALN20230609BHJP
   C21D 9/00 20060101ALN20230609BHJP
【FI】
C22C38/00 301Y
C22C38/46
C21D8/06 A
F02F5/00 B
F02F5/00 E
F02F5/00 N
F02F5/00 301B
C21D1/06 A
C21D9/00 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021067234
(22)【出願日】2021-04-12
(65)【公開番号】P2022162403
(43)【公開日】2022-10-24
【審査請求日】2022-01-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000110147
【氏名又は名称】トクセン工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤野 美穂
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-050649(JP,A)
【文献】特開2015-108417(JP,A)
【文献】特開平08-135498(JP,A)
【文献】米国特許第05944920(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/00
C21D 1/06, 8/06
F02F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
その材質が合金鋼であり、
上記合金鋼が、
C:0.50質量%以上0.65質量%以下
Si:1.60質量%以上2.30質量%以下
Mn:0.60質量%以上1.10質量%以下
Cr:0.75質量%以上1.15質量%以下
Ni:0.18質量%以上0.45質量%以下
V:0.05質量%以上0.15質量%以下
及び
Cu:0.15質量%以下
を含んでおり、残部がFe及び不可避的不純物であり、
炭化物の面積率が1.00%以下であるオイルリング用線。
【請求項2】
ビッカース硬さが530以上650以下である、請求項1に記載のオイルリング用線。
【請求項3】
丸められた先端部を有しており、長手方向に垂直な断面におけるこの先端部の曲率半径Rが0.07mm以下である、請求項1又は2に記載のオイルリング用線。
【請求項4】
(1)その材質が、
C:0.50質量%以上0.65質量%以下
Si:1.60質量%以上2.30質量%以下
Mn:0.60質量%以上1.10質量%以下
Cr:0.75質量%以上1.15質量%以下
Ni:0.18質量%以上0.45質量%以下
V:0.05質量%以上0.15質量%以下
及び
Cu:0.15質量%以下
を含んでおり、残部がFe及び不可避的不純物である合金鋼である原線に、冷間伸線及びパテンティングを施して、炭化物が析出した細線を得る工程、
(2)上記細線に、冷間にて、圧延又は異形伸線を施して、異形線を得る工程、
並びに
(3)上記異形線に焼入れを施して、上記炭化物をマトリックスに固溶させる工程、
(4)上記異形線に焼戻しを施す工程
を備えた、オイルリング用線の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関のピストンに装着されるオイルリングのための、線に関する。詳細には、本発明は、3ピース型組合せオイルリングのサイドレール等に適した、線に関する。
【背景技術】
【0002】
内燃機関は、シリンダー、ピストン、圧力リング及びオイルリングを有している。圧力リング及びオイルリングは、ピストンに装着されている。圧力リング及びオイルリングは、ピストンリングと総称されている。ピストンリングの一例が、特開2008-50649公報に開示されている。
【0003】
ピストンの移動により、オイルリングもシリンダーの中で移動する。オイルリングは、この移動により、内周面に付着しているオイルを掻き取る。このオイルは、オイル受けに戻る。
【0004】
オイルリングは、2ピース型組合せオイルリングと、3ピース型組合せオイルリングとに、大別される。3ピース型組合せオイルリングは、スペーサーエキスパンダーと、一対のサイドレールとを有している。それぞれのサイドレールは、先端部を有している。この先端部が、シリンダーの内周面と擦動する。
【0005】
その材質がステンレス鋼であるサイドレールが、普及している。このサイドレールには、窒化処理が施されている。このサイドレールの表面は、硬質である。窒化処理は、サイドレールの耐摩耗性に寄与する。
【0006】
その材質が炭素鋼又は低合金鋼であるサイドレールが、普及している。炭素鋼及び低合金鋼は、加工性に優れている。従ってこのサイドレールは、容易に得られうる。このサイドレールは、硬質皮膜を有している。この硬質被膜は、メッキ(又はコーティング)によって形成されうる。硬質皮膜は、サイドレールの耐摩耗性に寄与する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2008-50649公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
その材質がステンレス鋼であるサイドレールは、材料のコストが高い。ステンレス鋼は、加工性に劣る。ステンレス鋼からなるサイドレールの製作は、容易ではない。
【0009】
その材質が、一般的な炭素鋼又は低合金鋼であるサイドレールは、窒化処理に適していない。従ってこのサイドレールには、前述の通り、メッキ又はコーティングが施される。メッキには、廃液処理等のコストがかかる。コーティングには加熱工程が必要であり、この加熱はサイドレールの軟化を招く。
【0010】
本発明の目的は、低コストであってかつ耐摩耗性に優れたオイルリングが得られる、線の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係るオイルリング用線の材質は、合金鋼である。この合金鋼は、
C:0.50質量%以上0.65質量%以下
Si:1.60質量%以上2.30質量%以下
Mn:0.60質量%以上1.10質量%以下
Cr:0.75質量%以上1.15質量%以下
Ni:0.18質量%以上0.45質量%以下
V:0.05質量%以上0.15質量%以下
Cu:0.15質量%以下
及び
不可避的不純物
を含む。このオイルリング用線における、炭化物の面積率は、1.00%以下である。
【0012】
好ましくは、このオイルリング用線のビッカース硬さは、530以上650以下である。
【0013】
このオイルリング用線は、丸められた先端部を有しうる。好ましくは、長手方向に垂直な断面におけるこの先端部の曲率半径Rは、0.07mm以下である。
【0014】
他の観点によれば、本発明に係るオイルリング用線の製造方法は、
(1)その材質が、
C:0.50質量%以上0.65質量%以下
Si:1.60質量%以上2.30質量%以下
Mn:0.60質量%以上1.10質量%以下
Cr:0.75質量%以上1.15質量%以下
Ni:0.18質量%以上0.45質量%以下
V:0.05質量%以上0.15質量%以下
Cu:0.15質量%以下
及び
不可避的不純物
を含む合金鋼である原線に、冷間伸線及びパテンティングを施して、細線を得る工程、
(2)この細線に、冷間にて、圧延又は異形伸線を施して、異形線を得る工程、
並びに
(3)この異形線に焼入れ及び焼戻しを施す工程
を含む。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係るオイルリング用線の材質である合金鋼は、安価である。この合金鋼は、加工性に優れる。さらにこのオイルリング用線は窒化処理に適しているので、この線から得られたサイドレール等には、メッキは不要である。従って、オイルリングが低コストで得られうる。
【0016】
このオイルリング用線は、加熱時の軟化抵抗に優れる。従って、この線から熱処理を経て得られたサイドレール等は、高硬度である。このオイルリングは、耐摩耗性に優れる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、本発明の一実施形態に係るオイルリング用線の一部が示された斜視図である。
図2図2は、図1のII-II線に沿った拡大断面図である。
図3図3は、図1のオイルリング用線の製造方法の一例が示されたフローチャートである。
図4図4は、図1のオイルリング用線から得られたサイドレールが示された斜視図である。
図5図5は、図4のV-V線に沿った拡大断面図である。
図6図6は、図4のサイドレールの窒化層のビッカース硬さが示されたグラフである。
図7図7は、図4のサイドレールを含むオイルリングの一部が示された断面図である。
図8図8は、本発明の実施例1に係るオイルリング用線の金属組織が示された顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、適宜図面が参照されつつ、好ましい実施形態に基づいて本発明が詳細に説明される。
【0019】
図1及び2に、オイルリング用線2が示されている。このオイルリング用線2の断面形状は、円ではない。換言すれば、このオイルリング用線2は、異形である。図2に示されるように、このオイルリング用線2は、先端部4を有している。先端部4は、コーナーの丸めによって形成されている。
【0020】
このオイルリング用線2の材質は、合金鋼である。この合金鋼は、
C:0.50質量%以上0.65質量%以下
Si:1.60質量%以上2.30質量%以下
Mn:0.60質量%以上1.10質量%以下
Cr:0.75質量%以上1.15質量%以下
Ni:0.18質量%以上0.45質量%以下
V:0.05質量%以上0.15質量%以下
及び
Cu:0.15質量%以下
を含んでいる。好ましくは、残部はFe及び不可避的不純物である。この合金鋼に含まれる合金元素の量は、比較的少ない。このオイルリング用線2の材質は、低合金鋼である。この低合金鋼は、安価である。
【0021】
図3は、図1のオイルリング用線2の製造方法の一例が示されたフローチャートである。この製造方法では、まず、原線(Basic Wire)が準備される(STEP1)。この原線は、製鋼、精錬、鋳造、熱間圧延、焼鈍し等の工程を経て得られる。この原線の断面形状は、円である。この円の直径は、例えば6.4mmである。
【0022】
この線に、冷間伸線が施される(STEP2)。この冷間伸線により、原線が徐々に細径化し、かつ徐々に長尺化する。冷間伸線(STEP2)の後の線の断面形状は、円である。この線の直径は、例えば4.0mmである。
【0023】
この線に、パテンティングが施される(STEP3)。パテンティングは、オーステナイト領域まで加熱された線を冷却し、微細パーライト組織を得る熱処理である。パテンティングにより、冷間伸線(STEP2)によって損なわれた線の展延性が、回復する。
【0024】
この線に、さらに冷間伸線が施される(STEP4)。この冷間伸線により、線が徐々に細径化し、かつ徐々に長尺化する。冷間伸線(STEP4)の後の線の断面形状は、円である。この線の直径は、例えば2.0mmである。
【0025】
この線に、パテンティングが施される(STEP5)。パテンティングにより、冷間伸線(STEP4)によって損なわれた線の展延性が回復する。これらの工程によって、細線が得られる。
【0026】
本実施形態では、冷間伸線の回数は2である。冷間伸線の回数が1であってもよい。本実施形態では、パテンティングの回数は2である。パテンティングの回数が1であってもよい。2回目のパテンティング(STEP5)の後の線に、さらなる冷間伸線と、さらなるパテンティングとが施されて、細線が得られてもよい。
【0027】
この細線に、冷間にて、圧延が施される(STEP6)。この圧延により、異形線が得られる。異形線の断面形状は、円ではない。例えば、この異形線において、厚さは0.45mmであり、幅は2.1mmである。
【0028】
この異形線に、冷間にて、異形伸線が施される(STEP7)。この異形伸線により、異形線の形状が整えられる。例えば、この異形線において、厚さは0.40mmであり、幅は2.0mmである。
【0029】
圧延(STEP6)及び異形伸線(STEP7)のうちのいずれか一方のみで、異形線が得られてもよい。
【0030】
この異形線に、焼入れが施される。焼入れではまず、異形線が加熱される(STEP8)。この加熱において、異形線の温度は、オーステナイト領域に達する。次にこの異形線が、急冷される(STEP9)。好ましくは、異形線は、油中で冷却される。焼入れの後の異形線は、マルテンサイト組織を有する。
【0031】
この異形線に、焼戻しが施される。焼戻しではまず、異形線が加熱される(STEP10)。次にこの異形線が、冷却される(STEP11)。焼戻しにより、微細な炭化物が析出した組織が得られうる。焼戻しにより、図1に示されたオイルリング用線2が得られる。
【0032】
このオイルリング用線2にコイリングが施され、コイルが得られる。このコイルに、歪取熱処理が施される。さらにこのコイルに、窒化処理が施される。窒化処理では、コイルが高温(例えば500℃)の環境下に保持される。この窒化処理により、図4及び5に示されたサイドレール6が得られる。図5に示されるように、このサイドレール6は、その表面近傍に、窒化処理で得られた硬質層8を有している。この硬質層8は、サイドレール6の全面にわたって存在している。この硬質層8は、窒化物を含んでいる。窒化処理に代えて、物理蒸着、イオンプレーティング等の手段で、硬質層8が形成されてもよい。図5に示されるように、このサイドレール6は、外周面10を有している。
【0033】
図6に、窒化後のサイドレール6の、ビッカース硬さ(荷重:50gf)と表面からの深さとの関係が示されている。サイドレール6に必要とされるビッカース硬さは、700以上である。図6のグラフから明らかなように、本発明に係るオイルリング用線2から得られたサイドレール6では、深さがゼロの位置から、深さが70μmの位置までにおいて、700以上のビッカース硬さが達成されている。本発明に係るオイルリング用線2は、低合金鋼(硬鋼線等)に比べると、窒化処理に適している。
【0034】
図7は、図4のサイドレール6を含むオイルリング12の一部が示された断面図である。このオイルリング12は、スペーサーエキスパンダー14と、一対のサイドレール6とを有している。このオイルリング12は、3ピース型組合せオイルリングと称されている。図7において符号16は、シリンダーの内周面を表す。サイドレール6の外周面10は、内周面16と当接している。
【0035】
図5に示されたサイドレール6の外周面10には、図2に示されたオイルリング用線2の先端部4の形状が、反映されている。前述の通り、オイルリング用線2の材質は、低合金鋼である。この低合金鋼は、加工性に優れている。従って、圧延(STEP6)又は異形伸線(STEP7)により、先端部4が容易に形成されうる。このオイルリング用線2から得られたサイドレール6では、大幅な仕上げ加工は不要である。このオイルリング用線2から、低コストでサイドレール6が得られうる。
【0036】
図2において矢印Rは、オイルリング用線2の長手方向に垂直な断面における、先端部4の曲率半径を表す。曲率半径Rは、0.07mm以下が好ましい。先端部4の曲率半径Rが0.07mm以下であるオイルリング用線2から、外周面10の曲率半径が小さいサイドレール6が得られうる。このサイドレール6は、大きい圧力で、シリンダーの内周面16に当接する。このサイドレール6を有するオイルリング12は、よくオイルを掻き取る。高合金鋼からなる原線では、0.07mm以下の曲率半径Rを有するオイルリング用線2への塑性加工は、困難である。本発明では、原線の材質(すなわち低合金鋼)が、曲率半径Rが0.07mm以下であるオイルリング用線2への加工を可能にする。
【0037】
後に詳説されるように、このサイドレール6では、合金元素が、窒化処理を可能としている。従って、このサイドレール6に、メッキは不要である。このサイドレール6は、低コストで得られうる。
【0038】
前述の通り、このオイルリング用線2の製造では、冷間伸線によって損なわれた線の展延性が、パテンティングによって回復する。このパテンティングにおいて、多数の微小な炭化物(セメンタイト)が析出する。これらのセメンタイトは、冷間加工によって分断される。これらのセメンタイトは、適切な温度での加熱(STEP8)によってマトリックスに完全に固溶する。従って、焼入れ(STEP8、STEP9)の後の異形線の硬度は、大きい。硬度が大きい異形線に対する焼戻しでは、高温での加熱(STEP10)が採用されうる。高温加熱を含む焼戻しを経て得られたオイルリング用線2から形成されたコイルに、歪取熱処理が施されても、硬度は大幅には低下しない。換言すれば、このオイルリング用線2は、軟化抵抗に優れる。このオイルリング用線2から得られたサイドレール6は、高硬度である。従ってこのサイドレール6は、耐摩耗性に優れている。
【0039】
オイルリング用線2における炭化物の面積率Psは、圧延(STEP6)の前の細線におけるCの固溶量と、負の相関を有する。この面積率Psは、焼入れ(STEP8、STEP9)の後の異形線の硬度と、負の相関を有する。この面積率Psはさらに、焼戻しにおいて採用されうる加熱温度と、負の相関を有する。従ってこの面積率Psは、サイドレール6の硬度と、負の相関を有する。サイドレール6の耐摩耗性の観点から、オイルリング用線2における炭化物の面積率Psは1.00%以下が好ましく、0.90%以下がより好ましく、0.85%以下が特に好ましい。理想的な面積率Psは、ゼロである。
【0040】
炭化物の面積率Psの測定には、画像解析ソフト「Image J」が用いられる。測定では、オイルリング用線2の断面が走査型電子顕微鏡で撮影されて、倍率が5000倍であるSEM写真が得られる。この写真の画像ファイルが上記画像解析ソフトにて二値化され、炭化物粒子の領域と他の領域とが色分けされる。それぞれの炭化物粒子の面積が、算出される。この面積と同じ面積を有する円が想定され、この円の直径がこの粒子の径とされる。径が0.05μm以上である炭化物の径と個数とが、ヒストグラム化される。径が0.05μm未満である炭化物は、カウントから除外される。このヒストグラムに基づき、径が0.05μm以上である炭化物の合計面積が算出される。この合計面積の、写真の全面積に対する比率が、面積率Psである。換言すれば、面積率Psは、粒状炭化物が占める面積の比率である。粒状炭化物は、焼入れ、焼戻し等の熱処理によって生成した二次炭化物である。板状炭化物及び針状炭化物は、粒状炭化物には含まれない。
【0041】
オイルリング用線2のビッカース硬さHvは、530以上が好ましい。このオイルリング用線2が窒化処理に供されても、十分な硬さが維持されうる。このオイルリング用線2から、耐摩耗性に優れたサイドレール6が得られうる。この観点から、ビッカース硬さは560以上がより好ましく、580以上が特に好ましい。コイリングの容易の観点から、オイルリング用線2のビッカース硬さは、650以下が好ましい。ビッカース硬さは、「JIS Z 2244」の規定に準拠して測定される。10kgfの荷重が負荷されて、ビッカース硬さが測定される。
【0042】
前述の通り、パテンティングの後の合金鋼には、炭化物であるセメンタイトが析出する。この合金鋼に焼入れ(STEP8、STEP9)が施されることにより、セメンタイトがマトリックスに固溶する。この合金鋼に焼戻し(STEP10、STEP11)が施されることにより、十分な固溶強化と十分な析出強化とが達成される。これらの強化によって、530以上のビッカース硬さが達成されうる。
【0043】
窒化処理が可能な従来の高合金鋼における、大きなビッカース硬さは、コイリング時の折損を招来する。本発明に係るオイルリング用線2の低合金鋼は、窒化処理が可能であるにもかかわらず、加工性に優れている。このオイルリング用線2では、大きなビッカース硬さと、加工性とが、両立されうる。このオイルリング用線2から、耐摩耗性に優れたサイドレール6が低コストで得られうる。
【0044】
前述の通り、窒化処理に代えて、物理蒸着(PVD)が採用されてもよい。物理蒸着により、硬質な皮膜が形成される。この皮膜は、外周面10の近傍に形成される。この皮膜は、シリンダーの内周面16との擦動に起因するサイドレール6の摩耗を、抑制しうる。サイドレール6の表面のうち、残余の部分には、皮膜は形成されない。サイドレール6は、皮膜を有さない箇所において、スペーサーエキスパンダー14と接触する。前述の通りサイドレール6は、歪取熱処理を経ている。さらにサイドレール6は、物理蒸着を経ている。本発明に係るオイルリング用線2は軟化抵抗に優れているので、これら熱履歴を経ても、サイドレール6は十分な硬度を有している。従って、皮膜を有さない箇所がスペーサーエキスパンダー14と接触しても、サイドレール6の摩耗が抑制される。内燃機関が長期間にわたって使用されても、サイドレール6の摩耗に起因するピストンの運動の異常は、生じにくい。このサイドレール6は、オイルの消費量の抑制に寄与しうる。
【0045】
以下、本発明に係るオイルリング用線2の低合金鋼に含まれる元素の役割が、詳説される。
【0046】
[炭素(C)]
Cは、マトリックスに固溶する。適量なCは、オイルリング用線2の硬度及び耐疲労性に寄与する。さらにCは、炭化物を生成させる。この炭化物は、オイルリング用線2の耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Cの含有率は0.50質量%以上が好ましく、0.53質量%以上がより好ましく、0.55質量%以上が特に好ましい。過剰のCは、合金鋼の冷間加工性を損なう。冷間加工性の観点から、Cの含有率は0.65質量%以下が好ましい。
【0047】
[ケイ素(Si)]
Siは、オイルリング用線2の高温強度及び軟化抵抗に寄与する。これらの観点から、Siの含有率は1.60質量%以上が好ましく、1.80質量%以上がより好ましく、2.00質量%以上が特に好ましい。過剰のSiは、合金鋼の冷間加工性、靱性及び焼入れ性を損なう。これらの観点から、Siの含有率は2.30質量%以下が好ましい。
【0048】
[マンガン(Mn)]
Mnは、低合金鋼の溶製時に、脱酸剤として機能する。さらにMnは、不純物であるSの悪影響を抑制する。これらの観点から、Mnの含有率は0.60質量%以上が好ましく、0.80質量%以上がより好ましく、0.90質量%以上が特に好ましい。合金鋼の冷間加工性の観点から、Mnの含有率は1.10質量%以下が好ましい。
【0049】
[クロム(Cr)]
Crは、窒化処理において窒素と結合する。Crは、オイルリング用線2の窒化処理を可能とせしめる。窒化処理において得られた硬質層8は、サイドレール6の耐摩耗性に寄与する。Crはさらに、Cと結合して炭化物を生成させる。この炭化物は、サイドレール6の耐摩耗性に寄与する。これらの観点から、Crの含有率は0.75質量%以上が好ましく、0.85質量%以上がより好ましく、0.90質量%以上が特に好ましい。過剰のCrは、合金鋼の冷間加工性を阻害する。過剰のCrはさらに、コイリングのときのオイルリング用線2の折損を招来する。冷間加工性及び折損抑制の観点から、Crの含有率は1.15質量%以下が好ましい。
【0050】
[ニッケル(Ni)]
Niは、マトリックスに固溶し、オイルリング用線2の靱性に寄与する。この観点から、Niの含有率は0.18質量%以上が好ましく、0.25質量%以上がより好ましく、0.30質量%以上が特に好ましい。過剰のNiは、焼入れ後のオイルリング用線2に残留オーステナイトを生成させる。この残留オーステナイトは、サイドレール6の低硬度を招来する。この残留オーステナイトはさらに、時効によってサイドレール6の寸法を変化させる。残留オーステナイトの抑制の観点から、Niの含有率は0.45質量%以下が好ましい。
【0051】
[バナジウム(V)]
Vは、窒化処理において窒素と結合する。Vは、オイルリング用線2の窒化処理を可能とせしめる。窒化処理において得られた硬質層8は、サイドレール6の耐摩耗性に寄与する。Vはさらに、金属組織の微細化に寄与する。これらの観点から、Vの含有率は0.05質量%以上が好ましく、0.08質量%以上がより好ましく、0.10質量%以上が特に好ましい。合金鋼の冷間加工性及び熱間加工性の観点から、Vの含有率は0.15質量%以下が好ましい。
【0052】
[銅(Cu)]
Cuは、冷間加工時の靱性に寄与する。この観点から、Cuの含有率は0.05質量%以上が好ましく、0.08質量%以上がより好ましく、0.10質量%以上が特に好ましい。合金鋼の熱間加工性の観点から、Cuの含有率は0.15質量%以下が好ましい。Cuは、必須の元素ではない。従って、Cuの含有率が実質的にゼロでもよい。
【0053】
[鉄(Fe)]
Feは、低合金鋼の主成分である。Feは、マトリックスのベース金属である。この低合金鋼は、強靱性に優れる。Feの含有率は85質量%以上が好ましく、90質量%以上がより好ましく、93質量%以上が特に好ましい。
【0054】
[不可避的不純物]
低合金鋼は、不純物を含みうる。典型的な不純物は、Pである。Pは、結晶粒界に偏析する。Pは、合金鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Pの含有率は0.02質量%以下が好ましい。他の典型的な不純物は、Sである。Sは、他の元素と結合して介在物を形成する。Sは、合金鋼の靱性を阻害する。靱性の観点から、Sの含有率は0.02質量%以下が好ましい。
【実施例
【0055】
以下、実施例によって本発明の効果が明らかにされるが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるべきではない。
【0056】
[実施例1]
図3に示された方法にて、実施例1のオイルリング用線を得た。焼入れ時の加熱温度は、860℃であった。焼戻し温度は、好ましい硬さが得られるよう、適宜調整した。このオイルリング用線の材質は、低合金鋼であった。この低合金鋼は、0.59質量%のC、2.05質量%のSi、0.76質量%のMn、1.00質量%のCr、0.22質量%のNi、0.09質量%のV、及び0.01質量%のCuを含んでいた。残部は、Fe及び不可避的不純物であった。このオイルリング用線の金属組織が、図8に示されている。このオイルリング用線において、炭化物粒子の数は88であり、炭化物粒子の最大径は0.29μmであり、炭化物粒子の平均径は0.17μmであり、面積率Psは0.49%であった。このオイルリング用線のビッカース硬さ(荷重:10kgf)は、592であった。
【0057】
[実施例2及び比較例1]
焼入れ温度を下記の表1に示される通りとして、実施例2及び比較例1のオイルリング用線を得た。
【0058】
[熱処理]
オイルリング用線からコイルを形成し、このコイルを450℃の温度下に30分間保持した後、徐冷した。この熱処理条件は、サイドレールの製造において一般的になされている歪取熱処理の条件に相当する。この熱処理後のコイルのビッカース硬さ(荷重:10kgf)を、測定した。この結果が、下記の表1に示されている。
【0059】
【表1】
【0060】
サイドレールに必要とされるビッカース硬さは、450以上である。表1に示されるように、各実施例に係るオイルリング用線では、熱処理後のビッカース硬さが450を超えている。この評価結果から、本発明の優位性は明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明に係るオイルリング用線は、種々の内燃機関のピストンリングの材料として、用いられうる。
【符号の説明】
【0062】
2・・・オイルリング用線
4・・・先端部
6・・・サイドレール
8・・・硬質層
10・・・外周面
12・・・オイルリング
14・・・スペーサーエキスパンダー
16・・・シリンダーの内周面
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8