(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-09
(45)【発行日】2023-06-19
(54)【発明の名称】炭素系材料絶縁物及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C01B 32/168 20170101AFI20230612BHJP
【FI】
C01B32/168
(21)【出願番号】P 2020192501
(22)【出願日】2020-11-19
【審査請求日】2022-03-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001047
【氏名又は名称】弁理士法人セントクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松下 光正
(72)【発明者】
【氏名】森下 卓也
【審査官】青木 千歌子
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-235650(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00-32/991
D06M 10/00-15/715
H01M 4/00- 4/62
C09C 1/00- 1/68
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シラン化合物及びシロキサン化合物のうちの少なくとも1種のカチオン性電解質を含む水溶液と炭素系材料とを混合し
て前記カチオン性電解質の濃度が0.001質量%以上20質量%以下の分散液を調製し、前記炭素系材料上に前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層を形成する工程と、
前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備える炭素系材料と、アルカリ金属ケイ酸塩及びケイ酸アンモニウム塩のうちの少なくとも1種のケイ酸塩を含む水溶液とを混合し
て前記ケイ酸塩の濃度が0.001質量%以上20質量%以下の分散液を調製し、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を形成する工程と、
を含
み、
前記炭素系材料と前記炭素系材料上に形成された絶縁被膜とを備える炭素系材料絶縁物であって、前記絶縁被膜が前記有機成分を含むケイ素酸化物層と前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に形成された前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを備えるものであり、前記絶縁被膜の平均膜厚が1~100nmであり、前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層におけるアルカリ金属の含有率が5質量%以下である炭素系材料絶縁物を得る
ことを特徴とする炭素系材料絶縁物の製造方法。
【請求項2】
前記炭素系材料上に前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備え、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を備える炭素系材料絶縁物と、シラン化合物及びシロキサン化合物のうちの少なくとも1種のカチオン性電解質を含む水溶液とを混合し
て前記カチオン性電解質の濃度が0.001質量%以上20質量%以下の分散液を調製し、前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層上に前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層を形成する工程と、
前記工程で形成した前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備える炭素系材料絶縁物と、アルカリ金属ケイ酸塩及びケイ酸アンモニウム塩のうちの少なくとも1種のケイ酸塩を含む水溶液とを混合し
て前記ケイ酸塩の濃度が0.001質量%以上20質量%以下の分散液を調製し、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を形成する工程と、
をさらに含むことを特徴とする請求項1に記載の炭素系材料絶縁物の製造方法。
【請求項3】
炭素系材料と前記炭素系材料上に形成された絶縁被膜とを備える炭素系材料絶縁物であって、
前記絶縁被膜が、シラン化合物及びシロキサン化合物のうちの少なくとも1種のカチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に形成された、アルカリ金属ケイ酸塩及びケイ酸アンモニウム塩のうちの少なくとも1種のケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを備えるものであり、
前記絶縁被膜の平均膜厚が1~100nmであり、
前記絶縁被膜の最小膜厚の平均値に対する最大膜厚の平均値の比が3倍以下であり、
前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層におけるアルカリ金属の含有率が
5質量%以下である、
ことを特徴とする炭素系材料絶縁物。
【請求項4】
前記絶縁被膜が、2層以上の前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と2層以上の前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを備えるものであり、前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とが交互に配置されていることを特徴とする請求項3に記載の炭素系材料絶縁物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素系材料絶縁物及びその製造方法に関し、より詳しくは、炭素系材料と前記炭素系材料上に形成された絶縁被膜とを備える炭素系材料絶縁物及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カーボンファイバー(CF)やカーボンナノチューブ(CNT)、カーボンナノファイバー(CNF)といった炭素系材料は、熱伝導性、機械的特性等に優れ、また貯蔵安定性も有することから注目され、例えば、顕微鏡探針、電界放出ディスプレイ用エミッタ、リチウム二次電池負極等の電極材料、燃料電池の拡散層やセパレーター、電界効果トランジスタ、ドラッグデリバリーシステム用材料等の医療用材料、樹脂やセラミックスとの複合材料、分子貯蔵材料等への用途展開に向けた開発が進められている。
【0003】
このような炭素系材料は、一般に電気伝導性を示すため、そのままでは、絶縁性が要求される用途、例えば、電子デバイス材料等には使用できない。このため、このような炭素系材料に絶縁性を付与した炭素系材料絶縁物として、特開2009-235650号公報(特許文献1)には、繊維状炭素系材料と、前記繊維状炭素系材料上に形成された絶縁被膜とを備える繊維状炭素系材料絶縁物であって、前記絶縁被膜が、前記繊維状炭素系材料上に形成されたカチオン性高分子電解質を含むカチオン性ポリマー層と、前記カチオン性ポリマー層上に形成された金属酸化物及びケイ素酸化物のうちの少なくとも1種を含む酸化物層とを備えるものが開示されており、このような繊維状炭素系材料絶縁物を樹脂に配合することによって樹脂複合材料の絶縁性が向上する。しかしながら、特許文献1に記載の繊維状炭素系材料絶縁物は、絶縁被膜にポリマー層が含まれているため、350℃以上の高温下での絶縁被膜の耐熱性が必ずしも十分なものではなく、絶縁被膜が剥離して絶縁性が低下する場合があった。また、絶縁被膜中の酸化物層を、ナノメートルオーダー又はマイクロメートルオーダーのシート状又は微粒子状の金属酸化物又はケイ素酸化物によって形成させるため、曲率が大きい繊維状炭素系材料の表面や繊維状炭素系材料が重なり合った箇所、形状が複雑な炭素系材料の表面に、均一な酸化物層を形成することが困難な場合があった。
【0004】
また、特開2010-24406号公報(特許文献2)には、導電性超微粉末の表面に絶縁性金属酸化物又はその水和物からなる皮膜を形成した絶縁化超微粉末が開示されている。しかしながら、この絶縁化超微粉末において、十分な絶縁性を得るには、導電性超微粉末の表面に絶縁性金属酸化物又はその水和物からなる皮膜を形成するだけでは不十分であり、得られた絶縁化超微粉末の表面をアルコキシシラン等の有機ケイ素化合物で処理する必要があった。また、アルコキシシラン等の有機ケイ素化合物は、絶縁化超微粉末上で偏在化しやすいため、アルコキシシラン等の有機ケイ素化合物を用いて絶縁化超微粉末の表面を均一に処理することは容易ではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2009-235650号公報
【文献】特開2010-24406号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、比較的均一な膜厚を有する絶縁被膜を備えており、高温下でも優れた絶縁性を有する炭素系材料絶縁物及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、シラン化合物及びシロキサン化合物のうちの少なくとも1種のカチオン性電解質を含む水溶液を用いて炭素系材料上に前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層を形成し、かつ、アルカリ金属ケイ酸塩及びケイ酸アンモニウム塩のうちの少なくとも1種のケイ酸塩を含む水溶液を用いて前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を形成することによって、前記炭素系材料上に比較的均一な膜厚を有する絶縁被膜を得ることができ、さらに、高温下でも優れた絶縁性を有する炭素系材料絶縁物を得ることができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の炭素系材料絶縁物の製造方法は、シラン化合物及びシロキサン化合物のうちの少なくとも1種のカチオン性電解質を含む水溶液と炭素系材料とを混合して前記カチオン性電解質の濃度が0.001質量%以上20質量%以下の分散液を調製し、前記炭素系材料上に前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層を形成する工程と、前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備える炭素系材料と、アルカリ金属ケイ酸塩及びケイ酸アンモニウム塩のうちの少なくとも1種のケイ酸塩を含む水溶液とを混合して前記ケイ酸塩の濃度が0.001質量%以上20質量%以下の分散液を調製し、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を形成する工程と、を含み、前記炭素系材料と前記炭素系材料上に形成された絶縁被膜とを備える炭素系材料絶縁物であって、前記絶縁被膜が前記有機成分を含むケイ素酸化物層と前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に形成された前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを備えるものであり、前記絶縁被膜の平均膜厚が1~100nmであり、前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層におけるアルカリ金属の含有率が5質量%以下である炭素系材料絶縁物を得ることを特徴とする方法である。
【0009】
本発明の炭素系材料絶縁物の製造方法においては、前記炭素系材料上に前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備え、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を備える炭素系材料絶縁物と、シラン化合物及びシロキサン化合物のうちの少なくとも1種のカチオン性電解質を含む水溶液とを混合して前記カチオン性電解質の濃度が0.001質量%以上20質量%以下の分散液を調製し、前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層上に前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層を形成する工程と、前記工程で形成した前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備える炭素系材料絶縁物と、アルカリ金属ケイ酸塩及びケイ酸アンモニウム塩のうちの少なくとも1種のケイ酸塩を含む水溶液とを混合して前記ケイ酸塩の濃度が0.001質量%以上20質量%以下の分散液を調製し、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を形成する工程と、をさらに含むことが好ましい。
【0010】
また、本発明の炭素系材料絶縁物は、炭素系材料と前記炭素系材料上に形成された絶縁被膜とを備える炭素系材料絶縁物であって、前記絶縁被膜が、シラン化合物及びシロキサン化合物のうちの少なくとも1種のカチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に形成された、アルカリ金属ケイ酸塩及びケイ酸アンモニウム塩のうちの少なくとも1種のケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを備えるものであり、前記絶縁被膜の平均膜厚が1~100nmであり、前記絶縁被膜の最小膜厚の平均値に対する最大膜厚の平均値の比が3倍以下であり、前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層におけるアルカリ金属の含有率が5質量%以下である、ことを特徴とするものである。
【0011】
本発明の炭素系材料絶縁物においては、前記絶縁被膜が、2層以上の前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と2層以上の前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを備えるものであり、前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とが交互に配置されていることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、比較的均一な膜厚を有する絶縁被膜を備えており、高温下でも優れた絶縁性を有する炭素系材料絶縁物を得ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1A】本発明の炭素系材料絶縁物の製造方法の一例を示す工程図である。
【
図1B】本発明の炭素系材料絶縁物の製造方法におけるカチオン処理方法の一例を示す工程図である。
【
図1C】本発明の炭素系材料絶縁物の製造方法におけるケイ酸塩処理方法の一例を示す工程図である。
【
図2】実施例A1で得たカーボンナノチューブ絶縁物の表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図3】実施例A1使用した未処理のカーボンナノチューブの表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図4】実施例A1で得たカーボンナノチューブ絶縁物の高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)写真である。
【
図5】実施例A1で得たカーボンナノチューブ絶縁物の炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)及びケイ素(Si)のマッピング像を示す電子顕微鏡写真である。
【
図6】実施例A1で得たカーボンナノチューブ絶縁物の組成分析(ライン分析)結果を示すグラフである。
【
図7】実施例A2で得たカーボンナノチューブ絶縁物の表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図8】実施例A2使用した未処理のカーボンナノチューブの表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図9】比較例A1で得たカーボンナノチューブ絶縁物の表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図10】比較例A2で得たカーボンナノチューブ絶縁物の表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図11】比較例A3で得たカーボンナノチューブ絶縁物の表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図12】比較例A4で得たカーボンナノチューブ絶縁物の表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図13】比較例A5で得たカーボンナノチューブ絶縁物の表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図14】実施例A1で得たカーボンナノチューブ絶縁物の400℃での耐熱試験後の表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図15】実施例A1で得たカーボンナノチューブ絶縁物の500℃での耐熱試験後の表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図16】実施例A2で得たカーボンナノチューブ絶縁物の400℃での耐熱試験後の表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図17】比較例A1で得たカーボンナノチューブ絶縁物の400℃での耐熱試験後の表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図18】比較例A2で得たカーボンナノチューブ絶縁物の400℃での耐熱試験後の表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【
図19】比較例A3で得たカーボンナノチューブ絶縁物の500℃での耐熱試験後の表面状態を示す電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明をその好適な実施形態に即して詳細に説明する。
【0015】
<炭素系材料絶縁物の製造方法>
先ず、本発明のシラン化合物及びシロキサン化合物のうちの少なくとも1種のカチオン性電解質を含む水溶液と炭素系材料とを混合し、前記炭素系材料上に前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層を形成する工程(カチオン処理工程)と、前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備える炭素系材料と、アルカリ金属ケイ酸塩及びケイ酸アンモニウム塩のうちの少なくとも1種のケイ酸塩を含む水溶液とを混合し、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を形成する工程(ケイ酸塩処理工程)と、を含む方法である。
【0016】
また、本発明の炭素系材料絶縁物の製造方法においては、前記製造方法により製造された前記炭素系材料上に前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備え、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を備える炭素系材料絶縁物と、シラン化合物及びシロキサン化合物のうちの少なくとも1種のカチオン性電解質を含む水溶液とを混合し、前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層上に前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層を形成する工程(カチオン処理工程)と、前記工程で形成した前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備える炭素系材料絶縁物と、アルカリ金属ケイ酸塩及びケイ酸アンモニウム塩のうちの少なくとも1種のケイ酸塩を含む水溶液とを混合し、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を形成する工程(ケイ酸塩処理工程)とを更に含んでいてもよい。
【0017】
本発明の製造方法が2工程以上のカチオン処理工程と2工程以上のケイ酸塩処理工程とを含む方法である場合には、本発明の炭素系材料絶縁物の製造方法は、前記カチオン処理工程と前記ケイ酸塩処理工程とを交互に実施する方法、いわゆる、交互吸着法であることが好ましい。
【0018】
また、本発明の炭素系材料絶縁物の製造方法においては、前記炭素系材料上に前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層を形成する工程(最初のカチオン処理工程)の前に、前記炭素系材料を前記ケイ酸塩を含む水溶液で処理してもよい。
【0019】
〔カチオン処理工程〕
本発明にかかるカチオン処理工程は、炭素系材料又はその絶縁物と、シラン化合物及びシロキサン化合物のうちの少なくとも1種のカチオン性電解質を含む水溶液とを混合し、前記炭素系材料又はその絶縁物上(炭素系材料絶縁物の場合には、後述するケイ酸塩由来のケイ素酸化物層上)に前記カチオン性電解質を付着(吸着)させて前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層を形成する工程である。
【0020】
(炭素系材料)
本発明に用いられる炭素系材料としては、例えば、カーボンファイバー(CF)、カーボンナノファイバー(CNF)、カーボンナノチューブ(CNT)等の繊維状炭素系材料;グラフェン等のシート状炭素系材料;黒鉛等の層状炭素系材料が挙げられる。これらの炭素系材料は1種を単独で使用しても2種以上を併用してもよい。また、これらの炭素系材料うち、熱伝導性、力学特性、外観品質が向上するという観点から、カーボンナノチューブが好ましい。また、前記カーボンナノファイバーや前記カーボンナノチューブとしては、コスト面から、多層カーボンナノファイバーや多層カーボンナノチューブが好ましい。
【0021】
本発明に用いられる炭素系材料が繊維状炭素系材料の場合、その平均直径(平均繊維径)としては特に制限はないが、前記繊維状炭素系材料がカーボンファイバーの場合には30μm以下が好ましく、20μm以下がより好ましく、15μm以下が特に好ましく、また、カーボンナノファイバーやカーボンナノチューブの場合には、500nm以下が好ましく、250nm以下がより好ましく、150nm以下が特に好ましい。平均直径が前記上限を超えると、樹脂との複合材料を形成した場合に、樹脂複合材料の力学特性、熱伝導性及び絶縁性が十分に向上しない傾向にある。なお、繊維状炭素系材料の平均直径(平均繊維径)の下限としては特に制限はないが、均質な絶縁被膜を形成するためには0.8nm以上が好ましく、1.0nm以上がより好ましい。
【0022】
また、前記繊維状炭素系材料の平均アスペクト比(長さ/直径の平均値)としては特に制限はないが、5以上が好ましく、10以上がより好ましく、20以上がさらに好ましく、50以上が特に好ましく、100以上が最も好ましい。平均アスペクト比が前記下限未満になると、樹脂との複合材料を形成した場合に、樹脂複合材料の力学特性及び熱伝導性が十分に向上しない傾向にある。
【0023】
本発明に用いられる炭素系材料がシート状炭素系材料の場合、その平面における長手方向の平均長さとしては特に制限はないが、10nm~100μmが好ましく、50nm~50μmがより好ましく、100nm~10μmが特に好ましい。また、本発明に用いられる炭素系材料が層状炭素系材料の場合、その平均粒径としては特に制限はないが、0.5~1000μmが好ましく、1~500μmがより好ましく、2~100μmが特に好ましい。長手方向の平均長さや平均粒径が前記下限未満になると、熱伝導性の向上効果が低下する傾向にあり、他方、前記上限を超えると、樹脂との複合材料を形成した場合に、樹脂複合材料の外観品質や力学特性が低下する傾向にある。
【0024】
また、前記シート状炭素系材料の平均厚さとしては特に制限はないが、0.5~100nmが好ましく、1~30nmがより好ましく、3~20nmが特に好ましい。シート状炭素系材料の平均厚さが前記下限未満になると、シートとしての形状維持が困難となる傾向にあり、他方、前記上限を超えると、樹脂等と複合化する際に印加するせん断力によりシートが再剥離しやすいため、絶縁性が低下する傾向にある。
【0025】
本発明に用いられる炭素系材料においては、ラマン分光光度計で測定して得られる炭素系材料のラマンスペクトルのピークのうち、グラフェン構造での炭素原子のずれ振動に起因する約1585cm-1付近に観察されるGバンドと、グラフェン構造にダングリングボンドのような欠陥があると観測される約1350cm-1付近に観察されるDバンドの比(G/D)が、高熱伝導樹脂材料等の高熱伝導性が要求される用途においては、0.8以上が好ましく、3.0以上がより好ましく、5.0以上が特に好ましい。G/D値が前記下限未満になると、熱伝導性が十分に向上しない傾向にある。なお、G/D値が大きくなりすぎると、炭素系材料の表面活性が低下しやすく、後述するカチオン性電解質の被覆量が減少しやすい傾向にあるため、G/D値は20以下が好ましい。
【0026】
また、前記繊維状炭素系材料は、通常、ファイバーが絡みあった凝集状態又はπ-πスタッキングにより凝集した状態のものであるため、超音波処理、ホモジナイザーによる処理、グラインダーミルやビーズミルによる処理、衝突混合処理等により予め凝集を解砕することが好ましい。これにより、分散性に優れた繊維状炭素系材料絶縁物を得ることができる。このような凝集の解砕は、アスペクト比が20以上、及び/又は、直径が200nm以下の繊維状炭素系材料を使用する場合に特に有効である。
【0027】
さらに、本発明においては、炭素系材料の溶媒への分散性を向上させるために、前記炭素系材料の表面を酸化処理して炭素系材料の表面に官能基を形成させてもよい。これにより、前記官能基と後述するカチオン性電解質とを反応又は配位させることができ、カチオン性電解質が脱離しにくい炭素系材料絶縁物を得ることが可能となり、カチオン性電解質の被覆量を増加させることができる。前記酸化処理としては、発煙硝酸や発煙硫酸等を用いた化学的酸化、電解酸化、熱処理による空気酸化、プラズマ処理による酸化等が挙げられる。
【0028】
(カチオン性電解質)
本発明に用いられるカチオン性電解質は、シラン化合物及びシロキサン化合物のうちの少なくとも1種のカチオン性電解質であり、容易にカチオンを生成することが可能であり、かつ、前記炭素系材料及びその絶縁物に吸着可能なシラン化合物及び/又はシロキサン化合物或は配位可能な官能基を有するシラン化合物及び/又はシロキサン化合物である。
【0029】
このようなカチオン性電解質としては、3-(トリメトキシシリル)プロピルジメチルオクタデシルアンモニウムクロリド、トリメチル[3-(トリメトキシシリル)プロピル]アンモニウムクロリド、トリメチル[3-(トリエトキシシリル)プロピル]アンモニウムクロリド等のアルコキシシリル基を有する4級アンモニウム塩;N-(ビニルベンジル)-2-アミノエチル-3-アミノプロピルトリメトキシシランの塩酸塩等のアミノ基を有するアルコキシシランの塩酸塩等が挙げられる。また、これらのカチオン性電解質とテトラアルコキシシラン等のアルコキシ化合物との共重合物をカチオン性電解質として用いてもよい。これらのカチオン性電解質は1種を単独で使用しても2種以上を併用してもよい。
【0030】
(カチオン処理)
本発明にかかるカチオン処理においては、前記炭素系材料又はその絶縁物と前記カチオン性電解質を含む水溶液とを混合して分散液を調製する。これにより、前記炭素系材料上に前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層が形成され、耐熱性に優れた絶縁被膜が得られ、高温下でも優れた絶縁性を有する炭素系材料絶縁物を得ることができる。また、本発明にかかるカチオン処理においては、前記カチオン性電解質を含む水溶液を用いているため、平滑な炭素系材料表面だけでなく、曲率が大きい繊維状炭素系材料の表面や炭素系材料が重なり合った箇所、形状が複雑な炭素系材料の表面等にも、均一な絶縁被膜を形成することが可能となる。なお、本発明の炭素系材料絶縁物の製造方法においては、炭素系材料として前記炭素系材料を前記ケイ酸塩を含む水溶液で処理したものを用いてもよい。
【0031】
前記分散液中の炭素系材料又はその絶縁物の濃度としては、炭素系材料絶縁物の生産性の観点から、0.001質量%以上が好ましく、0.01質量%以上がより好ましく、0.05質量%以上が特に好ましい。また、前記分散液中の炭素系材料又はその絶縁物の濃度の上限としては、分散液の流動性や炭素系材料又はその絶縁物の分散性の観点から、80質量%以下が好ましく、70質量%以下がより好ましく、60質量%以下が特に好ましい。特に、炭素系材料がカーボンファイバー系材料の場合には50質量%以下が好ましく、カーボンナノファイバーやカーボンナノチューブの場合には分散液の流動性が維持できる濃度がカーボンナノファイバーやカーボンナノチューブの直径が細く、アスペクト比が大きくなるほど低下する傾向にあるという観点から、例えば、アスペクト比50以上かつ直径150nmでは6質量%以下が好ましく、アスペクト比50以上かつ直径80nmでは2質量%以下が好ましい。
【0032】
また、前記分散液中のカチオン性電解質の濃度としては、0.001質量%以上20質量%以下が好ましく、0.01質量%以上2質量%以下がより好ましい。カチオン性電解質の濃度が前記下限未満になると、前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層の形成効率が低下しやすく、また、均一な前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層を形成しにくい傾向にある。他方、カチオン性電解質の濃度が前記上限を超えると、分散液中に多量のカチオン性電解質が残存するとともにカチオン性電解質同士が干渉して、薄くかつ均一な前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層を形成しにくい傾向にある。
【0033】
なお、本発明においては、前記分散液中の炭素系材料又はその絶縁物、及びカチオン性電解質の濃度が前記範囲となるように適宜溶媒を添加してもよい。
【0034】
〔ケイ酸塩処理工程〕
本発明にかかるケイ酸塩処理工程は、前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備える炭素系材料と、アルカリ金属ケイ酸塩及びケイ酸アンモニウム塩のうちの少なくとも1種のケイ酸塩を含む水溶液とを混合し、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に前記ケイ酸塩を付着(吸着)させて前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を形成する工程である。
【0035】
(ケイ酸塩)
本発明に用いられるケイ酸塩は、アルカリ金属ケイ酸塩及びケイ酸アンモニウム塩のうちの少なくとも1種であり、容易にアニオンを生成することが可能であり、かつ、前記有機成分を含むケイ素酸化物層に吸着可能なアルカリ金属ケイ酸塩及び/又はケイ酸アンモニウム塩である。
【0036】
このようなケイ酸塩としては、ケイ酸ナトリウム塩、ケイ酸カリウム塩、ケイ酸リチウム塩、ケイ酸アンモニウム塩(例えば、アンモニウムシリケート、アミンシリケート等)が挙げられる。これらのケイ酸塩は1種を単独で使用しても2種以上を併用してもよい。また、これらのケイ酸塩は水に溶解した状態で(例えば、ケイ酸ナトリウム水溶液(水ガラス)、ケイ酸カリウム水溶液、ケイ酸リチウム水溶液、ケイ酸アンモニウム水溶液として)混合することができる。
【0037】
(ケイ酸塩処理)
本発明にかかるケイ酸塩処理においては、前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備える炭素系材料と前記ケイ酸塩を含む水溶液とを混合して分散液を調製する。これにより、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を形成され、耐熱性に優れた絶縁被膜が得られ、高温下でも優れた絶縁性を有する炭素系材料絶縁物を得ることができる。また、本発明にかかるケイ酸塩処理においては、前記ケイ酸塩を含む水溶液を用いているため、平滑な炭素系材料表面だけでなく、曲率が大きい繊維状炭素系材料の表面や炭素系材料が重なり合った箇所、形状が複雑な炭素系材料の表面等にも、均一な絶縁被膜を形成することが可能となる。
【0038】
前記分散液中の前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備える炭素系材料の濃度としては、炭素系材料絶縁物の生産性の観点から、0.001質量%以上が好ましく、0.01質量%以上がより好ましく、0.05質量%以上が特に好ましい。また、前記分散液中の前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備える炭素系材料の濃度の上限としては、分散液の流動性や前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備える炭素系材料の分散性の観点から、80質量%以下が好ましく、60質量%以下がより好ましく、50質量%以下が特に好ましい。特に、炭素系材料がカーボンファイバー系材料の場合には50質量%以下が好ましく、カーボンナノファイバーやカーボンナノチューブの場合には分散液の流動性が維持できる濃度がカーボンナノファイバーやカーボンナノチューブの直径が細く、アスペクト比が大きくなるほど低下する傾向にあるという観点から、例えば、アスペクト比50以上かつ直径150nmでは6質量%以下が好ましく、アスペクト比50以上かつ直径80nmでは2質量%以下が好ましい。
【0039】
また、前記分散液中のケイ酸塩の濃度としては、0.001質量%以上20質量%以下が好ましく、0.01質量%以上5質量%以下がより好ましい。ケイ酸塩の濃度が前記下限未満になると、前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層の形成効率が低下しやすく、また、均一な前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を形成しにくい傾向にある。他方、ケイ酸塩の濃度が前記上限を超えると、分散液中に多量のケイ酸塩が残存するとともにケイ酸塩同士が干渉して、薄くかつ均一な前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を形成しにくい傾向にある。
【0040】
なお、本発明においては、前記分散液中の前記有機成分を含むケイ素酸化物層を備える炭素系材料、及びケイ酸塩の濃度が前記範囲となるように適宜溶媒を添加してもよい。
【0041】
本発明の炭素系材料絶縁物の製造方法において用いられる溶媒としては、水、有機溶媒(ケトン類、アルコール類、ハロゲン化炭化水素、エーテル類等)、及び水と有機溶媒との混合溶媒が挙げられる。中でも、水及び水を主成分とする混合溶媒が好ましい。また、これらの溶媒はいずれの工程においても使用することができる。
【0042】
本発明の製造方法においては、前記各工程で用いられる分散液にはpH調整用の酸(塩酸、硫酸、リン酸等)やアルカリ(水酸化ナトリウム、アンモニア等)、及び炭素系材料の表面を帯電させるための金属塩化物(塩化ナトリウム、塩化カルシウム等)を適量加えることができる。また、前記各工程で用いられる分散液の粘度は、処理時の温度において1000Pa・s以下が好ましく、10Pa・s以下がより好ましく、0.1Pa・s以下が特に好ましい。
【0043】
本発明の製造方法にかかる前記各工程においては、超音波処理、スターラーによる処理、ホモジナイザーによる処理、グラインダーミルによる処理、衝突混合、ビーズミルによる処理、ニーダーによる処理、攪拌羽根付きミキサーやシェイカーによる処理等の強制的な攪拌処理を施すことが好ましく、中でも、より均一に分散可能な点で超音波処理及びホモジナイザーによる処理がより好ましい。
【0044】
前記各工程における処理時の温度としては特に制限はないが、加熱や冷却といった温度制御装置が不要な条件である室温が好ましい。なお、本発明においては、付着や被覆を促進したり、遅延させるために加熱又は冷却操作を実施してもよい。
【0045】
また、前記各工程における処理時間は0.1秒以上60分以下が好ましく、1秒以上30分以下がより好ましい。処理時間が前記下限未満になると、均一なケイ素酸化物層を形成しにくい傾向にあり、他方、前記上限を超えると、炭素系材料絶縁物の生産性が低下しやすい傾向にある。
【0046】
さらに、本発明においては、遊離したカチオン性電解質やケイ酸塩を除去するために、前記各工程終了ごとに、得られた前記ケイ素酸化物層を備える炭素系材料又は炭素系材料絶縁物に洗浄処理を施すことが好ましい。
【0047】
本発明の炭素系材料絶縁物の製造方法においては、このようにして形成された前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを備える炭素系材料絶縁物上に、さらに、前記カチオン処理工程及び前記ケイ酸塩処理工程に記載の方法により、前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを順次繰り返して形成することが好ましい。すなわち、最外層として前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を備える炭素系材料絶縁物と前記カチオン性電解質を含む水溶液とを混合して前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層上に前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層を形成し、次いで、このカチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層を備える炭素系材料絶縁物と、前記ケイ酸塩を含む溶液とを混合して前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層上に前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層を形成する。
【0048】
また、本発明の製造方法においては、これらの層形成を繰り返すことが特に好ましい。このように前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを交互に形成することにより、より均一な絶縁被膜を形成することが可能となり、また、絶縁被膜の膜厚を容易に調整することができ、炭素系材料絶縁物の絶縁性を任意のレベルに制御することが可能となる。特に、前記の層形成を何度も繰り返すことによって炭素系材料絶縁物の絶縁性を高めることが可能となる。
【0049】
本発明の製造方法においては、通常、溶媒に分散した状態の炭素系材料絶縁物が得られる。この場合、炭素系材料絶縁物を含有する分散液に樹脂等を溶解したり、前記分散液と樹脂とを溶融混合した後に溶媒を除去することによって炭素系材料絶縁物が均一に分散した樹脂組成物や樹脂複合材料が得られる。例えば、キャスト法におけるポリマー溶解液や押出機中の溶融状態にある樹脂中に、前記炭素系材料絶縁物の分散液を加圧注入して混練すると炭素系材料絶縁物の凝集が抑制され、さらにベントから溶媒を除去すると炭素系材料絶縁物が均一に分散した樹脂複合材料を得ることができる。
【0050】
また、溶媒に分散した状態の炭素系材料絶縁物に凍結乾燥又はスプレードライ等の乾燥処理を施すことによって凝集を抑制しながら固体状態の炭素系材料絶縁物を回収することができる。このように凝集を抑制しながら回収した炭素系材料絶縁物は溶媒や樹脂等への分散性に優れている。また、前記乾燥処理は、樹脂粒子(粒径5mm以下、好ましくは1mm以下)及び/又はフィラー(例えば、平均粒径100μm以下のアルミナ、シリカ、窒化ホウ素、窒化アルミニウム等の無機フィラー)の共存下で実施することが好ましい。これにより炭素系材料絶縁物の凝集を十分に抑制することができる。また、この場合、樹脂粒子及び/又はフィラーの量は炭素系材料絶縁物の10倍以上であることが好ましい。
【0051】
<炭素系材料絶縁物>
次に、本発明の炭素系材料絶縁物について説明する。本発明の炭素系材料絶縁物は、炭素系材料と前記炭素系材料上に形成された絶縁被膜とを備える炭素系材料絶縁物であり、前記絶縁被膜は、シラン化合物及びシロキサン化合物のうちの少なくとも1種のカチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と、前記有機成分を含むケイ素酸化物層上に形成された、アルカリ金属ケイ酸塩及びケイ酸アンモニウム塩のうちの少なくとも1種のケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを備えるものである。このような前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを備える絶縁被膜は耐熱性に優れており、このような絶縁被膜を備えている炭素系材料絶縁物は高温下でも優れた絶縁性を示す。
【0052】
また、本発明の炭素系材料絶縁物においては、前記絶縁被膜が2層以上の前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と2層以上の前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを備えるものである場合には、前記カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とが交互に配置されていることが好ましい。
【0053】
本発明の炭素系材料絶縁物において、前記絶縁被膜の平均膜厚は1~100nmの範囲内にある。絶縁被膜の平均膜厚が前記下限未満になると、絶縁性が低下する。他方、絶縁被膜の平均膜厚が前記上限を超えると、炭素系材料の特性が損なわれる。また、炭素系材料の特性を維持しながら、絶縁性が向上するという観点から、前記絶縁被膜の平均膜厚としては、2~80nmが好ましく、4~70nmがより好ましく、6~60nmが特に好ましい。
【0054】
また、本発明の炭素系材料絶縁物において、前記絶縁被膜の最小膜厚の平均値に対する最大膜厚の平均値の比は3倍以下である。絶縁被膜の最小膜厚の平均値に対する最大膜厚の平均値の比が前記上限を超えると、均質な絶縁被膜が形成されておらず、絶縁性が不均一となる場合がある。
【0055】
さらに、本発明の炭素系材料絶縁物において、前記ケイ酸塩由来のケイ素酸化物層におけるアルカリ金属の含有率は7質量%以下である。アルカリ金属の含有率が前記上限を超えると、絶縁性が低下する場合がある。また、絶縁性が向上するという観点から、前記アルカリ金属の含有率としては、5質量%以下が好ましく、1質量%以下がより好ましく、0.1質量%以下が特に好ましい。
【0056】
<炭素系材料絶縁物を含む樹脂組成物及び樹脂複合材料>
本発明の炭素系材料絶縁物の用途としては、例えば、この炭素系材料絶縁物と樹脂とを含む樹脂組成物や、それを成形加工することによって得られる樹脂複合材料が挙げられる。
【0057】
前記樹脂組成物及び樹脂複合材料における炭素系材料絶縁物の含有率は特に制限されないが、樹脂組成物又は樹脂複合材料100質量%に対して、0.01質量%以上が好ましく、0.1質量%以上がより好ましく、また、50質量%以下が好ましく、40質量%以下がより好ましい。特に、炭素系材料がカーボンファイバー系材料の場合には0.1質量%以上が好ましく、0.5質量%以上がより好ましく、また、50質量%以下が好ましく、40質量%以下がより好ましく、30質量%以下が更に好ましく、カーボンナノファイバーやカーボンナノチューブの場合には0.01質量%以上が好ましく、0.05質量%以上がより好ましく、0.1質量%以上が更に好ましく、0.2質量%以上が特に好ましく、また、20質量%以下が好ましく、10質量%以下がより好ましく、5質量%以下が更に好ましい。炭素系材料絶縁物の含有率が前記下限未満になると、前記樹脂複合材料の熱伝導性及び力学特性が低下しやすい傾向にあり、他方、前記上限を超えると、樹脂組成物の流動性が低下しやすい傾向にある。また、前記樹脂組成物の溶融粘度としては特に制限はないが、射出成形用途の熱可塑性樹脂組成物の場合にはその成形温度におけるMFRで0.1~200g/(10分、荷重2.16kg)であることが好ましい。また、熱硬化性樹脂組成物の場合には成形方法、組成、用途等に応じて適宜最適な粘度に調整することが好ましい。
【0058】
前記樹脂としては特に制限はないが、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ノボラックエポキシフェノール樹脂、メラミン樹脂、熱硬化性イミド樹脂、熱硬化性シリコーン樹脂、尿素樹脂、不飽和ポリエステル樹脂、アルキド樹脂、及びウレタン樹脂といった熱硬化性樹脂;ABS樹脂、ポリスチレン、ポリアクリロニトリル、ポリメタクリル酸メチル、ポリカーボネート、環状ポリオレフィン、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート及びポリアリレートといったポリエステル樹脂、液晶ポリエステル、ポリフェニレンエーテル、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルスルフォン、ポリオキシメチレン、ポリオレフィン系樹脂、酸又は酸無水物変性ポリオレフィン系樹脂、アクリル系エラストマー、酸又は酸無水物変性アクリル系エラストマー、ポリテトラフルオロエチレン、ポリ乳酸、ポリスルフォン、熱可塑性ポリイミド、ポリエーテルイミド、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルアミド、ポリアミドイミド、及びポリアミドといった熱可塑性樹脂;各種アロイ樹脂;ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、ポリエチレンイミン、ポリエチレンオキシド、ポリカルボキシビニルといった水溶性ポリマー等が挙げられる。これらの樹脂は1種単独で用いても2種以上を併用してもよい。また、シリコーンゴム、エチレン-プロピレン-ジエンゴム、フッ素ゴム、アクリロニトリルゴム、NBRといったゴム架橋体及びこれらと樹脂との複合材等も用いることができる。
【0059】
前記樹脂組成物及び前記樹脂複合材料においては、発明の効果を損なわない範囲で各種添加剤を配合することができる。具体的には、難燃剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、帯電防止剤、滑剤、離型剤、粘度調整剤、着色剤、シランカップリング剤等の表面処理剤、ガラス繊維、シリカや熱伝導性フィラー等の充填剤、エラストマー類等が挙げられる。
【0060】
前記熱伝導性フィラーとしては、アルミナ、窒化ホウ素、窒化アルミ、炭化ケイ素、ダイヤモンド、酸化亜鉛、酸化マグネシウム等が挙げられる。これらの熱伝導性フィラーは1種を単独で用いても2種以上を併用してもよい。この熱伝導性フィラーの熱伝導率としては特に制限はないが、10W/(m・K)以上が好ましく、20W/(m・K)以上がより好ましい。前記樹脂組成物における熱伝導性フィラーの含有率は特に制限されないが、樹脂組成物100質量%に対して0.5体積%以上80体積%以下が好ましく、1.0体積%以上70体積%以下がより好ましく、5.0体積%以上50体積%以下が特に好ましい。熱伝導性フィラーの含有率が前記下限未満になると、得られる樹脂複合材料の熱伝導性が十分に向上しない傾向にあり、他方、前記上限を超えると、樹脂組成物の流動性が低下しやすい傾向にある。
【0061】
前記樹脂組成物の製造方法としては特に制限はなく、樹脂中にフィラーを分散させる際に採用される従来公知の混合及び/又は混練方法が挙げられる。例えば、押出機、ロール、ニーダー等を用いる方法、溶媒中で混合する方法等が挙げられる。また、樹脂として低粘度の熱硬化性樹脂を用いる場合には自公転ミキサーを用いて複合化処理を施すことにより混合することも可能である。前記樹脂組成物を製造する際には、超音波処理、熱処理、攪拌処理、混練処理等を少なくとも1つ施すことが好ましい。
【0062】
また、前記樹脂組成物を製造する際、炭素系材料絶縁物の分散性を向上させるために、炭素系材料絶縁物を樹脂又はフィラーの一部に予備混合させることが好ましい。予備混合の方法としては、例えば、樹脂又はフィラーの一部を溶解(分散)させた溶液(分散液)に炭素系材料絶縁物を混合する方法、溶融させた樹脂と炭素系材料絶縁物とを混合させる方法、樹脂、フィラー及び炭素系材料絶縁物をドライブレンドにより混合する方法等が挙げられる。ドライブレンド時の樹脂の形状は特に制限されず、例えば、粉状、ペレット状、粒状、タブレット状等が挙げられる。
【0063】
前記樹脂複合材料の製造方法としては特に制限はなく、樹脂の成形方法として一般的に採用される公知の成形方法を適宜採用することができ、目的に応じた形状の樹脂複合体を得ることができる。
【0064】
このように本発明の炭素系材料絶縁物を樹脂に配合することによって、樹脂複合体の絶縁性を高めることができるとともに、炭素系材料の特性(樹脂複合材料の熱伝導率向上、力学特性向上、低熱膨張化等)も付与することができる。
【0065】
例えば、本発明の炭素系材料絶縁物を配合した樹脂複合材料の体積抵抗率は、絶縁処理を施していない炭素系材料を配合したものに比べて好ましくは10倍以上、より好ましくは100倍以上に増大する。具体的には、前記樹脂複合材料の体積抵抗率は好ましくは107Ω・m以上、より好ましくは1010Ω・m以上となる。また、絶縁破壊電圧は、絶縁処理を施していない炭素系材料を配合したものに比べて好ましくは10倍以上、より好ましくは100倍以上に増大する。具体的には、前記樹脂複合材料の絶縁破壊電圧は好ましくは10V/mm以上、より好ましくは100V/mm以上、特に好ましくは1000V/mm以上となる。体積抵抗率や絶縁破壊電圧が前記いずれかの下限未満になると絶縁性が低く、絶縁性を要求される用途への適用が困難となる傾向にある。
【0066】
さらに、本発明の炭素系材料絶縁物を配合した樹脂複合材料の熱伝導率は、炭素系材料絶縁物を配合していないものに比べて、少なくとも維持されたものであるが、好ましくは1.1倍以上、より好ましくは1.2倍以上に増大する。また、本発明の炭素系材料絶縁物と熱伝導性フィラーとを併用すると炭素系材料絶縁物による熱伝導率向上と熱伝導性フィラーによる熱伝導率向上の相乗効果が期待できる。
【実施例】
【0067】
以下、実施例及び比較例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、実施例および比較例で使用した原料を以下に示す。
【0068】
<炭素系材料>
NT-7k:多層カーボンナノチューブ(保土谷化学工業株式会社製、商品名「NT-7
k」、平均直径80nm、アスペクト比100以上、G/D値8)。
NC7000:多層カーボンナノチューブ(ナノシル社製、商品名「NC7000」、平
均直径9.5nm、平均長さ1.5μm、アスペクト比150以上、G/D
値0.8、純度90%)。
【0069】
<シラン化合物等のカチオン性電解質>
AY43-021:3-(トリメトキシシリル)プロピルジメチルオクタデシルアンモニ
ウムクロリド(東レ・ダウコーニング株式会社製、商品名「AY43-02
1」、50質量%メタノール溶液)。
DMOAP:塩化ジメチルオクタデシル[3-(トリメトキシシリル)プロピル]アンモ
ニウム(関東化学株式会社製、60質量%メタノール溶液)。
【0070】
<ケイ酸塩水溶液>
水ガラス3号:ケイ酸ナトリウム水溶液(SiO2:28~30%、Na2O:9~10
%)。
【0071】
<アニオン性電解質>
PSS水溶液:ポリ(4-スチレンスルフォン酸ナトリウム)の水溶液(アルドリッチ社
製、固形分濃度30質量%、分子量20万)。
【0072】
<その他のカチオン性電解質>
PDADMAC水溶液:ポリ(ジアリルジメチルアンモニウムクロライド)の水溶液(ア
ルドリッチ社製、固形分濃度20質量%、中分子量)。
【0073】
<金属酸化物>
サポナイト:クレイナノシート(クニミネ工業株式会社製合成サポナイト、商品名「スメ
クトンSA」)。
シリカ:コロイダルシリカ(日産化学工業株式会社製、商品名「スノーテックスXS」、
固形分濃度20質量%)。
【0074】
<シラン化合物>
TEOS:テトラエトキシシラン(関東化学株式会社製)。
【0075】
(調製例1)
イオン交換水(1000g)にAY43-021(カチオン性電解質濃度50質量%)(5g)と塩化ナトリウム(29.2g)とを添加し、2.5mg/g(約0.25質量%)のAY43-021水溶液を作製した。
【0076】
(調製例2)
イオン交換水(1000g)にDMOAP(カチオン性電解質濃度60質量%)(6.25g)と塩化ナトリウム(29.2g)とを添加し、2.5mg/g(約0.25質量%)のDMOAP水溶液を作製した。
【0077】
(調製例3)
イオン交換水(1000g)に水ガラス3号(SiO2:28~30%、Na2O:9~10%)(20g)と塩化ナトリウム(29.2g)とを添加し、8mg/g(約0.8質量%)のケイ酸ナトリウム水溶液を作製した。
【0078】
(調製例4)
イオン交換水(1000g)にPSS水溶液(固形分濃度30質量%)(7g)を添加し、2.1mg/g(約0.21質量%)のPSS水溶液を作製した。
【0079】
(調製例5)
イオン交換水(1000g)にPDADMAC水溶液(固形分濃度20質量%)(5g)と塩化ナトリウム(29.2g)とを添加し、1mg/g(約0.1質量%)のPDADMAC水溶液を作製した。
【0080】
(調製例6)
イオン交換水(1000g)に前記サポナイト(4g)を添加し、4mg/g(約0.4質量%)のサポナイト水分散液を作製した。
【0081】
(調製例7)
イオン交換水(1000g)に前記コロイダルシリカ(固形分濃度20質量%)(50g)を添加し、10mg/g(約1質量%)のシリカ水分散液を作製した。
【0082】
(実施例A1)
図1A~
図1Cに示すフローチャートに従って表1に示す絶縁処理条件でNT-7kに5回の絶縁処理を施し、カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層とケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを繰返し5層ずつ備えるNT-7k絶縁物を製造した。以下に具体的な製造方法を示す。
【0083】
<1回目の絶縁処理>
(カチオン処理工程)
先ず、
図1Bに示すように、水(800g)にNT-7k(1.0g)を添加し、ホモジナイザーで5分間分散処理した。この水分散液に調製例1で得たAY43-021水溶液(200g)を添加し、ホモジナイザーで10分間分散処理してAY43-021が付着したNT-7kの水分散液を得た。その後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)した。
【0084】
次いで、前記減圧濾過により得た濾滓を水(1000g)に添加し、ホモジナイザーで5分間分散処理した後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)して水及び遊離AY43-021を除去し、AY43-021に由来するケイ素酸化物層を有するNT-7kを回収した。
【0085】
(ケイ酸塩処理工程)
次に、
図1Cに示すように、このAY43-021に由来するケイ素酸化物層を有するNT-7kを水(800g)に添加し、ホモジナイザーで5分間分散処理した。この水分散液に調製例3で得たケイ酸ナトリウム水溶液(200g)を添加し、ホモジナイザーで10分間分散処理してAY43-021に由来するケイ素酸化物層とケイ酸ナトリウムに由来するケイ素酸化物層とを備えるNT-7k絶縁物の水分散液を得た。その後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)した。
【0086】
次いで、前記減圧濾過により得た濾滓を水(1000g)に添加し、ホモジナイザーで5分間分散処理した後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)して水及び遊離ケイ酸ナトリウムを除去し、濾紙上にNT-7k絶縁物を回収した。
【0087】
前記濾紙上のNT-7k絶縁物の表面抵抗をテスターを用いて電極間隔1cmで5箇所以上測定した。その結果を表1に示す。
【0088】
<2回目の絶縁処理>
次に、前記濾紙上のNT-7k絶縁物を回収し、前記NT-7kの代わりにこのNT-7k絶縁物を用いた以外は上記と同様にして、前記NT-7k絶縁物上にAY43-021に由来するケイ素酸化物層とケイ酸ナトリウムに由来するケイ素酸化物層とを順次形成した(2回目の絶縁処理)。この2回目の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物の表面抵抗を上記と同様にして測定した。その結果を表1に示す。
【0089】
<3回目以降の絶縁処理>
その後、この絶縁処理を繰り返し、合計5回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物を得た。このNT-7k絶縁物についても上記と同様にして各回ごとに表面抵抗を測定した。その結果を表1に示す。
【0090】
(ケイ素酸化物の含有率)
前記合計5回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物中のケイ素酸化物の含有率を、空気中、昇温速度:20℃/分、測定温度範囲:室温~1000℃の条件で熱重量分析により測定した。その結果を表1に示す。
【0091】
(電子顕微鏡観察)
前記合計5回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物の表面を走査型電子顕微鏡(SEM、株式会社日立ハイテクノロジーズ製「S-3600N」)を用いて観察した。その結果を
図2に示す。また、未処理のNT-7kの表面を走査型電子顕微鏡(SEM、株式会社日立ハイテクノロジーズ製「S-3600N」)を用いて観察した。その結果を
図3に示す。
【0092】
(絶縁被膜の平均膜厚、及び最小膜厚の平均値に対する最大膜厚の平均値の比)
先ず、
図3に示したSEM像において、無作為に5本の未処理のNT-7kを抽出し、各NT-7kの直径(5箇所/本)を測定して5本の未処理のNT-7kの平均直径を求めたところ、76.4nmであった。
【0093】
次に、
図2に示したSEM像において、無作為に5本のNT-7k絶縁物を抽出し、各NT-7k絶縁物の直径(5~10箇所/本)を測定して5本のNT-7k絶縁物の平均直径を求め、この平均直径と未処理のNT-7kの平均直径(76.4nm)との差をNT-7k絶縁物の絶縁被膜の平均膜厚とした。その結果を表1に示す。
【0094】
また、前記無作為に抽出した5本のNT-7k絶縁物について、各NT-7k絶縁物における最大直径と最小直径を測定し、これらと前記未処理のNT-7kの平均直径(76.4nm)との差をそれぞれ各NT-7k絶縁物における最大膜厚及び最小膜厚とし、5本のNT-7k絶縁物の最大膜厚の平均値及び最小膜厚の平均値を求め、絶縁被膜の最小膜厚の平均値に対する最大膜厚の平均値の比を算出した。その結果を表1に示す。
【0095】
(組成分析)
前記合計5回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物を、高角度環状暗視野走査透過型電子顕微鏡(HAADF-STEM)を用いて観察した。その結果を
図4に示す。
図4に示したように、前記NT-7k絶縁物においては、カーボンナノチューブの表面に絶縁被膜が形成されていることが確認された。
【0096】
また、前記合計5回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物について、エネルギー分散型X線分析(EDX)法により組成分析を行い、各元素のマッピング像を求めた。
図5は、前記NT-7k絶縁物における、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)及びケイ素(Si)の各元素のマッピング像を示す。
図5に示した結果から明らかなように、前記NT-7k絶縁物の絶縁被膜には、炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)及びケイ素(Si)が含まれていることがわかった。
【0097】
さらに、前記合計5回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物について、
図4に示した黒色矢印に沿って組成分析(ライン分析)を行った。その結果を
図6に示す。
図6に示したように、絶縁被膜においては、AY43-021に由来する炭素と窒素からなる有機成分を含むケイ素酸化物層とケイ酸ナトリウムに由来するケイ素酸化物層とが交互に形成されていることが確認された。また、前記絶縁被膜のいずれのケイ素酸化物層においてもナトリウムの含有量は検出限界以下(5質量%以下)であることがわかった。
【0098】
(実施例A2)
NT-7kの代わりにNC7000(1.0g)を用い、AY43-021水溶液の代わりに調製例2で得たDMOAP水溶液(200g)を用い、絶縁処理の回数を6回に変更した以外は実施例A1と同様にして、NC7000絶縁物を製造した。また、実施例A1と同様にして、1~6回目の絶縁処理後のNC7000絶縁物の表面抵抗を測定した。その結果を表1に示す。さらに、実施例A1と同様にして、合計6回の絶縁処理を施したNC7000絶縁物中のケイ素酸化物の含有率を測定した。その結果を表1に示す。
【0099】
また、実施例A1と同様にして観察した、合計6回の絶縁処理を施したNC7000絶縁物表面のSEM像を
図7に示し、未処理のNC7000表面のSEM像を
図8に示す。
図7及び
図8に示したSEM像に基づいて、実施例A1と同様して、合計6回の絶縁処理を施したNC7000絶縁物の絶縁被膜の平均膜厚、絶縁被膜の最小膜厚の平均値に対する最大膜厚の平均値の比を求めた。その結果を表1に示す。なお、未処理のNC7000の平均直径は18.0nmであった。
【0100】
(比較例A1)
ケイ酸ナトリウム水溶液を用いたケイ酸塩処理の代わりに調製例4で得たPSS水溶液(200g)を用いてアニオン処理を行った以外は実施例A1と同様にして、NT-7k絶縁物を製造した。また、実施例A1と同様にして、1~6回目の絶縁処理後のNT-7k絶縁物の表面抵抗、及び合計6回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物中のケイ素酸化物の含有率を測定した。それらの結果を表2に示す。さらに、実施例A1と同様にして観察した、合計6回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物表面のSEM像を
図9に示す。
【0101】
(比較例A2)
特開2009-235650号公報の実施例A3に記載の方法に従って、表2に示す絶縁処理条件でNT-7kに6回の絶縁処理を施し、PSS層とPDADMAC層とサポナイト層とを繰返し6層ずつ備えるNT-7k絶縁物を製造した。以下に具体的な製造方法を示す。
【0102】
<1回目の絶縁処理>
(アニオン処理工程)
先ず、水(200g)にNT-7k(1.0g)を添加し、超音波処理(BRANSON社製卓上型超音波洗浄機「BRANSONIC B-220」を使用、発振周波数45kHz)を20分間施した。この水分散液に調製例4で得たPSS水溶液(200g)を添加し、超音波処理(BRANSON社製卓上型超音波洗浄機「BRANSONIC B-220」を使用、発振周波数45kHz)を20分間施してPSSが付着したNT-7kの水分散液を得た。その後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)した。
【0103】
次いで、前記減圧濾過により得た濾滓を水(400g)に添加し、超音波処理(BRANSON社製卓上型超音波洗浄機「BRANSONIC B-220」を使用、発振周波数45kHz)を20分間施した後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)して水および遊離PSSを除去し、PSSが付着したNT-7kを回収した。
【0104】
(カチオン処理工程)
次に、このPSSが付着したNT-7kを水(200g)に添加し、超音波処理(BRANSON社製卓上型超音波洗浄機「BRANSONIC B-220」を使用、発振周波数45kHz)を20分間施した。この水分散液に調製例5で得たPDADMAC水溶液(200g)を添加し、超音波処理(BRANSON社製卓上型超音波洗浄機「BRANSONIC B-220」を使用、発振周波数45kHz)を20分間施してPDADMAC層を備えるNT-7kの水分散液を得た。その後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)した。
【0105】
次いで、前記減圧濾過により得た濾滓を水(400g)に添加し、超音波処理(BRANSON社製卓上型超音波洗浄機「BRANSONIC B-220」を使用、発振周波数45kHz)を20分間施した後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)して水および遊離PDADMACを除去し、PDADMAC層を備えるNT-7kを回収した。
【0106】
(酸化物処理工程)
次に、このPDADMAC層を備えるNT-7kを水(200g)に添加し、超音波処理(BRANSON社製卓上型超音波洗浄機「BRANSONIC B-220」を使用、発振周波数45kHz)を20分間施した(図示なし)。この水分散液に調製例6で得たサポナイト水分散液(200g)を添加し、超音波処理(BRANSON社製卓上型超音波洗浄機「BRANSONIC B-220」を使用、発振周波数45kHz)を20分間施してPDADMAC層とサポナイト層とを備えるNT-7k絶縁物の水分散液を得た。その後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)した。
【0107】
次いで、前記減圧濾過により得た濾滓を水(400g)に添加し、超音波処理(BRANSON社製卓上型超音波洗浄機「BRANSONIC B-220」を使用、発振周波数45kHz)を20分間施した後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)して水および遊離サポナイトを除去し、濾紙上にNT-7k絶縁物を回収した。
【0108】
前記濾紙上のNT-7k絶縁物の表面抵抗をテスターを用いて電極間隔1cmで5箇所以上測定した。その結果を表2に示す。
【0109】
<2回目の絶縁処理>
次に、前記濾紙上のNT-7k絶縁物を回収し、前記NT-7kの代わりにこのNT-7k絶縁物を用いた以外は上記と同様にして、前記NT-7k絶縁物上にPSS層とPDADMAC層およびサポナイト層を順次形成した(2回目の絶縁処理)。この2回目の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物の表面抵抗を上記と同様にして測定した。その結果を表2に示す。
【0110】
<3回目以降の絶縁処理>
その後、この絶縁処理を繰り返し、合計6回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物を得た。このNT-7k絶縁物についても上記と同様にして各回ごとに表面抵抗を測定した。その結果を表2に示す。
【0111】
実施例A1と同様にして、この合計6回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物中のケイ素酸化物の含有率を測定した。その結果を表2に示す。また、実施例A1と同様にして観察した、合計6回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物表面のSEM像を
図10に示す。さらに、実施例A1と同様にして、合計6回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物の絶縁被膜の平均膜厚、及び最小膜厚の平均値に対する最大膜厚の平均値の比を求めた。それらの結果を表2に示す。
【0112】
(比較例A3)
特開2009-235650号公報の実施例A1に記載の方法に準拠して、表2に示す絶縁処理条件でNT-7kに6回の絶縁処理を施し、PSS層とPDADMAC層とシリカ層とを繰返し6層ずつ備えるNT-7k絶縁物を製造した。以下に具体的な製造方法を示す。
【0113】
<1回目の絶縁処理>
(アニオン処理工程)
先ず、水(900g)にNT-7k(1.0g)を添加し、ホモジナイザーで5分間分散処理した。この水分散液に調製例4で得たPSS水溶液(100g)を添加し、ホモジナイザーで5分間分散処理してPSSが付着したNT-7kの水分散液を得た。その後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)した。
【0114】
次いで、前記減圧濾過により得た濾滓を水(1000g)に添加し、ホモジナイザーで5分間分散処理した後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)して水および遊離PSSを除去し、PSSが付着したNT-7kを回収した。
【0115】
(カチオン処理工程)
次に、このPSSが付着したNT-7kを水(800g)に添加し、ホモジナイザーで5分間分散処理した。この水分散液に調製例5で得たPDADMAC水溶液(200g)を添加し、ホモジナイザーで5分間分散処理してPDADMAC層を備えるNT-7kの水分散液を得た。その後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)した。
【0116】
次いで、前記減圧濾過により得た濾滓を水(1000g)に添加し、ホモジナイザーで5分間分散処理した後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)して水および遊離PDADMACを除去し、PDADMAC層を備えるNT-7kを回収した。
【0117】
(酸化物処理工程)
次に、このPDADMAC層を備えるNT-7kを水(900g)に添加し、ホモジナイザーで5分間分散処理した。この水分散液に調製例7で得たシリカ水分散液(100g)を添加し、ホモジナイザーで5分間分散処理してPDADMAC層とシリカ層とを備えるNT-7k絶縁物の水分散液を得た。その後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)した。
【0118】
次いで、前記減圧濾過により得た濾滓を水(1000g)に添加し、ホモジナイザーで5分間分散処理した後、この水分散液を減圧濾過(Whatman濾紙#40)して水および遊離シリカを除去し、濾紙上にNT-7k絶縁物を回収した。
【0119】
前記濾紙上のNT-7k絶縁物の表面抵抗をテスターを用いて電極間隔1cmで5箇所以上測定した。その結果を表2に示す。
【0120】
<2回目の絶縁処理>
次に、前記濾紙上のNT-7k絶縁物を回収し、前記NT-7kの代わりにこのNT-7k絶縁物を用いた以外は上記と同様にして、前記NT-7k絶縁物上にPSS層とPDADMAC層とシリカ層とを順次形成した(2回目の絶縁処理)。この2回目の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物の表面抵抗を上記と同様にして測定した。その結果を表2に示す。
【0121】
<3回目以降の絶縁処理>
その後、この絶縁処理を繰り返し、合計6回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物を得た。このNT-7k絶縁物についても上記と同様にして各回ごとに表面抵抗を測定した。その結果を表2に示す。
【0122】
実施例A1と同様にして、この合計6回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物中のケイ素酸化物の含有率を測定した。その結果を表2に示す。また、実施例A1と同様にして観察した、合計6回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物表面のSEM像を
図11に示す。さらに、実施例A1と同様にして、合計6回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物の絶縁被膜の平均膜厚、及び最小膜厚の平均値に対する最大膜厚の平均値の比を求めた。それらの結果を表2に示す。
【0123】
(比較例A4)
ケイ酸ナトリウム水溶液を用いたケイ酸塩処理の代わりに調製例7で得たシリカ水分散液(200g)を用いて酸化物処理を行い、絶縁処理の回数を3回に変更した以外は実施例A1と同様にして、NT-7k絶縁物を製造した。また、実施例A1と同様にして、1~3回目の絶縁処理後のNT-7k絶縁物の表面抵抗を測定した。その結果を表2に示す。さらに、実施例A1と同様にして観察した、合計3回の絶縁処理を施したNT-7k絶縁物表面のSEM像を
図12に示す。
【0124】
(比較例A5)
NT-7k(1g)、水(106ml)、28%アンモニア水(20ml)、エタノール(480ml)を混合して調製した分散液Aに、攪拌しながら、TEOS(105ml)、エタノール(131ml)、水(39.5ml)を混合して調製した溶液Bを1時間かけて滴下し、滴下終了後、得られた分散液をさらに1時間攪拌した。その後、得られた分散液を吸引濾過し、濾滓を回収して水及びエタノールで洗浄した後、80℃の温風で12時間乾燥させ、TEOS由来のシリカ層を備えるNT-7k絶縁物を得た。このNT-7k絶縁物の表面を走査型電子顕微鏡(SEM、株式会社日立ハイテクノロジーズ製「S-3600N」)を用いて観察した。その結果を
図13に示す。
【0125】
【0126】
【0127】
表1~表2に示したように、カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層とケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを交互に形成させた本発明の炭素系材料絶縁物(実施例A1、A2)は、カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層とアニオン性ポリマー層とを交互に形成させた炭素系材料絶縁物(比較例A1)並びにカチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と酸化物層(シリカ層)とを交互に形成させた炭素系材料絶縁物(比較例A4)に比べて、表面抵抗が大きく、絶縁性に優れるものであることがわかった。
【0128】
また、実施例A1で得られた本発明の炭素系材料絶縁物は、アニオン性ポリマー層とカチオン性ポリマー層と酸化物層とを繰返し形成させた炭素系材料絶縁物(比較例A2、A3)に比べて、絶縁被膜の厚さが薄いにも関わらず、十分に高い絶縁性を示すことがわかった。
【0129】
〔耐熱試験〕
実施例A1及びA2、比較例A1~A5で最終的に得られたカーボンナノチューブ絶縁物を、200℃、250℃、300℃、350℃、400℃、500℃の各温度で5時間加熱して耐熱試験を行い、各温度でのカーボンナノチューブ絶縁物の表面抵抗をテスターを用いて電極間隔1cmで5箇所以上測定し、下記基準で評価した。その結果を表3に示す。
A:表面抵抗10MΩ以上。
B:表面抵抗1MΩ以上10MΩ未満。
C:表面抵抗1MΩ未満。
【0130】
また、400℃又は500℃での耐熱試験後のカーボンナノチューブ絶縁物の表面を走査型電子顕微鏡(SEM、株式会社日立ハイテクノロジーズ製「S-3600N」)を用いて観察した。その結果を
図14~
図19に示す。
【0131】
図2、
図7、
図9~
図13、
図14~
図19に示したSEM像において、目視観察により、耐熱試験前及び耐熱試験後の各カーボンナノチューブ絶縁物における絶縁被膜による被覆率を求め、下記基準で評価した。その結果を表3に示す。
A:被覆率90%以上。
B:被覆率70%以上90%以上未満。
C:被覆率70%以上未満。
【0132】
【0133】
表3に示したように、カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層とケイ酸塩由来のケイ素酸化物層とを交互に形成させた本発明の炭素系材料絶縁物(実施例A1、A2)は、500℃での耐熱試験後も絶縁被膜の被覆率が高く、絶縁性が保持されており、耐熱性に優れたものであることがわかった。
【0134】
一方、カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層とアニオン性ポリマー層とを交互に形成させた炭素系材料絶縁物(比較例A1)は、400℃での耐熱試験により絶縁被膜の被覆率が低下し、250℃での耐熱試験により絶縁性も低下することがわかった。また、アニオン性ポリマー層とカチオン性ポリマー層と酸化物層とを繰返し形成させた炭素系材料絶縁物(比較例A2、A3)は、400℃又は500℃での耐熱試験により絶縁被膜の被覆率及び絶縁性が低下することがわかった。さらに、カチオン性電解質由来の有機成分を含むケイ素酸化物層と酸化物層(シリカ層)とを交互に形成させた炭素系材料絶縁物(比較例A4)及び炭素系材料をテトラエトキシシランで処理した炭素系材料絶縁物(比較例A5)は、絶縁被膜の被覆率が極めて低いことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0135】
以上説明したように、本発明によれば、比較的均一な膜厚を有する絶縁被膜を備えており、高温下でも優れた絶縁性を有する炭素系材料絶縁物を得ることが可能となる。
【0136】
したがって、本発明の炭素系材料絶縁物は、絶縁性及び耐熱性に優れているため、プリント基板用樹脂、電気・電子部品の筐体、コイル封止材、モーター用材料、ラジエーターに代表される熱交換器用材料、アクチュエータ用材料等として有用である。