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特許7292641変性セルロース繊維、その分散液及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-09
(45)【発行日】2023-06-19
(54)【発明の名称】変性セルロース繊維、その分散液及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C08B 15/04 20060101AFI20230612BHJP
【FI】
C08B15/04
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018246845
(22)【出願日】2018-12-28
(65)【公開番号】P2020105429
(43)【公開日】2020-07-09
【審査請求日】2021-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000183484
【氏名又は名称】日本製紙株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100113022
【弁理士】
【氏名又は名称】赤尾 謙一郎
(74)【代理人】
【氏名又は名称】栗原 和彦
(72)【発明者】
【氏名】森田 昌浩
(72)【発明者】
【氏名】小野木 晋一
(72)【発明者】
【氏名】大井 秀一
(72)【発明者】
【氏名】船木 憲治
【審査官】三木 寛
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-126787(JP,A)
【文献】国際公開第2018/216474(WO,A1)
【文献】特開2018-111768(JP,A)
【文献】国際公開第2010/089948(WO,A1)
【文献】磯貝明,TEMPO酸化セルロースナノファイバーの調製と特性解析,東京大学農学部演習林報告,Vol.126,2012年02月,p.1-43
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B 15/04
C08L 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一部のセルロース構成単位のC6位にカルボキシル基を有する平均繊維径が1~500nmのセルロース繊維であって、該セルロース繊維を構成するセルロースが、N-オキシル化合物の存在下でカルボキシル化されたものであり、該カルボキシル基の少なくとも一部に金属塩に由来するイオンがイオン結合し、該金属塩が下式
M(OH)m-n(OOCR)
(式中、Mは原子価が2以上の多価金属を表し、mは金属Mの原子価に相当する整数を表し、nは1~mの整数を表し、Rは炭素数が7~18の脂肪族炭化水素基を表す。)で表される変性セルロース繊維。
【請求項2】
前記変性セルロース繊維が解繊されている請求項1に記載の変性セルロース繊維。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の変性セルロース繊維を非水系溶媒に分散させた分散液。
【請求項4】
少なくとも一部のセルロース構成単位のC6位にカルボキシル基を有する平均繊維径が1~500nmのセルロース繊維を、その分散液中で、金属塩で処理する工程から成る、該カルボキシル基の少なくとも一部に該金属塩に由来するイオンがイオン結合した変性セルロース繊維の製造方法であって、該変性セルロース繊維を構成するセルロースが、N-オキシル化合物の存在下でカルボキシル化されたものであり、該金属塩が下式
M(OH)m-n(OOCR)
(式中、Mは原子価が2以上の多価金属を表し、mは金属Mの原子価に相当する整数を表し、nは1~mの整数を表し、Rは炭素数が7~18の脂肪族炭化水素基を表す。)で表される製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、変性された微細セルロース繊維(以下「CNF」ともいう。)に関し、より詳細には、疎水性の溶媒や高分子等に分散させるために使用できる平均繊維径が1~500nmの変性されたセルロース繊維、当該繊維を非水系溶媒に分散させた分散液及び当該繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロース繊維を酸化して親水性にすることにより、解繊を容易にする技術が開発されて以降(非特許文献1、特許文献1)、繊維径が数nm~数百nmの微細セルロース繊維を用いた用途が拡大した。
しかし、このような微細化されたセルロース繊維は親水性であるため、疎水性の溶媒や疎水性の高分子に分散させることが困難であったため、このような用途に用いるために、微細化されて親水性のセルロース繊維を疎水化する技術が開発されてきた(特許文献2~4等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2008-1728
【文献】特開2011-140738
【文献】特開2012-21081
【文献】国際公開WO2013/077354
【非特許文献】
【0004】
【文献】Biomacromolecule vol.7 No.6, 2006 1687-1691
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本願発明は、疎水性の溶媒や高分子等に分散させるために変性された平均繊維径が1~500nmのセルロース繊維、その分散液及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
従来セルロース繊維を疎水化するためにセルロース表面に炭化水素基などの疎水基を導入することが知られているが(特許文献2~4等)、本発明においては、セルロース繊維を疎水性の溶媒や高分子等に分散させるための、新規な変性方法を開発した。
即ち、本発明は、少なくとも一部のセルロース構成単位のC6位にカルボキシル基を有する平均繊維径が1~500nmのセルロース繊維であって、該カルボキシル基の少なくとも一部に金属塩に由来するイオンがイオン結合し、該金属塩が下式
M(OH)m-n(OOCR)
(式中、Mは原子価が2以上の多価金属を表し、mは金属Mの原子価に相当する整数を表し、nは1~mの整数を表し、Rは炭化水素基を表す。)で表される変性セルロース繊維である。
また、本発明は、少なくとも一部のセルロース構成単位のC6位にカルボキシル基を有する平均繊維径が1~500nmのセルロース繊維を、その分散液中で、金属塩で処理する工程から成る、該カルボキシル基の少なくとも一部に該金属塩に由来するイオンがイオン結合した変性セルロース繊維の製造方法であって、該金属塩が下式
M(OH)m-n(OOCR)
(式中、Mは原子価が2以上の多価金属を表し、mは金属Mの原子価に相当する整数を表し、nは1~mの整数を表し、Rは炭化水素基を表す。)で表される製造方法である。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】製造例1で得たCNFのFTIRチャートを示す。
図2】実施例1で得た変性CNFのFTIRチャートを示す。
図3】実施例2で得た変性CNFのFTIRチャートを示す。
図4】実施例3で得た変性CNFのFTIRチャートを示す。
図5】変性CNF分散液を示す図である。Aは実施例1、Bは実施例2、Cは実施例3、Dは実施例4、Eは実施例5、Fは実施例6、Gは比較例1のものを示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明のセルロース繊維の平均繊維径は1~500nm、好ましくは1~100nm、より好ましくは1~10nmであり、その少なくとも一部のセルロース構成単位(化1(a))のC6位にカルボキシル基を有する。化1(b)はカルボキシル化されたセルロース、化1(c)はカルボキシメチル化されたセルロースを示す。
【化1】
このようなセルロース繊維は、例えば、下記のようにして用意することができる。
【0009】
(セルロース原料)
アニオン変性セルロースを製造するためのセルロース原料としては、例えば、植物性材料(例えば、木材、竹、麻、ジュート、ケナフ、農地残廃物、布、パルプ(針葉樹未漂白クラフトパルプ(NUKP)、針葉樹漂白クラフトパルプ(NBKP)、広葉樹未漂白クラフトパルプ(LUKP)、広葉樹漂白クラフトパルプ(LBKP)、針葉樹未漂白サルファイトパルプ(NUSP)、針葉樹漂白サルファイトパルプ(NBSP)サーモメカニカルパルプ(TMP)、再生パルプ、古紙等)、動物性材料(例えばホヤ類)、藻類、微生物(例えば酢酸菌(アセトバクター))、微生物産生物等を起源とするものを挙げることができ、それらのいずれも使用できる。好ましくは植物又は微生物由来のセルロース繊維であり、より好ましくは植物由来のセルロース繊維である。
【0010】
(カルボキシル化)
本発明において、カルボキシル化セルロース(酸化セルロースとも呼ぶ)は、上記のセルロース原料を公知の方法でカルボキシル化(酸化)することにより得ることができる。特に限定されるものではないが、カルボキシル化の際には、カルボキシル化セルロースナノファイバーの絶乾重量に対して、カルボキシル基の量が好ましくは0.05~6mmol/g、より好ましくは0.6~2.0mmol/g、更に好ましくは1.0mmol/g~2.0mmol/gになるように調整する。
【0011】
カルボキシル化(酸化)方法の一例として、セルロース原料を、N-オキシル化合物と、臭化物、ヨウ化物若しくはこれらの混合物からなる群から選択される化合物との存在下で酸化剤を用いて水中で酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、セルロース表面のグルコピラノース環のC6位の一級水酸基が選択的に酸化され、表面にアルデヒド基と、カルボキシル基(-COOH)又はカルボキシレート基(-COO-)とを有するセルロース繊維を得ることができる。反応時のセルロースの濃度は特に限定されないが、5重量%以下が好ましい。
【0012】
N-オキシル化合物とは、ニトロキシラジカルを発生しうる化合物をいう。N-オキシル化合物としては、目的の酸化反応を促進する化合物であれば、いずれの化合物も使用できる。例えば、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシラジカル(TEMPO)及びその誘導体(例えば、4-ヒドロキシTEMPO)が挙げられる。
【0013】
N-オキシル化合物の使用量は、原料となるセルロースを酸化できる触媒量であればよく、特に制限されない。例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.01~10mmolが好ましく、0.01~1mmolがより好ましく、0.05~0.5mmolがさらに好ましい。また、反応系に対し0.1~4mmol/L程度がよい。
【0014】
臭化物とは臭素を含む化合物であり、その例には、水中で解離してイオン化可能な臭化アルカリ金属が含まれる。また、ヨウ化物とはヨウ素を含む化合物であり、その例には、ヨウ化アルカリ金属が含まれる。臭化物又はヨウ化物の使用量は、酸化反応を促進できる範囲で選択できる。臭化物及びヨウ化物の合計量は、例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.1~100mmolが好ましく、0.1~10mmolがより好ましく、0.5~5mmolがさらに好ましい。
【0015】
酸化剤としては、公知のものを使用でき、例えば、ハロゲン、次亜ハロゲン酸、亜ハロゲン酸、過ハロゲン酸又はそれらの塩、ハロゲン酸化物、過酸化物などを使用できる。中でも、安価で環境負荷の少ない次亜塩素酸ナトリウムは好ましい。酸化剤の適切な使用量は、例えば、絶乾1gのセルロースに対して、0.5~500mmolが好ましく、0.5~50mmolがより好ましく、1~25mmolがさらに好ましく、3~10mmolが最も好ましい。また、例えば、N-オキシル化合物1molに対して1~40molが好ましい。
【0016】
セルロースの酸化工程は、比較的温和な条件であっても反応を効率よく進行させられる。よって、反応温度は4~40℃が好ましく、また15~30℃程度の室温であってもよい。反応の進行に伴ってセルロース中にカルボキシル基が生成するため、反応液のpHの低下が認められる。酸化反応を効率よく進行させるためには、水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ性溶液を添加して、反応液のpHを8~12、好ましくは10~11程度に維持することが好ましい。反応媒体は、取扱い性の容易さや、副反応が生じにくいこと等から、水が好ましい。
【0017】
酸化反応における反応時間は、酸化の進行の程度に従って適宜設定することができ、通常は0.5~6時間、例えば、0.5~4時間程度である。
【0018】
また、酸化反応は、2段階に分けて実施してもよい。例えば、1段目の反応終了後に濾別して得られた酸化セルロースを、再度、同一又は異なる反応条件で酸化させることにより、1段目の反応で副生する食塩による反応阻害を受けることなく、効率よく酸化させることができる。
【0019】
カルボキシル化(酸化)方法の別の例として、オゾンを含む気体とセルロース原料とを接触させることにより酸化する方法を挙げることができる。この酸化反応により、グルコピラノース環の少なくとも2位及び6位の水酸基が酸化されると共に、セルロース鎖の分解が起こる。オゾンを含む気体中のオゾン濃度は、50~250g/mであることが好ましく、50~220g/mであることがより好ましい。セルロース原料に対するオゾン添加量は、セルロース原料の固形分を100重量部とした際に、0.1~30重量部であることが好ましく、5~30重量部であることがより好ましい。オゾン処理温度は、0~50℃であることが好ましく、20~50℃であることがより好ましい。オゾン処理時間は、特に限定されないが、1~360分程度であり、30~360分程度が好ましい。オゾン処理の条件がこれらの範囲内であると、セルロースが過度に酸化及び分解されることを防ぐことができ、酸化セルロースの収率が良好となる。オゾン処理を施した後に、酸化剤を用いて、追酸化処理を行ってもよい。追酸化処理に用いる酸化剤は、特に限定されないが、二酸化塩素、亜塩素酸ナトリウム等の塩素系化合物や、酸素、過酸化水素、過硫酸、過酢酸などが挙げられる。例えば、これらの酸化剤を水又はアルコール等の極性有機溶媒中に溶解して酸化剤溶液を作成し、溶液中にセルロース原料を浸漬させることにより追酸化処理を行うことができる。
【0020】
(カルボキシメチル化)
カルボキシメチル化方法の一例としては、セルロースを発底原料にし、マーセル化剤と混合してマーセル化処理を行った後、エーテル化剤を用いてエーテル化処理を行うことによりアニオン変性セルロースを得ることができる。溶媒としては水単独、又は3~20重量倍の低級アルコール、具体的にはメタノール、エタノール、N-プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、N-ブタノール、イソブタノール、第3級ブタノール等の単独、又は2種以上の混合物と水の混合媒体を使用する。なお、低級アルコールの混合割合は、60~95重量%である。マーセル化剤としては発底原料のグルコース残基当たり0.5~20倍モルの水酸化アルカリ金属、具体的には水酸化ナトリウム、水酸化カリウムを使用する。また、マーセル化剤は5~70重量%、より好ましくは30~60重量%の水溶液を用いる。エーテル化剤としては、モノクロロ酢酸、モノクロロ酢酸ナトリウム、モノクロロ酢酸メチル、モノクロロ酢酸エチル及びモノクロロ酢酸イソプロピルなどが挙げられる。これのうち、原料の入手しやすさという点でモノクロロ酢酸、モノクロロ酢酸ナトリウムが好ましい。発底原料のグルコース残基当たり0.05~10.0倍モルのエーテル化剤を、5~70重量%、好ましくは30~60重量%のエーテル化剤の水溶液を用いる。この際、発底原料であるセルロースの持込水分から最終的に投入するすべての薬品の水溶液の水を合算した際の、セルロース絶乾固形分に対するセルロース絶乾固形分と水の合計重量(液比)が1.0~4.0となるように調節する。
【0021】
マーセル化処理は、反応器を反応温度0~50℃、好ましくは10~40℃に調節し、セルロースを混合しながらマーセル化剤の水溶液を添加し、反応時間15分~8時間、好ましくは30分~3時間撹拌することにより行う。これにより、アルカリセルロースを得る。その後、反応器中のアルカリセルロースにエーテル化剤の水溶液を投入し、温度を一定に保ったまま15分~4時間撹拌し、その後、反応温度30~90℃、好ましくは40~80℃、かつ反応時間30分~10時間、好ましくは1時間~4時間、エーテル化反応を行い、カルボキシメチル化セルロースを得る。
このカルボキシメチル化セルロース繊維のカルボキシル基含有量は好ましくは0.05~6mmol/g、より好ましくは0.1~2.0mmol/gである。
【0022】
(解繊)
これらのセルロース繊維を解繊する際に用いる装置は特に限定されないが、高速回転式、コロイドミル式、高圧式、ロールミル式、超音波式などの装置を用いることができる。解繊の際にはアニオン変性セルロースの水分散体に強力なせん断力を印加することが好ましい。特に、効率よく解繊するには、前記水分散体に50MPa以上の圧力を印加し、かつ強力なせん断力を印加できる湿式の高圧又は超高圧ホモジナイザーを用いることが好ましい。前記圧力は、より好ましくは100MPa以上であり、さらに好ましくは140MPa以上である。また、高圧ホモジナイザーでの解繊及び分散処理に先立って、必要に応じて、高速せん断ミキサーなどの公知の混合、攪拌、乳化、分散装置を用いて、前記水分散体に予備処理を施してもよい。
【0023】
固液分離の方法としては、公知のものを用いることができ、例えば、遠心式、真空式、加圧式のタイプの装置を使用することができ、これらの複数を組み合わせて使用することもできる。
【0024】
乾燥方法としては、公知のものを用いることができ、例えば、スプレイドライ、圧搾、風乾、熱風乾燥、及び真空乾燥を挙げることができる。乾燥装置は、特に限定されないが、連続式のトンネル乾燥装置、バンド乾燥装置、縦型乾燥装置、垂直ターボ乾燥装置、多重段円板乾燥装置、通気乾燥装置、回転乾燥装置、気流乾燥装置、スプレードライヤ乾燥装置、噴霧乾燥装置、円筒乾燥装置、ドラム乾燥装置、ベルト乾燥装置、スクリューコンベア乾燥装置、加熱管付回転乾燥装置、振動輸送乾燥装置、回分式の箱型乾燥装置、通気乾燥装置、真空箱型乾燥装置、及び撹拌乾燥装置等を単独で又は2つ以上組み合わせて用いることができる。
【0025】
本発明の変性セルロース繊維(変性CNF)は、その少なくとも一部のセルロース構成単位(化1(a))のC6位にカルボキシル基を有するが、このカルボキシル基の少なくとも一部に金属塩に由来するイオンがイオン結合することにより変性され、この金属塩は疎水基を有する。
本発明で用いる金属塩は下式で表される。
M(OH)m-n(OOCR)
式中、Mは原子価が2以上、好ましくは2又は3の多価金属であり、具体的には、亜鉛、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウム、ラジウムなどの2価の金属、アルミニウム、鉄、マンガン、クロム、ビスマスなどの3価の金属、スズ、チタンなどの4価の金属が挙げられる。
mは金属Mの原子価に相当する整数を表し、2以上の整数である。
nは1~mの整数を表す。
【0026】
Rは、疎水基であり、炭化水素基を表す。この炭化水素基としては脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基、脂環式炭化水素基等が挙げられるが、好ましくは脂肪族炭化水素基及び芳香族炭化水素基、より好ましくは脂肪族炭化水素基である。疎水基の炭素数は好ましくは1~30、より好ましくは7~18、更に好ましくは13~18である。
この脂肪族炭化水素基としては、直鎖又は分岐の、好ましくは直鎖の、飽和又は不飽和の、好ましくは飽和の炭化水素基であり、好ましくはアルキル基である。
この芳香族炭化水素基としては、アリール基及びアラルキル基が挙げられ、例えば、ベンゼン、ビフェニル、テルフェニル、ナフタレン、アントラセン等が挙げられる。
これらの基には、水酸基、ハロゲン原子、アルコキシ基などの置換基を有してもよいが、置換基としては、短鎖アルキル基や短鎖アリール基等の疎水性の置換基が好ましい。
【0027】
この金属塩に含まれる酸アニオン(RCOO)としては、例えば、ラウリン酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、2-エチルヘキサン酸、ネオデカン酸、アラキジン酸、ヘンイコシル酸、ベヘン酸、リグニセリン酸、セロチン酸、モンタン酸、メリシン酸、ミリストレイン酸、パルミトレイン酸、サピエン酸、オレイン酸、エライジン酸、バクセン酸、バクセン酸、ガドレイン酸、エイコセン酸、エルカ酸、ネルボン酸、リノール酸、エイコサジエン酸、ドコサジエン酸、リノレン酸、ピノレン酸、エレオステアリン酸、ミード酸、ジホモ-γ-リノレン酸、エイコサトリエン酸、ステアリドン酸、アラキドン酸、エイコサテトラエン酸、アドレン酸、ボセオペンタエン酸、エイコサペンタエン酸、オズボンド酸、イワシ酸、テトラコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、安息香酸、トルイル酸、桂皮酸等カルボキシルアニオンを用いることができる。
【0028】
このような金属塩に由来するイオンは、セルロース繊維のカルボキシル基にイオン結合するが、該カルボキシル基は、カルボキシル化されたセルロース(化1(b))においてはセルロース構成単位(化1(a))のC6位に、カルボキシメチル化されたセルロース(化1(c))においてはセルロース構成単位(化1(a))のC6位並びにC2位及び/又はC3位に存在する。
【0029】
このようなセルロース繊維のカルボキシル基において、金属塩に由来するイオンは、次式で表されるイオン結合をしていると考えられる。
セルロース-COO:Mm+:(RCOOm-1
式中、「セルロース-COO」はセルロース構成単位のC6位等のカルボキシイオンを表し、「Mm+」は金属塩由来の金属イオンを表し、「RCOO」は金属塩由来のカルボキシイオンを表し、Rは上記で定義したとおりである。「:」はイオン結合を表し、即ち、「セルロース-COO」と「Mm+」とはイオン結合し、「Mm+」と「RCOO」とはイオン結合している。
このようなイオン結合を行う方法には、特に限定は無いが、例えば、CNFと金属塩を含有する化合物を混合・撹拌する、これらを超音波で処理する、又はこれらをホモジナイザー等の分散機で処理する、これらを混錬機を用いて混錬する等の工程が挙げられるが、これらに限定されない。更に、CNF、金属ハロゲン化物及び脂肪酸等の塩を溶媒中で反応させる、CNF、脂肪酸等、アンモニア及び金属塩を溶媒中で反応させる、等の方法を採用してもよい。また、これらの処理を行う際、反応を効率的にするため、加熱してもよい。
【0030】
このCNFのカルボキシル基の疎水基による変性割合は、変性前に検出されたカルボキシル基に対して好ましくは10%以上、より好ましくは40%以上である。
本発明の変性セルロース繊維は、当業者の公知な成形方法又は公知な材料や液状物と混合又は複合又は含侵等の手段により、インキ、塗料への添加剤、増粘剤、樹脂複合化、ゴム複合化、フィルム、化粧品、粘着剤、オイルのレオコン剤、セパレータ、多孔質膜、洗浄剤、フィルター、離形剤、有機ELなどの用途に使用することができる。
【実施例
【0031】
以下、実施例にて本発明を例証するが本発明を限定することを意図するものではない。
(i) セルロース繊維の赤外(FTIR)スペクトルは、フーリエ変換型赤外分光光度計(JASCO社製:FT/IR-350)を用いて測定した。
(ii) セルロース繊維の繊維形態は、原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、ランダムに選んだ200本の繊維について解析した。
(iii) セルロース繊維のカルボキシル基含有量は以下の方法で測定した。セルロース繊維の0.5重量%スラリー(水分散液)60mlを調製し、0.1M塩酸水溶液を加えてpH2.5とした後、0.05Nの水酸化ナトリウム水溶液を滴下してpHが11になるまで電気伝導度を測定し、電気伝導度の変化が緩やかな弱酸の中和段階において消費された水酸化ナトリウム量(a)から、下式を用いて算出した:カルボキシル基量〔mmol/gセルロース繊維〕=a〔ml〕×0.05/セルロース繊維質量〔g〕。
(iv) セルロース繊維分散液の粘度について、この分散液を金属石鹸の重量を除いた固形分1%に調整し、25℃で、B型粘度計(東機産業社製)を用いて、No.4ローターで、回転数60rpm及び回転数6rpm、3分後のB型粘度(mPa・s)を測定した。変性CNF分散品の粘度が回転数60rpmで10mPa・s以上ならセルロース繊維が良好に分散しているといえる。
【0032】
製造例1
<カルボキシル基含有CNFの製造>
針葉樹由来の漂白済み未叩解クラフトパルプ(白色度85%)500g(絶乾)をTEMPO(Sigma Aldrich社)780mgと臭化ナトリウム75.5gを溶解した水溶液500mlに加え、パルプが均一に分散するまで撹拌した。反応系に次亜塩素酸ナトリウム水溶液を6.0mmol/gになるように添加し、酸化反応を開始した。反応中は系内のpHが低下するが、3M水酸化ナトリウム水溶液を逐次添加し、pH10に調整した。次亜塩素酸ナトリウムを消費し、系内のpHが変化しなくなった時点で反応を終了した。反応後の混合物をガラスフィルターで濾過してパルプ分離し、パルプを十分に水洗することで酸化されたパルプ(以下「TEMPO酸化パルプ」という。)を得た。この時のパルプ収率は90%であり、酸化反応に要した時間は90分であった。
水酸化ナトリウムを水100重量部に対し5重量部溶解させた水酸化ナトリウム水溶液に、上記の工程で得られたTEMPO酸化パルプを5重量部添加し、30℃で30分撹拌してアルカリ処理した。アルカリ処理後のTEMPO酸化パルプ絶乾重量に対し100倍量の水を用いて、30℃で30分間洗浄し、遠心分離機(タナベウィルテック社製)を用いて固液分離を行った。この時のアルカリ処理済TEMPO酸化パルプの固形分は40%であった。
上記の工程で得られたアルカリ処理済TEMPO酸化パルプを水で1.0%(w/v)に調整し、超高圧ホモジナイザー(20℃、150MPa)で5回解繊処理を行い、TEMPO酸化微細セルロース繊維分散液を得た(以下「TEMPO酸化CNF」という。)。得られたTEMPO酸化CNFは、平均繊維径が4nm、アスペクト比が150であった。
得られたTEMPO酸化CNFに塩酸を添加し、pH2.5に調整した後十分に水洗して、酸型のTEMPO酸化CNFを得た。得られたTEMPO酸化CNFのカルボキシル基量は1.60mmol/gであった。
【0033】
<疎水性溶媒への溶媒置換>
疎水性溶媒としてトルエンを使用し、上記で得られたCNFの分散媒をトルエンへ溶媒置換した。
上記で得た1.4wt%の酸型TEMPO酸化CNF混合液107.1gを、アセトンに懸濁した後、ろ過脱液することを5回繰り返し、酸型TEMPO酸化CNFのアセトン置換品を得た。これを更にトルエンに懸濁した後、ろ過脱液することを5回繰り返しトルエン置換品を得た。このトルエン置換品を室温に一晩静置しておくとCNFの沈殿が観察された。
製造例1で得られたCNFのFTIRチャートを図1に示す。図1のチャートにおいて、1714cm-1付近の吸収が観察されることから、CNFのカルボキシル基が酸型になっていることが確認できる。
【0034】
実施例1
製造例1で得たトルエン置換品(CNF固形分1.5g相当)に、CNFのカルボキシ基に対して同当量となるよう、モノステアリン酸アルミニウム(富士フィルム和光純薬社製)を0.83g添加し、ホモディスパーを用いて8000rpmで10分間撹拌した。前記撹拌物をさらに、超高圧ホモジナイザーを用いて20℃、80MPaで1回処理し、更に20℃、150MPaで2回処理した。得られたCNFを変性CNFといい、その分散液を変性CNF分散品という。
実施例1で得られた変性CNFのFTIRチャートを図2に示す。本チャートにおいて、CNFのカルボキシル基が酸型に由来する1718cm-1付近の吸収が、製造例1(図1)のものより低くなっている一方で、カルボキシル基が塩型に由来する1588cm-1付近の吸収が観察されることから、CNFのカルボキシル基が酸型が塩型に変換されていることが確認できる。更に、製造例1(図1)で僅かに確認されていたセルロース由来のC-Hの収縮に由来する2873cm-1付近の吸収についても、ステアリン酸が導入されたことにより2917cm-1及び2849cm-1付近の吸収が明確に確認されていることから、ステアリン酸基が導入されていることが確認できる。
【0035】
実施例2
実施例1で用いたモノステアリン酸アルミニウム0.83gの代わりにジステアリン酸アルミニウム(富士フィルム和光純薬社製)を1.47g添加した以外は、実施例1と同様にして、変性CNF分散品を得た。実施例2で得られた変性CNFのFTIRチャートを図5に示す。
【0036】
実施例3
実施例1で用いたモノステアリン酸アルミニウム0.83gの代わりにトリステアリン酸アルミニウム(富士フィルム和光純薬社製)を2.1g添加した以外は、実施例1と同様にして、変性CNF分散品を得た。実施例3で得られた変性CNFのFTIRチャートを図4に示す。
【0037】
実施例4
実施例1で用いたモノステアリン酸アルミニウム0.83gの代わりにステアリン酸亜鉛(富士フィルム和光純薬社製)を1.52g添加した以外は、実施例1と同様にして、変性CNF分散品を得た。
【0038】
実施例5
実施例1で用いたモノステアリン酸アルミニウムの0.83g代わりに2-エチルヘキサン酸亜鉛(ナカライテスク社製)を0.84g添加した以外は、実施例1と同様にして、変性CNF分散品を得た。
【0039】
実施例6
実施例1で用いたモノステアリン酸アルミニウム0.83gの代わりにネオデカン酸ビスマス(富士フィルム和光純薬社製)を1.74g添加した以外は、実施例1と同様にして、変性CNF分散品を得た。
【0040】
比較例1
実施例1で用いたモノステアリン酸アルミニウム0.83gの代わりにステアリン酸ナトリウム(富士フィルム和光純薬社製)を0.74g添加した以外は、実施例1と同様にして、変性CNF分散品の製造を試みたが、ホモディスパーを用いて8000rpmで10分間撹拌しても全く分散せず、沈殿が生じ、解繊処理を行うことができなかった。更に、超高圧ホモジナイザーを用いて20℃、80MPaで1回処理し、更に20℃、150MPaで2回処理しても同様であった。
【0041】
上記で得た変性CNF分散品のトルエン分散性を下記基準で評価した:
○:CNF分散液は良好に分散し、底に何も溜まらなかった。
△:CNF分散液はCNFが膨潤し分散して、沈殿を生じなかった。
×:CNF分散液は全く分散せず、沈殿が生じた。
評価が○又は△であれば、分散性は良好といえる。
【0042】
変性に用いた金属塩と変性CND分散液の分散性を下表に示し、各分散液を図5に示す。
【表1】
【0043】
実施例1~6の変性CNFは、トルエンへの分散が良好であり、特に実施例1~3は粘度も上昇していることから分散性が特に良好であった。一方、比較例1の変性CNFは、トルエンへの溶媒置換後に撹拌しても解繊することができなかった。
実施例1~6の変性CNFは、比較例1の変性CNFに比べて、十分に疎水化されているといえる。
図1
図2
図3
図4
図5