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特許7292670含塵排ガスブロワーのランナー及びその補修方法
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  • 特許-含塵排ガスブロワーのランナー及びその補修方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-09
(45)【発行日】2023-06-19
(54)【発明の名称】含塵排ガスブロワーのランナー及びその補修方法
(51)【国際特許分類】
   F04D 29/30 20060101AFI20230612BHJP
   B23K 9/04 20060101ALI20230612BHJP
   B23K 31/00 20060101ALI20230612BHJP
【FI】
F04D29/30 G
B23K9/04 H
B23K9/04 S
B23K31/00 D
F04D29/30 J
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019092899
(22)【出願日】2019-05-16
(65)【公開番号】P2020186699
(43)【公開日】2020-11-19
【審査請求日】2022-01-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】592198518
【氏名又は名称】アイエヌジ商事株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090697
【弁理士】
【氏名又は名称】中前 富士男
(74)【代理人】
【氏名又は名称】来田 義弘
(74)【代理人】
【識別番号】100176142
【弁理士】
【氏名又は名称】清井 洋平
(72)【発明者】
【氏名】西 真生
(72)【発明者】
【氏名】河津 肇
【審査官】岸 智章
(56)【参考文献】
【文献】特開昭56-129798(JP,A)
【文献】特公昭49-007309(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04D 29/30
B23K 9/04
B23K 31/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面の少なくとも一部に、それぞれ1.5mm以上3.0mm以下の厚さの下盛り及び上盛りの2層の溶接肉盛を施した、含塵排ガスブロワーのランナーであって、
前記下盛りを施す母材のマイクロビッカース硬さの平均値Hvmが100~400、
前記上盛りのマイクロビッカース硬さの平均値Hvuが1000~1400、
前記下盛りのマイクロビッカース硬さの平均値Hvlが450~950、且つ前記下盛りのクロム含有量が10~30質量%とされ、
(1)式で定義される硬度勾配αと(2)式で定義される硬度勾配βがそれぞれ18以上320以下であることを特徴とする含塵排ガスブロワーのランナー。
α=(Hvu-Hvm)/[tu/2+tl] (1)
β=(Hvu-Hvl)/[(tu+tl)/2] (2)
ただし、tu:前記上盛りの層厚(mm)、tl:前記下盛りの層厚(mm)とし、
前記母材のマイクロビッカース硬さは溶接する前の表面、前記上盛りのマイクロビッカース硬さは上盛り溶接後の上盛り表面、前記下盛りのマイクロビッカース硬さは下盛り溶接後の下盛り表面、でそれぞれ測定し、かつ、それぞれ負荷荷重500g、0.5mm間隔で15点測定し、その平均で算出された平均値である。
【請求項2】
一定期間使用後の請求項1記載の含塵排ガスブロワーのランナーの補修方法であって、
前記下盛りが露出している部位に、請求項1の要件を満足する上盛りの溶接肉盛を施すことを特徴とする含塵排ガスブロワーのランナーの補修方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、含塵排ガスブロワーのランナー及びその補修方法に関する。
【背景技術】
【0002】
製鉄プロセスで発生する排ガスは、一般にブロワーによって排出される場合が多い。例えば、鉄鉱石、炭材、及び石灰類を焼結原料に用いて焼結鉱を製造する焼結工程では、焼結原料を焼結機のパレットに装入した後、点火炉で焼結原料表面を点火し、パレットの下方から外気を吸引しながら炭材を酸化させ、酸化時の発熱を利用して鉄鉱石を焼結させることが一般に行われている。パレットの下方には吸気用のウインドボックスが設置され、ウインドボックスの下端部はダクトに接続されている。
パレット上の焼結原料が燃焼することによって発生する焼結機排ガスは、ダクトの途中に設置されている焼結機主排ガスブロワーを作動させることによりウインドボックス内に吸引され、ダクトを介して電気集塵機に導入される。
【0003】
焼結機主排ガスブロワーのランナー(羽根車)は、粉塵の衝突による摩耗(特に、翼板の先端部は粉塵の衝突が激しい。)や、排気ガス環境起因の腐食による減肉により寿命が決定される。
このような粉塵を含む排ガス(含塵排ガス)に用いる排ガスブロワーのランナーの減肉は、焼結機主排ガスブロワーに限られるものではなく、製鉄プロセスの一例である製銑プロセスや製鋼プロセスにおいても発生する。製銑プロセスの例としては、ブロワーの焼結機排鉱部の排気ブロワー、コークス原料炭の乾燥炉の排ガスブロワー等が挙げられる。また、製鋼プロセスの例としては、転炉OG設備のブロワー、電気炉集塵設備のブロワー等が挙げられる。製鉄プロセスではないが、石炭ボイラーの排気設備、焼却炉の排気設備でも同様な課題が存在する。
【0004】
これらの設備においては、大気中に排ガスを放散する前に所定の規制値以下となるように排ガス中の粉塵(煤煙)濃度が低減される。しかし、規制値以下ではあるが0.7mg/m以上の粉塵が排ガスに含まれる場合があり、このような含塵排ガスがブロワーのランナーの減肉の原因となっている。
そのため、含塵排ガスブロワーのランナー(以下、単に「ランナー」と呼ぶことがある。)などの摩耗部品には、金属肉盛等を用いた耐摩耗性向上が従来から種々検討されている。
【0005】
例えば特許文献1には、衝撃を受ける部分に母材よりも耐浸食性及び耐摩耗性の高い肉盛溶接層を有する部材を適用した水車及びその製造方法が開示されている。
また、特許文献2には、表面の少なくとも一部に、Ni,Cr,Coの内の少なくとも1種類を含む金属とクロム炭化物とを含む第1溶射皮膜と、Ni,Cr,Coの内の少なくとも1種類を含む金属とタングステン炭化物とを含む第2溶射皮膜を被覆した水車ランナーが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平2-230968号公報
【文献】特開平9-303245号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1記載の技術によれば、相応の寿命向上は期待できるが、ビッカース硬さが300~700であるため耐摩耗性が不十分である。また、溶接方法がプラズマ溶射に限定されており、より簡便な方法で羽根の補修ができることが望まれる。
一方、特許文献2記載の技術の場合、第2溶射皮膜のビッカース硬さが1000以上あり耐摩耗性は十分確保されるが、耐摩耗性向上の肉盛方法として溶射を採用しているため、膜厚は1.0mm程度が上限となり、長寿命化に限界がある。また、400℃以上650℃以下の温度で1時間以上30時間以下の予熱が必要であるため、現場での補修は困難である。
【0008】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、従来に比べて寿命の長いランナーを提供することを目的とする。また、従来に比べて補修期間を短縮することが可能なランナーの補修方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、第1の発明は、表面の少なくとも一部に、それぞれ1.5mm以上3.0mm以下の厚さの下盛り及び上盛りの2層の溶接肉盛を施した、含塵排ガスブロワーのランナーであって、
前記下盛りを施す母材のマイクロビッカース硬さの平均値Hvmが100~400、
前記上盛りのマイクロビッカース硬さの平均値Hvuが1000~1400、
前記下盛りのマイクロビッカース硬さの平均値Hvlが450~950、且つ前記下盛りのクロム含有量が10~30質量%とされ、
(1)式で定義される硬度勾配αと(2)式で定義される硬度勾配βがそれぞれ18以上320以下であることを特徴としている。
α=(Hvu-Hvm)/[tu/2+tl] (1)
β=(Hvu-Hvl)/[(tu+tl)/2] (2)
ただし、tu:前記上盛りの層厚(mm)、tl:前記下盛りの層厚(mm)とし、
前記母材のマイクロビッカース硬さは溶接する前の表面、前記上盛りのマイクロビッカース硬さは上盛り溶接後の上盛り表面、前記下盛りのマイクロビッカース硬さは下盛り溶接後の下盛り表面、でそれぞれ測定し、かつ、それぞれ負荷荷重500g、0.5mm間隔で15点測定し、その平均で算出された平均値である。
【0010】
本発明では、図1に示すように、上盛りのマイクロビッカース硬さの平均値Hvuを上盛りの層厚の1/2箇所で代表させ、下盛りのマイクロビッカース硬さの平均値Hvlを下盛りの層厚の1/2箇所で代表させる。また、母材のマイクロビッカース硬さの平均値Hvmは母材表面で代表させる。このように想定すると、上盛りと母材間の厚さ方向の硬度勾配αは(1)式、上盛りと下盛り間の厚さ方向の硬度勾配βは(2)式で表される。
【0011】
一般に、溶接肉盛や溶射等によりランナーの耐摩耗性を向上させることができる。しかし、単にランナーの最表層の硬度を上げた場合、表層に亀裂が入りやすくなるだけでなく、亀裂が進展・成長するという知見を本発明者らは得ている。
母材に溶接肉盛を施した場合、ランナーの耐摩耗性は向上する。しかし、溶接肉盛の硬度を上げると、母材と肉盛層の硬度差が大きくなり、熱膨張係数等の機械的性質が母材と肉盛層とで大きく異なることになる。その結果、ランナーに引張荷重が作用したり、ランナーが熱膨張する際に、肉盛層に存在する亀裂が進展・成長する。亀裂が進展し、肉盛層が剥離すると、そこから母材の減肉が進行して破損に至る。
【0012】
このように、単なる摩耗だけではなく、亀裂の進展に起因する肉盛層の剥離による損耗がランナーの寿命を決定する大きな要因であることを本発明者らは発見した。
そこで、本発明では、ランナーの溶接肉盛を上盛りと下盛りの2層とし、上盛りの硬度を高くして耐摩耗性を向上させると共に、上盛りに不可避的に発生する亀裂の進展を抑制することにより上盛り層の剥離を防止する。具体的には、上盛りと母材間の厚さ方向の硬度勾配αと、上盛りと下盛り間の厚さ方向の硬度勾配βをそれぞれ所定の数値範囲内とすることにより、上盛りと下盛りと母材間の硬度変化量や、これに伴う熱膨張係数の変化量を適正値にする。
【0013】
また、第2の発明は、一定期間使用後の第1の発明に係る含塵排ガスブロワーのランナーの補修方法であって、
前記下盛りが露出している部位に、請求項1の要件を満足する上盛りの溶接肉盛を施すことを特徴としている。
【発明の効果】
【0014】
本発明に係る含塵排ガスブロワーのランナーでは、溶接肉盛を上盛りと下盛りの2層とし、上盛りの硬度を高くすると共に、上盛りと母材間の厚さ方向の硬度勾配αと、上盛りと下盛り間の厚さ方向の硬度勾配βをそれぞれ所定の数値範囲内とすることにより、摩耗の進行及び亀裂の進展を抑制する。これにより、従来に比べてランナーの寿命を延ばすことが可能となる。
【0015】
また、本発明に係る含塵排ガスブロワーのランナーの補修方法では、予熱や後熱を実施せず、上盛り層が剥離して下盛りが露出した箇所にのみ上盛り溶接を施すので、従来に比べて補修工程を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】硬度勾配α、βを説明するための模式図である。
図2】本発明の一実施の形態に係る焼結機主排ガスブロワーのランナーの斜視図である。
図3】下盛り及び上盛りの2層の溶接肉盛を施した、ランナーの翼板先端部の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明を具体化した実施の形態について説明し、本発明の理解に供する。
【0018】
本発明の一実施の形態に係る焼結機主排ガスブロワー(含塵排ガスブロワーの一例)のランナー10を図2に示す。
ランナー10は、中心部に軸孔13を有する円盤状の主板12と、回転方向に沿って等間隔に配置された複数の翼板11とを備えている。各翼板11は弧状に湾曲し、湾曲した一方の端面が主板12に固着されている。主板12の軸孔13にはモータシャフト(図示省略)が嵌挿される。
【0019】
ランナー10はケーシング(図示省略)内に収納され、ランナー10の前方(モータが設置されていない側)に焼結機排ガス14の吸込口が、ランナー10の側方に焼結機排ガス14の吹出口がそれぞれ設けられている。
【0020】
含塵排ガスである焼結機主排ガスのダスト(煤塵)は、規制値以下ではあるが0.7mg/m以上であり、含塵排ガスの中でも比較的濃度が高い(例えば、8.0mg/m以上、規制値以下)。
【0021】
モータ(図示省略)によりランナー10が回転すると、焼結機排ガス14が吸込口からケーシング内に吸い込まれる。ケーシング内に吸い込まれた焼結機排ガス14はランナー10内に流入し、翼板11間の隙間からランナー10外へ流出する。ランナー10外へ流出した焼結機排ガス14はケーシング内を回転方向に移動し、吹出口からケーシング外へ排出される。
【0022】
ランナー10の表面の少なくとも一部には、それぞれ1.5mm以上3.0mm以下の厚さの下盛り及び上盛りの2層の溶接肉盛が施されている。
溶接肉盛の厚さが1.5mm未満であると、長寿命化の効果が小さくなる一方、3.0mmを超えると、溶接の際に表層と内部の温度差により亀裂生成が増長される。
【0023】
下盛りを施す母材のマイクロビッカース硬さの平均値Hvmは100~400である。母材のマイクロビッカース硬さの平均値Hvmが100未満であると、母材自体の強度不足が懸念される一方、400を超えると、母材自体が割れやすくなる。
【0024】
上盛りのマイクロビッカース硬さの平均値Hvuは1000~1400である。上盛りのマイクロビッカース硬さの平均値Hvuが1000未満であると、耐摩耗性が不足する一方、1400を超えると、亀裂の発生や進展を抑制できない可能性がある。
【0025】
下盛りのマイクロビッカース硬さの平均値Hvlは450~950、且つ下盛りのクロム含有量は10~30質量%とされている。上盛り層が剥離して下盛りが露出した際、下盛りの耐摩耗性を確保するため、下盛りのマイクロビッカース硬さの平均値Hvlは450以上としている。一方、下盛りのマイクロビッカース硬さの平均値Hvlを950以下とすることで、下盛り層における新たな亀裂生成を概ね抑制することができる。
【0026】
焼結機排ガス等の含塵排ガスは、水分、SOx、NOxを含んでいるため、水分、SOx、NOx由来の酸が焼結機主排ガスブロワーのランナーに付着する場合がある。上盛り層に亀裂が発生し、亀裂が進展して上盛り層と下盛り層の境界部に到達した場合、上記酸が亀裂を通って境界部を腐食させる場合がある。境界部は、異なる金属が接触しているので腐食が進みやすい。そのため、下盛りにクロムを含有させ、耐腐食性を保つクロム含有量を10質量%以上とすることにより、境界部の腐食進行を抑制する。クロム含有量の上限値としては、30質量%程度のものを市中で入手することができる。
【0027】
なお、上盛りにもクロムを含有させても良い。しかし、焼結機排ガスには粉塵が含まれているため、上盛りは摩耗しやすく、耐腐食性よりは耐摩耗性を優先させるべきと考えられる。故に、上盛りにクロムを含有させることによって上盛りの耐摩耗性が低下するよりは、クロムは少量含有もしくは無添加として上盛りの耐摩耗性を向上させたほうが良い。
【0028】
上盛りと母材間の厚さ方向の硬度勾配αと、上盛りと下盛り間の厚さ方向の硬度勾配βはそれぞれ18以上320以下とする。なお、硬度勾配αは(3)式、硬度勾配βは(4)式により算出する。
α=(Hvu-Hvm)/[tu/2+tl] (3)
β=(Hvu-Hvl)/[(tu+tl)/2] (4)
ただし、tu:上盛りの層厚(mm)、tl:下盛りの層厚(mm)
【0029】
上盛りに発生する亀裂の進展は、上盛りを拘束する下盛りや母材の熱膨張係数によって決定されると考えられる。しかし、熱膨張係数の計測は困難であるため、本発明では、熱膨張係数に概ね符合するマイクロビッカース硬さを代用することにより、材料間の熱膨張係数差を硬度勾配として評価した。なお、上記拘束度合は、肉盛厚さにも影響されることから、拘束度合の評価に硬度勾配を用いることは理に適っていると考えられる。
【0030】
上述した母材、上盛り、及び下盛りの各マイクロビッカース硬さの平均値、並びに上盛り及び下盛りの各層厚によれば、硬度勾配α及びβの最大値は633となるが、硬度勾配が高すぎると、上盛りに対して下盛りや母材の熱膨張係数が過大となる。その結果、高温環境(例えば120℃程度)において焼結機主排ガスブロワーのランナーが熱膨張すると、下盛りや母材の膨張代に応じて、上盛りにおいて亀裂が進展しやすくなる。
本発明者らの知見によれば、硬度勾配α及びβを320以下とすることで、下盛りや母材の拘束による上盛りの亀裂進展を抑制することができる。
【0031】
一方、上述した母材、上盛り、及び下盛りの各マイクロビッカース硬さの平均値、並びに上盛り及び下盛りの各層厚によれば、硬度勾配α及びβの最小値は16となるが、硬度勾配が低すぎる場合、例えば、上盛りと概ね同等な硬さを有する下盛りを配置することとなる。これは、熱膨張係数が上盛りと下盛りで概ね同等となり、下盛りの拘束による上盛りの亀裂進展が抑制できていることとなる。しかし、熱膨張の観点での亀裂進展は抑制されるものの、焼結機主排ガスブロワーの回転振動による亀裂進展も発生しうるため、上盛り層と下盛り層の境界部に亀裂が到達する懸念が残る。上盛り層と下盛り層の境界部に亀裂が到達した際、上盛りと同等の硬さ(靭性)を有する下盛りの場合、下盛り内部への亀裂進展を抑制することが難しくなる。
【0032】
因って、上盛りに対して下盛りの硬さをある程度低下させること、即ち、硬度勾配に下限値を設けることによって、上盛り層を貫通した亀裂が下盛り内部に進展するのを抑制することができる。本発明者らの知見によれば、硬度勾配α及びβを18以上とすることで、下盛りや母材の拘束による上盛りの亀裂進展を抑制することができる。
【0033】
図3に、ランナー10の翼板11の先端部に下盛り16及び上盛り17の溶接肉盛を施した例を示す。本例では、翼板11と同じ材質のプレート15(母材)を翼板11と同じ形状に加工し、上述した要件を満たす下盛り16及び上盛り17をプレート15に施した後、翼板11の先端部に固定している。
なお、翼板11(母材)に直接、下盛り16及び上盛り17を施してもよい。
【0034】
母材、下盛り、及び上盛りのマイクロビッカース硬さの測定は以下のように行う。
母材は溶接する前の表面、上盛り及び下盛りはそれぞれ溶接した後の表面を対象とし、JIS Z2244:2009「ビッカース硬さ試験-試験方法」に従う方法で測定する。負荷荷重(試験力)は500gとし、各対象物について0.5mm間隔で15点測定し、その平均を算出して平均値とする。
【0035】
上盛り及び下盛りの肉厚測定は以下のように行う。
A.ランナー表面と同形状のプレート(母材)を作成し、肉盛施工後に当該プレートをランナー表面に取り付ける場合
プレート表面に下盛り、上盛りをそれぞれ溶接した後、ノギスやマイクロメーターで厚みを測り、3点の平均値を肉盛厚さとする。その後、当該プレートをランナー表面へ取り付ける。
【0036】
B.ランナー(母材)表面に直接溶接肉盛を施工する場合の肉厚測定方法は以下の2通りの方法がある。
(a)予め、溶接条件(電流、電圧、溶接速度等)と肉盛厚さとの関係を調べておき、肉盛厚さが既知である溶接条件でランナー表面に肉盛溶接をする方法
(b)超音波距離計で測定する方法
上盛り、下盛り、母材はそれぞれ異なる材質であるため、その境界は超音波で検知でき、肉盛厚さを算出することができる。
【0037】
ランナー表面に直接溶接肉盛を施工する場合、上記2方法が採用できるが、肉盛素材には炭化物等の超音波透過を阻害するものが含まれる場合があるため、(a)の方法が望ましい。
【0038】
一定期間使用後の焼結機主排ガスブロワーのランナーを補修する場合は、下盛りが露出している部位に、上述した要件を満足する上盛りの溶接肉盛を施せばよい。
【0039】
以上、本発明の一実施の形態について説明してきたが、本発明は何ら上記した実施の形態に記載の構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載されている事項の範囲内で考えられるその他の実施の形態や変形例も含むものである。
【実施例
【0040】
本発明の効果について検証するために実施した検証試験について説明する。
表1及び表2に試験結果の一覧を示す。試験条件は以下の通りである。
(a)試験片
試験片は、長さ×幅×厚さ=200mm×50mm×6mmの母材とした。試験片の厚さを6mmとしたのは、焼結機主排ガスブロワーのランナーにおいて最も摩耗や亀裂による損傷が多い部位の厚さが6mmであることによる。
試験片の表面に、表1及び表2に記載されている条件でアーク溶接により2層肉盛を施し、試験片Aを作製した。また、試験片Aと同じ条件で試験片Bを作製した。
検証試験には試験片Aを使用し、試験片Bは試験未実施とし評価の際の比較対象とした。
【0041】
(b)引張試験
最大90kN(300MPa)となるように負荷する引張試験を試験片Aに対して実施した。
試験片の断面(厚さ方向×長さ方向約10mm)観察を行って、亀裂長さ上位10本の平均値である平均亀裂長さL(mm)と、顕微鏡視野(20倍)で確認できた亀裂密度N(本/mm)を、試験片Aと試験片Bについてそれぞれ測定し、L、Nと、L、Nとした。
各試験片について、平均亀裂長さLの評価値を(L-L)/L、亀裂密度Nの評価値を(N-N)/Nとして算出し、平均亀裂長さLの評価値と亀裂密度Nの評価値の両方が0.5以下であれば合格、それ以外であれば不合格とした。
【0042】
(c)熱膨張試験
120℃(実機使用環境)に設定した炉に試験片Aを2時間入れた後、1時間自然放冷するプロセスを10回繰り返した。
熱膨張試験の評価は引張試験と同じ方法で行った。
【0043】
(d)最終評価
引張試験と熱膨張試験の両方に合格した場合○(可)とし、それ以外の場合×(不可)とした。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
表1より実施例は全て評価が○であった一方、表2より比較例は全て評価が×であったことがわかる。
【符号の説明】
【0047】
10:ランナー、11:翼板、12:主板、13:軸孔、14:焼結機排ガス、15:プレート(母材)、16:下盛り、17:上盛り
図1
図2
図3