(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-09
(45)【発行日】2023-06-19
(54)【発明の名称】機能性薄膜、その製造方法、積層構造体及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20230612BHJP
C01B 21/06 20060101ALI20230612BHJP
C23C 14/35 20060101ALI20230612BHJP
F02F 5/00 20060101ALI20230612BHJP
F16J 9/26 20060101ALI20230612BHJP
【FI】
C23C14/06 A
C01B21/06 Z
C23C14/35 Z
F02F5/00 G
F16J9/26 C
(21)【出願番号】P 2017156749
(22)【出願日】2017-08-15
【審査請求日】2020-07-20
【審判番号】
【審判請求日】2022-04-27
(31)【優先権主張番号】P 2016160254
(32)【優先日】2016-08-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】100150876
【氏名又は名称】松山 裕一郎
(72)【発明者】
【氏名】清水 徹英
(72)【発明者】
【氏名】寺西 義一
【合議体】
【審判長】宮澤 尚之
【審判官】河本 充雄
【審判官】伊藤 真明
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-199662(JP,A)
【文献】国際公開第2016/071104(WO,A1)
【文献】特表2015-501876(JP,A)
【文献】特表2010-529295(JP,A)
【文献】特表2011-516729(JP,A)
【文献】寺西義一 他,金型への応用を想定したHIPIMS膜の機械的特性評価,東京都立産業技術センタ-研究報告,日本,東京都立産業技術センタ-,2015年,第10号,P76~77
【文献】清水徹英 他,HIPIMS法によるTiAlN膜の低温薄膜形成とその膜特性評価,日本機械学会2014年度年次大会講演論文集,日本,日本機械学会,2014年,J2220104
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被成膜体上に形成される機能性薄膜であって、下記一般式(1)で表される原子組成を有し、表面粗さ(Rq)が2~50nmであり、硬さが16~50GPaであり、内部応力が-150~150MPaである、機能性薄膜の製造方法であって、
高出力インパルスマグネトロンスパッタリング法により、ターゲット合金に瞬間的に大出力の電力を印加して、該ターゲット合金をイオン化し、被成膜体上に製膜することにより機能性薄膜を製膜する製膜工程を具備し、
上記製膜工程において、機能性薄膜の所望の表面粗さ(Rq)、硬さ及び内部応力に応じて、ピーク電流密度を0.2~2.5[A/cm
2]の範囲で調節する
機能性薄膜の製造方法。
M
xM’
yM”
zA
n ・・・(1)
(式中、
MはTi、Cr、Ta又はZrを示し、M’及びM”は、それぞれ同一又は異なる原子であって、Al又はCを示し、AはN、O又はCを示す。
xは 0.10~0.40の数である。
yは 0.10~0.40の数である。
zは 0~0.30の数である。
nは 0.4~0.7の数である。
x+y+z+n=1である。)
【請求項2】
得られる機能性薄膜の厚みが 10nm ~ 1mmである請求項1記載の機能性薄膜の製造方法。
【請求項3】
上記原子組成が、
Ti
0.13Al
0.27N
0.60、
Ti
0.20C
0.30N
0.50、
Cr
0.13Al
0.27N
0.60、
Cr
0.20C
0.30N
0.50、
Zr
0.13Al
0.27N
0.60、
Zr
0.20C
0.30N
0.50、
Ta
0.13Al
0.27N
0.60、又は
Ta
0.20C
0.30N
0.50
である、請求項1記載の機能性薄膜の製造方法。
【請求項4】
被成膜体上に形成される機能性薄膜であって、下記一般式(1)で表される原子組成を有し、表面粗さ(Rq)が2~50nmであり、硬さが16~50GPaであり、内部応力が-150~150MPaである、機能性薄膜を複数枚積層してなる、積層構造体の製造方法であって、
高出力インパルスマグネトロンスパッタリング法により、ターゲット合金に瞬間的に大出力の電力を印加して、該ターゲット合金をイオン化し、被成膜体上に製膜することにより機能性薄膜を製膜する第1の製膜工程と、
上記の第1の製膜工程とは異なる条件で製膜を行う第2の製膜工程を具備し、
上記の第1の製膜工程と上記の第2の製膜工程とを交互に行
い、
上記の第1の製膜工程及び上記の第2の製膜工程のピーク電流密度を0.1~5[A/cm
2
]の範囲で調節することを特徴とする積層構造体の製造方法。
M
xM’
yM”
zA
n ・・・(1)
(式中、
MはTi、Cr、Ta又はZrを示し、M’及びM”は、それぞれ同一又は異なる原子であって、Al又はCを示し、AはN、O又はCを示す。
xは 0.10~0.40の数である。
yは 0.10~0.40の数である。
zは 0~0.30の数である。
nは 0.4~0.7の数である。
x+y+z+n=1である。)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性薄膜、その製造方法、積層構造体及びその製造方法に関し、更に詳細には、表面粗さ(平滑性)、膜強度(硬度)、膜内部の引っ張りや圧縮(内部応力)などの膜特性がコントロールされた機能性薄膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に金型は、寿命を延ばすために、金型表面に硬質膜等の皮膜を成膜する場合が多い。金型表面の皮膜に要求される特性は、密着性が良く、緻密で硬質、平滑であること、付き回り性がよいことなどである。さらに近年、精密金型などは製品精度に対する要求が高く、従来の成膜法と比較して、より平滑で、基材の熱変形が小さい低温成膜法が求められている。従来からの優れた硬質皮膜形成技術としてアークイオンプレーティング(Arc Ion Plating、以下AIPという)などが、切削工具や各種工業製品に応用されている。しかし膜形成時に熱がかかることや、マクロパーティクル(ドロップレット)などが発生することが多いため、より優れた特性を有する薄膜の形成技術に対する要求も高まっている。
また、高分子材料の有する柔軟性、生体適合性および低コスト性の観点から、医療デバイス・人工臓器・再生医療やドラッグデリバリーシステム等をはじめとした、医療分野へのその応用が年々拡大している。これに伴い、医用高分子材料の耐摩耗性・耐腐食性向上を目的として、より低温で緻密かつ密着性の高い薄膜形成技術への要求が高まっている。
上記要求を実現可能な、従来技術に次ぐ新しいスパッタリング技術として、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(High Power Impulse Magnetron Sputtering、以下HIPIMSという)が注目されている。HIPIMSプロセスでは、従来の直流電源に変わり、パルス電源により、数10~数1000μsec程度のパルス幅で1kHz以下の比較的低い周波数のパルス電力を付与する。これにより、対象物へ、比較的低温度で、またスパッタ時は、通常の直流マグネトロンスパッタリング(以下、DCMSという)の1000倍にも達する、数kW/cm2の大電力を投入する。これによりプラズマ電子密度を高め、スパッタリングガスおよびターゲット材料のイオン化率を著しく向上させる。この高いイオン化率を有するプラズマによって薄膜を形成することにより、膜の高密度化と平滑化、高い密着性、三次元形状への良好な付き回り性、低温での薄膜形成、などの実現が期待されており、種々提案がなされている。
【0003】
たとえば、特許文献1には、PVDプロセスにより、コスト効果良くコーティング可能な、ピストンリングの潤滑等の境界潤滑状態における高温で動作する堆積物のコーティングとして、処理チャンバ内のHIPIMS放電によって発生したW,MoおよびCイオンが加速されてワークピース表面を同時に衝撃する前処理後、WおよびMoの少なくとも1つの金属を、HIPIMSスパッタリングによって、20~1000nmの範囲の厚さで金属および/または窒化金属の推移層、さらに推移層上にHIPIMSスパッタリングにより、金属が5~20原子%ドープされたCコーティングを含む堆積物のコーティングが提案されている。
特許文献2には、高い耐引掻性以外に、摩耗及び研磨負荷に対して並びに環境ストレス対して高められた耐性を示す膜として、少なくとも1つの高屈折率の透明な硬質物質層を有し、前記硬質物質層は、結晶性窒化アルミニウムを含み、前記窒化アルミニウムは、六方対称の主たる優先配向を示す六方晶結晶構造を有する、 スパッタリング法として、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング(HiPIMS)を用いた膜が提案されている。
【0004】
特許文献3には、特性が向上した被覆物を得るため、ターゲットがスパッタされるように電力がカソードに供給され、第一カソードに供給する電力は、第一ピーク電流密度を有する高出力インパルスマグネトロンスパッタリングによるパルス電力であり、第二カソードに供給される電力は、第一ピーク電流密度より低い第二ピーク電流密度とする、膜形成用の装置が提案されている。
特許文献4には、関節をなす補綴物の性能を向上してなる人工関節材として、材料へのイオン注入処理に際して、高出力衝撃マグネトロンスパッタリング(HiPIMS)処理を用いた人工関節材が提案されている。
【0005】
特許文献5には、内燃機関及び/又は圧縮機の摺動するエレメントであって、摩擦を受け且つHIPIMSプロセスによる窒化硬質セラミックコーティングを受ける、エレメントが提案されている。
特許文献6には、ピストンリングの少なくとも内側面の一部を被覆するための方法において、リングは内側面の少なくとも一部に形成された皮膜を有し、その皮膜は、HIPIMSを用いて付与されたPVD皮膜および/またはDLC皮膜である、ピストンリングが提案されている。
【0006】
特許文献7には、長期にわたって硬質皮膜の安定した低摩擦特性を保つ手法として、硼素と炭素とを含む硬質皮膜を基材上に設けるに際して、前記硬質皮膜は非平衡マグネトロンスパッタ法または高出力パルススパッタ法の少なくとも一方を用いて作製され、珪素、クロム、チタン、タングステンの少なくとも1種の元素を含むターゲットと、炭化硼素ターゲットとを用いる手法が提案されている。
特許文献8には、金属酸化物、窒化物、若しくは炭化物、又はそれらの混合物の被膜を形成する方法として、これによれば、アルゴンと反応性ガスとの混合ガス(5、6)中で、200Wcm-2より大きいピークパルス電力で、一個以上のターゲット(3)における高電力インパルス・マグネトロン・スパッタリングHIPIMS放電を操作することにより、成膜速度が向上すると共に反応性ガス分圧フィードバックシステムの必要性が除去される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2016‐027197号公報
【文献】特開2015‐199662号公報
【文献】特表2015‐501371号公報
【文献】特表2015‐501163号公報
【文献】特表2014‐523476号公報
【文献】特表2013‐529249号公報
【文献】特開2013‐194317号公報
【文献】特表2010‐529295号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1~8の提案では、未だに以下の問題が解決されていない。
(1)膜表面の平滑性が十分でないため、成膜後に表面を研磨しなければならない場合がある。
(2)HIPIMS法により、低温度でも膜の強度(硬度)を上げることが必要とされているが、未だ不十分である。
(3)膜には内部応力が存在し、それによる膜の剥がれなどが懸念されているため、内部応力を制御する成膜が必要とされるが、この点の制御も未だ不十分である。
要するに、HIPIMS法により形成される膜は高機能であることは知られているが、平滑性、硬度、内部応力に関して十分に所望のレベルに達したものが得られていないのが現状であり、表面粗さ(平滑性)、膜強度(硬度)、膜内部の引っ張りや圧縮(内部応力)などの膜特性がコントロールされた機能性薄膜が要望されているのが現状である。
【0009】
したがって、本発明の目的は、表面粗さ(平滑性)、膜強度(硬度)、膜内部の引っ張りや圧縮(内部応力)などの膜特性がコントロールされた機能性薄膜及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を解消すべく鋭意検討した結果、HIPIMS法により製膜するに際してパルス幅に応じて膜の平滑性や硬度が変動することを知見し、更に検討した結果、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の各発明を提供するものである。
1.下記一般式(1)で表される原子組成を有し、パルススパッタで成膜されてなる機能性薄膜。
MxM’yM”zAn ・・・(1)
(式中、Mは周期表の金属元素を示し、
M’及びM”は、それぞれ同一又は異なる原子であって、周期表の金属元素、Al又はC を示し、
AはN、O又はCを示し、
xは0.01~0.75の数を示し、
yは0.01~0.75の数を示し、
zは0~ 0.58の数を示し、
nは 0.24 ~0.8 の数を示す。x+y+z+n=1である。)
2.厚みが 10nm ~ 1mmである1記載の機能性薄膜。
3.表面粗さ(Rq)が2~50nmであり、硬さが16~50GPaであり、内部応力が-500~300MPaであり、
表面粗さは、硬さの値が多くなると小さくなり、内部応力は硬さの値が大きくなると負の応力となる関係にある、1記載の機能性薄膜。
4. 1記載の機能性薄膜の製造方法であって、
高出力インパルスマグネトロンスパッタリング法により、ターゲット合金に瞬間的に大出力の電力を印加して、該ターゲット合金をイオン化し、製膜することにより機能性薄膜を製膜する製膜工程を具備し、
上記製膜工程において、 機能性薄膜の所望の表面粗さ(Rq)、硬さ及び内部応力に応じて、ピーク電流密度を0.1~5の範囲で調節する
機能性薄膜の製造方法。
5.下記一般式(1)で表される原子組成を有し、パルススパッタで成膜されてなる機能性薄膜であって、硬さおよび/または内部応力が異なる2種以上の機能性薄膜を、交互に積層してなる積層構造体。
MxM’yM”zAn ・・・(1)
(式中、Mは周期表の金属元素を示し、
M’及びM”は、それぞれ同一又は異なる原子であって、周期表の金属元素、Al又はC を示し、
AはN、O又はCを示し、
xは0.01~0.75の数を示し、
yは0.01~0.75の数を示し、
zは0~ 0.58の数を示し、
nは 0.24 ~0.8 の数を示す。x+y+z+n=1である。)
6.5記載の積層構造体の製造方法であって、
高出力インパルスマグネトロンスパッタリング法により、ターゲット合金に瞬間的に大出力の電力を印加して、該ターゲット合金をイオン化し、製膜することにより機能性薄膜を製膜する第1の製膜工程、
上記の第1の製膜工程とは異なる条件で製膜を行う第2の製膜工程を具備し、
上記の第1の製膜工程と上記の第2の製膜工程とを交互に行うことを特徴とする
積層構造体の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の機能性薄膜は、表面粗さ(平滑性)、膜強度(硬度)、膜内部の引っ張りや圧縮(内部応力)などの膜特性がコントロールされたものである。
また、本発明の機能性薄膜の製造方法によれば、HIPIMS法による成膜を行うに際して、パルス幅、ひいては総エネルギーを調整するという簡易且つ簡便な手法により、従来からの課題であった、表面粗さ(平滑性)、膜強度(硬度)、膜内部の引張りや圧縮応力(内部応力)などの膜特性がコントロールされた、本発明の機能性薄膜を得ることができ、特にパルス幅を変化させ、最適化することで、膜平滑性や、硬度、内部応力を用途に応じた最適なものとすることができる。
本発明の積層構造体は、上述の機能性薄膜の2種以上を積層しており、硬さと内部応力とのバランスのとれたものである。また、その製造方法によれば、簡易且つ簡便にそのようなバランスのとれた薄膜を得ることができる
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、本発明において用いられるパルススパッタリング装置を示す概略図である。
【
図2】
図2は、実験例におけるパルス継続時間とピーク電流密度との関係を示すグラフである。
【
図3】
図3は、実験例における各パルス継続時間と放流電流との関係を示すグラフである。
【
図4】
図4は、実験例におけるピーク電流密度と得られた機能性薄膜のイオン発光強度との関係を示すグラフである。
【
図5】
図5は、実施例1~3の機能性薄膜の表面粗さを示すグラフである。
【
図6】
図6は、実施例1~3の機能性薄膜の硬さを示すグラフである。
【
図7】
図7は、実施例1~3の機能性薄膜の内部応力を示すグラフである。
【
図8】
図8は、実施例1~3の機能性薄膜のXRDの測定結果を示すチャートである。
【
図9】
図9は、実施例4の機能性薄膜の硬さとヤング率とを示すグラフである。
【
図10】
図10は、実施例4の機能性薄膜のピーク電流密度と内部応力との関係を示すグラフである。
【
図11】
図11は、実施例4の機能性薄膜のXRDの測定結果を示すチャートである。
【
図12】
図12は、実施例5の機能性薄膜(積層体)の内部応力及び硬さを示す棒グラフである。
【
図13】
図13は、実施例5の機能性薄膜のひっかき試験の結果を示す写真(図面代用写真)である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明の機能性薄膜は、下記一般式(1)で表される原子組成を有し、パルススパッタ成膜されてなる機能性薄膜である。
MxM’yM”zAn ・・・(1)
式中、Mは周期表の金属元素を、好ましくは遷移金属元素、更に好ましくは4族の原子、5族の原子又は6族の原子を示す。
また、M’及びM”は、それぞれ同一又は異なる原子であって、周期表の金属元素、Al、 B, Si又はC を、好ましくは遷移金属元素、Al又はCを、更に好ましくは4族の原子、5族の原子又は6族の原子、Al又はCを示す。即ち、上記の周期表の金属元素としては、遷移金属元素が好ましく、4族の原子、5族の原子又は6族の原子がさらに
Aは原子を示し、N、O(酸素)又はCを示す。
ここで上記の周期表の4族の原子としてはTi、Zr、Hfが挙げられ、5族の原子としては、V,Nb、Taが挙げられ、6族の原子としては、Cr、Mo、W,が挙げられる。これらの中でもTi、Cr、Ta又はZrが特に好ましい。
また、MはTi、Cr、Ta又はZrを示し、M’及びM”は、それぞれ同一又は異なる原子であって、Al又はCを示す、組み合わせも好ましく挙げられる。
xは 0.01~0.75の数を示し、好ましくは0.01~0.59、更に好ましくは 0.10~0.40の数である。
yは 0.01~0.75の数を示し、好ましくは0.01~0.59、更に好ましくは 0.10~0.40の数である。
zは 0~ 0.58の数を示し、好ましくは 0~0.30の数である。
nは 0.24 ~0.8 の数を示し、好ましくは 0.4 ~ 0.7 の数、更に好ましくは0.4~0.7の数である。
但し、x+y+z+n=1である。
【0014】
上記一般式(1)で表される原子組成の具体例としては、例えば以下のものなどを挙げることができる。
Ti0.13Al0.27N0.60、
Ti0.20C0.30N0.50、
Cr0.13Al0.27N0.60、
Cr0.20C0.30N0.50、
Zr0.13Al0.27N0.60、
Zr0.20C0.30N0.50、
Ta0.13Al0.27N0.60、
Ta0.20C0.30N0.50
【0015】
本発明の機能性薄膜は、所定のターゲットに対してパルスを照射することによるパルススパッタ製膜してなる膜であり、膜の厚みが 10nm~ 1mmであるのが好ましく、 100nm~ 0.1mmであるのがさらに好ましい。
また、本発明の機能性薄膜は、通常何らかの物体(被成膜体)の上に形成されるものであり、該被成膜体としては、各種の金型用の金属材、エンジンの内壁やピストンリング形成用の金属材、シリコンウェファー、各種セラミックス等を挙げることができる。
【0016】
本発明の機能性薄膜は、その表面粗さ(Rq)が2~50nmであるのが好ましく、2~25nmであるのがさらに好ましく、最も好ましくは2~6mである。なお、本明細書において表面粗さは二乗平均平方根粗さ(Rq)を意味する。
また、硬さが16~50GPaであるのが好ましく、16~45GPaであるのがさらに好ましく、最も好ましくは16~40である。
また、内部応力が-500~300MPaであるのが好ましく、更に好ましくは-150~150MPaである。
表面粗さは、硬さの値が多くなると小さくなり、内部応力は硬さの値が大きくなると負の応力となる関係にある。
ここで、表面粗さ(Rq)は、原子間力顕微鏡(AFM)によって測定したデータに基づいて測定した、二乗平均粗さであり、詳細な測定法については実施例の欄にて詳述する。
硬さはシリコンウェハに厚さを3μmに揃えて製膜した膜をナノインデンターにより測定することができ、詳細な測定法については実施例の欄にて詳述する。
また、内部応力は、厚さ 50μmのガラス板(硼珪酸ガラス(松浪硝子工業製:コード0010番)松浪硝子工業製)に本発明の方法により成膜して機能性薄膜を作成し、得られた本発明の機能性薄膜の製膜されたガラス板の曲がり(そり)の変化量を求め、Stoneyの式による残留応力算出によることで算出した。
Stoneyの式は以下に示す。
【数1】
ヤング率=71471 [N/mm2];基板厚=0.05[mm];ポアソン比=0.21;長さ=60[mm]
を上記式に代入し、反り量を測定することで算出した。
【0017】
(製造方法)
以下、本発明の機能性薄膜の製造方法について説明する。
本発明の機能性薄膜の製造方法は、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング法(以下、HIPIMS法という)により、ターゲット合金に瞬間的に大出力の電力を印加して、該ターゲット合金をイオン化し、製膜することにより機能性膜を製膜する製膜工程を行うことで実施できる。
以下、更に詳述する。
【0018】
(製膜工程)
HIPIMS法は、
図1に示すパルススパッタ装置を用いることにより行うことができる。
すなわち、
図1に示すパルススパッタ装置1は、真空チャンバー10と電源ユニット20(本実施形態においてはDC電源ユニットである)と、電源ユニットと真空チャンバー10とをつなぐ配線30に設けられたキャパシティー32及びスイッチ31とからなる。また真空チャンバー上にはターゲットを配置するマグネトロン11が配置されており、スイッチ31をONにするとこのマグネトロンに電流が流れるように構成されている。なお真空チャンバーは、通常のこの種のスパッタに用いられるチャンバーと同様に内部のガス置換が行えるようになっていると共にスパッタ対象物を載置する載置台が配されている。
このような装置としてはHIPIMS 用パルス電源システム 「SIPP2000」(商品名、Melec 製)等の市販品を用いることもできる。
HIPIMS法は、スパッタリング法の低温成膜が可能な特長を維持しつつ,高密度プラズマによりイオン化率を向上し,高い密着性や付き回り性を実現する成膜法であり、直流電源装置によりコンデンサーに充電を行い、溜めた電荷を一気に電極となるターゲット材に流し、瞬間的に「大電力」をかけることで,高密度のプラズマを形成し,ターゲット材のイオン化率を向上させる方法である。
【0019】
本発明においては、
図1に示すパルススパッタ装置等を用いて、真空チャンバー10内に所定のターゲット合金を配置すると共に被成膜体を配置し、真空チャンバー10内真空にした後所定のガスを注入して所定のガス雰囲気とし、所定のパルス幅にてマグネトロン11に電流を印加して成膜を行う。
ここで用いられる上記被成膜体は、上述の被成膜体と同じである。
上記ターゲットとしては、TiAl合金、Ti、Cr、Zr、Ta(Ti等金属単独で用いる場合は、別にAl、C等もターゲットとして用いる)等を挙げることができる。
また、充填する上記の所定のガスとしては、N
2ガス、O
2ガス等を挙げることができる。また、ガスの圧力は特に制限されず、通常この種のスパッタリングを行う際の圧力を適宜採用することができる。
【0020】
そして本発明の製造方法においては、上記製膜工程において、機能性膜の所望の表面粗さ(Rq)、硬さ及び内部応力に応じて、ピーク電流密度を0.1~5の範囲で、好ましくは0.2~2.5の範囲で調節する。
ここでピーク電流密度とは、流れた電流量をオシロスコープで測定し、電流量の最大値をターゲットの面積(7.5cm×45cm)で除した数値である。
このようにピーク電流密度を調節することにより、より平滑性に優れ、硬度の高い機能
性薄膜を得ることができる等、表面粗さ、硬さ及び内部応力を適宜調整することが可能である。
詳細には、ピーク電流密度を小さくすることにより、表面粗さ(Rq)を小さくし、硬さが硬く、内部応力が圧縮の内部応力となる機能性薄膜を得ることができ、ピーク電流密度を大きくすることにより、表面粗さ(Rq)が大きく、柔らかく、内部応力が引張の内部応力となる機能性薄膜を得ることができる。
このように本発明の製造方法においては、ピーク電流密度を上記の範囲で調節するので、平滑性に優れ、硬さがあり、内部応力が圧縮側から引張側まで(内部応力ゼロのものを含む)まで、所望の機能性薄膜を製造することができる。すなわち、本発明の製造方法によれば従来の機能性薄膜とは全く異なる性質、すなわち、表面粗さと硬さと内部応力とが、上述の特別な関係を有する、機能性薄膜となる。この点で従来公知の機能性薄膜とは明らかに異なる新規な機能性薄膜を構成している。
【0021】
<積層構造体>
ついで本発明の積層構造体(以下、単に積層膜と言う場合もある)について説明する。
本発明の積層構造体は、上述の本発明の機能性薄膜の2種以上が交互に積層されてなる積層構造体である。
ここで積層される2種以上の機能性薄膜は、硬度が低く(柔らかく)内部応力が引張の内部応力である機能性薄膜と硬度が高く(硬く)内部応力が圧縮の内部応力である機能性薄膜とであるのが好ましいが、特に制限はなく所望の組み合わせで積層することが可能である。このような2種の機能性薄膜を積層することで、本発明の積層構造体の硬さと内部応力とがバランスのとれたものとなる。
【0022】
また、各機能性薄膜の厚みは10nm~1μmとし、積層構造体の厚みは1~20μmとするのが好ましい。
【0023】
また、上記の本発明の積層構造体の製造方法は、高出力インパルスマグネトロンスパッタリング法により、ターゲット合金に瞬間的に大出力の電力を印加して、該ターゲット合金をイオン化し、製膜することにより機能性薄膜を製膜する第1の製膜工程、
上記の第1の製膜工程とは異なる条件で製膜を行う第2の製膜工程を、交互に行うことにより実施することができる。
ここで、上記の第1の製膜工程と上記の第2の製膜工程とは、それぞれ上述の本発明の機能性薄膜の製造方法と同様に行うことができる。異なる点は、最初に行う第1の製膜工程が基板上に薄膜を形成するように行うのに対して、その後に行う第2の製膜工程及び2回目以降の第1の製膜工程については、いずれも直前に形成した機能性薄膜上に形成するものである点である。
【実施例】
【0024】
以下、本発明について実施例及び比較例を示してさらに具体的に説明するが本発明はこれらに何ら制限されるものではない。
【0025】
〔実験例〕
Ti(33atm%)とAl(67atm%)との合金からなるターゲット合金を用いて、
図1に示す装置にこのターゲット合金を載置し、真空チャンバー10内をNガス雰囲気とし、Nガス中でHIPIMS法により、シリコン(Si)ウエハー上に窒化チタンアルミ膜(以下、TiAlN膜という)をパルススパッタ成膜して、本発明の機能性薄膜を得た。
HIPIMS法によるパルススパッタにおける、電力は6kWに固定して成膜を行った。また、他の条件は、背圧4.0×10
-3Pa、作動圧1Pa、ガス流量(Ar/N
2)200/60sccm、バイアス電圧―150V、パルス継続時間100,200,300,500,1000(μs)、パルスオフタイム3000μs、デューティー率3,6,9,14,25%とした。
放電電流は,パルス継続時間(Pulse duration : t
on)が短いほど高いピーク電流値を示し,パルス継続時間(t
on)を1000μsから100μsまで減少させると、87Aから690Aまで増加した。その結果を
図2に示す。この際、上述のとおりパルスオフタイム t
off:は3000 μsに固定した。結果的にピーク電流密度Ipd (I
p/A[A/cm
2], A:ターゲット面積,以下「I
pd」という)は、0.25~2[A/cm
2]の範囲で変化した。この変化状態をピーク電流密度 I
pdで整理した結果を
図3に示す。
得られた薄膜について、ピーク電流密度の違いによる薄膜組成の違いをプラズマの発光分光分析により確認した。その結果を
図4に示す。
図4に示す結果から明らかなように、I
pdが増加するにつれ,Tiの中性粒子に対するイオンの発光強度比が0.5から3.7まで大きく上昇し、同様にArの中性粒子に対するイオンの発光強度比が0.5から0.8までわずかに上昇した。これらのことからピーク電流密度を調整することによりTiとAlとの配合比を所望の配合比率に調整できることがわかる。
【0026】
〔実施例1〕
以下の実施例において、SEMはHITACHI TM3000を用いて測定した。
バイアス電圧をー50V、基板の加熱を行わず、ピーク電流密度を0.25とした以外は、実験例と同様にして厚さ3μmの機能性薄膜を得た。
得られた機能性薄膜の表面粗さ(Rq(Rms)=二乗平均粗さ)を、原子間力顕微鏡(AFM)ブルカー製商品名「Icon」を用い、測定範囲1μm×1μmにて、この「Icon」における「粗さ測定」により測定した。
図5に、表面粗さの測定結果を示す。
図2に示すように、膜の表面粗さ(Rq)は5.88nmであった。
次に、機能性薄膜の硬さ及びヤング率を測定した。その結果を
図6に示す。なお、硬さは、微小硬さ試験機(ナノンデンター)(Agilent Technologies社製商品名「G200」)によって測定した。測定の結果、得られた膜の硬さ(硬度、H
IT)は16.4GPaであった。ヤング率も上記「G200」を用いて測定した。
次に、上述の製膜条件にてシリコンウェハーに代えて内部応力測定用ガラス板にパルススパッタ成膜して機能性薄膜を形成し、得られた機能性薄膜について内部応力(残留応力)を上述の測定方法により測定した。その結果を
図7に示す。その結果、内部応力は108MPaであり、圧縮の内部応力が存在することが分かった。
また、得られた機能性薄膜についてX線回析パターン(XRD)を測定した。その結果を
図8に示す。その結果、2θ=60~70°の範囲でTiAlN(220)のピークが検出された。
ブルカー社製の商品名「Quantax90」を用いて膜の原子の組成を測定したところ、Nが約50%(atm%、以下同じ)、Alが約34%、Tiが約16%であった。
【0027】
〔実施例2〕
HIPIMSのピーク電流密度を0.78とした以外は実施例1と同様にしてHIPIMS成膜を行い、厚さ3μmの機能性薄膜を得た。
また、実施例1と同様にして表面粗さ(Rq)、硬さ及びヤング率、内部応力、XRDをそれぞれ測定した。その結果をそれぞれ
図5~8に示す。その結果、表面粗さ(Rq)は2.97nmであり、膜の硬さ(硬度、H
IT)は20.5GPaであり、内部応力は26MPaであり、引張りの内部応力が存在することが分かった。また、XRDの結果、2θ=60~70°の範囲でTiAlN(220)のピークが、はっきりと検出された。ブルカー社製の商品名「Quantax90」を用いて膜の原子の組成を測定したところ、Nが約50%(atm%)、Alが約35%、Tiが約15%であった。
【0028】
〔実施例3〕
HIPIMSのピーク電流密度を2.0とした以外は実施例1と同様にしてHIPIMS成膜を行い、厚さ3μmの機能性薄膜を得た。
また、実施例1と同様にして表面粗さ(Rq)、硬さ及びヤング率、内部応力、XRDをそれぞれ測定した。その結果をそれぞれ
図2~5に示す。その結果、得られた膜の表面粗さ(Rq)は2.55nm、硬さ(硬度、H
IT)は21.9GPaであった。また、内部応力は-132MPaであり、圧縮の内部応力が存在することが分かった。XRDの結果、2θ=60~70°の範囲でTiAlN(220)のピークが弱く検出された。ブルカー社製の商品名「Quantax90」を用いて膜の原子の組成を測定したところ、Nが約50%(atm%)、Alが約34.5%、Tiが約15.5%であった。
【0029】
(考察)
実施例1~3の結果から、HIPIMS法においてピーク電流密度を調整することにより、得られる機能性薄膜の結晶性を可変制御できることが分かる。
すなわち、ピーク電流密度を小さくすると表面粗さ(Rq)の大きい、平滑性の低い機能性薄膜が得られ、硬さも低い(柔らかい)膜が得られる。逆にピーク電流密度を大きくすると表面粗さ(Rq)の小さい、平滑性の高い機能性薄膜が得られ、硬さも高い(硬い)膜が得られる。
一方内部応力については、ピーク電流密度が小さいと引張りの内部応力を有する機能性薄膜となり、ピーク電流密度が大きいと圧縮の内部応力を有する機能性薄膜となることが判る。このことから、ピーク電流密度を制御することで内部応力を引張りの内部応力から圧縮の内部応力まで可変制御できることが分かる。
このように表面粗さ、硬さ及び内部応力が変動する理由は定かではないが、ピーク電流密度の変化に応じて、XRDの結果から、TiAlN(220)の存在によって結晶構造が変化し、その結果、平滑性や硬さも変化しているものと考えられる。また、ピーク電流密度を変化させても膜の組成は特に変化がないことから(誤差程度の差しかない)、結晶性の差異により種々物性の差が生じていると考えられる。
【0030】
〔実施例4〕
バイアス電圧を-150V、基板の加熱温度を200℃とし、基板の基材を高速度工具(ハイス)鋼(4μm)とし、内部応力測定時の薄膜形成基板の基材をステンレス基板(JIS SUS304-H、厚さ10μm)とし、ピーク電流密度を0.25,0.36,0.53,0.79,2.0とした以外は実施例1と同様にして、厚さ3.5~4.0μmの機能性薄膜(4種の機能性薄膜)を得た。また、ヤング率は、微小硬さ試験機(ナノンデンター)(Agilent Technologies社製商品名「G200」)によって測定した。硬さとヤング率の結果を
図9に、内部応力の結果を
図10に、X線回析結果を
図11にそれぞれ示す。
図9に示す結果からピーク電流密度0.78のものが最も硬いのがわかる。また
図10に示す結果からピーク電流密度が高くなるにしたがって内部応力の圧縮度が高くなっているのがわかる。また、
図11に示す結果から、結晶構造がピーク電流密度の変化に伴って変動しており、具体的にはピーク電流密度が高くなるにしたがって六方晶から立方晶に変改しているのがわかる。
【0031】
〔実施例5〕
ピーク電流密度I
pd を0.79 A/cm
2とし、パルス継続時間t
onを 200μsとした以外は実施例1と同様にして厚さ30nmの機能性薄膜(以下この薄膜を「機能性薄膜A」という)を形成した。ついで、この薄膜の上にピーク電流密度I
pd を0.36 A/cm
2とし、パルス継続時間t
onを 500μsとした以外は実施例1と同様にして厚さ30nmの機能性薄膜(以下この薄膜を「機能性薄膜B」という)を形成した。これらの操作を交互に30回ずつ繰り返して行い総厚さ3.5μmの機能性薄膜(積層膜)を得た。
得られた機能性薄膜(積層膜)の硬さ及び内部応力を
図12に示す。また、それぞれの機能性薄膜A及び機能性薄膜Bの硬さとヤング率も併せて示す。
また、以下の条件でひっかきテストを行った。その結果を
図13に示す。
これらの結果から明らかなように、それぞれの機能性薄膜A及びBでは硬さと内部応力とのバランスが不十分であったものが、積層膜とした場合には両者のバランスが取れて、硬さと内部応力とのバランスが取れることがわかる。