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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-09
(45)【発行日】2023-06-19
(54)【発明の名称】形質細胞性腫瘍治療剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 45/00 20060101AFI20230612BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20230612BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20230612BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20230612BHJP
   C12Q 1/37 20060101ALI20230612BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20230612BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20230612BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20230612BHJP
【FI】
A61K45/00 ZNA
A61K39/395 C
A61K39/395 N
A61P35/00
C12Q1/06
C12Q1/37
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
G01N33/68
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2018506035
(86)(22)【出願日】2017-03-17
(86)【国際出願番号】 JP2017010828
(87)【国際公開番号】W WO2017159835
(87)【国際公開日】2017-09-21
【審査請求日】2020-03-03
【審判番号】
【審判請求日】2021-09-27
(31)【優先権主張番号】P 2016055037
(32)【優先日】2016-03-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【弁理士】
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 勉
【合議体】
【審判長】岡崎 美穂
【審判官】森井 隆信
【審判官】星 功介
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2008/0280779(US,A1)
【文献】Br.J.Haematol.,2009年,Vol.145,pp.775-787
【文献】Blood Rev.,2015年,Vol.29,pp.81-91
【文献】2015 ASCO EDUCATIONAL BOOK,2015年,e504-e511
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K45/00
C12Q1/00
G01N33/00
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジペプチジルペプチダーゼ(DPP)-8および9の選択的阻害剤、ジペプチジルペプチダーゼ(DPP)-8の選択的阻害剤、ならびに、DPP-8遺伝子の転写および/または翻訳を抑制する剤のうちの少なくとも1つを含む、多発性骨髄腫患者の骨髄腫細胞をアポトーシスに誘導するための医薬組成物。
【請求項2】
薬理学的に許容可能な担体をさらに含む、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
腫瘍細胞の標的化剤をさらに含む、請求項1または2に記載の医薬組成物。
【請求項4】
標的化剤が、CD138を特異的に認識する剤である、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
CD138を特異的に認識する剤が、抗CD138抗体である、請求項4に記載の医薬組成物。
【請求項6】
従来型の治療が有効でなくなった対象に用いることを特徴とする、請求項1~5のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項7】
さらに、1または2以上の形質細胞性腫瘍を処置するための他の剤と併用される、請求項1~6のいずれか一項に記載の医薬組成物。
【請求項8】
形質細胞性腫瘍を処置するための他の剤が、ボルテゾミブ、デキサメタゾン、メルファラン、プレドニゾロン、シクロホスファミド、ビンクリスチン、ドキソルビシン、サリドマイド、レナリドミド、ポマリドミド、カルフィルゾミブおよびパノビノスタットからなる群から選択される1種または2種以上の剤である、請求項7に記載の医薬組成物。
【請求項9】
対象における形質細胞性腫瘍を検出する方法であって、(a)前記対象から得られた生体試料中のDPP-8の活性レベルをインビトロで定量的に計測すること、(b)(a)で得られたDPP-8の活性レベルと基準値とを比較すること、(c)前記対象から得られた生体試料が基準値よりも有意に上昇したDPP-8の活性レベルを有していれば形質細胞性腫瘍が存在すると判断することを含む、前記方法。
【請求項10】
対象における骨髄腫細胞を検出する方法であって、
(a)前記対象から得られた生体試料中のDPP-8の活性レベルを定量的に計測すること、および
(b)得られたDPP-8の活性レベルと基準値とを比較すること
を含み、ここで前記生体試料中のDPP-8の量が基準値と比較して有意に大きい場合、対象において骨髄腫細胞が検出されたとする、前記方法。
【請求項11】
形質細胞性腫瘍の治療薬のスクリーニング方法であって、
(a)候補化合物を、DPP-8発現細胞と接触させること、
(b)前記候補化合物と接触後のDPP-8発現細胞におけるDPP-8の活性レベルを計測すること
(c)(b)で得られた活性レベルと基準値とを比較し、該活性レベルが基準値よりも有意に小さい場合、候補化合物を形質細胞性腫瘍治療薬と判定すること、
を含む、前記方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジペプチジルペプチダーゼ-8の活性を抑制する剤を含む、形質細胞性腫瘍の処置のための医薬組成物、該医薬組成物を用いた形質細胞性腫瘍の処置方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
多発性骨髄腫は代表的な形質細胞性腫瘍のひとつであり、骨髄由来の造血幹細胞から分化したリンパ球の一種である形質細胞が腫瘍化し、異常増殖することにより発症する。その症状は、破骨細胞の活性化による骨病変および高カルシウム血症、免疫機能の低下に起因する感染症の併発、造血能力の低下に伴う貧血、免疫グロブリンの異常産生に伴う腎障害など多岐に亘る。
【0003】
多発性骨髄腫の治療薬としては、従来はメルファラン、プレドニゾロン、シクロホスファミド、ビンクリスチン、ドキソルビシン、デキサメタゾンなどの抗がん剤を組み合わせて用いられてきた。近年、サリドマイドが多発性骨髄腫に有効であることが確認された他、サリドマイドの誘導体であるレナリドミドやポマリドミド、プロテアソーム阻害剤であるボルテゾミブなど、多発性骨髄腫に高い有効性を示す新薬が次々と開発されている。また、造血幹細胞の移植なども治療の選択肢の一つとして挙げられる。
【0004】
上記新薬の登場などにより、多発性骨髄腫の予後はかなり改善されたといえるが、それでも未だ完全に治癒されたとの報告はなく、また昨今では治療による二次発癌の増加が問題となっており、依然として新たな治療薬に対するニーズは大きい。
【0005】
ジペプチジルペプチダーゼ-4(DPP-4)は、110kDaの分子量を有する細胞表面糖タンパク質である。セリンプロテアーゼとしての機能を有し、Tリンパ球、内皮細胞、上皮細胞などを含む多様な組織の細胞において発現していることが知られている。DPP-4は、そのセリンプロテアーゼ活性により、腸管ホルモンであるインクレチンの不活性化を司っており、インクレチンの不活性化はインスリン分泌の抑制をもたらすことが知られている。したがってDPP-4の阻害剤は、インクレチンの活性を維持することでインスリンの分泌を促し、それにより血糖値をコントロールすることで2型糖尿病を治療する治療薬として用いられている。
【0006】
またDPP-4は、リンパ系腫瘍細胞において高発現していることが知られている。例えば非特許文献1には、未分化大細胞型リンパ腫細胞株Karpas 299においてCD26/DPP-4の発現を抑制すると、インテグリンβおよびp38マイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)の脱リン酸化を引き起こし、それによりフィブロネクチンおよびI型コラーゲンなどの細胞外マトリクスへの接着能を失うこと、また造腫瘍能も失うことが記載されている。
【0007】
DPP-4ファミリーには、DPP-4の他に、DPP-4と構造的に類似したDPP-8やDPP-9が含まれる。DPP-8は細胞内に局在することが知られており、DPP-4との構造的類似性から、T細胞の活性化や免疫機能において何らかの機能を果たしているのではないかと考えられているが、実際にはその機能は解明されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Sato et al., Cancer Res 2005; 65(15): 6950-6
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、形質細胞性腫瘍、とくに多発性骨髄腫を処置するための医薬組成物であって、DPP-8阻害剤および任意に他の形質細胞性腫瘍を処置するための剤を含む、前記医薬組成物、該医薬組成物を投与することを含む形質細胞性腫瘍の処置方法、DPP-8阻害剤と骨髄腫細胞とを接触させることを含む、骨髄腫細胞のアポトーシスを誘導する方法などを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、血液疾患、とくに造血器系の腫瘍とDPP-4ファミリーに属するタンパク質との関連性について研究する中で、多発性骨髄腫に罹患した対象由来の骨髄腫細胞においてDPP-8および9が有意に高発現していることを見出した。かかる知見に着目して、鋭意研究を進めたところ、DPP-8/9の阻害活性を有することも知られているDPP-4阻害剤であるビルダグリプチンを骨髄腫細胞に投与すると、骨髄腫細胞の生細胞数が有意に減少することを見出し、さらに研究を進めた結果本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明に下記に掲げるものに関する:
[1]ジペプチジルペプチダーゼ(DPP)-8の活性を抑制する剤を少なくとも1種含む、形質細胞性腫瘍を処置するための医薬組成物。
[2]DPP-8の活性を抑制する剤が、DPP-8阻害剤である、[1]の医薬組成物。
[3]DPP-8の活性を抑制する剤が、DPP-8遺伝子の発現を抑制する剤である、[1]の医薬組成物。
[4]薬理学的に許容可能な担体をさらに含む、[1]~[3]の医薬組成物。
【0012】
[5]腫瘍細胞の標的化剤をさらに含む、[1]~[4]の医薬組成物。
[6]標的化剤が、CD138を特異的に認識する剤である、[5]の医薬組成物。
[7]CD138を特異的に認識する剤が、抗CD138抗体である、[6]の医薬組成物。
[8]形質細胞性腫瘍が、多発性骨髄腫である、[1]~[7]の医薬組成物。
[9]従来型の治療が有効でなくなった対象に用いることを特徴とする、[1]~[8]の医薬組成物。
【0013】
[10]さらに、1または2以上の形質細胞性腫瘍を処置するための他の剤と併用される、[1]~[9]の医薬組成物。
[11]形質細胞性腫瘍を処置するための他の剤が、ボルテゾミブ、デキサメタゾン、メルファラン、プレドニゾロン、シクロホスファミド、ビンクリスチン、ドキソルビシン、サリドマイド、レナリドミド、ポマリドミド、カルフィルゾミブおよびパノビノスタットからなる群から選択される1種または2種以上の剤である、[10]の医薬組成物。
【0014】
[12]骨髄腫細胞において、DPP-8の活性を抑制することを含む、骨髄腫細胞のアポトーシスを誘導する方法。
[13]骨髄腫細胞と、DPP-8の活性を抑制する剤とを接触させることを含む、[12]の骨髄腫細胞のアポトーシスを誘導する方法。
[14]対象における形質細胞性腫瘍を診断する方法であって、前記対象から得られた生体試料中のDPP-8の活性レベルを定量的に計測することを含む、前記方法。
【0015】
[15]対象における骨髄腫細胞を検出する方法であって、
(a)前記対象から得られた生体試料中のDPP-8の活性レベルを定量的に計測すること、および
(b)得られたDPP-8の活性レベルと基準値とを比較すること
を含み、ここで前記生体試料中のDPP-8の量が基準値と比較して有意に大きい場合、対象において骨髄腫細胞が検出されたとする、前記方法。
[16]形質細胞性腫瘍の処置に用いるための剤のスクリーニング方法であって、
(a)候補化合物を、DPP-8発現細胞と接触させること、
(b)前記候補化合物と接触後のDPP-8発現細胞におけるDPP-8の活性レベルを計測すること
を含む、前記方法。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、従来知られていたものとは異なる作用機序によって骨髄腫細胞をアポトーシスへと誘導する、形質細胞性腫瘍を処置するための医薬組成物が提供される。かかる医薬組成物はDPP-8の活性を抑制することによって骨髄腫細胞をアポトーシスに誘導するものであり、したがってDPP-8の活性を抑制する剤を用いて骨髄腫細胞をアポトーシスに誘導する方法もまた提供される。さらに本発明により見出された、DPP-8の活性を抑制することを含む骨髄腫細胞の処置は、現在有効な処置方法として知られる医薬または処置方法とは全く異なる作用機序であるため、これらの処置と併用することにより相乗効果が期待できる。さらには、これらの処置が有効でない、または有効でなくなった対象に対しても効果が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1図1は、健常対象の形質細胞におけるDPP-8の発現量と多発性骨髄腫または原発性マクログロブリン血症に罹患した対象の骨髄サンプルにおけるDPP-8の発現量とを比較したグラフである。形質細胞性腫瘍である多発性骨髄腫および原発性マクログロブリン血症に罹患した対象の骨髄サンプルのどちらにおいても、健常対象の形質細胞と比較して有意に高いDPP-8発現が確認された。
図2図2は、各種のDPP-4阻害剤を用いた場合の骨髄腫細胞への細胞死誘導効果を表すグラフである。DPP-4阻害剤として既知の5種のうち、DPP-8/9も一緒に阻害することが知られているビルダグリプチンおよびサキサグリプチンにおいてのみ細胞死誘導効果が確認された。
図3図3は、各種骨髄腫細胞株に対するDPP-8/9選択的阻害剤である1G244の細胞死誘導効果を表すグラフである。感受性において多少の差異はあるものの、全ての細胞株において細胞死誘導効果が確認された。
図4図4は、骨髄腫細胞にDPP-8/9選択的阻害剤1G244を加えた際の細胞死パターンを確認した図である。1G244の添加量の増加と共に7-ADD/アネキシンVの両陽性集団が増大することから、誘導される細胞死がアポトーシスであることが確認された。
図5図5は、DPP-8およびDPP-9のsiRNAを用いて、骨髄腫細胞におけるこれら遺伝子の発現を抑制した場合の骨髄腫細胞に対する効果を表したグラフである。DPP-8のsiRNAはいずれも有意に吸光度が減少したことから、有意に生細胞数が減少したことがわかったが、DPP-9のsiRNAは吸光度に変化がなく、生細胞数に影響を与えないことがわかった。
図6図6は、ボルテゾミブと1G244の併用による相乗効果を表すグラフである。MM.1S細胞株に対しても、KMS-5細胞株に対しても、少量の1D244を加えることによりボルテゾミブの効果を格段に向上させることができた。
図7図7は、MM.1S担癌マウスに1G244を投与した場合の腫瘍体積の増加を、未処置群と比較したグラフである。12日目前後から腫瘍体積の増加に差が出始め、24日目には有意差が確認された。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下本発明について詳細に説明する。
本発明において、「タンパク質の活性を抑制する剤」は、細胞内におけるタンパク質の活性レベルを低減させ得るあらゆる剤を意味する。活性レベルの低減は一時的なものであっても恒常的なものであってもよい。タンパク質の活性を抑制する剤は、タンパク質の活性レベルを低減することができれば、必ずしもタンパク質に直接作用するものでなくてもよい。タンパク質の活性を抑制する剤の例としては、これに限定するものではないが、例えばタンパク質の活性部位に結合する剤、タンパク質に結合して立体構造を変化させる剤、タンパク質の変性剤などタンパク質に直接作用する剤の他、タンパク質をコードするmRNAの転写を阻害する剤、mRNAの翻訳を阻害する剤など、タンパク質の発現そのものを低減させる剤やタンパク質の活性を拮抗的に阻害する剤も含む。
【0019】
「ジペプチジルペプチダーゼ-8」または「DPP-8」は、ジペプチジルペプチダーゼ(DPP)-4と類似した構造を有するセリンプロテアーゼであり、ジペプチジルペプチダーゼ-4ファミリーに属するタンパク質である。本発明においては、別段の記載のない限り、典型的にはGenebankに下記の番号で登録されたタンパク質または遺伝子を意味する。
遺伝子(mRNA):NM_017743
タンパク質:NP_060213
【0020】
本発明において、「形質細胞性腫瘍」とは、形質細胞、とくに単クローンの形質細胞の異常増殖により引き起こされる疾患を意味する。したがって、「形質細胞性の腫瘍細胞」という場合、異常増殖を起こしている形質細胞を意味する。かかる「異常増殖を起こしている形質細胞」を一般に「骨髄腫細胞」と称する場合もある。したがって本発明において「形質細胞性の腫瘍細胞」と「骨髄腫細胞」とは同義であり、互換的に用いられる。
【0021】
本発明者は、DPP-4ファミリーのうち、DPP-8および9が骨髄腫細胞において高発現していること、およびかかるDPPの活性を抑制することにより、骨髄腫細胞をアポトーシスに導くことができることを新たに見出した。DPP-8が骨髄腫細胞をアポトーシスに導くメカニズムはよくわかっていないが、何らかのシグナル伝達が関与していると考えられる。
【0022】
本発明のDPP-8の活性抑制によるアポトーシス誘導は、従来行われている多発性骨髄腫などの形質細胞性腫瘍の処置における骨髄腫細胞への作用とは全く異なる作用機序により骨髄腫細胞を攻撃するものであり、したがって形質細胞性腫瘍、とくに多発性骨髄腫に対する全く新たな医薬および治療方法を提供するものである。また従来の処置と組み合わせて実施することも、従来の処置が有効でなくなった対象に対して実施することもできる処置として非常に有用であることが期待できる。
【0023】
<1>本発明の医薬組成物
本発明の医薬組成物は、ジペプチジルペプチダーゼ(DPP)-8の活性を抑制する剤を少なくとも1種含む医薬組成物である。かかる医薬組成物は、典型的には形質細胞性腫瘍の処置に用いることができる。
DPP-8の活性を抑制する剤としては、細胞内におけるDPP-8の活性レベルを低減することができる剤であればいかなるものであってもよく、これに限定するものではないが、例えばDPP-8の阻害剤、DPP-8の発現を抑制する剤などが挙げられる。
【0024】
DPP-8の阻害剤としては、これに限定するものではないが、例えばVan der Veken et al., Bioorg Med Chem Lett. 2008 Jul 15;18(14):4154-8、Van Goethem et al., Bioorg Med Chem Lett. 2008 Jul 15;18(14):4159-62、Zhang et al., Mol Cancer Res. 2013 Dec;11(12):1487-96などに記載のものが挙げられ、典型的には2-アミノ-4-{4-[ビス(4-フルオロフェニル)メチル]ピペラジン-1-イル}-1-(2,3-ジヒドロ-1H-イソインドール-2-イル)ブタン-1,4-ジオン(1G244とも称される)、Allo-Ile-イソインドリンなどのDPP-8/9選択的阻害剤、ビルダグリプチン、サキサグリプチンなどのDPP-8/9阻害活性を有するDPP-4阻害剤などが挙げられる。
【0025】
DPP-8の発現を抑制する剤は、DPP-8遺伝子の転写および/または翻訳を抑制することができるものであればいかなるものであってもよく、これに限定するものではないが、例えばDPP-8遺伝子に対するsiRNAなどが挙げられる。
【0026】
本発明の医薬組成物は、一態様において、有効成分であるDPP-8の活性を抑制する剤(薬物)に加えて、薬学的に許容可能な担体をさらに含んでもよい。薬学的に許容可能な担体は、送達する薬物のバイオアベイラビリティの向上や疾患部位への送達効率の向上などをもたらし得るものであればいかなるものでも用いることができ、これに限定するものではないが、例えばリポソーム担体、ポリマー担体、ミセル担体などが挙げられる。
【0027】
本発明の医薬組成物の一態様において、薬学的に許容される担体は、担体としての機能を発揮する形態で組成物中に存在する。かかる形態としては、これに限定するものではないが、例えば有効成分であるDPP-8の活性を抑制する剤と薬学的に許容可能な担体とが作動可能に連結している形態や、有効成分であるDPP-8の活性を抑制する剤が薬学的に許容される担体で構成されるマイクロ/ナノカプセル、リポソーム、ミセルなどのカプセル状粒子に封入される形態などが挙げられる。
【0028】
本発明において、部材Aと部材Bとが「作動可能に連結する」とは、部材Aと部材Bとが、それぞれの部材が有する本質的機能を損なうことなく連結されていることを意味する。したがって例えば、DPP-8阻害剤とポリマー担体とが作動可能に連結されている場合、DPP-8阻害剤はそのDPP-8の活性を阻害する機能を損なうことなく、またポリマー担体はその薬物の保護・送達機能を損なうことなく、互いに連結されている。ここで「連結」とは、任意の化学的結合やリンカーなどを介して結びついていることを意味し、該化学的結合としては、これに限定するものではないが、例えば共有結合、イオン結合、水素結合などを含む。また部材Aと部材Bとがその機能を損なわない限り、両部材はリンカーの代わりに別の部材Cを介して結びついていてもよい。
【0029】
本発明の医薬組成物は、別の一態様において、腫瘍細胞、とくに形質細胞性の腫瘍細胞(骨髄腫細胞)を特異的に標的する標的化剤をさらに含む。標的化剤は、有効成分であるDPP-8の活性を抑制する剤を、腫瘍細胞に特異的に送達し得る形態で医薬組成物中に含まれる。したがって、好ましい一態様において、DPP-8の活性を抑制する剤と標的化剤とは、作動可能に連結されている。かかる態様においては、これに限定するものではないが、例えばスクシンイミジル6-ヒドラジノニコチナートアセトンヒドラゾン(SANH)、スクシンイミジル4-ホルミルベンゾアート(SFB)などのリンカーによって、DPP-8の活性を抑制する剤と標的化剤とが作動可能に連結され得る。薬物と標的化剤とを作動可能に連結することができるリンカーは当該技術分野において既知であり(例えばHamann et, al., Bioconjug. Chem., 2002 Jan-Feb;13(1):40-6, DiJoseph et al, Blood. 2004 Mar 1;103(5):1807-14など)、当業者であれば採用される薬物および標的化剤に合わせて、適宜リンカーを選択することができる。
【0030】
別の好ましい一態様において、本発明の医薬組成物は、有効成分であるDPP-8の活性を抑制する剤(薬物)、薬学的に許容される担体および標的化剤を含む。かかる態様においては、少なくとも標的化剤と担体とは作動可能に連結されている。担体がポリマーなどの場合、DPP-8の活性を抑制する剤は、標的化剤と作動可能に連結された該担体に、さらに作動可能に連結されていてもよい。また担体がリポソームやミセルなど、カプセル状粒子を形成する担体である場合、表面を標的化剤により修飾された該カプセル状粒子中に内包されてもよい。このような態様の医薬組成物は当該技術分野において既知であり(例えばOno et al., Blood Cancer J., 2014; 4: e180など)、当業者であれば採用される薬物、担体および標的化剤に合わせて、最適な態様を適宜選択することができる。
【0031】
本発明において「標的化」とは、物質、例えば薬物や薬物送達担体などを特定の標的、例えば特定の細胞や組織(本発明においては腫瘍細胞、好ましくは骨髄腫細胞)に、標的としない細胞や組織よりも、標的化していない前記物質と比較して、迅速、効率的かつ/または大量に送達すること、すなわち標的特異的な物質の送達を可能にすることをいい、「標的化剤」とは、物質と結合または反応した場合に、当該物質をこのように標的化できる物質を意味する。なお標的化剤が分子の形態である場合には、これは「標的化分子」と同義である。
【0032】
本発明において用い得る標的化剤は、物質を腫瘍細胞、好ましくは骨髄腫細胞に特異的に送達可能な剤であればいかなるものであってもよい。標的化は一般に、対象の細胞や組織において特異的に発現している分子を認識する物質を用いて行う。したがって好ましくは、標的化剤は、腫瘍細胞、とくに骨髄腫細胞に特異的に発現する分子を特異的に認識する物質である。このように特定の分子を特異的に認識する物質としては、典型的にはモノクローナル抗体、リガンド/レセプターなどが挙げられる。医薬組成物において標的化剤として用いる場合は、調製の容易さなどの観点から、抗体(とくにモノクローナル抗体)を用いるのが好ましい。
【0033】
シンデカン-1(SDC1)は、CD138とも称され、細胞表面に存在する膜貫通型ヘパラン硫酸プロテオグリカンである。シンデカン-1は細胞の結合やシグナリングの媒介、細胞骨格の形成などの機能を有し、また細胞の増殖、移動、細胞外マトリクスとの相互作用においても重要な役割を果たすと考えられている。成熟した形質細胞においては、このシンデカン-1が特異的に発現していることが知られており、形質細胞由来の腫瘍細胞(すなわち形質細胞腫)の細胞表面にも同様に発現している。したがってシンデカン-1(CD138)は、形質細胞性腫瘍細胞の好適なマーカー(標的対象分子)として機能すると考えられる。よって、本発明の医薬組成物の好適な一態様において、標的化剤はシンデカン-1(CD138)を特異的に認識する剤(または分子)である。
【0034】
シンデカン-1を特異的に認識する分子としては、これに限定するものではないが、例えばシンデカン-1受容体分子、抗CD138抗体(とくにモノクローナル抗体)などが挙げられる。医薬組成物において標的化剤として用いる場合、上述のとおり抗体(とくにモノクローナル抗体)が好ましい。したがって本発明の医薬組成物は、より好ましくは、標的化剤が抗CD138抗体(とくにモノクローナル抗体)である。
【0035】
「形質細胞性腫瘍」は、上述のとおり、形質細胞、とくに単クローンの形質細胞の異常増殖により引き起こされる疾患を意味する。形質細胞性腫瘍には、多発性骨髄腫(MM)、意義不明の単クローン性γグロブリン血症(MGUS)、骨単発性形質細胞腫、髄外性形質細胞腫、マクログロブリン血症、形質細胞性白血病、H鎖病などが含まれる。また形質細胞の異常増殖によりモノクローナルな免疫グロブリン(M蛋白)が大量産生されることで、併発症としてアミロイドーシスや単クローン性免疫グロブリン沈着症などが引き起こされる。本発明の医薬組成物により処置される形質細胞性腫瘍は、好ましくは症候性の形質細胞性腫瘍である。
【0036】
症候性の形質細胞性腫瘍の中でも代表的な疾患が多発性骨髄腫であり、治療は非常に困難とされる。近年では、ボルテゾミブやレナリドミドなどの新薬の開発、造血幹細胞移植などの新たな治療法の確立により予後が大幅に改善されたものの、依然として治癒がもたらされた症例はない。また、治療により二次発癌の増加なども問題となってきている。したがって新たな作用機序に基づいた治療法の確立が希求されている。
【0037】
本発明は、骨髄腫細胞においてDPP-8の活性を抑制すると、該骨髄腫細胞のアポトーシスが誘導されるという、まったく新しい作用機序を見出したことに端を発するものである。したがって本発明の医薬組成物は、とくに多発性骨髄腫の処置において好適に用いることができる。
【0038】
本発明の医薬組成物は、上述のとおり、従来の治療法とは全く異なる新しい作業機序により、骨髄腫細胞を攻撃するものである。したがって従来型の治療に対して耐性を獲得した骨髄腫細胞を有する対象に対しても、有効に用い得ることが期待される。したがって本発明の好ましい一態様において、本発明の医薬組成物は、従来型の治療が有効でなくなった対象における形質細胞性腫瘍の処置に用いられる。
【0039】
ここで、「従来型の治療」とは、現在形質細胞性腫瘍に有効であることが知られている任意の剤の投与による処置を意味する。このような剤としては、典型的には、メルファラン、プレドニゾロン、シクロホスファミド、ビンクリスチン、ドキソルビシン、デキサメタゾン、サリドマイド、レナリドミド、ポマリドミド、ボルテゾミブ、カルフィルゾミブ、パノビノスタットなどが挙げられるが、これに限定されない。
【0040】
上述のとおり、本発明の医薬組成物は、従来の治療法とは全く異なる新しい作業機序により、骨髄腫細胞を攻撃するものであるため、従来型の治療と併用することによる相乗効果が期待される。実際下記実施例に示すように、本発明者により、本発明の医薬組成物の有効成分であるDPP-8阻害剤と従来型の治療に用いられる治療剤であるボルテゾミブとを併用すると、骨髄腫細胞の処置において劇的な相乗効果を発揮することが示された。したがって本発明の好ましい一態様において、本発明の医薬組成物は、1または2以上の形質細胞性腫瘍を処置するための他の剤と併用される。
【0041】
本発明において、「形質細胞性腫瘍を処置するための他の剤」とは、上記「従来型の治療」において投与される剤を意味する。したがって、典型的には、メルファラン、プレドニゾロン、シクロホスファミド、ビンクリスチン、ドキソルビシン、デキサメタゾン、サリドマイド、レナリドミド、ポマリドミド、ボルテゾミブ、カルフィルゾミブ、パノビノスタットなどが挙げられるが、これに限定されない。
【0042】
本発明において、ある剤Aと別の剤Bとを「ともに用いる」または「併用する」という場合、剤Aが効果を発揮している間に剤Bが効果を発揮する状態にすることをいう。したがって、剤Aの投与と同時に剤Bを投与してもよいし、剤Aの投与後一定の間隔を空けて剤Bを投与してもよい。また、剤Aと剤Bとは同一の投与形態であってもよいし、異なる投与形態であってもよい。さらに、剤Aまたは剤Bがその効果を喪失してしまわない限り、剤Aと剤Bとを混合して一つの組成物としてもよい。
【0043】
<2>本発明のアポトーシス誘導方法
本発明は上述のとおり、骨髄腫細胞において、DPP-8が高度に発現していることを新たに見出したことに端を発し、骨髄腫細胞におけるDPP-8の酵素活性を阻害すると、骨髄腫細胞がアポトーシスに誘導されることが、本願発明者により初めて見いだされたことに基づく。したがって本発明は一側面において、骨髄腫細胞においてDPP-8の活性を抑制することを含む、骨髄腫細胞のアポトーシスを誘導する方法に関する。本方法は、in vivoまたはin vitroのいずれで実施されてもよい。
【0044】
DPP-8の活性を抑制することによりアポトーシスが誘導される作用機序については、詳細は不明である。しかしながら、複数の骨髄腫細胞株において、複数の方法でDPP-8の活性を抑制したいずれの場合においても、骨髄腫細胞のアポトーシスが誘導されることが、本発明者により確認されている。
【0045】
DPP-8の活性を抑制する手法としては、細胞中のタンパク質の活性を低減させる手法として当業者に知られたいかなる手法を用いてもよいが、典型的にはDPP-8の活性を抑制する剤を投与し、骨髄腫細胞と接触させることにより達成する。したがって好ましい一態様において、本発明のアポトーシス誘導方法は、DPP-8の活性を抑制する剤と骨髄腫細胞とを接触させることを含む。DPP-8の活性を抑制する剤としては、そのような剤として本明細書に記載された任意の剤を用いることができる。
【0046】
<3>骨髄腫細胞の検出方法(検査方法、診断方法)
上述のとおり、骨髄腫細胞において、DPP-8が高度に発現していることが、本発明者により新たに見出された。したがって本発明は、DPP-8の活性レベルを判断基準とした、骨髄腫細胞の検出方法(検査方法、診断方法)も提供するものである。
本発明の検出方法(診断方法)は、検査対象由来の生体試料に含まれるDPP-8の活性レベルを計測することにより、該生体試料中に存在する骨髄腫細胞の有無またはその程度を検出、検査または診断するものである。DPP-8の活性レベルを基準として骨髄腫細胞の有無またはその程度を検出、検査または診断することができることは本願発明者により初めて見いだされたものである。
【0047】
検査対象由来の生体試料としては、好ましくは骨髄腫細胞が含まれ得る試料であり、典型的には血液、骨髄液、腫瘍が疑われる被験組織の一部などが挙げられるが、これに限定されない。生体試料を採取する手法としては、当該技術分野において知られた任意の手法が用い得、当業者であれば採取対象の試料に合わせて適宜選択することができる。
本発明の検出(検査、診断)方法は、例えば形質細胞性腫瘍を有する患者において、当該疾患の改善のために治療薬を投与した場合における、該疾患の改善の有無またはその程度を検出(検査、診断)することもできる。
【0048】
本発明の検出(検査)方法の特定の態様は、次の(a)および(b)、ならびに任意に(c)の工程を含むものである:
(a)対象から得られた生体試料中のDPP-8の活性レベルを定量的に計測すること、
(b)(a)で得られたDPP-8の活性レベルと基準値とを比較すること、
(c)(b)の結果をもとに、がんの罹患を判断すること。
本発明の診断方法の特定の態様は、上記(a)ならびに任意に(b)および(c)の工程を含む。
【0049】
「DPP-8の活性レベル」としては、定量的に測定することが可能であり、かつ試料中のDPP-8の活性量を代表し得る測定値であればいかなるものを用いてもよく、具体的には例えば、DPP-8遺伝子の発現量、DPP-8タンパク質の量、DPP-8のセリンプロテアーゼの活性量などが挙げられる。
DPP-8の活性レベルの測定には、当該技術分野において知られたあらゆる方法を用い得る。具体的には、例えばプロテオーム解析などのDPP-8の発現レベルを測定する方法、ウェスタンブロッティング法などのタンパク質量を測定する方法、蛍光基質を用いた活性測定法などの試料中の酵素活性を計測する方法などが挙げられる。
【0050】
上記で測定された活性レベルと比較される基準値としては、活性レベルとして測定した量と同一の量であればよい。基準値としては、これに限定するものではないが、例えば検査対象(被験者)の健常組織から得られた試料におけるDPP-8活性レベル、健常な対象から得られた同一試料におけるDPP-8活性レベル、事前に均一な条件で計測した健常な対象の集団におけるDPP-8活性レベルの平均値または統計的中間値などが挙げられる。
【0051】
本発明者により初めて、骨髄腫細胞においてDPP-8遺伝子の発現が有意に上昇しており、それゆえにDPP-8タンパク質の活性が有意に上昇していることが見出された。したがって、例えば健常対象または健常組織のDPP-8活性レベルを基準値とした場合、対象由来の生体試料が基準値よりも有意に上昇したDPP-8活性レベルを有していれば、前記試料中には骨髄腫細胞が存在すると判断される。
【0052】
「有意に」上昇または増大しているあるいは「有意に」大きいとは、例えば検査対象由来の試料におけるDPP-8活性レベルが、健常な対象のそれらのレベルと比較して例えば2倍以上、好ましくは3倍以上多いことを意味する。一般的には、当該技術分野において知られた統計的解析の結果、値の差に有意性があると判断される場合には、「有意」であると判断する。
【0053】
<4>形質細胞性腫瘍の処置方法(治療方法)
本発明はまた、対象における形質細胞性腫瘍を処置する方法であって、DPP-8の活性を抑制する剤の有効量またはそれを含む本発明の医薬組成物を、それを必要とする対象に投与することを含む前記方法にも関する。
本発明における「対象」は、形質細胞性腫瘍に罹患し得る生物個体であればいかなる生物個体であってもよいが、好ましくはヒトおよび非ヒト哺乳動物(例えば、マウス、ラット、モルモット、ハムスターなどの齧歯類、チンパンジーなどの霊長類、ウシ、ヤギ、ヒツジなどの偶蹄目、ウマなどの奇蹄目、ウサギ、イヌ、ネコなど)の個体であり、より好ましくはヒトの個体である。
【0054】
本発明の予防/治療方法に用いるDPP-8の活性を抑制する剤またはそれを含む医薬組成物としては、本明細書に記載の任意のものが挙げられる。本発明における有効量とは、例えば、形質細胞性腫瘍および/またはその併発症の症状を低減し、またはその進行を遅延もしくは停止する量であり、好ましくは、形質細胞性腫瘍および/またはその併発症を抑制し、または治癒する量である。また、投与による利益を超える悪影響が生じない量が好ましい。かかる量は、培養細胞などを用いたin vitro試験や、マウス、ラットなどのモデル動物における試験により適宜決定することができ、このような試験法は当業者によく知られている。有効成分の具体的な用量は、それを必要とする対象に関する種々の条件、例えば、症状の重篤度、対象の一般健康状態、年齢、体重、対象の性別、食事、投与の時期および頻度、併用している医薬、治療への反応性、剤形、および治療に対するコンプライアンスなどを考慮して決定され得る。
【0055】
具体的な用量としては、例えば、対象の体重1kgあたり通常0.01~100mg、好ましくは0.01~10mg、より好ましくは0.01~1mgであり、これを1日に1回投与するのが好ましい。また、投与方法としては、皮内投与、皮下投与、筋肉内投与、静脈内投与、髄腔内投与などの既知の任意の適切な投与方法を用いることができる。
【0056】
<5>形質細胞性腫瘍治療薬のスクリーニング方法
本発明者により、骨髄腫細胞におけるDPP-8が高発現していることおよびかかるDPP-8の活性を抑制することにより骨髄腫細胞がアポトーシスに誘導されることが見出された。したがって、化合物のDPP-8の活性抑制能を査定することにより、形質細胞性腫瘍治療薬として有用であるか否かを判定することができる。
【0057】
本発明のスクリーニング方法は、以下の(a)および(b)を含むものである:
(a)候補化合物を、DPP-8発現細胞と接触させること、
(b)前記候補化合物と接触後のDPP-8発現細胞におけるDPP-8の活性レベルを計測すること。
【0058】
本発明のスクリーニング方法に用いるDPP-8発現細胞は、生体由来の細胞であっても培養細胞であってもよい。また本来的にDPP-8を発現する細胞(例えば成熟した形質細胞など)であってもよいし、DPP-8を発現するように遺伝子操作された細胞であってもよい。細胞の種類も任意の細胞を用い得るが、好ましくは真核細胞、より好ましくは哺乳動物由来の細胞、最も好ましくはヒト細胞である。
本発明のスクリーニング方法において、(b)の活性レベルの計測は、上記検出(検査、診断)方法における活性レベルの計測と同様の手法により実施することができる。
【0059】
本発明のスクリーニング方法は、一態様において、さらに以下の(c)を含み得る:
(c)(b)で得られた活性レベルと基準値とを比較し、該活性レベルが基準値よりも有意に小さい場合、候補化合物を形質細胞性腫瘍治療薬と判定すること。
本発明のスクリーニング方法で用いる「基準値」は、前記DPP-8発現細胞におけるDPP-8活性レベルを意味する。これは、例えば形質転換細胞の性能確認などのために事前に計測された数値であってもよいし、上記(a)の前工程として;
(a’)候補化合物と接触する前のDPP-8発現細胞におけるDPP-8の活性レベルを計測すること
をさらに含んでもよい。
【0060】
「有意に」小さいとは、例えば、候補化合物の接触後のDPP-8の活性レベルが基準値と比較して例えば半分以下、好ましくは1/3以下であることを意味する。一般的には、当該技術分野において知られた統計的解析の結果、値の差に有意性があると判断される場合には、「有意」であると判断する。
【0061】
本明細書中で言及する全ての特許、出願および他の出版物は、その全体を参照により本明細書に援用する。
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例
【0062】
例1.骨髄腫細胞におけるDPP-8の発現
骨髄腫発症とDPP-8発現との関連を検討するため、Gutierrez et al., Leukemia. 2007;21:541-9に記載の遺伝子発現プロファイリングデータを利用し、当該データを再解析した。
具体的には、国立生物工学情報センター(NCBI)のホームページ内の、Gene Expression Omnibus DatasetsのDataSet Browserのページ(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/GDSbrowser/)において、上記Gutierrez et al.のデータセットの登録番号であるGDS2643のデータセットを呼び出し、さらにその中からDPP-8遺伝子に関するデータを抽出した。健常者の骨髄由来形質細胞(NPC)と多発性骨髄腫患者由来の骨髄サンプル(MM)もしくは原発性マクログロブリン血症患者由来の骨髄サンプル(WM)におけるDPP-8の発現をそれぞれStudent t検定で比較した。
【0063】
結果を図1に示す。DPP-8の発現量は、多発性骨髄腫患者由来の骨髄サンプルおよび原発性マクログロブリン血症患者由来の細胞骨髄サンプル両方において、健常者の骨髄由来の形質細胞と比較して有意に高かった。このことから、骨髄腫細胞においてDPP-8が特異的に発現していることが推測でき、形質細胞性腫瘍とDPP-8との関連が疑われる。
【0064】
例2.骨髄腫細胞のDPP-8阻害剤感受性
(1)DPP-4/8/9阻害剤に対する感受性
骨髄腫細胞においてDPP-4ファミリーの阻害剤が有する効果を確認するため、DPP-4阻害剤であるビルダグリプチン、サキサグリプチン、シタグリプチン、アログリプチンおよびリナグリプチンを用いて検証した。
96穴型マイクロプレートの1穴につき1×10個/100μLの骨髄腫細胞株MM.1Sを播種し、5μM、10μM、50μMおよび100μMの濃度の上記各阻害剤をそれぞれ加えて72時間培養した。その後、Premix WST-1試薬を添加してさらに1時間培養し、マイクロプレートリーダーを用いて生細胞数の半定量を行った。
【0065】
結果を図2に示す。DPP-4だけでなく、DPP-8および9に対しても阻害活性を有するビルダグリプチンおよびサキサグリプチンを用いた場合においては、生細胞数に濃度依存的な顕著な減少が確認されたのに対し、DPP-8および9に対して阻害活性を有しないシタグリプチン、アログリプチンおよびリナグリプチンを用いた場合は、生細胞数に顕著な変化は見られなかった。
【0066】
(2)DPP-8阻害剤に対する感受性
次に、DPP-8/9のみを阻害する阻害剤である1G244を用いて、細胞種を変えて同様の試験を行った。具体的には、96穴型マイクロプレートの1穴につき1×10個/100μLの各種骨髄腫細胞(Delta47、U266、KMS-5、RPMI8226およびMM.1S)を播種し、各5μM、10μM、50μMおよび100μMの濃度のDPP-8/9阻害剤1G244をそれぞれ加えて72時間培養した。その後、Premix WST-1試薬を添加してさらに1時間培養し、マイクロプレートリーダーを用いて細胞数の半定量を行った。
【0067】
結果を図3に示す。MM.1Sにおいて最も高い感受性を示したが、全ての骨髄腫細胞株において感受性が認められた。このことから、骨髄腫細胞に特異的に発現しているDPP-8/9を阻害すると、細胞株に関係なく細胞死が引き起こされることが推測される。
【0068】
例3.細胞死パターンの解析
例2において、DPP-8/9阻害剤により引き起こされた細胞死がアポトーシスであることを確認するため、以下の試験を行った。1×10個の骨髄腫細胞(MM.1SおよびKMS-5)に各種濃度のDPP-8/9阻害剤1G244を加えて48時間培養した後、抗アネキシンV-PE抗体と7-AADで染色を行い、フローサイトメトリー法で細胞死パターンを判定した。
【0069】
結果を図4に示す。MM.1S株においてもKMS-5株においても、DPP-8阻害剤を投与すると7-AAD/アネキシンV両陽性集団の数が増加し、50μMの投与でMM.1Sで90%以上、KMS-5で80%以上が7-AAD/アネキシンV両陽性集団となった。このことから、DPP-8/9阻害剤により引き起こされる細胞死はアポトーシスであることがわかった。
【0070】
例4.siRNAを用いた検討
実際にはDPP-8阻害およびDPP-9阻害のどちらがアポトーシスの誘導に寄与しているのかを調べるため、DPP8およびDPP9を特異的に低減させるsiRNAを用いて試験した。
siRNAはStealth siRNAs(Invitrogen)シリーズを用いた。DPP-8のsiRNAは型番HSS123433(DPP8-1、配列番号1)、HSS123434(DPP8-2、配列番号2)およびHSS123435(DPP8-3、配列番号3)、ネガティブコントロールはStealth RNAiTM siRNA negative control kit中のLow GCを用いた。DPP-9のsiRNAは型番HSS132085(DPP9-1、配列番号4)、HSS132086(DPP9-2、配列番号5)およびHSS132087(DPP9-3、配列番号6)、ネガティブコントロールはStealth RNAiTM siRNA negative control kit中のMedium GCを用いた。1×10個のMM.1S細胞株に20nMのsiRNAを添加して72時間培養した後、Premix WST-1試薬を添加してさらに1時間培養し、マイクロプレートリーダーを用いて吸光度を測定した。
【0071】
結果を図5に示す。DPP-8の発現抑制をした場合には有意に細胞死が誘導されていたのに対し、DPP-9の発現抑制をした場合にはネガティブコントロールとほとんど変化はなかった。したがって、骨髄腫細胞の増殖に関与している遺伝子は、DPP-9ではなくDPP-8であることが推測された。
【0072】
例5.ボルテゾミブとの併用試験
【0073】
ボルテゾミブはプロテアソーム阻害剤であり、DPP-8阻害とは異なる作用機序により骨髄腫細胞を処置するものである。そこで、ボルテゾミブとDPP-8阻害剤1G244との併用について検討した。
【0074】
96穴型マイクロプレートの1穴につき1×10個/100μLの骨髄腫細胞(MM.1SもしくはKMS-5)を播種し、それぞれ0.5μMもしくは5μMのDPP-8/9阻害剤1G244および20nMもしくは40nMのボルテゾミブを加えて72時間培養した。その後、Premix WST-1試薬を添加してさらに1時間培養し、マイクロプレートリーダーを用いて細胞数の半定量を行った。
【0075】
結果を図6に示す。それぞれの薬剤を単剤で用いた場合と比較して、明らかに相乗的に効果が向上していることが確認された。とくに単剤ではほとんど効果が確認できない量の1G244をボルテゾミブと併用することで、ボルテゾミブの効果を格段に向上させることが可能であった。
【0076】
例6.in vivo腫瘍増大抑制試験
DPP-8阻害剤1G244のin vivoにおける腫瘍増大抑制効果について検討した。
5×10個の骨髄腫細胞MM.1Sを、NOGマウスに皮下注入し、抗アシアロGM1抗体を50μL投与してさらに免疫不全化して担癌モデルマウスを作製した。腫瘍が触知可能となった時点で、腫瘍体積を測定した。腫瘍体積は腫瘍の短径および長径を測定し、腫瘍体積=(短径)×(長径)×0.5として計算した。担癌モデルマウスを未処置群(n=3)と1G244投与群(n=3)とにそれぞれ分別し、未処置群には陰性コントロールとしてリン酸緩衝塩液(PBS)を、1G244投与群には30mg/kgの1G244を、3日目から7日ごとにそれぞれ皮下注射した。各群の腫瘍体積を3日ごとに測定し、計測初日からの腫瘍体積の変化を観察した。
【0077】
結果を図7に示す。腫瘍体積の増加は、測定12日目前後より値に差が出始め、測定24日目には1G244投与群の腫瘍体積の増大は未処置群と比較して有意に低くなった。このことから、1G244はin vivoにおいてMM.1S細胞の増殖を抑制することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明の医薬組成物は、従前知られていなかった新たな作用機序により骨髄腫細胞をアポトーシスに導くことで効果を発揮するものである。とくにこれらの医薬組成物は、従来の形質細胞性腫瘍治療薬とは異なる作用機序で奏功するため、従来の形質細胞性腫瘍治療薬による効果が見られなくなった対象に対しても有効に用い得る。また、従来の形質細胞性腫瘍治療薬と併用することにより強力な相乗効果を発揮することも確認されており、強い副作用が問題となっている従来の形質細胞性腫瘍治療薬との併用により、副作用の軽減などの効果も期待できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
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