(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-09
(45)【発行日】2023-06-19
(54)【発明の名称】チェーン伸び検出装置
(51)【国際特許分類】
G01B 11/04 20060101AFI20230612BHJP
B66B 31/00 20060101ALI20230612BHJP
F16H 7/00 20060101ALI20230612BHJP
F16H 7/06 20060101ALI20230612BHJP
【FI】
G01B11/04 101Z
B66B31/00 D
F16H7/00 A
F16H7/06
(21)【出願番号】P 2021118280
(22)【出願日】2021-07-16
【審査請求日】2021-07-16
(73)【特許権者】
【識別番号】390025265
【氏名又は名称】東芝エレベータ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000235
【氏名又は名称】弁理士法人 天城国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】平井 正昭
(72)【発明者】
【氏名】首藤 正志
(72)【発明者】
【氏名】司馬 寛之
【審査官】信田 昌男
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-190578(JP,A)
【文献】特開2020-033164(JP,A)
【文献】特開2020-135008(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01B 11/04
B66B 31/00
F16H 7/00
F16H 7/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のリンクが無端状に連結され、一対のスプロケット間に架け渡されたチェ-ンの伸びを検出するチェーンの伸び検出装置であって、
前記一対のスプロケットと噛み合い、長さ方向に走行するチェーンの、所定の区間内を走行する複数のリンクの合計伸び量を連続的に測定する測定部と、
前記チェーン1周分のリンクごとの伸び量データと、前記測定部で測定される前記合計伸び量に相当するデータとを組み合わせた多数のデータセットで訓練されたシステムに、前記測定部により測定された前記合計伸び量を入力することでリンクごとの伸び量を推測する推測部とを備え、
前記推測部の訓練用のデータセットは、予め部分伸びを生じさせたチェーン1周分のリンクごとの伸び量データと、前記測定部により測定される、前記チェーンの一方のスプロケットとの噛み合い起点から終点までの区間内の複数のリンクの前記合計伸び量の実測値とを組み合わせたデータセットを用い、これらデータセットのリンク位置をずらせて形成したデータセットを多数生成して訓練用データセットとしたことを特徴とするチェーンの伸び検出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、チェーンの部分伸びを検出可能なチェーン伸び検出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般にエスカレータやオートロードなどの搬送装置では、乗客や物を乗せる踏み段や、乗客が把持する移動手摺を設けており、これらは駆動装置により回転駆動される無端状のチェーンと同期して循環移動する。チェーンは、周知のようにピン、ブッシュ、及びローラからなる軸部を所定ピッチで配列し、これら軸部間を内リンクと外リンクにより交互に連結して構成される。
【0003】
このような構造のチェーンは、上述した軸部の摩耗などにより経時的に伸びが生じる。この伸びが大きくなるとスプロケットとうまく噛み合わず、スプロケットの歯を乗り越える歯飛びを起こすことがある。このような問題が生じないように、チェーンの伸びを計測し、これを監視することが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
特許文献1に開示されたチェーンの伸びを測定する技術は、伸び量を測定対象のチェーンの走行方向に沿う互いに離間した2か所に、それぞれ光電センサーを設置し、その信号を測定用のマイコンに接続している。2つの光電センサー間の距離は、チェーンの公式ピッチのN倍に設定する。各光電センサーは、チェーンの各軸部が光軸を通過する際、光軸が遮られるよう設置する。チェーンが伸びていないとき、2つの光電センサーの光軸上を、ローラが同時に通過するため、同時にセンサー信号がオンする。しかし、チェーンが経年使用によって伸びてくると、その伸び量に比例してセンサー信号のオン時刻に時間差が生じる。この時間差はチェーンの伸び量に比例しており、2つの光電センサー間に位置しているN個の連続したリンクの合計の伸び量が測定される。なお測定時、チェーン速度は一定とする。
【0005】
2つの光電センサー間には、チェーンの走行に伴い、常にN個(例えば15個)のリンクが存在し、これらN個のリンクの合計の伸び量が連続的に測定される。チェーンは基本的にはほぼ均一に伸びるので、この測定技術で通常は問題なくチェーンの経年伸び量を監視でき、チェーンの交換が必要かどうかを判定できる。
【0006】
しかし、実際には、発生頻度は少ないが、1リンクだけが大きく伸びる部分伸びが生じて、チェーンの交換が必要となるケースがある。この場合、前述の測定技術では、チェーンの走行により所定の範囲(2つの光電センサー間)に入ったN個のリンクの合計伸び量を測定するため、1リンクだけが大きく伸びた部分が測定データの中に埋もれてしまい、チェーン交換用の閾値に達しない伸び量として判定されてしまう。このため、部分伸びによりチェーンの交換が必要になっているという状況を正しく判別できず、見逃されてしまうという可能性が高い。その場合、最悪は、その部分のチェーンリンクが破断してしまう可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これまでの測定技術では、チェーン1周中の1個のリンク、または所定数以下の少数のリンク、或いは離れて位置するリンクにランダムに部分伸びが生じた場合、これを検出することができなかった。
本発明は、チェーンの部分伸びを的確に検出することができるチェーンの伸び検出装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の実施の形態に係るチェーンの伸び検出装置は、複数のリンクが無端状に連結され、一対のスプロケット間に架け渡されたチェ-ンの伸びを検出するもので、前記一対のスプロケットと噛み合い、長さ方向に走行するチェーンの、所定の区間内の複数のリンクの合計伸び量を連続的に測定する測定部と、前記チェーン1周分のリンクごとの伸び量データと、前記測定部で測定される前記合計伸び量に相当するデータとを組み合わせた多数のデータセットで訓練されたシステムに、前記測定部により測定された前記合計伸び量を入力することでリンクごとの伸び量を推測する推測部とを備え、記推測部の訓練用のデータセットは、予め部分伸びを生じさせたチェーン1周分のリンクごとの伸び量データと、前記測定部により測定される、前記チェーンの一方のスプロケットとの噛み合い起点から終点までの区間内の複数のリンクの前記合計伸び量の実測値とを組み合わせたデータセットを用い、これらデータセットのリンク位置をずらせて形成したデータセットを多数生成して訓練用データセットとしたことを特徴とする。
【0010】
上記構成によれば、従来検出困難であったチェーンの部分伸びを的確に検出でき、部分伸びを生じたチェーンの交換を確実に実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一実施形態に係るチェーンの伸び検出装置の構成図である。
【
図2A】一実施の形態における伸び検出対象となるチェーンの分解斜視図である。
【
図2B】一実施の形態におけるチェーン伸びの測定部のセンサー配置の一例を説明する図である。
【
図3】(a)は前記チェーン伸びの測定部で測定されるチェーンのリンクごとの伸びを示す図、(b)はチェーン1周分の各リンクの伸び量を表す波形図である。
【
図4】(a)はセンサーの設置位置で決まる所定の区間内の複数のリンクの伸び測定状態を表す図、(b)は(a)で示す測定状態にて
図3(b)で示した部分伸びを有するチェーンの伸びを測定した場合の複数リンクの合計伸び量の変化を表す波形図である。
【
図5】一実施の形態におけるチェーン伸びの推測部の一例である構成する深層学習モデルを表す図である。
【
図6】
図5で示した深層学習モデルの訓練用データセットの一例を示しており、(a)は出力側のターゲットデータ、(b)は入力側のデータを示している。
【
図7】
図5で示した深層学習モデルの多数の訓練用データセット全体の一例を示しており、(a)は出力側のターゲットデータ、(b)は入力側のデータを示している。
【
図8】
図5で示した深層学習モデルの多数の訓練用データセットの他の例を示しており、(a)は出力側のターゲットデータ、(b)は入力側のデータを示している。
【
図9】
図5で示した深層学習モデルの多数の訓練用データセットのさらに他の例を示しており、(a)は出力側のターゲットデータ、(b)は入力側のデータを示している。
【
図10】一実施形態に係るチェーンの伸び検出装置における推測部を複数設けた実施例を示す構成図である。
【
図11】一実施形態に係るチェーンの伸び検出装置における推測部をエスカレータマイコン側に設けた実施例を示す構成図である。
【
図12】本発明の他の実施形態に係るチェーンの伸び検出装置におけるチェーン伸びの測定部を説明する図である。
【
図13】(a)はチェーン1周中、1リンクだけ大きく伸びた状態を示す図、(b)は(a)のチェーンを
図12の伸びの測定部で測定した、所定の測定区間における複数リンクの合計伸び量の測定結果を表す波形図である。
【
図14】
図13で示した部分伸びチェーンの実測結果をずらして深層学習モデルの訓練用データセット1とした場合の、(a)は出力側のターゲットデータである部分伸び波形を示し、(b)は入力側の実測波形を示す図である。
【
図15】
図13で示した部分伸びチェーンの実測結果をずらして深層学習モデルの訓練用データセット2とした場合の、(a)は出力側のターゲットデータである部分伸び波形を示し、(b)は入力側の実測波形を示す図である。
【
図16】
図13で示した部分伸びチェーンの実測結果をずらして深層学習モデルの訓練用データセット3とした場合の、(a)は出力側のターゲットデータである部分伸び波形を示し、(b)は入力側の実測波形を示す図である。
【
図17】
図13で示した部分伸びチェーンの実測結果をずらして深層学習モデルの訓練用データセット4とした場合の、(a)は出力側のターゲットデータである部分伸び波形を示し、(b)は入力側の実測波形を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態を、図面を用いて詳細に説明する。
【0013】
図1に、本発明の一実施の形態に係るチェーンの伸び検出装置を示す。
図1はエスカレータの駆動チェーン部分を示している。ここで、エスカレータには駆動チェーン、手すり駆動チェーン、踏段チェーンなどがあるが、この実施の形態では伸び検出対象のチェーン10として駆動チェーンを例示している。
【0014】
このチェーン10は無端状に形成され、一対のスプロケット(駆動用のスプロケット12と、従動用のスプロケット13)間に掛け渡されている。駆動用のスプロケット12は、エスカレータ駆動用モータの減速機11に設けられている。従動用のスプロケット13は、図示しない無端状の踏み段や手摺ベルトを駆動するために用いられる。そして、一対のスプロケット12,13との噛み合いにより駆動され、長さ方向に沿って周回走行する。
【0015】
チェーン10は、
図2Aで示すように、軸部101を所定ピッチで配列し、隣り合うこれら軸部101の両端部間をリンク102で連結している。なお、軸部101はピン101C、ブッシュ101b、及びローラ101aからなる。また、リンク102は、外リンク102aと内リンク102bとがあり、これら外リンク102a及び内リンク102bは、交互に軸部101間を連結している。
【0016】
図1に戻って、この実施の形態によるチェーンの伸び検出装置は、チェーン伸びの測定部15と、この測定部15により測定した測定データを監視センター21に送信する送信装置20と、監視センター21に設けられ、送信されてきた測定データからチェーン10の1リンクごとの伸び量を推測する推測部22とを有する。
【0017】
チェーン伸びの測定部15は、従来技術で説明したものと基本的に同じものであり、2つのセンサー(以下、光電センサーとして説明する)151,152と、エスカレータマイコン19に構成された伸び量算出部153とを有する。このチェーン伸びの測定部15は、
図2Bで示すように、2つの光電センサー151,152の設置位置で規定される所定の区間内を走行するチェーン10の、複数のリンク102の合計伸び量を連続的に測定する。なお、
図2Bではリンク102は外リンクのみを示しており、内リンクの図示は省略している。
【0018】
2つの光電センサー151,152は、チェーン10の移動方向に沿って、チェーン10のピッチの整数倍の長さ間隔で配置する。例えば、
図1及び
図2Bで示すように、チェーン10上に配置されたチェーン切断検出部品18を避けた左右の位置に、第1、第2の光電センサー151,152を配置する。両光電センサー151,152の設置間隔、すなわち、各光軸間の距離は、チェーン10のリンク分のピッチ間隔、例えば15×ピッチとする。
【0019】
光電センサー151,152は
図2Bで示すように、投光部と受光部とで構成され、この間の光軸をチェーン10の軸部101が通過する毎に信号を伸び量の算出部153へ出力する。伸び量の算出部153は、2つの光電センサー151,152から入力される両検出信号の時間ずれの大きさに基づいて、チェーン10の伸び量を算出する。
【0020】
推測部22は、前述のように、測定部15から送信されてきた測定データからチェーン10の1リンクごとの伸び量を推測する。推測部22は、多数のデータセット用いて訓練された推測用のシステム、例えば深層学習モデルを有し、このシステムによりチェーン10の1リンクごとの伸び量を推測する。訓練用のデータセットは、チェーン10の1周分のリンクごとの伸び量データと、測定部15で測定される合計伸び量に相当するデータとを組み合わせたもので、このデータセットを多数(例えば1000または2000個)用意して訓練する。すなわち、前述の合計伸び量に相当するデータを入力とし、1リンクごとの伸び量データをターゲットとして訓練を行う。このように訓練されたシステムに、測定部15により測定された合計伸び量を入力することで1リンクごとの伸び量を推測する。
【0021】
図3(a)は、チェーンの1リンクの伸び量測定部分を示し、同図(b)は、このリンクが複数連結されたチェーン10の、チェーン1周分の各リンクの伸び量を1リンクごとに表している。チェーン10のリンク102は、前述したように外リンク102aと内リンク102bとがあり、これらは、交互に軸部101間を連結している。周知のように、内リンク102b間の伸びはほぼゼロであり、外リンク102a間に伸びが生じる。このため、
図3(b)で示すように、伸びが生じていないものと、伸びが生じたものが交互に繰り返される鋸歯状の伸び量として表される。
【0022】
チェーン10の各リンク102は、
図3(b)で示すように、おおむね均等な伸び量を有しているが、稀に図示のように1リンクだけが大きく伸びるケースがある。この1リンクだけ伸びた部分が図示のように要交換値を超えていれば、チェーン交換が必要となる。
図4は、
図3のチェーン10の伸び量を、
図1で示した測定部15で測定した測定値である。光電センサー151,152は、チェーン10の移動方向に沿って、チェーン10のピッチの整数倍(この実施例では前述のように15倍とする)の長さ間隔で設置されており、チェーン10の走行により、
図4(a)で示すように、光電センサー151,152の設置位置で規定される区間に入った連続した15リンク分の合計の伸び量が逐次測定される。このため、
図4(b)で示すように、
図3で示した1リンクごとの細かい伸び量の変動は平滑化されて測定され、比較的平坦な測定値が得られる。また1リンクだけ大きく伸びた部分についても測定値が平滑化される関係上、全体の測定値の中に埋もれ気味となり、チェーンの要交換ラインよりも小さい伸び量と判断される。
【0023】
図1の監視センター21に設けられた推測部22は、エスカレータ側に設けられた測定部15から送られてくる、
図4(b)で示す平滑化された15リンク分の合計伸び量である測定データから、1リンクごとの伸び量を推測する。この推測部22の推測用のシステムとしては、
図5で示す、訓練済みの深層学習モデルを用いる。この深層学習モデルは、3層ニューラルネットとして構成され、入力側はチェーン10の1周分のリンク数に相当するノード(例えば、112ノード)を有する。入力データは、測定部15により測定されたチェーン伸び測定データ、すなわち、連続15リンクの合計伸び量を、チェーン10の走行に伴い、チェーン1周分について1リンクずつ測定範囲をずらして測定された測定データである。
【0024】
訓練済みの深層学習モデルに入力された測定データは1層目(336ノード)、2層目(224のード、3層目(112ノード)を経て出力される。すなわち、出力側は、入力側と同じチェーン10の1周分のリンク数に相当する112ノードから、1リンクごとの伸び量に変換したチェーン1周分の推定値が出力される。この深層学習モデルとなるニューラルネットは、予め訓練用データセットによって上述の推測機能を持つように訓練されている。
【0025】
訓練用データセットの一例を
図6(a)(b)で説明する。
図6(a)は、チェーン1周分の各リンクの伸び量を定めた模擬伸びデータであり、これが出力としての訓練データ(ターゲットデータ:求めたいデータ)となる。この模擬伸びデータは、実際のチェーンの伸び方を模擬したもので、伸びが生じていないものと、伸びが生じたものが交互に繰り返す鋸歯状の伸び量とする。伸びているリンクについては、その伸び量をランダム値として設定した。すなわち、模擬伸びデータは、伸びが一般的に生じない内リンクは伸び量0とし、外リンク側は、それぞれがランダムな伸び量を有するものとして、ランダム値を設定した。
【0026】
図6(b)は、同図(a)で示したチェーンの模擬伸び量を、
図1の測定部15が、15リンクずつ測定した場合、どのように測定されるかを計算によって求めた模擬測定データであり、訓練データの入力側のデータとなる。このような入力側の模擬測定データと、同図(a)で示した出力側の模擬伸びデータを組み合わせたデータセットを多数、例えば1000個用意する。
【0027】
この訓練用のデータセットの例を
図7(a)(b)で示す。これら1番目からM番目(この場合1000番目)の多数のデータセットを使い、深層学習モデルを訓練する。誤差が十分に小さくなるように訓練が実施できた場合には、前述のように測定部15が測定する15リンクごとの測定データを与えると1リンクごとの伸び量が精度良く出力される。
【0028】
上記構成において、
図1で説明したチェーン伸び検出装置により、例えば、日に1回、チェーン10の伸び量を測定する。すなわち、一対のスプロケット12,13を回転駆動し、チェーン10を長さ方向に周回走行させる。この走行により、光電センサー151,152の設置位置で規定される区間内に入った15リンクの合計伸び量を、エスカレータマイコン19に構成された伸び量の算出部153により算出する。このチェーン10の連続15リンクごとの合計伸び量を1周分測定する。その測定データは、エスカレータマイコン19内のメモリに一時的に保存される。
【0029】
この測定データは、ある所定の時刻に測定データ送信装置20によって監視センター21に送信される。監視センター21では、この測定データが、推測部22となる訓練済みの深層
学習モデルに入力される。
図5で示す訓練済みの深層
学習モデルは、入力された15リンクごとの測定データを、1リンクごとの伸び量の測定データ(推定値)に変換する。この変換後のデータが、チェーンの要交換の判定に用いられる。
【0030】
このように、チェーン10の1リンクごとの伸び量の測定データ(推定値)が得られるので、1リンクだけ伸びた場合でもこれを的確に検出することができる。すなわち、従来の技術では、チェーンの伸び量データは、
図4(b)の形で得られる波形からチェーンの交換が必要かどうかを判断している。このため、実際のチェーンの伸び量が
図3のようなに1リンクだけ大きく伸びた状態の場合は、チェーン交換は不要と判断されることがある。
【0031】
これに対し、本実施形態では、
推測部22により、
図4の測定データを
図3の1リンクごとの測定値に変換したデータが得られ、このデータで判断するため、1リンクだけ大きく伸びた部分も正しく検出でき、判断を間違えることがない。従って、1リンクだけが部分的に伸びた状況を正しく検出でき、自動的に点検員への現地調査や、チェーン交換の指示を出せるようになり、より安全性を提供できることとなる。
【0032】
推測部22の訓練用データセットの他の例としては、
図8(a)(b)や
図9(a)(b)で示すものがある。
【0033】
図8はチェーン10の一部が伸びる、部分伸びを主に想定した訓練データで、1000個の訓練用データセットを用意した場合を示している。同図(a)は、チェーン10のリンクごとの伸びを示す模擬伸びデータであり、出力側データ(ターゲット)である。同図(b)は、測定部15が測定した15リンクごとの測定データを模擬した模擬測定データであり、同図(a)の伸び量に基づき算出され、
図5の深層学習モデルの入力側の訓練データとなる。
【0034】
図8(a)の模擬伸びデータにおいて、上から2番目は、伸びない内リンクの伸び量は0とし、外リンク側は、チェーン1周の中で1個だけランダムに伸びたものとした。また、
図8(a)の上から1番目、3番目、及び1000番目は、伸びない内リンクは伸び量0とし、外リンク側はチェーン1周の中で1か所だけ、最大5個程度以下の連続した数の外リンクが部分的に伸びている状態を想定し、それぞれのリンクの伸び量はランダムとして設定した。
【0035】
上述した
図8の訓練用のデータセットは、チェーン1周の中の1か所に部分伸びが集中して生じている場合を想定したものである。チェーン1周の中で、部分的に伸びた部分の伸び量はランダム値とし、伸びが生じているリンク番号もランダムとする。また、1か所に生じている部分伸びリンクの数も、5リンク以下という小さい範囲としてランダムな数とする。このようなデータセットで訓練した深層
学習モデルによれば、チェーンに各種形態で生じる部分伸びを的確に検出できる。
【0036】
なお、
図8では、1個または少数(5個以下)リンクの部分伸びがチェーンの一周の中の1カ所に生じた場合を想定しているが、チェーンの一周の中の互いに離れた複数個所に上述の部分伸びが生じた場合を想定して、
図8(a)の模擬伸びデータを形成し、これを基に理論計算により同図(b)の模擬測定データを算出してもよい。
【0037】
この
図8の訓練データにより訓練した深層学習モデルを用いた場合、深層学習モデルの訓練が容易になり、それに伴う訓練精度の向上がある。すなわち、
図6、
図7の訓練データで訓練する場合は、チェーン1周分の全てのリンクが、ランダムに伸びているという訓練データのため、深層学習モデルが推定しなければいけない情報量が非常に大きくなる。このため、推定精度が高いモデルを得るのは、相当の困難を有し、必ずしも精度良いモデルが得られることが保証されない。
【0038】
これに対し、
図8で示す訓練データにより訓練した深層
学習モデルを用いた場合、チェーン1周の中で、推定すべき部分はたかだか5リンク程度となり、深層
学習モデルが推定する情報が大幅に少なくなる。このため、深層学習モデルの訓練が容易となり、得られるモデルの推定精度も高くなることが期待でき、より高い精度で1リンクごとの伸び量を推定できる。ただし、全体的に伸びたようなチェーンのデータについては、訓練モデルの構成と異なるため、逆に推定精度が落ちる可能性はある。
【0039】
図9で示す訓練データは、同図(a)模擬伸びデータは、全ての外リンクの伸び量は全て均一の一定値として伸びた場合を想定した。すなわち、この場合は、部分伸びではなく、チェーン全体が均一に伸びた状態を想定している。伸びた側と伸びていない側が交互に現れるが、それぞれの伸び量はチェーン1周において全て等しいものとした。これは、実際のチェーンにおいて、一般的に最も多い伸び方に類似している。
【0040】
図9の訓練用データでは、全てのリンクの伸び量値を一定とした。このため、
図6、
図7の全てのリンクの伸び量をランダムとした場合に比べて訓練はしやすくなり、訓練後の推定精度も高くなる。また
図9は、一般的には最も頻繁に発生する一般的なチェーンの伸び方を想定したものであるため、測定データに混入するセンサーノイズなどの影響についても、この
図9の訓練用データで訓練済みの深層
学習モデルに測定データ与えて出力した結果は、センサーノイズが除去されたものとなる。したがって、深層
学習モデルを通さない従来技術よりも、より精度良くチェーンの平均的な伸び量を検出できるという効果が期待できる。
【0041】
前述した各訓練用データは、入力側となる模擬測定データが、全データが0の場合を除き、最大値が1または1以下の特定の数値となるように正規化処理を実施したものとする。
また、訓練データの出力側は、模擬的に生成した模擬伸びデータだけでなく、実際に、測定システムで測定された実際のチェーン伸びデータも含むものとしてもよい。
【0042】
図10のチェーン伸び
検出装置は、監視センター21に推測部22である訓練済み深層学習モデルを複数(22A,22B)設けて、それらの出力値を受けて、総合的にチェーンの状態を判断する総合判定部23を設けた。この場合、複数の深層学習モデル22A,22Bは、それぞれの特性が異なるものとする。例えば、深層学習モデル22Aは
図8の訓練データで訓練し、深層学習モデル22Bは
図9の訓練データで訓練したものとする。このように構成すると、深層学習モデル22Aでは主に部分的に大きく伸びた部分を抽出し、深層学習モデル22Bでは、平均的な伸び量を抽出する。総合判定部23は、これら両者の抽出結果を見てチェーン交換が必要か判断する。
【0043】
この
図10のチェーン伸び
検出装置では、平均的な伸び量が大きくなったケースと、部分的に大きく伸びたケースの両方を確実に捉えられる。このため、チェーンの伸び状態や異常を見逃すことなく、より乗客の安全性を確保でき、かつ、より精度よく保守を行うことができる。
【0044】
図11のチェーン伸び
検出装置は、推測部22である訓練済みの深層学習モデルを、監視センター21側ではなく、エスカレータマイコン19内に構成した。このように構成すると、エスカレータマイコン19内部で1リンクごとの伸び量が推定される。このため、個々のエスカレータ側で、1リンクごとの伸び量の推測データが抽出され、監視センター21側に出力されてくる。監視センター21側は、各エスカレータから送られてくるデータについて、いちいちデータ処理をすることないため、チェーンの異常の有無や交換の有無の判断だけを行えばよく、監視センター21側の処理が軽減されるという効果がある。
【0045】
上述したいずれの実施例において、チェーンの伸び検出用の2個のセンサー151,152は、光電センサーとしたが、必ずしも光電センサーに限定されるわけではなく、同様の測定原理であれば、センサーの種類は問わない。例えば、レーザ変位センサーや、近接センサーなどで、連続したチェーン区間の合計の伸び量を測定するシステムのすべてに適用される。
【0046】
前述した実施形態では
図1、及び
図10、
図11で示したチェーンの伸び測定部15は、いずれもチェーンの走行方向に沿って第1のセンサー151と第2のセンサー152を複数リンク(15リンクと例示)分の間隔を保って配置し、チェーン10の移動に伴って、センサー151,152間に入る15リンクの合計伸び量を検出していたが、このような構成以外のチェーンの伸び測定部を用いてもよい。以下の実施の形態では、
図12で示す構成のチェーン伸びの測定部25を用いる。
【0047】
測定対象となるチェーン10は一対のスプロケット12,13間に架け渡されている。チェーン伸びの測定部25を構成する第1のセンサー251及び第2のセンサー252を、対応するスプロケット12,13近くに配置し、スプロケット12,13の歯の通過タイミングを検出して検出信号を出力する。これら検出信号の発生タイミングによりチェーン10の伸びを測定する。この測定原理は、本願出願人により、特願2020-131993として出願済のものである。なお、
図12は測定原理を説明するものであり、スプロケット12,13は同じ直径に描いているが、これは説明を見易くするためであり、
図1などで示したように、互いに異なる直径であっても同じである。
【0048】
チェーン10は、スプロケット12,13が回転することにより駆動され、その長さ方向に周回移動する。このとき、第1のセンサー251は、スプロケット12の歯の通過タイミングを検出して第1検出信号を出力する。第2のセンサー252は、スプロケット13の歯の通過タイミングを検出して第2検出信号を出力する。これら第1、第2の検出信号は、チェーン伸びを算出する算出部253に入力、これら第1、第2の検出信号の位相差によりチェーン10の伸びを測定する。
【0049】
この算出部253は、
図1などで示した伸び量の算出部153に対応するもので、算出結果は
図1で示した送信装置20により監視センター21に送られる。なお、第1のセンサー251及び第2のセンサー252としては、透過型光電センサー、反射型光電センサー、近接センサー等を用いることが可能である。
【0050】
このチェーン伸び測定部25の作用を説明する。
図13(a)で示すように、チェーン10の1周の中、1リンクだけが大きく伸びたものとする。チェーン10の移動に伴い、この大きく伸びた1リンクが
図12で示すスプロケット13との噛み合い起点Aから、噛み合いの終点Bに達するまで間、測定部25の測定値、すなわち、第1のセンサー251及び第2のセンサー252が検出し、算出部253で算出される伸び量は、
図13(b)のように変化する。この伸び量は、上述の起点Aから終点Bまでの所定区間のリンク数の合計伸び量となる。
【0051】
この測定された伸び量を
図1で示した推測部22に入力し、
図5で示した深層学習モデルによって、リンクごとの伸び量を推測する。この場合、推測部22を構成する深層学習モデルの訓練は、
図14乃至
図17で示す訓練データセットを用いて行う。これらは
図14乃至
図17で示す訓練データセットは、
図13で示した実測データを用いて、そのリンク位置をずらせたものであり、これらを多数用意し、これらを訓練データとして用いる。
【0052】
これは、
図13(a)で示す1リンクのみの伸びに対して測定部25で測定された測定結果が、
図13(b)で示すように、非線形となるため、
図6乃至
図9で示した前述の実施形態のデータセットのように、(a)のリンクごとの伸び量(出力側)を基に複数リンク合計伸び量(入力側)を理論計算で作成することが難しいためである。
【0053】
このように、理論的に測定波形を計算できないので、1周の中で、1リンクだけ伸びたチェーンを装着して、実際に
図12のチェーン伸び測定部25で伸び量を測定し、
図13で示す測定波形をリファレンスとする。この1回の試験の測定データを流用して、
図14乃至
図17で示すように1リンク伸びの位置がずれた測定波形を形成する。このような測定波形は、データ処理で簡単に得られるので、実測データ1個を用いて、多数の訓練データセットを用意し、深層学習モデルを訓練する。
【0054】
このようにして訓練された推測部22に測定部25で測定された複数の伸びの合計値を入力することにより、前述の実施形態と同じようにチェーン10の部分伸びを的確に検出することができる。
【0055】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他のさまざまな形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これらの実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0056】
10…チェーン
101…軸部
102…リンク
11…減速機
12、13…一対のスプロケット
15,25…伸びの測定部
151,152,251,252…センサー
153,253…伸び量の算出部
18…チェーン切断検出装置
19…エスカレータマイコン
20…測定データの送信装置
21…監視センター
22…推測部
23…総合判定部