(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-12
(45)【発行日】2023-06-20
(54)【発明の名称】イオン化装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/04 20060101AFI20230613BHJP
H01J 49/16 20060101ALI20230613BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20230613BHJP
【FI】
H01J49/04 450
H01J49/16 700
H01J49/04 900
G01N27/62 X
G01N27/62 G
(21)【出願番号】P 2021569729
(86)(22)【出願日】2020-10-05
(86)【国際出願番号】 JP2020037678
(87)【国際公開番号】W WO2021140713
(87)【国際公開日】2021-07-15
【審査請求日】2022-05-24
(31)【優先権主張番号】P 2020000235
(32)【優先日】2020-01-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】児山 浩崇
(72)【発明者】
【氏名】堀池 重吉
(72)【発明者】
【氏名】片所 功
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開平10-112279(JP,A)
【文献】特開2012-199027(JP,A)
【文献】特開2015-159051(JP,A)
【文献】国際公開第07/126141(WO,A1)
【文献】M. K. Mandal, et al.,Development of Sheath-Flow Probe Electrospray Ionization Mass Spectrometry and Its Application to Real Time Pesticide Analysis,Journal of Agricultural and Food Chemistry,米国,ACS Publications,2013年07月22日,Vol. 61,pp. 7889-7895
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/04
H01J 49/16
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
液体クロマトグラフのカラムから流出する試料液をイオン化するために用いられるイオン化装置であって、
導電性プローブと、
前記導電性プローブによりプローブエレクトロスプレーイオン化を行う所定の電圧を印加する電圧印加部と、
前記カラムから流出する試料液を前記導電性プローブに誘導する試料液誘導部と
を備え、
前記試料液誘導部は前記試料液が内部に導入される管状部材を有し、前記導電性プローブの一部が該管状部材の出口端に収容され該管状部材と同軸に配置されるイオン化装置。
【請求項2】
前記導電性プローブの表面の少なくとも一部に溝部が形成されている、請求項1に記載のイオン化装置。
【請求項3】
前記管状部材の少なくとも一部が導電性を有し、さらに、
前記所定の電圧と所定の電位差を有する電圧を該管状部材に印加する第2電圧印加部
を備える、請求項1に記載のイオン化装置。
【請求項4】
前記管状部材に印加する電圧及び前記導電性プローブに印加する電圧の少なくとも一方を変更可能である、請求項3に記載のイオン化装置。
【請求項5】
複数の前記導電性プローブが並列に設けられている、請求項1に記載のイオン化装置。
【請求項6】
前記試料液誘導部が、前記試料液を前記導電性プローブに誘導する複数の流路を有する、請求項5に記載のイオン化装置。
【請求項7】
さらに、
前記複数の導電性プローブの先端と対向して配置される、又は該先端が挿入される、複数の穴が形成され、所定の電位に維持されるメッシュ電極
を備える、請求項5に記載のイオン化装置。
【請求項8】
前記試料液誘導部が、前記複数の穴のそれぞれに前記試料液を誘導するように設けられている、請求項7に記載のイオン化装置。
【請求項9】
前記試料液誘導部が、前記試料液を加熱する加熱部を有し、
さらに、
前記加熱部を動作させることなく前記電圧印加部から前記導電性プローブに第1の所定の電圧を印加するPESIモードと、前記加熱部を動作させつつ前記電圧印加部から前記導電性プローブに前記第1の所定の電圧よりも絶対値が大きい第2の所定の電圧を印加するAPCIモードとを切り替えるモード切替部
を備える、請求項1に記載のイオン化装置。
【請求項10】
さらに、
前記管状部材が前記複数の導電性プローブのうちの少なくとも1本に前記試料液を誘導するように配置されており、さらに、前記管状部材から流出する前記試料液を前記少なくとも1本の導電性プローブから他の導電性プローブへと誘導するプローブ間誘導部
を備える、請求項5に記載のイオン化装置。
【請求項11】
前記複数の導電性プローブが、所定の軸を取り囲むように、該導電性プローブの長手方向に平行に、かつ該複数の導電性プローブの先端が放射状に位置するように配置されており、
前記プローブ間誘導部が、前記管状部材から流出する試料液を該所定の軸から遠ざかる方向に誘導する、請求項10に記載のイオン化装置。
【請求項12】
前記複数の導電性プローブが一次元状に配列されており、
前記管状部材が、前記一次元状の配列の中央又は端部に位置する導電性プローブに前記試料液を誘導するように配置されており、
前記プローブ間誘導部が、前記管状部材から流出する試料液を隣接して位置する導電性プローブに誘導する、請求項10に記載のイオン化装置。
【請求項13】
さらに、
前記管状部材の先端部に設けられ該管状部材から流出する試料液を複数の流出口に向かわせる試料液分岐部を有し、
前記複数の導電性プローブが前記試料
液誘導部を取り囲むように配置され、該複数の導電性プローブのそれぞれの先端が、前記複数の流出口のいずれかに接触又は近接配置される、請求項5に記載のイオン化装置。
【請求項14】
さらに、
前記管状部材、前記試料液分岐部、及び前記複数の導電性プローブを位置決めするホルダ
を有する、請求項
13に記載のイオン化装置。
【請求項15】
液体クロマトグラフのカラムから流出する試料液をイオン化するために用いられるイオン化装置であって、
先端側に1乃至複数のスリットが形成された筒状の部材であって、該筒状部材のうち該スリットが形成されていない部分が前記試料液が内部を流通する管状部材を構成し、該スリットが形成されている部分が複数の導電性プローブを構成する筒状部材と、
前記導電性プローブによりプローブエレクトロスプレーイオン化を行う所定の電圧を印加する電圧印加部と
を備えるイオン化装置。
【請求項16】
前記管状部材及び前記導電性プローブのうちの少なくとも一方について、表面の少なくとも一部が前記試料液の吸着を抑制する材料によりコーティングされている、請求項1又は15に記載のイオン化装置。
【請求項17】
前記材料がフッ素系材料又はガラス系材料である、請求項16に記載のイオン化装置。
【請求項18】
前記フッ素系材料が、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、及びテトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)のいずれかである、請求項17に記載のイオン化装置。
【請求項19】
前記フッ素系材料又は前記ガラス系材料からなるコーティングの上に、さらに、疎水性材料又は親水性材料からなるコーティングが施されている、請求項17に記載のイオン化装置。
【請求項20】
金属製の筒状部材の一端を延伸することにより該一端側が細く成形され、該一端側にレーザ加工により1乃至複数のスリットが形成されることにより、該筒状部材のうちスリットが形成されていない部分が前記管状部材として、スリットが形成されている部分が複数の前記導電性プローブとして構成されており、該一端側をコーティング材料に1乃至複数回浸漬することにより前記コーティングされている、請求項16に記載のイオン化装置。
【請求項21】
前記コーティングの厚さが1μm以下である、請求項20に記載のイオン化装置。
【請求項22】
前記一端側の開口部の内径が100μm以下である、請求項20に記載のイオン化装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体クロマトグラフのカラムで分離された液体試料中の成分をイオン化する装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体試料に含まれる成分を分析するために液体クロマトグラフ質量分析装置が広く用いられている。液体クロマトグラフ質量分析装置は、液体試料に含まれる成分をカラムで分離する液体クロマトグラフと、分離後の各成分をイオン化して質量電荷比毎に分離して測定する質量分析装置を備えている。
【0003】
液体クロマトグラフ質量分析装置において液体試料に含まれる成分をイオン化する方法の一つに、エレクトロスプレーイオン化(ESI: ElectroSpray Ionization)法がある。ESI法で用いられるESIノズルは、液体試料を流通させる送液管と、該送液管の外周に設けられネブライザガスを流通させる送気管を有している。ESI法では、ESIノズルの先端に所定の電圧を印加しつつ、液体クロマトグラフのカラムから流出する試料液を該先端からネブライザガスで噴霧する。ESIノズルから噴霧される帯電液滴から移動相等の溶媒が脱離(脱溶媒)することによってイオンが生成される。
【0004】
ESI法では、帯電液滴の脱溶媒が不完全であるとイオン化効率が低くなる。そこで、最近では、ナノESIと呼ばれるものが広く用いられている。ナノESIとは、試料液の流量をnL/minレベルに抑えてESI法で試料液をイオン化するものである(例えば特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2019-45291号公報
【文献】国際公開第2007/126141号
【文献】国際公開第2019/053847号
【非特許文献】
【0006】
【文献】"FortisTip",[online],エーエムアール株式会社,[令和2年9月15日検索],インターネット<URL: https://www.amr-inc.co.jp/dcms_media/other/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%81%E3%83%83%E3%83%97%20%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%83%AD%E3%82%B0.pdf>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ナノESIでは、イオン化効率が高まり測定感度が向上する一方、測定可能な試料液の量が少ないため測定のスループットは低下する。また、ナノESIでは、内径が数十μmという細径の配管が用いられるため、試料液から塩が析出する等によって配管の内部が詰まりやすい。さらに、こうした配管には、微細加工の容易さから、多くの場合ヒューズドシリカ(溶融石英)からなるものが用いられる。しかし、ヒューズドシリカは破損しやすく、耐久性が低いという問題があった。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、液体クロマトグラフのカラムからの溶出液に含まれる成分を高感度かつ高スループットで測定するために好適に用いることができ、また十分な耐久性を有するイオン化装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明は、液体クロマトグラフのカラムから流出する試料液をイオン化するために用いられるイオン化装置であって、
導電性プローブと、
前記導電性プローブによりプローブエレクトロスプレーイオン化を行う所定の電圧を印加する電圧印加部と、
前記カラムから流出する試料液を前記導電性プローブに誘導する試料液誘導部と
を備える。
【0010】
本発明に係るイオン化装置では、電圧印加部から導電性プローブに所定の電圧を印加しつつ、液体クロマトグラフのカラムから流出する試料液を試料液誘導部によって導電性プローブに誘導する。この導電性プローブは、ESIノズルのように試料液が内部を流通するものではなく試料液を帯電させるために用いられるため、中実の部材として構成することができる。導電性プローブに誘導された試料液は該プローブの表面を流れるうちに帯電されイオン化する。従来のESI法ではESIノズル内に試料液を流通させ該ノズルの内径面のみで試料液を帯電するのに対し、本発明に係るイオン化プローブでは試料液誘導部によって試料液を導電性プローブに誘導し、該導電性プローブの表面全体で試料液を帯電させ、プローブエレクトロスプレーイオン化(PESI: Probe ElectroSpray Ionization)するため、ESIノズルを用いるよりもイオン化効率が高くなる。また、ナノESIのように試料液の流量を制限する必要がないため、測定のスループットが高くなる。さらに、細径のキャピラリを使用する必要もなく、十分な耐久性を確保することができる。なお、上記電圧印加部は、導電性プローブに直接、PESI電圧を供給するものであっても良く、間接的に(例えば後述する例のように、導電性の接続治具及び試料液を介して)導電性プローブにPESI電圧を印加するものであってもよい。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るイオン化装置を用いることにより、十分な耐久性を確保することができる。また、液体クロマトグラフのカラムからの溶出液に含まれる成分を高感度かつ高スループットで測定するために好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明に係るイオン化装置を含む液体クロマトグラフ質量分析装置のブロック図。
【
図2】本発明に係るイオン化装置の第1実施形態であるイオン化源の概略構成図。
【
図3】本発明に係るイオン化装置の第2実施形態であるイオン化源の概略構成図。
【
図4】本発明に係るイオン化装置の第3実施形態であるイオン化源の概略構成図。
【
図5】本発明に係るイオン化装置の第4実施形態であるイオン化源の概略構成図。
【
図6】本発明に係るイオン化装置の第5実施形態であるイオン化源の概略構成図。
【
図7】本発明に係るイオン化装置の第6実施形態であるイオン化源の概略構成図。
【
図8】本発明に係るイオン化装置の第7実施形態であるイオン化源の概略構成図。
【
図9】本発明に係るイオン化装置の第8実施形態であるイオン化源の概略構成図。
【
図10】本発明に係るイオン化装置の第9実施形態であるイオン化源の概略構成図。
【
図11】本発明に係るイオン化装置の第10実施形態であるイオン化源の概略構成図。
【
図12】第10実施形態のイオン化源の変形例を説明する図。
【
図13】第10実施形態のイオン化源の別の変形例を説明する図。
【
図14】本発明に係るイオン化装置の第11実施形態であるイオン化源の概略構成図。
【
図15】第11実施形態のイオン化源の概略構成を示す側面図。
【
図16】第11実施形態のイオン化源の概略構成を示す断面図。
【
図17】第11実施形態のイオン化源における試料液分岐部の構造を示す図。
【
図18】第12実施形態のイオン化源の別の変形例を説明する図。
【
図19】各実施形態のイオン化源におけるコーティング処理を説明する図。
【
図20】本発明者が実験に使用したプローブの形状を説明する図。
【
図21】本発明者が作製したマルチスリット型ESIプローブのSEM画像。
【
図22】本発明者が作製したマルチスリット型ESIプローブで生成されたイオン噴流の画像。
【
図23】本発明者が作製したマルチスリット型ESIプローブと既製品ミクロESIノズルのイオン化強度の比較。
【
図24】表面が腐食したマルチスリット型ESIプローブ(コーティングなし)の写真。
【
図25】コーティングにより表面の腐食を抑制したマルチスリット型ESIプローブの写真。
【
図26】表面をコーティングしたマルチスリット型ESIプローブを用いた場合のイオンの生成量を、コーティングなしの場合と比較した結果を示すグラフ。
【
図27】表面をコーティングしたマルチスリット型ESIプローブを用いた場合のイオンの生成量及びそのばらつきを、コーティングなしの場合と比較した結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明に係るイオン化装置の実施形態について、以下、図面を参照して説明する。
図1は、本発明に係るイオン化装置の各実施形態を含む液体クロマトグラフ質量分析装置1のブロック図である。液体クロマトグラフ質量分析装置1は、液体クロマトグラフ2と質量分析計3で構成される。液体クロマトグラフ2はカラム4を備えており、質量分析計3はイオン化源5を備えている。液体クロマトグラフ2に導入された液体試料は、カラム4で成分分離された後、質量分析計3に導入され、イオン化源5でイオン化されて質量電荷比毎に測定される。本発明に係るイオン化装置は、上記イオン化源5として用いられる。
【0014】
図2~
図19を参照して第1実施形態~第12実施形態のイオン化源の概略構成を説明する。なお、これらはいずれも模式図であって配置や構造を分かりやすくするために構成要素の大きさを適宜に拡大しており、実際の縮尺とは必ずしも一致しない。
【0015】
<第1実施形態>
図2に第1実施形態のイオン化源10を模式的に示す。第1実施形態のイオン化源10は、液体クロマトグラフ2のカラム4の出口に接続された管状部材11と該管状部材11の出口端に配置された導電性プローブ12を有する。第1実施形態では、管状部材11が前記試料液誘導部に相当する。導電性プローブ12には電圧印加部6から所定の電圧(PESI電圧)が印加される。PESI電圧とは、試料液を帯電させてイオン化する探針エレクトロスプレーイオン化(Probe ElectroSpray Ionization)法において導電性プローブに印加される電圧をいう。第1実施形態のイオン化源10では液体クロマトグラフ2のカラム4で分離された成分を含んだ試料液が順次、管状部材11に流入する。管状部材11の出口から流出する試料液は、PESI電圧が印加された導電性プローブ12と接触して帯電し、イオン化する。
【0016】
従来、液体試料に含まれる成分を分離し質量分析する際には、液体クロマトグラフのカラムで分離した成分をESIノズルに導入してイオン化していた。そうした分析では、質量分析の感度を高めるために液体クロマトグラフからESIノズルに導入する試料液の流量をnL/minに抑えたナノESIノズルが用いられていたが、ナノESIノズルに用いられるキャピラリは内径が小さく塩などの析出によって詰まりやすいという問題があった。また、こうしたキャピラリには、微細加工が容易である素材、例えばヒューズドシリカ(溶融石英)からなるものが用いられていたが、こうした材料は破損しやすく、耐久性が低いという問題があった。また、流量がnL/minに抑えられているためスループットも低下するという問題があった。
【0017】
これに対し、第1実施形態のイオン化源10(及び以降に説明する各実施形態のイオン化源20~110)では、導電性プローブ12の表面全体の広い範囲で試料液中の成分をイオン化することができるため、ナノESIノズルを用いる場合に比べてイオン化装置10に導入する試料液の流量を多くすることができる。従って、ナノESIノズルを用いる場合よりも分析のスループットが向上する。また、試料液の流量を抑える必要がないことから、内径が小さいキャピラリを使用する必要もなく、ナノESIノズルを用いる場合と同等の感度を維持しつつ、耐久性を高めることができる。
【0018】
また、生体組織等の表面に分布する目的物質の分布を測定することを目的として、PESI法を用いることが提案されている(例えば特許文献2)。従来のPESI法は以下のように行われていた。
【0019】
まず、試料表面の測定対象領域の上方に導電性のプローブを配置し、プローブを下動してその先端を試料表面に接触させ試料を付着させる。続いて、プローブを元の位置まで上動し、プローブに数十V乃至数千Vの所定の電圧(PESI電圧)を印加する。これにより、プローブ先端に付着した試料に電荷が付与され、クーロン反発によってイオン化する。
【0020】
従来のPESI法では、先端がnmサイズに加工されたプローブを用いることにより、nmレベルの空間分解能でイメージング質量分析を行うことができるものの、探針で採取した試料をそのままイオン化するため、試料中の成分を分離して質量分析することができなかった。
【0021】
一方、第1実施形態のイオン化源10(及び以降に説明する各実施形態のイオン化源20~110)では、液体試料(分析対象が固体の場合は適宜の溶媒に溶解させた溶液)を液体クロマトグラフ2に導入し、液体クロマトグラフ2のカラム4で分離した成分を質量分析することができる。
【0022】
<第2実施形態>
図3に第2実施形態のイオン化源20を模式的に示す。第2実施形態のイオン化源20は、液体クロマトグラフ2のカラム4の出口に接続された管状部材21と該管状部材21の出口側端部に収容された、該管状部材21と同軸の導電性プローブ22を有する。導電性プローブ22には電圧印加部6から所定の電圧(PESI電圧)が印加される。第2実施形態では、管状部材21が前記試料液誘導部に相当する。
【0023】
第2実施形態のイオン化源20では、液体クロマトグラフ2のカラム4で分離された成分を含んだ試料液が順次、管状部材21に流入する。管状部材21に流入した試料液は、その出口側端部に収容された導電性プローブ22と接触して帯電し、イオン化する。第2実施形態のイオン化源20では、試料液が導電性プローブの表面の広い範囲で接触して帯電するため、イオン化効率が向上する。
【0024】
<第3実施形態>
図4に第3実施形態のイオン化源30を模式的に示す。第3実施形態のイオン化源30は、液体クロマトグラフ2のカラム4の出口に接続された管状部材31と導電性プローブ32を有する。導電性プローブ32には電圧印加部6から所定の電圧(PESI電圧)が印加される。第3実施形態のイオン化源30では、
図4の右側に断面図で示すように導電性プローブ32の表面の一部に溝33が設けられており、管状部材31は、該管状部材31から流出する試料液を溝33に導くように配置されている。第3実施形態では、管状部材31が前記試料液誘導部に相当する。
【0025】
第3実施形態のイオン化源30では、液体クロマトグラフ2のカラム4で分離された成分を含んだ試料液が順次、管状部材31に流入する。管状部材31に流入した試料液は、導電性プローブ32と接触して帯電し、イオン化する。第3実施形態のイオン化源30では、導電性プローブ32の表面に溝33が形成されており、試料液がより広い面積で導電性プローブ32と接触して帯電するため、イオン化効率が向上する。なお、
図4では導電性プローブ32の上部に溝33を設けた例を示したが、必ずしも上部でなくてもよい。また、溝を複数設けてもよい。さらに、導電性プローブ32の基端から先端に至る溝であってもよく、基端から先端の一部に設けられた溝(凹部)であってもよい。
図4では管状部材31を先細り形状で示しているが、内径が均一なものであってもよい。
【0026】
<第4実施形態>
図5に第4実施形態のイオン化源40を模式的に示す。第4実施形態のイオン化源40は、液体クロマトグラフ2のカラム4の出口に接続された管状部材41と該管状部材41の出口の近傍に配置された導電性プローブ42を有する。第4実施形態では、導電性プローブ42には第1電圧印加部43(他の実施形態における電圧印加部6に相当)から所定の電圧(PESI電圧)が印加される。第4実施形態では、管状部材41も、その少なくとも一部が導電性材料で構成されている。また、第4実施形態のイオン化源40は第2電圧印加部44を更に有しており、管状部材41の該導電性材料で構成された部分に第2電圧印加部44から所定の電圧が印加される。この所定の電圧は、管状部材41と導電性プローブ42の間に所定の電位勾配を形成するような電圧であり、例えば、分析の対象が正イオンである場合には、管状部材41から導電性プローブ42に向かって下りの(負の)電位勾配が形成される。第4実施形態では、管状部材41及び第2電圧印加部44が前記試料液誘導部に相当する。
【0027】
第4実施形態のイオン化源40では、管状部材41を流れる間に試料液を帯電させるとともに、導電性プローブ42との間に形成した電位勾配によって帯電液滴を導電性プローブ42に誘導する。従って、より多くの(帯電した)試料液が導電性プローブ42に誘導され、イオン化効率が向上する。なお、
図5では電場により試料液を誘導する構成を示したが、磁場によって試料液を誘導することも可能である。さらには、超音波を付与して試料液を蒸気化した上で電場や磁場の作用で試料液を導電性プローブへと誘導することもできる。
【0028】
また、第4実施形態のイオン化源40は第1電圧印加部43から管状部材41に印加する電圧及び/又は第2電圧印加部44から導電性プローブ42に印加する電圧の大きさを変更する電圧変更部45を有している。第4実施形態では、上記電圧の一方又は両方を変更し、管状部材41と導電性プローブ42の間に形成される電位勾配を反転させることによりシャッターとして機能させることもできる。
【0029】
<第5実施形態>
図6に第5実施形態のイオン化源50を模式的に示す。第5実施形態のイオン化源50は、液体クロマトグラフ2のカラム4の出口に接続された管状部材51と、該管状部材51の出口側端部に収容された複数本の導電性プローブ52を有する。複数の導電性プローブ52のそれぞれには電圧印加部6から所定の電圧(PESI電圧)が印加される。第5実施形態では、管状部材51が前記試料液誘導部に相当する。
【0030】
第5実施形態のイオン化源50は、第2実施形態のイオン化源20における導電性プローブ22を複数本の導電性プローブ52に変更したものである。第5実施形態では、複数の導電性プローブ52によって試料液を帯電させるため、第2実施形態のイオン化源20よりも更にイオン化効率が高まる。従来のESIノズルを複数、並列に備えた構成によって分析の感度やスループットを向上することも一応可能ではある。しかし、ESIノズルは内部に試料液を流通させる流路を有する構造であることから小型化が難しく、単純にESIノズルを複数備えた構成ではイオン化源が大型化する。また、複数のESIノズルを集積して一体化することも難しい。さらに、コストも増大する。これに対し、第5実施形態では、導電性プローブ52を複数本用いるのみで、低コストで小型かつ一体型のイオン化源50を構成して分析の感度及びスループットを向上することができる。
【0031】
<第6実施形態>
図7に第6実施形態のイオン化源60を模式的に示す。第6実施形態のイオン化源60は、液体クロマトグラフ2のカラム4の出口に接続され、出口側端部が複数の流路に分岐した管状部材61と、該複数の流路のそれぞれに収容された導電性プローブ62を有する。導電性プローブ62のそれぞれには電圧印加部6から所定の電圧(PESI電圧)が印加される。第6実施形態では、管状部材61が前記試料液誘導部に相当する。
【0032】
第6実施形態のイオン化源60は、第5実施形態のイオン化源50における管状部材51の出口側端部を複数の流路に分岐させ、それぞれの流路に導電性プローブ62を収容したものである。第6実施形態では、複数の導電性プローブ62のそれぞれに試料液を誘導する流路が設けられており、試料液が分散されて複数の導電性プローブ62のそれぞれにより帯電されるため、第5実施形態のイオン化源50よりも更にイオン化効率が高まる。
図7では、分岐した流路のそれぞれに導電性プローブ62を1本ずつ配置しているが、これらの流路に複数本の導電性プローブ62を配置することもできる。
【0033】
<第7実施形態>
図8に第7実施形態のイオン化源70を模式的に示す。第7実施形態のイオン化源70は、液体クロマトグラフ2のカラム4の出口に接続された管状部材71と該管状部材71の出口側端部に該管状部材71と同軸に収容された、複数本の導電性プローブ72と、該複数本の導電性プローブ72の先端と対向する位置に穴74が形成されたメッシュ電極73を有する。複数の導電性プローブ72には電圧印加部6から所定の電圧(PESI電圧)が印加される。また、メッシュ電極73は所定の電位に維持(典型的には接地)される。第7実施形態では、管状部材71が前記試料液誘導部に相当する。
【0034】
第7実施形態のイオン化源70は、第5実施形態のイオン化源50の構成にメッシュ電極73を加えたものである。複数本の導電性プローブを並列に配置し、それぞれにPESI電圧を印加すると、隣接する導電性プローブ間で電場干渉が起こり、試料液のイオン化が安定しない場合がある。第7実施形態のイオン化源70では、導電性プローブと対向する位置に穴74が形成されたメッシュ電極73を用い、該メッシュ電極73を所定の電位に維持することで、導電性プローブ72とメッシュ電極73の間に所定の電位勾配を形成し、導電性プローブ72間での電場干渉を抑制することができる。
【0035】
図8では導電性プローブ72の先端から離間した位置にメッシュ電極73を配置した例を示したが、これらの穴75に導電性プローブ72を挿入するような配置を採ることもできる。また、導電性プローブ72と穴74の関係は1対1であってもよく、いずれか一方が複数であってもよい。
【0036】
第7実施形態において、メッシュ電極73の代わりに板状の電極に穴を形成したものを用いることも可能である。ただし、上記のようにメッシュ電極73(多数の微小な孔を有する電極)を用いると、導電性プローブ72で生成されたイオンが該メッシュ電極の孔を容易に通過する。また、板状の電極を用いるよりもメッシュ電極73を用いる方が試料液の保持性が高く、後述する第8実施形態のイオン化源80や第10実施形態のイオン化源100では、より多くの試料液をイオン化することができる。
【0037】
<第8実施形態>
図9に第8実施形態のイオン化源80を模式的に示す。第8実施形態のイオン化源80は、液体クロマトグラフ2のカラム4の出口に接続された管状部材81と、複数本の導電性プローブ82と、メッシュ電極83を備えている。第8実施形態では、管状部材81の長手方向とメッシュ電極83が平行に配置される。管状部材81の出口側は複数の流路に分岐しており、これら複数の流路はそれぞれ、メッシュ電極83に形成された穴84の近傍に達している。複数の導電性プローブ82は、各導電性プローブ82の長手方向が管状部材81の長手方向と略直交し、各導電性プローブ82の先端が穴84と対向するように配置されている。複数の導電性プローブ82には電圧印加部6から所定の電圧(PESI電圧)が印加される。メッシュ電極83は所定の電位に維持(典型的には接地)される。なお、
図9では、メッシュ電極83の左半分の穴84についてのみ流路を示しているが、右半部の穴84についても同様に流路が接続されている。第8実施形態では、管状部材81が前記試料液誘導部に相当する。
【0038】
第8実施形態のイオン化源80では、管状部材81が有する複数の流路のそれぞれを通じてメッシュ電極83の穴84の近傍に誘導され、該穴84と対向して配置された導電性プローブ82によって帯電されイオン化される。第8実施形態のイオン化源80は、第6実施形態のイオン化源60と第7実施形態のイオン化源70の両方の特徴を兼ね備えたものであり、これらの実施形態のイオン化源で得られる効果の両方を奏する。
【0039】
<第9実施形態>
図10に第9実施形態のイオン化源90を模式的に示す。第9実施形態のイオン化源90は、液体クロマトグラフ2のカラム4の出口に接続された管状部材91と、該管状部材91の出口端の近傍に配置された導電性プローブ92を備えている。管状部材91の外周にはヒータ93が巻き付けられており、加熱部94からヒータ93に電力が供給されることにより管状部材91(及びその中を流通する試料液)が加熱される。第9実施形態では、管状部材91が前記試料液誘導部に相当する。
【0040】
また、導電性プローブ92には電圧印加部95から2種類の所定の電圧(PESI電圧とAPCI電圧)が択一的に印加される。加熱部94からヒータ93への電力の供給、及び電圧印加部95から導電性プローブ92に印加する電圧は、モード切替部96によって制御される。モード切替部96は、例えばコンピュータに予めインストールされた分析制御用プログラムをプロセッサで実行することによりソフトウェア的に具現化される。
【0041】
第9実施形態のイオン化源90は、PESIモードとAPCIモードの2種類のイオン化モードを選択することができる。PESIモードでは、ヒータ93に電力は供給せず(即ち試料液を加熱せず)、導電性プローブ92に所定のPESI電圧を印加する。PESI電圧の大きさは、例えば1~2kVである。また、APCIモードでは、ヒータ93に電力を供給して管状部材91(及びその中を流通する試料液)を加熱し、導電性プローブ92に所定のAPCI電圧を印加する。
【0042】
APCIモードでイオン化する際には、例えば液体クロマトグラフ2の移動相としてイオン化しやすい物質を含むものを用いる。APCIモードでは、ヒータ93は例えば400℃に加熱され、これによって試料液が気化される。気化された試料液に含まれる、イオン化しやすい成分は、所定のAPCI電圧が印加された導電性プローブ92と接触してイオン化する。APCI電圧の大きさは、例えば4kVである。こうして生成されたイオンと分析対象の成分の間で電荷交換が生じることにより分析対象成分がイオン化される。一般に、PESI法はESI法と同様に高極性の化合物のイオン化に適したイオン化法であり、APCI法は低極性の化合物のイオン化に適している。第9実施形態では、分析対象の試料の特性に合わせたイオン化法を選択することによってイオン化効率を高めることができる。
【0043】
<第10実施形態>
図11に第10実施形態のイオン化源100を模式的に示す。第10実施形態のイオン化源100は、液体クロマトグラフ2のカラム4の出口に接続された管状部材101と、該管状部材101の出口側端部を取り囲むように配置された複数本の導電性プローブ102と、該複数本の導電性プローブ102の先端と対向する位置に穴104が形成されたメッシュ電極103を有する。複数の導電性プローブ102は、管状部材101の出口側の端部を取り囲むように放射状に配置されており、それぞれに電圧印加部6から所定の電圧(PESI電圧)が印加される。また、メッシュ電極103は所定の電位に維持(典型的には接地)される。第10実施形態では、管状部材101が前記試料液誘導部に相当する。
【0044】
第10実施形態のイオン化源100では、管状部材101から流出する試料液が、該管状部材101の出口端に隣接する導電性プローブ102に誘導され、さらにその導電性プローブ102に隣接する別の導電性プローブ102へと誘導される。
【0045】
ESI法やPESI法では、イオンサプレッションと呼ばれる現象が起こる場合があることが知られている。イオンサプレッションとは、試料成分のイオン化が抑制される現象であり、その要因は様々であるが、例えば、試料成分と同時に供給される化合物が該試料成分よりもイオン化しやすい場合に、そうした化合物に電荷を奪われ試料成分のイオン化が抑制される場合がある。また、試料液に塩が含まれる場合にも試料成分のイオン化が進行しにくくなる(抑制される)。
【0046】
第10実施形態では、管状部材101から流出する試料液が該管状部材101に近い方から遠い方へと導電性プローブ102間で誘導されていく。そのため、試料成分よりもイオン化しやすい化合物は管状部材101に隣接して位置する導電性プローブ102ですぐにイオン化され、試料成分はそれよりも外側に位置する導電性プローブ102によってイオン化される。また、塩が含まれる場合でも、管状部材101から遠くに位置する導電性プローブ102までは到達しないため、管状部材101から離れて位置する導電性プローブ102では試料成分のイオン化が抑制されることがない。
【0047】
図11では、導電性プローブ102を同心円状に配置する構成を示したが、この配列は適宜に変更することができる。例えば、
図12に示すように、導電性プローブが列をなすように配置し、その中央に位置する導電性プローブに対応する穴114(メッシュ電極113に設けられた穴)の近傍に管状部材111の出口端を配置することができる。あるいは、
図13に示すように、列の端部に配置された導電性プローブに対応する穴124(メッシュ電極に設けられた穴)の近傍に管状部材121の出口端を配置することもできる。これらの構成によっても第10実施形態と同様の効果が得られる。
【0048】
<第11実施形態>
図14に第11実施形態のイオン化源130を模式的に示す。第11実施形態のイオン化源130は、第10実施形態のイオン化源100と同様に、液体クロマトグラフ2のカラム4の出口に接続された管状部材131と複数本の導電性プローブ132とを有する。
図15に側面図、
図16に断面図で示すように、第11実施形態のイオン化源130では、管状部材131の先端に試料液分岐部133が設けられ、該試料液分岐部133の外側(管状部材131と反対側)に複数の導電性プローブ132の先端が位置している。複数の導電性プローブ132は、先端から基端に向かって放射状に配置され、それぞれに電圧印加部6から所定の電圧(PESI電圧)が印加される。また、第11実施形態のイオン化源130は、管状部材131と複数の導電性プローブ132を位置決めして固定するマルチプローブホルダ134を有している。第11実施形態では、管状部材131及び試料液分岐部133が前記試料液誘導部に相当する。
【0049】
図17に試料液分岐部133の構造の一例を示す。
図17中央に示すように、試料液分岐部133は、内側部材135と外側部材136を重ね合わせた構造を有している。
図17左側に示すように、内側部材135は、一方の端面(先端側の端面)に中央が窪んだ凹部が形成された円柱状の部材であり、該凹部の底面はメッシュ状に形成されている。外側部材136は、一方の端面(先端側の端面)がドーム状の凸部が形成され他方の面が開放された中空の円柱状の部材であり、該ドーム状に形成された端面の周縁部には複数の開口1361が設けられている。外側部材136の開口部1361の数と位置は、導電性プローブ132の数及び位置に応じて決められる。外側部材136は、該外側部材136の端面に設けられた開口部1361と導電性プローブ132の先端の位置が一致する(開口1361と導電性プローブ132の先端部が接触又は近接する)ように配置される。内側部材135は、該内側部材135の底面の中央部に管状部材131の出口端が当接するように配置され、外側部材136の内部に収容される。
【0050】
第11実施形態のイオン化源130では、液体クロマトグラフ2のカラム4から流出した試料液が管状部材131に導入される。管状部材131から流出する試料液が試料液分岐部133に達すると、内側部材135の凹部の底面の中央からメッシュ状に形成された底面を広がっていく。そして、メッシュの微細な穴から流出して外側部材136の内部に流れ込み、該外側部材136に設けられた開口部1361から流出する。即ち、管状部材131から流出した試料液が複数の開口部1361へと分岐して流出する。複数の開口部1361から流出する試料液は、各開口部1361の外側に接触又は近接して配置された導電性プローブ132に接触して帯電し、イオン化する。
【0051】
第11実施形態では、管状部材131から流出する試料液は、試料液分岐部133の内側部材135のメッシュ状の部分及び外側部材136に設けられた複数の開口部1361を通じて極微量に分割されるため、導電性プローブ132との接触により容易にイオン化される。
【0052】
<第12実施形態>
図18に第12実施形態のイオン化源140を模式的に示す。第12実施形態のイオン化源140は、第5実施形態のイオン化源50に導電性の接続治具145を追加し、電圧印加部6から接続治具145に所定の電圧を印加するように構成したものである。接続治具145は、液体クロマトグラフ2のカラム4の出口、あるいは該出口に接続された配管(図示略)と管状部材51とを接続する、リング状の治具である。接続治具145には、例えばステンレスからなるものを用いることができる。
【0053】
第12実施形態のイオン化源140では、液体クロマトグラフ2のカラム4から流出した試料液が接続治具145を流れる間に帯電した後、管状部材51に導入される。そして、帯電した試料液によって管状部材51の先端に位置する複数の導電性プローブ52にも電圧が印加され、各導電性プローブ52の表面で試料液がイオン化される。即ち、第12実施形態のイオン化源140では、電圧印加部6から(接続治具145及び試料液を介して)間接的に導電性プローブ52に電圧を印加する。第12実施形態のイオン化源140では、帯電した試料液が管状部材51を流通する間に該試料液内部の電荷が全体に行き渡るため、イオン化効率を安定化することができる。ここでは第5実施形態のイオン化源50の構成を元に説明したが、他の実施形態のイオン化源においても上記同様に接続治具145を追加する等の変更を加えることができる。
【0054】
<コーティング>
従来、エレクトロスプレーイオン化源では、試料液を流通させつつ該試料液を帯電させるために、例えば金属製のキャピラリが用いられている。上記各実施形態のイオン化源においても、試料液が流通する経路となる管状部材や導電性プローブに金属製のものを用いることが可能である。あるいは、導電性の接続治具によりカラム出口と試料液流路を接続し、該接続治具を介して試料液を帯電させる、第12実施形態のイオン化源140では、シリカ等の絶縁性材料からなるキャピラリを用いることもできる。
【0055】
例えば、上記各実施形態のイオン化源において金属製の管状部材や導電性プローブを使用し、超臨界クロマトグラフと組み合わせた場合、その移動相として用いられる二酸化炭素によって金属が腐食され、腐食した成分が試料液に溶けだす可能性がある。また、管状部材としてシリカキャピラリを用いて超臨界流体クロマトグラフと組み合わせた場合には、試料液が流出する際に起こる断熱膨張によって負荷がかかるとシリカキャピラリが損傷しやすい。
【0056】
また、金属製、シリカ製のいずれの管状部材を用いた場合でも、不揮発性の塩を含む試料液を流通させると、流路の内壁に塩が析出し、試料液を安定して送液することができなくなる。さらには、流路の内部が塩によって塞がれ、試料液を送液すること自体ができなくなる場合もある。こうした問題が生じるのを回避するために、従来、塩を含む試料液を分析する際には脱塩の前処理を施してからイオン化源に導入する等の対応を採る場合もあるが、そうした前処理には手間がかかる。
【0057】
そこで、上記各実施形態のイオン化源では、試料液が流通する経路となる管状部材や導電性プローブとして、金属からなる基材の表面に耐薬品性コーティングを施したものを用いることが好ましい。ここでいう耐薬品性コーティングとは、具体的には、例えばガラス(SiO2)系材料のコーティングやフッ素系材料のコーティングである。フッ素系材料としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、テトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)などを用いることができる。例えば、非特許文献1には、溶融シリカキャピラリの先端部と内壁面をフッ素化ポリマーでコーティングしたものが記載されている。
【0058】
従来用いられている、一般的なコーティング処理では、10μmあるいはそれ以上の厚さのフッ素化ポリマーが形成される。しかし、複数の導電性プローブを個別に備えそれらを並列配置した構成、あるいは1本の筒状部材の先端部にスリット加工を施して複数の導電性プローブを一体化した構成を有する、第5~第8実施形態、第10実施形態、及び第12実施形態のイオン化源では、導電性プローブ間の空間やスリットは例えば30μm程度と狭いため、厚さ10μmのコーティングを施すとスリット等の空隙が埋まってしまい、毛細管現象により複数の導電性プローブのそれぞれに試料液を分岐させて流通させるという機能性が失われてしまう。
【0059】
そこで、これらの実施形態では、1μm以下の厚さで薄膜コーティングを形成する。
図19上段に示すように、まず、筒状部材及び導電性プローブを形成する金属製の円筒状の基材を用意する。次に、
図19中段に示すように、基材の先端を絞る又は延ばすことにより先端部を細く成形する。このとき、先端部の内径を100μm以下、好ましくは10~50μm以下まで細くしておく。そして、基材の先端部(例えば先端から長さ5mmの部分)にフェムト秒レーザ光を照射してスリットを形成する。フェムト秒レーザ光以外のレーザ光によってもスリット加工は可能であるが、フェムト秒レーザ光を照射することにより加工時にデブリが発生するのを抑制することができる。その後、基材の表面に付着している加工油等を除去し、所望のコーティング材料(例えばフッ素系材料)に浸漬する。これにより、
図19下段に示すように、基材先端のスリットを形成した部分に位置する導電性プローブと、管状部材の内壁面を1μm以下の厚さでコーティングすることができる。また、基材の先端部を複数回、コーティング材料に浸漬させることにより適宜の厚さに調整することができる。
【0060】
基材が金属管である場合は、コーティング剤の剥離を防止するために、金属管の表面にガラス層を形成し、該ガラス層の表面を上記のようにコーティングするとよい。また、基材がガラス管、樹脂管、あるいはセラミックス材料からなる管など、導電性を有しないものである場合は、試料液に電圧を印加するために、表面に金や白金といった試料液の吸着を抑制可能な導電性材料でコーティングするとよい。金や白金のコーティングは、例えば真空蒸着により行うことができる。
【0061】
さらに、基材先端の、内径が小さく流路が狭い部分では、試料液と管壁の間に働く表面張力によって試料液の流通が妨げられやすい。上記各実施形態のイオン源では、エレクトロスプレーイオン化のようなネブライザガスを用いることなく、微量の試料液を先端から吐出させて電場のみでイオン化することが可能である(従来のESIと同様にネブライザガス等のイオン化を促進するアシストガスを併用することも可能である)。そのため、試料液の流通が妨げられると試料液を吐出する際の抵抗が大きくなり、試料液の吐出量が安定せず、ナノスプレーが安定しなくなる場合がある。上記のように、撥水性を有するフッ素系材料により表面をコーティングすることで、試料液と管壁の間に表面張力が働くのを抑制し、ナノスプレーを安定させることができる。
【0062】
上記のように、各実施形態のイオン源において試料液が流通する経路となる管状部材や導電性プローブ(筒状部材の先端にスリットを形成して管状部材と複数の導電性プローブを一体的に構成したスリットノズルを含む)の表面を適宜の材料でコーティングすることにより、試料液の吸着を抑え、試料液のスプレーを安定させ、更に耐久性の高いイオン源を構成することができる。また、こうしたコーティングにより、上記各部の腐食を抑制することもできる。さらに、金属等、シリカよりも剛性を有する材料の基材を用いると、イオン源への取り付け時に他の部材に接触しても破損しにくくなる。
【0063】
また、測定対象である試料液の種類が予め決まっている場合には、基材の表面、あるいは上記ガラスコーティングやフッ素系コーティングの上に、その種類に応じたコーティングを施すとよい。例えば、測定対象の試料が親水性のものである場合には疎水性の材料のコーティングを施し、測定対象の試料が疎水性のものである場合には親水性の材料のコーティングを施すとよい。親水性の材料としては、例えば親水性のポリマーを用いることができ、疎水性の材料としては、例えばオクタデシルシリル(ODS: Octa Decyl Silyl)基(C18H37Si)を持つ材料を用いることができる。
【0064】
上記実施形態はいずれも一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。上記の各実施形態では管状部材を液体クロマトグラフ2のカラム4の出口に接続する構成を説明したが、カラム4の出口側に予め送液管が設けられている場合には、適宜の接続部材を用いて該送液管に上記管状部材を接続してもよい。そうした接続部材として、例えば特許文献3に記載のイオン化プローブ接続用治具を好適に用いることができる。
また、上記実施形態はいずれも、導電性プローブや試料液誘導部材(管状部材等)の配置に関する個々の特徴を説明するためのものであり、互いに相いれないものを除いて適宜に組み合わせて用いることができる。
さらに、上記の各実施形態では管状部材と導電性プローブを別の部材として図示したが、後述する実施例のように、これらを一体の部材として構成することもできる。
【0065】
次に、本発明者が実際に作製したイオン化装置(実施例)とそのイオン化装置を用いた実験結果について説明する。
【0066】
図20に、本発明者が実施例のイオン化装置において用いるプローブの先端形状について検討した構造を示す。シースフロー型PESI(1本)は、
図3により説明した第2実施形態のイオン化源20に相当する。マルチプローブPESI(5本)は、
図6により説明した第5実施形態のイオン化源50に相当する。マルチスリットESI(8分割)は、第5実施形態の変形例に相当する。マルチスリットESI(8分割)は、従来のマイクロESIノズルで用いられるプローブの先端8本に分割して成形したものである。このプローブは、例えば金属(例えばSUS)からなる管状部材の先端部をフェムト秒レーザ加工機でスリット加工することにより作製することができる。
図21に本発明者が実際に作製したマルチスリットESI(8分割)のプローブの先端部(導電性プローブに相当する部分)のSEM画像を示す。
図21の左側から順に、プローブの基部、中央部、先端部のSEM画像である。
【0067】
本発明者が試料液を導入して行った実験から、シースフロー型PESI(1本)の許容流量(試料液を流出させることなくイオン化可能な試料液の流量)は約0.1μL/min、マルチプローブPESI(5本)の許容流量は約50μL/min、マルチスリットESI(8分割)の許容流量は約400μL/minと推定された。即ち、マルチスリットESI型のプローブを用いると許容流量を増大し、分析スループットを向上することができる。
【0068】
図22は、マルチスリットESI(8分割)の先端からの噴流(ジェット)の写真である。
図22の左図は、内径50μmのプローブの先端にスリットを設け、5μL/minの試料液を導入し、2kVのPESI電圧を印加し噴霧したものである。
図22の中央図は、内径50μmのプローブの先端にスリットを設け、10μL/minの試料液を導入し、4kVのPESI電圧を印加したものである(アシストガスなし)。
図22の右図は、内径50μmのプローブの先端にスリットを設け、50μL/minの試料液を導入し、5kVのPESI電圧を印加しつつアシストガスで噴霧したものである。これらのいずれの条件においても良好なイオン噴流の生成を確認することができた。
【0069】
図23は、本発明者が実際に作製したマルチスリットESI(8分割、slit)と既存のマイクロESIノズル(micro)とを用いてイオンの検出感度を比較した結果である。既存のマイクロESIノズルは、内径10μm程度の金属キャピラリに数kVの電圧を印加し、さらにその周囲に所定量のネブライザガスを導入することで液体試料をキャピラリ先端から噴霧してイオン化するものであり、数μL/min程度の流速に対して最適化されている。マルチスリットESIは、
図20~22において説明したものである。ここでは、水とアセトニトリルを3:7で混合した混合液に対して所定量のレセルピン(濃度1pg/μL)を溶解させた試料液を1μL/min~50μL/minの流量でマルチスリットESIあるいはマイクロESIノズルにインフュージョン送液し、イオン強度相対値を比較した。
【0070】
図23に示す結果から、特に10μL/minの流量で試料液を送液する際にマルチスリットESIを用いると、従来のマイクロESIノズルよりも感度が向上する効果が得られることが分かる。これは、マルチスリットESIでは、プローブ内を流れる試料液がプローブ先端のスリット部分に到達すると毛細管現象により8分割された先端部で試料液が分岐し、各先端部のプローブ表面で試料液に電圧が印加されイオン化効率が向上したものと解釈できる。また、マルチスリットESIでは8つの先端部に試料液が分岐し、各先端部から噴霧される。そのため、マルチスリットESIから噴霧されるスプレーに含まれる液滴は、従来のマイクロESIノズルから噴霧される液滴よりも微細化される。これによって脱溶媒が促進され、またイオンサプレッションも低減する。通常のマイクロESIノズルでも高電圧を印加すればマルチジェットと呼ばれる同様のスプレーが発生しうる。しかし、マイクロESIノズルでは、各ジェットの起点となる部分がないため不規則な現象として発生するのみであり、その再現性は低い。
【0071】
次に、本発明者がプローブの表面へのコーティング処理の効果を確認した結果を説明する。
図24の左側は表面にコーティング処理を施していないスリットノズルに試料液を繰り返し流通させた結果、表面に腐食が生じた状態を撮影した写真であり、
図24の右側はその一部を拡大したものである。一方、
図25は、表面にフッ素系コーティング処理を施したスリットノズルに試料液を繰り返し流通させた後に撮影した写真である。
図24と
図25の比較から、表面にフッ素系コーティング処理を施したことによりスリットノズルの表面の腐食が防止されていることが分かる。
【0072】
図26に、表面にフッ素系コーティング処理を施したスリットノズルとコーティング処理なしのスリットノズルを用いて試料液をイオン化し、生成された全イオンの強度を質量分析装置で測定した結果を示す。試料はレセルピンであり、これをアセトニトリルと水の混合液である移動相に溶解したものを試料液として使用した。
図26に示す結果から分かる通り、表面にフッ素系コーティング処理を施したスリットノズルを用いることにより、イオンの生成量が増大する。なお、移動相には0.1%のギ酸を追加してもよい。
【0073】
図27に、表面にフッ素系コーティング処理を施したスリットノズルとコーティング処理なしのスリットノズルを用いて試料液をイオン化し、生成された全イオンの強度を質量分析装置で繰り返し測定した結果を示す。試料はレセルピンであり、これをアセトニトリルと水の混合液である移動相に溶解したものを試料液として使用した。
図27に示す結果から分かる通り、表面にフッ素系コーティング処理を施したスリットノズルを用いることにより、イオンの生成量が増大し(ピーク高さ、ピーク面積ともに大きくなり)、また、測定回毎のばらつきも小さくなる(即ちスプレーが安定する)。なお、移動相には0.1%のギ酸を追加してもよい。
【0074】
[態様]
以上、図面を参照して本発明における種々の実施形態を詳細に説明したが、最後に、本発明の種々の態様について説明する。
【0075】
(第1項)
本発明の第1項のイオン分析装置は、液体クロマトグラフのカラムから流出する試料液をイオン化するために用いられるイオン化装置であって、
導電性プローブと、
前記導電性プローブによりプローブエレクトロスプレーイオン化を行う所定の電圧を印加する電圧印加部と、
前記カラムから流出する試料液を前記導電性プローブに誘導する試料液誘導部と
を備える。
【0076】
本発明の第1項のイオン化装置では、電圧印加部から導電性プローブに所定の電圧を印加しつつ、液体クロマトグラフのカラムから流出する試料液を試料液誘導部によって導電性プローブに誘導する。この導電性プローブは、ESIノズルのように試料液が内部を流通するものではなく試料液を帯電させるために用いられる。導電性プローブに誘導された試料液は該プローブの表面を流れるうちに帯電されイオン化する。従来のESI法ではESIノズル内に試料液を流通させ該ノズルの内径面のみで試料液を帯電するのに対し、第1項のイオン化プローブでは試料液誘導部によって試料液を導電性プローブに誘導し、該導電性プローブの表面全体で試料液を帯電させ、プローブエレクトロスプレーイオン化するため、ESIノズルを用いるよりもイオン効率が高くなる。また、ナノESIのように試料液の流量を制限する必要がないため、測定のスループットが高くなる。さらに、細径のキャピラリを使用する必要もなく、十分な耐久性を確保することができる。なお、上記電圧印加部は、導電性プローブに直接、PESI電圧を供給するものであっても良く、間接的に(例えば後述する例のように、導電性の接続治具及び試料液を介して)導電性プローブにPESI電圧を印加するものであってもよい。
【0077】
(第2項)
本発明の第2項のイオン化装置は、上記第1項のイオン化装置において、
前記試料液誘導部が、前記試料液が内部に導入され、出口端に前記導電性プローブが同軸に配置される管状部材を有する。
【0078】
本発明の第2項のイオン化装置では、試料液誘導部が有する管状部材の出口端に、導電性プローブが同軸に配置されており、試料液が導電性プローブの表面の広い範囲で接触して帯電するため、イオン化効率が向上する。
【0079】
(第3項)
本発明の第3項のイオン化装置は、上記第1項のイオン化装置において、
前記試料液誘導部が、前記試料液が内部に導入される管状部材を有し、該管状部材と独立して配置された前記導電性プローブの先端部に前記試料液を誘導する。
【0080】
本発明の第3項のイオン化装置では、試料液誘導部が有する管状部材から導電性プローブの先端部に試料液を誘導する。プローブの先端部には電荷が集中しやすいことから該先端部で試料液を効率よくイオン化することができる。
【0081】
(第4項)
本発明の第4項のイオン化装置は、上記第1項から第3項のいずれかのイオン化装置において、
前記導電性プローブの表面の少なくとも一部に溝が形成されている。
【0082】
本発明の第4項のイオン化装置では、表面に溝が形成されていることで試料液と接触する導電性プローブの表面積が大きくなり、導電性プローブの表面に形成された溝を試料液が流れることで該試料液が帯電しイオン化しやすくなる。
【0083】
(第5項)
本発明の第5項のイオン化装置は、上記第1項のイオン化装置において、
前記試料液誘導部が、内部を試料液が流通し、少なくとも一部が導電性を有する管状部材と、前記所定の電圧と所定の電位差を有する電圧を該管状部材に印加する第2電圧印加部を含む。
【0084】
本発明の第5項のイオン化装置では、導電性プローブだけでなく、試料液誘導部においても試料液が帯電されるため、試料液がよりイオン化しやすくなる。
【0085】
(第6項)
本発明の第6項のイオン化装置は、上記第5項のイオン化装置において、
前記管状部材に印加する電圧及び前記導電性プローブに印加する電圧の少なくとも一方を変更可能である。
【0086】
本発明の第6項のイオン化装置では、管状部材に印加する電圧及び導電性プローブに印加する電圧の少なくとも一方を変更して両者の大小関係を逆にすることでシャッターとして用いることもできる。
【0087】
(第7項)
本発明の第7項のイオン化装置は、上記第1項から第6項のいずれかのイオン化装置において、
複数の前記導電性プローブが並列に設けられている。
【0088】
本発明の第7項のイオン化装置では、複数の導電性プローブが並列に設けられているため、1本の導電性プローブを用いるよりも試料液が帯電されやすく、試料液がよりイオン化しやすくなる。
【0089】
(第8項)
本発明の第8項のイオン化装置は、上記第7項のイオン化装置において、
前記試料液誘導部が、前記試料液を前記複数の導電性プローブに誘導する複数の流路を有する。
【0090】
本発明の第8項のイオン化装置では、複数の導電性プローブに試料液を誘導する流路が複数設けられているため、該複数の導電性プローブに誘導される試料液が分散されて帯電効率が向上し、よりイオン化しやすくなる。
【0091】
(第9項)
本発明の第9項のイオン化装置は、上記第7項又は第8項のイオン化装置において、さらに、
前記複数の導電性プローブの先端と対向して配置される、又は該先端が挿入される、複数の穴が形成され、所定の電位に維持されるメッシュ電極
を備える。
【0092】
本発明の第9項のイオン化装置では、複数の穴が形成され所定の電位に維持されるメッシュ電極が、複数の導電性プローブの先端と対向して配置される、又は該先端が挿入されるため、隣接する導電性プローブ間での電場干渉が低減され、イオン化効率が安定化する。
【0093】
(第10項)
本発明の第10項のイオン化装置は、上記第9項のイオン化装置において、
前記試料液誘導部が、前記複数の穴のそれぞれに前記試料液を誘導するように設けられている。
【0094】
本発明の第10項のイオン化装置では、メッシュ電極に形成され、導電性プローブの先端と対向する、又は該先端が導入される穴に試料液が誘導されるため、試料液が導電性プローブにより確実に誘導されイオン化効率が向上する。
【0095】
(第11項)
本発明の第11項のイオン化装置は、上記第1項から第10項のいずれかのイオン化装置において、
前記試料液誘導部が、前記試料液を加熱する加熱部を有し、
さらに、
前記加熱部を動作させることなく前記電圧印加部から前記導電性プローブに第1の所定の電圧を印加するPESIモードと、前記加熱部を動作させつつ前記電圧印加部から前記導電性プローブに前記第1の所定の電圧よりも絶対値が大きい第2の所定の電圧を印加するAPCIモードとを切り替えるモード切替部
を備える。
【0096】
本発明の第11項のイオン化装置では、試料液に含まれる成分の特性に応じてPESIとAPCIを使い分けることができる。
【0097】
(第12項)
本発明の第12項のイオン化装置は、上記第7項のイオン化装置において、
前記試料液誘導部が、前記試料液が内部を流通する管状部材を有し、該管状部材が前記複数の導電性プローブのうちの少なくとも1本に前記試料液を誘導するように配置されており、さらに、前記管状部材から流出する前記試料液を前記少なくとも1本の導電性プローブから他の導電性プローブへと誘導するプローブ間誘導部を有している。
【0098】
(第13項)
本発明の第13項のイオン化装置は、上記第12項のイオン化装置において、
前記複数の導電性プローブが、所定の軸を取り囲むように、該導電性プローブの長手方向に平行に、かつ該複数の導電性プローブの先端が放射状に位置するように配置されており、
前記プローブ間誘導部が、前記管状部材から流出する試料液を該所定の軸から遠ざかる方向に誘導する。
【0099】
(第14項)
本発明の第14項のイオン化装置は、上記第12項のイオン化装置において、
前記複数の導電性プローブが列をなすように配置されており、
前記管状部材が、前記列の中央又は端部に位置する導電性プローブに前記試料液を誘導するように配置されており、
前記プローブ間誘導部が、前記管状部材から流出する試料液を隣接して位置する導電性プローブに誘導する。
【0100】
本発明の第12項から第14項のイオン化装置では、プローブ間誘導部によって試料液が導電性プローブ間で誘導されるため、より多くの導電性プローブにより試料液を帯電させイオン化することができる。
【0101】
(第15項)
本発明の第15項のイオン化装置は、上記第7項から第14項のいずれかのイオン化装置において、
前記試料誘導部が、前記試料液が内部を流通する管状部材と、該管状部材の先端部に設けられ該管状部材から流出する試料液を複数の流出口に向かわせる試料液分岐部とを有し、
前記複数の導電性プローブが前記試料誘導部を取り囲むように配置され、該複数の導電性プローブのそれぞれの先端が、前記複数の流出口のいずれかに接触又は近接配置される。
【0102】
本発明の第15項のイオン化装置では、試料液分岐部によって試料液が複数の流出口に導かれ、該複数の流出口に接触又は近接配置された導電性プローブによって効率よくイオン化される。
【0103】
(第16項)
本発明の第16項のイオン化装置は、上記第15項のイオン化装置において、さらに、前記管状部材、前記試料液分岐部、及び前記複数の導電性プローブを位置決めするホルダを有する。
【0104】
本発明の第16項のイオン化装置では、ホルダによって管状部材、試料液分岐部、及び複数の導電性プローブが位置決めされるため、複数の流出口から流出する試料液をより確実にイオン化することができる。
【0105】
(第17項)
本発明の第17項のイオン化装置は、上記第7項から第16項のいずれかのイオン化装置において、
先端側に1乃至複数のスリットが形成された筒状部材を備え、該筒状部材のうちスリットが形成されていない部分が、前記試料液が内部を流通する管状部材として、スリットが形成されている部分が前記複数の導電性プローブとして構成されている。
【0106】
第17項のイオン化装置では、管状部材と複数の導電性プローブが一体的に構成されるため、管状部材から流出する試料液をより確実に複数の導電性プローブに導くことができる。
【0107】
(第18項)
本発明の第18項のイオン化装置は、上記第1項から第17項のいずれかのイオン化装置において、
前記試料液誘導部が、前記試料液が内部を流通する管状部材を有し、
前記管状部材及び前記導電性プローブのうちの少なくとも一方について、表面の少なくとも一部が前記試料液の吸着を抑制する材料によりコーティングされている。
【0108】
(第19項)
本発明の第19項のイオン化装置は、上記第18項のイオン化装置において、
前記材料がフッ素系材料又はガラス系材料である。
【0109】
(第20項)
本発明の第20項のイオン化装置は、上記第19項のイオン化装置において、
前記フッ素系材料が、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、及びテトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)のいずれかである。
【0110】
第18項のイオン化装置では、管状部材及び/又は導電性プローブの表面の少なくとも一部がコーティングされているため、試料液の吸着による管の詰まりや腐食を抑制することができる。コーティングの材料としては、例えば第19項のイオン化装置のように、フッ素系材料又はガラス系材料を用いることができる。また、フッ素系材料としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン・パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、テトラフルオロエチレン・ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、及びテトラフルオロエチレン・エチレン共重合体(ETFE)のいずれかを用いることができる。
【0111】
(第21項)
本発明の第21項のイオン化装置は、上記第19項又は第20項のイオン化装置において、
前記フッ素系材料又は前記ガラス系材料からなるコーティングの上に、さらに、疎水性材料又は親水性材料からなるコーティングが施されている。
【0112】
第21項のイオン化装置では、疎水性材料又は親水性材料からなるコーティングが施されているため、試料液の特性に応じたものを使用することにより、試料液の吸着をより一層抑制することができる。
【0113】
(第22項)
本発明の第22項のイオン化装置は、上記第18項から第21項のいずれかのイオン化装置において、
金属製の筒状部材の一端を延伸することにより該一端側が細く成形され、該一端側にレーザ加工により1乃至複数のスリットが形成されることにより、該筒状部材のうちスリットが形成されていない部分が前記試料液が内部を流通する管状部材として、スリットが形成されている部分が複数の前記導電性プローブとして構成されており、該一端側をコーティング材料に1乃至複数回浸漬することにより前記コーティングされている。
【0114】
(第23項)
本発明の第23項のイオン化装置は、上記第22項のイオン化装置において、
前記コーティングの厚さが1μm以下である。
【0115】
(第24項)
本発明の第24項のイオン化装置は、上記第22項又は第23項のイオン化装置において、
前記一端側の開口部の内径が100μm以下である。
【0116】
第22項のイオン化装置では、金属製の筒状部材の一端(先端)が細く(例えば第24項のイオン化装置では先端部の開口の内径が100μm以下となるように)成形されているため、試料液の送液量を抑え、より確実にイオン化することができる。また、筒状部材の一端側(先端側)をコーティング材料に浸漬させることにより表面をコーティングするため、薄く(例えば第23項のイオン化装置では厚さ1μm以下で)コーティングすることができる。また、浸漬する回数を変更することによりコーティングの厚さを調整することもできる。
【符号の説明】
【0117】
1…液体クロマトグラフ質量分析装置
2…液体クロマトグラフ
3…質量分析装置
4…カラム
5、10、20、30、40、50、60、70、80、90、100…イオン化源
6、95…電圧印加部
11、21、31、41、51、61、71、81、91、101…管状部材
12、22、32、42、52、62、72、82、92、102…導電性プローブ
33…溝部
43…第1電圧印加部
44…第2電圧印加部
45…電圧変更部
73、83、103、113、123…メッシュ電極
74、84、104、114、124…穴
93…ヒータ
94…加熱部
96…モード切替部135…接続治具