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特許7294672不飽和ウロン酸還元酵素とアルギン酸誘導体の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-06-12
(45)【発行日】2023-06-20
(54)【発明の名称】不飽和ウロン酸還元酵素とアルギン酸誘導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/53 20060101AFI20230613BHJP
   C12P 7/60 20060101ALI20230613BHJP
   C12N 9/02 20060101ALI20230613BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20230613BHJP
【FI】
C12N15/53
C12P7/60 ZNA
C12N9/02
C12N15/63 Z
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2020503649
(86)(22)【出願日】2019-03-01
(86)【国際出願番号】 JP2019008131
(87)【国際公開番号】W WO2019168161
(87)【国際公開日】2019-09-06
【審査請求日】2021-12-16
(31)【優先権主張番号】P 2018037178
(32)【優先日】2018-03-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(74)【代理人】
【識別番号】100108280
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 洋平
(72)【発明者】
【氏名】三宅 英雄
(72)【発明者】
【氏名】柴田 敏行
(72)【発明者】
【氏名】田中 礼士
(72)【発明者】
【氏名】濱地 野乃香
【審査官】原 大樹
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/175694(WO,A1)
【文献】Marine Drugs,2015, Vol.13,p.493-508
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12P
MEDLINE/BIOSIS/EMBASE/CAplus(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
GenBank/EMBL/DDBJ/GeneSeq
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
4-deoxy-L-erythro-5-hexoseuloseuronic acid(DEH)に対し、配列番号2に記載のアミノ酸配列を備え、DEH還元活性を備えたポリペプチドを接触させることで2-keto-3-deoxy-D-gluconate(KDG)を製造するKDGの製造方法。
【請求項2】
配列番号1に記載の塩基配列を有するDNA、配列番号2に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列を有するDNAを発現可能な形で組み込んだ4-deoxy-L-erythro-5-hexoseuloseuronic acid(DEH)還元酵素発現用プラスミド。
【請求項3】
請求項2に記載のDEH還元酵素発現用プラスミドが大腸菌用のものであり、当該プラスミドを大腸菌に組み込んだ後に、DEH還元酵素を発現させる酵素誘導工程、誘導されたDEH還元酵素を精製する酵素精製工程、を備えたDEH還元酵素の製造方法。
【請求項4】
(a)アルギン酸に対し、(1)配列番号5に示されるアミノ酸配列を備え、エキソ型アルギン酸リアーゼ活性を有するポリペプチドと、(2)配列番号6に示されるアミノ酸配列を備え、エンド型アルギン酸リアーゼ活性を有するポリペプチドと、(3)配列番号2に記載のアミノ酸配列を備え、4-deoxy-L-erythro-5-hexoseulose uronic acid(DEH)還元活性を有するポリペプチドとを接触させる酵素添加工程と、(b)前記アルギン酸と三種類のポリペプチドの混合物を前記エキソ型アルギン酸リアーゼ活性とエンド型アルギン酸リアーゼ活性とDEH還元活性が働く温度で保持する酵素作用工程と、を備える2-keto-3-deoxy-D-gluconate(KDG)の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、不飽和ウロン酸である4-デオキシ-L-エリスロ-5-ヘキソセウロース・ウロン酸(4-deoxy-L-erythro-5-hexoseulose uronic acid:DEH)還元酵素の生産とアルギン酸からアルギン酸誘導体である2-ケト-3-デオキシ-D-グルコン酸(2-keto-3-deoxy-D-gluconate:KDG)の製造方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
世界の水生植物の種類別生産量の割合を見ると、700万トン中68.6%を褐藻類が占め、その構成多糖類はアルギン酸が最も多く、約30%である。褐藻類はコンブやワカメなど一部は食用として利用されているが、大部分は未利用資源である。褐藻類は、耕地や新鮮な水、肥料を必要とせず、天然でゲル状に存在しているため、陸生バイオマスに比べると容易に酵素反応を行えるなどの利点が注目されている。特に日本は国土が海に囲まれ、世界でも有数の海洋面積を誇ることから、褐藻類の利用ができれば安定した原料供給源と成り得る。また、褐藻類の構成多糖類としてはアルギン酸が最も多いことから、アルギン酸の利用が重要となってくる。
【0003】
アルギン酸はβ-D-マンヌロン酸とそのC5エピマーであるα-L-グルロン酸の2種のウロン酸がグリコシド結合で結合した直鎖状のポリマーであり、β-D-マンヌロン酸が結合したpoly(M)ブロック、α-L-グルロン酸が結合したpoly(G)ブロック、β-D-マンヌロン酸とα-L-グルロン酸が交互に結合したpoly(M・G)ブロックによって構成されており(図1)、その分子量は20万~200万程度である。アルギン酸は、エンド型とエキソ型のアルギン酸リアーゼによってアルギン酸単糖である不飽和ウロン酸にまで分解され、そのピラノース環が開裂した4-deoxy-L-erythro-5-hexoseulose uronic acid(DEH)を生成する。その後、DEHはDEH還元酵素(DehR ; DEH reductase)と、補酵素であるNADHまたはNADPHによってDEHを還元することで2-keto-3-deoxy-D-gluconate(KDG)を生成する(図2)。KDGは解糖系とよく似たEntner-Doudoroff経路によりピルビン酸にまで代謝される。一方、KDGは、陸上の植物の細胞壁や中葉に含まれるペクチンを代謝する微生物においても生成される。しかし、海中の褐藻類に含まれるアルギン酸からアルギン酸資化性微生物の代謝関連酵素を使用して生産するほうが、ペクチンから生産する場合に比べて、使用する酵素の種類が少なく、容易にKDGを生産できる。但し、研究報告数としては、ペクチンからKDGを生産する経路が圧倒的に多く、アルギン酸からKDGを生産する経路については極めて少なかった。
【0004】
本発明者の研究により、アルギン酸からDEHを生産することが可能となっている(特許文献1)。このため、DEH還元酵素の大量生産が可能となれば、KDGの大量生産が可能になると考えられる。DEHもKDGもアルギン酸資化性微生物の中間代謝物であり、天然物からこれらを取り出すことは困難である。また、DEHとKDGは単糖もしくは単糖からの誘導体であり希少糖である。現時点においてはDEHは販売されておらず、KDGは市販されているものの非常に高価である。アルギン酸からDEHに至る前のアルギン酸オリゴ糖は、ヒト表皮角化細胞賦活化作用、ET-1、MMP-9産生抑制作用、繊維芽細胞増殖促進剤などの様々な機能性を有しており、化粧品原料や機能性食品などアンチエージング効果として使用されている。DEHやKDGにおいても同様の効果が期待されているので、これらの物質を大量かつ安価に製造する方法が望まれていた。
【0005】
褐藻類からKDGの大量生産が可能になれば、バイオリファイナリーへの応用が期待できる。KDGはEntner-Doudoroff経路によってピルビン酸となり、ピルビン酸からは様々な有機酸やアルコール、脂肪酸の生成が可能になる。褐藻類の養殖には、広大な土地、水、肥料は必要ないので、バイオマスとして褐藻類を使用しても食糧や燃料の重大な衝突は起こらない。褐藻類からのKDG生産経路が確立されれば、国内調達が可能なバイオマスとしての利用が期待できる。アルギン酸やその代謝産物は、大腸菌や酵母の遺伝子組換えによるエタノール発酵のための炭素源としても使用されている。DEHと異なり多くの細菌がKDGを同化できるため、DEH還元酵素は細菌におけるアルギン酸代謝のための重要な酵素である。
【0006】
公知のDEH還元酵素は数例に過ぎず、KDGをLC/MSにより同定している論文は、A1-R(非特許文献1,2)、FlRed(非特許文献3)、HdRed(非特許文献4)の3例しかない。更に上記3個の酵素のうち、反応速度論的解析が行なわれているものはA1-Rのみである。このように、KDGを大量生産するためには、DEH還元酵素が必要不可欠であるが、DEH還元酵素に関する情報は限られていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】WO2017/175694号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Takase, R., Ochiai, A., Mikami, B., Hashimoto, W., and Murata, K. (2010) Molecular identification of unsaturated uronate reductase prerequisite for alginate metabolism in Sphingomonas sp. A1. Biochim. Biophys. Acta, 9, 27
【文献】Takase, R., Mikami, B., Kawai, S., Murata, K., and Hashimoto, W. (2014) Structure-based conversion of the coenzyme requirement of a short-chain dehydrogenase/reductase involved in bacterial alginate metabolism. J. Biol. Chem., 289, 33198-33214
【文献】Inoue, A., Nishiyama, R., Mochizuki, S., and Ojima, T. (2015) Identification of a 4-deoxy-L-erythro-5-hexoseulose uronic acid reductase, FlRed, in an alginolytic bacterium Flavobacterium sp. strain UMI-01. Mar. Drugs, 13, 493-508
【文献】Mochizuki, S., Nishiyama, R., Inoue, A., and Ojima, T. (2015) A novel aldo-keto reductase, HdRed, from the pacific abalone Haliotis discus hannai, which reduces alginate-derived 4-Deoxy-L-erythro-5-hexoseulose uronic acid to 2-keto-3-deoxy-D-gluconate. J. Biol. Chem., 290, 30962-30974
【文献】Tanaka, R., Cleenwerck, I., Mizutani, Y., Iehata, S., Shibata, T., Miyake, H., Mori, T., Tamaru, Y., Ueda, M., Bossier, P., and Vandamme, P. (2015) Formosa haliotis sp. nov., a brown-alga-degrading bacterium isolated from the gut of the abalone Haliotis gigantea. Int. J Syst. Evo.l Microbiol., 65, 4388-4393
【文献】Tanaka, R., Mizutani, Y., Shibata, T., Miyake, H., Iehata, S., Mori, T., Kuroda, K., and Ueda, M. (2016) Genome Sequence of Formosa haliotis Strain MA1, a Brown Alga-Degrading Bacterium Isolated from the Gut of Abalone Haliotis gigantea. Genome Announc., 4, 01312-01316
【文献】Takase, R., Mikami, B., Kawai, S., Murata, K., and Hashimoto, W. (2014) Structure-based conversion of the coenzyme requirement of a short-chain dehydrogenase/reductase involved in bacterial alginate metabolism. J. Biol. Chem., 289, 33198-33214
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明者の一人である田中礼士により、アワビの消化管から新種の海藻体崩壊性細菌Formosa haliotis MA1株が単離され、高いアルギン酸資化能力を有していることが示された(非特許文献5)。この株の全ゲノム解析の結果、アルギン酸分解酵素遺伝子クラスターの中に2つのshort-chain dehydrogenases/reductases(SDR)と推定される遺伝子sdr1とsdr2が発見された(図3)。しかしながら、これらの遺伝子がタンパク質として発現された場合の機能については不明のままであった。そこで、sdr1がDEH還元酵素として働くかを調べるため、SDR1の組換え体を作製し、反応生成物の同定を行い、酵素化学的な諸性質を調べた。
本発明は、上記した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、DEHを還元してKDGを生産する酵素を用いて、効率よくKDGを製産する方法等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための発明に係るKDGの製造方法は、不飽和ウロン酸である4-deoxy-L-erythro-5-hexoseulose uronic acid(DEH)に対し、配列番号2に記載のアミノ酸配列を備えたポリペプチド又は当該アミノ酸配列と少なくとも85%以上の相同性を有するアミノ酸配列を備えDEH還元活性を備えたポリペプチドを接触させることでアルギン酸誘導体である2-keto-3-deoxy-D-gluconate(KDG)を製造することを特徴とする。
この発明によれば、DEHから90%以上の高効率でKDGを製造することができる。
また、別の発明の係る4-deoxy-L-erythro-5-hexoseulose uronic acid(DEH)還元酵素発現用プラスミドは、配列番号1に記載の塩基配列を有するDNA、配列番号2に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列を有するDNA又は配列番号2に記載のアミノ酸配列と少なくとも85%以上の相同性を有するアミノ酸配列を備えDEH還元活性を備えたポリペプチドをコードするDNAを発現可能な形で組み込んだことを特徴とする。
この発明によれば、適当な宿主(微生物(大腸菌、酵母など)、培養細胞(動物細胞、植物細胞、昆虫細胞など)、生物個体など)を用いて、DEH還元酵素を生産することができる。
【0011】
また、別の発明に係るDEH還元酵素の製造方法は、上記DEH還元酵素発現用プラスミドが大腸菌用のものであり、当該プラスミドを大腸菌に組み込んだ後に、DEH還元酵素を発現させる酵素誘導工程、誘導されたDEH還元酵素を精製する酵素精製工程、を備えたことを特徴とする。
この発明によれば、大腸菌を用いて、DEH還元酵素を早期に大量かつ安価に製造できる。
また、別の発明に係るKDGの製造方法は、(a)アルギン酸に対し、(1)配列番号5に示されるアミノ酸配列を備えたポリペプチド又は当該アミノ酸配列と少なくとも90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を備えエキソ型アルギン酸リアーゼ活性を有するポリペプチドと、(2)配列番号6に示されるアミノ酸配列を備えたポリペプチド又は当該アミノ酸配列と少なくとも90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を備えエンド型アルギン酸リアーゼ活性を有するポリペプチドと、(3)配列番号2に記載のアミノ酸配列を備えたポリペプチド又は当該アミノ酸配列と少なくとも85%以上の相同性を有するアミノ酸配列を備え4-deoxy-L-erythro-5-hexoseulose uronic acid(DEH)還元活性を有するポリペプチドとを接触させる酵素添加工程と、(b)前記アルギン酸と三種類のポリペプチドの混合物を前記エキソ型アルギン酸リアーゼ活性とエンド型アルギン酸リアーゼ活性とDEH還元活性が働く温度で保持する酵素作用工程と、を備えることを特徴とする。
【0012】
配列番号5に示すアミノ酸配列(MSTENKSRSNLFPLDEPKAGRLTIQYGPLETTTLIENPPRFSWLPVIEDGATYALRISTDPEYSAANTLLFSGIQLNFFTPDAPLAAGTWYWSYAQCDASGKPVTEWSTSRRITLDEGLPQTPLAPRKTRFDAATRAHPRLWMDGGRLEQFRKDVAADPTHCTWSTFFEGSVLPWMDRDIIEEPVGYPDHKRVAKIWRKVYIECQELMYAIRHLAVGGQVTQDAAMLARAKEWLLSAARWNPAGTTSRAYTDEWAFRVNLALAWGYDWLYDQLDEDERTLVRTALLERTRQTADHLMRHASIHLFPFDSHAVRAVSAVLIPACIALLDDEPEAEDWLNYAVEFLFTVYSPWGDHDGGWAEGPHYWMTGMAYLIDAANLLRGWSGIDLYQRPFFQKTGDFPLYTKAPDTRRATFGDDSTMGDLPAIKVGYNLRQYAGVTGNGAYQWYYDEILRTNPGTEMAFYNWGWWDFRFDEMLYRTDFPIVEAVPPADEDALRWFKGIGWVAIQHRMQAPDEHVQFVFKSSPYGSISHSHGDQNAFCLSAFGEDLAIQSGHYVAFNSTMHQNWRRQTLSKNAILIDGKGQYAGKDKAIAMQSTGKVNIAEDRGDHIFLQGDATEAYRTLSPEVRSVVRDVYFVNREYFVIVDAIDADTPVSIDWRLHANAPFNLGDSSFRYTGEKAGFYGQILWSEAGPAELTQETGFPDVDPSEIEGLPVSTCLTARFPKSTRHRIATLIVPYALDAPRRIFSFLDDQGYDCDLYFTDANDNSFRVIVPKTFDVGTPGIKNN)は、エキソ型アルギン酸リアーゼ活性を持つポリペプチドとして、特許文献1に開示されている。
【0013】
また、配列番号6に示すアミノ酸配列(MSLKLRTFCLAGTATIFVALPSTYALAAGTGACTGVSQLAIVSASDDGTFDDIYAPEFAIDGEFGPSSRWSSLGEGKQLVLDLGEPQTVSEVGLAWYKGNERTSSFTLEASNDGENWMPLMDRTESAGKSEAVEKYSFDATEARYVRVTGMGNSASGWNSLYEAQVFGCGSGEIAATGDGSGEVKEADVSAYGLRTDVPPSENFDLTHWKLTLPADRDNDGKVDEIEEEELQGWSDPRFFYTDPATGGMVFRTAPDGKTTSGSHYTRSELREMIRGGDKSIATRVDDGTPNKNNWVFSTAPEEAQALAGGVDGTMTATLAVNHVTRTGESGKIGRVIIGQIHAMDDEPIRLYYRKLPTNKYGSIYFAHEPVGGDDDLVNVIGDRGSDIDNPADGIALDEVFSYEIKVTSEEKDGELHPILNVSITRDDGTVVKAEPYDMFESGYSTDKDFMYFKAGAYSQNNSITWPDDFDQVTFYALDVTHGE)は、エンド型アルギン酸リアーゼ活性を持つポリペプチドとして、特許文献1に開示されている。
この発明によれば、3種類の酵素を添加するだけで、アルギン酸からKDGを製造できる。
【0014】
アミノ酸配列の相同性としては、少なくとも85%、86%、87%、88%、89%、90%、91%、92%、93%、94%、より好ましくは95%、96%、97%、98%若しくは99%、又は100%同一である。
配列番号2に示されるアミノ酸配列を備えたポリペプチド又は当該アミノ酸配列と少なくとも85%以上の相同性を有するアミノ酸配列を備えDEH還元活性を備えたポリペプチドは、当然にDEH還元活性を有する。
配列番号2に示すアミノ酸配列を持つポリペプチドは、SDR1として公知であるが、その活性は不明のままであった。今回、本発明者の研究によって初めて、DEHを還元してKDGとする活性を有することが明らかとなった。
配列番号2に示すアミノ酸配列と少なくとも85%以上の相同性を有するアミノ酸配列を持つポリペプチドは、配列番号2に示すアミノ酸配列を有するポリペプチドのDEH還元活性と比べて、30%以上、好ましくは50%以上又は70%以上のDEH還元活性を有する。
【0015】
上記アミノ酸配列を備えDEH還元活性を備えたポリペプチドをコードするDNAとは、配列番号1に記載の塩基配列そのもの、配列番号2に示されるアミノ酸配列を備えたポリペプチド又は当該アミノ酸配列と少なくとも85%以上の相同性を有するアミノ酸配列を備えDEH還元活性を備えたポリペプチドをコードするDNAを意味する。DNAは、3個の連続する塩基が一つのアミノ酸をコードしており、アミノ酸の種類によっては、複数のコードが対応しうる。DNA配列は、上記ポリペプチドをコードするものであれば、遺伝暗号を参照して、適当な配列を指定できる。但し、発現に用いる発現用ベクターの安定性・発現系に応じて、タンパク質発現性の良好なものを指定することが好ましい。細菌(大腸菌を含む)で発現するベクターを用いる場合には、配列番号2のアミノ酸配列をコードするDNAとして、配列番号1に示すものを使用できる。
【0016】
配列番号2に示すアミノ酸配列を持つポリペプチドは、DEH還元活性を有する新規の酵素である。このアミノ酸配列は、公知のSDRのスーパーファミリーに属する多様な酵素のアミノ酸配列と比較して20~30%程度の相同性しか示さなかった。酵素活性は、従来のものに比べ、十分に強いものであった。
配列番号2に示すアミノ酸配列と少なくとも90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を持つポリペプチドは、配列番号2に示すアミノ酸配列を有するポリペプチドのDEH還元活性と比べて、30%以上、好ましくは50%以上又は70%以上のDEH還元活性を有する。
配列番号7にはsdr2のDNA配列を、配列番号8にはSDR2のアミノ酸配列を示した。配列番号8に示すアミノ酸配列を持つポリペプチドは、SDR2として公知であるが、その活性は不明のままであった。当該ポリペプチドについても、DEHを還元してKDGとする活性を有する可能性が高い。配列番号8に記載のアミノ酸配列を備えたポリペプチド又は当該アミノ酸配列と少なくとも85%以上の相同性を有するアミノ酸配列を備えDEH還元活性を備えたポリペプチドは、SDR1またはSDR1と同様の活性を有するポリペプチドと同様に用いることができる。また、配列番号8に記載のアミノ酸配列をコードする塩基配列を有するDNA又は配列番号8に記載のアミノ酸配列と少なくとも85%以上の相同性を有するアミノ酸配列を備えDEH還元活性を備えたポリペプチドをコードするDNAは、sdr1と同様に、発現可能な形で微生物(大腸菌など)に組み込んで、DEH還元酵素発現用プラスミドとして利用できる。その場合に、配列番号8のアミノ酸配列をコードするDNAとして、配列番号7に示すものを使用できる。
【0017】
本発明において、「アルギン酸」とは、KDGを製造するための出発材料として使用するものを意味し、褐藻類から得られたアルギン酸やエンド型アルギン酸リアーゼによって部分的に分解されたアルギン酸(例えばオリゴ糖)が含まれる。
本発明において、ポリペプチドを「接触させる」とは、ポリペプチドが有する酵素活性を示す状態で、基質(DEHまたはアルギン酸)とポリペプチドとを固体、水溶液又は懸濁液のいずれかの形態で混合することを意味する。基質と三種類のポリペプチドは、混合する前にそれぞれ異なる形態であっても良い。
【0018】
本発明において、「アルギン酸リアーゼ活性とDEH還元活性が働く温度」とは、ポリペプチドが持つアルギン酸リアーゼ活性とDEH還元活性が失われることなく、所定の時間(例えば、72時間以下、好ましくは24時間以下、更に好ましくは3時間以下)作用し得る温度のことを意味する。温度条件については、その他の反応条件(例えば、アルギン酸濃度、ポリペプチドの濃度、水溶液の種類(アルギン酸とポリペプチド以外の成分を含まない水、適当な塩を含む水溶液など)などの条件を含む)に応じて、適宜に決定できる。
アルギン酸に三種類のポリペプチド(エンド型アルギン酸リアーゼ、エキソ型アルギン酸リアーゼ、DEH還元酵素)を接触させる場合には、三種類のポリペプチドを同時に接触させることもできるし、適当な順序で接触させることもできる。適当な順序で接触させる場合には、(1)まず、アルギン酸とエンド型アルギン酸リアーゼとエキソ型アルギン酸リアーゼとを混合し、適当な反応条件(温度、pHなど)で処理することで、多くの(殆どの)アルギン酸をDEHとした後に、(2)DEH還元酵素を添加して、別の適当な反応条件(温度、pHなど)で処理することで、効率よくDEHをKDGに還元する。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、DEHからKDGを効率よく製造する方法を提供できる。また、アルギン酸に三種類の酵素を接触させることでKDGを製造することができる。このため、褐藻類から容易にバイオリファイナリー(エネルギー生産や有用物質の生産)を構築でき得る。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】アルギン酸の化学構造を示す図である。
図2】DEHとKDGの化学構造を示す図である。
図3】Formosa haliotis MA1株が有しているアルギン酸分解酵素遺伝子クラスターの構造を示す図である。
図4】sdr1の塩基配列(上側)及びSDR1のアミノ酸配列(下側)を示す図である。
図5】pET-22b(+)-SDR1のプラスミドマップ図である。
図6】F. haliotis MA1株のゲノムDNAからPCR法でsdr1遺伝子を増幅した後、アガロースゲル電気泳動したときの写真図である。Lane Mは1 kb DNA Ladder (NEW ENGLAND Biolabs)、Lane 1は増幅したsdr1遺伝子を示す。
図7】コロニーダイレクトPCRでsdr1遺伝子の有無を調べたときのアガロースゲル電気泳動写真図である。Lane Mは1 kb DNA Ladder (NEW ENGLAND Biolabs)、Lane 1,2はpET-22b(+)-SDR1を示す。
図8】SDR1形質転換体の培養を行い、IPTGでSDR1を誘導したときのSDS-PAGE写真図である。Lane Mはタンパク質マーカー(ナカライテスク)、Lane 1はpET-22b(+)形質転換体 +0mM IPTG (IPTGなし)、Lane 2はpET-22b(+)形質転換体 +0.1mM IPTG、Lane 3はpET-22b(+)形質転換体 +1mM IPTG、Lane 4はSDR1形質転換体 +0mM IPTG (IPTGなし)、Lane 5はSDR1形質転換体 +0.1mM IPTG、Lane 6はSDR1形質転換体 +1mM IPTGを示す。
図9】菌体画分、超音波破砕後の不溶性画分と可溶性画分をSDS-PAGEに供した結果を示す写真図である。Lane Mはタンパク質マーカー、Lane 1は菌体画分、Lane 2は不溶性画分、Lane 3は可溶性画分を示す。
図10】SDR1をニッケルアフィニティークロマトグラフィーで精製した後のSDS-PAGE写真図である。Lane Mはタンパク質マーカー、Lane 1は素通し画分、Lane 2は洗浄画分、Lane 3~Lane22は溶出画分を示す。
図11】SDR1の溶出画分を透析後、10倍希釈したものをSDS-PAGEに供した結果を示す写真図である。Lane Mはタンパク質マーカー、Lane 1は精製したSDR1を示す。
図12】SDR1をNADHまたはNADPHの存在下でDEHと反応させ、NADHまたはNADPHが持つ340 nmの吸収波長をモニタリングした結果を示すグラフである。
図13】SDR1反応溶液をTLCに供した結果を示す写真図である。Lane MはDEH、Lane 1はNADH、Lane 2は反応溶液を示す。
図14】反応生成物をLC/MSで解析したときのトータルイオンクロマトグラムである。
図15】反応生成物をLC/MSで解析したときのSIMクロマトグラム(m/z 177)である。
図16図15において、保持時間3.166分のピークのマススペクトルである。
図17】DehR活性とpHとの関係を調べた結果を示すグラフである。
図18】DehR活性と温度との関係を調べた結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
次に、本発明の実施形態について、図表を参照しつつ説明するが、本発明の技術的範囲は、これらの実施形態によって限定されるものではなく、発明の要旨を変更することなく様々な形態で実施できる。
<Formosa haliotis由来SDR1の発現系・精製系の構築>
short-chain dehydrogenases/reductases(SDR)は、今日知られている最大のタンパク質スーパーファミリーの1つである。SDRのスーパーファミリーには、約250アミノ酸残基を有し、NAD(P)Hを利用する多様な酵素が含まれている。但し、スーパーファミリー間のアミノ酸残基の同一性は20~30%と低い。これまで構造的に知られている全てのSDRは、3つのαヘリックスの間に挟まれた6~7鎖の中央βシートを有し、Rossmanフォールドからなる1つのドメインを有する。現在、Universal Protein Resource(Uniprot)のデータベースに登録されているSDRのメンバーは18万以上である。これらのタンパク質の多くは、遺伝子から推測されたアミノ酸配列を有しており、その殆どは基質特性や酵素活性の評価が行われておらず、未知のままである。
【0022】
図3に示すように、Formosa haliotis MA1株が有しているアルギン酸分解酵素遺伝子クラスターの中から、SDRと推定される遺伝子sdr1、sdr2が見出された(非特許文献5,6)。sdr1及びsdr2のアミノ酸配列を、他のSDRのアミノ酸配列とのマルチプルアライメントに供した結果、SDRの特定配列モチーフである触媒四残基(Asn-Lys-Tyr-Ser(配列番号9))や、Rossmanフォールド中の補因子結合配列モチーフ(Thr-Gly-X-X-X-Gly-X-Gly)が保存されていた。これより、sdr1遺伝子はSDRの中でも、補因子結合配列モチーフ Thr-Gly-X-X-X-Gly-X-Glyが保存されている酸化還元酵素である、「古典的(Classical)」なCタイプに属していると推定された。NADPH依存型のDEH還元酵素は、活性部位でNADPHのアデノシンのヌクレオチドの2’位のリン酸基を安定化させる塩基性ポケットが存在することが報告されている。NADPH依存型のDEH還元酵素はポケットの部分には塩基性アミノ酸が存在する。sdr1遺伝子においてこの部分には酸性アミノ酸が、sdr2遺伝子においてこの部分には中性アミノ酸が、それぞれ存在しており、いずれも塩基性ポケットは存在しないと考えられた。これらの考察により、sdr1及びsdr2は、アデノシンのヌクレオチドの2’位の水酸基を持つNADHを補酵素とて用いるNADH依存型SDRとして働くのではないかと推測された。
そこでsdr1、sdr2遺伝子がDEH還元酵素として働くかを調べるため、SDR1、SDR2の発現系・精製系の構築を行い、SDR1、SDR2の組換え体を作製することを目的とした。また、組換え体のSDR1、SDR2とNADHとNADPHを用いて活性測定を行い、SDR1、SDR2がどちらの補酵素を用いるかを評価した。以下には、代表例としてSDR1のデータを記載する。
【0023】
1.実験方法
(1)sdr1のサブクローニング
F. haliotis MA1株由来のゲノム解析に基づいて得られたSDR1のCoding Sequence領域の塩基配列とタンパク質の一次構造を図4に示した。また、sdr1の塩基配列を配列番号1に、タンパク質SDR1のアミノ酸配列を配列番号2に、それぞれ示した。大腸菌によるSDR1の大量発現系の構築を行うためPCR法を実施した。プライマーとして、Formosa_SDR1_F(配列番号3:gggCATATGagtaaagtagcagtaataaccggtgc)及びFormosa_SDR1_R(配列番号4:ggggCTCGAGgatacctaaagcttgaccaccaccaa)を用いた。配列番号3,4中の大文字は、制限酵素NdeI及びXhoIの認識配列をそれぞれ示す。
PCR反応溶液として、32μLの精製水、5μLの10×PCR buffer for KOD-Plus-Neo、5μLの2mM dNTPs、3μLの25mM MgSO4、1.5μLの10μM Formosa_SDR1_F、1.5μLの10μM Formosa_SDR1_R、1μLの鋳型DNA及び1μLのKOD-Plus-Neoを加えて、50μLとしたものを用いた。PCR反応条件として、94℃にて2分間の熱変性を行った後、「98℃にて10秒間の熱変性、50℃にて30秒間のアニーリング及び68℃にて23秒間の伸長反応」を1サイクルとする30サイクルの増幅反応を行い、目的遺伝子を増幅させた。DNAポリメラーゼにはKOD-Plus-Neo(TOYOBO)を用いた。鋳型DNAには、F. haliotis MA1株のゲノムDNA(田中礼士博士より供与)を用いた。プライマーとして、His-tagを用いたSDR1の精製を行うため、発現ベクターであるpET-22b(+)プラスミドベクター(Merck)内のHis-tag配列を利用した。SDR1の終止コドンを欠損させてHis-tagを付加した。鋳型DNAのセンス鎖にNdeI、アンチセンス鎖にXhoIの制限酵素サイトを付加した。Signal P 4.1 Serverによりシグナルペプチドの存在を解析した結果、SDR1にはシグナルペプチドは存在しなかった。
PCR産物をアガロースゲル電気泳動に供し、PCR産物が目的遺伝子の理論塩基数に相当していることを確認した後、ゲルからバンドを切り取ってWizard SV Gel and PCR Clean-up System(Promega)を用いて、PCR産物を精製した。
【0024】
(2)発現プラスミドの構築
精製したPCR産物およびpET-22b(+)プラスミドベクター(Merck)をNdeI(New England Biolabs)とXhoI(New England Biolabs)により、37℃で3時間、制限酵素処理を行った。反応後の溶液をアガロースゲル電気泳動に供し、切断後の各DNAのサイズを確認した後、ゲルからバンドを切り取ってWizard SV Gel and PCR Clean-up System(Promega)を用いて精製した。
ベクターとPCR産物であるインサートのモル比が1:5となるようにライゲーション反応溶液を調整し、Ligation high Ver.2(TOYOBO)を用いて16℃で3時間反応させた。ライゲーション産物1μLを大腸菌DH5αに形質転換し、100μg/mLのアンピシリンを含む5mLのLB寒天培地(1.0%(w/v)トリプトン、0.5%(w/v)酵母エキス、1.0%(w/v) NaCl)に植菌し、37℃で一晩静置培養した。
ライゲーションが成功しているか確認するため、プレート上のコロニーを鋳型として、コロニーダイレクトPCRを行った。PCR反応溶液として、79.4μLの精製水、2.8μLのT7 promoter primer、2.8μLのT7 terminater primer及び85μLの2×Quick taq HS DyeMixを加えて、170μLとし、それを17個のPCRチューブに分注した。滅菌済みの爪楊枝でコロニーを取り、各コロニーをそれぞれのPCRチューブに入れたものをコロニーダイレクトPCRに用いた。PCR反応条件として、94℃にて2分間の熱変性を行った後、「94℃にて30秒間の熱変性、50℃にて30秒間のアニーリング及び68℃にて45秒間の伸長反応」を1サイクルとする25サイクルの増幅反応を行い、目的遺伝子を増幅させた。プライマーとして、T7のユニバーサルプライマーを用いた。ポリメラーゼは、Quick taqTM HS DyeMix(TOYOBO)を用いた。コロニーダイレクトPCRと同時に、各コロニーのマスタープレートを作製した。
PCR産物をアガロースゲル電気泳動に供し、目的遺伝子が挿入されていたコロニーのマスタープレートから、100μg/mLのアンピシリンを含むLB液体培地に植菌し、37℃で一晩振盪培養した。Wizard Plus SV Minipreps DNA Purification System(Promega)を用いて、培養液からプラスミドを抽出した。このプラスミドをpET-22b(+)-SDR1とした(図5)。
【0025】
(3)SDR1の発現
pET-22b(+)-SDR1を大腸菌BL21(DE3)に形質転換し、100μg/mLのアンピシリンを含むLB寒天培地に植菌し、37℃で一晩静置培養した。形成された単一なコロニーを100μg/mLのアンピシリンを含む5mLのLB液体培地3本にそれぞれ植菌し、37℃、160rpmで振盪培養した。培養液の濁度(OD600)が0.4~0.6に達したところで、イソプロピル-β-チオガラクトピラノシド(IPTG)を培地中に0、0.1及び1mMとなるように添加し、一晩振盪培養した。
培養後、各培養液を200μLずつエッペンチューブに採取し、15,000×gで3分間の遠心分離を行った。上清を除去し、50mM Tris-HCl緩衝液を200μLずつ加え懸濁した後、同条件で再度遠心分離した。上清を除去し、50mM Tris-HCl緩衝液を20μLずつ加え懸濁した。2×SDSサンプル緩衝液を20μLずつ加え懸濁し、3分間煮沸した。サンプルを15%ポリアクリルアミドゲルで作製したSodium Dodecyl Sulfate-Poly Acrylamide Gel Electrophoresis(SDS-PAGE)に各サンプルを供し、目的タンパク質であるSDR1の発現を調べた。
【0026】
(4)SDR1の大量培養・可溶化確認
上記(3)でSDR1の発現を調べるために作製したLB寒天培地上のコロニーを、100μg/mLのアンピシリンを含む5mLのLB液体培地に植菌し、37℃、160rpmで一晩振盪培養した。これを前培養液とした。
1L容のバッフル付き三角フラスコに、100μg/mLのアンピシリンを含む400mLの2×YT培地(1.6%(w/v)ハイポリペプトン、1.0%(w/v)乾燥酵母エキス、0.5%(w/v)NaCl)を2本作製した。滅菌済みの50%(w/v)グルコース溶液を8mL、前培養液を400μLずつ加え、37℃、160 rpmで旋回方式による振盪培養を行った。培養液の濁度(OD600)が0.5~0.6に達したところで、培養液を氷冷した。その後IPTGを培地中に0.1mMとなるように添加し、40時間振盪培養した。培養後、培養液を4℃、6,800×gで15分間培養液を遠心分離し、上清を除去し湿菌体を得た。
湿菌体3.0gに500mM NaClと20mMイミダゾールを含む20mM リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.4)を3mL加えて懸濁した。DNaseを少量加え、室温で1時間静置した。その後上記と同じ緩衝液を27mL加え、計30mLとし、懸濁させた。懸濁液を氷上で3分間超音波破砕し(OUTPUT:4, DUTY:40, TOMMY ULTRASONIC DISRUPTOR UD-201)、2分間静置し冷却した。この操作を5回行うことで菌体を破砕した。
SDS-PAGE用に菌体破砕液を菌体画分として10μL採取し、残りの破砕液を4℃、9,700×gで15分間遠心分離した。上清を回収し、同条件で再度遠心分離した上清を可溶性画分とした。また、1回目の遠心分離にて得られた沈殿を少量だけ取り分け、菌体破砕に用いた緩衝液で懸濁させたものを不溶性画分とした。
菌体画分、可溶性画分、不溶性画分それぞれに2×SDSサンプル緩衝液を加え、3分間煮沸した。煮沸後のサンプルを15%(w/v)ポリアクリルアミドゲルで作製したSDS-PAGEに供し、目的タンパク質の有無を調べた。
【0027】
(5)SDR1の精製
ニッケルアフィニティークロマトグラフィーの担体として、Ni SepharoseTM 6 Fast Flow(GE Healthcare)をPD-10エンプティーカラム(GE Healthcare)に3mLほど詰めた。カラムの洗浄後、500mM NaClと20mMイミダゾールを含む20mM リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.4)で担体を平衡化させた。超音波破砕により得た可溶性画分に平衡化した担体を加え、4℃で1時間スターラーで攪拌し、目的タンパク質であるSDR1を担体に吸着させた。この担体を含む溶液をPD-10エンプティーカラムに詰め、カラムから出てきた溶液を素通し画分として回収した。カラム平衡化の際に使用したものと同じ緩衝液を20mL流しカラムを洗浄した。この画分を洗浄画分として回収した。その後、500mM NaClと500mMイミダゾールを含む20mM リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.4)を20mL流し、1mLずつ回収し、これらの画分を溶出画分として回収した。
溶出画分を15%(w/v)ポリアクリルアミドゲルで作製したSDS-PAGEに供し、SDR1を含む画分を調べた。SDR1を検出した画分をまとめ、透析膜であるダイアライシスメンブラン, サイズ36(Wako)に入れた。この透析膜を100mM NaClを含む10mM リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.4)に浸し、4℃で一晩透析した。透析後タンパク質が凝集したため、4℃、9,700×gで15分間遠心分離し、上清を得た。この上清を10倍希釈し、15%(w/v) ポリアクリルアミドゲルで作製したSDS-PAGEに供し、SDR1の精製を確認した。
SDR1のタンパク質濃度を、波長280nmにおける吸光度を測定し、下記式(1)から得られたモル吸光係数εを用いて算出した。
式(1) ε= (#Trp)×5,500+(#Tyr)×1,490+(#cyctine)×125
【0028】
(6)SDR1の活性測定
精製したSDR1の活性測定を行った。基質として使用したDEHは、本発明者が属する研究室内で作製したものを用いた。SDR1がDEH還元酵素として働く場合、補酵素として還元型NADHもしくはNADPHを必要とすると考えられた。そこで、DEHと精製したSDR1をNADHもしくはNADPH存在下で反応させ、NADHもしくはNADPHが持つ340 nmの吸収波長をモニタリングすることで活性を評価した。
1.0mM DEH、0.20mM NADHまたはNADPH、50mMリン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.0)となるように調整した反応溶液を石英セルに入れ、分光光度計のセルホルダーに設置し、25℃で3分インキュベートした。そこへ3分間25℃でインキュベートしたSDR1を反応液中で5.2μMとなるように添加し、ピペッティングを行った後、すばやく分光光度計の蓋を閉め、340nmの吸光度の減少をモニタリングした。コントロールとして、反応溶液にDEHのみを含まないサンプル、同様にSDR1のみを含まないサンプルの測定を行った。
【0029】
2.実験結果
(1)発現プラスミドの構築
F. haliotis MA1由来のゲノムDNAを鋳型とし、PCRで増幅したsdr1遺伝子をアガロースゲル電気泳動に供した結果を図6に示した。この結果から、sdr1遺伝子の理論塩基数(750 bp)に相当する位置にバンドを検出し、sdr1遺伝子の増幅を確認した。
sdr1遺伝子の増幅を確認した後、PCR産物とpET-22b(+)プラスミドベクターを制限酵素処理を行い、ライゲーションを行った。ライゲーション産物を大腸菌に形質転換させ、コロニーである形質転換体がsdr1遺伝子を含むプラスミドを保持しているかを確認するために、コロニーダイレクトPCRでsdr1遺伝子を調べた。sdr1遺伝子を保持しているコロニーを選択して培養を行い、プラスミドを抽出した。抽出したプラスミドをアガロースゲル電気泳動に供した結果を図7に示した。この結果から、プラスミドの構築を確認できた。
【0030】
(2)SDR1の発現
pET-22b(+)-SDR1をBL21(DE3)に形質転換したSDR1形質転換体の培養を行い、IPTG誘導によるSDR1の発現の有無をSDS-PAGEで確認した。SDS-PAGEの結果を図8に示した。遺伝子を挿入していないpET-22b(+)ベクターを形質転換した大腸菌をコントロールとして用い、同様の操作を行ったものを同時に泳動した。目的タンパク質であるSDR1の分子量は26kDaである。培養液中のIPTG濃度が0mM、0.1mM、1mMのすべてにおいて、SDR1の分子量に相当する位置にバンドを検出し、0.1mM、1 mMで太いバンドを検出した。コントロールであるpET-22b(+)ベクターの形質転換体では、このバンドは検出されなかった。
(3)SDR1の大量培養・可溶化確認
400mLの2×YT培地2つで40時間培養した結果、計21.05gの湿菌体が得られた。菌体画分および超音波破砕後の不溶性画分と可溶性画分をSDS-PAGEに供し、SDR1の発現と超音波破砕による可溶化を確認した(図9)。SDR1の分子量は26kDaであり、すべての画分においてSDR1の分子量に相当する位置にバンドが検出された。可溶性画分は不溶性画分よりもバンドが太く、発現したSDR1の大部分が可溶化していた。
【0031】
(4)SDR1の精製
ニッケルアフィニティークロマトグラフィー後のSDS-PAGEを図10に示した。図10において最も多くSDR1が含まれていた溶出画分を集め透析した。透析後の溶液を10倍希釈したものをSDS-PAGEに供した結果を図11に示した。SDR1の分子量は26kDaであり、それに相当する位置に単一なバンドを検出した。よってこの溶液をSDR1の精製酵素とした。SDR1の収量は、培地1Lあたり295mgであった。
(5)SDR1の活性測定
SDR1をNADHまたはNADPHの存在下で基質であるDEHと反応させ、NADHまたはNADPHが持つ340nmの吸収波長をモニタリングした結果を図12に示した。コントロールとして、DEHを含まないサンプル、SDR1を含まないサンプルの結果を示した。SDR1とDEHを含むNADH反応溶液は、時間の経過とともにNADHの減少が観測できた。これに対し、NADPH反応溶液では、そのような変化は観測されなかった。
【0032】
3.考察
SDR1のサブクローニングを行い、大腸菌用の発現プラスミドの構築と精製方法を確立した。作製したプラスミドは、sdr1遺伝子の3’末端にHis-tagをコードする塩基配列を付加するように設計した。菌体を超音波破砕した後、SDR1の大部分が可溶性画分に存在し、その溶液をニッケルアフィニティークロマトグラフィーに供することで精製できた。収量は、培地1 Lあたり295mgのSDR1であった。SDR1と同じDEH還元酵素であるFlRedの大腸菌組換え体は、培地1 Lあたり40mgであったと報告されている(特許文献1)。また、同様にDEH還元酵素であるA1-Rの大腸菌組換え体は培地1 Lあたり82mg、A1-R’の大腸菌組換え体は培地1 Lあたり91mgが得られたと報告されている(非特許文献7)。これに対し、SDR1は他のDEH還元酵素と比較して、3倍以上の精製酵素を得ることができた。
SDR1をNADHまたはNADPH存在下で基質であるDEHと反応させた結果、340nmの吸光度(NADHの濃度)が時間の経過とともに減少したことから、NADHの減少が観測できた。これに対し、NADPHの場合には、吸光度の減少が観測されなかった。これらの結果から、SDR1はNADH依存型還元酵素であることが分かった。またDEHを含む反応液でNADHの減少を観測したことからSDR1はDEH還元酵素であることが示唆された。このため、この反応用液の生成物の同定を試みた。
【0033】
<SDR1の反応生成物の同定>
図2には、DEHからKDGへの反応式を示した。DEHのアルデヒド基が、DEH還元酵素によりNADHもしくはNADPHとプロトンを用いて還元され、ヒドロキシメチル基となることでKDGが生成する。このとき、NADHはNAD+に、NADPHはNAPD+に酸化される。従って、DEHはKDGより分子量が2大きいことになる。上記<Formosa haliotis由来SDR1の発現系・精製系の構築>の結果から、SDR1はNADH依存型還元酵素であることが分かった。SDR1がDEH還元酵素として働くかを調べるために、反応生成物がKDGであることを確認するための試験を行った。すなわち、SDR1、DEH及びNADHを含む反応溶液を作製し、薄層クロマトグラフィー(TLC)分析を行うことで反応生成物を評価した。さらにLC/MS分析を行うことで反応生成物の同定を行った。
【0034】
1.実験方法
(1)薄層クロマトグラフィー分析による反応生成物の評価
反応初濃度が0.35μM SDR1、10mM DEH、10mM NADHとなるように、反応溶液を500μL調製した。溶液を25℃で41時間回転させながら反応させた。その後-80℃で冷凍することで反応を停止させた。一晩冷凍後、解凍したものをTLCに供した。展開溶媒は1-ブタノール:酢酸:水=2:1:1(v/v)の組成とした。TLC分析において、KDGのスポットはDEHのスポットよりも低い位置に検出されたとの報告がある(非特許文献3,4)。本研究では、糖により異なる色が検出されるジフェニルアミン・アニリン試薬(DPA試薬)を用いることで、DEHと反応生成物の区別を試みた。DPA試薬は、以下のように調製したものを使用した。ジフェニルアミン1.0gをアセトンに溶かし、アセトンで25mLにメスアップし、これをA液とした。アニリン1.0mLをアセトンに溶かし、アセトンで25mLにメスアップし、これをB液とした。85%リン酸をC液とした。A液:B液:C液=5:5:1(v/v)で混合したものをDPA試薬とした。
マーカーとして基質である17.5mg/mL DEH水溶液を1μL、反応溶液と同濃度のNADH水溶液を10μL及び反応溶液を10μL、それぞれTLC板にスポットした。展開溶媒が入った展開層にTLC板を浸し、1回展開を行った。展開終了後、TLC板を乾燥させ、DPA試薬を噴霧した。TLC板を再度乾燥した後、ホットプレートで加熱し、反応生成物の検出を行った。
【0035】
(2)LC/MS分析による反応生成物の同定
質量分析の際には、試料分子を構成する各元素の主同位体のみからの精密質量「モノアイソトピック質量」が用いられる。KDGモノアイソトピック質量は178.0である。LC/MSの負イオン分析では、脱プロトン化イオンが検出される。KDGの脱プロトン化イオンの質量は177.0であり、この場合m/zはイオンの質量と同じになる。よって反応生成物がKDGであるならば、DEHのm/z 175でなく、m/z 177にイオンが検出されるはずである。したがってLC/MS分析において、選択的イオンモニタリング(SIM)でm/z 177に設定した。上記(1)の反応溶液を計5つ用意した。LC/MSに供するには酵素を除去する必要があるため、Amicon Ultra-4 3000MWCOを用いて5つをまとめて限外濾過した。フィルターを通過し、酵素が除去された溶液をLC/MSを用いて負イオン分析を行った。カラムはShodex IC NI-424を、移動相は0.1%ギ酸含有40mMギ酸アンモニウム緩衝液を使用し、エレクトロスプレーイオン化法(ESI)と大気圧化学イオン化法(APCI)のマルチモードで測定した。選択的イオンモニタリング(SIM)では、理想反応生成物であるKDGの脱プロトン化イオン[M-H]-の質量に相当するm/z 177を選択した。
【0036】
2.実験結果
(1)薄層クロマトグラフィー分析による反応生成物の評価
SDR1反応溶液を薄層クロマトグラフィー(TLC)に供した結果を図13に示した。Lane MではDEH(符号D)の赤褐色に近い色のスポットがテーリング状に見られた。Lane 1では、NADH(符号N)が藍色のテーリングとなっていた。Lane 2の反応溶液では、DEHと思われる上側のスポットが薄くなり、その下にLane 1では見られなかったピンク色のスポット(符号K)が現れ、その下部にLane 2と同様の藍色のテーリングが見られた。この結果から、SDR1の作用により、DEHとは異なる物質が生成したものと考えられた。
(2)LC/MS分析による反応生成物の同定
反応生成物のLC/MSのトータルイオンクロマトグラムを図14に、理想反応生成物であるKDGの脱プロトン化イオン[M-H]-の質量に相当するm/z 177を選択したSIMクロマトグラムを図15に、それぞれ示した。トータルイオンクロマトグラム上で保持時間3.178分に顕著なピークが1つ検出された。また、SIMクロマトグラム上でもほぼ同じ保持時間3.166分において顕著なピークが1つ検出された。図16に示すように、当該ピークのマススペクトルにおいて、m/z 177.0にKDGの[M-H]-に相当するピーク(相対強度100%)が観察され、DEHのピーク(m/z 175)は消失した。つまりSDR1は基質であるDEHを還元することでKDGを生成することがわかった。これらの結果から、sdr1はDEH還元酵素として働くことがわかった。また、マススペクトルのピークからDEHの反応収率を求めたところ、90%以上のものがKDGに還元されていることがわかった。
【0037】
3.考察
DEHはウロン酸であり、KDGはグルコン酸である。DPA試薬により、ウロン酸は明るい赤褐色のスポットとして現れる。グルコン酸である2-keto-D-gluconateは赤褐色に、5-keto-D-gluconateは濃い紫色のスポットとして現れると報告されている。図13に示すように、TLCにおける反応生成物のスポットはピンク色に近かったが、LC/MSの結果からも、グルコン酸であるKDGのスポットであると考えられた。
Lane 2の反応溶液において、DEHのスポットが薄くなったが、完全には消失しなかったため、SDR1はDEHを完全には還元できていなかったことが分かった。今回の反応溶液では、LC/MSに供するにあたり、緩衝液を加えなかったため活性が低くなり、反応しきれなかった可能性がある。また、SDR1の酵素化学的諸性質が明らかとなっていないため、温度などの反応条件は既報のDEH還元酵素の論文を参考にして設定したので、反応条件が至適領域から外れていた可能性がある。SDR1を用いた研究を進めるにあたり、酵素化学的諸性質を調べることは重要であると考えた。
LC/MSの結果(図16)で、m/z 175において小さなピークが見られたが、これは基質であるDEHの残りではなく、KDGの同位体によるものであると考えられた。KDGに相当するイオンが検出されたことから、SDR1はDEH還元酵素として働くことがわかった。また、DEHの残りは殆ど検出されなかったことから、SRD1の反応収率は90%以上であると考えられた。こうして、F. haliotis MA1株から初めてDEH還元酵素の存在を示し、NADHの存在下でKDGを生産することが示された。次に、本酵素の酵素化学的諸性質を調べた。
【0038】
<SDR1のpHと温度の影響>
F. haliotisのSDR1が、DEH還元酵素であることを示した。しかし、その酵素化学的諸性質は明らかとなっていない。現在報告されている全てのDEH還元酵素の至適pHと至適温度を[酵素名, 至適pH, 至適温度]で示すと、[PDEHR, pH7.0~7.5、-]、[A1-R, pH6.5-7.5, 50℃]、[A1-R’, pH6.5, 51℃]、[FlRed, pH7.2, 25℃]、[HdRed, pH7.0, 50℃]である。このうち、FlRedとA1-R’は、SDR1と同じNADH依存性SDR酵素である。各酵素間には、至適温度にかなりの差違があり、至適pHも異なっていた。そこで、SDR1の至適pHと至適温度を明らかにするための試験を行った。
1.実験方法
(1)pHの影響
緩衝液はイオン強度が0.5MになるようにNaClを加えた250mM MES緩衝液(pH 5.5, 6.0, 6.5, 7.0)、250mM HEPES緩衝液(pH 7.0, 7.5, 8.0)、250mM Tricine緩衝液(pH 8.0, 8.5, 9.0)及び250mM Glycine-NaOH緩衝液(pH 9.0, 9.5, 10.0)を作製した。基質として使用したDEHは、本発明者が属する研究室内で作製したものを用いた。
1.0mM DEH、0.20mM NADH、50mM 各緩衝液(イオン強度0.1M)となるように調整した混合溶液を石英セルに入れ、分光光度計 (Simadzu UV-1800) の恒温セルホルダーに設置し、15℃に達するまで4分30秒プレインキュベートした。そこに15℃にて3分間プレインキュベートしたSDR1を5.2μMとなるように加えた後、ピペッティングを行い、すばやく分光光度計の蓋を閉め、340nmの吸光度の減少をモニタリングした。横軸に時間、縦軸に340nmの吸光度でプロットし、その傾きを反応速度とした。この操作をpHを変えて行い、各pHにおける反応速度を求めた。その後、横軸にpH、縦軸に反応速度の相対活性(%)をプロットし、SDR1のpHの影響を調べた。
【0039】
(2)温度の影響
1.0mM DEH、0.20mM NADH、50mM Tricine緩衝液(pH 8.0、イオン強度0.1M)となるように調整した混合溶液を石英セルに入れ、分光光度計(Simadzu UV-1800)の恒温セルホルダーに設置した。セルホルダーの温度を10℃、15℃、20℃、25℃、30℃、35℃、40℃及び45℃となるように調整し、それぞれの温度に達するまで混合溶液をプレインキュベートした。そこに各温度になるまでプレインキュベートしたSDR1を5.2μMとなるように加えた後、ピペッティングを行い、すばやく分光光度計の蓋を閉め、340nmの吸光度の減少をモニタリングした。横軸に時間、縦軸に340nmの吸光度でプロットし、その傾きを反応速度とした。横軸に温度、縦軸に反応速度の相対活性(%)をプロットし、SDRの温度の影響を調べた。
【0040】
2.実験結果
(1)pHの影響
上記1(1)に記載した方法にて作成したグラフを図17に示した。この結果から、DehRの至適pHはpH5.5~10.5(好ましくはpH6.0~10.0、更に好ましくはpH7.0~9.0、最も好ましくはpH8.0)であることがわかった。
(2)温度の影響
上位1(2)に記載した方法にて作成したグラフを図18に示した。この結果から、DehRの至適温度は10℃~44℃(好ましくは10℃~35℃、更に好ましくは15℃~30℃、最も好ましくは20℃~25℃)であり、45℃でほぼ失活することがわかった。
(3)時間の影響
反応時間として、5分~72時間の間で様々に変更しつつ、反応させることができる。上記至適pH及び至適温度の範囲では、反応開始から5分程度でKDGが生産され始めることがわかった。十分な反応収率を得るためには、数十分(20分、30分、40分)~数時間(1時間、2時間、3時間、6時間)程度の反応を行うことが好ましい。このため、好ましい反応時間としては、5分間、10分間、20分間、30分間、40分間、1時間、2時間、3時間、6時間、12時間、18時間、24時間、48時間、72時間などから適当な時間を選択できる。
3.考察
SDR1は、公知のDEH還元酵素と比較して、至適pHはやや大きく、至適温度は最も低いことが分かった。至適温度が低い理由として、本酵素の由来であるF. haliotisが海に生息するアワビの消化管から単離された細菌であるため、特段熱に強い必要はなく、その中に存在する本酵素もあまり熱に強くない可能性が考えられた。F. haliotisが単離されたメガイアワビは、19℃が養殖適水温であるとの報告があり、SDR1の至適温度に極めて近かった。
しかし、エゾアワビの肝すい臓抽出物に存在したDEH還元酵素であるHdRedは、至適温度が50℃であったことから、微生物が生息する環境温度が酵素の至適温度を決めるか否かは不明である。
【0041】
<SDR1の基質特異性>
SDR酵素の基質特異性はかなりの多様性を示すことから、SDR1がDEHと基質特異的に反応するか否かを調べた。DEHは炭素数6のウロン酸である。ウロン酸は糖の誘導体のうち、主鎖の末端のヒドロキシメチル基がカルボキシ基に変わったカルボン酸である。したがって、炭素数が近い6糖および5糖、また糖の誘導体を基質として選択した。DEHはアルデヒド基、カルボキシ基、ケトン基など、様々な官能基を持つことから、アルデヒド、ケトン、カルボン酸などの化合物を選択し、基質特異性の解明を試みた。
1.実験方法
基質としてDEHに加え、α-keto acidとしてα-ketoglutaric acid、pyruvic acidを、AldoseとしてD-glucose, D-mannose, D-galactose, D-ribose, L-arabinose, D-xyloseを、KetoseとしてD-fructoseを、Sugar alcoholとしてD-mannitol, D-sorbitolを、Deoxy sugarとして2-deoxy-D-ribose, D-fucoseを、Uronic acidとしてD-glucuronic acidを、Carboxylic acidとしてmaleic acid, citric acidを、AldehydeとしてDL-glyceraldehyde, benzaldehydeを、Ketoneとして4-methy-w-pentanone, 2,5-hexanedioneを、Esterとしてethyl pyruvate, ethyl benzoylacetate, methyl pyruvateを、それぞれ用いて、SDR1の基質特異性を調べた。
1.0mM 各基質、0.20mM NADH、50mM Tricine緩衝液(pH 8.0、イオン強度0.1M)となるように調整した混合溶液を石英セルに入れ、分光光度計の恒温セルホルダーに設置し、15℃に達するまで4分30秒プレインキュベートした。別に15℃になるよう3分プレインキュベートしたSDR1を5.2μMとなるよう加えた後、ピペッティングを行い、すばやく分光光度計の蓋を閉め、340nmの吸光度の減少をモニタリングした。横軸に時間、縦軸に340nmの吸光度でプロットし、その傾きを反応速度とした。DEHの場合の反応速度を100%として、各基質に対して相対活性を求めた。
【0042】
2.実験結果
DEHの活性を100%とした場合、それぞれの基質の相対活性は、全てND(not determined)であった。このように、調べた基質についてDEH以外のものに対しては、SRD1の酵素活性は観測されなかった。
3.考察
SDR1について、DEHと類似する構造を持つ化合物、共通する官能基を持つ化合物を選択し、活性測定を行った結果、DEH以外には酵素活性が観測されなかった。従って、SDR1は基質としてDEHと特異的に反応することがわかった。
本研究ではsdr1遺伝子がDEH還元酵素として働くかを調べるため、SDR1の組換え体を作製し、反応生成物の同定を行い、酵素化学的な諸性質を調べた。発現プラスミドとして、sdr1遺伝子をpET-22b(+)プラスミドベクターに挿入することで大量発現系を構築できた。これを大腸菌BL21(DE3)に形質転換し、大量培養したものを超音波破砕および可溶化し、ニッケルアフィニティークロマトグラフィーによって単一になるまで精製できた。組換え体SDR1は培地1 Lあたり295mgと、既報のDehRと比較して大量に生産できた。SDR1をNADH存在下でDEHと反応させた結果、酵素活性が観察されたため、SDR1はNADH依存型還元酵素であることが分かった。
TLCとLC/MSによるSDR1反応生成物の分析を行った結果、反応生成物はKDGであると同定され、SDR1はDehRであることが分かった。MSの結果、DEHのピークは消失したので、ほぼ全てのDEHがKDGに変換されたと考えられた(反応収率として90%以上)。pHの影響について調べた結果、至適pHは8であり、既報のDehRと比較してやや大きかった。温度の影響について調べた結果、至適温度は20℃であり、既報のDEH還元酵素の中では最も低かった。SDR1の基質特異性について調べた結果、DEHのみ特異的に反応することが分かった。
SDR2もSDR1と同様の結果となることが予想される。
【0043】
<アルギン酸からKDGを製造する方法>
次に、アルギン酸に三種類の酵素を混合することで、容易にKDGを製造する方法について検討する。
1.試験方法
(1)酵素を順次に添加する方法
12.5mg/mLのアルギン酸ナトリウム水溶液の基質溶液7mL(20mM Tris-HCl buffer pH 7.5)に対し、配列番号5に示されるアミノ酸配列を備えたポリペプチド(エキソ型アルギン酸リアーゼ)2.0mg/mL(20mM Tris-HCl buffer pH 7.5)の水溶液を1mL、配列番号6に示されるアミノ酸配列を備えたポリペプチド(エンド型アルギン酸リアーゼ)2.0mg/mL(20mM Tris-HCl buffer pH 7.5)の水溶液を1mL添加する。この反応溶液を37℃で6時間~24時間インキュベートする。次いで、4.0mg/mLのSDR1(100mM NaClを含む10mM リン酸ナトリウム緩衝液pH7.4)の水溶液を0.5mLと精製水に溶かした2.0mg/mL NADHの水溶液を0.5mLとを添加し、20℃にて2時間~24時間インキュベートする。反応後の溶液を<SDR1の反応生成物の同定>1(1)に記載の方法に従って、TLCにより解析する。
その結果、アルギン酸からKDGが生産されていることがわかる。
なお、上記方法において、アルギン酸に配列番号5、6に示されるアミノ酸配列を備えたポリペプチドを添加し、45℃以下で6時間以上反応させた後、温度を変えることなくSDR1を追加してもよい。温度を一定のままで処理できるので、より簡易な反応方法とできる。
(2)酵素を同時に添加する方法
12.5mg/mLのアルギン酸ナトリウム水溶液の基質溶液7mL(20mM Tris-HCl buffer pH 7.5)に対し、配列番号5に示されるアミノ酸配列を備えたポリペプチド(エキソ型アルギン酸リアーゼ)2.0mg/mL(20mM Tris-HCl buffer pH 7.5)の水溶液を1mL、配列番号6に示されるアミノ酸配列を備えたポリペプチド(エンド型アルギン酸リアーゼ)2.0mg/mL(20mM Tris-HCl buffer pH 7.5)の水溶液を1mL、4.0mg/mL のSDR1 (100mM NaClを含む10mM リン酸ナトリウム緩衝液pH7.4)の水溶液を0.5mLの三種類の酵素と、精製水に溶かした2.0mg/mL NADHの水溶液を0.5mLを添加し、20℃~30℃にて6時間~72時間インキュベートする。その後、反応溶液を<SDR1の反応生成物の同定>1(1)に記載の方法に従って、TLCにより解析する。
その結果、アルギン酸からKDGが生産されていることがわかる。
SDR2もSDR1と同様の結果となることが予想される。
【0044】
本研究によって、F. haliotis MA1株から新規のDEH還元酵素を得ることができた。これはF. haliotis MA1株において初めて同定されたタンパク質である。DEH還元酵素に関する情報は非常に限られており、本研究によりDEH還元酵素の新たな知見を得ることができた。本研究室で開発されたDEHの生産方法を応用することにより、アルギン酸から容易かつ高効率にKDGを生産できることがわかった。
このように、本実施形態によれば、DEHからKDGを効率よく製造する方法を提供できた。また、アルギン酸に三種類の酵素を接触させることでKDGを製造することができた。このため、褐藻類から容易にバイオリファイナリー(エネルギー生産や有用物質の生産)を構築でき得る。
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